(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-03-25
(45)【発行日】2024-04-02
(54)【発明の名称】抗ウイルス性能の付与方法
(51)【国際特許分類】
A01N 59/16 20060101AFI20240326BHJP
A01P 1/00 20060101ALI20240326BHJP
A01N 25/02 20060101ALI20240326BHJP
C09D 5/14 20060101ALN20240326BHJP
C09D 7/61 20180101ALN20240326BHJP
【FI】
A01N59/16 A
A01P1/00
A01N25/02
C09D5/14
C09D7/61
(21)【出願番号】P 2023021376
(22)【出願日】2023-02-15
(62)【分割の表示】P 2021113805の分割
【原出願日】2015-03-31
【審査請求日】2023-03-10
(73)【特許権者】
【識別番号】390000527
【氏名又は名称】住化エンバイロメンタルサイエンス株式会社
(72)【発明者】
【氏名】加藤 義晃
【審査官】岩田 行剛
(56)【参考文献】
【文献】特表2013-533311(JP,A)
【文献】特表2015-507609(JP,A)
【文献】中国特許出願公開第102850920(CN,A)
【文献】中国特許出願公開第101268784(CN,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A01N 59/16
A01P 1/00
C09D 5/14
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
Ag
2MoO
4からなるモリブデンオキソ化合物の銀塩を含有することを特徴とする抗ウイルス組成物が混合されてなる塗料または表面処理剤を用いて対象表面を保護、美装または被覆することを特徴とする対象表面への抗ウイルス性能の付与方法
であって、対象とするウイルスはノロウイルスである抗ウイルス性能の付与方法。
【請求項2】
塗料が油性ニスである請求項
1に記載の対象表面への抗ウイルス性能の付与方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は新規な抗ウイルス組成物に関するものであり、特にノロウイルスのようなエンベロープをもたないウイルスを不活性化する抗ウイルス組成物に関するものである。詳しくは床や壁などの建材に使用されるポリ塩化ビニルなどへの練り込み加工、それら建材などの表面を被覆する塗料への添加、ポリエステルなどの繊維や不織布などの練り込み加工に関するものである。
【背景技術】
【0002】
ウイルスは遺伝子をもつものの、それ単独では生育できない、生物とは異なる非細胞性生物として分類されている。その遺伝子はカプシドと呼ばれる外殻タンパク質の中に保持され、遺伝子がDNAかまたはRNAかによって二種類に大別され、カプシドが脂質二重膜からなるエンベロープで覆われているものとそうでないものとに分類される。具体的には、遺伝子がDNAでエンベロープをもつものとしてヘルペスウイルスなどが、遺伝子がDNAでエンベロープをもたないものとしてアデノウイルスなどが、遺伝子がRNAでエンベロープをもつものとしてインフルエンザウイルスなどが、遺伝子がRNAでエンベロープをもたないものとしてノロウイルス、ポリオウイルスなどが挙げられる。
【0003】
ノロウイルスやポリオウイルスのようなエンベロープをもたないウイルスは、一般的に薬剤に対する感受性が低いことから、また厚生労働省の調査によればノロウイルスが原因とされる食中毒症例は近年ではもっとも高い割合を示していることから、ノロウイルスに対して効果を有する抗ウイルス組成物が望まれている。
【0004】
旧来より銀をはじめとする無機金属塩類が抗菌性に優れていることは知られており、幅広い形で実用化されている。例えばケイ酸塩を有効成分とする銀化合物が特許文献1に、ホウ酸塩を有効成分とする銀化合物が特許文献2に、リン酸カルシウムに銀イオンを添加した銀化合物が特許文献3に、銀含有結晶質リン酸ジルコニウムの製造方法が特許文献4に示されている。しかしこれらには、目的の銀化合物がウイルスに対して効果を有することは示されていない。
【0005】
特許文献5には過酸化水素、ベンジルアルコール、銀成分の3成分を有する除ウイルス剤が、特許文献6には2.4~40mg/Lの範囲内の銀濃度で供給されるような銀クロロ錯体を含む防除剤が開示されている。これらは水系組成物であり、ポリ塩化ビニルやポリエステルなどの練り込み加工や塗料への添加を意図した場合には不都合がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開平2-215704号公報
【文献】特開平4-134006号公報
【文献】特開平5-148116号公報
【文献】特開平5-97414号公報
【文献】特開2009-40760号公報
【文献】特開2009-96745号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
ポリ塩化ビニルなどのプラスチックや、ポリエステルなどの繊維や不織布への練り込み加工、塗料や表面処理剤などへ、変色が少なく添加可能なウイルスを不活性化する抗ウイルス組成物に関する技術が確立していない現状にあって、本発明はこれら対象物に対し変色が少なく、有効な抗ウイルス組成物であり、本発明が解決しようとする課題は、特にノロウイルスのようなエンベロープをもたないウイルスを不活性化することができる抗ウイルス性能の付与方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者は、上記課題を解決するために鋭意種々の研究を実施した結果、銀、亜鉛及び銅から選ばれる一種以上の塩と、モリブデンオキソ化合物のアルカリ塩を反応させて得られる一種以上の複塩により抗ウイルス性能を発揮することを見出し、本発明を完成させた。すなわち本発明は、
〔1〕 Ag
2
MoO
4
からなるモリブデンオキソ化合物の銀塩を含有することを特徴とする抗ウイルス組成物が混合されてなる塗料または表面処理剤を用いて対象表面を保護、美装または被覆することを特徴とする対象表面への抗ウイルス性能の付与方法。
〔2〕 塗料が油性ニスである上記の対象表面への抗ウイルス性能の付与方法。
〔3〕 対象とするウイルスがノロウイルスおよび/またはインフルエンザウイルスである上記の抗ウイルス性能の付与方法。
である。
【発明の効果】
【0009】
本発明の抗ウイルス組成物を用いることにより、ポリ塩化ビニルなどのプラスチックや、ポリエステルなどの繊維や不織布への練り込み加工、塗料や表面処理剤などの添加時も変色が少なく、建材などの住宅設備や家電材料・製品、自動車などの輸送用機器など幅広い工業材料や製品に対して抗ウイルス性を付与することが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
本発明の抗ウイルス組成物は、(A)銀、亜鉛及び銅から選ばれる一種以上の塩と、(B)モリブデンオキソ化合物のアルカリ塩とを反応させて得られる一種以上の複塩を含有する抗ウイルス組成物であり、銀塩としては硝酸銀、酢酸銀、硫酸銀など、亜鉛塩としては硝酸亜鉛、酢酸亜鉛、硫酸亜鉛など、銅塩としては硝酸銅、酢酸銅、硫酸銅などを用いることができる。またモリブデンオキソ化合物のアルカリ塩としては、モリブデン酸ナトリウム、モリブデン酸カリウム、モリブデン酸リチウム、モリブデン酸アンモニウム、ポリモリブデン酸ナトリウム、イソポリモリブデン酸ナトリウムなどを用いることができる。反応方法は、銀、亜鉛及び銅から選ばれる一種以上の塩の水溶液に、モリブデンオキソ化合物のアルカリ塩水溶液を添加するか、あるいはこの逆でも良い。本発明において得ようとする、金属塩とモリブデンオキソ化合物の複塩の粒子径は反応条件によって変えることが可能であり、粒子径の小さいものを得るにはモリブデンオキソ化合物のアルカリ塩、及び銀、亜鉛、銅から選ばれる一種以上の塩の水溶液の濃度を低く、または撹拌速度を速くすれば良く、任意に粒子径をコントロールすることができる。好ましい粒子径は、抗ウイルス性能を付与する対象物の物性面への影響、あるいは抗ウイルス性能などから10μm以下である。このようにして得られた好ましい粒子径を有する、銀、亜鉛、銅から選ばれる一種以上の塩の水溶液とモリブデンオキソ化合物の複塩は、反応液スラリーから水を濾別し、乾燥することにより粉末状で得られる。本発明で得られる抗ウイルス組成物は、ポリ塩化ビニルやポリプロピレンなどのプラスチック、アクリルやウレタンなどの塗料、表面処理剤、ポリエステルや綿などの繊維、コンクリート、ゴムなどに混合することができる。本発明で得られる抗ウイルス組成物の添加量は0.05~5重量%が好ましく、より好ましくは0.1~1重量%である。添加量が0.05重量%未満では抗ウイルス性能が乏しくなり、5重量%を超えると経済性の点で不利となる。
【0011】
銀、亜鉛及び銅から選ばれる一種以上の塩と、モリブデンオキソ化合物のアルカリ塩とを反応させて得られる一種以上の複塩を含有する抗ウイルス組成物の他に、さらに無機物の増量剤、界面活性剤などの分散剤を用いて水や有機溶媒などに分散させたもの、これに粘度調整剤や酸化防止剤、防錆剤、金属封鎖剤などを配合することや、他の抗菌組成物等を配合することが可能である。
【0012】
対象表面を保護、美装、被覆する材料とは、対象表面に液状で塗布した後に硬化被膜を形成する剤であり、例として一般的には塗料が挙げられるが、顔料を含まないウレタンやアクリル、塩ビエマルションなどの樹脂エマルションも挙げられる。
【実施例】
【0013】
以下、実施例により本発明を具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例によって限定されるものではない。
{実施例1}
(酸化モリブデン銀複塩の調製方法)
モリブデン酸ナトリウム二水和物(関東化学(株))6.5gをイオン交換水100mlに溶解し、これに硝酸銀(関東化学(株))9.1gをイオン交換水100mlに溶解した溶液を撹拌しながら30分かけて滴下し沈殿物を得た。これを1時間撹拌を行った後、濾過しイオン交換水で洗浄し、100℃で十分に乾燥することで黄白色の抗ウイルス組成物約10gを得て、実施例1とした。
【0014】
(抗ウイルス組成物を添加した油性ニス試験片の調製)
油性ニス(和信化学工業(株))に対し乳鉢で十分磨り潰した実施例1を0.1重量%、0.3重量%、1.0重量%添加し十分混合した後PPC用紙に60ml/m2となるように塗布し、室内で半日風乾することで油性ニス塗布試験片を調製した。
【0015】
(ネコカリシウイルスに対する抗ウイルス組成物の抗ウイルス試験)
ヒトノロウイルスは、現在細胞培養や小動物での増殖方法が確立していないため、その有効性評価は同じカリシウイルス科に属するネコカリシウイルスで代替試験されることが一般的である。このため本実施例でもノロウイルスに対する抗ウイルス評価として、ネコカリシウイルスF-9株(Feline calicivirus、Strain:F-9 ATCC VR-782)を用いた。
まず、このウイルスをCRFK細胞(ネコ腎臓由来細胞)で培養することによりウイルス感染価5×107PFU/mlの試験ウイルス懸濁液を得た。滅菌済シャーレの底に滅菌イオン交換水4.5mlを含ませた滅菌済調湿用濾紙を置き、油性ニス試験片と調湿用濾紙の直接接触を避けるためのU字ガラス管を置いて、さらにその上に滅菌済ガラス板を載せ、加工面を上にした5cm×5cmに切り取った油性ニス試験片を載せた。この試験片の上に上述の試験ウイルス懸濁液を0.4ml接種し、4cm×4cmに切断したポリエチレン製の滅菌フィルムにより被覆した後、試験ウイルス懸濁液がフィルム全体に広がるように軽く押さえつけシャーレの蓋をかぶせた。これらのシャーレを25℃で3時間保管した後、シャーレから試験片を取出し滅菌済ストマッカー袋に入れ牛血清を終濃度10%添加したSCDLP培地10mlを加えてウイルスを洗い流し、プラーク測定法によりウイルス感染価を測定した。
【0016】
(抗ウイルス組成物を添加した油性ニスの色差測定)
調製した油性ニス試験片におけるブランクとの色差を色彩色差計(コニカミノルタ(株))を用いてL*a*b*表色系により測定した。
【0017】
ウイルス感染価及び色差の測定結果を表1に示す。
【0018】
【表1】
PFU=plaque forming units
【0019】
{実施例2}
(酸化モリブデン亜鉛複塩の調製方法)
モリブデン酸ナトリウム二水和物(関東化学(株))10.9gをイオン交換水100mlに溶解し、これに硝酸亜鉛六水和物(関東化学(株))13.4gをイオン交換水100mlに溶解した溶液を撹拌しながら30分かけて滴下し沈殿物を得た。これを1時間撹拌行った後、濾過しイオン交換水で洗浄し、100℃で十分に乾燥することで白色の抗ウイルス組成物約10gを得た。これを10gと、実施例1の酸化モリブデン銀複塩10gとを混合して乳鉢で磨り潰して混ぜ合わせることで抗ウイルス組成物を得て、実施例2とした。
【0020】
(抗ウイルス組成物を添加した表面処理剤試験片の調製)
シリコーンアクリルフッ素アクリル系の表面処理剤であるビニブラン890(日信化学工業(株))に対し乳鉢で十分磨り潰した実施例2を0.3重量%、1.0重量%添加し十分混合した後PPC用紙に60ml/m2となるように塗布し、室内で半日風乾することで表面処理剤塗布試験片を調製した。
【0021】
(インフルエンザウイルスに対する組成物の抗ウイルス試験)
インフルエンザウイルスに対する抗ウイルス評価としては、A型インフルエンザウイルス(H3N2、A/Hong Kong/8/68;TC adapted ATCC1679)を用い、このウイルスをMDCK細胞(イヌ腎臓由来細胞)で培養することによりウイルス感染価5×107PFU/mlの試験ウイルス懸濁液を得た。その後の試験操作はネコカリシウイルスに対する試験と同様に実施しプラーク測定法によりウイルス感染価を測定した。
【0022】
(抗ウイルス組成物を添加した表面処理剤塗布試験片の色差測定)
調製した表面処理剤塗布試験片におけるブランクとの色差を色彩色差計(コニカミノルタ(株))を用いてL*a*b*表色系により測定した。
【0023】
ウイルス感染価及び色差の測定結果を表2に示す。
【0024】
【表2】
PFU=plaque forming units
【産業上の利用可能性】
【0025】
本発明の抗ウイルス組成物は、(A)銀、亜鉛及び銅から選ばれる一種以上の塩と、(B)モリブデンオキソ化合物のアルカリ塩とを反応させて得られる一種以上の複塩を含有するものであり、ポリ塩化ビニルなどのプラスチックや、ポリエステルなどの繊維や不織布への練り込み加工、塗料や表面処理剤などの添加時も変色が少ないため、建材などの住宅設備や家電材料や製品、自動車などの輸送用機器など幅広い工業材料や製品に対して抗ウイルス性を付与することが可能となり、産業の発展や衛生環境の向上に寄与する。