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  • 特許-被覆切削工具 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-03-26
(45)【発行日】2024-04-03
(54)【発明の名称】被覆切削工具
(51)【国際特許分類】
   B23B 27/14 20060101AFI20240327BHJP
   C23C 14/06 20060101ALI20240327BHJP
【FI】
B23B27/14 A
C23C14/06 A
【請求項の数】 6
(21)【出願番号】P 2022055287
(22)【出願日】2022-03-30
(65)【公開番号】P2023147650
(43)【公開日】2023-10-13
【審査請求日】2022-11-10
(73)【特許権者】
【識別番号】000221144
【氏名又は名称】株式会社タンガロイ
(74)【代理人】
【識別番号】100079108
【弁理士】
【氏名又は名称】稲葉 良幸
(74)【代理人】
【識別番号】100109346
【弁理士】
【氏名又は名称】大貫 敏史
(74)【代理人】
【識別番号】100117189
【弁理士】
【氏名又は名称】江口 昭彦
(74)【代理人】
【識別番号】100134120
【弁理士】
【氏名又は名称】内藤 和彦
(72)【発明者】
【氏名】片桐 隆雄
【審査官】荻野 豪治
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2016/175166(WO,A1)
【文献】特開2021-192930(JP,A)
【文献】特開2000-73158(JP,A)
【文献】特開2018-164974(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23B 27/14
B23B 51/00
B23C 5/16
B23P 15/28
C23C 14/06
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材と、前記基材の上に形成された被覆層と、を含む被覆切削工具であって、
前記被覆層は、第1層と第2層との交互積層構造を有し、
前記第1層は、下記式(1)で表される組成を有する化合物を含有し、
(AlabTi1-a-b)N (1)
(式(1)中、MはMo元素及びW元素のうちの少なくとも1種を表し、
aはAl元素と、Mで表される元素と、Ti元素との合計に対するAl元素の原子比であり、
0.75≦a≦0.90を満たし、
bはAl元素と、Mで表される元素と、Ti元素との合計に対するMで表される元素の原子比であり、
0.00<b≦0.20を満たす。)
前記第2層は、下記式(2)で表される組成を有する化合物(ただし、前記第1層に含有される化合物とは異なる化合物)を含有し、
(AlcdTi1-c-d)N (2)
(式(2)中、MはMo元素及びW元素のうちの少なくとも1種を表し、
cはAl元素と、Mで表される元素と、Ti元素との合計に対するAl元素の原子比であり、
0.75≦c≦0.90を満たし、
dはAl元素と、Mで表される元素と、Ti元素との合計に対するMで表される元素の原子比であり、
0.00≦d≦0.20を満たす。)
前記a及び前記cの少なくとも一方は、0.80以上であり、
前記交互積層構造の化合物全体における平均組成は、下記式(3)で表され、
(Al e f Ti 1-e-f )N (3)
(式(3)中、MはMo元素及びW元素のうちの少なくとも1種を表し、
eはAl元素と、Mで表される元素と、Ti元素との合計に対するAl元素の原子比であり、0.80≦e≦0.90を満たし、
fはAl元素と、Mで表される元素と、Ti元素との合計に対するMで表される元素の原子比である。)
前記交互積層構造の平均厚さが、0.5μm以上5.0μm以下である、被覆切削工具。
【請求項2】
前記交互積層構造のX線回折において、立方晶(111)面及び立方晶(200)面の回折ピーク強度の合計をIcubとし、六方晶(110)面及び六方晶(100)面の回折ピーク強度の合計をIhexとしたとき、Ihex/Icubが、0.00以上0.40以下である、請求項1に記載の被覆切削工具。
【請求項3】
前記式(3)において、fは、0.00<f≦0.10を満たす、請求項1又は2に記載の被覆切削工具。
【請求項4】
前記a及び前記cは0.00≦|a-c|≦0.05を満たす、請求項1~のいずれか1項に記載の被覆切削工具。
【請求項5】
前記b及び前記dは0.00≦|b-d|≦0.10を満たす、請求項1~のいずれか1項に記載の被覆切削工具。
【請求項6】
前記第1層の1層当たりの平均厚さが、2nm以上50nm以下であり、
前記第2層の1層当たりの平均厚さが、2nm以上50nm以下である、請求項1~のいずれか1項に記載の被覆切削工具。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、被覆切削工具に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、鋼などの切削加工には超硬合金や立方晶窒化硼素(cBN)焼結体からなる切削工具が広く用いられている。中でも超硬合金基材の表面にTiN層、TiAlN層、TiCrN層などの硬質被覆膜を1又は2以上含む表面被覆切削工具は汎用性の高さから様々な加工に使用されている。
【0003】
例えば、特許文献1では、基材と、上記基材上に設けられている被覆層とを含む表面被覆切削工具であって、上記被覆層は、第一単位層と、第二単位層とを含み、上記被覆層は、最外層が上記第一単位層であり、上記第一単位層は、立方晶型のAla(TiαCr1-α)b1-a-bNの結晶粒及び六方晶型のAla(TiαCr1-α)b1-a-bNの結晶粒を含み(0.5<a<0.8、0.2≦b<0.5、0<1-a-b<0.1、0≦α≦1)、上記第二単位層は、立方晶型のAlc(TiβCr1-β)d1-c-dNの結晶粒を含み(0.5<c<0.8、0.2<d<0.5、0<1-c-d<0.1、0≦β≦1)、上記第二単位層は、六方晶型のAlc(TiβCr1-β)d1-c-dNの結晶粒を含まない表面被覆切削工具が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2021-030356号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
近年のステンレス鋼などの難削材旋削加工は高速化及び高送り化の傾向にあり、従来よりも切削条件が厳しくなる傾向の中で、これまでより耐摩耗性及び耐欠損性を向上し、工具寿命を延長することが求められている。一方、上記特許文献1のような表面切削工具においては、被覆層におけるAlの含有量が少なく、被覆層の硬さ及び耐酸化性が不十分であることにより、刃先が高温となる難削材の加工等における工具の長寿命化が困難なことがある。更に、被覆層が六方晶及び立方晶を含む第一単位層と、六方晶を含まない第二単位層との間の密着性が不十分である懸念があり、耐欠損性が求められる高効率な(送り速度が大きい等)切削加工や、断続的に負荷がかかる切削加工において、更なる工具の長寿命化が求められる。
【0006】
本発明は、上記事情に鑑みてなされてものであり、耐摩耗性及び耐欠損性を向上させた工具寿命の長い被覆切削工具を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者は被覆切削工具の工具寿命の延長について研究を重ねたところ、被覆切削工具を特定の構成にすると、その耐摩耗性及び耐欠損性を向上させることが可能となり、その結果、被覆切削工具の工具寿命を延長することができることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0008】
すなわち、本発明の要旨は以下の通りである。
[1]
基材と、前記基材の上に形成された被覆層と、を含む被覆切削工具であって、
前記被覆層は、第1層と第2層との交互積層構造を有し、
前記第1層は、下記式(1)で表される組成を有する化合物を含有し、
(AlabTi1-a-b)N (1)
(式(1)中、MはMo元素及びW元素のうちの少なくとも1種を表し、
aはAl元素と、Mで表される元素と、Ti元素との合計に対するAl元素の原子比であり、
0.75≦a≦0.90を満たし、
bはAl元素と、Mで表される元素と、Ti元素との合計に対するMで表される元素の原子比であり、
0.00<b≦0.20を満たす。)
前記第2層は、下記式(2)で表される組成を有する化合物(ただし、前記第1層に含有される化合物とは異なる化合物)を含有し、
(AlcdTi1-c-d)N (2)
(式(2)中、MはMo元素及びW元素のうちの少なくとも1種を表し、
cはAl元素と、Mで表される元素と、Ti元素との合計に対するAl元素の原子比であり、
0.75≦c≦0.90を満たし、
dはAl元素と、Mで表される元素と、Ti元素との合計に対するMで表される元素の原子比であり、
0.00≦d≦0.20を満たす。)
前記a及び前記cの少なくとも一方は、0.80以上であり、
前記交互積層構造の平均厚さが、0.5μm以上5.0μm以下である、被覆切削工具。
[2]
前記交互積層構造のX線回折において、立方晶(111)面及び立方晶(200)面の回折ピーク強度の合計をIcubとし、六方晶(110)面及び六方晶(100)面の回折ピーク強度の合計をIhexとしたとき、Ihex/Icubが、0.00以上0.40以下である、[1]に記載の被覆切削工具。
[3]
前記交互積層構造の化合物全体における平均組成は、下記式(3)で表される、[1]又は[2]に記載の被覆切削工具。
(AlefTi1-e-f)N (3)
(式(3)中、MはMo元素及びW元素のうちの少なくとも1種を表し、
eはAl元素と、Mで表される元素と、Ti元素との合計に対するAl元素の原子比であり、0.80≦e≦0.90を満たし、
fはAl元素と、Mで表される元素と、Ti元素との合計に対するMで表される元素の原子比である。)
[4]
前記式(3)において、fは、0.00<f≦0.10を満たす、[3]に記載の被覆切削工具。
[5]
前記a及び前記cは0.00≦|a-c|≦0.05を満たす、[1]~[4]のいずれか1項に記載の被覆切削工具。
[6]
前記b及び前記dは0.00≦|b-d|≦0.10を満たす、[1]~[5]のいずれか1項に記載の被覆切削工具。
[7]
前記第1層の1層当たりの平均厚さが、2nm以上50nm以下であり、
前記第2層の1層当たりの平均厚さが、2nm以上50nm以下である、[1]~[6]のいずれか1項に記載の被覆切削工具。
【発明の効果】
【0009】
本発明によると、耐摩耗性及び耐欠損性を向上させた工具寿命の長い被覆切削工具を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1】本発明の被覆切削工具の一例を示す模式図である。
図2】本発明の被覆切削工具の別の一例を示す模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本発明を実施するための形態(以下、単に「本実施形態」という。)について詳細に説明するが、本発明は下記本実施形態に限定されるものではない。本発明は、その要旨を逸脱しない範囲で様々な変形が可能である。なお、図面中、同一要素には同一符号を付すこととし、重複する説明は省略する。また、上下左右等の位置関係は、特に断らない限り、図面に示す位置関係に基づくものとする。更に、図面の寸法比率は図示の比率に限られるものではない。
【0012】
本実施形態の被覆切削工具は、基材と、基材の上に形成された被覆層と、を含む被覆切削工具であって、
被覆層は、第1層と第2層との交互積層構造を有し、
第1層は、下記式(1)で表される組成を有する化合物を含有し、
(AlabTi1-a-b)N (1)
(式(1)中、MはMo元素及びW元素のうちの少なくとも1種を表し、
aはAl元素と、Mで表される元素と、Ti元素との合計に対するAl元素の原子比であり、
0.75≦a≦0.90を満たし、
bはAl元素と、Mで表される元素と、Ti元素との合計に対するMで表される元素の原子比であり、
0.00<b≦0.20を満たす。)
第2層は、下記式(2)で表される組成を有する化合物(ただし、前記第1層に含有される化合物とは異なる化合物)を含有し、
(AlcdTi1-c-d)N (2)
(式(2)中、MはMo元素及びW元素のうちの少なくとも1種を表し、
cはAl元素と、Mで表される元素と、Ti元素との合計に対するAl元素の原子比であり、
0.75≦c≦0.90を満たし、
dはAl元素と、Mで表される元素と、Ti元素との合計に対するMで表される元素の原子比であり、
0.00≦d≦0.20を満たす。)
a及びcの少なくとも一方は、0.80以上であり、
交互積層構造の平均厚さが、0.5μm以上5.0μm以下である。
【0013】
このような被覆切削工具が、耐摩耗性及び耐欠損性を向上させた工具寿命の長いものとなる要因は、詳細には明らかでないが、下記のように推定される。ただし、要因は下記のものに限定されない。
交互積層構造を形成する第1層において、式(1)で表される組成である(AlabTi1-a-b)N中のaが0.75以上であると硬度が高くなり、かつ耐酸化性が向上し、被覆切削工具が耐摩耗性に優れる。一方、aが0.90以下であると、六方晶の形成が抑制されることにより硬度の低下を抑制でき、耐摩耗性に優れる。また、bが0.00超であると、Mo元素及びW元素のうちの少なくとも一方を含有することにより、高い靭性を示し、被覆切削工具の耐欠損性が向上する。更に、bが0.20以下であると、Alの含有量を多くすることにより、硬度が向上し耐摩耗性に優れ、又はTiの含有量を多くすることにより、被覆層の密着性が向上し被覆層の剥離を抑制することで耐欠損性に優れる。
次いで、交互積層構造のうち第2層において、式(2)で表される組成である(AlcdTi1-c-d)N中のcが0.75以上であると、硬度が高くなり、かつ耐酸化性が向上し、被覆切削工具が耐摩耗性に優れる。一方、cが0.90以下であると、六方晶の形成が抑制されることにより硬度の低下を抑制できる。また、式(2)において、dが0.00超であると、Mo元素及びW元素のうちの少なくとも一方を含有することにより、高い靭性を示し、被覆切削工具の耐欠損性が向上する。dが0.20以下であると、Alの含有量を多くすることにより、硬度が向上し耐摩耗性に優れ、又はTiの含有量を多くすることにより、被覆層の密着性が向上し被覆層の剥離を抑制することで耐欠損性に優れる。
また、被覆層は、このような第1層及び第2層との交互積層構造を有することにより、加工中に発生した亀裂が基材に向かって進展するのを抑制できるため、被覆切削工具の耐欠損性が向上する。
更に、式(1)及び(2)におけるa及びcのうち、少なくとも一方が0.80以上であることにより、被覆層におけるAlの含有量を多くし、被覆切削工具の耐酸化性及び耐摩耗性が向上する。また、交互積層構造全体の平均厚さが、0.5μm以上であると、被覆切削工具の耐摩耗性が向上し、交互積層構造全体の平均厚さが、5.0μm以下であると、被覆層の剥離を抑制することができ、被覆切削工具の耐欠損性が向上する。これらの効果が相俟って、本実施形態の被覆切削工具は、耐摩耗性及び耐欠損性を向上させた、工具寿命の長いものとなる。
【0014】
本実施形態の被覆切削工具は、基材とその基材の表面に形成された被覆層とを含む。本実施形態に用いる基材は、被覆切削工具の基材として用いられ得るものであれば、特に限定はされない。基材の例として、超硬合金、サーメット、セラミックス、立方晶窒化硼素焼結体、ダイヤモンド焼結体、及び高速度鋼を挙げることができる。それらの中でも、基材が、超硬合金、サーメット、セラミックス及び立方晶窒化硼素焼結体からなる群より選ばれる1種以上であると、被覆切削工具の耐摩耗性及び耐欠損性が一層優れるので、更に好ましい。
【0015】
本実施形態の被覆切削工具において、被覆層全体の平均厚さは、0.5μm以上5.0μm以下であることが好ましい。本実施形態の被覆切削工具において、被覆層全体の平均厚さが0.5μm以上であると、被覆切削工具の耐摩擦性が向上する。また、本実施形態の被覆切削工具において、被覆層全体の平均厚さが5.0μm以下であると、被覆層の剥離が抑制されることに主に起因して耐欠損性が向上する。同様の観点から、被覆層全体の平均厚さは1.0μm以上4.5μm以下であることがより好ましく、1.5μm以上4.0μm以下であることが更に好ましい。
【0016】
[第1層]
本実施形態の被覆切削工具において、第1層は、下記式(1)で表される組成を有する化合物を含有する化合物層である。また、下記式(1)中、MはMo元素及びW元素のうちの少なくとも1種を表し、aはAl元素と、Mで表される元素と、Ti元素との合計に対するAl元素の原子比であり、0.75≦a≦0.90を満たし、bはAl元素と、Mで表される元素と、Ti元素との合計に対するMで表される元素の原子比であり、0.00<b≦0.20を満たす。
(AlabTi1-a-b)N (1)
【0017】
交互積層構造を形成する第1層において、(AlabTi1-a-b)N中のaが0.75以上であると、硬度が高くなり、かつ耐酸化性が向上し、被覆切削工具が耐摩耗性に優れる。一方、aが0.90以下であると、六方晶の形成が抑制されることにより硬度の低下を抑制できる。同様の観点から、(AlabTi1-a-b)N中のaは、0.78以上0.88以下であることが好ましく、0.80以上0.85以下であることがより好ましい。
また、(AlabTi1-a-b)N中、bが0.00超であると、Mo元素及びW元素のうちの少なくとも一方を含有することにより、高い靭性を示し、被覆切削工具の耐欠損性が向上する。一方、bが0.20以下であると、Alの含有量を多くすることにより、硬度が向上し耐摩耗性に優れ、又はTiの含有量を多くすることにより、被覆層の密着性が向上し被覆層の剥離を抑制することで耐欠損性が向上する。同様の観点から、(AlabTi1-a-b)N中のbは、0.02以上0.14以下であることが好ましく、0.04以上0.08以下であることがより好ましい。
【0018】
式(1)において、Mで表される元素はMo元素及びW元素のうちの少なくとも1種である。「Mo元素及びW元素のうちの少なくとも1種」とは、Mo又はWのいずれか1種を含有する場合と、Mo及びWを両方含有する場合とを含む。Moを含有する場合、Wを含む場合に比べて六方晶の形成が抑制されることにより、硬度の低下を抑制する傾向にある。このような観点から、式(1)においてMで表される元素としては、WよりMoを多く含有することが好ましく、Moであることが更に好ましい。
【0019】
また、本実施形態において、各化合物層の組成を、例えば、(Al0.750.05Ti0.20)Nと表記する場合、Al元素とMで表される元素とTi元素との合計に対するAl元素の原子比が0.75、Al元素とMで表される元素とTi元素との合計に対するMで表される元素の原子比が0.05、Al元素とMで表される元素とTi元素との合計に対するTi元素の原子比が0.20であることを意味する。すなわち、Al元素とMで表される元素とTi元素との合計に対し、Al元素の量が75%、Mで表される元素の量が5%、Ti元素の量が20%であることを意味する。
【0020】
[第2層]
本実施形態の被覆切削工具において、第2層は、下記式(2)で表される組成を有する化合物を含有する化合物層である。また、下記式(2)中、Mで表されるはMo元素及びW元素のうちの少なくとも1種を表し、cはAl元素と、Mで表される元素と、Ti元素との合計に対するAl元素の原子比であり、0.75≦c≦0.90を満たし、dはAl元素と、Mで表される元素と、Ti元素との合計に対するMで表される元素の原子比であり、0.00≦d≦0.20を満たす。ただし、第2層は、第1層に含有する化合物とは異なる組成を有する化合物を含有する。
(AlcdTi1-c-d)N (2)
【0021】
交互積層構造を形成する第2層において、(AlcdTi1-c-d)N中のcが0.75以上であると、硬度が高くなり、かつ耐酸化性が向上し、被覆切削工具が耐摩耗性に優れる。一方、cが0.90以下であると、六方晶の形成が抑制されることにより硬度の低下を抑制できる。同様の観点から、(AlcdTi1-c-d)N中のcは、0.78以上0.88以下であることが好ましく、0.80以上0.85以下であることがより好ましい。
また、(AlcdTi1-c-d)N中、dが0.00超であると、Mo元素及びW元素のうちの少なくとも一方を含有することにより、高い靭性を示し、被覆切削工具の耐欠損性が向上する。一方、dが0.20以下であると、Alの含有量を多くすることにより、硬度が向上し耐摩耗性に優れ、又はTiの含有量を多くすることにより、被覆層の密着性が向上し被覆層の剥離を抑制することで耐欠損性が向上する。同様の観点から、(AlcdTi1-c-d)N中のdは、0.02以上0.14以下であることが好ましく、0.04以上0.08以下であることがより好ましい。
【0022】
式(2)において、Mで表される元素はMo元素及びW元素のうちの少なくとも1種である。「Mo元素及びW元素のうちの少なくとも1種」とは、Mo又はWのいずれか1種を含有する場合と、Mo及びWを両方含有する場合とを含む。Moを含有する場合、Wを含む場合に比べて六方晶の形成が抑制されることにより、硬度の低下を抑制する傾向にある。このような観点から、式(2)においてMで表される元素としては、WよりMoを多く含有することが好ましく、Moであることが更に好ましい。
【0023】
また、本実施形態の被覆切削工具において、後述する下部層を形成しない場合、特に限定されないが、第1層及び第2層において、Alの含有割合が異なる場合は、Alの含有割合が低い層を最初に基材の表面に形成することが好ましく、Alの含有割合が同じ場合は、Mで表される元素の含有割合が低く、Tiの含有割合が高い層を、最初に基材の表面に形成することが好ましい。本実施形態の被覆切削工具において、このように基材の表面に形成すると、基材と被覆層との密着性が向上する傾向にある。
【0024】
[交互積層構造]
本実施形態の被覆切削工具は、被覆層において、第1層と第2層とが交互に積層された交互積層構造を有する。本実施形態の被覆切削工具は、被覆層において、第1層と第2層とが交互に積層された交互積層構造を有すると、加工中に発生した亀裂が基材に向かって進展するのを抑制できるため、耐欠損性が向上する。また、交互積層構造において、第1層の組成が式(1)を満たす(AlabTi1-a-b)Nであり、第2層の組成が式(2)を満たす(AlcdTi1-c-d)Nであることで、交互積層構造全体にAlを多く含有しているため、被覆層全体の硬さが向上し、被覆切削工具の耐摩耗性が向上する。
【0025】
本実施形態の被覆層において、式(1)のa及び式(2)のcの少なくとも一方は、0.80以上である。a及びcの少なくとも一方が0.80以上であることにより、被覆層がAlを多く含むことで硬度が高くなり、かつ耐酸化性が向上し、被覆切削工具の耐摩耗性が向上する傾向にある。同様の観点から、式(1)のa及び式(2)のcの少なくとも一方は、0.82以上であることが好ましく、0.85以上であることがより好ましい。
【0026】
本実施形態の被覆層において、式(1)のa及び式(2)のcの差の絶対値(|a-c|)が0.00以上0.05以下であることが好ましい。|a-c|の値が0.05以下であると、交互積層構造の全体にわたりAlを多く含有することとなり、硬度が高くなり、かつ耐酸化性が向上し、被覆切削工具の耐摩耗性が向上するとともに、第1層と第2層との間における密着性も向上し耐欠損性に優れる傾向にある。同様の観点から、|a-c|は、0.04以下であることがより好ましく、0.02以下であることが更に好ましい。
【0027】
また、本実施形態の被覆層において、式(1)のb及び式(2)のdの差の絶対値(|b-d|)が0.00以上0.10以下であることが好ましい。|b-d|の値が0.10以下であると、第1層と第2層との立方晶及び六方晶の結晶の含有割合の差が小さくすることで第1層と第2層との間の密着性が向上し、被覆層の剥離を抑制することができ、被覆切削工具が耐欠損性に優れる傾向にある。同様の観点から、|b-d|は、0.08以下であることがより好ましく、0.06以下であることが更に好ましい。
【0028】
本実施形態の被覆切削工具は、交互積層構造において、第1層と第2層との繰り返し数が、2回以上であることが好ましく、5回以上1250回以下であることがより好ましく、10回以上1000回以下であることが更に好ましく、30回以上750回以下であることがより更に好ましい。第1層と第2層との繰り返し数が上記範囲内にあることにより、耐欠損性が一層向上する傾向にある。
なお、本実施形態において、第1層と、第2層とを1層ずつ形成した場合、「繰り返し数」は1回である。
【0029】
本実施形態の被覆切削工具において、交互積層構造の平均組成が、下記式(3)で表されるものであると好ましい。
(AlefTi1-e-f)N (3)
ここで、MはMo元素及びW元素のうちの少なくとも1種を表し、eはAl元素と、Mで表される元素と、Ti元素との合計に対するAl元素の原子比であり、0.80≦e≦0.90を満たし、fはAl元素と、Mで表される元素と、Ti元素との合計に対するMで表される元素の原子比であり、0.00<f≦0.10を満たす。
【0030】
式(3)において、eが0.80以上であると、硬度が高くなり、かつ耐酸化性が向上し、被覆切削工具が耐摩耗性に優れる傾向にある。一方、eが0.90以下であると、六方晶の形成が抑制されることにより硬度の低下を抑制できる。同様の観点から、eは、0.81以上0.88以下であることがより好ましく、0.82以上0.85以下であることが更に好ましい。
また、式(3)において、fが0.00超であると、Mo元素及びW元素のうちの少なくとも一方を含有することにより、高い靭性を示し、被覆切削工具の耐欠損性が向上する。一方、fが0.10以下であると、Alの含有量を多くすることにより、硬度が向上し耐摩耗性に優れ、又はTiの含有量を多くすることにより、被覆層の密着性が向上し被覆層の剥離を抑制することで耐欠損性が向上する。同様の観点から、fは、0.01以上0.07以下であることがより好ましく、0.02以上0.05以下であることが更に好ましい。
【0031】
本実施形態の被覆切削工具において、第1層及び第2層のそれぞれの1層当たりの平均厚さは、2nm以上100nm以下であることが好ましい。交互積層構造における第1層及び第2層のそれぞれの1層当たりの平均厚さが2nm以上であると、交互積層構造とした場合、加工中において発生する亀裂が基材に向かって進展する現象を抑制でき、更に硬度を向上させるため、被覆切削工具の耐欠損性及び耐摩耗性が一層向上する傾向にある。また、第1層及び第2層のそれぞれの1層当たりの平均厚さが2nm以上であることにより、均一な化合物層を形成することが容易となり、製造上の利点もある。
一方、交互積層構造における第1層及び第2層のそれぞれの1層当たりの平均厚さが100nm以下であると、第1層と第2層との密着性が向上し、被覆層の剥離に起因する工具の欠損が抑制され、被覆切削工具の耐摩耗性が向上する傾向にある。
上記と同様の観点から、交互積層構造における第1層及び第2層のそれぞれの1層当たりの平均厚さは2nm以上50nm以下であることがより好ましく、5nm以上50nm以下であることが更に好ましく、5nm以上30nm以下であることがより更に好ましい。
なお、第1層及び第2層の1層当たりの平均厚さは、同じであってもよく、異なっていてもよい。
【0032】
本実施形態の被覆切削工具において、交互積層構造全体の平均厚さは、0.5μm以上5.0μm以下である。交互積層構造全体の平均厚さが0.5μm以上であると、被覆切削工具の耐摩耗性が向上する。また、交互積層構造全体の平均厚さが、5.0μm以下であると、被覆層の剥離を抑制することができ、被覆切削工具の耐欠損性が向上する。同様の観点から、交互積層構造の平均厚さは、1.0μm以上4.5μm以下であることが好ましく、1.5μm以上4.0μm以下であることがより好ましい。
【0033】
本実施形態の被覆切削工具は、交互積層構造のX線回折において、立方晶(111)面及び立方晶(200)面の回折ピーク強度の合計をIcubとし、六方晶(110)面及び六方晶(100)面の回折ピーク強度の合計をIhexとしたとき、Ihex/Icubが、0.00以上0.45以下であることが好ましい。
hex/Icubが、0.45以下であると、六方晶の形成が抑制されるため、硬度が高くなり、被覆切削工具の耐摩耗性が一層向上する傾向にある。同様の観点から、交互積層構造において、Ihex/Icubは、0.00以上0.40以下であることがより好ましく、0.00以上0.24以下であることが更に好ましく、0.00以上0.12以下であることがより更に好ましい。
【0034】
本実施形態の被覆層における各面指数のピーク強度については、市販のX線回折装置を用いることにより、求めることができる。例えば、株式会社リガク製のX線回折装置RINT TTRIII(製品名)を用いて、Cu-Kα線を用いた2θ/θ集中法光学系のX線回折を、下記条件で測定すると、上記の各面指数のピーク強度を測定することができる。ここで測定条件は、出力:50kV、250mA、入射側ソーラースリット:5°、発散縦スリット:2/3°、発散縦制限スリット:5mm、散乱スリット2/3°、受光側ソーラースリット:5°、受光スリット:0.3mm、BENTモノクロメータ、受光モノクロスリット:0.8mm、サンプリング幅:0.01°、スキャンスピード:4°/min、2θ測定範囲:25°~70°である。X線回折図形から上記の各面指数のピーク強度を求めるときに、X線回折装置に付属の解析ソフトウェアを用いてもよい。解析ソフトウェアでは、三次式近似を用いてバックグラウンド処理及びKα2ピーク除去を行い、Pearson-VII関数を用いてプロファイルフィッティングを行い、各ピーク強度を求めることができる。なお、具体的には、後述の実施例に記載の方法により測定及び算出することができる。
【0035】
図1は、本実施形態の被覆切削工具の一例を示す模式断面図である。被覆切削工具1は、基材2と、その基材2の表面上に形成された被覆層3とを備える。被覆層3は、基材1側から順に、第1層41と第2層42とを交互に繰り返し形成した交互積層構造4を有する。なお、図1に示す交互積層構造4において、第1層41と、第2層42とが交互に6回繰り返し形成されている。
【0036】
[下部層]
本実施形態に用いる被覆層は、第1層及び第2層の交互積層構造だけで構成されていてもよいが、基材と、第1層及び第2層を含む交互積層構造との間に下部層を有すると好ましい。下部層を有することにより、基材と被覆層との密着性が一層向上する傾向にある。同様の観点から、下部層は、Ti、Zr、Hf、V、Nb、Ta、Cr、Mo、W、Al、Si及びYからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素と、C、N、O及びBからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素とからなる化合物(ただし、式(1)で表される組成からなる化合物及び式(2)で表される組成からなる化合物を除く。)の単層又は多層であると好ましく、Ti、V、Nb、Ta、Cr、Mo、W、Al、Si及びYからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素と、C、N、O及びBからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素とからなる化合物(ただし、式(1)で表される組成からなる化合物及び式(2)で表される組成からなる化合物を除く。)の単層又は多層であるとより好ましく、Ti、Ta、Cr、Mo、W、Al、Si及びYからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素と、C、N及びBからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素とからなる化合物の単層又は多層であると更に好ましく、Ti、Cr、Mo及びAlからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素と、C、N及びBからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素とからなる化合物の単層又は多層であると特に好ましい。下部層に含まれる具体的な化合物としては、特に限定されないが、例えば、CrN、TiAlN、TiCN、TiAlMoN、TiAlBN等が挙げられる。
【0037】
本実施形態において、下部層の平均厚さが0.2μm以上2.0μm以下であると、基材と被覆層との密着性が更に向上する傾向を示すため、好ましい。同様の観点から、下部層の平均厚さは、0.3μm以上1.8μm以下であるとより好ましく、0.5μm以上1.5μm以下であると更に好ましい。
【0038】
[上部層]
本実施形態に用いる被覆層は、第1層及び第2層の交互積層構造だけで構成されていてもよいが、交互積層構造における基材と反対側の表面に上部層を有してもよい。上部層は、Ti、Zr、Hf、V、Nb、Ta、Cr、Mo、W、Al、Si及びYからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素と、C、N、O及びBからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素とからなる化合物(ただし、式(1)で表される組成からなる化合物及び式(2)で表される組成からなる化合物を除く。)の単層又は多層であることが好ましい。被覆層が上記のような化合物の単層又は多層である上部層を有すると、耐摩耗性に一層優れる傾向にある。また、同様の観点から、上部層は、Ti、V、Nb、Ta、Cr、Mo、W、Al、Si及びYからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素と、C、N、O及びBからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素とからなる化合物(ただし、式(1)で表される組成からなる化合物及び式(2)で表される組成からなる化合物を除く。)を含むとより好ましく、Ti、Nb、Ta、Cr、Mo、W、Al、Si及びYからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素と、Nとからなる化合物を含むと更に好ましく、Ti、Nb、Mo、Al及びSiからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素と、Nとからなる化合物を含むと特に好ましい。上部層に含まれる具体的な化合物としては、特に限定されないが、例えば、TiN、NbN、TiAlN、TiSiN、TiMoN等が挙げられる。また、上部層は単層であってもよく2層以上の多層であってもよい。
【0039】
本実施形態に用いる被覆層において、上部層の平均厚さは、0.2μm以上2.0μm以下であると好ましい。上部層の平均厚さが0.2μm以上であると、被覆切削工具の耐摩耗性が向上する傾向にある。また、上部層の平均厚さが2.0μm以下であると、被覆層の剥離が抑制されることに主に起因して被覆切削工具の耐欠損性が向上する傾向にある。同様の観点から、上部層の平均厚さは、0.3μm以上1.8μm以下であるとより好ましく、0.5μm以上1.5μm以下であると更に好ましい。
【0040】
本実施形態の被覆切削工具において、被覆層が下部層及び上部層の少なくとも一方を有する場合の被覆層全体の平均厚さは、例えば、0.7μm以上10.0μm以下である。下部層及び上部層の少なくとも一方を有する場合、被覆層全体の平均厚さが0.7μm以上であると、被覆切削工具の耐摩耗性が向上する傾向にある。また、同様の場合に被覆層全体の平均厚さが、10.0μm以下であると、被覆層の剥離を抑制することができ、被覆切削工具の耐欠損性が向上する傾向にある。同様の観点から、被覆層が下部層及び上部層の少なくとも一方を有する場合の被覆層全体の平均厚さは、1.0μm以上9.0μm以下であることが好ましく、2.0μm以上8.0μm以下であることがより好ましい。
【0041】
[被覆層の製造方法]
本実施形態の被覆切削工具における被覆層の製造方法は、特に限定されるものではないが、例えば、イオンプレーティング法、アークイオンプレーティング法、スパッタ法、及びイオンミキシング法などの物理蒸着法が挙げられる。物理蒸着法を使用して、被覆層を形成すると、シャープエッジを形成することができるので好ましい。その中でも、アークイオンプレーティング法は、被覆層と基材との密着性に一層優れるので、より好ましい。
【0042】
[被覆切削工具の製造方法]
本実施形態の被覆切削工具の製造方法について、以下に具体例を用いて説明する。なお、本実施形態の被覆切削工具の製造方法は、当該被覆切削工具の構成を達成し得る限り、特に制限されるものではない。
【0043】
まず、工具形状に加工した基材を物理蒸着装置の反応容器内に収容し、金属蒸発源を反応容器内に設置する。その後、反応容器内をその圧力が1.0×10-2Pa以下の真空になるまで真空引きし、反応容器内のヒーターにより基材をその温度が200℃~700℃になるまで加熱する。加熱後、反応容器内にArガスを導入して、反応容器内の圧力を0.5Pa~5.0Paとする。圧力0.5Pa~5.0PaのArガス雰囲気にて、基材に-500V~-350Vのバイアス電圧を印加し、反応容器内のタングステンフィラメントに40A~50Aの電流を流して、基材の表面にArガスによるイオンボンバードメント処理を施す。基材の表面にイオンボンバードメント処理を施した後、反応容器内をその圧力が1.0×10-2Pa以下の真空になるまで真空引きする。
【0044】
本実施形態に用いる下部層を形成する場合、基材をその温度が250℃~500℃になるまで制御する。制御後、反応容器内にガスを導入して、反応容器内の圧力を3.0Pa~8.0Paとする。ガスとしては、例えば、下部層がTi、Zr、Hf、V、Nb、Ta、Cr、Mo、W、Al、Si及びYからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素と、N及びBの少なくとも1種とからなる化合物で構成される場合、N2ガスが挙げられ、下部層がTi、Zr、Hf、V、Nb、Ta、Cr、Mo、W、Al、Si及びYからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素と、N及びCとからなる化合物で構成される場合、N2ガスとC22ガスとの混合ガスが挙げられる。
混合ガスの体積比率としては、特に限定されないが、例えば、N2ガス:C22ガス=95:5~85:15であってもよい。次いで、基材に-200V~-40Vのバイアス電圧を印加してアーク電流80A~120Aのアーク放電により各層の金属及び非金属成分に応じた金属蒸発源を蒸発させて下部層を形成するとよい。例えば、B元素及びC元素のうち少なくとも1種を含む下部層を形成する場合、必要に応じでB元素及び/又はC元素を含む金属蒸発源を用いてもよい。
【0045】
本実施形態に用いる第2層を形成する場合、基材をその温度が200℃~300℃になるように制御し、N2ガスを反応容器内に導入し、反応容器内の圧力を5.0Pa~12.0Paにする。その後、基材に-400V~-40Vのバイアス電圧を印加し、80A~120Aのアーク放電により第2層の金属成分に応じた金属蒸発源を蒸発させて、第2層を形成するとよい。
【0046】
本実施形態に用いる第1層を形成する場合、基材をその温度が200℃~350℃になるように制御する。なお、その基材の温度を、第2層を形成する際の基材の温度と同じにすると、第2層と第1層とを連続して形成することができるので好ましい。温度を制御した後、N2ガスを反応容器内に導入し、反応容器内の圧力を5.0Pa~12.0Paにする。次いで、基材に-400V~-40Vのバイアス電圧を印加し、アーク電流80A~120Aのアーク放電により第1層の金属成分に応じた金属蒸発源を蒸発させて、第1層を形成するとよい。
【0047】
第1層と第2層とが交互にそれぞれ2層以上積層された交互積層構造を形成するには、第1層の金属成分に応じた金属蒸発源と、第2層の金属成分に応じた金属蒸発源とを上述した条件にて、交互にアーク放電により蒸発させることによって、各層を交互に形成するとよい。第1層の金属成分に応じた金属蒸発源と、第2層の金属成分に応じた金属蒸発源とのアーク放電時間をそれぞれ調整することによって、交互積層構造を構成する各層の厚さを制御することができる。
【0048】
本実施形態に用いる交互積層構造における化合物全体の組成を所定の値にするには、上述の交互積層構造を形成する過程において、交互積層構造における各層の厚さ、各層における金属元素の比率を調整するとよい。
【0049】
本実施形態に用いる被覆層におけるX線回折強度比Ihex/Icubを所定の値にするには、上述の交互積層構造を形成する過程において、基材の温度を調整したり、バイアス電圧を調整したり、各金属元素の原子比を調整するとよい。より具体的には、構造積層構造を形成する過程において、基材の温度を低くしたり、負のバイアス電圧を大きく(ゼロから離れる方向)すると、Ihex/Icubが小さくなる傾向がある。また、交互積層構造を形成する過程において、Al元素の原子比を少なくし、Mで表される元素(Mo元素及びW元素のうちの少なくとも1種)又はTi元素の原子比を多くすると、Ihex/Icubが小さくなる傾向がある。
【0050】
本実施形態に用いる上部層を形成する場合、上述した下部層と同様の製造条件により形成するとよい。すなわち、まず、基材をその温度が200℃~500℃になるまで制御する。制御後、反応容器内にガスを導入して、反応容器内の圧力を3.0Pa~8.0Paとする。ガスとしては、例えば、上部層がTi、Zr、Hf、V、Nb、Ta、Cr、Mo、W、Al、Si及びYからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素と、N及びBのうち少なくとも1種とからなる化合物で構成される場合、N2ガスが挙げられ、上部層がTi、Zr、Hf、V、Nb、Ta、Cr、Mo、W、Al、Si及びYからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素と、N及びCとからなる化合物で構成される場合、N2ガスとC22ガスとの混合ガスが挙げられる。混合ガスの体積比率としては、特に限定されないが、例えば、N2ガス:C22ガス=95:5~85:15であってもよい。次いで、基材に-200V~-40Vのバイアス電圧を印加してアーク電流80A~120Aのアーク放電により各層の金属及び非金属成分に応じた金属蒸発源を蒸発させて、上部層を形成するとよい。例えば、B元素及びC元素のうち少なくとも1種を含む上部層を形成する場合、必要に応じでB元素及び/又はC元素を含む金属蒸発源を用いてもよい。
【0051】
本実施形態の被覆切削工具における被覆層を構成する各層の厚さは、被覆切削工具の断面組織から、光学顕微鏡、走査型電子顕微鏡(SEM)、透過型電子顕微鏡(TEM)などを用いて測定することができる。なお、本実施形態の被覆切削工具における各層の平均厚さは、金属蒸発源に対向する面の刃先稜線部から、当該面の中心部に向かって50μmの位置の近傍における3箇所以上の断面から各層の厚さを測定して、その平均値(相加平均値)を計算することで求めることができる。
【0052】
また、本実施形態の被覆切削工具における被覆層を構成する各層の組成は、本実施形態の被覆切削工具の断面組織から、エネルギー分散型X線分析装置(EDS)や波長分散型X線分析装置(WDS)などを用いて測定することができる。
【0053】
本実施形態の被覆切削工具は、少なくとも耐摩耗性及び耐欠損性に優れていることに起因して、従来よりも工具寿命を延長できるという効果を奏すると考えられる(ただし、工具寿命を延長できる要因は上記に限定されない)。本実施形態の被覆切削工具の種類として具体的には、フライス加工用又は旋削加工用刃先交換型切削インサート、ドリル、及びエンドミルなどを挙げることができる。
【実施例
【0054】
以下、実施例によって本発明を更に詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0055】
(実施例1)
基材として、CNMG120408-SMのインサート形状(株式会社タンガロイ製)に加工した、94.7%WC-5.0%Co-0.3%Cr32(以上質量%)の組成を有する超硬合金を用意した。アークイオンプレーティング装置の反応容器内に、表1~3に示す化合物層の組成になるよう金属蒸発源を配置した。用意した基材を、反応容器内の回転テーブルの固定金具に固定した。
【0056】
その後、反応容器内をその圧力が5.0×10-3Pa以下の真空になるまで真空引きした。真空引き後、反応容器内のヒーターにより、基材をその温度が450℃になるまで加熱した。加熱後、反応容器内にその圧力が2.7PaになるようにArガスを導入した。
【0057】
圧力2.7PaのArガス雰囲気にて、基材に-400Vのバイアス電圧を印加して、反応容器内のタングステンフィラメントに40Aの電流を流して、基材の表面にArガスによるイオンボンバードメント処理を30分間施した。イオンボンバードメント処理終了後、反応容器内をその圧力が5.0×10-3Pa以下の真空になるまで真空引きした。
【0058】
発明品1~3、7~10、12~15、17~41、参考品1~5、及び比較品1~12について、真空引き後、基材をその温度が表4及び5に示す温度(成膜開始時の温度)になるように制御し、窒素ガス(N2)を反応容器内に導入し、反応容器内を表4及び5に示す圧力に調整した。その後、基材に表4及び5に示すバイアス電圧を印加して、表1~3に示す組成の第2層と第1層との金属蒸発源をこの順で交互に、表4及び5に示すアーク電流のアーク放電により蒸発させて、基材の表面に第2層と第1層とをこの順で交互に形成した。このとき表4及び5に示す反応容器内の圧力になるよう制御した。また、第1層及び第2層の厚さは、表1~3に示す厚さとなるように、それぞれのアーク放電時間を調整して制御した。
【0059】
基材の表面に表1~3に示す所定の平均厚さまで化合物層を形成した後に、ヒーターの電源を切り、試料温度が100℃以下になった後で、反応容器内から試料を取り出した。
【0060】
得られた試料の化合物層の平均厚さは、被覆切削工具の金属蒸発源に対向する面の刃先稜線部から当該面の中心部に向かって50μmの位置の近傍において、3箇所の断面をTEM観察し、化合物層の厚さを測定し、その平均値(相加平均値)を計算することで求めた。第1層の1層当たりの平均厚さは、各々の第1層の厚さを合計した総厚さを第1層の数(繰り返し数)で除した値として算出した。第2層の1層当たりの平均厚さも同様に、各々の第2層の厚さを合計した総厚さを第2層の数(繰り返し数)で除した値として算出した。その結果を、表1~3に示す。
【0061】
得られた試料の各化合物層の組成は、被覆切削工具の金属蒸発源に対向する面の刃先稜線部から中心部に向かって50μmまでの位置の近傍の断面において、TEMに付属するEDSを用いて測定した。なお、組成差|a―c|及び|b―d|は、当該測定方法から得られるaとc、若しくはbとdとの差の絶対値を求めて算出した。その結果も、表1~3に併せて示す。また、交互積層構造の化合物全体における式(3)で表される組成(AlefTi1-e-f)Nにおける及びの値は、TEMに付属するEDSを用いて測定した。具体的には、被覆切削工具の金属蒸発源に対向する面の刃先稜線部から中心部に向かって50μmまでの位置の近傍の断面において、交互積層構造を面分析した。このとき、測定範囲は「交互積層構造の平均厚さの80%の長さ」×「1μm(基材表面と略平行な方向の長さ)以上」とした。面部分析の結果から交互積層構造の平均組成(AlefTi1-e-f)Nの原子比をそれぞれ求めた。それらの結果も、表1~3に示す。
【0062】
【表1】
【0063】
【表2】
【0064】
【表3】
【0065】
【表4】
【0066】
【表5】
【0067】
得られた試料の交互積層構造における比Ihex/Icubについては、株式会社リガク製のX線回折装置である型式:RINT TTRIIIを用いて測定した。具体的には、Cu-Kα線による2θ/θ集中法光学系のX線回折測定を、出力:50kV、250mA、入射側ソーラースリット:5°、発散縦スリット:2/3°、発散縦制限スリット:5mm、散乱スリット:2/3°、受光側ソーラースリット:5°、受光スリット:0.3mm、BENTモノクロメータ、受光モノクロスリット:0.8mm、サンプリング幅:0.01°、スキャンスピード:4°/分、2θ測定範囲:20~70°という条件にて、交互積層構造の立方晶(200)面のピーク強度及び交互積層構造の立方晶(111)面のピーク強度を測定し、その和Icubを計算、並びに交互積層構造の六方晶(110)面及び交互積層構造の六方晶(100)面のピーク強度Ihexを測定することにより、比Ihex/Icubを算出した。その結果を、表6及び7に示す。なお、X線回折図形から上記の各面指数のピーク強度を求めるときに、X線回折装置に付属の解析ソフトウェアを用いた。解析ソフトウェアでは、三次式近似を用いてバックグラウンド処理及びKα2ピーク除去を行い、Pearson-VII関数を用いてプロファイルフィッティングを行い、各ピーク強度を求めた。また、交互積層構造の結晶系もX線回折測定で確認した。より具体的には、測定対象として交互積層構造の立方晶(200)面、立方晶(111)、六方晶(110)面、及び六方晶(100)面のピーク強度を測定した。このとき第1層と第2層とのピークを分離するのではなく、両方の反射を含むピーク強度を求めた。便宜上、このようにして求めたピーク強度から上記の比Ihex/Icubを算出し、交互積層構造のIhex/Icubとした。
【0068】
【表6】
【0069】
【表7】
【0070】
得られた試料を用いて、以下の切削試験を行い、評価した。
【0071】
[切削試験]
被削材:SUS329J4L
被削材形状:外周面に、1本の溝が入っている丸棒
切削速度:180m/分
送り:0.25mm/rev、
切り込み深さ:1.0mm、
クーラント:水溶性
評価項目:工具の逃げ面摩耗幅が0.3mmを超えるまで、又は刃先が欠損に至るまでの加工時間を工具寿命とした。工具寿命までの加工時間が長いほど、耐欠損性及び耐摩耗性に優れることを意味する。
得られた評価の結果を表8及び9に示す。
【0072】
【表8】
【0073】
【表9】
【0074】
表8及び9に示されている結果より、被覆切削工具が基材と基材の表面に形成された被覆層とを含み、被覆層は、第1層と第2層とが交互にそれぞれ2層以上積層された交互積層構造を有し、第1層は式(1)を満たす化合物層であり、第2層は式(2)を満たす化合物層であり、式(1)のa及び式(2)のcの少なくとも一方は0.80以上であり、交互積層構造の平均厚さが、0.5μm以上5.0μm以下である発明品の方が、そうでない比較品より優れた耐欠損性及び耐摩耗性を有し、長い工具寿命を有することがわかった。
【0075】
(実施例2)
基材として、CNMG120408-SMのインサート形状(株式会社タンガロイ製)に加工した、94.7%WC-5.0%Co-0.3%Cr32(以上質量%)の組成を有する超硬合金を用意した。アークイオンプレーティング装置の反応容器内に、所定の金属蒸発源を配置した。用意した基材を、反応容器内の回転テーブルの固定金具に固定した。
【0076】
その後、反応容器内をその圧力が5.0×10-3Pa以下の真空になるまで真空引きした。真空引き後、反応容器内のヒーターにより、基材をその温度が450℃になるまで加熱した。加熱後、反応容器内にその圧力が2.7PaになるようにArガスを導入した。
【0077】
圧力2.7PaのArガス雰囲気にて、基材に-400Vのバイアス電圧を印加して、反応容器内のタングステンフィラメントに40Aの電流を流して、基材の表面にArガスによるイオンボンバードメント処理を30分間施した。イオンボンバードメント処理終了後、反応容器内をその圧力が5.0×10-3Pa以下の真空になるまで真空引きした。
【0078】
発明品42~46について、真空引き後、基材をその温度が表11に示す温度(成膜開始時の温度)になるまで制御し、N2ガスを反応容器内に導入し、反応容器内を表11に示す圧力に調整した。その後、基材に表11に示すバイアス電圧を印加して、表11に示すアーク電流のアーク放電により表10に示す下部層の組成に応じた金属蒸発源を蒸発させて、下部層を形成した。
【0079】
発明品42については発明品1と、発明品43については発明品2と、発明品44については発明品25と、発明品45については発明品23と、発明品46については発明品7と、発明品47については発明品8と、発明品48については発明品12と、発明品49については発明品13と、交互積層構造の製造条件と同様にし、下部層の表面に第2層と第1層とを交互に形成し、交互積層構造を形成した。
【0080】
次いで、発明品45~49については、真空引き後、基材をその温度が表11に示す温度(成膜開始時の温度)になるまで制御し、N2ガスを反応容器内に導入し、反応容器内を表11に示す圧力に調整した。その後、基材に表11に示すバイアス電圧を印加して、表11に示すアーク電流のアーク放電により表10に示す上部層の組成に応じた金属蒸発源を蒸発させて、上部層を形成した。基材の表面に表10に示す所定の平均厚さまで各層を形成した後に、ヒーターの電源を切り、試料温度が100℃以下になった後で、反応容器内から試料を取り出した。
【0081】
得られた試料の各層の平均厚さ、組成、交互積層構造における比Ihex/Icub、及び残留応力については、実施例1と同様にして測定及び算出した。その結果を表12に示す。なお、当該測定の際、以下の(i)~(iii)の方法により、交互積層構造のピークを特定した。
(i)被覆層が上部層を備えている場合は、バフ研磨により、上部層を除去することで、交互積層構造のピークを特定した。
(ii)被覆層が下部層を備えている場合は、下部層の影響を受けないように、薄膜X線回折法により、交互積層構造のピークを特定した。
(iii)被覆層が上部層及び下部層を備えている場合は、上記(i)及び(ii)を組み合わせることで、交互積層構造のピークを特定した。
【0082】
【表10】
【0083】
【表11】
【0084】
【表12】
【0085】
得られた試料を用いて、実施例1と同じく切削試験を行い、発明品を評価した。その結果を表13に示す。
【0086】
【表13】
【0087】
表13に示されている結果より、被覆切削工具が基材と基材の表面に形成された被覆層とを含み、被覆層は、第1層と第2層とが交互にそれぞれ2層以上積層された交互積層構造を有し、第1層は式(1)を満たす化合物層であり、第2層は式(2)を満たす化合物層であり、式(1)のa及び式(2)のcの少なくとも一方は0.80以上であり、交互積層構造の平均厚さが、0.5μm以上5.0μm以下であり、更に、下部層及び上部層の少なくとも一方を有する発明品は、耐欠損性及び耐摩耗性に一層優れ、更に長い工具寿命を有することがわかった。
【産業上の利用可能性】
【0088】
本発明の被覆切削工具は、耐摩耗性及び耐欠損性に優れることにより、従来よりも工具寿命を延長できるので、その点で産業上の利用可能性が高い。
【符号の説明】
【0089】
1…被覆切削工具、2…基材、3…被覆層、4…交互積層構造、41…第1層、42…第2層、5…下部層、6…上部層。
図1
図2