(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-03-26
(45)【発行日】2024-04-03
(54)【発明の名称】コバルト基合金
(51)【国際特許分類】
B23K 35/30 20060101AFI20240327BHJP
C22C 19/07 20060101ALI20240327BHJP
【FI】
B23K35/30 340M
C22C19/07 G
(21)【出願番号】P 2023203706
(22)【出願日】2023-12-01
【審査請求日】2023-12-04
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】592216384
【氏名又は名称】兵庫県
(73)【特許権者】
【識別番号】000225027
【氏名又は名称】特殊電極株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100123021
【氏名又は名称】渥美 元幸
(72)【発明者】
【氏名】青木 俊憲
(72)【発明者】
【氏名】中谷 康夫
(72)【発明者】
【氏名】坂尾 光正
(72)【発明者】
【氏名】豊島 悟
【審査官】守安 太郎
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2014/046289(WO,A1)
【文献】特開平03-294085(JP,A)
【文献】特開昭63-052793(JP,A)
【文献】特開平02-147195(JP,A)
【文献】特開平11-077375(JP,A)
【文献】特開2013-060633(JP,A)
【文献】特開2014-065043(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23K 35/30
C22C 19/07
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
化学組成が重量比で、
Cが0.4~0.7%、
Siが0.5~2.0%、
Mnが1.0%以下、
Crが22.0~27.0%、
Wが2.0~3.5%、
Feが3.5~7.5%、
Niが4.0~6.5%、
Moが4.0%未満、
Nbが5.0~7.5%、
Tiが0.3~0.8%
未満、
Coが45~60%、
残部が不可避の不純物
である
ことを特徴とする
肉盛溶接用コバルト基合金。
【請求項2】
化学組成が重量比で、
Cが0.4~0.7%、
Siが0.5~2.0%、
Mnが1.0%以下、
Crが22.0~27.0%、
Wが2.0~3.5%、
Feが3.5~7.5%、
Niが4.0~6.5%、
Nbが5.0~7.5%、
Tiが0.3~0.8%
未満、
Coが45~60%、
残部が不可避の不純物
である
ことを特徴とする
肉盛溶接用コバルト基合金。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、肉盛溶接に用いられる溶接材料のコバルト基合金に関し、割れ感受性が低く耐摩耗性に優れたコバルト基合金に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、肉盛溶接に用いられるコバルト系を主とする溶接材料では、耐摩耗性の向上のために、硬い溶接材料を選ぶことにより耐摩耗性が確保されていた。高硬度で耐摩耗性に優れた溶接材料としては、Co-Cr-W系合金(ステライト合金:「ステライト」は登録商標、以下省略)が知られている。また、特許文献1では、Co-Cr-W合金と同等以上の溶接割れ感受性と、Co-Cr-Mo-Si合金と同等以上の耐摩耗性を兼ね備えた高硬度肉盛合金粉末も開示されている。
【0003】
肉盛溶接では高さが必要とされることがあり、その場合には溶接層を順次何回も重ねるように溶接して所定の高さに仕上げる肉盛施工、いわゆる多層盛が行われる。多層盛の際には、表面に耐摩耗性を付与するために、コバルト系の低硬度のものを下盛しておき、最終層から二層以内のみをステライト合金(♯6,♯12,♯1)等で肉盛する施工法が使用されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、上記の施工法では、溶接材料を変更しなければならず、熱管理が重要で、施工中も温度を下げないように熱をかけ続けなければならないといった問題があり、電気炉やガスバーナー等の機材を要し、施工場所や機材等の施工に制限がかかるといった問題もある。
【0006】
また、溶接ビードに割れが入ってしまうと、コバルト基を主とする材料は割れの展開が幅広くなる傾向が強く、溶接金属部だけでなく母材まで割れが進展してしまうことがあるところ、高硬度ゆえに割れを生じやすい、つまり、割れ感受性が高いという問題がある。割れが発生してしまうと、その箇所をガウジング・グラインダー等を用いて広い範囲で割れを除去しなければならないが、除去の際にはコバルトの粉塵が生じるため、人体へ悪影響が及ぶおそれがあるという問題がある。コバルトの粉塵は、作業者が防護マスクを着用していても防ぎきれるものではないのである。
【0007】
さらに、上記特許文献1の材料で溶接割れ感受性が良好と述べられているが、高硬度で耐摩耗性を確保することに変わりはなく、高硬度ゆえに割れを生じやすいという問題は残ることになる。また、その評価も一層盛によるものであり、割れ感受性が高まりやすくなる多層盛に適用できるかは示されていない。
【0008】
そこで、本発明は、上記のような問題点に鑑みなされたものであり、材料変更をすることなく多層盛が可能で、かつ、Co-Cr-W系合金よりも低硬度で耐摩耗性に優れ、多層盛の施工でも割れ感受性が低いコバルト基合金を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記の課題を解決するため、本発明に係るコバルト基合金は、化学組成が重量比で、Cが0.4~0.7%、Siが0.5~2.0%、Mnが1.0%以下、Crが22.0~27.0%、Wが2.0~3.5%、Feが3.5~7.5%、Niが4.0~6.5%、Moが4.0%未満、Nbが5.0~7.5%、Tiが0.3~0.8%、その他不可避の不純物が0.1%以下で、Coが45~60%としたことを特徴とする。
【0010】
また、本発明に係るコバルト基合金は、化学組成が重量比で、Cが0.4~0.7%、Siが0.5~2.0%、Mnが1.0%以下、Crが22.0~27.0%、Wが2.0~3.5%、Feが3.5~7.5%、Niが4.0~6.5%、Nbが5.0~7.5%、Tiが0.3~0.8%、その他不可避の不純物が0.1%以下で、Coが45~60%としたことを特徴とする、としてもよい。
【発明の効果】
【0011】
本発明に係るコバルト基合金によれば、材料変更をすることなく多層盛の施工をすることができる。また、施工された肉盛溶接部は、Co-Cr-W系合金よりも低硬度で耐摩耗性に優れたものとなる。そして、本発明に係るコバルト基合金は、多層盛の施工でも割れ感受性が低い、つまり、割れにくいものとなる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】本実施の形態に係るコバルト基合金の金属組織の晶出・析出状態を表す図である。
【
図2】Ti添加量に伴う耐摩耗性に関する試験結果を示す図である。
【
図3】高温引張(伸び)に関する比較試験の結果を示す図である。
【
図4】高温引張(耐力)に関する比較試験の結果を示す図である。
【
図5】耐摩耗性について従来のコバルト基合金との比較結果を示す図である。
【
図6】ナノインデンテーション硬さ試験の結果を示す図である。
【
図7】耐摩耗性について従来のコバルト基合金との比較結果を示す図である。
【
図8】Ti添加量に伴うTi出現面積率を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明に係るコバルト基合金について詳細に説明する。
【0014】
本発明の実施の形態に係るコバルト基合金は、複雑な形状の対象物等へ多層盛を行う際の肉盛溶接に適した溶接材料であり、その化学組成を、重量比で、Cが0.4~0.7%、Siが0.5~2.0%、Mnが1.0%以下、Crが22.0~27.0%、Wが2.0~3.5%、Feが3.5~7.5%、Niが4.0~6.5%、Moが4.0%未満、Nbが5.0~7.5%、Tiが0.3~0.8%、その他不可避の不純物が0.1%以下で、Coが45~60%としたものである。
【0015】
このコバルト基合金の溶接材料は、従来のステライト合金よりも低硬度でありながら耐摩耗性に優れたものとなるので、肉盛施工において割れの発生を心配することを減らすことができる。その結果として、手直しが不要となり工程へ支障を来すことがなくなりコストダウンにつながるばかりか、作業者の安全性も確保することができる。また、施工場所・電気炉などの機材の使用制限を懸念したり、熱管理に対して過敏になったりする必要もない。なお、このコバルト基合金の溶接材料は、多層盛に適したものであるが、多層盛に限らず耐摩耗性が求められる対象物への肉盛溶接に用いることもできる。また、プラズマアーク溶接法のように熱源の大きな施工法では予熱の必要が無く、予熱をせずに施工することが可能である。
【0016】
(基地部面積率)本実施形態のコバルト基合金と、従来のステライト合金とを、走査電子顕微鏡の画像(×500)を使用して、基地部の面積率を計測し比較した。以下、比較対象の従来のステライト合金には、使用頻度が多いステライト合金♯6とステライト合金♯21を用いた結果を示す。
【0017】
その結果、本実施形態のコバルト基合金の粉末合金ではTi添加量によって基地部面積率が異なり85.5~90%であったのに対し、ステライト合金♯6の基地部面積率は77%で、ステライト合金♯21の基地部面積率は93%であった。このように、本実施形態のコバルト基合金は、従来のステライト合金♯6とステライト合金♯21の中間の基地部面積率を保持しており、基地部の面積が大半を占める組織となっている。なお、本実施形態のコバルト基合金をTi添加量別に計測したところ、Ti0.3%で基地部面積率90%となり、Ti0.8%が85.5%となり、Ti添加量が大きいほど面積率が減少する結果を示しており、Ti添加量が増えるにつれて基地部の占める面積率が減少することになっている。
【0018】
(析出炭化物形状)本実施形態のコバルト基合金について、走査電子顕微鏡を用いて析出炭化物の形状を観察した。
図1は、金属組織の晶出・析出状態を表す図であり、走査電子顕微鏡で撮影した写真(×5000)である。第1炭化物組織1は、Tiを主とした炭化物組織である。第2炭化物組織2は、Nbを主とした炭化物組織である。Co-Cr合金に対して、本実施形態のコバルト基合金では所定量のTiを添加することにより、Tiを核としてNb、Mo等を主とした炭化物組織を粒状に生成しており、より強固な複合炭化物となって基地部、析出部に展開している。
【0019】
(基地部硬さ)本実施形態のコバルト基合金と、従来のステライト合金とを基地部の硬さについて比較した。本実施形態のコバルト基合金および従来のステライト合金のミクロ組織をナノインデンテーション試験において、5μm間隔で100点硬さ計測をし、その中で組織の大半を占める基地部の硬さのみ各50点の平均値を出し、硬さ比較を行った。なお、ISO14577に準じて硬さ単位はHIT/GPaにて表すことにし、数値が高いほど硬いことを示すものとする。
【0020】
本実施形態のコバルト基合金は、Ti添加量0.3~0.8%の範囲で硬さを計測し、6.0~6.4HIT/GPaであった。ステライト合金♯21は、6.8HIT/GPaであり、ステライト合金♯6は、8.8HIT/GPaであった。本実施形態のコバルト基合金の基地部は、ステライト合金♯21よりも低硬度であることがわかり、割れ感受性に有効な影響を与えているといえる。
【0021】
(析出炭化物硬さ)本実施形態のコバルト基合金と、従来のステライト合金とを析出炭化物の硬さについて比較した。ナノインデンテーション硬さ試験において、析出炭化物を計測した値は、本実施形態のコバルト基合金では、Ti添加量0.3~0.8%の範囲での硬さで20~26HIT/GPaであった。Ti添加量の増加に伴ない、析出炭化物が硬くなる傾向にある。ステライト合金♯21は、18.4HIT/GPaであり、ステライト合金♯6は、20HIT/GPaであった。本実施形態のコバルト基合金の析出炭化物は、ステライト合金♯6より硬い析出炭化物が点在している結果となっており、耐摩耗性向上に寄与しているといえる。
【0022】
(Ti添加の耐摩耗性への影響)Tiは、本実施形態のコバルト基合金の特徴である耐摩耗性に関係する重要な元素である。Tiは、0.1%の微量な添加量であっても、全く添加しない0%より耐摩耗性に大きな影響を与える。Tiを0.1~1.0%添加した場合の耐摩耗性に関する試験を実施した。
図2は、Ti添加量に伴う耐摩耗性に関する試験結果を示す図である。
【0023】
0.1~0.2%の添加量で計測位置によっては大幅な硬さの低下が確認された。これは固溶形態が崩れ基地部に含まれていた化合物が、Tiに引き寄せられる形となり、それが硬度低下に繋がったものと考えられる。
図2に示す結果からは、Tiの添加量が増えるにつれて耐摩耗性は漸次良好になる傾向にあるといえる。
【0024】
(高温引張り試験)本実施形態のコバルト基合金と、従来のステライト合金とを高温引張試験を実施し比較した。
図3は、高温引張(伸び)に関する比較試験の結果を示す図であり、
図4は、高温引張(耐力)に関する比較試験の結果を示す図である。
【0025】
図3および
図4に示されているように、結果として本実施形態のコバルト基合金は耐力において優れていることが解かる。耐力が従来のCo基材料に比べ優位性があり、弾性変形の領域が広いため、本実施形態のコバルト基合金は割れ感受性が低く、多層盛も可能な合金になっているといえる。
【0026】
(耐摩耗性)本実施形態のコバルト基合金について、Tiの添加量を0.5%とした場合の摩耗量を「1」とし、現在JIS規格のステライト合金材料との耐摩耗性の比較をラバーホイル試験にて実施した。
図5は、耐摩耗性について従来のコバルト基合金との比較結果をグラフ化して示す図である。なお、ラバーホイル試験の条件は、荷重:8.8kg、回転数:3000回転、回転速度:120rpm、ホイール寸法:Φ250mm×15mm、使用ケイ砂6号:HV900~1000、各2個での摩耗量平均値を測定、としたものである。
図5に示すように、本実施形態のコバルト基合金の粉末合金の耐摩耗性は、ステライト合金♯6やステライト合金♯12以上の耐摩耗性を得られることが解かった。
【0027】
上述のように、本実施形態のコバルト基合金は基地部の硬さが低いために割れ感受性が低く、Tiを核としてNbやMo等を主とした粒状の析出炭化物となって生成しており、より強固な複合炭化物となって基地部、析出部に展開している。このような金属組織が全体に点在することにより、比較対象材料であるステライト合金♯6等よりも優れた耐摩耗性を有するものとなる。また、硬さはビッカース硬さでHV350~400と、ステライト合金♯6よりも低い硬度になっている。したがって、本実施形態のコバルト基合金は、高硬度とすることで耐摩耗性を向上させるといった従来のコバルト基合金とは異なる特性を持つものといえる。
【0028】
次に、本実施形態のコバルト基合金の溶接材料の化学成分組成について説明する。なお、範囲数値は化学組成が重量比としての%で表している。
【0029】
Co(コバルト)は、本実施形態のコバルト基合金の基地部を生成構成する主要成分である。当該成分は、強度、耐熱性、耐摩耗性および靭性の向上の効果が得られるが、45%未満では耐熱性、靭性が低下し、60%を超えると耐摩耗性が得られないので、45~60%の範囲での添加とするのが好ましい。
【0030】
Cr(クロム)はCoと同じく一次固溶体の構成元素で高い耐摩耗性に寄与するとともに、強度・靭性を向上させる作用がある。当該成分の添加は実施試験結果を踏まえ22~27%の範囲とするのが好ましい。
【0031】
Nb(ニオブ)は耐摩耗性向上や結晶の微細化や靭性の向上の効果が得られる。また、Tiを囲うようにMoと共に晶出・析出し、複合炭化物の生成に大きな役割を果たす元素である。当該成分は、添加量が低いと微細化して耐摩耗性に影響を及ぼし、多く添加すると湯流れが悪くなり、溶接性に影響を及ぼすため、5.0~8.0%の範囲で添加するのが好ましい。
【0032】
Ni(ニッケル)は素地の靭性を高める効果の大きい元素であり、また耐衝撃性向上の効果も得られる。当該成分の添加は、実施試験の結果考察にて4.0~6.5%を範囲とする。
【0033】
Mo(モリブデン)は、Nbとともに、主に析出部に晶出・析出しており、硬さや耐摩耗性を向上させる役割を果たす。添加量を増加させることで耐摩耗性の向上は見込めるが、実施試験において添加量が4%を超えると多層盛(3層盛以上)をした場合に割れが発生する結果が出ている。XRDを用いMoを1%単位で添加していきピークシフト位置を測定した。4%を超えるとピークシフトが低角度側に傾いており、格子構造が膨らんでいる状態にあると思われ、これが上記試験結果のクラック発生の要因の一つとして推察される。またナノインデンテーション硬さ試験においてMoを添加することによりTi添加量の増減に関わらず基地部の硬さが安定している効果が確認された。
図6は、ナノインデンテーション硬さ試験の結果を示す図である。上述の実施試験、基地部の硬さの安定効果・XRDの結果に基づいて、本実施形態のコバルト基合金の化学組成重量比においては、Moの添加量を4%未満とするのが好ましい。
【0034】
なお、本実施形態のコバルト基合金にMoを添加しないとしてもよい。例えば、フラックスコアードワイヤなどの充填率に限界がある場合などには、Moを添加しないという選択肢もありうる。この場合でも、Moを添加した場合に比して耐摩耗性は若干劣ることになるが、従来のステライト合金よりも優れた耐摩耗性を発揮することができる。
【0035】
図7は、耐摩耗性について従来のコバルト基合金との比較結果を示す図であり、本実施形態のコバルト基合金からMoを除いた成分で製作したフラックスコアードワイヤΦ1.6mmと、従来のステライト合金♯21で製作したワイヤと、ステライト合金♯6で製作したワイヤとの摩耗度合いを比較したグラフで、本実施形態のコバルト基合金からMoを除いたものの摩耗量を「1」として表している。
図7から、本実施形態のコバルト基合金にMoを添加しないものでも、従来のステライト合金よりも耐摩耗性に優れていることが分かる。
【0036】
W(タングステン)は基地部に固溶して基地部を強化するとともに、Ti、Nb、Moと共に複合炭化物として晶出・析出し、溶接金属の耐摩耗性を向上させるものである。当該成分は、下限値の2.0%を下回ると耐摩耗性が低下し、3.5%の上限値を超えると、割れ感受性が低いという本実施形態のコバルト基合金の特性を得ることができない。よって、実試験結果から当該成分は、2.0~3.5%の範囲で添加するのが好ましい。
【0037】
Ti(チタン)は本実施形態のコバルト基合金の成分において最も重要な元素である。Tiを核としてNb、Mo等を主とした粒状の析出炭化物となって生成しており、より強固な複合炭化物となって基地部、析出部に粒状になって、金属組織全体に点在している。これにより耐摩耗性向上に大きな役割を果たす。上述したように、0.1%の添加でも大幅に耐摩耗性が向上するが、硬さにおいて0%と0.1%添加ではビッカース硬さがHV50程度低下し、硬さを計測する位置により安定しない数値が確認された。
【0038】
この原因調査の一環として画像処理ソフトにてSEM画像でTi添加別のTi出現面積率をn数2で計測をした。
図8に示すように、計測結果によれば、0.1%添加と0.2%添加とでは0.1~0.2%未満となっており、添加量に対して面積率が確保できておらず、0.3%以上添加では0.4~0.5%台と安定して、面積率を確保できている。このことから0.3%未満では強固な複合炭化物の発生数が少なく、耐摩耗性においてムラが起こる可能性があるといえる。よって、ミクロ組織の視点から微細化した炭化物数の安定性を図る観点からTiの最小添加量を0.3%とする。
【0039】
また、実施肉盛試験において、Ti添加量1.0%で行うと溶融プールの流れが悪く、オーバーラップのビードとなり、溶接性が損なわれる他、割れ感受性に影響する可能性がある。XRDでピーク位置を測定した結果、0.8%以上になるとピークシフトが低角度に傾いており、格子構造が膨らんでいることが割れ感受性向上に影響があると推察される。またミクロ組織を観察しても1.0%以上添加になるとTiが分散せずに塊になり、割れ感受性が高くなる。以上のことより本実施形態のコバルト基合金におけるTiの添加は、0.3~0.8%の範囲とするのが好ましい。
【0040】
C(炭素)は強度・硬さ・耐摩耗性に効果があり、基地部に固溶して強化するものである。当該成分は、0.4%未満になると基地部の硬さ低下に繋がり、炭化物の生成量が不足し、耐摩耗性、硬さが損なわれる。一方、0.8%以上では割れ感受性が向上してしまい、本実施形態のコバルト基合金にとって十分な割れ感受性が得られない。実試験における結果に基づいて、当該成分の範囲は0.4~0.7%とする。
【0041】
Si(シリコン)は主に共晶部に存在し、珪化物を形成する。また合金の融点を下げることで溶融地が広がりやすく溶接性が向上するが、入れすぎて重量比で2.0%を超えると溶接金属が脆化してしまう。よって、当該成分は0.5~2.0%以下の範囲で添加するのが好ましい。
【0042】
Mn(マンガン)は鉄に固溶しやすく鋼の引張強度や降伏点を高める効果がある。含有量が多くなると耐摩耗性および強度が低下するので、上限を1.0%とした。
【0043】
Fe(鉄)は合金粉末の潤滑性・湯流れ性を向上させる作用がある。添加量が多すぎると耐摩耗性の低下、耐腐食性に影響するので範囲は3.5~10%とする。
【0044】
以下、本実施形態のコバルト基合金の実施例について説明する。
【0045】
(第1実施例)
試料は、以下のように作製した。
【0046】
第1実施例のコバルト基合金粉末は粒度-212/63μmの上記実施形態のコバルト基合金粉末を混合させて作製した混合粉である。
【0047】
比較例は同じ粒度のJIS規格コバルト系アトマイズ粉を使用したもので、比較例1はステライト合金♯21、比較例2はステライト♯12、比較例3はステライト♯6を使用して作製したものである。
【0048】
母材、溶接条件等は、次のとおりである。
【0049】
母材:SS400 19t×100w×200L
SS400 材50t×450w×300L上に溶接にて拘束
(溶接条件)
電流180A 電圧22~23V 溶接速度80mm/min 粉末量18g/min
(肉盛条件)
予熱150℃ 後熱無し ウィービング幅12mm ビード長さ150mm
1層目:6パス 2層目:5パス 3層目:4パス
使用ガス:アルゴンガス
プラズマガス3L/min キャリアガス4L/min シールドガス20L/min
使用タングステン電極Φ3.2mm
次に、ビッカース硬さは、肉盛溶接された最終層の表面を30mm寸法に切断し、表面部を耐水ペーパー♯1200まで磨きこみ、荷重20kgでランダム10点を測定し、10点の平均値を算出した。
【0050】
また、浸透探傷試験を、溶接終了後に常温になってから、JIS規格Z2343に準じて、下記のとおり実施した。
【0051】
化学的前処理(洗浄液)を施し、浸透液に5分以上浸漬してから、現像液で実施判定を行う。割れが本数に関係なく確認された場合は「×」と評価する。
【0052】
さらに、摩耗量試験(ラバーホイル試験)を下記の要領(
図5と同様)にて実施した。
【0053】
荷重:8.8kg 回転数:3000回転 回転速度:120rpm ホイール寸法:Φ250mm×15mm 使用ケイ砂6号:HV900~1000、 各2個での摩耗量平均値を測定した。ステライト合金♯6に合わせて、摩耗量0.8g以下を「〇」と評価し、摩耗量0.8gを超えたものを「×」と評価した。
【0054】
第1実施例の結果を表1に示す。
【0055】
【0056】
表1より、第1実施例では実施例1~4のすべてにおいて、耐摩耗性はステライト♯6以上を確保しつつ、硬さは低硬度という結果となった。
(第2実施例)
第2実施例のコバルト基合金粉末は、上記実施形態のコバルト基合金からMoを除いた成分(Ti0.6%添加)とした点が第1実施例と異なる。
【0057】
当該成分にてフラックスコワードワイヤΦ1.6mmを製作し、従来のステライト合金♯21およびステライト合金♯6とを比較材として、摩耗試験比較を行った。
【0058】
母材は第1実施例と共通であり、溶接条件等は次のとおりである。
【0059】
(肉盛条件)
MIG溶接 溶接電流:270A 電圧27V 予熱150℃ パス間温度200℃程度 ウィービング幅15mm ビード長さ150mm 5層盛
使用ガス:アルゴンガス20L/min
比較材2種類については従来施工条件にて施工した。
【0060】
摩耗量試験(ラバーホイル試験)を第1実施例と同様の要領にて実施したところ、フラックコアードワイヤにおいても、耐摩耗性はステライト♯6以上を確保している結果が得られた。
【0061】
以上、本発明に係るコバルト基合金について、実施の形態に基づいて説明したが本発明はこれに限定されるものではなく、本発明の目的を達成でき、かつ発明の要旨を逸脱しない範囲内で種々設計変更が可能であり、それらも全て本発明の範囲内に包含されるものである。
【産業上の利用可能性】
【0062】
本発明に係るコバルト基合金は、複雑な形状の対象物等へ多層盛を行う際の耐摩耗性に優れた肉盛溶接に用いる溶接材料として好適である。
【符号の説明】
【0063】
1 第1炭化物組織
2 第2炭化物組織
【要約】
【課題】 材料変更をすることなく多層盛が可能で、かつ、Co-Cr-W系合金よりも低硬度で耐摩耗性に優れ、多層盛の施工でも割れ感受性が低いコバルト基合金を提供する。
【解決手段】 化学組成が重量比で、Cが0.4~0.7%、Siが0.5~2.0%、Mnが1.0%以下、Crが22.0~27.0%、Wが2.0~3.5%、Feが3.5~7.5%、Niが4.0~6.5%、Moが4.0%未満、Nbが5.0~7.5%、Tiが0.3~0.8%、その他不可避の不純物が0.1%以下で、Coが45~60%としたことを特徴とし、Tiを主とした第1炭化物組織1と、Nbを主とした第2炭化物組織2を生成する。
【選択図】
図1