(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-03-26
(45)【発行日】2024-04-03
(54)【発明の名称】冠動脈イベント予測のための方法及び試薬
(51)【国際特許分類】
G01N 33/68 20060101AFI20240327BHJP
G01N 33/53 20060101ALI20240327BHJP
G01N 27/62 20210101ALI20240327BHJP
C12Q 1/26 20060101ALI20240327BHJP
G01N 33/573 20060101ALI20240327BHJP
C12N 15/53 20060101ALN20240327BHJP
【FI】
G01N33/68 ZNA
G01N33/53 D
G01N27/62 V
C12Q1/26
G01N33/573 A
C12N15/53
(21)【出願番号】P 2019236291
(22)【出願日】2019-12-26
【審査請求日】2022-12-20
(73)【特許権者】
【識別番号】504160781
【氏名又は名称】国立大学法人金沢大学
(74)【代理人】
【識別番号】110002572
【氏名又は名称】弁理士法人平木国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】金子 周一
(72)【発明者】
【氏名】高村 雅之
(72)【発明者】
【氏名】薄井 荘一郎
(72)【発明者】
【氏名】高島 伸一郎
(72)【発明者】
【氏名】十亀 麻子
【審査官】高田 亜希
(56)【参考文献】
【文献】特開2017-143745(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2017/0356903(US,A1)
【文献】池田 彩ほか,頸動脈エコ-における狭窄率評価と冠動脈狭窄との関係,超音波検査技術,34(2),日本超音波検査学会,2009年04月01日,216
【文献】Matic, Ljubica Perisic, et al.,Novel Multiomics Profiling of Human Carotid Atherosclerotic Plaques and Plasma Reveals Biliverdin Reductase B as a Marker of Intraplaque Hemorrhage,ACC-Basic to Translational Science,3(4),2018年08月,464-480
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 33/48 -33/98
G01N 27/62
C12Q 1/26
C12N 15/53
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
被験体の血液サンプル中のビリベルジンレダクターゼB(biliverdin reductase B、BLVRB)の発現量若しくは活性を指標として該被験体における冠動脈イベントの有無を検出する、及び/又は冠動脈イベントの有無を予測するためのデータを提供する方法であって、基準値と比較してBLVRBの発現量若しくは活性の低下が検出された場合に冠動脈イベントが生じていることが示される、又は冠動脈イベントが生じる可能性があることが予測され、冠動脈イベントが心筋梗塞治療部位の再狭窄である、上記方法。
【請求項2】
血液サンプルが、全血、血漿又は血清由来のサンプルである、請求項1記載の方法。
【請求項3】
血液サンプル中のBLVRBの発現量が、BLVRBタンパク質の量である、請求項1又は2記載の方法。
【請求項4】
BLVRBタンパク質と特異的に結合する試薬を用いて血液サンプル中のBLVRBタンパク質の量を測定する、請求項3記載の方法。
【請求項5】
血液サンプル中のBLVRBタンパク質を質量分析によって検出する、請求項3記載の方法。
【請求項6】
請求項1~5のいずれか1項記載の方法に使用するための検出試薬であって、BLVRBの発現量の検出を可能とする、
検出試薬。
【請求項7】
血液サンプル中のBLVRBタンパク質との特異的結合のための抗体又はアプタマーである、請求項6記載の検出試薬。
【請求項8】
請求項6又は7に示される検出試薬を含む、冠動脈イベントを検出及び/又は予測するために使用されるキット。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、冠動脈イベントの予測のための方法、及び該方法に用いる検出試薬に関する。本発明は特に、心筋梗塞治療後の患者における冠動脈二次イベントの有無の予測のための方法に関する。
【背景技術】
【0002】
急性冠症候群(acute coronary syndrome, ACS)は、冠動脈中での血栓形成による血流の減少又は途絶により生じる疾患である。臨床的には狭心症、心筋梗塞、心臓性突然死等を含み、世界的に疾患による死亡原因の上位に位置するものである。ACSの危険因子としては、喫煙、糖尿病、高血圧、高コレステロール血症等が知られている。
【0003】
ACSの治療としては、抗血小板薬、抗血栓薬、β遮断薬等による薬物療法に加えて、経皮的冠動脈インターベンション(percutaneous coronary intervention, PCI)や冠動脈バイパス術等の手術が行われており、特にPCIは、過去数十年の間、心筋梗塞患者の予後を大きく改善してきた。PCIでは、ステント留置後に治療部位での再狭窄が生じる問題があったが、こうした再狭窄は、薬物溶出性ステント(drug eluting stent, DES)の使用により低減している。更に、高用量のスタチンの経口投与によって、二次的な心血管系イベントが低減することが示されている。
【0004】
しかしながら、薬物溶出性ステントを使用した場合であっても治療部位での再狭窄が生じる残余リスクがあることが知られており、また治療部位とは異なる箇所で新たな病変が生じる場合もある。従って、PCI後の患者の継続的なモニタリングが必要とされている。
【0005】
これまで、心筋梗塞等の冠動脈イベントの発症を予測するためのバイオマーカーとして、血清中のサイトカインや可溶性タンパク質のレベルを用い得る可能性について報告されている(非特許文献1-9)。また、末梢血単核球中のマイクロRNAが予測のためのマーカーとなり得ることも報告されている(非特許文献10-11)。
【0006】
一方、ビリベルジンレダクターゼB(biliverdin reductase B、BLVRB)は、ヘモグロビン等に含まれるヘムの生分解産物中間体であって、緑色のテトラピロール化合物であるビリベルジンの2番目と3番目のピロールの間の二重結合を単結合にすることにより、ビリルビンに変換する酸化還元酵素である。ビリベルジンやビリルビンは単なるヘム分解産物であると考えられていたが、近年、ペルオキシラジカル等の超酸化物を消去する作用を有していることが知られるようになっている。しかしながら、ビリベルジンやBLVRBと冠動脈イベントとの関連については知られていない。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0007】
【文献】Trial. J. Am. Coll. Cardiol. 2009; 54: 2358-2362
【文献】Circulation 2003; 108: 1440-1445
【文献】Eur. Heart J. 2008; 29: 1096-1102
【文献】Eur. Heart J. 2010; 31: 3024-3031
【文献】Int. J. Cardiol. 2015; 201: 499-507
【文献】Arterioscler Thromb Vasc Biol 2007; 27: 161-167
【文献】Circulation 1995; 92: 748-755
【文献】Int J Cardiol 2008; 124: 319-325
【文献】Am J Cardiol 1999; 84: 96-98
【文献】Int. J. Cardiol. 2014; 172: 356-363
【文献】Int. J. Cardiol. 2014; 176: 375-385
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、冠動脈イベントの発症の予測を目的として30種類のバイオマーカーを検討し、これらを古典的リスクファクターに追加しても、識別能力を有意に向上させなかったとの報告もされている(Circulation 2010; 121: 2388-2397)。
また、長期予後(冠動脈二次イベントの有無)を予測するACSのマーカーは未だに確立されていない。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者等は、急性冠症候群患者由来のヒト血清中に存在する様々なタンパク質について、発現の包括的な解析のために、5年間のコホート試験を実施し、血清中におけるそれらの存在量と、冠動脈二次イベントの有無との相関性を検討した。
【0010】
その結果、従来冠動脈イベントとの関連が全く報告されていなかったBLVRBの血清中濃度が、イベントのあった群となかった群とで有意に異なることが見出された。この知見に基づいて、本発明者等は、心筋梗塞治療後の再狭窄、及び新たな病変等の冠動脈二次イベントを予測できるマーカーとしてのBLVRBの有用性を見出すに到った。
【0011】
すなわち、本発明は以下を提供するものである。
1.被験体の血液サンプル中のビリベルジンレダクターゼB(biliverdin reductase B、BLVRB)の発現量若しくは活性を指標として該被験体における冠動脈イベントの有無を検出する、及び/又は冠動脈イベントの有無を予測するためのデータを提供する方法であって、基準値と比較してBLVRBの発現量若しくは活性の低下が検出された場合に冠動脈イベントが生じていることが示される、又は冠動脈イベントが生じる可能性があることが予測される、上記方法。
2.冠動脈イベントが新規病変である、上記1記載の方法。
3.冠動脈イベントが心筋梗塞治療部位の再狭窄である、上記1記載の方法。
4.血液サンプルが、全血、血漿又は血清由来のサンプルである、上記1~3のいずれか記載の方法。
5.血液サンプル中のBLVRBの発現量が、BLVRBタンパク質の量である、上記1~4のいずれか記載の方法。
6.BLVRBタンパク質と特異的に結合する試薬を用いて血液サンプル中のBLVRBタンパク質の量を測定する、上記5記載の方法。
7.血液サンプル中のBLVRBタンパク質を質量分析によって検出する、上記5記載の方法。
8.上記1~7のいずれか記載の方法に使用するための検出試薬であって、BLVRBの発現量の検出を可能とする、上記試薬。
9.血液サンプル中のBLVRBタンパク質との特異的結合のための抗体又はアプタマーである、上記8記載の検出試薬。
10.上記8又は9に示される検出試薬を含む、冠動脈イベントを検出及び/又は予測するために使用されるキット。
【発明の効果】
【0012】
本発明により、冠動脈イベントを検出及び予測するために利用可能な新たな検出試薬及び方法が提供される。本発明において検出するマーカーは、従来報告されてきたACSのリスク因子と独立したリスク因子である可能性が高い。ACSは早期の対応が非常に重要な疾患であるため、特にPCI治療後の患者の長期予後の予測を可能とする本発明の方法は、非常に有益なものとなり得る。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】冠動脈形成術後の追跡期間中にイベント(再発)のあった群となかった群とで血清中のBLVRB濃度を測定した結果を示す。
【
図2】BLVRB濃度に基づく非致死性冠動脈イベント予測について作成したROC曲線を示す。AUC:0.794(95% CI: 0.603-0.986, P=0.024)、カットオフ値:12.9722≒13(ng/mL)。
【
図3】血清中BLVRB濃度が13ng/mL以上の群と13ng/mL未満の群とで非致死性冠動脈イベント回避率について比較したKaplan-Meier曲線を示す。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明は、第1の実施形態として、被験体の血液サンプル中のビリベルジンレダクターゼB(biliverdin reductase B、BLVRB)の発現量若しくは活性を指標として該被験体における冠動脈イベントの有無を検出する、及び/又は冠動脈イベントの有無を予測するためのデータを提供する方法であって、基準値と比較してBLVRBの発現量若しくは活性の低下が検出された場合に冠動脈イベントが生じていることが示される、又は冠動脈イベントが生じる可能性があることが予測される、上記方法を提供する。
【0015】
「冠動脈イベント」との用語は、当分野において通常使用される用語であり、当業者であれば容易に理解することができる。本明細書において、「冠動脈イベント」とは、特に冠動脈の狭窄、心臓性突然死、致死性及び非致死性心筋梗塞、不安定狭心症等の冠動脈の狭窄及び閉塞、及びそれによって生じる症状を含むことが意図される。
【0016】
また、「(冠動脈)二次イベント」とは、心筋梗塞等の治療から数カ月~数年後に発生するイベントであって、当分野において、治療部位での再狭窄等のイベント、及び治療部位とは異なる部位で発生する狭窄等のイベントの双方を含むものとして理解されている。
【0017】
上記の通り、ビリベルジンレダクターゼBは、ビリベルジンをビリルビンに変換する酸化還元酵素である。本明細書において、ビリベルジンレダクターゼBについて、簡略化のために「BLVRB」と記載する。BLVRB遺伝子(Gene ID: 645)は、ヒトにおいて第19番染色体(19q13.1-13.2、NC_000019.10)に位置する。BLVRBのmRNAの塩基配列及びアミノ酸配列は、NCBIデータベースにそれぞれNCBI参照配列:NM_000713.3及びNP_000704.1として、UniProtデータベースにP30043として登録されている。当業者であれば、これらの情報を容易に入手することができる。
【0018】
本明細書において、「被験体」とは、冠動脈イベントを発症する可能性のあるヒト被験体である。好ましくは、被験体は、心筋梗塞等のACSを発症した患者であり、特に急性心筋梗塞患者であり得る。あるいは、被験体は、ACSを発症したことのないヒト被験体であり得る。
【0019】
「血液サンプル」とは、被験体から採取された全血、血漿又は血清、又はこれらに抗凝固剤、希釈剤等を添加したサンプルであり、被験体が心筋梗塞患者の場合、採取は、薬剤投与、及び経皮的冠動脈インターベンション(PCI)等の治療前であることが好ましい。
【0020】
本明細書において、「遺伝子」とは、当分野において一般的に理解されているように、タンパク質をコードするポリヌクレオチド、すなわちDNA又はRNAを意味するものであるが、これに加えて、必ずしもタンパク質をコードしなくても、生体内でRNAに転写され得るポリヌクレオチドを含めるものとする。
【0021】
本明細書において、「発現」とは、遺伝子と相補的なRNA(転写産物)の発現、及び遺伝子がコードするタンパク質(翻訳産物)の発現の双方を含めるものとする。従って、本明細書において、「発現量(発現レベル)」とは、転写産物又は翻訳産物の発現量又は発現強度をいう。発現量は通常、遺伝子に対応する転写産物の産生量、又はその翻訳産物の産生量、翻訳産物であるタンパク質の活性等により解析することができる。
【0022】
従って、BLVRBの「発現」とは、BLVRB遺伝子からのBLVRB mRNAの転写、及びBLVRBタンパク質への翻訳のいずれも含み得る。
「血液サンプル中のBLVRBの発現量若しくは活性」とは、血液サンプル中のBLVRBタンパク質の量、BLVRB mRNAの量、又はBLVRB酵素活性であり得る。
【0023】
すなわち、本発明の方法において、血液サンプル中のBLVRBの発現量若しくは活性を指標とする検出は、血液サンプル、例えば全血、血漿又は血清中のBLVRBタンパク質量の検出、又は酵素としてのBLVRBの活性、すなわちビリベルジンを基質としたビリルビンへの還元反応の活性の検出であり得る。あるいは、検出は、血液サンプル、例えば全血中のBLVRB mRNAの検出であり得る。
【0024】
本発明の方法の一態様は、BLVRBタンパク質と特異的に結合する試薬を用いて血液サンプル中のBLVRBタンパク質の量を測定する方法であり得る。
また、本発明の方法の別の態様は、血液サンプル中のBLVRBタンパク質を質量分析によって検出する方法であり得る。質量分析は、特に限定するものではないが、例えば液体クロマトグラフィー質量分析法(LC/MS/MS)を用いることが好適である。
【0025】
「基準値」とは、本発明の方法において発現の上昇又は低下を判定するための基準となり得る数値であり、例えば非ACS被験体、例えば健常人での発現の平均値、あるいはACS発症患者で二次イベントを発症しなかった被験体における発現の平均値等であり得る。「基準値」は、血液サンプル中におけるBLVRBタンパク質の量、BLVRBの酵素活性、BLVRB mRNA量の非ACS被験体における平均値であり得、予め取得することができる。
また、「発現の平均値」とは、サンプル中のBLVRBタンパク質又はBLVRB mRNAの存在量の平均値であり得る。あるいはまた、サンプル中のBLVRB活性を指標として「発現の平均値」とすることもできる。
【0026】
BLVRBタンパク質の検出は、BLVRBタンパク質に対して特異的に結合する試薬を用いて行うことができる。BLVRBタンパク質に対して特異的に結合する試薬としては、限定するものではないが、例えば、抗体又はアプタマーが挙げられる。
【0027】
BLVRBタンパク質の検出のための抗体は公知の方法により、作製することができる。あるいはまた、抗体は、例えばInvitrogen社、Santa Cruz Biotechnology社、Sigma-Aldrich社等からヒトBLVRBに対する反応性を有するものが提供されており、これらを適宜入手して使用することができる。検出のための抗体は、ポリクローナル抗体であってもモノクローナル抗体であっても良い。
【0028】
抗体を用いたタンパク質の検出は、限定するものではないが、例えばウェスタンブロッティング、ELISA、フローサイトメトリー等によって行うことができる。抗体は、蛍光標識、放射性標識、酵素、ビオチン等による標識をすることができ、また、そのように標識された検出のための二次抗体を使用することもできる。タンパク質の検出のための市販されているキットを適宜使用しても良い。
【0029】
アプタマーは、DNA又はRNA等の核酸分子、あるいはペプチドであり得る。アプタマーを用いたタンパク質の検出は、限定するものではないが、アプタマーとタンパク質との結合を、抗体と同様に複数のアプタマーを用いるサンドイッチアッセイ等のイムノアッセイ、結合若しくは結合によるアプタマーの構造変化を電気化学センサー等のセンサーを利用してアッセイすること等で行うことができる。アプタマーは、抗体と同様に蛍光標識、放射性標識、酵素、ビオチン等による標識をすることができ、また、例えば核酸分子であるアプタマーとハイブリダイズし得る第2の核酸分子をそのように標識して検出のために用いても良い。
【0030】
BLVRBタンパク質に対して特異的に結合し得るアプタマーは、例えばSELEX法等を用いたスクリーニングによってBLVRBタンパク質に対して特異的に結合するものを取得することができる。あるいは、アプタマーは、そのようなスクリーニングの実施を業者に委託して取得することもできる。
【0031】
あるいはまた、BLVRBタンパク質の検出は、例えば液体クロマトグラフィー質量分析法(LC/MS/MS)等の質量分析により行うこともできる。質量分析では、検出対象のタンパク質を予めトリプシン等の酵素によって消化して得られたペプチドの有無及び量を検出することができる。BLVRBタンパク質の存在を質量分析によって検出する場合、限定するものではないが、例えば配列番号1のアミノ酸配列(VISKHDLGHFMLR)を有するペプチドを用いて好適に検出することができる。
【0032】
BLVRBタンパク質の検出はまた、血液サンプル中におけるBLVRBの酵素活性を測定することで行うこともできる。BLVRBは、上記のように、ビリベルジンを基質として、NADPHの存在下でビリルビンに還元する反応を触媒する。従って、これらの基質及び補酵素の存在下、適切な条件下で酵素反応の進行を検出することができる。しかしながら、当業者であれば、BLVRB活性の測定のために適した他の反応系を構築することもできる。
【0033】
本発明の方法はまた、血液サンプル中、例えば全血中のBLVRB mRNAの検出により行っても良い。mRNAの代わりに、mRNAから逆転写されて得られるcDNAの検出であっても良い。
【0034】
BLVRB mRNAの発現量の測定は、例えばBLVRB mRNAの塩基配列の全部又は一部を含むヌクレオチドをプローブ又はプライマーとして用いてサンプル中の遺伝子発現の程度を測定すればよく、例えばマイクロアレイ(マイクロチップ)を用いた方法、ノーザンブロット法、定量的PCR法等で測定することが可能である。定量的PCR法としては、アガロースゲル電気泳動法、蛍光プローブ法、RT-PCR法、リアルタイムPCR法、ATAC-PCR法(Kato,K.et al.,Nucl.Acids Res.,25,4694-4696,1997)、Taqman PCR法(SYBR(登録商標)グリーン法)(Schmittgen TD,Methods25,383-385,2001)、Body Map法(Gene,174,151-158(1996))、Serial analysis of gene expression(SAGE)法(米国特許第527,154号、第544,861号、欧州特許公開第0761822号)、MAGE法(Micro-analysis of Gene Expression)(特開2000-232888号)等が知られており、これらを適宜使用することができる。これらの方法を用いて、mRNAの量を、該mRNAにハイブリダイズするヌクレオチドプローブ又はプライマーの使用により測定することができる。測定に用いるプローブ又はプライマーの塩基長は、10~50bp、好ましくは15~25bpである。これらのプローブ及びプライマーの塩基配列は、目的のmRNAの塩基配列等に基づいて、当業者が適宜設計することができ、場合によっては市販品を利用することもできる。
【0035】
本発明の方法では、BLVRBの発現に加えて、他の遺伝子の発現を同時に検出しても良い。他の遺伝子としては、冠動脈イベントとの関連が報告されているものであっても良く、また他の疾患についてのマーカー遺伝子であっても良い。
【0036】
複数の遺伝子の発現を同時に測定する場合には、DNAマイクロアレイを用いることが好適である。少なくとも1個の遺伝子又はその断片を基板に固相化してDNAマイクロアレイを作製し、該DNAマイクロアレイと蛍光物質で標識した被験体由来のmRNAまたはcDNAを接触させ、ハイブリダイズさせ、DNAマイクロアレイ上の蛍光強度を測定することにより、mRNAの種類と量を決定することができる。
【0037】
DNAマイクロアレイを用いる場合、目的のmRNAを含む被験体由来のサンプルと上記対照サンプルとを同時にマイクロアレイにハイブリダイズさせることができる。それにより、対照サンプルと比較して被験体由来のサンプルにおいて発現が変動している遺伝子の発現レベルを相対的な発現変化として得ることができる。被験体由来のmRNA、及び場合によって対照サンプル由来のmRNAは標識することができ、標識は、特に限定するものではないが、市販の蛍光物質、例えば、Cy3、Cy5等を用いることができる。
【0038】
DNAマイクロアレイは、市販品を適宜使用することもできる。使用可能なDNAマイクロアレイの例として、例えば3D-GeneTM Human Oligo chip 25k(東レ株式会社製)等を挙げることができる。
【0039】
DNAマイクロアレイ解析では、個々の遺伝子の発現値が参照RNAの発現(普遍的対照サンプル(universal control)における発現値)に対する比として得られる場合がある。従って、基準値はまた、非ACS被験体、例えば健常人、あるいはACS発症患者で二次イベントを発症しなかった被験体における遺伝子の発現の参照RNAの発現に対する比であり得る。更に、基準値は、得られた比の値を例えばlog2スケール等に変換した値であり得る。
【0040】
上記のような基準値を、対象となる被験体での発現の検出と同時に対照サンプルでの発現を検出することで取得し、発現の比較を行うことができる。あるいはまた、対照サンプルの発現を予め測定し、標準的な発現レベルとして、場合によっては一定の範囲内の発現レベルとして準備しておくこともできる。
【0041】
発現量は、絶対値で表してもよく、また相対値で表してもよい。従って、「発現の低下」は、基準値に対して低下した発現レベルとして、あるいはまた、発現の「変化倍率(fold-change)」として表すことができる。本発明の方法において、冠動脈イベントの予測のために好適な「発現の低下」における発現の変動は、例えば2倍以上、3倍以上、4倍以上である。従って、「変化倍率」は、発現の低下においては0.80倍以下(未満)であることが好ましい。
【0042】
本発明の方法において、予測される冠動脈イベントは新規病変である。
ここで、「新規病変」とは、最初の冠動脈イベントにおける病変、及び最初の冠動脈イベントにおける病変とは異なる部位に生じた二次イベントにおける病変の双方を含むものとする。
また、本発明の方法において、予測される冠動脈イベントは心筋梗塞治療後の再狭窄である。
【0043】
本発明の方法では、基準値と比較して、被験体の血液サンプル中のBLVRBの発現の低下が検出された場合に、冠動脈イベントの徴候が生じている可能性、及び/又は将来的に冠動脈イベントが生じる可能性(リスク)が高いことが示される。
実施例において示すように、術後数年経過後の長期予後についても本発明の方法により予測できることが実証された。冠動脈イベントが生じるリスクが高いことが示された場合には、被験者は、発症を抑えるために予防的な処置を受けることができる。
【0044】
本発明は、第2の実施形態において、上記の本発明の方法に使用するための検出試薬であって、BLVRBの発現量の検出を可能とする、上記試薬を提供する。
【0045】
第1の態様において、検出試薬は、サンプル中のBLVRBタンパク質との特異的結合のための試薬、例えば抗体又はアプタマーであり得る。アプタマーは、DNA若しくはRNA等の核酸分子又はペプチドであり得る。検出に用いる抗体及びアプタマーは、当分野において用いられる方法により、安定性向上等のために改変されたものであっても良い。また、検出試薬は、検出のために必要な標識等を適宜施すことができる。
【0046】
第2の態様において、検出試薬は、質量分析、例えば液体クロマトグラフィー質量分析法(LC/MS/MS)によるBLVRBタンパク質の検出のための試薬、例えば内部標準等であり得る。
第3の態様において、検出試薬は、サンプル中のBLVRB mRNAとのハイブリダイゼーションのためのDNA又はRNAである。DNA又はRNAは、ハイブリダイゼーションを蛍光標識等で検出し得るプローブである。あるいはまた、DNA又はRNAは、mRNAの増幅に使用可能なプライマーである。
【0047】
本発明は、第3の実施形態において、上記の本発明の検出試薬を含む、冠動脈イベントを検出及び/又は予測するために使用されるキットを提供する。本発明のキットは、検出試薬に加えて、検出のために必要な他の試薬、例えば緩衝剤、各種ヌクレオチド、抗体若しくはアプタマーの結合又はmRNAのハイブリダイゼーションのために必要な他の試薬、LC/MS/MSでの検出のための酵素等を含むことができる。
【0048】
上記の通り、本発明により、冠動脈イベントを発症する可能性の高い被験体では、BLVRBの発現が低下していることが見出されている。従って、このような被験体に、BLVRB遺伝子がコードするタンパク質、あるいはBLVRB遺伝子と同じ塩基配列を有するポリヌクレオチドを適切な形態で、例えば遺伝子がコードするタンパク質を細胞表面抗原として発現する細胞として、あるいは当分野において通常利用されるベクター、例えばウイルスベクター、プラスミドベクター等に組み込んで、治療薬として被験体に投与することで、冠動脈イベントの発症を予防することが可能となり得る。
治療薬の投与方法は、特に限定するものではないが、例えば静脈内投与とすることが好ましい。
【実施例】
【0049】
以下に、実施例を挙げて本発明を更に詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0050】
[実施例1]
金沢大学附属病院、石川県立中央病院、富山県立中央病院の3施設において、急性心筋梗塞を発症し、冠動脈造影検査及び冠動脈形成術を施した30症例について、約5年間(58ヶ月)の追跡調査を行い、イベント(再発)のなかった群、及びイベントのあった群に分けた。追跡期間中、患者はそれぞれ、血圧及びコレステロール値のコントロール等を含む、ガイドラインに沿った治療を継続した。
【0051】
治療前の患者から採取・保管していた血清(イベントのなかった群及びイベントのあった群の双方)、並びに健常者から採取した血清(コントロール群)について、様々なタンパク質の存在量を液体クロマトグラフィー質量分析法(LC/MS/MS)により解析して、イベントのあった群となかった群とで存在量に相違が見出された60種の候補分子を先ず同定した。
【0052】
次いで、検出された各タンパク質の正規化された存在量を対数変換し、3群間で比較解析を行い、有意差p<0.05で絞り込み、更にクラスター解析を実施して、BLVRBを含む10種の分子を同定した。
尚、BLVRBの検出は、配列番号1のアミノ酸配列(VISKHDLGHFMLR)を有するペプチドを検出することで行った。
測定装置:LC: Paradigm MS4(Michrom Bioresources社)
MS/MS:LTQ OrbiTrap XL質量分析計(Thermo Scientific社)
測定条件:乾燥させたペプチド試料を、水、アセトニトリルおよびギ酸からなる溶媒(体積比98:2:0.1)に溶解し、タンパク質換算で1 μg相当分を LC-MS/MSに供した。
【0053】
配列番号1のアミノ酸配列を有するペプチドの存在を指標として血清サンプルを分析した結果、イベントのなかった群では、イベントのあった群と比較して有意に高いピーク強度が得られた。
【0054】
[実施例2]
急性冠症候群に対して冠動脈ステント留置を行った21症例を対象として、発症時に採取され、保管されていた血清中のBLVRB濃度を測定した。測定は、Cloud-clone社のELISAキット(ELISA Kit for Biliverdin Reductase B (BLVRB)、SEJ550Hu)を使用した。
【0055】
その結果、
図1に示すように、イベント(再発)なしの患者では、血清中の平均BLVRB濃度が約23 ng/mLであり、平均BLVRB濃度が約9 ng/mLであったイベントありの患者と比較して、血清中のBLVRB濃度が有意に高いことが明らかとなった。
【0056】
[実施例3]
急性冠症候群に対して薬剤溶出性ステントを留置し、かつ血清保存されていた38症例を対象として、BLVRBの値によりステント内再狭窄ならびに新規病変といった非致死性冠動脈イベント発症に違いがあるか否かを検討した。肝疾患を有する症例、来院時に肝障害や感染症を有する症例を除く22例で検討した。
【0057】
追跡調査の平均期間は877日であった。追跡期間中、8名(36%)に非致死性冠動脈イベントが発生した。下記の表1に、イベントのなかった患者群(「ACS」と表記する)14名、及びイベントのあった患者群(「ACS/イベント」と表記する)8名の臨床的ベースライン特性の一部を記載する。
【0058】
【0059】
表1に示すように、両群で様々な因子を比較し、非致死性冠動脈イベントに影響する因子についての単変量ロジスティック解析を行った結果、BLVRB濃度、maxCPK、及びアルブミン(ALB)で統計的に有意な差が確認された。尚、BLVRB濃度は実施例2と同様に、ELISAによって測定した。
【0060】
次いで、Cox比例ハザードモデルによる多変量解析を行った結果、maxCPK及びアルブミンでは有意差は認められず、BLVRB濃度が非致死性冠動脈イベント発症に独立して寄与する有意な因子として抽出された(ハザード比 0.89; 95%信頼区間 0.791-0.997, p=0.044)。
【0061】
非致死性冠動脈イベント予測についての有効性を更に確認するために、BLVRB濃度でROC曲線を作成すると、AUC 0.794(95% CI: 0.603-0.986, P=0.024)となり、カットオフ値は12.9722≒13(ng/mL)と算出された(
図2)。
【0062】
[実施例4]
実施例3で検討した22症例について、血清中BLVRB濃度が13ng/mL以上の群と13ng/mL未満の群とで、非致死性冠動脈イベント回避率について比較したKaplan-Meier曲線を作成した。
【0063】
その結果、
図3に示すように、血清中BLVRB濃度が13 ng/mL以上の群は、13ng/mL未満の群と比較して、非致死性冠動脈イベントの発症率が有意に低値であった(p=0.013, ログランクテスト)。
上記の結果から、被験者の血清中BLVRB濃度を測定することで、長期予後(冠動脈二次イベントの有無)を予測することができることが実証された。
【産業上の利用可能性】
【0064】
BLVRBはビリベルジンをビリルビンに変換する酵素であり、BLVRBの高値は、細胞の酸化ストレス、炎症に対して保護的に作用し、冠動脈イベントの抑制に関連している可能性が示唆された。ACSは早期の対応が非常に重要な疾患であるため、特にPCI治療後の患者の長期予後の予測を可能とする本発明の方法は、非常に有益なものとなり得る。
【配列表】