(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-03-26
(45)【発行日】2024-04-03
(54)【発明の名称】薄膜状の繊維強化樹脂、ならびに樹脂成形体およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
C08J 5/04 20060101AFI20240327BHJP
B29C 45/00 20060101ALI20240327BHJP
B29C 45/14 20060101ALI20240327BHJP
B32B 5/24 20060101ALI20240327BHJP
【FI】
C08J5/04 CES
C08J5/04 CET
B29C45/00
B29C45/14
B32B5/24
(21)【出願番号】P 2022512193
(86)(22)【出願日】2021-03-29
(86)【国際出願番号】 JP2021013219
(87)【国際公開番号】W WO2021200796
(87)【国際公開日】2021-10-07
【審査請求日】2022-09-07
(31)【優先権主張番号】P 2020063416
(32)【優先日】2020-03-31
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000005887
【氏名又は名称】三井化学株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002952
【氏名又は名称】弁理士法人鷲田国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】平野 泰規
(72)【発明者】
【氏名】伊崎 健晴
(72)【発明者】
【氏名】宮田 篤史
【審査官】福井 弘子
(56)【参考文献】
【文献】特開2019-126964(JP,A)
【文献】国際公開第2018/163799(WO,A1)
【文献】特開2018-130854(JP,A)
【文献】特開2018-024766(JP,A)
【文献】国際公開第2018/043360(WO,A1)
【文献】特開2001-200068(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C08J 5/04-5/10
C08J 5/24
B29B 11/16
B29B 15/08-15/14
B29C 45/00
B29C 45/14
B32B 1/00-43/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
一方向に配向して配列された複数の強化繊維と、
前記強化繊維に含浸されたマトリクス樹脂と、を含み、
前記マトリクス樹脂は、ポリプロピレン系樹脂とスチレン系エラストマーとを含み、
前記マトリクス樹脂の全質量に対する、前記スチレン系エラストマーの含有量は、10質量%以上40質量%以下であ
り、
前記マトリクス樹脂は、ガラス転移温度が100℃以上である熱可塑性樹脂の含有率が1質量%以下である、
薄膜状の繊維強化樹脂。
【請求項2】
前記スチレン系エラストマーは、ポリスチレン-ポリエチレン・ブチレン-ポリスチレンブロック共重合体、およびポリスチレン-ポリエチレン・プロピレン-ポリスチレンブロック共重合体からなる群より選ばれる少なくとも1種の共重合体である、請求項1に記載の薄膜状の繊維強化樹脂。
【請求項3】
前記繊維強化樹脂の全体積に対する前記強化繊維の含有量は、20体積%以上60体積%以下である、請求項1または請求項2に記載の薄膜状の繊維強化樹脂。
【請求項4】
前記マトリクス樹脂は、海島構造を有する、請求項
1~3のいずれか1項に記載の薄膜状の繊維強化樹脂。
【請求項5】
前記マトリクス樹脂は、前記ポリプロピレン系樹脂、及び前記スチレン系エラストマーのみを実質的に含む、請求項
1~4のいずれか1項に記載の薄膜状の繊維強化樹脂。
【請求項6】
前記強化繊維、前記ポリプロピレン系樹脂、及び前記スチレン系エラストマーのみを実質的に含む、請求項
1~5のいずれか1項に記載の薄膜状の繊維強化樹脂。
【請求項7】
請求項
1~6のいずれか1項に記載の薄膜状の繊維強化樹脂と、
熱可塑性樹脂組成物の成形体と、
を有する、樹脂成形体。
【請求項8】
前記熱可塑性樹脂組成物は、ポリオレフィンを含む、請求項
7に記載の樹脂成形体。
【請求項9】
前記熱可塑性樹脂組成物は、充填材を含む、請求項
7または8に記載の樹脂成形体。
【請求項10】
前記充填材は、タルク、ガラス繊維および炭素繊維からなる群から選択される少なくとも1種の充填材である、請求項
9に記載の樹脂成形体。
【請求項11】
前記熱可塑性樹脂組成物は、前記熱可塑性樹脂組成物の全質量に対して5質量%以上40質量%以下の前記充填材を含む、請求項
9または10に記載の樹脂成形体。
【請求項12】
前記薄膜状の繊維強化樹脂は、前記熱可塑性樹脂組成物の成形体の表面に融着されている、請求項
7~11のいずれか1項に記載の樹脂成形体。
【請求項13】
前記薄膜状の繊維強化樹脂、前記熱可塑性樹脂組成物の成形体、および前記薄膜状の繊維強化樹脂がこの順に積層された積層体である、請求項
7~12のいずれか1項に記載の樹脂成形体。
【請求項14】
請求項
1~6のいずれか1項に記載の薄膜状の繊維強化樹脂を金型の内部に配置する工程と、
前記薄膜状の繊維強化樹脂が配置された金型の内部に溶融した熱可塑性樹脂組成物を導入する工程と、
を有する、樹脂成形体の製造方法。
【請求項15】
熱可塑性樹脂組成物の成形体を用意する工程と、
前記熱可塑性樹脂組成物の成形体の表面に請求項
1~6のいずれか1項に記載の薄膜状の繊維強化樹脂を融着させる工程と、
を有する、樹脂成形体の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、薄膜状の繊維強化樹脂、ならびに樹脂成形体およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
一方向に配向して配列された複数の強化繊維と、上記強化繊維に含浸された樹脂組成物(マトリクス樹脂)と、を含む薄膜状の繊維強化樹脂(以下、単に「Uni-Direction (UD)シート」ともいう。)が知られている。このUDシートは、金属よりも軽量であり、一方で機械的強度が高いため、樹脂成形体の表面を被覆する補強材などとしての用途が検討されている。
【0003】
特許文献1には、上記強化繊維として炭素繊維を含み、上記マトリクス樹脂として酸変性プリプロピレンと酸変性されていないポリプロピレンを含む、UDシートが記載されている。特許文献1によれば、上記酸変性ポリプロピレンは、マトリクス樹脂と炭素繊維との界面強度を高くし、上記酸変性されていないポリプロピレンは、高い機械特性を保証するとされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特許文献1にも記載のように、UDシートのマトリクス樹脂の材料が種々検討されている。
【0006】
UDシートのマトリクス樹脂には、比較的硬質の熱可塑性プラスチックが用いられている。これに対し、より軟質の熱可塑性エラストマーをマトリクス樹脂に配合することで、UDシートやUDシートで被覆した樹脂成形体の耐衝撃性を高め得ると期待される。
【0007】
しかし、本発明者らの知見によると、より軟質である熱可塑性エラストマーの配合による耐衝撃性の向上は、より硬質である熱可塑性プラスチックの相対的な配合量の低下による曲げ弾性率の低下とトレードオフの関係にある。耐衝撃性および曲げ弾性率は、いずれもUDシートの応用時に要求されることが多い特性であるが、曲げ弾性率の低下を抑制しつつ、耐衝撃性を高める実用的な方法は見出されていなかった。
【0008】
上記問題に鑑み、本発明は、UDシートを被覆させた樹脂成形体の曲げ弾性率の低下を抑制しつつ、耐衝撃性を十分に高めることができる薄膜状の繊維強化樹脂当該薄膜状の繊維強化樹脂を有する樹脂成形体、および当該樹脂成形体の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記の課題を解決するための本発明の一態様に関する薄膜状の繊維強化樹脂は、一方向に配向して配列された複数の強化繊維と、前記強化繊維に含浸されたマトリクス樹脂と、を含む。前記マトリクス樹脂は、ポリプロピレン系樹脂とスチレン系エラストマーとを含み、マトリクス樹脂の全質量に対する、前記スチレン系エラストマーの含有量は、10質量%以上40質量%以下である。
【0010】
上記の課題を解決するための本発明の他の態様に関する樹脂成形体は、前記薄膜状の繊維強化樹脂と、熱可塑性樹脂組成物の成形体と、を有する。
【0011】
上記の課題を解決するための本発明の他の態様に関する樹脂成形体の製造方法は、前記薄膜状の繊維強化樹脂を金型の内部に配置する工程と、前記薄膜状の繊維強化樹脂が配置された金型の内部に溶融した熱可塑性樹脂組成物を導入する工程と、を有する。
【0012】
上記の課題を解決するための本発明の他の態様に関する樹脂成形体の製造方法は、熱可塑性樹脂組成物の成形体を用意する工程と、前記熱可塑性樹脂組成物の成形体の表面に前記薄膜状の繊維強化樹脂を融着させる工程と、を有する。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、UDシートを被覆させた樹脂成形体の曲げ弾性率の低下を抑制しつつ、耐衝撃性を十分に高めることができる薄膜状の繊維強化樹脂、当該薄膜状の繊維強化樹脂を有する樹脂成形体、および当該樹脂成形体の製造方法が提供される。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本明細書に段階的に記載されている数値範囲において、ある数値範囲で記載された上限値又は下限値は、他の段階的な記載の数値範囲の上限値又は下限値に置き換えてもよい。また、本明細書に記載されている数値範囲において、ある数値範囲で記載された上限値又は下限値は、実施例に示されている値に置き換えてもよい。
【0015】
本明細書において、組成物中の各成分の量は、組成物中に各成分に該当する物質が複数存在する場合は、特に断らない限り、組成物中に存在する該複数の物質の合計量を意味する。
【0016】
本明細書において、2以上の好ましい態様の組み合わせは、より好ましい態様である。
【0017】
1.薄膜状の繊維強化樹脂
本発明の一実施形態は、一方向に配向して配列された複数の強化繊維と、上記強化繊維に含浸された樹脂組成物(マトリクス樹脂)と、を含む、薄膜状の繊維強化樹脂(UDシート)に関する。マトリクス樹脂は、ポリプロピレン系樹脂とスチレン系エラストマーとを含み、マトリクス樹脂の全質量に対するスチレン系エラストマーの含有量は、10質量%以上40質量%以下である。
【0018】
本発明の一実施形態が上述の態様であることで、曲げ弾性率と耐衝撃性を高められる理由は定かではないが、発明者らは以下のように推測している。
【0019】
ポリプロピレン系樹脂は、UDシートで汎用されているポリカーボネート樹脂、ポリエーテルエーテルケトン樹脂およびポリアミド樹脂などに比べてガラス転移温度(Tg)が低いため、衝撃が加わった際に圧縮変形しやすい。また、スチレン系エラストマーは、エラストマーの中では比較的Tgが低いため、同様に、衝撃が加わった際に圧縮変形しやすい。プロピレンとスチレン系エラストマーは相溶しにくい性質を有するため、おそらくはマトリクス樹脂が海島構造となり、ポリプロピレン系樹脂とスチレン系エラストマーの界面が生じることで、圧縮変形により生じた亀裂が複数方向に広がる。これらにより、衝撃特性に優れると推測される。
【0020】
また、UDシートにおける曲げ試験における破壊は、圧縮側で繊維が座屈することにより生じると考えられる。上記破壊の抑制(曲げ弾性率の向上)は、通常、樹脂のTgをあげて樹脂の硬度を向上させることで達成しようとすると考えられる。本発明において比較的Tgが低い樹脂及びエラストマーを用いているにも関わらず、予期せず、高い耐衝撃性と高い曲げ弾性率を両立することができた。これは、スチレン系エラストマーの量が十分に多く、ポリプロピレン系樹脂に対しておそらくは島相を形成することで、応力が加えられた際にこれらの樹脂部分が微変形することで応力集中を抑制して座屈が回避されたものと推測している。
【0021】
1-1.強化繊維
上記強化繊維の材料は、特に限定されない。たとえば、炭素繊維、ガラス繊維、アラミド繊維、アルミナ繊維、炭化珪素繊維、ボロン繊維、および金属繊維などを、上記強化繊維として用いることができる。これらのうち、力学特性に優れ、かつ成形品をより軽量化できる点から、炭素繊維が好ましい。上記炭素繊維の例には、PAN系の炭素繊維、ピッチ系の炭素繊維およびレーヨン系の炭素繊維が含まれる。これらのうち、強度と弾性率とのバランスに優れることから、PAN系の炭素長繊が好ましい。
【0022】
上記炭素繊維は、X線光電子分光法により測定される炭素繊維の表面の酸素(O)と炭素(C)の原子数の比である表面酸素濃度比[O/C]が、0.05以上0.5以下であることが好ましく、0.08以上0.4以下であることがより好ましく、0.1以上0.3以下であることがさらに好ましい。上記表面酸素濃度比が0.05以上であると、炭素繊維表面に十分な量の官能基を確保して、マトリクス樹脂との接着性をより高めることができる。上記表面酸素濃度比が0.5以下であると、炭素繊維の取扱い性および生産性に優れる。上記表面酸素濃度比[O/C]は、国際公開第2017/183672号に記載の方法により測定できる。上記表面酸素濃度比[O/C]は、電解酸化処理、薬液酸化処理および気相酸化処理などを含む公知の方法により制御できるが、電解酸化処理による制御が好ましい。
【0023】
上記強化繊維は、強化繊維による強度の向上効果を十分に高める観点からは、平均直径が1μm以上20μm以下であることが好ましく、3μm以上15μm以下であることがより好ましく、4μm以上10μm以下であることがさらに好ましい。
【0024】
上記強化繊維の長さは、通常15mm以上である。上記強化繊維の長さの下限値は、20mm以上が好ましく、100mm以上がより好ましく、500mm以上がさらに好ましい。上記強化繊維の長さの上限値の最大値は、UDシートの長さの最大値と同じであることが好ましく、例えば50mである。通常、後述の樹脂成形体に用いられるUDシートは、UDシートを製造後に所望の長さに裁断されたものが用いられる。そのため、樹脂成形体が含むUDシートが含む強化繊維の長さは、上述の長さの最小値によりも小さくなることがあり得る。
【0025】
上記強化繊維は、集束剤(サイズ剤)により集束された繊維束が開繊されたものであることが好ましい。上記繊維束の単糸数は特に制限されないが、通常は100本以上350,000本以下であり、1,000本以上250,000本以下であることが好ましく、5,000本以上220,000本以下であることがより好ましい。
【0026】
上記集束剤は、オレフィン系エマルション、ウレタン系エマルション、エポキシ系エマルション、およびナイロン系エマルションなどを含む公知の集束剤であれはよく、これらのうちオレフィン系エマルションが好ましく、エチレン系エマルションまたはプロピレン系エマルションがより好ましい。上記エチレン系エマルションに含まれるエチレン系重合体の例には、エチレン単独重合体、およびエチレンと炭素原子数3以上10以下のα-オレフィンとの共重合体が含まれる。上記プロピレン系エマルションに含まれるプロピレン系重合体の例には、プロピレン単独重合体、およびプロピレンとエチレンまたは炭素原子数4以上10以下のα-オレフィンとの共重合体が含まれる。
【0027】
特に、強化繊維束とマトリクス樹脂との間の接着性をより高める観点からは、上記集束剤は、未変性ポリオレフィンと変性ポリオレフィンとを含むことが好ましい。上記未変性ポリオレフィンは、ホモポリプロピレン、ホモポリエチレン、エチレン・プロピレン共重合体、プロピレン・1-ブテン共重合体、またはエチレン・プロピレン・1-ブテン共重合体であることが好ましい。上記変性ポリオレフィンは、たとえば、未変性ポリオレフィンの重合体鎖に、カルボン酸基、カルボン酸無水物基またはカルボン酸エステル基をグラフト導入し、かつ上記官能基と金属カチオンとの間で塩を形成させたものであればよく、これらのうち、カルボン酸金属塩を含む変性ポリオレフィンであることがより好ましい。
【0028】
1-2.マトリクス樹脂
マトリクス樹脂は、ポリプロピレン系樹脂とスチレン系エラストマーとを含む樹脂組成物である。マトリクス樹脂は、これら以外の樹脂成分や、充填材その他の樹脂成分以外の成分を含んでもよい。
【0029】
マトリクス樹脂は、曲げ弾性率と耐衝撃性をより向上させる観点から、海島構造であることが好ましい。また、同様の観点から、マトリクス樹脂は、ポリプロピレン系樹脂が海であり、スチレン系エラストマーが島である海島構造であることがより好ましい。海島構造を有しているか否かは、UDシートの断面を電子顕微鏡により観察することで確認することができる。
【0030】
1-2-1.ポリプロピレン系樹脂
ポリプロピレン系樹脂の種類は特に制限されず、プロピレン単独重合体であってもよく、プロピレン系共重合体であってもよく、これらの混合物であってもよい。ポリプロピレン系樹脂の立体規則性も特に限定されず、イソタクチックであっても、シンジオタクチックであっても、アタクチックであってもよい。上記立体規則性は、イソタクチックまたはシンジオタクチックであることが好ましい。ポリプロピレン系樹脂とは、プロピレン由来の構造単位の含有量が50モル%以上である樹脂を意味する。
【0031】
ポリプロピレン系樹脂は、未変性ポリプロピレン系樹脂(P1)であってもよいし、重合体鎖に結合したカルボン酸塩等を含む変性ポリプロピレン系樹脂(P2)あってもよいし、これらの混合物であってもよいが、これらの混合物であることが好ましい。上記混合物は、未変性ポリプロピレン系樹脂(P1)と変性ポリプロピレン系樹脂(P2)と質量の合計に対する、未変性ポリプロピレン系樹脂(P1)の質量比[(P1)/(P1+P2)]が、80質量%以上99質量%以下であることが好ましく、85質量%以上98質量%であることがより好ましく、90質量%以上97質量%以下であることがさらに好ましい。
【0032】
上記未変性ポリプロピレン系樹脂(P1)は、ASTM D1238に準じて230℃、荷重2.16kgで測定したメルトフローレイト(MFR)が、100g/10分以上であることが好ましく、130g/10分以上500g/10分以下であることがより好ましい。MFRがこの範囲内であると、マトリクス樹脂を強化繊維に十分に含浸させやすい。
【0033】
上記未変性ポリプロピレン系樹脂(P1)は、重量平均分子量(Mw)50,000以上300,000以下であることが好ましく、50,000以上200,000以下であることがより好ましい。
【0034】
上記未変性ポリプロピレン系樹脂(P1)は、プロピレン由来の構造単位を主体とする、プロピレン由来の構造単位の含有量が50モル%以上である樹脂成分である。上記未変性ポリプロピレン系樹脂(P1)は、プロピレン由来の構造単位のほかに、プロピレン以外のα-オレフィン、共役ジエンもしくは非共役ジエンまたはポリエン由来の構造単位を含んでいてもよい。
【0035】
上記未変性ポリプロピレン系樹脂(P1)が共重合体であるときの、共重合成分としてのα-オレフィンの例には、エチレン、1-ブテン、3-メチル-1-ブテン、4-メチル-1-ペンテン、3-メチル-1-ペンテン、4-メチル-1-ヘキセン、4,4-ジメチル-1-ヘキセン、1-ノネン、1-オクテン、1-ヘプテン、1-ヘキセン、1-デセン、1-ウンデセン、1-ドデセン、1-テトラデセン、1-ヘキサデセン、1-オクタデセン、および1-エイコセンなどを含む炭素原子数2以上20以下のα-オレフィン(プロピレンを含む)が含まれる。これらのうち、1-ブテン、エチレン、4-メチル-1-ペンテンおよび1-ヘキセンが好ましく、1-ブテンおよび4-メチル-1-ペンテンがより好ましい。共重合成分としての共役ジエン及び非共役ジエンの例には、ブタジエン、エチリデンノルボルネン、ジシクロペンタジエンおよび1,5-ヘキサジエンが挙げられる。これらのα-オレフィン、共役ジエンおよび非共役ジエンは、2種以上を併用しても良い。
【0036】
上記変性ポリプロピレン系樹脂(P2)は、重合体鎖に結合したカルボン酸塩等を含むポリプロピレン系樹脂である。特に、変性ポリプロピレン系樹脂(P2)カルボン酸塩を有すると、強化繊維とマトリクス樹脂との間の界面接着強度が高まりやすい。
【0037】
上記変性ポリプロピレン系樹脂(P2)の重量平均分子量(Mw)は、好ましくは1,000以上100,000以下であることが好ましく、2、000以上80,000以下であることがより好ましい。
【0038】
変性ポリプロピレン系樹脂(P2)は、未変性のプロピレン系重合体と、カルボン酸構造を有する単量体とをラジカルグラフト重合する方法などの公知の方法により、合成することができる。
【0039】
上記未変性のプロピレン系重合体は、上述した未変性ポリプロピレン系樹脂(P1)と同様のプロピレン系重合体であればよいが、プロピレン単独重合体、ならびに、エチレン・プロピレン共重合体、プロピレン・1-ブテン共重合体およびエチレン・プロピレン・1-ブテン共重合体などのプロピレンとα-オレフィンとの共重合体であることが好ましい。
【0040】
上記カルボン酸構造を有する単量体は、カルボン酸基を有する単量体であってもよいし、カルボン酸エステルを有する単量体であってもよい。上記カルボン産基は、中和されていてもよいし、上記カルボン酸エステルは、ケン化されていてもよい。これらの具体例には、エチレン系不飽和カルボン酸、その無水物、またはそのエステル、およびオレフィン以外の不飽和ビニル基を有する化合物が含まれる。
【0041】
上記エチレン系不飽和カルボン酸の例には、(メタ)アクリル酸、マレイン酸、フマル酸、テトラヒドロフタル酸、イタコン酸、シトラコン酸、クロトン酸、およびイソクロトン酸などが含まれる。上記無水物の例には、ナジック酸(エンドシス-ビシクロ[2.2.1]ヘプト-5-エン-2,3-ジカルボン酸)、無水マレイン酸、および無水シトラコン酸などが含まれる。
【0042】
上記オレフィン以外の不飽和ビニル基を有する化合物の例には、メチル(メタ)アクリレート、エチル(メタ)アクリレート、プロピル(メタ)アクリレート、n-ブチル(メタ)アクリレート、i-ブチル(メタ)アクリレート、tert-ブチル(メタ)アクリレート、n-アミル(メタ)アクリレート、イソアミル(メタ)アクリレート、n-ヘキシル(メタ)アクリレート、2-エチルヘキシル(メタ)アクリレート、オクチル(メタ)アクリレート、デシル(メタ)アクリレート、ドデシル(メタ)アクリレート、オクタデシル(メタ)アクリレート、ステアリル(メタ)アクリレート、トリデシル(メタ)アクリレート、ラウロイル(メタ)アクリレート、シクロヘキシル(メタ)アクリレート、ベンジル(メタ)アクリレート、フェニル(メタ)アクリレート、イソボロニル(メタ)アクリレート、ジシクロペンタニル(メタ)アクリレート、ジシクロペンテニル(メタ)アクリレート、ジメチルアミノエチル(メタ)アクリレート、およびジエチルアミノエチル(メタ)アクリレートなどを含む(メタ)アクリル酸エステル類、ヒドロキシエチルアクリレート、2-ヒドロキシエチル(メタ)アクリレート、2-ヒドロキシプロピル(メタ)アクリレート、4-ヒドロキシブチルアクリレート、ラクトン変性ヒドロキシエチル(メタ)アクリレート、および2-ヒドロキシ-3-フェノキシプロピルアクリレートなどを含む水酸基含有ビニル類、グリシジル(メタ)アクリレート、およびメチルグリシジル(メタ)アクリレートなどを含むエポキシ基含有ビニル類、ビニルイソシアナート、およびイソプロペニルイソシアナートなどを含むイソシアナート基含有ビニル類、スチレン、α-メチルスチレン、ビニルトルエン、およびt-ブチルスチレンなどを含む芳香族ビニル類、アクリルアミド、メタクリルアミド、N-メチロールメタクリルアミド、N-メチロールアクリルアミド、ジアセトンアクリルアミド、およびマレイン酸アミドなどを含むアミド類、酢酸ビニル、およびプロピオン酸ビニルなどを含むビニルエステル類、N、N-ジメチルアミノエチル(メタ)アクリレート、N、N-ジエチルアミノエチル(メタ)アクリレート、N,N-ジメチルアミノプロピル(メタ)アクリレート、N、N-ジプロピルアミノエチル(メタ)アクリレート、N、N-ジブチルアミノエチル(メタ)アクリレート、N、N-ジヒドロキシエチルアミノエチル(メタ)アクリレートなどを含むアミノアルキル(メタ)アクリレート類、スチレンスルホン酸、スチレンスルホン酸ソーダ、および2-アクリルアミド-2-メチルプロパンスルホン酸などを含む不飽和スルホン酸類、モノ(2-メタクリロイロキシエチル)アシッドホスフェート、およびモノ(2-アクリロイロキシエチル)アシッドホスフェートなどを含む不飽和リン酸類などが含まれる。これらは2種類以上を用いてもよい。
【0043】
これらのうち、エチレン系不飽和カルボンの無水物が好ましく、無水マレイン酸がより好ましい。
【0044】
変性ポリプロピレン系樹脂(P2)は、公知の方法で合成することができる。たとえば、有機溶剤中で上記未変性のプロピレン系重合体と上記カルボン酸構造を有する単量体とを重合開始剤の存在下で反応させ、その後脱溶剤させてもよいし、上記未変性のプロピレン系重合体を加熱溶融して得た溶融物と上記不飽和ビニル基を有するカルボン酸とを、重合開始剤の存在下で攪拌して反応させてもよいし、上記未変性のプロピレン系重合体と上記不飽和ビニル基を有するカルボン酸と重合開始剤との混合物を押出機に供給して加熱混練しながら反応させ、その後中和やケン化等の方法でカルボン酸塩としてもよい。
【0045】
上記重合開始剤の例には、ベンゾイルパーオキサイド、ジクロルベンゾイルパーオキサイド、ジクミルパーオキサイド、ジ-tert-ブチルパーオキサイド、2,5-ジメチル-2,5-ジ(ペルオキシベンゾエート)ヘキシン-3、および1,4-ビス(tert-ブチルパーオキシイソプロピル)ベンゼンなどを含む各種パーオキサイド化合物、ならびに、アゾビスイソブチロニトリルなどを含むアゾ化合物などが含まれる。なお、これらの重合開始剤は2種以上を併用しても良い。
【0046】
上記有機溶剤の例には、キシレン、トルエン、およびエチルベンゼンなどを含む芳香族炭化水素、ヘキサン、ヘプタン、オクタン、デカン、イソオクタン、およびイソデカンなどを含む脂肪族炭化水素、シクロヘキサン、シクロヘキセン、メチルシクロヘキサン、およびエチルシクロヘキサンなどを含む脂環式炭化水素、酢酸エチル、n-酢酸ブチル、セロソルブアセテート、プロピレングリコールモノメチルエーテルアセテート、プロピレングリコールモノエチルエーテルアセテート、および3-メトキシブチルアセテートなどを含むエステル系溶媒、ならびに、メチルエチルケトン、およびメチルイソブチルケトンなどを含むケトン系溶媒、などが含まれる。上記有機溶剤は、これらのうち、芳香族炭化水素、脂肪族炭化水素、および脂環式炭化水素であることが好ましく、脂肪族炭化水素および脂環式炭化水素であることがより好ましい。なお、これらの有機溶剤は2種以上を混合して用いてもよい。
【0047】
このとき、変性ポリプロピレン系樹脂(P2)の原料を水分散体にして処理する観点からは、上記カルボン酸構造を有する単量体は、中和またはケン化されていることが好ましい。
【0048】
上記中和またはケン化は、ナトリウム、カリウム、リチウム、カルシウム、マグネシウム、および亜鉛などを含むアルカリ金属またはアルカリ土類金属、その他の金属類、ヒドロキシルアミン、および水酸化アンモニウムなどを含む無機アミン、アンモニア、(トリ)メチルアミン、(トリ)エタノールアミン、(トリ)エチルアミン、ジメチルエタノールアミン、およびモルフォリンなどを含む有機アミン、酸化ナトリウム、および過酸化ナトリウムなどを含む亜鉛などのアルカリ金属又またアルカリ土類金属の酸化物、水酸化物または水素化物、その他の金属の酸化物、水酸化物または水素化物、炭酸ナトリウムなどを含むアルカリ金属またはアルカリ土類金属の弱酸塩、ならびに、その他の金属類の弱酸塩などの塩基性物質により公知の方法により行えばよい。
【0049】
これらの中和またはケン化による中和度またはケン化度は、水分散体の安定性および強化繊維との接着性を共に高める観点から、50%以上100%以下であることが好ましく、70%以上100%以下であることがより好ましく、85%以上100%以下であることがさらに好ましい。変性ポリプロピレン系樹脂(P2)は、カルボン酸基の全てが中和またはケン化されていることが好ましいが、カルボン酸基の一部が中和またはケン化されず残存していてもよい。
【0050】
なお、カルボン酸基の塩成分は、ICP発光分析で塩を形成している金属種の検出を行う方法、および、IR、NMR、質量分析または元素分析を用いて酸基の塩の構造を同定する方法などにより検出および量の測定をすることができる。
【0051】
マトリクス樹脂におけるポリプロピレン系樹脂の含有率は、曲げ弾性率と耐衝撃性をより向上させる観点から、マトリクス樹脂の全質量に対して、60質量%以上90質量%以下が好ましく、70質量%以上85質量%以下がより好ましい。
【0052】
1-2-2.スチレン系エラストマー
上記スチレン系エラストマーは、スチレンに由来する少なくとも1個の重合体ブロックと共役ジエン化合物に由来する少なくとも1個の重合体ブロックとを含むブロック共重合体及びその水素添加物からなる群より選ばれる少なくとも1種の共重合体である。
【0053】
上記スチレン系エラストマーの例には、ポリスチレン-ポリブタジエン-ポリスチレンブロック共重合体(SBS)、およびポリスチレン-ポリイソプレン-ポリスチレンブロック共重合体(SIS)などを含む、スチレンに由来する少なくとも1個の重合体ブロックと、ブタジエンおよびイソプレンなどを含む共役ジエン化合物に由来する少なくとも1個の重合体ブロックと、を含むブロック共重合体、ならびに、ポリスチレン-ポリエチレン・ブチレン-ポリスチレンブロック共重合体(SEBS)、およびポリスチレン-ポリエチレン・プロピレン-ポリスチレンブロック共重合体(SEPS)などの、上記ブロック共重合体の水素添加物、などが含まれる。
【0054】
上記スチレン系エラストマー含有量は、上記マトリクス樹脂の全質量に対して、10質量%以上40質量%以下となる量である。
【0055】
一般的に、ポリプロピレン系樹脂などの熱可塑性プラスチックは曲げ弾性に優れ、熱可塑性エラストマーは耐衝撃性に優れる。そのため、マトリクス樹脂に熱可塑性エラストマーを用いると、UDシートやUDシートを被覆させた樹脂成形体の耐衝撃性を高めることができるが、一方で熱可塑性プラスチックの相対的な配合量が低下するため曲げ弾性率が低下してしまうと考えられる。
【0056】
これに対し、本発明者らの新たな知見によると、熱可塑性プラスチックと熱可塑性エラストマーの組み合わせの中でも、ポリプロピレン系樹脂とスチレン系エラストマーの組み合わせであり、ポリプロピレン系樹脂に対するスチレン系エラストマーの配合量を上記所定の範囲にすると、スチレン系エラストマーの配合による耐衝撃性の向上効果が見られるにもかかわらず、UDシートの曲げ弾性はほとんど低下せず、またUDシートを被覆させた樹脂成形体の曲げ弾性はむしろ高くなる。
【0057】
上記スチレン系エラストマーの配合による、曲げ弾性を維持したまま耐衝撃性の向上効果をより顕著に奏し、かつスチレン系エラストマーによるマトリクス樹脂の流動性の低下を抑制し、強化繊維へのマトリクス樹脂の含浸性を維持する観点からは、上記スチレン系エラストマーの含有量は、上記マトリクス樹脂の全質量に対して、10質量%以上35質量%以下であることが好ましく、15質量%以上30質量%以下であることがより好ましい。
【0058】
1-2-3. その他の熱可塑性樹脂
マトリクス樹脂は、本発明の効果を奏する限りであれば、ポリプロピレン系樹脂以外の熱可塑性樹脂を含んでいても良い。ポリプロピレン系樹脂以外の熱可塑性樹脂としては、例えば、ポリカーボネート樹脂、スチレン系樹脂、ポリアミド樹脂、ポリエステル樹脂、ポリフェニレンスルフィド樹脂(PPS樹脂)、変性ポリフェニレンエーテル樹脂(変性PPE樹脂)、ポリアセタール樹脂(POM樹脂)、液晶ポリエステル、ポリアリレート樹脂、ポリメチルメタクリレート樹脂(PMMA)などを含むアクリル樹脂、塩化ビニル樹脂、ポリイミド(PI)樹脂、ポリアミドイミド(PAI)樹脂、ポリエーテルイミド(PEI)樹脂、ポリスルホン樹脂、ポリエーテルスルホン樹脂、ポリケトン樹脂、ポリエーテルケトン樹脂、ポリエーテルエーテルケトン(PEEK)樹脂、ポリエチレン樹脂、ポリブテン樹脂、およびポリ4-メチル-1-ペンテン樹脂などを含むポリオレフィン樹脂(ポリプロピレン系樹脂を除く)、これらの変性物である変性ポリオレフィン樹脂(変性ポリプロピレン系樹脂を除く)、ならびにフェノキシ樹脂などが含まれる。上記ポリオレフィン樹脂は、エチレン/プロピレン共重合体(プロピレン由来の構造単位の含有量が50モル%未満である共重合体)、エチレン/1-ブテン共重合体、エチレン/プロピレン/ジエン共重合体(プロピレン由来の構造単位の含有量が50モル%未満である共重合体)、エチレン/一酸化炭素/ジエン共重合体、エチレン/(メタ)アクリル酸エチル共重合体、エチレン/(メタ)アクリル酸グリシジル、およびエチレン/酢酸ビニル/(メタ)アクリル酸グリシジル共重合体などを含む共重合体でもよい。
【0059】
その他の熱可塑性樹脂の含有率は、本発明の効果を奏する限り特に制限されないが、マトリクス樹脂の全樹脂成分に対して10質量%以下が好ましく、5質量%以下がより好ましく、1質量%以下がさらに好ましく、実質的に含まないことが特に好ましい。
【0060】
マトリクス樹脂は、衝撃特性、特に低温における衝撃特性をより向上させる観点から、ガラス転移温度(Tg)が100℃以上である熱可塑性樹脂の含有率がマトリクス樹脂の全質量に対して5質量%以下であることが好ましく、1質量%以下であることがより好ましく、実質的に含まないことがさらに好ましい。熱可塑性樹脂のTgは、示差走査熱量測定(DSC)により求めることができる。一般的に、ポリカーボネートのTgは150℃であり、ポリフェニレンスルフィド樹脂のTgは126℃であり、ポリエーテルスルホン樹脂のTgは230℃であり、ポリアミドイミド樹脂のTgは275℃であり、スチレン系樹脂のTgは100℃である。
【0061】
マトリクス樹脂は、海島構造をより適切に形成して衝撃特性、特に低温における衝撃特性をより向上させる観点から、ガラス転移温度(Tg)が30℃以上である熱可塑性樹脂の含有率がマトリクス樹脂の全質量に対して3質量%以下であることが好ましく、1質量%以下であることがより好ましく、実質的に含まないことがさらに好ましい。一般的に、塩化ビニル樹脂のTgは87℃であり、テルペン系樹脂のTgは30~100℃である。
【0062】
マトリクス樹脂は、海島構造をより適切に形成して衝撃特性、特に低温における衝撃特性をより向上させる観点から、上述のポリプロピレン系樹脂と上述のスチレン系エラストマーを相溶化させる性質を有する添加剤の含有率が、マトリクス樹脂の全樹脂成分100質量部に対して、3質量部以下であることが好ましく、1質量部以下であることがより好ましく、実質的に含まないことがさらに好ましい。相溶化させる添加剤としては、上述のポリプロピレン系樹脂のSP値と上述のスチレン系エラストマー値の間のSP値を有する樹脂を挙げることができる。SP値は、Fedorsの方法を用いて算出することができる。
【0063】
1-2-4. その他の熱可塑性エラストマー
マトリクス樹脂は、本発明の効果を奏する限りであれば、スチレン系エラストマー以外の熱可塑性エラストマーを含んでいても良い。スチレン系エラストマー以外の熱可塑性エラストマーとしては、例えば、ポリエステル系エラストマー、ポリアミド系エラストマー、熱可塑性ポリウレタン系エラストマー(TPU)、オレフィン系エラストマー、ポリ塩化ビニル系エラストマー、およびフッ素系エラストマーなどが挙げられる。
【0064】
マトリクス樹脂は、その他の熱可塑性エラストマーの含有率がマトリクス樹脂の全質量に対して、10質量%以下が好ましく、5質量%以下がより好ましく、1質量%以下がさらに好ましく、実質的に含まないことが特に好ましい。
【0065】
マトリクス樹脂の態様は上述したとおりであるが、マトリクス樹脂としては、上述のポリプロピレン系樹脂、および上述のスチレン系エラストマーのみを実質的に含むことが好ましい。この態様により、曲げ弾性率と耐衝撃性をより向上できる傾向がある。
【0066】
1-2-5.その他の成分
マトリクス樹脂は、上記以外の樹脂や、上記強化繊維よりも短い長さの短繊維などの他の成分を含んでいてもよい。
【0067】
1-3.UDシート
UDシートは、公知の方法で上記強化繊維に上記マトリクス樹脂を含浸させて、作製することができる。
【0068】
たとえば、溶融状態の上記マトリクス樹脂で表面がコーティングされた含浸ロールに、開繊されて一方向に配列された複数の上記強化繊維を同時に接触させるようにして、上記含浸ロールを回転させ、かつ上記複数の強化繊維を上記回転方向に沿って移動させることで、上記強化繊維に上記マトリクス樹脂を含浸させることができる。
【0069】
あるいは、樹脂の含浸方法は上記方法に限定されず、溶融した上記マトリクス樹脂の浴に上記強化繊維を浸漬させるなど方法によってもよい。
【0070】
炭素繊維に樹脂を含浸させた後、樹脂を冷却固化させることで、一方向に配向して配列された複数の強化繊維に上記マトリクス樹脂が含浸してなるUDシートを得ることができる。
【0071】
UDシートの全質量に対する、上記強化繊維の含有量は、20質量%以上80質量%以下であることが好ましく、30質量%以上75質量%以下であることがより好ましく、30質量%以上65質量%以下であることがさらに好ましく、35質量%以上60質量%以下であることが特に好ましい。また、UDシートの全質量に対する、上記マトリクス樹脂の含有量は、20質量%以上80質量%以下であることが好ましく、25質量%以上70質量%以下であることがより好ましく、35質量%以上70質量%以下であることがさらに好ましく、40質量%以上65質量%以下であることが特に好ましい。
【0072】
UDシートの全体積に対する、上記強化繊維の含有量(繊維体積含有率:Vf)は、10体積%以上70体積%以下であることが好ましく、15体積%以上60体積%以下であることがより好ましく、20体積%以上60体積%以下であることがさらに好ましい。
【0073】
UDシートの厚みは特に限定されないが、1μm以上500μm以下であることが好ましく、5μm以上400μm以下であることがより好ましく、5μm以上300μm以下であることがさらに好ましい。
【0074】
UDシートの使用時の態様も特に限定されず、単独のUDシートをそのまま使用してもよいし、複数のUDシートを積層体として使用してもよい。また、UDシートを適宜切断してテープ状にして使用してもよい。
【0075】
UDシートの態様は上述したとおりであるが、UDシートとしては、上述の強化繊維、上述のポリプロピレン系樹脂、及び上述のスチレン系エラストマーのみを実質的に含むことが好ましい。この態様により、曲げ弾性率と耐衝撃性をより向上できる傾向がある。なお、本明細書において、これらのみを実質的に含むとは、これら以外の成分を効果を奏しない量で含むことを許容する意味であり、ある成分を実質的に含まないとは、当該成分を効果を奏しない量で含むことを許容する意味である。この態様において、各成分の好ましい含有量は、上述のとおりである。
【0076】
2.樹脂成形体
本発明の他の実施形態は、上述したUDシートと、熱可塑性樹脂組成物の成形体(以下、単に「基材成形体」ともいう。)と、を有する樹脂成形体に関する。
【0077】
2-1.基材成形体
基材成形体は、1種または複数種の熱可塑性樹脂(以下、単に「基材樹脂」ともいう。)、および任意に配合される添加剤を含む、熱可塑性樹脂組成物を成形してなる成形体である。
【0078】
上記基材樹脂の例には、ポリオレフィン樹脂、ポリアミド樹脂、ポリエステル樹脂、ポリスチレン樹脂、熱可塑性ポリイミド樹脂、ポリアミドイミド樹脂、ポリカーボネート樹脂、ポリフェニレンエーテル樹脂、ポリフェニレンスルファイド樹脂、ポリアセタール樹脂、アクリル系樹脂、ポリエーテルイミド樹脂、ポリスルホン樹脂、ポリエーテルケトン樹脂、ポリエーテルエーテルケトン樹脂、ポリアリレート樹脂、ポリエーテルニトリル樹脂、塩化ビニル樹脂、ABS樹脂およびフッ素樹脂などが含まれる。
【0079】
上記基材樹脂は、これらのうち、エチレン系重合体、プロピレン系重合体およびその他のα-オレフィン系重合体を含むオレフィン系樹脂を含むことが好ましく、プロピレン系重合体を含むことがより好ましく、プロピレン系重合体および上記その他のα-オレフィン系重合体をいずれも含むことがさらに好ましい。
【0080】
上記エチレン系重合体には、エチレンの単独重合体、およびエチレンと炭素数3以上20以下のα-オレフィンとの共重合体が含まれる。なお、これらのエチレン系重合体は、1種のみを用いてもよいし、複数種を併用してもよい。
【0081】
上記プロピレン系重合体には、プロピレンの単独重合体、およびプロピレンとエチレンまたは炭素数4以上20以下のα-オレフィンとの共重合体が含まれる。なお、これらのプロピレン系重合体は、1種のみを用いてもよいし、複数種を併用してもよい。
【0082】
上記α-オレフィン系重合体には、炭素数4以上20以下のα-オレフィンの単独重合体、および炭素数2以上20以下のα-オレフィンの共重合体(ただし、上記エチレン系重合体およびプロピレン系重合体は除く。)が含まれる。
【0083】
なお、上記α-オレフィンの例には、エチレン、プロピレン、1-ブテン、3-メチル-1-ブテン、4-メチル-1-ペンテン、3-メチル-1-ペンテン、4-メチル-1-ヘキセン、4,4ジメチル-1-ヘキセン、1-ノネン、1-オクテン、1-ヘプテン、1-ヘキセン、1-デセン、1-ウンデセン、1-ドデセン、1-テトラデセン、1-ヘキサデセン、1-オクタデセン、および1-エイコセンなどが含まれる。上記α-オレフィン系重合体は、これらのうち、1-ブテン、エチレン、4-メチル-1-ペンテン、および1-ヘキセンを含む共重合体であることが好ましく、1-ブテンおよび4-メチル-1-ペンテンを含む共重合体であることがより好ましい。上記α-オレフィン系重合体は、ランダム共重合体であってもよいしブロック共重合体であってもよいが、ランダム共重合体であることが好ましい。
【0084】
基材成形体とUDシートとの接合強度をより高める観点から、上記基材樹脂は、ポリオレフィンであることが好ましく、ポリプロピレン系樹脂であることがより好ましい。
【0085】
基材成形体とUDシートとの接合強度をより高める観点から、上記基材樹脂は、UDシートのマトリクス樹脂に含まれる熱可塑性プラスチックと相溶可能であることが好ましい。なお、「相溶可能」とは両樹脂の混合物を双方の融点以上に加熱混合して25℃まで冷却した場合に単一相が形成されることを意味する。
【0086】
上記添加剤の例には、公知の充填材(無機充填材、有機充填材)、顔料、染料、耐候性安定剤、耐熱安定剤、帯電防止剤、スリップ防止剤、酸化防止剤、防黴剤、抗菌剤、難燃剤、および軟化剤などが含まれる。
【0087】
上記添加剤としての充填材の例には、マイカ、カーボンブラック、カーボンナノチューブ、グラファイト、セピオライト、シリカ、ウォラストナイト、炭酸カルシウム、塩基性硫酸マグネシウム、モンモリナイト、タルク、ステンレス、およびアルミニウムなどを含む粉末充填材、ならびに、炭素繊維、ガラス繊維、バサルトファイバー、金属繊維、金属酸化物繊維、モスハイジ(塩基性硫酸マグネシウム無機繊維)、および炭酸カルシウムウィスカーなどを含む繊維状充填材などが含まれる。これらの充填材は、樹脂成形体の強度を高めることができる。
【0088】
これらのうち、タルク、炭酸カルシウム、炭素繊維、ガラス繊維、ウィスカ、および塩基性硫酸マグネシウムが好ましく、炭素繊維、ガラス繊維、ウィスカ、および塩基性硫酸マグネシウムがより好ましい。
【0089】
なお、上記繊維状充填材は、通常は長繊維若しくは短繊維である。長繊維若しくは短繊維である繊維状充填材の長さは、0.05mm以上15mm以下であることが好ましく、0.1mm以上15mm以下であることがより好ましく、0.2mm以上15mm以下であることがさらに好ましい。
【0090】
上記短繊維である繊維状充填材のアスペクト比は、通常500未満である。上記強化繊維のアスペクト比は、1以上2000以下であることが好ましく、1以上1500以下であることがより好ましく、5以上1500以下であることがさらに好ましい。
【0091】
基材成形体の強度を十分に高め、かつ添加剤による流動性の低下を抑制して成形容易性の低下を抑制する観点から、上記充填材の含有量は、基材成形体の全質量に対して3質量%以上70質量%以下であることが好ましく、5質量%以上60質量%以下であることがより好ましく、10質量%以上50質量%以下であることがさらに好ましい。
【0092】
上記添加剤としての顔料および染料の例には、公知の色素が含まれる。特に、レーザーによる照射でのUDシートを基材成形体に融着させるときは、上記顔料および染料は、基材成形体によるレーザーの吸収効率を高めて基材成形体への融着効率をより高めることができる。このとき、上記顔料および染料は、上記照射されるレーザーの波長と同一の波長の吸光度がより大きい顔料および染料であることが好ましく、具体的には、吸収極大波長が300nm以上3000nm以下である顔料および染料であることが好ましく、吸収極大波長が500nm以上2000nm以下である顔料および染料であることがより好ましく、吸収極大波長が700nm以上1500nm以下である顔料および染料であることがさらに好ましい。逆に、レーザーの波長の選択をより自由にする観点からは、上記顔料および染料は、より広い範囲の波長を吸収できる顔料および染料(あるいはその組み合わせ)であることが好ましく、具体的には、黒色系の顔料および染料(あるいはその組み合わせ)であることが好ましく、カーボン系の顔料を含むがより好ましく、カーボンブラックを含むことがさらに好ましい。
【0093】
上記添加剤としての顔料および染料の含有量は、基材成形体によるレーザーの吸収を十分に高め、かつ、基材成形体および樹脂成形体の強度などの他の特性に顕著な影響を与えない程度であればよい。たとえば、上記添加剤としてのカーボンブラックの含有量は、熱可塑性樹脂組成物の全質量に対して0.1質量%以上10質量%以下であることが好ましく、0.5質量%以上5質量%以下であることがより好ましい。
【0094】
2-2.樹脂成形体
上記樹脂成形体は、上述したUDシートと、基材成形体と、を有する。
【0095】
上記UDシートは、基材成形体の表面の少なくとも一部を被覆していることが好ましく、上記表面に融着していることがより好ましい。本実施形態において、上記UDシートは、典型的には基材成形体の物性を向上させる補強材として作用する。
【0096】
このとき、上記UDシートは、基材成形体の表面の一部(たとえば、使用時に所定の機械強度が要求される部位)のみに融着していてもよいし、基材成形体の表面の全体に融着していてもよい。また、基材成形体の表面(の一部または全体)に1枚のUDシートのみが融着していてもよいし、複数枚のUDシートが融着していてもよい。複数枚のUDシートが融着しているとき、これらのUDシートは、強化繊維の向きが一致するように配置(積層)されていてもよいし、層間で強化繊維の向きが変化するように積層されていてもよい。上記UDシートは、基材成形体が立体形状を有する場合には、基材成形体の主面の一部又は全部に融着していてもよく、裏面の一部又は全部に融着してもよく、その他の面の一部又は全部に融着してもよく、これらの組み合わせであってもよい。基材成形体の表面とは露出しているすべての部位を指す語であり、主面とは面積が最大の面を指す語であり、裏面とは主面と接しない面であり、たとえば基材成形体の主面に対して裏側に主面と略平行となるように配置された面である。主面と裏面が同一の面積であることもあり得る。
【0097】
たとえば、上記樹脂成形体は、シート状の基材成形体と、上記シート状の基材成形体の一方の面または両方の面に融着したUDシートと、を含む樹脂成形体とすることができる。樹脂成形体への反りの発生を抑制し、かつUDシートによる機械物性の向上効果をより十分に奏させる観点からは、上記樹脂成形体は、シート状の基材成形体の両面にUDシートが融着している、UDシート、基材成形体、およびUDシートがこの順に積層された積層体であることが好ましい。
【0098】
このとき、上記シート状の基材成形体は、厚みが0.5mm以上50mm以下であることが好ましく、1.0mm以上25mm以下であることがより好ましく、2.0mm以上20mm以下であることがさらに好ましい。
【0099】
上記樹脂成形体は、上記ポリプロピレン系樹脂および上記スチレン系エラストマーをマトリクス樹脂に含む上記UDシートによる耐衝撃性の向上が見られる。上記耐衝撃性の向上は、特に氷点下などの低温環境時において顕著である。一方で、上記樹脂成形体は、上述したUDシートを用いているため、上記スチレン系エラストマーのUDシートへの添加による曲げ弾性率の低下は見られず、むしろ曲げ弾性率が向上することすらある。
【0100】
2-3.樹脂成形体の製造方法
上記樹脂成形体は、基材成形体をUDシートで被覆する(融着させる)公知の方法で作製することができる。
【0101】
たとえば、インサート成形により製造するとき、金型の内部にUDシートを配置し、その後、金型を閉じて、溶融した上記熱可塑性樹脂組成物を金型の内部に射出などの方法で導入すればよい。その後、金型を冷却して、上記樹脂成形体を取り出すことができる。熱可塑性樹脂を溶融させる温度は、熱可塑性樹脂の融点以上であれば特に制限されないが、例えばオレフィン系樹脂の場合は、融点以上400℃以下で行えばよい。溶融した熱可塑性樹脂を金型内に導入する際の金型の温度は特に制限されない。金型の形状および熱可塑性樹脂の流動性から適宜設定することができる。金型の冷却は、例えば、室温に放置することで行うことが出来る。
【0102】
あるいは、プレス成型により製造するとき、基材成形体の表面にUDシートを配置し、加熱しながらプレスして基材成形体とUDシートとを融着すればよい。その後、金型を冷却して、上記樹脂成形体を取り出すことができる。
【0103】
あるいは、基材成形体の表面にテープ状のUDシートを供給しながら、これらの接触部位にレーザーを照射して基材成形体とUDシートとを融着させてもよい。
【0104】
2-4.用途
上記樹脂成形体の用途は限定されないが、他の構造材料の補強材として有用であり、特に、瞬間的な衝撃が発生する車両や航空機を構成する部材の補強材として有用である。
【0105】
上記樹脂成形体の用途の具体例には、主翼、垂直および水平尾翼などを含む一次構造材、補助翼、方向舵および昇降舵などを含む二次構造材、座席およびテーブルなどを含む内装材、動力装置、油圧シリンダー、ならびにコンポジットブレーキなどを含む、航空機およびヘリコプターなどの一般的な飛行体の部品部材、ノズルコーンおよびモーターケースなどを含むロケット部品部材、アンテナ、構造体、太陽電池パネル、バッテリーケースおよび望遠鏡などを含む人工衛星部品部材、フレーム、シャフト、ローラー、板バネ、工作機械ヘッド、ロボットアーム、搬送ハンドおよび合成繊維ポットなどを含む機械部品部材、遠心分離機ローターおよびウラン濃縮筒などを含む高速回転体部品部材、パラボラアンテナ、電池部材、レーダー、音響スピーカーコーン、コンピューター部品、プリンター部品、パソコン筐体およびタブレット筐体などを含む電子電機部品部材、骨格部品、準構造部品、外板部品、内外装部品、動力装置、他機器-油圧シリンダー、ブレーキ、バッテリーケース、ドライブシャフト、エンジンパーツ、スポイラー、レーシングカーボディー、クラッシュコーン、イス、タブレット、電話カバー、アンダーカバー、サイドカバー、トランスミッションカバー、バッテリートレイ、リアステップ、スペアタイア容器、バス車体壁およびトラック車体壁などを含む自動車・バイク部品部材、内装材、床板パネル、天井パネル、リニアモーターカー車体、新幹線・鉄道車体、窓拭きワイパー、台車および座席などを含む車両部品部材、ヨット、クルーザーおよびボートなどを含む船舶船体、マスト、ラダー、プロペラ、硬帆、スクリュー、軍用艦胴体、潜水艦胴体および深海探査船などを含む船舶部品部材・機体、アクチュエーター、シリンダー、ボンベ、水素タンク、CNGタンクおよび酸素タンクなどを含む圧力容器部品部材、攪拌翼、パイプ、タンク、ピットフロアーおよびプラント配管などを含む科学装置部品・部材、ブレード、スキン、骨格構造および除氷システムなどを含む風力発電部品部材、X線診断装置部品、車椅子、人工骨、義足・義手、松葉杖、介護補助器具・ロボット(パワーアシストスーツ)、歩行機および介護用ベッドなどを含む医療・介護機器部品部材・用品、CFコンポジットケーブル、コンクリート補強部材、ガードレール、橋梁、トンネル壁、フード、ケーブル、テンションロッド、ストランドロッドおよびフレキシブルパイプなどを含む土木建築・インフラ部品部材、マリンライザー、フレキシブルジャンパー、フレキシブルライザーおよびドリリングライザーなどを含む海底油田採掘用部品部材、釣竿、リール、ゴルフクラブ、テニスラケット、バドミントンラケット、スキー板、ストック、スノーボード、アイスホッケースティック、スノーモービル、弓具、剣道竹刀、野球バット、水泳飛び込み台、障害者用スポーツ用品およびスポーツヘルメットなどを含むスポーツ・レジャー用品。)フレーム、ディスクホイール、リム、ハンドルおよびサドルなどを含む自転車部品、メガネ、鞄、洋傘およびボールペンなどを含む生活用品、ならびに、プラスチックパレット、コンテナ、物流資材、樹脂型、家具、洋傘、ヘルメット、パイプ、足場板、安全靴、プロテクター、燃料電池カバー、ドローンブレード、フレーム、ジグおよびジグフレームなどを含むその他産業用途の部品部材・用品などが含まれる。
【実施例】
【0106】
以下、実施例を参照して本発明を更に具体的に説明するが、本発明の範囲は実施例の記載に限定されない。
【0107】
1.各種物性の測定方法
1-1.曲げ弾性率
JIS K7171(2016年)に規定する方法に準じて、試験速度1mm/min、支点間距離48mm、ならびに試験温度23、50および80℃の条件にて曲げ弾性率の測定をした。
【0108】
1-2.アイゾット衝撃試験
UDシートを12.7mm×63.5mmの大きさに切断し、20枚の切断されたUDシートを、繊維が配向された方向が同一となるように金型の内部に配置した。その後、金型温度を180℃として4分間予熱した後、6MPaの圧力で3分間加圧した。その後、金型の内部を15℃で1分間冷却し、12.7mm×63.5mm×3.0mmのサイズの試験片を得た。この試験片の衝撃強度を、ASTMD 256に準拠して、ノッチ付き、荷重14.7J、23℃及び-30℃で5回測定し、これらの平均値をアイゾット衝撃強度(KJ/m2)とした。
【0109】
2.UDシートの作製
2-1.強化繊維
炭素繊維束(三菱レイヨン株式会社製、パイロフィルTR50S12L、フィラメント数24000本、ストランド強度5000MPa、ストランド弾性率242GPa)を用意した。この炭素繊維束をアセトン中に浸漬し、10分間超音波を作用させ、その後炭素繊維束を引き上げさらに3回アセトンで洗浄し、室温で8時間乾燥して、付着しているサイジング剤を除去した。
【0110】
100質量部のプロピレン系樹脂A、10質量部のプロピレン系樹脂B、および3質量部の界面活性剤を混合して得られた混合物を、2軸スクリュー押出機(池貝鉄工株式会社製、PCM-30、L/D=40)のホッパーより3000g/時間の速度で供給した。さらに、押出機のベント部に設けた供給口より20%の水酸化カリウム水溶液を90g/時間の割合で連続的に供給して、加熱温度210℃で連続的に押出した。押出した樹脂混合物を、押出口に設置したジャケット付きスタティックミキサーで110℃まで冷却し、さらに80℃の温水中に投入して、固形分濃度が45%のエマルションを得た。
【0111】
なお、プロピレン系樹脂Aは、プロピレン・ブテン共重合体である。プロピレン系樹脂Aは、ショアD硬度が52であり、GPCで測定した重量平均分子量が350,000であった。
【0112】
また、プロピレン系樹脂Bは、96質量部のプロピレン・ブテン共重合体、4質量部の無水マレイン酸、および0.4質量部の重合開始剤(日本油脂株式会社製、パーヘキシ25B)を混合し、加熱温度160℃、2時間で変性を行って得られた変性樹脂である。プロピレン系樹脂Bは、GPCで測定した重量平均分子量が20,000、酸価が45mgKOH/g、無水マレイン酸含有率が4質量%、融点が140℃であった。
【0113】
また、上記界面活性剤は、オレイン酸カリウムである。
【0114】
上記炭素繊維に、上記エマルションをローラー含浸法で付着させた。その後、オンラインで、130℃の温度で2分乾燥して低沸点成分を除去し、シート状の強化繊維束を得た。上記強化繊維束におけるエマルションの付着量は、0.87質量%であった。
【0115】
2-2.マトリクス樹脂および評価
20.0質量部のSEPS、78質量部のプロピレン系樹脂(P1)、および2.0質量部のプロピレン系樹脂(P2)を、180℃で溶融させて混錬し、マトリクス樹脂の混合物1を得た。
【0116】
98質量部のプロピレン系樹脂(P1)、および2.0質量部のプロピレン系樹脂(P2)を、180℃で溶融させて混錬し、マトリクス樹脂の混合物2を得た。
【0117】
78質量部のSEPS、20質量部のプロピレン系樹脂(P1)、および2質量部のプロピレン系樹脂(P2)を、180℃で溶融させて混錬し、マトリクス樹脂の混合物3を得た。
【0118】
なお、上記SEPSは、SEPS(株式会社クラレ製 ハイブラー7125F、ASTM D1238に準拠して、230℃、2.16kg荷重で測定したMFRは4g/10分、曲げ弾性率は100MPa以下)であった。
【0119】
また、上記プロピレン系樹脂(P1)は、未変性プロピレン樹脂(Lyondell basell社製、Moplen(登録商標)HP500W、ASTMD1238に準拠して、230℃、2.16kg荷重で測定したMFRは150g/10分、曲げ弾性率は1600MPa)であった。
【0120】
また、上記プロピレン系樹脂(P2)は、0.5質量%の無水マレイン酸でグラフト変性された変性ポリプロピレン(ASTMD1238に準拠して、230℃、2.16kg荷重で測定したMFRは9.1g/10分、曲げ弾性率は700MPa超)であった。
【0121】
2-3.UDシートの作製
開繊された上記炭素繊維束を引き揃えて、溶融状態となっている上記マトリクス樹脂の混合物でコーティングされた含浸ロール接触させ、上記炭素繊維束に上記マトリクス樹脂の混合物を含浸させた。溶融させた上記マトリクス樹脂の混合物1の温度は260℃とし、上記含浸ロールの温度も260℃とした。
【0122】
このようにして得られたUDシート(UDシート1とする。)は、56質量%の炭素繊維、8.8質量%のSEPS、および、あわせて35.2質量%のプロピレン系樹脂(P1)およびプロピレン系樹脂(P2)(熱可塑性プラスチック)を含有していた。また、UDシート中の炭素繊維の体積基準の含有量(繊維体積含有率:Vf)は、40体積%であった。また、UDシートの厚みは、220μmであった。
【0123】
マトリクス樹脂の混合物1の代わりにマトリクス樹脂の混合物2を用いた以外は同様にして、UDシート2を得た。UDシート2は、56質量%の炭素繊維、あわせて44質量%のプロピレン系樹脂(P1)およびプロピレン系樹脂(P2)(熱可塑性プラスチック)を含有していた。また、UDシート中の炭素繊維の体積基準の含有量(繊維体積含有率:Vf)は、40体積%であった。また、UDシートの厚みは、160μmであった。
【0124】
マトリクス樹脂の混合物1の代わりにマトリクス樹脂の混合物3を用いた以外は同様にして、UDシート3を得た。UDシート3は、56質量%の炭素繊維、35.2質量%のSEPS、および、あわせて8.8質量%のプロピレン系樹脂(P1)およびプロピレン系樹脂(P2)(熱可塑性プラスチック)を含有していた。また、UDシート中の炭素繊維の体積基準の含有量(繊維体積含有率:Vf)は、40体積%であった。また、UDシートの厚みは、220μmであった。
【0125】
2-4.評価
UDシート1~UDシート3の曲げ弾性率(23℃)およびアイゾット衝撃強度(23℃)を測定した。結果を表1に示す。なお、表1において、組成中の数値は、各樹脂成分についてはSEPSの質量、プロピレン系樹脂(P1)の質量およびプロピレン系樹脂(P2)の質量の合計に対する、各樹脂成分の割合(単位:質量%)であり、強化繊維については、UDシートの全体積に対する炭素繊維の体積の割合(単位:体積%)である。
【0126】
【0127】
表1から明らかなように、マトリクス樹脂として熱可塑性プラスチックを用いると、曲げ弾性率は高いものの耐衝撃性がさほどは高まらず、マトリクス樹脂に多量のSEPSを含有させると、耐衝撃性は高まったものの曲げ弾性率が低下していた。これに対し、マトリクス樹脂として、熱可塑性プラスチックとSEPSとを所定の割合で用いると、SEPSによる耐衝撃性の向上効果が確認されたにもかかわらず、曲げ弾性率はほとんど低下していなかった。なお、UDシート1は、海島構造を有していた。
【0128】
3.樹脂成形体の作製および評価
3-1.樹脂成形体の作製
3-1-1.樹脂成形体1~樹脂成形体3の作製
縦200mm横180mmの平板状のキャビティを有し、フィルムゲートが上側の一か所であり、製品肉厚が3mmとなる金型を準備した。この金型の上型および下型のそれぞれの全面に、繊維方向が金型の縦方向と一致するように、UDシート1を1枚ずつ配置した。
【0129】
その後、金型を閉じて、樹脂温度230℃、金型温度40℃の条件で、射出成型機(宇部興産機械株式会社製MD350S-III)によりフィルムゲートから熱可塑性樹脂組成物を射出して、インサート成形を行い、上層がUDシート1、中間層がポリプロピレンの成形体、下層がUDシート1である樹脂成形体1を得た。なお、射出時間3秒、金型内で30秒保圧冷却した。
【0130】
なお、上記射出した熱可塑性樹脂組成物は、ポリプロピレン-ポリエチレンブロック共重合体(株式会社プライムポリマー社製、J707G)であった。
【0131】
射出前の金型の内部にUDシートを配置しなかった以外は樹脂成形体1の作製と同様にして、上層および下層がない樹脂成形体2を得た。
【0132】
UDシート1の代わりにUDシート2を用いた以外は樹脂成形体1の作製と同様にして、上層がUDシート2、中間層がポリプロピレンの成形体、下層がUDシート2である樹脂成形体3を得た。
【0133】
3-1-2.樹脂成形体4~樹脂成形体6の作製
射出する熱可塑性樹脂組成物として、30質量%の短繊維のガラスファイバー(平均繊維長:0.05mm以上10mm以下)で強化したポリプロピレン(株式会社プライムポリマー社製、プライムポリプロR-350G)を用いた以外は樹脂成形体1~樹脂成形体3と同様にして、それぞれ樹脂成形体4~樹脂成形体6を得た。
【0134】
3-1-3.樹脂成形体7~樹脂成形体9の作製
射出する熱可塑性樹脂組成物として、79質量%の上記ポリプロピレン-ポリエチレンブロック共重合体と21質量%のタルク(松村産業株式会社製、ハイフィラー#5000PJ)との混合物用いた以外は樹脂成形体1~樹脂成形体3と同様にして、それぞれ樹脂成形体7~樹脂成形体9を得た。
【0135】
3-2.評価
樹脂成形体1~樹脂成形体9の曲げ弾性率(23℃、50℃、80℃)およびアイゾット衝撃強度(-30℃)を測定した。結果を表2~表4に示す。
【0136】
【0137】
【0138】
【0139】
表2~表4から明らかなように、マトリクス樹脂として所定量のSEPSを含有させたUDシートを熱可塑性樹脂の成形体に融着させると、SEPSによる耐衝撃性の向上効果が、得には低温時に顕著に確認された。一方で、SEPSの添加による、SEPSを添加しなかったUDシートを融着したときと比較しての曲げ弾性率の低下は確認されず、むしろ曲げ弾性率が向上することが確認された。
【0140】
本出願は、2020年3月31日出願の日本国出願番号2020-063416号に基づく優先権を主張する出願であり、当該出願の特許請求の範囲および明細書に記載された内容は本出願に援用される。
【産業上の利用可能性】
【0141】
本発明の薄膜状の繊維強化樹脂(UDシート)は、基材成形体に融着させることにより、耐衝撃性および曲げ強度のいずれも高い樹脂成形体とすることができる。そのため、上記UDシートおよび樹脂成形体は、各種補強材として好適に使用することができる。