(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-03-27
(45)【発行日】2024-04-04
(54)【発明の名称】ポリアミック酸溶液およびこれを用いた積層体の製造方法
(51)【国際特許分類】
C08L 79/08 20060101AFI20240328BHJP
C08K 5/5415 20060101ALI20240328BHJP
C08K 5/544 20060101ALI20240328BHJP
C08G 73/10 20060101ALI20240328BHJP
B05D 7/24 20060101ALI20240328BHJP
B05D 7/00 20060101ALI20240328BHJP
B05D 3/02 20060101ALI20240328BHJP
【FI】
C08L79/08 A
C08K5/5415
C08K5/544
C08G73/10
B05D7/24 302X
B05D7/00 E
B05D3/02 Z
B05D7/24 303E
B05D7/24 302Y
(21)【出願番号】P 2019218051
(22)【出願日】2019-12-02
【審査請求日】2022-11-24
(31)【優先権主張番号】P 2018227352
(32)【優先日】2018-12-04
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000004503
【氏名又は名称】ユニチカ株式会社
(72)【発明者】
【氏名】杉本 洋輔
(72)【発明者】
【氏名】山田 祐己
(72)【発明者】
【氏名】吉田 猛
(72)【発明者】
【氏名】繁田 朗
(72)【発明者】
【氏名】越後 良彰
【審査官】藤井 明子
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2016/147958(WO,A1)
【文献】国際公開第2013/125193(WO,A1)
【文献】特開2018-145440(JP,A)
【文献】国際公開第2014/073591(WO,A1)
【文献】国際公開第2016/024457(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C08L 1/00-101/14
C08K 3/00-13/08
C08G 73/00-73/26
B05D 1/00-7/26
B32B 1/00-43/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ポリアミック酸(PAA)と溶媒とアルコキシシランとからなる溶液であり、前記PAAは、芳香族ジアミンと芳香族テトラカルボン酸二無水物とを用いたものであり、前記芳香族テトラカルボン酸二無水物の全モル数を、前記芳香族ジアミンの全モル数で除したモル比が、1.00
5以上、1.050以下であ
り、前記アルコキシシランとして3-アミノプロピルトリメトキシシラン、3-アミノプロピルトリエトキシシラン、3-ウレイドプロピルトリエトキシシランのいずれか1種類以上を含み、前記アルコキシシランの配合量が、PAA質量に対し、5ppm超、500ppm未満であることを特徴とするPAA溶液。
【請求項2】
請求項1に記載のPAA溶液をガラス基板に塗布、乾燥、熱硬化することにより、ポリイミド(PI)フィルムをガラス基板上に形成させる方法において、
前記熱硬化を
1℃/分~15℃/分で昇温することにより行うことを特徴とするPIフィルムとガラス基板とからなる積層体の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ポリイミド(PI)前駆体であるポリアミック酸(PAA)溶液およびこれを用いたPIフィルムとガラス基板とからなる積層体の製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、液晶ディスプレイ(LCD)、プラズマディスプレイパネル(PDP)、有機ELディスプレイ(OLED)等のフラットパネルディスプレイ(FPD)、および電子ペーパー等の電子デバイスの分野では、主としてガラス基板上に電子素子を形成したものが用いられているが、ガラス基板は剛直であり、しなやかさに欠けるため、フレキシブルになりにくいという問題がある。
【0003】
そこで、フレキシブル性を有しかつ良好な耐熱性と寸法安定性とを有するPIフィルムをフレキシブル基板として用いる方法が提案されている。例えば、PIの前駆体であるPAA溶液を塗布、乾燥してPAA塗膜とし、これを熱硬化(熱イミド化)することによりガラス基板上にPIフィルムが積層一体化された状態としたものを利用することが提案されている。すなわち、ガラス基板上に積層されたPIフィルムの表面に電子素子を形成後、最後にPIフィルムをガラス基板から剥離することにより、フレキシブル基板とする。前記熱硬化の過程においては、ガラス基板に形成されたPAA塗膜がPIフィルムに変換される際、この塗膜がガラス基板から剥離したり、形成されるPIフィルム表面に気泡が残留したりすることがある。
【0004】
従い、熱硬化の際、ガラス基板に対するPAA塗膜の密着性を十分に確保する必要がある。この密着性を確保する方法として、PAAにアルコキシシランを配合した溶液をガラス基板上に塗布した後、PAA塗膜を乾燥後、熱硬化してPIフィルムとする方法が知られている。例えば、特許文献1(実施例)には、PAA質量に対し、200~500ppmのアルコキシシランと500~800ppmのシリコーン系界面活性剤とを配合したPAA溶液の例が開示されている。特許文献2には、PAA質量に対し、100~20000ppmのアルコキシシランを配合したPAA溶液を用いることにより、PIフィルムとガラス基板との密着性を向上させる方法が開示されている。特許文献3(請求項1)には、PAA質量に対し、500~1000ppmのアルコキシシランを配合したPAA溶液を50℃程度に加温することにより得られるアルコキシシラン変性PAA溶液用いることにより、PIフィルムとガラス基板との密着性を向上させる方法が開示されている。これらの文献には、PAA塗膜の熱硬化を段階的に行う方法が記載されている。すなわち、特許文献1の実施例には、熱硬化条件として、キュア後の膜厚が20μmとなるように塗布後、 「A:140℃×1hr+250℃×1hr+350℃×1hr、 B:140℃×1hr+450℃×1hr、C: 140℃×1hr+500℃×1hr」のような条件で、PAAを熱硬化する方法が記載されている。また、特許文献2の実施例には、PAAの熱硬化方法として、「厚さ18μmになるように基板に塗布後、130℃のホットプレートで2分間ベーク(乾燥)し、次いで、硬化炉を用い200℃で30分間、さらに450℃で60分間加熱硬化して、樹脂組成物中のポリイミド前駆体をイミド化する」ことが記載されている。
これらアルコキシシランをPAA溶液に配合した場合、アルコキシシランに起因して、熱硬化後に得られるPIフィルムの力学的特性、耐熱性、寸法安定性、電気的特性、光学特性等が損なわれる虞があった。また、比較的多量のアルコキシシランが配合されたPAA溶液ワニスは、保存安定性が低下することがあった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特許第6067740号公報
【文献】特許第6172139号公報
【文献】国際公開2016/024457号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
このような問題を回避するためには、ガラス基板に対するPAA塗膜の密着性を十分に確保した上で、アルコキシシランの配合量をできるだけ低減させる必要がある。ただ、そのようにすると、前記文献に開示されたような熱硬化方法では、十分な密着性が確保できない場合があった。このような傾向は、PIフィルムの厚みを厚くした場合に、特に顕著であった。
【0007】
そこで、本発明は前記課題を解決するものであって、PIフィルムの厚みを厚くした場合であっても、ガラス基板への密着性を十分に確保することができる、PAA溶液およびこれを用いた、PIフィルムとガラス基板とからなる積層体の製造方法の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
前記課題を解決するために鋭意研究した結果、特定のPAA溶液にアルコキシシランを配合したPAA溶液により、前記課題が解決されることを見出し、本発明の完成に至った。
【0009】
本発明は下記を趣旨とするものである。
<1> PAAと溶媒とアルコキシシラン化合物とからなる溶液であり、前記PAAは、芳香族ジアミンと芳香族テトラカルボン酸二無水物とを用いたものであり、前記芳香族テトラカルボン酸二無水物の全モル数を、前記芳香族ジアミンの全モル数で除したモル比が、1.005以上、1.050以下であり、前記アルコキシシランとして3-アミノプロピルトリメトキシシラン(APMS)、3-アミノプロピルトリエトキシシラン(APES)、3-ウレイドプロピルトリエトキシシラン(UPES)のいずれか1種類以上を含み、前記アルコキシシランの配合量が、PAA質量に対し、5ppm超、500ppm未満であることを特徴とするPAA溶液 。
<2> 前記PAA溶液をガラス基板に塗布、乾燥、熱硬化することにより、PIフィルムをガラス基板上に形成させる方法において、熱硬化を1℃/分~15℃/分で昇温することにより行うことを特徴とするPIフィルムとガラス基板とからなる積層体の製造方法。
【発明の効果】
【0010】
本発明のPAA溶液を用いることにより、PIフィルムの厚みを厚くした場合であっても、ガラス基板への密着性を十分に確保することができる。従い、電子素子が形成されたPIフィルムを得るためのPAA溶液として好適に用いることができる。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本発明を詳細に説明する。
【0012】
本発明のPAA溶液を構成するPAAは、テトラカルボン酸成分として芳香族テトラカルボン酸二無水物、ジアミン成分として芳香族ジアミンが用いられたPAAであり、これを含むPAA溶液は、芳香族ジアミンと芳香族テトラカルボン酸二無水物とを溶媒中で反応させることにより得られる。
【0013】
芳香族ジアミンとしては、例えば、p-フェニレンジアミン(PDA)、m-フェニレンジアミン、4,4′-オキシジアニリン(ODA)、3,3′-ビストリフルオロメチル-4,4′-ジアミノビフェニル(TFMB)、3,4′-ジアミノジフェニルエーテル、4,4′-ジアミノジフェニルメタン、3,3′-ジメチル-4,4′-ジアミノジフェニルメタン、2,2-ビス[4-(4-アミノフェノキシ)フェニル]プロパン、1,2-ビス(アニリノ)エタン、ジアミノジフェニルスルホン、ジアミノベンズアニリド、ジアミノベンゾエート、ジアミノジフェニルスルフィド、2,2-ビス(p-アミノフェニル)プロパン、2,2-ビス(p-アミノフェニル)ヘキサフルオロプロパン、1,5-ジアミノナフタレン、ジアミノトルエン、ジアミノベンゾトリフルオライド、1,4-ビス(p-アミノフェノキシ)ベンゼン、4,4′-ビス(p-アミノフェノキシ)ビフェニル、ジアミノアントラキノン、4,4′-ビス(3-アミノフェノキシフェニル)ジフェニルスルホン等を挙げることができる。これらの芳香族ジアミンは、単体または混合物として使用することができる。これらの中で、PDA、ODA、TFMBおよびそれらの混合物が、得られるPIフィルムの耐熱性および寸法安定性の観点から好ましい。
【0014】
芳香族テトラカルボン酸二無水物としては、例えば、ピロメリット酸二無水物(PMDA)、3,3′,4,4′-ビフェニルテトラカルボン酸二無水物(BPDA)、4,4′-ヘキサフルオロイソプロピリデンフタル酸二無水物(6FDA)、2,3,3′,4′-ビフェニルテトラカルボン酸二無水物、2,2′,3,3′-ビフェニルテトラカルボン酸二無水物、4,4′-オキシジフタル酸二無水物、3,3′,4,4′-ベンゾフェノンテトラカルボン酸二無水物、3,3′,4,4′-ジフェニルスルホンテトラカルボン酸二無水物、p-ターフェニルテトラカルボン酸二無水物、m-ターフェニルテトラカルボン酸二無水物等を挙げることができる。これらのテトラカルボン酸二無水物は、単体または混合物として使用することができる。これらの中で、BPDA、PMDA、6FDAおよびそれらの混合物が、得られるPIフィルムの耐熱性および寸法安定性の観点から好ましい。
【0015】
ここで、芳香族テトラカルボン酸二無水物の全モル数を、芳香族ジアミンの全モル数で除したモル比は、1.005以上、1.050以下であることが必要であり、1.005以上、1.045以下とすることが好ましい。なお、このようなモル比とした場合、PAAの分子量が上がりすぎて、PAA溶液が所定の粘度とならない場合、PAAの末端の一部を、ジカルボン酸無水物またはモノアミン類で封止することにより分子量を調整するこができる。ジカルボン酸無水物としては、フタル酸無水物、モノアミンとしてアニリンを用いることが好ましい。
【0016】
PAA溶液を得るための溶媒に制限はなく、アミド系溶媒、尿素系溶媒、エーテル系溶媒等を用いることができる。これらの中で、N-メチル-2-ピロリドン(NMP)、N,N-ジメチルホルムアミド(DMF)、N,N-ジメチルアセトアミド(DMAc)等のアミド系溶媒を用いることが好ましい。これらの溶媒は、単独または混合物として用いることができる。これらの中で、NMP、DMAcおよびそれらの混合物が、PAAに対する溶解性の観点から好ましい。これらの溶媒の含水率は500ppm以下であることが好ましく、200ppm以下であることがさらに好ましい。このようにすることにより、PAA溶液中の含水率が低減され、PAA溶液の保存期間中におけるアルコキシシランの加水分解、PAA溶液の粘度低下等を防ぐことができる。
【0017】
PAA溶液を得る際の反応温度としては、-30~70℃が好ましく、-15~60℃がより好ましい。また、この反応において、モノマーおよび溶媒の添加順序は特に制限はなく、いかなる順序でもよい。PAAの固形分濃度としては5~30質量%が好ましく、16~25質量%がより好ましい。このPAAは部分的にイミド化されていてもよい。このようにして得られるPAA溶液の粘度は、塗布性の観点から、30℃での溶液粘度として、1Pa・s以上、300Pa・s以下とすることが好ましく、2Pa・s以上、200Pa・s以下とすることがより好ましい。
PAA溶液の濃度、粘度を前記の範囲とすることにより、熱硬化後のPIフィルムの表面を平滑なものとすることができる。
【0018】
本発明のPAA溶液は、前記のようにして得られたPAA溶液にアルコキシシランを配合することが必要である。ここで、アルコキシシランの配合量は、PAA質量に対し、5ppm超、500ppm未満とすることが好ましく、5ppm超、200ppm未満とすることがより好ましい。
【0019】
このようなアルコキシシランとしては、N-2-(アミノエチル)-3-アミノプロピルメチルジメトキシシラン、N-2-(アミノエチル)-3-アミノプロピルトリメトキシシラン、3-アミノプロピルトリメトキシシラン(APMS)、3-アミノプロピルトリエトキシシラン(APES)、3-トリエトキシシリル-N-(1,3-ジメチル-ブチリデン)プロピルアミン、N-フェニル-3-アミノプロピルトリメトキシシラン、ビニルトリメトキシシラン、ビニルトリエトキシシラン、p-スチリルトリメトキシシラン、2-(3,4-エポキシシクロヘキシル)エチルトリメトキシシラン、3-グリシドキシプロピルメチルジメトキシシラン、3-グリシドキシプロピルトリメトキシシラン、3-グリシドキシプロピルメチルジエトキシシラン、3-グリシドキシプロピルトリエトキシシラン、3-メタクリロキシプロピルメチルジメトキシシラン、3-メタクリロキシプロピルトリメトキシシラン、3-メタクリロキシプロピルメチルジエトキシシラン、3-メタクリロキシプロピルトリエトキシシラン、3-アクリロキシプロピルトリメトキシシラン、3-ウレイドプロピルトリエトキシシラン(UPES)、3-ウレイドプロピルトリメトキシシラン、3-メルカプトプロピルメチルジメトキシシラン、3-メルカプトプロピルトリメトキシシラン、3-イソシアネートプロピルトリエトキシシラン等が挙げられる。これらの中で、APMS、APES、UPESおよびそれらの混合物が好ましい。
【0020】
本発明で用いられるPAA溶液は、これを50℃程度に加温することにより、PAAの一部をアルコキシシランで変性することもできる。
【0021】
本発明で用いられるPAA溶液には、PIフィルムの透明性等の光学的特性を損なわない範囲で、シリカ、アルミナ等の微粒子が配合されていてもよい。これらの微粒子の体積平均粒子径(動的光散乱法による)は、10nm以上、100nm以下とすることが好ましい。また、その配合量は、PAA質量に対し、5質量%以上、20質量%以下とすることが好ましい。
【0022】
本発明で用いられるPAA溶液には、他の重合体が本発明の効果を損なわない範囲で添加されていてもよい。
【0023】
本発明のPAA溶液は、これを基材上に塗布、乾燥、熱硬化することにより、基材とPIフィルムとが積層一体化された積層体とすることができる。基材としては、ガラス基板、シリコン基板、金属箔等を用いることができるが、ガラス板を用いることが好ましい。
【0024】
ガラス基板としては、例えば、ソーダライムガラス、ホウ珪酸ガラス、または無アルカリガラス等からなる基板を用いることができ、これらのなかで、無アルカリガラス基板を好ましく用いることができる。これらのガラス基板は、シランカップリング剤処理等公知の表面処理がなされていてもよい。ガラス基板の厚みとしては、0.3~5.0mmが好ましい。厚みが0.3mmより薄いと基板のハンドリング性が低下することがある。また、厚みが5.0mmより厚いと生産性が低下することがある。
【0025】
ガラス基板へのPAA溶液の塗布方法としては、テーブルコータ、ディップコータ、バーコータ、スピンコータ、ダイコータ、スプレーコータ等公知の方法を用い、連続式またはバッチ式で塗布することができる。
【0026】
乾燥および熱硬化に際しては、通常の熱風乾燥器、赤外線ランプ等を用いることができる。乾燥温度としては、40℃~150℃とすることが好ましく、乾燥時間としては、5~30分程度とすることが好ましい。この乾燥工程は、必要に応じ省略することができる。
【0027】
本発明のPAA溶液を用いて積層体を得る際は、乾燥後のPAA塗膜を、連続的に昇温し、熱硬化してPIフィルムとすることが好ましい。ここで「連続的に昇温」とは、熱硬化の際の雰囲気温度を制御された昇温速度で昇温することをいう。この昇温速度は、PAA塗膜のガラス基板への密着性を確保する観点から、1℃/分~15℃/分で行うことが好ましく、3℃/分~10℃/分で行うことがより好ましい。昇温の際の上限温度は、350℃以上、500℃以下とすることが好ましい。この昇温過程においては、昇温途中で、雰囲気温度を一定時間保持する工程が含まれていてもよい。熱硬化の際の雰囲気は、窒素、アルゴン等の不活性ガス雰囲気とすることが好ましい。 なお、前記した特許文献1~3には、PAA塗膜を、連続的に昇温して熱硬化する方法については、記載も示唆もされていない。すなわち、特許文献1の実施例には、熱硬化条件として、キュア後の膜厚が20μmとなるように塗布後、 「A:140℃×1hr+250℃×1hr+350℃×1hr、B: 140℃×1hr+450℃×1hr、C:140℃×1hr+500℃×1hr」のような条件で、熱硬化する方法が記載されており、非連続的な昇温による方法である。また、特許文献2の実施例には、熱硬化条件として、「130℃のホットプレートで2分間ベーク(乾燥)し、厚さ18μmになるように製膜した。次いで、硬化炉を用い200℃で30分間、さらに450℃で60分間加熱硬化して、樹脂組成物中のポリイミド前駆体をイミド化」することが記載されており、非連続的な昇温による方法である。このような非連続的な昇温方法では、PAA溶液中のアルコキシシランの配合量を低減させた場合、得られるPIフィルムの十分な密着性が確保されないことがある。
【0028】
前記のようにして得られた積層体は、PIフィルムの表面に電子素子を形成後、当該PIフィルムをガラス基板等の基材から、レーザ照射等の公知の方法で剥離することができるので、電子デバイスの製造に有用である。
【0029】
ガラス基板等の基材からの剥離後のPIフィルムの厚みは、1μm以上、50μm以下とすることが好ましく、5μm以上、40μm以下とすることがより好ましい。本発明の方法で熱硬化した場合は、厚みが、例えば30μm程度という比較的厚い場合であっても、気泡や膨れを発生させることなく、目的とするPIフィルムを得ることができる。
【0030】
電子素子としては、従来電子デバイスの分野で用いられているあらゆる電子素子が使用可能である。電子素子の形成方法は、PI塗膜(フィルム)をフレキシブル基板として用いる電子デバイスの分野で公知の方法を採用することができる。
【0031】
電子デバイスとしては、例えば、液晶ディスプレイ(LCD)、プラズマディスプレイパネル(PDP)、有機ELディスプレイ(OLED)等のフラットパネルディスプレイ(FPD)、電子ペーパー等のフレキシブルデバイスが挙げられる。
【実施例】
【0032】
以下、実施例に基づき本発明を具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例のみに限定されるものではない。以下の実施例および比較例において、密着性の評価方法は、次のとおりである。
【0033】
<密着性評価>
熱硬化後、ガラス基板(20cm角)上に均一なPIフィルム(15cm角)が形成できている場合、「◎」、熱硬化後、ガラス基板上にPIフィルムが部分的に浮いているか、剥がれている箇所が15cm角あたり1箇所以上、5箇所以下ある場合、「△」、ガラス基板上にPIフィルムが部分的に浮いているか、剥がれている箇所が15cm角あたり6箇所以上ある場合、「×」とした。
【0034】
<実施例1>
ガラス製反応容器に、窒素雰囲気下、PDA(0.600モル)と含水率が200ppm以下のNMP(重合溶媒)とを投入して攪拌し、PDAを溶解した。この溶液をジャケットで30℃以下に冷却しながら、BPDA(0.612モル)を徐々に加えた後、60℃で100分重合反応させることにより、25℃における溶液粘度が、7.5Pa・sで、PAA固形分濃度が20質量%のPAA溶液(P-1)を得た。
P-1に、APMSを、室温(25℃)にて、PAA質量に対し、80ppm加えて、攪拌することにより、均一なPAA溶液(A-1)を得た。
厚み0.7mmの無アルカリガラス基板(20cm角)の表面上に、A-1をテーブルコータにより塗布し、45℃で10分、70℃で5分、150℃で5分乾燥してPAA塗膜を形成した。
次いで、窒素ガス気流下、4℃/分の昇温速度で450℃まで昇温し、450℃で10分保持することより、PAA塗膜を熱硬化した。これによって、ガラス基板上に厚み25μmの平滑なPIフィルム(15cm角)が形成された積層体を得た。この積層体におけるガラス基板とPIフィルム間の密着性を評価し、評価結果を表-1に示した。
【0035】
<実施例2~4>
APMSの配合量を、表-1に記載の配合量としたPAA溶液(A-2~A-4)としたこと以外は、実施例1と同様にして、ガラス基板上に厚み25μmのPIフィルムが形成された積層体を作製した。この積層体におけるガラス基板とPIフィルム間の密着性を評価し、評価結果を表-1に示した。
【0036】
<実施例5>
アルコキシシランとして、APESを用い、この配合量を表-1に記載の配合量としたPAA溶液(A-5)としたこと以外は、実施例1と同様にして、ガラス基板上に厚み25μmのPIフィルムが形成された積層体を作成した。この積層体におけるガラス基板とPIフィルム間の密着性を評価し、評価結果を表-1に示した。
【0037】
<実施例6>
アルコキシシランとして、UPESを用い、この配合量を表-1に記載の配合量としたPAA溶液(A-6)としたこと以外は、実施例1と同様にして、ガラス基板上に厚み25μmのPIフィルムが形成された積層体を作成した。この積層体におけるガラス基板とPIフィルム間の密着性を評価し、評価結果を表-1に示した。
【0038】
<実施例7>
ガラス製反応容器に、窒素雰囲気下、PDA(0.550モル)と、ODA(0.050モル)とを含水率が200ppm以下のNMP(重合溶媒)を投入して攪拌し、PDAとODAとを溶解した。この溶液をジャケットで30℃以下に冷却しながら、BPDA(0.605モル)を徐々に加えた後、60℃で100分重合反応させることにより、25℃における溶液粘度が、98.5Pa・sで、PAA固形分濃度が20質量%のPAA溶液(P-2)を得た。P-2に、APMSを、室温(25℃)にて、PAA質量に対し、80ppm加えて、攪拌することにより、均一なPAA溶液(A-7)を得た。
厚み0.7mmの無アルカリガラス基板(20cm角)の表面上に、A-7をテーブルコータにより塗布し、45℃で10分、70℃で5分、150℃で5分乾燥してPAA塗膜を形成した。
次いで、窒素ガス気流下、4℃/分の昇温速度で450℃まで昇温し、450℃で10分保持することより、PAA塗膜を熱硬化した。これによって、ガラス基板上に厚み25μmのPIフィルムが形成された積層体を得た。この積層体におけるガラス基板とPIフィルム間の密着性を評価し、評価結果を表-1に示した。
【0039】
<実施例8>
ガラス製反応容器に、窒素雰囲気下、PDA(0.500モル)と、TFMB(0.100モル)とを含水率が200ppm以下のNMP(重合溶媒)を投入して攪拌し、PDAとTFMBとを溶解した。この溶液をジャケットで30℃以下に冷却しながら、BPDA(0.505モル)と6FDA(0.1モル)とを徐々に加えた後、60℃で100分重合反応させることにより、25℃における溶液粘度が、86.4Pa・sで、20質量%のPAA溶液(P-3)を得た。このPAA溶液に、APMSを、室温(25℃)にて、PAA質量に対し、80ppm加えて、攪拌することにより、均一なPAA溶液(A-8)を得た。
厚み0.7mmの無アルカリガラス基板(20cm角)の表面上に、A-8をテーブルコータにより塗布し、45℃で10分、70℃で5分、150℃で5分乾燥してPAA塗膜を形成した。
次いで、窒素ガス気流下、4℃/分の昇温速度で450℃まで昇温し、450℃で10分保持することより、PAA塗膜を熱硬化した。これによって、ガラス基板上に厚み25μmのPIフィルムが形成された積層体を得た。この積層体におけるガラス基板とPIフィルム間の密着性を評価し、評価結果を表-1に示した。
【0040】
<実施例9>
アルコキシシランの配合量を表-1に記載の配合量としたPAA溶液(A-9)とし、PIフィルムの厚みを10μmとしたこと以外は、実施例1と同様にして、ガラス基板上にPIフィルムが形成された積層体を作成した。この積層体におけるガラス基板とPIフィルム間の密着性を評価し、評価結果を表-1に示した。
【0041】
<実施例10>
アルコキシシランの配合量を表-1に記載の配合量としたPAA溶液(A-10)とし、PIフィルムの厚みを10μmとしたこと以外は、実施例7と同様にして、ガラス基板上にPIフィルムが形成された積層体を作成した。この積層体におけるガラス基板とPIフィルム間の密着性を評価し、評価結果を表-1に示した。
【0042】
<実施例11>
アルコキシシランの配合量を表-1に記載の配合量としたPAA溶液(A-11)とし、PIフィルムの厚みを10μmとしたこと以外は、実施例8と同様にして、ガラス基板上にPIフィルムが形成された積層体を作成した。この積層体におけるガラス基板とPIフィルム間の密着性を評価し、評価結果を表-1に示した。
【0043】
<比較例1>
PAA溶液としてP-1を用いたこと以外は、実施例1と同様にして、ガラス基板上に厚み25μmのPIフィルムが形成された積層体を作成した。この積層体におけるガラス基板とPIフィルム間の密着性を評価し、評価結果を表-1に示した。
【0044】
<比較例2>
PAA溶液としてP-2を用いたこと以外は、実施例7と同様にして、ガラス基板上に厚み25μmのPIフィルムが形成された積層体を作成した。この積層体におけるガラス基板とPIフィルム間の密着性を評価し、評価結果を表-1に示した。
評価した。
【0045】
<比較例3>
PAA溶液としてP-3を用いたこと以外は、実施例8と同様にして、ガラス基板上に厚み25μmのPIフィルムが形成された積層体を作成した。この積層体におけるガラス基板とPIフィルム間の密着性を評価し、評価結果を表-1に示した。
評価した。
【0046】
<比較例4>
PAA溶液としてP-1を用い、PIフィルムの厚みを10μmとしたこと以外は、実施例1と同様にして、ガラス基板上にPIフィルムが形成された積層体を作成した。この積層体におけるガラス基板とPIフィルム間の密着性を評価し、評価結果を表-1に示した。
【0047】
<比較例5>
ガラス製反応容器に、窒素雰囲気下、PDA(0.612モル)と含水率が200ppm以下のNMP(重合溶媒)を投入して攪拌し、PDAを溶解した。この溶液をジャケットで30℃以下に冷却しながら、BPDA(0.600モル)を徐々に加えた後、60℃で100分重合反応させることにより、25℃における溶液粘度が、6.9Pa・sで、PAA固形分濃度が20質量%のPAA溶液(P-4)を得た。
P-4に、APMSを、室温(25℃)にて、PAA質量に対し、80ppm加えて、攪拌することにより、均一なPAA溶液(B-5)を得た。
厚み0.7mmの無アルカリガラス基板(20cm角)の表面上に、B-5をテーブルコータにより塗布し、45℃で10分、70℃で5分、150℃で5分乾燥してPAA塗膜を形成した。
次いで、窒素ガス気流下、4℃/分の昇温速度で450℃まで昇温し、450℃で10分保持することより、PAA塗膜を熱硬化した。これによって、ガラス基板上に厚み25μmのPIフィルムが形成された積層体を得た。この積層体におけるガラス基板とPIフィルム間の密着性を評価し、評価結果を表-1に示した。
【0048】
<比較例6>
ガラス製反応容器に、窒素雰囲気下、PDA(0.562モル)と、ODA(0.050モル)とを含水率が200ppm以下のNMP(重合溶媒)を投入して攪拌し、PDAとODAとを溶解した。この溶液をジャケットで30℃以下に冷却しながら、BPDA(0.600モル)を徐々に加えた後、60℃で100分重合反応させることにより、25℃における溶液粘度が、5.2Pa・sで、PAA固形分濃度が20質量%のPAA溶液(P-5)を得た。P-2に、APMSを、室温(25℃)にて、PAA質量に対し、80ppm加えて、攪拌することにより、均一なPAA溶液(B-6)を得た。
厚み0.7mmの無アルカリガラス基板(20cm角)の表面上に、B-6をテーブルコータにより塗布し、45℃で10分、70℃で5分、150℃で5分乾燥してPAA塗膜を形成した。
次いで、窒素ガス気流下、4℃/分の昇温速度で450℃まで昇温し、450℃で10分保持することより、PAA塗膜を熱硬化した。これによって、ガラス基板上に厚み25μmのPIフィルムが形成された積層体を得た。この積層体におけるガラス基板とPIフィルム間の密着性を評価し、評価結果を表-1に示した。
【0050】
<比較例8>
芳香族テトラカルボン酸二無水物の全モル数を芳香族ジアミンの全モル数で除したモル比およびAPMSの配合量を表-1に記載の数値としたPAA溶液(B-8)とし、PIフィルムの厚みを10μmとしたこと以外は、比較例1と同様にして、ガラス基板上にPIフィルムが形成された積層体を作製した。この積層体におけるガラス基板とPIフィルム間の密着性を評価し、評価結果を表-1に示した。
【0051】
【0052】
実施例から、芳香族テトラカルボン酸二無水物の全モル数を、芳香族ジアミンの全モル数で除したモル比を所定の比とした上で、所定量のアルコキシシランを配合したPAAワニスは、PIフィルムの膜厚を厚くした場合であっても、連続昇温して熱硬化することにより、ガラス基板との良好な密着性が確保されていることが判る。
【産業上の利用可能性】
【0053】
本発明のPAA溶液を用いて得られる、PIフィルムとガラス基板とからなる積層体は、電子素子が形成されたフレキシブル基板製造用として好適に用いることができる。