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特許7461674食道扁平上皮癌の上皮細胞用の培養培地、培養方法、及びその用途
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-03-27
(45)【発行日】2024-04-04
(54)【発明の名称】食道扁平上皮癌の上皮細胞用の培養培地、培養方法、及びその用途
(51)【国際特許分類】
   C12N 5/09 20100101AFI20240328BHJP
   C12Q 1/02 20060101ALI20240328BHJP
   G01N 33/15 20060101ALI20240328BHJP
   C07D 475/00 20060101ALN20240328BHJP
【FI】
C12N5/09
C12Q1/02
G01N33/15 Z
C07D475/00
【請求項の数】 17
(21)【出願番号】P 2022562624
(86)(22)【出願日】2020-04-23
(65)【公表番号】
(43)【公表日】2023-05-25
(86)【国際出願番号】 CN2020086374
(87)【国際公開番号】W WO2021208130
(87)【国際公開日】2021-10-21
【審査請求日】2022-12-13
(31)【優先権主張番号】202010293661.3
(32)【優先日】2020-04-15
(33)【優先権主張国・地域又は機関】CN
(73)【特許権者】
【識別番号】522178669
【氏名又は名称】合肥中科普瑞昇生物医▲薬▼科技有限公司
(74)【代理人】
【識別番号】100122471
【弁理士】
【氏名又は名称】籾井 孝文
(74)【代理人】
【識別番号】100150212
【弁理士】
【氏名又は名称】上野山 温子
(72)【発明者】
【氏名】▲劉▼ 青松
(72)【発明者】
【氏名】胡 ▲潔▼
(72)【発明者】
【氏名】王 文超
(72)【発明者】
【氏名】▲陳▼ 程
(72)【発明者】
【氏名】任 涛
(72)【発明者】
【氏名】王 黎
【審査官】平林 由利子
(56)【参考文献】
【文献】中国特許出願公開第105801582(CN,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 1/00- 7/08
C12Q 1/00- 3/00
G01N 33/48- 33/98
C07D 451/00-521/00
CAplus/REGISTRY(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
初代食道扁平上皮癌(ESCC)の上皮細胞を培養するための初代細胞培養培地であって、
MST1/2キナーゼ阻害剤とROCKキナーゼ阻害剤とを含むことを特徴とし、前記MST1/2キナーゼ阻害剤は、式(I):
【化1】
(式中、
は、C1~C6アルキル、C3~C6シクロアルキル、C2~C6スピロシクロアルキル、並びに1個~2個のRで任意に独立して置換されたフェニル及び1個~2個のRで任意に独立して置換されたチエニルから選択され、
及びRは、それぞれ独立して、C1~Cアルキルから選択され、
及びRは、それぞれ独立して、水素、C1~C6アルキル、C3~C6シクロアルキル、及びC4~C8シクロアルキルアルキルから選択され、
は、ハロゲン、C1~C6アルキル、及びC1~C6ハロアルキルから選択される)の化合物、又はその薬学的に許容され得る塩若しくは溶媒和物を含み、前記ROCKキナーゼ阻害剤は、Y27632である、初代細胞培養培地。
【請求項2】
前記MST1/2キナーゼ阻害剤が、式(Ia):
【化2】
(式中、
は、C1~C6アルキル、1個~2個のRで任意に独立して置換されたフェニル、及び1個~2個のRで任意に独立して置換されたチエニルから選択され、
は、水素、C1~C6アルキル、及びC3~C6シクロアルキルから選択され、
は、独立して、ハロゲン、C1~C6アルキル、及びC1~C6ハロアルキルから選択される)の化合物、又はその薬学的に許容され得る塩若しくは溶媒和物を含む、請求項1に記載の初代細胞培養培地。
【請求項3】
が1個~2個のRで任意に独立して置換されたフェニルであり、
が水素であり、
がフルオロ、メチル又はトリフルオロメチルである、請求項に記載の初代細胞培養培地。
【請求項4】
前記MST1/2キナーゼ阻害剤が、以下の化合物又はその薬学的に許容され得る塩から選択される少なくとも1つである、請求項1に記載の初代細胞培養培地。
【表1-1】
【表1-2】
【表1-3】
【表1-4】
【請求項5】
前記MST1/2キナーゼ阻害剤の量が、0.3μM~10μMであることを特徴とする、請求項1~のいずれか1項に記載の初代細胞培養培地。
【請求項6】
前記MST1/2キナーゼ阻害剤の量が、0.75μM~6μMであることを特徴とする、請求項5に記載の初代細胞培養培地。
【請求項7】
前記MST1/2キナーゼ阻害剤の量が、2μM~6μMであることを特徴とする、請求項5に記載の初代細胞培養培地。
【請求項8】
前記培養培地中の前記ROCKキナーゼ阻害剤の量が、0.3μM~20μMであることを特徴とする、請求項1~のいずれか一項に記載の初代細胞培養培地。
【請求項9】
前記培養培地中の前記ROCKキナーゼ阻害剤の量が、2.5μM~15μMであることを特徴とする、請求項8に記載の初代細胞培養培地。
【請求項10】
前記培養培地中の前記ROCKキナーゼ阻害剤の量が、7.5μM~12.5μMであることを特徴とする、請求項8に記載の初代細胞培養培地。
【請求項11】
上皮成長因子;インスリン-トランスフェリン-セレン複合体;B27添加剤又はN2添加剤;肝細胞成長因子;A83-01、SB431542、Repsox、SB505124、SB525334、SD208、LY36494、及びSJN2511の少なくとも1つから選択されるTGFβ I型受容体阻害剤;並びにSB202190、SB203580、VX-702、VX-745、PD169316、RO4402247、及びBIRB796の少なくとも1つから選択されるP38/MAPK阻害剤の1つ以上の因子を更に含有することを特徴とする、請求項1~のいずれか一項に記載の初代細胞培養培地。
【請求項12】
前記上皮成長因子の量が、12.5ng/ml~100ng/mlであり、
前記インスリン-トランスフェリン-セレン複合体中のインスリン/トランスフェリン/亜セレン酸ナトリウムのそれぞれの量が、それぞれ2.5μg/ml~20μg/ml、1.25μg/ml~10μg/ml、1.25ng/ml~10ng/mlであり、
前記B27添加剤又はN2添加剤の体積濃度が、1:25~1:200であり、
前記肝細胞成長因子の量が、2.5ng/ml~20ng/mlであり、
前記TGFβ I型受容体阻害剤の量が、125nM~500nMであり、
前記P38/MAPK阻害剤の量が、125nM~500nMであることを特徴とする、請求項11に記載の初代細胞培養培地。
【請求項13】
前記上皮成長因子の量が、50ng/ml~100ng/mlであり、
前記インスリン-トランスフェリン-セレン複合体中のインスリン/トランスフェリン/亜セレン酸ナトリウムのそれぞれの量が、それぞれ5μg/ml~20μg/ml、2.5μg/ml~10μg/ml、2.5ng/ml~10ng/mlであり、
前記B27添加剤又はN2添加剤の体積濃度が、1:25~1:50であり、
前記肝細胞成長因子の量が、10ng/ml~20ng/mlであり、
前記TGFβ I型受容体阻害剤の量が、250nM~500nMであり、
前記P38/MAPK阻害剤の量が、250nM~500nMであることを特徴とする、請求項11に記載の初代細胞培養培地。
【請求項14】
血清、ウシ下垂体抽出物、Wntアゴニスト、R-スポンジンファミリータンパク質、BMP阻害剤、ニコチンアミド、又はN-アセチルシステインを含まないことを特徴とする、請求項1~のいずれか一項に記載の初代細胞培養培地。
【請求項15】
前記初代ESCC上皮細胞が、ESCC腫瘍細胞、正常ESCC上皮細胞、及びESCC上皮幹細胞から選択されることを特徴とする、請求項1~のいずれか一項に記載の初代細胞培養培地。
【請求項16】
初代ESCC上皮細胞を培養する方法であって、
(1)請求項1~15のいずれか一項に記載の初代細胞培養培地を調製する工程と、
(2)細胞外マトリックスゲル希釈剤で培養容器をコーティングする工程と、
(3)ESCC組織から分離した初代ESCC上皮細胞を前記コーティングされた培養容器に接種し、工程(1)の前記初代細胞培養培地を用いて培養する工程と、
を含むことを特徴とする、方法。
【請求項17】
ESCC疾患を治療するための薬剤を評価又はスクリーニングする方法であって、
(1)請求項16に記載される前記培養方法により、前記ESCC上皮細胞を培養する工程と、
(2)試験する前記薬剤を選択し、種々の薬剤濃度勾配に希釈する工程と、
(3)工程(1)で得られた前記ESCC上皮細胞に、勾配に希釈した前記薬剤を添加し、細胞生存率を検出する工程と、
を含むことを特徴とする、方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、医療技術分野に関し、特に食道扁平上皮癌の初代上皮細胞をin vitroで培養又は増殖させるための培養培地及び培養方法、更には培養細胞を薬効評価及び薬物スクリーニングに用いる方法及び使用に関する。
【背景技術】
【0002】
食道癌は、世界で最も多く見られる消化器系の悪性腫瘍の一つである。国立癌センターの最新統計によると、悪性腫瘍の発生率トップ10のうち、食道癌は男性で6位、女性で2位となっている。世界の多くの地域で、局所発生率が上昇しているが、中国は食道癌の高発生地域であり、年間罹患数は246000人、年間平均死亡者数は約150000人で全国の癌死亡数の21.8%を占め、最も死亡数の多い癌の中で第4位である(国立癌センター、2019年のデータ)。近年、食道癌の分子タイピング及び病態形成の研究が幾らか進んでいるが、食道癌の分子タイピングが中国と外国では異なるため、特に進行期の食道扁平上皮癌(ESCC:esophageal squamous cell carcinoma)に対する治療手段はまだ限られており、個人に合わせた的確な投薬指導はできていない。ESCCは腺癌と異なり、比較的明確な分子標的がないため、分子診断及び遺伝子診断に基づくだけでは実際に臨床薬の効果を予測することは困難である。
【0003】
機能的試験とは、癌患者の細胞に対する抗腫瘍薬の感受性をin vitroで検出する方法を指す。この方法を適用する鍵となるのは、短い成長周期を有し、ESCC患者の生物学的特徴を表し得る腫瘍細胞モデルを開発することである。さらに、癌患者に適時に精密投薬指導を与えるには、この細胞モデルは、臨床投薬の有効性を迅速かつ効率的に予測する操作が容易であるべきである。しかしながら、癌患者の初代腫瘍細胞からの細胞モデルのin vitroでの樹立の成功率が通常低いこと、成長周期が長いこと、及び間葉系細胞(例えば、線維芽細胞等)の過剰増殖等の問題は全て、この分野における開発を制限する。現在、腫瘍細胞の機能的試験の分野において比較的成熟している初代上皮/幹細胞を培養する技術は2つ存在する。一方は、照射されたフィーダー細胞及びROCKキナーゼ阻害剤Y27632を使用して初代上皮細胞の成長を促進し、個別の患者の薬物感受性を調査することであり、つまり、条件付き細胞リプログラミング技術である(非特許文献1)。もう一方の技術は、成体幹細胞をin vitroで3D培養して、組織及び器官に類似したオルガノイドを得ることである(非特許文献2)。
【0004】
しかしながら、どちらの技術にも或る特定の制限がある。細胞リプログラミングは、患者の自己初代上皮細胞をマウス由来のフィーダー細胞と共培養する技術である。これらのマウス由来の細胞の存在は、患者の初代細胞に対する薬物感受性試験の間に、患者の自己初代細胞の薬物感受性試験の結果に干渉する可能性があり、一方で、マウス由来のフィーダー細胞がノックアウトされると、患者の自己初代細胞がリプログラミング環境から外れる可能性があり、細胞増殖速度及び細胞内シグナル伝達経路が大幅に変化する可能性があることから(非特許文献3、非特許文献4)、薬物に対する患者の自己初代細胞の奏効が大きく影響されるという結果がもたらされる。オルガノイド技術は、3D in vitro培養用の細胞外マトリックス内に患者の自己初代上皮細胞を埋め込むフィーダー細胞を必要としない技術であるため、マウス由来のフィーダー細胞の干渉の問題はない。しかしながら、オルガノイド技術の培養培地には、様々な特定の成長因子(例えば、Wntタンパク質、及びR-スポンジンファミリータンパク質等)を加える必要があることから、これは高価であり、臨床における広範な使用には適していない。さらに、培養過程全体を通して、オルガノイドは細胞外マトリックスゲル内に埋め込まれている必要があり、細胞接種、継代、及び薬物感受性試験の播種工程は、2D培養操作と比較して面倒で時間がかかる。さらに、この技術によって形成されるオルガノイドのサイズを制御することは困難であり、一部のオルガノイドは大きくなりすぎて内部壊死を引き起こす可能性がある。したがって、オルガノイド技術は2D培養技術よりも操作性及び適用性に劣っている。これには専門の技術者が操作する必要があるため、臨床におけるin vitroでの薬物感受性試験のための広範囲かつ幅広い使用には適していない(非特許文献5)。
【0005】
上記の技術の制限に鑑みて、外因性細胞からの干渉なしに、短い培養期間、抑制可能なコスト、及び簡便な操作をもたらし得る、臨床における初代ESCC上皮細胞用の培養技術を開発することが必要とされている。この技術を適用して初代ESCC腫瘍細胞モデルを構築すると、培養ESCC腫瘍細胞は、ESCC患者の生物学的特徴を表し得る。個別の癌患者に由来する細胞モデルにおいて抗腫瘍薬の感受性をin vitroで評価することにより、抗腫瘍薬の奏効率を臨床において改善することができ、不適切な薬物によって患者に引き起こされる痛み及び医療資源の浪費を減らすことができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】Liu et al., Am J Pathol, 180: 599-607, 2012
【文献】Hans Clevers et al., Cell, 11; 172(1-2): 373-386, 2018
【文献】Liu et al., Am J Pathol, 183(6): 1862-1870, 2013
【文献】Liu et al., Cell Death Dis., 9(7): 750, 2018
【文献】Nick Barker, Nat Cell Biol, 18(3): 246-54, 2016
【発明の概要】
【0007】
従来技術の不足に鑑みて、本発明は、初代ESCC上皮細胞を培養する培養培地、及び該培養培地を使用して初代ESCC上皮細胞を培養する方法を提供することを意図している。本発明の初代ESCC上皮細胞培養培地及び培養方法は、in vitroでの培養期間が短く、コストを抑制可能であり、操作が簡便であり、外因性細胞からの干渉がないという目標を達成することができる。この技術を適用して初代ESCC腫瘍細胞モデルを構築すると、ESCC患者の生物学的特徴を有する初代ESCC腫瘍細胞を得ることができ、これらを新薬スクリーニング及びin vitroでの薬物感受性試験において適用することができる。
【0008】
本発明の一態様は、MST1/2キナーゼ阻害剤とROCKキナーゼ阻害剤とを含む、初代ESCC上皮細胞を培養するための初代細胞培養培地を提供することであり、MST1/2キナーゼ阻害剤は式(I):
【化1】
(式中、
は、C1~C6アルキル、C3~C6シクロアルキル、C4~C8シクロアルキルアルキル、C2~C6スピロシクロアルキル、及び1個~2個のRで任意に独立して置換されたアリール(例えば、フェニル及びナフチル等)、1個~2個のRで任意に独立して置換されたアリールC1~C6アルキル(例えば、フェニルメチル等)、及び1個~2個のRで任意に独立して置換されたヘテロアリール(例えば、チエニル等)から選択され、
及びRは、それぞれ独立して、C1~C6アルキル、好ましくはC1~C3アルキル、より好ましくはメチルから選択され、
及びRは、それぞれ独立して、水素、C1~C6アルキル、C3~C6シクロアルキル、C4~C8シクロアルキルアルキル、ヒドロキシルC1~C6アルキル、C1~C6ハロアルキル、C1~C6アルキルアミノC1~C6アルキル、C1~C6アルコキシC1~C6アルキル及びC3~C6ヘテロシクリルC1~C6アルキル(ヘテロシクリルは、例えば、ピペリジル、テトラヒドロピラニル等から選択される)から選択され、
は、ハロゲン(好ましくはフルオロ及びクロロ、より好ましくはフルオロ)、C1~C6アルキル(好ましくはメチル)、C1~C6アルコキシ(好ましくはメトキシ)、及びC1~C6ハロアルキル(好ましくはトリフルオロメチル)から選択される)の化合物、又はその薬学的に許容され得る塩若しくは溶媒和物を含み、ROCKキナーゼ阻害剤はY27632、ファスジル及びH-1152からなる群から選択される少なくとも1つである。
【0009】
好ましい実施の形態において、MST1/2キナーゼ阻害剤は、式(Ia):
【化2】
(式中、
は、C1~C6アルキル、1個~2個のRで任意に独立して置換されたフェニル、1個~2個のRで任意に独立して置換されたチエニル、及び1個~2個のRで任意に独立して置換されたフェニルメチルから選択され、より好ましくは、Rは1個~2個のRで任意に独立して置換されたフェニルであり、
は、水素、C1~C6アルキル、及びC3~C6シクロアルキルから選択され、より好ましくは、Rは、水素であり、
は、ハロゲン、C1~C6アルキル、及びC1~C6ハロアルキルから独立して選択され、より好ましくは、Rは、フルオロ、メチル又はトリフルオロメチルである)の化合物、又はその薬学的に許容され得る塩若しくは溶媒和物を含む。
【0010】
好ましくは、MST1/2キナーゼ阻害剤は、以下の化合物又はその薬学的に許容され得る塩、若しくは溶媒和物から選択される少なくとも1つである:
【0011】
【表1-1】
【表1-2】
【表1-3】
【表1-4】
【表1-5】
【0012】
最も好ましくは、本発明のMST1/2キナーゼ阻害剤は化合物1であり、本発明のROCKキナーゼ阻害剤はY27632であることが好ましい。
【0013】
本発明の実施の形態において、培養培地中のMST1/2キナーゼ阻害剤の量は、通常0.3μM~10μM、好ましくは0.75μM~6μM、より好ましくは2μM~6μMである。さらに、培養培地中のROCKキナーゼ阻害剤の量は、通常、0.3μM~20μM、好ましくは2.5μM~15μM、より好ましくは7.5μM~12.5μMである。
【0014】
好ましくは、本発明の初代細胞培養培地は、上皮成長因子(EGF);インスリン-トランスフェリン-セレン複合体;B27添加剤又はN2添加剤;肝細胞成長因子(HGF);A83-01、SB431542、Repsox、SB505124、SB525334、SD208、LY36494、及びSJN2511の少なくとも1つから選択されるTGFβ I型受容体阻害剤;並びにSB202190、SB203580、VX-702、VX-745、PD169316、RO4402247、及びBIRB796の少なくとも1つから選択されるP38/MAPK阻害剤の1つ以上の因子を更に含有する。
【0015】
好ましい実施の形態において、EGFの量は、12.5ng/ml~100ng/ml、より好ましくは50ng/ml~100ng/mlであり、インスリン-トランスフェリン-セレン複合体中のインスリン/トランスフェリン/亜セレン酸ナトリウムのそれぞれの量は、それぞれ2.5μg/ml~20μg/ml、1.25μg/ml~10μg/ml、1.25ng/ml~10ng/ml、より好ましくはそれぞれ5μg/ml~20μg/ml、2.5μg/ml~10μg/ml、2.5ng/ml~10ng/mlであり、培養培地中のB27添加剤又はN2添加剤の体積濃度は、1:25~1:200、より好ましくは1:25~1:50であり、HGFの量は、2.5ng/ml~20ng/ml、より好ましくは10ng/ml~20ng/mlであり、TGFβ I型受容体阻害剤は、好ましくはA83-01であり、TGFβ I型受容体阻害剤の量は、125nM~500nM、好ましくは250nM~500nMであり、P38/MAPK阻害剤は、好ましくはSB202190であり、P38/MAPK阻害剤の量は、125nM~500nM、好ましくは250nM~500nMである。
【0016】
条件付き細胞リプログラミング培地及びESCC上皮細胞オルガノイド培地と比較すると、この培地の組成には、MST1/2キナーゼ阻害剤とROCKキナーゼ阻害剤(特に好ましいのは化合物1とY27632)の組合せが添加されているが、血清、ウシ下垂体抽出物等の不確定成分、Wntアゴニスト、R-スポンジンファミリータンパク質、BMP阻害剤等、オルガノイド培養に必要なニッチ因子(niche factors)を含有せず、またニコチンアミド及びN-アセチルシステインを含まないことにより、培地の費用を大幅に削減し、培地調製の操作プロセスを簡略化し、コスト制御が可能で、操作性の良い初代ESCC上皮細胞のin vitro培養を実現する。
【0017】
本発明においては、初代ESCC上皮細胞は、ESCC腫瘍細胞、正常ESCC上皮細胞、及びESCC上皮幹細胞から選択され得る。
【0018】
本発明の一態様は、以下の工程を含む、初代ESCC上皮細胞を培養する方法を提供することである:
【0019】
(1)本発明の初代細胞培養培地を上記組成に従って調製する工程。
【0020】
(2)培養容器を細胞外マトリックスゲル希釈剤でコーティングする工程。
【0021】
具体的には、細胞外マトリックスゲルとしては、低成長因子型の細胞外マトリックスゲルを使用することができ、例えば、市販のMatrigel(Corningから購入)又はBME(Trevigenから購入)を使用することができる。より詳細には、細胞外マトリックスゲルは、DMEM/F12(Corningから購入)であり得る無血清培地で希釈される。細胞外マトリックスゲルの希釈比は、1:50~1:400、好ましくは1:100~1:200である。コーティング法は、希釈された細胞外マトリックスゲルを培養容器に加えて、培養容器の底部を完全に覆い、30分間以上放置し、好ましくはコーティングを37℃で30分~60分間放置することを含む。コーティングが完了した後に、余分な細胞外マトリックスゲル希釈剤を廃棄することで、培養容器は後続使用の準備が整う。
【0022】
(3)初代ESCC上皮細胞をESCC組織から分離する工程。
【0023】
初代ESCC上皮細胞は、例えば、ESCC組織試料及び傍癌組織試料から取得され得る。例えば、ESCC組織試料は、説明を受けた上で同意したESCC患者の癌組織から外科的切除によって取得され、傍癌組織試料は、食道組織から少なくとも5cm離れたESCC組織から採集される。上述の組織試料の採集は、外科的摘除又は生検から30分以内に行われる。より詳細には、滅菌環境において、非壊死部位からの組織試料を0.5mmを超える体積で切り取った後に、組織試料を予冷した10mL~15mLのDMEM/F12培地中に入れ、これを蓋付きのプラスチック製滅菌遠心分離チューブ内に入れて、氷上で研究室に輸送する。ここでは、DMEM/F12培地は、1体積%~2体積%のペニシリン、ストレプトマイシン、及び/又は0.2体積%~0.4体積%のプリモシン(Primocin)を含有する(以下、組織輸送液と称する)。ストレプトマイシン/ペニシリンを用いる場合、ストレプトマイシンの濃度範囲は25μg/mL~400μg/mL、好ましくは50μg/mL~200μg/mL、より好ましくは200μg/mLであり、ペニシリンの濃度範囲は25U/mL~400U/mL、好ましくは50U/mL~200U/mL、より好ましくは200U/mLであり、プリモシンを用いる場合、濃度範囲は25μg/mL~400μg/mL、好ましくは50μg/mL~200μg/mL、より好ましくは100μg/mLである。
【0024】
生物学的安全キャビネット内で、組織試料を細胞培養ディッシュに移した後に、これを輸送液ですすぎ、組織試料の表面上の血球を洗い流す。すすいだ組織試料を別の新しい培養ディッシュに移し、1mL~3mLの輸送液を加え、滅菌メス刃及び鉗子を使用して組織試料を体積3mm未満の組織片に分ける。
【0025】
組織試料片を遠沈管に移し、卓上遠心機(Sigma、3-18K)にて1500rpmで3分~5分間遠心分離を行う。上清を捨てた後、組織輸送液と組織消化液を1:1の割合で加える(投与量は、組織10mg当たり組織消化液約5mLであり、組織消化液の調製方法は、1mg/mL~2mg/mLコラゲナーゼII、1mg/mL~2mg/mLコラゲナーゼIV、50U/mL~100U/mLデオキシリボ核酸I、0.5mg/mL~1mg/mLヒアルロニダーゼ、0.1mg/mL~0.5mg/mL塩化カルシウム、5mg/mL~10mg/mLウシ血清アルブミンをHBSS及びRPMI-1640に体積比1:1の条件で溶解させることを含む)。次いで、試料に番号を付け、シールフィルムで封をし、そして37℃、200回転~300回転の恒温式振盪機(Zhichu Instrument ZQLY-180N)で消化する。消化が完了したかどうかを1時間ごとの観察により判断する。明らかな組織ブロックが見つからない場合は、消化を終了することができ、そうでなければ、4時間~8時間の範囲の消化時間で、十分な消化が行われるまで消化を続ける。消化後、未消化の組織ブロックを細胞フィルタースクリーン(細胞スクリーンのメッシュサイズは、例えば70μmである)で濾過する。フィルタースクリーン上の組織ブロックを組織輸送液ですすぎ、残留細胞を遠沈管にすすぎ入れ、卓上遠心機で1500rpm、3分~5分間遠心分離を行う。上清を捨てた後、残った細胞塊を観察して血球が残っているかどうかを判断する。血球があれば血球溶解液(Sigmaから購入)3mLを加えた後よく混ぜ、5分に1回よく振って混ぜながら4℃で10分~20分間溶解する。溶解後に得られたものを取り出して1500rpmで3分~5分間遠心分離する。上清を捨てた後、本発明の初代細胞培養培地を加えて再懸濁する。フローイメージングカウンター(JIMBIO FIL、Jiangsu Jimbio Technology Co., Ltd.)で計数し、細胞の総数を求める。
【0026】
(4)工程(3)で分離された初代ESCC上皮細胞をコーティングされた培養容器に接種し、工程(1)で得られた初代細胞培養培地を用いて培養する工程。
【0027】
より具体的には、初代ESCC腫瘍細胞を6ウェルプレートの1ウェルに2×10細胞/cm~8×10細胞/cmの密度(例えば、4×10細胞/cm)で接種する。2mL~3mLの初代上皮細胞培養培地を加えた後、細胞インキュベーター内で、例えば37℃、5%COの条件下で8日~16日間培養する。培養中4日ごとに新鮮な初代細胞培養培地を使用して交換する。初代ESCC上皮細胞が、6ウェルプレート底面積の約80%~90%を占める細胞密度に成長したら消化及び継代を行う。
【0028】
この接種工程はフィーダー細胞の使用を必要とせず、条件付き細胞リプログラミング技術と比較して、フィーダー細胞を培養及び照射する操作工程が省略される。オルガノイド技術と比較して、この工程は、初代細胞とマトリックスゲルとを氷上で均一に混合して、ゲル液滴を形成し、ゲル液滴の固化を待ってから培地を添加することを必要としない。事前にコーティングされた培養容器を、初代細胞の接種に直接的に使用することができる。さらに、培養容器をコーティングするのに少量の希釈された細胞外マトリックスゲルしか必要とされないため、オルガノイド技術と比較して、高価な細胞外マトリックスゲルの節約となるとともに、操作工程の簡素化がもたらされる。
【0029】
任意に、接種した初代ESCC上皮細胞を8日~16日間培養した後、培養容器内に形成された細胞クローンが底面積の80%を覆うように収束したら、上清を捨て、1mL~2mLの0.05%トリプシン(Thermo Fisherから購入)を加え細胞消化を行い、次いで室温で5分~20分間インキュベートする。消化された細胞は、例えば5%(体積/体積)ウシ胎児血清、100U/mLペニシリン、及び100μg/mLストレプトマイシンを含有する2mL~4mLの培養液に再懸濁し、1500rpmで3分~5分間遠心分離する。消化された単一細胞を、本発明の初代細胞培養培地を使用して再懸濁し、得られた細胞懸濁液を、細胞外マトリックスゲルでコーティングされたT25細胞培養フラスコに入れて連続培養する。T25細胞培養フラスコのコーティング操作は、工程(2)における操作と同じである。
【0030】
増殖したESCC上皮細胞は2Dで成長することから、不均一なサイズのオルガノイドが避けられ、オルガノイド技術を使用した増殖において起こり得る過剰成長したオルガノイドの内部壊死が回避される。
【0031】
別の態様において、本発明の初代ESCC上皮細胞の培養方法によって培養したESCC上皮細胞、特にESCC腫瘍細胞を、以下の工程を含む薬効評価及び薬物スクリーニングに使用することができる:
【0032】
(1)初代ESCC上皮細胞を得て、より好ましくは、ESCC患者に由来する癌組織試料又は生検癌組織試料を得て、初代ESCC上皮細胞を分離し、上記初代ESCC上皮細胞を培養する方法に従って初代ESCC上皮細胞(特に初代ESCC腫瘍細胞)を少なくとも10個の大きさ、好ましくは少なくとも10個の大きさの細胞数まで培養して増殖させる工程。
【0033】
(2)試験する薬物を選択する工程。
【0034】
(3)基準として薬物の最大血漿濃度Cmaxに基づき、初期濃度としてCmaxの2倍~5倍を取り、薬物を種々の濃度勾配、例えば5個~10個の薬物濃度勾配、好ましくは6個~8個の薬物濃度勾配へと希釈する工程。
【0035】
(4)工程(1)において培養したESCC上皮細胞を消化して単一細胞懸濁液にし、フローイメージングカウンターで細胞数を計数し、本発明の初代細胞培養培地で単一細胞懸濁液を希釈し、希釈された細胞懸濁液を1ウェル当たり2000個~4000個の細胞の密度でマルチウェルプレートに一様に、例えば1ウェル当たり50μLの細胞希釈液で加え、一晩付着させる工程。
【0036】
この工程により、フィーダー細胞の存在が初代細胞の計数及びその後の初代細胞生存率アッセイに干渉し得るという細胞リプログラミング技術の問題が避けられ、オルガノイド技術でのようなマトリックスゲルを含む細胞懸濁液を氷上で混合し、埋め込み、その後に播種するという面倒な工程の必要性が排除されることから、操作法が大幅に簡易化され、技術の操作性及び実用性が向上する。接種される細胞はオルガノイドのような3D構造ではなく単一細胞懸濁液であるため、この技術では、オルガノイド技術と比較して、播種細胞数がより均一になり、ウェル間の細胞数の変動がより小さくなり得ることから、その後の高スループット薬物スクリーニング操作により適したものとなる。
【0037】
(5)高スループット自動ワークステーションを使用して、工程(4)において得られた付着細胞に、従来の化学療法薬、標的薬、抗体薬、又はそれらの組合せ等の選択された候補薬物を勾配希釈で添加する工程。
【0038】
(6)薬物を添加した数時間後、例えば72時間後に、Cell-Titer Glo発光細胞生存率検出キット(Promegaから購入)を使用してESCC上皮細胞の生存率を検出して、薬物活性をスクリーニングする工程。
【0039】
詳細には、各ウェルに、例えば10μLのCell Titer-Glo試薬(Promegaから購入)を加え、均一に振盪した後に、蛍光マイクロプレートリーダーを用いて各ウェルの化学発光強度を測定する。横軸として薬物濃度を取り、縦軸として蛍光強度を取ることで、GraphPad Prismソフトウェアを使用して、測定値に基づいて薬物用量-効果曲線を作成し、試験された細胞の増殖に対する薬物の阻害強度を計算する。
【0040】
本発明の初代ESCC腫瘍細胞を薬物スクリーニング及びin vitroでの薬物感受性試験において使用する場合に、これは細胞共培養システムではないため、細胞リプログラミング技術におけるフィーダー細胞が試験結果に干渉するという現象が起こることはない。細胞の2D成長のため、薬物との相互作用もオルガノイド技術における薬物試験時間より迅速である(オルガノイド技術における平均投与時間は6日である)。
【0041】
本発明の有益な効果としては、以下のことも挙げられる:
【0042】
(1)初代ESCC上皮細胞の培養の成功率は、80%超の成功率で改善され得る。
【0043】
(2)in vitroで初代培養したESCC上皮細胞は、初代細胞の由来患者の病理学的表現型及び異種性を再現することを確実にし得る。
【0044】
(3)培養される初代ESCC上皮細胞は、線維芽細胞によって干渉されない純粋なESCC上皮細胞である。
【0045】
(4)培地の組成には血清が含まれていないため、様々なバッチからの血清の質及び量によって影響されない。
【0046】
(5)ESCC上皮細胞は高効率で増殖することができ、ここで、10個レベルの開始細胞数から約2週間以内に10個の規模のESCC上皮細胞の増殖に成功し、増殖したESCC上皮細胞は継続的な継代能力を有する。
【0047】
(6)氷上で操作する必要がなく、継代工程においてマトリックスゲルを解離させる必要がなく、細胞の消化及び継代を10分~15分以内に完了することができる。
【0048】
(7)初代ESCC培養培地は、高価なWntアゴニスト、R-スポンジンファミリータンパク質、BMP阻害剤等の因子を必要としないため、培養するコストを抑制可能であり、したがって、これは初代ESCC上皮細胞用の既存のオルガノイド培養培地の簡易化及び改善となり、細胞接種には、初代細胞と混合してゲル液滴を形成するためにより高濃度の細胞外マトリックスを使用する必要がなく、その代わりに少量の細胞外マトリックスゲル希釈液しか必要とされないことから、コストのかかる細胞外マトリックスの量が節約される。
【0049】
(8)操作が簡便である:条件付きリプログラミング技術と比較して、本技術はフィーダー細胞を培養又は照射する必要がないことから、様々なバッチからのフィーダー細胞の質及び量が初代細胞培養の効率に影響を与え得るという問題が回避され、薬物スクリーニングにおける播種及び試験の対象は初代ESCC上皮細胞だけであり、条件付き細胞リプログラミング技術において記載されるような共培養システムにおけるフィーダー細胞の干渉はなく、オルガノイド技術と比較して、本発明において採用される細胞外マトリックスゲルをコーティングする方法において、培養容器を事前に準備することができ、オルガノイド技術でのようにマトリックスゲル内に細胞を埋め込む必要がなく、操作工程は簡単かつ容易である。
【0050】
(9)本技術は、ESCC上皮細胞を大量に培養して高い均一性で提供することができることから、新しい候補化合物の高スループットスクリーニング及び患者に対するin vitroでの高スループット薬物感受性機能的試験に適している。
【0051】
この実施形態の細胞培養培地を使用して、ESCC腫瘍細胞、正常食道上皮細胞、ESCC上皮幹細胞、又はこれらの細胞の少なくともいずれかを含む組織を含む、ヒト又は他の哺乳動物に由来するESCC上皮細胞を培養することができる。同時に、本発明の培養培地を使用して、初代ESCC細胞をin vitroで増殖培養するためのキットを開発することも可能である。
【0052】
さらに、この実施形態の培養方法により得られた細胞を、再生医療、ESCC上皮細胞の基礎医学研究、薬物奏効のスクリーニング、及びESCC疾患に関する新薬の開発等において使用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0053】
図1-1】図1A図1Eは、培養培地中の異なる因子が初代ESCC細胞の増殖に及ぼす影響を示し、図1Fは、化合物1とY27632の組合せを異なる濃度で含有する培養培地が、初代ESCC細胞の増殖に及ぼす影響を示す。
図1-2】図1-1に続く図である。
図1-3】図1-2に続く図である。
図2】培養培地中の因子の増加が初代ESCC細胞の増殖に及ぼす影響を示す図である。
図3-1】図3A図3Hは、各因子の濃度が初代ESCC細胞の増殖に及ぼす影響を示す図である。
図3-2】図3-1に続く図である。
図4図4A及び図4Bは、1つの臨床ESCC組織試料(番号0F0062)から分離した細胞を、本発明の培養培地FEMを用いて、それぞれ4日目及び12日目まで培養し、倒立顕微鏡下で撮影したESCC腫瘍細胞の写真である。
図5図5A及び図5Bは、1つのESCC組織(番号0F0065)に由来する初代ESCC腫瘍細胞を、細胞外マトリックスゲルMatrigelでコーティングした条件及びMatrigelでコーティングしない条件で、それぞれ11日目まで培養した細胞の顕微鏡写真である。
図6-1】図6A図6Eは、1つの外科的に切除したESCC試料(番号0F0060)から分離した細胞を、5種類の異なる培養培地のもとで14日間培養し、倒立顕微鏡下で撮影した細胞の写真である。
図6-2】図6-1に続く図である。
図7】6つの外科的に切除したESCC試料(番号0F0056、0F0060、0F0061、0F0062、0F0071、0F0075)から分離した細胞を5種類の異なる培養培地の条件下で16日間培養して得られた細胞増殖効果の比較図である。
図8】1つの臨床ESCC組織試料(番号0F0075)から分離した細胞を、5種類の異なる培養培地の条件下で培養して得られた細胞成長曲線の比較図である。
図9図9A図9Dは、1つの臨床ESCC組織試料(番号0E0075)から分離した細胞を、FEM及びEPIの培養条件下でそれぞれ1回目の継代及び9回目の継代まで培養した顕微鏡写真である。
図10図10A及び図10Bは、それぞれ、1つの外科的に切除したESCC試料(番号0F0053)と、該試料(番号0F0053)から分離した細胞を本発明の培養培地FEMで培養して得たESCC腫瘍細胞の免疫組織化学的結果の比較図である。
図11-1】図11A図11Dは、それぞれ、外科的に切除した1つのESCC試料(番号0F0025)と、該試料(番号0F0025)から分離した細胞を本発明の培養培地FEMで培養して得られた異なる継代のESCC腫瘍細胞のコピー数変動分析結果の比較図である。
図11-2】図11-1に続く図である。
図12】1つの臨床ESCC組織試料(番号0F0061)から分離した細胞を、本発明の培養培地FEM、及び種々の成分を減じて得た培養培地の条件下でそれぞれ培養して得られた細胞成長曲線の比較図である。
図13-1】図13A図13Hは、1つの臨床ESCC組織試料(番号0F0061)から分離した細胞を、本発明の培養培地FEM及び種々の成分を減じて得た培養培地の条件下でそれぞれ3回目の継代まで培養して得た細胞の顕微鏡写真である。
図13-2】図13-1に続く図である。
図13-3】図13-2に続く図である。
図13-4】図13-3に続く図である。
図14図14A及び図14Bは、異なる化学療法薬及び標的薬に対する初代ESCC腫瘍細胞の用量反応曲線を示す図であり、初代ESCC腫瘍細胞は、それぞれ異なる2人のESCC患者の外科的に切除した癌組織試料(番号0F0060及び番号0F0062)を本発明の培養培地FEMで培養して得られた。
【発明を実施するための形態】
【0054】
本明細書では、上皮細胞は、上皮組織から得られた分化した上皮細胞及び上皮幹細胞を含む。「上皮幹細胞」とは、上皮細胞に分化し得る長期自己複製能を有する細胞であり、上皮組織由来の幹細胞である。上皮組織の例としては、角膜、口腔粘膜、皮膚、結膜、膀胱、腎尿細管、腎臓、消化器(食道、胃、十二指腸、小腸(空腸及び回腸含む)、大腸(結腸含む))、肝臓、膵臓、乳腺、唾液腺、涙腺、前立腺、毛根、気管、肺等が挙げられる。中でも、本実施形態の細胞培養培地は、食道由来の上皮細胞用の培養培地であることが好ましい。
【0055】
さらに、本明細書では、「上皮性腫瘍細胞」とは、上述の上皮組織に由来する細胞の腫瘍化によって得られる細胞を指す。
【0056】
本明細書では、「オルガノイド」とは、制御された空間内で細胞が自発的に高密度に組織化及び凝集して形成された3次元の器官様細胞組織を指す。
【0057】
[MST1/2キナーゼ阻害剤の調製例]
本明細書では、MST1/2キナーゼ阻害剤とは、直接的又は間接的にMST1/2シグナル伝達を負に制御するあらゆる阻害剤を指す。一般に、MST1/2キナーゼ阻害剤は、例えば、MST1/2キナーゼに結合することにより、MST1/2キナーゼの活性を低下させる。MST1とMST2は構造が似ているため、MST1/2キナーゼ阻害剤は、例えば、MST1又はMST2に結合してその活性を低下させる化合物であってもよい。
【0058】
1.MST1/2キナーゼ阻害剤化合物1の調製
4-((7-(2,6-ジフルオロフェニル)-5,8-ジメチル-6-オキソ-5,6,7,8-テトラヒドロプテリジン-2-イル)アミノ)ベンズスルファミド1
【化3】
【0059】
メチル2-アミノ-2-(2,6-ジフルオロフェニル)アセテート(A2):2-アミノ-2-(2,6-ジフルオロフェニル)酢酸(2.0g)、次いでメタノール(30ml)を丸底フラスコに加え、続いて塩化チオニル(1.2ml)を氷浴下で滴下して加えた。反応系を85℃で一晩反応させた。反応終了後、この系を減圧下で蒸発させて溶剤を乾燥させ、得られた白色固体をそのまま次の工程に使用した。
【0060】
メチル2-((2-クロロ-5-ニトロピリミジン-4-イル)アミノ)-2-(2,6-ジフルオロフェニル)アセテート(A3):丸底フラスコにメチル2-アミノ-2-(2,6-ジフルオロフェニル)アセテート(2g)、次いでアセトン(30ml)及び炭酸カリウム(2.2g)を加え、次いで氷塩浴で系を-10℃に冷却した後、アセトン中の2,4-ジクロロ-5-ニトロピリミジン(3.1g)の溶液をゆっくりと加えた。反応系を室温で一晩撹拌した。反応終了後、反応混合物を濾過し、濾液から減圧下で溶剤を除去し、残渣を加圧シリカゲルカラムクロマトグラフィーで精製して、化合物A3を得た。LC/MS:M+H 359.0。
【0061】
2-クロロ-7-(2,6-ジフルオロフェニル)-7,8-ジヒドロプテリジン-6(5H)-オン(A4):丸底フラスコにメチル2-((2-クロロ-5-ニトロピリミジン-4-イル)アミノ)-2-(2,6-ジフルオロフェニル)アセテート(2.5g)、次いで酢酸(50ml)及び鉄粉(3.9g)を加えた。反応系を60℃で2時間撹拌した。反応終了後、反応系を減圧下で蒸発させて溶剤を乾燥させ、得られたものを飽和炭酸水素ナトリウム溶液でアルカリ性に中和し、酢酸エチルで抽出した。有機相を水と飽和食塩水で洗浄し、無水硫酸ナトリウムで乾燥した。有機相を濾過し、減圧下で蒸発乾固させて、粗生成物を得た。粗生成物をジエチルエーテルで洗浄し、化合物A4を得た。LC/MS:M+H 297.0。
【0062】
2-クロロ-7-(2,6-ジフルオロフェニル)-5,8-ジメチル-7,8-ジヒドロプテリジン-6(5H)-オン(A5):丸底フラスコに2-クロロ-7-(2,6-ジフルオロフェニル)-7,8-ジヒドロプテリジン-6(5H)-オン(2g)及びN,N-ジメチルアセトアミド(10ml)を加え、-35℃に冷却し、続いてヨードメタン(0.9ml)、次いで水素化ナトリウム(615mg)を加え、反応系を2時間撹拌した。反応終了後、反応混合物を水でクエンチし、酢酸エチルで抽出した。有機相をそれぞれ水及び飽和食塩水で洗浄し、無水硫酸ナトリウムで乾燥させた。有機相を濾過し、減圧下で蒸発乾固させて、粗生成物を得た。粗生成物をジエチルエーテルで洗浄し、化合物A5を得た。LC/MS:M+H 325.0。
【0063】
4-((7-(2,6-ジフルオロフェニル)-5,8-ジメチル-6-オキソ-5,6,7,8-テトラヒドロプテリジン-2-イル)アミノ)ベンズスルファミド(1):丸底フラスコに2-クロロ-7-(2,6-ジフルオロフェニル)-5,8-ジメチル-7,8-ジヒドロプテリジン-6(5H)-オン(100mg)、スルファニルアミド(53mg)、p-トルエンスルホン酸(53mg)及びsec-ブタノール(5ml)を加えた。反応系を120℃で一晩撹拌した。反応終了後、反応混合物を濾過し、メタノール及びジエチルエーテルで洗浄し、化合物1を得た。LC/MS:M+H 461.1。
【0064】
2.本発明の他のMST1/2阻害剤化合物の調製
本発明の他のMST1/2阻害剤化合物を化合物1と同様の方法で合成し、それらの構造及び質量スペクトルデータを以下の表に示す。
【0065】
【表2-1】
【表2-2】
【表2-3】
【表2-4】
【表2-5】
【0066】
[実施例1]
ヒト初代ESCC上皮細胞の分離
ESCC組織試料、すなわち試料番号0F0060、0F0061及び0F0062は、インフォームドコンセントを得た3人のESCC癌患者の癌組織から外科的切除により得られたものである。以下、試料の1つ(番号0F0060)について説明する。
【0067】
上述の組織試料を、外科的摘除又は生検の後30分以内に収集した。より具体的には、無菌環境下で、非壊死部位の組織試料を0.5cm超の体積で切り出し、あらかじめ冷却した4mLの組織輸送液(表1に示す具体的な処方)に入れた。輸送液は5mLの蓋付きプラスチック製滅菌凍結保存チューブ(Guangzhou Jet Bio-Filtration Co., Ltd.から購入)に入れ、コールドチェーン(0℃~10℃)で実験室に運んだ。
【0068】
【表3】
【0069】
【表4】
【0070】
生物学的安全キャビネット内で、組織試料(番号0F0060)を100mmの細胞培養ディッシュ(NESTから購入)に移した。この組織試料を組織輸送液ですすいだ。組織試料の表面上の残留した血液を洗い流した。組織試料の表面上の脂肪等の余分な組織を取り除いた。すすいだ組織試料を別の新しい100mmの培養ディッシュに移し、2mLの輸送液を加え、滅菌メス刃及び鉗子を使用して、組織試料を体積3mm未満の組織片に分けた。
【0071】
組織試料片を15mL遠沈管に移し、卓上遠心機(Sigma、3-18K)で1500rpm、4分間遠心分離した。上清を捨てた後、組織輸送液と組織消化液を1:1の比で加えた(投与量は組織10mgに対して組織消化液約5mLであり、具体的な処方を表2に示した)。次いで、試料に番号を付けてシールフィルムで封をした後、37℃、300回転の恒温式振盪機(Zhichu Instrument ZQLY-180N)で消化した。消化が完了したかどうかを1時間ごとの観察により判断した。
【0072】
消化後、未消化の組織ブロックを70μmのフィルタースクリーンで濾過した。フィルタースクリーン上の組織ブロックを組織輸送液ですすぎ、残留した細胞を遠沈管にすすぎ入れ、1500rpmで4分間遠心分離を行った。
【0073】
上清を捨てた後、残った細胞塊を観察して血球が残っているかどうかを判断した。血球があれば血球溶解液(Sigmaから購入)3mLを加えた後よく混ぜ、5分に1回よく振って混ぜながら4℃で15分間溶解した。溶解後に得られたものを取り出して1500rpmで4分間遠心分離した。上清を捨て、消化及び分離された初代ESCC細胞を提供し、これに基礎培地(BM)を加えて再懸濁した。基礎培地は、市販のDMEM/F-12培地に0.2体積%のプリモシン(Invivogenから購入、濃度50mg/mL)を加え、最終濃度100μg/mLとなるように調製した。フローイメージングカウンター(JIMBIO FIL、Jiangsu Jimbio Technology Co., Ltd.)で計数して得た総細胞数は2280000個であった。
【0074】
他の2つのESCC腫瘍組織試料を上記と同じ方法に従って分離し、総細胞数はそれぞれ1470000個(0F0061)及び2680000個(0F0062)であった。
【0075】
[実施例2]
初代ESCC上皮細胞用培養培地の最適化
(1)異なる因子による影響
細胞外マトリックスゲル(Matrigel(商標))(BD Biosciences製)を無血清DMEM/F12培地中に1:100で希釈して、細胞外マトリックス希釈液を調製し、これを48ウェル培養プレートに500μl/ウェルで加えて、培養プレートのウェルの底部を完全に覆った。得られたものを37℃のインキュベーター内で1時間放置した。1時間後、細胞外マトリックス希釈液を除去し、Matrigel被覆プレートを得た。
【0076】
基礎培地(BMと略記する)の調製:BMを、市販のDMEM/F-12培地に0.2体積%のプリモシン(Invivogenから購入、濃度50mg/mL)を加え、最終濃度100μg/mLとなるように調製した。
【0077】
次に、基礎培地(BM)に異なる種類と濃度の添加剤因子(表3)を加え、種々の添加剤成分を含有するESCC上皮細胞用培養培地を調製した。
【0078】
【表5】
【0079】
細胞外マトリックスゲル(Matrigel)でコーティングした48ウェルプレートに、種々の成分を含む培養培地を500μl/ウェルの容量で添加した。実施例1に記載されるものと同じ方法に従ってESCC組織から分離したESCC腫瘍細胞(番号0F0064)をMatrigel被覆48ウェル培養プレートに2×10細胞/cmの細胞密度で接種した。表面消毒後、37℃、5%COインキュベーター(Thermo Fisherから購入)内にプレートを置き、同数の分離したてのESCC腫瘍細胞(番号0F0064)を異なる培地処方の下で培養するようにした。培養開始後、4日ごとに培養培地を一新した。12日間の培養後、細胞計数を行った。実験コントロールとして、添加物を一切含まない基礎培地(BM)を使用した。結果を図1A図1Eに示した。各図の縦軸は、基礎培地BMでの培養後に得られた細胞数に対する、異なる培地での培養後に得られた細胞数の比を表す。図に示すように、BMに表3に示す種々の濃度の異なる因子を添加すると、細胞増殖に異なる影響を与えることがわかる。中でも、B27添加物、N2添加物、インスリン-トランスフェリン-セレン複合体、上皮成長因子、肝細胞成長因子、インスリン様成長因子1、化合物1、及びY27632は或る特定の濃度範囲で細胞増殖に対して促進効果を有する。
【0080】
(2)Y27632と化合物1の組み合わせの効果
細胞外マトリックスゲル(Matrigel(商標))(BD Biosciencesから購入)を無血清DMEM/F12培地中に1:100で希釈して細胞外マトリックス希釈液を調製し、これを48ウェル培養プレートに500μl/ウェルで加えて、培養プレートのウェルの底部を完全に覆った。得られたものを37℃のインキュベーター内で1時間放置した。1時間後、細胞外マトリックス希釈液を除去し、Matrigel被覆プレートを得た。
【0081】
基礎培地BMに種々の濃度のY27632及び化合物1(表4)を加え、種々の添加剤成分を含有するESCC上皮細胞用培養培地を調製した。
【0082】
【表6】
【0083】
細胞外マトリックスゲル(Matrigel)でコーティングした48ウェルプレートに、種々の成分を含む培養培地を500μl/ウェルの容量で添加した。実施例1に記載の方法に従ってESCC組織から分離したESCC腫瘍細胞(番号0F0063)をMatrigel被覆48ウェル培養プレートに2×10細胞/cmの細胞密度で接種した。表面消毒後、37℃、5%COインキュベーター(Thermo Fisherから購入)内にプレートを置き、同数の分離したてのESCC腫瘍細胞(番号0F0063)を異なる培地処方の下で培養するようにした。培養開始後、4日ごとに培養培地を一新した。12日間の培養後、細胞計数を行った。実験コントロールとして、基礎培地BMを使用した。結果を図1Fに示した。図に示すように、Y27632と化合物1の種々の濃度の組合せは、細胞増殖に対して一定の相乗効果を示し、10μMのY27632と3μMの化合物1の濃度の組合せが、最も好ましい効果を有する。
【0084】
(3)本発明の方法により得られた初代ESCC細胞の増殖に及ぼす培養培地中の増加因子の影響
細胞外マトリックスゲル(Matrigel(商標))(BD Biosciencesから購入)を無血清DMEM/F12培地中に1:100で希釈して細胞外マトリックス希釈液を調製し、これを48ウェル培養プレートに500μl/ウェルで加えて、培養プレートのウェルの底部を完全に覆った。得られたものを37℃のインキュベーター内で1時間放置した。1時間後、細胞外マトリックス希釈液を除去し、Matrigel被覆プレートを得た。
【0085】
基礎培地BMにそれぞれ種々の低分子、添加剤、及び成長因子(表5)を順に添加し、種々の添加剤成分を含有するESCC上皮細胞用培養培地を調製した。
【0086】
【表7】
【0087】
細胞外マトリックスゲル(Matrigel)でコーティングした48ウェルプレートに、種々の成分を含む培養培地を500μl/ウェルの容量で添加し、同時にBM培地を実験コントロールとして使用した。実施例1に記載の方法に従ってESCC組織から分離したESCC腫瘍細胞(番号0F0065)をMatrigel被覆48ウェル培養プレートに2×10細胞/cmの細胞密度で接種した。表面消毒後、37℃、5%COインキュベーター(Thermo Fisherから購入)内にプレートを置き、同数の分離したてのESCC腫瘍細胞(番号0F0065)を異なる培地処方の下で培養するようにした。10日間の培養後、細胞計数を行った。結果を図2に示した。図に示すように、本特許において、初代ESCC細胞の培養及び増殖に最も好ましい培養培地は番号8(以下、FEMと略記する)であると決定した。これに基づいて、いくつかの因子又は低分子阻害剤を更に添加しても、細胞増殖の促進に大きな効果は得られないことがわかった。
【0088】
(4)本発明で得られた初代ESCC細胞の増殖に及ぼす異なる濃度の添加剤因子の影響
細胞外マトリックスゲル(Matrigel(商標))(BD Biosciences製)を無血清DMEM/F12培地中に1:100で希釈して細胞外マトリックス希釈液を調製し、これを48ウェル培養プレートに200μl/ウェルで加え、培養プレートのウェルの底部を完全に覆った。得られたものを37℃のインキュベーター内で1時間放置した。1時間後、細胞外マトリックス希釈液を除去し、Matrigel被覆プレートを得た。
【0089】
本発明の初代ESCC上皮細胞用培養培地(FEMと略記する)の調製:基礎培地(BM)に、最終濃度50ng/mlの上皮成長因子EGF、最終濃度10ng/mlの肝細胞成長因子HGF、1:50の希釈比のインスリン-トランスフェリン-セレン複合体(ITS)ストック溶液(FEM培地中、最終濃度10μg/mlのインスリン、最終濃度5μg/mlのトランスフェリン、及び最終濃度5ng/mlの亜セレン酸ナトリウム)、希釈比1:50のB27添加剤、最終濃度3μMの化合物1、最終濃度10μMのY27632、最終濃度500nMのTGFβ1阻害剤A83-01、及び最終濃度500nMのP38/MAPK阻害剤SB202190を加え、初代ESCC上皮細胞用培養培地を調製した。
【0090】
ESCC患者の癌組織(試料番号0F0065)から、実施例1と同様の方法を使用して癌組織に由来するESCC上皮細胞を分離し、取得した。次に、癌組織由来のESCC腫瘍細胞をフローイメージングカウンター(JIMBIO FIL、Jiangsu Jimbio Technology Co., Ltd)で計数し、総細胞数を求めた。次いで、Matrigel(商標)(BD Biosciencesから購入)被覆12ウェルプレートに、4×10細胞/cmの密度で細胞を接種した。調製した初代ESCC上皮細胞用培養培地FEMを2mL、12ウェルプレートに加え、37℃、5%COのインキュベーター(Thermo Fisherから購入)に入れ、培養した。培養プレート内の細胞が底面積の約80%を覆うように成長した時点で、12ウェルプレート内の培地上清を捨て、500μLの0.05%トリプシン(Gibcoから購入)を加え細胞消化を行った。細胞を37℃で10分間インキュベートし、顕微鏡(EVOS M500、Invitrogen)で観察したところ、細胞は完全に消化されていた。その後、5%(体積/体積)ウシ胎児血清、100U/mLペニシリン、及び100μg/mLストレプトマイシンを含有するDMEM/F12培養液1mlを用いて消化を終了させた。得られたものを15mLの遠沈管に収集し、1500rpmで4分間遠心分離した後、上清を捨てた。遠心分離した細胞沈殿物を基礎培地BMに再懸濁し、フローイメージングカウンター(JIMBIO FIL、Jiangsu Jimbio Technology Co., Ltd)で計数して総細胞数を求めた。得られた細胞を、以下の培養実験に用いた。
【0091】
次に、種々の処方の以下の8種類の培養培地を調製し、実験を行った。
【0092】
製剤1:B27添加剤を含まないFEM培地組成;
製剤2:インスリン-トランスフェリン-セレン複合体を含まないFEM培地組成;
製剤3:上皮成長因子を含まないFEM培地組成;
製剤4:肝細胞成長因子を含まないFEM培地組成;
製剤5:Y27632を含まないFEM培地組成;
製剤6:化合物1を含まないFEM培地組成;
製剤7:A83-01を含まないFEM培地組成;
製剤8:SB202190を含まないFEM培地組成。
【0093】
消化された細胞懸濁液を上記製剤1~製剤8でそれぞれ希釈し、48ウェルプレートに1ウェル当たり10000細胞及び250μLの容量で蒔いた。
【0094】
製剤1の培地を使用する場合、初代細胞を接種した48ウェルプレートに、B27添加剤の最終濃度がそれぞれ1:200、1:100、1:50、及び1:25になるように調製したB27添加剤を1ウェル当たり250μL添加した。製剤1の培地をコントロールウェル(BC)として使用した。
【0095】
製剤2の培地を使用する場合、初代細胞を接種した48ウェルプレートに、インスリン-トランスフェリン-セレン複合体ストック溶液の最終濃度がそれぞれ1:200、1:100、1:50、及び1:25になるように(インスリン/トランスフェリン/亜セレン酸ナトリウムの最終濃度は、それぞれ2.5μg/ml、1.25μg/ml、1.25ng/ml;5μg/ml、2.5μg/ml、2.5ng/ml;10μg/ml、5μg/ml、5ng/ml;及び20μg/ml、10μg/ml、10ng/mlに対応する)調製したインスリン-トランスフェリン-セレン複合体を1ウェル当たり250μL添加した。製剤2の培地をコントロールウェル(BC)として使用した。
【0096】
製剤3の培地を使用する場合、初代細胞を接種した48ウェルプレートに、上皮成長因子の最終濃度がそれぞれ100ng/mL、50ng/mL、25ng/mL、及び12.5ng/mLとなるように調製した上皮成長因子を1ウェル当たり250μL添加した。製剤3の培地をコントロールウェル(BC)として使用した。
【0097】
製剤4の培地を使用する場合、初代細胞を接種した48ウェルプレートに、肝細胞成長因子の最終濃度がそれぞれ20ng/mL、10ng/mL、5ng/mL、及び2.5ng/mLとなるように調製した肝細胞成長因子を1ウェル当たり250μL添加した。製剤4の培地をコントロールウェル(BC)として使用した。
【0098】
製剤5の培地を使用する場合、初代細胞を接種した48ウェルプレートに、Y27632の最終濃度がそれぞれ20μM、15μM、12.5μM、10μM、7.5μM、5μM、及び2.5μMとなるように調製したY27632を1ウェル当たり250μL添加した。製剤5の培地をコントロールウェル(BC)として使用した。
【0099】
製剤6の培地を使用する場合、初代細胞を接種した48ウェルプレートに、化合物1の最終濃度がそれぞれ6μM、5μM、4μM、3μM、2μM、1.5μM、及び0.75μMとなるように調製した化合物1を1ウェル当たり250μL添加した。製剤6の培地をコントロールウェル(BC)として使用した。
【0100】
製剤7の培地を使用する場合、初代細胞を接種した48ウェルプレートに、A83-01の最終濃度がそれぞれ1000nM、500nM、250nM、及び125nMとなるように調製したA83-01を1ウェル当たり250μL添加した。製剤7の培地をコントロールウェル(BC)として使用した。
【0101】
製剤8の培地を使用する場合、初代細胞を接種した48ウェルプレートに、SB202190の最終濃度がそれぞれ1000nM、500nM、250nM、及び125nMとなるように調製したSB202190を1ウェル当たり250μL添加した。製剤8の培地をコントロールウェル(BC)として使用した。
【0102】
48ウェルの約85%まで細胞を増殖させた後、細胞を消化して計数し、コントロールウェル(BC)の細胞数を参照して比を算出し、結果を図3A図3Hに示した。図3A図3Hのそれぞれにおいて、比は、各培養培地を用いることにより培養された1回目の継代の細胞数と、対応するコントロールウェルにより培養された1回目の継代の細胞数との比を表す。この比が1より大きい場合は、異なる濃度の因子又は低分子化合物を含有する調製培地の増殖促進効果が、コントロールのウェル培地の増殖促進効果よりも好ましいことを示し、この比が1より小さい場合は、異なる濃度の因子又は低分子化合物を含有する調製培地の増殖促進効果が、コントロールのウェル培地の増殖促進効果よりも悪いことを示す。
【0103】
図3A図3Hの結果によれば、培養培地中のB27添加剤の体積濃度は、好ましくは1:25~1:200、より好ましくは1:25~1:50であり、インスリン-トランスフェリン-セレン複合体の体積濃度は、好ましくは1:25~1:200、より好ましくは1:25~1:100(インスリン/トランスフェリン/亜セレン酸ナトリウムの最終濃度は、それぞれ2.5μg/ml~20μg/ml、1.25μg/ml~10μg/ml、1.25ng/ml~10ng/ml、より好ましくはそれぞれ5μg/ml~20μg/ml、2.5μg/ml~10μg/ml、2.5ng/ml~10ng/mlに相当する)であり、上皮成長因子の量は、好ましくは12.5ng/ml~100ng/ml、より好ましくは50ng/ml~100ng/mlであり、肝細胞成長因子の量は、好ましくは2.5ng/ml~20ng/ml、より好ましくは10ng/ml~20ng/mlであり、Y27632の量は、好ましくは2.5μM~15μM、より好ましくは7.5μM~12.5μMであり、化合物1の量は、好ましくは0.75μM~6μM、より好ましくは2μM~6μMであり、A83-01の量は、好ましくは125nM~500nMであり、より好ましくは250nM~500nMであり、SB202190の量は、好ましくは125nM~500nM、より好ましくは250nM~500nMである。
【0104】
[実施例3]
ヒト初代ESCC上皮細胞の培養
(1)ESCC組織由来の初代ESCC腫瘍細胞の培養
ESCC患者の癌組織(試料番号0F0062)から、実施例1と同様の方法を使用して癌組織に由来するESCC上皮細胞を分離し、取得した。次に、癌組織由来のESCC腫瘍細胞をフローイメージングカウンター(JIMBIO FIL、Jiangsu Jimbio Technology Co., Ltd)で計数し、総細胞数を求めた。その後、Matrigel(商標)(BD Biosciencesから購入)被覆12ウェルプレートに、4×10細胞/cmの密度で細胞を接種した。調製した初代ESCC上皮細胞用培養培地FEMを2mL、12ウェルプレートに加え、37℃、5%COのインキュベーター(Thermo Fisherから購入)に入れ、培養した。
【0105】
図4Aは、本実施例によるMatrigel被覆12ウェルプレートに4×10細胞/cmの密度で接種後4日目まで培養した細胞の顕微鏡画像(40倍倒立位相差顕微鏡で撮影)である。顕微鏡で観察したところ、癌組織由来の初代ESCC腫瘍培養細胞は純度が高く、線維芽細胞を含んでいないことを示した。図4Bは、本実施例により接種後12日目まで培養した細胞の顕微鏡画像(40倍倒立位相差顕微鏡で撮影)である。図4A及び図4Bから、分離した初代ESCC細胞をin vitroで4日間培養すると、明らかなクローンの形成を顕微鏡下で確認することができ、12日間増殖させると細胞数が有意に拡大され、本発明の技術はESCC上皮細胞をin vitroで増殖する効率的な技術であることを示唆した。
【0106】
(2)細胞外マトリックスゲルコーティングあり及びなしの条件下でのESCC組織由来の初代ESCC腫瘍細胞の培養成績の比較
実施例1と同様の方法を使用して、ESCC患者1名の癌組織から癌組織由来の初代ESCC腫瘍細胞(番号0F0065)を分離した。次に、Matrigel(商標)(BD Biosciencesから購入)被覆12ウェルプレートと、何も処理をしていない12ウェルプレートに、それぞれ同数(4×10細胞/cm)の初代ESCC腫瘍細胞0F0065を接種した。調製した初代ESCC上皮細胞用培養培地FEMを2mL、12ウェルプレートに加え、消毒後37℃、5%COのインキュベーター(Thermo Fisherから購入)に入れ、培養した。図5A及び図5Bは、それぞれ、Matrigelコーティング条件及びMatrigelをコーティングしない条件で11日目まで培養したESCC組織由来の初代ESCC腫瘍細胞0F0065の顕微鏡画像(100倍倒立位相差顕微鏡で撮影)である。図から、図5A(Matrigelコーティングあり)の細胞密度及び細胞数は、図5B(Matrigelコーティングなし)のものよりも高くなっていることがわかる。同時に、図5Aでは細胞の老化が見られないのに、図5Bでは少数の老化した細胞(細胞体が大きくなった細胞)が見られた。したがって、Matrigel被覆培養プレートは、何も処理しない培養プレートに比べて、ESCC腫瘍細胞の増殖に有利であることが確認できる。
【0107】
[実施例4]
ESCC組織由来の初代ESCC腫瘍細胞の増殖促進に対する種々の培養培地の影響
(1)種々の培養培地が初代細胞のクローン形成及び初代細胞の増殖効果に及ぼす影響の比較
実施例2と同様の方法で初代ESCC上皮細胞用培養培地FEMを調製し、コントロールとして基礎培地BMを調製した。また、別のコントロールとして、条件付き細胞リプログラミング技術用培養培地FMを追加で調製した。調製工程については、Liu et al., Nat Protoc., 12(2):439-451, 2017を参照されたい。培養培地の処方を表6に示す。同時に、追加のコントロールとして、初代食道癌細胞用培養培地KMを調製した。調製工程については、Karin J. Purdie et al., Cancer Cell Culture:Methods and Protocols, Second Edition, Methods in Molecular Biology, vol. 731, 151-159, 2011を参照されたい。培養培地の処方は表7に示す通りである。さらに、追加のコントロールとして、Stemcellから市販の培地EpiCult(商標)Plus Medium(以下、「EPI培地」ともいう)を購入し、培養培地の処方を表8に示す。
【0108】
【表8】
【0109】
【表9】
【0110】
【表10】
【0111】
実施例1と同様の方法を使用して、ESCC組織由来の初代ESCC腫瘍細胞(番号0F0060)を取得した。次に、以下の5つの培養条件で、同じ密度(4×10細胞/cm)で細胞の培養を行った。
【0112】
A.本発明の技術:Matrigel(商標)(BD Biosciences製)でコーティングした24ウェルプレートに初代ESCC腫瘍細胞を4×10細胞/cmの密度で接種し、2mLの本発明の初代ESCC上皮細胞用培養培地FEMを用いて培養を行った。
【0113】
B.条件付き細胞リプログラミング技術:γ線照射されたマウス線維芽細胞系統J2細胞(Kerafastから購入)に初代ESCC腫瘍細胞を4×10細胞/cmの密度で接種し、24ウェルプレートにおいて条件付き細胞リプログラミング培地FM(詳細な手順は、非特許文献3を参照)を用いて培養を行った。
【0114】
C.Matrigel(商標)(BD Biosciences製)被覆24ウェルプレートに初代ESCC腫瘍細胞を4×10細胞/cmの密度で接種し、2mLの培養培地KMを用いて24ウェルプレート内で培養を行った。
【0115】
D.Matrigel(商標)(BD Biosciences製)被覆24ウェルプレートに初代ESCC腫瘍細胞を4×10細胞/cmの密度で接種し、2mLの市販の培地EPIを用いて24ウェルプレート内で培養を行った。
【0116】
E.Matrigel(登録商標)(BD Biosciences製)被覆24ウェルプレートに初代ESCC腫瘍細胞を4×10細胞/cmの密度で接種し、2mLの基礎培地BMを用いて24ウェルプレート内で培養を行った。
【0117】
上記の5つの培養において、5つの培養条件下で培地を4日ごとに一新して細胞を培養した。同時に、24ウェルプレートでの各培地の培養下での細胞クローン形成及び細胞増殖状態を観察し、顕微鏡(EVOS M500、Invitrogen)で細胞成長状態を撮影することにより記録した。
【0118】
本発明の技術で培養した初代ESCC癌細胞(番号0F0060)に対して、培養プレート内の細胞が底面積の約80%を覆うように成長した時点で、24ウェルプレート内の培地上清を捨て、500μLの0.05%トリプシン(Gibcoから購入)を加え細胞消化を行った。細胞を37℃で10分間インキュベートし、顕微鏡(EVOS M500、Invitrogen)で観察したところ、細胞は完全に消化されていた。その後、5%(体積/体積)ウシ胎児血清、100U/mLペニシリン、及び100μg/mLストレプトマイシンを含有するDMEM/F12培養液1mlを用いて消化を終了させた。得られたものを15mLの遠沈管に収集し、1500rpmで4分間遠心分離した後、上清を捨てた。遠心分離した細胞沈殿物を本発明の培養培地に再懸濁し、フローイメージングカウンター(JIMBIO FIL、Jiangsu Jimbio Technology Co., Ltd)で計数して総細胞数を求めたところ、364000個であった。他の4つの培養条件で培養した細胞は、上記と同様の操作プロセスで消化し、計数した。FM、KM、EPI、及びBMの培地を使用して培養した細胞の総数は、それぞれ315000個、91000個、98000個、及び84000個であった。
【0119】
図6A図6Eの細胞写真は、5種類の異なる培養条件で14日目まで培養した試料番号0F0060の顕微鏡写真(40倍倒立位相差顕微鏡下)である。このうち、図6Aは、基礎培地BMを使用して14日目まで培養した0F0060の顕微鏡写真であり、図6Bは、本発明の培養培地FEMを用いて14日目まで培養した0F0060の顕微鏡写真であり、図6Cは、培養培地KMを用いて14日目まで培養した0F0060の顕微鏡写真であり、図6Dは、市販の培地EPIを使用して14日目まで培養した0F0060の顕微鏡写真であり、図6Eは、条件付き細胞リプログラミング培地FMを用いて14日目まで培養した0F0060の顕微鏡写真である。図からわかるように、試料0F0060は、基礎培地BM(図6A)で14日間培養しても、細胞クローンを形成できず、KM(図6C)及びEPI(図6D)の培養培地で14日間培養しても、数個の細胞クローンが形成されるだけで、細胞の状態は悪く、条件付きリプログラミング培地FM(図6E)で14日間培養した細胞は或る程度増殖したが、細胞密度及び細胞数は、本発明の培養培地FEMを用いて得られたものと比較にならなかった。
【0120】
図7は、6つのESCC患者試料から分離した初代ESCC細胞(番号0F0056、0F0060、0F0061、0F0062、0F0071、0F0075)を実施例1に従って5種類の異なる培養培地の条件下で16日間培養して得られた細胞増殖効果の比較図であり、図中、√は中程度のクローン形成能及び増殖促進効果を表し、√√は有意なクローン形成能及び増殖促進効果を表し、×はクローン形成がないことを表し、NTは試験していないことを表す。図より、本発明の培養培地は、ESCC組織由来初代細胞の培養において、クローン形成能及び細胞増殖促進効果の点で、他の4つの培養条件に対して有意に優れていることを確認できる。
【0121】
(2)初代ESCC腫瘍細胞の種々の培養培地における連続培養及び成長曲線
この実施例の(1)と同様の方法を使用して、初代ESCC上皮細胞用培養培地FEMと、コントロールとしての培養培地BM、KM、FM及びEPIを得た。
【0122】
ESCC組織由来の初代ESCC腫瘍細胞(番号0F0075)を5種類の培養培地で培養した後、この実施例の(1)と同様の方法を使用して消化、継代及び計数した。
【0123】
継代した細胞が培養プレート内で再びプレートの底面積の約80%を覆うように成長した時点で、上記の操作方法に従って培養細胞を消化、収集及び計数した。細胞を再び4×10細胞/ウェルの密度で接種し、連続培養を行った。
【0124】
以下は、異なる培養条件下での初代ESCC上皮細胞の細胞集団倍加数の算出式である。
集団倍加(PD)=3.32×log10(消化された細胞の総数/初回接種時の細胞数)、Chapman et al., Stem Cell Research & Therapy 2014, 5:60を参照されたい。
【0125】
図8は、Graphpad Prismソフトウェアによって描かれた、5種類の異なる培養条件下での0F0075細胞の成長曲線を示す。横軸は細胞培養日数を表し、縦軸は累積細胞増殖の倍数、すなわち培養期間中の細胞増殖の倍数を表す。値が大きいほど、一定時間内に細胞が何倍にも増殖しており、すなわち、より多くの細胞が増殖している。傾きは、細胞の増殖速度を表す。図より、本発明の培養培地FEMで培養したESCC上皮細胞の増殖速度が他の4つの培養条件より優れていることが確認でき、本発明の技術により、初代ESCC上皮細胞を連続培養することができ、30日間増幅しても増殖速度に変化がないことも確認できる。
【0126】
図9A及び図9Cの細胞の写真は、それぞれFEM及びEPI培養条件で1回目の継代まで培養した0F0075の顕微鏡写真(40倍倒立位相差顕微鏡下)である。図9B及び図9Dの細胞の写真は、それぞれFEM及びEPI培養条件で9回目の継代まで培養した0F0075の顕微鏡写真(40倍倒立位相差顕微鏡下)である。図より、本発明の技術によって、初代ESCC上皮細胞を連続培養することができ、複数回継代して連続培養した後の細胞の形態は、継代前と比較して大きく変化していないことが確認できた。しかしながら、市販の培地EPIで9回目の継代まで細胞を培養したところ、細胞の形態が大きく変化し、初代ESCC上皮細胞の連続培養の要件を満たすことができなかった。
【0127】
[実施例5]
癌組織由来の初代ESCC腫瘍細胞の同定
(1)初代ESCC組織及び継代培養後のESCC細胞の免疫組織化学的同定
ESCC患者の外科的切除試料からほぼ大豆大の癌組織(試料番号0F0053)を採取し、1mLの4%パラホルムアルデヒドに浸漬した。残りの癌組織から、実施例1と同様の方法でESCC上皮細胞(試料番号0F0053)を得た。試料0F0053は、本発明の培養培地FEMを用いて、実施例3の方法に従い、6回目の継代まで連続培養した。
【0128】
免疫組織化学アッセイを使用して、試料0F0053の元の組織及び6回目の継代まで連続培養して得た初代細胞の重要なESCC関連バイオマーカーの発現を検出した。組織は4%パラホルムアルデヒドで固定し、パラフィンに包埋後、ミクロトームで厚さ4μmの組織切片に切り出した。その後、通例の免疫組織化学的検出を行った(詳細な手順については、Li et al., Nature Communication, (2018) 9:2983を参照されたい)。使用した一次抗体は、サイトケラチン(CK)抗体(CSTから購入)、p63抗体(CSTから購入)、p53抗体(CSTから購入)、及びKi67抗体(R&Dから購入)であった。
【0129】
図10A及び図10Bにより、本発明の技術によってESCC腫瘍細胞(試料番号0F0053)から6回目の継代まで培養した細胞上でのESCC関連バイオマーカーの発現が、細胞の由来元の組織切片上のマーカーの発現と一致していたことが確認される。これは、本発明の技術によって培養した細胞が、ESCC患者の癌組織の元の病理学的特徴を維持していることを示唆している。
【0130】
(2)ESCC組織及び癌組織から消化及び培養したESCC細胞のコピー数変動分析
ESCC腫瘍細胞(番号0F0025)を、本発明の培養培地FEMを用いて、実施例3の方法に従って連続培養を行った。in vitroで1回目、2回目、及び3回目と培養及び継代したESCC腫瘍細胞(それぞれP1、P2、P3)及びESCC患者から手術で直接得た癌組織について、DNeasy blood & tissue Kit(QIAGEN製)を用いて細胞のゲノムDNAを抽出した。同じ患者から正常食道組織を収集し、同じ方法でゲノムDNAを抽出し、これをバックグラウンドコントロールとして使用した。次に、細胞試料及び組織試料のゲノムDNAに対して全エクソームシーケンスを行い(詳細な操作手順については、非特許文献2を参照されたい)、シーケンス結果を参照ゲノムと比較した。CNVkitソフトウェアを使用して比較結果を分析した。全ゲノムの遺伝子コピー数解析にはCBSセグメンテーション(サーキュラーバイナリセグメンテーションアルゴリズム(circular binary segmentation algorithm))を用い、ローリングメジアン(rolling median)ソフトウェアにより、位置及びコピー数の変化が類似した領域の特徴を抽出し、結果を染色体順位に従ってプロットした。図11A図11Dから、本発明の技術によって培養された癌組織由来のESCC腫瘍細胞のコピー数の変動は、患者の元の癌組織におけるコピー数の変動と実質的に一致していたことが確認される。
【0131】
[実施例6]
初代ESCC細胞の連続的な増殖に対する培養培地からの単一因子又は因子の組み合わせの除去の影響
実施例2と同様の方法で、初代ESCC上皮細胞用培養培地FEMを調製した。コントロールとして、実施例2と同様の方法を使用して基礎培地(以下、「BM」とも称する)を調製した。さらに、表9に従ってその他6種類の異なる培養培地を調製した。
【0132】
【表11】
【0133】
実施例1と同様の方法を使用して、ESCC組織由来の初代ESCC腫瘍細胞(番号0F0061)を得た。次に、Matrigel(商標)(BD Biosciences製)被覆24ウェルプレートに、初代ESCC腫瘍細胞を4×10細胞/cmの密度で接種した。本発明の初代ESCC上皮細胞用培養培地(FEM)1mLを用い、これを次いで37℃、5%COのインキュベーター(Thermo Fisherから購入)に入れ、培養を行った。
【0134】
培養プレート内の細胞が底面積の約80%を覆うように成長した時点で、24ウェルプレート内の培地上清を捨て、400μLの0.05%トリプシン(Gibcoから購入)を加え細胞消化を行った。細胞を37℃で10分間インキュベートし、顕微鏡(EVOS M500、Invitrogen)で観察したところ、細胞は完全に消化されていた。その後、5%(体積/体積)ウシ胎児血清、100U/mLペニシリン、及び100μg/mLストレプトマイシンを含有するDMEM/F12培養液800μLを用いて消化を終了させた。得られたものを15mLの遠沈管に収集し、1500rpmで4分間遠心分離した後、上清を捨てた。遠心分離した細胞沈殿物を本発明の培養培地に再懸濁し、フローイメージングカウンター(JIMBIO FIL、Jiangsu Jimbio Technology Co., Ltd)で計数して総細胞数を求めた。細胞外マトリックスゲルでコーティングした別の24ウェル培養プレートに2×10細胞/cmの密度で細胞を接種し、更に培養を続けた。細胞外マトリックスゲルでコーティングした24ウェル培養プレートに、他の7種類の異なる培養培地を用いて同じ密度で細胞を接種し、培養した。
【0135】
継代した細胞が培養プレート内で再びプレートの底面積の約80%を覆うように成長した時点で、上記の操作方法に従って培養細胞を消化し、収集し、計数した。細胞を再び2×10細胞/cmの密度で接種し、異なる組成を有するそれぞれの培養培地を用いて連続培養を行った。
【0136】
以下は、異なる培養条件下での初代ESCC上皮細胞の細胞集団倍加数の算出式である。
集団倍加(PD)=3.32×log10(消化された細胞の総数/初回接種時の細胞数)、Chapman et al., Stem Cell Research & Therapy 2014, 5:60を参照されたい。
【0137】
図12は、Graphpad Prismソフトウェアによって描かれた、8種類の異なる培養条件下での細胞の成長曲線を示す。横軸は細胞培養日数を表し、縦軸は累積細胞増殖の倍数、すなわち培養期間中の細胞増殖の倍数を表す。値が大きいほど、一定時間内に細胞が何倍にも増殖しており、すなわち、より多くの細胞が増殖している。傾きは、細胞の増殖速度を表す。
【0138】
図13A図13Hの細胞写真は、上記8種類の異なる培養条件で3回目の継代まで培養した0F0061の顕微鏡写真(100倍倒立位相差顕微鏡下)である。
【0139】
図12及び図13の結果からわかるように、本発明の培養培地から化合物1、Y27632、A83-01若しくはSB202190の単独、又は化合物1とY27632の組合せ、又はA83-01とSB202190の組合せを除くと、細胞の増殖作用は著しく減衰した。中でも、化合物1とY27632の複合成分を除いた後は、細胞の増殖速度が著しく低下したことから、本発明の培養培地中の化合物1とY27632の複合成分が、細胞の増殖及び連続培養に必要であることが示唆された。
【0140】
[実施例7]
癌組織由来の初代ESCC腫瘍細胞のマウスでの異種移植による腫瘍形成実験
病理診断されたESCC患者1名の癌組織から、実施例1と同様の方法を使用してESCC腫瘍細胞(番号0F0056)を分離し、取得した。0F0065を実施例3の方法に従って本発明の培養培地FEMを用いて培養し、ESCC腫瘍細胞数が1×10に達した時点で、実施例4と同様の方法を使用してESCC腫瘍細胞を消化し、収集した。本発明のESCC腫瘍細胞用培養培地FEMとMatrigel(商標)(BD Biosciencesから購入)を1:1の割合で混合し、Matrigelと混合した培養培地100μLを用いて5×10個のESCC腫瘍細胞を再懸濁し、得られたものを6週齢の雌性高度免疫不全マウス(NCG)(Nanjing Model Animal Research Centerから購入)のESCC脂肪パッドと右前肢の腋下にそれぞれ注入した。ESCC腫瘍細胞から生成されたマウスにおける腫瘍の体積及び成長速度を3日ごとに観察して写真撮影した。
【0141】
腫瘍細胞接種後15日目にマウスの2つの腫瘍細胞接種部位の両方において腫瘍形成を観察することができる。15日目から30日目まで、マウスにおける腫瘍増殖は明らかであった。これは、本発明の培養方法により培養した癌組織由来のESCC腫瘍細胞がマウスにおいて腫瘍形成性を有することを示している。
【0142】
[実施例8]
癌組織由来のESCC腫瘍細胞の薬物感受性機能的試験
ESCC患者の外科的切除試料を例に取ると、患者由来のESCC腫瘍試料から培養したESCC腫瘍細胞を使用して、様々な薬物に対する患者の腫瘍細胞の感受性を試験することができることが確認される。
【0143】
1.初代ESCC腫瘍細胞の播種:実施例1の方法に従って得られた分離ESCC腫瘍細胞(番号0F0060及び番号0F0062)の細胞懸濁液を、Matrigel(商標)(BD Biosciencesから購入)被覆12ウェルプレートに4×10細胞/cmの密度で接種した。2mLの調製した初代ESCC上皮細胞用培養培地FEMを12ウェルプレートに加え、次いで37℃、5%COのインキュベーター(Thermo Fisherから購入)に入れ、培養した。培養プレート内の細胞が底面積の約80%を覆うように成長した時点で、12ウェルプレート内の培地上清を捨て、500μLの0.05%トリプシン(Gibcoから購入)を加え細胞消化を行った。細胞を37℃で10分間インキュベートし、顕微鏡(EVOS M500、Invitrogen)で観察したところ、細胞は完全に消化されていた。その後、5%(体積/体積)ウシ胎児血清、100U/mLペニシリン、及び100μg/mLストレプトマイシンを含有するDMEM/F12培養液1mLを用いて消化を終了させた。得られたものを15mLの遠沈管に収集し、1500rpmで4分間遠心分離した後、上清を捨てた。遠心分離した細胞沈殿物を培養培地FEMに再懸濁し、フローイメージングカウンター(JIMBIO FIL、Jiangsu Jimbio Technology Co., Ltd)で計数して総細胞数を求めたところ、それぞれ830000個及び768000個であった。2000細胞/ウェル~4000細胞/ウェルの密度で384ウェルプレートに細胞を接種し、一晩細胞を接着させた。
【0144】
2.薬物勾配実験:
(1)薬物貯蔵プレートを勾配希釈法によって調製した:10μLの試験される薬物ストック溶液(薬物ストック溶液の濃度は、人体における薬物の最大血中濃度Cmaxの2倍に基づいて決定された)をそれぞれ取り、20μLのDMSOを含む0.5mLのEPチューブに加え、上記のEPチューブからの10μLの溶液を、20μLのDMSOを入れた2つ目の0.5mLのEPチューブへとピペットで移した。つまり、薬物を1:3の比率で希釈した。上記の方法を繰り返して段階的に希釈し、投薬に必要とされる7個の濃度を得た。異なる濃度の薬物を384ウェルの薬物貯蔵プレートに加えた。等容量のDMSOを、コントロールとして溶剤コントロール群の各ウェルに加えた。この実施例では、試験する薬物は、ボルテゾミブ(MCEから購入)、マイトマイシン(MCEから購入)、ヒドロキシカンプトテシン(MCEから購入)、及びエルロチニブ(MCEから購入)であった。
【0145】
(2)高スループット自動ワークステーション(JANUS、Perkin Elmer)を使用して、384ウェルの薬物貯蔵プレートにおける様々な濃度の薬物及び溶剤コントロールを、ESCC腫瘍細胞が播種された384ウェルの細胞培養プレートに加えた。薬物群及び溶剤コントロール群を、それぞれ3つの反復実験ウェルで配置した。各ウェルに加えた薬物の容量は100nLであった。
【0146】
(3)細胞生存率の試験:投与72時間後に、Cell Titer-Gloアッセイキット(Promegaから購入)を使用して、薬物投与後に培養細胞の化学発光値を検出した。化学発光値の大きさは、細胞生存率及び細胞生存率に対する薬物の効果を反映している。調製された10μLのCell Titer-Glo検出液を各ウェルに加え、マイクロプレートリーダー(Envision、Perkin Elmer)を使用して、混合後に化学発光値を検出した。
【0147】
(4)細胞生存率の試験:細胞生存率(%)=薬物ウェルの化学発光値/コントロールウェルの化学発光値×100%の式により、種々の薬物で処理した細胞の細胞生存率を算出した。グラフはGraphpad Prismソフトウェアを用いて作成し、半数阻害率IC50を算出した。
【0148】
(5)薬物感受性試験結果を図14に示す。
【0149】
図14A及び図14Bは、それぞれ、2人の異なるESCC患者の外科的に切除した癌組織試料(試料番号0F0060及び試料番号0F0062)から培養したESCC腫瘍細胞の、2種類の化学療法剤マイトマイシン及びヒドロキシカンプトテシン、並びに標的薬ボルテゾミブ及びエルロチニブに対する感受性を表す。具体的には、図14Aは試料番号0F0060から培養したESCC細胞の4剤に対する感受性の結果を示し、図14Bは試料番号0F0062から培養したESCC細胞の4剤に対する感受性の結果を示す。これらの結果は、同じ患者からの細胞が異なる薬物に対して異なる感受性を有し、異なる患者からの細胞も同じ薬物に対して異なる感受性を有することを示している。
【産業上の利用可能性】
【0150】
本発明は、初代ESCC上皮細胞をin vitroで培養又は増殖させるための培養培地及び培養方法を提供する。この培養細胞を、薬効評価及び薬物スクリーニングに利用することができる。したがって、本発明は産業界に適用可能である。
【0151】
以上、本発明を詳細に説明したが、本発明はこれに限定されるものではなく、当業者であれば本発明の原理に従って改変を加えることが可能である。したがって、本発明の原理に従って行われる全ての改変は、本発明の保護範囲に含まれると解釈されるべきである。
図1-1】
図1-2】
図1-3】
図2
図3-1】
図3-2】
図4
図5
図6-1】
図6-2】
図7
図8
図9
図10
図11-1】
図11-2】
図12
図13-1】
図13-2】
図13-3】
図13-4】
図14