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▶ ナノガップ スブ−エネエメ−パウダー ソシエダッド アノニマの特許一覧

特許7461894精製された原子量子クラスターの調製方法
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-03-27
(45)【発行日】2024-04-04
(54)【発明の名称】精製された原子量子クラスターの調製方法
(51)【国際特許分類】
   B22F 9/00 20060101AFI20240328BHJP
   A61P 43/00 20060101ALI20240328BHJP
   A61P 35/00 20060101ALI20240328BHJP
   A61P 35/04 20060101ALI20240328BHJP
   A61K 45/00 20060101ALI20240328BHJP
   A61K 33/38 20060101ALI20240328BHJP
   A61K 33/242 20190101ALI20240328BHJP
   A61K 33/34 20060101ALI20240328BHJP
   A61K 33/243 20190101ALI20240328BHJP
   A61K 31/282 20060101ALI20240328BHJP
   A61K 31/175 20060101ALI20240328BHJP
   A61K 31/704 20060101ALI20240328BHJP
   A61K 31/7068 20060101ALI20240328BHJP
   A61K 41/00 20200101ALI20240328BHJP
   B22F 1/00 20220101ALI20240328BHJP
【FI】
B22F9/00 B
A61P43/00 105
A61P43/00 121
A61P35/00
A61P35/04
A61K45/00
A61K33/38
A61K33/242
A61K33/34
A61K33/243
A61K31/282
A61K31/175
A61K31/704
A61K31/7068
A61K41/00
B22F1/00 K
【請求項の数】 29
(21)【出願番号】P 2020569110
(86)(22)【出願日】2019-06-11
(65)【公表番号】
(43)【公表日】2021-10-21
(86)【国際出願番号】 ES2019070403
(87)【国際公開番号】W WO2019238995
(87)【国際公開日】2019-12-19
【審査請求日】2022-05-20
(31)【優先権主張番号】18177210.4
(32)【優先日】2018-06-12
(33)【優先権主張国・地域又は機関】EP
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】512136651
【氏名又は名称】ナノガップ スブ-エネエメ-パウダー ソシエダッド アノニマ
(74)【代理人】
【識別番号】100120031
【弁理士】
【氏名又は名称】宮嶋 学
(74)【代理人】
【識別番号】100120617
【弁理士】
【氏名又は名称】浅野 真理
(74)【代理人】
【識別番号】100126099
【弁理士】
【氏名又は名称】反町 洋
(74)【代理人】
【識別番号】100172557
【弁理士】
【氏名又は名称】鈴木 啓靖
(72)【発明者】
【氏名】ダビド、ブセタ、フェルナンデス
(72)【発明者】
【氏名】フェルナンド、ドミンゲス、プエンテ
(72)【発明者】
【氏名】マヌエル、アルトゥーロ、ロペス、キンテラ
【審査官】瀧口 博史
(56)【参考文献】
【文献】欧州特許出願公開第02457572(EP,A1)
【文献】米国特許出願公開第2009/0149426(US,A1)
【文献】特表2009-507996(JP,A)
【文献】中国特許出願公開第104588645(CN,A)
【文献】Angewandte Chemie International Edition,ドイツ,2015年05月12日,Volume 54, Issue 26,p.7612-7616
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B22F
Scopus
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
3個以下のゼロ価の原子からなる原子量子クラスター(AQC)を精製する方法であって、以下の工程:
i)AQCの混合物を含んでなる溶液を分離媒体に適用する工程であって、前記分離媒体が、3個より多いゼロ価の原子からなるAQCに結合するか、あるいは3個以下のゼロ価の原子からなるAQCに結合する工程;および
ii)3個以下のゼロ価の原子からなるAQCを単離する工程
を含んでなる方法。
【請求項2】
前記方法がクロマトグラフィー法であり、前記分離媒体が固相であり、前記AQCの混合物を含んでなる溶液が移動相である、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記分離媒体が、3個より多いゼロ価の原子からなるAQCに結合し、
前記方法が、非結合溶液から3個以下のゼロ価の原子からなるAQCを分離することを含んでなり、
前記分離媒体が、3個より多いゼロ価の原子からなるAQCに結合する官能基を有する、請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
前記官能基がチオール基である、請求項3に記載の方法。
【請求項5】
前記分離媒体が、チオール化樹脂を含む、請求項1~4のいずれか一項に記載の方法。
【請求項6】
前記3個以下のゼロ価の原子からなる単離されたAQCを、第2の分離媒体に適用し、3個のゼロ価の原子からなるAQCを単離することをさらに含んでなる、請求項1~5のいずれか一項に記載の方法。
【請求項7】
前記第2の分離媒体が、3個のゼロ価の原子からなるAQCに結合する官能基を有する、請求項6に記載の方法。
【請求項8】
前記3個のゼロ価の原子からなるAQCに結合する官能基が、芳香族基である、請求項7に記載の方法。
【請求項9】
前記第2の分離媒体が二本鎖DNAを含む、請求項6に記載の方法。
【請求項10】
3個のゼロ価の原子からなるAQCを放出させるために、前記第2の分離媒体を加熱し、
前記放出された3個のゼロ価の原子からなるAQCを前記第2の分離媒体から単離するために、洗浄溶液を適用する、請求項6~9のいずれか一項に記載の方法。
【請求項11】
前記分離媒体が、3個以下のゼロ価の原子からなるAQCに結合し、
前記方法が、非結合溶液中の3個より多いゼロ価の原子からなるAQCを廃棄すること、および前記分離媒体から3個以下のゼロ価の原子からなるAQCを単離することを含んでなる、請求項1または2に記載の方法。
【請求項12】
前記分離媒体が、3個以下のゼロ価の原子からなるAQCに結合する官能基を有する、請求項11に記載の方法。
【請求項13】
前記分離媒体が二本鎖DNAを含む、請求項11に記載の方法。
【請求項14】
前記分離媒体が3個のゼロ価の原子からなるAQCのみに結合するように、洗浄溶液を適用して3個未満のゼロ価の原子からなるAQCを除去することを含んでなる、請求項13に記載の方法。
【請求項15】
3個のゼロ価の原子からなるAQCを放出させるために、前記DNAを変性させることを含んでなるプロセスによって単離することを含んでなる、請求項13または14に記載の方法。
【請求項16】
前記変性させたDNAから、前記放出された3個のゼロ価の原子からなるAQCを単離するために、第2の洗浄溶液を適用することを含んでなる、請求項15に記載の方法。
【請求項17】
3個以下のゼロ価の原子からなる原子量子クラスター(AQC)を含んでなる組成物であって、3個より多いゼロ価の原子からなるAQCを実質的に含まない、前記組成物。
【請求項18】
2個のゼロ価の原子からなるAQCを実質的に含まない、請求項17に記載の組成物。
【請求項19】
抗増殖剤と組み合わせて細胞増殖性障害を処置するための医薬組成物であって、請求項17または18に記載の組成物を含んでなる医薬組成物。
【請求項20】
前記細胞増殖性障害が、腫瘍および/または癌である、請求項19に記載の医薬組成物。
【請求項21】
前記癌が、肺癌、乳癌、結腸癌または脳癌から選択される、請求項20に記載の医薬組成物。
【請求項22】
抗増殖剤と組み合わせてもよい、癌のリンパ節転移を予防するための医薬組成物であって、請求項17または18に記載の組成物を含んでなる医薬組成物。
【請求項23】
抗増殖剤と組み合わせてもよい、癌のリンパ節転移を処置するための医薬組成物であって、請求項17または18に記載の組成物を含んでなる医薬組成物。
【請求項24】
前記抗増殖剤が、DNA結合剤、DNAインターカレート剤、アルキル化剤およびヌクレオシド類似体から選択される、請求項1923のいずれか一項に記載の医薬組成物。
【請求項25】
前記抗増殖剤が、シスプラチン、オキサリプラチン、カルボプラチン、カルムスチンおよびドキソルビシンから選択される、請求項24に記載の医薬組成物。
【請求項26】
前記抗増殖剤が、ゲムシタビンである、請求項24に記載の医薬組成物。
【請求項27】
前記組成物および抗増殖剤が同時投与される、請求項1926のいずれか一項に記載の医薬組成物。
【請求項28】
前記組成物および抗増殖剤が順次投与される、請求項1926のいずれか一項に記載の医薬組成物。
【請求項29】
放射線療法と組み合わせて細胞増殖性障害を処置するための医薬組成物であって、請求項1728のいずれか一項に記載の組成物を含んでなる医薬組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、原子量子クラスター(atomic quantum cluster)を精製する方法、精製された組成物、および該組成物の使用に関する。
【背景技術】
【0002】
金属の原子量子クラスター(AQC)の合成および単離のための新しい方法の出現は、生物学的、触媒的、電子的および光学的なアプリケーションの広い範囲で有望になっている。これらのナノ構造の付加的な利点は、そのサイズが小さく、毒性が比較的低いことにあり、様々な分野、例えば、生物学的ラベルおよびバイオイメージングにおいて、これらのナノ構造を非常に魅力的にしている。
【0003】
ごく最近まで、強い結合リガンドを使用せずに小さな裸の金属クラスター(すなわち、原子数が少なく、およそ1nmよりも小さいAQC)を化学合成することは、これらの非常に小さな種は非常に反応性が高いと仮定されていたために、実質的に不可能であると考えられていた。しかしながら、これらのクラスターは、フェルミ準位でのHOMO-LUMOギャップを誘発する強い量子封じ込めにより、予想外に高い安定性を有することが示された。このギャップは、クラスターのサイズが小さくなるにつれて大きくなり、同時に、反応性が低下するため、2原子のみのクラスターはほとんど反応しなくなる。このようなギャップの出現は、バルク(またはナノ)材料とは著しく異なる幾何学的/電子的構造をもたらし、その結果、クラスターに新しい特性、例えば、発光および触媒作用などをもたらす。さらに、小さなクラスター(原子数が15~20個程度以下)では、大きなバンドギャップを有することで、高い耐酸化性が得られる。したがって、小さなクラスターの自然な状態は無電荷である。
【0004】
EP1914196には、AQCと命名されたゼロ価の金属クラスター類を得るプロセスが記載されている。それは、AQCが「金属的」な振る舞いを止め、その振る舞いが事実上の分子的なものになることを見出した。このようにして、ナノ粒子、微粒子またはバルク金属材料では観察されない新しい特性が、これらのクラスターで見られる。この出願では、例えば、2~27原子のサイズの範囲で安定なAQCを製造するための速度論的に制御された方法が記載されている。
【0005】
WO2012/059572およびEP2457572には、細胞増殖性障害の予防および/または処置のための1種以上のAQCと、1種以上の抗悪性腫瘍剤との組み合わせが記載されている。この出願には、癌細胞株に対して細胞毒性および抗増殖作用を有する2~25個のゼロ価の遷移金属原子からなるAQCが記載されており、したがって、細胞増殖性障害を処置するために抗悪性腫瘍剤と組み合わせて、このAQCを使用することができることが記載されている。
【0006】
Buceta et al., Angew. Chemie Int. Ed. 2015, 54: 7612には、3原子の銀クラスター(Ag3-AQC)がインターカレーションを介して二本鎖DNAと相互作用することが報告されている。このインターカレーションは、クラスター内の原子数に厳密に依存し、二重らせんの塩基対の種類(ATまたはGC)に依存しない。しかしながら、Buceta et al.(2015)で試験されたサンプルは、精製されておらず、3原子未満のAQCのみが存在することを保証していなかった。より大きな銀クラスターは、チオール酸化のための強力な触媒活性を示し、細胞死をもたらす。したがって、生物学的活性をマスキングし得る界面活性剤またはその他の強力な結合リガンドを含まない、3原子を有する純粋で高濃度のAQCを得ることが望まれており、これは、実質的な課題である。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明の目的は、AQCの精製組成物および精製組成物を調製する方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
第1の態様において、本発明は、3個以下のゼロ価の遷移金属原子からなる原子量子クラスター(AQC)を精製する方法であって、以下の工程:
i)AQCの混合物を含んでなる溶液を分離媒体に適用する工程であって、前記分離媒体が、3個より多いゼロ価の遷移金属原子からなるAQCに結合するか、あるいは3個以下のゼロ価の遷移金属原子からなるAQCに結合する工程;および
ii)3個以下のゼロ価の遷移金属原子からなるAQCを単離する工程
を含んでなる方法を提供する。
【0009】
別の態様において、本発明は、本明細書に記載の方法によって精製された組成物であって、3個より多いゼロ価の遷移金属原子からなるAQCを実質的に含まない、前記組成物を提供する。
【0010】
別の態様において、本発明は、3個以下のゼロ価の遷移金属原子からなる原子量子クラスター(AQC)を含んでなる組成物であって、3個より多いのゼロ価の遷移金属原子からなるAQCを実質的に含まない、前記組成物を提供する。
【0011】
別の態様において、本発明は、抗増殖剤と組み合わせて細胞増殖性障害の処置に使用するための本明細書に記載の組成物を提供する。
【0012】
別の態様において、本発明は、場合により抗増殖剤と組み合わせて癌のリンパ節転移の予防に使用するための本明細書に記載の組成物を提供する。
【0013】
別の態様において、本発明は、抗増殖剤と組み合わせて癌のリンパ節転移の処置に使用するための本明細書に記載の組成物を提供する。
【0014】
別の態様では、本発明は、放射線療法と組み合わせて細胞増殖性障害の処置に使用するための本明細書に記載の組成物を提供する。
【0015】
これらの態様およびその他の態様は、以下の説明においてさらに詳細に記載される。
【図面の簡単な説明】
【0016】
図1図1は、Ag3クラスター(Ag3-AQC)の合成および精製を示す図である。Ag3-AQCの電気化学的合成法(左)およびチオール化樹脂を使用した精製法(右)のスキームを示す。挿入図:DFT計算により、Ag3-AQCとチオールとの相互作用はエネルギー的に不利であることが示された。
図2図2は、水中におけるAg3-AQCの紫外可視吸収スペクトルを示す図である。
図3図3は、水中におけるAg3-AQCの蛍光発光スペクトル(λexc=230nm)を示す図である。
図4図4は、ESI質量分析を示す図である。(a)ネガティブモードで検出されたAg3-AQCのESIマススペクトル。(b~e)サンプル中に存在する異なるAg-AQCの実験上および理論上のピーク。
図5図5は、マイカ上に載置したAg3-AQCのAFM像(二乗平均粗さおよそ150pm)を示す図である。
図6図6は、ジュリウムアプローチ(Jellium approach)に従った、異なるサイズのいくつかのAgクラスターについてのHOMO-LUMOギャップとHOMO-LUMOレベルの位置とを示す図である。
図7図7は、3個のO分子(小さい方、2原子分子)の存在下でのAg3-AQC(大きい方、3原子構造)の最適化された配置と、3つの異性体構造の相対エネルギーとを示す図である。
図8図8は、5、7および9個のO分子(小さい方、2原子分子)の存在下でのAg3-AQC(大きい方、3原子構造)の最適化された配置を示す図である。
図9図9は、ヒトトポイソメラーゼの活性に対するAg3-AQCの効果を示す図である。(a)ヒトトポイソメラーゼI活性。スーパーコイルDNA pBR322は分解された(レーン1)。酵素の作用によって生成された弛緩型DNA種は、トポイソメラーゼのGaussian分布として存在した(レーン2)。Ag3-AQCによるDNAの前処理は、用量依存的に酵素の作用を阻害した(レーン3~9)。(b)ヒトトポイソメラーゼIIのデカテネーション活性。トポイソメラーゼIIはニックの入った(NOC)DNAと、閉環状(CCC)DNAとを生成した(レーン1)。このDNAをAg3-AQCでプレインキュベートすると、用量依存的に酵素が阻害される(レーン2~7)。ドキソルビシン(DOXO)を阻害剤のポジティブコントロールとして使用した(レーン8)。kDNAネットワークは大きすぎてゲルに入らない。画像は、3回の独立した実験の代表である。
図10図10は、Ag3-AQCはヌクレオソームの不安定化を誘導することを示す図である。(a)単一ヌクレオソームを、エトポシド(60μM)、ドキソルビシン(20μM)またはDMSO(ビヒクル)で室温4時間、またはAg3-AQC(AQC、83ng/mL)で30分間処理した。各反応液から、サンプルの半分を非変性条件下で電気泳動し、ゲルを臭化エチジウム(左、上パネル)および銀(左、下パネル)で染色した。サンプルの残りの部分を分析し、すべての場合に等量のヒストンがロードされていることを確認した(右パネル)。非結合DNA、組み立てられたヌクレオソームおよびヒストンの位置を示す。(b)ヌクレオソームを、(a)のようにエトポシドもしくはドキソルビシン、または示されたAg3-AQC希釈液(初期濃度、AQC 1:10=83ng/mL)でインキュベートした。サンプルをネイティブポリアクリルアミド電気泳動によって分析し、ゲルを臭化エチジウム(上)で最初に染色し、次いで、ヒストンを可視化するために銀(下)で染色した。この画像は、2つの独立した実験の代表である。
図11図11は、Ag3-AQC/H系に対して測定された蛍光滴定スペクトル曲線を示す図である。(a)スペクトル曲線、(b)等温線と、データ対に対して式2をフィッティングさせた線との結合。
図12図12は、Ag3-AQC/H系に対して測定されたCDスペクトル曲線を示す図である。(a)スペクトル曲線、(b)等温線と、データ対に対して式2をフィッティングさせた線との結合。CH=26.7μM、CAg3-AQC/C=0-0.02。
図13図13は、STORM超解像顕微鏡を使用したクロマチンアクセス性の直接可視化を示す図である。(a)従来の顕微鏡(スケールバー4μm)およびSTORM超解像(スケールバー2μm)の両方を使用してイメージングされた蛍光EdUを含む核の代表的な画像。(b~d)未処理条件(b)、Ag3-AQCで処理した後(c)と遊離銀カチオンで処理した後(d)での細胞内のクロマチンの代表的な再構築STORM画像。(e)クロマチンでカバーされている核面積の割合の定量。(f)クロマチン密度の定量。
図14図14は、Ag3-AQCはクロマチンへのアクセス性を増加させることを示す図である。(a)クロマチンアクセシビリティアッセイの手順の模式図。(b~e)増殖細胞(b)、血清欠乏させたA549細胞(c)、肺腫瘍サンプル(d)、および腎臓サンプル(e)のΔCtグラフ。
図15図15は、Ag3-AQCおよびシスプラチン(CDDP)の併用投与により、A549増殖細胞およびマウスの肺腫瘍において、DNAに結合している白金の量が増加し、その結果、細胞死亡率が上昇したことを示す図である。(a)CDDP単独またはAg3-AQCまたはDOXとの組み合わせで処理された増殖しているA549細胞または血清欠乏されたA549細胞におけるDNAに結合している白金の質量分析による定量。(b)CDDP単独またはAg3-AQCとの組み合わせで処理されたマウスの臓器におけるDNAに結合している白金の質量分析による定量。(c~e)Ag3-AQC単独またはCDDP単独またはそれらの組み合わせで処理した増殖しているA549細胞(c)および血清欠乏させたA549細胞(d)の細胞生存率のフローサイトメトリー測定。(e)Ag3-AQCで処理し、24時間後にCDDPで処理したA549増殖細胞。なお、(d)および(e)では、CDDP作用に対するAg3-AQC増強効果が失われている。
図16図16は、Ag3-AQCおよびCDDPの併用投与は、膠芽腫(U87)細胞株(a)および乳腺癌(MCF7)細胞株(b)において、DNAに結合している白金の量を増加させることを示す図である。細胞をAg3-AQC(83ng/mL)で1時間処理し、CDDP(50μM)でさらに24時間処理した。次いで、細胞を回収し、DNAを抽出し、質量分析法により白金の量を定量した。データは、1回の実験につき3つのレプリケートで2回の独立した実験の平均±SDを示す。マンホイットニー検定((*)p<0.01)。
図17図17は、Ag3-AQCおよびDNA作用薬の併用投与を示す図である。A549 Luc-C8細胞を96ウェルプレートに播種し、24時間後(増殖細胞)(a)または72時間後(非増殖細胞)(b)に、1)Ag3-AQC(55.61ng/mL)を無血清培地中で1時間、さらに完全培地中で24時間処理し、2)Ag3-AQC(55.61ng/mL)を無血清培地中で1時間、さらに異なる用量のCDDP(EC5:5μM、EC25:10μM、EC50:50μM、EC75:100μM)で24時間処理した。その後、細胞を溶解し、ブラッドフォード比色法を使用してタンパク質量を定量し、Lumat BL 9507ルミノメーター(Berthold Technologies社製)を使用して発光を測定した。結果は、抽出されたタンパク質1μg当たりの相対発光ユニット(RLU)として表された。(c)Ag3-AQC併用投与による細胞死の割合を、CDDP単独が100%(対照)であると見なして評価した。データは、1回の実験につき3つのレプリケートで、2回の独立した実験の平均±SDを示す。マンホイットニー検定((*)p<0.01)。(d)実験の別のセットにおいて、CDDPをカルボプラチン(EC5:0.25μM、EC25:0.5μM、EC50:1μMおよびEC75:2μM)またはオキサリプラチン(EC5:2.5μM、EC25:12.5μM、EC50:50μMおよびEC75:200μM)に置き換え、CDDPについて同様の結果が得られた。
図18図18は、培地またはAg3-AQC(83ng/mL)で1時間前処理し24時間後にCDDP(50μM)でさらに24時間処理した細胞培養物におけるDNAに結合しているCDDPの質量分析定量を示す図である。
図19図19は、Ag3-AQCとDNA結合剤との併用投与は、細胞の死亡率を増加させることを示す図である。A549細胞を培地またはAg3-AQC(83ng/mL)で1時間プレインキュベートし、オキサリプラチン(OXA)50μM(a)、カルボプラチン(CBCDA)1mM(b)、ゲムシタビン(GEM)100μM(c)、カルムスチン(BCNU)400μM(d)およびドキソルビシン(DOX)7.5μM(e)で24時間処理した。次いで、フローサイトメトリーで細胞生存率を測定した。データは、1回の実験につき3つのレプリケートで、3回の独立した実験の平均値±SDを示す。マンホイットニー検定((*)p<0.01)。(f)細胞内DOX取り込み測定。左:DOX(7.5μM)で4時間処理したA549細胞、またはAg3-AQC(83ng/mL)で30分間前処理し、DOX(7.5μM)で4時間処理したA549細胞のフローサイトメトリープロファイル。右:30分間DOX(3.75μMおよび7.5μM)で処理したA549細胞、または30分間Ag3-AQC(83ng/mL)で前処理し、さらに30分間DOX(3.75μMおよび7.5μM)で処理したA549細胞の蛍光顕微鏡像。
図20図20は、Ag3-AQCはA549細胞においてDNA損傷を誘導しないことを示す図である。(a)エトポシド(12.5μM)で1時間処理した後のγ-H2AXリン酸化、Ag3-AQC(83ng/mL)で30分間処理した後のγ-H2AXリン酸化、あるいは、Ag3-AQC(83ng/mL)で30分間処理した後、エトポシド(12.5μM)で1時間処理した後のγ-H2AXリン酸化のフローサイトメトリー測定。インセットは陽性細胞を示し、データは、1回の実験につき3つのレプリケートで、3回の独立した実験の平均±SDを表す。(b)Ag3-AQC(83ng/mL)での1時間の処理後のA549細胞のコメットアッセイはまた、DNA損傷の不在を示す。Hは陽性対照として含まれていた。
図21図21は、Ag3-AQCの併用投与は、同所性肺癌を有するマウスの腫瘍成長と縦隔リンパ節浸潤とのCDDP媒介の減少を増強することを示す図である。(a)ルミネセンス(IVIS(登録商標)スペクトラム)によってin vivoで測定された腫瘍成長。黒い矢印は処置投与時間を示す。(b)実験全体にわたるマウス体重。(c)肺および縦隔リンパ節におけるex vivoで測定した腫瘍量の定量。(d)抗CK7抗体を使用したマウス肺の免疫組織化学染色。バー=300μm。
図22図22は、DNAを分離媒体として使用した最初の透析後に得られたクラスターサンプルの模式的表現および蛍光スペクトルを示す図である。
図23図23は、DNAを分離媒体として使用した最後の透析後に得られたクラスターサンプルの模式図と蛍光スペクトルを示す図である。精製されたAg3クラスターを放出させるために、この透析抽出ステップの前にDNAを変性させた。
【発明を実施するための形態】
【0017】
定義
本明細書を通して使用されるすべての技術的および科学的用語は、当業者によって一般的に理解されるものと同一の意味を有する。
【0018】
本明細書を通して、任意の量に関する「約」という用語の使用は、その量を含むことが企図される。
【0019】
本明細書を通して、文脈が別段の要求しない限り、「含んでなる(comprise)」という用語およびそのバリエーション(例えば、“comprises”および“comprising”)は、記載された整数、工程、整数のグループまたは工程のグループを包含することを意味するが、その他のいかなる整数、工程、整数のグループまたは工程のグループを除外することを意味しないものと理解されるであろう。
【0020】
本明細書を通して、文脈が別段の要求をしない限り、「からなる(consisting of)」という用語およびそのバリエーション(例えば、“consists of”)は、記載された整数、工程、整数のグループまたは工程のグループを包含し、その他のいかなる整数、工程、整数のグループまたは工程のグループを除外することを意味するものと理解されるであろう。
【0021】
本明細書で使用される「原子量子クラスター」または「AQC」という用語は、2~500個のゼロ価の遷移金属原子、例えば、2~200個、2~100個、2~50個または2~25個の遷移金属原子のグループ/クラスターであって、2nm未満、例えば、1nm未満のサイズを有する該グループ/クラスターを意味する。AQCは、同一の(単核クラスター(mononuclear clusters))または異なる(異核クラスター(heteronuclear clusters))遷移金属のゼロ価の遷移金属原子を含んでなってもよい。この用語は、金属イオンを含まないことが理解されるであろう。
【0022】
「3個より多く」のゼロ価の遷移金属原子からなるAQCへの言及は、4、5、6、7、8、9、10個またはそれ以上のゼロ価の遷移金属原子からなるAQCを指す(すなわち、この用語は、3個の金属原子を有するAQCを包含しない)ことが理解されるであろう。したがって、この用語は「4以上」と互換的に使用することができる。
【0023】
「3個以下」のゼロ価の遷移金属原子からなるAQCへの言及は、2または3個のゼロ価の遷移金属原子を有するAQCを指すことが理解されるであろう。また、「3個」のゼロ価の遷移金属原子からなるAQCへの言及は、3個のゼロ価の遷移金属原子のみを有するAQCを指すことが理解されるであろう。
【0024】
用語「遷移金属」は、遷移金属として知られている周期表の元素を指すものと理解されるが、該元素の電気的挙動を指すものではない。AQCにおける電子の閉じ込めは、EP1914196で報告されているように、これらの材料の特性に重要な変化をもたらすエネルギー準位の量子分離に起因する。したがって、本明細書に記載されたAQC中の金属原子は、半導体様挙動、または絶縁体様挙動さえも有することができる。
【0025】
用語「実質的に含まない(substantially free of)」は、その後に具体的に言及される実体(例えば、3個より多いゼロ価の遷移金属原子を有するAQC)をほとんどまたは完全に含まないか、あるいは、少なくとも実体が組成物の有効性、保存性、必要な安全性の懸念に関する使用性、および/または安定性に影響を与えるような量で実体を含まない組成物を指すために使用することができる。
【0026】
本明細書で使用される「精製された」という用語は、望ましくない数のゼロ価の遷移金属原子からなる実質的にすべてのAQCが除去された組成物を指す。特に、本明細書に記載の方法は、3個より多くのゼロ価の遷移金属原子からなる実質的に全ての(好ましくは全ての)AQCを除去することにより、組成物の純度の程度を増加させる。
【0027】
用語「分離媒体」の言及は、混合物から実体を分離する能力を有する材料を指す。本出願において、分離媒体は、より大きなクラスター(すなわち、4個以上のゼロ価の遷移金属原子)を含むAQCの混合物から、3個以下のゼロ価の遷移金属原子からなるAQCを選択的に精製する能力を有する。そのような媒体の例が本明細書に提供される。
【0028】
用語「チオール」は、炭素結合スルフヒドリル(R-SH)基(ここで、Rはアルキルまたはその他の有機置換基を表す)を指すと理解されるであろう。
【0029】
用語「芳香族基」は、当技術分野でよく知られており、共鳴結合の環を有する(または含んでなる)環状かつ平面的な分子または部位を指す。これには、ベンゼン(すなわち、C)およびその誘導体が含まれる。ほとんどの芳香族基は、ベンゼン誘導体である。しかしながら、この用語はまた、ヘテロ芳香族基(すなわち、芳香環中の原子の1個以上が、炭素以外の元素のものである)、例えば、ピリジン、ピラジン、ピロール、イミダゾール、ピラゾール、オキサゾール、チオフェンおよびそれらのベンゼンを付加された類似体(benzannulated analogues)を含むことができる。
【0030】
「DNA」(デオキシリボ核酸)への言及は、実質的に対になって二重らせんを形成する2本のポリデオキシリボヌクレオチド鎖を含む分子を指す。ポリヌクレオチド鎖は、ヌクレオチドで構成されており、各ヌクレオチドは、塩基、糖(デオキシリボース)およびリン酸基を含んでなる。これらのヌクレオチドは、あるヌクレオチドの糖と、次のヌクレオチドのリン酸基との間の共有結合によって鎖状に互いに結合しており、その結果、糖-リン酸基のバックボーンが形成されている。塩基は、天然に存在する塩基(すなわち、シトシン[C]、グアニン[G]、アデニン[A]またはチミン[T])または非天然に存在する塩基を含んでなってもよい。2つの別々のポリヌクレオチド鎖の塩基は、塩基対形成規則(AはTと、CはGと)に従って水素結合によって結合し、二本鎖DNAを形成する。この定義には、3原子のAQCがインターカレートすることができるように二重らせんが形成されることを条件に、例えば、非天然に存在する塩基または修飾されたバックボーンを含むように修飾されたDNAが含まれる。
【0031】
精製方法
本発明の一態様によれば、3個以下のゼロ価の遷移金属原子からなる原子量子クラスター(AQC)を精製する方法であって、以下の工程:
(i)AQCの混合物を含んでなる溶液を分離媒体に適用する工程であって、前記分離媒体が、3個より多いゼロ価の遷移金属原子からなるAQCに結合するか、あるいは3個以下のゼロ価の遷移金属原子からなるAQCに結合する工程;および
(ii)3個以下のゼロ価の遷移金属原子からなるAQCを単離する工程
を含んでなる方法が提供される。
【0032】
本発明は、AQCの混合物を含んでなる溶液を分離媒体に適用し、3個以下のゼロ価の遷移金属原子からなるAQCを単離することを含んでなる、原子量子クラスター(AQC)を精製する方法を提供する。本明細書に記載されるように、3個以下のゼロ価の遷移金属原子からなるAQC(特に、3個のゼロ価の遷移金属原子からなるAQC)の特性に関する研究は、該クラスターを精製する方法を提供する必要性を強調している。以前は、例えば、EP1914196を参照して、AQCが合成され、クラスターの所望のサイズに達すると、選択的沈殿によって分離されていた。しかしながら、この方法では、優勢なサイズのクラスターが存在したとしても、依然として、異なるサイズのAQCの混合物が存在することになる。複数のサイズのAQCを有する組成物のコンタミネーションは、組成物の挙動および特性に影響を与え得る。
【0033】
したがって、本発明は、3個以下のゼロ価の遷移金属原子からなるAQCを選択的に精製する方法を提供する。
【0034】
一実施形態において、分離媒体は、3個より多いゼロ価の遷移金属原子からなるAQCに結合し、本方法は、非結合溶液から3個以下のゼロ価の遷移金属原子からなるAQCを単離することを含んでなる。「非結合溶液」への言及は、分離媒体に結合していない成分を含む溶液を指す。そのような分離媒体の例は、本明細書で提供される。当業者であれば、当技術分野で知られている方法を使用して、分離媒体が3個より多いゼロ価の遷移金属原子からなるAQCに結合することができるか否かを判断することができるであろう。例えば、当業者は、サンプルが分離媒体を通過した後に、溶出液を試験し、蛍光分光法を使用して溶出液中に存在するAQCの種類を決定することができる。蛍光分光法と組み合わせて、または蛍光分光法の代替として使用可能なその他の特性評価方法が実施例に記載されている。
【0035】
一実施形態において、分離媒体は、3個より多いゼロ価の遷移金属原子からなるAQCに結合する官能基を有する。
【0036】
一実施形態において、官能基はチオール基である。さらなる実施形態において、分離媒体は、チオール化樹脂、例えば、チオール化シリカを含む。
【0037】
意外なことに、Ag3-AQCは、Agイオンとは異なり、チオールに結合しないことが判明したので、合成されたクラスターからAgイオンを選択的に分離するために、チオール化樹脂を使用した効率的な精製手順が本明細書で確立された(図1)。さらに、驚くことにAg3-AQCよりも大きなクラスターはチオール化樹脂と相互作用することが見出された。これにより、この精製手順では、より大きなクラスターによるコンタミネーションがないことも保証されている。
【0038】
理論に拘束されるものではないが、水性のAg3-AQCサンプル中の溶存酸素の量は、Ag3-AQCとチオールとの相互作用を排除するのに十分であると思われ、図1の挿入図で見られるように、Ag3-AQCへのメチルチオールの結合は好ましくない(正の結合エネルギーによって特徴付けられる)。サンプル中のAg3-AQC以外の唯一の種はAg2-AQCである。しかしながら、本明細書で説明するように、そのようなクラスターは、その非反応性のために、単なる傍観者(spectator)に過ぎない。さらに、そのようなAg2-AQCは、本明細書に記載される手順によってAg3-AQCから分離可能である。
【0039】
一実施形態において、AQCの混合物は、水溶液中に存在する。さらなる実施形態において、水溶液は、溶存酸素、例えば、混合物中に存在するAQCの濃度(特に、3個のゼロ価の遷移金属原子からなるAQCの濃度)の少なくとも2倍、または少なくとも3倍の溶存酸素を含んでなる。
【0040】
本発明の別の態様において、分離媒体は、3個以下のゼロ価の遷移金属原子からなるAQCに結合し、本方法は、非結合溶液中の3個より多いゼロ価の遷移金属原子からなるAQCを廃棄し、分離媒体から3個以下のゼロ価の遷移金属原子からなるAQCを単離することからなる。さらなる実施形態において、本方法は、3個以下のゼロ価の遷移金属原子からなるAQCを放出させるために、分離媒体を処理(例えば加熱)するプロセスによって単離することを含んでなる。
【0041】
一実施形態において、分離媒体は、3個以下のゼロ価の遷移金属原子からなるAQCに結合する官能基を有する。
【0042】
あるいは、一実施形態において、分離媒体はDNAを含む。さらなる実施形態において、分離媒体は、実質的に二本鎖である(すなわち、二重らせんが形成されるように)DNAを含む。DNAは、完全に二本鎖(すなわち、平滑末端)であってもよいし、実質的に二本鎖であってもよい(すなわち、DNA中のヌクレオチドの1個以上が塩基対で存在せず、例えば、一本鎖の付着末端を形成する場合)。
【0043】
3個の金属原子のクラスターは、インターカレーションによってDNAと相互作用することが示されている。このインターカレーションは、クラスター内の原子の数に厳密に依存し、二重らせんの塩基対の種類(ATまたはGC)に依存しない。したがって、任意のポリヌクレオチド配列が、本発明のDNA分離媒体に使用され得ることが理解されるであろう。また、分離媒体中のDNAは、実質的に二本鎖であり、二重らせんを形成するのに十分な長さを有することが理解されるであろう。
【0044】
一実施形態において、DNAは、少なくとも10、15、20、25、30、35、40、45、50、55、60、65、70、75、80、85、90、95または100ヌクレオチドの長さを有する。一実施形態において、DNAは、15以上、例えば、20、30、40、50、60、70、80、90、100または100以上のヌクレオチド長である。これらの実施形態は、各ストランドのヌクレオチドの数は同じであっても異なっていてもよいが(例えば、DNAが実質的に二本鎖である場合)、二本鎖DNAの各ストランドのヌクレオチドの数に言及していることが理解されるであろう。
【0045】
使用されるDNAは、DNAを分離媒体として使用することを可能にするために、すなわち、溶液中で結合しないままである3個より多いゼロ価の遷移金属原子からなるAQCから分離可能であり、該溶液から単離可能であるように、十分なサイズ/長さであることが理解されるであろう。例えば、該DNAが透析法で使用される場合、該DNAは、透析装置の半透膜を通過することが妨げられるような十分なサイズである(これは、使用される膜の細孔サイズに依存するであろう)。したがって、一実施形態において、DNAの分子量(MW)は、使用される半透膜の細孔サイズよりも大きい。例えば、一実施形態において、DNAの分子量(MW)は、3.5kDaよりも大きく、例えば、約4kDa以上である。当業者ならば、適切な長さのDNAを設計し、合成する方法を知っているであろう。
【0046】
本明細書で提供される実施例に示されるように、DNAを使用して、3個のゼロ価の金属原子からなるAQCを選択的に精製することができる。これは、3個のゼロ価の金属原子からなるAQCが、DNAにインターカレートする唯一のサイズのクラスターであるためである。より大きなサイズのクラスターは、DNAと相互作用せず、2個のゼロ価の金属原子からなるAQCは、DNA二重らせんの外側に緩く結合しているのみであるため、容易に洗い流す(例えば、透析して洗い流す(dialysed away))ことができる。
【0047】
したがって、一実施形態において、本方法は、分離媒体が3個のゼロ価の遷移金属原子からなるAQCのみに結合するように、洗浄溶液を適用して3個未満のゼロ価の遷移金属原子からなるAQC(すなわち、2個のゼロ価の遷移金属原子からなるAQC)を除去することを含んでなる。
【0048】
一実施形態において、本方法は、3個のゼロ価の遷移金属原子からなるAQCを放出させるためにDNAを変性させることを含んでなるプロセスによって単離することを含んでなる。本方法は、変性したDNAから3個のゼロ価の遷移金属原子からなる放出されたAQCを、例えば、透析によって単離するために、第2の洗浄溶液を適用することをさらに含んでなってもよい。
【0049】
変性させる方法は、当業者に周知であり、例えば、熱または化学剤(例えば、ホルムアミド、グアニジン、サリチル酸ナトリウム、ジメチルスルホキシド(DMSO)、プロピレングリコールおよび尿素)の適用による方法である。一実施形態において、DNAは、加熱、例えば、約96℃まで加熱することによって変性される。DNAが変性されると、洗浄溶液を使用して、3個のゼロ価の遷移金属原子からなる放出されたAQCを単離することができる。DNAが透析法で使用される場合、本実施形態は、変性されたDNAと3個のゼロ価の遷移金属原子からなるAQCとを含む透析装置を洗浄溶液中に入れ、(洗浄溶液中に通過した)3個のゼロ価の遷移金属原子からなる放出されたAQCを単離することを包含することが理解されるであろう。
【0050】
3原子からなるAQCの精製方法
3個以下のゼロ価の遷移金属原子からなるAQCが単離されると、2個または3個のゼロ価の遷移金属原子のいずれかからなるAQCの溶液を得るために、該AQCを分離することが望ましい場合がある。したがって、一実施形態において、本方法は、3個以下のゼロ価の遷移金属原子からなる単離されたAQCを第2の分離媒体に適用して、3個のゼロ価の遷移金属原子からなるAQCを単離することをさらに含んでなる。これにより、3個の原子からなるAQCを、第2の分離媒体に結合しない2個の原子からなるAQCから分離することができる。
【0051】
一実施形態において、第2の分離媒体は、3個のゼロ価の遷移金属原子からなるAQCを結合させ、本方法は、非結合溶液中の3個未満のゼロ価の遷移金属原子からなるAQC(すなわち、2個のゼロ価の遷移金属原子からなるAQC)を廃棄し、3個のゼロ価の遷移金属原子からなるAQCを第2の分離媒体から単離することを含んでなる。さらなる実施形態において、本方法は、3個のゼロ価の遷移金属原子からなるAQCを放出させるために第2の分離媒体を処理(例えば、加熱)するプロセスによって単離することを含んでなる。
【0052】
一実施形態において、第2の分離媒体は、3個のゼロ価の遷移金属原子からなるAQCに結合する官能基を有する。
【0053】
2個の金属原子を含んでなるAQCおよび3個の金属原子を含んでなるAQCの混合物において、3個の金属原子のAQCが芳香族基に選択的に結合することにより、3個の原子のAQCを2個の原子のAQCから分離することができることが見出された。したがって、一実施形態において、官能基は、芳香族基、例えば、環状芳香族基および多環式芳香族基である。該芳香族基は、さらに、1以上の置換基、例えば、アルキル(例えば、メチル)基、アルケニル(例えば、アリル)基、ハロゲン(例えば、クロロ)基などを有していてもよい。
【0054】
一実施形態において、芳香族基はベンゼン環を構成してもよい。該ベンゼン環は、ポリベンゼン構造、例えば、ナフタレン(一対のベンゼン環の結合);アントラセンまたはフェナントレン(3個のベンゼン環の結合);テトラセン、クリセン、トリフェニレンまたはピレン(4個のベンゼン環の結合);ペンタフェンまたはベンゾ[a]ピレン(5個のベンゼン環の結合)で存在していてもよい。特定の実施形態において、芳香族基はピレン環を構成してもよい。さらに、ベンゼン環は、1以上の付加的な置換基、例えば、トルエンまたはスチレン(エテニルベンゼン、ビニルベンゼンまたはフェニルエタンとしても知られている)を含んでいてもよい。
【0055】
一実施形態において、芳香族基は、ピリジン基を構成してもよい。さらなる実施形態において、芳香族基は、ベンゼンおよびピリジンからなるリストから選択されてもよい。
【0056】
芳香族基は、より大きな構造、例えば、グラフェン、カーボンナノチューブ、フラーレンまたはカーボン量子ドットの一部であってもよく、これは、第2の分離媒体において使用可能である。
【0057】
別の実施形態において、第2の分離媒体は、二本鎖DNAを含む。DNAを使用して、3個のゼロ価の遷移金属原子のみからなるAQCを精製することができるため、DNAは、分離媒体として単独で使用されてもよいし、第2の分離媒体として上記のプロセスと組み合わせて使用されてもよいことが理解されるであろう。後者のオプションは、3個のゼロ価の遷移金属原子からなるAQCが精製可能であることを保証する。例えば、本方法は、以下の工程:(i)AQCの混合物を、チオール化樹脂を含む分離媒体に適用する工程;(ii)3個以下のゼロ価の遷移金属原子からなるAQCを含んでなる非結合溶液を回収する工程;および(iii)この溶液を、二本鎖DNAを含む第2/追加の分離媒体に適用する工程を含んでなってもよい。
【0058】
一実施形態において、3個のゼロ価の遷移金属原子からなるAQCを放出させるために第2の分離媒体を加熱し、放出された3個のゼロ価の遷移金属原子からなるAQCを第2の分離媒体から、例えば、クロマトグラフィーまたは透析により単離するために洗浄溶液を適用することによって、3個のゼロ価の遷移金属原子からなるAQCを単離する。例えば、3個のゼロ価の遷移金属原子からなるAQCを放出させるために、第2の分離媒体を約100℃に加熱してもよい。次いで、3個のゼロ価の遷移金属原子からなる放出されたAQCを単離するために、洗浄溶液を使用してもよい。
【0059】
本明細書に開示された精製方法のうちの1以上を1回以上繰り返してもよいことが理解されるであろう。精製方法を複数回実施することは、サンプルの精製度を増加させ、所望の精製を達成することを可能にする。
【0060】
クロマトグラフィーおよび透析
一実施形態において、分離媒体はクロマトグラフィー法で使用される。クロマトグラフィーは、混合物を含んでなる移動相を、固定相(例えば、本明細書に記載の分離媒体を備える)に通すことにより、混合物を分離するために使用される方法である。混合物は、移動相の構成要素が固定相とどのように相互作用するかに基づいて分離される。分離媒体が3個より多いゼロ価の遷移金属原子からなるAQCを保持する場合、溶出液(3個以下のゼロ価の遷移金属原子からなるAQCを含んでなる)が回収されることが理解されるであろう。あるいは、分離媒体が3個以下のゼロ価の遷移金属原子からなるAQCを保持する場合、溶出液(3個より多いゼロ価の遷移金属原子からなるAQCを含んでなる)は廃棄される。一実施形態において、分離媒体は、クロマトグラフィーカラム中に存在する。そのようなクロマトグラフィーカラムは市販されている。クロマトグラフィーカラムは、例えば、高速液体クロマトグラフィー(HPLC)を含む様々なクロマトグラフィー法の一部として使用することができる。
【0061】
一実施形態において、本方法は、分離媒体が固相であり、AQCの混合物を含んでなる溶液が移動相であるクロマトグラフィー法である。さらなる実施形態において、3個より多いゼロ価の遷移金属原子からなるAQCが固相に結合し、3個以下のゼロ価の遷移金属原子からなるAQCが移動相から分離される。別の実施形態において、3個以下のゼロ価の遷移金属原子からなるAQCが結合され、次いで、3個以下のゼロ価の遷移金属原子からなるAQCが固相から単離される。この実施形態において、3個より多いゼロ価の遷移金属原子からなるAQCを含んでなる移動相は、廃棄され、次いで、3個以下のゼロ価の遷移金属原子からなるAQCを放出させるために分離媒体を処理(例えば、加熱)し、3個以下のゼロ価の遷移金属原子からなる放出されたAQCを単離するために第2の移動相(例えば洗浄溶液)が分離媒体に適用される。
【0062】
一実施形態において、分離媒体は、透析法で使用される。透析は、半透膜を介した拡散速度に基づいて分子を分離する方法である。例えば、AQCの混合物を含んでなる溶液を分離媒体に適用し、次いで、透析装置(例えば、透析カセットまたは透析チューブ)に入れることができる。そのような透析カセット、透析チューブまたは透析装置は市販されている。透析膜は、分離の必要条件に応じて(例えば、分離媒体に使用されるDNAの分子量に応じて)選択される分子量カットオフを有するように選択され得る。
【0063】
したがって、一実施形態において、本方法は、AQCの混合物を含んでなる溶液を分離媒体に適用し、次いで、半透膜、例えば、3.5KDa膜を備える透析装置内に混合物を入れることを含んでなる。該半透膜は、分離媒体および分離媒体に結合したものの通過を阻止する。分離媒体が3個より多いゼロ価の遷移金属原子からなるAQCに結合する場合、半透膜を通過した溶液(3個以下のゼロ価の遷移金属原子からなるAQCを含んでなる)は単離されることが理解されるであろう。あるいは、分離媒体が3個以下のゼロ価の遷移金属原子からなるAQCに結合する場合、半透膜を通過した溶液(3個より多いゼロ価の遷移金属原子からなるAQCを含んでなる)は廃棄される。
【0064】
原子量子クラスター(AQC)
一実施形態において、金属原子は、銀(Ag)、金(Au)、銅(Cu)、白金(Pt)、鉄(Fe)、クロム(Cr)、パラジウム(Pd)、ニッケル(Ni)、ロジウム(Rh)、鉛(Pb)、イリジウム(Ir)、ルテニウム(Ru)、オスミウム(Os)、コバルト(Co)、チタン(Ti)、バナジウム(V)、またはそれらの任意の組み合わせから選択される。さらなる実施形態において、金属原子は、Ag、Au、Cu、Pt、またはそれらの任意の組み合わせから選択される。さらなる実施形態において、金属原子はAgである。
【0065】
本明細書に記載のAQCは、安定であり、すなわち、原子の数を保存し、したがって、その特性を時間の経過とともに保存し、その他の任意の化学化合物と同様に単離および操作が可能である。AQCは、外部の安定化剤を必要とせずに、数ヶ月、さらには数年にわたって保存可能である。
【0066】
AQCの混合物は、当技術分野で知られている様々な方法、例えば、参照により本明細書に組み込まれるEP1914196またはBuceta et al.2015に記載されている方法によって合成可能である。
【0067】
また、本明細書の実施例1に記載された方法を使用して、混合物を合成してもよい。より具体的には、参照電極としての水素電極と、対電極および作用電極としての2個の銀電極とを備える3電極電気化学セル内でこの合成方法を実施することを含んでなる銀AQCの合成方法であって、銀電極は、5cmより大きい表面積、例えば、10cmより大きい表面積、例えば、約17cmより大きい表面積を備え、4Vより大きい定電圧、例えば、約6Vより大きい定電圧を、約25℃で少なくとも3,000秒、例えば、約3,600秒かけて印加することを含んでなる合成方法を提供する。銀電極は、合成に先立って研磨されてもよく、例えば、サンドペーパーおよび/またはアルミナを使用して研磨されてもよい。本方法は、精製された脱気された水、例えば、脱気されたMilliQ水の中で実施されてもよい。場合により、過剰なAgイオンは、NaClの添加およびその後の沈殿および濾過によって除去されてもよい。
【0068】
本明細書で使用されるAQCへの言及は、水和物の形態のもの、すなわち、非共有結合を介してクラスターに結合した水分子を有するものを含む。
【0069】
組成物
本発明の一態様によれば、本明細書に記載されるような方法によって精製された組成物が提供され、この組成物は、3個より多いゼロ価の遷移金属原子からなるAQCを実質的に含まない。
【0070】
3個以下のゼロ価の遷移金属原子からなるAQCを含んでなる組成物の治療的用途の可能性が、本明細書に記載される。このような組成物は、それ自体では真核細胞に対する細胞毒性効果を有さないが、DNA作用性薬物と組み合わせた場合に驚くべき相乗効果を提供することが見出された。このメカニズムは、このサイズのクラスターに特有のものである。したがって、本出願は、組成物が3個以下のゼロ価の遷移金属原子を有するAQCのみからなるようにAQCを精製する動機を初めて提供する。小さいサイズのAQCを含んでなる組成物が以前に合成されているにもかかわらず、例えば、Buceta et al.2015を参照されたいが、これらの報告では、分析に先立って、AQCが精製されていないことを示している。したがって、これらの固有の特性は、より大きなクラスターを有するAQCの存在のために覆い隠されていた。本発明の組成物は、以前に記載された組成物よりも高純度の組成物を提供し、したがって、単独で投与した場合に真核細胞に対する細胞毒性効果を有さないという特徴的な特性を有する(例えば、実施例8を参照)。
【0071】
したがって、本発明の一態様によれば、3個以下のゼロ価の遷移金属原子からなる原子量子クラスター(AQC)を含んでなる組成物が提供され、この組成物は、3個より多いゼロ価の遷移金属原子からなるAQCを実質的に含まない。
【0072】
本発明のこの実施形態において、組成物は、3個より多いゼロ価の遷移金属原子からなるAQCを実質的に含まない。例えば、組成物は、約10モル%未満(組成物の全AQC含有量に基づくモル%)、例えば、約7モル%未満、約5モル%未満、約2モル%未満、約1モル%未満、または約0.5モル%未満の3個より多いゼロ価の遷移金属原子からなるAQCを含んでいてもよい。
【0073】
一実施形態において、組成物は、2個のゼロ価の遷移金属原子からなるAQCを実質的に含まない。本明細書に記載の方法によって示されるように、3個のゼロ価の遷移金属原子からなるAQCの単離は、例えば、DNAを分離媒体として使用して達成され得る。本明細書に記載された組成物は、精製された組成物と呼ばれることがある。
【0074】
本発明のこの実施形態において、組成物は、2個のゼロ価の遷移金属原子からなるAQCを実質的に含まない。例えば、組成物は、約10モル%未満(組成物の全AQC含有量に基づくモル%)、例えば、約7モル%未満、約5モル%未満、約2モル%未満、約1モル%未満、または約0.5モル%未満の2個のゼロ価の遷移金属原子からなるAQCを含んでいてもよい。
【0075】
3個より多いゼロ価の遷移金属原子および2価のゼロ価の遷移金属原子からなるAQCを実質的に含まない組成物(すなわち、組成物は、実質的に3個のゼロ価の遷移金属原子からなるAQCからなる)において、組成物は、約10モル%未満(組成物の全AQC含有量に基づくモル%)、例えば、約7モル%未満、約5モル%未満、約2モル%未満、約1モル%未満、または約0.5モル%未満の3個より多いゼロ価の遷移金属原子および2価のゼロ価の遷移金属原子からなるAQCを含んでもよい。
【0076】
「3個より多いゼロ価の遷移金属原子からなるAQCを実質的に含まない」と見なすことができる組成物の特性は、それ自体で投与された場合、すなわち、抗増殖剤の存在下ではなく、かつ/あるいは、より大きなクラスターを有するAQCが存在しない場合には、細胞毒性効果を有さないことである。この特性は、このような組成物を同定するために使用可能である。
【0077】
一実施形態において、組成物は、金属イオンを実質的に含まない。金属イオンは、AQCの合成中に頻繁に生じる副生成物である。これらは、例えば、NaClまたは本明細書に記載の精製方法を使用して除去可能である。金属イオンへの言及は、AQCに含まれる遷移金属のイオンに関するものであることが理解されるであろう。
【0078】
一実施形態において、組成物は、約20モル%未満、例えば、約15モル%未満、約10モル%未満、約5モル%未満、約2モル%未満、約1モル%未満、または約0.5モル%未満の金属イオン(すなわち、AQCを合成するために使用された遷移金属の遊離イオン)を含む。
【0079】
組成物の用途
本明細書で議論された新規な精製アプローチは、クロマチン、特に、ヒトの肺および乳腺の癌細胞株および膠芽腫細胞株、ならびに癌を有するマウスにおけるクロマチンに対する、これらのAQCの作用を調べるために、十分な量の3原子金属AQCを得ることを可能にした。
【0080】
DNAの標的化は、腫瘍細胞を比較的強力かつ選択的に破壊することが証明されている(Cheung-Ong et al. Chem. Biol. 2013, 20: 648およびGurova, Future Oncol. 2009, 5: 1685)。しかしながら、耐性メカニズムは、それらの有効性を妨げる。例えば、十分な量のシスプラチン(CDDP)がDNAに到達することができないことがある(Kelland, Nat. Rev. Cancer. 2007, 7: 573)。今回、CDDPとAg3-AQCとの併用投与は、DNAに結合するCDDPの量だけでなく、CDDPの細胞毒性も増加させることが判明した。Ag3-AQCが腫瘍組織と健康な組織との間に示す異なる効果を考慮すると、Ag3-AQCの併用投与は、化学療法の治療指標を増加させる。したがって、これらの結果は、化学療法薬の効果を増加させるためにクロマチンの凝縮を標的とすることの重要性を強調する(Davey et al. Nature Comm. 2017, 8, 1575およびPalermo et al. Chem. Med. Chem. 2016 11: 1199)。これらの知見は共に、ナノ材料の最も低いスケールでの精密なサイズ制御を提供することができる効率的な合成手順の開発にも依存する目標である、クラスターの治療可能性を立証する。
【0081】
したがって、本発明の一態様によれば、抗増殖剤と組み合わせて細胞増殖性障害の処置に使用するための本明細書に記載されるような組成物が提供される。
【0082】
本明細書に記載されるように、3個以下のゼロ価の遷移金属原子からなるAQCは、真核細胞において、それ自体の細胞増殖抑制特性または細胞毒性特性を有していない。これは、WO2012/059572およびEP2457572の教示(WO2012/059572およびEP2457572の実施例3および実施例4を参照)と矛盾しており、同文献にAg3として記載されている材料は、精製されたAg3ではなく、その他の生物学的に活性のあるコンタミネーション物質を含んでいるに違いないことを示している。しかしながら、3個のゼロ価の遷移金属原子からなる精製されたAQCを抗増殖剤、特にDNA結合剤と組み合わせて投与すると、驚くべき相乗効果がある。理論に拘束されるものではないが、この驚くべき相乗効果は、少なくとも部分的には、3個の原子からなるAQCによって示される独特の作用機序に起因すると考えられる。さらに、この効果は、増殖性細胞においてのみ増強されることが示されたため、増殖性障害の影響を受けた異常増殖する細胞を選択的に標的とすることができる。
【0083】
「細胞増殖性障害」への言及は、細胞の新たな異常増殖もたらす障害、または生理的制御のない異常な細胞の増殖を指す。これは、不定形の腫瘤、すなわち腫瘍をもたらし得る。一実施形態において、細胞増殖性障害は、腫瘍および/または癌である。
【0084】
癌には、以下のもの:脾臓癌、大腸癌および/または結腸癌、結腸癌、卵巣癌、卵巣癌、乳癌、子宮癌、肺癌、胃癌、食道癌、肝臓癌、膵臓癌、腎臓癌、膀胱癌、前立腺癌、精巣癌、骨癌、皮膚癌、肉腫、カポジ肉腫、脳腫瘍、筋肉腫、神経芽腫、リンパ腫および白血病、メラノーマ、神経膠腫、髄芽腫および頭頸部癌が含まれるが、これらに限定されない。一実施形態において、癌は、肺癌、乳癌、結腸癌または脳癌(特に膠芽腫)から選択される。さらなる実施形態において、癌は、脳癌、例えば、膠芽腫である。
【0085】
本発明の一態様によれば、場合により抗増殖剤と組み合わせて癌のリンパ節転移を予防に使用するための本明細書に記載の組成物が提供される。本発明の別の態様によれば、抗増殖剤と組み合わせて癌のリンパ節転移の処置に使用するための本明細書に記載の組成物が提供される。
【0086】
さらなる実施形態において、リンパ節は、縦隔リンパ節である。該縦隔リンパ節は、身体の胸腔内に位置するリンパ節群である。
【0087】
癌の転移を予防することは、続発性癌および再発を予防するために癌処置の要所である。本明細書に提示された結果に示されるように、Ag3-AQCの投与は、縦隔リンパ節における腫瘍量を減少させることができる。さらに、シスプラチンをAg3-AQCと一緒に投与することは、シスプラチン単独よりもリンパ節浸潤を減少させるのに有意に効果があった(実施例17および図21参照)。したがって、驚くべきことに、本発明の組成物は、癌のリンパ節転移を処置し、予防するという追加の有益な効果を有することが見出された。
【0088】
一実施形態において、抗増殖剤は、DNA結合剤、DNAインターカレート剤、アルキル化剤およびヌクレオシド類似体から選択される。抗増殖剤は、細胞の増殖、分裂増殖および増殖を阻害または抑制するように作用するものである。通常、急速に分裂する細胞、すなわち、細胞増殖性障害の影響を受ける細胞を殺すことによって作用する。
【0089】
DNA結合性の細胞障害性薬剤は、多くの癌の処置における第一選択である。化学療法の耐性の大きな要因は、不十分な量の薬剤がDNAに到達する可能性があることであり、クロマチンはDNAへのアクセス性を制限する大きな障壁である。これまでは、その他の関連する効果を伴わずにクロマチンに作用することができる薬剤がなかったことが主な理由で、化学療法のDNA結合剤の作用に影響を与えるクロマチンの凝縮の重要性を評価することができなかった。わずか3原子の荷電していない金属クラスターを使用して、本出願は、化学療法の治療指標を高めるためにクロマチンの凝縮を標的とすることの意義を示す証拠を提供する。
【0090】
一実施形態において、抗増殖剤は、DNA結合剤であり、例えば、シスプラチン、オキサリプラチン、カルボプラチン、カルムスチンまたはドキソルビシンである。さらなる実施形態において、抗増殖剤はシスプラチンである。別の実施形態において、抗増殖剤はシスプラチンではない。
【0091】
一実施形態において、抗増殖剤は、ヌクレオシド類似体、例えば、ゲムシタビンである。
【0092】
本発明の組成物は、複数の抗増殖剤、例えば、少なくとも1種、例えば、2種、3種、4種またはそれ以上の抗増殖剤と一緒に投与されてもよい。
【0093】
一実施形態において、組成物および抗増殖剤は同時投与される。この実施形態において、2種の薬剤は、同一の時にまたは実質的に同一の時に投与される。それらはまた、同一経路で、そして場合により、同一組成物中に含んで投与されてもよい。あるいは、それらは、異なる経路、すなわち、別個に、しかしながら、同一の時にまたは実質的に同一の時に投与されてもよい。
【0094】
別の実施形態において、組成物および抗増殖剤は、順次投与される。この実施形態において、2種の薬剤は、2種の薬剤のうちの1種が第2の薬剤の前に投与されるように、異なる時間に投与される。それらは、同一の経路で投与されてもよいし、異なる経路で投与されてもよい。
【0095】
一実施形態において、組成物は、抗増殖剤の前に投与される。理論に拘束されるものではないが、組成物中のAQCは、クロマチンの脱凝縮を誘発し、一度投与された抗増殖剤の効果を増大させると考えられる。したがって、薬剤が別個に投与される場合、抗増殖剤は、組成物がまだ有効である間に投与され、すなわち、組成物および抗増殖剤は、患者への投与時に相乗効果を発揮する時間枠内に投与される。
【0096】
さらなる実施形態において、組成物は、抗増殖剤を投与する前の約1、2、3、4、5、6、7、8、9、10、11、12、13、14、15、16、17、18、19、20、21、22、23または24時間以内に投与される。特定の実施形態において、組成物は、抗増殖剤を投与する前の約15、20、30もしくは45分以内、または約1、2、3、4、5、6、7、8、9、10、11、12、13、14、15、16、17、18、19、20、21、22、23もしくは24時間以内に投与される。
【0097】
一実施形態において、組成物は、抗増殖剤を投与する前の0~24時間、例えば、0~20時間、0~10時間、0~6時間、0~4時間、0~2時間または0~1時間に投与される。この実施形態には、同時(すなわち、0時間)投与および順次投与が含まれる。
【0098】
一実施形態において、組成物および抗増殖剤は、結果として得られる組成物が患者への投与時に相乗効果を発揮するような重量比で存在する。適切な重量比は、当業者に周知の方法によって決定可能である。
【0099】
本発明の一態様によれば、放射線療法と組み合わせて細胞増殖性障害、例えば、癌の処置に使用するための本明細書に記載の組成物が提供される。したがって、一実施形態において、3個より多いゼロ価の遷移金属原子からなるAQCを実質的に含まない3個以下のゼロ価の遷移金属原子からなるAQCを含んでなる本発明の組成物は、場合により抗増殖剤と組み合わせて、放射線療法と組み合わせて使用される。
【0100】
本明細書に記載されるように、本発明の組成物は、DNAにインターカレートし、クロマチンの脱凝縮をもたらす能力を有する。したがって、これを使用して、処置された細胞の放射線に対する感受性を増加させることにより、放射線療法の効果を向上させることができる。
【0101】
放射線療法(放射線治療とも呼ばれる)は、高線量の放射線を使用して、細胞のDNAを傷害し、その結果、癌細胞を死滅させ、腫瘍を退縮させる。このような療法は、外部からのビームの形態で行われることもあれば、内部放射線療法として行われることもある。放射線療法の選択は、癌の種類、腫瘍のサイズおよび腫瘍の位置に加えて、その他の要因、例えば、患者の年齢、一般的な健康状態および病歴、ならびに使用されるその他の癌処置の種類に依存し得る。
【0102】
一実施形態において、組成物および放射線療法が同時適用される。別の実施形態において、組成物および放射線療法は、順次適用される。
【0103】
一実施形態において、本発明の組成物は、障害の処置のための抗増殖剤または放射線療法単独の効果と比較して、抗増殖剤または放射線療法の効果を少なくとも2倍、例えば、3倍に向上させることができる。
【0104】
本発明の一態様によれば、本明細書に記載される組成物を含んでなる医薬組成物が提供される。医薬組成物は、抗増殖剤をさらに含んでいてもよい(例えば、それらが同時投与されることになる場合)。両方の薬剤が医薬組成物中に存在する場合、それらは、混合物の形態であってもよく、あるいは空間的に互いに分離された形態であってもよく、同一の剤形の一部を形成してもよく、あるいは構成要素のキット(kit of parts)としてもよい。
【0105】
組成物、および適切な場合にはその組み合わせは、薬学的に許容される賦形剤、希釈剤または担体を任意に含んでなる医薬組成物として調合されてもよい。薬学的に許容される担体の例は、水、生理食塩水、リン酸緩衝生理食塩水、ブドウ糖、グリセロール、エタノールなどおよびそれらの組み合わせの1種以上を含むことができる。適切な薬学的担体、賦形剤または希釈剤は、E. W. Martin著「Remington's Pharmaceutical Sciences」に記載されている。薬学的に許容される担体は、本発明の組成物の保存性または有効性を高める少量の補助物質、例えば、湿潤剤または乳化剤、防腐剤またはバッファーをさらに含んでいてもよい。医薬組成物はまた、抗付着剤、結合剤、コーティング剤、崩壊剤、香料、着色料、潤滑剤、吸着剤、防腐剤、甘味料、凍結乾燥賦形剤(凍結乾燥保護剤を含む)または圧縮補助剤を含んでいてもよい。
【0106】
本発明の医薬組成物は、複数の医薬的投与形態、例えば、固体(例えば、錠剤、丸薬、カプセル剤、顆粒剤など)または液体(例えば、溶液、懸濁液、シロップ、軟膏、クリーム、ゲルまたは乳剤など)で投与可能である。
【0107】
本発明の医薬組成物は、治療上有効な量を含んでなり得る。対象に投与可能な治療上有効な量(すなわち、処置されるべき障害の治癒または障害からの回復を補助する効果をもたらす量)は、複数の要因、例えば、疾患状態、個体の年齢、個体の性別および個体の体重、ならびに個体における所望の応答を引き出すための医薬組成物の能力に依存するであろう。治療上有効な量はまた、本発明の医薬組成物の任意の毒性または有害な効果が、治療上有益な効果を上回る量である。
【0108】
本発明の一態様によれば、抗増殖剤と組み合わせての使用であって、細胞増殖性障害の処置のための、本明細書に記載の組成物の使用が提供される。
【0109】
本発明の一態様によれば、抗増殖剤と組み合わせての使用であって、癌のリンパ節転移を処置するための、本明細書に記載の組成物の使用が提供される。本発明の別の態様によれば、場合により抗増殖剤と組み合わせての使用であって、癌のリンパ節転移を予防するための、本明細書に記載の組成物の使用が提供される。
【0110】
本発明の一態様によれば、放射線療法と組み合わせての使用であって、細胞増殖性障害の処置のための、本明細書に記載の組成物の使用が提供される。
【0111】
本発明の一態様によれば、細胞増殖性障害の処置のための医薬の製造における、本明細書に記載の組成物の使用が提供される。場合により、組成物は、抗増殖剤および/または放射線と組み合わせて使用することができる。
【0112】
処置法
本発明の一態様によれば、細胞増殖性障害を有する患者を処置する方法であって、抗増殖剤および/または放射線療法と組み合わせて本明細書に記載の組成物を投与することを含んでなる方法が提供される。組成物について本明細書に先に記載された実施形態は、該処置法に適用可能である(例えば、投与のタイミング、組成物の調合など)。
【0113】
本発明の一態様によれば、本明細書に記載の組成物を、任意に抗増殖剤および/または放射線療法と組み合わせて投与することを含んでなる、癌のリンパ節転移を予防する方法が提供される。本発明の別の態様によれば、本明細書に記載の組成物を、任意に抗増殖剤および/または放射線療法と組み合わせて投与することを含んでなる、癌のリンパ節転移を処置する方法が提供される。
【0114】
患者は、疾患に罹患している任意の対象であり得る。一実施形態において、患者は哺乳動物である。さらなる実施形態において、哺乳動物は、ヒトまたはマウスから選択される。
【0115】
一実施形態において、組成物(および場合により抗増殖剤を含んでなる組成物)は、任意の適切な送達様式、例えば、静脈内投与、動脈内投与、心臓内投与、皮内投与、皮下投与、経皮投与、腹腔内投与、筋肉内投与、経口投与、経口投与、舌側投与、舌下投与、頬内投与、直腸内投与され、あるいは浣腸によって投与される。
【0116】
局所適用も可能である(例えば、メラノーマの治療のため)。局所適用の特定の形態は、組成物(および任意に抗増殖剤)をキャリアシステム、特に薬物送達システムに導入し、該キャリアシステムを癌性組織に移植することからなり、該キャリアシステムは、次いで、該組成物(および任意に薬剤)を癌性組織の部位に特異的に放出する。このようにして、全身投与の場合に起こり得るような副作用を回避することが可能であり、すなわち、身体への全体的な負担を軽減することができる。
【0117】
キット
本発明の一態様によれば、AQCの混合物を精製する方法(すなわち、3個以下のゼロ価の遷移金属原子からなるAQCを単離するための方法)で使用するための、本明細書に記載の分離媒体を含んでなり、場合により、本明細書に記載の精製方法に従って該キットを使用するための使用説明書を含んでなるキットを提供する。
【0118】
本発明の一態様によれば、構成要素のキットであって、(i)組成物および(ii)抗増殖剤を含んでなるキットが提供される。成分(i)および(ii)の両方は、薬学的に許容されるアジュバント、希釈剤または担体との混和物であってもよい。本発明のこの態様に従ったキットは、細胞増殖性障害の処置に使用することができる。
【実施例
【0119】
次いで、本発明を以下の非限定的な例で例示する。
【0120】
略語
本明細書で使用されるすべての単位は、例えば、キロを意味する「k」、ミリを意味する「m」、マイクロを意味する「μ」およびナノを意味する「n」のような認識されている接頭辞を含む、当技術分野で知られているそれらの標準的な定義(別段の指定がない限り)で理解されるべきである。
【0121】
A549:ヒト肺腺癌細胞株
AFM:原子間力顕微鏡
Ag:銀
Ag2:2個の銀原子
Ag3:3個の銀原子
AgNO:硝酸銀
ANOVA:分散分析
AQC:原子量子クラスター
ATP:アデノシン三リン酸
Au:金
BCNU:カルムスチン
BSA:牛血清アルブミン
CBDCA:カルボプラチン
CD:円偏光二色性
CDDP:シスプラチン
CO:二酸化炭素
DFT:密度汎関数理論
DMSO:ジメチルスルホキシド
DNA:デオキシリボ核酸
DOX:ドキソルビシン
DTT:ジチオスレイトール
EAd:吸着エネルギー
EB:臭化エチジウム
EDTA:エチレンジアミン四酢酸
EdU:5-エチニル-2’-デオキシウリジン
EGTA:エチレングリコール-ビス(β-アミノエチルエーテル)-N,N,N’,N’-四酢酸
ESI:エレクトロスプレーイオン化質量分析法
ESI-TOF:エレクトロスプレーイオン化飛行時間型質量分析法
FBS:牛胎児血清
FDR:誤発見率
FITC:フルオレセインイソチオシアネート
FWHM:半値全幅
GAPDH:グリセルアルデヒド3リン酸デヒドロゲナーゼ
GEM:ジェムシタビン
:過酸化水素
HCl:塩酸塩
HEPES:4-(2-ヒドロキシエチル)-1-ピペラジンエタンスルホン酸
HOMO:最高被占軌道
HNO:硝酸
IC:阻害濃度
ICP-MS:誘導結合プラズマ質量分析法
IHC:免疫組織化学
IP:ヨウ化プロピジウム
ITC:等温滴定熱量計
KCl:塩化カリウム
KOH:水酸化カリウム
Luc:北米ホタルルシフェラーゼ遺伝子
LUMO:最低空軌道
MCF7:ヒト乳腺癌細胞株
MeSH:メチルチオール
MgCl:塩化マグネシウム
:窒素
NaF:フッ化ナトリウム
NHCl:塩化アンモニウム
:酸素
OXA:オキサリプラチン
PBS:リン酸緩衝生理食塩水
pH2AX:リン酸化ヒストンH2AX
PMSF:フェニルメタンスルホニルフルオライド
Pt:白金
qPCR:リアルタイムポリメラーゼ連鎖反応
RIN:RNA完全性数(RNA Integrity Number)
RLU:相対発光ユニット
RNA:リボ核酸
RT:室温
SDS:ドデシル硫酸ナトリウム
SDS-PAGE:ドデシル硫酸ナトリウム-ポリアクリルアミドゲル電気泳動
STORM:確率論的光学再構築顕微鏡
TAE:トリス/酢酸/EDTA緩衝液
TBE:トリス/ボレート/EDTA緩衝液
TE:トリス/EDTA緩衝液
Topo I:ヒトトポイソメラーゼI
Topo II:ヒトトポイソメラーゼII
Tris:トリス(ヒドロキシメチル)アミノメタン
U:酵素単位
U87:ヒト膠芽腫多形細胞株
UV-vis:紫外可視分光法
【0122】
材料および方法
別段の指定のない限り、すべての試薬は、シグマアルドリッチ社(スペイン)から購入した。銀シート(99%)は、Goodfellow Cambridge社(ハンティンドン、英国)から購入した。アルミナナノ粒子(平均サイズ≒50nm)および布パッドは、Buehler社(デュッセルドルフ、ドイツ)から購入した。
【0123】
サンドペーパー(1,000グリット)は、Wolfcraft Espana S.L(スペイン)から供給された。すべての水溶液を、ミリポア(Millipore Iberica S.A.、マドリッド、スペイン)製のDirect-Q8UVシステムを使用して、MilliQグレードの水で調製した。チオール基含有シリカ粒子(SiliaMetS(登録商標)チオール、40~63μm、60Å)は、Teknokroma Analitica S.A.社(バルセロナ、スペイン)から購入した。マイカシート(グレードV-1 Muscovite)は、SPI Supplies(ウェストチェスター、ペンシルベニア州、米国)から購入した。コアヒストンは、シグマアルドリッチ社から入手し、150mMの塩化ナトリウムを含むpH=7のリン酸緩衝液で希釈してストック溶液を調製した。UVランプおよびウルトラフィルター(VWR)を備えたPuranity TUシステム(VWR International Eurolab S.L.、バルセロナ、スペイン)からの二重脱イオン水で緩衝液を調製し、コンバインドガラス電極(combined glass electrode)と液体接触部として3M KCl溶液とを有するMetrohm(Metrohm AG、ヘリザウ、スイス)16 DMS Titrino pHメーターを使用して、pHを調製した。
【0124】
特性評価
紫外可視および蛍光分光法
UV-visおよび蛍光分光実験はいずれも、パス長1cmのヘルマ石英キュベット(Hellma GmbH & Co.KG.,ミュルヘイム、ドイツ)を使用して室温で実施された。UV-visスペクトルは、ダイオードアレイ検出器を備えたAnalytik Jena Specord S600分光計(Analytik Jena AG,イェーナ、ドイツ)を使用して記録し、蛍光スペクトルは、Cary Eclipse Varian蛍光計(Agilent Technologies Spain S.L.,マドリッド、スペイン)を使用して記録した。
【0125】
原子間力顕微鏡(AFM)
XE-100装置(パークシステムズ、水原、韓国)を非接触モードで使用して、通常雰囲気条件下でAFM測定を行った。AFMチップは、325kHzの共振周波数を有するパークシステムズ社製のアルミニウムコーティングシリコンACTAであった。AFMイメージングのために、Ag3-AQC希釈サンプルの一滴を劈開したばかりのマイカシート(グレードV-1 Muscovite)(パークシステムズ、水原、韓国)上に載置し、Milli-Q水で十分に洗浄し、窒素流下で乾燥させた。
【0126】
質量分析
負イオン化モードで動作するESIソースを装備したLTQ Orbitrap Discovery質量分析計(Thermo-Fisher Scientific,ウォルシャム、米国)を使用して、ESI質量スペクトルを取得した。ESI源の条件は、電源電圧-4.5kV、加熱キャピラリー温度275℃、キャピラリー電圧-35V、ならびにシースガスおよび補助ガス 5および2(N2、任意の単位)であった。フルスキャンMS解析のために、1スキャン/sのスキャン速度で100~2,000m/zの範囲でスペクトルを記録した。質量分解能を30,000FWHMに設定した。Orbitrap装置は、製造業者の使用説明書に従って校正液を使用して校正した。クラスターの検出のための最大感度を得るために、モニタリング実験を行った。溶液を、1mM NHClおよび0.1%ギ酸を含むアセトニトリル溶液と1対1で混合した後、セルに直接注入した。
【0127】
イオンメーター
事前に校正されたpH&イオンメーターGLP 22(Crison Instruments S.A.、バルセロナ、スペイン)を使用して、25℃の一定温度でサンプルに2:100の割合で安定化溶液(5M 硝酸ナトリウム)を添加することによって、イオン濃度を測定した。
【0128】
炎原子吸収分光法
クラスターサンプル中の全Ag含有量を、パーキンエルマー(マドリッド、スペイン)製のAg中空陰極ランプLumiaを備えたパーキンエルマー3110(電流10mA)を使用して行った炎原子吸収分光法によって分析した。
【0129】
細胞株
ヒト肺腺癌細胞株(A549)およびヒト乳腺癌細胞株(MCF7)は、DMSZ(ライプニッツDSMZ・ドイツ微生物細胞培養コレクション、ブラウンシュヴァイク、ドイツ)から入手した。CMVプロモーターから発現される北米ホタルルシフェラーゼ遺伝子の安定なトランスフェクションによるA549細胞由来のルシフェラーゼ発現細胞株(A549 Luc-C8 Bioware(登録商標)細胞株)は、Caliper LifeSciences(Caliper Life Sciences、ホプキントン、マサチューセッツ州、米国)から入手した。ヒト膠芽腫多形細胞株(U87-Luc)は、Vall d’Hebron Institut d’Oncologia(VHIO)(バルセロナ、スペイン)のJoan Seoane氏のご厚意により提供された。すべての細胞株は、単層として接着して増殖する。A549およびA549-Luc細胞株は、ダルベッコの改変イーグル培地(低グルコース、D6046、シグマ)で維持され、MCF7およびU87-Luc細胞株は、ダルベッコの改変イーグル培地(高グルコース)(D5671、シグマ)で維持された。培地には、10%牛胎児血清および1%(v/v)L-グルタミン、ペニシリンおよびストレプトマイシン(Gibco、Thermofisher)が補充された。改変細胞株の場合、培地にピューロマイシン(A549-Lucの場合は1.3μg/mL、ならびにU87-Lucの場合は5μg/mL)を添加して、安定的にトランスフェクトされた細胞を選択した。細胞を、5%CO、37℃の加湿インキュベーターでインキュベートし、100mmの培養ディッシュで約70~80%のコンフルエントになるまで増殖させた。サブカルチャーのために、培地を除去し、細胞をリン酸緩衝生理食塩水(PBS)で洗浄し、トリプシン/EDTA(Gibco)を使用して細胞剥離を誘導した。最後に、細胞を培養培地に懸濁し、1:5または1:10の比率で新しい培養ディッシュに継代した。必要に応じて、ノイバウェル血球計算板を使用して細胞を計数した。層流フード内の無菌条件下で、すべての手順を実施した。液体窒素気化温度で10%DMSO(シグマ、D2650)を補充した完全増殖培地で、すべての細胞株を凍結保存した。
【0130】
動物
8~12週齢で体重約20~25グラムの雌の胸腺欠損ヌードマウス(Janvier Laboratories、Le Genest-Saint-Isle、フランス)をin vivo試験に使用した。動物は、実験の少なくとも1週間前から順化させ、通気性のあるポリプロピレン製ケージに収容し、平均温度22℃で、毎日12時間の光および12時間の暗闇への曝露を行った。すべてのマウスは、食物および水の自由飲食で標準的な実験室の食事を受けた。実験は、サンティアゴデコンポステーラ大学生命倫理委員会の規則に従い、スペインの国内法(RD 53/2013)に従う実験動物ケアの原則に準拠して行われた。
【0131】
同所性肺癌モデル
縦隔リンパ節に転移する同所性肺癌モデルにおいて、Ag3-AQCの抗腫瘍効果を評価した。このモデルは、Cui et al. Cancer Res. Treat. 2006, 38: 234から適応されたBorrajo et al. J. Control. Release 2016, 238: 263に記載のプロトコルに従って開発された。PBS(50μL)中の1×10個の非小細胞性肺癌ルシフェラーゼ発現細胞(A549 Luc-C8 Bioware(登録商標)細胞株)の懸濁液を、胸腺欠損ヌードマウスの左肺に肋間腔を通して注射した。この手順の間、4%イソフルラン吸入を使用してマウスを麻酔した。腫瘍の成長を観察するために、イメージングの約5分前に、ルシフェリンを150mg/kg体重の用量で腹腔内に注射した。半定量的な方法で原発腫瘍の成長と癌細胞の伝播との両方のモニタリングを可能にしたIVIS(登録商標)リビングイメージ(登録商標)システム(Caliper LifeSciences、ホプキントン、マサチューセッツ州、米国)を使用して、ルシフェラーゼ生物発光を気化イソフラン麻酔下で画像化した。数日間(最大37日間)のin vivoイメージング後、マウスを屠殺し、ルシフェラーゼ活性を定量するために、タンパク質抽出物をさまざまな臓器から得た。簡潔に記載すると、組織ホモジナイザーを使用して、臓器をDIPバッファー(50mM pH 7.5、150mM NaCl、1mM EDTA、2.5mM EGTA、0.1% Tween-20、10mM β-グリセロリン酸塩、1mM オルトバナジン酸ナトリウム、0.1M PMSF、0.1M NaF、プロテアーゼインヒビターカクテル(シグマ))中でホモジナイズした。15分間の高速遠心分離後、ブラッドフォード比色法を使用して上清を定量し、Lumat BL 9507ルミノメーター(Berthold Technologies GmbH & Co.、バート・ヴィルトバート、ドイツ)を使用して発光を測定した。結果は、抽出されたタンパク質1μg当たりの相対発光ユニット(RLU)として表された。
【0132】
静止状態の誘導およびフローサイトメトリーの検証
細胞周期のG0/G1期で細胞を停止させるために、A549細胞を10% FBSを含む培地中で20,000細胞/ディッシュで播種した。24時間後、培地を0.05% FBSを補充した培地に交換し、細胞を72時間培養した。細胞を回収し、細胞周期プロファイルをフローサイトメトリーで分析し、G0/G1期(静止状態)の細胞の割合を評価した。細胞を70%エタノールで一晩固定し、PBSで2回洗浄し、0.5mLのヨウ化プロピジウム(0.1mg/mL)中で30分間、暗所でインキュベートした。InCyteプログラム(ミリポア、Merck Chemicals & Life Science S.A,マドリッド、スペイン)を使用するGuava EasyCyteフローサイトメーターを使用して、染色した細胞を分析した。一度の検証後、本研究における静止細胞(血清飢餓)によるすべての実験で、このプロトコルを使用した。
【0133】
クロマチンアクセシビリティアッセイ
A549細胞株と、A549細胞由来の同所性肺腫瘍を有するマウスからの組織とでAg3-AQC処理後のクロマチンアクセス性を測定した。まず、5×10個のA549細胞を60mm培養ディッシュに播種し、24時間後(増殖細胞)または72時間後(血清飢餓細胞)に無血清培地中でAg3-AQC(55.61ng/mL)で1時間処理した。次いで、培地を完全培地に交換し、細胞を3時間培養し、細胞をPBSで2回洗浄し、トリプシン処理し、遠心分離した。上清を除去し、細胞ペレットをPBSで洗浄し、溶解バッファーに懸濁した。A549細胞由来の同所性肺腫瘍を有するマウスに、Ag3-AQC(0.05mg/kg)を注射した。24時間後、動物を屠殺し、肺および腎臓を摘出した。Douneホモジナイザーを使用して、腫瘍(肺)および腎臓の小片(1~2mm)をホモジナイズし、溶解バッファーに懸濁した。この時点から、細胞および組織を同様に処理した。すなわち、クロマチンを単離し、EpiQuick(商標)クロマチンアクセシビリティアッセイキット(Epigentek、ファーミングデール、ニューヨーク、米国)を使用して、製造業者から提供された使用説明書に従ってヌクレアーゼミックスで処理した。次いで、DNAを単離し、リアルタイムPCRシステム(Applied Biosystems、Thermofisher、スペイン)およびGAPDH用の遺伝子特異的プライマー(Epigentek)を使用して増幅した。
【0134】
細胞サンプルおよびマウス臓器のDNA中の白金の定量
DNA結合白金をComenge et al. PLoS One 2012, 7: e47562に以前に記載されたように評価した。簡潔に記載すると、5×10個のA549、MCF7またはU87-luc細胞を、直径60mmのプレートに播種した。24時間後(または静止細胞の場合は72時間後)、細胞を、1)CDDP 50μMを完全培地中で6時間処理、2)Ag3-AQC(55.61ng/mL)を無血清培地中で1時間処理、または3)両方の処理の組み合わせ:Ag3-AQC(55.61ng/mL)を無血清培地中で1時間、次いで、完全培地中でCDDP 50μMで5時間処理した。処理後、細胞をPBSで2回洗浄し、トリプシン処理し、遠心分離した。上清を除去し、細胞ペレットを-20℃で一晩保存した。マウス臓器内の白金を定量する手順は以下の通りであった。腫瘍を有するヌードマウスに、1)100μLのCDDP(4mg/kg)または2)50μLのCDDP(4mg/kg)および50μLのAg3-AQC(0.05mg/kg)を注射した。24時間後、動物を屠殺し、臓器を摘出した。メスを使用して、腫瘍(肺)およびその他の臓器(心臓、肝臓、腎臓、脾臓、脳および骨髄)の小片(1~2mm)を分離した。この時点から、DNA抽出のための工程は、細胞および組織のサンプルと共通である。一晩凍結した後、細胞または組織のペレットを、300μLの溶解バッファー(150mM Tris pH 8;100mM EDTA pH 8;100mM NaCl;0.5% SDS)および10μLのProteinase K(20μg/μL)に懸濁した。細胞ペレット/組織を針で5回刺し、56℃のウォーターバスで細胞は2時間、組織は一晩インキュベートした。インキュベート後、3M 酢酸ナトリウムおよびフェノール/クロロホルム/イソアミルアルコール(0.1および1.0体積当量)を添加し、1分間穏やかにボルテックスした。サンプルを16,000×gで10分間遠心し、上清を回収した。DNAの沈殿のため、コールドエタノール10-10%を2倍体積添加し、懸濁液を16,000×gで4℃、10分間遠心した。遠心分離後、上清を捨て、ペレットに70%コールドエタノール1mLを加え、5秒間穏やかにボルテックスし、16,000×gで4℃、10分間遠心した。ペレットを室温で乾燥させ、0.1mLのTEバッファーに再懸濁した。ナノドロップ2000分光光度計(Thermofisher、スペイン)を使用してDNA濃度を測定した。次いで、SpeedVacを使用して、0.1mLのTEバッファーを除去し、0.2mLの65%HNOにDNAを再懸濁した。最後に、低流速ガラスマイクロミストネブライザーと、ペルチェ冷却(3℃)および石英トーチを備えたダブルパススプレーチャンバーとを備えたICP-MS BRUCKER 820-MS(Bruker Corp.,ビレリカ、マサチューセッツ、米国)を使用する質量分析によって、白金の量を決定した。
【0135】
細胞生存率
フローサイトメトリー測定
Guava ViaCount Reagent(ミリポア)を使用したフローサイトメトリーにより、細胞生存率を定量した。A549細胞(6×10)を12ウェルディッシュに播種し、24時間後(増殖細胞)または72時間後(静止細胞)に、1)Ag3-AQC(55.61ng/mL)を無血清培地中で1時間処理し、次いで、完全培地中で24時間処理した;2)Ag3-AQC(55.61ng/mL)を無血清培地中で1時間処理し、次いで、種々の薬剤(CDDP 50μM、OXA 50μM、CBDCA 100mM、GEM 100μM、BCNU 400μMまたはDOX 7.5μM)で24時間処理した;3)種々の薬剤(CDDP 50μM、OXA 50μM、CBDCA 100mM、GEM 100μM、BCNU 400μMまたはDOX 7.5μM)で24時間処理した;または4)Ag3-AQC(55.61ng/mL)を無血清培地で1時間処理し、無処理の完全培地で24時間、次いで、CCDP 50μMで24時間処理した。処理後、細胞を回収し、PBSで洗浄し、500μLのPBSに懸濁させた。染色サンプルを調製するために、細胞懸濁液を製造業者の使用説明書に従ってGuava ViaCount Reagent(ミリポア)と混合した。Guava ViaCountソフトウェアを使用してGuava EasyCyteフローサイトメーター(ミリポア)で、染色された細胞を分析した。
【0136】
発光アッセイ
5×10個のA549 Luc-C8細胞を96ウェルプレートに播種し、24時間後(増殖細胞)または72時間後(血清飢餓細胞)に、1)Ag3-AQC(55.61ng/mL)を無血清培地中で1時間処理し、完全培地中で24時間処理した;2)Ag3-AQC(55.61ng/mL)を無血清培地中で1時間処理し、異なる用量のCDDP(IC5:5μM、IC25:10μM、IC50:50μMおよびIC75:100μM)、OXA(IC5:2.5μM、IC25:12.5μM、IC50:50μMおよびIC75:200μM)またはCBDA(IC5:0.25μM、IC25:0.5μM、IC50:1mMおよびIC75:2mM)で24時間処理した;3)異なる用量のCDDP(IC5:5μM、IC25:10μM、IC50:50μMおよびIC75:100μM)、OXA(IC5:2.5μM、IC25:12.5μM、IC50:50μMおよびIC75:200μM)またはCBDCA(IC5:0.25μM、IC25:0.5μM、IC50:1mMおよびIC75:2mM)で24時間処理した。その後、処理物を除去し、20μLのリシスバッファー(プロメガ)をウェルに添加し、30分間振盪しながらインキュベートした。次いで、溶解物を1.5mLのチューブに移し、高速で15分間遠心した。上清を回収し、ブラッドフォード比色法を使用してタンパク質の量を定量し、Lumat BL 9507ルミノメーター(Berthold Technologies)を使用して発光を測定した。結果は、抽出されたタンパク質のμg当たりの相対発光ユニット(RLU)として表された。
【0137】
マイクロアレイ
A549(5×10)細胞を60mm培養ディッシュに播種した。24時間後、細胞を無血清培地中でAg3-AQC(41.5ng/mL)で1時間処理した。次いで、培地を除去し、完全培地と交換し、0時間、4時間または24時間培養した。これらの時点で、細胞を回収し、キットNucleoSpin ARN(マッハライ・ナーゲル、デューレン、ドイツ)を製造業者の使用説明書に従って使用して、それらのRNAを単離した。分光光度計(ナノドロップ2000)を使用して、RNA濃度を定量し、Agilent RNA 6000 Nano キットおよびAgilent 2100 Bioanalyzer(Agilent Technologies、サンタクララ、米国)を使用して、RNA完全性数(RIN)を測定して品質を評価した。RIN>7のサンプルのみを許容可能とした。使用まで-80℃でサンプルを保存した。Human Gene 2.1 ST Array(Affymetrix、サンタクララ、米国)を製造者の使用説明書に従って使用して、ヒトサンプルをハイブリダイズした。Expression ConsoleおよびTranscriptome Analysis Console(Affymetrix)を使用して、バックグラウンド補正、正規化、プローブサマライゼーションおよびデータ解析を行った。
【0138】
DNA損傷アッセイ
リン酸化されたH2AXの評価
Muslimovic, et al. Nat. Protoc. 2008, 3: 1187に記載されたように、リン酸化H2AX(pH2AX)の評価を行った。簡潔に記載すれば、A549細胞(4.5×10)を6ウェルディッシュに播種した。24時間後、細胞を無血清培地中でAg3-AQCおよびエトポシドで1時間処理した。細胞を回収し、コールドPBSで2回洗浄した。上清を捨て、ペレットを50μLの固定バッファー中で光から保護しながら5分間固定した。次いで、0.6μg/mLの抗pH2AX(ser139)FITCコンジュゲート(16-202A、ミリポア)を含むBlock-9バッファー150μLを添加し、光から保護しながら細胞を4℃で3時間インキュベートした。細胞をPBSで2回洗浄し、0.1mLのヨウ化プロピジウム(0.01mg/mL)で、暗所で一晩インキュベートした。InCyteプログラム(ミリポア)を使用してGuava EasyCyteフローサイトメーターで、染色された細胞を分析した。
【0139】
コメットアッセイ
A549細胞(5×10)を60mmプレートディッシュに播種し、24時間後に無血清培地で1時間Ag3-AQC(55.61ng/mL)または陽性対照であるH(100μM)で処理した。次いで、細胞をトリプシン処理によって回収し、氷冷PBS(Ca およびMg フリー)で一度洗浄した。次いで、細胞を氷冷PBS中に懸濁し(1×10細胞/mL)、製造業者(Trevigen,ゲイザースバーク、米国)から提供された使用説明書に従ってアルカリコメットアッセイを行った。オリンパスDP72カメラおよびCellSensイメージングソフトウェア(オリンパス、東京、日本)を搭載したオリンパスIX51顕微鏡を使用して、画像を取得した。
【0140】
DOX分析
核内DOX含有
蛍光顕微鏡を使用して、DOXの核内取り込みを判定した。A549細胞(5×10)を12ウェルプレートに播種した。24時間後、細胞を、1)DOX(7.5μM)で30分間処理した、あるいは、2)Ag3-AQC(55.61ng/mL)で30分間、次いで、DOX(7.5μM)でさらに30分間処理した。オリンパスDP72カメラおよびCellSens Imaging Softwareを搭載したオリンパスIX51顕微鏡を使用して画像を取得した。
【0141】
DOX蓄積のフローサイトメトリー測定
Ag3-AQCの存在下におけるDOXの細胞内取り込みを定量するために、A549細胞(5×10)を12ウェルプレートに播種した。24時間後、細胞を、1)DOX(7.5μM)で4時間処理した、あるいは、2)Ag3-AQC(55.61ng/mL)で30分間処理し、次いで、DOX(7.5μM)で4時間処理した。その後、細胞を回収し、コールドPBSで洗浄し、0.2%パラホルムアルデヒド(PFA)で5分間固定した。次いで、サンプルを、200μLのPBSに懸濁し、InCyteプログラムを使用してGuava EasyCyteフローサイトメーターで分析した。
【0142】
組織学的解析
マウスの肺を24時間、10%中性緩衝ホルマリンで固定し、パラフィンで包埋した。厚さ4mmの切片を、FLEX IHC顕微鏡スライド(Dako-Agilent、Glostrup、デンマーク)にマウントし、60℃のオーブンで1時間加熱した。免疫組織化学的手法は、AutostainerLink 48(Dako-Agilent)を使用して自動的に行った。EnVision FLEX抗原賦活液(高pH)中での脱パラフィン化およびエピトープ賦活化を97℃で20分間行った後、スライドをPT Link中で65℃まで冷却し、次いで、室温(RT)のDako洗浄バッファー中で5分間放置した。免疫染色のプロトコルには、(1)EnVision FLEXペルオキシダーゼブロッキング試薬(Dako-Agilent)で5分間;(2)すぐに使用できるFLEX一次抗体(Dako-Agilent)抗CK7(クローンOV-TL 12/30)で20分間;(3)EnVision FLEX/HRP(西洋ワサビペルオキシダーゼとアフィニティ単離されたヤギ抗マウス免疫グロブリンとを結合させたデキストランポリマー、および西洋ワサビペルオキシダーゼとアフィニティ単離されたヤギ抗ウサギ免疫グロブリンとを結合させたデキストランポリマー)で20分間;(4)基質作用溶液(ミックス)(3,3’-ジアミノベンジジン四塩酸クロモゲン溶液)(Dako-Agilent)を10分間;および(5)EnVision FLEXヘマトキシリン(Dako-Agilent)を9分間でのRTでのインキュベーションが含まれた。オリンパスDP70カメラを装備したオリンパスPROVIS AX70顕微鏡を使用して、切片を試験し、撮影した。
【0143】
統計解析
Mann-Whitney検定を適用して、CDDP処置に対するCDDPおよびAg3-AQC処置の生物学的分布および有効性試験における差を検討した。平均±標準偏差(SD)を各治療群について決定した。差は、p<0.05については有意であり、p<0.01については非常に有意であると見なした。STORM分析については、一方向ANOVAを使用して有意性を計算した。GraphPad Prism Version 5.0ソフトウェア(GraphPad Software, Inc.,La Jolla,米国)を使用して、すべての統計解析を実施した。
【0144】
ヒトトポイソメラーゼI(Topo I)リラクゼーションアッセイ
活性は、製造業者(Inspiralis,ノリッジ、英国)に従って、Human Topoisomerase I Relaxation Kitを使用して評価した。簡潔に記載すれば、以下の条件:35mM Tris-HCl(pH7.5)、24mM KCl、4mM MgCl2、2mM DTT、1.8mM スペルミジン、1mM ATP、6.5%(w/v)グリセロールおよび0.1mg/mL BSAの反応液30mL中でAg3-AQCとともに、弛緩したpBR322 DNAの0.5mgを室温で30分間プレインキュベートした。次いで、ヒトTopo Iを1U添加し、37℃で30分間インキュベーションを継続した。30mLのクロロホルム/イソアミルアルコールおよび6mLのローディングバッファーを添加して反応を停止させ、次いで、臭化エチジウムを含まないTAE(40mM Tris-acetate、2mM EDTA)バッファー中でアガロースゲル(1%:w/v)にロードした。
【0145】
ヒトトポイソメラーゼII(Topo II)デカテネーションアッセイ
ヒトトポII活性は、市販のキット(Inspiralis,ノリッジ、英国)を使用して評価した。簡潔に記載すれば、全反応液量30mLにおいて、40mM HEPES-KOH(pH7.6)、100mM グルタミン酸カリウム、10mM 酢酸マグネシウム、10mM DTT、1mM ATPおよび50mg/mL アルブミン中で、様々な濃度のAg3-AQCとともに、200ngのkDNAを室温で5分間プレインキュベートした。次いで、1UのTopo IIを添加し、37℃で30分間インキュベーションを継続した。30mLのクロロホルム/イソアミルアルコールおよび6mLのローディングバッファーを添加して反応を停止し、ボルテックスし、短時間(5~10秒ずつ)遠心し、次いで、TAE(40mM Tris-acetate、2mM EDTA)中でアガロースゲル(1%:w/v)にローディングした。
【0146】
実施例1:Ag3-AQC合成法
以前にBuceta et al., Angew. Chemie Int. Ed. 2015, 54: 7612で報告されている電気化学的な方法を新たに発展させた方法によってAg3-AQCを合成し、本試験で必要とされる多量のAg3-AQCを動物実験のために得ることができた。実質的な修正は、電極面積を7倍に増加させ、反応の電圧および時間を3倍に増加させることで構成された。これらの改良を行うために、以前に使用されていた白金の対極を銀電極に置き換えた。これは、Pt電極上でのHの発生により、高電圧の使用が不可能になり、それによって合成収率が低下するためである。さらに、Ptを対電極として使用すると、より複雑な洗浄プロセスを必要とし、より高価になるためである。Biologic VMP300ポテンショスタット(Seyssinet-Pariset、フランス)を使用して、合成を行った。水素電極を基準電極として、2枚のAg箔(表面積17.5cm)を対向電極および作業電極として備えるメトローム熱絶縁3電極電気化学セルを使用した。これらの電極は互いに向かい合っており、3cmの距離で離隔している。25℃で6Vの定電圧を3600秒間印加した。合成に先立ち、両方の銀電極をサンドペーパー、次いで、アルミナ(≒50nm)で研磨し、MilliQ水で徹底的に洗浄し、超音波処理した。
【0147】
実施例2:DNAを使用したAg3-AQC精製
小さなサイズの銀クラスターの水性分散液を実施例1に記載したように合成した。Agカチオンおよび小さなサイズ(10原子未満)のクラスターを含有するサンプルをDNA付加体の調製および透析手順のために使用した。AFMおよびUV-Visによる特性評価によって、サンプルが主にAg2およびAg3クラスターを含むことが示された。
【0148】
DNAおよびAg-AQCサンプルの水溶液を計算された量で混合し、次いで、室温で12時間の間、穏やかに攪拌することによって、インキュベーション混合物であるDNA/Ag-AQC(質量比1:1)を調製した。このステップの後、混合物を3.5KDa膜を有する透析カセットに移した。
【0149】
分離プロセスに沿って、3つの異なる透析手順が行われた。最初のステップでは、カセットをMilliQ水に24時間浸漬した。2回目の透析では、1回目の透析ステップ後に少量の不純物として存在する銀カチオンの痕跡を除去する目的で、より高いイオン強度の溶液(NaCl 1M)を使用した。
【0150】
3回目の透析の前に、DNA/Ag-AQCの混合物を96℃で8時間加熱し、DNAを変性させてインターカレートされているクラスターの分離を可能にし、すぐに0℃に冷却して再生を防止した。最後の透析は、MilliQ水で0℃24時間行った。
【0151】
次いで、分離効率を蛍光分光法で試験した。高い感度および簡便性から、透析抽出物の特性評価ツールとして蛍光分光法を選択した。最初の透析後に得られた結果を図22に示す。これによると、Ag2の存在に関連する300nmのバンドのみの存在を見ることができる。これは、同じ図のスキームで表されるように、最初のクラスターサンプルからAg2の効果的な分離を示している。後続の透析では、元のサンプルからAg2の完全な分離(最初の透析ステップ)を示す類いの証拠は示されていない。DNAの変性(96℃で8時間)後の最後の透析抽出は、図23に示されている。これによると、Ag3に起因する350nmの主要なバンドの存在を見ることができ、前の透析ステップの後でのAg3クラスターの分離を確認することができる。
【0152】
得られた結果は、Ag3クラスターがDNA鎖の間にインターカレートする傾向があることを示す以前の報告(Bucetaら2015)を裏付けるが、Ag2クラスターは、より緩く螺旋の外側に結合していることが考えられる。このことは、DNAに結合していないAg2が、最初の透析ステップで非常に容易に溶出する理由を説明している。
【0153】
この試験では、DNAに対する結合特性の差を利用して、たった1原子の違いだけであらかじめ形成された小さな裸のクラスターを分離する可能性があることを示した。この相互作用の高い特異性により、両種を含有するクラスターサンプル中のAg2およびAg3の選択的分離に効率的に利用することができる。さらに、開発された方法では、Ag3-AQCの精製(主に合成の副産物であるAgイオンからの精製)も可能である。
【0154】
実施例3:チオール化樹脂を使用したAg3-AQCの精製
合成後のサンプルからの(クラスター合成後に常に存在する)Agイオンの除去は、以前はNaClを添加することによって行われていた。しかしながら、この方法では、銀の析出物と一緒にかなりの数のクラスターが除去されてしまうため、効率が悪い。チオール化樹脂を使用して銀イオンを選択的に分離すると、精製ステップの結果が大幅に改善された(図1参照)。この新しい手順は、Agイオンとは対照的に、Ag3-AQCが予想外にチオールに結合しないという観察に基づいている。したがって、チオールに対する親和性において、クラスターとイオンとの間で大きな差が観察されたことに基づいて、市販のチオール官能性のシリカ粒子を使用して銀イオンを除去した。この方法はまた、予想外に、3原子よりも大きいAQCを除去することも見出された。したがって、この方法はまた、3つ以下のゼロ価の遷移金属原子からなるAQCを選択的に精製するためにも使用された。
【0155】
手順は、約1Lの合成反応液に400mgのチオール化シリカ粒子を添加することからなっていた。混合物を一晩撹拌し、次いで、シリカ粒子を分離した。イオン選択性電極を使用して、Agイオンの除去を確認し、様々な技術を使用して、最終サンプル中のAgクラスターの特性評価を実施した(Huseyinova et al., J. Phys. Chem. 2000, 104: 2630およびBuceta et al., 2015に以前に報告されているように、ならびに、本明細書に記載されているように)。ロータリーエバポレーター(Buchi Rotavapor R-210、圧力2mbar)(Masso Analitica S.A.、バルセロナ、スペイン)を使用して、精製されたサンプルを35℃で最終的に、炎原子吸収分光法によって決定される最終濃度約30mg/Lまで濃縮した。
【0156】
実施例4:Ag3-AQC特性評価
クラスターサンプルは、UV-Visおよび蛍光分光法、AFMならびにESI-TOF質量分析によって特性評価された。サンプルの分光学的特性は、Lin et al. ACS Nano 2009, 3: 395においてAg3-AQCについて以前に報告されたものと非常によく一致している。図2は、Ag3-AQCの水分散体のUV-Visスペクトルを示している。Agプラズモンバンド(約400nm)の不存在は、量子サイズ閉じ込めに起因する自由電子の不存在を示し、これはクラスターにおいて観察されている(Philip et al. Nano Lett. 2012, 12: 4661を参照)。Buceta et al. 2015において以前に報告された裸のAg3-AQCサンプルのUV-Visと比較すると、この新規合成法で得られたAg3-AQC濃度の増加に起因して、250nm~300nmの吸収強度の増加が明確に見られる。量子サイズ閉じ込めにより、フェルミ準位でのエネルギー準位の分裂と、バンドギャップの出現とが起こり、このバンドギャップはクラスターサイズが小さくなるにつれて大きくなる。このバンドギャップは、その他のクラスターについて以前に行われたように(Huseyinova et al., J. Phys. Chem. 2016, 120: 15902、Attia et al., J. Am. Chem. Soc. 2014, 136: 1182およびBuceta et al., 2015を参照)、蛍光発光を測定することによって決定することができる。図3は、Ag3-AQCが、305nm付近で唯一の発光ピークを提示していることを示しており、これは、Huseyinova et al., 2000において以前に得られた結果と非常に一致している。このバンドは、ジュリウムモデルの近似を使用して、2個または3個の原子のみを含むクラスターに関連付けることができる。任意の励起波長に対して単一のピークのみが存在することは、サンプルの高い単分散性を示しており(そのような高濃度のクラスターであっても)、本研究で開発された合成および精製方法の高効率性を裏付けている。
【0157】
ESI質量分析法は非常にソフトなイオン化を利用し、これにより、フラグメント化を避けることができ、小さな金属クラスターの特性評価に理想的であるため(Lu & Chen, Anal. Chem. 2015, 87: 10659およびGonzalez et al., Nanoscale 2012, 4: 7632を参照)、ESI質量分析法を使用した。4つのピークがネガティブモードで得られ、それらの決定は、Agの同位体分布によって促進される:m/z = 266.8 (Ag2-AQC)、m/z = 440.76, m/z = 498.65およびm/z = 556.61 (Ag3-AQC)。図4では、理論的なシミュレーションと同位体分布との一致を見ることができ、また、以前の公開文献(例えば、Buceta et al., 2015のsupporting informationの図2)とも一致を見ることができる。したがって、結果は、以前の特性評価方法と非常によい一致を示し、Ag2-AQCおよびAg3-AQCのみの存在を示している。
【0158】
追加の特性評価を非接触AFMによって行った。この目的のために、低濃度のサンプルをマイカ上に載置した(平均二乗粗さ約150pm)。図5は、2Dサイズクラスターに対応する約300pmの高い島を示し、したがって、理論モデルから予測されるように、約7~10原子よりも小さい原子数のクラスターの存在を確認した(Lee et al., J. Phys. Chem. 2003, 107: 9994を参照)。これはまた、残りの特性評価技術の結果とも、Buceta et al., 2015に以前に報告されたAg AFM試験とも一致している。
【0159】
実施例5:DNAとのAg2-AQCの非反応性
Ag2-AQCはサンプル中に存在するが、それらの存在は報告された結果に影響を与えない。以前の公開文献では、DNA-Ag2複合体の形成のための実験的証拠も、DNAの歪みも、これらの種で検出することができなかった(Buceta et al., 2015, page 7725、右欄参照)。さらに、理論上の計算では、インターカレート相互作用を示すAg3-AQCとは対照的に、Ag2-AQCはDNAにインターカレートしないことを明確に示している。さらに、Ag2-AQCは、電子的に閉じたシェル構造(1S2)を有しているはずであり、これは非常に安定で非反応的な挙動を示している(Akola et al., Proc. Natl. Acad. Sci. 2008,105: 9157参照)。この事実は、このようなクラスターに期待される大きなバンドギャップ(約4.3eV)と、対応するHOMOレベル(+2.8V vs RHE)およびLUMOレベル(-1.5V vs RHE)の位置とともに(図6参照)、Ag2-AQCはほとんど非反応性であることを示している。
【0160】
実施例6:OおよびMeSHとのAg3-AQCの相互作用
密度汎関数理論(DFT)の計算
実施例3で観察された、Ag3-AQCがチオールに結合しないという予想外の結果を理解するために、Ag3-AQC上に吸着した酸素の存在を示すDFT計算を実施した。
【0161】
吸着された酸素分子の存在下での吸着エネルギーを計算するために、Ag3-AQC上に吸着され得る最大量の酸素を決定するために、一連のDFT計算を予備的に実行した。例えば、Ag3-AQC上の3個の酸素分子の吸着とみなした場合(図7)、見出された3個の最も低いエネルギーの異性体は、その他の可能なAg-O結合様式と比較して、1,2ブリッジング(1,2 bridging)が最も安定した構造を生成することを示している。Ag3-AQCの周囲への3個より多い酸素分子の存在は、常に、追加の酸素分子が、緩く吸着されているだけの、例えば、Ag3-AQC平面の上および下に緩く吸着されているだけの構造を生成する。これは、例えば、5個、7個および9個の酸素分子とAg3-AQCとの相互作用について見出された最も低いエネルギーの異性体によって示されている(図8)。結果として、水溶液中および好気性条件下でのAg3-AQCへのメチルチオール(MeSH)の吸着を模倣するための適切なモデルは、3個のO分子が1,2ブリッジ位置(1,2-bridge position)において吸着され、2個のO分子がAg3-AQC平面の下および上に緩く相互作用している図8の左の構造であった。このモデルを基に、Ag原子の1個にMeSHを結合させて、酸素存在下での吸着を模倣した。最適化された構造では、Ag3-AQCクラスター上のMeSHの吸着エネルギー(EAd)は以下の式:
【数1】
によって決定された。図1の挿入図に示すようなエネルギー最小構造を見出したが、吸着エネルギーが正であり、安定系ではないことを示している。構造については、3個の酸素分子のそれぞれが2個のAg原子にブリッジされたままであり、MeSHおよび残りの2個の酸素分子はクラスターと緩く相互作用している。この結果は、チオール誘導体がAg3-AQCに結合しないという経験的観測を説明することができる。より大きなクラスター(Ag(n)-AQC、n>3からn=9)に対して同様の計算を行ったところ、Ag3-AQCとは逆に、チオール誘導体の吸着が有利であることがわかった。
【0162】
計算の詳細
水溶液中かつ酸素分子存在下でのAg3-AQCとチオールとの結合を模倣するために、B3LYP関数を使用してDFT計算を行った。小さなAuクラスターを含む系について最近報告されているように(Corma et al., Nat. Chem. 2013, 5: 775)、6-31G(d,p)基底関数をO、S、CおよびH原子に使用し、Lanl2dz基底関数をAg原子に使用した。「導体様分極連続体モデル(“conductor-like polarized continuum model)」(Barone & Cossi, J. Phys. Chem. 1998, 102: 1995)を使用して、考慮された系のジオメトリ(geometry)を黙示的な水溶媒の存在下で完全に最適化した。調和近似内で振動数の計算を実行して、最適化されたジオメトリがポテンシャルエネルギー面の最小値を表すことを確認した。
【0163】
実施例7:組換えヒトトポイソメラーゼのAg3-AQC阻害
DNAの巻き戻しと、それに続く二重らせんの伸長とに対するAg3-AQCの効果は非常に強い(Buceta et al., 2015)。DNAの形態上の変容の結果として、Ag3-AQCは、DNA配列特異的結合タンパク質のDNAへの結合と、DNA形態依存性の結合タンパク質、例えば、細菌のトポイソメラーゼIVおよびDNAジャイレースのDNAへの結合を阻害する(Neissa et al. Chem. Sci. 2015, 6: 6717)。現在、ヒトトポイソメラーゼの阻害剤は、抗がん剤として使用されている(Pommier et al. Chem. Biol. 2010, 17: 421)。したがって、Ag3-AQCがヒト組換えトポイソメラーゼIおよびIIにも影響を与えるか否かを試験した。図9に示すように、ヒトTopo Iリラクゼーションin vitroアッセイおよびヒトTopo IIデカテネーションin vitroアッセイは、これが当てはまることを実証した。
【0164】
実施例8:単一ヌクレオソームの不安定化におけるAg3-AQCの作用
予想外に、Ag3-AQCは、A549ヒト肺腺癌細胞に投与した場合、細胞毒性を示さなかった(例えば、図15c-eを参照のこと)。真核生物のDNAは、クロマチンに凝縮されており、DNA結合因子によって克服されなければならない物理的障壁を提示する(Skene et al. Elife 2014, 3: e02042)。したがって、クロマチンが真核細胞におけるAg3-AQCの効果に影響を与え得るか否かを検討した。
【0165】
ヌクレオソームはクロマチンの基本単位である(Kornberg & Lorch, Cell 2016, 98: 285)。ヌクレオソームアセンブリ(nucleosome assembly)は、DNA分子内のねじれに依存する。DNAのねじれを変更するドキソルビシン(DOX)は、ヌクレオソームに影響を与える(Yang et al. Curr. Biol. 2013, 23: 782およびPang et al. Nat. Commun. 2013, 4: 1908)。そこで、DOXをモデルとして、Ag3-AQCがヌクレオソームアセンブリに影響を与えるか否かを試験した。DOXと同様に、Ag3-AQCは単一ヌクレオソームの調製物を解離させるのに十分であった(図10)。
【0166】
in vitroでの単一ヌクレオソーム調製物に対するAg3-AQCの効果の試験は、Pang et al. 2013に基づいていた。単一ヌクレオソームの調製物をAg3-AQCに曝露し、電気泳動により分析した。
【0167】
in vitroでの単一ヌクレオソームアセンブリ
エピマークヌクレオソームアセンブリキット(New England Biolabs,Ipswich、米国)を使用して、製造者からの低濃度アセンブリプロトコルに従って単一ヌクレオソームの調製物を得た。
【0168】
ゲルシフトアッセイ
ゲルシフトアッセイ用に、TBEバッファーを使用して5%非変性ポリアクリルアミドゲルを調製した。100Vで1時間のプレラン後、ヌクレオソームを含む反応液をDNAローディングバッファーと混合し、100Vで2時間電気泳動を行った。ゲルを臭化エチジウムで染色し、DNAを可視化して、Gel Doc XR system (バイオラッド)でシグナルを捕捉した。ヒストンを検出するために、次いで、PlusOne銀染色キット(GE Healthcare Europe GmbH、バルセロナ、スペイン)を使用して、ゲルを銀で染色した。
【0169】
データ分析
ヌクレオソームは、ネイティブゲル上の遊離DNAよりもゆっくり移動し、DNAの臭化エチジウム染色(図10a、左、上のパネル)またはヒストンの銀染色(図10a、左、下のパネル)のいずれかによって検出された。同一のサンプルをSDS-PAGEに続く銀染色によって分析したところ、すべての場合に等量のヒストンがロードされていることが示された(図10a、右パネル)。ヌクレオソームを解離させるドキソルビシン(DOX)と、影響を及ぼさないエトポシドとを対照として使用した(Banerjee et al. FEBS Open Bio 2014, 4: 251)。Ag3-AQCはヌクレオソームを解離させるのに十分であった(図10a)。さらに、ヌクレオソームの安定性に対するAg3-AQCの効果は用量依存的である(図10b)。
【0170】
実施例9:コアヒストンオクタマ-とAg3-AQCとの相互作用
実施例8に引き続き、ヒストンオクタマーとAg3-AQCとの反応を蛍光測定および円偏光二色性測定により試験した(図11、12)。これらの試験から、Ag3-AQCは、ヒストンオクタマーの二次構造を変化させ、その解離を引き起こすことによりヒストンオクタマーに作用することが示された。したがって、Ag3-AQCはin vitroモデルにおいてヌクレオソームアセンブリに作用すると結論づけられた。
【0171】
円偏光二色性(CD)滴定
1.0cmのパス長のセルを使用して、MOS-450 Bio-Logic dichrograph(Seyssinet-Pariset、フランス)でCDスペクトルを測定した。コアヒストン溶液(26.7μM)を含むセルへのAg3-AQCの添加量を増加させることによって、CD滴定を25℃で実施した。
【0172】
蛍光滴定
λexc=278nmおよびλem=500nmにおいて、FLS980フォトルミネッセンス分光計(エジンバラ研究所、リビングストン、英国)で蛍光スペクトルを測定した。Ag3-AQCをマイクロ量で増加させながら、13.4μMコアヒストン溶液を含むセルに直接添加した。
【0173】
速度論的試験および熱力学的試験
pH7.0におけるリン酸緩衝媒体中での蛍光測定および円偏光二色性(CD)測定によって、コアヒストンオクタマ-とAg3-AQCとの間の反応を試験した。図11aは、13.4μMのヒストン(H)溶液にAg3-AQCを添加することによって測定された蛍光スペクトル曲線を示す。すなわち、式1:
【数2】
に従ってAg3-AQC/H複合体の形成に起因する消光効果が観察される。図11bは、測定された等温滴定曲線の減少を示しており、濃度比CAg3-AQC/C=0.09に対応する0.8μMのAg3-AQC含有量で飽和に達する。ヒストンへのAg3-AQCのこの高い親和性はまた、等温線のデータ対に式2:
【数3】
をフィッティングすることによって得られる大きな平衡定数、K=(2.4±0.4)×10-1によっても反映されている。蛍光の結果は、測定されたCDスペクトルによって補強された。図12aは、Ag3-AQC添加の結果としてのコアヒストンのモル楕円度の減少を示す。クラスターは、CDの効果を表さなかった。220nmで観察された挙動の分析(図12b)によって、Ag3-AQC/H複合体の形成を説明する等温線が得られる。ΔFをΔ[θ]に置き換え、ΔφをΔθに置き換えて、データ対を式2で分析した。得られた値、K=(7.5±2.1)×10-1は、蛍光測定から得られた値よりもやや低いだけである。ΔFおよびΔ[θ]は、それぞれ、滴定中の蛍光およびモル円偏光二色性の変化を表す。ΔF=F-φおよびφ=F/Cであり、ここで、Fは純ヒストン溶液の蛍光を表す。Δφ=φAg3/H-φの最初の推定値は、滴定曲線の振幅から得られる。ΔφおよびKの最終値は、反復手順によって得られた。同様の手順を、Δ[θ]=[θ]-θ(ここで、[θ]=3298.2(ε-ε)(deg×cm×mol-1)であり、εおよびεは、それぞれ左円偏光および右円偏光の吸光度であり;θ=[θ]/Cであり、[θ]は純ヒストン溶液の[θ]の値であり;およびΔθ=θAg3/H-θである)にも適用した。
【0174】
この結果は、Ag3-AQCが二重の挙動:一方ではDNAにインターカレートし、他方ではヒストンと相互作用することを示すことを明らかにしている。この特徴は、低分子を扱う場合には非常にまれである。古典的に認識されているインターカレーターである臭化エチジウム(EB)およびヨウ化プロピジウム(IP)と、Ag3-AQCとを比較することは興味深いものであった(Banerjee et al. 2014)。Ag3-AQCとEBとの比較は、両方の種が近い親和定数、KEB/DNA=(1.4±0.4)×10-1およびKAg3-AQC/DNA=(7.9±0.7)×10-1(それぞれMeyer-Almes & Porschke, Biochemistry 1993, 32: 4246およびBuceta et al., 2015を参照)でDNAにインターカレートすることを強調する。ここで、2つの定数は、ストップトフロー測定によって同様の条件で得られている。ITCおよび蛍光測定によってモニターされたヒストンとの相互作用について、これらは、EB/オクタマーおよびIP/オクタマー複合体の25℃での形成定数を計算し、KEB/オクタマー=1.9×10-1およびKIP/オクタマー=1.4×10-1であり、低イオン強度および高イオン強度に対する値の間に無視できるほどの差しかなかった。これらの定数は、Ag3-AQC/オクタマー系の定数よりも2桁低い値であり、オクタマーとの相互作用は異なる性質を有している可能性があることを示している。
【0175】
Ag3-AQCと同様に、オクタマーによって示される蛍光は、EBおよびIPの添加時に消光された。しかしながら、オクタマーへのEBの添加によっては(IPでは示されていない)、EBがヒストンに関して12倍過剰である条件、すなわち、CEB/C=12であっても、オクタマーのCDスペクトルは変化しない。このような挙動は、EBは、ヒストンタンパク質オクタマーの二次構造の乱れを引き起こさないという事実に起因していた。図12aは、ごく少量のAg3-AQCの添加(CAg3-AQC/C≒0.02で飽和に達した)によって引き起こされるヒストンのCDスペクトル曲線の強い変化を明らかにした。これは、オクタマー上のAg3-AQCの効果が非常に大きいことを示している。EBと比較すると、おそらくAg3-AQCと形成されるフラグメントとの高い親和性のために、Ag3-AQCはオクタマーの二次構造を変化させ、解離させることにより、ヒストンのコアに影響を与えていることを推論することができる。
【0176】
実施例10:クロマチン構造におけるAg3-AQCの効果のイメージング
実施例8および9で示された結果が真核細胞に対して同様の効果を有するか否かを調べるために、A549増殖細胞の無傷の核に対する超解像STORM(確率論的光学再構築顕微鏡)を、A549でのクロマチン構造におけるAg3-AQCの効果を直接可視化するために実施した。連続した画像セットに対してナノメートル精度で別個の蛍光体の位置をローカライズすることにより、STORMは、約20nmの有効分解能を提供することができる(Rust et al. Nat. Methods 2006, 3: 793)。この手法を使用して、いくつかの研究グループは、単一細胞レベルでのクロマチンの複雑性および組織化を可視化してきた(Zessin et al. J. Struct. Biol. 2012, 177: 344; Ricci et al. Cell 2015, 160: 1145; Lakadamyali & Cosma, FEBS Lett. 2015, 589: 3023;およびBoettiger et al. HHS Public Access 2016, 529: 418)。EdU-AF6472で標識された新たに複製されたDNA(図13a)を、Ag3-AQCの存在下および非存在下、ならびにブランクとして遊離銀カチオン(AgNO)の存在下で可視化した(図13b-d)。STORM画像は、Ag3-AQC添加時のクロマチン凝縮の顕著な変化を示している。コントロール細胞のクロマチンは高度に凝縮された領域(灰色の斑点)に含まれている(図13b)のに対し、Ag3-AQCの添加は、これらの領域の大規模な脱凝縮につながる(図13c)。複数の細胞に対するSTORM画像の定量は、クロマチンの脱凝縮と一致して、クロマチンが核領域のより大きな割合を占めていること(図13e)、クロマチン密度がAg3-AQC処理の結果として減少すること(図13f)を示している。銀カチオンを使用したブランクは、クロマチン凝縮に影響を与えなかったため、これらの差は、Ag3-AQC処理に特異的であった(図13d-f)。
【0177】
STORMイメージングサンプルの調製
1.5×10A549細胞を8ウェルLab-tekカバーガラスチャンバー(Nunc)に播種し、24時間後に0.8mMヒドロキシウレア(H-8627、シグマ)を培養培地に添加してS期に同期させた。一晩培養した後、細胞を無血清培地で2回洗浄し、無血清培地中でAg3-AQC(55.61ng/mL)またはAgNO(5μM)とともに30分間インキュベートした。培地を除去し、EdU(20μM)を含む完全培地に交換し、2時間培養した。次いで、細胞を固定し、20℃で10分間メタノール-アセトン(1:1)溶液で透過処理し、室温で1時間ブロッキング(3%BSA+0.01% Triton X-100)した。最後に、細胞をPBSで3回洗浄し、製造業者(Click-iT(登録商標) EdU Alexa Fluor(登録商標) 488 Imaging Kit、Thermo Fisher Scientific)が提供する使用説明書に従って、Alexa Fluor 647で染色した。
【0178】
STORMイメージング
クロマチンは、Nikon Instruments製の市販の顕微鏡システム(NSTORM)を使用してイメージングした。まず、最大出力密度で647nmレーザー光を15分間使用して、EdUに結合しているAlexaFluor647分子の大部分を暗状態にした。次いで、連続的な647nmのレーザー励起を使用して直接AlexaFluor647を励起し、50,000フレームの画像シーケンスを取得し、同時に405nmのレーザー光(5%、30μW)を使用して蛍光状態に染料を再活性化した(dSTORM)。イメージングは、先に記載したイメージングバッファー(システアミンMEA[シグマアルドリッチ、#30070-50G]、Gox溶液:0.5mg/mLグルコースオキシダーゼ、40mg/mLカタラーゼ[すべてシグマ]、10%グルコースのPBS溶液)を使用して行った(Bates et al. Science 2007, 317: 1749を参照)。従来の顕微鏡およびSTORM超解像の両方を使用して、蛍光EdUを含む核の代表的な画像を撮影した。従来の顕微鏡画像において(図13a)、正方形は、STORMイメージングのズームイン画像のサイズと典型的な位置とを表す。再構築されたSTORM画像において、マゼンタのスポットは、単一のx-y局在を表し、暗領域は、クロマチンのない領域に対応している。すべての画像は、図13aの黄色の四角で示されるように、典型的には核の約1/3を表すサイズである50μmであり、クロマチンアクセス性における差の信頼性の高い視覚的な測定を可能にする同数の局在が含まれている。
【0179】
データ解析
STORM画像は、Bates et al. 2007に以前に記載されているように分析し、レンダリングされた。簡単に記載すると、単一分子画像内のスポットを、閾値に基づいて特定し、Gaussianにフィッティングさせてxおよびyの位置を特定した。すべての50,000フレームにわたってこのアプローチを適用すると、すべての蛍光色素分子のローカライズされた位置に対応するx-y座標のリストからなる生のSTORMデータを得ることができる。x-y座標から再構築された画像を、ドリフト補正後、Insight3を使用して表示した。
【0180】
EdUのラベリング密度が非常に高かったため、最終的な再構築画像で使用するフレーム数を変化させることによって、すべての画像を核のμm当たり同数の局在に大まかに正規化した。次いで、再構築画像の非ゼロピクセルの割合をImageJで計算し、EdUによってカバーされた核領域の割合も計算した。クロマチンでカバーされた領域局在の数(記録された各核について同じ)を除算することによって、μm当たりのクロマチン密度を抽出した。
【0181】
実施例11:クロマチンアクセシビリティアッセイを使用したAg3-AQCの効果の検討
ハウスキーピング遺伝子GAPDHの領域にわたるリアルタイムPCR(qPCR)アッセイ(Rao et al. J. Immunol. 2001, 167: 4494)と組み合わせたヌクレアーゼ過感受性アプローチ(nuclease-hypersensitive approach)(Gross & Garrard, Annu. Rev. Biochem. 1988, 57: 159)を使用して、Ag3-AQCが細胞においてだけでなく多細胞生物においても効果を有するか否かをさらに検討した。ヌクレオソームの存在は、外因性ヌクレアーゼに対するDNAのアクセス性に基づいて特定することができる(Kornberg & Lorch 2016)。ヌクレオソームによって保護されたDNAは、外因性ヌクレアーゼにアクセスすることができず、その後のqPCR増幅に利用可能となり、消化されたサンプルと消化されていないサンプルとの間の閾値サイクル(Ct)のシフトは有意性がない。Ctは、qPCR反応における標的の濃度の相対的な尺度である。対照的に、ヌクレオソーム外のDNAはヌクレアーゼにアクセス可能で、消化の影響を受けやすく、このDNAはqPCRには利用できなくなり、消化されたサンプルと消化されていないサンプルとの間でCtが大きくシフトする。採用した実験的アプローチの模式図は、図14aに概説されている。A549増殖細胞において、外部のヌクレアーゼに対するクロマチンアクセス性が上昇していることが示された。これは、処理細胞と未処理細胞との間のCtシフトによって示されている(図14b)。Ag3-AQC処理した細胞および対照細胞からのヌクレアーゼ消化対非消化DNAサンプルの間のCtの差(ΔCt)も評価した。サンプルが消化されていない場合、Ag3-AQC処理細胞および対照細胞は同様のCt値を有し;消化後のAg3-AQC処理細胞は有意に高いCt値を有し、ΔCtを増加させ(図14b)、Ag3-AQCがクロマチンの脱凝縮を誘導し、ヌクレアーゼ消化を促進するという見解を支持した。さらに、ヌクレアーゼ過感受性アプローチおよびSTORM画像からは、ヌクレアーゼ過感受性アプローチがクロマチン構造を研究するための有効な方法であることを裏付ける結果が得られた。
【0182】
DNA複製時にはゲノム全体のクロマチン構造が変化するため(Groth et al. Cell 2007, 128: 721)、Ag3-AQCの効果が複製に影響されるか否かを試験した。そのために、72時間血清を欠乏させて、細胞周期のS期の前で停止させた細胞で実験を繰り返した。特筆すべきことに、Ag3-AQC処理細胞と非処理細胞との間に見られた差はなくなり(図14c)、クロマチンアクセス性についてのAg3-AQC媒介性の上昇が増殖細胞に限定されていることを示している(より詳細な議論については、実施例13を参照)。
【0183】
マウスにおけるAg3-AQCの作用を調べるために、活発に増殖している細胞がAg3-AQC処理後にクロマチンアクセス性の上昇を示した場合、Ag3-AQCは、細胞がほとんど静止している正常組織よりも腫瘍においてより活性であると推論された。その可能性を試験するために、マウスに同所性肺腫瘍を誘導し、Ag3-AQC投与の24時間後に肺腫瘍および腎臓サンプルのクロマチンアクセス性を測定した。特筆すべきことに、クロマチンアクセス性は、腫瘍サンプルでは処置後に有意に増加したが(図14d)、腎臓では増加しなかった(図14e)。
【0184】
実施例12:Ag3-AQCとシスプラチンとの組み合わせ
クロマチンアクセス性に対するAg3-AQCの効果を確認するために、異なる実験的アプローチを使用した。シスプラチン(CDDP)とのAg3-AQCの併用投与の効果を試験した。細胞内CDDPの約1%しか核内DNAに結合せず(Gonzalez et al. Mol. Pharmacol. 2001, 59: 657)、アクセス性が低いことが示されている。したがって、クロマチンアクセス性に対するAg3-AQCの効果は、CDDPのDNAへの結合を増強するために使用され得ると推論された。Ag3-AQCの併用投与は、A549細胞のDNAに結合するCDDPの量を約3倍に増加させることが見出された(図15a)。さらに、この効果は、増殖細胞には存在したが、血清欠乏させた非増殖細胞には存在しなかった(図15a)。したがって、それ自体がAg3-AQCによって媒介されるクロマチンアクセス性の上昇によって媒介されていることを示している。興味深いことに、ヒストン除去を誘導するDOXは、DNAへのCDDP結合を増加させなかった(図15a)。
【0185】
DNAへのCDDP結合を増加させるAg3-AQCの効果を、その他のヒト細胞株、例えば、膠芽腫(U87)および乳腺癌(MCF7)で確認した(図16)。
【0186】
また、肺腫瘍を有する動物においても、Ag3-AQCの効果を調べた。肺(腫瘍を含む)およびその他のマウス臓器(望ましくないCDDPの副作用の標的となる可能性があることによって選択された)におけるDNAに結合しているCDDPの量に関するCDDPの単独投与またはAg3-AQCとの併用投与の効果を比較した。Ag3-AQCと組み合わせたCDDPの腫瘍保有マウスへの単回投与は、同用量のCDDP単独投与と比較して、その他の臓器でのDNAに結合しているCDDPの量に影響を与えることなく、肺でのみDNAに結合しているCDDPの量を5.5倍増加させた(図15b)。
【0187】
CDDPは、絡み合ったシグナル伝達経路を介して抗がん作用を発揮するが(Galluzzi et al. Cell Death Dis. 2014, 5: e1257およびGalluzzi et al. Oncogene 2012, 31: 1869)、それでも、DNA結合は、腫瘍細胞の死滅の理由となる主なメカニズムであると考えられている(Hall et al. Annu. Rev. Pharmacol. Toxicol. 2008, 48: 495)。Ag3-AQCおよびCDDPの併用投与が細胞死に影響を及ぼすか否かを確認するために、細胞生存率を評価したところ、CDDPを単独投与またはAg3-AQCと併用投与した場合には、増殖細胞では、受ける影響が異なり(図15c)、血清欠乏させた非増殖細胞では受ける影響が異ならないことが見出された(図15d)。この結果は、Ag3-AQCの作用は、CDDPへのクロマチンアクセス性の上昇によって媒介されることを示している。さらに、Ag3-AQCの作用は、細胞周期特異的であり、CDDP濃度に依存する(実施例13および図17も参照)。
【0188】
遺伝子発現およびDNA損傷に対するAg3-AQCの効果の欠如(実施例15および16参照)は、細胞内でのAg3-AQCの効果が短い結果である可能性がある。残念ながら、生体サンプル中でAg3-AQCを定量することを可能にする利用可能な技術は存在しないため、薬物動態学的研究は不可能であるが、Ag3-AQCの効果の持続時間は、Ag3-AQCの効果のサロゲートマーカーとしてCDDPへのクロマチンアクセス性の増加を使用して間接的に推定することができる。Ag3-AQCは、CDDPとAg3-AQCを同時に投与した場合、CDDPのDNAへの取り込みを増加させたが、Ag3-AQC投与の24時間後にCDDPの投与を遅らせた場合には増加させなかった。これらより、Ag3-AQCの効果が一過性であることが示された(図18)。同様の結果は、DNAに結合しているCDDPの代わりに、細胞生存率をエンドポイントとして使用した場合にも得られた(図15e)。したがって、細胞内でのAg3-AQCの作用は一過性であると結論づけることができる。
【0189】
実施例13:Ag3-AQCの作用は細胞周期に特異的であり、CDDP濃度に依存する。
2つの補完的な理由により、Ag3-AQCがCDDPと一緒に投与されたときに、一部の細胞のみの死亡率を増加させることを説明することができる(図15c)。一つは、細胞内に存在するCDDPの量に依存する。細胞の死亡率は、細胞内CDDPレベルに依存し、したがって、細胞は、3つのグループ:1)Ag3-AQCの存在とは無関係に死亡するのに十分なCDDPを有する細胞;2)Ag3-AQCの存在下でのみ死亡するCDDPの中間レベルを有する細胞;および3)いずれの場合であっても生存するCDDPのごく低いレベルを有する細胞に区分されることが見出すことができる。もう一つの理由は、Ag3-AQCが細胞周期の期、この場合はS期でのみ作用することに依存している。適切な期にあるそれらの細胞だけがAg3-AQCでの処置から利益を得ることができる。両方の説明を確認するために、複数の濃度のCDDPを単独でまたはAg3-AQCとともに、増殖および非増殖A549細胞に与えた。示されているように、非増殖細胞はAg3-AQCの恩恵を受けず、Ag3-AQCの効果はCDDPのより高い用量でより強くなり(図17a~c参照)、したがって、Ag3-AQCの作用が細胞周期特異的であり、CDDP濃度に依存していることを支持する。
【0190】
結果は、クロマチンへのアクセスに対するAg3-AQCの効果が細胞周期に依存することを明確に示している。実際には、それはS期に限定されている。この効果は、ヌクレオソームに対するAg3-AQCの直接的な作用によって単純に説明される。DNA複製の間、ゲノムにわたるすべてのヌクレオソームは、複製フォークが通過するときに破壊され、再構成されなければならない(Rhind & Gilbert, Cold Spring Harb. Perspect. Biol. 2013, a010132)。したがって、Lucchini et al. EMBO J. 2001, 20: 7294に記載されているように、「機会の窓」は、複製フォークの通過後に開始し、最初に配置されるヌクレオソームの配置まで持続する。その間、DNAはヌクレオソームから解放されている。Ag3-AQCはDNAがヌクレオソームから解放されている時間的な窓を広げ、それによって、DNA結合剤の結合を促進すると推測されていた。この仮説は、ヌクレオソームアセンブリがDNA分子のねじれに依存するという事実に基づいている(Gupta et al. Biophys. J. 2009, 97: 3150およびYang et al. Biochim. Biophys. Acta. 2014, 1845: 84)。したがって、Ag3-AQCのインターカレーションによって引き起こされるDNAの拡張およびその後の歪み、ならびにコアヒストンとの相互作用は、ヌクレオソームアセンブリに影響を与え、それらの配置を遅らせる。クロマチンアセンブリファクターI複合体(複製DNA上にヒストンテトラマーを会合させる核複合体)を破壊する場合、プロモーター周辺のヌクレオソームの位置は変化しないが、新たに複製されたクロマチン内のヌクレオソームの位置は劇的に影響を受ける(Ramachandran & Henikoff, Cell 2016, 165, 580)。以上のことから、今回のデータは、複製開始点付近のヌクレオソームがAg3-AQCの標的であり、Ag3-AQCの作用は細胞周期のS期に限定されていることを示している。
【0191】
実施例14:その他のDNA作用薬に対するAQCの効果
クロマチンアクセス性に対するAg3-AQCの効果は、その他のDNA作用薬にも有効であると推論された。この目的のために、CDDPに関連する薬剤、例えば、オキサリプラチン(OXA)およびカルボプラチン(CBDCA)を試験したところ、Ag3-AQCはまた、それらの細胞毒性をも増加させることが見出された(図17d、19a、b)。DNAと相互作用し得るその他の抗がん剤、例えば、カルムスチン(BCNU)およびドキソルビシン(DOX)も影響を受けた(図19d、e)。さらに、DOXの蛍光を使用して、Ag3-AQCが核内のDOX蓄積を増強したことを確認し、Ag3-AQCの併用投与がDNAへの薬剤のアクセス性を増強するという観察を支持した(図19f)。
【0192】
興味深いことに、伸長しているDNA鎖に組み込まれるヌクレオシドアナログであるゲムシタビン(GEM)は、Ag3-AQCと併用投与された場合、細胞死に大きな効果を示し(図19c)、Ag3-AQCは、新しく合成されたDNAへのGEMの組み込みを促進するために複製が進行している箇所(replication foci)の近傍に作用していることを支持している。
【0193】
実施例15:遺伝子発現の解析
ヌクレオソームアセンブリおよびヌクレオソームのダイナミクスの乱れは、ゲノム機能の障害、例えば、異常な遺伝子発現につながっている(Gross & Garrard, 1988)。したがって、Ag3-AQCが遺伝子発現に影響を与えるか否かを知ることが急務であった。この目的のために、高密度マイクロアレイ解析を行い、Ag3-AQC処理後0時間、4時間、24時間後の遺伝子発現レベルを測定した(材料の節を参照)。個々の遺伝子発現には、処置群および未処置群、または異なる時間の同一群間で有意差は認められなかった(FDR(偽発見率)のp値が0.05未満の場合に有意とした)。まとめると、これらの結果は、Ag3-AQCが遺伝子発現に有意な影響を与えないことを示している。
【0194】
実施例16:DNA損傷の解析
それでも、Ag3-AQCがDNA損傷を引き起こし得るか否かという疑問が生じる。これを調査するために、細胞内のAg3-AQCがDNA鎖切断を誘発するか否かを試験した。この目的のために、フローサイトメトリーを使用して、DNA損傷のマーカーであるリン酸化ヒストンH2AX(pH2AX)発現に対するAg3-AQCの効果を評価した(Sharma et al., in DNA Repair Protocols, (Ed: L. Bjergbaek), Springer Science, New York, 2012, Ch. 40)。Ag3-AQCは、対照レベルよりもpH2AXを増加させなかった(図20a)。しかし、DOXについて記載されているように(Pang et al. 2013)、Ag3-AQCがpH2AXの除去を誘導し、したがって、DNA損傷作用をマスキングすることができることが指摘された。その結果がこの事例でないことを確認するために、Ag3-AQCをよく特徴付けられているDNA損傷剤(Pommier et al. 2010)であるエトポシドと併用投与した。得られたpH2AXの発現は、Ag3-AQCがpH2AX発現を減少させることは見出されないと評価された(図20a)。したがって、pH2AX発現に対してAg3-AQCが効果を示さないことは、pH2AXのより大きな除去ではなく、むしろDNA損傷がないことによるものである。DNA損傷を試験する別の方法であるDNAコメットアッセイを使用して(Collins, Mol. Biotechnol. 2004, 26: 249)、Ag3-AQCがDNA損傷に影響を及ぼさないことが見出された(図20b)。
【0195】
実施例17:in vivoでの抗がん作用
インビボでの抗がん作用については、A549の同所性肺がんモデルにおけるAg3-AQCの有効性を評価した。腫瘍細胞の注入時から注入後37日目までの腫瘍細胞の生物発光を測定することにより、in vivoでの腫瘍成長を観察した。対照動物は、実験終了まで緩やかな腫瘍成長を示した。尾静脈内に注射したCDDP(4mg/kg)は、腫瘍の成長を有意に減少させ;Ag3-AQC(0.01mg/kg)との併用投与は、この効果を増強した(図21a)。Ag3-AQCが動物の体重に影響を与えず、したがって、重度の毒性を除外し、クラスターが併用投与されたときにCDDPの毒性を増加させなかったことを示したことは注目に値する(図21b)。37日目に、動物を屠殺し、肺および縦隔結節からタンパク質を抽出し、腫瘍細胞にのみ存在するルシフェラーゼ活性を測定した。CDDPは対照群と比較して、肺および縦隔結節のルシフェラーゼレベルを有意に低下させた。再び、Ag3-AQCとCDDPとの併用投与は、最も強い効果を有していた(図21c)。マウス肺を、ヒトサイトケラチンに対するモノクローナル抗体で染色した。ヒト由来のA549腫瘍細胞のみを染色した(図21d)。特筆すべきことに、Ag3-AQCとCDDPとの併用投与は、腫瘍病巣のサイズを減少させる最も強い効果を有し、ルシフェラーゼレベルに関連する所見を確認した。
【0196】
本明細書で言及されているすべての特許および特許出願は、その全体が参照により組み込まれる。さらに、本明細書に記載されたすべての実施形態は、本発明のすべての態様に適用することができる。
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