IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 旭化成株式会社の特許一覧

特許7462106ハロゲン化ビニル共重合体の水分散体及びフィルム
<>
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-03-27
(45)【発行日】2024-04-04
(54)【発明の名称】ハロゲン化ビニル共重合体の水分散体及びフィルム
(51)【国際特許分類】
   C08F 293/00 20060101AFI20240328BHJP
   B32B 27/30 20060101ALI20240328BHJP
   C08F 2/22 20060101ALI20240328BHJP
   C08F 214/00 20060101ALI20240328BHJP
   C08F 220/00 20060101ALI20240328BHJP
   C08J 5/18 20060101ALI20240328BHJP
   C09D 5/02 20060101ALI20240328BHJP
   C09D 127/00 20060101ALI20240328BHJP
   C09D 133/00 20060101ALI20240328BHJP
【FI】
C08F293/00
B32B27/30 A
B32B27/30 D
C08F2/22
C08F214/00
C08F220/00
C08J5/18 CER
C09D5/02
C09D127/00
C09D133/00
【請求項の数】 15
(21)【出願番号】P 2023509347
(86)(22)【出願日】2022-03-25
(86)【国際出願番号】 JP2022014661
(87)【国際公開番号】W WO2022203075
(87)【国際公開日】2022-09-29
【審査請求日】2023-05-26
(31)【優先権主張番号】P 2021052300
(32)【優先日】2021-03-25
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000000033
【氏名又は名称】旭化成株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100147485
【弁理士】
【氏名又は名称】杉村 憲司
(74)【代理人】
【識別番号】230118913
【弁護士】
【氏名又は名称】杉村 光嗣
(74)【代理人】
【識別番号】100165951
【弁理士】
【氏名又は名称】吉田 憲悟
(72)【発明者】
【氏名】中島 博之
(72)【発明者】
【氏名】細江 夏樹
(72)【発明者】
【氏名】山崎 有亮
【審査官】小森 勇
(56)【参考文献】
【文献】特表2009-541565(JP,A)
【文献】特開2018-127523(JP,A)
【文献】特開2000-302821(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C08F 293/00
C08F 214/00-214/28
C08F 220/00-220/70
C08F 2/22
C09D 5/02
C09D 127/00-127/24
C09D 133/00-133/26
B32B 27/30
C08J 5/18
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
原料として用いられるモノマー群のn-オクタノール/水分配係数(logPow)の平均値が2.2以下である、乳化重合ステップAと、
原料として用いられるモノマー群が、ハロゲン化ビニルモノマーと、塩化ビニリデンとの反応性比r1が0.7未満である共重合モノマーとを含み、前記モノマー群100質量%におけるハロゲン化ビニルモノマーの質量割合が60質量%以上である、乳化重合ステップBとを、
それぞれ1回以上含む方法により合成されるハロゲン化ビニル共重合体の水分散体であり、
前記ステップBで合成されるポリマーの総質量を100質量%としたときに、前記反応性比r1が0.7未満である前記共重合モノマーに由来する構造単位の質量割合が4質量%以上であることを特徴とする、ハロゲン化ビニル共重合体の水分散体。
(但し、原料として用いられるモノマー群のn-オクタノール/水分配係数(logPow)の平均値がすべての乳化重合ステップで同じ値である方法は、前記方法に含まないものとする。なお、前記ステップA及びBの両方に該当する乳化重合ステップは、前記ステップAとしても、前記ステップBとしてもよい。)
【請求項2】
前記ハロゲン化ビニルモノマーが塩化ビニリデンである、請求項1に記載のハロゲン化ビニル共重合体の水分散体。
【請求項3】
前記ステップAにおいて原料として用いられるモノマー群のn-オクタノール/水分配係数(logPow)の平均値から、前記ステップBにおいて原料として用いられるモノマー群のn-オクタノール/水分配係数(logPow)の平均値を引いた値(ΔlogPow)が0未満である、請求項1または2に記載のハロゲン化ビニル共重合体の水分散体。
【請求項4】
前記ステップAで合成されるポリマーのガラス転移点が20℃以上である、請求項1~3のいずれか一項に記載のハロゲン化ビニル共重合体の水分散体。
【請求項5】
前記ステップAで合成されるポリマーの総質量を100質量%としたときに、ハロゲン化ビニルモノマーに由来する構造単位の質量割合が70質量%以下である、請求項1~4のいずれか一項に記載のハロゲン化ビニル共重合体の水分散体。
【請求項6】
前記反応性比r1が0.7未満である共重合モノマーが、ニトリル基を有するモノマー、カルボキシル基を有するモノマー、及びメタクリル酸メチルからなる群から選ばれる少なくとも一種である、請求項1~5のいずれか一項に記載のハロゲン化ビニル共重合体の水分散体。
【請求項7】
前記ニトリル基を有するモノマーに由来する構造単位の質量割合が、前記ハロゲン化ビニルモノマーに由来する構造単位と前記反応性比r1が0.7未満である前記共重合モノマーに由来する構造単位と前記反応性比r1が0.7以上である共重合モノマーに由来する構造単位との合計質量を100質量%としたときに、1質量%以上である、請求項6に記載のハロゲン化ビニル共重合体の水分散体。
【請求項8】
前記ニトリル基を有するモノマーがメタアクリロニトリルである、請求項6または7に記載のハロゲン化ビニル共重合体の水分散体。
【請求項9】
前記ハロゲン化ビニル共重合体100質量部に対して、結晶核剤を0質量部超20質量部以下含む、請求項1~8のいずれか一項に記載のハロゲン化ビニル共重合体の水分散体。
【請求項10】
ハロゲン化ビニル共重合体が下記の(1)~(3)全ての条件を満たすことを特徴とする、ハロゲン化ビニル共重合体の水分散体。
(1)前記ハロゲン化ビニル共重合体をメタノール沈殿法により精製し、得られた精製ポリマーを溶媒グラジエントクロマトグラフィー法により測定して得られたクロマトグラムと、前記ハロゲン化ビニル共重合体をアセトン沈殿法により精製し、得られた精製ポリマーを溶媒グラジエントクロマトグラフィー法により測定して得られたクロマトグラムとを比較した際に、前記メタノール沈殿法により精製して得られた精製ポリマーのクロマトグラムのみに現れるピークIが存在する。
(2)前記ピークIのピーク頂点の検出時間が9分未満である。
(3)原料として用いられるモノマー群であって、ハロゲン化ビニルモノマーと、塩化ビニリデンとの反応性比r1が0.7未満である共重合モノマーとを含み、モノマー群100質量%におけるハロゲン化ビニルモノマーの質量割合が60質量%以上である、モノマー群から合成されるポリマーを前記ハロゲン化ビニル共重合体が含み、前記ポリマーの総質量を100質量%としたときに、前記反応性比r1が0.7未満である前記共重合モノマーに由来する構造単位の質量割合が4質量%以上である。
【請求項11】
前記ハロゲン化ビニル共重合体の総質量を100質量%としたときに、前記ピークIのピーク面積から求めた前記ピークIのポリマーの含有量が0.1質量%以上である、請求項10に記載のハロゲン化ビニル共重合体の水分散体。
【請求項12】
前記ピークIのピーク頂点の検出時間が6.7~7.2分であり、
前記ハロゲン化ビニル共重合体の総質量を100質量%としたときに、前記ピークIのピーク面積から求めた前記ピークIのポリマーの含有量が0.1質量%以上である、請求項10又は11に記載のハロゲン化ビニル共重合体の水分散体。
【請求項13】
表面張力が20mN/m以上48mN/m未満である、請求項1~12のいずれか一項に記載のハロゲン化ビニル共重合体の水分散体。
【請求項14】
固形分が50%超である、請求項1~13のいずれか一項に記載のハロゲン化ビニル共重合体の水分散体。
【請求項15】
請求項1~14のいずれか一項に記載のハロゲン化ビニル共重合体の水分散体が塗布された層を有することを特徴とする、フィルム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ハロゲン化ビニル共重合体の水分散体、及び該水分散体が塗布された層を有するフィルムに関する。
【背景技術】
【0002】
食品や医薬品の品質保持の為には、それを包装するフィルムが、大気中の酸素、窒素、二酸化炭素、水蒸気といった気体を十分遮断、密閉する必要がある。この点、種々の樹脂の中でも、ハロゲン化ビニル系共重合体水分散体、特に塩化ビニリデン系共重合体水分散体樹脂から形成された層を有するフィルムは、水蒸気や酸素のバリア性に優れていることから、食品や医薬品包装用途に非常に適している。
【0003】
近年、下記理由から、包装フィルムは、より高いガスバリア性が求められている。
1)より長期間にわたる医薬品及び食品材料品質の保持、薬効の保持;
2)高齢化に伴う、包装製品の内包物の押出し性向上需要に対応した薄膜化;
3)生産性向上の為の薄膜化。
バリア性を有するフィルムを構成する塩化ビニリデン系共重合体水分散体としては、特許文献1~7に記載のものが知られている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】国際公開第2013/125699号
【文献】特表2001-526315号公報
【文献】特開平05-202107号公報
【文献】特開2018-127523号公報
【文献】特開昭60-192768号公報
【文献】仏国特許発明第1466220号明細書
【文献】特表2009-541565号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特許文献1~3、6、7に記載のハロゲン化ビニル共重合体は、モノマーの組み合わせ上、更なる水蒸気バリア性の向上は難しい。
それに対して、特許文献4、5に記載のように、塩化ビニリデンに対する反応性比r1が0.7未満のコモノマーを共重合したハロゲン化ビニル共重合体は、高い水蒸気バリア性を有する。一方で、結晶化し易く、水分散体の状態であっても結晶化が進んでしまうことから、長期保存を行った際に経時で成膜性が悪化してしまう問題がある。これは特許文献1~3、6、7で用いられているようなモノマーの組成にしたときには顕在化しない特有の問題である。
従って、特許文献1~7に記載の水分散体では、長期保存後の成膜性(成膜ライフ)と、この水分散体から形成された層を有するフィルムの高いバリア性との両立の改良が望まれる。
【0006】
そこで、本発明の目的は、塗工後のフィルムの高い水蒸気バリア性を保ちながら、長期保存後の成膜性にも優れるハロゲン化ビニル共重合体の水分散体を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、上記のような問題点を解決するために鋭意研究を重ねた結果、特定の組成の構造単位を含み、特定のプロセスによって合成されたハロゲン化ビニル共重合体の水分散体が、塗工後のフィルムの高い水蒸気バリア性を保ちながら、長期保存後の成膜性にも優れることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0008】
すなわち、本発明は以下のとおりである。
[1]原料として用いられるモノマー群のn-オクタノール/水分配係数(logPow)の平均値が2.2以下である、乳化重合ステップAと、
原料として用いられるモノマー群が、ハロゲン化ビニルモノマーと、塩化ビニリデンとの反応性比r1が0.7未満である共重合モノマーとを含み、前記モノマー群100質量%におけるハロゲン化ビニルモノマーの質量割合が60質量%以上である、乳化重合ステップBとを、
それぞれ1回以上含む方法により合成されるハロゲン化ビニル共重合体の水分散体であり、
前記ステップBで合成されるポリマーの総質量を100質量%としたときに、前記反応性比r1が0.7未満である前記共重合モノマーに由来する構造単位の質量割合が4質量%以上であることを特徴とする、ハロゲン化ビニル共重合体の水分散体。
(但し、原料として用いられるモノマー群のn-オクタノール/水分配係数(logPow)の平均値がすべての乳化重合ステップで同じ値である方法は、前記方法に含まないものとする。なお、前記ステップA及びBの両方に該当する乳化重合ステップは、前記ステップAとしても、前記ステップBとしてもよい。)
[2]前記ハロゲン化ビニルモノマーが塩化ビニリデンである、[1]に記載のハロゲン化ビニル共重合体の水分散体。
[3]前記ステップAにおいて原料として用いられるモノマー群のn-オクタノール/水分配係数(logPow)の平均値から、前記ステップBにおいて原料として用いられるモノマー群のn-オクタノール/水分配係数(logPow)の平均値を引いた値(ΔlogPow)が0未満である、[1]または[2]に記載のハロゲン化ビニル共重合体の水分散体。
[4]前記ステップAで合成されるポリマーのガラス転移点が20℃以上である、[1]~[3]のいずれかに記載のハロゲン化ビニル共重合体の水分散体。
[5]前記ステップAで合成されるポリマーの総質量を100質量%としたときに、ハロゲン化ビニルモノマーに由来する構造単位の質量割合が70質量%以下である、[1]~[4]のいずれかに記載のハロゲン化ビニル共重合体の水分散体。
[6]前記反応性比r1が0.7未満である共重合モノマーが、ニトリル基を有するモノマー、カルボキシル基を有するモノマー、及びメタクリル酸メチルからなる群から選ばれる少なくとも一種である、[1]~[5]のいずれかに記載のハロゲン化ビニル共重合体の水分散体。
[7]前記ニトリル基を有するモノマーに由来する構造単位の質量割合が、前記ハロゲン化ビニルモノマーに由来する構造単位と前記反応性比r1が0.7未満である前記共重合モノマーに由来する構造単位と前記反応性比r1が0.7以上である共重合モノマーに由来する構造単位との合計質量を100質量%としたときに、1質量%以上である、[6]に記載のハロゲン化ビニル共重合体の水分散体。
[8]前記ニトリル基を有するモノマーがメタアクリロニトリルである、[6]または[7]に記載のハロゲン化ビニル共重合体の水分散体。
[9]前記ハロゲン化ビニル共重合体100質量部に対して、結晶核剤を0質量部超20質量部以下含む、[1]~[8]のいずれかに記載のハロゲン化ビニル共重合体の水分散体。
[10]
ハロゲン化ビニル共重合体が下記の(1)~(3)全ての条件を満たすことを特徴とする、ハロゲン化ビニル共重合体の水分散体。
(1)前記ハロゲン化ビニル共重合体をメタノール沈殿法により精製し、得られた精製ポリマーを溶媒グラジエントクロマトグラフィー法により測定して得られたクロマトグラムと、前記ハロゲン化ビニル共重合体をアセトン沈殿法により精製し、得られた精製ポリマーを溶媒グラジエントクロマトグラフィー法により測定して得られたクロマトグラムとを比較した際に、前記メタノール沈殿法により精製して得られた精製ポリマーのクロマトグラムのみに現れるピークIが存在する。
(2)前記ピークIのピーク頂点の検出時間が9分未満である。
(3)原料として用いられるモノマー群であって、ハロゲン化ビニルモノマーと、塩化ビニリデンとの反応性比r1が0.7未満である共重合モノマーとを含み、モノマー群100質量%におけるハロゲン化ビニルモノマーの質量割合が60質量%以上である、モノマー群から合成されるポリマーを前記ハロゲン化ビニル共重合体が含み、前記ポリマーの総質量を100質量%としたときに、前記反応性比r1が0.7未満である前記共重合モノマーに由来する構造単位の質量割合が4質量%以上である。
[11]
前記ハロゲン化ビニル共重合体の総質量を100質量%としたときに、前記ピークIのピーク面積から求めた前記ピークIのポリマーの含有量が0.1質量%以上である、[10]に記載のハロゲン化ビニル共重合体の水分散体。
[12]
前記ピークIのピーク頂点の検出時間が6.7~7.2分であり、
前記ハロゲン化ビニル共重合体の総質量を100質量%としたときに、前記ピークIのピーク面積から求めた前記ピークIのポリマーの含有量が0.1質量%以上である、[10]又は[11]に記載のハロゲン化ビニル共重合体の水分散体。
[13]
表面張力が20mN/m以上48mN/m未満である、[1]~[12]のいずれかに記載のハロゲン化ビニル共重合体の水分散体。
[14]
固形分が50%超である、[1]~[13]のいずれかに記載のハロゲン化ビニル共重合体の水分散体。
[15]
[1]~[14]のいずれかに記載のハロゲン化ビニル共重合体の水分散体が塗布された層を有することを特徴とする、フィルム。
【発明の効果】
【0009】
本発明のハロゲン化ビニル共重合体の水分散体によれば、塗工後のフィルムの高い水蒸気バリア性を保ちながら、長期保存後の成膜性にも優れるという効果を有する。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、本発明を実施するための形態(以下、単に「本実施形態」という。)について、詳細に説明する。以下の本実施形態は、本発明を説明するための例示であり、本発明を以下の内容に限定する趣旨ではない。本発明はその要旨の範囲内で適宜に変形して実施できる。
【0011】
[ハロゲン化ビニル共重合体の水分散体]
本実施形態のハロゲン化ビニル共重合体の水分散体(以下、単に「水分散体」ともいう。)は、原料として用いられるモノマー群のn-オクタノール/水分配係数(logPow)の平均値が2.2以下である、乳化重合ステップA(以下、単に「ステップA」ともいう。)と、原料として用いられるモノマー群が、ハロゲン化ビニルモノマーと、塩化ビニリデンとの反応性比r1が0.7未満である共重合モノマーとを含み、前記モノマー群100質量%におけるハロゲン化ビニルモノマーの質量割合が60質量%以上である、乳化重合ステップB(以下、単に「ステップB」ともいう。)とを、それぞれ1回以上含む方法により合成されるハロゲン化ビニル共重合体の水分散体であり、前記ステップBで合成されるポリマーの総質量を100質量%としたときに、前記反応性比r1が0.7未満である前記共重合モノマーに由来する構造単位の質量割合が4質量%以上であることを特徴とする。
(但し、原料として用いられるモノマー群のn-オクタノール/水分配係数(logPow)の平均値がすべての乳化重合ステップで同じ値である方法は、前記方法に含まないものとする。なお、前記ステップA及びBの両方に該当する乳化重合ステップは、前記ステップAとしても、前記ステップBとしてもよい。)
【0012】
上記ステップA及びBの両方に該当する乳化重合ステップは、言い換えれば、上記ハロゲン化ビニル共重合体の水分散体の合成方法がステップA及びBをそれぞれ1回以上含むものとなれば、ステップA又はBのどちらに分類されてもよい。例えば、以下のような例が挙げられる。
・ステップA及びBの両方に該当するステップ以外の、その他のステップが、ステップAのみに該当するステップのみである場合は、ステップA及びBの両方に該当するステップの少なくとも1つは、「ステップB」とする。このとき、「ステップB」とされる少なくとも1つのステップA及びBの両方に該当するステップには、原料として用いられるモノマー群のn-オクタノール/水分配係数(logPow)の平均値が最も高いものが含まれることが好ましい。
・上記その他のステップが、ステップBのみに該当するステップのみである場合は、ステップA及びBの両方に該当するステップの少なくとも1つは、「ステップA」とする。このとき、「ステップA」とされる少なくとも1つのステップA及びBの両方に該当するステップには、原料として用いられるモノマー群のn-オクタノール/水分配係数(logPow)の平均値が最も低いものが含まれることが好ましい。
・上記その他のステップが、ステップAのみに該当するステップとステップBのみに該当するステップとを含む場合は、ステップA及びBの両方に該当する乳化重合ステップは、「ステップA」としても、「ステップB」としてもよい。
・ステップA及びBの両方に該当するステップのみからなる方法の場合は、少なくとも1つを「ステップA」とし、少なくとも1つを「ステップB」とする。このとき、原料として用いられるモノマー群のn-オクタノール/水分配係数(logPow)の平均値が最も低いステップは「ステップA」に、最も高いステップは「ステップB」に含まれることが好ましい。
【0013】
なお、本開示で、「共重合モノマー」とは、ハロゲン化ビニルモノマーと共重合可能なモノマーを意味する。共重合モノマーとしては、上記塩化ビニリデンに対する反応性比r1が0.7未満である共重合モノマー(「反応性比r1が0.7未満の共重合モノマー」と称する場合がある)の他、塩化ビニリデンに対する反応性比r1が0.7以上である共重合モノマー(「反応性比r1が0.7以上の共重合モノマー」と称する場合がある)等が挙げられる。
【0014】
ステップAとステップBはどちらを先に行ってもよいが、好ましくはステップAを先に行う。ステップAを先に行うことにより、後に行うステップBの乳化重合においてステップAで合成されたポリマーミセルが反応場となることができ、重合速度が上昇する。重合速度の向上により、ステップBにおいて反応速度の遅いモノマー(例えば、ハロゲン化ビニルモノマー等)の蓄積を防止することができ、ポリマー鎖内に組成の偏りが生じるのを防ぐことができる。ポリマー鎖内の組成の偏り、特に、ハロゲン化ビニルモノマーに由来する構造単位の過剰な連鎖は、ハロゲン化ビニル共重合体粒子の結晶化を促進するため、水分散体の成膜ライフを低下させる。つまり、ステップAを先に行うことにより、水分散体の成膜ライフを向上させることができる。
【0015】
複数回のステップAを行った後、ステップBを行ってもよいし、ステップAを行った後にステップBを行い、その後ステップAを行ってもよい。ステップAとステップBとがそれぞれ1回以上含まれていれば、それ以外の乳化重合のステップ(例えば、後述の乳化重合ステップC等)が加わってもよい。
ここで「あるステップを行った後に次のステップを行う」とは、前のステップで合成された水分散体を次のステップの原料として一部もしくは全量使用するという意味である。前のステップで合成した水分散体を「シードラテックス」と呼ぶ。
複数種類のシードラテックスを用いてステップAもしくはステップBの合成を行ってもよい。
各ステップで用いるシードラテックスの質量は、最終的に合成されるハロゲン化ビニル共重合体中の各ステップで合成されたポリマーの質量割合を考慮して、適宜調整してよい。
なお、一連の重合プロセスにおいて、各ステップは、次の条件のどちらかを満たした時に次のステップに移行したとみなす。
i)重合で得られたラテックスを取り出し、別の重合機にその一部又は全量を投入した後、この別の重合機においてモノマーの供給を開始した時
ii)同一の重合機内での重合において、それまで供給されていたモノマーとは異なる組成のモノマーが、重合機内やモノマー貯蔵槽などの重合機と連結された空間に供給され始めた時
【0016】
本実施形態のハロゲン化ビニル共重合体の水分散体の合成プロセスを構成するステップは、同一の重合機を用いて連続的に行ってもよいし、別の重合機を用いて行ったステップで得られた水分散体を添加して新たに重合を行う形態を取ってもよい。好ましくは別の重合機を用いて合成した水分散体の一部を添加する形態(外部シード法)である。この場合、添加する水分散体を「外部シード」と呼ぶ。外部シード法により、一度に大量に合成した外部シードを複数バッチのハロゲン化ビニル共重合体の水分散体の合成に用いることで、生産ばらつきを軽減することができる。また、シードラテックスの合成のステップを一度で済ませることができるため、生産性も向上する。
同一の重合機を用いて連続的に重合を行う場合(内部シード法)は、前のステップにおけるモノマーの添加が終了した後に次のステップのモノマーの添加を開始することが好ましいが、一部重複していてもよい。
【0017】
シードラテックスを用いて合成を行う場合、シードラテックスは初期(重合開始前)に一括で添加されてもよいし、重合機内での開始剤ラジカルの発生以降に一括、もしくは連続的、もしくは断続的に添加されてもよい。好ましくは初期に一括で添加する。
特に好ましい合成プロセスは、まずステップAを行って得た水分散体の一部を外部シードとし、別の重合機に一括で導入した後、ステップBの重合を行うプロセスである。
【0018】
[[乳化重合ステップA]]
ステップAでは、原料として用いるモノマー群のn-オクタノール/水分配係数(logPow)の平均値が2.2以下であることを特徴とする乳化重合を行う。
ハロゲン化ビニル共重合体の水分散体の合成プロセス中に複数のステップAが含まれる場合は、ステップAで合成されるポリマーの組成は各ステップの質量平均とする。
【0019】
logPowの平均値は、添加されるモノマーの質量分率を用いて計算される。
例えば、モノマーa、bの質量分率がそれぞれ0.3、0.7であり、logPowが1.0、2.0である場合、logPowの平均値は、「0.3×1.0+0.7×2.0」で求められる。
【0020】
logPowは、日本工業規格Z7260-107(2000)「分配係数(1-オクタノール/水)の測定-フラスコ振とう法」に従い測定される。
例として、塩化ビニリデンの重合によく用いられるモノマーのlogPowを下記に示す。
塩化ビニリデン(VDC):2.41
アクリル酸メチル(MA):0.8
アクリロニトリル(AN):0.25
メタクリロニトリル(MAN):0.68
メタクリル酸メチル(MMA);1.38
アクリル酸エチル(EA):1.32
アクリル酸ブチル(BA):2.38
アクリル酸(AA):0.36
スチレン(St):3.0
イタコン酸:-0.4
【0021】
用いるモノマーのlogPowの平均値が2.2以下であることにより、ステップAで合成されたポリマーは、最終的に合成された水分散体中のハロゲン化ビニル共重合体粒子の水相近く、つまり該粒子の表層に配置される。表層に配置されたステップAで合成されたポリマーは、驚くべきことに、ラテックス状態での結晶化を阻害し、成膜ライフを向上させる。ラテックス状態では、乳化剤との界面、つまり粒子の表層が最も結晶化しやすい。これは、ラテックス表面では乳化剤が規則的に配列しており、それが結晶化の起点になりやすいためである。このような現象は低分子エマルションの結晶化において知られている。従って、表層にステップAで合成されるポリマーを配置し、その内側に配置されるステップBで合成されるハロゲン化ビニルポリマ―に乳化剤が直接接触しないようにすることで、ラテックス状態での結晶化を阻害することができる。
【0022】
ステップAで原料として用いられるモノマー群のlogPowの平均値は、2.2以下であり、好ましくは2.0以下であり、より好ましくは1.8以下である。logPowの平均値を低くすることにより、ステップAで合成されたポリマーがハロゲン化ビニル共重合体粒子においてより表層に配置されやすくなる。これにより、水分散体の成膜ライフが向上する。
【0023】
また、「ステップAで用いるモノマー群のlogPowの平均値-ステップBで用いるモノマー群のlogPowの平均値=ΔlogPow」と定義する。
ΔlogPowは、好ましくは0未満であり、より好ましくは-0.2未満であり、更に好ましくは-0.4未満である。ΔlogPowを低くすることにより、ステップAで合成されたポリマーがハロゲン化ビニル共重合体粒子においてより表層に配置されやすくなる。これにより、水分散体の成膜ライフが向上する。
【0024】
[[ステップAで合成されるポリマー]]
ステップAで合成されるポリマーのガラス転移点(Tg)は、20℃以上であることが好ましく、より好ましくは50℃以上、更に好ましくは60℃以上、より更に好ましくは80℃以上、特に好ましくは90℃以上である。本実施形態の水分散体中のハロゲン化ビニル共重合体粒子は、表面がステップAで合成されたポリマーで被覆された構造を有するため、ステップAで合成されたポリマーのガラス転移点が上記範囲であると、粒子表面を硬い殻で覆うことができ、機械的安定性や熱安定性が向上する。
以下、ガラス転移点の測定方法について説明する。
【0025】
ステップAで合成される水分散体を単離することができる場合は、単離して後述のメタノール沈殿を行う。ここで、単離された状態とは、他のステップで合成されたポリマーを含まないことを意味し、乳化剤などの当該ステップAで添加された添加剤は含んでいてもよい。
単離した水分散体10mL以上を凍結乾燥し、凍結乾燥品を0.5g採取する。採取した凍結乾燥品をメタノール沈殿で処理し、メタノール沈殿物を得る。得られた沈殿物について、後述のガラス転移点の測定を行う。
【0026】
ステップAで合成される水分散体を単離できない場合は、以下の方法で測定を行う。
ステップAで使用するモノマーをステップAにおける質量組成で混合したモノマー混合物(下記のTg測定用乳化重合法において、「原料モノマー」ともいう。)を下記のTg測定用乳化重合法で乳化重合させ、水分散体を得る。
得られた水分散体10mL以上を凍結乾燥し、凍結乾燥品を0.5g採取する。採取した凍結乾燥品を後述メタノール沈殿で処理し、メタノール沈殿物を得る。得られた沈殿物について、後述のガラス転移点の測定を行う。
<Tg測定用乳化重合法>
ガラスライニングを施した耐圧反応器中に、原料モノマーの合計質量100質量部に対し、純水300質量部、亜硫酸水素ナトリウム0.46質量部、乳化剤としての固形分18%のドデシルベンゼンスルホン酸ナトリウム溶液を乾燥質量で2.2質量部仕込み、攪拌しながら脱気を行った後、大気圧まで窒素で加圧して内容物の温度を45℃に保つ。原料モノマーのうち10質量部を上記耐圧反応器中に一括添加し、0.5時間重合する。
開始剤としての過硫酸ナトリウム0.21質量部と、乳化剤としての固形分18%のドデシルベンゼンスルホン酸ナトリウム溶液を乾燥質量で2.8質量部とを純水27質量部に溶解した溶液を、原料モノマーを10質量部一括添加した時点から開始して連続的に3.5時間かけて定量投入する。
並行して、原料モノマー10質量部を一括添加してから0.5時間後に、残りの原料モノマー90質量部の連続的な添加を開始し、3時間かけて定量投入する。
原料モノマー90質量部の添加が終了したら、開始剤としての過硫酸ナトリウム0.18質量部を純水25.5質量部に溶解させた溶液を3時間かけて連続的に定量投入する。
開始剤溶液の連続的な添加が終了したら20℃に降温し、重合を終了する。ただし、重合率が50%を下回る場合は、20℃に降温する代わりに60℃に昇温し、開始剤としての過硫酸ナトリウム2.0質量部を純水10質量部に溶解させた溶液を一括添加した後、3時間攪拌する。その後、重合率を測定し、80%を上回っていれば重合を終了し、下回っていたら、上記開始剤の一括添加と攪拌を重合率が80%を上回るまで繰り返す。
ここで、重合率は、少量採取した水分散体から、後述するようにCEM社製の固形分計SMART SYSTEM5を用いて固形分を求め、この固形分から算出したポリマーの質量(固形量)の、モノマーの総仕込み量に対する割合として求めることができる。例えば、モノマーの総仕込み量が100gで、固形分から求めたポリマーの質量(固形量)が10gの場合、重合率は10%である。
【0027】
<メタノール沈殿>
サンプルを99.9質量%以上の純度のテトラヒドロフラン10mLに溶解させた溶液に、メタノールを40mL滴下する。生じた沈殿物をろ過し、ろ過して残った不溶分(メタノール沈殿物)を採取する。なお、テトラヒドロフランに溶解させる際に溶けにくい場合は、テトラヒドロフランが沸騰しない範囲で加温、攪拌してよい。
【0028】
<ガラス転移点の測定>
サンプルをTAintsruments社製の示差走査熱量分析計Q-2000を用いて窒素雰囲気下で10℃/minで170℃まで加熱し、10℃/minで-40℃まで冷却する。
次に、10℃/minで190℃まで加熱し、190℃までの測定データを取得する。
この測定ではサンプルパンとしてアルミニウムのTzero PanとTzero hermetic Lid(TAinstruments社製)を用い、レファレンスとしてこのパンの空パンを用いる。
次に、Q-2000の解析ツールTAUniversal Analysisにおいて「ガラス/ステップ転移」を用いて中間点ガラス転移点を求める。
【0029】
ステップAで用いられるモノマーは、特に制限されないが、好ましくは、塩化ビニル、塩化ビニリデン等のハロゲン化ビニルモノマー、および/または、アクリル酸メチル、アクリル酸エチル、メタクリル酸メチル、メタクリル酸エチル、n-ブチルアクリレート、n-ブチルメタクリレート、2-エチルヘキシルアクリレート、2-エチルヘキシルメタクリレート、2-ヒドロキシエチルアクリレート、2-ヒドロキシエチルメタクリレート、メタクリル酸グリシジル、アクリル酸グリシジル、アクリロニトリル、メタクリロニトリル、アクリル酸、メタクリル酸、アクリルアミド、N-メチロールアクリルアミド等の(メタ)アクリルモノマー;スチレン、2-スルホエチルメタクリル酸(2-SEM)またはその塩(ナトリウム塩など);メタクリレート末端ポリプロピレングリコールのホスフェートエステルまたはその塩(ナトリウム塩など);2-アクリルアミド-2-メチルプロパンスルホン酸(AMPS)またはその塩(ナトリウム塩など)等である。より好ましくはアクリル酸メチル、メタクリル酸メチル、アクリロニトリル、メタクリロニトリル、メタクリル酸グリシジル、カルボキシル基を有するモノマーであり、更に好ましくはアクリロニトリル、メタクリル酸メチルであり、より更に好ましくはメタクリル酸メチルである。
【0030】
ステップAで用いられるモノマーは、例えば、重合前に予め所定量を混合し、連続的に投入してもよいし、段階的にバッチ投入してもよい。モノマーの総質量を100質量部とした場合、0質量部超20質量部以下のモノマー混合物を一括で重合機に投入して重合させた後、残りを連続的に添加し、重合を行うことが好ましい。
【0031】
ステップAで合成されるポリマーは、複数種類のモノマーを用いた共重合体であってもよいし、ホモポリマーであってもよい。
ステップAで合成されるポリマーは、特に好ましくはメタクリル酸メチルのホモポリマーである。
【0032】
ステップAで合成されるポリマーは、その総質量を100質量%としたときに、ハロゲン化ビニルモノマーに由来する構造単位の質量割合が70質量%以下であることが好ましく、より好ましくは60質量%以下であり、更に好ましくは50質量%以下である。ハロゲン化ビニルモノマーの質量割合が多い場合、ステップAで合成されたポリマーの流動性が下がり、ステップAで合成されたポリマーが最終的に合成されたハロゲン化ビニル共重合体粒子の表層に配置されにくくなる。
【0033】
ステップAで合成されるポリマーの水分散体を単離可能な場合、当該水分散体中のポリマーの平均粒子径は20nm以上であることが好ましく、より好ましくは30nm以上であり、更に好ましくは40nm以上である。また、100nm以下であることが好ましく、より好ましくは80nm以下であり、更に好ましくは70nm以下である。ステップAで合成されるポリマーの平均粒子径が上記の範囲内であれば、ステップAの後に行われるステップBにおいて重合の速度が速くなり、効率が良い。
なお、上記平均粒子径は、以下の測定方法により測定する。
<平均粒子径の測定方法>
100倍に希釈した水分散体に対し、大塚電子製FPAR-1000を用いて測定を行い、キュムラント解析結果の平均粒径を当該水分散体に含まれるポリマーの平均粒子径とする。
【0034】
[[乳化重合ステップB]]
ステップBでは、原料モノマー群が、ハロゲン化ビニルモノマーと、塩化ビニリデンとの反応性比r1が0.7未満である共重合モノマーとを含み、原料モノマー群100質量%に占めるハロゲン化ビニルモノマーの質量割合が60質量%以上であることを特徴とする乳化重合を行う。
【0035】
ステップBで原料として用いられるモノマー群のlogPowの平均値は、ステップAで原料として用いられるモノマー群のlogPowの平均値よりも高いことが好ましい。また、具体的な範囲としては、logPowの平均値は、1.8以上であることが好ましく、より好ましくは2.0以上であり、さらに好ましくは2.2以上である。ステップBのモノマー群を、ステップAのモノマー群よりも高いlogPowを有するものとすると、最終的に合成されたハロゲン化ビニル共重合体粒子において、ステップAで合成されたポリマーがより表層に配置されやすくなる。これにより、ステップBで合成されたポリマーに乳化剤が直接接触しない構造となり、水分散体の成膜ライフが向上する。
【0036】
原料モノマー群100質量%中のハロゲン化ビニルモノマーの質量割合は、60質量%以上であり、好ましくは80質量%以上、より好ましくは85質量%以上、さらに好ましくは87質量%以上である。また、上記質量割合は、99質量%以下であることが好ましく、より好ましくは95質量%以下、さらに好ましくは93質量%以下、よりさらに好ましくは92質量%以下である。
原料モノマー群100質量%中の反応性比r1が0.7未満の共重合モノマーの質量割合は、4質量%以上であることが好ましく、より好ましくは6質量%以上、さらに好ましくは8質量%以上である。また、好ましくは20質量%以下、より好ましくは15質量%以下、さらに好ましくは12質量%以下である。
【0037】
[[ステップBで合成されるポリマー]]
上記ステップBで合成されるポリマーは、ハロゲン化ビニルモノマーに由来する構造単位、及び塩化ビニリデンに対する反応性比r1が0.7未満である共重合モノマーに由来する構造単位を少なくとも含み、任意選択で、塩化ビニリデンに対する反応性比r1が0.7以上である共重合モノマーに由来する構造単位を含んでいてもよい。
なお、ステップBで合成されるポリマーは、上記のようにハロゲン化ビニルモノマーに由来する構造単位を含むハロゲン化ビニル共重合体であるが、ステップA及びステップBを含む合成プロセスを経て得られる最終的なポリマーとしての「ハロゲン化ビニル共重合体」と区別するため、「ステップBで合成されるポリマー」と称する。
ハロゲン化ビニル共重合体の水分散体の合成プロセス中に複数のステップBが含まれる場合は、ステップBで合成されるポリマーの組成は各ステップの質量平均とする。
【0038】
上記ハロゲン化ビニルモノマーに由来する構造単位の質量割合としては、上記ハロゲン化ビニルモノマーに由来する構造単位と、反応性比r1が0.7未満の上記共重合モノマーに由来する構造単位と、反応性比r1が0.7以上の上記共重合モノマーに由来する構造単位との合計質量を100質量%としたときに、60質量%以上であることが好ましく、80質量%以上であることがより好ましく、さらに好ましくは85質量%以上、よりさらに好ましくは87質量%以上である。また、上記質量割合は、99質量%以下であることが好ましく、より好ましくは95質量%以下、さらに好ましくは93質量%以下、よりさらに好ましくは92質量%以下である。
【0039】
反応性比r1が0.7未満の共重合モノマーに由来する構造単位の質量割合は、ステップBで合成されるポリマーの総質量を100質量%として、4質量%以上であり、好ましくは6質量%以上、より好ましくは8質量%以上である。また、好ましくは20質量%以下、より好ましくは15質量%以下、さらに好ましくは12質量%以下である。反応性比r1が0.7未満の共重合モノマーに由来する構造単位の質量割合が上記範囲であると、本実施形態のハロゲン化ビニル共重合体の水分散体から形成された層を有するフィルムが、内包物の品質を十分に保持するバリア性を発揮することができる。
【0040】
また、反応性比r1が0.7未満の上記共重合モノマーに由来する構造単位の質量割合は、上記ハロゲン化ビニルモノマーに由来する構造単位と反応性比r1が0.7未満の上記共重合モノマーに由来する構造単位と反応性比r1が0.7以上の上記共重合モノマーに由来する構造単位との合計質量を100質量%としたときに、20質量%以下であることが好ましく、より好ましくは15質量%以下、さらに好ましくは13質量%以下である。また、上記質量割合は、1質量%以上であることが好ましく、より好ましくは5質量%以上、特に好ましくは7質量%以上である。
【0041】
ステップBで合成されるポリマー100質量%中の、上記ハロゲン化ビニルモノマーに由来する構造単位及び反応性比r1が0.7未満の上記共重合モノマーに由来する構造単位の合計質量の割合は、85質量%以上であることが好ましく、より好ましくは90質量%以上、さらに好ましくは95質量%以上、特に好ましくは100質量%である。
【0042】
ステップBで合成されるポリマーは、任意選択で、塩化ビニリデンに対する反応性比r1が0.7以上の共重合モノマーに由来する構造単位を含んでもよい。
上記塩化ビニリデンに対する反応性比r1が0.7以上の共重合モノマーに由来する構造単位の質量割合としては、上記ハロゲン化ビニルモノマーに由来する構造単位と反応性比r1が0.7未満の上記共重合モノマーに由来する構造単位と反応性比r1が0.7以上の上記共重合モノマーに由来する構造単位との合計質量を100質量%としたときに、5質量%以下であることが好ましく、より好ましくは3質量%以下である。
【0043】
ステップBで合成されるポリマーは、上記の各成分の質量割合が上記範囲であると、本実施形態のハロゲン化ビニル共重合体の水分散体から形成される層を有するフィルムが、内包物の品質を十分に保持するバリア性を発現することが可能となる。
【0044】
上記ハロゲン化ビニルモノマーは、好ましくは塩化ビニル、塩化ビニリデンであり、特に好ましくは塩化ビニリデンである。
上記ハロゲン化ビニルモノマーは、1種を単独で用いてもよいし、複数種を組み合わせて用いてもよい。
【0045】
塩化ビニリデンに対する反応性比r1は、塩化ビニリデンをモノマー1(M1)、コモノマーをモノマー2(M2)とした際に、M1のラジカルがM1と反応する反応の速度定数をk11、M1のラジカルがM2と反応する反応の速度定数をk12とし、r1=k11/k12で求められる一般的なモノマー反応性比r1である。上記反応性比r1としては、Polymer Handbook Forth Edition(ISBN:0-471-48171-8)に記載されている値を用いてよい。ただし、複数の値が記載されている場合は、最も低い値を用いるものとする。
上記文献に記載がない場合は、公知の文献の値を用い、公知の文献の値がない場合は、バルク重合や溶液重合、懸濁重合を行い、Kelen-Tudos法により反応性比を決定してよい。複数の測定により反応性比に差が出た場合は、その中で最も低い値を用いる。
ただし、合成したポリマーを構成するモノマーの中で反応性比が未知なモノマーの占める割合が相対的に少なく、反応性比が未知のモノマーの反応性比の値がいずれであっても比較したい閾値との大小関係が変わらない場合は未知のままとして扱ってもよい。例えば、VDC/MA/「反応性比が未知のモノマー」の質量組成が90/8/2であり、反応性比r1が0.7未満のモノマーの割合が4質量部以下か否かを判断したいのであれば、反応性比が未知のモノマーの反応性比r1が0.7未満だったとしても、全体としては反応性比r1が0.7未満のモノマーの割合は2質量部にしかならない。このような場合は、反応性比が未知のモノマーの反応性比は、未知のままで扱ってもよい。
【0046】
例として、いくつかのモノマーの塩化ビニリデンに対する反応性比r1を示す。
アクリル酸ブチル:0.84
アクリル酸エチル:0.58
アクリル酸メチル:0.7
アクリル酸:0.29
アクリロニトリル:0.28
メタクリル酸メチル:0.02
メタクリル酸:0.15
メタクリロニトリル:0.036
塩化ビニル:1.8
【0047】
塩化ビニリデンに対する反応性比r1が0.7未満である共重合モノマーとしては、公知のものが使用可能であり、好ましくはメタクリル酸メチル、ニトリル基を有するモノマー、及びカルボキシル基を有するモノマーである。
上記反応性比r1が0.7未満である共重合モノマーは、1種を単独で用いてもよいし、複数種を組み合わせて用いてもよい。
【0048】
上記ニトリル基を有するモノマーは、好ましくはアクリロニトリル、メタアクリロニトリルであり、特に好ましくはメタアクリロニトリルである。
上記カルボキシル基を有するモノマーは、好ましくはアクリル酸、イタコン酸、マレイン酸、メタクリル酸であり、より好ましくはアクリル酸、メタクリル酸である。
【0049】
上記ニトリル基を有するモノマーに由来する構造単位の質量割合は、ハロゲン化ビニルモノマーに由来する構造単位と反応性比r1が0.7未満である上記共重合モノマーに由来する構造単位と反応性比r1が0.7以上である上記共重合モノマーに由来する構造単位との合計質量を100質量%としたときに、1質量%以上であることが好ましく、より好ましくは4質量%以上、さらに好ましくは6質量%以上である。
【0050】
塩化ビニリデンに対する反応性比r1が0.7以上のモノマーは、公知のものが使用可能であり、好ましくは塩化ビニル、アクリル酸メチル(以下、MAと示す)、アクリル酸ブチルである。
上記反応性比r1が0.7以上である共重合モノマーは、1種を単独で用いてもよいし、複数種を組み合わせて用いてもよい。
【0051】
これらのモノマーを共重合させることにより、上記ステップBで合成されるポリマーを含むハロゲン化ビニル共重合体の水分散体から作製されたフィルムは高い水蒸気バリア性を有する。
【0052】
ステップBで合成されるポリマーのモノマー組成は、下記の方法により採取したサンプルを、テトラヒドロフラン-d8に溶解させ、NMR測定を行うことで評価することができる。
【0053】
1)ハロゲン化ビニル共重合体の水分散体を入手可能な場合はこの方法を用いる。
ハロゲン化ビニル共重合体の水分散体10mLを凍結乾燥し、凍結乾燥品を0.5g採取する。採取した凍結乾燥品をサンプルとして後述のアセトン沈殿を行い、アセトン沈殿物を得る。これを測定サンプルとする。
2)ハロゲン化ビニル共重合体の水分散体を入手できず、水分散体が塗布されたフィルムのみ入手可能な場合は以下の方法を用いる。
ハロゲン化ビニル共重合体が塗布されたフィルムよりハロゲン化ビニル共重合体を分離し、0.5g採取し、後述のアセトン沈殿を行い、アセトン沈殿物を測定サンプルとする。
上記1)、2)の精製過程では、アセトンを用いることにより、ステップAで合成されたポリマーを取り除いた状態となり、ステップBで合成されるポリマーのNMR測定を行うことができる。また、ステップA及びB以外の乳化重合ステップ(後述のステップC等)で合成されたポリマーを含む場合には、後述のアセトン沈殿の他、当該各ポリマーに応じた方法を用いてそれぞれ除去するものとする。
【0054】
ハロゲン化ビニル共重合体がコートされたフィルムよりハロゲン化ビニル共重合体を分離する手法としては下記の(A)~(C)の方法が可能な場合はこれらを用いる。(A)が可能な場合は(A)を用い、(A)が困難であり(B)が可能な場合は(B)を用い、(A)及び(B)が困難であり(C)が可能な場合は(C)を用いる。(A)~(C)のいずれも困難であり、その他に分離可能な手段がある場合はそれを用いてもよい。その場合、分離物中のハロゲン化ビニル共重合体以外の不純物の含有量は可能な限り少なくなるよう洗浄、乾燥することが好ましい。上記不純物の質量割合は、好ましくは測定試料中0.5質量%以下である。乾燥処理の条件として温度60℃以下、処理時間は10時間以下とする。ここで、不純物とは、混入したプライマーや溶剤等の塗工前のハロゲン化ビニル共重合体の水分散体に含まれない成分を指し、水分散体に初めから添加されている乳化剤等の添加剤は含まない。分離物中の乳化剤量は、下記の手順で測定することができる。i)乾燥させた分離物の質量をW1とする。ii)分離物を質量の50倍以上の大量の純水で洗浄する。この時、ポリマーも一緒に流れ出ないように注意する。iii)洗浄した分離物を乾燥させ質量をW2とする。iv)乳化剤の質量をW1-W2より求める。
(A)ピンセット等で物理的に剥離するか、削り出す。
(B)ハロゲン化ビニル共重合体は溶解せず、プライマーを溶解させる溶剤を用いることで化学的に分離する。好ましくはアセトンである。
(C)ハロゲン化ビニル共重合体が溶解し、基材のフィルムが溶解しない溶剤を用いてハロゲン化ビニル共重合体を溶出、乾燥させて分離させる。
(B)、(C)の方法により溶剤を用いて分離した場合は、ハロゲン化ビニル共重合体が分解しない範囲で乾燥炉等を用いて乾燥させ、分離物中に占める溶剤の重量が0.5質量%以下であることを確認した後で測定を行う。乾燥条件は温度50℃以下、乾燥時間は10時間以下とし、必要な場合減圧下で行う。
【0055】
<アセトン沈殿>
サンプルを99.9wt%以上の純度のテトラヒドロフラン10mLに溶解させた溶液に、アセトンを40mL滴下する。生じた沈殿物をろ過し、ろ過して残った不溶分(アセトン沈殿物)を採取する。なお、テトラヒドロフランに溶解させる際に溶けにくい場合はテトラヒドロフランが沸騰しない範囲で加温、攪拌してよい。
【0056】
NMRの測定条件は下記のとおりである。
装置:JEOL RESONANCE ECS400(1H)、Bruker Biospin Avance600(13C)
観測核:1H(399.78MHz)、13C(150.91MHz)
パルスプログラム:Single pulse(1H)、zgig30(13C)
積算回数:256回(1H)、10000回(13C)
ロック溶媒:THF-d8
化学シフト基準:THF(1H:180ppm、13C:67.38ppm)
得られたNMRスペクトルを用いて、モノマーの帰属を行い、ピークを積分することで共重合体中の組成を同定する。
【0057】
例として、塩化ビニリデン、メタクリロニトリル、メタクリル酸メチル、アクリル酸、に由来する構造単位を含有するポリマーの場合、13C-NMRのスペクトルにおいて80~90ppmを積分することで塩化ビニリデンに由来する構造単位、110~130ppmを積分することでメタクリロニトリルに由来する構造単位、170~180ppmを積分することでメタクリル酸メチルに由来する構造単位、180~200ppmを積分することでアクリル酸に由来する構造単位の含有量を求め、全体に占める各モノマーの構成比を算出する。
【0058】
上記の構成比の算出では、メタクリル酸メチルの量を求めるためにCOOCH基(下記式中のa)のピークを積分している。同じくCOOCH基を持つモノマーで塩化ビニリデンとよく共重合されるものとしてアクリル酸メチルがある。両者を区別する際は、HNMRのスペクトルにおいて、COOCH基が結合している主鎖の炭素に結合しているメチル基(下記式中のb)のピークの有無で判断する。このメチル基は結合している主鎖の炭素が水素と結合していないため分裂しておらず、ピーク位置は2ppm程度である。メタクリル酸メチル以外にメチル基を有するモノマー、例えばメタクリロニトリルが入っていた場合は、2ppm付近のメチル基のピークの本数が複数になっていることから判断できる。
【化1】
【0059】
また、アクリロニトリルとメタクリロニトリルの区別も同様にメチル基(上記式中のb)のピークの有無で判断する。
【0060】
必要に応じて上記の不溶分に対して二次元NMR測定、赤外分光法等を追加で測定し、モノマーの帰属を行う。また、組成が既知の共重合体を重合して同様の手法で測定を行い、比較を行ってもよい。
【0061】
[[乳化重合ステップC]]
本実施形態のハロゲン化ビニル共重合体の水分散体の合成プロセスを構成するステップは、上記ステップA及びステップB以外に、任意の乳化重合ステップC(以下、単に「ステップC」ともいう。)を含んでもよい。
ステップCで合成されるポリマーは、全てのステップ終了後に得られたハロゲン化ビニル共重合体の総質量を100質量%としたときに、20質量%以下であることが好ましく、より好ましくは5質量%以下である。
【0062】
ステップBで合成されたポリマーの質量の割合は、最終的に得られた水分散体を構成するハロゲン化ビニル共重合体の総質量を100質量%として、90質量%以上であることが好ましく、より好ましくは95質量%以上であり、さらに好ましくは96質量%以上である。また、99.9質量%以下であることが好ましく、より好ましくは99質量%以下、さらに好ましくは97質量%以下である。
ステップB以外で合成されたポリマーの総質量の割合は、最終的に得られた水分散体を構成するハロゲン化ビニル共重合体の総質量を100質量%として、0.1質量%以上であることが好ましく、より好ましくは1.0質量%以上であり、さらに好ましくは3.0質量%以上である。また、10.0質量%以下であることが好ましく、より好ましくは4.0質量%以下である。
ステップB以外で合成されたポリマーの総質量が多いほど、機械的安定性が向上するが、総質量が多くなりすぎると、水蒸気バリア性が低下する傾向にある。
【0063】
本実施形態のハロゲン化ビニル共重合体の水分散体は、ハロゲン化ビニル共重合体を上述のメタノール沈殿法により精製して得られた精製ポリマーを溶媒グラジエントクロマトグラフィー法により測定して得られたクロマトグラムと、ハロゲン化ビニル共重合体を上述のアセトン沈殿法により精製して得られた精製ポリマーを溶媒グラジエントクロマトグラフィー法により測定して得られたクロマトグラムとを比較した際に、メタノール沈殿法で精製して得られた精製ポリマーのクロマトグラムのみに現れるピーク(以下、「ピークI」ともいう)が存在することを特徴とする。
溶媒グラジエントクロマトグラフィー法は、異なる種類のポリマーが混在している場合に、それらの溶媒に対する溶解性の違いを利用してそれぞれを分離・検出することのできる分析法である。
【0064】
メタノール沈殿法では、ステップAで合成されたポリマー及びステップBで合成されたポリマーの両方が精製される。従って、水分散体のハロゲン化ビニル共重合体をメタノール沈殿法で精製して得られた精製ポリマーを、溶媒グラジエントクロマトグラフィー法で測定すると、ステップBで合成されたポリマーに由来するピークと、ステップAで合成されたポリマーに由来するピークの両方がそれぞれ検出される。
一方、アセトン沈殿法では、ステップAで合成されたポリマーは取り除かれ、ステップBで合成されたポリマーのみが精製される。従って、水分散体のハロゲン化ビニル共重合体をアセトン沈殿法で精製して得られた精製ポリマーの場合、溶媒グラジエントクロマトグラフィー法で測定すると、ステップBで合成されたポリマーに由来するピークのみが観測される。
従って、メタノール沈殿法で得た精製ポリマーのクロマトグラムにのみ存在し、アセトン沈殿法で得た精製ポリマーのクロマトグラムには存在しないピークIを、ステップAで合成されたポリマーに由来するピークとして帰属することができる。また、メタノール沈殿法で得た精製ポリマーのクロマトグラムと、アセトン沈殿法で得た精製ポリマーのクロマトグラムの両方に存在するピーク(以下、「ピークII」ともいう)は、ステップBで合成されたポリマーに由来するピークと帰属することができる。
ここで、「メタノール沈殿法で得た精製ポリマーのクロマトグラムにのみ存在し、アセトン沈殿法で得た精製ポリマーのクロマトグラムには存在しない」とは、メタノール沈殿法で得た精製ポリマーのクロマトグラムのピークと比べ、最大3回のアセトン沈殿法を繰り返して精製を行った精製ポリマーのクロマトグラムにおいて同じ位置に現れたピークのピーク面積が1/10以下になっている((最大3回のアセトン沈殿法で得た精製ポリマーのピークのピーク面積)/(メタノール沈殿法で得た精製ポリマーのピークのピーク面積)≦1/10となっている)ことを指す。
アセトン沈殿を繰り返す際は、アセトン沈殿で得られた精製ポリマーを再度THFに溶解し、アセトン沈殿を行う。
繰り返しアセトン沈殿を行い精製する度に、ポリマーの質量は減少していく。そのため、繰り返し時に用いる溶媒量は、各繰り返し回でポリマーの濃度が変わらないように、精製させるサンプル量に比例させる。基準として、サンプル0.5gに対してはテトラヒドロフランを10mL、アセトン40mLを用いる。例えば、0.4gのサンプルを精製する場合は、テトラヒドロフランの量は10mL×0.4/0.5=8mLとし、アセトンは40mL×0.4/0.5=32mLとする。
なお、本開示で、全てのアセトン沈殿及びメタノール沈殿において、アセトン及びメタノールは1時間かけてゆっくりと滴下し、滴下中、溶液は常にマグネチックスターラーで攪拌を行う。ろ過した後は不溶分を20℃で一日以上、真空乾燥させて溶剤を揮発させる。
【0065】
<溶媒グラジエントクロマトグラフィー法による測定方法>
ハロゲン化ビニル共重合体の水分散体を乾燥させたサンプルを0.5g採取し、メタノール沈殿法により精製したポリマーをポリマーMe、アセトン沈殿法により精製したポリマーをポリマーAcとする。ここで、ハロゲン化ビニル共重合体の水分散体を乾燥させたサンプルは、水分散体が塗布されたフィルムから分離するか、水分散体をアルミ箔上に乾燥塗布量が10g/mとなるように塗布し、100℃のオーブンで1分乾燥させたのちアルミ箔から剥離することにより得る。
ポリマーMe及びポリマーAcの内、測定を行いたいポリマーを所定の濃度になるようにテトラヒドロフランに添加し、攪拌を行って溶解させ、測定サンプルとする。このとき、テトラヒドロフランが沸騰しない範囲で加温・攪拌を行ってもよい。60℃まで加温・攪拌しても目視で白濁している場合は、遠心分離(12000rpm×10分)を行った後、上澄みを測定サンプルとする。
【0066】
測定サンプルに対して、下記の条件で溶媒グラジエントクロマトグラフィー法での測定を行う。カラムは装置取り付け後1か月以内のものを用いる。
装置:HITACHI Chromaster(株式会社日立ハイテクサイエンス製)
解析ソフト:Waters Empower3
カラム:YMC-Pack ODS-AM(株式会社ワイエムシィ製、6.0mm I.D.×150mm、粒子径5μm、細孔径12nm)
カラム温度:30℃
配管長さ:カラム出口から検出器まで50cm程度
分析室温度:20℃±5℃
検出:UV検出器
流速:1.0mL/min
移動相:A=テトラヒドロフラン(THF)、B=アセトニトリル
注入量:10μL
洗浄条件:洗浄120秒×2、洗浄ポート20秒
グラジェント条件:下記表1のとおり
【0067】
【表1】
【0068】
測定サンプルの種類によっては、装置中に残留した測定サンプルが次回以降の測定に混入する、いわゆるキャリーオーバーが発生する場合がある。キャリーオーバーが発生した状態では他の測定サンプルの測定を行うことはできない。測定サンプルを変更する際は必ずブランクの測定を挟みキャリーオーバーがないことを確認する。キャリーオーバーが発生している場合は、装置を適切に洗浄し、ブランクにキャリーオーバーが見られないことを確認した後に次の測定に移る。
【0069】
ポリマーMeのクロマトグラムにおいて、ステップAで合成されたポリマーに由来すると帰属したピーク(ピークI)の面積から、測定サンプル中におけるステップAで合成されたポリマーの濃度cを求めることができる。この濃度cから、ステップAで合成されたポリマーの総質量がハロゲン化ビニル共重合体(ポリマーMe)の総質量に対して占める割合を求めることができる。例えば、測定サンプル中のステップAで合成されたポリマーの濃度cが0.1mg/mLと求められた場合は、精製ポリマーMe全体の濃度10mg/mLを用いて、0.1/(10)×100=1質量%と求められる。
このようにピークIのピーク面積から求めたピークIに帰属するポリマーの含有量は、ハロゲン化ビニル共重合体の総質量を100質量%として、0.1質量%以上であることが好ましく、より好ましくは1.0質量%以上であり、さらに好ましくは3.0質量%以上である。また、10.0質量%以下であることが好ましく、より好ましくは4.0質量%以下である。
【0070】
ステップAで合成されたポリマーに由来すると帰属したピーク(ピークI)の頂点の検出時間は、9分未満である。ピークIの頂点の検出時間がこの範囲にあると、ステップAで合成されたポリマーの合成に用いられたモノマー群のn-オクタノール/水分配係数(logPow)の平均値が2.2以下であることを意味する。ピークIの頂点の検出時間は、好ましくは8分未満であり、より好ましくは7.5分未満であり、更に好ましくは7.2分以下である。
また、ピークIの頂点の検出時間は、好ましくは6分以上であり、より好ましくは6.5分以上であり、更に好ましくは6.7分以上である。
【0071】
ピークIの頂点の検出時間は6分以上8分未満であることが好ましく、より好ましくは6.5分以上7.5分未満であり、更に好ましくは6.7分以上7.2分以下である。ピークIの頂点の検出時間がこの範囲にあると、ステップAで合成されたポリマーはメタクリル酸メチルのホモポリマー、もしくはメタクリル酸メチルを主成分とする共重合体であると帰属でき、より好ましい範囲にあるほどメタクリル酸メチルに由来する構成単位が占める割合が高い。
ピークIの頂点の検出時間が上記範囲内であれば、測定サンプル中におけるステップAで合成されたポリマーの濃度cは次の手順で求めることができる。
この場合、ステップAで合成されたポリマーは、上述のようにメタクリル酸メチルのホモポリマー、もしくはメタクリル酸メチルを主成分とする共重合体であると帰属できる。
ピークIの頂点の検出時間が上記範囲内にある場合では、検出される吸収強度において、メタクリル酸メチルに由来する構成単位の寄与がほとんどであり、ピークIをメタクリル酸メチルのホモポリマーに由来すると近似することができる。メタクリル酸メチルのホモポリマーは、上述のTg測定用乳化重合法を用いてメタクリル酸メチルを重合させた後、水分散体を凍結乾燥させ、メタノール沈殿させることで得られる。得られたサンプルをPMMA標準と呼ぶ。
PMMA標準を、濃度を三水準以上振ってテトラヒドロフランに溶解させ、ピークIの面積値と濃度の関係を表す検量線を作成する。検量線は最小二乗法で一次関数にフィッティングする。ポリマーMeのピーク面積値Xを求めた関数に代入して濃度cが求められる。ただし、求めた濃度cが検量線作成に用いた標準の最大値より大きいか、最小値より小さい場合は、cが標準の最大値より小さく、かつ最小値より大きくなるまでデータの追加を行い、追加データを用いてフィッティングをやり直す。
【0072】
ピークIがメタクリル酸メチルのホモポリマー、又はメタクリル酸メチルを主成分とする共重合体と帰属できない場合(ピークIの頂点の検出時間が6分以上8分未満ではない場合)は、新たに検量線を作成し、濃度cを求める。
ステップAで合成されたポリマーと同じ組成のポリマーを用意し、濃度を三水準以上振ってテトラヒドロフランに溶解させた標準を作製する。標準のピーク位置がピークIの位置と同じであることを確認した後、ピークIの面積値と濃度の関係を表す検量線を作成する。検量線は最小二乗法で一次関数にフィッティングする。ポリマーMeのピーク面積値Xを求めた関数に代入して濃度cが求められる。ただし、求めた濃度cが検量線作成に用いた標準の最大値より大きいか、最小値より小さい場合は、cが標準の最大値より小さく、かつ最小値より大きくなるまでデータの追加を行い、追加データを用いてフィッティングをやり直す。
標準を作製するための前記ステップAで合成されたポリマーと同じ組成のポリマーは、ステップAで合成したポリマーが単離可能な場合はそれを用いる。ここで、単離された状態とは、他のステップで合成されたポリマーを含まないことを意味し、乳化剤などの当該ステップAで添加された添加剤は含んでいてもよい。単離できない場合は、ステップAで用いられたモノマー群の質量組成が既知の場合は、その質量組成で混合したモノマー混合物を用いて、不明な場合は分析によりモノマーの質量組成の特定を行った後、上述のTg測定用乳化重合法を用いて標準ポリマーを作製する。標準ポリマーの作製に用いたモノマーについて溶媒グラジエントクロマトグラフィー法で分析を行い、ピークの検出時間が検量線を作成したいピークの検出時間と比較して±0.5分の誤差範囲内であれば上記の検量線の作成に用いて良い。なお、ピークの検出時間の誤差が±0.5分以内にならない場合、標準ポリマーの重合率が80%未満である場合、又は標準ポリマーのピークが複数に割れた場合等は、標準ポリマーとして不適である。これらの場合は、分子量や重合中に生じる組成の偏りなどの影響が考えられるため、上述のTg測定用乳化重合法において開始剤や還元剤の量、モノマーのフィード条件、反応時間、温度等を調整することにより、ピークの検出時間の誤差が±0.5分以内、重合率が80%以上、かつ単峰性のピークとなる適切なサンプルを作製する。
モノマー組成の特定法は、例えば、溶媒グラジエントクロマトグラフィー法を行って分取したピークIのポリマーのサンプルをNMR測定やIR測定することなどが挙げられる。この時、一度の溶媒グラジエントクロマトグラフィーで必要量のサンプルが入手できない場合は、複数回にわたって分取しても良い。また、アセトン沈殿法を実施した時に得られるアセトン可溶分はステップAで合成されたポリマーを多く含むため、アセトン可溶分を分析することにより組成の特定を行っても良い。
【0073】
溶媒グラジエントクロマトグラフィー法において、ピーク面積は次の通り求める。
ピークの前後を結ぶように(ピークの立ち上がりから立下りまで)ベースラインを引き、ピークとベースラインに囲まれた範囲の面積を求める。単位はmV・secとする。
複数のステップAが存在し、ステップAで合成されたポリマーに帰属されるピークIが複数存在する場合は、検出時間は面積で加重をかけた平均とする。例えば、面積が10、検出時間5のピークと、面積が20、検出時間が10のピークがあった場合、検出時間は、(10×5+20×10)/(10+20)=8.33のように求める。
ステップAで合成されたポリマーの総質量は、それぞれのピークについて検量線を用いてピーク面積、濃度、質量の計算を行った後、得られたそれぞれの質量の和を取って求める。
【0074】
なお、ピークの検出時間は、一般に、カラムのコンディション等の特定困難な要因により多少の変動を受ける。そのため、得られた検出時間は、下記式にて補正する。
=t-(t-6.9)
(t:PMMA標準を単独で測定したときに得られるピークの検出時間、tm:補正前の検出時間、tp:補正後の検出時間)
【0075】
(ハロゲン化ビニル共重合体の水分散体の特性)
上記ハロゲン化ビニル共重合体の水分散体の最大融解ピーク温度(最大の融点)、及び融解ピーク面積は下記の2つの方法(i)、(ii)のいずれかで作製したサンプルを用いて評価することができる。最大の融解ピーク温度は170℃以下であることが好ましく、特に好ましくは160℃以下である。
【0076】
上記ハロゲン化ビニル共重合体の水分散体の170℃以上の融解ピーク温度を有する融解ピークの面積をS1、170℃未満の融解ピーク温度を有する融解ピークの面積をS2としたときにS1/(S1+S2)は0以上0.33以下であることが好ましく、特に好ましくは0.31以下、更に好ましくは0.26以下である。
【0077】
(i)ハロゲン化ビニル共重合体の水分散体を入手可能な場合この方法を用いる。
ハロゲン化ビニル共重合体の水分散体をアルミ板上に乾燥塗布量が10g/mとなるようにメイヤーバーにて塗布し、100℃に保ったオーブン中で1分間乾燥する。乾燥させたフィルムを5分以内にピンセットで剥離しハロゲン化ビニル共重合体の単独膜を採取する。上記の単独膜から5mgを採取し測定に用いる。
なお、水分散体に結晶核剤等の添加剤が添加されている場合は、添加剤が添加された状態の水分散体を用いてサンプル作製、測定を行う。
【0078】
(ii)ハロゲン化ビニル共重合体の水分散体を入手できず、水分散体が塗布されたフィルムのみ入手可能な場合はこの方法を用いる。
ハロゲン化ビニル共重合体が塗布されたフィルムよりハロゲン化ビニル共重合体を分離し、5mg採取し測定に用いる。
ハロゲン化ビニル共重合体がコートされたフィルムよりハロゲン化ビニル共重合体を分離する手法としては下記の(A)~(C)の方法が可能な場合はこれらを用いる。(A)が可能な場合は(A)を用い、(A)が困難であり(B)が可能な場合は(B)を用い、(A)及び(B)が困難であり(C)が可能な場合は(C)を用いる。(A)~(C)のいずれも困難でありその他に分離可能な手段がある場合はそれを用いても良い。その場合分離物中のハロゲン化ビニル共重合体以外の不純物の含有量は可能な限り少なくなるよう洗浄、乾燥することが好ましい。上記不純物の質量割合は、好ましくは測定試料中0.5wt%以下である。乾燥処理の条件として温度60℃以下、処理時間は10時間以下とする。ここで不純物とは混入したプライマーや溶剤等の塗工前のハロゲン化ビニル共重合体の水分散体に含まれない成分を指し、水分散体に初めから添加されている乳化剤等の添加剤は含まない。分離物中の乳化剤量は、下記の手順で測定することができる。i)乾燥させた分離物の質量をW1とする。ii)分離物を質量の50倍以上の大量の純水で洗浄する。この時ポリマーも一緒に流れ出ないように注意する。iii)洗浄した分離物を乾燥させ質量をW2とする。iv)乳化剤の質量をW1-W2より求める。
(A)ピンセット等で物理的に剥離するか、削り出す。
(B)ハロゲン化ビニル共重合体は溶解せず、プライマーを溶解させる溶剤を用いることで化学的に分離する。好ましくはアセトンである。
(C)ハロゲン化ビニル共重合体が溶解し、基材のフィルムが溶解しない溶剤を用いてハロゲン化ビニル共重合体を溶出、乾燥させて分離させる。
(B)、(C)の方法により溶剤を用いて分離した場合は、ハロゲン化ビニル共重合体が分解しない範囲で乾燥炉等を用いて乾燥させ、分離物中に占める溶剤の重量が0.5wt%以下であることを確認した後で測定を行う。乾燥条件は温度50℃以下、乾燥時間は10時間以下とし、必要な場合減圧下で行う。
【0079】
上記の手法で採取したサンプルをTAintsruments社製の示差走査熱量分析計Q-2000を用いて窒素雰囲気下で10℃/minで170℃まで加熱し、10℃/minで-40℃まで冷却する。次に10℃/minで190℃まで加熱し、190℃までの測定データを取得する。取得した190℃までの測定データのうち、180℃以上では塩化ビニリデンの分解が始まるため、180℃以上のデータは用いず、2度目の加熱時の、-40℃から180℃までの測定値を用いて最大の融解ピーク温度を求める。
【0080】
この測定ではサンプルパンとして、アルミニウムのTzero PanとTzero hermetic Lid(TAinstruments社製)を用い、レファレンスとしてこのパンの空パンを用いた。すなわち、サンプル測定結果から、空パン測定結果を差し引いた値に基づいて、最大の融解ピーク温度を算出する。
【0081】
1q
次に、下記に記載の方法で基線を引いて170℃未満の融解ピークの面積をQ-2000の解析ツールTAUniversal AnalysisにおいてIntegrate Peak Linearを用いて計算しこれをS2とする。170℃未満に融解ピークがないときは、S2は0とする。
【0082】
下記に記載の方法で基線を引いて170℃以上の融解ピークの面積をQ-2000の解析ツールTAUniversal AnalysisにおいてIntegrate Peak Linearを用いて計算しこれをS1とする。170℃以上に融解ピークがないときは、S1は0とする。
求めたS1、S2の値は小数第二位を四捨五入する。
【0083】
ベースラインが同一直線状にない場合があるが、そうした例については文献(Inorganic Materials, vol. 3, Jul. 271-283 (1996)に記載がある。
【0084】
基線の引き方の例としていくつか挙げる。複数のピークが存在する場合、ピークごとに基線を引いて面積を計算する。なお、以下の場合において、接線が複数引ける場合、最も傾きの絶対値が大きいものを、その曲線の接線として採用する。
【0085】
(I):ピークを挟んで正側及び負側の曲線に接する1本の接線が引ける場合、正側及び負側の曲線に接する接線を基線とする。
(II):(I)に該当せず、ピークが、ピークの正側、負側ともに横軸に平行な線で挟まれている場合、ピークを挟んで、正側、負側それぞれの吸熱ピークが横軸に平行でなくなる点(正又は負に傾く点)を結んだ線を基線とする。
(III):(I)(II)に該当せず、ピークの正側、負側の一方が横軸に平行な線であり、もう一方が曲線である場合、横軸に平行な線が横軸と平行でなくなる点を始点とし、もう一方の曲線側に接線を引き基線とする。
(IV):(I)(II)(III)のいずれにも該当せず、ピークの正側が180℃の測定上限により切れている場合、180℃の点を始点とし、ピークの負側に接線を引き基線とする。なお、ピークの負側が横軸に平行な線であるとき、上記始点と横軸に平行でなくなる点とを結んだ線を基線としてよい。
【0086】
(乳化重合の条件)
本実施形態のハロゲン化ビニル共重合体の水分散体は、ステップA及びBを含む各ステップにおいて、モノマー混合物を乳化重合することによって製造することができる。特に限定されないが、乳化重合は、通常、30~70℃の温度で行われる。重合温度は、好ましくは40~60℃の範囲内である。重合温度を70℃以下にすることにより、重合中の原料の分解が抑えられるため、好ましい。重合温度を30℃以上にすることにより、重合速度を上げることができるので、重合の効率が良くなる。
【0087】
上記ステップBで合成されるポリマーは、塩化ビニリデンに対する反応性比r1が0.7未満である共重合モノマー(即ち、塩化ビニリデンと反応しにくいモノマー)とハロゲン化ビニルモノマーとを含む共重合体であることから、反応器中では反応性比r1が0.7未満である共重合モノマーが、ハロゲン化ビニルモノマーよりも優先的に消費される。従って、反応中に未反応モノマーが蓄積した場合、未反応モノマーは仕込み量と比べてハロゲン化ビニルモノマーを多く有する混合モノマーとなる。それにより重合終盤で共重合体中にハロゲン化ビニルモノマーを多量に有するブロックが形成され、ポリマーは高い融点を有することになる。顕著な場合、生成した共重合体は二つの融解ピークを有し、ハロゲン化ビニルモノマーのブロックが多く形成されているほど170℃以上の融解ピーク面積が増加する。
【0088】
ハロゲン化ビニルモノマーを多量に有するブロックが多く形成された水分散体においては、長期保存時にブロックを起点とする結晶化に伴う成膜不良が起きやすくなる。
従って、長期保存後の成膜性を向上させるためには、170℃以上の融解ピーク面積が小さい、つまりハロゲン化ビニルモノマーを多量に有するブロックの量が少ない共重合体を重合することが重要である。
【0089】
上記ポリマーの170℃以上の融解ピークの面積を制御する方法については特に制限はないが、例として下記のいずれか、もしくは複数を組み合わせて使用することができる。
【0090】
170℃以上の融解ピークの面積を制御する方法-1
ステップBの乳化重合に用いるハロゲン化ビニルモノマー及び反応性比r1が0.7未満の共重合モノマーは、例えば重合前に予め所定量を混合し、連続的に投入してもよいし、段階的にバッチ投入してもよい。連続、又は段階的に投入する場合の1時間あたりに添加するハロゲン化ビニルモノマー及び反応性比r1が0.7未満の共重合モノマーの添加量は、1時間あたりに重合中に消費されるハロゲン化ビニルモノマー及び反応性比r1が0.7未満の共重合モノマーの量を上回らないようにすることが好ましく、1時間あたりに重合中に消費されるハロゲン化ビニルモノマー及び反応性比r1が0.7未満の共重合モノマーの合計量の95質量%以下であることが好ましく、より好ましくは90質量%以下、さらに好ましくは85質量%以下である。
例として、重合温度が50℃の場合、添加するハロゲン化ビニルモノマーと反応性比r1が0.7未満の共重合モノマーとの総質量100質量部に対して、80質量部に相当するモノマー原料を20時間以上、特に好ましくは25時間以上、更に好ましくは30時間以上をかけて添加することが好ましい。連続、又は段階投入する時間は、重合温度によって最適化することが好ましい。ステップAで合成したシードラテックスを原料として用いない場合の好ましい一態様は、重合初期にモノマーをバッチ投入し、後に残量を連続投入する方法である。例えば、重合開始時に、原料モノマー中に含まれるハロゲン化ビニルモノマーと反応性比r1が0.7未満の共重合モノマーとの合計質量100質量部に対して1~30質量部のハロゲン化ビニルモノマー及び反応性比r1が0.7未満の共重合モノマーを投入し、その後、上記好適割合のハロゲン化ビニルモノマー及び反応性比r1が0.7未満の共重合モノマーを1時間あたりに添加してよい。モノマーの連続投入を上記の速度で行うことにより反応器中の未反応モノマーの蓄積を軽減することができ、結果として、共重合体の170℃以上の融解ピーク面積を低減することが可能となる。
ステップAで合成したシードラテックスを原料として用いることで、原料モノマーの重合速度が上昇し、未反応モノマーの蓄積を軽減することができる。従って、ステップAで合成したシードラテックスを原料として用いることが好ましい。好ましい一態様として、ステップAで合成した水分散体が存在する重合機に連続的にモノマーを25時間かけて投入する。
【0091】
170℃以上の融解ピークの面積を制御する方法-2
重合中に添加される重合開始剤の総量は、ステップBで合成されるポリマーを100質量部とした時に、0.015質量部以上であることが好ましく、より好ましくは0.04質量部以上、特に好ましくは0.08質量部以上である。重合開始剤の総量を上記の範囲で添加することにより反応器中の未反応モノマーの蓄積を軽減することができ、結果として、共重合体の170℃以上の融解ピーク面積を低減することが可能となる。
また、重合開始剤はモノマーを連続投入する時間以上の時間をかけて連続的に投入することが好ましい。
加えて、開始剤のラジカル分解を加速する重合活性剤が添加されていることが好ましい。
【0092】
170℃以上の融解ピークの面積を制御する方法-3
上記ステップBで合成されるポリマーの乳化重合において、モノマーの連続投入が終了した後、内圧が降下するまで、開始剤、重合活性剤及び/又は乳化剤の添加を継続してよいが、内圧が降下する前に添加を終了してもよい。内圧が降下する前に重合を終了させることにより、反応器中に蓄積したハロゲン化ビニルモノマーを多量に含む未反応モノマーを未反応のままにすることができ、結果として、共重合体の170℃以上の融解ピーク面積を低減することが可能となる。
【0093】
170℃以上の融解ピークの面積を制御する方法-4
原料モノマー中のハロゲン化ビニルモノマーの割合を下げる。
ハロゲン化ビニルモノマーの割合を下げることにより重合末期のハロゲン化ビニルモノマーの蓄積量を減少させ、結果として、共重合体の170℃以上の融解ピーク面積を低減することが可能となる。
【0094】
上記ハロゲン化ビニル共重合体の水分散体のステップA及びステップBの乳化重合に用いることができる界面活性剤として、例えば、アルキル硫酸エステル塩、アルキルベンゼンスルホン酸塩、アルキルスルホコハク酸塩、アルキルジフェニルエーテルジスルホン酸塩、アルキルスルホン酸塩等の陰イオン性界面活性剤が挙げられる。
【0095】
重合開始剤として、例えば、過硫酸ナトリウム、過硫酸カリウム等の過硫酸塩、過酸化水素、tーブチルハイドロパーオキサイド、クメンハイドロパーオキサイド等の過酸化物等が挙げられる。ステップAの重合においては好ましくは過硫酸塩である。ステップBの重合においては好ましくはtーブチルハイドロパーオキサイドである。
【0096】
重合活性剤として、例えば、亜硫酸水素ナトリウム、Dアラボアスコルビン酸ナトリウムのような開始剤のラジカル分解を加速する重合活性剤が添加されていることが好ましい。
【0097】
これら重合添加剤は、特に限定されず、例えば本技術分野において従来から好ましく使用されている種類であってよい。
【0098】
本実施形態のハロゲン化ビニル共重合体の水分散体に含まれるハロゲン化ビニル共重合体粒子は、特に限定されないが、その平均粒径は10~1000nmであることが好ましい。平均粒径をこの範囲とすることで、水分散体の貯蔵安定性が良く、塗工性が向上する。
ハロゲン化ビニル共重合体粒子の平均粒径は、より好ましくは200nm以下であり、更に好ましくは180nm以下であり、より更に好ましくは150nm以下であり、特に好ましくは140nm以下である。本実施形態のハロゲン化ビニル共重合体は、塩化ビニリデンとの反応性比r1が0.7未満である共重合モノマーに由来する構成単位を含むが、前記構成単位を有するハロゲン化ビニル共重合体は結晶化しやすく、成膜ライフが短くなる傾向にある。結晶化は核生成、核成長のプロセスにより進行するが、水分散体の状態では粒子サイズに拘束されているため核は粒子サイズ以上に成長することはできない。平均粒径を小さくすることで、生成した結晶核一つあたりの結晶化できる大きさを小さくすることができ、これにより水分散体全体としての結晶化が抑制され、成膜ライフが伸びる。
また、ハロゲン化ビニル共重合体粒子の平均粒径は、100nm以上であることがより好ましく、更に好ましくは110nm以上であり、特に好ましくは120nm以上である。平均粒径が小さすぎると、水分散体の粘度が高くなるため、平滑な塗膜が得られにくい傾向にある。平滑でない塗膜は、膜厚の薄い部分からガスが透過してしまうため、バリア性に劣る。加えて、平滑ではない塗膜は、不均一な表面が光を散乱させるため、透明性に劣る。また、表面での光の散乱により、ハロゲン化ビニル共重合体から形成された層を有するフィルムの黄色度YIが高くなってしまう。上記範囲内に水分散体を設計することで、平滑な塗膜が得やすい水分散体を得ることができる。
ここで、黄色度YIは、コニカミノルタ株式会社製の色差計CM-5を用いて求めることができる。
【0099】
本実施形態のハロゲン化ビニル共重合体の水分散体の固形分は、10質量%以上が好ましく、より好ましくは40%以上、更に好ましくは50%以上、より更に好ましくは50%超であり、特に好ましくは58%超である。固形分が高いほど塗工1回当たりの塗布量が高くなるため、目標の膜厚を得るために必要な塗工回数が削減され、塗工フィルムの生産性が高い。加えて、水分散体が乾燥時の熱に晒される時間が短くなり、塗膜中のハロゲン化ビニル共重合体が分解して変色するのを抑制することができる。本実施形態のハロゲン化ビニル共重合体は塩化ビニリデンとの反応性比r1が0.7未満である共重合モノマーに由来する構成単位を含み、前記構成単位を有するハロゲン化ビニル共重合体は特に熱により黄色に変色しやすいという欠点があるが、乾燥時の熱に晒される時間が短くなることは、その欠点の改善に寄与する。
なお、本実施形態の水分散体中の固形分とは、水分散体中に含まれる全ての固形成分の総質量の割合を指し、ハロゲン化ビニル共重合体のみであってもよいし、後述の添加剤を含んでいてもよい。
固形分にハロゲン化ビニル共重合体以外の成分の質量割合を含む場合、ハロゲン化ビニル共重合体以外の成分の質量割合は、水分散体を100質量%として7質量%以下であることが好ましい。
【0100】
固形分の測定は、下記の方法により行うことができる。
<固形分の測定>
CEM製の固形分計SMART SYSTEM5に2.5gの水分散体を測り取り、20℃、50%RH環境下で乾燥させて測定を行う。3回測定結果を平均し、(乾燥質量/水分散体の質量)×100の式により固形分を求める。
【0101】
本実施形態のハロゲン化ビニル共重合体の水分散体は、結晶核剤を含むことが好ましい。上記結晶核剤とは、水分散体を成膜させたフィルムの結晶化を促進する添加剤であり、樹脂の結晶化を促進させる公知の結晶核剤が使用可能である。
そのような結晶核剤として、リン酸エステル金属塩、安息香酸金属塩、ピメリン酸金属塩、ロジン金属塩、ベンジリデンソルビトール、キナクリドン、シアニンブルー、シュウ酸金属塩、ステアリン酸金属塩、アイオノマー、高融点PET、カーボンブラック、金属酸化物、金属硫酸塩、カオリン、クレイ、高融点ポリアミド、上述の本実施形態のハロゲン化ビニル共重合体とは異なる組成を有する結晶性樹脂、シリカ、酸化チタン、ワックス、上述の本実施形態のハロゲン化ビニル共重合体とは異なる高結晶性のハロゲン化ビニル共重合体粒子等が挙げられ、一種又は二種以上を併用することも可能である。
好ましくはシリカ、酸化チタン、ワックス、高結晶性のハロゲン化ビニル共重合体粒子であり、特に好ましくはワックス、高結晶性のハロゲン化ビニル共重合体粒子である。
結晶核剤の含有量は、ハロゲン化ビニル共重合体100質量部に対して、好ましくは20質量部以下、より好ましくは10質量部以下、更に好ましくは5質量部以下、より更に好ましくは2質量部以下である。また、結晶核剤の含有量は、好ましくは0質量部超、より好ましくは0.05質量部以上である。
複数の結晶核剤が添加されている場合は合計量を用いる。
【0102】
「ワックス」の語は、本明細書において、いかなる天然又は合成ワックスを示すものと理解される。更に言うと、ハゼロウ、ウルシロウ、サトウキビロウ、パームロウ、カンデリラロウ、ホホバ油、ビーズワックス、鯨ロウ、イボタロウ、羊毛ロウ、FTワックス、パラフィンワックス、マイクロワックス、カルナバワックス、密ロウ、シナロウ、オゾケライト、ポリオレフィンワックス及びモンタンワックス、これらのエステル化物があるが、これらに限定されるものではない。
【0103】
上記高結晶性のハロゲン化ビニル共重合体粒子は、0.33より大きい融解ピーク面積比S1/(S1+S2)を有する。最大の融解ピーク温度が160℃以上であり、特に好ましくは170℃以上である。ここで、最大の融解ピーク温度は上記の融解ピークの測定法に従って測定し、180℃以下での最大のピーク温度を用いる。
また、高結晶性のハロゲン化ビニル共重合体粒子は好ましくは塩化ビニリデン共重合体粒子であり、特に好ましくは塩化ビニリデン共重合体を100質量部とした時に、91質量部以上の塩化ビニリデンが共重合された塩化ビニリデン共重合体の粒子である。
【0104】
これらの結晶核剤を添加することにより、成膜後の結晶化の進行が促進され塗膜は高い水蒸気バリア性を発揮する。
【0105】
また、本実施形態のハロゲン化ビニル共重合体の水分散体は、必要に応じて、一般的に使用されている種々の成分、たとえば、酸化剤、消泡剤、レオロジー調整剤、増粘剤、分散剤、及び、界面活性剤等の安定化剤、湿潤剤、可塑剤、着色剤、シリコーンオイル等を含んでいてもよい。また、この水分散体に、必要に応じて、光安定剤、紫外線吸収剤、シランカップリング剤、無機フィラー、着色顔料、体質顔料、酸化剤等を配合して使用することも可能である。
酸化剤の含有量は、ハロゲン化ビニル共重合体を100質量部としたときに0.01質量以上が好ましく、0.05部以上が特に好ましい。酸化剤の添加により、水分散体をフィルムに塗布後の変色を抑制することができる。酸化剤は、好ましくは酸素系漂白剤であり、より好ましくは過酸化物(過酸化水素等)、過硫酸塩、過炭酸、過酢酸であり、更に好ましくは過酸化水素である。
また、本実施形態のハロゲン化ビニル共重合体の水分散体の溶媒は、水のみであってもよいし、水と他の溶媒(例えば、アルコール類やアセトン等)を含んでいてもよい。他の溶媒を含む場合、水100質量部に対して10質量部以下であることが好ましい。
【0106】
(ハロゲン化ビニル共重合体の重量平均分子量)
本実施形態のハロゲン化ビニル共重合体の重量平均分子量は、30万以下であることが好ましく、より好ましくは20万以下であり、更に好ましくは15万以下であり、特に好ましくは12万以下である。
重量平均分子量が上記範囲内にある場合、本実施形態のハロゲン化ビニル共重合体の水分散体は十分な重合速度を以って重合されたことを意味し、前述したようなハロゲン化ビニルモノマーのブロックが少なく、優れた成膜ライフを有する傾向にある。加えて、成膜後は十分な結晶化速度を有するようになり、塗工後短時間で優れたバリア性を発揮する傾向にある。
また、ハロゲン化ビニル共重合体の重量平均分子量は、好ましくは6万以上であり、より好ましくは8万以上である。重量平均分子量が低いハロゲン化ビニル共重合体は、結晶化速度が速い傾向にある。重量平均分子量が上記範囲内にあると、ハロゲン化ビニル共重合体の水分散体は優れた成膜ライフを有する傾向にある。
ここで、重量平均分子量は、以下の条件でのゲルパーミエーションクロマトグラフィー(GCP)を用いて、ポリスチレン標品検量線より求めることができる。
(装置):prominence((株)島津製作所製)
(装置構成)
送液ユニット:LC-20AD
デガッサー;DGC-20A
オートサンプラー:SIL-20A HT
検出器:RID-10A
カラムオーブン:CTO-20A
解析装置:LCsolution
(使用カラム):
TSKgel GMHXL(東ソー(株)製)
TSKgel G4000HXL(東ソー(株)製)
(キャリヤ):テトラヒドロフラン(THF)
(検出器):RI検出器
(測定温度):40℃
(流速):1.0mL/分
(試料濃度):0.3%溶液
(注入量):100μL
【0107】
(水分散体の表面張力)
本実施形態のハロゲン化ビニル共重合体の水分散体の表面張力は、48mN/m未満であることが好ましく、特に好ましくは45mN/m未満である。表面張力がこの範囲にある水分散体は、長期保管時の安定性に優れる傾向にある。また、高速剪断下での安定性にも優れる傾向にあるため、高速塗工が可能であり、塗工時の生産性が高い。加えて、優れた濡れ性により高速塗工時においても平滑な塗膜が得られやすい。平滑でない塗膜は、膜厚の薄い部分からガスが透過してしまうため、バリア性に劣る。加えて、平滑ではない塗膜は、不均一な表面が光を散乱させるため、透明性に劣る。また、表面での光の散乱により、ハロゲン化ビニル共重合体から形成された層を有するフィルムの黄色度YIが高くなってしまう。
ここで、黄色度YIは、コニカミノルタ株式会社製の色差計CM-5を用いて求めることができる。
また、本実施形態の水分散体の表面張力は、20mN/m以上であることが好ましく、30mN/m以上であることがより好ましく、更に好ましくは35mN/m以上であり、特に好ましくは40mN/m以上である。表面張力がこの範囲であると、低表面張力であることに起因する外観不良が抑制され、優れた透明性、外観を有するフィルムが得られる水分散体となる。
ここで、表面張力は、全自動表面張力計CBVP-Z(協和界面科学株式会社製)を用い、白金プレート法にて20℃50%Rh環境下で測定することができる。
【0108】
本実施形態のハロゲン化ビニル共重合体の水分散体は、ブリスターパッケージ等に用いるフィルムの塗布材料として使用することができる。
【0109】
[フィルム]
本実施形態のフィルムは、上述の本実施形態のハロゲン化ビニル共重合体の水分散体が塗布された層を有する。該層は、上述のハロゲン化ビニル共重合体を少なくとも含み、上述のハロゲン化ビニル共重合体のみからなる層であってもよい。
【0110】
本実施形態のフィルムは、フィルム基材上に本実施形態のハロゲン化ビニル共重合体の水分散体が塗布された層を有することが好ましい。上記フィルム基材には、特に制限は無いが、代表的なものとして、ポリ塩化ビニル、ポリエステル、ポリアミド及びポリプロピレン製のフィルムが挙げられる。最も一般的にはポリ塩化ビニル製のフィルムが用いられる。上記フィルム基材の厚みは、使用する材質により違いがあるが、通常8~300μmであってよい。
【0111】
また、本実施形態のフィルムには、任意選択で、ハロゲン化ビニル共重合体の水分散体が塗布された層以外に、ハロゲン化ビニル以外の重合活性に富むモノマーを主体として機能的に調整された共重合体の層を含んでよい。このような層として、例えば、フィルム基材上に水系樹脂エマルジョンやアクリル系ディスパージョンを用いてプライマーを形成し、その上に上述の本実施形態のハロゲン化ビニル共重合体の水分散体が塗布された層を設けてもよい。
【0112】
本実施形態のフィルムは、任意選択で、本実施形態のハロゲン化ビニル共重合体とは異なる化学的もしくは物理的特性を有する少なくとも1種類のハロゲン化ビニル共重合体の層を更に含んでいてもよい。例えば、本実施形態のハロゲン化ビニル共重合体の水分散体を塗布した層の上にブロッキング防止やフィルムの滑り性向上を目的として、組成の異なるハロゲン化ビニル共重合体の水分散体を塗布したフィルムが挙げられる。
また、別の例としては、本実施形態のハロゲン化ビニル共重合体の層と、可塑性の高いコモノマー、例えば、アクリル酸メチルやアクリル酸ブチルを用いて共重合したハロゲン化ビニル共重合体の層とを交互に積層したフィルムが挙げられる。この構造を有するフィルムは、高い耐衝撃性が期待できる。
なお、このように複数種類のハロゲン化ビニル共重合体の層を有するフィルムの場合、ハロゲン化ビニル共重合体層の厚みは、全ての層の厚みの総和とする。
【0113】
上記ハロゲン化ビニル共重合体の水分散体が塗布された層の乾燥後の塗膜質量は、特に限定されないが、好ましくは、1g/mであり、より好ましくは10g/m以上であり、更に好ましくは40g/m以上である。乾燥後の塗膜質量を増加させることによりフィルム全体としてのバリア性を向上させることができる。
塗膜重量を増加させるためには、一般的に複数回水分散体を重ね塗りする方法が用いられる。重ね塗り回数を増やした場合、長期の保管により成膜性の悪くなった水分散体ではクラックの入ったフィルムに水分散体を重ね塗りすることを繰り返すため均一塗膜を得ることが難しくなる。この理由から、本実施形態の成膜ライフが改善されたハロゲン化ビニル共重合体の水分散体は、最終的な塗膜質量の多いフィルムを作製する上で非常に有用である。
【0114】
本実施形態のハロゲン化ビニル共重合体の水分散体は、上で例示したようなフィルム基材へ塗布され、ブリスターパッケージとして利用することが好ましい。得られたブリスターパッケージは、優れたバリア性(例えば、水蒸気バリア性)を示す。
また、本実施形態のハロゲン化ビニル共重合体の水分散体は、紙へ塗工し防湿紙として利用しても良い。
【0115】
さらに、本実施形態のフィルムは、ブリスターパッケージへの適用以外に、そのままコーティング剤としてクリヤー皮膜を形成させるために使用することもできる。
【0116】
上記フィルム基材に、上述の本実施形態のハロゲン化ビニル共重合体の水分散体を塗布する方法としては、被塗物表面に対して、エアースプレー、エアーレス、ロールコーター、カーテンフローコート、ロールコート、ディップコート、スピンコート等の公知の方法を用いることができる。通常、フィルム基材への塗布後は、常温又は加熱下で所定時間保持して乾燥される。
【0117】
本実施形態のハロゲン化ビニル共重合体の水分散体及びこの水分散体が塗布された層を有するフィルムについて、水蒸気バリア性と長期保存後の成膜性は、下記パラメータ(1)、(2)を用いて評価することができる。
【0118】
(1)水蒸気バリア性
38℃及び100%RHの条件下、MOCON社の水蒸気透過度測定装置PERMATRAN 3/33を用いて本実施形態のハロゲン化ビニル共重合体の水分散体が塗布された層を有するフィルムの水蒸気バリア性を評価することができる(単位:g/m・day@38℃、100%RH)。
ただし、測定開始後48hrから60hrの間の測定値の平均値を水蒸気透過度とする。
測定は4回行い、平均値を用いる。
特に限定されないが、本実施形態のハロゲン化ビニル共重合体の水分散体が塗布された層を有するフィルムは、高いバリア性(例えば、水蒸気バリア性)が要求される用途に適用することができ、その水蒸気透過度の好ましい数値範囲は0.6g/m・day以下、より好ましくは0.5g/m・day以下であり、更に好ましくは0.4g/m・day以下である。
【0119】
(2)長期保存後の成膜性(成膜ライフ)
気温23℃、湿度55%の恒温恒湿室において、水分散体を50mLのサンプル瓶に45mL採取し、蓋を締めて5時間静置する。次に、上記恒温恒湿室において井元製作所製の熱勾配試験機(BIG HEART)を、片方の端を10℃、もう一方の端を30℃になるよう温調し、試験機上の熱勾配が4cmあたり1℃になっていることを確認したのち試験機上に0.2mmのアプリケーターで水分散体を塗工し、12時間乾燥し、その塗膜に直径1mm以上のクラックの生じた最高の温度を最低成膜温度(MFT)とする。1つのサンプルについて10回MFTの測定を行い、平均値を用いる。
作製した水分散体を23℃で保存し、1か月ごとにMFTを測定する。0か月目のMFTをT0、nか月目のMFTをTnとしたときに、Tn-T0からMFTの変化ΔMFTを算出する。ΔMFT≧4℃を満たした時点nで成膜性が損なわれたと考え、ΔMFT≧4℃を初めに満たした時点を長期保存後の成膜性の限界(成膜ライフ)とする。
例えば、0か月目のMFTが12℃、1か月目が13℃、2か月目が16℃だった場合、その水分散体の成膜ライフは2か月である。
この成膜ライフ以降では均一な塗膜を得ることができず、塗膜は十分な水蒸気バリア性を発揮できない。
短い成膜ライフを有する水分散体は流通、保管が困難であるため成膜ライフは長いほど望ましい。一般的に水分散体を流通、保管させるにあたって、この成膜ライフは6か月以上あることが好ましく、より好ましくは7か月以上、更に好ましくは8か月以上、更に好ましくは9か月以上である。
【0120】
合成直後(0か月目)のハロゲン化ビニル共重合体の水分散体のMFT(T0)は、25℃以下であることが好ましく、より好ましくは20℃以下である。MFTが低いほど低温での成膜性に優れる。本実施形態の水分散体は、ハロゲン化ビニル共重合体の熱による分解を避けるため、良好なバリア性を有する塗膜が得られる範囲で低温(好ましくは80℃以下)で乾燥することが好ましいが、MFTを低くすることで乾燥温度を低く設定することが可能になる。
また、合成直後(0か月目)のハロゲン化ビニル共重合体の水分散体のMFT(T0)は、10℃以上であることが好ましく、より好ましくは15℃以上である。MFT(T0)がこの範囲であると、保管中のMFTの上昇が抑えられる傾向にある。
【実施例
【0121】
以下、実施例により本発明を更に具体的に説明する。
なお、実施例及び比較例中の「部」及び「%」は、それぞれ「質量部」及び「質量%」を示す。
【0122】
<水分散体の重合例>
[実施例1]
(ステップA)
ガラスライニングを施した耐圧反応器中に、原料モノマーの合計質量100部に対し、純水300部、亜硫酸水素ナトリウム0.46部、乳化剤としての固形分18%のドデシルベンゼンスルホン酸ナトリウム溶液を乾燥質量で2.2部仕込み、攪拌しながら脱気を行った後、大気圧まで窒素で加圧して内容物の温度を45℃に保った。別の容器にメタクリル酸メチルを用意し、原料モノマーとした。原料モノマーのうち10部を上記耐圧反応器中に一括添加し、0.5時間重合した。
開始剤としての過硫酸ナトリウム0.21部と、乳化剤としての固形分18%のドデシルベンゼンスルホン酸ナトリウム溶液を乾燥質量で2.8部とを純水27部に溶解した溶液を、原料モノマーを10部一括添加した時点から開始して連続的に3.5時間かけて定量投入した。
並行して、原料モノマー10部を一括添加してから0.5時間後に、残りの原料モノマー90部の連続的な添加を開始し、3時間で全量連添を終えた。
原料モノマー90部の添加が終了したら、開始剤としての過硫酸ナトリウム0.18部を純水25.5部に溶解させた溶液を3時間かけて連続的に定量投入した。
開始剤溶液の連続的な添加が終了したら20℃に降温し、重合を終了した。
重合収率は99%であった。かくして得られた水分散体をシードラテックス(I)とする。
(ステップB)
ガラスライニングを施した耐圧反応器中に、原料モノマーの合計質量100部に対し、純水57部、Dアラボアスコルビン酸ナトリウム0.03部、アルキルスルホン酸ナトリウム0.2部を仕込み、シードラテックス(I)を乾燥質量で3.5部添加した。攪拌しながら脱気を行った後、大気圧まで窒素で加圧し、内容物の温度を45℃に保った。別の容器に質量組成比がVDC/MAN=91/9となる原料モノマー混合物を作製した。続いて、モノマー混合物100部を連続的に定量して圧入した。
並行して、t-ブチルハイドロパーオキサイド0.04部を純水3.5部に溶解した開始剤、Dアラボアスコルビン酸ナトリウム0.015部を純水3.5部に溶解した還元剤、及びアルキルジフェニルエーテルジスルホン酸ナトリウム1.6部を純水2.5部に溶解した乳化剤を連続的に定量圧入した。この間内容物を攪拌しながら45℃に保ち、内圧が十分に降下するまで反応を進行させた。
重合収率は99.9%であった。重合収率は、ほぼ100%なので、共重合体の組成は原料仕込み比にほぼ等しい。かくして得られた水分散体に対して、水蒸気ストリッピングによって未反応モノマーを除去した後、ピロリン酸四ナトリウム飽和溶液を用いてpHを2.5に調整した後、固形分を60%に調整した。
この重合において、モノマー混合物100部を連続的に圧入し、全量投入するまでの時間は40時間であった。
【0123】
[比較例1]
特許文献4の実施例1と同様に塩化ビニリデン共重合体の水分散体を作製した。
ガラスライニングを施した耐圧反応器中に、モノマーの合計質量100部に対し、純水57部、Dアラボアスコルビン酸ナトリウム0.03部、アルキルスルホン酸ナトリウム0.2部を仕込み、攪拌しながら脱気を行った後、内容物の温度を45℃に保った。別の容器に質量組成比がVDC/MMA/AN=90.1/9.4/0.5となる原料モノマー混合物を作製した。原料モノマー混合物のうち20部を上記耐圧反応器中に一括添加し、内圧が降下するまで重合した。続いて、残りのモノマー混合物80部を連続的に定量して圧入した。
並行してt-ブチルハイドロパーオキサイド0.014部を純水3.5部に溶解した開始剤、Dアラボアスコルビン酸ナトリウム0.015部を純水3.5部に溶解した還元剤、及びアルキルジフェニルエーテルジスルホン酸ナトリウム1.6部を純水2.5部に溶解した乳化剤を連続的に定量圧入した。この間内容物を攪拌しながら45℃に保ち、内圧が十分に降下するまで反応を進行させた。
重合収率は99.9%であった。重合収率は、ほぼ100%なので、共重合体の組成は原料仕込み比にほぼ等しい。かくして得られた水分散体に対して、水蒸気ストリッピングによって未反応モノマーを除去した後、固形分を50~60%に調整した。
この重合において、モノマー混合物80部を連続的に圧入し、全量投入するまでの時間は21時間であった。
【0124】
[比較例2]
比較例1において原料モノマー混合物の質量組成比をVDC/MAN=91/9とした以外は同様に重合を行った。
【0125】
[比較例3]
特許文献7に記載の実施例1及び2と同様に重合を行った。
(ステップA)
冷却回路を備えた8.7m容の重合オートクレーブ(20rpmで攪拌)に、脱塩水3699Lと、粉末過硫酸アンモニウム溶液と14.07kg(モノマー1kgあたり活性物質6.7g)、ドデシルベンゼンスルホン酸ナトリウム溶液(活性物質20%を含有(コグニス(Cognis)から提供されているDISPONIL LDBS 20))1023l(モノマー1kgあたり活性物質100g)とを連続的に仕込んだ。オートクレーブを閉じた後、絶対圧力140mbarで真空操作を2回行った。
次に、混合物を85℃にしながら攪拌速度を60rpmまで上げた。温度が84℃に達したら、メタクリル酸メチル2100kgを3時間かけて定速で加えつつ、40g/L過硫酸アンモニウム溶液151L(モノマー1kgあたり活性物質2.87g)を同じ3時間の時間をかけて定速で加えた。
メタクリル酸メチルおよび過硫酸アンモニウムの注入終了後、反応媒体の温度と冷却回路の温度との温度差が5℃未満になるまで重合を継続し、続いて1時間の後重合を行った。次に、攪拌速度を20rpmまで落とし、ラテックスを脱気した後、65℃にて3時間、真空下でストリッピングした。
このようにして重合したPMMAシードラテックスの固体含有量は32.5%であった。上述したような流体力学的分画で求めた粒子の平均直径は34nmであった。粒径分布は標準偏差6nmの単峰性であった。
この得られたPMMAシードラテックスをシードラテックス(II)とした。
(ステップB)
シードラテックス(II)を共存させた水性エマルションにおけるVDCの重合
冷却回路を備えた40L容の重合オートクレーブに、脱塩水10.9Lと、0.1g/L硝酸鉄溶液240mLとを連続的に仕込んだ。媒体の攪拌速度を160rpmにした。次に、これにシードラテックス(II)492g(モノマー1kgあたり乾燥物質8g)を仕込んだ。続いてオートクレーブを密閉し、絶対圧力100mbarで真空操作を2回行った。次に、50g/L第2級アルキルスルホン酸塩溶液(バイエル(Bayer)から提供されているメルソラト(Mersolat)H40)212mLと、塩化ビニリデン18.17kgと、アクリル酸メチル1.83kgと、アクリル酸62gとを吸引によって連続的に導入した。
5分間攪拌した後、反応媒体の温度を55℃まで上げた。T=52℃で、14g/Lピロ亜硫酸塩ナトリウム溶液500mLを加えた。T=54℃+20分で、2g/L過硫酸アンモニウム溶液210mLを加え、攪拌速度を120rpmまで落とした。過硫酸アンモニウムの導入終了時を重合(To)開始とした。
To+30分で、425g/L メルソラト(Mersolat)H40 781.2mLを5時間かけて定速で加えながら、50mL/時の定速で、2g/L過硫酸アンモニウム溶液を加えた。反応媒体の温度と冷却回路の温度との温度差が2℃になるまで過硫酸アンモニウムの注入を続けた。この時点で、33.3g/L過硫酸アンモニウム溶液150mLを一度に加え、ラテックスを60分間後重合した。重合時間は12時間であった。
続いて、ラテックスを高温脱気した後、真空下にて70℃でストリッピングした。ストリッピング時、攪拌速度を110rpmまで落とした。ストリッピング後、ラテックスを20℃まで冷却した後、55μmの濾過ポケットで濾過した。さらに、ラテックスの以下の特性を調節した。425g/L メルソラト(Mersolat)H40溶液を用いて表面張力を30~33mN/mに調節し、150g/Lリン酸三ナトリウム溶液を用いてpHを2.5~3.5に調節し、活性物質20%を含有するグライトミッテル(Gleitmittel)8645ワックス(BASFから提供)の乾燥物質38.5mL/kgと150g/L NaOS プロメックス(Promex)溶液(YDSから提供)の乾燥物質16.7mL/kgとで後修飾し、最後に固体含有量を57%から58%に調節した。
【0126】
[比較例4]
特許文献6に記載の実施例4と同様に重合を行った。
(ステップA)
32℃において下記の材料を加熱してポリメタクリル酸メチルシードラテックスの調整を行った。
材料:水380部、メタクリル酸メチル200部、過硫酸アンモニウム2.0部、メタ重亜硫酸ナトリウム2.0部、硫酸アンモニウム鉄0.006部
反応後、ラウリル硫酸ナトリウム12部を水48部に溶解させた溶液を安定化のために添加した。
得られた水分散体の固形分は33.4%であり、平均粒子径は100~120nmだった。
(ステップB)
32℃において下記の材料を加熱して塩化ビニリデン共重合体の重合を行った。
材料:水372部、ステップAで重合した水分散体42部、ラウリル硫酸ナトリウム0.79部、塩化ビニリデン353部、アクリル酸メチル21部、アクリル酸ブチル12部、過硫酸アンモニウム2.4部、メタ重亜硫酸ナトリウム2.4部、硫酸アンモニウム鉄0.012部
重合が終わったら4部のラウリル硫酸ナトリウムを30部の水に溶かした溶液を添加した。
【0127】
[比較例5]
特許文献6に記載の実施例5と同様に重合を行った。
(ステップA)
32℃において下記の材料を加熱してポリメタクリル酸メチル-アクリル酸ブチル共重合体シードラテックスの調整を行った。
材料:水400部、ラウリル硫酸ナトリウム2部、メタクリル酸メチル120部、アクリル酸ブチル80部、過硫酸アンモニウム3.0部、メタ重亜硫酸ナトリウム3.0部、硫酸アンモニウム鉄0.006部
反応後、ラウリル硫酸ナトリウム6部を安定化のために添加した。
得られた水分散体の固形分は31.9%であり、平均粒子径は100~120nmだった。
(ステップB)
32℃において下記の材料を加熱して塩化ビニリデン共重合体の重合を行った。
材料:水380部、ステップAで重合した水分散体42部、ラウリル硫酸ナトリウム1.31部、塩化ビニリデン351.2部、アクリル酸メチル23.2部、デシルオクチルアクリレート11.6部、イタコン酸3.9部、過硫酸アンモニウム2.4部、硫酸アンモニウム鉄0.012部
重合が終わったらモノマーとシードの合計量に対してラウリル硫酸ナトリウムの濃度が1.32%になるように調整した。
ここで、イタコン酸とデシルオクチルアクリレートの反応性比r1はPolymer Handbook Forth Edition(ISBN:0-471-48171-8)には記載がないが、仮にイタコン酸とデシルオクチルアクリレートの塩化ビニリデンとの反応性比r1が共に0.7未満だったとしても、この例のステップBにおける塩化ビニリデンとの反応性比r1が0.7未満のモノマーの割合は最大で3.98部である。
【0128】
[実施例2]
ステップBで使用する原料モノマー混合物の質量組成比をVDC/MA/MAN=91/5/4とした以外は実施例1と同様に水分散体を作製した。
【0129】
[実施例3]
ステップBで使用する原料モノマー混合物の質量組成比をVDC/MA/MAN=91/3/6とした以外は実施例1と同様に水分散体を作製した。
【0130】
[実施例4]
ステップBで使用する原料モノマー混合物の質量組成比をVDC/AN=91/9とした以外は実施例1と同様に水分散体を作製した。
【0131】
[実施例5]
ステップBで使用する原料モノマー混合物の質量組成比をVDC/MMA=91/9とした以外は実施例1と同様に水分散体を作製した。
【0132】
[実施例6]
ステップBで使用する原料モノマー混合物の質量組成比をVDC/MAN/MMA/AA=91.5/5.2/2.4/0.9とした以外は実施例1と同様に水分散体を作製した。
【0133】
[実施例7]
ステップBで使用するシードラテックス(I)を乾燥質量で2.5部になるように添加したとした以外は実施例1と同様に水分散体を作製した。
【0134】
[実施例8]
ステップBで使用するシードラテックス(I)を乾燥質量で1.0部になるように添加したとした以外は実施例1と同様に水分散体を作製した。
【0135】
[実施例9]
ステップBで使用するシードラテックス(I)を乾燥質量で4.5部になるように添加したとした以外は実施例1と同様に水分散体を作製した。
【0136】
[実施例10]
ステップAで使用する原料モノマーを質量組成比でMMA/St=50/50とした以外は実施例1と同様に水分散体を作製した。
【0137】
[実施例11]
ステップAで使用する原料モノマーを質量組成比でMMA/St=75/25とした以外は実施例1と同様に水分散体を作製した。
【0138】
[実施例12]
ステップAで使用する原料モノマーを質量組成比でMMA/BA=80/20とした以外は実施例1と同様に水分散体を作製した。
【0139】
[実施例13]
ステップAで使用する原料モノマーを質量組成比でMMA/BA=60/40とした以外は実施例1と同様に水分散体を作製した。
【0140】
[実施例14]
ステップAで使用する原料モノマーを質量組成比でMMA/BA=40/60とした以外は実施例1と同様に水分散体を作製した。
【0141】
[実施例15]
ステップAで使用する原料モノマーを質量組成比でMMA/BA=20/80とした以外は実施例1と同様に水分散体を作製した。
【0142】
[実施例16]
(ステップA)
ガラスライニングを施した耐圧反応器中に、モノマーの合計質量100部に対し、純水300部、亜硫酸水素ナトリウム0.1部、乳化剤としての固形分18%のドデシルベンゼンスルホン酸ナトリウム溶液を乾燥質量で2.2部仕込み、攪拌しながら脱気を行った後、大気圧まで窒素で加圧し、内容物の温度を45℃に保った。別の容器にメタクリル酸メチルを用意し、原料モノマーとした。原料モノマーのうち10部を上記耐圧反応器中に一括添加し、1時間重合した。
その後、開始剤としての過硫酸ナトリウム0.08部と、乳化剤としての固形分18%のドデシルベンゼンスルホン酸ナトリウム溶液を乾燥質量で7.8部とを純水62.82部に溶解した溶液を、原料モノマーを10部一括添加した時点から開始して連続的に6時間かけて定量投入した。
並行して、原料モノマー10部を一括添加してから0.5時間後に、残りの原料モノマー90部の連続的な添加を開始し、2.5時間で全量連添を終えた。
開始剤及び乳化剤溶液の連続的な添加が終了したら20℃に降温し、重合を終了した。
重合収率は95%であった。かくして得られた水分散体をシードラテックス(III)とした。
重合終了後、水分散体は反応器内から取り出さず、そのままステップBの重合に移った。
ステップBの重合に移る前にガラス転移点の測定に必要な最小量を抜き出し、ガラス転移点の測定用サンプルとした。抜き出した量は水分散体の全体量に対して少量のため、影響は無視できる。
(ステップB)
上記反応器中の乾燥質量3.5部に対し、Dアラボアスコルビン酸ナトリウムを0.03部と、アルキルスルホン酸ナトリウムを0.2部とを上記反応器内に仕込み、水の量が57部になるように純水を添加して濃度の調整を行った。攪拌しながら脱気を行った後、大気圧まで窒素で加圧し、内容物の温度を45℃に保った。別の容器に質量組成比がVDC/MAN=91/9となる原料モノマー混合物を作製した。続いて、モノマー混合物100部を連続的に定量して圧入した。
並行して、t-ブチルハイドロパーオキサイド0.04部を純水3.5部に溶解した開始剤、Dアラボアスコルビン酸ナトリウム0.015部を純水3.5部に溶解した還元剤、及びアルキルジフェニルエーテルジスルホン酸ナトリウム1.6部を純水2.5部に溶解した乳化剤を連続的に定量圧入した。この間内容物を攪拌しながら45℃に保ち、内圧が十分に降下するまで反応を進行させた。
重合収率は99.9%であった。重合収率は、ほぼ100%なので、共重合体の組成は原料仕込み比にほぼ等しい。かくして得られた水分散体に対して、水蒸気ストリッピングによって未反応モノマーを除去した後、ピロリン酸四ナトリウム飽和溶液を用いてpHを2.5に調整した後、固形分を60%に調整した。
この重合において、モノマー混合物100部を連続的に圧入し、全量投入するまでの時間は40時間であった。
【0143】
[実施例17]
(ステップB)
まず、比較例2と同様に塩化ビニリデン共重合体の水分散体を作製し、固形分を58%に調整した。かくして得られた水分散体をシードラテックス(IV)とした。
(ステップA)
次に、シードラテックス(IV)をガラスライニングを施した耐圧反応器中に仕込んだ。仕込んだシードラテックス(IV)の固形分量を100部とする。
耐圧反応器中に、亜硫酸水素ナトリウム0.1部仕込み、攪拌しながら脱気を行った後、大気圧まで窒素で加圧し、内容物の温度を45℃に保った。別の容器にメタクリル酸メチル3.5部を用意し、原料モノマーとした。原料モノマーを連続的に3時間かけて定量投入した。
並行して、開始剤としての過硫酸ナトリウム0.08部を純水3部に溶解した溶液を、原料モノマーの連続添加開始時点から開始して連続的に6時間かけて定量投入した。
開始剤溶液の連続的な添加が終了したら20℃に降温し、重合を終了した。
かくして得られた水分散体に対して、水蒸気ストリッピングによって未反応モノマーを除去した後、ピロリン酸四ナトリウム飽和溶液を用いてpHを2.5に調整した後、固形分を60%に調整した。
【0144】
[実施例18]
水分散体の調整において、過酸化水素を0.1部と、原料モノマー組成をVDC=100として比較例1と同様に重合を行った高結晶性の塩化ビニリデン共重合体の水分散体を結晶核剤として乾燥質量で2部とを添加した後に、ピロリン酸4ナトリウム飽和水溶液でpHを2.5に調整を行った以外は実施例1と同様に水分散体を作製した。
なお、結晶核剤として添加した塩化ビニリデン共重合体は、170℃以上の融解ピークのみを有し、S1/(S1+S2)は1.0であった。
この添加した塩化ビニリデン共重合体の最大の融解ピークは179℃であった。
【0145】
[実施例19]
ステップBにおいて、シードラテックス(I)を乾燥質量で1.0部になるように添加し、原料モノマー組成をVDC/MAN=90/10とし、水分散体の調整において、過酸化水素0.01部と、VDC/AN=97/3で比較例1と同様に重合を行った高結晶性の塩化ビニリデン共重合体の水分散体を結晶核剤として乾燥質量で1部とを添加した後に、ピロリン酸4ナトリウム飽和水溶液でpHを2.5に調整を行った以外は実施例1と同様に水分散体を作製した。
なお、結晶核剤として添加した塩化ビニリデン共重合体は、170℃以上の融解ピークのみを有し、S1/(S1+S2)は1.0であった。
この添加した塩化ビニリデン共重合体の最大の融解ピークは177℃であった。
【0146】
[実施例20]
ステップBにおいて、シードラテックス(I)を乾燥質量で1.0部になるように添加し、原料モノマー組成をVDC/MAN=90/10とし、水分散体の調整において、過酸化水素を0.05部と、VDC/AN=95/5で比較例1と同様に重合を行った高結晶性の塩化ビニリデンの水分散体を結晶核剤として乾燥質量で5部とを添加した後に、ピロリン酸4ナトリウム飽和水溶液でpHを2.5に調整を行った以外は実施例1と同様に水分散体を作製した。
なお、結晶核剤として添加した塩化ビニリデン共重合体は、170℃以上の融解ピークのみを有し、S1/(S1+S2)は1.0であった。
この添加した塩化ビニリデン共重合体の最大の融解ピークは175℃であった。
【0147】
[実施例21]
ステップBにおいて、シードラテックス(I)を乾燥質量で1.0部になるように添加し、原料モノマー組成をVDC/MAN=89/11とし、水分散体の調整において、過酸化水素を0.5部と、BASF製のポリエチレンワックスエマルションPoligen WE7を結晶核剤として2.0部とを添加した後に、ピロリン酸4ナトリウム飽和水溶液でpHを2.5に調整を行った以外は実施例1と同様に水分散体を作製した。
【0148】
[実施例22]
ステップBにおいて、シードラテックス(I)を乾燥質量で1.0部になるように添加し、原料モノマー組成をVDC/MAN=90/10とし、水分散体の調整において、過酸化水素を1.0部と、Michelman製のカルナバワックスエマルションML160RPHを結晶核剤として1.0部とを添加した後に、ピロリン酸4ナトリウム飽和水溶液でpHを2.5に調整を行った以外は実施例1と同様に水分散体を作製した。
【0149】
[実施例23]
ステップAで使用する原料モノマーを質量組成比でVDC/MMA=60/40とした以外は実施例1と同様に水分散体を作製した。
【0150】
[実施例24]
ステップAで使用する原料モノマーを質量組成比でVDC/MMA=70/30とした以外は実施例1と同様に水分散体を作製した。
【0151】
[比較例6]
ステップAで使用する原料モノマーを質量組成比でMMA/BA=20/80とし、ステップBで使用する原料モノマー混合物の質量組成比をVDC/BA=60/40とした以外は実施例1と同様に水分散体を作製した。
【0152】
[実施例25]
ステップAで使用する原料モノマーを質量組成比でMMA/BA=20/80とし、ステップBで使用する原料モノマー混合物の質量組成比をVDC/MAN=85/15とし、結晶核剤として実施例18で用いた塩化ビニリデン共重合体の水分散体を乾燥質量で3.0質量部添加した以外は実施例1と同様に水分散体を作製した。
【0153】
[実施例26]
本実施例ではステップAの重合を2回、ステップBの重合を1回行った。
(ステップA-1)
まず実施例1と同様にシードラテックス(I)を合成した。
(ステップB)
ガラスライニングを施した耐圧反応器中に、原料モノマーの合計質量100部に対し、純水57部、Dアラボアスコルビン酸ナトリウム0.03部、アルキルスルホン酸ナトリウム0.2部を仕込み、シードラテックス(I)を乾燥質量で3.5部添加した。攪拌しながら脱気を行った後、大気圧まで窒素で加圧し、内容物の温度を45℃に保った。別の容器に質量組成比がVDC/MAN=91/9となる原料モノマー混合物を作製した。続いて、モノマー混合物100部を連続的に定量して圧入した。
並行して、t-ブチルハイドロパーオキサイド0.04部を純水3.5部に溶解した開始剤、Dアラボアスコルビン酸ナトリウム0.015部を純水3.5部に溶解した還元剤、及びアルキルジフェニルエーテルジスルホン酸ナトリウム1.6部を純水2.5部に溶解した乳化剤を連続的に定量圧入した。この間内容物を攪拌しながら45℃に保ち、内圧が十分に降下するまで反応を進行させた。
ここで得た水分散体を純水を用いて固形分50%に調整し、シードラテックス(V)とした。
なお、当該ステップBは、表3中ではステップB-1として示す。
(ステップA-2)
次に、シードラテックス(V)をガラスライニングを施した耐圧反応器中に仕込んだ。仕込んだシードラテックス(V)の固形分量を100部とする。
上記耐圧反応器中に、亜硫酸水素ナトリウム0.1部を仕込み、攪拌しながら脱気を行った後、大気圧まで窒素で加圧し、内容物の温度を45℃に保った。別の容器にメタクリル酸メチル0.1部を用意し、原料モノマーとした。原料モノマーを連続的に3時間かけて定量投入した。
並行して、開始剤としての過硫酸ナトリウム0.3部を純水3部に溶解した溶液を、原料モノマーの連続添加開始時点から開始して連続的に6時間かけて定量投入した。
開始剤溶液の連続的な添加が終了したら20℃に降温し、重合を終了した。
かくして得られた水分散体に対して、水蒸気ストリッピングによって未反応モノマーを除去した後、ピロリン酸四ナトリウム飽和溶液を用いてpHを2.5に調整した後、固形分を60%に調整した。
【0154】
[実施例27]
本実施例ではステップAの重合を1回、ステップBの重合を2回行った。
(ステップA)
まず実施例1と同様にシードラテックス(I)を合成した。
なお、当該ステップAは、表3中ではステップA-1として示す。
(ステップB-1及びB-2)
ガラスライニングを施した耐圧反応器中に、原料モノマーの合計質量100部に対し、純水57部、Dアラボアスコルビン酸ナトリウム0.03部、アルキルスルホン酸ナトリウム0.2部を仕込み、シードラテックス(I)を乾燥質量で3.5部添加した。攪拌しながら脱気を行った後、大気圧まで窒素で加圧し、内容物の温度を45℃に保った。別の容器に、質量組成比がVDC/MAN=91/9となる原料モノマー混合物1と、質量組成比がVDC/MAN=90/10となる原料モノマー混合物2とをそれぞれ作製した。続いて、原料モノマー混合物1の50部を連続的に20時間かけて定量して圧入した(ステップB-1)。上記原料モノマー混合物1の投入を完了した後、続けて20時間かけて原料モノマー混合物2の50部を連続的に定量して圧入した(ステップB-2)。
並行して、t-ブチルハイドロパーオキサイド0.04部を純水3.5部に溶解した開始剤、Dアラボアスコルビン酸ナトリウム0.015部を純水3.5部に溶解した還元剤、及びアルキルジフェニルエーテルジスルホン酸ナトリウム1.6部を純水2.5部に溶解した乳化剤を連続的に定量圧入した。この間内容物を攪拌しながら45℃に保ち、内圧が十分に降下するまで反応を進行させた。
重合収率は99.9%であった。重合収率は、ほぼ100%なので、共重合体の組成は原料仕込み比にほぼ等しい。かくして得られた水分散体に対して、水蒸気ストリッピングによって未反応モノマーを除去した後、ピロリン酸四ナトリウム飽和溶液を用いてpHを2.5に調整した後、固形分を60%に調整した。
【0155】
[比較例7]
ステップAで使用する原料モノマーを質量組成比でスチレン/MMA=60/40とした以外は実施例1と同様に水分散体を作製した。
なお、上記原料モノマーの質量組成比では、原料モノマーのn-オクタノール/水分配係数(logPow)の平均値が2.35であり(2.2以下ではなく)、ステップA及びステップBの要件を満たさないため、当該ステップはステップCに該当する。
【0156】
[比較例8]
ステップAで使用する原料モノマーを質量組成比でスチレン=100とした以外は実施例1と同様に水分散体を作製した。
なお、上記原料モノマーの質量組成比では、原料モノマーのn-オクタノール/水分配係数(logPow)の平均値が3.0であり(2.2以下ではなく)、ステップA及びステップBの要件を満たさないため、当該ステップはステップCに該当する。
【0157】
得られた塩化ビニリデン共重合体の水分散体を用いて、以下の測定を行った。結果を表3に示す。
【0158】
<水蒸気透過度(透湿度)の測定>
(塗工フィルム作製)
コロナ放電処理を施した延伸ポリ塩化ビニルフィルム(厚み250μm)の上に、プライマーとしてBASF社製のEmulder381Aを、メイヤーロッドを用いて乾燥後塗膜質量が2g/mとなるように塗布し、熱風循環乾燥機中にて85℃、15秒の乾燥処理を行った。このフィルムの上に、実施例及び比較例の各々で得られた塩化ビニリデン共重合体の水分散体を、メイヤーロッドにより1回の乾燥後塗膜質量が10g/mとなるように塗布し、熱風循環乾燥機中にて85℃、15秒の乾燥処理を行い、乾燥後の塗膜質量が40g/mになるまで重ね塗りした。得られた塗工フィルムを40℃のオーブンに入れ24時間保管した後、20℃湿度55%の恒温恒湿室で2時間調湿した。
(水蒸気透過度(透湿度)の測定)
得られた塗工フィルムについて、38℃及び100%RHの条件下、MOCON社の水蒸気透過度測定装置PERMATRAN 3/33を用いて測定した(単位:g/m・day@38℃、100%RH)。
ただし、測定開始後48hrから60hrの間の測定値の平均値を水蒸気透過度とした。
測定は4回行い、平均値を用いた。
【0159】
<ステップAで合成したポリマーのガラス転移点の測定>
ガラス転移点は下記の方法により測定した。
測定サンプルの作製方法には下記の2種類があるが、実施例17を除いて(i)の方法を用いてサンプルを作成した。
この処理をメタノール沈殿と呼び、得られた不溶分をメタノール沈殿物と呼ぶ。
(i)ステップAで合成された水分散体を単離することができる場合は、単離して以下の方法で測定を行う。ここで、単離された状態とは他のステップで合成されたポリマーを含まないことを意味し、乳化剤などの当該ステップAで添加された添加剤は含んでいてもよい。
水分散体10mL以上を凍結乾燥し、凍結乾燥品を0.5g採取した。採取した凍結乾燥品を下記のメタノール沈殿で処理し、メタノール沈殿物を得た。得られた沈殿物に下記のガラス転移点の測定を行った。
(ii)ステップAで合成された水分散体を単離できない場合は、以下の方法で測定を行った。
ステップAで使用のモノマーをステップAにおける質量分率で混合したモノマー混合物をステップAと同じ条件で乳化重合させ、水分散体を得た。
得られた水分散体10mL以上を凍結乾燥し、凍結乾燥品を0.5g採取した。採取した凍結乾燥品を下記のメタノール沈殿で処理し、メタノール沈殿物を得た。得られた沈殿物に下記のガラス転移点の測定を行った。
(メタノール沈殿)
サンプルを99.9質量%以上の純度のテトラヒドロフラン10mLに溶解させた溶液に、メタノールを40mL滴下した。生じた沈殿物をろ過し、ろ過して残った不溶分(メタノール沈殿物)を採取した。なお、テトラヒドロフランに溶解させる際に溶けにくい場合は、テトラヒドロフランが沸騰しない範囲で加温、攪拌した。
(ガラス転移点の測定)
サンプルをTAintsruments社製の示差走査熱量分析計Q-2000を用いて窒素雰囲気下で10℃/minで170℃まで加熱し、10℃/minで-40℃まで冷却した。
次に、10℃/minで190℃まで加熱し、190℃までの測定データを取得した。
サンプルパンとしてアルミニウムのTzero PanとTzero hermetic Lid(TAinstruments社製)を用い、レファレンスとしてこのパンの空パンを用いた。
次に、Q-2000の解析ツールTAUniversal Analysisにおいて「ガラス/ステップ転移」を用いて中間点ガラス転移点を求めた。
【0160】
<結晶核剤として使用した塩化ビニリデン共重合体の融解の最大ピーク温度の測定>
塩化ビニリデン共重合体の水分散体をアルミ板上に乾燥塗布量が10g/mとなるようにメイヤーバーにて塗布し、100℃に保ったオーブン中で1分間乾燥した。乾燥させた乾燥物を5分以内にピンセットで採取し、塩化ビニリデン共重合体の乾燥物を採取した。上記の乾燥物から5mgを採取した。
上記の手法で採取したサンプルをTAintsruments社製の示差走査熱量分析計Q-2000を用いて窒素雰囲気下で10℃/minで170℃まで加熱し、10℃/minで-40℃まで冷却した。
次に、10℃/minで190℃まで加熱し、190℃までの測定データを取得した。取得した190℃までの測定データのうち、180℃以上では塩化ビニリデンの分解が始まるため、180℃以上のデータは用いず、2度目の加熱時の、-40℃から180℃までの測定値を用いて最大の融解ピーク温度を求めた。
サンプルパンとしてアルミニウムのTzero PanとTzero hermetic Lid(TAinstruments社製)を用い、レファレンスとしてこのパンの空パンを用いた。
次に、上述の方法で基線を引いて170℃未満の融解ピークの面積をQ-2000の解析ツールTAUniversal AnalysisにおいてIntegrate Peak Linearを用いて計算し、これをS2とした。170℃未満に融解ピークがないときは、S2は0とした。
基線を引き、170℃以上の融解ピークの面積をQ-2000の解析ツールTAUniversal AnalysisにおいてIntegrate Peak Linearを用いて計算し、これをS1とした。170℃以上に融解ピークがないときは、S1は0とした。
求めたS1、S2の値は小数第二位を四捨五入した。
【0161】
<長期保存後の成膜性試験>
気温23℃、湿度55%の恒温恒湿室において、水分散体を50mLのサンプル瓶に45mL採取し、蓋を締めて5時間静置した。次に、上記恒温恒湿室において井元製作所製の熱勾配試験機(BIG HEART)を片方の端を10℃、もう一方の端を30℃になるよう温調し、試験機上の熱勾配が4cmあたり1℃になっていることを確認したのち試験機上に0.2mmのアプリケーターで水分散体を塗工し、12時間乾燥し、その塗膜に直径1mm以上のクラックの生じた最高の温度を最低成膜温度(MFT)とした。1つのサンプルについて10回MFTの測定を行い、平均値を用いた。
実施例及び比較例の各々で得られた水分散体を23℃で保存し、1か月ごとにMFTを測定した。0か月目のMFTをT0、nか月目のMFTをTnとしたときに、Tn-T0からMFTの変化ΔMFTを算出した。ΔMFT≧4℃を満たした時点nで成膜性が損なわれたと考え、ΔMFT≧4℃を初めに満たした時点を長期保存後の成膜性の限界(成膜ライフ)とした。
例えば、0か月目のMFTが12℃、1か月目が13℃、2か月目が16℃だった場合、その水分散体の成膜ライフは2か月である。
【0162】
<モノマー組成>
実施例及び比較例のハロゲン化ビニル共重合体のモノマー組成は、下記の方法により採取したサンプルをテトラヒドロフラン-d8に溶解させNMR測定を行うことで評価した。
水分散体10mLを凍結乾燥し、凍結乾燥品を0.5g採取した。採取した凍結乾燥品を99.9質量%以上の純度のテトラヒドロフラン10mLに溶解させた溶液に、アセトンを40mL滴下した。生じた沈殿物をろ過し、ろ過して残った不溶分を採取した。採取した不溶分を測定サンプルとした。アセトンで沈殿させることによりアセトンに可溶なステップAで合成されたポリマーを取り除いた状態で組成を解析することができる。
NMRの測定条件は下記の表のとおりである。
装置:JEOL RESONANCE ECS400(1H)
Bruker Biospin Avance600(13C)
観測核:1H(399.78MHz)、13C(150.91MHz)
パルスプログラム:Single pulse(1H)、zgig30(13C)
積算回数:256回(1H)、10000回(13C)
ロック溶媒:THF-d8
化学シフト基準:THF(1H:180ppm、13C:67.38ppm)
得られたNMRスペクトルを用いて、ピークを積分することで共重合体中の組成を同定した。含まれるモノマーの種類は仕込みモノマーから明らかである。
例として塩化ビニリデン、メタクリロニトリル、メタクリル酸メチル、アクリル酸、に由来する構造単位を含有するポリマーの場合、13C-NMRのスペクトルにおいて80~90ppmを積分することで塩化ビニリデンに由来する構造単位、110~130ppmを積分することでメタクリロニトリルに由来する構造単位、170~180ppmを積分することでメタクリル酸メチルに由来する構造単位、180~200ppmを積分することでアクリル酸に由来する構造単位の含有量を求め、全体に占める各モノマーの構成比を算出した。
メタクリル酸メチルの代わりにアクリル酸メチルに由来する構造単位を含む共重合体の場合、上記算出法のメタクリル酸メチルをアクリル酸メチルに読み替えて計算を行う。
また、メタクリロニトリルの代わりにアクリロニトリルに由来する構造単位を含む共重合体の場合、上記算出法のメタクリロニトリルをアクリロニトリルに読み替えて計算を行う。
実施例及び比較例で得たポリマーは、上記測定の結果、仕込み組成と同一のモノマー組成を有することが分かった。
【0163】
<溶媒グラジエントクロマトグラフィー法>
塩化ビニリデン共重合体の水分散体をアルミ箔上に乾燥塗布量が10g/mとなるようにメイヤーバーにて塗布し、100℃に保ったオーブン中で1分間乾燥した。乾燥させた乾燥物を5分以内にピンセットで採取し、塩化ビニリデン共重合体の乾燥物を採取した。上記の乾燥物から0.5gを採取した。
上記の手法で採取したサンプルを下記のメタノール沈殿法により精製した精製ポリマーをポリマーMeとした。また、上記の手法で採取したサンプルを下記のアセトン沈殿法により精製した精製ポリマーをポリマーAcとした。
(メタノール沈殿)
サンプル0.5gを99.9質量%以上の純度のテトラヒドロフラン10mLに溶解させた溶液に、メタノールを40mL滴下した。生じた沈殿物をろ過し、ろ過して残った不溶分(メタノール沈殿物)を採取した。なお、テトラヒドロフランに溶解させる際に溶けにくい場合は、テトラヒドロフランが沸騰しない範囲で加温、攪拌した。
(アセトン沈殿)
サンプル0.5gを99.9質量%以上の純度のテトラヒドロフラン10mLに溶解させた溶液に、アセトンを40mL滴下した。生じた沈殿物をろ過し、ろ過して残った不溶分(アセトン沈殿物)を採取した。なお、テトラヒドロフランに溶解させる際に溶けにくい場合は、テトラヒドロフランが沸騰しない範囲で加温、攪拌した。
【0164】
次に、ポリマーMe及びポリマーAcを、それぞれ濃度10mg/mLとなるようにテトラヒドロフランに添加し、攪拌して溶解させ、測定サンプルとした。なお、テトラヒドロフランに溶解させる際に溶けにくい場合は、テトラヒドロフランが沸騰しない範囲で加温、攪拌した。
測定サンプルに対して、下記の条件で溶媒グラジエントクロマトグラフィー法による測定を行った。
なお、ポリマーMeとポリマーAcのクロマトグラムを比較した際に、同じ位置に、ポリマーAcのクロマトグラムにおける方が、ポリマーMeのクロマトグラムにおける方よりも面積値が50%以上小さいピークが存在した場合は、アセトン沈殿を繰り返し行った。
(測定条件)
装置:HITACHI Chromaster(株式会社日立ハイテクサイエンス製)
解析ソフト:Waters Empower3
カラム:YMC-Pack ODS-AM(株式会社ワイエムシィ製、6.0mm I.D.×150mm、粒子径5μm、細孔径12nm)(装置取り付け後1か月以内のものを用いた。)
カラム温度:30℃
配管長さ:カラム出口から検出器まで50cm程度
分析室温度:20℃±5℃
検出:UV検出器
流速:1.0mL/min
移動相:A=テトラヒドロフラン(THF)、B=アセトニトリル
注入量:10μL
洗浄条件:洗浄120秒×2、洗浄ポート20秒
グラジェント条件:下記表2のとおり
【0165】
【表2】
【0166】
得られたポリマーMeのクロマトグラムとポリマーAcのクロマトグラムとを比較し、ポリマーMeのクロマトグラム上でステップAで合成されたポリマーのピークを同定した。当該ピークのピーク面積から、測定サンプルにおけるステップAで合成されたポリマーの濃度を算出し、ハロゲン化ビニル共重合体(ポリマーMe)の総質量を100質量%としたときの、ステップAで合成されたポリマーの含有量(質量%)を求めた。
【0167】
なお、ステップAで合成されたポリマーのピークの頂点の検出時間が6分以上8分未満であった場合は、該ピークをメタクリル酸メチルのホモポリマーに由来すると近似し、メタクリル酸メチルのホモポリマーを標準とした。
メタクリル酸メチルのホモポリマーを、濃度を三水準以上振ってテトラヒドロフランに溶解させ、ピークIの面積値と濃度の関係を表す検量線を作成した。検量線は最小二乗法で一次関数にフィッティングした。ポリマーMeのピーク面積値Xを求めた関数に代入することにより、ステップAで合成されたポリマーの濃度を求めた。なお、求めた濃度が検量線作成に用いた標準の最大値より大きかった場合、及び標準の最小値より小さかった場合は、濃度が標準の最大値より小さく、かつ標準の最小値より大きくなるまでデータの追加を行い、追加データを用いてフィッティングをやり直した。
なお、標準としたメタクリル酸メチルのホモポリマーは、下記の乳化重合法を用いてメタクリル酸メチルを重合させた後、水分散体を凍結乾燥させ、下記のようにメタノール沈殿させることで得た。
(乳化重合法)
ガラスライニングを施した耐圧反応器中に、メタクリル酸メチル100質量部に対し、純水300質量部、亜硫酸水素ナトリウム0.46質量部、乳化剤としての固形分18%のドデシルベンゼンスルホン酸ナトリウム溶液を乾燥質量で2.2質量部仕込み、攪拌しながら脱気を行った後、大気圧まで窒素で加圧して内容物の温度を45℃に保った。メタクリル酸メチルのうち10質量部を上記耐圧反応器中に一括添加し、0.5時間重合した。
開始剤としての過硫酸ナトリウム0.21質量部と、乳化剤としての固形分18%のドデシルベンゼンスルホン酸ナトリウム溶液を乾燥質量で2.8質量部とを純水27質量部に溶解した溶液を、メタクリル酸メチルを10質量部一括添加した時点から開始して連続的に3.5時間かけて定量投入した。
並行して、メタクリル酸メチル10質量部を一括添加してから0.5時間後に、残りのメタクリル酸メチル90質量部の連続的な添加を開始し、3時間かけて定量投入した。
メタクリル酸メチル90質量部の添加が終了したら、開始剤としての過硫酸ナトリウム0.18質量部を純水25.5質量部に溶解させた溶液を3時間かけて連続的に定量投入した。
開始剤溶液の連続的な添加が終了したら20℃に降温し、重合を終了した。
(メタノール沈殿)
上記重合で得られたメタクリル酸メチルホモポリマーを凍結乾燥させ、乾燥物を得た。乾燥物からサンプルとして0.5gを採取し、これを99.9質量%以上の純度のテトラヒドロフラン10mLに溶解させた溶液に、メタノールを40mL滴下した。生じた沈殿物をろ過し、ろ過して残った不溶分(メタノール沈殿物)を採取した。なお、テトラヒドロフランに溶解させる際に溶けにくい場合は、テトラヒドロフランが沸騰しない範囲で加温、攪拌した。
【0168】
ステップAで合成されたポリマーのピークの頂点の検出時間が6分以上8分未満ではなかった場合は、ステップAで合成したポリマーを単離して標準を作製し、新たに検量線を作成してステップAで合成されたポリマーの濃度を求めた。標準は、単離したステップAで合成したポリマーについて、濃度を三水準以上振ってテトラヒドロフランに溶解させることにより、作製した。標準のピーク位置が、ポリマーMeのクロマトグラムにおけるピーク位置と同じであることを確認した後、ピークIの面積値と濃度の関係を表す検量線を作成した。検量線は最小二乗法で一次関数にフィッティングした。ポリマーMeのピーク面積値Xを求めた関数に代入することにより、ステップAで合成されたポリマーの濃度を求めた。なお、求めた濃度が検量線作成に用いた標準の最大値より大きかった場合、及び標準の最小値より小さかった場合は、濃度が標準の最大値より小さく、かつ標準の最小値より大きくなるまでデータの追加を行い、追加データを用いてフィッティングをやり直した。
【0169】
ピーク面積は、ピークの前後を結ぶように(ピークの立ち上がりから立下りまで)ベースラインを引き、ピークとベースラインに囲まれた範囲の面積として求めた。
なお、実施例26では、ステップAを2回行ったため、ステップAで合成されたポリマーのピークが2つ存在した。そのため、ステップAで合成されたポリマーのピークの頂点の検出時間は、面積で加重をかけた平均とした。また、ステップAで合成されたポリマーの総質量は、それぞれのピークについて検量線を用いてピーク面積、濃度、質量の計算を行った後、得られたそれぞれの質量の和を取って求めた。
【0170】
<固形分>
CEM社製の固形分計SMART SYSTEM5に2.5gの水分散体を測り取り、20℃、50%RH環境下で乾燥させて、測定を行った。3回の測定結果を平均し、(乾燥質量/水分散体の質量)×100の式により、水分散体の固形分(%)を求めた。
【0171】
<表面張力>
全自動表面張力計CBVP-Z(協和界面科学株式会社製)を用い、白金プレート法にて20℃50%Rh環境下で水分散体の表面張力(mN/m)を測定した。
【0172】
【表3-1】
【0173】
【表3-2】
【0174】
【表3-3】
【0175】
【表3-4】
【0176】
[実施例28]
固形分を63%に調整した以外は実施例1と同様に水分散体を作製した。
【0177】
[実施例29]
固形分を58.1%に調整した以外は実施例1と同様に水分散体を作製した。
【0178】
[実施例30]
固形分を50.1%に調整した以外は実施例1と同様に水分散体を作製した。
【0179】
[実施例31]
固形分を40%に調整した以外は実施例1と同様に水分散体を作製した。
【0180】
<塗工一回当たりの塗布量、100g/mの塗工に必要な塗工回数>
膜厚15μmのPETフィルムに、実施例28~31で得られた塩化ビニリデン共重合体の水分散体をメイヤーバー(番手:9)にて塗布し、100℃に保ったオーブン中で1分間乾燥した。
乾燥した塗工フィルムを5cm角に切り出した後、質量を測定した。その後、塗工フィルムをTHFで洗浄して塩化ビニリデン共重合体を取り除いた後、再度質量を測定した。
THF洗浄前後での質量の差分から塗工一回当たりの塗布量(g/m)を算出した。
また、得られた塗工一回当たりの塗布量(g/m)から、塗布量を100g/mとするのに必要な塗工回数を算出した。
【0181】
<黄色度YI>
膜厚15μmのPETフィルムに、実施例28~31で得られた塩化ビニリデン共重合体の水分散体をメイヤーバー(番手:9)にて塗布し、100℃に保ったオーブン中で1分間乾燥した。この操作を繰り返し、合計の塗布量が100g/mに達するまで重ね塗りを行った。
塗工後のフィルムの黄色度YIを色差計CM-5(コニカミノルタ株式会社製)を用いて求めた。測定条件は下記の通りとした。
表色系:L*a*b*
インデックス:YI ASTM E313-96
視野;10°
主光源:D65
第二光源:なし
測定法:透過測定
なお、黄色度YIの値が小さいほど黄色みが少なく、色調に優れると判断される。
【0182】
【表4】
【0183】
[実施例32]
ステップBで添加するアルキルジフェニルエーテルスルホン酸ナトリウムを1.0部とした以外は実施例1と同様に水分散体を作製し、その後、アルキルジフェニルエーテルジスルホン酸ナトリウムの50%水溶液を添加して表面張力を52mN/mに調整した。
外観を評価したところ、メイヤーバーのワイヤー間隔と同じ程度の間隔で塗工方向に筋が入っていた。
【0184】
[実施例33]
ステップBで添加するアルキルジフェニルエーテルスルホン酸ナトリウムを1.0部とした以外は実施例1と同様に水分散体を作製し、その後、アルキルジフェニルエーテルジスルホン酸ナトリウムの50%水溶液を添加して表面張力を47.5mN/mに調整した。
外観を評価したところ、メイヤーバーのワイヤー間隔と同じ程度の間隔でごく僅かに塗工方向に筋が入っていたが、実施例32と比べて筋が少なく、良好な外観であった。
【0185】
[実施例34]
ステップBで添加するアルキルジフェニルエーテルスルホン酸ナトリウムを1.0部とした以外は実施例1と同様に水分散体を作製し、その後、アルキルジフェニルエーテルジスルホン酸ナトリウムの50%水溶液を添加して表面張力を44.5mN/mに調整した。
外観を評価したところ、平滑なフィルムであり、他の実施例と比べて最も優れた外観であった。
【0186】
[実施例35]
ステップBで添加するアルキルジフェニルエーテルスルホン酸ナトリウムを1.0部とした以外は実施例1と同様に水分散体を作製し、その後、アルキルジフェニルエーテルジスルホン酸ナトリウムの50%水溶液を添加して表面張力を38mN/mに調整した。
外観を評価したところ、多角形状の模様が敷き詰められたような形状に筋が入っていたが、実施例32と比べると筋が少なく、良好な外観であった。一方で、実施例33、34と比べると筋が多く、劣った外観であった。
【0187】
<外観>
膜厚15μmのPETフィルムに、実施例32~35で得られた塩化ビニリデン共重合体の水分散体をメイヤーバー(番手:9)にて塗布し、100℃に保ったオーブン中で1分間乾燥した。この操作を繰り返し、合計の塗布量が100g/mに達するまで重ね塗りを行った。
その後、目視にて外観の評価を行った。
【0188】
実施例及び比較例の測定結果を示す。
表3の結果から、本発明のハロゲン化ビニル共重合体の水分散体は、塗工後のフィルムの高い水蒸気バリア性を保ちながら、長期保存後の成膜性にも優れるという効果を有することが実証された。
【産業上の利用可能性】
【0189】
本発明のハロゲン化ビニル共重合体の水分散体は、塗工後のフィルムの水蒸気のバリア性及び長期保存後の成膜性に優れるため、食品や医薬品包装用フィルム、紙、一般家庭用品等の種々の材料への塗料として好適に使用可能である。