(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-03-28
(45)【発行日】2024-04-05
(54)【発明の名称】α-グルコシダーゼ阻害剤、インベルターゼ阻害剤、及び糖吸収阻害剤
(51)【国際特許分類】
A61K 31/7016 20060101AFI20240329BHJP
A61P 43/00 20060101ALI20240329BHJP
A61P 3/10 20060101ALI20240329BHJP
A23L 33/10 20160101ALI20240329BHJP
【FI】
A61K31/7016
A61P43/00 111
A61P3/10
A23L33/10
(21)【出願番号】P 2020079837
(22)【出願日】2020-04-28
【審査請求日】2023-02-03
(31)【優先権主張番号】P 2019149053
(32)【優先日】2019-08-15
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000125347
【氏名又は名称】学校法人近畿大学
(73)【特許権者】
【識別番号】595148981
【氏名又は名称】株式会社メープルファームズジャパン
(74)【代理人】
【識別番号】100120318
【氏名又は名称】松田 朋浩
(74)【代理人】
【識別番号】100117101
【氏名又は名称】西木 信夫
(72)【発明者】
【氏名】多賀 淳
(72)【発明者】
【氏名】山本 哲志
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 完太
【審査官】辰己 雅夫
(56)【参考文献】
【文献】NAGAI, N. et al.,Changes in Plasma Glucose in Otsuka Long-Evans Tokushima Fatty Rats After Oral Administration of Map,Journal of Oleo Science,2015年,Vol.64, No.3,pp.331-335
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K31/00-33/44
A23L31/00-33/29
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記の構造式で表される化合物(I)を
α-グルコシダーゼ阻害機能の有効成分として含有するα-グルコシダーゼ阻害剤
(但し、メープルシロップを除く。)。
【化1】
【請求項2】
請求項1に記載のα-グルコシダーゼ阻害剤を含む
α-グルコシダーゼ阻害用食品組成物(但し、メープルシロップを除く。)。
【請求項3】
下記の構造式で表される化合物(I)を有効成分として含有するマルターゼ阻害剤。
【化1】
【請求項4】
請求項3に記載のマルターゼ阻害剤を含むマルターゼ阻害用食品組成物。
【請求項5】
下記の構造式で表される化合物(I)を有効成分として含有するイソマルターゼ阻害剤。
【化1】
【請求項6】
請求項5に記載のイソマルターゼ阻害剤を含むイソマルターゼ阻害用食品組成物。
【請求項7】
下記の構造式で表される化合物(I)を有効成分として含有するスクラーゼ阻害剤。
【化1】
【請求項8】
請求項7に記載のスクラーゼ阻害剤を含むスクラーゼ阻害用食品組成物。
【請求項9】
下記の構造式で表される化合物(I)を有効成分として含有するインベルターゼ阻害剤。
【化1】
【請求項10】
請求項
9に記載のインベルターゼ阻害剤を含む
インベルターゼ阻害用食品組成物。
【請求項11】
下記の構造式で表される化合物(I)
を糖吸収阻害機能の有効成分として含有する糖吸収阻害剤
(但し、メープルシロップを除く。)。
【化1】
【請求項12】
請求項
11に記載の糖吸収阻害剤を含む
糖吸収阻害用食品組成物(但し、メープルシロップを除く。)。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、α-グルコシダーゼの酵素活性を阻害するα-グルコシダーゼ阻害剤に関する。また、本発明は、インベルターゼの酵素活性を阻害するインベルターゼ阻害剤に関する。また、本発明は、糖吸収阻害剤に関する。
【背景技術】
【0002】
α-グルコシダーゼは、小腸上皮上に局在する糖タンパク質プロセシング及びグリコーゲン分解に関与する糖類分解酵素である。α-グルコシダーゼを特異的に阻害するα-グルコシダーゼ阻害剤は、経口で摂取することにより糖質吸収を直接阻害することができる(特許文献1)。
【0003】
インベルターゼは、小腸壁に存在する消化酵素であって、ショ糖を加水分解する酵素である。ヒトが摂取し小腸に取り込まれたショ糖は、インベルターゼによりグルコース(ブドウ糖)及びフルクトース(果糖)に加水分解される。グルコース及びフルクトースは、小腸上皮細胞から血管へと吸収され、血管を通じて体内の各器官へ運ばれる。インベルターゼ阻害剤は、経口で摂取することによりショ糖およびその他フルクトシル糖の吸収を直接阻害することができる(特許文献2)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2012-51916号公報
【文献】特開2016-153399号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、優れたα-グルコシダーゼ阻害効果、インベルターゼ阻害効果、又は糖吸収阻害効果を有するものを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、上記の課題を解決するために鋭意研究を行った結果、カエデ科カエデ属樹木の樹液から得られた二糖類が、優れたα-グルコシダーゼ阻害効果、インベルターゼ阻害効果、又は糖吸収阻害効果を有することを見出し、これをさらに研究を重ねて本発明を完成した。
すなわち、本発明は、下記のα-グルコシダーゼ阻害剤又はインベルターゼ阻害剤を提供する。
【0007】
下記の構造式で表される化合物を有効成分として含有するα-グルコシダーゼ阻害剤又はインベルターゼ阻害剤。
【化1】
【0008】
上記α-グルコシダーゼ阻害剤又はインベルターゼ阻害剤が、カエデ科カエデ属樹木の樹液から得られたものである。
【0009】
上記カエデ科カエデ属樹木が、サトウカエデ、イタヤカエデ、クロカエデ、アメリカハナノキ、ギンカエデ、シロスジカエデ、アメリカヤマモミジ、およびノルウェーカエデからなる群より選択される少なくとも一種である。
【0010】
上記α-グルコシダーゼ阻害剤は、マルターゼの酵素活性を阻害する。
【0011】
上記α-グルコシダーゼ阻害剤は、イソマルターゼの酵素活性を阻害する。
【0012】
上記α-グルコシダーゼ阻害剤は、スクラーゼの酵素活性を阻害する。
【0013】
上記α-グルコシダーゼ阻害剤又はインベルターゼ阻害剤を含む食品。
【0014】
また、本発明は、下記の構造式で表される化合物(I)を含有する糖吸収阻害剤を提供する。
【化1】
【0015】
また、本発明は、上記糖吸収阻害剤と、スクロースと、を含む糖組成物を提供する。
【0016】
また、本発明は、上記糖吸収阻害剤を含む食品を提供する。
【0017】
以下、本発明を詳細に説明する。
【0018】
本発明に係るα-グルコシダーゼ阻害剤、インベルターゼ阻害剤、又は糖吸収阻害剤は、カエデ科カエデ属樹木の樹液から得られる。樹液が取得されるカエデ科カエデ属樹木としては、サトウカエデ、イタヤカエデ、クロカエデ、アメリカハナノキ、ギンカエデ、シロスジカエデ、アメリカヤマモミジ、およびノルウェーカエデが好ましく、サトウカエデがさらに好ましい。サトウカエデの樹液は、カエデ科カエデ属樹木の樹液の中では特に品質もよく且つ大量に入手しやすい。
【0019】
樹液は、樹木からの採取時期に応じて、含有成分比、色、香り等が異なるが、いずれの時期に採取したものであっても用いることができる。樹液には、保存料が含有されてもよい。保存料としては、1,3-ブタンジオール( 1,3-buthanediol)、4‐ヒドロキシ安息香酸メチル(methyl 4-hydroxybenzoate)等が挙げられる。カエデ科カエデ属樹木の樹液が、約40倍に加熱濃縮することによりメープルシロップが製造される。さらに、メープルシロップから水分を完全に除去することによりメープルシュガーが製造される。
【0020】
カエデ科カエデ属樹木の樹液の採取は既知の工程によって行われる。すなわち、カエデ科カエデ属樹木の幹に穴を開け、溢出する樹液(以下、「樹液」、「サップ」または「メープルサップ」と称する場合がある。)を採取して得られる。メープルシロップは、得られた樹液を濃縮したものである。樹液の濃縮方法としては任意の適切な方法が採用され得る。例えば、加熱濃縮や非加熱濃縮方法(減圧濃縮、凍結濃縮、膜濃縮等)や、それらの組み合わせにより濃縮される。
【0021】
メープルシロップ及びメープルシュガーの主成分はショ糖であり、他に、数パーセントのグルコースと、微量の単糖類及びオリゴ糖を含む。メープルシロップ及びメープルシュガーに含まれる主要な糖類、すなわちグルコース、フルクトース、スクロースは、例えば、ガスクロマトグラフィーや陰イオン交換クロマトグラフィーによって分析できる。また、メープルシロップ及びメープルシュガーに含まれる還元糖は、PMP(1-フェニル-3-メチル-5-ピラゾロン)誘導体化を行ったのちキャピラリー電気泳動によって分析できる。しかしながら、PMP誘導体化は還元末端を有しないフルクトシル糖を分析するには適さない。したがって、メープルシロップ及びメープルシュガーに含まれる希少な糖及び還元末端をもたない糖は未だ十分に研究されていなかった。
【0022】
本発明者らは、PMP誘導体化を行う前に、フルクトース残基を還元末端から除去するために、フルクトシル糖をインベルターゼにより消化させた。その後にPMP誘導体化を行った糖をキャピラリー電気泳動により分析したことにより、インベルターゼと相互作用する糖類、すなわち本発明に係る糖類を見出した。
【0023】
インベルターゼと相互作用する糖類は、例えば、カエデ科カエデ属樹木の樹液を10kDaで限外濾過してタンパク質を除去し、更なる分子量画分を得るためにゲル濾過し、高速液体クロマトグラフィー(HPLC)により精製して得られる。HPLCにより得られた画分について、前述と同様にキャピラリー電気泳動を行い、精製された糖類のピークが、インベルターゼと相互作用する糖類のピークと一致することを確認した。
【0024】
精製された糖類の組成を分析するために、酸加水分解後にHPLCを行った。その結果、グルコース及びフルクトースに対応する2つの主要なピークが観察された。グルコースのピーク面積とフルクトースのピーク面積とがほぼ同等であることから、精製された糖類は、グルコースとフルクトースとからなる二糖であると推測される。精製された糖類が、グルコースとフルクトースとからなる六炭糖の二糖であることを確認するために、LC-ESI-MS/MSにより分子量を測定した。精製された糖類をPMP誘導体化後に分析したところ、観察された質量は[M+H]
+がm/z673.26であり、また、プロダクトイオンは、m/z511.33であり、PMP誘導体化後の六炭糖の二糖類の質量と一致した。さらに、精製された二糖類の構造を明らかにするためにNMR解析を行った。得られた水素(プロトン)及び炭素(カーボン)のNMRシグナルは表1に示される。これらのケミカルシフトから、精製された二糖類(化合物(I))の構造は、以下のとおりであった。
【化1】
【0025】
上記化合物(I)は、そのままα-グルコシダーゼ阻害剤、インベルターゼ阻害剤、又は糖吸収阻害剤として用いることが可能であるが、適宜濃縮又は溶媒を除去して、エキス状や粉末状として用いることもできる。上記化合物(I)は、具体的には、糖尿病、肥満等の治療剤または予防剤として有用である。化合物(I)は、人体または動物に対して、注射、経直腸、非経口投与、経口投与等のために製薬上許容しうる媒体とともに組成物として処方されてもよい。また、上記化合物(I)は、経口的に摂取するために、食品に添加されてもよい。食品としては、例えば、飲料や菓子類、調理食品、調味料などが挙げられる。また、上記化合物(I)は、スクロースなどの他の糖を含む糖組成物とされてもよい。糖組成物としては、例えば上記化合物(I)が添加された砂糖、甘味料、メープルシロップ、メープルシュガーなどが挙げられる。
【発明の効果】
【0026】
本発明に係る化合物は、優れたα-グルコシダーゼ阻害作用、インベルターゼ阻害作用、又は糖吸収阻害作用を有する。
【図面の簡単な説明】
【0027】
【
図1】
図1は、メープルシロップにおいてPMP誘導化を行ってキャピラリー電気泳動をした結果である。
【
図2】
図2は、インベルターゼ消化したメープルシロップにおいてPMP誘導体化を行った場合のキャピラリー電気泳動の結果である。
【
図3】
図3は、インベルターゼ消化後のメープルシロップにおいてPMP誘導体化を行った場合に、さらにインベルターゼを加えて、キャピラリー電気泳動をした結果である。
【
図4】
図4は、メープルシロップを限外濾過してHPLCを行った結果である。
【
図5】
図5は、HPLCにおいて
図4中*印で示される画分に対して、酸加水分解を行った後、HPLCを行った結果である。
【
図6】
図6は、化合物(I)による阻害酵素のスクリーニング結果である。
【
図7】
図7は、正常ラットへスクロース単独及びスクロースと化合物(I)を経口同時投与したときの、血漿グルコース及びインスリンの経時変化を示す。
【
図8】
図8は、OLETFラットへスクロース単独及びスクロースと化合物(I)を経口同時投与したときの、血漿グルコース及びインスリンの経時変化を示す。
【発明を実施するための形態】
【0028】
[実施例]
以下、本発明が実施例を用いて詳細に説明されるが、本発明は下記の実施例に限定されないことは言うまでもない。
【0029】
[α-グルコシダーゼ阻害]
以下、化合物(I)についてα-グルコシダーゼ阻害の効果を評価した。
【0030】
[試料のPMP誘導体化処理]
化合物(I)は、カエデ科カエデ属樹木の樹液及びメープルシロップ(BASCOM MAPLE FARMS INC.:以下、単に「樹液等」とも称する。)から得た。具体的には、50μLの0.3mol/L水酸化ナトリウム、及び50μLの0.5mol/L 1-フェニル-3-メチル-5-ピラゾロン(以下「PMP」とも称する:キシダ化学社製)メタノール溶液を200μL相当の樹液の乾燥試料(メープルシロップ10μLまたはメープルシュガー10mg)に添加して、70℃、30分間加熱した。加熱後の混合液に、0.3mol/L塩酸を50μL加えて中和し、ついで、100μLの蒸留水で希釈し、200μLのクロロホルムで3回抽出して過剰のPMP試薬を除去することにより、キャピラリー電気泳動用のPMP誘導体を得た。
【0031】
[化合物(I)の精製]
樹液等を10kDaフィルターで限外濾過してタンパク質を除去し、得られた濾液を更に分子量分画するためにゲル濾過した。長さ1000mm×内径28mmのセファデックスG-15を用いて水を移動相としてゲル濾過を行い、画分をフラクションコレクター(バイオラッド社製model2110)により集めた。得られた画分を高速液体クロマトグラフィー(以下「HPLC」とも称する。)により精製した。化合物(I)に対応するピークは、32-33分に観察され、ピークを示標として高純度で化合物(I)を含む画分を回収した。得られた溶液を凍結乾燥して、標準物質とした。100μgの化合物(I)を100μLの水に溶解し、HPLCを行った。
【0032】
[キャピラリー電気泳動]
ダイオードアレイUV検出器を備えたAgilent3Dキャピラリー電気泳動システム(Waldbronn社製モデルG1600A)を使用した。試料は、50ミリバールの圧力で4秒間注入した。分離は、内面未処理の溶融シリカキャピラリーカラム(GLサイエンス社製、全長58.5cm、有効長さ50cm、内径50μm)で行った。泳動液(BGE)の200mmol/Lのホウ酸緩衝液は、200mmol/Lより僅かに高い濃度のホウ酸水溶液にペレット及び0.1mol/L水酸化ナトリウム水溶液を添加して、pHメータを用いてpH10.5に調整し、メスフラスコを用いて200mmol/Lに調整した。キャピラリーの両端に15kVの電圧を印加した。各サンプルを注入する前に、システムのフラッシュモードを使用して、0.5mol/L水酸化ナトリウムで1分間、BGEで5分間連続してリンスすることによってキャピラリーをコンディショニングした。検出は、245nmのUV吸収をモニターすることにより行った。測定は、25±1℃で行った。
【0033】
[HPLC]
HPLCシステムは、ポンプ(シマズ社製モデルLC-10AD)、脱気装置(シマズ社製モデルDGU-12A)、コロナVeo検出器(サーモフィッシャーサイエンティフィック社製)から構成される。アサヒパックNH2P-50 4Eカラム(5μm、内径4.6mm×250mm、昭和電工社製)を使用し、移動相は、アセトニトリル/水(3:1;v/v)を用いた。室温(約23℃)にて1ml/分の流速で溶出を行った。20μLの試料を注入した。精製及び分取において、アサヒパックNH2P-50カラム(5μm、内径10.0mm×250mm、昭和電工社製)を用いて、流速を2mL/分とした。調整可能スプリッタ(サーモフィッシャーサイエンティフィック社製)を使用し、スプリット比を1:20として、低流量で検出、高流量で分取を行った。
【0034】
[化合物(I)の構造解析]
LC-ESI-MS/MS分析は、ESイオン源、パラダイムMS4ポンプ(マイクロバイオソース社製)及びオートサンプラー(HTCPAL、CTCアナリティックス)を備えたFinniganLTQ線形イオントラップ質量分析計(サーモフィッシャーサイエンティフィック社製)を用いて行った。イオン化の条件は以下のとおりである。
イオン源電圧:4.5kV
キャピラリー温度:275℃
キャピラリー電圧:25V
シースガス(N2ガス):流量50
補助ガス(N2ガス):流量5
チューブレンズオフセット電圧:90V
衝突誘起溶解(CID:collision induced dissolution)分析のために、ヘリウムガスを衝突ガスとして用いた。正規化衝突エネルギー(normalized collision energy)及び活性化Q値(activation Q value)は、35%、0.18に設定した。LCカラムは、TSKゲルODS-100S(東ソー社製、5μm、150mm×内径2.0mm)を用いた。1H及び13C-NMRは、800MHz及び200MHzのJNM-ECA800装置を用いて得た。NMR測定試料は重水に溶解させた。
【0035】
[メープルシロップのインベルターゼ消化]
酵素反応は、pH4.5の5mmol/L酢酸緩衝液40μL、及び100U/mLインベルターゼ5μLをメープルシロップ10mgに加え、37℃で30分間インキュベートした。反応混合物は、水浴中で1分間加熱して酵素を失活させた。室温で蒸発乾固した後、未消化試料と同条件で、インベルターゼ消化物をPMP誘導体化した。また、50μLのPMP誘導体を蒸発乾固し、pH4.5の5mmol/L酢酸緩衝液45μLに再溶解させて5分間プレインキュベーションを行ったのち、100U/mLインベルターゼ溶液5μLを加えて、15分間インキュベートした。反応液を、水浴中で1分間加熱して酵素を失活させ、キャピラリー電気泳動により分析した。
【0036】
[化合物(I)によるインベルターゼ阻害分析]
インベルターゼ阻害分析は、基質のスクロース100μgおよびインベルターゼ阻害剤である化合物(I)1μg、10μgまたは100μgを100mmol/L酢酸緩衝液50μLに加えて、37℃、5分間プレインキュベートした。その後、0.2U/mLインベルターゼ溶液50μLを加え、15分間インキュベートした後、10μLの反応混合物を水浴中で加熱して酵素を失活させ蒸発乾固させた後、PMP誘導体化した。阻害剤を添加せずに同条件で酵素反応を行ったものをブランクとした。各試料において、化合物(I)が酵素の50%を阻害するに要する濃度をIC50とした。化合物(I)の阻害率は、以下の式を用いて計算した。
阻害率(%)=[D1-(D2-D3)/1]×100 ・・・(式1)
D1:ブランク試料のグルコースピーク面積
D2:酵素反応後の各試料のグルコースピーク面積
D3:阻害剤に不純物として含まれるグルコースピーク面積
IC50値は、阻害剤として用いた化合物(I)の用量反応曲線から算出した。
【0037】
[化合物(I)による阻害分析のスクリーニング]
粗酵素混合物として、ラットの腸内アセトン粉末50mgを50mmol/Lリン酸緩衝液(pH6.0)450μLに加えて、30秒間攪拌後、ホモジナイズした。その後、遠心分離(10000rpm、4℃、20分間)を行い、上清を精製酵素(50mg/450μL)とした。スクロース及び結合が異なる2種のグルコース二糖(マルトース、イソマルトース)を基質として使用した。2種の基質各3.4mgをリン酸緩衝液100μLにそれぞれ溶解し、この各溶液を基質溶液とした。競合阻害剤として化合物(I)3.4mgをリン酸緩衝液1mLに溶解し、100倍希釈した溶液を阻害溶液として用いた。基質溶液100μL及び阻害溶液10μLを混合した後、5分間プレインキュベートし、酵素溶液90μLを加えてインキュベートを開始した。5時間後、反応液のうち10μLを水浴中で10分間加熱して反応を停止し、PMP誘導体化してキャピラリー電気泳動を行った。ブランクは、阻害剤がない同条件の酵素反応液とした。阻害率は、インベルターゼ阻害分析と同じ式を用いて、各基質について計算した。
【0038】
[ショ糖を用いた経口ブドウ糖負荷試験(OGTテスト)]
化合物(I)を用いてWistar系正常ラット及びOLETF糖尿病ラットの糖負荷実験を行った。なお、14時間絶食後に糖負荷を行い、これらのラット尾静脈から採血した血液の各種検査を行った。
【0039】
スクロース0.5mg/mlの水溶液(以下、「A液」とも称する。)と、スクロース0.5mg/mlおよび化合物(I)0.085mg/mlを含む水溶液(以下、「B液」とも称する。)とを調製した。正常の7週齢のラット(雄)6頭を2群に分けて、一方の群にはラットの体重に対してスクロースが1.5g/kgとなる量のA液を経口投与し、他方の群にはラットの体重に対してスクロースが1.5g/kgとなる量のB液を経口投与した。投与前、投与後30分、60分、90分、120分においてラットの尾静脈から採血を行い、遠心分離して血漿を得た。得られた血漿について、グルコース及びインスリンを定量した。
【0040】
[評価]
メープルシロップについてPMP誘導化を行い、キャピラリー電気泳動により分析した結果を
図1に示す。その結果、複数のピークが検出され、それぞれのピークを、グルコース、キシロース、アラビノース、マンノース、リボースと同定した。また、*印で示される化合物(I)を同定した。
【0041】
インベルターゼ消化したメープルシロップのキャピラリー電気泳動の結果を
図2に示す。メープルシロップをインベルターゼ消化した結果、グルコース、キシロース、化合物(I)(*印)のピークの面積が、インベルターゼ未消化のメープルシロップの結果(
図1)と比較して増加していた。
【0042】
また、インベルターゼ消化後のメープルシロップに、さらにインベルターゼを加えて、同様にキャピラリー電気泳動により分析した結果を
図3に示す。インベルターゼ消化後のメープルシロップにインベルターゼを加えると、化合物(I)のピークの面積は減少したが、他の糖類のピークの面積に有意な変化はなかった。このことから、化合物(I)はインベルターゼと相互作用するものと推測した。
【0043】
メープルシロップを限外濾過してHPLCにより分析した結果を
図4に示す。
図4の結果に対して、標準物質を使用して、スクロース、フルクトース、グルコースの各ピークを同定した。16-17分のピーク(*印)で示される画分を分取し、PMP誘導体化してキャピラリー電気泳動により分析した。その結果、HPLCにおける16-17分のピークに含まれる物質は、インベルターゼと相互作用したオリゴ糖のピークと一致した。
【0044】
HPLCにおいて*印で示される画分について、酸加水分解を行った後、HPLCにより分析した結果を
図5に示す。
図5に示される主要な2つのピークは、フルクトースとグルコースであることが確認された。これら2つのピークの面積がほぼ同等であることから、化合物(I)は、フルクトースとグルコースとからなる二糖であると推測される。
【0045】
化合物(I)のPMP誘導体をLC-ESI-MS/MSで分析し、分子量を調べた結果、質量は[M+H]+としてm/z673.26であり、PMP誘導体化二糖の質量と一致した。また、プロダクトイオンは、m/z511.33であり、PMP誘導体化単糖の質量と一致した。
【0046】
化合物(I)をNMRにより分析した結果を表1に示す。このケミカルシフトから、化合物(I)は、下記の構造式で現れる構造であると結論づけた。
【表1】
【化1】
【0047】
化合物(I)によるインベルターゼ阻害分析の結果を表2に示す。化合物(I)を1μg、10μg、100μg添加したときの阻害率は、それぞれ40.3%、43.6%、65.2%となり、化合物(I)の濃度と阻害率との間に直線性(R
2=0.99984)が見られた。この直線を用いて計算したIC
50は、1.17mmol/Lであった。
【表2】
【0048】
化合物(I)による酵素阻害活性のスクリーニング結果を
図6に示す。スクロース、マルトース、イソマルトースを基質とした場合の化合物(I)の阻害率は、それぞれ12.3%、9.4%、3.3%であった。表2に、化合物(I)によるマルターゼ阻害分析の結果を示す。化合物(I)を1μg、10μg、100μg添加したときの阻害率は、それぞれ39.1%、49.4%、54.2%であった。化合物(I)の濃度と阻害率とから算出した直線を用いて計算したIC
50は、1.72mmol/Lであった。
【0049】
図7に、正常ラットへスクロース及び化合物(I)を経口同時投与したときの、血漿グルコース及びインスリンの変化を示す。インスリンの経時変化は、化合物(I)の有無によらず同様であるが、血漿グルコース値は、化合物(I)が投与されたラットが、化合物(I)が投与されなかったラットよりも有意に低かった。なお、
図7において、化合物(I)はMaplebioseとして示されている。
【0050】
図8に、OLETF糖尿病ラットへスクロース及び化合物(I)を経口同時投与したときの、血漿グルコース及びインスリンの変化を示す。インスリンの経時変化は、化合物(I)の有無によらず同様であるが、血漿グルコース値は、化合物(I)が投与されたラットが、化合物(I)が投与されなかったラットの約50%程度に低下した。なお、
図8において、化合物(I)はMaplebioseとして示されている。