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特許7462411歯周病様状態に誘導された三次元歯肉上皮モデルの製造方法
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  • 特許-歯周病様状態に誘導された三次元歯肉上皮モデルの製造方法 図1
  • 特許-歯周病様状態に誘導された三次元歯肉上皮モデルの製造方法 図2
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-03-28
(45)【発行日】2024-04-05
(54)【発明の名称】歯周病様状態に誘導された三次元歯肉上皮モデルの製造方法
(51)【国際特許分類】
   C12N 5/071 20100101AFI20240329BHJP
   C12N 1/20 20060101ALI20240329BHJP
   C12Q 1/02 20060101ALN20240329BHJP
【FI】
C12N5/071
C12N1/20 A
C12Q1/02
【請求項の数】 2
(21)【出願番号】P 2019229094
(22)【出願日】2019-12-19
(65)【公開番号】P2021093993
(43)【公開日】2021-06-24
【審査請求日】2022-12-06
(73)【特許権者】
【識別番号】000226437
【氏名又は名称】日光ケミカルズ株式会社
(72)【発明者】
【氏名】阿部 真弓
(72)【発明者】
【氏名】清水 健司
【審査官】小金井 悟
(56)【参考文献】
【文献】特開2019-201603(JP,A)
【文献】Cytokine,2012年04月,Vol.58, No.1 (pp.65-72),pp.1-15
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 1/00- 7/08
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
Google/Google Scholar
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
正常状態の三次元歯肉上皮モデルの角化組織側もしくは培地側に、歯周病原性細菌を添加し、嫌気条件下にて培養する、三次元歯肉上皮モデルの組織内に歯周病原性細菌を感染させた歯周病様状態に誘導された三次元ヒト歯肉上皮モデルの製造方法。
【請求項2】
正常状態の三次元歯肉上皮モデルの角化組織側もしくは培地側に、歯周病原性細菌及び病原因子を添加し、嫌気条件下にて培養する、三次元ヒト歯肉上皮モデルの組織内に歯周病原性細菌を感染させた歯周病様状態に誘導された三次元ヒト歯肉上皮モデルの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、三次元歯肉上皮モデルの組織内に歯周病原性細菌を感染させた歯周病様状態に誘導された三次元歯肉上皮モデルの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
歯周病は、生活習慣病の一つで、口腔内の細菌の感染によって引き起こされる炎症性疾患である。口腔内の常在細菌300~700種類が、歯周病に関連が深い順にクラス分けがなされており、最も関連が深いとされる3菌種(ポリフィロモナス・ジンジバリス(Porphyromonas gingivalis)、トレポネーマ・デンティコーラ(Treponema denticola)、タンネレラ・フォーサイシア(Tannerella forsythia)は、「レッド・コンプレックス」と呼ばれ、これらの菌にアグリゲイティバクター・アクチノミセテムコミタンス(Aggregatibacter actinomycetemcomitans))を含めて、歯周病の発病に関連の深い菌種とされている。
【0003】
近年、全身疾患と歯周病の関連性が指摘されており、呼吸器系疾患、心疾患、糖尿病などとの関連が報告されている。歯茎から侵入した歯周病原性細菌は血管を介して全身に影響を与える可能性が示唆されており、口腔内における歯周病原性細菌の侵入を食い止めることが重要であると考えられている。
【0004】
このようなことから、歯周病原性細菌の増殖及び組織内への侵入を防ぎ、歯周病を予防する事が生活習慣病を予防することに繋がると考えられている。
歯周病の予防、治療法を評価するにあたり、歯周病原性細菌に対する抗菌試験や、歯肉由来細胞を用いた試験法に関する研究が進められている。しかしながら、これら試験では、歯周病原性細菌に対する独立した抗菌試験や、歯肉由来細胞の応答を評価する試験が一般的であり、歯周病原性細菌と歯周組織をin vitro系で組み合わせて試験している例は少ない。
【0005】
近年、動物実験に代わる実験方法の1つとして、三次元に構築された人工組織モデルを用いたin vitro試験が普及しており、様々なタイプの人工組織モデルの作製およびこれらを用いた試験方法について研究されている。
オーラルケア分野では、動物実験が一般的であった背景もあり、歯肉上皮細胞を立体構築した三次元組織モデルについては十分に研究されていない。三次元組織モデルは個体差が少ないこともあり、抗菌剤を含む製剤および薬剤評価試験への活用が期待できる。さらに動物愛護の観点からも、今後は三次元組織モデルの活用が望まれている。
三次元歯肉モデルに歯周病菌を接種し、歯周病原性細菌を歯肉組織内に侵入させる状態を作り出すことができれば、これまでの独立した菌または細胞の試験のレベルからより生体環境に近い状態を模すことができる。
【0006】
類似した例としては、三次元口腔粘膜モデルへ真菌である口腔カンジダ菌を感染させた報告がある(非特許文献1)。
しかしながら、歯周病原性細菌自体を歯肉組織に感染させることにより歯周病様状態を誘導する方法については報告がない。
対象とする歯周病原性細菌は、一般的に嫌気性条件を好む菌が多く、三次元歯肉モデルの培養条件下では生育しにくいことが考えられる。また、口腔粘膜モデルと異なり、歯肉上皮モデルは角化した層、すなわち、角化組織を有していることから容易に歯周病原性細菌を進入させることは困難であると考えられた。
そこで、三次元歯肉上皮モデルを用いて、歯周病原性細菌を感染させた歯周病様状態のモデルを作製する方法を考案した。歯周病原性細菌が感染した歯周病様状態により近いモデルを作製することができれば、歯周病の予防・治療研究に有用である。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0007】
【文献】Biofouling 31(1):27-38,2015
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
上述の通り、近年では、三次元歯肉上皮モデルを用いて歯周病原性細菌自体を感染させたモデルの作製は成し遂げられていない。三次元歯肉上皮モデルは角化した層、すなわち、角化組織を有しており、角化組織を通過して歯周病原性細菌を感染させるためには、菌の活性を高い状態に維持する必要があると考えられた。
代表的な歯周病原性細菌は、嫌気性菌に属するが、三次元歯肉上皮モデルは嫌気環境下で培養しないため、嫌気性を好む歯周病原性細菌の感染は困難であると考えられた。
本発明は、歯周病原性細菌を感染させた三次元歯肉上皮モデルの製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、嫌気性の歯周病原性細菌を感染させるため、嫌気性条件下にて、抗菌剤フリーの培地で培養を行うことにより、嫌気性の歯周病原性細菌が感染した歯周病様状態の三次元歯肉上皮モデルを構築できることを見出した。また、感染させる際に、病原因子を含有させることで、歯肉組織内への感染を増強できることを見出した。
すなわち、本発明の一形態によれば、三次元歯肉上皮モデルの組織内に嫌気性の歯周病原性細菌を進入させた歯周病様状態に誘導された三次元歯肉上皮モデルの製造方法が提供される。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、三次元歯肉上皮モデルにおいて嫌気性の歯周病原性細菌が感染した歯周病様状態を示す三次元歯肉上皮モデルの製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1図1は、実施例における三次元歯肉上皮モデルの歯周病原性細菌を免疫染色した後の組織切片像の顕微鏡写真である。
図2図2は、本発明の一実施形態で使用する培養用プレートの一例を示す模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明を実施するための形態を詳細に説明するが、本発明の技術的範囲は下記の形態のみに限定されることはない。
【0013】
<歯周病原性細菌を感染させた歯周病様状態の三次元歯肉上皮モデルの製造方法>
本発明の一形態は、正常状態の三次元歯肉上皮モデルの角化組織側もしくは培地側に、歯周病原性細菌を、又は歯周病原性細菌及び病原因子を添加し、嫌気性条件下にて培養する、三次元歯肉上皮モデルの組織内に歯周病原性細菌を感染させた歯周病様状態に誘導された三次元歯肉上皮モデルの製造方法である。
三次元歯肉上皮モデルとは、ヒト歯肉上皮にきわめて類似した組織学的形態を有する人工再生組織モデルであり、角化組織を有する。
【0014】
三次元歯肉上皮モデルは、歯肉上皮細胞をポリカーボネートフィルター上などで気液界面培養することにより構築されたものであることが好ましい。これにより、健常なヒト歯肉上皮にきわめて類似した組織学的形態を有する三次元歯肉上皮モデルを製造することができる。また、歯肉上皮モデルが三次元の組織モデルであること、すなわち歯肉上皮細胞が積層されていることは、顆粒層でのフィラグリンの発現、基底層上部でのケラチン6、ケラチン10、ケラチン13、ケラチン16の発現などの組織学的な形態を確認することで判断することができる。このような正常状態の三次元歯肉上皮モデルの市販品としては、SkinEthic(登録商標) HGE(株式会社ニコダームリサーチ)などが挙げられる。
本発明に係る製造方法では、上記正常状態の三次元歯肉上皮モデルを、歯周病原性細菌及び病原因子を角層側、すなわち、角化組織側から添加もしくはこれらを含む培地で、嫌気条件下にて培養することを有する。これにより、効果的に歯周病原性細菌を歯肉上皮細胞に感染させ、歯周病様状態へと誘導することができる。感染とは、組織内に侵入し組織が脆弱になる意味合いを含む。
【0015】
歯周病原性細菌としては、歯周病に関連する嫌気性の細菌を使用できる。病原細菌としては、ポルフィロモナス・ジンジバリス(Porphyromonas gingivalis)、トレポネーマ・デンティコーラ(Treponema denticola)、タンネレラ・フォーサイシア(Tannerella forsythia)、アグリゲイティバクター・アクチノミセテムコミタンス(Aggregatibacter actinomycetemcomitans)、プレボテラ・インターメディア(Prevotella intermedia)などが挙げられる。好ましくは、ポルフィロモナス・ジンジバリス(Porphyromonas gingivalis)、トレポネーマ・デンティコーラ(Treponema denticola)、タンネレラ・フォーサイシア(Tannerella forsythia)である。
培地に含まれる歯周病原性細菌の量は、歯周病様状態を誘導することができれば特に制限されないが、例えば1.0×10~1.0.×10CFU/モデルであり、好ましくは1.0×10~1.0×108CFU/モデルである。
【0016】
病原因子としては、歯周病を誘導できる物質であれば、特に制限されず、例えばリポ多糖(LPS)などの細菌内毒素、膜タンパク(OMP)、Polyinosine-polycytidylic acid(Poly(I:C))などの病原細菌の構成成分などが挙げられる。これらの病原因子としては、細菌由来のものを使用できる。病原因子が由来する細菌としては、ポルフィロモナス・ジンジバリス(Porphyromonas gingivalis)、トレポネーマ・デンティコーラ(Treponema denticola)、タンネレラ・ファーサイシア(Tannerella forsythia)、アグリゲイティバクター・アクチノミセテムコミタンス(Aggregatibacter actinomycetemcomitans)、プレボテラ・インターメディア(Prevotella intermedia)、フソバクテリウム・ヌクレアタム(Fusobacterium nucleatum)などの歯周病原性細菌、及び大腸菌(Escherichia coli)などが挙げられる。病原因子は、好ましくはLPS、OMP及びPoly(I:C)から選択される少なくとも一つであり、より好ましくはLPSである。
病原因子は、ヒト口腔内から採取された口腔内細菌やヒト体内から採取された病原細菌、これらの細菌由来の成分などを超音波処理により微細化する方法で調製することができる。また、市販品を用いることもでき、例えばLipopolysaccharide,from E.coli O111(富士フイルム和光純薬株式会社)、LPS-PG(LPS P.gingivalis由来)(ナカライテスク株式会社)などが挙げられる。
培地に含まれる病原因子の量は、特に制限されないが、例えば0.01~1000μg/mLであり、好ましくは10~500μg/mLであり、より好ましくは50~200μg/mLである。
【0017】
培地としては、三次元歯肉上皮モデルを維持培養できる維持培地であれば、特に制限されないが抗菌剤フリーの培地を使用する必要がある。例えば、三次元歯肉上皮モデルとしてSkinEthic(登録商標) HGE(株式会社ニコダームリサーチ)を使用する場合、同モデル専用である抗菌剤フリーのMAINTENANCE MEDIUMや抗菌剤フリーのGROWTH MEDIUMを維持培地として使用できる。
【0018】
三次元歯肉上皮モデルの培養方法は、特に制限されず、培養する三次元歯肉上皮モデルに応じて適宜選択できる。ヒト歯肉上皮細胞を用いた三次元歯肉上皮モデルの場合、培養温度は、通常、36~38℃程度であり、好ましくは約37℃である。培地のpHは、特に制限されないが、通常6~8程度である。培養時間は、特に制限されず、例えば歯周病原性細菌を接種して2時間~7日間嫌気条件にて維持して培養を行う。
嫌気性条件にする方法としては、酸素がない環境であれば、特に制限されないが、例えば嫌気性のグローブボックス、嫌気性チャンバー、密閉容器に脱酸素剤を入れる方法や、真空ポンプにて空気を吸引する方法などが挙げられる。
【0019】
正常状態の三次元歯肉上皮モデルが歯周病様状態に誘導されたことは、歯肉上皮細胞における歯周病原性細菌が歯肉上皮組織の角化層を通過して組織内部に感染することにより確認できる。
したがって、本発明に係る製造方法においては、上記誘導工程後、歯周病原性細菌の感染を免疫染色法などにより観察する工程を有する。さらに、歯肉細胞の組織学的な変化を測定または観察する工程を含む場合もある。
【0020】
本発明の一実施形態は、本発明に係る製造方法により製造された、歯周病様状態の三次元上皮モデルである。歯周病様状態の三次元上皮モデルは、in vitroでの歯周病様状態を再現することができ、ヒトや動物を用いることなく、個体値や歯周病の程度のバラツキが抑えられ、再現性の高い試験評価を行うことができる。また、安定的に複数のモデルに対して歯周病様状態を再現できることから、歯周病に対する予防・治療に関わる成分および/または改善作用のある成分を含む薬剤や組成物がもつ作用の評価や開発を効率よく行うことができる。
【実施例
【0021】
以下に実施例を挙げて本発明を具体的に説明するが、本発明の技術的範囲がこれに限定されるものではない。
【0022】
実施例1:三次元歯肉上皮モデルを歯周病原性細菌および病原因子を含む培地で嫌気性条件下にて培養し、組織内に歯周病原性細菌を感染させた歯周病様状態の三次元歯肉上皮モデルの作製
1.試験概要
三次元歯肉上皮モデルをP.gingivalisおよびLPSを含む培地で嫌気性条件下にて培養し、組織内にP.gingivalisを感染させた三次元歯肉上皮モデルを作製し、組織学上の変化を確認した。
【0023】
2.試験試料
三次元歯肉上皮モデル:SkinEthic(登録商標) HGE(株式会社ニコダームリサーチ)
歯周病原性細菌:P.gingivalis JCM12257
細菌内毒素:Lipopolysaccharide, from E.coli O111(富士フイルム和光純薬株式会社)
PBS(-):リン酸緩衝生理食塩水。
【0024】
3.試験方法
SkinEthic(登録商標) HGE(以下、「HGE」とも称す)を製造会社のプロトコルに従って、維持培地(MAINTENANCE MEDIUM)を添加したプレートにて馴化した。培地として、維持培地(コントロール)もしくは、200μg/mLのLipopolysaccharide, from E.coli O111(以下、「E.coli LPS」とも称す)を含有する維持培地を別のプレートに2mL添加して、馴化したHGEを設置した。設置後、150μLのP.gingivalis懸濁液をHGE上部に添加して、37?Cの嫌気性条件下にて培養を開始した。嫌気性条件は、培養プレートを嫌気チャンバーに入れたのち、脱酸素剤を封入して設定した。
6時間培養後、PBS(-)でHGEの上部を洗浄し、P.gingivalisを除去した後、新しい維持培地を150μL添加し、37?Cの嫌気性条件下で培養した。
48時間培養後、HGEから凍結切片を作成してP.gingivalisに対する抗体を用いて免疫染色し、組織切片像を顕微鏡(カールツァイス社製、倍率:100)で観察した。
【0025】
4.結果
免疫染色後の組織切片像を図1に示す。好気性条件下で、LPSを含む培地で培養した場合P.gingivalisは組織の上部で検出され組織内部ではほとんど検出されなかった。一方、嫌気性条件下で培養した場合では、P.gingivalisの組織内への侵入が観察された。さらに、嫌気性条件下でかつ、LPSを含む培地で培養した場合には、P.gingivalisの組織内部への侵入が観察された。組織切片像においても、組織の厚さが薄く脆弱に変化している様子も確認された(図1)。
P.gingivalisの接種6時間に比較して、P.gingivalis除去後の48時間培養後においてP.gingivalisのHGE組織内での増殖が観察された。このことから、組織内に感染したP.gingivalisが組織内で増殖していることが確認される(図1)。
48時間培養後のHGEの細胞生存率をアラマブルー法にて評価したところ、細胞生存率への影響は認められなかった。
【産業上の利用可能性】
【0026】
本発明は、三次元ヒト歯肉上皮モデルにおいて歯周病原性細菌を感染させる手段を提供することができる。
【符号の説明】
【0027】
1 三次元歯肉上皮モデル(角化組織側もしくは培地側に歯周病原性細菌を接種)
2 三次元歯肉上皮モデルのウェル
3 培地ウェル(プレート)
4 培地
5 脱酸素剤を封入した嫌気チャンバー
6 脱酸素剤

図1
図2