(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-03-28
(45)【発行日】2024-04-05
(54)【発明の名称】合成単結晶ダイヤモンド
(51)【国際特許分類】
C30B 29/04 20060101AFI20240329BHJP
C01B 32/26 20170101ALI20240329BHJP
C30B 9/10 20060101ALI20240329BHJP
C30B 33/02 20060101ALI20240329BHJP
C30B 33/04 20060101ALI20240329BHJP
【FI】
C30B29/04 U
C01B32/26
C30B9/10
C30B33/02
C30B33/04
(21)【出願番号】P 2019549123
(86)(22)【出願日】2018-08-02
(86)【国際出願番号】 JP2018029001
(87)【国際公開番号】W WO2019077844
(87)【国際公開日】2019-04-25
【審査請求日】2021-02-22
【審判番号】
【審判請求日】2023-03-28
(31)【優先権主張番号】P 2017203412
(32)【優先日】2017-10-20
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000002130
【氏名又は名称】住友電気工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001195
【氏名又は名称】弁理士法人深見特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】角谷 均
(72)【発明者】
【氏名】濱木 健成
(72)【発明者】
【氏名】寺本 三記
(72)【発明者】
【氏名】山本 佳津子
【合議体】
【審判長】河本 充雄
【審判官】立木 林
【審判官】後藤 政博
(56)【参考文献】
【文献】特開2005-272191(JP,A)
【文献】特開平11-71197(JP,A)
【文献】国際公開第2016/073233(WO,A1)
【文献】特開2013-28492(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C30B 1/00-35/00
C01B 32/25-32/28
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
窒素原子を600ppmを超えて、かつ、1500ppm以下の濃度で含有する合成単結晶ダイヤモンドであって、
前記合成単結晶ダイヤモンドの1次ラマン散乱スペクトルにおけるピークのラマンシフトλ’(cm
-1)と、窒素原子の含有量が1ppm以下の合成IIa型単結晶ダイヤモンドの1次ラマン散乱スペクトルにおけるピークのラマンシフトλ(cm
-1)とは、下記式(1)の関係を示す、
λ’-λ≧-0.10 式(1)
合成単結晶ダイヤモンド。
【請求項2】
前記合成単結晶ダイヤモンドの表面に先端半径が50μmの球状のダイヤモンド圧子を100N/minの負荷速度で押し当てる破壊強度試験において、亀裂発生荷重が10N以上である、請求項1に記載の合成単結晶ダイヤモンド。
【請求項3】
前記合成単結晶ダイヤモンドは、{001}面における<100>方向のヌープ硬度が95GPa以上である、請求項1又は請求項2に記載の合成単結晶ダイヤモンド。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、合成単結晶ダイヤモンドに関する。本出願は、2017年10月20日に出願した日本特許出願である特願2017-203412号に基づく優先権を主張する。当該日本特許出願に記載された全ての記載内容は、参照によって本明細書に援用される。
【背景技術】
【0002】
単結晶ダイヤモンドは、高い硬度を有することから、切削工具、研削工具、耐摩工具等の工具に幅広く用いられている。工具に用いられる単結晶ダイヤモンドには、天然ダイヤモンドと合成ダイヤモンドとがある。
【0003】
天然ダイヤモンドの多くは、不純物として凝集型窒素原子を含む(Ia型)。ダイヤモンド結晶中の凝集型窒素原子は、ダイヤモンドを工具に使用した場合に生じる塑性変形やクラックの進展を阻止することができる。よって、天然ダイヤモンドは機械的強度が高い。しかし、天然ダイヤモンドは品質のばらつきが大きく、供給量が安定しないため、工業用途への利用には多大なリスクが伴う。
【0004】
一方、合成ダイヤモンドは品質が一定しており、安定的に供給できるため、工業分野で広く用いられている。
【0005】
通常の合成ダイヤモンドは、不純物として孤立置換型窒素原子を含む(Ib型)。ダイヤモンド結晶中の孤立置換型窒素原子は、その濃度が高いほどダイヤモンドの機械特性が劣化することが知られている。したがって、Ib型合成ダイヤモンドを工具に使用した場合は、刃先の摩耗や欠損が生じやすい。
【0006】
また、合成ダイヤモンドには、窒素不純物をほとんど含まないもの(IIa型)も存在する。IIa型合成ダイヤモンドは、塑性変形やクラックの進展を阻止する不純物や結晶欠陥を含まないため、工具に使用した場合に、刃先の欠損が生じやすい。
【0007】
したがって、合成ダイヤモンドにおいて、耐摩耗性や耐欠損性を向上させる技術が研究されている。
【0008】
例えば、特許文献1(特開2015-134718号公報)には、ダイヤモンドの靱性及び耐摩耗性を向上させるために、Ib型合成ダイヤモンド材料に電子線照射又は中性子線照射を行い、ダイヤモンド材料に孤立空孔点欠陥を与えた後に、アニーリングする技術が開示されている。
【0009】
また、非特許文献1(エー・ティー・コリンズ(A T Collins)著、ヴァケンシー・エンハンスド・アグリゲーション・オブ・ニトロジェン・イン・ダイヤモンド(Vacancy enhanced aggregation of nitrogen in diamond)、ジャーナル・オブ・フィジックス・シー・ソリッド・ステート・フィジックス(Journal of Physics C: Solid State Physics)、英国、英国物理学会(The Institute of Physics)、1980年、第13号、p.2641-50)には、Ib型合成ダイヤモンドに電子線照射を行った後に、熱処理を行い、結晶中の孤立置換型窒素原子を、凝集型窒素原子へ変換する技術が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【非特許文献】
【0011】
【文献】エー・ティー・コリンズ(A T Collins)著、ヴァケンシー・エンハンスド・アグリゲーション・オブ・ニトロジェン・イン・ダイヤモンド(Vacancy enhanced aggregation of nitrogen in diamond)、ジャーナル・オブ・フィジックス・シー・ソリッド・ステート・フィジックス(Journal of Physics C: Solid State Physics)、英国、英国物理学会(The Institute of Physics)、1980年、第13号、p.2641-50
【発明の概要】
【0012】
本開示の一態様に係る合成単結晶ダイヤモンドは、窒素原子を600ppmを超えて、かつ、1500ppm以下の濃度で含有する合成単結晶ダイヤモンドであって、
前記合成単結晶ダイヤモンドの1次ラマン散乱スペクトルにおけるピークのラマンシフトλ’(cm-1)と、窒素原子の含有量が1ppm以下の合成IIa型単結晶ダイヤモンドの1次ラマン散乱スペクトルにおけるピークのラマンシフトλ(cm-1)とは、下記式(1)の関係を示す、
λ’-λ≧-0.10 式(1)
合成単結晶ダイヤモンドである。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】
図1は、本開示の一態様に係る合成単結晶ダイヤモンドの製造に用いる試料室構成の一例を示す模式的断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
[本開示が解決しようとする課題]
特許文献1及び非特許文献1の技術は、いずれもIb型合成ダイヤモンド中の孤立置換型窒素原子を、凝集型窒素原子へ変換するものであるが、変換率が不十分であるため、得られた合成ダイヤモンドの耐欠損性が不十分であることが技術的な問題となっている。
【0015】
そこで、本目的は、高い硬度及び優れた耐欠損性を有する合成単結晶ダイヤモンドを提供することを目的とする。
[本開示の効果]
上記態様によれば、高い硬度及び優れた耐欠損性を有する合成単結晶ダイヤモンドを提供することが可能となる。
[本開示の実施形態の説明]
最初に本開示の実施態様を列記して説明する。
【0016】
(1)本開示の一態様に係る合成単結晶ダイヤモンドは、窒素原子を600ppmを超えて、かつ、1500ppm以下の濃度で含有する合成単結晶ダイヤモンドであって、前記合成単結晶ダイヤモンドの1次ラマン散乱スペクトルにおけるピークのラマンシフトλ’(cm-1)と、窒素原子の含有量が1ppm以下の合成IIa型単結晶ダイヤモンドの1次ラマン散乱スペクトルにおけるピークのラマンシフトλ(cm-1)とは、下記式(1)の関係を示す、
λ’-λ≧-0.10 式(1)
合成単結晶ダイヤモンドである。
【0017】
上記態様の合成単結晶ダイヤモンドは、高い硬度を有するとともに、結晶中の引張応力が小さいため、優れた耐欠損性を有する。
【0018】
(2)合成単結晶ダイヤモンドは、その表面に先端半径が50μmの球状のダイヤモンド圧子を100N/minの負荷速度で押し当てる破壊強度試験において、亀裂発生荷重が10N以上であることが好ましい。亀裂発生荷重が10N以上であると、合成単結晶ダイヤモンドは、優れた破壊強度及び耐欠損性を有し、切削工具材料として用いた場合に、硬質難削材を刃先の欠損を生じることなく切削することができる。
【0019】
(3)合成単結晶ダイヤモンドは、{001}面における<100>方向のヌープ硬度が95GPa以上であることが好ましい。この硬度を有する合成単結晶ダイヤモンドを工具材料に用いた場合、工具の耐摩耗性が向上する。
[本開示の実施形態の詳細]
本開示の一実施形態に係る合成単結晶ダイヤモンドの具体例を、以下に図面を参照しつつ説明する。
【0020】
<合成単結晶ダイヤモンド>
本開示の一実施形態に係る合成単結晶ダイヤモンドは、窒素原子を600ppmを超えて、かつ、1500ppm以下の濃度で含有する合成単結晶ダイヤモンドであって、前記合成単結晶ダイヤモンドの1次ラマン散乱スペクトルにおけるピークのラマンシフトλ’(cm-1)と、窒素原子の含有量が1ppm以下の合成IIa型単結晶ダイヤモンドの1次ラマン散乱スペクトルにおけるピークのラマンシフトλ(cm-1)とは、下記式(1)の関係を示す、
λ’-λ≧-0.10 式(1)
合成単結晶ダイヤモンドである。
【0021】
ダイヤモンドの耐摩耗性や耐欠損性に影響を与える要因の一つに、結晶中の内部応力の状態がある。ダイヤモンド結晶内に引張応力が存在すると、引張応力の生じている地点を起点として、ダイヤモンド結晶の塑性変形や破壊が生じやすくなり、耐摩耗性や耐欠損性が低下する。一方、ダイヤモンド結晶内に圧縮応力が存在すると、耐欠損性が向上する。したがって、ダイヤモンド結晶の内部応力の状態を、引張応力をなるべく小さく、又は、圧縮応力が優勢となるようにすることで、単結晶ダイヤモンドの耐摩耗性や耐欠損性を向上することができる。
【0022】
合成単結晶ダイヤモンドの内部応力の状態は、合成単結晶ダイヤモンドの1次ラマン散乱スペクトルにおけるピークのラマンシフトλ’(cm-1)を、窒素原子の含有量が1ppm以下の合成IIa型単結晶ダイヤモンド(以下、標準試料、又は、合成IIa型単結晶ダイヤモンドとも記す)の1次ラマン散乱スペクトルにおけるピークのラマンシフトλ(cm-1)と比較することにより評価することができる。具体的には、上記λ’とλとの差(λ’-λ)で表されるピーク位置シフト量の大きさにより、合成単結晶ダイヤモンドの内部応力の状態を評価することができる。その理由について、以下に説明する。
【0023】
初めに、ダイヤモンド結晶の内部応力の主な要因の一つである、結晶中の不純物として存在する窒素原子について説明する。単結晶ダイヤモンド中の窒素原子は、その存在形態により、孤立置換型窒素原子や凝集型窒素原子等に分類することができる。
【0024】
孤立置換型窒素原子とは、ダイヤモンド結晶中の炭素原子の位置に、窒素原子が1原子単位で置換して存在しているものである。孤立置換型窒素原子は、単結晶ダイヤモンドの結晶構造自体に大きな影響を与えないため、クラックの伝播の抑制に寄与しない。さらに、ダイヤモンド結晶中に孤立置換型窒素原子が存在すると、その周辺の結晶格子に局所的な引張応力が生じる。したがって、孤立置換型窒素原子を含むダイヤモンド結晶中には、引張応力が生じている。このため、孤立置換型窒素原子が存在する場所付近が塑性変形や破壊の起点となり、ダイヤモンド結晶の耐摩耗性や耐欠損性が低下する。
【0025】
凝集型窒素原子とは、ダイヤモンド結晶中に2つ以上の窒素原子が凝集して存在しているものである。凝集型窒素原子は、孤立置換型窒素原子とは異なり、単結晶ダイヤモンドにおいてクラックの伝播を抑制することができる。また、ダイヤモンド結晶中の凝集型窒素原子は、引張応力を発生させないため、ダイヤモンド結晶の耐摩耗性や耐欠損性の低下に寄与しない。さらに、ダイヤモンド結晶中の凝集型窒素原子は、一定量以上になると圧縮応力を発生させるため、条件によっては、ダイヤモンド結晶の耐摩耗性や耐欠損性を向上させる。
【0026】
凝集型窒素原子は、さらに、窒素2原子ペア、窒素4原子凝縮、プレートレット等に分類することができる。
【0027】
窒素2原子ペアは、2つの窒素原子が共有結合をし、かつ、炭素原子と置換しているものである。窒素2原子ペアを含むダイヤモンドは、IaA型と呼ばれる。
【0028】
窒素4原子凝縮は、4つの窒素原子が1つの空孔に隣接して存在し、かつ、炭素原子と置換しているものである。窒素4原子凝集を含むダイヤモンドは、IaB型と呼ばれる。
【0029】
プレートレットは、5つ以上の窒素原子が凝集して存在し、かつ、炭素原子と置換しているものである。プレートレットを含むダイヤモンドは、IaB’型と呼ばれる。
【0030】
次に、ダイヤモンド結晶中の窒素原子と、ダイヤモンド結晶の1次ラマン散乱スペクトルとの関係について説明する。
【0031】
標準試料として用いられる合成IIa型単結晶ダイヤモンドとは、高温高圧下での温度差法により合成される、高純度で格子欠陥や内部歪の存在しない単結晶ダイヤモンドを意味する。例えば、住友電気株式会社製の高純度IIa型単結晶ダイヤモンドとして市販されている。合成IIa型単結晶ダイヤモンドは窒素原子の含有量が1ppm以下であり、窒素原子をほとんど含まないため、ダイヤモンド結晶内に内部応力が存在しない。また、合成IIa型単結晶ダイヤモンドは、1次ラマン散乱スペクトルにおいて、鋭く強い1本のピークを示す。通常、このピークのラマンシフトは1332cm-1から1333cm-1の範囲に現れる。ラマンシフトの値は、測定時の環境の温度により変化する。本明細書中、ラマンシフトは、室温(20℃以上25℃以下)で測定された値である。
【0032】
ダイヤモンド結晶内に孤立置換型窒素原子が存在すると、ラマンシフトが合成IIa型単結晶ダイヤモンドよりも低周波数側にシフトする。この時、ダイヤモンド結晶内には、孤立置換型窒素原子に由来する引張応力が生じている。一方、ダイヤモンド結晶内に孤立置換型窒素原子が存在せず、凝集型窒素原子が存在すると、ラマンシフトが合成IIa型単結晶ダイヤモンドよりも高周波数側にシフトする。この時、ダイヤモンド結晶内には引張応力が生じていない、又は、圧縮応力が生じている。
【0033】
したがって、合成単結晶ダイヤモンドにおけるラマンシフトλ’(cm-1)と、合成IIa型単結晶ダイヤモンドのラマンシフトλ(cm-1)との値を比較することで、合成単結晶ダイヤモンドの内部応力の状態を評価することができる。
【0034】
上記の知見に基づき、本発明者らは、λ’(cm-1)とλ(cm-1)との差(λ’-λ)で表されるピーク位置シフト量の大きさと、合成単結晶ダイヤモンドの耐欠損性及び硬度との関係を鋭意検討した結果、(λ’-λ)が下記式(1)の関係を示す場合に、合成単結晶ダイヤモンドが高い硬度とともに、優れた耐欠損性を有することを見出した。
【0035】
λ’-λ≧-0.10 式(1)
(λ’-λ)が上記式(1)の関係を満たすと、合成単結晶ダイヤモンド中の孤立置換型窒素原子の量が十分に低減されており、合成単結晶ダイヤモンドは、優れた耐欠損性及び高い硬度を有することができる。(λ’-λ)は、更に下記式(2)又は式(3)の関係を示すことが、耐欠損性の向上の観点から好ましい。
【0036】
λ’-λ≧0.00 式(2)
λ’-λ≧0.10 式(3)
合成単結晶ダイヤモンド及び標準試料の1次ラマン散乱スペクトルにおけるピークのラマンシフトは、顕微ラマン分光装置で測定することができる。測定は、波長532nmのレーザーを励起光として、室温(20℃以上25℃以下)で行う。
【0037】
合成単結晶ダイヤモンドでは、試料の任意の表面を研磨し、研磨面の1次ラマン散乱スペクトルにおけるピークのラマンシフト(λ’)を測定する。標準試料では、高純度合成IIa型単結晶ダイヤモンドの任意の表面を研磨し、研磨面の1次ラマン散乱スペクトルにおけるピークのラマンシフト(λ)を測定する。
【0038】
λ’及びλは、1次ラマン散乱スペクトル信号が最強となる波数である。ピーク形状は、ローレンツ関数、または、ガウス関数でピークフィッテング処理して評価することが好ましい。また、試料及び標準試料の測定時の、ラマン分光装置の検出器及び光学系の温度変化を±1℃以下に抑えることが好ましい。
【0039】
(λ’-λ)の値を算出することにより、ピーク位置シフト量を求めることができる。
本実施形態に係る合成単結晶ダイヤモンドは、窒素原子を600ppmを超えて、かつ、1500ppm以下の濃度で含有する。ここで、窒素原子の濃度とは、合成単結晶ダイヤモンドにおける窒素原子の質量基準の濃度である。合成単結晶ダイヤモンド中の窒素原子の濃度は、二次イオン質量分析法(SIMS:Secondary Ion Mass Spectrometry)によって測定することができる。窒素原子の濃度が600ppm以下であると、窒素原子同士が凝集し難く、合成単結晶ダイヤモンド中に孤立置換型窒素原子が存在する傾向が高くなり、硬度及び耐欠損性が不十分となる。一方、窒素原子の濃度が1500ppmを超えると、合成単結晶ダイヤモンド中の格子欠陥が増加し、硬度及び耐欠損性が不十分となる。合成単結晶ダイヤモンド中の窒素原子の濃度は、620ppm以上1300ppm以下がより好ましく、800ppm以上1000ppm以下がさらに好ましい。
【0040】
合成単結晶ダイヤモンドは、合成単結晶ダイヤモンドの表面に先端半径(R)が50μmの球状のダイヤモンド圧子を100N/minの負荷速度で押し当てる破壊強度試験において、亀裂発生荷重が10N以上であることが好ましい。亀裂発生荷重が10N以上であると、合成単結晶ダイヤモンドは、優れた破壊強度及び耐欠損性を有し、工具材料として用いた場合に、刃先の欠損を生じることなく硬質難削材を切削することができる。亀裂発生荷重は、15N以上がより好ましく、20N以上がさらに好ましい。亀裂発生荷重の上限値は特に限定されないが、製造上の観点からは、50N以下が好ましい。
【0041】
破壊強度試験の具体的な方法は、以下の通りである。先端半径(R)が50μmの球状のダイヤモンド圧子を試料に押し当て、100N/minの負荷速度で圧子に荷重をかけていき、試料に亀裂が発生した瞬間の荷重(亀裂発生荷重)を測定する。亀裂が発生する瞬間はAEセンサーで測定する。亀裂発生荷重が大きいほど、合成単結晶ダイヤモンドを工具に用いた場合に、工具刃先の耐欠損性や耐チッピング性が優れている。測定圧子としてR50μmよりも小さい圧子を用いると、亀裂が発生する前に試料が塑性変形してしまい、亀裂に対する正確な強度を測定できない。また、R50μmよりも大きい圧子を用いても測定は可能だが、亀裂発生までに要する荷重が大きくなる上、圧子と試料の接触面積が大きくなり、試料の表面精度による測定精度への影響や、単結晶の結晶方位の影響が顕著になるなどの問題がある。したがって、合成単結晶ダイヤモンドの破壊強度試験ではR50μmの圧子を用いることが望ましい。
【0042】
本実施形態に係る合成単結晶ダイヤモンドは、{001}面における<100>方向のヌープ硬度が95GPa以上が好ましい。なお、本明細書中において、結晶幾何学的に等価な面方位を含む総称的な面方位を{}で示し、結晶幾何学的に等価な方向を含む総称的な方向を<>で示す。ヌープ硬度が95GPa以上である合成単結晶ダイヤモンドは、窒素を含む天然ダイヤモンドよりも硬度が高く、耐摩耗性が優れている。ヌープ硬度は、110GPa以上130GPa以下がさらに好ましい。
【0043】
ヌープ硬度(以下、HKとも記す。単位はGPa)の評価方法について説明する。まず、合成単結晶ダイヤモンドの{001}面内の<100>方向に、荷重F(N)で圧痕をつける。得られた圧痕の幅a(μm)を測定し、下記式(4)よりヌープ硬度(HK)を算出する。
【0044】
HK=14229×F/a2 式(4)。
本実施形態に係る合成単結晶ダイヤモンドは、チタン(Ti)、バナジウム(V)、クロム(Cr)、マンガン(Mn)、鉄(Fe)、ニッケル(Ni)、コバルト(Co)、銅(Cu)、ジルコニウム(Zr)、ニオブ(Nb)、モリブデン(Mo)、ルテニウム(Ru)、ロジウム(Rh)、パラジウム(Pd)、ハフニウム(Hf)、タンタル(Ta)、タングステン(W)、オスミウム(Os)、イリジウム(Ir)および白金(Pt)からなる群より選ばれる1種以上の元素、これらの元素を2種以上含む1種以上の合金、これらの元素からなる群より選ばれる1種以上の元素と、炭素(C)または酸素(O)との化合物、およびこれらの複合体からなる群から選ばれる少なくとも1種を含む内包物を含有することがある。
【0045】
内包物の含有密度や大きさが大きいと、合成単結晶ダイヤモンドを研磨基体へ接合する際に、合成単結晶ダイヤモンドと研磨基体との熱膨張差によって合成単結晶ダイヤモンドが破損するおそれがあり、実用上の問題がある。したがって、合成単結晶ダイヤモンド中の内包物の含有密度は、20個/mm3以下であることが好ましく、10個/mm3以下であることがさらに好ましい。また、内包物は、差し渡し径の最大値が10μm以下であることが好ましく、5μm以下であることがさらに好ましい。差し渡し径とは、ある大きさ、形を持つ単結晶内に引くことのできる最大の直線の長さのことである。合成単結晶ダイヤモンドは内包物を含まないことが最も好ましい。
【0046】
<工具>
本開示の一実施形態に係る合成単結晶ダイヤモンドは、高い硬度、及び、優れた耐欠損性を有し、品質が安定しており、様々な用途に適用できる。例えば、ドレッサー、伸線ダイス、スクライブツール、ウォタージェット用オリフィス等の耐磨工具や、精密切削加工用バイト、木工用カッター等の切削工具の材料として用いることができる。本実施形態に係る合成単結晶ダイヤモンドを用いた工具は、従来の合成ダイヤモンド及び、天然ダイヤモンドやダイヤモンド焼結体から作製されたものに比べて、長時間安定した加工を行うことができ、優れた工具寿命を有する。
【0047】
<合成単結晶ダイヤモンドの製造方法>
本開示の一実施形態に係る合成単結晶ダイヤモンドは、例えば以下の方法で製造することができる。
【0048】
初めに、溶媒金属を用いた温度差法により、窒素原子を600ppmを超えて、かつ、1500ppm以下の濃度で含有するダイヤモンド単結晶を得る(以下、温度差法工程とも記す)。ダイヤモンド単結晶は、例えば、
図1に示される構成を有する試料室を用いて、温度差法で作製することができる。
【0049】
図1に示されるように、ダイヤモンド単結晶の製造に用いる試料室10では、黒鉛ヒータ7で囲まれた空間内に絶縁体2、炭素源3、溶媒金属4、種結晶5が配置され、黒鉛ヒータ7の外部には圧力媒体6が配置される。温度差法とは、試料室10の内部で縦方向の温度勾配を設け、高温部(T
high)に炭素源3、低温部(T
low)にダイヤモンドの種結晶5を配置し、炭素源3と種結晶5との間に溶媒金属4を配して、この溶媒金属4が溶解する温度以上でダイヤモンドが熱的に安定になる圧力以上の条件に保持して種結晶5上にダイヤモンド単結晶
1を成長させる合成方法である。
【0050】
炭素源3としては、ダイヤモンド粉末を用いることが好ましい。また、グラファイト(黒鉛)や熱分解炭素を用いることもできる。溶媒金属4としては、鉄(Fe)、コバルト(Co)、ニッケル(Ni)及びマンガン(Mn)などから選ばれる1種以上の金属またはこれらの金属を含む合金を用いることができる。
【0051】
炭素源3又は溶媒金属4には、窒素供給源として、例えば、窒化鉄(Fe2N,Fe3N)、窒化アルミニウム(AlN)、窒化リン(P3N4)、窒化珪素(Si3N4)等の窒化物や、メラミン、アジ化ナトリウムなどの有機窒素化合物を単体又は混合体として添加することができる。また、炭素源3に、窒素を多量に含むダイヤモンド粉末やグラファイト、あるいは、炭素-窒素結合(C-N結合)化合物を添加することができる。これにより、合成されるダイヤモンド単結晶中に、窒素原子が含まれる。この時、ダイヤモンド単結晶中の窒素原子は、主に孤立置換型窒素原子として存在している。
【0052】
炭素源3又は溶媒金属4中の窒素供給源の含有量は、合成されるダイヤモンド単結晶中の窒素原子の濃度が600ppmを超えて、かつ、1500ppm以下となるように調整する。例えば、炭素源においては、窒素供給源に由来する窒素原子の含有量を、200ppm以上3000ppm以下とすることができる。また、溶媒金属においては、例えば、溶媒金属が鉄-コバルト-ニッケルからなる合金で、窒素供給源がFe3Nの場合に、窒素供給源の含有量を、0.08質量%以上0.2質量%以下とすることができる。
【0053】
溶媒金属4は、さらに、チタン(Ti)、バナジウム(V)、クロム(Cr)、マンガン(Mn)、銅(Cu)、ジルコニウム(Zr)、ニオブ(Nb)、モリブデン(Mo)、ルテニウム(Ru)、ロジウム(Rh)、ハフニウム(Hf)、タンタル(Ta)、タングステン(W)、オスミウム(Os)、イリジウム(Ir)および白金(Pt)からなる群より選ばれる1種以上の元素を含んでいてもよい。
【0054】
次に、得られたダイヤモンド単結晶に、100MGy以上1000MGy以下のエネルギーを与える電子線及び粒子線のいずれか一方又は両方を照射する(以下、照射工程とも記す)。これにより、ダイヤモンド単結晶内に格子欠陥が導入され、空孔が形成される。粒子線としては、中性子線や陽子線を用いることができる。
【0055】
照射するエネルギー量が100MGy未満であると、格子欠陥の導入が不十分となるおそれがある。一方、エネルギー量が1000MGyを超えると、過剰の空孔が生成し、結晶性が大きく低下するおそれがある。したがって、エネルギー量は100MGy以上1000MGy以下が好適である。
【0056】
照射条件は、ダイヤモンド単結晶に、100MGy以上1000MGy以下のエネルギーを与えることができれば、特に限定されない。例えば、電子線を用いる場合は、照射エネルギー4.6MeV以上4.8MeV以下、電流2mA以上5mA以下、照射時間30時間以上45時間以下とすることができる。
【0057】
次に、電子線及び粒子線のいずれか一方又は両方を照射したダイヤモンド単結晶を、真空中又は不活性ガス中の常圧下で1700℃以上1800℃以下の温度でアニールする(以下、アニール工程とも記す。)。これにより、ダイヤモンド単結晶内の孤立置換型窒素原子が、空孔を介して移動して凝集し、凝集型窒素原子となる。この結果、結晶内に存在した引張応力が大幅に減少する。更に、ダイヤモンド単結晶内の窒素の含有量や、照射条件、アニール条件等により、圧縮応力が優勢となる場合もある。
【0058】
アニール時の温度が1700℃未満であると、窒素の凝集速度が遅くなり、長時間のアニール処理が必要となるため好ましくない。一方、アニール時の温度が1800℃を超えると、窒素の凝集速度は速くなるが、常圧下ではダイヤモンド単結晶が黒鉛化してしまう。よって、1800℃を超える温度でアニールを行う場合は、ダイヤモンドが熱力学的に安定な超高圧条件下で行う必要があるが、コスト上昇や生産性低下の観点から好ましくない。したがって、アニール時の温度は、1700℃以上1800℃以下が好適である。
【0059】
照射工程及びアニール工程は、それぞれ2回以上ずつ行うことができる。また、それぞれ1回ずつ行う場合を1サイクルとして、2サイクル以上繰返して行うことができる。これにより、ダイヤモンド単結晶内の孤立置換型窒素原子の凝集を促進することができる。照射工程及びアニール工程を十分に行うことで、ダイヤモンド単結晶中の全ての孤立置換型窒素原子が凝集型窒素原子に変換される。
【0060】
なお、照射工程を行わずに、本実施の形態に係る合成単結晶ダイヤモンドを作製することもできる。この場合は、温度差法工程に続いて、照射工程を行わずに、アニール工程を行う。
【実施例】
【0061】
本実施の形態を実施例によりさらに具体的に説明する。ただし、これらの実施例により本実施の形態が限定されるものではない。
【0062】
<合成単結晶ダイヤモンドの作製>
[試料1]
(温度差法工程)
初めに、
図1に示される構成を有する試料室を用いて、溶媒金属を用いた温度差法により、ダイヤモンド単結晶を合成した。
【0063】
溶媒金属として、鉄-コバルト-ニッケルからなる合金を準備し、これに窒素供給源として窒化鉄(Fe3N)粉末を添加した。溶媒金属中の窒化鉄の濃度は0.08質量%とした。
【0064】
炭素源にはダイヤモンドの粉末、種結晶には約0.5mgのダイヤモンド単結晶を用いた。試料室内の温度を、炭素源の配置された高温部と、種結晶の配置された低温部との間に、数十度の温度差がつくように加熱ヒータで調整した。これに、超高圧発生装置を用いて、圧力5.5GPa、低温部の温度を1370℃±10℃(1360℃~1380℃)の範囲で制御して60時間保持し、種結晶上にダイヤモンド単結晶を合成した。
【0065】
(照射工程)
次に、得られたダイヤモンド単結晶に電子線を照射した。照射条件は、照射線エネルギー4.6MeV、電流2mA、照射時間30時間とした。これは、ダイヤモンド単結晶に100MGyのエネルギーを与える照射条件である。
【0066】
(アニール工程)
次に、電子線照射後のダイヤモンド単結晶を、真空中、常圧下で1700℃の温度で1時間、アニール処理して、合成単結晶ダイヤモンドを得た。
【0067】
[試料2~試料21]
(温度差法工程)
試料2~21は、基本的に試料1と同一の方法で温度差法工程を行った。試料1と異なる点は、溶媒金属への窒化鉄(Fe3N)粉末の添加量を、溶媒金属中の窒化鉄の濃度が表1の「溶媒金属中の窒化鉄の濃度」の欄に記載の濃度となるように変更した点である。
【0068】
(照射工程)
試料5~15は、得られたダイヤモンド単結晶に試料1と同一の照射条件で電子線を照射した。試料2~4,16~21は電子線照射を行わなかった。
【0069】
(アニール工程)
試料2~15、18は、表1の「アニール温度」の欄に記載の温度で1時間アニール処理を行った。試料16,17,19~21は、アニール工程を行わなかった。
【0070】
試料2~7,10,12,18は、電子線照射工程とアニール工程とを各1回ずつ(1サイクル)行った。試料8,11,13~15は、電子線照射工程とアニール工程とを、この順で2回繰り返して(2サイクル)行った。試料9は、電子線照射工程とアニール工程とを、この順で3回繰り返して(3サイクル)行った。上記の工程を行い、試料2~21の合計単結晶ダイヤモンドを得た。なお、試料1~13は実施例に該当し、試料14~21は比較例に該当する。
【0071】
【0072】
<合成単結晶ダイヤモンドの評価>
得られた合成単結晶ダイヤモンドについて、窒素濃度の測定、ラマン分光分析、ヌープ硬度の測定、及び、破壊強度試験を行った。
【0073】
(窒素濃度の測定)
各試料の合成単結晶ダイヤモンド中の窒素濃度をSIMS分析により求めた。結果を表1に示す。
【0074】
(ラマン分光分析)
各試料及び標準試料(住友電気株式会社製の高純度IIa型単結晶ダイヤモンド)について、1次ラマン散乱スペクトルにおけるピークのラマンシフトを、顕微ラマン分光装置で測定した。測定は、波長532nmのレーザーを励起光として、室温(20℃)で行った。
【0075】
合成単結晶ダイヤモンドでは、試料の任意の表面を研磨し、研磨面の1次ラマン散乱スペクトルにおけるピークのラマンシフト(λ’)を測定した。標準試料では、高純度合成IIa型単結晶ダイヤモンドの任意の表面を研磨し、研磨面の1次ラマン散乱スペクトルにおけるピークのラマンシフト(λ)を測定した。λ’及びλは、1次ラマン散乱スペクトル信号のピーク形状を、ローレンツ関数でピークフィッティング処理したものにおいて、1次ラマン散乱スペクトル信号が最強となる波数である。また、試料および標準試料の測定時の、ラマン分光装置の温度の振れを±1℃以下に抑えた。
【0076】
(λ’-λ)の値を算出することにより、ピーク位置シフト量を求めた。結果を表1に示す。
【0077】
(ヌープ硬度の測定)
ヌープ硬度は、合成単結晶ダイヤモンドの{001}面内の<100>方向に、荷重4.9Nで圧痕をつける。得られた圧痕の幅aを測定し、下記式(4)によりヌープ硬度(HK)を算出した。結果を表1に示す。
【0078】
HK=14229×4.9/a2 式(4)
(破壊強度試験)
R50μmの球状のダイヤモンド圧子を準備し、室温(23℃)で、100N/minの負荷速度で各試料に荷重をかけていき、試料に亀裂が発生した瞬間の荷重(亀裂発生荷重)を測定した。亀裂が発生する瞬間はAEセンサーで測定した。亀裂発生荷重が大きいほど、試料の強度が高く、耐欠損性が優れていることを示す。結果を表1に示す。
【0079】
試料1~13の合成単結晶ダイヤモンドは、窒素濃度が600ppmを超えて、かつ1500ppm以下の範囲であり、(λ’-λ)≧-0.10の関係を満たし、実施例に該当する。これらの合成単結晶ダイヤモンドは、高い硬度と優れた耐欠損性を有していた。
【0080】
試料14~21の合成単結晶ダイヤモンドは、窒素濃度が250ppm以上1500ppm以下の範囲であり、(λ’-λ)の値が-0.11以下であり、比較例に該当する。これらの合成単結晶ダイヤモンドは、耐欠損性が不十分であった。
【0081】
今回開示された実施の形態および実施例はすべての点で例示であって制限的なものではないと考えられるべきである。本発明の範囲は、上記した意味ではなく、請求の範囲によって示され、請求の範囲と均等の意味および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。
【符号の説明】
【0082】
1 単結晶ダイヤモンド、2 絶縁体、3 炭素源、4 溶媒金属、5 種結晶、6 圧力媒体、7 黒鉛ヒータ。