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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-03-28
(45)【発行日】2024-04-05
(54)【発明の名称】トマト加工品及びそれに用いるトマト
(51)【国際特許分類】
   A01H 6/82 20180101AFI20240329BHJP
   A01H 5/08 20180101ALI20240329BHJP
   A01H 1/02 20060101ALN20240329BHJP
【FI】
A01H6/82
A01H5/08
A01H1/02 Z
【請求項の数】 6
(21)【出願番号】P 2020110081
(22)【出願日】2020-06-26
(62)【分割の表示】P 2015198766の分割
【原出願日】2015-10-06
(65)【公開番号】P2020150960
(43)【公開日】2020-09-24
【審査請求日】2020-06-26
【審判番号】
【審判請求日】2022-05-11
(73)【特許権者】
【識別番号】000104113
【氏名又は名称】カゴメ株式会社
(72)【発明者】
【氏名】今森 久弥
(72)【発明者】
【氏名】市川 雅敏
【合議体】
【審判長】上條 肇
【審判官】藤井 美穂
【審判官】天野 貴子
(56)【参考文献】
【文献】米国特許第6072106(US,A)
【文献】特開平7-79799(JP,A)
【文献】株式会社 誠和,ロックウールトマトだより,第26便,2010年03月30日,「糖酸比」欄,https://www.seiwa-ltd.jp/labo/%e3%83%ad%e3%83%83%e3%82%af%e3%82%a6%e3%83%bc%e3%83%ab%e3%83%88%e3%83%9e%e3%83%88%e3%81%a0%e3%82%88%e3%82%8a%e3%80%80-%e7%ac%ac26%e4%be%bf-%e3%80%802010%e5%b9%b43%e6%9c%8830%e6%97%a5/参照
【文献】農業生産技術管理学会誌,1998年,Vol.5,No.2,p.41-47
【文献】兵庫県立中央農業技術センター研究報告 農業編,1990年,Vol.38,p.33-38
【文献】沙漠研究,2019年,Vol.29, No,1,p.29-43
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A01H1/00-17/00
A23L19/00
CAplus/BIOSIS/EMBASE/CABA/AGRICOLA(STN)
JSTPlus(JDreamIII)
DWPI(DerwentInnovation)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
トマト(形質転換体、及び、ほ場容水量の20~30%のかん水量で育てたものを除く。)であって、
前記トマトは、ショ糖蓄積能が発現したSolanum lycopersicumであり、
前記トマトがホモで保有するのは、Solanum chmielewskii由来のインベルターゼ遺伝子であり、
前記トマトにおけるブドウ糖、果糖、及びショ糖の総量は、5(%)以上であり、
前記総量におけるショ糖含量は、20.0(%)以上、かつ、47.6(%)以下であり、
前記トマトにおける酸度(%)に対するショ糖含量(%)の比は、1.8以上であり、かつ、6.1以下であり、
その果重は、10乃至14(g)であり、
そのBrixは、7.5(%)以上であり、かつ、8.9(%)以下であり、
その酸度は、0.4(%)以上、かつ、0.71(%)未満である。
【請求項2】
トマト(形質転換体、及び、果色が黄橙色であるものを除く。)であって、
前記トマトは、ショ糖蓄積能が発現したSolanum lycopersicumであり、
前記トマトがホモで保有するのは、Solanum chmielewskii由来のインベルターゼ遺伝子であり、
前記トマトにおけるブドウ糖、果糖、及びショ糖の総量は、5(%)以上であり、
前記総量におけるショ糖含量は、20.0(%)以上、かつ、47.6(%)以下であり、
前記トマトにおける酸度(%)に対するショ糖含量(%)の比は、1.8以上であり、かつ、6.1以下であり、
その果重は、10乃至14(g)であり、
そのBrixは、7.5(%)以上であり、かつ、8.9(%)以下であり、
その酸度は、0.4(%)以上、かつ、0.71(%)未満である。
【請求項3】
請求項1又は2のトマトであって、
前記酸度(%)に対するショ糖含量(%)の比は、2.5以上である。
【請求項4】
請求項1乃至3の何れかのトマトであって、
ブドウ糖、果糖、及びショ糖の総量に対するショ糖含量は、30.0(%)以上である。
【請求項5】
種子であって、
請求項1乃至4の何れかのトマトを自家受粉させて得られるもの。
【請求項6】
トマト後代の育成方法であって、
前記トマト後代は、ショ糖蓄積能が発現したSolanum lycopersicumであり、
その親品種として用いられるのは、請求項1乃至4の何れかのトマトである。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明が関係するのは、トマト加工品及びそれに用いるトマトである。
【背景技術】
【0002】
トマトは、世界中で食される緑黄色野菜である。トマトの用途の一つは生食である。そ
のようなメニューを例示すると、サラダ等の惣菜である。人々が好んで食すトマトは、よ
り甘味の強いフルーツトマトである。近年では、ゼリーやケーキ等のデザートにもトマト
の用途は拡大している。このようなトマトの用途拡大において求められるのは、従来の食
味を改良することである。
【0003】
トマトの甘味を強化する手段はいくつか知られている。具体的には、水切り栽培(非特
許文献1、2)、根域制限栽培(非特許文献3)、養液栽培(非特許文献4)がある。こ
れら手段による効果は、単純にトマト果実の糖度を上昇させることである。
【0004】
トマトの食味を決定する要素の一つは、糖の構成である。果糖(フルクトース)は甘味
が強いが、感じる時間は短い。つまり、後味の切れが早い。ブドウ糖(グルコース)は甘
味を感じる時間は長いが、甘味の強度は弱い。ショ糖(スクロース)は果糖に比べて甘味
は劣るが、長時間甘味を持続する(非特許文献5)。現在、流通されるトマトのショ糖含
量は、検出されないか、痕跡程度であり、ショ糖特有の後引く甘味を感じない。
【0005】
一般的に流通するトマトは、栽培種のソラナム・リコペルシカム(Solanum l
ycopersicum)である。栽培種トマトに蓄積する糖は、果糖とブドウ糖である
。他方、トマトにおいて知られるのは、野生種である。野生種の緑色果実種に確認されて
いる性質は、生育過程におけるショ糖の蓄積である。ショ糖蓄積能を有する野生種の一つ
は、ソラナム・クミエルスキー(Solanum chmielewskii)である。
ショ糖蓄積能の由来は、当該種のインベルターゼ遺伝子である。インベルターゼとは酵素
であって、その作用は、ショ糖を加水分解し果糖とブドウ糖を生成することである。当該
種のインベルターゼ活性は低い。すなわち、ショ糖が分解されず蓄積し易い。しかしなが
ら、一般的に知られるのは野生種トマトは食には適さないことである。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【文献】図師一文、他1名、園芸学会雑誌、1998年、第67巻、第927乃至933頁
【文献】早田保義、他3名、園芸学会雑誌、1998年、第67巻、第759乃至766頁
【文献】馬西清徳、他3名、日本土壌肥料学会誌、1996年、第67巻、第257乃至264頁
【文献】斎藤岳士、他3名、園芸学研究、2006年、第5巻、第415乃至419頁
【文献】橋本仁、他1名、朝倉書店 砂糖の科学、2006年
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明が解決しようとする課題は、トマト加工品における甘味の改善である。一般的に
流通しているトマトに含有される糖類は、果糖とブドウ糖である。果糖の甘味は強いが、
長時間の甘味を感じない。そのような甘味の持続性が影響するのは、トマト加工品(サラ
ダ、デザート、ジュース等)の風味である。すなわち、トマトの甘味が持続しないと、ト
マト加工品の風味も芳しくない。以上の観点から求められるのは、トマトであって、後味
に強く甘味を感じさせるものである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本願発明者らが鋭意検討して見出したのは、トマトにショ糖を含有させ、且つ果実中の
酸に対するショ糖含量を高くすることによって、トマトの甘味が改質されるという点であ
る。
【0009】
本発明に係るトマト加工品の原材料は、トマトであって、Solanum lycop
ersicum、であり、Solanum chmielewskii由来のインベルタ
ーゼ遺伝子が起因してショ糖蓄積能が発現しており、酸度(%)に対するショ糖含量(w
/w%)の比は、1.8以上である。
【0010】
本発明に係るトマトは、Solanum lycopersicum、であり、Sol
anum chmielewskii由来のインベルターゼ遺伝子が起因してショ糖蓄積
能が発現しており、酸度(%)に対するショ糖含量(w/w%)の比は、1.8以上であ
る。
【0011】
本発明に係るトマトの生産方法の構成は以下の工程であって、Solanum lyc
opersicumに導入されるのは、Solanum chmielewskii由来
のインベルターゼ遺伝子であり、それによって得られるのは、Solanum lyco
persicumであって、ショ糖蓄積能が発現したもの(以下、「第2のSolanu
m lycopersicum」という。)であり、繰り返し交雑されるのは、Sola
num lycopersicum、及び前記第2のSolanum lycopers
icumであり、それによって得られるのは、Solanum lycopersicu
mであって、その酸度(%)に対するショ糖含量(w/w%)の比が1.8以上であるも
の、である。
【発明の効果】
【0012】
本発明が提供するのは、トマト加工品及びそれに用いるトマトであって、後味に強く甘
味を感じるものである。
【発明を実施するための形態】
【0013】
<トマトのショ糖蓄積能付与>
ショ糖蓄積能を有する野生種トマトの一つは、ソラナム・クミエルスキー(Solan
um chmielewskii)である。ショ糖蓄積能の由来は、当該種のインベルタ
ーゼ遺伝子である。インベルターゼとは酵素であって、その作用は、ショ糖を加水分解し
果糖とブドウ糖を生成することである。当該野生種のインベルターゼ活性は低く、ショ糖
が分解されずに蓄積し易い。
【0014】
栽培種トマトにインベルターゼ遺伝子を導入する方法は、野生種トマトとの交雑である
。ショ糖を蓄積する形質は、劣勢形質である。つまり、交雑によって作出されたトマトが
ショ糖蓄積能を保有する頻度は極めて低く、確認手段は、成体まで栽培を進める必要があ
る。そこで、当該形質が導入されたかを確認する手段の説明として本願明細書が取り込む
のは、特許第2812862号公報の内容である。
【0015】
<トマトの食味向上手段>
野生種のインベルターゼ遺伝子を導入したトマトが獲得するのはショ糖蓄積能である。
しかしながら、一つの栽培種トマトにショ糖蓄積能を導入したのみでは、ショ糖は感じ難
く、食味不充分である。食味向上の為に必要なのは、別の戻し親である。別の戻し親とは
、栽培種トマトである。ここで選定される戻し親とは、所望の食味品質を有するトマトで
ある。これら二つの親品種より、ショ糖が感じられるトマトが得られる。食味向上する為
に、更に、別の戻し親を利用しても良い。
【0016】
<トマトの酸度に対するショ糖の含有割合>
従来、トマトの品種改良が行われたのは、野生種トマトの食味が劣る為である。代表的
な特徴を例示すると、酸度に比べて糖の含量が低い。つまり、その味は酸っぱい。野生種
トマトと栽培種トマトから得られた雑種第1代は、野生種の形質を多く遺伝し、食用には
適さない。極端にいえば、ショ糖蓄積形質以外は、栽培種の形質を保持するトマトである
ことが好ましい。
【0017】
インベルターゼ遺伝子が導入され、ショ糖蓄積能を獲得したトマトについては、栽培種
トマトへの繰り返し交雑を行う。使用する戻し親(栽培種トマト)は、野生種に比べて食
味や栽培適性が優れたものである。本発明においては、酸度に対するショ糖の含有割合を
高める為に、糖の含有量の高いトマト、及び酸度の含有量が低い品種を選定することがで
きる。糖の含有量の高いトマトとは、いわゆる高糖度トマトである。例示すると、桃太郎
T-93、あいこ、アメーラ(登録商標)等である。尚、本発明に係る方法において生産
されたトマトを親品種として利用し、更なる後代を育成することもできる。それにより、
当該甘味の改質に加え、所望の生産性を高めることができる。
【0018】
本発明に係るトマトに含有される糖類は、ブドウ糖、果糖、及びショ糖である。これら
糖類が呈するのは、甘味である。3種の糖類における甘味強度は、果糖、ショ糖、ブドウ
糖の順である。甘味を長く感じるのは、ブドウ糖、ショ糖、果糖の順である。このことか
ら、本発明におけるトマトの特長は、後味に強く甘味を感じる点である。ショ糖を含有し
ても酸度に対して割合が低ければ、ショ糖の甘味を感じにくい。本発明に係るトマトの酸
度に対するショ糖含量との比は、1.8以上である。これにより、酸味よりもショ糖の甘
味を感じられる。
【0019】
<トマトの糖含量とショ糖の割合>
ブドウ糖、果糖、及びショ糖の総量が、5(w/w%)以上であり、そのうちショ糖含
有割合は、20(%)以上である。これにより、ショ糖の甘味が感じられる。より好まし
くは、30(%)以上である。これにより更に強くショ糖の甘味が感じられる。
【0020】
<トマトの糖酸比>
本発明に係るトマトの糖酸比は、12(-)以上が望ましい。糖酸比とは、糖度を酸度
で除した値である。糖酸比が高ければ、甘味が強い。他方、糖酸比が低ければ、酸味が強
く、甘味が弱い。具体的には、Brixが7.5(%)以上、酸度が0.71(%)未満
であることにおいて糖酸比が12(-)以上であることが望ましい。これにより、トマト
の甘味が強く感じられる。酸度が高いと甘味を感じにくい。酸度を構成するのは有機酸で
あり、例示すると、クエン酸、リンゴ酸、乳酸や酢酸等である。酸度の測定方法は、0.
1N水酸化ナトリウム標準液を用いた滴定法である。酸度は、クエン酸当量に換算した値
である。
【0021】
<トマトの用途>
本発明に係るトマトの加工品は、搾汁、サラダ惣菜、及びデザートとして使用すること
ができる。搾汁とは、例示するとトマトジュース、トマト含有飲料、野菜ミックスジュー
ス等である。トマトを搾汁する詳細な説明のため、本明細書に取り込まれるのは、最新果
汁・果実飲料辞典(社団法人日本果汁協会監修)の内容である。サラダ惣菜とは、当該ト
マトと他の野菜や食材とを合わせた調理食品である。デザートとは、ケーキや菓子の類で
ある。
【実施例
【0022】
<ショ糖含有トマトの作出>
栽培種トマトと野生種トマト(Solanum chmielewskii)を交配し
た。その交雑種より野生種のインベルターゼ遺伝子を保持する個体であることを確認(特
許第2812862号公報)し、ショ糖を含有する交雑種のトマトを作出及び選抜した。
選抜した個体を育成して、自家受粉を6回以上繰り返し、世代促進させた。自家受粉は目
的の形質が固定される程度に数回繰り返し、得られた果実のショ糖含有トマトを親品種P
1とした。
【0023】
<ショ糖含有トマトの食味向上>
親品種P1に対し、親品種(戻し親)P2とするトマトを選定した。選定においては、
ショ糖特有の甘味が感じられる、すなわち、果実中の酸度に対するショ糖含量が高まるよ
うな果実成分のトマトに着目した。具体的に、試料2乃至6に使用した戻し親P2の特性
は以下の通りである。
・糖含量 4.5(w/w%)
・果糖含量 2.2(w/w%)
・ブドウ糖含量 2.3(w/w%)
・Brix 7.0(%)
・酸度 0.52(%)
・糖酸比 13.5(―)
これを戻し親P2として繰り返し交雑を行った。繰り返し交雑は、野生種のインベルタ
ーゼ遺伝子をヘテロで保有しながら、その他の形質が戻し親の保有する形質となるよう、
遺伝的に固定される程度に4回以上行った。その後、同個体を自家受粉させ、野生種のイ
ンベルターゼ遺伝子をホモで保有する個体を選抜した。自家受粉は目的の形質が固定され
る程度に数回繰り返し、得られた果実のショ糖含有トマトを最終の選抜個体とした。表1
に各種選抜個体の分析結果及び食味検査の結果を示す。各種分析方法は後述する。
【0024】
<糖の測定>
本測定で採用した糖の測定器は、Shimadzu LC10VPシステム((株)島
津製作所製)である。測定条件は、カラム:Shodex Asahipak NH2P-
50 4E[内径:φ4.6mm×250mm、昭和電工(株)製]、カラム温度:50
℃、サンプル注入量:10μL、移動相:アセトニトリル/水=75/25(容量比)、
移動相の流速:1mL/min、検出器:示差屈折計(RI検出器)である。
【0025】
<Brixの測定方法>
本測定で採用したRIの測定器は、屈折計(NAR-3T ATAGO社製)である。
測定時の品温は、20℃であった。
【0026】
<酸度の測定方法>
本測定で採用した酸度の算出方法は、0.1N水酸化ナトリウム標準液を用いた滴定法
であり、滴定値よりクエン酸当量に換算して算出した。
【0027】
<食味評価>
各種資料の食味評価を行った。評価者はトマトの品種開発担当者であり、ショ糖蓄積に
よる甘味の感じ方を評価した。
【0028】
【表1】
【0029】
試料1のトマトは、ショ糖含量/酸度の比は、0.87(-)であり、食味評価におい
てはショ糖特有の甘味は感じられなかった。一方、試料2乃至6については、ショ糖含量
/酸度の比が1.8を上回り、ショ糖特有の甘味が感じられた。更に、試料4乃至6につ
いては、ショ糖特有の甘味が強く感じられた。ショ糖含量/酸度の比は、2.5以上であ
った。
【産業上の利用可能性】
【0030】
本発明が産業上利用可能な分野は、生鮮トマト事業、トマト惣菜事業等である。