(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-03-28
(45)【発行日】2024-04-05
(54)【発明の名称】PCB原位置浄化システム、及びPCB原位置浄化方法
(51)【国際特許分類】
B09C 1/08 20060101AFI20240329BHJP
A62D 3/38 20070101ALI20240329BHJP
C02F 1/72 20230101ALI20240329BHJP
B09C 1/06 20060101ALI20240329BHJP
A62D 101/22 20070101ALN20240329BHJP
【FI】
B09C1/08
A62D3/38
C02F1/72 Z
B09C1/06 ZAB
A62D101:22
(21)【出願番号】P 2020136119
(22)【出願日】2020-08-12
【審査請求日】2023-07-04
(73)【特許権者】
【識別番号】390023249
【氏名又は名称】国際航業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001335
【氏名又は名称】弁理士法人 武政国際特許商標事務所
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 徹朗
(72)【発明者】
【氏名】窪田 成紀
(72)【発明者】
【氏名】瀬野 光太
【審査官】森 健一
(56)【参考文献】
【文献】特開2003-285043(JP,A)
【文献】特開2002-307049(JP,A)
【文献】特開2002-1299(JP,A)
【文献】特開2015-112556(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B09C 1/06
B09C 1/02
A62D 3/38
C02F 1/72
A62D 101/22
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
PCBに汚染された土壌と地下水を、現位置で浄化するシステムであって、
土壌内に構築された3以上の電極井戸に印加して土壌に電流を流すことで、土壌を加温する土壌加温装置と、
過硫酸塩の水溶液を土壌又は地下水に注入する薬剤注入装置と、を備え、
前記薬剤注入装置は、常温水に溶解した過硫酸塩を、加温された状態の土壌又は地下水に注入する、
ことを特徴とするPCB原位置浄化システム。
【請求項2】
PCBに汚染された土壌と地下水を、現位置で浄化する方法であって、
土壌内に構築された3以上の電極井戸に印加して土壌に電流を流すことで、土壌を加温する土壌加温工程と、
過硫酸塩の水溶液を土壌又は地下水に注入する薬剤注入工程と、を備え、
前記薬剤注入工程では、常温水に溶解した過硫酸塩を、加温された状態の土壌又は地下水に注入する、
ことを特徴とするPCB原位置浄化方法。
【請求項3】
前記土壌加温工程では、土壌の目標温度を変更しながら段階的に加温し、
前記薬剤注入工程では、前記土壌加温工程で目標温度を変更して加温するごとに、過硫酸塩の水溶液を土壌又は地下水に注入する、
ことを特徴とする請求項2記載のPCB原位置浄化方法。
【請求項4】
前記薬剤注入工程では、過硫酸塩の水溶液を地下水位の近傍層と、シルト層又は粘土層と、に向けてそれぞれ別に注入する、
ことを特徴とする請求項2又は請求項3記載のPCB原位置浄化方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本願発明は、汚染された土壌や地下水を原位置にて浄化する技術に関するものであり、より具体的には、ポリ塩化ビフェニル(PCB:Poly Chlorinated Biphenyl)によって汚染された土壌や地下水を、土壌加温法を活用して浄化する技術に関するものである。
【背景技術】
【0002】
PCBは、人工的に作られた化学物質であり、水への溶解度が小さい、撥水性と親油性を有するといった特性のほか、揮発性が低い、熱で分解しにくい、不燃性や電気絶縁性が高いなど、化学的に安定した特性を示すものである。そのため、コンデンサーやトランス類の絶縁油、熱交換器の熱媒体、ノンカーボン紙など幅広い用途で利用されていた。
【0003】
一方、PCBは、分解されにくく脂肪に溶けやすいという特性があるため、摂取すると体内に蓄積されたままの状態となり、これに伴う健康被害が生じることが知られている。特に1968年、西日本を中心に広域にわたって食中毒が発生したカネミ油症事件では、PCBの毒性が大きく取り上げられ、社会的にも注目を浴びるようになった。この事件は、脱臭工程の熱媒体として用いられたPCBがライスオイル(米ぬか油)中に混入し、そのライスオイルを摂取した多くの者が皮膚症状や全身倦怠感といった健康被害を訴えた事案であり、現在でもその症状が続いている者もいる。
【0004】
カネミ油症事件が社会問題化したことから、1972年には「化学物質の審査及び製造等の規制に関する法律(化審法)」によってPCBの製造が禁止され、あわせて使用や輸入も禁止された。PCB製造の禁止以降、約30年にわたって主に民間企業がその処理施設の立地を試みたものの、地元の理解を得ることが難しいこともあり、思うように処理施設を整備することができなかった。そのため、PCBが使用された電気機器等(以下、「PCB廃棄物」という。)を所持していた者は、その保管の長期化を余儀なくされ、その結果、紛失や漏洩による環境汚染の進行が懸念されるようになった。そこで、このような環境汚染に対する適切な措置を図るべく、2001年に「ポリ塩化ビフェニル廃棄物の適正な処理の推進に関する特別措置法(PCB特措法)」が施行されることとなった。このPCB特措法の施行により、国が中心となって関連会社を活用し、全国で5箇所の処理施設が整備されるに至った。
【0005】
PCB特措法の施行当初、2016年7月までにPCB廃棄物を処分することとしていたが、その後、微量のPCBに汚染された電気機器等が大量に存在することが判明した。これにより政令等が改正され、現在では最長でも2025年度までには高濃度のPCB廃棄物の処理を完了することとされている。
【0006】
既述したとおりPCB廃棄物は、処分されることなく長期にわたって保管されることとなった。そのため、一部では不適切な管理によってPCBが環境中に排出される例が報告されており、現在でも土壌や地下水がPCBに汚染される事例が確認されることがある。PCBを含む土壌や地下水を浄化する場合、その土壌や地下水を回収して場外の処理施設で廃棄物として処理するのが一般的である。しかしながら処理施設の能力を考えると、今後は十分な処理が困難となることも予測される。そのため、PCBによって汚染された土壌や地下水を原位置にて浄化する手法が望まれているが、現状では実現できる技術が提案されていない。
【0007】
ところで、土壌や地下水を原位置で汚染浄化する一般的な手法としては、物理的手法と化学的手法、生物学的手法が挙げられる。ところがPCBに汚染されたケースでは、これらいずれも有効な手法とはなり得ない。例えば、物理的方法ではガス吸引や揚水等によってPCBを回収することになるが、先に説明したようにPCBは揮発性が低いためガス吸引ではその回収が難しく、また水への溶解度も小さいことから揚水の効果は限定的である。特に、土壌の細孔部にPCBが浸透している場合、常温におけるその移動性が小さいため揚水による回収は期待できず、さらにPCBが粘性の低い油類と共存する場合は、常温におけるその移動性が著しく低下することから揚水による回収はより期待できない。また、回収できたとしてもPCBは廃棄物として処理する必要があり、非常に高コストとなる。
【0008】
一方、化学的手法では薬剤等を用いてPCBを分解することになるが、PCBは化学的に安定な物質であり環境中ではほとんど分解しないため、有効な手法とはいえない。なお、場外でPCBを廃棄物として処理する場合は、主に熱処理やアルカリ触媒分解法によってPCBの処理が行われるが、これらの手法を土壌や地下水の原位置で応用することは難しい。また、PCBは200種類を超える異性体が存在し、異性体によってその分解性が異なることも化学的手法によるPCB分解を難しくしている。例えば、過硫酸法やフェントン法では、4塩素置換体PCBの分解は可能であるが、6、7塩素置換体のPCBは分解しない。また、環境中にはこれらのPCBが複合して存在するため、原位置でPCBを化学分解する手法の適用はこれまで困難とされてきた。
【0009】
生物学的手法では微生物等の働きを利用してPCBを分解することになるが、PCBは生物学的にも安定であることから微生物分解を受けにくく、水処理など他の分野でもその実績はない。同様に、土壌や地下水の原位置浄化においても、生物処理の適用は現実的ではない。
【0010】
物理的手法や化学的手法、生物学的手法を単独で行うと効果的な汚染浄化ができない場合、これらを組み合わせた汚染浄化手法が有効な解決手段となることもある。例えば特許文献1では、昇温した土壌等に過硫酸塩を注入することによって1,4-ジオキサンを分解する浄化技術について提案している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
特許文献1に開示される技術は、電気発熱法を利用することとしており、そのため効率的に土壌温度を所定温度(例えば40~90℃)に昇温することができ、しかも安定的にその所定温度を維持することができる。その結果、注入された過硫酸塩によって1,4-ジオキサンを効果的に分解することができるわけである。しかしながら特許文献1に開示される技術は、1,4-ジオキサンを分解する技術であって、PCBに汚染された土壌や地下水を浄化するものではない。
【0013】
本願発明の課題は、従来が抱える問題を解決することであり、すなわちPCBに汚染された土壌や地下水を浄化することができる原位置浄化システムと、これを用いた浄化方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本願発明は、土壌温度を昇温することで粘性の高い油類の流動性を高めるとともに、土壌加温法を活用した熱活性過硫酸法によってPCBを分解する、という点に着目したものであり、従来にはなかった発想に基づいてなされた発明である。
【0015】
本願発明のPCB原位置浄化システムは、PCBに汚染された土壌と地下水を現位置で浄化するシステムであって、土壌加温装置と薬剤注入装置を備えたものである。このうち土壌加温装置は、土壌内に構築された3以上の電極井戸に印加して土壌に電流を流すことで土壌を加温する装置であり、また薬剤注入装置は、過硫酸塩の水溶液を土壌又は地下水に注入する装置である。なお薬剤注入装置は、常温水に溶解した過硫酸塩を加温された状態の土壌又は地下水に注入する。
【0016】
本願発明のPCB原位置浄化方法は、PCBに汚染された土壌と地下水を現位置で浄化する方法であって、土壌加温工程と薬剤注入工程を備えた方法である。このうち土壌加温工程では、土壌内に構築された3以上の電極井戸に印加して土壌に電流を流すことで土壌を加温し、また薬剤注入工程では、過硫酸塩の水溶液を土壌又は地下水に注入する。なお薬剤注入工程では、常温水に溶解した過硫酸塩を加温された状態の土壌又は地下水に注入する。
【0017】
本願発明のPCB原位置浄化方法は、土壌の目標温度を変更しながら段階的に加温する方法とすることもできる。この場合、薬剤注入工程では、土壌加温工程で目標温度を変更して加温するごとに、過硫酸塩の水溶液を土壌又は地下水に注入する。
【0018】
本願発明のPCB原位置浄化方法は、過硫酸塩の水溶液を地下水位の近傍層とシルト層(あるいは粘土層)に向けてそれぞれ別に注入する方法とすることもできる。
【発明の効果】
【0019】
本願発明のPCB原位置浄化システム、及びPCB原位置浄化方法には、次のような効果がある。
(1)ジュール熱により土壌自体を発熱させる電気発熱法を用いることから、温度のコントロールが容易であり、したがって土壌温度を目的の温度まで昇温することも容易で、複数段階で設定される目的の温度に段階的に昇温することもできる。その結果、多種のPCBの異性体を分解することができる。
(2)PCBは、粘土層やシルト層に蓄積する傾向にあり、また親油性を有するため油類に含まれた状態で地下水面付近に存在する傾向にある。電気発熱法は、電気が流れやすい層の方が発熱しやすいという特徴があり、電気抵抗が低い(つまり電気が流れやすい)粘土層やシルト層、地下水面を特に昇温することから、熱活性化した過硫酸によって効果的にPCBが分解される。
(3)PCBは親油性を有するため油類に含まれた状態で存在することもあるが、土壌温度を昇温することにより油類の流動性高まり、薬剤(熱活性化した過硫酸)との接触効率も高まる。
(4)薬剤自体を温める必要がない(常温で溶解できる)ことから、過硫酸塩のロスを低減することができる。また、加温することによって反応性も高まることから、常温で実施するより薬剤量を削減することができる。
(5)電気発熱法は、熱伝導(ヒーター)を利用した加温手法に比べ熱効率が良く、そのため昇温に係る消費電力を低減することができる。
(6)電気発熱法は、熱伝導(ヒーター)などのように高温の熱媒体を必要としないため、薬剤の注入井戸の材料として塩化ビニル管(昇温温度によっては、耐熱性硬質塩化ビニル管)を利用することができる。あるいは、薬剤の注入井戸を構築することなく、電気発熱法のための電極井戸を薬剤注入用として兼用することもできる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【
図1】本願発明のPCB原位置浄化システムの主な構成を模式的に示すブロック図。
【
図2】電気抵抗加熱法を利用した土壌加温装置を模式的に示す断面図。
【
図3】三角形を形成するように平面配置された電極井戸を示す平面図。
【
図4】本願発明のPCB原位置浄化方法の主な工程の流れを示すフロー図。
【
図6】PCBの異性体ごとの分解の程度を示す試験結果図。
【発明を実施するための形態】
【0021】
本願発明のPCB原位置浄化システム、及びPCB原位置浄化方法の実施の例を、図に基づいて説明する。なお、本願発明のPCB原位置浄化方法は、本願発明のPCB原位置浄化システムを用いて土壌等を浄化する方法であり、したがってまずは本願発明のPCB原位置浄化システムについて説明し、その後に本願発明のPCB原位置浄化方法について説明することとする。
【0022】
1.PCB原位置浄化システム
図1は、本願発明のPCB原位置浄化システム100の主な構成を模式的に示すブロック図である。この図に示すように本願発明のPCB原位置浄化システム100は、土壌加温装置(電極井戸111と電源装置112)と薬剤注入装置120を含んで構成される。
【0023】
本願発明のPCB原位置浄化システム100は、土壌加温装置によって土壌を加温し、所定の温度(例えば、40~90℃)に昇温した土壌や地下水に薬剤を注入することによってPCBを原位置にて分解するものである。例えば薬剤として過硫酸塩を昇温した土壌や地下水に注入すると、熱活性状態における硫酸ラジカルなど様々な反応により熱活性過硫酸が生じ、この熱活性過硫酸によってPCBの分解が促進されるわけである。以下、PCB原位置浄化システム100を構成する主な要素ごとに詳しく説明する。
【0024】
(土壌加温装置)
土壌加温装置は、PCBに汚染された対象範囲(以下、単に「対象範囲」という。)の土壌を所定温度となるまで昇温するとともにその所定温度を維持するため、土壌を加温するものである。土壌の加温手法としては、熱伝導(ヒーター)によって土壌を加熱する手法なども知られているが、本願発明では電気抵抗加熱法の一種である電気発熱法を採用するとよい。この電気発熱法は、土壌自体を発熱させるため均一に加温でき、しかも温度コントロールも容易であり、また電流が流れやすい(電気抵抗の低い)粘土層(高濃度の汚染が存在する場合が多い)の方が昇温しやすく、さらに熱効率が優れているため熱伝導(ヒーター)に比べ昇温にかかる消費電力を低減することができる、といった特長を有しているからである。
【0025】
図2は、電気発熱法を利用した土壌加温装置110を模式的に示す断面図である。この図に示すように土壌加温装置110は、対象範囲の土壌内に構築された電極井戸111と、地上に設置された電源装置112を含んで構成される。この電極井戸111は鋼製のケーシングで形成されており、電源装置112によって各電極井戸111のケーシングに三相交流電圧を印加することで、電極井戸111間に電流が流れ、その結果、途中の土壌にジュール熱が発生し、すなわち土壌を昇温させることができる。そのため各電極井戸111は、対象範囲の土壌を取り囲むように3以上の箇所に設置する必要があり、例えば
図3に示すように複数の三角形を形成するように配置するとよい。なお
図3に示す4つの三角形はそれぞれ一辺が約3.5mの正三角形となっているが、もちろんこれに限らず種々の形状となるよう電極井戸111を配置することができる。
【0026】
(薬剤注入装置)
薬剤注入装置120は、
図1に示すように土壌や地下水に対して薬剤を注入するものであり、薬剤の貯留槽や、貯留槽から薬剤を送り出す圧送手段(ポンプ等の)などによって構成される。薬剤は、常温(15~25℃)の水に過硫酸塩を溶解したもの(過硫酸塩水溶液)であり、またここで用いる過硫酸塩としては過硫酸ナトリウム、過硫酸カリウム、過硫酸アンモニウムなどを例示することができる。なお、過硫酸塩を溶解させる水を常温とする理由は、過硫酸塩は常温では熱活性などの反応が生じないことから、常温水に溶解することで土壌や地下水に到達する前に熱活性過硫酸が発生することを防止できるからであり、換言すると常温水に溶解することで過硫酸塩の状態のまま土壌や地下水に送ることができるからである。
【0027】
薬剤注入装置120によって圧送された薬剤は、井戸を通じて土壌や地下水に注入することができ、例えば地下水位の近傍層とシルト層(あるいは粘土層)それぞれに注入するなど各層に分けて(各層を狙って)注入することもできる。また
図1に示すように、対象範囲に構築された注入井戸CWを通じて薬剤を注入することもできるし、注入井戸CWに代えて電極井戸111を利用して薬剤を注入することもできるし、もちろん注入井戸CWと電極井戸111の両方を利用して薬剤を注入することもできる。なお土壌加温装置110によって土壌は昇温するが、本願発明で利用する電気発熱法は熱伝導(ヒーター)のように高温の熱媒体を必要としないため、比較的安価で調達が容易な塩化ビニル管(昇温温度によっては、耐熱性硬質塩化ビニル管)を注入井戸CWの材料として利用することもできる。したがって、従来用いられている「塩化ビニル管(昇温温度によっては、耐熱性硬質塩化ビニル管)による注入管を用いた多点注入法」なども採用することができる。
【0028】
(使用例)
続いて、PCB原位置浄化システム100の使用例について説明する。まず土壌を昇温するため、土壌加温装置110によって加温する。より具体的には、電源装置112によって各電極井戸111のケーシングに三相交流電圧を印加し、土壌が計画した温度(以下、「計画温度」という。)になるまで昇温する。そして土壌が計画温度まで昇温すると、その温度を維持するように土壌加温装置110による加温を継続する。電気発熱法は温度コントロールが容易であり、そのため土壌温度を目的の温度まで昇温することも、その目的の温度の状態で維持することも比較的容易にできる。しかしながら、加温された土壌や地下水の現実の温度は、予測された(あるいは解析された)温度とは異なることも十分考えられる。そのため、実際の温度を観測しながら電極井戸111に印加していくとよい。この場合、
図3に示すように各電極井戸111の間に温度観測井戸130を構築しておき、この温度観測井戸130を利用して土壌や地下水の温度を観測するとよい。
【0029】
土壌が計画温度の状態になると、薬剤注入装置120によって常温(15~25℃)の過硫酸塩水溶液を土壌や地下水に注入する。このとき、既述したように地下水位の近傍層とシルト層(あるいは粘土層)それぞれに注入するなど各層に分けて(各層を狙って)注入することもできる。なお薬剤注入後も計画温度を保つため、土壌加温装置110によって継続して土壌を加温していく。土壌は計画温度まで昇温しており、常温で注入された過硫酸塩水溶液は熱活性状態における硫酸ラジカルなど様々な反応を示す。そして、その結果生じた熱活性過硫酸によってPCBの分解が促進される。
【0030】
ところで、PCBは、粘土層やシルト層に蓄積する傾向にあり、また親油性を有するため油類に含まれた状態で地下水面付近に存在する傾向にある。しかも電気発熱法は、電気が流れやすい層の方が発熱しやすいという特徴があり、電気抵抗が低い(つまり電気が流れやすい)粘土層やシルト層、地下水面を特に昇温する。また、PCBは親油性を有するため油類に含まれた状態で存在することもあるが、土壌温度を昇温することにより油類の流動性高まり、薬剤(熱活性化した過硫酸)との接触効率も高まる。そのため過硫酸塩水溶液は、粘土層やシルト層、地下水面付近を選んで(狙って)注入するとよい。これにより、効率的に熱活性過硫酸によってPCBを分解することができ、無駄な薬剤(過硫酸塩)を省くこともできる。
【0031】
またPCBは複数種類の異性体が存在し、異性体によってその分解性が異なることが知られている。そこで、異性体にとって分解が生じやすい至適温度(つまり計画温度)を設定したうえで、土壌加温装置110によって土壌を加温し、薬剤注入装置120によって薬剤を注入するとよい。例えば、土壌内にテトラPCBやペンタPCB、ヘキサPCB、ヘプタPCBといった異性体が含まれると想定される場合、テトラPCBの計画温度を設定するとともに、ペンタPCBの計画温度、ヘキサPCBの計画温度、ヘプタPCBの計画温度をそれぞれ設定する。そして、テトラPCBの計画温度まで土壌を加温して薬剤を注入し、同様にペンタPCBの計画温度、ヘキサPCBの計画温度、ヘプタPCBの計画温度と段階的に土壌を加温しながら薬剤を注入していくわけである。
【0032】
後述するように、本願発明の発明者らが様々な試験を行った結果、4塩素置換体の異性体(テトラPCBやペンタPCB)は50℃程度で十分に分解し、6塩素置換体の異性体(ヘキサPCB)と7塩素置換体の異性体(ヘプタPCB)は80℃程度で十分に分解することを見出している。つまり、土壌内に4塩素置換体の異性体と6塩素置換体の異性体、7塩素置換体の異性体が含まれている場合、計画温度を50℃と80℃の2段階で設定し、まず50℃まで土壌を加温して薬剤を注入し、次に80℃まで土壌を加温して薬剤を注入することもできる。
【0033】
2.PCB原位置浄化方法
次に、本願発明のPCB原位置浄化方法ついて
図4を参照しながら説明する。なお、本願発明のPCB原位置浄化方法は、ここまで説明したPCB原位置浄化システム100を用いて土壌等を浄化する方法であり、したがってPCB原位置浄化システム100で説明した内容と重複する説明は避け、本願発明のPCB原位置浄化方法に特有の内容のみ説明することとする。すなわち、ここに記載されていない内容は、「1.PCB原位置浄化システム」で説明したものと同様である。
【0034】
図4は、本願発明のPCB原位置浄化方法の主な工程の流れを示すフロー図である。この図に示すように、はじめに対象範囲のうち適切な位置に注入井戸CWと電極井戸111を構築する(
図4のStep10)。注入井戸CWは、従来用いられている種々の工法を採用して掘削することができ、また塩化ビニル管(耐熱性硬質塩化ビニル管)を含む種々の材料を用いることができる。電極井戸111も、注入井戸CWと同様、従来用いられている種々の工法を採用して掘削することができる。また電極井戸111は、対象範囲の土壌を取り囲むように3以上の箇所に(例えば
図3に示すように複数の三角形を形成するように)配置するとよい。なお、電極井戸111を利用して薬剤を注入する場合、注入井戸CWの構築を省略することができる。注入井戸CWと電極井戸111を構築すると、薬剤注入装置120を地上に設置し、必要に応じて温度観測井戸130を構築する。
【0035】
注入井戸CWと電極井戸111を構築し、薬剤注入装置120を設置すると、電源装置112によって各電極井戸111のケーシングに三相交流電圧を印加し、土壌を昇温させる(
図4のStep20)。また温度観測井戸130を設置している場合は、温度観測井戸130を利用して土壌や地下水の温度を観測しながら土壌を昇温させるとよい。
【0036】
土壌が計画温度まで昇温すると、薬剤注入装置120によって土壌や地下水に薬剤を注入していく(
図4のStep30)。このとき、粘土層やシルト層、地下水面付近を選んで(狙って)薬剤を注入するとより効率的になることは、既に説明したとおりである。なお薬剤注入後も計画温度を保つため、土壌加温装置110によって継続して土壌を加温していく。
【0037】
計画温度で計画期間(例えば、数週間~数箇月)だけ、土壌加温装置110で土壌を加温し、薬剤注入装置120によって薬剤が注入され、土壌や地下水に含まれPCBが分解されると、電源装置112による三相交流電圧の印加を停止する(
図4のStep40)。なお、電源装置112による印加停止にあたっては、対象範囲内のPCBが十分浄化されていることを検査等によって確認したうえで行うとよい。
【0038】
既述したとおり、土壌内に複数種類の異性体が含まれると想定される場合は、異性体ごとに計画温度を設定するとともに、段階的に土壌を加温しながら薬剤を注入していくこともできる。
【0039】
(試験結果)
図5に、PCBの分解の程度を把握するために行った試験の結果を示す。この試験では、実汚染地下水に対して、養生温度を20℃とし過硫酸ナトリウムを注入しない第1のケース(左列の「ブランク」)、養生温度を20℃とし鉄触媒(硫酸第一鉄)とともに過硫酸ナトリウムを注入する第2のケース(中央列の「鉄触媒」)、養生温度を60℃とし過硫酸ナトリウムを注入する第3のケース(右列の「熱活性」)の3ケース(3ケースとも2試料)で、PCBの分解の程度を観察している。その結果、第1のケースでは1.05mg/L(平均値)のPCBが残留しており、第2のケースでは0.75mg/L(平均値)のPCBが、第3のケースでは0.15mg/L(平均値)のPCBが残留していた。すなわち、第3のケース(つまり本願発明のケース)が最もPCBを分解していることが分かった。
【0040】
図6に、PCBの異性体ごとの分解の程度を把握するために行った試験の結果を示す。この試験では、テトラPCBとペンタPCB、ヘキサPCB、ヘプタPCBに対し、養生温度を変えながら過硫酸ナトリウムを注入してその分解の程度を観察している。その結果、4塩素置換体の異性体(テトラPCBやペンタPCB)は養生温度を50℃とすることで概ね(略100%)分解され、6塩素置換体の異性体(ヘキサPCB)と7塩素置換体の異性体(ヘプタPCB)は養生温度を80℃程度とすることで約90%が分解されることが分かった。
【産業上の利用可能性】
【0041】
本願発明のPCB原位置浄化システム、及びPCB原位置浄化方法は、PCBが製造され、使用され、排出され、あるいはPCB廃棄物を保管している場所で利用することができる。本願発明が、我が国の環境改善にとって極めて有益であることを考えれば、産業上利用できるばかりでなく社会的にも大きな貢献が期待できる発明といえる。
【符号の説明】
【0042】
100 本願発明のPCB原位置浄化システム
110 (PCB原位置浄化システムの)土壌加温装置
111 (土壌加温装置の)電極井戸
112 (土壌加温装置の)電源装置
120 (PCB原位置浄化システムの)薬剤注入装置
130 (PCB原位置浄化システムの)温度観測井戸
CW 注入井戸