(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-03-28
(45)【発行日】2024-04-05
(54)【発明の名称】モータ制御装置及びモータ制御方法
(51)【国際特許分類】
H02P 29/00 20160101AFI20240329BHJP
G05D 3/12 20060101ALI20240329BHJP
【FI】
H02P29/00
G05D3/12 305Z
(21)【出願番号】P 2020194588
(22)【出願日】2020-11-24
【審査請求日】2023-03-28
(73)【特許権者】
【識別番号】000144027
【氏名又は名称】株式会社ミツバ
(74)【代理人】
【識別番号】100102853
【氏名又は名称】鷹野 寧
(72)【発明者】
【氏名】大森 俊和
【審査官】保田 亨介
(56)【参考文献】
【文献】特開2018-170945(JP,A)
【文献】特開2020-035124(JP,A)
【文献】特開2015-049613(JP,A)
【文献】特開2018-060328(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G05B1/00-7/04
11/00-13/04
17/00-17/02
21/00-21/02
G05D3/00-3/20
H02P4/00-8/42
21/00-31/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
モータの回転軸に取り付けられたモータギアと、該モータギアと少なくとも1つの減速ギアを介して噛み合い回転する出力ギアと、前記出力ギアが取り付けられ該出力ギアと共に回転する出力軸と、を有する減速機構部を備えたモータの制御装置であって、
前記出力軸の実際の作動角度と、前記出力軸に対する指令作動角度に基づいて、前記モータの必要相電流と、前記出力軸の目標回転数と、を算出する目標回転数算出部と、
前記モータの始動時に、前記各ギアのバックラッシュによって、前記回転軸が作動してから前記出力軸が作動するまでの間に生じるむだ時間を補償するむだ時間補償部と、
前記目標回転数算出部にて算出された前記目標回転数と、前記むだ時間補償部にて算出される推定回転数とに基づいて、前記必要相電流を補正するための相電流補正値を算出する回転数フィードバック部と、
前記必要相電流と前記相電流補正値に基づいて、前記モータに供給する目標相電流値を算出する目標相電流算出部と、
前記目標相電流算出部にて算出された前記目標相電流値と、前記モータの実際の相電流値に基づいて、前記モータを駆動するための出力電圧を算出する相電流フィードバック部と、を有
し、
前記むだ時間補償部は、
前記出力軸の実際の回転数から前記モータの相電流値を推定する目標電流推定部と、
前記目標電流推定部にて算出された目標電流推定値と、前記回転数フィードバック部にて算出された前記相電流補正値との偏差に基づき、前記目標電流推定値から前記むだ時間に対応するむだ時間要素を抽出するむだ時間要素抽出部と、
前記むだ時間要素抽出部にて算出された前記むだ時間要素に対応する回転数を回転数補正値として算出する駆動処理演算部と、
前記駆動処理演算部にて算出された前記回転数補正値と、前記出力軸の実際の回転数とに基づいて、前記目標電流推定値から前記むだ時間要素を除去した前記推定回転数を算出するむだ時間要素除去部と、を有することを特徴とするモータ制御装置。
【請求項2】
請求項1記載のモータ制御装置において、
前記駆動処理演算部は、前記むだ時間要素の電流値から該電流値に対応する前記モータの回転数を算出するモータモデルを有し、
前記目標電流推定部は、前記モータモデルの逆関数となる逆モータモデルを有し、前記モータの実際の回転数から前記モータの相電流値を算出することを特徴とするモータ制御装置。
【請求項3】
請求項1又は2記載のモータ制御装置において、
前記目標回転数算出部は、
前記出力軸の実際の作動角度と、前記出力軸に対する指令作動角度に基づいて、前記出力軸のこれから作動すべき応答角度を算出する応答角度算出部と、
前記応答角度に基づいて、前記モータを前記応答角度分作動させる場合に必要とされる必要相電流及び必要加速度を算出する駆動処理逆演算部と、
駆動処理逆演算部にて算出された必要加速度を回転数に変換し前記目標回転数を算出する積分演算部と、を有することを特徴とするモータ制御装置。
【請求項4】
請求項1~3の何れか1項に記載のモータ制御装置において、
前記モータは、エンジンの吸排気系システムに配される排気ガス再循環システムに用いられるアクチュエータの駆動源として使用されることを特徴とするモータ制御装置。
【請求項5】
請求項1~3の何れか1項に記載のモータ制御装置において、
前記モータは、エンジンの吸排気系システムに配される可変ノズルターボチャージャに用いられるアクチュエータの駆動源として使用されることを特徴とするモータ制御装置。
【請求項6】
モータの回転軸に取り付けられたモータギアと、該モータギアと少なくとも1つの減速ギアを介して噛み合い回転する出力ギアと、前記出力ギアが取り付けられ該出力ギアと共に回転する出力軸と、を有する減速機構部を備えたモータの制御方法であって、
前記出力軸の実際の作動角度と、前記出力軸に対する指令作動角度に基づいて、前記モータの必要相電流と、前記出力軸の目標回転数と、を算出し、
前記モータの始動時に、前記各ギアのバックラッシュによって、前記回転軸が作動してから前記出力軸が作動するまでの間に生じるむだ時間を補償する推定回転数を算出し、
前記目標回転数と前記推定回転数とに基づいて、前記必要相電流を補正するための相電流補正値を算出し、
前記必要相電流と前記相電流補正値に基づいて、前記モータに供給する目標相電流値を算出し、
前記目標相電流値と前記モータの実際の相電流値に基づいて、前記モータを駆動するための出力電圧を算出
し、
前記推定回転数は、前記出力軸の実際の回転数から前記モータの相電流値を推定して目標電流推定値を算出し、前記相電流補正値をフィードバックし前記目標電流推定値とフィードバックされた前記相電流補正値との偏差に基づき、前記目標電流推定値から前記むだ時間に対応するむだ時間要素を抽出し、前記むだ時間要素に対応する回転数を回転数補正値として算出し、前記回転数補正値と前記出力軸の実際の回転数とに基づいて、前記目標電流推定値から前記むだ時間要素を除去して算出されることを特徴とするモータ制御方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、モータ回転速度の制御技術に関し、特に、減速ギア機構によりモータの回転を減速して出力するアクチュエータに使用される電動モータに適用して有効な制御装置・制御方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、自動車用エンジンの吸排気系システムでは、粒子状物質(PM)や窒素酸化物(NOx)、二酸化炭素(CO2)などの排出量を減らすため、排気ガス再循環システム(EGR:Exhaust Gas Recirculation System)や、可変ノズルターボチャージャ(VNT:Variable Nozzle Turbocharger)などがシステム内に組み込まれており、そこでは、排気ガスの再循環量やターボチャージャの過給量の制御のため、電動モータを用いたアクチュエータ(以下、適宜ACTと略記する)が使用されている。アクチュエータには、エンジンコントロールユニット(ECU)からの指令を受けて、その指令値に応じた位置に素早く・正確にACT出力軸を動かすインテリジェント・ダイナミック・アクチュエータ(Intelligent Dynamic Actuator:IDA)が使用される。
【0003】
EGRやVNTには作動制御用のバルブやノズル(以下、バルブ等と略記する)が設けられており、前述のIDAによってバルブ等の開度を調整することにより、排気ガスの再循環量等が制御される。この場合、アクチュエータは、多段の減速ギア機構によってモータの回転を減速して出力する構成となっており、ACT出力軸の回転角度を検出することにより、バルブ等の開度が把握される。検出されたACT出力軸の回転角度は微分されて回転数に変換され、アクチュエータ制御装置は、このACT出力軸の実際の回転数を用いてモータをフィードバック制御する。
【0004】
フィードバック制御に際しては、ECU側から制御装置側に、車両の運転状況等に応じて、ACT出力軸に対し現在求められる作動角度を示す指令作動角度が送られる。アクチュエータ制御装置は、ECUから送られて来た指令作動角度と、ACT出力軸の実際の作動角度との差に基づいてモータの目標回転数を算出する。そして、算出した目標回転数と、ACT出力軸の実際の回転数を用いてモータ駆動指令値が算出され、モータがPID制御される。
【0005】
一方、このようなアクチュエータでは、減速ギア機構の各ギアにバックラッシュが存在するため、モータの回転軸が回転しても、バックラッシュが解消するまでの間、ACT軸が回転しない時間が生じる。
図7は、従来のアクチュエータにおけるACT軸の回転数の変化(
図7(a))、モータに印加される制御電圧の変化(同(b))を示す説明図である。
図7に示すように、減速ギア機構を有するアクチュエータでは、制御開始からACT軸が実際に回転するまでの間に、バックラッシュのためACT軸が回転しない空走区間(むだ時間)が存在する。
【0006】
この場合、ECU側では、制御開始に伴い、ACT軸の回転数が目標回転数(
図7(a)の破線)となるようにモータに電圧を印加する。ところが、モータを駆動しても、空走区間中はACT軸が回転しないため、ECU側は出力不足と判断し、電圧を上げて行く(
図7(b)のP部)。その一方で、モータ回転軸が作動すると、やがて減速ギア機構内のバックラッシュが解消し、ACT軸が回転し始める(
図7(a)のQ時点)。しかしながら、このとき、モータ印加電圧は、目標回転数(
図7(a)の破線)を上回った値となっているため、
図7(a)に実線にて示したように、ACT軸の回転数が駆動開始と共に急激に大きくなる。すなわち、ACT軸をゆっくり回転させ始めようとしても、いきなり立ち上がってしまう状態となる。
【0007】
すると、それを検知したECU側では、出力が大きすぎると判断し、電圧を低下させる(
図7(b)のR部)。電圧が低下すると、回転数も低下し、今度は目標回転数を下回り、再び電圧が上げられる(
図7(a)(b)のS部)。このため、IDAでは、ACT始動時にかかる行きつ戻りつの制御が繰り返され、制御動作がなかなか安定しない場合があり、このようにACT動作が安定しないと、バルブ等の開度を正確に調整することができず、エンジンの制御精度が低下するおそれがある。特に、ギア数が多い多段の減速機構では、バックラッシュが累積してむだ時間が長くなるため、ACT始動時の制御が不安定になり易い。
【0008】
このため、近年のIDAでは、「むだ時間」のモデルを使用し、制御対象の目標回転数に対しむだ時間後の回転数を予測してその影響を排除する制御形態が採用されている。そこでは、モータ実相電流等から目標回転数を算出するモータモデルを使用し、そこで算出した回転数から「むだ時間モデル」に基づいてむだ時間後の回転数を予測する。この場合、「むだ時間」のモデルは、実験・解析などによって予め設定され、むだ時間が経過した後に目標回転数による制御が実施された場合における回転数の予測値となっている。そして、「むだ時間モデル」に基づく予測値と実回転数の偏差に基づいて、目標回転数を補正しつつモータのフィードバック制御を実施し、むだ時間による影響を除きACT始動時の制御の安定化を図っている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
しかしながら、むだ時間後の回転数を予測するには、前述のような「むだ時間モデル」が必要となるが、バックラッシュに起因するむだ時間は、ギアの枚数や歯数、始動時の噛合状態など、製品ごとに異なるため、むだ時間を正確に同定することは難しい。この場合、むだ時間モデルと実際のむだ時間との間に誤差があると制御が安定せず、「むだ時間モデル」による制御は、ACT始動時の制御の不安定さをある程度は低減できるものの、むだ時間の同定が難しい分、高精度な始動制御とまでは言えず、より安定的な始動制御の実現が望まれていた。
【0011】
本発明の目的は、後段側に減速機構部を備えたモータにおいて、作動初期時におけるギアバックラッシュの影響を実際の動作に即して効果的に除去し、作動初期時のモータ動作制御をより安定させることにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明のモータ制御装置は、モータの回転軸に取り付けられたモータギアと、該モータギアと少なくとも1つの減速ギアを介して噛み合い回転する出力ギアと、前記出力ギアが取り付けられ該出力ギアと共に回転する出力軸と、を有する減速機構部を備えたモータの制御装置であって、前記出力軸の実際の作動角度と、前記出力軸に対する指令作動角度に基づいて、前記モータの必要相電流と、前記出力軸の目標回転数と、を算出する目標回転数算出部と、前記モータの始動時に、前記各ギアのバックラッシュによって、前記回転軸が作動してから前記出力軸が作動するまでの間に生じるむだ時間を補償するむだ時間補償部と、前記目標回転数算出部にて算出された前記目標回転数と、前記むだ時間補償部にて算出される推定回転数とに基づいて、前記必要相電流を補正するための相電流補正値を算出する回転数フィードバック部と、前記必要相電流と前記相電流補正値に基づいて、前記モータに供給する目標相電流値を算出する目標相電流算出部と、前記目標相電流算出部にて算出された前記目標相電流値と、前記モータの実際の相電流値に基づいて、前記モータを駆動するための出力電圧を算出する相電流フィードバック部と、を有し、前記むだ時間補償部は、前記出力軸の実際の回転数から前記モータの相電流値を推定する目標電流推定部と、前記目標電流推定部にて算出された目標電流推定値と、前記回転数フィードバック部にて算出された前記相電流補正値との偏差に基づき、前記目標電流推定値から前記むだ時間に対応するむだ時間要素を抽出するむだ時間要素抽出部と、前記むだ時間要素抽出部にて算出された前記むだ時間要素に対応する回転数を回転数補正値として算出する駆動処理演算部と、前記駆動処理演算部にて算出された前記回転数補正値と、前記出力軸の実際の回転数とに基づいて、前記目標電流推定値から前記むだ時間要素を除去した前記推定回転数を算出するむだ時間要素除去部と、を有することを特徴とする。
【0013】
本発明にあっては、ギアのバックラッシュによって生じるむだ時間を補償するむだ時間補償部を設け、回転数フィードバック部により、むだ時間補償部にて算出される推定回転数を用いて、モータの必要相電流を補正するための相電流補正値を算出する。そして、目標相電流算出部により、必要相電流と相電流補正値に基づいて、モータに供給する目標相電流値を補正・算出する。これにより、むだ時間を補償する形でモータが駆動され、実回転数が大きく変動することなく目標回転数に収束し、減速機構部を備えたモータの始動時における制御がより安定化される。
【0014】
また、目標相電流値を補正する際、従来のような「むだ時間モデル」を用いることなくモータの始動制御が行われ、むだ時間モデルのモデル化誤差によって制御が不安定化するのが抑制される。さらに、モータ実相電流等から目標回転数を算出し、これを「むだ時間モデル」に当てはめて回転数の予測を行う工程を行うことなくモータの始動制御が行われ、制御処理の軽減も図られる。
【0016】
また、前記駆動処理演算部に、前記むだ時間要素の電流値から該電流値に対応する前記モータの回転数を算出するモータモデルを配し、前記目標電流推定部に、前記モータモデルの逆関数となる逆モータモデルを配して、前記モータの実際の回転数から前記モータの相電流値を算出するようにしても良い。
【0017】
さらに、前記目標回転数算出部に、前記出力軸の実際の作動角度と、前記出力軸に対する指令作動角度に基づいて、前記出力軸のこれから作動すべき応答角度を算出する応答角度算出部と、前記応答角度に基づいて、前記モータを前記応答角度分作動させる場合に必要とされる必要相電流及び必要加速度を算出する駆動処理逆演算部と、駆動処理逆演算部にて算出された必要加速度を回転数に変換し前記目標回転数を算出する積分演算部と、を設けても良い。
【0018】
加えて、前記モータを、エンジンの吸排気系システムに配される排気ガス再循環システムに用いられるアクチュエータの駆動源として使用したり、エンジンの吸排気系システムに配される可変ノズルターボチャージャに用いられるアクチュエータの駆動源として使用したりしても良い。
【0019】
一方、本発明のモータ制御方法は、モータの回転軸に取り付けられたモータギアと、該モータギアと少なくとも1つの減速ギアを介して噛み合い回転する出力ギアと、前記出力ギアが取り付けられ該出力ギアと共に回転する出力軸と、を有する減速機構部を備えたモータの制御方法であって、前記出力軸の実際の作動角度と、前記出力軸に対する指令作動角度に基づいて、前記モータの必要相電流と、前記出力軸の目標回転数と、を算出し、前記モータの始動時に、前記各ギアのバックラッシュによって、前記回転軸が作動してから前記出力軸が作動するまでの間に生じるむだ時間を補償する推定回転数を算出し、前記目標回転数と前記推定回転数とに基づいて、前記必要相電流を補正するための相電流補正値を算出し、前記必要相電流と前記相電流補正値に基づいて、前記モータに供給する目標相電流値を算出し、前記目標相電流値と前記モータの実際の相電流値に基づいて、前記モータを駆動するための出力電圧を算出し、前記推定回転数は、前記出力軸の実際の回転数から前記モータの相電流値を推定して目標電流推定値を算出し、前記相電流補正値をフィードバックし前記目標電流推定値とフィードバックされた前記相電流補正値との偏差に基づき、前記目標電流推定値から前記むだ時間に対応するむだ時間要素を抽出し、前記むだ時間要素に対応する回転数を回転数補正値として算出し、前記回転数補正値と前記出力軸の実際の回転数とに基づいて、前記目標電流推定値から前記むだ時間要素を除去して算出されることを特徴とする。
【0020】
本発明にあっては、ギアのバックラッシュによって生じるむだ時間を補償する推定回転数を算出し、この推定回転数を用いて、モータの必要相電流を補正するための相電流補正値を算出する。そして、必要相電流と相電流補正値に基づいて、モータに供給する目標相電流値を補正・算出する。これにより、むだ時間を補償する形でモータが駆動され、実回転数が大きく変動することなく目標回転数に収束し、減速機構部を備えたモータの始動時における制御がより安定化される。
【0021】
また、目標相電流値を補正する際、従来のような「むだ時間モデル」を用いることなくモータの始動制御が行われ、むだ時間モデルのモデル化誤差によって制御が不安定化するのが抑制される。さらに、モータ実相電流等から目標回転数を算出し、これを「むだ時間モデル」に当てはめて回転数の予測を行う工程を行うことなくモータの始動制御が行われ、制御処理の軽減も図られる。
【発明の効果】
【0023】
本発明のモータ制御装置によれば、減速機構部を備えたモータにおいて、ギアのバックラッシュによって生じるむだ時間を補償するむだ時間補償部と、むだ時間補償部にて算出される推定回転数を用いて、モータの必要相電流を補正するための相電流補正値を算出する回転数フィードバック部と、必要相電流と相電流補正値に基づいて、モータに供給する目標相電流値を補正・算出する目標相電流算出部を設けたので、むだ時間を補償する形でモータが駆動され、実回転数が大きく変動することなくモータを目標回転数に制御でき、減速機構部を備えたモータをより安定的に始動させることが可能となる。
【0024】
本発明のモータ制御方法によれば、ギアのバックラッシュによって生じるむだ時間を補償する推定回転数を算出し、この推定回転数を用いて、モータの必要相電流を補正するための相電流補正値を算出し、必要相電流と相電流補正値に基づいて、モータに供給する目標相電流値を補正・算出するようにしたので、むだ時間を補償する形でモータが駆動され、実回転数が大きく変動することなく目標回転数に制御でき、減速機構部を備えたモータをより安定的に始動させることが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【
図1】本発明の一実施形態であるモータ制御装置・制御方法にて駆動制御されるアクチュエータを用いたエンジン吸排気系システムの構成を示す説明図である。
【
図2】可変ノズルターボチャージャの排気系側の構成を示す説明図である。
【
図3】減速機構付きアクチュエータの構成を示す分解斜視図である。
【
図4】本発明によるモータ制御装置の構成を示す制御ブロック図である。
【
図5】むだ時間補償部の構成を示す制御ブロック図である。
【
図6】本発明による制御装置・制御方法を適用した場合のモータ動作(アクチュエータ動作)を示す説明図である。
【
図7】従来の制御装置・制御方法を適用した場合のモータ動作(アクチュエータ動作)を示す説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0026】
以下、本発明の実施の形態を図面に基づいて詳細に説明する。本実施形態では、本発明による制御装置・制御方法を、エンジンの吸排気系に用いられるアクチュエータ用のモータに適用した例について述べる。
図1は、電動モータにて駆動されるアクチュエータを用いたエンジン吸排気系のシステム構成を示す説明図であり、当該モータは、本発明の一実施形態である制御装置・制御方法にて駆動制御される。
【0027】
エンジン31は、自動車用のディーゼルエンジンであり、
図1に示すように、エンジン31には、吸気系32を介して燃焼用の空気が供給され、排気系33を介して燃焼後の排気ガスが排出される。吸気系32には、エアクリーナ34とインタークーラ35が設けられており、エンジン31には、エアクリーナ34等を介して、車外から新しい空気が供給される。排気系33には、エキゾーストブレーキ36とマフラー37が設けられており、マフラー37により、排気ガスの温度や圧力を下げて排気音を抑制しつつ、エンジン31の排気ガスが車外に排出される。
【0028】
図1のシステムではさらに、エンジン31の前後を連通させる形で排気ガス再循環システム(以下、EGRと略記する)38が設けられている。また、吸気系32と排気系33の間には、可変ノズルターボチャージャ(以下、VNTと略記する)39が配されている。EGR38は、エンジン31の排気の一部を吸気側に還流させることにより、吸入空気の酸素濃度を低減させるシステムであり、エンジン31の燃焼温度を低下させ、NOxの低減を図るものである。EGR38には、吸気側に還流させる排気ガス量を調整するため、EGRバルブ41が設けられている。EGRバルブ41は、モータを駆動源とするアクチュエータ(ACT)42によって作動する。ACT42は、エンジンコントロールユニット(ECU)43と接続された制御装置1(モータ制御装置)によって制御され、ECU43の指令を受け、その指令値に応じた開度にEGRバルブ41を作動させる。
【0029】
一方、VNT39は、いわゆる過給機であり、排気ガスを利用してエンジンが吸入する空気の密度を高め、エンジンの燃焼効率上げて出力を向上させる。VNT39では、吸気系32側にコンプレッサホイール44、排気系33側にタービンホイール45が設けられており、コンプレッサホイール44とタービンホイール45は同軸上に配されている。そして、排気ガスによってタービンホイール45が回転すると、コンプレッサホイール44も回転し、新気が吸入圧縮されてエンジン31に供給される。これにより、エンジン出力が増大し、この出力増による余力を排気ガス対策に充てることができ、排気ガスのクリーン化が図られる。
【0030】
図2は、VNT39の排気系33側の構成を示す説明図である。
図2に示すように、VNT39には、タービンホイール45側のハウジング46内にノズルベーン47が設けられて、その開口面積Aを変化させることにより排気の流速を調整し、過給圧を制御する。その際、ノズルベーン47は、モータを駆動源とするアクチュエータ(ACT)48によって作動する。ACT48は、ECU43と接続された制御装置49(モータ制御装置)によって制御され、ECU43の指令を受け、その指令値に応じた開度にノズルベーン47を作動させる。
【0031】
このようなエンジンの吸排気系に使用されるACT42,48は、電動モータを駆動源としており、複数のギアを用いた多段減速ギア機構によってモータの回転を減速して出力する。
図3は、ACT42の構成を示す分解斜視図である。なお、ACT48も同様の構成となっている。
図3に示すように、ACT42は、モータ51と減速機構部52、コントローラ部53とから構成されている。
【0032】
モータ51は、ステータ54とロータ55を有する3相駆動のブラシレスモータであり、制御装置1によって、PWM(Pulse Width Modulation)制御にて駆動される。モータ51の各相電流の通電は、パルス状の波形を有する印加電圧信号のduty比(ON/OFF時間比)を変化させることによって制御される。ロータ55は、モータ回転軸56に固定されており、ステータ54内に回転自在に支持されている。回転軸56の端部には、ピニオンギア(モータギア)57が取り付けられている。回転軸56の回転角度は、図示しない角度センサ(第1角度センサ)によって検出されている。
【0033】
ピニオンギア57は、減速機構部52の第1減速ギア58と噛合している。減速機構部52には、ピニオンギア57、第1減速ギア58、第2減速ギア59及び出力ギア61が設けられている。出力ギア61はACT出力軸62に固定されており、ACT出力軸62にはレバー63が取り付けられている。モータ回転軸56の回転は、ギア58~61にて減速されてACT出力軸62に伝達され、ACT出力軸62と共にレバー63が作動する。EGR38では、このレバー63の作動角度に応じて、EGRバルブ41の開度が変化する。
【0034】
一方、ACT出力軸62には、図示しないセンサマグネットが取り付けられている。また、コントローラ部53には、モータ51の駆動制御用の素子と共に、センサマグネットに対向して角度センサ(第2角度センサ)64が設けられている。ECU43の指令に基づき、モータ51が作動すると、ACT出力軸62の作動角度(=レバー63の作動角度)が、角度センサ64によって検出される。レバー63の作動角度はEGRバルブ41の開度と対応しており、モータ51は、角度センサ64の検出値に基づいて、PIDフィードバック制御される。
【0035】
図4は、制御装置1の構成を示す制御ブロック図である。なお、制御装置49も同様の構成となっており、同様の機能・作用を有している。また、本発明によるモータ制御方法も、この制御装置1によって実施される。制御装置1は、モータ51の回転数フィードバック制御を行うと共に、減速機構部52のバックラッシュにより作動初期時にモータ51の制御が不安定となるのを抑制し、ACT動作の安定化を図っている。その際、当該制御装置・制御方法では、従来の制御で用いられているモータモデルGm(s)(指令値に基づいて回転数を算出:下記数式のようなt(時間)関数の微分方程式を「ラプラス変換」したs関数で表現された伝達関数)を逆方向に使用し(逆モータモデルGm(s)
-1)、実回転数から当該回転数に対応するモータ駆動指令値を推定する。そして、この推定値と実際の指令値とを比較してその偏差を補償することにより、「むだ時間モデル」を用いることなく、むだ時間の補償を行う。
【0036】
【数1】
なお、逆モータモデルGm(s)
-1は、上式の逆関数「ei(s)/ω(s)」を使用する。
【0037】
図4に示すように、制御装置1にはまず、ECU43からの指令作動角度を受ける指令角度受信部2と、角度センサ64からの検出信号を受ける実角度データ受信部3、モータ51の各相に流れる実際の電流値を検出する実相電流検出部4が設けられている。指令角度受信部2には、ECU43から、エンジン31の状態や車両の走行状態等に基づいて、EGRバルブ41の開度が指令作動角度として入力される。実角度データ受信部3には、角度センサ64にて検出したACT出力軸62の実際の作動角度(=レバー63の作動角度)が入力される。実相電流検出部4は、コントローラ部53に設けられた図示しない電流センサの検出信号が入力され、該信号に基づいて各相の実電流値を検出する。
【0038】
指令角度受信部2と実角度データ受信部3の後段には、ACT出力軸62の実際の作動角度と、ACT出力軸62に対する指令作動角度に基づいて、モータ51の目標回転数を算出する目標回転数算出部10が設けられている。目標回転数算出部10には、EGRバルブ41の応答角度(これから作動させるべき角度)を算出する応答角度算出部5と、EGRバルブ41を応答角度分作動させる場合に必要とされるモータ51の相電流(必要相電流)と加速度を算出する駆動処理逆演算部6、駆動処理逆演算部6にて算出された必要加速度を回転数に変換する積分演算部7が設けられている。
【0039】
この場合、応答角度算出部5は、指令角度受信部2から得たEGRバルブ41に対する指令角度と、実角度データ受信部3から得たEGRバルブ41の現在角度(開度)、アクチュエータの応答率に基づき、EGRバルブ41の応答角度を算出する。駆動処理逆演算部6は、応答角度算出部5にて求めた応答角度から、応答時間を勘案しつつモータモデル式(モータ駆動の物理式)を逆演算して、EGRバルブ41を応答角度分作動させるために必要とされるモータ51の相電流と加速度を算出する。駆動処理逆演算部6にて算出された必要加速度は、積分演算部7を介して回転数に変換され、モータ51の目標回転数が設定される。
【0040】
目標回転数算出部10にて算出された目標回転数は、回転数フィードバック部8に入力される。回転数フィードバック部8には、この目標回転数と共に、むだ時間補償部20から、むだ時間の影響を排除した回転数である推定回転数(仮想実回転数)が入力される。回転数フィードバック部8では、目標回転数と推定回転数に基づいて、むだ時間を考慮したモータ51の相電流の補正値(相電流補正値)が算出される。
【0041】
図5は、むだ時間補償部20の構成を示す制御ブロック図である。むだ時間補償部20では、モータ51の実回転数から逆モータモデルを用いて求めた目標電流推定値と、回転数フィードバック部8にて算出した相電流補正値に基づいて推定回転数が算出される。
図5に示すように、むだ時間補償部20には、実回転数算出部9からモータ51の実際の回転数(実回転数)X(s)が入力される。実回転数算出部9では、実角度データ受信部3から得た角度データを微分してモータ51の実回転数が算出され、算出された実回転数は、むだ時間補償部20に設けられた目標電流推定部21に入力される。
【0042】
目標電流推定部21は、逆モータモデルを用いて、実回転数X(s)から、それに対応するモータ51の相電流値を推定する(目標電流推定値)。この場合、実回転数X(s)は、むだ時間による影響分をe-Ts、回転数フィードバック部8の出力として得られる相電流補正値をU(s)、モータモデルによる処理をGm(s)とすると、むだ時間の影響がない場合の実回転数X(s)が、
X(s)=U(s)*Gm(s):むだ時間要素なし
と表わされるのに対し、
X(s)=U(s)*Gm(s)*e-Ts:むだ時間要素あり
と表すことができる。
【0043】
したがって、目標電流推定部21から出力される目標電流推定値は、逆モータモデルの処理をGm(s)-1とすると、むだ時間補償部20では、
X(s)*Gm-1(X(s):むだ時間要素あり)
と表される。ここで、Gm(s)*Gm(s)-1=1であることから(両者は互いに逆関数)、
目標電流推定値は、
X(s)*Gm-1
=U(s)*Gm(s)*e-Ts*Gm-1
=U(s)*e-Ts
となる。
【0044】
目標電流推定値は、むだ時間要素抽出部22にて、回転数フィードバック部8にて算出された相電流補正値U(s)と比較され、その偏差が算出される。すなわち、むだ時間要素抽出部22は、目標電流推定値と相電流補正値U(s)の偏差(電流値)
U(s)-U(s)*e-Ts
を、むだ時間の影響による「むだ時間要素」として算出し出力する。なお、この際、フィルタによりノイズ成分が除去される。算出されたむだ時間要素は、後段の駆動処理演算部23に送られる。駆動処理演算部23では、モータモデルを用いてむだ時間要素(電流値)が回転数に変換され、回転数補正値
(U(s)-U(s)*e-Ts)*Gm(s)
が算出される。
【0045】
駆動処理演算部23で算出された回転数補正値は、後段のむだ時間要素除去部24にて実回転数X(s)と合流され、実回転数X(s)からむだ時間要素が取り除かれる。この場合、むだ時間要素除去部24には実回転数X(s)が入力されており、次の演算が行われる。
(U(s)-U(s)*e-Ts)*Gm(s)+X(s)
=(U(s)-U(s)*e-Ts)*Gm(s)+U(s)*Gm(s)*e-Ts
=U(s)*Gm(s)-U(s)*e-Ts*Gm(s)+U(s)*Gm(s)*e-Ts
=U(s)*Gm(s)
これにより、実回転数X(s)からむだ時間による影響分e-Tsが除かれ、むだ時間要素を排除した値(回転数)である推定回転数が回転数フィードバック部8に入力される。
【0046】
すなわち、むだ時間補償部20では、目標電流推定値と相電流補正値の偏差をむだ時間要素として抽出し、むだ時間の影響を実際の回転数からリアルタイムで除去し、推定回転数を算出する。むだ時間補償部20にて算出された推定回転数は回転数フィードバック部8に出力され、目標回転数と推定回転数から前述の相電流補正値が算出される。
【0047】
回転数フィードバック部8の後段には、目標相電流算出部11が設けられている。目標相電流算出部11には、回転数フィードバック部8にて算出された相電流補正値と、駆動処理逆演算部6にて求めた必要相電流が入力され、それらに基づいて、むだ時間を考慮した目標相電流が算出される。目標相電流算出部11にて算出された目標相電流値は、相電流フィードバック部12に入力される。
【0048】
相電流フィードバック部12には、実相電流検出部4にて得られた実相電流と、むだ時間を考慮した目標相電流値が入力され、目標相電流値に基づいて実相電流を制御すべく、モータ51を駆動するための出力電圧が算出される。相電流フィードバック部12にて算出された出力電圧は、出力Duty算出部13に送られてPWMDuty値に変換され、モータ51の駆動回路(図示せず)に出力される。これにより、モータ51は当該Duty値に駆動され、それに応じてEGRバルブ41が作動する。
【0049】
このように、本発明による制御装置1では、実回転数から逆モータモデルを用いて相電流値を推定する。その一方、実回転数と指令値による目標回転数との間には、むだ時間に起因する偏差が存在する。そこで、むだ時間による指令値に対する出力(回転数)の遅れを、指令値に対して外乱が加わったことによる出力のずれと捉え、このずれを、逆モータモデルを用いて電流値の偏差として把握し、指令値による必要相電流値を補正する。これにより、むだ時間を補償する形でモータ51を駆動でき、
図6に示すように、実回転数が大きく変動することなく目標回転数に収束し、ACT始動時の制御をより安定させることができる。
【0050】
また、制御装置1では、必要相電流値を補正する際、従来のような「むだ時間モデル」を用いないため、むだ時間モデルのモデル化誤差によって制御が不安定化するのを抑制でき、高精度でより安定的な始動制御が可能となる。さらに、モータ実相電流等から目標回転数を算出し、これを「むだ時間モデル」に当てはめて回転数の予測を行う工程が不要となり、制御処理の軽減も図られる。
【0051】
本発明は前記実施形態に限定されるものではなく、その要旨を逸脱しない範囲で種々変更可能であることは言うまでもない。
例えば、前述の実施形態では、本発明の制御装置・制御方法をディーゼルエンジンの吸排気系に用いられるアクチュエータに適用した例を示したが、本発明は、ガソリンエンジンの吸排気系に用いられるアクチュエータにも適用可能である。また、前述の実施形態では、モータ51に3相駆動のブラシレスモータを使用した例を示したが、モータの種類や駆動方法はこれには限定されない。
【産業上の利用可能性】
【0052】
本発明によるアクチュエータ制御装置・制御方法は、エンジン関係のアクチュエータのみならず、家電製品に用いられるアクチュエータなど、減速ギア機構を備えたアクチュエータ一般に広く適用可能である。
【符号の説明】
【0053】
1 モータ制御装置
2 指令角度受信部
3 実角度データ受信部
4 実相電流検出部
5 応答角度算出部
6 駆動処理逆演算部
7 積分演算部
8 回転数フィードバック部
9 実回転数算出部
10 目標回転数算出部
11 目標相電流算出部
12 相電流フィードバック部
13 出力Duty算出部
20 むだ時間補償部
21 目標電流推定部
22 むだ時間要素抽出部
23 駆動処理演算部
24 むだ時間要素除去部
31 エンジン
32 吸気系
33 排気系
34 エアクリーナ
35 インタークーラ
36 エキゾーストブレーキ
37 マフラー
38 排気ガス再循環システム(EGR)
39 可変ノズルターボチャージャ(VNT)
41 EGRバルブ
42 アクチュエータ(ACT)
43 ECU(エンジンコントロールユニット)
44 コンプレッサホイール
45 タービンホイール
46 ハウジング
47 ノズルベーン
48 アクチュエータ(ACT)
49 制御装置
51 モータ
52 減速機構部
53 コントローラ部
54 ステータ
55 ロータ
56 モータ回転軸
57 ピニオンギア
58 第1減速ギア
59 第2減速ギア
61 出力ギア
62 アクチュエータ(ACT)出力軸
63 レバー
64 角度センサ
A 開口面積