(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-03-28
(45)【発行日】2024-04-05
(54)【発明の名称】シミュレーション方法、シミュレーション装置、及びプログラム
(51)【国際特許分類】
G06F 30/20 20200101AFI20240329BHJP
G06F 30/25 20200101ALI20240329BHJP
【FI】
G06F30/20
G06F30/25
(21)【出願番号】P 2021008846
(22)【出願日】2021-01-22
【審査請求日】2023-04-13
(73)【特許権者】
【識別番号】000002107
【氏名又は名称】住友重機械工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100105887
【氏名又は名称】来山 幹雄
(72)【発明者】
【氏名】北原 龍之介
【審査官】堀井 啓明
(56)【参考文献】
【文献】特開2015-111401(JP,A)
【文献】特開2013-183551(JP,A)
【文献】特開2011-254678(JP,A)
【文献】特開2017-194884(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G06F 30/00-30/398
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
シミュレーション対象の磁性体を構成する複数の原子を粗視化することにより、元の原子数より少ない個数の粒子の集まりからなる磁性体モデルを生成し、
前記磁性体モデルの複数の粒子にそれぞれ磁気モーメントを付与し、
前記磁性体の原子間交換相互作用に基づいて、前記磁性体モデルの複数の粒子の間に作用する粒子間交換相互作用による磁場を求め、
前記磁性体の原子に作用する熱揺らぎを起源とする揺動磁場に基づいて、前記磁性体モデルの複数の粒子のそれぞれに作用する揺動磁場を求め、
粒子間交換相互作用に基づく磁場、及び前記磁性体モデルの粒子に作用する揺動磁場に基づいて、前記磁性体モデルの複数の粒子の各々に作用する合計の磁場を求め、
前記磁性体モデルの複数の粒子のそれぞれに作用する合計の磁場に基づいて、前記複数の粒子の各々の磁気モーメントを時間発展させるシミュレーション方法。
【請求項2】
前記磁性体の原子に作用する揺動磁場を、前記磁性体モデルの粒子に作用する揺動磁場に変換するための係数として、前記磁性体の原子間交換相互作用による磁場を、前記磁性体モデルの粒子間交換相互作用による磁場に変換するための係数の平方根を用いる請求項1に記載のシミュレーション方法。
【請求項3】
粗視化条件を含むシミュレーション条件が入力される入力装置と、
前記入力装置に入力されたシミュレーション条件に基づいて、シミュレーション対象の磁性体の磁気モーメントの分布を求める処理装置と
を有し、
前記処理装置は、
前記磁性体を構成する複数の原子を、入力された粗視化条件に基づいて粗視化することにより、元の原子数より少ない個数の粒子の集まりからなる磁性体モデルを生成し、
前記磁性体モデルの複数の粒子にそれぞれ磁気モーメントを付与し、
前記磁性体の原子間交換相互作用に基づいて、前記磁性体モデルの複数の粒子の間に作用する粒子間交換相互作用による磁場を求め、
前記磁性体の原子に作用する熱揺らぎを起源とする揺動磁場に基づいて、前記磁性体モデルの複数の粒子のそれぞれに作用する揺動磁場を求め、
粒子間交換相互作用に基づく磁場、及び前記磁性体モデルの粒子に作用する揺動磁場に基づいて、前記磁性体モデルの複数の粒子の各々に作用する合計の磁場を求め、
合計の磁場に基づいて、前記磁性体モデルの複数の粒子の各々の磁気モーメントを時間発展させるシミュレーション装置。
【請求項4】
シミュレーション対象の磁性体を構成する複数の原子を粗視化することにより、元の原子数より少ない個数の粒子の集まりからなる磁性体モデルを生成する機能と、
前記磁性体モデルの複数の粒子にそれぞれ磁気モーメントを付与する機能と、
前記磁性体の原子間交換相互作用に基づいて、前記磁性体モデルの複数の粒子の間に作用する粒子間交換相互作用による磁場を求める機能と、
前記磁性体の原子に作用する熱揺らぎを起源とする揺動磁場に基づいて、前記磁性体モデルの複数の粒子のそれぞれに作用する揺動磁場を求める機能と、
粒子間交換相互作用に基づく磁場、及び前記磁性体モデルの粒子に作用する揺動磁場に基づいて、前記磁性体モデルの複数の粒子の各々に作用する合計の磁場を求める機能と、
合計の磁場に基づいて、前記磁性体モデルの複数の粒子の各々の磁気モーメントを時間発展させる機能と
をコンピュータに実現させるプログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、シミュレーション方法、シミュレーション装置、及びプログラムに関する。
【背景技術】
【0002】
磁性体中の磁化のシミュレーションを行う方法として、マイクロマグネティクス法(特許文献1)と、原子スピン法(非特許文献1、2)とが知られている。マイクロマグネティクス法では、磁性体を数十ナノメートル単位のメッシュに分割し、有限要素法によって解析を行う。原子スピン法では、ナノメートル間隔の原子配置と原子スピンを考慮した第一原理計算を行う。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【非特許文献】
【0004】
【文献】R F L Evans, et. al., “Atomistic spin model simulations of magnetic nanomaterials”, Journal of Physics: Condensed Matter 26 (2014) 103202
【文献】Oliver W. Laslett, et. al., “A C++ accelerated Python package for simulating magnetic nanoparticle stochastic dynamics”, https://www.researchgate.net/publication/322591996_Magpy_A_C_accelerated_Python_package_for_simulating_magnetic_nanoparticle_stochastic_dynamics
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
マイクロマグネティクス法では、原子レベルのミクロな領域で生じる相互作用を考慮して解析を行うことが困難である。原子スピン法では、ミクロな物理現象を再現できるが、解析可能な計算領域の寸法が小さく、磁気ヘッド、モータ部品等の磁性体の磁化の解析を行うことは、計算時間やメモリ容量等の制約により困難である。非特許文献2に記載された原子スピン法では、複数の原子を粗視化して計算対象の粒子の個数を減らすことにより、計算時間やメモリ容量等による計算領域の制限を緩和している。ところが、粗視化することによって、原子間の交換相互作用や、熱揺らぎを起源とする揺動磁場が再現されなくなる。
【0006】
本発明の目的は、磁性体を構成する複数の原子を粗視化することにより計算量を低減させるとともに、交換相互作用及び揺動磁場を再現して磁化の分布を解析することが可能なシミュレーション方法、シミュレーション装置、及びプログラムを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の一観点によると、
シミュレーション対象の磁性体を構成する複数の原子を粗視化することにより、元の原子数より少ない個数の粒子の集まりからなる磁性体モデルを生成し、
前記磁性体モデルの複数の粒子にそれぞれ磁気モーメントを付与し、
前記磁性体の原子間交換相互作用に基づいて、前記磁性体モデルの複数の粒子の間に作用する粒子間交換相互作用による磁場を求め、
前記磁性体の原子に作用する熱揺らぎを起源とする揺動磁場に基づいて、前記磁性体モデルの複数の粒子のそれぞれに作用する揺動磁場を求め、
粒子間交換相互作用に基づく磁場、及び前記磁性体モデルの粒子に作用する揺動磁場に基づいて、前記磁性体モデルの複数の粒子の各々に作用する合計の磁場を求め、
前記磁性体モデルの複数の粒子のそれぞれに作用する合計の磁場に基づいて、前記複数の粒子の各々の磁気モーメントを時間発展させるシミュレーション方法が提供される。
【0008】
本発明の他の観点によると、
粗視化条件を含むシミュレーション条件が入力される入力装置と、
前記入力装置に入力されたシミュレーション条件に基づいて、シミュレーション対象の磁性体の磁気モーメントの分布を求める処理装置と
を有し、
前記処理装置は、
前記磁性体を構成する複数の原子を、入力された粗視化条件に基づいて粗視化することにより、元の原子数より少ない個数の粒子の集まりからなる磁性体モデルを生成し、
前記磁性体モデルの複数の粒子にそれぞれ磁気モーメントを付与し、
前記磁性体の原子間交換相互作用に基づいて、前記磁性体モデルの複数の粒子の間に作用する粒子間交換相互作用による磁場を求め、
前記磁性体の原子に作用する熱揺らぎを起源とする揺動磁場に基づいて、前記磁性体モデルの複数の粒子のそれぞれに作用する揺動磁場を求め、
粒子間交換相互作用に基づく磁場、及び前記磁性体モデルの粒子に作用する揺動磁場に基づいて、前記磁性体モデルの複数の粒子の各々に作用する合計の磁場を求め、
合計の磁場に基づいて、前記磁性体モデルの複数の粒子の各々の磁気モーメントを時間発展させるシミュレーション装置が提供される。
【0009】
本発明のさらに他の観点によると、
シミュレーション対象の磁性体を構成する複数の原子を粗視化することにより、元の原子数より少ない個数の粒子の集まりからなる磁性体モデルを生成する機能と、
前記磁性体モデルの複数の粒子にそれぞれ磁気モーメントを付与する機能と、
前記磁性体の原子間交換相互作用に基づいて、前記磁性体モデルの複数の粒子の間に作用する粒子間交換相互作用による磁場を求める機能と、
前記磁性体の原子に作用する熱揺らぎを起源とする揺動磁場に基づいて、前記磁性体モデルの複数の粒子のそれぞれに作用する揺動磁場を求める機能と、
粒子間交換相互作用に基づく磁場、及び前記磁性体モデルの粒子に作用する揺動磁場に基づいて、前記磁性体モデルの複数の粒子の各々に作用する合計の磁場を求める機能と、
合計の磁場に基づいて、前記磁性体モデルの複数の粒子の各々の磁気モーメントを時間発展させる機能と
をコンピュータに実現させるプログラムが提供される。
【発明の効果】
【0010】
磁性体を構成する複数の原子を粗視化することにより計算量を低減させることができる。さらに、交換相互作用及び揺動磁場を再現して磁化の分布を解析することが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】
図1Aは、シミュレーション対象の磁性体を構成する複数の原子を模式的に示す図であり、
図1Bは、
図1Aに示した磁性体を構成する複数の原子を粗視化することにより生成される磁性体モデルを模式的に示す図である。
【
図2】
図2は、パラメータV、W、Sを説明するための2つの粒子の模式図である。
【
図3】
図3は、実施例によるシミュレーション装置のブロック図である。
【
図4】
図4は、実施例によるシミュレーション方法のフローチャートである。
【
図6】
図6A及び
図6Bは、それぞれ粒子の半径rを1nm及び100nmとしてシミュレーションを行った結果を示す図である。
【
図7】
図7は、シミュレーション結果から計算した規格化磁化と温度との関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0012】
図1A~
図7を参照して、実施例によるシミュレーション方法及びシミュレーション装置について説明する。
【0013】
図1Aは、シミュレーション対象の磁性体10を構成する複数の原子11を模式的に示す図である。実際には、磁性体10内で複数の原子11は三次元的に分布しているが、
図1Aでは、複数の原子11が二次元的に分布している例を示している。
図1Aは、磁性体10内の1つの仮想的な1つの平面上に位置している複数の原子11と考えてもよい。
【0014】
複数の原子11の各々は、原子スピンsを有している。i番目の原子11に働く原子間交換相互作用のハミルトニアンH
i
exchは、以下の式で定義される。
【数1】
ここで、Jは原子間の交換相互作用の強度を表す交換相互作用強度係数であり、s
i、s
jは、それぞれi番目及びj番目の原子が持つ原子スピンであり、シグマは、i番目の原子11に隣り合う全ての原子11についての和を意味する。zは、i番目の原子11に隣り合う原子11の個数である。図面中、及び本明細書の数式においては、ベクトルを太字体で表している。
【0015】
i番目の原子11に作用する原子間交換相互作用による磁場h
i
exchは、以下の式で表される。
【数2】
ここで、式(1)のs
iと、式(2)のμ
iとは以下の関係を有する。
【数3】
ここで、gはg因子であり、通常g因子は約2である。μ
Bはボーア磁子である。μ
iは、原子1つの磁気モーメントを示している。
【0016】
i番目の原子11に作用する原子間交換相互作用による磁場h
i
exchは、原子スピンを用いて、以下の式で記述される。
【数4】
【0017】
複数の原子11の持つ磁気モーメントμの時間変化は、以下のランダウ-リフシッツ-ギルバート方程式(LLG方程式)で表すことができる。
【数5】
ここで、hは原子11に作用する磁場であり、αは減衰定数であり、γは磁気回転比である。
【0018】
時刻t+Δtにおける磁気モーメントμ(t+Δt)は、時刻tにおける磁気モーメントμ(t)を用いて以下の式で表される。
【数6】
【0019】
i番目の原子11に作用する熱揺らぎを起源とする揺動磁場h
i
thは、以下の式で表される。
【数7】
ここで、kはボルツマン定数、Tは設定温度、M
sは飽和磁化定数、Δtは時間刻み幅、Γ
i(t)は時間的にランダムに変化する三次元方向単位ベクトルでる。
【0020】
[原子の粗視化]
図1Bは、
図1Aに示した磁性体10を構成する複数の原子11を粗視化することにより生成される磁性体モデル20を模式的に示す図である。磁性体モデル20は、元の磁性体10の原子数より少ない個数の粗視化された粒子21の集まりからなる。磁性体10の原子11の持つ原子スピンsに基づいて、複数の粒子21の各々に磁気モーメントμが付与される。なお、計算において、粒子21の磁気モーメントμは、例えば長さ1の単位ベクトルとする。
【0021】
i番目の粒子21に作用する磁場h’
iは、以下の式により求めることができる。
【数8】
ここで、h’
i
extは外部磁場であり、h’
i
dipoleは一軸結晶異方性相互作用による磁場であり、h’
i
anisは双極子相互作用による磁場であり、h’
i
exchは粒子間交換相互作用による磁場であり、h’
i
thは揺動磁場である。
【0022】
外部磁場h’
i
extは、計算対象となる領域全体に発生し、シミュレーション条件として与えられる。一軸結晶異方性相互作用による磁場h’
i
dipole、及び双極子相互作用による磁場h’
i
anisは以下の式で表すことができる。
【数9】
ここで、r
ijハットは、j番目の粒子21の位置を始点としi番目の粒子21の位置を終点とするベクトルと平行な単位ベクトルである。r
ijは、j番目の粒子21からi番目の粒子21までの距離である。μ
jは、j番目の粒子21が持つ磁気モーメントである。eは磁化容易軸ベクトルであり、Kは磁気異方性定数である。
【0023】
[粒子間交換相互作用]
本実施例では、隣り合う2つの粒子21の間に、原子間交換相互作用と同等の粒子間交換相互作用が働くと仮定する。
【0024】
磁性体モデル20(
図1B)の粒子21の間の粒子間交換相互作用のハミルトニアンを以下のように定義する。
【数10】
Jは、式(1)の交換相互作用強度係数Jと同一である。パラメータV、W、Sについて、
図2を参照して説明する。μ
i及びμ
jは、それぞれi番目及びj番目の粒子21の持つ磁気モーメントである。
【0025】
図2は、パラメータV、W、Sを説明するための2つの粒子21の模式図である。i番目の粒子21iとj番目の粒子21jとが、相互に隣り合っている。式(10)の右辺のVは、粒子21の体積を表す。Sは、i番目の粒子21iの中心Oからj番目の粒子21jを見込む立体角Ωの範囲内のi番目の粒子21iの表面積を表す。Wは長さの次元を持つパラメータである。例えば、Wの値として、i番目の粒子21iの表面に位置する1原子層の厚さを採用することができる。この場合、Wの値は、磁性体10(
図1A)の原子11の直径と等しい。
図2において、W・Sの体積に相当する部分にハッチングを付している。
【0026】
次に、式(10)の物理的な意味について説明する。
磁性体10(
図1A)においては、相互に隣り合う原子11の間で原子間交換相互作用が働く。磁性体モデル20(
図1B)の粒子21は、複数の原子11を代表していると考えられる。2つの粒子21の間で働く粒子間相互作用を、式(1)を用いて定義すると、磁性体10内では隣り合わない2つの原子11の間でも原子間交換作用が働いている状態が再現されてしまう。そこで、相互に隣り合う粒子21の表面のうち、近距離で向かい合っている部分の間でのみ、粒子間交換相互作用が働くと考える。本実施例では、「近距離で向かい合っている部分」として、i番目の粒子21iの中心Oからj番目の粒子21jを見込む立体角Ωの範囲内の表面を採用している。
【0027】
また、この表面に位置する1原子層分の原子のみが、粒子間交換相互作用に寄与すると考えると、粒子間交換相互作用に寄与する部分の体積は、W・Sで表される。式(10)の右辺の(W・S/V)の項は、粒子21の体積に対して、粒子間交換相互作用に寄与する部分の体積が占める割合(以下、実効体積比という。)に相当する。粒子間交換相互作用のハミルトニアンH’
i
exchの算出には、粒子間交換相互作用を及ぼし合うi番目の粒子21i及びj番目の粒子21jの持つ磁気モーメントμ
i、μ
jに、それぞれ実効体積比を乗じて弱められた磁気モーメントを用いる。すなわち、磁性体モデル20(
図1)のシミュレーションにおいては、粒子21が持つ磁気モーメントμの全体が粒子間交換相互作用に寄与するのではなく、実効体積比に応じて弱められた磁気モーメント(W・S/V)μが、粒子間交換相互作用に寄与していると考える。
【0028】
粒子間交換相互作用による磁場h’
i
exchは、式(10)で定義される粒子間交換相互作用のハミルトニアンを用いて、以下の式で表すことができる。
【数11】
【0029】
[揺動磁場]
次に、熱揺らぎを起源とする揺動磁場について説明する。
原子を粗視化した粒子21の半径を原子半径のλ倍としたとき、粒子21に作用する交換相互作用による磁場h’
i
exchは、λの関数f(λ)を用いて以下のように表すことができる。本明細書においてλを粒子拡大率ということとする。
【数12】
ここで、zは、近傍に位置する粒子の数である。
【0030】
式(12)に示した交換相互作用による磁場に対応して、粒子21に作用させる揺動磁場h’
i
thを以下のように定式化することで、磁化の温度依存性を再現することができる。
【数13】
式(13)の変形において、式(7)を用いている。
【0031】
式(12)のf(λ)は、磁性体10(
図1A)における原子間交換相互作用による磁場を、磁性体モデル20(
図1B)の粒子間交換相互作用に変換するための係数である。式(13)では、磁性体10の原子に作用する揺動磁場を、磁性体モデル20の粒子に作用する揺動磁場に変換するための係数として、f(λ)の平方根を用いている。
【0032】
次に、式(13)の物理的意味について説明する。自発磁化の起源である交換相互作用強度係数Jが粗視化によって変化するため、計算系のエネルギ量(ハミルトニアンの値)も変化する。粗視化による系のエネルギ量の変化に対応して、系のエネルギ散逸量も変化させることにより、粗視化後の系において粗視化前の系の温度依存性を保つことができる。
【0033】
エネルギ散逸量は、ランダム場の分散、つまり式(7)の二乗平均であるので、式(7)の右辺のルートの中に式(12)の関数f(λ)を乗じることで、粗視化前後でエネルギ量(ハミルトニアンの値)とエネルギ散逸量の大きさとの比が不変になる。すなわち、式(13)は、ハミルトニアンの値とエネルギ散逸量の大きさとの比が粗視化前後で不変であるように、温度揺らぎの項を変換している。
【0034】
[シミュレーション装置]
図3は、実施例によるシミュレーション装置のブロック図である。実施例によるシミュレーション装置は、入力装置50、処理装置51、出力装置52、及び外部記憶装置53を含む。入力装置50から処理装置51にシミュレーション条件等が入力される。さらに、オペレータから入力装置50に各種指令(コマンド)等が入力される。入力装置50は、例えば通信装置、リムーバブルメディア読取装置、キーボード等で構成される。
【0035】
処理装置51は、入力されたシミュレーション条件及び指令に基づいてシミュレーション計算を行う。処理装置51は、中央処理ユニット(CPU)、主記憶装置(メインメモリ)等を含むコンピュータで実現される。コンピュータが実行するシミュレーションプログラムが、外部記憶装置53に記憶されている。外部記憶装置53には、例えばハードディスクドライブ(HDD)、ソリッドステートドライブ(SSD)等が用いられる。処理装置51は、外部記憶装置53に記憶されているプログラムを主記憶装置に読み出して実行する。
【0036】
処理装置51は、シミュレーション結果を出力装置52に出力する。シミュレーション結果には、解析対象の部材を表す複数の粒子の各々に付与された磁気モーメント、複数の粒子からなる粒子系の物理量の時間的変化等を表す情報が含まれる。出力装置52は、例えば通信装置、リムーバブルメディア書込み装置、ディスプレイ、プリンタ等を含む。
【0037】
図4は、実施例によるシミュレーション方法のフローチャートである。
まず、処理装置51が、入力装置50に入力されたシミュレーション条件を取得する(ステップS1)。シミュレーション条件には、シミュレーション対象の磁性体10(
図1A)の物性値、磁性体10の形状、外部磁場、粗視化条件、初期条件、シミュレーション計算における時間刻み幅等が含まれる。
【0038】
処理装置51は、シミュレーション条件を取得すると、取得したシミュレーション条件に基づいて、磁性体モデル20(
図1B)を生成する(ステップS2)。これにより、粗視化された複数の粒子21(
図1B)の大きさ、位置が決まる。さらに、複数の粒子21に、それぞれ磁気モーメントμを付与する(ステップS3)。磁気モーメントμの向きは、例えばランダムに設定する。
【0039】
粒子21の各々に磁気モーメントμを付与したら、各粒子21に作用する磁場h’iを用いて粒子21の磁気モーメントを時間発展させる(ステップS4)。各粒子に作用する磁場h’iは式(8)で与えられる。式(8)の右辺の各磁場は、式(9)、式(10)、式(11)、式(13)で与えられる。粒子21の磁気モーメントの時間発展は、式(5)及び式(6)を用いる。式(5)及び式(6)は、粗視化されていない原子11の磁気モーメントについて示しているが、粗視化後の粒子21の磁気モーメントの変化も、式(5)及び式(6)と同様の式を用いて計算することができる。
【0040】
ステップS4の計算は、終了条件を満たすまで繰り返す。例えば、磁性体モデル20の磁化状態が定常状態になったら、ステップS4の繰り返し処理を終了させる。終了条件が満たされたら、処理装置51は出力装置52に解析結果を出力する(ステップS5)。解析結果は、例えば、磁気モーメントμの向きの分布を、複数の矢印で表示してもよいし、磁気モーメントμの向きの分布を色の濃淡等で表示してもよい。
【0041】
次に、上記実施例の優れた効果について説明する。
上記実施例では、磁性体10の複数の原子11(
図1A)を粗視化することにより、計算時間の短縮化を図ることができる。粗視化された複数の粒子21(
図1B)の間に、原子間に作用する交換相互作用に相当する粒子間交換相互作用を式(10)、式(11)で定義することにより、原子間交換相互作用をシミュレーション結果に反映させることができる。さらに、粒子21に作用する揺動磁場を式(13)で定義することにより、熱揺らぎを起源とする揺動磁場の影響をシミュレーション結果に反映させることができる。例えば、相転移が発生するキュリー温度をまたいで温度が変化するときの相転移現象をシミュレーションによって再現することが可能になる。
【0042】
[揺動磁場を考慮しないシミュレーション]
次に、
図5A~
図5Gを参照して、上記実施例の優れた効果を確認するために行った実際のシミュレーションの結果について説明する。以下のシミュレーションでは、揺動磁場を考慮していない。
【0043】
図5A~
図5D、
図5F、
図5Gは、シミュレーションによって求められた磁気モーメントの向きの分布を濃淡で表した図である。
図5Eは、
図5A~
図5Dに示した磁気モーメントの向きを模式的に示した図である。シミュレーションにおける計算領域は、一辺の長さが50nmの二次元の正方形とした。計算領域内に、xy直交座標系を定義する。粗視化された粒子21の半径が1nmの場合と7.5nmの場合について、粒子21の磁気モーメントの分布が定常状態になるまで時間発展させた。粒子21は、正方格子の格子点の位置に配置し、初期条件として、
図5A~
図5D、
図5F、
図5Gのいずれの場合も、磁気モーメントの向きの分布を同じにした。
【0044】
図5A及び
図5Bは、粗視化した粒子21の半径rを1nmとした場合の磁気モーメントのシミュレーション結果を示す。
図5C、
図5D、
図5F、
図5Gは、粗視化した粒子21の半径rを7.5nmとした場合の磁気モーメントのシミュレーション結果を示す。なお、
図5F及び
図5Gは、粗視化された粒子21の間に粒子間交換相互作用が働かないという条件で行ったシミュレーション結果を示す。
【0045】
図5A、
図5C、及び
図5Fは、磁気モーメントのy成分の大きさを示し、
図5B、
図5D、及び
図5Gは、磁気モーメントのx成分の大きさを示す。磁気モーメントのx成分及びy成分の絶対値が大きな領域を、相対的に濃く示している。
図5A~
図5Dにおいて濃淡で区分された各領域の磁気モーメントの向きの概略を、
図5Eに矢印で示す。
【0046】
粒子間交換相互作用を考慮し、粒子半径rを1nmとしてシミュレーションを行った結果(
図5A、
図5B)、及び粒子半径rを7.5nmとしてシミュレーションを行った結果(
図5C、
図5D)では、磁気モーメントの向きが揃った明確な磁区構造が確認される。これに対して粒子間交換相互作用を考慮しないでシミュレーションを行った結果(
図5F、
図5G)では磁区構造が現れていない。このシミュレーション結果から、粗視化された磁性体モデル20において、シミュレーション対象の磁性体10の原子間交換相互作用が適切に再現されていることがわかる。
【0047】
次に、
図6A及び
図6Bを参照して、交換相互作用の影響の度合いを確認するために行ったシミュレーションの結果について説明する。
【0048】
図6A及び
図6Bは、それぞれ粒子21の半径rを1nm及び100nmとしてシミュレーションを行った結果を示す図である。
図6A及び
図6Bにおいて、磁気モーメントの分布が定常状態に達した時の磁気モーメントの向きを矢印で示している。シミュレーション領域は二次元の長方形とし、長さ方向及び幅方向に、それぞれ粒子21を24個及び9個配置した。
【0049】
図6Aに示したシミュレーション結果ではすべての粒子21の磁気モーメントがほぼ同一の方向を向いている。これは、粒子間交換結合作用が、一軸性結晶異方性相互作用や双極子相互作用に比べて強く働くためである。これに対して
図6Bに示したシミュレーション結果では、環状磁区構造が確認される。これは、粒子間交換相互作用が相対的に弱まり、一軸性結晶異方性相互作用や双極子相互作用が顕在化したためである。
【0050】
図6A及び
図6Bのいずれのシミュレーションにおいても、対象とする粒子21の個数は同一である。このため、両者の計算時間はほぼ等しい。また、
図6Aのシミュレーションでは、横48nm、縦18nmの長方形の領域が計算対象であるのに対し、
図6Bのシミュレーションでは、横4800nm、縦1800nmの長方形の領域が計算対象である。このように、上記実施例による方法を採用することにより、計算時間の長大化を抑制しつつ、計算領域を拡大させることができる。これにより、大きな磁性体の磁気モーメントのシミュレーションを行う際の計算コストの上昇を抑制することができる。
【0051】
[揺動磁場を考慮したシミュレーション]
次に、
図7を参照して、上記実施例の優れた効果を確認するために行った実際の他のシミュレーションの結果について説明する。以下のシミュレーションでは、粒子間交換相互作用による磁場と揺動磁場とを考慮している。
【0052】
粒子拡大率λを、1、10、または100とし、磁化温度特性をシミュレーションによって求めた。結晶構造を体心立方格子(BCC)とし、結晶格子数を22×22×22とした。解析対象物の物性値として、鉄の値を用いた。複数の温度のそれぞれにおいて定常状態になるまで計算を行った。解析対象である全粒子の定常状態における磁気モーメントの平均ベクトルの大きさMを求めた。
【0053】
図7は、シミュレーション結果から計算した規格化磁化と温度との関係を示すグラフである。横軸は温度を単位「K」で表し、全粒子の磁気モーメントの平均ベクトルの大きさを飽和磁化M
sで規格化した規格化磁化を表す。グラフ中の丸記号、四角記号、及び三角記号は、それぞれ粒子拡大率λが1、10、100の場合のシミュレーション結果を示す。
【0054】
粒子拡大率λが1、10、100のいずれの場合も、温度の上昇に伴って磁化が減少し、温度が1000Kをやや超えると、磁化がほぼゼロになっている。磁化がほぼゼロとなる温度は、鉄のキュリー温度1043Kとほぼ等しい。
【0055】
図7に示したシミュレーションによって、本実施例による方法を適用して、原子間交換相互作用及び揺動磁場を反映したシミュレーションを行うことが可能であることが確認された。
【0056】
次に、上記実施例の変形例について説明する。
上記実施例では、式(10)に示したように、粒子間交換相互作用のハミルトニアンを決定する際に、粒子21に付与された磁気モーメントを、(W・S/V)の値に応じて弱めた値を用いている。すなわち、粒子間交換相互作用を弱めて、粒子間交換相互作用による磁場を計算している。粒子21に付与された磁気モーメントを弱めるための係数は、(W・S/V)に限らず、1未満のその他の係数を用いてもよい。粒子間交換相互作用を弱めることにより、粒子間交換相互作用を考慮しつつ、かつ一軸性結晶異方性相互作用や双極子相互作用を顕在化させることができる。磁気モーメントを弱めるための係数は、シミュレーション対象の磁性体10(
図1A)の大きさや形状、磁性体の物性値等に基づいて、0より大きく1より小さい値に設定するとよい。
【0057】
上述の実施例は例示であり、本発明は上述の実施例に制限されるものではない。例えば、種々の変更、改良、組み合わせ等が可能なことは当業者に自明であろう。
【符号の説明】
【0058】
10 シミュレーション対象の磁性体
11 原子
20 磁性体モデル
21 原子を粗視化した粒子
21i i番目の粒子
21j j番目の粒子
50 入力装置
51 処理装置
52 出力装置
53 補助記憶装置