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特許7463279時間相関単一光子計数法を用いた蛍光寿命顕微鏡法
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  • 特許-時間相関単一光子計数法を用いた蛍光寿命顕微鏡法 図1
  • 特許-時間相関単一光子計数法を用いた蛍光寿命顕微鏡法 図2
  • 特許-時間相関単一光子計数法を用いた蛍光寿命顕微鏡法 図3
  • 特許-時間相関単一光子計数法を用いた蛍光寿命顕微鏡法 図4
  • 特許-時間相関単一光子計数法を用いた蛍光寿命顕微鏡法 図5
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-03-29
(45)【発行日】2024-04-08
(54)【発明の名称】時間相関単一光子計数法を用いた蛍光寿命顕微鏡法
(51)【国際特許分類】
   G01N 21/64 20060101AFI20240401BHJP
【FI】
G01N21/64 B
G01N21/64 E
【請求項の数】 11
(21)【出願番号】P 2020543639
(86)(22)【出願日】2018-12-18
(65)【公表番号】
(43)【公表日】2021-06-03
(86)【国際出願番号】 EP2018085379
(87)【国際公開番号】W WO2019158260
(87)【国際公開日】2019-08-22
【審査請求日】2021-12-17
(31)【優先権主張番号】102018103576.4
(32)【優先日】2018-02-16
(33)【優先権主張国・地域又は機関】DE
(73)【特許権者】
【識別番号】511079735
【氏名又は名称】ライカ マイクロシステムズ シーエムエス ゲゼルシャフト ミット ベシュレンクテル ハフツング
【氏名又は名称原語表記】Leica Microsystems CMS GmbH
【住所又は居所原語表記】Ernst-Leitz-Strasse 17-37, D-35578 Wetzlar, Germany
(74)【代理人】
【識別番号】100114890
【弁理士】
【氏名又は名称】アインゼル・フェリックス=ラインハルト
(74)【代理人】
【識別番号】100098501
【弁理士】
【氏名又は名称】森田 拓
(74)【代理人】
【識別番号】100116403
【弁理士】
【氏名又は名称】前川 純一
(74)【代理人】
【識別番号】100134315
【弁理士】
【氏名又は名称】永島 秀郎
(74)【代理人】
【識別番号】100135633
【弁理士】
【氏名又は名称】二宮 浩康
(74)【代理人】
【識別番号】100162880
【弁理士】
【氏名又は名称】上島 類
(72)【発明者】
【氏名】フランク ヘヒト
(72)【発明者】
【氏名】ベアント ヴィヅゴフスキ
【審査官】田中 洋介
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2017/202980(WO,A1)
【文献】特表2005-512086(JP,A)
【文献】特開2013-104876(JP,A)
【文献】特開2017-058319(JP,A)
【文献】特開2009-098149(JP,A)
【文献】特表2019-520077(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 21/00-21/958
G02B 19/00-21/36
G01J 1/00-1/60
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
時間相関単一光子計数法を用いた蛍光寿命顕微鏡法であって、
試料(13)は、パルス光源(2)を用いて蛍光光子の放出のために周期的に励起光パルスによって励起され、
それぞれ2つの順次連続する励起光パルスの間で測定間隔が定められ、
検出器(16)を用いて蛍光光子が検出され、検出された蛍光光子を表す検出器信号(17)が生成され、前記検出器信号(17)に基づいて、蛍光光子がそれぞれの測定間隔内で前記検出器(16)によって検出される検出時間が決定され、前記検出時間に基づいてイメージングが行われる蛍光寿命顕微鏡法において、
それぞれの測定間隔で、予め定められた数の蛍光光子が前記測定間隔内で検出されたか否かが決定され、
すべての検出された光子の検出時間は、複数の画像ピクセルについて共通の第1のデータメモリに集約され、
前記第1のデータメモリに集約された検出時間は、未補正の総ヒストグラムを表す第1のヒストグラムの形態で求められ、
それぞれの測定間隔内で、予め定められた数で検出された蛍光光子のみの検出時間は、同様に複数の画像ピクセルについて共通の第2のデータメモリに集約され、
前記第2のデータメモリに集約された検出時間は、前記第1のヒストグラムのサブセットを表す第2のヒストグラムの形態で求められ、
前記第1のデータメモリに集約された検出時間は、計算ステップにおいて前記第2のデータメモリに集約された検出時間に組み合わされ、
前記計算ステップの結果は、第3のデータメモリに格納され、
前記計算ステップの結果は、補正された総ヒストグラムを表す第3のヒストグラムの形態で求められ、
前記計算ステップでは、非線形最適化法が行われるか、または、前記第3のヒストグラムの反復的改良が行われる、
蛍光寿命顕微鏡法。
【請求項2】
補正された総ヒストグラムは、不感時間なしで記録される理想的なヒストグラムを表す、
請求項1記載の蛍光寿命顕微鏡法。
【請求項3】
前記予め定められた数は、1に等しい、
請求項1または2記載の蛍光寿命顕微鏡法。
【請求項4】
前記検出器信号は、検出された蛍光光子ごとにデータワードが挿入されるデータストリームの形態で生成される、
請求項1から3までのいずれか1項記載の蛍光寿命顕微鏡法。
【請求項5】
それぞれの蛍光光子が関連する測定間隔内で検出された予め定められた数の蛍光光子に属するか否かを示すマーキングビットは、前記データワードに設けられている、
請求項4記載の蛍光寿命顕微鏡法。
【請求項6】
前記非線形最適化法は、以下の関係式、
(t)・M(t-t)=P・f(t)・f(t-t
を使用して行われる、
請求項1から5までのいずれか1項記載の蛍光寿命顕微鏡法。
【請求項7】
前記反復的改良は、以下の関係式、
f’’(t-t)=[M(t)・M(t-t)]/[P・f’(t)]
を使用して行われる、
請求項1から5までのいずれか1項記載の蛍光寿命顕微鏡法。
【請求項8】
前記計算ステップの結果は、出力機器上で視覚化される、
請求項1から7までのいずれか1項記載の蛍光寿命顕微鏡法。
【請求項9】
前記計算ステップの結果は、蛍光寿命を決定するために用いられる、
請求項1から8までのいずれか1項記載の蛍光寿命顕微鏡法。
【請求項10】
請求項1から9までのいずれか1項記載の時間相関単一光子計数法を用いた蛍光寿命顕微鏡法を実施するための顕微鏡(1)であって、
前記顕微鏡(1)は、試料を蛍光光子の放出のための励起光パルスによって励起するように構成された光源(2)を備え、それぞれ2つの順次連続する励起光パルスの間で測定間隔が定められており、
前記顕微鏡(1)は、蛍光光子を検出し、検出された蛍光光子を表す検出器信号(17)を生成するように構成された検出器(16)を備え、
前記顕微鏡(1)は、前記検出器信号(17)に基づいて、蛍光光子がそれぞれの測定間隔内で前記検出器(16)によって検出される検出時間を決定し、前記検出時間に基づいてイメージングを行うように構成された処理ユニット(18)を備えている、顕微鏡(1)において、
前記処理ユニット(18)は、それぞれの測定間隔で、予め定められた数の蛍光光子が前記測定間隔内で検出されたか否かを決定し、
すべての検出された蛍光光子の検出時間は、複数の画像ピクセルについて共通の第1のデータメモリに集約し、
それぞれの測定間隔内で、予め定められた数で検出された蛍光光子のみの検出時間は、同様に複数の画像ピクセルについて共通の第2のデータメモリに集約し、
前記第1のデータメモリに集約された検出時間は、計算ステップにおいて前記第2のデータメモリに集約された検出時間に組み合わせ、
前記計算ステップの結果は、第3のデータメモリに格納するように構成されていることを特徴とする、
顕微鏡(1)。
【請求項11】
前記顕微鏡は、共焦点走査型顕微鏡または多光子顕微鏡である、
請求項10記載の顕微鏡(1)。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、請求項1の上位概念による時間相関単一光子計数法を用いたデータの数値補正のための蛍光寿命顕微鏡法、ならびに請求項14の上位概念によるそのような方法を実施するための顕微鏡に関する。
【背景技術】
【0002】
蛍光寿命顕微鏡法、略してFLIM(「fluorescence lifetime imaging microscopy」)は、蛍光分子の励起状態の異なる寿命の測定に基づくイメージング蛍光顕微鏡法である。測定された寿命に基づけば、例えば、pH値、温度、イオン濃度、FRET遷移などの蛍光分子の周辺環境の特性を推論することができる。この場合、FRETとは「フェルスター共鳴エネルギー移動」を表す。
【0003】
蛍光寿命の決定は、時間領域(「time domain lifetime measurement」)で直接行うか、または周波数領域での代替的方法(「frequency domain lifetime measurement」)で行うことができる。時間領域での決定は、いわゆる時間相関単一光子計数法、略してTCSPC(「time correlated single photon counting」)法によって可能である。この方法では、励起光パルスによる周期的な励起によって開放された光子が個別に検出される。典型的には、励起光パルスと、それに続く検出器によって検出される蛍光信号と、の間の時間が測定される。次いで、そのように検出された蛍光光子は、複数の測定値にわたってヒストグラムに集約される。そのようなヒストグラムでは、測定時間に対する光子数がプロットされている。試料内に存在する蛍光分子に依存して、1つ以上の幾何級数成分を伴う蛍光強度の時間依存性の減少が観察される。
【0004】
時間測定は、この方法では、通常1ナノ秒未満の分解能で行われる。この時間領域での時間測定の場合、光源、光学系、検出器、および電子機器などの機器コンポーネントによるエラーの影響が重要である。機器によって生じるエラー全体は、装置応答関数、略してIRF(「instrument response function」)と称される。
【0005】
この装置応答関数は、最適な記録条件下で測定することができる。検査すべき試料自体の記録のデータから装置応答関数を決定することも一般的である。
【0006】
記録されたデータの分析は、通常、以下の式、
【数1】
ただし、Nは蛍光成分の数、Aは個々の成分の振幅、τは個々の成分の寿命、Bはバックグラウンド、およびIRF(t)は装置応答関数、のモデル関数を使用した非線形最適化法によって行われる。この最適化手法によれば、寿命τおよび関連する振幅Aを決定することができる。所定の寿命τの精度は、記録された光子の数に強く依存する。例えば、成分の寿命τを10%の測定精度で決定するためには、現時点では数百の光子が必要になる。2つの成分のためには、約10,000の光子が必要である。
【0007】
複数の成分を含む試料を妥当な時間内で検査できるようにするために、通常、すべての画像ピクセルのヒストグラムまたは画像ピクセルの領域のヒストグラムが、1つのヒストグラムに集約される。このヒストグラムは、ここでは総ヒストグラム(「総減衰」)とも称される。最適化法を総ヒストグラムに適用すると、寿命τと振幅Aとが十分な精度で提供される。次いで、この結果は通常、最適化法を個々の画像ピクセルに適用する第2のステップで使用される。ここでは、モデル関数の選択された変数だけは、例えば、振幅Aのみまたは成分の寿命τのみは十分な精度で決定される必要がある。
【0008】
上記説明の単一光子計数法に基づく方法の1つの問題は、検出器および電子機器からの組み合わせでは、個々の光子の検出直後の所定の期間にわたり、さらなる光子検出のための再準備が整わないことにある。この期間は、システムの不感時間とも称される。このシステムの不感時間の影響は、試料自体に依存するため、装置応答関数IRF(t)では考慮することができない。従来のシステムの典型的な不感時間は約50~100nsの範囲にあるのに対して、今時では、電子機器や検出器における技術的進歩により、数ナノ秒の範囲の不感時間を伴うシステムが開発されている。
【0009】
不感時間が励起光パルスの周期より大きいシステムでは、通常、励起光パルス後の最初の蛍光光子のみが検出可能である。ヒストグラムでは、より低い時間成分の重み付けがより重くなる。この測定結果の改ざんにつながりかねないより重い重み付けは、専門家の間ではパイルアップ効果とも称される。このようなパイルアップ効果を回避するためには、入射する励起光パルスの強度を低く設定する必要があるが、それによって、相応に長い記録時間がこの方法の適用可能性に著しい制約をもたらすことになる。
【0010】
数ナノ秒の範囲の不感時間を伴うシステムでも、記録されたデータの改ざんは起こり得る。励起光パルス直後では、分子によって後続時点よりもはるかに多くの光子が送信される。これらの光子の大半は、依然として不感時間内に検出器に入射する。この種のシステムでは、従来の機器と同等の測定誤差のもとで入射する励起光パルスの強度の増加は可能ではあるが、他の顕微鏡法の記録時間を達成するのに十分なレベルではない。
【0011】
不感時間の影響は、検出器や電子機器に関する十分な並列化により、大幅に低減することができる。ただし、そのような並列化は技術的に複雑であるため、著しい出費に結び付く。したがって、多くの用途のために蛍光寿命顕微鏡を使用する場合には、不感時間の影響を補正することが最も重要である。
【0012】
複数の文献からは、時間相関単一光子計数法における不感時間の影響を補正するための多くの方法が公知である。それらのすべてには、総ヒストグラムに対するそれらの使用可能性に関する制約または使用可能な検出器タイプもしくは電子機器の選択における制約がある。これらの方法は、3つのグループに、詳細には、検出器からの信号をフィルタリングする方法、ヒストグラムデータを変更する方法、および最適化法自体において変更を行う方法に分けることができる。
【0013】
適正なデータ分析の態様の他に、ユーザーに対するデータ呈示も重要である。グラフィカルな表示からは、ユーザーは、記録の結果やさらなる所要の活動化について推論することができる。それゆえ、補正された形態での総ヒストグラムの呈示が望ましい。
【0014】
国際公開第2017/201980号には、順次連続する励起光パルスの間に予め定められた数の光子が検出された励起光パルスの周期のみが考慮される方法が記載されている。この方法は、検出器と電子機器とがいくつかの要件を満たしている場合に、補正された総ヒストグラムの生成のために使用できる。信号幅は、異なる光子に関して大幅に異なるものであってはならず、複数の短く順次連続する光子信号の識別が可能である必要があり、さらに電子機器は、そのようなフィルタリングを可能にするパルス幅に関する評価方法を備えている必要がある。したがって、この方法は、汎用的に使用可能なものではない。
【0015】
公知文献P.B.Coates, “Pile-up corrections in the measurement of lifetimes”, J. Phys. E: Sci. Instrum. 5, P.148-150 (1972)には、それぞれの検出時間に割り当てられたヒストグラムにおける各階級が他の階級に依存することなく変更される方法が記載されている。この変更は、光子の検出の統計の特性に基づいている。この方法は、総ヒストグラムには適用できない。なぜなら、総ヒストグラムは、相応に異なる強度の異なる試料位置でのデータから集約されるからである。集約前の補正は、個々のヒストグラムの光子の数が過度に少ないため失敗する。
【0016】
公知文献J. G. Walker, “Iterative correction for ‘pile-up’ in single-photon lifetime measurement”, Opt. Comm., P.201, P.271-277 (2002)には、光源の付加的な強度変動を、反復的取り組みで考慮するより改善された方法が記載されている。今日では慣用的なパルスレーザー光源を使用する場合の強度変動は、もはや関連するエラー原因ではなくなっている。ただし、この考察は、総ヒストグラムに集約された異なる画像ピクセルにおける異なる強度の考慮を取り上げるものであってもよい。しかしながら、実際には、この反復的方法は、ここでは強度が過度に異なる可能性があるため、収束しないことが多い。
【0017】
公知文献M. Patting et.al, Dead-time effects in TCSPC data analysis, Proc. of SPIE Vol.6583, 658307, (2007)には、不感時間の影響を考慮するために、最適化法のモデル関数が適合化される方法が記載されている。この方法は、そこに記載されている簡素化が省かれる場合に、非常に僅かな不感時間を伴うシステムによって生成されたデータにも適用することができる。変更された以下のモデル関数f(t)、
【数2】
では、上記のモデル関数f(t)に、不感時間内で光子が検出されなかった確率に相応する補正項が乗算される。ただし、Pは励起光パルスの数、tはシステムの不感時間である。この方法は、最適化法により個々の画像ピクセルで探索される変数を決定するのに適しているが、総ヒストグラムへの適用は不可能である。
【0018】
公知文献M. Patting et.al, Fluorescence decay data analysis correcting for detector pulse pileup at very high count rates, Optical Engineering, 57(3), 031305 (2018)には、最適化法のモデル関数が適合化される方法も記載されている。そこに提案されている補正項は、ポアソン統計から生じる1つのヒストグラム階級のみにおける補正係数が、当該ヒストグラム階級の不感時間の影響を特徴付けることを前提とする。ただし、このことは、特に、測定間隔の開始時点の検出時間に割り当てられているヒストグラムの開始が、非常に短い寿命を有する成分によって制される場合には当てはまらない。それに結び付くエラーにより、ユーザーは、当該方法がそれぞれの用途ケースに適しているか否かを検査する必要がある。
【0019】
国際公開第2010/089363号には、不感時間の影響を考慮するために用いられる最適化法自体における変更が行われる方法が記載されている。この方法は、そこに記載されている形態では、総ヒストグラムに適用することができない。補正された総ヒストグラムの表示は不可能である。
【0020】
公知文献J. D. Driscoll et.al, Photon counting, censor corrections, and lifetime imaging for improved detection in two-photon microscopy, J Neurophysiol 105: 3106-3113, (2011)には、3.1nsの不感時間を有するシステムでの不感時間の補正が記載されている。ここでは、ヒストグラムのみならず、最適化法の品質基準の計算も補正する2つの方法が提案されている。
【0021】
前述の2つの方法のうちの最初の方法では、ヒストグラムにおける階級ごとに、付加的に、光子が検出されなかった励起光パルスの数が決定される。第2の方法では、正確に1つの光子が検出された励起光パルスの数が付加的に決定される。これらの付加的情報により、ポアソン統計に基づいて補正値が決定される。どちらの方法にも、コート法と同じような制約がある。第2の方法では、さらに、既知の寿命を有する試料内の1つの成分のみが、ヒストグラムの減衰特性の開始を制する必要がある。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0022】
本発明の課題は、比較的少ない技術的労力で、パイルアップ効果を回避しながら励起光強度を増加させかつ検出器および電子機器タイプの汎用的な使用に適していることを可能にする、蛍光寿命顕微鏡法およびならびにそのような方法を実施するように構成された顕微鏡を提供することにある。本発明の付加的な課題は、総ヒストグラムの呈示を補正された形態で可能にするそのような方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0023】
この課題は、本発明により、独立請求項の対象によって解決される。本発明の好適な発展形態は、従属請求項および以下の説明から明らかになる。
【0024】
本発明は、時間相関単一光子計数法を用いた蛍光寿命顕微鏡法を想定しており、ここでは、試料が、パルス光源を用いて蛍光光子の放出のために周期的に励起光パルスで励起され、ここで、それぞれ2つの順次連続する励起光パルスの間で測定間隔が定められ、検出器を用いて蛍光光子が検出され、検出された蛍光光子を表す検出器信号が生成され、該検出器信号に基づいて、蛍光光子がそれぞれの測定間隔内で検出器によって検出される検出時間が決定され、検出された蛍光光子の検出時間に基づいてイメージングが行われる。
【0025】
本発明によれば、それぞれの測定間隔で、予め定められた数の蛍光光子が測定間隔内で検出されたか否かが決定される。
【0026】
複数の画像ピクセルについて、すべての検出された光子の検出時間は、第1のデータメモリ(もしくはデータ領域)に集約される。
【0027】
同様に複数の画像ピクセルについて、予め定められた数の検出された光子を伴う測定間隔からの光子のみの検出時間は、第2のデータメモリに集約される。
【0028】
2つのデータメモリにおける情報は、計算ステップにおいて組み合わされ、再びデータメモリに格納される。
【0029】
最後に述べたデータメモリのデータは、出力機器上で表示され得るか、複数の画像ピクセル内の分子の成分の寿命を決定するために用いることができる。
【0030】
それぞれ2つの順次連続する励起光パルスの間で定められる測定間隔は、必ずしもこれらの2つのパルス間の時間間隔と同じではない。そのため、この測定間隔は、前述の2つの励起光パルスのうちの最初のパルスの前後の短い時間で開始および終了させることも考えられる。前述の2つの励起光パルスの最初のパルスの前および/または後の時間の典型的な値は、例えば、励起光の平均パルス持続時間の1%~10%、またはそれぞれ2つの順次連続する励起光パルスの間の期間である。
【0031】
測定間隔内で検出された光子の数の決定は、例えば、励起光パルスが検出されたときにリセットされ(例えばゼロに設定され)、光子が検出されるごとに増分されるカウンタを用いて行うことができる。求められた検出時間は、それぞれの光子が測定間隔内でいくつ目の光子であるかを示す情報について補足することができる。代替的に、励起光パルスの識別の際に、付加的なデータワードをデータ情報ストリーム内に挿入することができる。測定間隔内で、予め定められた数の光子が検出されたか否かに関する情報の生成のための対応する動作は、論理回路、任意にプログラミング可能なロジック、またはソフトウェアで行うことができる。
【0032】
特に簡素な実施形態では、検出された光子の予め定められた数は、1に等しい。
【0033】
システムの検出電子機器は、データストリームを生成し、ここでは、識別された光子ごとにデータワードが検出時間と共にデータストリームに挿入される。データワードには、マーキングビットが設けられている。このビットは、例えば、励起光パルス後の最初に検出された光子の場合は値1、それ以外の場合は値0を含む。データストリームは、論理回路、任意にプログラミング可能なロジック、またはソフトウェアで処理される。厳密に、2つの順次連続するデータワードがマーキングされている場合、最初のデータワードが発生する測定間隔で、厳密に1つの光子が検出された。
【0034】
本発明によれば、すべての検出された光子の検出時間は、複数の画像ピクセルについて第1のデータメモリに集約され、予め定められた数の検出された光子を伴う測定間隔からの光子の検出時間は、同様に複数の画像ピクセルについて第2のデータメモリに集約され、これらの2つのデータメモリにおける情報は計算ステップにより組み合わされる。ただし、これらの複数の画像ピクセルは、ここでは、画像のすべてのピクセルだけでなく、画像領域内のピクセルであってもよい。通常の画像フォーマットは、2次元の通常矩形に配置されたピクセルを有し、この場合、例えば1024×1024個、512×512個のピクセルが、それぞれxもしくはy方向に設けられている。個々の画像領域(いわゆるROI、Region of Interest)は、矩形、正方形、または円形の領域を有し、あるいはユーザーによって任意に定義可能な2次元の形状を有することができる。
【0035】
検出時間の集約は、検出時間領域に関して検出された光子の頻度をヒストグラムの形態で求める好適な実施形態で行われる。第1のデータメモリ内のヒストグラムは、ここでは、未補正の総ヒストグラムである。次いで、第2のデータメモリ内のヒストグラムは、第1のデータメモリ内の未補正の総ヒストグラムのサブセットを表す。ただし、検出時間の集約は、他の形式で、例えば、検出された光子の頻度に関するモーメントを検出時間に依存して決定することによって行ってもよい。
【0036】
本発明によれば、2つのデータメモリにおける情報は、計算ステップにより組み合わされる。好適な実施形態では、未補正の総ヒストグラムが決定され、これは以下ではM(t)として表される。付加的に、前述のサブセットは、1つの光子のみが検出された測定間隔からの光子の数を有するヒストグラムM(t)として決定される。ヒストグラムの階級は、励起光パルス後のそれぞれの検出時間に対応している。求めるべきものは、不感時間のない理想的な機器を用いた記録操作のもとで記録されるはずのヒストグラムf(t)である。
【0037】
時点t前の不感時間内で光子が検出されなかった場合にのみ、時点tで光子を検出することができる。それゆえ、総ヒストグラムM(t)において検出時間tを伴う階級については、以下の関係式、
(t)=P(t-t,t)・f(t) (1)
が成り立つ。ただし、tはシステムの不感時間である。P(a,b)は、期間a~bにおいて光子が検出されなかった確率である。時点t-tでのMについても以下の類似の関係式、
(t-t)=P(t0,t-t)・P(t,t)・f(t-t) (2)
が成り立つ。不感時間の前または後に光子が検出されなかった場合のみ、時点t-tで厳密に1つの光子を検出することができる。
【0038】
式(1)および(2)を乗算すると、以下の式、
(t)・M(t-t)=P(t0,t-t)・P(t-t,t)・P(t,t)・f(t)・f(t-t) (3)
が得られる。この式(3)は、以下の式、
=P(t0,t-t)・P(t-t,t)・P(t,t) (4)
により、以下の式、
(t)・M(t-t)=P・f(t)・f(t-t) (5)
に簡素化することができる。ここで、Pは、測定間隔全体において光子が検出されなかった確率である。Pは、ポアソン分布関数を用いて、検出された光子の総数Mと測定間隔の総数Lとから近似的に算出することができる。すなわち、
~e-Ma/L (6)
付加的に、記録の際に光子が検出されなかった測定間隔の数Lも決定されるならば、正確な決定が可能になる。
=L/L (7)
【0039】
この決定は正確である。なぜなら、検出された光子のない測定間隔における不感時間の影響は、検出された光子のある測定間隔とは対照的に無視できるからである。
【0040】
補正されたヒストグラムの探索された値f(t)は、ここでは、非線形最適化法を用いて決定される。特に簡素な実施形態では、以下のように、
【数3】
最小化される二乗平均近似の方法が実行される。二乗平均近似による非線形最適化法の説明は、公知文献D.W. Marquardt, An algorithm for least-squares estimation of nonlinear parameters. J. Soc. Indust. Appl. Math., (1963). 11(2) P.431-441に含まれている。ここでも、当業者には、データの統計的な性質にも影響を与えるさらなる最適化法を使用できることが容易にわかるであろう。
【0041】
計算ステップによる2つのデータメモリからの情報の組み合わせは、必ずしも最適化法を使用して実施する必要はない。この組み合わせは、例えば、以下の関係式、
f’’(t-t)=[M(t)・M(t-t)]/[P・f’(t)] (9)
のような順次連続する計算ステップによるヒストグラムの反復的改良によって行うこともでき、以下の関係式、
f’(t)=M(t) (10)
のような開始値によって行うこともできる。
【0042】
補正された総ヒストグラムは、ユーザーに、例えばコンピューターのモニタ上で表示することができる。
【0043】
補正された総ヒストグラムは、より低い励起光強度のもとでのヒストグラムに匹敵する特性を有しているため、蛍光寿命の決定が可能である。
【0044】
以下では本発明を図面に基づきより詳細に説明する。
【図面の簡単な説明】
【0045】
図1】本発明による顕微鏡の一実施例を表す共焦点走査型顕微鏡を示した図
図2】問題提示の明確化のために、均一な試料の未補正の総ヒストグラムと不均一な試料の未補正の総ヒストグラムとを示した図
図3】1つの光子のみが検出された測定間隔からの光子すべてについて、関連する不感時間の影響を伴った総ヒストグラムと、補正された総ヒストグラムと、を示した図
図4】本方法の好適な実施形態での個々の処理ステップのフローチャート
図5】好適な実施形態のための顕微鏡の処理ユニット内のサブユニットを示した図
【発明を実施するための形態】
【0046】
図1に示された共焦点走査型顕微鏡1は、周期的な励起光パルスで光を放出するように構成されたパルスレーザー光源2を有する。図1中に符号3で示された励起光は、ビームスプリッタ4に入射し、このビームスプリッタ4は、励起光3を透過成分5tと反射成分5rとに分割する。
【0047】
ビームスプリッタ4を透過した励起光5tは、励起ピンホール6を通過し、次いで、ダイクロイックビームスプリッタ7において走査ユニット8の方向に反射される。走査ユニット8は、励起光5tを走査レンズ10の方向に反射するジンバル式走査ミラー9を含む。走査レンズ10およびチューブレンズ11を通過した後、励起光5tは、顕微鏡対物レンズ12に到達し、この顕微鏡対物レンズ12は、励起光5tを試料13上に導く。
【0048】
励起光5tによって照明された試料13の領域では、蛍光分子が、蛍光14を放出するために励起される。蛍光14を形成する蛍光光子は、ダイクロイックビームスプリッタ7から出発した励起光5tが試料13に到達する光路に沿って伝搬され、反対方向にビームスプリッタ7まで戻される。ビームスプリッタ7と検出ピンホール15とを通過した後、蛍光14は、次いで、第1の検出器16に到達する。第1の検出器16は、受光した蛍光14を検出器信号17に変換し、この検出器信号17は、モニタMを有する処理ユニット18に供給される。
【0049】
走査型顕微鏡1は、受光した蛍光14を検出器信号に変換する第1の検出器16に加えて、第2の検出器19を有しており、この第2の検出器19は、ビームスプリッタ4によって分岐されたビームパスに配置されている。そのため、第2の検出器19は、レーザー光源2によって放出された励起光3のうちのビームスプリッタ7によって反射された成分5rを受光する。第2の検出器19は、ビームスプリッタ4において反射された励起光5rを励起信号20に変換し、これを処理ユニット18に供給する。
【0050】
冒頭に説明したパイルアップ効果の回避のために、処理ユニット18は、本発明に従って検出器信号に基づき、例えば2つの順次連続する励起光パルスによって定められた測定間隔内で、予め定められた数の光子が識別されたか否かを決定し、検出されたすべての光子の検出時間をデータメモリに集約し、予め定められた数の検出された光子を伴う測定間隔からの光子のみの検出時間を共通の第2のデータメモリに集約し、2つのデータメモリ内の情報を1つの計算ステップで組み合わせ、この計算ステップの結果をデータメモリに格納するように構成されている。
【0051】
処理ユニット18は、さらに、走査ユニット9をそれ自体公知の方法で駆動制御するように構成されている。その他に、処理ユニット18は、表示装置M、例えばモニタを有する。
【0052】
図2は、2つのメモリ内の情報を組み合わせるための計算ステップで解決される問題を明らかにしている。図2は、均一な試料21の記録からの未補正の総ヒストグラム22と、不均一な試料23の記録からの未補正の総ヒストグラム24と、を示し、ここでは、両ケースにおいて、総励起光強度、すなわち、記録された光子の総数はほぼ同じであるが、不均一な試料23の画像には、局所的に明らかな強度最大値が存在している。図2による総ヒストグラムの異なる形態からは、総ヒストグラム内の情報のみでは、堅牢な補正を行い得るために不十分であることが明白である。従来技術による多くの方法は、総ヒストグラムに適用することはできない。なぜなら、不感時間の影響は、異なる場所における異なる成分の濃度に依存するからである。図2による例では、特に、均一な試料21を記録する際にパイルアップ効果が発生しないことが認識できる。なぜなら、このケースでは、個々の各画像ピクセルの励起光強度が(一定して)比較的低いからである。それに対して、不均一な試料23の記録では、パイルアップ効果が示される。なぜなら、そこでは、それらのピクセルが比較的高い励起光強度を受光し、最後に検出された光子の後の不感時間内に検出器に入射する光子の成分が励起光強度で増加する画像領域が存在しているからである。
【0053】
図3には、測定間隔始端26と測定間隔終端27とを有する測定間隔25、本発明に従って決定すべき典型的で理想的な総ヒストグラムf(t)(参照符号28)、および非常に高い励起光強度のもとでの未補正の総ヒストグラムM(t)(参照符号29)が示されている。
【0054】
さらなるヒストグラムM(t)(参照符号30)は、1つの光子のみが検出された測定間隔からのそれらの光子のデータのみを含む。ある時点t(参照符号31)での不感時間t(参照符号33)を伴う不感時間の影響によるM(t)(参照符号29)の強度低下は、時点t-td(参照符号32)でのM(t)(参照符号30)の強度増加と常に結び付けられている。
【0055】
補正された総ヒストグラムf(t)は、変数M(t)およびM(t)から、例えばさらに上記で提示された関係式(1)~(8)もしくは関係式(9)および(10)を使用して求めることができる。
【0056】
図4には、処理ユニット18によって実施することができる動作の一連のステップが示されている。まず、検出器信号17および20から、識別された光子ごとに検出時間が決定され、この検出時間は、光子の信号17と励起光パルスの信号20との間の時間測定を用いて決定される(これは図4では固有の方法ステップとしては示されていない)。ステップ34では、光子の検出時間を伴う一連のデータワードが生成される。ここで、データワードは、関連する光子が入射する順序で配置されている。後続するステップ35では、関連する光子の前で他の光子が測定間隔内で検出されなかったデータワードにマーキングがなされる。次いで、ステップ36では、すべてのデータワードから未補正の総ヒストグラムM(t)が生成される。この総ヒストグラムは、第1のデータメモリに格納される。続いて、ステップ37では、すべてのマーキングされたデータワードからヒストグラムM(t)が生成され、その後続のデータワードもマーキングされる。このヒストグラムM(t)は、第2のデータメモリに格納される。ステップ38では、2つのデータメモリのヒストグラムM(t)およびM(t)から、補正された総ヒストグラムf(t)が算出される。ここでは、非線形最適化法により、既に上記で導出された以下の式(8)
【数4】
のように最小化される。ここでは、補正された総ヒストグラムf(t)は、さらなるデータメモリに格納される。最後に言及したメモリからのデータはモニタに表示され、蛍光寿命の決定の際に使用される。
【0057】
図5は、本発明による方法に使用される顕微鏡1の処理ユニット18の構成部品を示す。時間測定ユニット39では、検出器信号17および励起信号20から識別された光子に関する検出時間を有するデータワードからなるデータストリームが生成される。マーキングユニット40では、関連する光子が走査間隔の第1の光子として検出されたそれらのデータワードがマーキングされる。第1のヒストグラム生成ユニット41では、未補正の総ヒストグラムM(t)が算出されて第1のメモリに格納される。第2のヒストグラム生成ユニット42では、マーキングされたデータワードからヒストグラムM(t)が生成され、それらの後続のデータワードもマーキングされる。このヒストグラムM(t)は、ヒストグラム生成ユニット42により、図5には示されていない第2のメモリに格納される。計算ユニット43では、2つのメモリからのデータが結合され、これによって、補正された総ヒストグラムf(t)が生じ、それが結果データメモリ44に格納される。結果データメモリ44からのデータは、図5には示されていないモニタ上に表示され、蛍光寿命の決定のために使用される。
【0058】
ヒストグラムM(t)、M(t)、およびf(t)が記憶される前述のメモリは、例えば、処理ユニット18の一部である、図には示されていないメモリの別個のメモリ領域として実施されている。ただし、そのような実施形態は、純粋に例示的なものとして理解すべきである。ここで保証されるべきことは、前述のヒストグラムが、上述したような自身の処理のために、それ自体任意の方法で提供されることのみである。
図1
図2
図3
図4
図5