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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-03-29
(45)【発行日】2024-04-08
(54)【発明の名称】摺動部材
(51)【国際特許分類】
   F16C 33/10 20060101AFI20240401BHJP
   F16C 33/20 20060101ALI20240401BHJP
   C10M 147/02 20060101ALI20240401BHJP
   C10M 125/02 20060101ALI20240401BHJP
   C10M 125/22 20060101ALI20240401BHJP
   C10M 125/26 20060101ALI20240401BHJP
   C23C 28/00 20060101ALI20240401BHJP
   C08L 101/00 20060101ALI20240401BHJP
   C08K 3/04 20060101ALI20240401BHJP
   C08K 3/01 20180101ALI20240401BHJP
   C08K 3/38 20060101ALI20240401BHJP
   C08K 3/22 20060101ALI20240401BHJP
   C08K 3/30 20060101ALI20240401BHJP
   C08L 27/18 20060101ALI20240401BHJP
   F16C 9/02 20060101ALN20240401BHJP
   C10N 50/08 20060101ALN20240401BHJP
   C10N 10/12 20060101ALN20240401BHJP
   C10N 30/06 20060101ALN20240401BHJP
   C10N 40/25 20060101ALN20240401BHJP
【FI】
F16C33/10 Z
F16C33/20 Z
C10M147/02
C10M125/02
C10M125/22
C10M125/26
C23C28/00 A
C08L101/00
C08K3/04
C08K3/01
C08K3/38
C08K3/22
C08K3/30
C08L27/18
F16C9/02
C10N50:08
C10N10:12
C10N30:06
C10N40:25
【請求項の数】 3
(21)【出願番号】P 2022044740
(22)【出願日】2022-03-18
(62)【分割の表示】P 2018055377の分割
【原出願日】2018-03-22
(65)【公開番号】P2022089823
(43)【公開日】2022-06-16
【審査請求日】2022-03-22
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】591001282
【氏名又は名称】大同メタル工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100095577
【弁理士】
【氏名又は名称】小西 富雅
(72)【発明者】
【氏名】二村 健治
(72)【発明者】
【氏名】安田 絵里奈
【審査官】鷲巣 直哉
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2014/181562(WO,A1)
【文献】特開2017-214996(JP,A)
【文献】特開2010-162528(JP,A)
【文献】特開2012-167809(JP,A)
【文献】特開2009-220103(JP,A)
【文献】特開2005-226784(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F16C 33/10
F16C 33/20
C10M 147/02
C10M 125/02
C10M 125/22
C10M 125/26
C23C 28/00
C08L 101/00
C08K 3/04
C08K 3/01
C08K 3/38
C08K 3/22
C08K 3/30
C08L 27/18
F16C 9/02
C10N 50/08
C10N 10/12
C10N 30/06
C10N 40/25
F16C 33/10
F16C 33/20
C10M 147/02
C10M 125/02
C10M 125/22
C10M 125/26
C23C 28/00
C08L 101/00
C08K 3/04
C08K 3/01
C08K 3/38
C08K 3/22
C08K 3/30
C08L 27/18
F16C 9/02
C10N 50/08
C10N 10/12
C10N 30/06
C10N 40/25
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材の表面に樹脂層を設けた摺動部材であって、
前記樹脂層の表面粗化率が1.05以上~1.07であり、
前記樹脂層の局部山頂の平均間隔(s)が2μm以上かつ12μm以下の範囲に含まれ、前記樹脂層の平均高さ(Rc)が0.5μm以上かつ5.0μm以下の範囲に含まれる、摺動部材。
【請求項2】
前記樹脂層の局部山頂の平均間隔(s)が2μm以上かつ10μm以下の範囲に含まれ、前記樹脂層の平均高さ(Rc)が0.5μm以上かつ3.0μm以下の範囲に含まれる、請求項1に記載の摺動部材。
【請求項3】
前記樹脂層は第1固体潤滑剤と第2固体潤滑剤を含み、
前記第1固体潤滑剤はグラファイト、h-窒化ホウ素、三酸化モリブデンのうちの少なくとも一種を含み、
前記第2固体潤滑剤は二硫化モリブデン、二硫化タングステン、ポリテトラフルオロエチレンのうちの少なくとも一種を含む、請求項1又は2に記載の摺動部材。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は摺動部材に関し、より詳しくは、摺動面を成す樹脂層を有する摺動部材に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車等の内燃機関に適用されるすべり軸受の摺動面には高い耐摩耗性や耐焼付性が求められる。その対策として、従来、軸受の内周面に潤滑性を有する樹脂層を設けたり、軸の回転時に軸と軸受の間に潤滑油を保持するために、軸受の摺動面に油溝等の空間を設けたりすることが行われている。
特許文献1(特開2015-183799号公報)には、筒状の基材の内周面に設けられた撥油性の第1樹脂層と、第1樹脂層よりも弾性率の小さい材料で形成された親油性の第2樹脂層とを有し、第1樹脂層および第2樹脂層が面圧を受けた状態で、第2樹脂層が第1樹脂層よりも凹むことで摺動面に溝が形成される軸受が記載されている(特許文献1の請求項1、明細書の段落[0026]、図4参照)。特許文献1の技術は、軸が回転して油膜の圧力が上昇したときに親油性の第2樹脂層により形成される溝に潤滑油が保持され易く、軸が回転していないときには潤滑油が撥油性の第1樹脂層の第1接触面にも放出され易いという構成により、軸と軸受の摩耗や焼付を抑制することを意図している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特開2015-183799号公報
【文献】特開2007-255312号公報
【文献】特開2010-162528号公報
【文献】特開2012-167809号公報
【文献】特開2009-220103号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
特許文献1の技術は、油膜の圧力が6MPa(メガパスカル)となる軸受を適用の対象としたものであり、軸受の具体的な例として、冷媒を使用した圧縮機、特にスクロール式圧縮機や斜板式圧縮機などの軸受が挙げられている(特許文献1の明細書の段落[0029]参照)。そのため、仮に特許文献1の技術を自動車等の内燃機関のすべり軸受に適用しようとすると、内燃機関の実際の使用状況で発生する高い面圧(約10~20MPa)の下においては、撥油性の高い第1樹脂層の第1接触面に対する潤滑油の供給が不足し、その結果、軸と軸受の間の油膜が破断され、軸や軸受の摩耗や焼付が発生する虞がある。
【0005】
本発明は上記問題を解決するためになされたものであって、その目的は、自動車等の内燃機関用として、良好な摺動特性を備える摺動部材を提供することにある。即ち、摺動部材の摺動面を成す樹脂層の表面性状を調整することにより当該摺動面の親油性、すなわち潤滑油による濡れ性を高める。これにより摺動面の全面に潤滑油が行き渡りやすくなって潤滑油の破断が防止され、ひいては、摺動部材および相手側摺動部材の摩耗や焼付を効果的に防止できる、即ち良好な摺動特性を備える摺動部材を提供できる。
【0006】
本発明の発明者らは上記課題を解決するために鋭意検討を重ねた結果、下記のように本発明の各局面に想到した。
すなわち、本発明の第1の局面による摺動部材は、基材の表面に樹脂層を設けた摺動部材であって、樹脂層の表面粗化率が1.05以上である。
このような構成によれば、摺動面における潤滑油の濡れ性を向上させることができ、もって、摺動面の摺動特性が向上する。
また、本発明の第2の局面によれば、上記の摺動部材において、樹脂層の表面粗化率が1.07以上である。これによれば、摺動面の摺動特性をより向上させられる。
【0007】
また、本発明の第3の局面によれば、第1又は第2の局面に規定された摺動部材において、樹脂層の局部山頂の平均間隔(s)が2μm以上かつ12μm以下の範囲に含まれる。
このような構成は摺動面における潤滑油の濡れ性の向上に寄与し、即ち、摺動面の摺動特性の向上に寄与する。
更に、本発明の第4の局面によれば、第1又は第2の局面に規定された摺動部材において、樹脂層の平均高さ(Rc)が0.5μm以上かつ5.0μm以下の範囲に含まれる。かかる構成も、摺動面における潤滑油の濡れ性の向上に寄与し、即ち、摺動面の摺動特性の向上に寄与する。
なお、第3及び第4の局面の各要件を兼ね備えるもの、即ち、樹脂層の局部山頂の平均間隔(s)が2μm以上かつ12μm以下の範囲に含まれ、かつ樹脂層の平均高さ(Rc)が0.5μm以上かつ5.0μm以下の範囲に含まれるもの(第5の局面)によれば、摺動面における潤滑油の濡れ性が更に向上し、もって、摺動面により高い摺動特性を確保できる。
【0008】
この発明の第6の局面は次のように規定される。即ち、第5の局面に規定の摺動部材において、樹脂層の局部山頂の平均間隔(s)を2μm以上かつ10μm以下とし、かつ樹脂層の平均高さ(Rc)を0.5μm以上かつ3.0μm以下とする。
このように規定される第6の局面に規定の摺動部材によれば、第5の局面に規定の摺動部材に比べて、摺動面における潤滑油の濡れ性がより一層向上し、もって摺動面の摺動特性もより一層向上する。
【0009】
また、本発明の第7の局面によれば、上記の摺動部材において、樹脂層は高耐熱性の第1固体潤滑剤と、高潤滑性の第2固体潤滑剤を含み、第1固体潤滑剤の第2固体潤滑剤に対する体積割合が0.1以上かつ4.0以下の範囲に含まれる。
このような構成によれば、摩擦による高温環境下においても高耐熱性の第1固体潤滑剤により摺動部材と相手側摺動部材の間の良好な潤滑性が保たれるとともに、高潤滑性の第2固体潤滑剤により摺動部材と相手側摺動部材の摩擦が低減され、摩擦による温度上昇が抑制される。これにより、摩耗や焼付を効果的に防止できる。即ち、摺動特性が向上する。
また、本発明の第8の局面によれば、第7の局面に記載の摺動部材において、第1固体潤滑剤の第2固体潤滑剤に対する体積割合が0.5以上かつ2.6以下の範囲に含まれる。これによれば、その摺動面の摺動特性が更に向上する。
【0010】
また、本発明の第9の局面によれば、上記の摺動部材において、第2固体潤滑剤は二硫化モリブデン、二硫化タングステン、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)のうちの少なくとも一種を含む。
また、本発明の第10の局面によれば、上記の摺動部材において、第1固体潤滑剤はグラファイト、h-窒化ホウ素(h-BN)、三酸化モリブデンのうちの少なくとも一種を含む。
これらの構成により、上記した効果を好適に発揮できる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1図1は本発明の一実施形態による摺動部材の断面の一部を模式的に示す図である。
図2図2の(A)は一実施形態による摺動部材の摺動面における潤滑油による濡れの状態を模式的に示す図であり、(B)は比較例の摺動部材の摺動面における潤滑油による濡れの状態を模式的に示す図である。
図3図3の(A)は一実施形態による摺動部材の摺動面における潤滑油による濡れの拡張の状態を模式的に示す図であり、(B)、(C)は比較例の摺動部材の摺動面における潤滑油による濡れの拡張の状態を模式的に示す図である。
図4図4は一実施形態による摺動部材の製造方法を説明するための説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明を具体化した一実施形態に係る摺動部材1について、添付の図面を参照しながら説明する。摺動部材1としては例えば自動車等の内燃機関に用いられるすべり軸受が例示できる。
図1(A)は、本発明の一実施形態による摺動部材1の摺動面21付近の断面を模式的に示す図である。摺動部材1は、基材層10の摺動面21側の表面に摺動用樹脂組成物からなる樹脂層20を積層した構成である。図1の上下方向が各層の厚さ方向である。基材層10は鋼板層11を備え、鋼板層11の表面(摺動面21側の表面)にアルミニウム(Al)、銅(Cu)、錫(Sn)等の合金からなる合金層12が設けられる。
【0013】
樹脂層20を構成する樹脂組成物は樹脂バインダおよび固体潤滑剤を含む。樹脂組成物において、樹脂バインダは、樹脂層20を基材層10に結合するとともに、固体潤滑剤を固定する。この樹脂バインダに採用する樹脂材料は摺動部材1の用途等に応じて適宜選択可能であるが、自動車等の内燃機関に適用する場合は、ポリイミド樹脂、ポリアミドイミド樹脂、エポキシ樹脂、フェノール樹脂、ポリアミド樹脂、フッ素樹脂、およびエラストマーの一種以上を採用でき、ポリマーアロイであっても良い。
【0014】
樹脂層20の厚さは任意に設定可能であるが、例えば1μm以上かつ20μm以下とすることができる。樹脂層20の積層方法としては例えば、パッド印刷法、スクリーン印刷法、スプレーコート法(エアスプレー法、エアレススプレー法)、静電塗装法、タンブリング法、スクイズ法、ロール法、ロールコート法等を採用できる。ただし、本発明の実施に際して特に好ましい方法については後述する。
【0015】
固体潤滑剤の種類は摺動部材1の用途に応じて適宜選択できる。例えば、グラファイト、h-窒化ホウ素(h-BN)、三酸化モリブデン、二硫化モリブデン、二硫化タングステン、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)、メラミンシアヌレート、フッ化カーボン、フタロシアニン、グラフェンナノプレートレット、フラーレン、超高分子量ポリエチレン(三井化学製、商標名「ミペロン」)、Nε-ラウロイル-L-リジン(味の素製、商標名「アミホープ」)等の1種以上を選択できる。本発明の実施に際して特に好ましい固体潤滑剤の種類および配合量については後述する。
【0016】
図1(B)は図1(A)の樹脂層20のうち一点鎖線IBで囲む摺動面21の近傍部分を拡大して示す断面図である。図1(B)に示す様に、摺動部材1の樹脂層20の表面である摺動面21には微細な凹凸が形成されている。本実施形態の摺動部材1においては、この摺動面21の微細な凹凸の形状を制御することで、摺動部材1および相手側摺動部材の摩耗や焼付を防止するのに適した摺動面21の撥油性もしくは親油性(すなわち、潤滑油による濡れ性)を実現している。より具体的には、樹脂層20の摺動面21の表面粗化率、摺動面21上の局部山頂の平均間隔(s)および平均高さ(Rc)を制御しており、以下、これらについて説明する。
【0017】
(摺動面21の表面粗化率)
表面粗化率とは一般に表面積率とも称され、指定した領域の面積と試料の表面形状によって生じる表面積の比率(表面積/面積)で表される。本実施形態においては、樹脂層20の摺動面21を、その表面粗化率が1.05以上、より好ましくは1.07以上となるように形成している。表面粗化率の上限値としては1.1が例示できる。1.1を超えると、充分な油膜厚さが確保できなくなる可能性がある。
後に複数の実施例と比較例に基づき説明するように、本発明の発明者らが行った試験により、樹脂層20の摺動面21の表面粗化率が1.05以上のとき、特に表面粗化率が1.07以上のときに、摺動面21上における潤滑油による濡れ性が向上することが判明した。これは、次の式1に示すWenzelの式によるものと考えられる。
【0018】
【数1】

上記の式1において、各記号の意味するところは次のとおりである。

r:表面粗化率
Φ:粗面上での接触角
θ:平滑面上での接触角
γLG:液体・気体界面にはたらく表面張力
γSL:固体・液体界面にはたらく表面張力
γSG:固体・気体界面にはたらく表面張力

上記の式1より、θ<90°のときφ<θであることから、濡れ易い面は粗面にすることでより濡れ易くなることが分かる。よって、濡れ易い摺動面21において表面粗化率が高くなるにつれて摺動面21の濡れ性は向上し、潤滑油が摺動面21全域に濡れ拡がり易くなることが分かる。
【0019】
図2(A)には本実施形態の摺動面21上において潤滑油aによる濡れが生じている状態を模式的な断面図により示し、図2(B)には比較例による摺動部材の樹脂層20’の摺動面上において潤滑油aによる濡れが生じている状態を模式的な断面図により示す。図2(A)に示す摺動面21の表面粗化率は1.05以上であり、図2(B)に示す摺動面の表面粗化率は1.05未満であるとする。図2(A)に示す摺動面21上の潤滑油滴の接触角Φは図2(B)に示す摺動面上の潤滑油滴の接触角Φ’よりも小さくなっており、図2(A)の摺動面21の方が図2(B)の摺動面よりも濡れ性が向上し、潤滑油aが濡れ広がり易くなっている。
【0020】
(摺動面21の局部山頂の平均間隔(s))
JIS B0601 1994によれば、局部山頂の平均間隔(s)は、粗さ曲線より基準長さ(L)だけ抜き取り、この抜き取り部分において、隣り合う局部山頂間に対応する平均線の長さを求め、この多数の局部山頂の間隔の算術平均値を表したものとして定義される。本実施形態の摺動部材1においては、樹脂層20の摺動面21は、摺動面21における局部山頂の平均間隔(s)が2μm以上かつ12μm以下の範囲、より好ましくは2μm以上かつ10μm以下の範囲に含まれるように形成される。このように局部山頂の平均間隔(s)が2μm以上かつ12μm以下の範囲、より好ましくは2μm以上かつ10μm以下の範囲に含まれる摺動面21の断面図を図3(A)に模式的に示す。これにより、潤滑油aの濡れの拡張が摺動面21上を伝って好適に生じている。図2(A)においては潤滑油aの濡れの拡張が発生している範囲を両矢印IIIAによって示している。このような潤滑油aの濡れの拡張は毛細管現象によるものと考えられ、摺動面21の局部山頂の平均間隔(s)が12μm以下の場合、局部山頂間の谷における毛細管現象によって生じ易くなる。局部山頂間の間隔が狭くなる程その効果がより顕著となる。
一方、図3(B)の比較例の樹脂層20’の摺動面のように局部山頂の間隔が大きい場合は、潤滑油aが局部山頂間の谷の中で留まってしまい、潤滑油aの濡れの拡張が効果的に生じない。
【0021】
(平均高さ(Rc))
JIS B0601 2001によれば、平均高さ(Rc)とは基準長さにおける輪郭曲線要素の高さの平均値として定義される。本実施形態の樹脂層20の摺動面21は、平均高さ(Rc)が0.5μm以上かつ5.0μm以下の範囲、より好ましくは0.5μm以上かつ3.0μm以下の範囲に含まれるように形成される。図3(A)に示す摺動面21においては、平均高さ(Rc)が0.5μm以上かつ5.0μm以下の範囲、より好ましくは0.5μm以上かつ3.0μm以下の範囲に含まれるものとする。これにより、潤滑油aの濡れの拡張が摺動面21上を伝って好適に生じている。
一方、図3(C)の比較例の樹脂層20”の摺動面のように平均高さ(Rc)が大きいと山頂間の谷が油溜まりとしての効果を発揮するため、潤滑油aの濡れの拡張が生じ難くなる。
以上のような構成により、本実施形態の摺動部材1においては、潤滑油が摺動面21全体に拡張し易く、耐焼付性が向上する。
【0022】
(摺動部材1の製造方法)
次に、本実施形態の摺動部材1の製造方法として、基材10の表面に樹脂層20を形成する際に、摺動面21の表面粗化率と、局部山頂の平均間隔(s)ならびに平均高さ(Rc)を調整する方法について説明する。
(表面粗化率の調整方法)
まず、図4(A)に示す様に、基材10の表面に、その表面形状に関わらず一定の高さで平滑になるように樹脂層20の材料の塗料を塗布する。このときの塗布方法は特に限定されず、基材10が変形しない程度であれば、樹脂層20の材料の塗料を塗布した後に所定の荷重を押しつけることで平滑にしてもよい。
次に、図4(B)に示す様に、図4(A)で形成した層の上に、比較的低粘度の塗料をスプレーコート法にて塗布する。スプレーコート法を採用する利点として、塗料が霧化状態になった後に塗布されるため表面粗化率が制御し易いことが挙げられる。塗料の粘度を下げることで霧化される塗料の粒が小さくなり、樹脂層20の最表面の表面粗化率を増大することができる。また、塗布から乾燥するまでの時間を長くなることで、塗膜が表面に倣うため、表面粗化率は小さくなる。そのため、乾燥時間を短くすることにより、表面粗化率を大きくすることができる。このように、本実施形態においては、任意の表面粗化率を達成するため、樹脂層20の材料の塗料の粘度を調整し、樹脂層20の最表層の形成にスプレーコート法を採用し、その乾燥時間を調整することで表面粗化率を調整している。
【0023】
(局部山頂の平均間隔(s)の調整方法)
本実施形態においては、摺動面21の局部山頂の平均間隔(s)の調整は、塗料の粘度を調整することにより行われる。調整のメカニズムについては上述した表面粗化率の調整と基本的に同じである。すなわち、樹脂層20の材料の塗料の粘度を下げることで、霧化された塗料の粒が小さくなり、局部山頂の平均間隔(s)は小さくなる。反対に、樹脂層20の材料の塗料の粘度を上げることで、霧化された塗料の粒が大きくなり、局部山頂の平均間隔(s)は大きくなる。
【0024】
(平均高さ(Rc)の調整方法)
本実施形態においては、摺動面21の平均高さ(Rc)の調整は、樹脂層20の最終塗布厚さを制御することにより行われる。任意の膜厚(例えば5μm)の樹脂層20を塗料の塗布により形成する場合、まずは図4(A)に示す様に4.5μmの膜厚の下層を塗料の塗布により形成した後で、その上に図4(B)に示す様に0.5μm以下の薄膜の最表層を塗料の塗布により形成する。このとき、樹脂層20の最表面の平均高さは最終塗布時の膜厚に依存するため、最終塗布時の膜厚を制御することで任意の平均高さ(Rc)を得ることができる。すなわち、樹脂層20を形成する際の最終塗布時の膜厚を薄くすることで平均高さ(Rc)は小さくなり、膜厚を厚くすることで平均高さ(Rc)は大きくなる。加えて、摺動部材1が円筒状のすべり軸受等で内周側に摺動面21を形成する場合には、塗膜が乾燥するまでの間に、遠心力を加えることにより、その力により塗膜が円周方向に引っ張られる。そのため、山頂が低くなり平均高さ(Rc)が小さくなる。これらの方法を適宜合わせることで平均高さ(Rc)を調整する。
【0025】
(樹脂層20の材料)
本実施形態の樹脂層20は、固体潤滑剤として、耐熱性に優れた第1固体潤滑剤と、潤滑性に優れた第2固体潤滑剤とを含む。すなわち、樹脂層20に含まれる第1固体潤滑剤は第2固体潤滑剤よりも高い耐熱性を有し、第2固体潤滑剤は第1固体潤滑剤よりも高い潤滑性を有する。第2固体潤滑剤として例えば二硫化モリブデン(MoS)、二硫化タングステン(WS)、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)の一種以上を含むものとしてもよい。また、第1固体潤滑剤の第2固体潤滑剤に対する含有比率が体積比で0.1以上かつ4.0以下の範囲、より好ましくは0.5以上かつ2.6以下の範囲に含まれるようにしている。第1固体潤滑剤は例えばグラファイト(Gr)、h-窒化ホウ素(h-BN)、三酸化モリブデン(MoO)のうちの一種以上を含むものとしてもよい。
【0026】
このように、本実施形態の樹脂層20は、耐熱性に優れた第1固体潤滑剤を含むため、高温環境下での摺動特性が優れる。そのため、摺動部材1と相手側摺動部材とが接触、発熱し高温環境下になった場合でも摺動特性に優れるため、耐摩耗性、非焼付性が向上する。
また、樹脂層20は二硫化モリブデン、二硫化タングステン、ポリテトラフルオロエチレン等の潤滑性に特に優れた第2固体潤滑剤を含むため摺動特性が良好で、摺動面温度の上昇が抑制される。そのため、耐摩耗性、耐焼付性が向上する。
更に、第1固体潤滑剤の第2固体潤滑剤に対する含有体積比率が0.1以上かつ4.0以下の範囲、より好ましくは0.5以上かつ2.6以下の範囲に含まれるようにすることで、耐焼付性が向上する。これは第1固体潤滑剤の作用により高温環境下での摺動特性が優れ、第2固体潤滑剤により摺動面温度の上昇が抑制されるためである。
【0027】
(実施例)
本発明の効果を検証するために、以下に記載する試験条件下で焼付試験を実施した。この試験は、摺動部材1としてすべり軸受を、相手側摺動部材として軸を準備し、両者を摺動させてトルクが一定以上となったときを焼付と判定し、そのときに計測される面圧を試験結果として得て、サンプルの耐焼付性を評価するものである。
【0028】
(試験条件)
試験に共通する条件は次のとおりである。なお、各実施例および比較例における樹脂層の材料の塗料の粘度(塗料粘度(mPa・s))、樹脂層を形成する際に塗料を乾燥させる温度(乾燥温度(℃))、樹脂層の最終塗布膜厚(μm)は、図5の表中に記載したとおりである。図5の表中における第1固体潤滑剤、第2固体潤滑剤の「体積%」は樹脂層20を形成する揮発成分を除いた塗料に含まれる第1固体潤滑剤、第2固体潤滑剤それぞれの体積割合を表す。

潤滑油:5W-30
回転数:3600rpm
給油圧力:0.4~0.5MPa
軸材質:S45C
【0029】
(表面粗化率の計測方法)
軸受の摺動面の表面粗化率を計測するため、レーザ顕微鏡(キーエンス製VK-X200)にて700μm×500μmの視野で表面状態を測定し、付属の解析アプリケーション(VK-H1XA)にて解析を行った。解析アプリケーションの体積・面積計測より、表面粗化率(表面積率)を計算した。軸受形状の影響を除去するために解析時には高さスムージングを行っている。
(局部山頂の平均間隔(s)および平均高さ(Rc)の計測方法)
上記したレーザ顕微鏡ならびにアプリケーションにて測定ならびに解析を行うことで、摺動面の局部山頂の平均間隔(s)および平均高さ(Rc)を計測した。
【0030】
以上の条件ならびに計測方法により試験を行った結果を、表1に比較例1~3、実施例4~19および比較例として示す。
【表1】
【0031】
これらの実施例および比較例のそれぞれが次の条件I-1~IV-2を満たすか否かに着目して考察することで、これらの条件の効果を検証する。

条件I-1:摺動面の表面粗化率が1.05以上である。
条件I-2:摺動面の表面粗化率が1.07以上である。
条件II-1:摺動面の局部山頂の平均間隔(s)が2μm以上かつ12μm以下の範囲に含まれる。
条件II-2:摺動面の局部山頂の平均間隔(s)が2μm以上かつ10μm以下の範囲に含まれる。
条件III-1:摺動面の平均高さ(Rc)が0.5μm以上かつ5.0μm以下の範囲に含まれる。
条件III-2:摺動面の平均高さ(Rc)が0.5μm以上かつ3.0μm以下の範囲に含まれる。
条件IV-1:第1固体潤滑剤の第2固体潤滑剤に対する体積割合が0.1以上かつ4.0以下の範囲に含まれる。
条件IV-2:第1固体潤滑剤の第2固体潤滑剤に対する体積割合が0.5以上かつ2.6以下の範囲に含まれる。
【0032】
条件I-1~IV-2のいずれも満たさない比較例と、条件I-1を満たす比較例1とを比較すると、比較例の焼付時面圧(試験結果)の30MPaに対して比較例1の焼付時面圧は50MPaであり、条件I-1による耐焼付性向上、即ち摺動特性向上の効果が示された。
比較例1と、条件I-2を満たす比較例2、3とを比較すると、比較例2、3の焼付時面圧は52.5MPaであり、耐焼付性の更なる向上が見られた。
【0033】
条件I-1、II-1及びIII-1を満たす実施例4の焼付時面圧は60MPaであり、条件I―1、I―2のみを満足する場合(比較例1~3)に比べて耐焼付性の向上が示された。
実施例4において、条件II-1をII-2にしたとき(実施例5)、条件III-1を条件III-2にしたとき(実施例6)には、耐焼付性の更なる向上はみられなかった。しかしながら、条件II-2と条件III-2とを両立させると、耐焼付性の一段の向上が見られた(実施例7、8)
【0034】
条件I-1、II-2、III-2、IV-1を満たす実施例9、11の焼付時面圧は70MPaであり、実施例7、8と比べた耐焼付性の更なる向上が示された。
条件I-1、II-2、III-2、IV-2を満たす実施例10、12~19の焼付時面圧は72.5MPaであり、実施例9、11と比べて耐焼付性の更なる向上が示された。
【0035】
本発明は、上記の各局面、実施形態、実施例の説明に何ら限定されるものではない。特許請求の範囲の記載を逸脱せず、当業者が容易に想到できる範囲で種々の変形態様も本発明に含まれる。
【0036】
(1)
基材の表面に樹脂層を設けた摺動部材であって、
前記樹脂層の表面粗化率が1.05以上かつ1.1以下(ただし、1.1は除く)である、摺動部材。
(2)
前記樹脂層の表面粗化率が1.07以上かつ1.1以下(ただし、1.1は除く)である、(1)に記載の摺動部材。
(3)
前記樹脂層の局部山頂の平均間隔(s)が2μm以上かつ12μm以下の範囲に含まれる、(1)または(2)に記載の摺動部材。
(4)
前記樹脂層の平均高さ(Rc)が0.5μm以上かつ5.0μm以下の範囲に含まれる、(1)または(2)に記載の摺動部材。
(5)
前記樹脂層の局部山頂の平均間隔(s)が2μm以上かつ12μm以下の範囲に含まれ、前記樹脂層の平均高さ(Rc)が0.5μm以上かつ5.0μm以下の範囲に含まれる、(1)又は(2)に記載の摺動部材。
(6)
前記樹脂層の局部山頂の平均間隔(s)が2μm以上かつ10μm以下の範囲に含まれ、前記樹脂層の平均高さ(Rc)が0.5μm以上かつ3.0μm以下の範囲に含まれる、(5)に記載の摺動部材。
(7)
前記樹脂層は高耐熱性の第1固体潤滑剤と、高潤滑性の第2固体潤滑剤を含み、
前記第1固体潤滑剤の前記第2固体潤滑剤に対する体積割合が0.1以上かつ4.0以下の範囲に含まれる、(1)~(6)のいずれか一項に記載の摺動部材。
(8)
前記樹脂層は高耐熱性の第1固体潤滑剤と、高潤滑性の第2固体潤滑剤を含み、
前記第1固体潤滑剤の前記第2固体潤滑剤に対する体積割合が0.5以上かつ2.6以下の範囲に含まれる、(1)~(6)のいずれか一項に記載の摺動部材。
(9)
前記第2固体潤滑剤は二硫化モリブデン、二硫化タングステン、ポリテトラフルオロエチレンのうちの少なくとも一種を含む、(7)または(8)に記載の摺動部材。
(10)
前記第1固体潤滑剤はグラファイト、h-窒化ホウ素、三酸化モリブデンのうちの少なくとも一種を含む、(7)~(9)のいずれか一項に記載の摺動部材。
(11)
基材の表面に樹脂層を設けた摺動部材であって、
前記樹脂層の表面粗化率が1.05以上であり、
前記樹脂層は高耐熱性の第1固体潤滑剤と、高潤滑性の第2固体潤滑剤を含み、
前記第1固体潤滑剤の前記第2固体潤滑剤に対する体積割合が0.1以上かつ4.0以下の範囲に含まれる、摺動部材。
(12)
基材の表面に樹脂層を設けた摺動部材であって、
前記樹脂層の表面粗化率が1.05以上であり、
前記樹脂層は高耐熱性の第1固体潤滑剤と、高潤滑性の第2固体潤滑剤を含み、
前記第1固体潤滑剤の前記第2固体潤滑剤に対する体積割合が0.5以上かつ2.6以下の範囲に含まれる、摺動部材。
(13)
前記第2固体潤滑剤は二硫化モリブデン、二硫化タングステン、ポリテトラフルオロエチレンのうちの少なくとも一種を含む、(11)または(12)に記載の摺動部材。
(14)
前記第1固体潤滑剤はグラファイト、h-窒化ホウ素、三酸化モリブデンのうちの少なくとも一種を含む、(11)~(13)のいずれか一項に記載の摺動部材。
【符号の説明】
【0037】
1 摺動部材
10 基材層
11 鋼板層
12 合金層
20 樹脂層
21 摺動面
a 潤滑油
図1
図2
図3
図4