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  • 特許-被覆切削工具 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-04-01
(45)【発行日】2024-04-09
(54)【発明の名称】被覆切削工具
(51)【国際特許分類】
   B23B 27/14 20060101AFI20240402BHJP
   C23C 14/06 20060101ALI20240402BHJP
【FI】
B23B27/14 A
C23C14/06 A
C23C14/06 C
C23C14/06 P
【請求項の数】 7
(21)【出願番号】P 2020191615
(22)【出願日】2020-11-18
(65)【公開番号】P2022080501
(43)【公開日】2022-05-30
【審査請求日】2023-07-11
(73)【特許権者】
【識別番号】000221144
【氏名又は名称】株式会社タンガロイ
(74)【代理人】
【識別番号】100079108
【弁理士】
【氏名又は名称】稲葉 良幸
(74)【代理人】
【識別番号】100109346
【弁理士】
【氏名又は名称】大貫 敏史
(74)【代理人】
【識別番号】100117189
【弁理士】
【氏名又は名称】江口 昭彦
(74)【代理人】
【識別番号】100134120
【弁理士】
【氏名又は名称】内藤 和彦
(72)【発明者】
【氏名】片桐 隆雄
【審査官】山本 忠博
(56)【参考文献】
【文献】特開2008-093760(JP,A)
【文献】国際公開第2010/150335(WO,A1)
【文献】特開2008-279563(JP,A)
【文献】特開2017-013145(JP,A)
【文献】特開2012-139795(JP,A)
【文献】特開2020-089923(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2013/0040119(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23B 27/14,51/00;
B23C 5/16;
B23P 15/28;
C23C 14/00-14/58,16/00-16/56
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材と前記基材の表面に形成された被覆層とを含み、
前記被覆層は、前記基材側から表面側に向かって、第1層、第2層及び第3層をこの順で有し、
前記第1層は、下記式(1)で表される組成からなる化合物層であり、
(TixAl1-x)N (1)
[式(1)中、xはTi元素とAl元素との合計に対するTi元素の原子比を表し、0.25≦x≦0.75を満足する。]
前記第1層の粒子の平均粒径が、100nm以上500nm以下であり、
前記第1層の平均厚さが、1.0μm以上8.0μm以下であり、
前記第2層は、TiB2からなる化合物層であり、
前記第2層の粒子の平均粒径が、1nm以上10nm以下であり、
前記第2層の平均厚さが、0.2μm以上1.0μm以下であり、
前記第3層は、下記式(2)で表される組成からなる化合物層であり、
(TiyAl1-y)N (2)
[式(1)中、yはTi元素とAl元素との合計に対するTi元素の原子比を表し、0.25≦y≦0.75を満足する。]
前記第3層の粒子は、アスペクト比が2.0以上の柱状晶であり、
前記第3層の粒子の平均粒径が、10nm以上50nm以下であり、
前記第3層の平均厚さが0.2μm以上1.0μm以下である、被覆切削工具。
【請求項2】
前記被覆層全体の平均厚さが、1.4μm以上10.0μm以下である、請求項1に記載の被覆切削工具。
【請求項3】
前記被覆層の硬さが、35GPa以上55GPa以下である、請求項1又は2に記載の被覆切削工具。
【請求項4】
前記被覆層の圧縮応力が、2.0GPa以上10.0GPa以下である、請求項1~3のいずれか一項に記載の被覆切削工具。
【請求項5】
前記被覆層は、前記基材と前記第1層との間に、下部層を有し、
前記下部層は、Ti、Zr、Hf、V、Nb、Ta、Cr、Mo、W、Al、Si及びYからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素と、C、N、O及びBからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素とからなる化合物(ただし、前記式(1)で表される組成からなる化合物を除く。)の単層又は多層であり、
前記下部層の平均厚さは、0.1μm以上3.5μm以下である、請求項1~4のいずれか1項に記載の被覆切削工具。
【請求項6】
前記被覆層は、前記第3層における前記基材と反対側の表面に、上部層を有し、
前記上部層は、Ti、Zr、Hf、V、Nb、Ta、Cr、Mo、W、Al、Si及びYからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素と、C、N、O及びBからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素とからなる化合物(ただし、前記式(2)で表される組成からなる化合物を除く。)の単層又は多層であり、
前記上部層の平均厚さは、0.1μm以上3.5μm以下である、請求項1~5のいずれか1項に記載の被覆切削工具。
【請求項7】
前記基材は、超硬合金、サーメット、セラミックス又は立方晶窒化硼素焼結体のいずれかである、請求項1~6のいずれか一項に記載の被覆切削工具。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、被覆切削工具に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、鋼などの切削加工には超硬合金や立方晶窒化硼素(cBN)焼結体からなる切削工具が広く用いられている。中でも超硬合金基材の表面にTiN層、TiAlN層などの硬質被覆膜を1又は2以上含む表面被覆切削工具は汎用性の高さから様々な加工に使用されている。
【0003】
例えば、特許文献1では、被覆切削工具が基材上に(AlaTibc)X[但し、MはZr、Hf、V、Nb、Ta、Cr、Mo、W、Y、B及びSiからなる群より選択された少なくとも1種の元素を表し、XはC、N及びOからなる群より選択された少なくとも1種の元素を表し、aはAl元素とTi元素とM元素との合計に対するAl元素の原子比を表し、bはAl元素とTi元素とM元素との合計に対するTi元素の原子比を表し、cはAl元素とTi元素とM元素との合計に対するM元素の原子比を表し、a、b、cは、0.30≦a≦0.65、0.35≦b≦0.70、0≦c≦0.20、a+b+c=1を満足する。]と表される層を有し、該層の平均粒径を200nmよりも大きくすることで、従来よりも耐摩耗性が向上することが提案されている。
【0004】
また、例えば、特許文献2では、切削工具が基材上にTiB2層からなる下部層と、TiB2層とTiN層との2相混合層からなる中間層と、(Al1-xTix)N[0.35≦X≦0.7]であるTiとAlとの複合窒化物層からなる上部層で構成されることを特徴としており、該被膜層を蒸着した切削工具は従来よりも耐欠損性、耐摩耗性に優れることが提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】国際公開第2014/136755号
【文献】特許第5293330号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
近年のステンレス鋼などの難削材旋削加工は高速化および高送り化の傾向にあり、従来よりも切削条件が厳しくなる傾向の中で、これまでより刃先が高温になりやすいため、高温安定性が求められ、さらには耐摩耗性及び耐欠損性も向上させ、工具寿命を延長することが求められている。上記特許文献1の層は全体として平均粒径が200nmよりも大きいことから、優れた耐摩耗性を発揮する一方で、突発的な欠損やチッピングを生じやすいことが予想される。上記特許文献2の切削工具は基材上にTiB2層が成膜されており、基材との密着性が低下しやすく、切削加工時における密着性が不十分であることにより、工具寿命を長くし難い。
【0007】
本発明は、上記事情に鑑みてなされたものであり、耐摩耗性及び耐欠損性を向上させた工具寿命の長い被覆切削工具を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者は被覆切削工具の工具寿命の延長について研究を重ねたところ、被覆切削工具を特定の構成にすると、その耐摩耗性及び耐欠損性を向上させることが可能となり、その結果、被覆切削工具の工具寿命を延長することができることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0009】
すなわち、本発明の要旨は以下の通りである。
[1]
基材と前記基材の表面に形成された被覆層とを含み、
前記被覆層は、前記基材側から表面側に向かって、第1層、第2層及び第3層をこの順で有し、
前記第1層は、下記式(1)で表される組成からなる化合物層であり、
(TixAl1-x)N (1)
[式(1)中、xはTi元素とAl元素との合計に対するTi元素の原子比を表し、0.25≦x≦0.75を満足する。]
前記第1層の粒子の平均粒径が、100nm以上500nm以下であり、
前記第1層の平均厚さが、1.0μm以上8.0μm以下であり、
前記第2層は、TiB2からなる化合物層であり、
前記第2層の粒子の平均粒径が、1nm以上10nm以下であり、
前記第2層の平均厚さが、0.2μm以上1.0μm以下であり、
前記第3層は、下記式(2)で表される組成からなる化合物層であり、
(TiyAl1-y)N (2)
[式(1)中、yはTi元素とAl元素との合計に対するTi元素の原子比を表し、0.25≦y≦0.75を満足する。]
前記第3層の粒子は、アスペクト比が2.0以上の柱状晶であり、
前記第3層の粒子の平均粒径が、10nm以上50nm以下であり、
前記第3層の平均厚さが0.2μm以上1.0μm以下である、被覆切削工具。
[2]
前記被覆層全体の平均厚さが、1.4μm以上10.0μm以下である、[1]に記載の被覆切削工具。
[3]
前記被覆層の硬さが、35GPa以上55GPa以下である、[1]又は[2]に記載の被覆切削工具。
[4]
前記被覆層の圧縮応力が、2.0GPa以上10.0GPa以下である、[1]~[3]のいずれかに記載の被覆切削工具。
[5]
前記被覆層は、前記基材と前記第1層との間に、下部層を有し、
前記下部層は、Ti、Zr、Hf、V、Nb、Ta、Cr、Mo、W、Al、Si及びYからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素と、C、N、O及びBからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素とからなる化合物(ただし、前記式(1)で表される組成からなる化合物を除く。)の単層又は多層であり、
前記下部層の平均厚さは、0.1μm以上3.5μm以下である、[1]~[4]のいずれかに記載の被覆切削工具。
[6]
前記被覆層は、前記第3層における前記基材と反対側の表面に、上部層を有し、
前記上部層は、Ti、Zr、Hf、V、Nb、Ta、Cr、Mo、W、Al、Si及びYからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素と、C、N、O及びBからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素とからなる化合物(ただし、前記式(2)で表される組成からなる化合物を除く。)の単層又は多層であり、
前記上部層の平均厚さは、0.1μm以上3.5μm以下である、[1]~[5]のいずれかに記載の被覆切削工具。
[7]
前記基材は、超硬合金、サーメット、セラミックス又は立方晶窒化硼素焼結体のいずれかである、[1]~[6]のいずれかに記載の被覆切削工具。
【発明の効果】
【0010】
本発明によると、耐摩耗性及び耐欠損性を向上させた工具寿命の長い被覆切削工具を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1】本発明の被覆切削工具の一例を示す模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明を実施するための形態(以下、単に「本実施形態」という。)について詳細に説明するが、本発明は下記本実施形態に限定されるものではない。本発明は、その要旨を逸脱しない範囲で様々な変形が可能である。なお、図面中、同一要素には同一符号を付すこととし、重複する説明は省略する。また、上下左右等の位置関係は、特に断らない限り、図面に示す位置関係に基づくものとする。更に、図面の寸法比率は図示の比率に限られるものではない。
【0013】
本実施形態の被覆切削工具は、基材と基材の表面に形成された被覆層とを含み、被覆層は、基材側から表面側に向かって、第1層、第2層及び第3層をこの順で有し、第1層は、下記式(1)で表される組成からなる化合物層であり、
(TixAl1-x)N (1)
[式(1)中、xはTi元素とAl元素との合計に対するTi元素の原子比を表し、0.25≦x≦0.75を満足する。]
第1層の粒子の平均粒径が、100nm以上500nm以下であり、第1層の平均厚さが、1.0μm以上8.0μm以下であり、第2層は、TiB2からなる化合物層であり、第2層の粒子の平均粒径が、1nm以上10nm以下であり、第2層の平均厚さが、0.2μm以上1.0μm以下であり、第3層は、下記式(2)で表される組成からなる化合物層であり、
(TiyAl1-y)N (2)
[式(1)中、yはTi元素とAl元素との合計に対するTi元素の原子比を表し、0.25≦y≦0.75を満足する。]
第3層の粒子は、アスペクト比が2.0以上の柱状晶であり、第3層の粒子の平均粒径が、10nm以上50nm以下であり、第3層の平均厚さが0.2μm以上1.0μm以下である。
【0014】
このような被覆切削工具が、耐摩耗性及び耐欠損性を向上させた工具寿命の長いものとなる要因は、詳細には明らかではないが、本発明者はその要因を下記のように考えている。ただし、要因はこれに限定されない。すなわち、第1層において、(TixAl1-x)N中のxが0.75以下であると、耐熱性が向上するため、高速加工や負荷の大きい加工といった切削温度が高い加工においても反応摩耗を抑制することができる結果、被覆切削工具の耐摩耗性が向上する。また、第1層において、(TixAl1-x)N中のxが0.25以上であると、Tiを含有することによる効果として、高温強度や六方晶の形成を抑制することで被覆切削工具の耐摩耗性が向上する。また、第1層において、平均厚さが1.0μm以上であると、第2層との密着性に優れる。また、第1層の平均厚さが8.0μm以下であると、被覆層の剥離が抑制されることに主に起因して被覆切削工具の耐欠損性が向上する。また、第1層において、粒子の平均粒径が100nm以上であると、粒子の脱落が抑制されるので、基材又は下部層との密着性が向上する。また、第1層において、粒子の平均粒径が500nm以下であると、硬さが向上するため、被覆切削工具の耐摩耗性が向上する。また、第2層において、平均厚さが0.2μm以上であると、高温安定性が向上するため、被覆切削工具の耐摩耗性が向上する。一方、第2層において、平均厚さが1.0μm以下であると、第1層及び第3層との密着性に優れる。また、第2層において、粒子の平均粒径が1nm以上であると、圧縮応力が高くなりすぎるのを抑え、剥離を抑制できるため、第1層及び第3層との密着性が向上する。一方、第2層において、粒子の平均粒径が10nm以下であると、硬さが向上するため、被覆切削工具の耐摩耗性が向上する。また、TiB2からなる化合物層を第2層として有することで、第3層の粒子の微粒化に寄与するので、微粒且つ柱状晶の第3層を形成することができる。また、第3層において、(TiyAl1-y)N中のyが0.75以下であると、耐熱性が向上するため、高速加工や負荷の大きい加工といった切削温度が高い加工においても反応摩耗を抑制することができるため、被覆切削工具の耐摩耗性が向上する。一方、第3層において、(TiyAl1-y)N中のyが0.25以上であると、Tiを含有することによる効果として、高温強度や六方晶の形成を抑制することで被覆切削工具の耐摩耗性が向上する。また、第3層において、平均厚さが0.2μm以上であると、切削加工中に発生した亀裂が基材に向かって進展するのを抑制することができるため、被覆切削工具の耐欠損性が向上する。一方、第3層において、平均厚さが1.0μm以下であると、第2層との密着性に優れる。また、第3層において、粒子の平均粒径が10nm以上であると、圧縮応力が高くなりすぎるのを抑えることで、剥離を抑制できるため、第2層との密着性が向上する。第3層において、粒子の平均粒径が50nm以下であると、圧縮応力が大きくなるため、亀裂の進展が抑制されるので被覆切削工具の耐欠損性が向上する。また、第3層の粒子のアスペクト比が2.0以上であると、粒子の脱落を抑制することにより、第3層の効果が長く発揮される。これにより、被覆切削工具の耐摩耗性及び耐欠損性が向上する。これらの効果が相俟って、本実施形態の被覆切削工具は、耐摩耗性及び耐欠損性を向上させた工具寿命の長いものとなる。
【0015】
本実施形態の被覆切削工具は、基材とその基材の表面に形成された被覆層とを含む。本実施形態に用いる基材は、被覆切削工具の基材として用いられ得るものであれば、特に限定はされない。基材の例として、超硬合金、サーメット、セラミックス、立方晶窒化硼素焼結体、ダイヤモンド焼結体、及び高速度鋼を挙げることができる。それらの中でも、基材が、超硬合金、サーメット、セラミックス又は立方晶窒化硼素焼結体のいずれかであると、被覆切削工具の耐欠損性に一層優れるので、さらに好ましい。
【0016】
本実施形態の被覆切削工具において、被覆層全体の平均厚さが、1.4μm以上10.0μm以下であることが好ましい。被覆層全体の平均厚さが1.4μm以上であると、耐摩耗性が更に向上する傾向にある。一方、本実施形態の被覆切削工具において、被覆層全体の平均厚さが10.0μm以下であると、耐欠損性が一層向上する傾向にある。そのため、被覆層全体の平均厚さは、1.4μm以上10.0μm以下であることが好ましい。その中でも、上記と同様の観点から、被覆層全体の平均厚さは2.0μm以上9.5μm以下であるとより好ましく、2.5μm以上9.0μm以下であるとさらに好ましい。
【0017】
〔第1層〕
本実施形態の被覆切削工具に用いる被覆層において、第1層は、下記式(1)で表される組成からなる化合物層である。
(TixAl1-x)N (1)
[式(1)中、xはTi元素とAl元素との合計に対するTi元素の原子比を表し、0.25≦x≦0.75を満足する。]
【0018】
第1層において、(TixAl1-x)N中のxが0.75以下であると、耐熱性が向上するため、高速加工や負荷の大きい加工といった切削温度が高い加工においても反応摩耗を抑制することができる結果、被覆切削工具の耐摩耗性が向上する。また、第1層において、(TixAl1-x)N中のxが0.25以上であると、Tiを含有することによる効果として、高温強度や六方晶の形成を抑制することで被覆切削工具の耐摩耗性が向上する。同様の観点から、第1層において、(TixAl1-x)N中のxが0.30以上0.70以下であることが好ましい。
【0019】
また、本実施形態において、各層の組成を(Ti0.70Al0.30)Nと表記する場合は、Ti元素とAl元素との合計に対するTi元素が0.70、Ti元素とAl元素との合計に対するAl元素が0.30であることを意味する。すなわち、Ti元素とAl元素との合計に対するTi元素の量が70原子%、Ti元素とAl元素との合計に対するAl元素の量が30原子%であることを意味する。
【0020】
また、本実施形態の被覆切削工具に用いる被覆層において、第1層の粒子の平均粒径は100nm以上500nm以下である。第1層において、粒子の平均粒径が100nm以上であると、粒子の脱落が抑制されるので、基材又は下部層との密着性が向上する。一方、第1層において、粒子の平均粒径が500nm以下であると、硬さが向上するため、被覆切削工具の耐摩耗性が向上する。同様の観点から第1層の粒子の平均粒径は110nm以上470nm以下であることが好ましく、120nm以上450nm以下であることがより好ましい。
【0021】
さらに、本実施形態の被覆切削工具に用いる被覆層において、第1層の平均厚さは1.0μm以上8.0μm以下である。第1層において、平均厚さが1.0μm以上であると、第2層との密着性に優れる。また、第1層の平均厚さが8.0μm以下であると、被覆層の剥離が抑制されることに主に起因して被覆切削工具の耐欠損性が向上する。同様の観点から第1層の平均厚さは1.5μm以上7.0μm以下であることが好ましく、2.0μm以上6.0μm以下であることがより好ましい。
【0022】
〔第2層〕
本実施形態の被覆切削工具に用いる被覆層において、第2層は、TiB2からなる化合物層である。TiB2からなる化合物層を第2層として有することで、第3層の粒子の微粒化に寄与するので、微粒且つ柱状晶の第3層を形成することができる。
【0023】
また、本実施形態の被覆切削工具に用いる被覆層において、第2層の平均厚さが、0.2μm以上1.0μm以下である。第2層において、平均厚さが0.2μm以上であると、高温安定性が向上するため、被覆切削工具の耐摩耗性が向上する。また、第2層において、平均厚さが1.0μm以下であると、第1層及び第3層との密着性に優れる。同様の観点から第2層の平均厚さは0.3μm以上0.8μm以下であることが好ましい。
【0024】
また、本実施形態の被覆切削工具に用いる被覆層において、第2層の粒子の平均粒径が、1nm以上10nm以下である。第2層において、粒子の平均粒径が1nm以上であると、圧縮応力が高くなりすぎるのを抑え、剥離を抑制できるため、第1層及び第3層との密着性が向上する。また、第2層において、粒子の平均粒径が10nm以下であると、硬さが向上するため、被覆切削工具の耐摩耗性が向上する。同様の観点から第2層の粒子の平均粒径は1nm以上9nm以下であることが好ましい。
【0025】
〔第3層〕
本実施形態の被覆切削工具に用いる被覆層において、第3層は、下記式(2)で表される組成からなる化合物層である。
(TiyAl1-y)N (2)
[式(1)中、yはTi元素とAl元素との合計に対するTi元素の原子比を表し、0.25≦y≦0.75を満足する。]
【0026】
第3層において、(TiyAl1-y)N中のyが0.75以下であると、耐熱性が向上するため、高速加工や負荷の大きい加工といった切削温度が高い加工においても反応摩耗を抑制することができる結果、被覆切削工具の耐摩耗性が向上する。また、第3層において、(TiyAl1-y)N中のyが0.25以上であると、Tiを含有することによる効果として、高温強度や六方晶の形成を抑制することで被覆切削工具の耐摩耗性が向上する。同様の観点から、第3層において、(TiyAl1-y)N中のyが0.27以上0.73以下であることが好ましく、0.30以上0.70以下であることがより好ましい。
【0027】
また、本実施形態の被覆切削工具に用いる被覆層において、第3層の平均厚さが0.2μm以上1.0μm以下である。第3層において、平均厚さが0.2μm以上であると、切削加工中に発生した亀裂が基材に向かって進展するのを抑制することができるため、被覆切削工具の耐欠損性が向上する。また、第3層において、平均厚さが1.0μm以下であると、第2層との密着性に優れる。同様の観点から第3層の平均厚さは0.3μm以上0.8μm以下であることが好ましい。
【0028】
また、本実施形態の被覆切削工具に用いる被覆層において、第3層の粒子は、アスペクト比が2.0以上の柱状晶である。第3層の粒子のアスペクト比が2.0以上であると、粒子の脱落を抑制することにより、第3層の効果が長く発揮される。これにより、被覆切削工具の耐摩耗性及び耐欠損性が向上する。同様の観点から、第3層の粒子のアスペクト比は、2.3以上であることが好ましく、2.5以上であることがより好ましい。なお、アスペクト比とは、第3層の各粒子において、最も長い軸を最も短い軸で除した値であり、アスペクト比が1に近いほど等軸粒であることを表す。第3層の粒子のアスペクト比の上限は、特に限定されないが、例えば、16.6である。
【0029】
また、本実施形態の被覆切削工具に用いる被覆層において、第3層の粒子の平均粒径が、10nm以上50nm以下である。第3層において、粒子の平均粒径が10nm以上であると、圧縮応力が高くなりすぎるのを抑えることで、剥離を抑制できるため、第2層との密着性が向上する。第3層において、粒子の平均粒径が50nm以下であると、圧縮応力が大きくなるため、亀裂の進展が抑制されるので被覆切削工具の耐欠損性が向上する。同様の観点から第3層の粒子の平均粒径は11nm以上49nm以下であることが好ましく、12nm以上48nm以下であることがより好ましい。
【0030】
なお、本実施形態において、被覆層の各層における粒子の平均粒径は、基材の表面と平行な方向を粒径とし、後述の実施例に記載の方法により測定することができる。また、第3層の粒子の形態及びアスペクト比も後述の実施例に記載の方法により測定することができる。
【0031】
さらに、本実施形態の被覆切削工具は、被覆層の硬さが、35GPa以上55GPa以下であることが好ましい。被覆層の硬さが35GPa以上であると、被覆切削工具の耐摩耗性が向上する傾向にあり、被覆層の硬さが55GPa以下であると、被覆切削工具の耐欠損性が向上する傾向にある。同様の観点から、被覆層の硬さは、36GPa以上53GPa以下であることがより好ましく、37GPa以上52GPa以下であることがさらに好ましい。
被覆層の硬さは、単位Pa(より具体的には、GPa)を有する物性値であり、測定したい箇所にダイナミック硬度計を押し当てることに測定することができる(以下、このような測定を「ナノインデンテーション測定」ともいう。)。なお、本明細書中、ナノインデンテーション測定は、国際標準化機構による規格(ISO14577)に準拠して測定される。ダイナミック硬度計としては、上記規格に従うものであれば特に限定されず、例えば、MTS社製の商品名「ナノインデンター」等を用いることができる。
なお、本実施形態において、被覆層の硬さは、ISO14577に準拠して、後述の実施例に記載の方法により測定することができる。
【0032】
さらに、本実施形態の被覆切削工具は、被覆層の圧縮応力が、2.0GPa以上10.0GPa以下であることが好ましい。被覆層の圧縮応力が2.0GPa以上であると、亀裂の進展を抑制することができるので、被覆切削工具の耐欠損性が向上する傾向にあり、被覆層の圧縮応力が10.0GPa以下であると、被覆層を形成した後に亀裂が生じるのを抑制することができるので、被覆切削工具の耐欠損性が向上する傾向にある。同様の観点から、被覆層の圧縮応力は、2.2GPa以上9.6GPa以下であることがより好ましく、2.4GPa以上9.4GPa以下であることがさらに好ましい。
なお、本実施形態において、被覆層の圧縮応力は後述の実施例に記載の方法により測定することができる。
【0033】
図1は、本実施形態の被覆切削工具の一例を示す模式断面図である。被覆切削工具5は、基材1と、その基材1の表面上に形成された被覆層7とを備え、更に被覆層7は、基材1側から表面上に向かって、下部層2、第1層3、第2層4、第3層5及び上部層6をこの順で有している。
【0034】
本実施形態に用いる被覆層は、第1層、第2層及び第3層だけで構成されてもよいが、基材と第1層との間(すなわち、第1層の下層)に下部層を有すると好ましい。これにより、基材と被覆層との密着性が更に向上する。その中でも、下部層は、上記と同様の観点から、Ti、Zr、Hf、V、Nb、Ta、Cr、Mo、W、Al、Si及びYからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素と、C、N、O及びBからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素とからなる化合物(ただし、式(1)で表される組成からなる化合物を除く。)を含むと好ましく、Ti、V、Nb、Ta、Cr、Mo、W、Al、Si及びYからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素と、C、N、O及びBからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素とからなる化合物を含むとより好ましく、Ti、Ta、Cr、W、Al、Si、及びYからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素と、Nとからなる化合物を含むとさらに好ましい。また、下部層は単層であってもよく2層以上の多層であってもよい。
【0035】
本実施形態において、下部層の平均厚さが0.1μm以上3.5μm以下であると、基材と被覆層との密着性が更に向上する傾向を示すため、好ましい。同様の観点から、下部層の平均厚さは、0.2μm以上3.0μm以下であるとより好ましく、0.3μm以上2.5μm以下であるとさらに好ましい。
【0036】
本実施形態に用いる被覆層は、第3層における基材と反対側の表面(すなわち、第3層の上層)に上部層を有してもよい。上部層は、Ti、Zr、Hf、V、Nb、Ta、Cr、Mo、W、Al、Si及びYからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素と、C、N、O及びBからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素とからなる化合物(ただし、式(2)で表される組成からなる化合物を除く。)を含むと、耐摩耗性に一層優れるので、さらに好ましい。また、上記と同様の観点から、Ti、V、Nb、Ta、Cr、Mo、W、Al、Si及びYからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素と、C、N、O及びBからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素とからなる化合物を含むとより好ましく、Ti、Nb、Ta、Cr、W、Al、Si、及びYからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素と、Nとからなる化合物を含むとさらに好ましい。また、上部層は単層であってもよく2層以上の多層であってもよい。
【0037】
本実施形態において、上部層の平均厚さが0.1μm以上3.5μm以下であると、耐摩耗性により優れる傾向を示すため好ましい。同様の観点から、上部層の平均厚さは、0.3μm以上3.0μm以下であるとより好ましく、0.5μm以上2.5μm以下であるとさらに好ましい。
【0038】
〔被覆層の製造方法〕
本実施形態の被覆切削工具における被覆層の製造方法は、特に限定されるものではないが、例えば、イオンプレーティング法、アークイオンプレーティング法、スパッタ法、及びイオンミキシング法などの物理蒸着法が挙げられる。物理蒸着法を使用して、被覆層を形成すると、シャープエッジを形成することができるので好ましい。その中でも、アークイオンプレーティング法は、被覆層と基材との密着性に一層優れるので、より好ましい。
【0039】
〔被覆切削工具の製造方法〕
本実施形態の被覆切削工具の製造方法について、以下に具体例を用いて説明する。なお、本実施形態の被覆切削工具の製造方法は、当該被覆切削工具の構成を達成し得る限り、特に制限されるものではない。
【0040】
まず、工具形状に加工した基材を物理蒸着装置の反応容器内に収容し、金属蒸発源を反応容器内に設置する。その後、反応容器内をその圧力が1.0×10-2Pa以下の真空になるまで真空引きし、反応容器内のヒーターにより基材をその温度が200℃~700℃になるまで加熱する。加熱後、反応容器内にArガスを導入して、反応容器内の圧力を0.5Pa~5.0Paとする。圧力0.5Pa~5.0PaのArガス雰囲気にて、基材に-500V~-350Vのバイアス電圧を印加し、反応容器内のタングステンフィラメントに40A~50Aの電流を流して、基材の表面にArガスによるイオンボンバードメント処理を施す。基材の表面にイオンボンバードメント処理を施した後、反応容器内をその圧力が1.0×10-2Pa以下の真空になるまで真空引きする。
【0041】
本実施形態に用いる下部層を形成する場合、基材をその温度が400℃~600℃になるまで加熱する。加熱後、反応容器内にガスを導入して、反応容器内の圧力を0.5Pa~5.0Paとする。ガスとしては、例えば、下部層がTi、Zr、Hf、V、Nb、Ta、Cr、Mo、W、Al、Si及びYからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素と、Nとからなる化合物で構成される場合、N2ガスが挙げられ、下部層がTi、Zr、Hf、V、Nb、Ta、Cr、Mo、W、Al、Si及びYからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素と、N及びCとからなる化合物で構成される場合、N2ガスとC22ガスとの混合ガスが挙げられる。混合ガスの体積比率としては、特に限定されないが、例えば、N2ガス:C22ガス=95:5~85:15であってもよい。次いで、基材に-80V~-40Vのバイアス電圧を印加してアーク電流100A~200Aのアーク放電により各層の金属成分に応じた金属蒸発源を蒸発させて下部層を形成するとよい。
【0042】
本実施形態に用いる第1層を形成する場合、基材をその温度が400℃~800℃になるように制御する。温度を制御した後、反応容器内に窒素ガス(N2)を導入して、反応容器内の圧力を2.0Pa~4.0Paとする。次いで、基材に-100V~-20Vのバイアス電圧を印加し、アーク電流150A~200Aのアーク放電により第1層の金属成分に応じた金属蒸発源を蒸発させて、第1層を形成するとよい。
【0043】
本実施形態に用いる第2層を形成する場合、基材をその温度が400℃~800℃になるように制御する。その基材の温度が第1層を形成する際の基材の温度と異なる場合は、第2層を形成する前に温度を変更する。なお、その基材の温度を、第1層を形成する際の基材の温度と同じにすると、第1層と第2層とを連続して形成することができるので好ましい。温度を制御した後、反応容器内にアルゴンガス(Ar)を導入して、反応容器内の圧力を2.0Pa~4.0Paとする。次いで、基材に-120V~-20Vのバイアス電圧を印加し、アーク電流150A~200Aのアーク放電により第2層の金属成分に応じた金属蒸発源を蒸発させて、第2層を形成するとよい。
【0044】
本実施形態に用いる第3層を形成する場合、基材をその温度が400℃~800℃になるように制御する。その基材の温度が第2層を形成する際の基材の温度と異なる場合は、第3層を形成する前に温度を変更する。なお、その基材の温度を、第2層を形成する際の基材の温度と同じにすると、第2層と第3層とを連続して形成することができるので好ましい。温度を制御した後、反応容器内に窒素ガス(N2)を導入して、反応容器内の圧力を2.0Pa~4.0Paとする。次いで、基材に-100V~-20Vのバイアス電圧を印加し、アーク電流150A~200Aのアーク放電により第3層の金属成分に応じた金属蒸発源を蒸発させて、第3層を形成するとよい。
【0045】
金属蒸発源のアーク放電時間をそれぞれ調整することによって、被覆層を構成する各層の厚さを制御することができる。
【0046】
本実施形態に用いる各層の粒子の平均粒径を所望の値にするには、上述の各層を形成する過程において、バイアス電圧、温度及び圧力を制御するとよい。バイアス電圧が小さくなるほど、各層の粒子の平均粒径が小さくなる傾向にある。また、温度が低くなるほど、各層の粒子の平均粒径が小さくなる傾向にある。また、圧力が低くなるほど、各層の粒子の平均粒径が小さくなる傾向にある。また、各層の平均厚さを厚くするほど、各層の粒子の平均粒径が大きくなる傾向にある。さらに、本実施形態に用いるTiAlN層(第1層及び第3層)の粒子の平均粒径を所望の値にするには、上述の第1層及び第3層を形成する過程において、TiAlN中のTi元素の原子比の割合を増大させると、第1層及び第3層の粒子の平均粒径が大きくなる傾向にある。また、第1層及び/又は第2層の粒子の平均粒径を小さくすると、その上層(第2層及び/又は第3層)の粒子の平均粒径は小さくなる傾向にある。特に、第3層(TiAlN層)の製造条件が第1層(TiAlN層)と同等であっても、第3層の下に第2層として微粒のTiB2層を形成することにより、第3層(TiAlN層)の粒子は、第1層(TiAlN層)の粒子より微粒化し、かつ、アスペクト比が2.0以上の柱状晶となると考えられる。なお、この第2層のTiB2層の第3層の粒子に対する微粒化の効果(以下単に「微粒化効果」とも記す)は、TiB2層の平均厚さが0.2μm以上であると有効に発現するが、TiB2層の平均厚さが0.2μm未満(例えば、0.1μm)であると、第3層の粒子は微粒化せずにアスペクト比が小さくなる場合がある。この理由は明らかではないが本発明者は以下のとおり推定している。TiB2層の平均厚さが0.2μm以上であるとTiB2層が第1層を均一に覆うことができるため、微粒化効果は有効に発現する。一方、TiB2層の平均厚さが0.2μm未満、例えば、0.1μmと極めて薄いと、TiB2層の場所によっては、厚さが0.1μmよりも薄い場所があり、そのような場所では、TiB2層が第1層を均一に覆うことができていないため、微粒化効果が十分に発現せず、この結果、第3層の粒子の平均粒径が微粒化しないで、アスペクト比が小さくなる場合があると推定している。また、上述の第3層を形成する過程において、TiAlN中のTi元素の原子比の割合を減少させると、第3層の粒子のアスペクト比が大きくなる傾向にある。
【0047】
本実施形態に用いる被覆層の硬さを所望の値にするには、上述の各層を形成する過程において、バイアス電圧、温度及び圧力を制御するとよい。バイアス電圧が小さくなるほど、被覆層の硬さが硬くなる傾向にある。また、温度が低くなるほど、被覆層の硬さが硬くなる傾向にある。また、圧力が低くなるほど、被覆層の硬さが硬くなる傾向にある。さらに、上述の第1層及び第3層を形成する過程において、TiAlN中のTi元素の原子比の割合を増大させると、被覆層の硬さが柔らかくなる傾向にある。また、第2層(TiB2層)の平均厚さを大きくすると、被覆層の硬さが硬くなる傾向にある。
【0048】
本実施形態に用いる被覆層の圧縮応力を所望の値にするには、上述の各層を形成する過程において、バイアス電圧及び温度を制御するとよい。バイアス電圧が小さくなるほど、被覆層の圧縮応力が高くなる傾向にある。また、温度が低くなるほど、被覆層の圧縮応力が高くなる傾向にある。さらに、上述の第1層及び第3層を形成する過程において、TiAlN中のTi元素の原子比の割合を増大させると、被覆層の圧縮応力が低くなる傾向にある。また、第2層(TiB2層)の平均厚さを大きくすると、被覆層の圧縮応力が高くなる傾向にある。
【0049】
本実施形態に用いる上部層を形成する場合、上述した下部層と同様の製造条件により形成するとよい。すなわち、まず、基材をその温度が400℃~600℃になるまで加熱する。加熱後、反応容器内にガスを導入して、反応容器内の圧力を0.5Pa~5.0Paとする。ガスとしては、例えば、上部層がTi、Zr、Hf、V、Nb、Ta、Cr、Mo、W、Al、Si及びYからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素と、Nとからなる化合物で構成される場合、N2ガスが挙げられ、上部層がTi、Zr、Hf、V、Nb、Ta、Cr、Mo、W、Al、Si及びYからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素と、N及びCとからなる化合物で構成される場合、N2ガスとC22ガスとの混合ガスが挙げられる。混合ガスの体積比率としては、特に限定されないが、例えば、N2ガス:C22ガス=95:5~85:15であってもよい。次いで、基材に-80V~-40Vのバイアス電圧を印加してアーク電流100A~200Aのアーク放電により各層の金属成分に応じた金属蒸発源を蒸発させて、上部層を形成するとよい。
【0050】
本実施形態の被覆切削工具における被覆層を構成する各層の厚さは、被覆切削工具の断面組織から、光学顕微鏡、走査型電子顕微鏡(SEM)、透過型電子顕微鏡(TEM)などを用いて測定することができる。なお、本実施形態の被覆切削工具における各層の平均厚さは、金属蒸発源に対向する面の刃先稜線部から、当該面の中心部に向かって50μmの位置の近傍における3箇所以上の断面から各層の厚さを測定して、その平均値(相加平均値)を計算することで求めることができる。
【0051】
また、本実施形態の被覆切削工具における被覆層を構成する各層の組成は、本実施形態の被覆切削工具の断面組織から、エネルギー分散型X線分析装置(EDS)や波長分散型X線分析装置(WDS)などを用いて測定することができる。
【0052】
本実施形態の被覆切削工具は、少なくとも耐摩耗性及び耐欠損性に優れていることに起因して、従来よりも工具寿命を延長できるという効果を奏すると考えられる(ただし、工具寿命を延長できる要因は上記に限定されない。)。本実施形態の被覆切削工具の種類として具体的には、フライス加工用又は旋削加工用刃先交換型切削インサート、ドリル、及びエンドミルなどを挙げることができる。
【実施例
【0053】
以下、実施例によって本発明を更に詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0054】
(実施例1)
基材として、CNMG120408-SM(89.6WC-9.8Co-0.6Cr32(以上質量%)の組成を有する超硬合金)を用意した。アークイオンプレーティング装置の反応容器内に、表1及び表2に示す各層の組成になるよう金属蒸発源を配置した。用意した基材を、反応容器内の回転テーブルの固定金具に固定した。
【0055】
その後、反応容器内をその圧力が5.0×10-3Pa以下の真空になるまで真空引きした。真空引き後、反応容器内のヒーターにより、基材をその温度が450℃になるまで加熱した。加熱後、反応容器内にその圧力が2.7PaになるようにArガスを導入した。
【0056】
圧力2.7PaのArガス雰囲気にて、基材に-400Vのバイアス電圧を印加して、反応容器内のタングステンフィラメントに40Aの電流を流して、基材の表面にArガスによるイオンボンバードメント処理を30分間施した。イオンボンバードメント処理終了後、反応容器内をその圧力が5.0×10-3Pa以下の真空になるまで真空引きした。
【0057】
発明品1~23については、真空引き後、基材をその温度が表3に示す温度(成膜開始時の温度)になるように制御し、第1層及び第3層を形成する際は窒素ガス(N2)を反応容器内に導入し、第2層を形成する際はアルゴンガス(Ar)を反応容器内に導入し、反応容器内を表3に示す圧力に調整した。なお、第1層から第3層を形成する過程において、温度が異なる試料は、各層を形成する前に温度を変更した。また、基材に表3に示すバイアス電圧を印加して、表1に示す組成の第1層、第2層及び第3層の金属蒸発源をこの順で、表3に示すアーク電流のアーク放電により蒸発させて、基材の表面に第1層、第2層及び第3層をこの順で形成した。このとき表3に示す反応容器内の圧力になるよう制御した。また、第1層、第2層及び第3層の厚さは、表1に示す平均厚さとなるように、それぞれのアーク放電時間を調整して制御した。
【0058】
比較品1~14については、真空引き後、基材をその温度が表4に示す温度(成膜開始時の温度)になるように制御し、A層及びC層を形成する際は窒素ガス(N2)を反応容器内に導入し、B層を形成する際はアルゴンガス(Ar)を反応容器内に導入し、反応容器内を表4に示す圧力に調整した。なお、比較例2のB層(TiN層)を形成する際は窒素ガス(N2)を反応容器内に導入した。また、A層からC層を形成する過程において、温度が異なる試料は、各層を形成する前に温度を変更した。また、基材に表4に示すバイアス電圧を印加して、表2に示す組成のA層、B層及びC層の金属蒸発源をこの順で、表4に示すアーク電流のアーク放電により蒸発させて、基材の表面にA層、B層及びC層をこの順で形成した。このとき表4に示す反応容器内の圧力になるよう制御した。また、A層、B層及びC層の厚さは、表2に示す平均厚さとなるように、それぞれのアーク放電時間を調整して制御した。
【0059】
基材の表面に表1及び表2に示す所定の平均厚さまで各層を形成した後に、ヒーターの電源を切り、試料温度が100℃以下になった後で、反応容器内から試料を取り出した。
【0060】
【表1】
【0061】
【表2】
【0062】
【表3】
【0063】
【表4】
【0064】
得られた試料の各層の平均厚さは、被覆切削工具の金属蒸発源に対向する面の刃先稜線部から当該面の中心部に向かって50μmの位置の近傍において、3箇所の断面をTEM観察し、各層の厚さを測定し、その平均値(相加平均値)を計算することで求めた。それらの結果も、表1及び表2に併せて示す。
【0065】
得られた試料の各層の組成は、被覆切削工具の金属蒸発源に対向する面の刃先稜線部から中心部に向かって50μmまでの位置の近傍の断面において、TEMに付属するEDSを用いて測定した。それらの結果も、表1及び表2に併せて示す。なお、表1及び表2の各層の金属元素の組成比は、各層を構成する金属化合物における金属元素全体に対する各金属元素の原子比を示す。
【0066】
〔粒子の形態、アスペクト比及び平均粒径〕
得られた試料について、以下のとおり、市販の透過型顕微鏡(TEM)を用いて、各層における粒子の平均粒径、並びに、第3層及びC層の粒子の形態及びアスペクト比を測定した。
なお、第1層及びA層の平均粒径については、基材側の界面から被覆層の表面側に向かって500nmの位置(以下、単に「第1層及びA層の基材側から500nmの位置」とも記す。)における結晶粒の平均粒径を測定し、第2層及びB層の平均粒径については、基材側の界面から被覆層の表面側に向かって100nmの位置(以下、単に「第2層及びB層の基材側から100nmの位置」とも記す。)における結晶粒の平均粒径を測定し、第3層及びC層の平均粒径については、第3層及びC層の基材と反対側の表面から基材側に向かって100nmの位置(以下、単に「第3層及びC層の表面から100nmの位置」とも記す。)における結晶粒の平均粒径を測定した。まず、集束イオンビーム(FIB)加工機を用いて、被覆層の断面(被覆層の厚さを観察するときと同じ方向の断面:基材表面に対して垂直方向)を観察面とする薄膜の試料を作製した。作製した試料の観察面について走査透過電子像(STEM像)の写真を撮影した。撮影した写真の第1層又はA層の基材側から500nmの位置において、基材の表面と平行な方向に直線を引き、この線上に存在する結晶粒の数を測定した。この直線の長さをこの線上に存在する結晶粒の数で除し、得られた値を第1層又はA層の基材側から500nmの位置における結晶粒の平均粒径とした。このとき、直線の長さを10μm以上とした。同様に、撮影した写真の第2層又はB層の基材側から100nmの位置において、基材の表面と平行な方向に直線を引き、この直線の長さをこの線上に存在する結晶粒の数で除し、得られた値を第2層又はB層の基材側から100nmの位置における結晶粒の平均粒径とした。また、同様に、撮影した写真の第3層又はC層の表面から100nmの位置において、基材の表面と平行な方向に直線を引き、この直線の長さをこの線上に存在する結晶粒の数で除し、得られた値を第3層又はC層の表面から100nmの位置における結晶粒の平均粒径とした。さらに、第3層及びC層について、特定した各粒子の形態及びアスペクト比をそれぞれ求めた。測定結果を、表5及び表6に示す。なお、本実施形態において、粒子の形態は、アスペクト比が2以上の場合を「柱状晶」とし、アスペクト比が2未満の場合を「粒状晶」とする。
【0067】
〔被覆層の硬さ〕
得られた各試料について、ダイナミック硬度計(MTS社製の商品名「ナノインデンター」)を用いたナノインデンテーション法により、被覆層の硬さを測定した。より具体的には、得られた被覆切削工具の逃げ面において、ドロップレットを避けるようにして、無作為に各3箇所を選択して、1箇所につき10点ナノインデンテーション測定を行い、その平均値(相加平均値)を計算することで求めた。なお、10点測定する場合、硬さ測定に影響を及ぼさない程度に各測定点の間隔をあけて、圧痕を打った。その結果を、表5及び表6に示す。
【0068】
〔被覆層の圧縮応力〕
得られた試料における被覆層の圧縮応力は、X線応力測定装置(株式会社リガク製、型式「RINT TTRIII」)を用いたsin2ψ法により逃げ面の任意の部分を測定した。具体的には、被覆層中の任意の3点における圧縮応力をsin2ψ法により測定し、これら3点の圧縮応力の相加平均値を求めた。測定箇所となる被覆層中の任意の3点は、互いに0.1mm以上離れるように選択した。より具体的には、まず、被覆層のうち測定対象としてTiAlN層の(2,2,0)面を選択して測定した。TiAlN層が形成された試料を、X線回折装置によって分析した。そして、試料面法線と格子面法線とのなす角度ψを変えた時のTiAlN層の(2,2,0)面の回折角の変化から圧縮応力を求めた。このとき、第1層と第3層とのピークを分離するのではなく、両方の反射を含むピークから圧縮応力を求めた。このため、便宜上、このようして求めた圧縮応力を被覆層の圧縮応力とした。その結果を、表5及び表6に示す。
【0069】
【表5】
【0070】
【表6】
【0071】
得られた試料を用いて、以下の切削試験を行い、評価した。
【0072】
[切削試験1]
被削材:SUS304
被削材形状:120mm×400mmの丸棒
切削速度:150m/分
1刃あたりの送り:0.3mm/rev
切り込み深さ:2.0mm
クーラント:使用
評価項目:試料が欠損した(試料の切れ刃部に欠けが生じた)とき、又は逃げ面摩耗幅が0.30mmに至ったときを工具寿命とし、工具寿命に至るまでの加工時間を測定した。また、加工時間が10分のとき(加工時間が10分未満で工具寿命となった場合は工具寿命に至ったとき)の損傷形態をそれぞれSEMで観察した。なお、加工時間が10分であるときの損傷形態が「チッピング」であるのは、加工を継続できる程度の欠けであったことを意味する。また、加工時間が長いことは、耐欠損性及び耐摩耗性に優れていることを意味する。得られた評価の結果を表7及び表8に示す。
【0073】
【表7】
【0074】
【表8】
【0075】
表7及び表8に示す結果より、発明品1~23の加工時間は24分以上であり、全ての比較品1~14の加工時間よりも長かった。
【0076】
以上の結果より、耐摩耗性及び耐欠損性を向上させたことにより、発明品の工具寿命が長くなっていることが分かった。
【0077】
(実施例2)
基材として、CNMG120408-SM(89.6WC-9.8Co-0.6Cr32(以上質量%)の組成を有する超硬合金)を用意した。アークイオンプレーティング装置の反応容器内に、表9及び表10に示す各層の組成になるよう金属蒸発源を配置した。用意した基材を、反応容器内の回転テーブルの固定金具に固定した。
【0078】
その後、反応容器内をその圧力が5.0×10-3Pa以下の真空になるまで真空引きした。真空引き後、反応容器内のヒーターにより、基材をその温度が450℃になるまで加熱した。加熱後、反応容器内にその圧力が2.7PaになるようにArガスを導入した。
【0079】
圧力2.7PaのArガス雰囲気にて、基材に-400Vのバイアス電圧を印加して、反応容器内のタングステンフィラメントに40Aの電流を流して、基材の表面にArガスによるイオンボンバードメント処理を30分間施した。イオンボンバードメント処理終了後、反応容器内をその圧力が5.0×10-3Pa以下の真空になるまで真空引きした。
【0080】
発明品24については、真空引き後、基材をその温度が表12に示す温度(成膜開始時の温度)になるように制御し、発明品25~28については、真空引き後、基材をその温度が表11に示す温度(成膜開始時の温度)になるように制御した。また、下部層、上部層、第1層及び第3層を形成する際は窒素ガス(N2)を反応容器内に導入し、第2層を形成する際はアルゴンガス(Ar)を反応容器内に導入し、反応容器内を表11及び表12に示す圧力に調整した。なお、各層を形成する過程において、温度が異なる試料は、各層を形成する前に温度を変更した。また、基材に表11及び表12に示すバイアス電圧を印加して、発明品24については、表9及び表10に示す組成の下部層、第1層、第2層及び第3層の金属蒸発源をこの順で、発明品25~28については、表9及び表10に示す組成の第1層、第2層、第3層及び上部層の金属蒸発源をこの順で、表11及び表12に示すアーク電流のアーク放電により蒸発させて、発明品24については、基材の表面に下部層、第1層、第2層及び第3層をこの順で形成し、発明品25~28については、基材の表面に第1層、第2層、第3層及び上部層をこの順で形成した。このとき表11及び表12に示す反応容器内の圧力になるよう制御した。また、各層の厚さは、表9及び表10に示す平均厚さとなるように、それぞれのアーク放電時間を調整して制御した。
【0081】
基材の表面に表9及び10に示す所定の平均厚さまで各層を形成した後に、ヒーターの電源を切り、試料温度が100℃以下になった後で、反応容器内から試料を取り出した。
【0082】
【表9】
【0083】
【表10】
【0084】
【表11】
【0085】
【表12】
【0086】
得られた試料の各層の平均厚さ及び組成は、実施例1と同様の方法より求めた。それらの結果を、表9及び表10に併せて示す。
【0087】
〔粒子の形態、アスペクト比及び平均粒径〕
得られた試料について、第1~3層における粒子の平均粒径、並びに、第3層及の粒子の形態及びアスペクト比を、実施例1と同様の方法により求めた。測定結果を表13に示す。
【0088】
〔被覆層の硬さ〕
得られた試料について、被覆層の硬さを実施例1と同様の方法により求めた。その結果を表13に示す。
【0089】
〔被覆層の圧縮応力〕
得られた試料について、被覆層の圧縮応力を実施例1と同様の方法により求めた。その結果を表13に示す。
【0090】
【表13】
【0091】
得られた試料を用いて、以下の切削試験を行い、評価した。
【0092】
[切削試験2]
被削材:SUS304
被削材形状:120mm×400mmの丸棒
切削速度:150m/分
1刃あたりの送り:0.3mm/rev
切り込み深さ:2.0mm
クーラント:使用
評価項目:試料が欠損した(試料の切れ刃部に欠けが生じた)とき、又は逃げ面摩耗幅が0.30mmに至ったときを工具寿命とし、工具寿命に至るまでの加工時間を測定した。また、加工時間が10分のときの損傷形態をそれぞれSEMで観察した。また、加工時間が長いことは、耐欠損性及び耐摩耗性に優れていることを意味する。得られた評価の結果を表14に示す。
【0093】
【表14】
【0094】
表14に示す結果より、発明品24~28の加工時間は33分以上であり、全ての比較品1~14の加工時間よりも長かった。
【0095】
以上の結果より、耐摩耗性及び耐欠損性を向上させたことにより、発明品の工具寿命が長くなっていることが分かった。
【産業上の利用可能性】
【0096】
本発明の被覆切削工具は、耐摩耗性及び耐欠損性に優れることにより、従来よりも工具寿命を延長できるので、その点で産業上の利用可能性が高い。
【符号の説明】
【0097】
1…基材、2…下部層、3…第1層、4…第2層、5…第3層、6…上部層、7…被覆層、8…被覆切削工具。
図1