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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-04-01
(45)【発行日】2024-04-09
(54)【発明の名称】有機微粒子による加工方法
(51)【国際特許分類】
   B24B 31/00 20060101AFI20240402BHJP
   B24C 1/00 20060101ALI20240402BHJP
   B24C 11/00 20060101ALI20240402BHJP
【FI】
B24B31/00 C
B24C1/00 Z
B24C11/00 B
【請求項の数】 9
(21)【出願番号】P 2021551422
(86)(22)【出願日】2020-09-30
(86)【国際出願番号】 JP2020037321
(87)【国際公開番号】W WO2021066071
(87)【国際公開日】2021-04-08
【審査請求日】2023-03-14
(31)【優先権主張番号】P 2019184062
(32)【優先日】2019-10-04
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】396007188
【氏名又は名称】株式会社ジェイテックコーポレーション
(74)【代理人】
【識別番号】100074561
【弁理士】
【氏名又は名称】柳野 隆生
(74)【代理人】
【識別番号】100177264
【弁理士】
【氏名又は名称】柳野 嘉秀
(74)【代理人】
【識別番号】100124925
【弁理士】
【氏名又は名称】森岡 則夫
(74)【代理人】
【識別番号】100141874
【弁理士】
【氏名又は名称】関口 久由
(74)【代理人】
【識別番号】100163577
【弁理士】
【氏名又は名称】中川 正人
(72)【発明者】
【氏名】岡田 浩巳
(72)【発明者】
【氏名】青野 真也
(72)【発明者】
【氏名】津村 尚史
【審査官】亀田 貴志
(56)【参考文献】
【文献】特開2019-155232(JP,A)
【文献】特許第6446590(JP,B1)
【文献】特開2013-252612(JP,A)
【文献】国際公開第2007/018117(WO,A1)
【文献】特開2005-177944(JP,A)
【文献】特開2004-291209(JP,A)
【文献】特開昭63-221966(JP,A)
【文献】米国特許第5591068(US,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B24B 31/00
B24C 1/00
B24C 11/00
B24B 37/00
H01L 21/304
Science Direct
(57)【特許請求の範囲】
【請求項9】
前記ワーク表面に残留する有機微粒子を、該ワークを侵食しない有機溶剤又は有機系洗浄剤を用いて除去する、請求項1~8何れか1項に記載の有機微粒子による加工方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、有機微粒子による加工方法に係わり、更に詳しくは例えば真空紫外線領域から硬X線領域までの波長帯の光学系に使用する光学素子や高精度な表面を備えたガラス基板を製造するための有機微粒子による加工方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
真空紫外線領域から軟X線領域、硬X線領域までの波長帯の光は、殆どの物質に吸収され、また屈折率が非常に小さいため、特殊な場合を除きその光学系には透過光学素子は使用できず、物質表面での反射を利用した反射光学素子を使用する必要がある。例えば、大型放射光施設(SPring-8等)やX線自由電子レーザー(SACLA等)で発生させたX線の光学系には、高精度な平面ミラーあるいは球面ミラーや非球面ミラー等の各種の反射型X線ミラーが使われている。
【0003】
従来から高精度なX線ミラーは、EEM(Elastic Emission Machining)法によって製造されている。EEM法は、微粒子を分散した加工液をワークの表面に沿って流動させて、該微粒子を表面上に略無荷重の状態で接触させ、その際の微粒子と表面界面での相互作用(一種の化学結合)により、表面原子を原子単位に近いオーダで除去して加工する超精密加工方法である(特許文献1~3)。
【0004】
しかし、EEMプロセスに使用するシリカ(SiO)微粒子は凝集性が高く、予期せず大型化した凝集粒子がワーク表面に付着したり、表面に衝突して凹んだ欠陥を導入することがある。また、ワークとしてシリコン系材料(単結晶シリコンやシリコン酸化物を含むガラス)を用いた場合、ワーク表面に付着した同種のシリカ微粒子を、ワーク表面を侵食させずにエッチング等によって除去することはできず、また洗浄によって完全に除去することも困難である。
【0005】
一方、研磨砥粒を用いる仕上げ研磨技術においては、研磨パッドを用いて研磨砥粒をワーク表面に荷重をかけて押し付けて研磨するので、研磨砥粒によってワーク表面に無数のスクラッチや加工変質層が生じることは避けられない。ワーク表面の表面粗さは、研磨砥粒を微細化することである程度は改善するが、微細な研磨砥粒は凝集し易いので取り扱いが難しい。そこで、磁気記録装置に用いる磁気ディスク用ガラス基板や、フォトリソグラフィー法による半導体製造装置に用いるフォトマスク製造の原版であるマスクブランクス用ガラス基板の精密研磨に、ガラス基板よりも低硬度でかつ弾性を有する有機系微粒子を砥粒として用いることが提案されている(特許文献4、5)。
【0006】
しかし、ガラス基板よりも低硬度の有機系微粒子を用いたとしても、ガラス基板の表面に押し付けて研磨するので、スクラッチの発生は避けられない。また、有機系微粒子の粒径にバラツキがあると、粒径の大きな有機系微粒子の方が粒径の小さな有機系微粒子よりもワーク表面に押し付けられる圧力が大きくなり、研磨量にもバラツキが生じる。一方、粒度が良く揃った有機系微粒子は、一般的に高価である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】特公平2-25745号公報
【文献】特許第3860352号公報
【文献】特許第4770165号公報
【文献】特許第6078942号公報
【文献】特許第6446590号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
そこで、本開示が前述の状況に鑑み、解決しようとするところは、優れた実績のあるEEMプロセスによって、真空紫外線領域から硬X線領域までの波長帯の光学系に使用する光学素子や高精度な表面を備えたガラス基板を製造するために用いることが可能であり、加工微粒子の凝集の問題を解決し、また加工後にワーク表面に加工微粒子が付着していても容易に除去することが可能である、有機微粒子による加工方法を提供する点にある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本開示は、前述の課題解決のために、以下に構成する有機微粒子による加工方法を提供する。
【0010】
(1)
ワークの表面に対して物理化学的な相互作用により付着可能な加工微粒子を溶媒に分散させた加工液を用い、
前記加工液を前記ワーク表面に沿って流動させ、無加重状態でワーク表面に付着した前記加工微粒子を、加工液の剪断流によって該加工微粒子に結合したワーク表面原子と共に除去してワークを加工するEEMプロセスにおいて、
前記加工微粒子として有機微粒子を唯一の固形物として用いる、有機微粒子による加工方法。
【0011】
(2)
ワークの表面に対して物理化学的な相互作用により付着可能な加工微粒子を溶媒に分散させた加工液を用い、
前記加工液を前記ワーク表面に沿って流動させ、無加重状態でワーク表面に付着した前記加工微粒子を、加工液の剪断流によって該加工微粒子に結合したワーク表面原子と共に除去してワークを加工するEEMプロセスにおいて、
前記加工微粒子として無機微粒子を用いた無機微粒子EEMプロセスによって、ワーク表面を加工した後、
前記加工微粒子として有機微粒子を唯一の固形物として用いた有機微粒子EEMプロセスによって、ワーク表面を仕上げ加工するとともに、ワーク表面に付着した前記無機微粒子を除去する、有機微粒子による加工方法。
【0012】
(3)
前記有機微粒子は、アクリル系樹脂、ウレタン系樹脂又はスチレン系樹脂からなる、(1)又は(2)記載の有機微粒子による加工方法。
【0013】
(4)
前記有機微粒子の平均粒径は、0.08~10μmの範囲である、(1)~(3)何れか1に記載の有機微粒子による加工方法。
【0014】
(5)
前記加工液を前記ワーク表面に沿って流動させる手段として、ワークに対して弾性回転球を一定加重にて押圧しながら回転させる回転球型加工ヘッドを用い、該弾性回転球とワーク表面間に加工液を巻き込んで高剪断流を発生させ、該加工液の流動による流体動圧と荷重との釣り合いによってワーク表面と弾性回転球との間に所定の間隔を維持しながら加工する、(1)~(4)何れか1に記載の有機微粒子による加工方法。
【0015】
(6)
前記加工液を前記ワーク表面に沿って流動させる手段として、加工ノズルの噴出口から加工液を噴出させるノズル型加工ヘッドを用い、該加工ノズルの先端とワーク表面との間に所定加工ギャップを設け、前記加工ノズルの噴出口から加工液をワーク表面に向けて噴出させ、前記表面近傍に沿って加工液の高剪断流を発生させて加工する、(1)~(4)何れか1に記載の有機微粒子による加工方法。
【0016】
(7)
前記ワークと加工ノズルの少なくとも先端を加工液中に浸漬し、加工液中で加工ノズルの噴出口から加工液をワーク表面へ向けて噴出させる、(6)記載の有機微粒子による加工方法。
【0017】
(8)
前記ワークと加工ノズルを空中に配置し、空中で加工ノズルの噴出口から加工液をワーク表面へ向けて噴出させる、(6)記載の有機微粒子による加工方法。
【0018】
(9)
前記ワーク表面に残留する有機微粒子を、該ワークを侵食しない有機溶剤又は有機系洗浄剤を用いて除去する、(1)~(8)何れか1に記載の有機微粒子による加工方法。
【発明の効果】
【0019】
このような本開示の有機微粒子による加工方法によれば、水等の溶媒に対して分散性の良い有機微粒子を用いるので、加工微粒子の凝集によってワーク表面に欠陥が生じる問題が解消され、また高濃度の加工液を用いることができるので、加工速度も確保できる。
【0020】
本開示は、真空紫外線領域から硬X線領域までの波長帯の光学系に使用する光学素子や高精度な表面を備えたガラス基板を製造するために用いることができ、光学素子材料の表面を真空紫外線領域から硬X線領域までの波長帯の光学系に使用することが可能な高い精度に加工することができる。
【0021】
また、前記ワーク表面に残留する有機微粒子を、該ワークを侵食しない有機溶剤又は有機系洗浄剤を用いて除去することにより、所望の形状精度を有し、付着微粒子の少ない高品位の光学素子を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
図1図1は、本開示の回転球型加工ヘッド方式EEMを用いた加工方法の簡略説明図である。
図2図2は、本開示のノズル型加工ヘッド方式EEMを用いた加工方法の簡略説明図である。
図3図3は、EEMによる加工前と加工後のガラス基板の表面の位相シフト干渉顕微鏡像である。
図4図4は、EEMによる加工前と加工後のガラス基板の形状を表すグラフである。
図5図5は、EEMによる加工前と加工後のガラス基板の表面粗さを示す位相シフト干渉顕微鏡像である。
【発明を実施するための形態】
【0023】
次に、添付図面に示した実施形態に基づき、本開示を更に詳細に説明する。図1は回転球型加工ヘッド方式EEMを用いた加工方法の簡略説明図、図2は本開示のノズル型加工ヘッド方式EEMを用いた加工方法の簡略説明図を示し、図中符号1はワーク、2はワーク1の表面、3は加工微粒子を示している。
【0024】
本開示のワークとしては、X線光学系やEUV光学系に使用される光学素子材料であるSi単結晶や各種酸化物が挙げられる。Si単結晶は、非常に純度が高く格子欠陥が少ないものが提供されているので、X線領域の反射光学系の材料として適している。また、本開示は、石英ガラスや極低膨張ガラスセラミックス等の単成分又は多成分系の酸化物からなるガラス基板にも良好に適用できる。
【0025】
<EEMプロセス>
本開示の加工原理は、ワークの表面に対して物理化学的な相互作用により付着可能な加工微粒子を溶媒に分散させた加工液を用い、前記加工液を前記ワーク表面に沿って流動させ、無加重状態でワーク表面に付着した前記加工微粒子を、加工液の剪断流によって該加工微粒子に結合したワーク表面原子と共に除去してワークを加工するEEMプロセスを用いている。
【0026】
前記加工液は、純水又は超純水などの不純物の少ない水を溶媒として、加工微粒子を所定の濃度で分散させた懸濁液である。ここで、純水は、例えば電気伝導度が10μS/cm以下(1atom、25℃換算値、以下同じ)の水であり、超純水は、例えば電気伝導度が0.1μS/cm以下の水である。尚、加工液には、水以外に界面活性剤やその他の補助剤を混合する場合もある。また、前記加工液を前記ワーク表面に沿って流動させる手段として、回転球型加工ヘッド方式とノズル型加工ヘッド方式とがあり、加工微粒子はそれぞれの方式に合った形態のものを使用する。
【0027】
<回転球型加工ヘッド方式EEM>
図1に、回転球型加工ヘッド方式EEMを簡略的に示す。回転球型加工ヘッド方式EEMは、純水若しくは超純水に加工微粒子3を一様に分散した加工液を入れた加工槽内に、弾性回転球11とワーク1とを配し、該ワーク1の表面2に対して前記弾性回転球11を一定荷重Fにて押圧しながら回転させることにより、該弾性回転球11と表面2間に加工液を巻き込んで流動させ、該加工液の流動による流体動圧と荷重との釣り合いによって所定の間隔を維持しながら加工するのである。ここで、図1中符号Pは加工液の流れを示している。前記弾性回転球11として、ポリウレタンからなる球体を用い、該弾性回転球11をモータ駆動される回転軸の先端に設けている。ここで、前記弾性回転球11として円板状や円柱状のものを用いることも可能である。
【0028】
通常、加工中には前記弾性回転球11と表面2との間に1μm程度の隙間が維持されるので、加工微粒子3を無荷重の状態でワーク1の表面2に作用させるためには、この隙間より粒径が小さな加工微粒子3を用いることになる。そして、加工液流に伴い加工液中の加工微粒子3は、前記表面2に接触しながら次々に該表面2と弾性回転球11間を通過し、該表面2と加工微粒子3との界面での化学的な相互作用により該表面2の加工を進行させるのである。
【0029】
また、広い面積の表面2を連続的に加工するには、回転球型加工ヘッドによる単位加工痕を前記ワーク1に対して相対的に走査することにより行える。ここで、回転球型加工ヘッドは、前記弾性回転球11を含む部分のことであり、図1中符号Xは回転球型加工ヘッドの相対的移動方向を示している。一方、ワーク表面2の局所加工を行うには、予め計測した加工前の表面プロファイルから目的面プロファイルを差し引いて求めた加工量に応じて回転球型加工ヘッドの滞在時間を数値制御すれば、表面2の部位毎に加工量を制御できる。尚、単位加工痕とは、ワーク1の表面2に対して回転球型加工ヘッドの位置を静止した状態で、単位時間に加工される除去プロファイルのことである。
【0030】
<ノズル型加工ヘッド方式EEM>
図2に、ノズル型加工ヘッド方式EEMを簡略的に示す。ノズル型加工ヘッド方式EEMは、前記ワーク1と加工ノズル21の少なくとも先端を加工槽内の加工液中に浸漬し、該加工ノズル21の先端面をワーク1の表面2に対して平行に配するとともに、噴出方向を表面2に対して垂直に配し、ワーク1の表面原子と化学的な反応性のある加工微粒子3を均一に分散させた加工液を、前記加工ノズル21の噴出口22から液中にて噴出させ、前記表面2近傍に沿って加工液の高剪断流を発生させ、表面原子と化学結合した加工微粒子3を高剪断流にて取り除いて表面原子を除去し、加工を進行させる。図2中符号Pは加工液の流れを示している。
【0031】
そして、広い面積のワーク表面2を連続的に加工するには、ノズル型加工ヘッドによる単位加工痕を表面2に対して相対的に走査するのである。ここで、ノズル型加工ヘッドは、前記加工ノズル21を含む部分のことであり、図2中符号Xはノズル型加工ヘッドの相対的移動方向を示している。一方、表面2の局所加工を行うには、予め計測した加工前の表面プロファイルから目的面プロファイルを差し引いて求めた加工量に応じてノズル型加工ヘッドの滞在時間を数値制御して加工する。また、前記加工ノズル21の噴出口22は、円孔の他、横長のスリット孔も可能である。前記噴出口22が、円孔の場合、単位加工痕が小さくなるので局所加工に適し、スリット孔の場合には広い面積を一様に加工するのに適している。尚、前記加工ノズル21の噴出口22による加工液の噴出方向が、ワーク1の表面2に対して傾斜しても構わない。その場合には、単位加工痕のプロファイルが対称ではなくなる。
【0032】
予め、加工槽内に純水若しくは超純水に微粒子を分散させた加工液を満たしておき、この加工液内に加工ノズル21から所定の圧力で前記加工液を噴射し、ワーク1の表面2に沿った所定の剪断流を作る。この場合、加工液をポンプで循環させて使用することができる。この際に、加工液をフィルターに通して大型化した凝集粒子や異物を取り除くようにすることが望ましい。尚、前記ワーク1と加工ノズル21を空中に配置し、空中で加工ノズル21の噴出口22から加工液をワーク表面2へ向けて噴出させても良い。この場合も、加工ノズル21から噴出した加工液を回収し、加工液をポンプで循環させて使用する。
【0033】
<EEMプロセスに用いる加工微粒子>
前記加工微粒子として無機微粒子を用いた無機微粒子EEMプロセスは、従来から公知の通常のEEMプロセスであり、無機微粒子として、シリカ(SiO)、ジルコニア(ZrO)、セリア(CeO)等の酸化物が主に使用される。通常はコロイダルシリカを用いる。
【0034】
回転球型加工ヘッド方式EEMでは、前記弾性回転球11と表面2との間に1μm程度の隙間が形成され、この隙間を維持することが非接触加工には重要である。そのため、ここで使用できる加工微粒子3の粒径は、前述の隙間よりも十分に小さくなければならない。通常は、粒径が約0.1μmより小さいシリカからなる加工微粒子3を用いて加工する。尚、加工微粒子は、ワークの材質に応じて変更することができる。
【0035】
また、ノズル型加工ヘッド方式EEMでは、加工ノズル21の先端とワーク表面2との加工ギャップを10μm以上と比較的広く取れるので、平均粒径が10nm~10μmと広い範囲の加工微粒子3を使用することができる。但し、微粒子の粒径が大きくなり過ぎると表面2に加工微粒子3の接触による引っ掻き傷が生じる恐れがあるので、実用上は上限を数μm程度とし、また粒径が小さくなり過ぎると表面2に付着した加工微粒子3を取り除くための剪断流の速度勾配を極端に大きくする必要があるので、実用上は下限を0.1μm程度とすることが好ましい。実際には、加工微粒子3として、複数の微粒子の集合体である凝集微粒子を用いて加工速度を速めている。前記凝集微粒子としては、粒径が1~100nmのシリカ微粒子が凝集して平均径が0.5~5μmの集合体となったものを用いる。ここで、前記加工液中の無機微粒子からなる加工微粒子3の濃度は3~7vol%(シリカの比重を2.2とすれば、6.4~14.2wt%に相当する)とすることが好ましい。
【0036】
前記加工微粒子として有機微粒子を唯一の固形物として用いた有機微粒子EEMプロセスは、本開示の根幹をなす技術である。ここで、前記有機微粒子としては、アクリル系樹脂、ウレタン系樹脂又はスチレン系樹脂を用いる。アクリル系樹脂とは、アクリル単量体を重合して得られた重合体(例えばポリメチルメタクリレート(PMMA)など)や、アクリル単量体を主たる成分として含む共重合体などである。また、ウレタン系樹脂とは、ウレタン単量体を重合して得られたウレタン樹脂や、ウレタン単量体を主たる成分として含む共重合体などである。また、スチレン系樹脂とは、スチレン単量体を重合して得られたスチレン樹脂や、スチレン単量体を主たる成分として含む共重合体などである。なかでも水への分散性が良好であり、スラリーとし易い点では、特にアクリル系樹脂又はウレタン系樹脂からなることが好ましい。
【0037】
前記有機微粒子の平均粒径は、0.08~10μmの範囲であることが好ましい。有機微粒子の平均粒径が0.08μmよりも小さいと、入手が困難になるとともに、ワーク表面2への付着力が大きくなって、EEMプロセスでの剪断流の速度勾配を極端に大きくする必要があるので、実用的でない。一方、有機微粒子の平均粒径が10μmよりも大きいと、ワーク表面2への付着力が小さくなって加工速度が遅くなるので、実用的でない。本開示では、加工微粒子を略無荷重の状態でワーク表面に接触させるため、研磨に比べて粒度の均一性に対する要求は低いので、比較的安価な材料を用いることができる。勿論、回転球型加工ヘッド方式EEMに用いるには、有機微粒子の最大粒径が加工ギャップよりも小さいという制約がある。ここで、前記加工液中の有機微粒子からなる加工微粒子3の濃度は10~50wt%の範囲とすることが好ましい。有機微粒子の濃度が10wt%よりも低いと、加工速度が遅くなるので、実用的でない。一方、有機微粒子の濃度が50wt%よりも高いと、加工液の粘度が大きくなり過ぎて、ポンプによる循環系や加工ノズルでの目詰まりの問題が生じる。
【0038】
シリカ微粒子を用いる通常のEEMプロセスと比較して、有機微粒子EEMプロセスの加工速度は遅いが、加工液の濃度を高めることにより、加工速度を改善することが可能である。また、有機微粒子EEMプロセスを用いたノズル型加工ヘッド方式EEMでは、加工液中で加工ノズルから加工液をワーク表面に噴出する場合よりも、空中で加工ノズルから加工液をワーク表面に噴出する場合の方が、加工速度が速くなることを確認している。
【0039】
<有機微粒子の除去>
ここで、無機微粒子EEMによって前加工したガラス基板の表面には加工微粒子として用いた無機微粒子が付着しているが、このガラス基板の表面に付着した無機微粒子は、その後に行う仕上げの有機微粒子EEMによって除去される。最後に、ガラス基板の表面に付着した有機微粒子は、ガラス基板(ワーク)を侵食しない有機溶剤又は有機系洗浄剤を用いて除去することで、所望の形状精度を有し、付着微粒子の少ない高品位の光学素子となる。ここで、有機微粒子を除去するとは、有機微粒子を全て溶解する場合のほか、少なくともワーク表面と有機微粒子との分子的な結合が切れ、ワーク表面に有機微粒子成分が残らない状態をいう。
【0040】
ワーク1に付着した有機微粒子を除去するために使用する有機溶剤としては、炭化水素類、アルコール類、ケトン類、エステル類、エーテル類等があり、有機系洗浄剤としてはアミン化合物等がある。例えば、前記炭化水素類には、トルエン、キシレン、スチレン等の芳香族炭化水素類、クロロベンゼン、オルトクロロベンゼン等の塩化芳香族炭化水素類、ジクロロメタン、トリクロロメタン、テトラクロロメタン、1,2-ジクロロエタン、1,1,1-トリクロロエタン、1,1,2,2-テトラクロロエタン、1,2-ジクロロエタン、トリクロロエチレン、テトラクロロエチレン等の塩化脂肪族炭化水素類、シクロヘキサノン、メチルシクロヘキサノン、シクロヘキサノール、メチルシクロヘキサノール等の脂環式炭化水素類、ノルマルヘキサン等の脂肪族炭化水素類が挙げられる。前記アルコール類には、メタノール、エタノール、イソプロピルアルコール、1-ブタノール、2-ブタノール、イソブチルアルコール、イソペンチルアルコール、3-メトキシ-3-メチルブタノール、2-イソプロポキシエタノール等が挙げられる。ケトン類には、アセトン、メチルエチルケトン、メチルブチルケトン、メチルイソブチルケトン等が挙げられる。前記エステル類には、酢酸メチル、酢酸エチル、酢酸プロピル、酢酸イソプロピル、酢酸ブチル、酢酸イソブチル、酢酸ペンチル、酢酸イソペンチル、1-メトキシプロピル-2-アセテート、3-メトキシ-3-メチル-1-ブチルアセテート等が挙げられる。前記エーテル類には、エチルエーテル、1,4-ジオキサン、テトラヒドロフラン、エチレングリコールモノメチルエーテル、ジプロピレングリコールモノメチルエーテル等が挙げられる。更に、クレゾール、二硫化炭素、N,N-ジメチルホルムアミド等の有機溶剤がある。
【0041】
また、前記アミン化合物としては、例えば、エチレンジアミン、ジエチレントリアミン、トリエチレンテトラアミン、テトラエチレンペンタアミン、ペンタエチレンヘキサアミン、2-[(2-アミノエチル)アミノ]エタノール、2-[メチル[2-(ジメチルアミノ)エチル]アミノ]エタノール、2,2’-(エチレンビスイミノ)ビスエタノール、N-(2-ヒドロキシエチル)-N’-(2-アミノエチル)エチレンジアミン、2,2’-(2-アミノエチルイミノ)ジエタノール、N1,N4-ビス(ヒドロキシエチル)ジエチレントリアミン、N1,N7-ビス(ヒドロキシエチル)ジエチレントリアミン、1,3-ジアミノ-2-プロパノール、ピペラジン、1-メチルピペラジン、3-(1-ピペラジニル)-1-アミン、1-(2-アミノエチル)ピペラジン、4-メチルピペラジン-1-アミン、1-ピペラジンメタンアミン、4-エチル-1-ピペラジンアミン、1-メチル-4-(2-アミノエチル)ピペラジン、1-(2-ヒドロキシエチル)ピペラジン等が挙げられる。
【0042】
特に、アクリル系樹脂の有機微粒子を用いる場合、ワーク1に付着した有機微粒子を除去するために使用する有機溶剤は、エタノール、イソプロビルアルコール、アセトン、塩素系溶剤、例えばトリクロロエチレン、クロロメタン、クロロエタンであることが好ましい。また、ウレタン系樹脂の有機微粒子を用いる場合、ワーク1に付着した有機微粒子を除去するために使用する有機溶剤は、塩素系溶剤、例えばトリクロロエチレン、クロロメタン、クロロエタンであることが好ましい。また、スチレン系樹脂の有機微粒子を用いる場合、ワーク1に付着した有機微粒子を除去するために使用する有機溶剤は、アセトン、塩素系溶剤、例えばトリクロロエチレン、クロロメタン、クロロエタンであることが好ましい。
【0043】
これらの有機溶剤又は有機系洗浄剤は、Si単結晶やガラス等の光学素子材料に対する侵食性が無く、言い換えればエッチング性が無く、光学素子材料の表面に付着した有機微粒子のみを除去できるので、仕上げ加工後の表面精度に影響を及ぼさない。
【実施例1】
【0044】
前記ワークとして極低膨張ガラス基板を採用した。そして、ガラス基板は、その表面が予め高い精度で前加工されている。前加工では、従来公知の切削、研磨を組み合わせた機械加工後に、例えばCMPや無機微粒子EEMプロセスを用いて要求精度に加工される。それから、前記ガラス基板は、有機微粒子EEMプロセスを用いて、ノズル型加工ヘッド方式EEMにより平坦化を目的にNC加工された。本実施形態で使用した有機微粒子は、平均粒径8μmのアクリル系樹脂粒子であり、加工液の濃度は30wt%である。加工後のガラス基板は、エタノールを用いて洗浄した。
【0045】
図3に、ガラス基板の表面を加工前と加工後に位相シフト干渉顕微鏡(Zygo社、NewView)により観察した結果を示す。ガラス基板の加工領域は20mm×20mmの範囲(図3中に点線で示す)である。図4は、図3の観察結果から得られたガラス基板の表面の加工前と加工後の断面形状を示す。ガラス基板の表面は、加工前には約80nmのうねりがあったが、加工後には約15nmに低減され、平坦化されたことが分かる。更に、EEM加工と形状計測を繰り返せば、P-Vを10nm以下に平坦化することが可能である。
【0046】
図5は、ガラス基板の表面を加工前と加工後に位相シフト干渉顕微鏡により領域を狭めて観察した結果を示す。ガラス基板の表面粗さは、加工前に0.411nmRMSであったのが、加工後には0.365nmRMSになり、表面粗さはやや改善された。尚、ガラス基板の表面には、加工前から斜め方向に延びるスクラッチが存在するが、これは研磨によるものであり、加工後にも除去できていない。しかし、ガラス基板のスクラッチは、予め無機微粒子EEMプロセスを用いた回転球型加工ヘッド方式EEMで加工することにより、あるいはローカルポリッシングを施すことにより除去できる。
【0047】
本開示の第1は、有機微粒子を加工微粒子として用いた回転球型加工ヘッド方式EEMによる仕上げ加工又は有機微粒子を加工微粒子として用いたノズル型加工ヘッド方式EEMによる仕上げ加工を含み、あるいは有機微粒子を加工微粒子として用いた回転球型加工ヘッド方式EEMによる加工後に、有機微粒子を加工微粒子として用いたノズル型加工ヘッド方式EEMによる加工を行う仕上げ加工を含み、あるいは有機微粒子を加工微粒子として用いたノズル型加工ヘッド方式EEMによる加工後に、有機微粒子を加工微粒子として用いた回転球型加工ヘッド方式EEMによる加工を行う仕上げ加工を含むものである。
【0048】
そして、本開示の第2は、前述の仕上げ加工の前に、前加工として以下に示す加工を含むものである。本開示は、無機微粒子を加工微粒子として用いた回転球型加工ヘッド方式EEMによる前加工又は無機微粒子を加工微粒子として用いたノズル型加工ヘッド方式EEMによる前加工を含み、あるいは無機微粒子を加工微粒子として用いた回転球型加工ヘッド方式EEMによる加工後に、無機微粒子を加工微粒子として用いたノズル型加工ヘッド方式EEMによる加工を行う前加工を含み、あるいは無機微粒子を加工微粒子として用いたノズル型加工ヘッド方式EEMによる加工による加工後に、無機微粒子を加工微粒子として用いた回転球型加工ヘッド方式EEMによる加工を行う前加工を含むものである。
【符号の説明】
【0049】
1 ワーク
2 表面
3 加工微粒子
11 弾性回転球
21 加工ノズル
22 噴出口
図1
図2
図3
図4
図5