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特許7464284プラズマ発光分光分析を用いた土壌診断方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-04-01
(45)【発行日】2024-04-09
(54)【発明の名称】プラズマ発光分光分析を用いた土壌診断方法
(51)【国際特許分類】
   G01N 21/73 20060101AFI20240402BHJP
   G01N 33/24 20060101ALI20240402BHJP
【FI】
G01N21/73
G01N33/24 B
【請求項の数】 6
(21)【出願番号】P 2021092618
(22)【出願日】2021-06-01
(65)【公開番号】P2022184647
(43)【公開日】2022-12-13
【審査請求日】2023-10-30
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】501174550
【氏名又は名称】国立研究開発法人国際農林水産業研究センター
(74)【代理人】
【識別番号】100083806
【弁理士】
【氏名又は名称】三好 秀和
(74)【代理人】
【氏名又は名称】柿本 恭成
(72)【発明者】
【氏名】中村 智史
【審査官】横尾 雅一
(56)【参考文献】
【文献】特表2013-524237(JP,A)
【文献】特開2013-064603(JP,A)
【文献】中国特許出願公開第109374860(CN,A)
【文献】中国特許出願公開第107044976(CN,A)
【文献】中国特許出願公開第108596246(CN,A)
【文献】特開2022-134096(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 21/62 - G01N 21/74
G01N 33/00 - G01N 33/46
A01C 3/00 - A01C 3/08
A01C 15/00 - A01C 23/04
C09K 17/00 - C09K 17/52
G06F 18/00 - G06F 18/40
G06N 3/00 - G06N 99/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
学習用データ取得のための被測定土壌を所定の抽出液を用いて土壌抽出液とする第一のステップと、
プラズマ発光分光分析により前記土壌抽出液の全波長スペクトルデータを取得すると共に、前記プラズマ発光分光分析により被測定土壌のCa、Mg、Na、Kからなる交換性塩基の実測値を取得する第二のステップと、
前記交換性塩基以外の分析項目の実測値を公定法により取得する第三のステップと、
前記全波長スペクトルデータと前記交換性塩基及び前記交換性塩基以外の分析項目の実測値とを用いて、深層学習により学習を行第四のステップと、
新規の被測定土壌を所定の抽出液を用いて新規の土壌抽出液とする第七のステップと、
前記プラズマ発光分光分析により前記新規の土壌抽出液の全波長スペクトルデータを取得する第八のステップと、
前記第八のステップで取得した全波長スペクトルデータと、前記深層学習で取得した学習用データとを用いて、前記新規の被測定土壌の所定の分析項目の予測値を算出する第九のステップと、
を、備え
前記交換性塩基以外の分析項目は、pH、電気伝導率、有効態リン、全炭素、全窒素、交換性Al、CEC、粒径組成、可溶性Fe、交換性Mn、可溶性Zn、リン酸吸収係数、硝酸態窒素量及びアンモニア態窒素量を含み、
前記所定の分析項目は、交換性塩基(Ca、Mg、Na、K)、pH、電気伝導率、有効態リン、全炭素、全窒素、交換性Al、CEC、粒径組成、可溶性Fe、交換性Mn、可溶性Zn、リン酸吸収係数、硝酸態窒素量及びアンモニア態窒素量を含む、プラズマ発光分光分析を用いた土壌診断方法。
【請求項2】
前記抽出液が、酢酸アンモニウム(NHOAc)溶液である、請求項1に記載のプラズマ発光分光分析を用いた土壌診断方法。
【請求項3】
前記粒径組成が、粘土画分量及び砂画分量である、請求項に記載のプラズマ発光分光分析を用いた土壌診断方法。
【請求項4】
前記第二のステップにおいて、前記全波長スペクトルデータの強度を自然対数に変換し、かつ、前記全波長スペクトルデータの強度の内、飽和した強度とマイナスの強度とをそれぞれ所定の値として自然対数に変換する、請求項1に記載のプラズマ発光分光分析を用いた土壌診断方法。
【請求項5】
前記第四のステップの後において、前記深層学習を終了してよいか否かの判定を行う第五のステップと、
前記第五のステップにおいて、深層学習を終了してよいと判定された場合には、前記深層学習に用いた学習用データをデータセットとして格納する第六のステップと、
を備え
前記第九のステップでは、前記第八のステップで取得した全波長スペクトルデータと、前記第五のステップで取得した学習用データとを用いて、前記新規の被測定土壌の所定の分析項目の予測値を算出する、請求項1からの何れかに記載のプラズマ発光分光分析を用いた土壌診断方法。
【請求項6】
前記第八のステップで取得した新規の被測定土壌の全波長スペクトルデータと、前記第九のステップで取得した前記新規の被測定土壌の所定の分析項目の予測値とを新規な学習用データとする、請求項に記載のプラズマ発光分光分析を用いた土壌診断方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、プラズマ発光分光分析を用いた土壌診断方法に関する。
【背景技術】
【0002】
土壌分析は作物の生産性向上を図る上で必須である。土壌診断に加えて、普及の進む精密農業・スマート農業においても各圃場での土壌特性の把握が必要であり、今後、土壌分析の需要はさらに高まるものと考えられる。
【0003】
土壌試料の多項目を同時に診断する方法としては、下記の技術が報告されている。
(1)複数の抽出液を用いた土壌試料の多項目同時診断技術
馬場氏らによりディスクリート式自動化学分析装置による土壌診断技術が開発され(非特許文献1参照)、土壌試料の多項目同時診断が実施された。当該技術は、土壌試料の抽出および比色法による多項目同時測定を可能とするもので、ディスクリート式自動化学分析装置として市場化されている(非特許文献2参照)。この方法では、各試料に対して土壌分析の公定法に準じた抽出液ならびに発色液を用いるため、高精度の分析が可能であり、硝酸態窒素量、アンモニア態窒素量、有効態リン(トルオーグ法、Bray法)、交換性塩基(Ca、Mg、K)、CEC、鉄、ケイ酸、ホウ素量、腐植量を測定可能である。
【0004】
(2)単一の土壌抽出液を用いた多項目同時診断技術
土壌試料からの単一抽出物を用いた多項目同時診断技術として、単一の土壌抽出液を用いた多項目同時診断技術の報告は少ないが、その中でエア・ウォーター・バイオデザイン株式会社では、独自の成分抽出液を用いて抽出し、LED/フォトディテクタによる吸光計測によって、硝酸態窒素量、アンモニア態窒素量、可給態リン酸、交換性塩基(Ca、Mg、K)の6項目の同時測定が可能であるとしている(非特許文献3参照)。
【0005】
(3)土壌試料に対し近赤外線を照射して近赤外分光法により分析する方法
この方法は、多項目同時土壌診断技術として、土壌試料に対し近赤外線を照射し、近赤外域における成分別の分子振動による光吸収や拡散反射特性から、土壌中の炭素、窒素などの肥沃度関連指標を予測する技術である(特許文献1及び2、非特許文献4参照)。近赤外波長を用いた分析では、全炭素、全窒素、可給態窒素、CECの分析が可能であることが示された。
【0006】
(4)プラズマ発光分光分析を用いた方法
誘導結合プラズマによる発光を分析するプラズマ発光分光分析(Inductively Coupled Plasma-Atomic Emission Spectrometry、ICP-AESと呼ぶ)は、液体試料中の多元素同時測定が可能な汎用元素分析装置である。土壌分析においては、各種溶媒で抽出された元素濃度の分析に用いられる。例えば、土壌中の交換性塩基についてはpH7の1MNHOAc(酢酸アンモニウム)で、また交換性Alについては1MKClで抽出し、ICP-AESにより抽出液中の元素濃度を定量して、土壌あたりの含量として算出している。この際、ICP-AESでは対象元素の測定波長を指定して濃度を算出している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】特開2008-203153号公報
【文献】特開2006-038511号公報
【非特許文献】
【0008】
【文献】馬場康尋、後藤逸男、「ディスクリート方式による自動化学分析装置の土壌診断への応用」、日本土壌科学雑誌、第80巻、第6号、p.611-615(2009)
【文献】富士平工業株式会社、高速土壌養分自動分析装置、SNA-30i、http://www.fujihira.co.jp/
【文献】エア・ウォーター・バイオデザイン株式会社、土壌分析装置、EW-THA1J、https://www.awbio.co.jp/soil-analyzer/
【文献】森次真一・鷲尾建紀・高原知佳子・大塚理哉・高野和夫、「近赤外分光法による土壌化学性診断の可能性」、岡山県農業研報6:41-48(2015)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
上記のように土壌分析は種々の方法が検討されているが、公定法による土壌分析は依然として煩雑な作業を要し、一検体あたりの分析コストが高いという問題を抱えている。
上記(1)の複数の抽出液を用いた土壌試料の多項目同時診断技術では、高精度の分析が可能であるが、数種類の抽出液及び発色液を使用するので、抽出液及び発色液の準備等に時間が掛かるという課題がある。
【0010】
上記(2)の単一の土壌抽出液を用いた多項目同時診断技術では、上記の硝酸態窒素量、アンモニア態窒素量、可給態リン酸、交換性塩基(Ca、Mg、K)の6項目の同時測定が可能であるが、他のpHや粒径などの多くの分析項目の予測はできないという課題がある。
上記(3)の近赤外分光法により分析する方法では、全炭素、全窒素、可給態窒素、CECの分析が可能であるが、その他の分析項目では予測精度が低く、予測出来ない項目も多いという課題がある。
【0011】
上記(4)のICP-AESにより分析する方法では、交換性塩基や交換性Alのそれぞれを特定の抽出液を使用して分析をしているので、単一の土壌抽出液を用いた多項目同時診断ができないという課題がある。
【0012】
以上説明したように、従来の土壌分析の何れの方法でも、単一の土壌抽出液を用い、例えば6項目を超える多項目の同時診断ができないという課題がある。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者等は、ICP-AESによる土壌分析において、単一の土壌抽出液を用い、かつ、発光分析において、特定の波長だけではなく、全波長スペクトルデータを取得して、深層学習を用いた機械学習により、土壌試料の多項目の同時診断ができることを見出して本発明に到達した。
【0014】
本発明は、上記課題に鑑み、ICP-AESにおいて、全波長スペクトルデータを用いて、交換性塩基、土壌pH(HO抽出、KCl抽出)、電気伝導率、有効態リン、全炭素、全窒素、交換性Al、CEC、粒径組成(粘土画分量、砂画分量)等の土壌の種々の理化学特性に関する分析項目が取得できるプラズマ発光分光分析を用いた土壌診断方法を提供することを目的とする。なお、本発明において土壌の「診断」とは、必ずしも分析結果の評価を意味するものではなく、土壌の種々の理化学特性に関する各分析すべき項目を、分析し、予測し及び測定し又はこれを評価することの何れかを示す概念として使用しており、作物の生産性向上に向けた土壌診断や土壌分類のための基礎情報を取得することを総称している。
【0015】
上記目的を達成するため、本発明のプラズマ発光分光分析を用いた土壌診断方法は、
学習用データ取得のための被測定土壌を所定の抽出液を用いて土壌抽出液とする第一のステップと、
プラズマ発光分光分析により土壌抽出液の全波長スペクトルデータを取得すると共に、プラズマ発光分光分析により被測定土壌のCa、Mg、Na、Kからなる交換性塩基の実測値を取得する第二のステップと、
交換性塩基以外の分析項目の実測値を公定法により取得する第三のステップと、
全波長スペクトルデータと交換性塩基及び前記交換性塩基以外の分析項目の実測値とを用いて、深層学習により学習を行い、前記学習の後で診断すべき被測定土壌の所定の分析項目の予測値を算出する第四のステップと、を、備える。
【0016】
上記構成において、抽出液は、好ましくは酢酸アンモニウム(NHOAc)溶液である。
被測定土壌の分析項目は、好ましくは、交換性塩基(Ca、Mg、Na、K)、pH、電気伝導率、有効態リン、全炭素、全窒素、交換性Al、CEC、粒径組成、可溶性Fe、交換性Mn、可溶性Zn、リン酸吸収係数、硝酸態窒素量、アンモニア態窒素量を含む。粒径組成は、好ましくは粘土画分量及び砂画分量である。
第二のステップにおいて、好ましくは、全波長スペクトルデータの強度を自然対数に変換し、かつ、全波長スペクトルデータの強度の内、飽和した強度とマイナスの強度とをそれぞれ所定の値に設定して自然対数に変換する。
さらに本発明は、深層学習を終了してよいか否かの判定を行う第五のステップを有し、
この第五のステップにおいて、深層学習を終了してよいと判定された場合には、深層学習に用いた学習用データをデータセットとして格納する第六のステップと、
新規の被測定土壌を所定の抽出液を用いて新規の土壌抽出液とする第七のステップと、
プラズマ発光分光分析により新規の土壌抽出液の全波長スペクトルデータを取得する第八のステップと、
第八のステップで取得した全波長スペクトルデータと、第五のステップで取得した学習用データとを用いて、新規の被測定土壌の所定の分析項目の予測値を算出する第九のステップとを、備えてもよい。
好ましくは、第八のステップで取得した全波長スペクトルデータと第九のステップで取得した新規の被測定土壌の所定の分析項目の予測値とを新規な学習用データとする。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、プラズマ発光分光分析によって全波長スペクトルデータを用いた分析を行うことにより、精度良く迅速に各種土壌分析項目を診断でき、優れたプラズマ発光分光分析を用いた土壌診断方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
図1】本発明の一実施形態に係る土壌診断方法に用いる土壌析装置の構成を示すブロック図である。
図2】本発明の土壌析装置を用いて土壌診断方法を行うときの手順を示すフロー図である。
図3】予測部において土壌地力形質の推定を行う深層学習を模式的に説明する図である。
図4】本発明の土壌析装置を用いて土壌診断を行う際に深層学習が済んだ後に、新規の被測定土壌を診断する手順を示すフロー図である。
図5】土壌の交換性塩基の予測値と実測値との関係を示し、(a)はCa(カルシウム)、(b)はMg(マグネシウム)、(c)はK(カリウム)、(d)はNa(ナトリウム)の場合を示す。
図6】土壌の交換性Alの予測値と実測値との関係を示す図である。
図7】有効態Pの予測値と実測値との関係を示す図である。
図8】土壌pHの予測値と実測値との関係を示す図であり、(a)はHO抽出、(b)はKCl抽出の場合を示す。
図9】電気伝導度(mS/m)の予測値と実測値との関係を示す図である。
図10】CECの予測値と実測値との関係を示す図である。
図11】全炭素(TC)の予測値と実測値との関係を示す図である。
図12】全窒素(TN)の予測値と実測値との関係を示す図である。
図13】土壌の粒径組成の予測値と実測値との関係を示すもので、(a)は砂画分量(%)、(b)は粘土画分量(%)を示す。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、図面を参照しながら本発明を実施するための形態について説明するが、本発明の範囲はここに記載する実施形態に限定されることなく適宜変更することができる。特に、図面に記載した各部の名称などについては概念的な事項を示すに過ぎず、その適用場面に応じて適宜変更することができる。
【0020】
図1は、本発明の一実施形態に係る土壌診断方法に用いる土壌析装置1の構成を示すブロック図である。土壌分析装置1は、ICP分析部10とICP分析部10に接続される土壌分析部20とから構成される。
ICP分析部10は、誘導結合プラズマによる発光を分析するプラズマ発光分光分析が取得できる装置であり、所謂ICP発光分光分析装置と、例えば71元素232波長等の後述する全波長スペクトルデータを取得できるソフトウェアが格納されたPCやワークステーションからなるコンピュータと、で構成されている。
【0021】
土壌分析部20は、ICP分析部10からのICP発光スペクトルデータを処理するICP発光スペクトル処理部21と、ICP発光スペクトル処理部21で処理された処理済ICP発光スペクトルデータが入力される制御部22と、制御部22に接続されるデータ処理部30とから構成されている。
【0022】
データ処理部30は、制御部22とインターフェースをする入出力インターフェース部31と、主記憶装置及び補助記憶装置を備える記憶装置32と、四則演算等の演算処理を行う演算装置と、記憶装置及び演算装置を制御する制御装置とを備えるコンピュータで構成され、データ処理プログラムが記憶装置32に格納されており、データ処理プログラムが演算装置に展開されて実行される。これにより、データ処理部30は図1に示すような記憶部33及び予測部34を機能的に備える。
【0023】
土壌分析部20は具体的には、CPU(Central Processing Unit)、揮発性メモリのDRAM(ダイナミックランダムアクセスモリ)、不揮発性のメモリであるHDD(ハードディスクドライブ)等からなるPCやワークステーション等のコンピュータで構成される。CPUはマイクロプロセッサにより構成することができる。さらに、データ処理部30は、後述する予測部31で実行する深層学習のために多数のデータ処理を高速に行うよう、GPU(Graphics Processing Unit)と、記憶装置32として大容量のDRAMを備えて構成してもよい。
【0024】
土壌分析部20において、ICP発光スペクトル処理部21で処理された処理済ICP発光スペクトルデータのデジタルデータから、予測部34において診断すべき土壌の土壌地力形質の分析項目を予測(推定とも呼ぶ)する。
【0025】
図2は、本発明の土壌析装置1を用いて土壌診断方法を行うときの手順を示すフロー図である。
第一のステップ(ST1)において、学習用データ取得のための被測定土壌を所定の抽出液を用いて土壌抽出液とする。つまり、土壌抽出液を調製する。
第二のステップ(ST2)において、ICP分析部10でプラズマ発光分光分析により土壌抽出液の全波長スペクトルデータを取得すると共に、プラズマ発光分光分析により被測定土壌のCa、Mg、Na、Kからなる交換性塩基の実測値を取得する。
第三のステップ(ST3)において、被測定土壌の交換性塩基(Ca、Mg、Na、K)以外の分析項目の実測値を公定法により取得する。
第四のステップ(ST4)において、ICP分析部10で取得した全波長スペクトルデータと、被測定土壌の交換性塩基及び交換性塩基以外の分析項目を含む所定の分析項目の実測値を用いて、深層学習により学習を行い、学習の後で診断すべき被測定土壌の所定の分析項目の予測値を算出する。
【0026】
(第一のステップ)
抽出液は、土壌から交換性塩基(Ca,Mg,K,Na)等の陽イオンを抽出できる液が好ましく、例えば所定濃度で所定のpHを有している酢酸アンモニウム溶液を用いることができる。酢酸アンモニウム溶液の濃度は、例えば0.05Mから2Mの濃度範囲で土壌抽出液を得ることができる。さらに好ましくは、0.9M(モル)から1M程度とすることができる。酢酸アンモニウム溶液の濃度は、1M程度とすることが好ましい。酢酸アンモニウム溶液のpHは、例えば6.5~7とすることができ、好ましくはpHは7である。
【0027】
(第二のステップ)
後述するICP分析部10で用いるソフト(ICPE-9000ソフト(ICPE solutions)のデフォルトで設定されている71元素232波長に加えて、炭素の感度情報のある2波長を加えた234波長を対象とした。ここで、ICP分析部10で取得される234波長のスペクトルデータを全波長スペクトルデータと呼ぶ。発光を検出するCCD検知器においては、例えば各測定波長を中央とした、31ピクセル分のピークプロファイルデータが得られる。各ピークプロファイルデータに対して、ピーク強度計算の積分範囲を1ピクセルとなるように指定し、中央ピクセルからの相対位置が0,3,6,9,12,15,-3,-6,-9,-12,-15となる11ピクセルにおける個別の強度値を求め、得られた強度値の自然対数を算出し説明変数(x)とした(2574ピクセル/試料)。従属変数(y)は土壌地力形質の各分析項目の実測値を用いた。
【0028】
ICP分析部10では、プラズマ発光分光分析により土壌地力形質の内、被測定土壌の交換性塩基(Ca、Mg、Na、K)の実測値を取得して、ICP発光スペクトル処理部21に出力する。
次に、ICP分析部10からICP発光スペクトル処理部21に入力された全波長スペクトルデータは、ICP発光スペクトル処理部21で処理が施されて処理済ICP発光スペクトルデータとされる。全波長スペクトルデータは、その強度のダイナミックレンジが大きいので、処理を高速に行うために全波長スペクトルデータの強度を全て自然対数に変換した。自然対数には、飽和した強度とマイナスの強度をそれぞれ所定の値に設定してから変換することができる。具体例を以下に示す。
(a)ICP発光スペクトルの各波長の強度値は全て自然対数に変換される。
(b)ICP発光スペクトルの発光強度飽和の場合、例えば強度値1000000と仮定して、自然対数に変換する。
(c)得られた強度値がマイナスの試料は強度値を1として、自然対数に変換する。
【0029】
(第三のステップ)
被測定土壌の分析項目は、土壌地力形質とも呼ばれ、従属変数とも呼ばれている。交換性塩基(Ca、Mg、Na、K)以外の分析項目は、土壌pH(HO抽出、KCl抽出)、土壌EC、有効態リン(Bray-I法)、全炭素、全窒素、交換性Al、CEC、粒径組成(粘土画分量、砂画分量)等である。
【0030】
ここで、土壌ECは、土壌の電気伝導率である。CEC(Cation Exchange Capacity、交換性塩基容量と呼ぶ)の値は、電気的にマイナスの土壌が最大限どの程度の塩基(Ca、Mg、Na、K、アンモニウム、H等)の陽イオンを吸着することができるかの指標である。CECは、土壌に肥効養分を蓄えておける量及び緩衝力を示す指標となる数値である。
交換性塩基は、第二のステップにおいて、ICP分析部10で発光分析されるが、上記の土壌pHから粒径組成の各分析項目は、後述する公定法により実測値を取得する。
【0031】
公定法による実測値としては、所謂従来の化学分析を用いた定量分析(定量法とも呼ぶ)又は、ICP分析部10に用いるICP分析装置やエネルギー分散型蛍光X線分析等のような定量分析が可能な装置により取得できる。
【0032】
(第四のステップ)
第四のステップの深層学習について説明する。図3は、予測部34において土壌地力形質の推定を行う深層学習を模式的に説明する図である。
予測部34で実行される深層学習は、図3に示すように、処理済ICP発光スペクトルデータを入力データ41とする入力層42、中間層43及び出力層44を備えたニューラルネットワークから構成されており、例えばコンピュータ上で動作する機械学習や深層学習のためのニューラルネットワーク用のプログラムにより動作する。このようなニューラルネットワーク用のプログラムを作成するソフトウェアとして、Neural Network Console version 1.7.7352.44102(Sony Network Communications Inc.製)等を使用することができる。
【0033】
中間層43は入力層42と出力層44との間に挿入され、入力層42から予測用の学習用データが入力されると、出力層44から出力データ45が出力される。学習用データは教師データとも呼ばれている。
【0034】
予測部34においては、深層学習による学習と予測とにより、各分析項目の予測が行われ、以下のステップ20の演算により学習が行われ、ステップ30の演算により評価用データから各分析項目の予測が行われる。
【0035】
(ステップ20)
ICP発光スペクトル処理部21で処理された処理済ICP発光スペクトルデータ41が入力層42に入力される。入力層42は、234波長に対応する234個の入力ユニット42aを有しており、各入力ユニット42aのそれぞれに、各波長で得られた発光強度値の自然対数が説明変数(x)として入力される。
【0036】
予測部34は、入力層42の各入力ユニット42aに入力された入力データ41から畳み込み演算を実行して、重み係数が計算される。この重み係数は、後述するニューラルネットワークの機械学習の結果、つまり学習結果によって決定される。
【0037】
中間層43は、各中間値に対応するn個の中間ユニット43aを有しており、各中間ユニット43aには、それぞれ個々の中間値yij(1≦i≦n、及び1≦j≦m)が入力される。
予測部34は、中間層43の各中間ユニット43aに入力された中間値yijから演算し、重み係数を計算して、ニューラルネットワークの機械学習によって出力層44から出力データ45が出力される。
【0038】
ニューラルネットワークの機械学習において、学習用データとして、pH7の1Mの酢酸アンモニウム溶液による土壌抽出液をICP発光分光分析装置で測定して取得した全波長スペクトルデータと各分析値の実測値とを用いることができる。
【0039】
上記ステップ20により、pHが7で、1M酢酸アンモニウム溶液による土壌抽出液を、マルチタイプICP発光分光分析装置を用いて取得した全波長スペクトルと、各実測値を、人工知能(AI(Artificial Intelligence))による深層学習(Deep Learning)により学習する。即ち、予測部34は、学習のための既知のデータとして、処理済ICP発光スペクトルデータ41が入力層42に入力されると共に、教師信号として、出力データ45が得られるように重み係数を演算し、決定する。そして、出力データ45として得られた各土壌分析値の予測値との比較により、予測精度を検証する。ここで、入力される既知のデータ数、つまり学習用データが多いほど、決定される重み係数の精度が高まる。
【0040】
(ステップ30)
このようなニューラルネットワークの機械学習の結果、診断すべき被測定土壌を測定したデータ、つまり評価用データが処理済ICP発光スペクトルデータ41として入力されると、予測部33は、中間データそして出力データ45を二段階で重み係数を演算することにより、出力データ45を出力する。即ち、出力データ45としては、評価用データの各分析項目を出力する。このようなニューラルネットワークの学習結果に基づく各分析項目の出力データ45は、予測値又は推定値とも呼ばれている。
従って、予測部34の出力層44からの出力データ45から、x軸に実測値、y軸に予測値をプロットして、相関関係(y=ax+b)と決定係数Rを求めることにより、予測精度が容易に判断される。
【0041】
このように、学習のための既知のデータとして、処理済ICP発光スペクトルデータ41を入力層42に入力すると共に、学習用データとして、出力データ45が得られるように、予測部43は重み係数を演算し決定する。
【0042】
土壌分析装置1においては、例えば、土壌の1M酢酸アンモニウム溶液(NHOAc)による抽出液の処理済ICP発光スペクトルデータについて、一例として、完全無作為抽出法により、80%を学習用データとして選択し、残り20%を評価用データとして使用してもよい。
【0043】
本発明の土壌分析装置1によれば、一般的な試薬である1M酢酸アンモニウム溶液で抽出した土壌抽出液をICP発光分光分析装置により分析し、得られた全波長スペクトルデータから、交換性塩基(Ca、K、Mg、Na)、交換性Al、有効態P、交換性塩基容量(CEC)、pH(HO抽出)、pH(KCl抽出)、電気伝導度(EC)、全炭素、全窒素、粒径組成として粘土画分量及び砂画分量の全ての項目を同時に予測可能となる。
【0044】
(深層学習後の新規の被測定土壌の診断方法)
図4は、本発明の土壌析装置1を用いて土壌診断方法を行う際に深層学習が済んだ後に新規の被測定土壌を診断する手順を示すフロー図である。図3において、第一のステップから第四のステップは、図2と同様に深層学習が行われ、第五のステップから第九のステップにおいて新規の被測定土壌の診断が行われる。
第五のステップ(ST5)において、深層学習を終了してよいか否かの判定を行う。
第六のステップ(ST6)において、第五のステップにて深層学習を終了してよいと判定された場合には、深層学習に用いた学習用データをデータセットとして格納する。
第七のステップ(ST7)において、新規の被測定土壌を所定の抽出液を用いて新規の土壌抽出液とする。
第八のステップ(ST8)において、プラズマ発光分光分析により新規の土壌抽出液の全波長スペクトルデータを取得する。
第九のステップ(ST9)において、第八のステップで取得した新規の土壌抽出液による新たな全波長スペクトルデータと第五のステップで取得した深層学習に用いた学習用データとを用いて、新規の被測定土壌の所定の分析項目の予測値を算出する。各ステップの詳細を次に説明する。
【0045】
(第五のステップ)
第五のステップ(ST5)において、深層学習を終了してよいか否かの判定を行う。この第五のステップ(ST5)では、上述した実測値と予測値の相関関係(y=ax+b)と決定係数Rが所定の値以内であることを判定基準としてもよい。第五のステップにおいて、深層学習を終了してよい(YES)と判定された場合には第六のステップに進む。一方、深層学習が十分ではない(NO)場合には第四のステップに戻る。
【0046】
(第六のステップ)
第五のステップにおいて、深層学習を終了してよい(YES)と判定された場合には、第六のステップ(ST6)にて、上記の深層学習に用いた学習用データを記憶部33にデータセットとして格納する。データセットは、学習用データに用いた各被測定土壌の採取情報と、各被測定土壌の土壌抽出液により取得したプラズマ発光分光分析により全波長スペクトルデータ、Ca、Mg、Na、Kからなる交換性塩基の実測値、交換性塩基以外の分析項目の実測値、交換性塩基以外の分析項目の予測値等を含むように構成される。
【0047】
(第七のステップ)
第七のステップ(ST7)において、新規の被測定土壌を所定の抽出液を用いて新規の土壌抽出液とする。第七のステップは、新規の被測定土壌を使用する以外は、第一のステップと同様に実施できる。
【0048】
(第八のステップ)
第八のステップ(ST8)において、新規の土壌抽出液をICP分析部10でプラズマ発光分光分析により新たに全波長スペクトルデータを取得する。
【0049】
(第九のステップ)
第九のステップ(ST9)において、第八のステップで取得した新たな全波長スペクトルデータと、第五のステップで取得した深層学習に用いた学習用データとから、診断すべき新規の被測定土壌の所定の分析項目の予測値を算出する。予測値を算出した後、被測定土壌の採取情報と、全波長スペクトルデータと被測定土壌の所定の分析項目の予測値とを、記憶部33に新規の被測定土壌による新規な学習用データ、つまり、データセットとして格納する。新規の被測定土壌のデータセットを、データ処理部30の図示しないディスプレイに表示してもよい。
【0050】
なお、図4に示す被測定土壌の診断方法を機能させるプログラムは、例えばC++(登録商標)言語やPython(登録商標)言語等のプログラム言語で記述され、当該プログラムを実行するデータ処理部30の記憶装置32に格納されている。当該プログラムは、記憶媒体に格納してから記憶装置32に格納されてもよい。記憶媒体としては、CD-ROM、DVD-ROMやUSBメモリ等を用いることができる。また、プログラムは、外部のサーバーからネットワークを介してICP発光スペクトル処理部20にダウンロードされてから記憶装置32に格納されてもよい。
【0051】
深層学習後の新規の被測定土壌の診断方法によれば、十分な深層学習を行った後で、新規の被測定土壌について、所定の分析項目の予測を精度良く迅速に行うことができる。
次に、土壌抽出液から土壌地力形質の各分析について、実施例により詳細に説明する。
【実施例
【0052】
(土壌の詳細)
分析した土壌の詳細について説明する。
国際農林水産業研究センターが2016年から2020年の間に収集した熱帯・亜熱帯環境における土壌試料のうち、ICPによる交換性塩基の定量を実施した合計1942試料を対象とした。
国別の内訳はブルキナファソ(1074試料)、ラオス(334試料)、日本(298試料)、モザンビーク(115試料)、パラオ(59試料)、マダガスカル(49試料)、フィリピン(13試料)である。交換性塩基と他の分析項目の国別の試料数を表1に示す。
【0053】
【表1】
【0054】
各国の農耕地および林野土壌は多様な目的で採取しているため、表層試料に加えて深度別試料を含み、施肥履歴も多用な試料セットとなっている。当該試料について、完全無作為抽出法により80%(1553件)をステップ10の学習用データとして選択し、残り20%(388件)をステップ20の評価用データとして使用した。
【0055】
(土壌の処理方法)
採取した土壌を室温環境にて約1週間の風乾後、目開き2mmで篩別し、植物残渣を取り除いたものを土壌試料とした。
全波長スペクトルは、pHが7の1M酢酸アンモニウム溶液を用いて抽出した土壌抽出液により取得した。土壌抽出液の調製及び測定は以下の通り実施した。
(1)土壌試料2.5g(±0.01g)を50mLの蓋つき試験管に秤取し、1Mの酢酸アンモニウム溶液12.5mLを加えて振とう器(YAMATO社製、型番、SA300、以下振とう器と呼ぶ)を用いて30分間振とうした。
(2)その後、3000rpmで3から5分間遠心分離し、上清をフィルター(アドバンテック社製、以下、ADVANTEC No.5Cと呼ぶ)により、ろ過した。
次に、試験管に残った土壌に、再び1Mの酢酸アンモニウム12.5mLを加えて、振とう器で30分間振とうした。その後3000rpmで3から5分間遠心分離し、上清をフィルター(ADVANTEC No.5C)によりろ過した。これをもう一度繰り返すことにより合計3回の交換性塩基の抽出を行った。
最後に、1Mの酢酸アンモニウム12.5mLを加えて撹拌機(サイエンティフィックインダストリーズ社製、型番、VOLTEX、以下撹拌機と呼ぶ)で10秒間振とうし、3000rpmで3から5分間遠心分離し、上清をフィルター(ADVANTEC 5C 110mm)を使ってろ過した。計50mL採れた抽出液を分析試料とした。
【0056】
(土壌分析装置)
土壌分析装置1として、以下の構成のICP分析部10と土壌分析部20とを用い、ソフトウェアとして、Neural Network Console version 1.7.7352.44102(Sony Network Communications Inc.)を用いたプログラムにより実行し、土壌分析を実施した。
ICP分析部:島津製作所製(ICP発光分光分析装置、ICPE9000)
土壌分析部:
ワークステーション:アプライド社製(型番CERVO-Deep for windows)
CPU: インテル社(登録商標)製(Xeon(登録商標)8-Core W-2245 3.90GHz)
GPU:NVIDIA社(登録商標)製(GeForce(登録商標)(RTX 2080Ti(DRAM:11(GDDR6×2))
DRAMメモリの容量:152GB
HDD容量:2TB
【0057】
学習用データにおいて、実測した土壌分析値は、以下の方法により定量分析したものを使用した。
交換性塩基:
土壌をpH7の1M酢酸アンモニウム溶液による抽出液を、マルチタイプICP発光分光分析装置を用いて、全波長スペクトルを分析することにより、交換性塩基(Ca,Mg,K,Na)を定量した。
CEC:
CECの実測値を以下の方法により定量した。交換性塩基抽出残渣(2.5g土壌)を蒸留水及び80%メタノールで洗浄した後、10%KClを12.5mL添加し、30分間振とう機で振とうして3000rpmで遠心し上澄みをろ過した。10%KClによる抽出処理を合計3回繰り返した後、さらに10%KClを12.5mL添加して、撹拌機でよく攪拌した後、遠心分離したものを同様にろ過することで50mLの抽出液を得た。得られた抽出液のアンモニア態窒素量についてオートアナライザー3型(ビーエルテック社製(BL-tec社、AAIII))を用いてサリチル酸法で定量してCECの実測値を定量した。
pH(HO抽出):ガラス電極法(固液比は1:5)により定量した。
pH(KCl抽出):ガラス電極法(固液比は1:5)により定量した。
電気伝導度(EC):ガラス電極法(固液比は1:5)により定量した。
有効態リン:Bray1法を用いた。モリブデンブルー発色後、紫外可視分光光度計により波長710nmで定量した。
交換性アルミニウム:1M塩化カリウム溶液で抽出後、ICPで定量分析した。
全炭素:NCアナライザーを用い、乾式燃焼法により定量した。
全窒素:NCアナライザーを用い、乾式燃焼法により定量した。
粒径組成:粘土画分及び砂画分は、沈降法により測定した。過酸化水素水による有機物分解後、ヘキサメタリン酸ナトリウムを分散材として添加し、16時間振とうした後、ピペット法により定量した。
【0058】
(学習用データ及び評価用データ)
上記のように完全無作為抽出法により全試料から80%の試料を選択し学習用データとした。なお、残りの20%を評価用データとした。
1M酢酸アンモニウム溶液で抽出した抽出液を希釈し、ICP分析部10により全波長スペクトルデータを取得し、Ca、K、Mg、Naを定量した。また、その際に得られる全波長スペクトルデータを取得し、上述したICP発光スペクトル処理部21で処理された処理済ICP発光スペクトルデータを取得し、学習用データを取得した。学習の後で診断すべき被測定土壌の所定の分析項目の予測値を算出した。具体的には、全試料の80%の試料により学習用データを取得した後で、全試料の20%の評価用データにより土壌分析を実施した。プラズマ発光分光分析による土壌抽出液の全波長スペクトルデータを評価用データとし、この全波長スペクトルデータと学習用データとから予測値を取得した。
【0059】
(交換性塩基(Ca、Mg、K、Na)の予測結果)
図5は、土壌の交換性塩基の予測値と実測値との関係図であり、(a)はCa、(b)はMg、(c)はK、(d)はNaを示す。
図5(a)のCaでは、相関関係はy=0.967x+0.231であり、決定係数Rが0.995であった。図5(b)のMgでは、相関関係はy=1.028x-0.060であり、決定係数Rが0.983であった。図5(c)のKでは、相関関係はy=0.989x-0.08であり、決定係数Rが0.993であった。図5(d)のNaでは、相関関係はy=1.051x+0.048であり、決定係数Rが0.946であった。図5に示す交換性塩基(Ca、Mg、Na、K)の予測については、ICP分析部10を用いた公定法による分析であり、ほぼ完全に実測値と予測値が一致することを確認した。
【0060】
(交換性Alの予測結果)
表1に示すように、交換性Alの実測は合計1042試料を対象とし、国別の内訳はブルキナファソ(516試料)、ラオス(334試料)、日本(0試料)、モザンビーク(71試料)、パラオ(59試料)、マダガスカル(49試料)、フィリピン(13試料)である。
図6は土壌の交換性Alの予測値と実測値との関係を示す図である。交換性Alでは、相関関係はy=0.964x+0.024であり、決定係数Rが0.964であった。図6に示す交換性Alについては、公定法では1MのKClによる抽出後、ICPで測定するが、抽出液として公定法で用いた1MKClとは異なる1M酢酸アンモニウム溶液とした本実施例においても、高精度の予測が可能であることが判明した。
【0061】
(有効態Pの予測結果)
表1に示すように、有効態Pの実測は合計1942試料を対象とし、国別の内訳はブルキナファソ(1074試料)、ラオス(334試料)、日本(298試料)、モザンビーク(115試料)、パラオ(59試料)、マダガスカル(49試料)、フィリピン(13試料)である。
図7は有効態Pの予測値と実測値との関係を示す図である。有効態Plでは、相関関係はy=0.985x+0.835であり、決定係数Rが0.964であった。
実施例の有効態Pの予測方法は、従来のBray法を用いた有効態Pの公定法とは、抽出液及び測定方法も異なるが、本実施例の予測結果により高精度の予測が可能であることが判明した。
このように、1M酢酸アンモニウム溶液により抽出される交換性Al及び有効態Pの予測値は、従来の公定法と一定の相関があったものと考えられる。
【0062】
(pHの予測結果)
表1に示すように、pHの実測はHO抽出及びKCl抽出のそれぞれにおいて合計1941試料を対象とし、国別の内訳はブルキナファソ(1073試料)、ラオス(334試料)、日本(298試料)、モザンビーク(115試料)、パラオ(59試料)、マダガスカル(49試料)、フィリピン(13試料)である。
図8は、土壌pHの予測値と実測値との関係図であり、(a)はHO抽出、(b)はKCl抽出の場合を示す。
図8(a)のHO抽出における相関関係はy=0.936x+0.372であり、決定係数Rが0.951であった。図8(b)のKCl抽出における相関関係はy=0.9966x+0.141であり、決定係数Rが0.959であった。
【0063】
土壌pHは、従来の公定法ではガラス電極法により測定するため、処理済ICP発光スペクトルデータ41とは直接的な関係性は無いものと考えられる。しかしながら、上記実施例においては、土壌診断に向けた予測値としては十分な精度で予測が可能であることが判明した。これは、土壌pHは、処理済ICP発光スペクトルデータ41によって検出された1M酢酸アンモニウム溶液の抽出液のイオンのバランスによって規定されるので、pHとの相関があることにより十分な精度で予測できたと推定される。
【0064】
(電気伝導度の予測結果)
表1に示すように、電気伝導度(EC)の実測は合計1941試料を対象とし、国別の内訳はブルキナファソ(1073試料)、ラオス(334試料)、日本(298試料)、モザンビーク(115試料)、パラオ(59試料)、マダガスカル(49試料)、フィリピン(13試料)である。
図9は、電気伝導度(mS/m)の予測値と実測値との関係図である。電気伝導度の相関関係はy=0.989x+0.707であり、決定係数Rが0.960であった。
電気伝導度は、従来の公定法では土壌pHと同様にガラス電極法により測定するため、処理済ICP発光スペクトルデータ41とは直接的な関係性は無いものと考えられる。しかしながら、上記実施例においては、土壌診断に向けた電気伝導度の予測値としては十分な精度で予測が可能であることが判明した。電気伝導度は、処理済ICP発光スペクトルデータ41によって検出された1M酢酸アンモニウム溶液の抽出液中の溶出イオン総量と相関があることにより十分な精度で予測できたと推定される。
【0065】
(CEC(交換性塩基容量)の予測結果)
表1に示すように、CECの実測は合計1941試料を対象とし、国別の内訳はブルキナファソ(1074試料)、ラオス(334試料)、日本(298試料)、モザンビーク(115試料)、パラオ(59試料)、マダガスカル(49試料)、フィリピン(13試料)である。
図10は、CECの予測値と実測値との関係図である。CECの相関関係はy=0.924x+0.984であり、決定係数Rが0.911であった。これにより、上記実施例においては、土壌診断に向けたCECの予測値としては十分な精度で予測が可能であることが判明した。これは、CECが図5に示した交換性塩基(Ca、Mg、K、Na)と図6に示した交換性Alの和によって、一定の予測が出来ることが知られており、交換性塩基の予測値と交換性Alの予測値との相互関係から精度良く予測されていると推定される。
【0066】
(全炭素(TC)の予測結果)
表1に示すように、全炭素の実測は合計1815試料を対象とし、国別の内訳はブルキナファソ(947試料)、ラオス(334試料)、日本(298試料)、モザンビーク(115試料)、パラオ(59試料)、マダガスカル(49試料)、フィリピン(13試料)である。
図11は全炭素(TC)の予測値と実測値との関係図である。全炭素の相関関係はy=0.866x+0.164であり、決定係数Rが0.812であった。
実施例の抽出液であるNHOAcは、炭素を多く含む1M酢酸アンモニウム溶液であり、関連するICP発光スペクトルをマスクして予測の妨げとなることが考えられたが、図11に示すように全炭素についても一定程度の予測が可能であることが判明した。
【0067】
(全窒素(TN)の予測結果)
表1に示すように、全窒素の実測は合計1815試料を対象とし、国別の内訳はブルキナファソ(947試料)、ラオス(334試料)、日本(298試料)、モザンビーク(115試料)、パラオ(59試料)、マダガスカル(49試料)、フィリピン(13試料)である。
図12は全窒素(TN)の予測値と実測値との関係図である。全窒素の相関関係はy=0.905x+0.010であり、決定係数Rが0.956であった。実施例の抽出液であるNHOAcは、窒素を多く含む1M酢酸アンモニウム溶液であり、関連するICP発光スペクトルをマスクして予測の妨げとなることが考えられたが、図12に示すように全窒素についても一定程度の予測が可能であることが判明した。
【0068】
全炭素及び全窒素は、土壌が含有する有機物量を反映しており、従来の公定法では乾式燃焼法によって定量され、ICP発光スペクトルとの関係性は低いものであった。しかしながら、上記実施例で説明したように全炭素及び全窒素が所定の精度で予測できた理由として、ICP発光スペクトルにおいて炭素に特徴的な波長が発光するとの報告があり、当該波長と有機物の安定化に寄与する種々のイオン濃度から予測された可能性があると推定される。
【0069】
(粒径組成の予測結果)
表1に示すように、粒径組成の内砂画分量の実測は合計858試料を対象とし、国別の内訳はブルキナファソ(348試料)、ラオス(334試料)、日本(48試料)、モザンビーク(115試料)、パラオ(0試料)、マダガスカル(0試料)、フィリピン(13試料)である。粒径組成の内粘土画分量の実測は合計852試料を対象とし、国別の内訳はブルキナファソ(342試料)とした以外の他の国の試料数は、砂画分量と同じである。
図13は、土壌の粒径組成の予測値と実測値との関係図であり、(a)は砂画分量(%)、(b)は粘土画分量(%)を示す。砂画分量の相関関係はy=0.962x+1.043であり、決定係数Rが0.871であった。図13(b)に示すように、粘土画分量の相関関係はy=0.861x+4.166であり、決定係数Rが0.846であった。
図13に示すように土壌の粒径組成として、砂画分量及び粘土画分量についても一定程度の予測が可能であることが判明した。
【0070】
土壌が含有する砂画分量及び粘土画分量は、土壌の物理的性質を示し、これらの従来の定量分析は、粒子径によって水中沈降速度が変化することを利用した物理的手法によって定量されており、ICP発光スペクトルとの関係性は低いものであった。しかしながら、上記実施例で説明したように砂画分量及び粘土画分量が所定の精度で予測できた理由として、砂画分量および粘土画分量の差異により、土壌中のFeやAl等の1M酢酸アンモニウム溶液への溶出特性が変化し、これらのICP発光スペクトルから予測がされたものと推測される。
【0071】
本発明はその趣旨を逸脱しない範囲において様々な形態で実施することができる。
例えば、上述した実施形態においては、対象としなかった、可溶性Fe(鉄)、交換性Mn(マンガン)、可溶性Zn(亜鉛)、リン酸吸収係数、硝酸態窒素量、アンモニア態窒素量などの分析項目についても、Fe、Mn、ZnはICP発光スペクトルで分析できる元素であり、リン酸吸収係数、硝酸態窒素量、アンモニア態窒素量について土壌pHや交換性Al、全窒素等の関連の分析項目が高精度で予測されているので、深層学習で実測値と共に学習をすれば、同様に予測が可能であることが強く推定される。
【0072】
例えば、Feの予測は、以下に示す公定法によりFeの実測値を取得し、取得した全波長スペクトルデータとFeの実測値とにより学習データの作成を行い、学習をした後で評価用データの分析を行うことにより、交換性塩基(Ca、Mg、Na、K)と同様にFeの予測が可能となる。
【0073】
可溶性Fe、交換性Mn、可溶性Zn、リン酸吸収係数、硝酸態窒素量、アンモニア態窒素量などの実測値の取得方法を以下に示す。
可溶性Fe:
土壌試料1.00gに対して、pH3.0の0.2M酸性シュウ酸溶液100mLを添加し、室温(約20℃)且つ暗条件で4時間振とうする。この試料液約25mLを容積50mLの遠沈管に取り、高分子凝集剤(例えばアコフロック(登録商標),MTアクアポリマー株式会社製)を1滴加えて振り混ぜ、2000から5000rpmで10分間遠心分離する。得られた上澄み液のFe濃度をICP発光分析装置で定量する。
交換性Mn:
土壌試料5gに対して50mLのpH7で1MのNHOAc溶液を添加し、1時間振とうした後、放置または遠心分離して得られた上澄み液をろ過する。得られたろ液中のMn濃度をICP発光分光分析装置により定量する。
可溶性Zn:
土壌試料10gに対して50mLの0.1MHCl溶液を添加し、恒温水平振り混ぜ機で30℃に保ち、1時間振り混ぜた後、乾燥ろ紙でろ過し、得られたろ液中のZn濃度をICP発光分光分析装置で定量する。
リン酸吸収係数:
一定濃度のリン酸溶液を土壌に添加し、24時間後の抽出溶液中のリン酸量を定量することで、土壌に吸着されたリン酸量を測定する。例えば、1L(リットル)当たり13.44gのP(13.44g/L)のリン酸アンモニウム溶液を土壌に添加した後、適宜、振り混ぜながら24時間放置し、乾燥ろ紙を用いてろ過し、得られた抽出液のリン酸量をバナドモリブデン酸法などのリン酸定量法で定量することで、土壌に吸着したリン酸量を計算する。
硝酸態窒素量:
土壌試料に2MKClを添加し、1時間振とうした後、上澄み液をろ過し、抽出液中の硝酸態窒素量を、銅・カドミウム還元-ナフチルエチレンジアミン吸光光度法によって定量する。
アンモニア態窒素量:
土壌試料に2MKClを添加し、1時間振とうした後、上澄み液をろ過し、抽出液中の硝酸態窒素量を、サリチル酸吸光光度法で定量する。
【0074】
さらに、深層学習後の新規の被測定土壌の測定においては、第八のステップで取得した全波長スペクトルデータと、第九のステップで取得した所定の分析項目の予測値とを学習用データとしてもよい。
【符号の説明】
【0075】
1 土壌分析装置
10 ICP分析部
20 土壌分析部
21 ICP発光スペクトル処理部
22 制御部
30 データ処理部
31 入出力インターフェース部
32 記憶装置
33 記憶部
34 予測部
41 入力データ
42 入力層
42a 入力ユニット
43 中間層
43a 中間ユニット
44 出力層
45 出力データ
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13