(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-04-01
(45)【発行日】2024-04-09
(54)【発明の名称】口唇閉鎖の訓練具
(51)【国際特許分類】
A63B 23/03 20060101AFI20240402BHJP
A47G 21/04 20060101ALI20240402BHJP
A47G 21/02 20060101ALI20240402BHJP
【FI】
A63B23/03
A47G21/04 Z
A47G21/02 Z
(21)【出願番号】P 2023222692
(22)【出願日】2023-12-28
【審査請求日】2023-12-28
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】524003976
【氏名又は名称】菅野 裕康
(74)【代理人】
【識別番号】100085660
【氏名又は名称】鈴木 均
(74)【代理人】
【識別番号】100149892
【氏名又は名称】小川 弥生
(74)【代理人】
【識別番号】100185672
【氏名又は名称】池田 雅人
(72)【発明者】
【氏名】菅野 裕康
【審査官】岸 智史
(56)【参考文献】
【文献】特許第3877407(JP,B2)
【文献】特開2007-319303(JP,A)
【文献】特表2021-526947(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2021/0178223(US,A1)
【文献】米国特許出願公開第2018/0207475(US,A1)
【文献】米国特許第6203471(US,B1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A63B 1/00-26/00
A47G 21/00-23/16
A61H 1/00-5/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
摂食者の口腔内に食物供給者が食物を供給する際に使用され、口唇閉鎖の訓練を行うための訓練具であって、
前記食物供給者が把持する把持部と、
前記把持部の先部から先方へ延出した食物供給部と、
前記食物供給部の下方に設けられて、前記食物供給部の少なくとも先部が前記摂食者の前記口腔内に差し入れられたときに当該摂食者の下顎前部と接して押圧し、当該摂食者のオトガイ筋の動きを抑える下顎押圧部と、
を備えることを特徴とする口唇閉鎖の訓練具。
【請求項2】
前記下顎押圧部は、前記オトガイ筋の起始部を押圧することを特徴とする請求項1に記載の口唇閉鎖の訓練具。
【請求項3】
前記食物供給部は、当該食物供給部の少なくとも先部が前記摂食者の前記口腔内に差し入れられたときに当該摂食者の舌の上方への動きを規制することを特徴とする請求項1に記載の口唇閉鎖の訓練具。
【請求項4】
前記食物供給部は、前記食物を溜めるための窪み部を備えた掬い部であることを特徴とする請求項1に記載の口唇閉鎖の訓練具。
【請求項5】
前記食物供給部は、櫛歯を備えた櫛歯状部であることを特徴とする請求項1に記載の口唇閉鎖の訓練具。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、口唇閉鎖の訓練具に関する。
【背景技術】
【0002】
哺乳類であるヒトは、哺乳時には唇(上唇及び下唇)を乳房に密着させて舌で乳首を固定し摂乳するが、離乳期に入ると上唇はそのままで下唇を口腔側に巻き込みながら摂食嚥下する。
摂食時において下唇を口腔側へ巻き込んでしまうと、上唇を下唇側に下げ難くなることから口唇閉鎖の状態になり難い。このため、離乳期には、上唇と下唇とを閉じる口唇閉鎖の訓練を行うことが望ましい。
【0003】
特許文献1には、哺乳期から離乳期にかけての幼児が固形又は半固形の食品を摂食するための訓練をするためのスプーンが開示されている。当該スプーンは、ボウル部(掬い部)を幼児の口腔内に差し入れる際に、当該ボウル部を適切な位置に留めるための位置決め手段を備えている。特許文献1のスプーンによれば、位置決め手段によってボウル部を適切な差し入れ深さで口腔内に差し入れることができる。
【0004】
また、成人であっても、口唇閉鎖不全症(いわゆるポカン口)は口呼吸が習慣化したり、口腔が乾燥する等の問題が生じ得るため、口唇閉鎖の訓練を行うことが望ましい。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献1のスプーンでは、ボウル部の差し入れ長さを適切な長さにできるものの、下唇の口腔側への巻き込みを抑えることはできない。そして、下唇が口腔側に巻き込まれた状態では、上唇を下唇側に下げ難くなるために口唇閉鎖の状態になり難い。
本発明は、このような事情に鑑みてなされたものであり、その目的は、口唇閉鎖の訓練に適した訓練具を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決するために、本発明は、摂食者の口腔内に食物供給者が食物を供給する際に使用され、口唇閉鎖の訓練を行うための訓練具であって、前記食物供給者が把持する把持部と、前記把持部の先部から先方へ延出した食物供給部と、前記食物供給部の下方に設けられて、前記食物供給部の少なくとも先部が前記摂食者の前記口腔内に差し入れられたときに当該摂食者の下顎前部と接して押圧し、当該摂食者のオトガイ筋の動きを抑える下顎押圧部と、を備えることを特徴とする。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、口唇閉鎖の訓練に適した訓練具を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【
図2】第1実施形態に係るスプーンの斜視図である。
【
図3】第1実施形態に係るスプーンの右側面図である。
【
図4】幼児に対する食物の供給を説明する図である。
【
図6】第1実施形態に係るスプーンの平面図である。
【
図7】第1実施形態に係るスプーンの底面図である。
【
図11】(a)は下顎押圧部の作用を説明する図、(b)は掬い部の作用を説明する図である。
【
図12】(a)は第2実施形態に係るスプーンを説明する右側面図、(b)は第2実施形態に係るスプーンを説明する底面図である。
【
図13】第3実施形態に係るスプーンを説明する斜視図である。
【
図14】(a)は第4実施形態に係るフォークの底面図、(b)は第4実施形態に係るフォークの右側面図である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
<発明の完成に至った経緯>
最初に、発明者が発明の完成に至った経緯について説明する。
図1は幼児IFの表情筋の一部を示す図、
図2は第1実施形態に係るスプーン10(訓練具)の斜視図である。
図1に示すように、幼児IF(摂食者)の上唇LPU、及び下唇LPDの周囲には口輪筋MS1が存在する。口輪筋MS1は例えば口唇LPを前方に尖らせる働きをする筋肉である。下唇LPDの左右中央であって口輪筋MS1の下方にはオトガイ筋MS2が存在する。オトガイ筋MS2は収縮によって下唇LPDを持ち上げる作用を有しており、下唇LPDを口腔側に巻き込む際にも収縮する。オトガイ筋MS2の起始部MS2aは、下顎両側切歯とオトガイとの間、具体的には下顎両側切歯の根尖部骨の表面に存在している。
【0011】
オトガイ筋MS2の左右両外側には下唇下制筋MS3が存在する。下唇下制筋MS3は下唇LPDを左右外側であって斜め下方に引っ張る働きをする筋肉である。下唇下制筋MS3の左右両外側には口角下制筋MS4が存在する。口角下制筋MS4は上唇LPU、及び口角を下方に引っ張る働きをする筋肉である。
一方、上唇LPU側には上唇挙筋MS5、及び口角挙筋MS6が存在する。上唇挙筋MS5は眼窩下縁の直下から起始し、上唇LPUと鼻翼の一部に停止する。上唇挙筋MS5は主に上唇LPUを挙上する働きをする筋肉である。口角挙筋MS6は上顎骨前面の犬歯窩から起始し、口角部と上唇LPUの筋に停止する。口角挙筋MS6は上唇LPUと口角とを上方に牽引する働きをする筋肉である。
【0012】
発明者は口唇閉鎖の訓練について鋭意検討し、オトガイ筋MS2(特に起始部MS2a)を押圧するとオトガイ筋MS2の収縮が抑制されて下唇LPDを口腔側に巻き込む動きが制限されることに着目し、
図2に示すように掬い部12(食物供給部)の下方に下顎押圧部13を設けたスプーン10を着想した。
当該スプーン10を使用することにより、掬い部12が幼児IFの口腔内に差し入れられたときに、下顎押圧部13が幼児IFの下顎前部JWを押圧してオトガイ筋MS2の動きを抑えて下唇LPDの動きが制限される。
発明者は、下唇LPDの動きが制限された状態の幼児IFがオトガイ筋MS2以外の表情筋を働かせ、上唇LPUを下唇LPDに向けて移動させることで口唇閉鎖の動きを効率よく習得できると考え、発明の完成に至った。
【0013】
<本発明の実施形態について>
以下、本発明の実施形態について、図面を参照して詳細に説明する。但し、各実施の形態に記載される構成要素、種類、組み合わせ、形状、その相対配置などは特定的な記載がない限り、この発明の範囲をそれのみに限定する主旨ではなく単なる説明例に過ぎない。
例えば、第1実施形態では幼児IFに対する口唇閉鎖の訓練に使用するスプーン10について説明するが、本発明に係る訓練具は幼児IF用のスプーン10に限定されない。本発明に係る訓練具は、例えば第3実施形態で説明するように口唇閉鎖不全症の成人に対する口唇閉鎖の訓練に使用されるスプーン30であってもよいし、第4実施形態で説明するように口唇閉鎖の訓練に使用されるフォーク40であってもよい。
【0014】
<第1実施形態に係るスプーン10の概要>
図3は第1実施形態に係るスプーン10の右側面図、
図4は幼児IFに対する食物の供給を説明する図、
図5は下顎押圧部13の作用を説明する図である。
図2、及び
図3に示すスプーン10は、例えば幼児IFの口腔内に親や介助者等(食物供給者)がスープ等の食物を供給する際に使用される。また、スプーン10は、幼児IF自身がスープ等の食物を摂食する際にも使用される。この場合、幼児IFは摂食者であり、且つ食物供給者でもある。
このスプーン10は、親等によって把持される柄11(把持部)と、柄11の先部に設けられて食物を掬う掬い部12と、掬い部12の下方に設けられた下顎押圧部13と、を備えている。
掬い部12は平面視で略円形状をしており、その上面には食物を溜めるための窪み部12aが設けられている。掬い部12の先部は柄11の先部よりも先方へ延出されており、先端側から幼児IFの口腔内に差し入れられる。
【0015】
図4、及び
図5に示すように、下顎押圧部13は、掬い部12の少なくとも先部が幼児IFの口腔内に差し入れられたときに、幼児IFの下顎前部JWと接して押圧し、オトガイ筋MS2の動きを抑制する。下顎押圧部13によって下顎前部JWを押圧するとオトガイ筋MS2の収縮が抑えられる。
幼児IFは、オトガイ筋MS2の収縮が抑えられることによって下唇LPDを口腔側に巻き込む動きが制限され、口唇LPを閉鎖すべくオトガイ筋MS2以外の表情筋を働かせて上唇LPUを下唇LPDに向けて移動させようとする。
【0016】
上述した一連の動作を繰り返し行うことにより、幼児IFは下唇LPDを口腔側に巻き込むことなく上唇LPUを下唇LPDに向けて移動させるようになり、口唇閉鎖の動きを習得する。
このように、第1実施形態に係るスプーン10によれば口唇閉鎖の訓練を効果的に行うことができる。
【0017】
<第1実施形態に係るスプーン10の詳細>
以下、第1実施形態に係るスプーン10を詳細に説明する。
図6は第1実施形態に係るスプーン10の平面図、
図7は第1実施形態に係るスプーン10の底面図、
図8は
図6のA-A線断面図、
図9は掬い部12の拡大斜視図、
図10は下顎押圧部13の拡大斜視図である。
【0018】
図6乃至
図8に示すスプーン10は、幼児IFに対する口唇閉鎖の訓練に適した形状をしており、親等の食物供給者によって把持される柄11と、柄11の先部に設けられてスープ等の食物を掬う掬い部12と、掬い部12の下方に掬い部12と一体に設けられて幼児IFへの食物の供給時に幼児IFの下顎前部JWと接して押圧する下顎押圧部13と、下顎押圧部13と柄11の間に設けられた補強部14とを備えている。
説明の便宜上、
図8には柄11、掬い部12、下顎押圧部13、及び補強部14の境界を破線で描いている。
【0019】
本実施形態のスプーン10は樹脂によって一体整形されている。このため、当該スプーン10は量産が容易である。樹脂としては、例えばポリエチレンやポリプロピレン等のエンジニアリングプラスチック、及びシリコン樹脂を用いることができる。
なお、スプーン10は樹脂製に限られない。例えば、スプーン10を木で作製してもよいし、紙繊維を樹脂で固めることによって作製してもよい。
【0020】
柄11は、スプーン長手方向(訓練具長手方向)に沿って長い棒状部材であり、その長さは成人の手で持つために適した長さに定められている。柄11の中間部から後端部までは漸次幅広に構成され、且つ後端部である柄尻は湾曲凸面によって構成されている。また、柄11の厚み(スプーン10高さ方向の寸法)は柄11の全体に亘って略一定である。
【0021】
図6乃至
図9に示すように、掬い部12は平面視で略円形をしており、掬い部12の幅W12[スプーン幅方向(訓練具幅方向)の寸法]は幼児IFの平均的な口のサイズにあわせて定められる。掬い部12が平面視で略円形であることから、掬い部12におけるスプーン長手方向の寸法L12(以下、掬い部12の長さL12ともいう)は掬い部12の幅W12と略等しい。なお、掬い部12の長さL12を掬い部12の幅W12とは異ならせてもよい。例えば、掬い部12の長さL12を掬い部12の幅W12よりも長くしてもよいし、掬い部12の幅W12よりも短くしてもよい。
【0022】
掬い部12の厚さH12[スプーン高さ方向(訓練具高さ方向)の寸法]は、掬い部12の幅W12と同様に、幼児IFの平均的な口のサイズにあわせて定められる。
掬い部12の上面には、食物を掬い入れるための窪み部12a(凹部)が設けられている。窪み部12aは浅い湾曲凹面によって構成されており、窪み部12a内に溜められたスープやペースト状の食物を幼児IFが無理なく摂食できる構成を備えている。
【0023】
図7乃至
図10に示すように、下顎押圧部13は、掬い部12の下面から下向きに突設された略半円柱形の部分であり、下端部分はR面取りされている。
本実施形態において、下顎押圧部13は、掬い部12におけるスプーン幅方向の略中央位置であって、掬い部12の先端よりも後端寄りの位置に設けられている。
下顎押圧部13の先端と掬い部12の先端との間の距離GP1は、掬い部12の口腔内への挿入深さに応じて定められる。この距離GP1は、例えば下顎押圧部13が幼児IFの下顎前部JWに接したときに、掬い部12が幼児IFの口腔内へ適切な深さで差し入れられる距離とされる。
【0024】
下顎押圧部13の高さH13(スプーン高さ方向の寸法)は、幼児IFの口腔内に掬い部12を差し入れたときに、下顎押圧部13の下端がオトガイ筋MS2の起始部MS2aよりも下側に位置する高さに定められる。上述したように、オトガイ筋MS2の起始部MS2aは、下顎両側切歯とオトガイとの間、具体的には下顎両側切歯の根尖部骨の表面に存在する。従って、下顎押圧部13の高さH13は、口腔内に掬い部12を差し入れた際に、下顎押圧部13の下端が下顎両側切歯の根尖部骨の表面よりも下方に位置する寸法に定められている。
【0025】
図7に示す下顎押圧部13の幅W13(スプーン幅方向の寸法)は、幼児IFの下顎前部JWを押圧したときにオトガイ筋MS2の起始部MS2aの動きを抑制できる幅に定められる。
図7、
図9、及び
図10に示すように、下顎押圧部13の先端側の表面は円弧形状に湾曲しているが、オトガイ筋MS2の動きを抑制できればこの形状に限定されない。
【0026】
図8に示すように、補強部14は、柄11と下顎押圧部13の下部との間に設けられた側面視略三角形状の部分であり、下顎押圧部13の強度を補う目的で設けられている。下顎押圧部13は、補強部14が設けられていることから押圧時における変形が抑制される。
なお、補強部14は、下顎押圧部13の強度を補うことができれば、その形状は限定されない。
【0027】
<スプーン10を用いた訓練について>
図4に示すように、スプーン10を用いた訓練では、親等の食物供給者が掬い部12にスープ等の食物を掬い入れ、食物を掬い入れた掬い部12を先端側から幼児IFの口腔内に差し入れる。
その際、親等は、下顎押圧部13の先端面が幼児IFの下顎前部JWと接するまで、掬い部12を幼児IFの口腔内に差し入れる。その状態から、親等がスプーン10を適度な力で押圧すると、下顎押圧部13は幼児IFの下顎前部JWを押圧する。なお、幼児IF自身が食物を摂食する場合には、幼児IF自身がスプーン10を適度な力で引き寄せる。これに伴い、下顎押圧部13は下顎前部JWを押圧する。
下顎前部JWの押圧に伴ってオトガイ筋MS2の起始部MS2aも押圧されるため(
図5を参照)、オトガイ筋MS2の収縮が制限される。オトガイ筋MS2の収縮が制限された状態の幼児IFは、口を閉じようとして働きが制限されていない他の表情筋を働かせる。
【0028】
図11(a)は下顎押圧部13の作用を説明する図、
図11(b)は掬い部12の作用を説明する図である。
例えば
図11(a)に示すように、幼児IFは、口角を左右外側に引っ張る(矢印F1で示す)。これにより、恰も巾着のように口唇LPを閉鎖する力が生じる(矢印F2で示す)。口唇LPを閉鎖する動作は、口角挙筋MS6、及び口角下制筋MS4の協調収縮が果たす役割が大きいと考えられる。
この動作を繰り返し行うことにより、幼児IFは下唇LPDを口腔側に巻き込むことなく上唇LPUを下唇LPDに向けて移動できるようになり、口唇閉鎖の動きを効率よく習得できる。
こうして咀嚼能力獲得の第一歩と言われる口唇閉鎖力を獲得した幼児IFは、離乳期本来の目標である咀嚼・嚥下能力や発語・鼻呼吸を守るなどの多様な口腔機能の特性である「切り換え」の運動調整力の質を高める事ができる。
【0029】
また、
図11(b)に示すように、摂食時において幼児IFは、口角を引くようにして掬い部12を捕らえ、上唇LPUによって窪み部12a内の食物を拭い取る。掬い部12を斜め上方(矢印M1で示す)に向けて引く抜くことより、掬い部12の背面形状に沿って舌TG(舌尖TG1)が上の前歯の裏側に上がろうとするが、掬い部12によって上方への動きが規制される。
この一連の動きにより、舌TGを動かす舌骨上筋群の筋力が高められ、嚥下の能力を高めることができる。
【0030】
<第2実施形態に係るスプーン20>
前述した第1実施形態に係るスプーン10は、掬い部12、柄11(把持部)、及び下顎押圧部13を、樹脂によって一体成型していたが、この構成に限定されない。
図12(a)は第2実施形態に係るスプーン20を説明する右側面図、
図12(b)は第2実施形態に係るスプーン20を説明する底面図である。
【0031】
第2実施形態に係るスプーン20は、下顎押圧部23が掬い部22と一体に設けられており、且つ柄21がこれらの掬い部22、及び下顎押圧部23とは別の部材によって構成されている。
柄21の先端は、下顎押圧部23の後端に結合される。両者を結合するため、柄21の先端には結合用突片21aが設けられており、下顎押圧部23の後端には結合用突片21aが嵌合される結合用凹所23aが設けられている。
【0032】
この実施形態において、掬い部22、下顎押圧部23、及び柄21は、何れも樹脂製であるが、掬い部22、及び下顎押圧部23と、柄21とを異なる樹脂で作製してもよい。
この第2実施形態に係るスプーン20は、設計上の自由度が高いという特徴を有している。例えば、柄21の外周面を柔軟な樹脂によって作製し、且つ掬い部22、及び下顎押圧部23を、柄21よりも硬質の樹脂で作製することにより、柄21は持ちやすくすることができ、且つ掬い部22、及び下顎押圧部23については押圧力を高めることができる。
【0033】
また、第2実施形態に係るスプーン20では、掬い部22におけるスプーン長手方向の長さL22がスプーン幅方向の長さW22(スプーン長手方向とは交差する交差方向の長さ)よりも長くなっている。この構成によって、掬い部22を口腔内の内奥側へ容易に差し入れることができる。
加えて、第2実施形態に係るスプーン20では、掬い部22の下面と下顎押圧部23の上面との間に隙間が設けられており、且つ下顎押圧部23の先端側表面が四角形状の平面(上下左右方向に拡がる四角形状の面)になっている。下顎押圧部23は、オトガイ筋MS2における起始部MS2a以外の部分も押圧することができる。
第2実施形態に係るスプーン20でも第1実施形態に係るスプーン10と同様の作用効果を奏する。
【0034】
<第3実施形態に係るスプーン30>
前述した第1実施形態に係るスプーン10、及び第2実施形態に係るスプーン20は、何れも幼児IFに対して食物を供給するものであったが、この構成に限定されない。
図13は、第3実施形態に係るスプーン30を説明する斜視図である。第3実施形態に係るスプーン30は、口唇閉鎖不全症の成人に対する口唇閉鎖の訓練に使用される。この場合、スプーン10の使用者は摂食者であり、且つ食物供給者でもある。
【0035】
図13に示す第3実施形態に係るスプーン30は金属製である。このスプーン30では、狭幅の帯状鋼材を屈曲させることにより、下顎押圧部33と柄31と接合片部34とを一体に設けている。そして、平面視で楕円皿形状の掬い部32を別に作製し、掬い部32の下面を接合片部34の上面に溶接等によって結合している。
なお、第3実施形態に係るスプーン30は成人用であるため、各部(柄31、掬い部32、下顎押圧部33)は成人の使用に適した寸法で作製される。
第3実施形態に係るスプーン30でも、第1実施形態に係るスプーン10、及び第2実施形態に係るスプーン20と同様の作用効果を奏する。また、第2実施形態に係るスプーン20と同様に設計上の自由度を高めることができる。
【0036】
<第4実施形態に係るフォーク40>
前述した各実施形態では訓練具としてスプーン10、20、30を例示したが、訓練具はスプーンに限定されるものではなく、例えばフォークであってもよい。
図14(a)は第4実施形態に係るフォーク40の底面図、
図14(b)は第4実施形態に係るフォーク40の右側面図である。
【0037】
図14(a)、(b)に示すように、フォーク40は、親等の食物供給者によって把持される柄41と、柄41の先部に設けられ、且つ櫛歯42aを備えた櫛歯状部42と、櫛歯状部42の下方に櫛歯状部42と一体に設けられて幼児IFへの食物の供給時に幼児IFの下顎前部JWと接して押圧する下顎押圧部43と、下顎押圧部43と柄41の間に設けられた補強部44とを備えている。フォーク40は、例えば樹脂による一体成型によって作製することができるが、木で作製してもよいし、紙繊維を樹脂で固めることによって作製してもよい。
フォーク40において、柄41、下顎押圧部43、及び補強部44は、第1実施形態に係るスプーン10が備える柄11、下顎押圧部13、及び補強部14と同じ構成である。
説明が重複するので省略するが、このフォーク40でもスプーン10と同様に、下顎押圧部43が下顎前部JWを押圧することにより、口唇閉鎖の動きを効率よく習得できる。
【0038】
櫛歯状部42が備える櫛歯42aは、食物を載せたり、食物に突き刺したりするための部分であり、その長さL42[フォーク長手方向(訓練具長手方向)の長さ]は、幅W42[フォーク幅方向(交差方向)の長さ]よりも長い。このため、櫛歯状部42の口腔内への差し入れが容易に行える。
そして、スプーン10について
図11(b)にて説明したように、このフォーク40でも嚥下の能力を高めることができる。
【0039】
<その他の変形例>
前述した各実施形態に係るスプーン10、20、30では、下顎押圧部13、23、33がオトガイ筋MS2の起始部MS2aを押圧する例について説明したが、この構成に限定されない。下顎押圧部13、23、33は、オトガイ筋MS2の動きを抑えることができれば、起始部MS2a以外の部位を押圧する構成であってもよい。
前述した各実施形態に係るスプーン10、20、30において、柄11、21、31は食物供給者が把持できる形状であれば、例示した形状に限定されない。
【0040】
[本発明の実施態様例と作用、効果のまとめ]
<第一の実施態様>
本態様は、摂食者(幼児、口唇閉鎖不全症の成人等)の口腔内に食物供給者が食物を供給する際に使用され、口唇閉鎖の訓練を行うための訓練具(スプーン10、20、30、及びフォーク40)であって、食物供給者が把持する把持部(柄11、21、31、41)と、把持部の先部から先方へ延出した食物供給部(掬い部12、22、32、及び櫛歯状部42)と、食物供給部の下方に設けられて、食物供給部の少なくとも先部が摂食者の口腔内に差し入れられたときに当該摂食者の下顎前部(下顎前部JW)と接して押圧し、当該摂食者のオトガイ筋(オトガイ筋MS2)の動きを抑える下顎押圧部(下顎押圧部13、23、33、43)と、を備えることを特徴とする。
本態様に係る口唇閉鎖の訓練具によれば、下顎押圧部によってオトガイ筋の動きが抑えられた摂食者は、オトガイ筋の収縮が抑えられることによって下唇(下唇LPD)を口腔側に巻き込む動きが制限され、口唇(口唇LP)を閉鎖すべくオトガイ筋以外の表情筋を働かせて上唇(上唇LPU)を下唇に向けて移動させようとする。当該動作を繰り返し行うことにより、摂食者は下唇を口腔側に巻き込むことなく上唇を下唇に向けて移動させるようになり、口唇閉鎖の動きを習得できる。
【0041】
<第二の実施態様>
本態様に係る口唇閉鎖の訓練具において、下顎押圧部は、オトガイ筋の起始部(起始部MS2a)を押圧することを特徴とする。
本態様に係る口唇閉鎖の訓練具によれば、下顎押圧部がオトガイ筋の起始部を押圧するため、オトガイ筋の動きを効果的に抑えることができる。
【0042】
<第三の実施態様>
本態様に係る口唇閉鎖の訓練具において、食物供給部は、当該食物供給部の少なくとも先部が摂食者の口腔内に差し入れられたときに当該摂食者の舌の上方への動きを規制することを特徴とする。
本態様に係る口唇閉鎖の訓練具によれば、食物供給部によって舌(舌TG)の上方への動きを規制されると、舌を動かす舌骨上筋群が舌全体を上方向に動かそうとし、舌骨上筋群の筋力が高められる。その結果、嚥下の能力を高めることができる。
【0043】
<第四の実施態様>
本態様に係る口唇閉鎖の訓練具において、食物供給部は、食物を溜めるための窪み部(窪み部12a)を備えた掬い部(掬い部12)であることを特徴とする。
本態様に係る口唇閉鎖の訓練具によれば、スープ等を摂食する過程で口唇閉鎖の動きを習得できる。
【0044】
<第五の実施態様>
本態様に係る口唇閉鎖の訓練具において、食物供給部は、櫛歯(櫛歯42a)を備えた櫛歯状部(櫛歯状部42)であることを特徴とする。
本態様に係る口唇閉鎖の訓練具によれば、櫛歯を用いて食物を摂食する過程で口唇閉鎖の動きを習得できる。
【符号の説明】
【0045】
10…第1実施形態に係るスプーン、11…柄、12…掬い部、12a…窪み部、W12…掬い部の幅、L12…掬い部の長さ、H12…掬い部の厚さ、13…下顎押圧部、W13…下顎押圧部の幅、H13…下顎押圧部の高さ、14…補強部、GP1…下顎押圧部の先端と掬い部の先端との間の距離、20…第2実施形態に係るスプーン、21…柄、21a…結合用突片、22…掬い部、W22…掬い部の幅、L22…掬い部の長さ、23…下顎押圧部、23a…結合用凹所、30…第3実施形態に係るスプーン、31…柄、32…掬い部、33…下顎押圧部、34…接合片部、40…第4実施形態に係るフォーク、41…柄、42…櫛歯状部、42a…櫛歯、43…下顎押圧部、44…補強部、IF…幼児、LP…口唇、LPU…上唇、LPD…下唇、JW…下顎前部、MS1…口輪筋、MS2…オトガイ筋、MS2a…オトガイ筋の起始部、MS3…下唇下制筋、MS4…口角下制筋、MS5…上唇挙筋、MS6…口角挙筋、TG…舌、TG1…舌尖
【要約】
【課題】口唇閉鎖の訓練に適した訓練具を提供する。
【解決手段】スプーン10は、幼児IF等(摂食者)の口腔内に親等(食物供給者)が食物を供給する際に使用されて口唇閉鎖の訓練を行うための訓練具であり、親等が把持する柄11(把持部)と、柄11の先部から先方へ延出した掬い部12(食物供給部)と、掬い部12の下方に設けられて、掬い部12の少なくとも先部が幼児IF等の口腔内に差し入れられたときに当該幼児IF等の下顎前部JWと接して押圧し、オトガイ筋MS2の動きを抑える下顎押圧部13と、を備えることを特徴としている。
【選択図】
図5