(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-04-01
(45)【発行日】2024-04-09
(54)【発明の名称】モータエンコーダ及びセンサを用いて軌跡推定を行う機械システム
(51)【国際特許分類】
B25J 9/10 20060101AFI20240402BHJP
G05B 19/19 20060101ALI20240402BHJP
【FI】
B25J9/10 A
G05B19/19 L
(21)【出願番号】P 2020000910
(22)【出願日】2020-01-07
【審査請求日】2022-11-21
(73)【特許権者】
【識別番号】390008235
【氏名又は名称】ファナック株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100099759
【氏名又は名称】青木 篤
(74)【代理人】
【識別番号】100123582
【氏名又は名称】三橋 真二
(74)【代理人】
【識別番号】100112357
【氏名又は名称】廣瀬 繁樹
(72)【発明者】
【氏名】鷲頭 伸一
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 元
【審査官】稲垣 浩司
(56)【参考文献】
【文献】特開2019-181610(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B25J 1/00 - 21/02
G05B 19/19
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
機械先端部に設けたセンサと、機械機構部に設けたモータエンコーダとを用いて機械の軌跡を推定する機械システムであって、
前記センサで推定又は取得したセンサ時系列信号と前記モータエンコーダで取得又は推定したエンコーダ時系列信号との間の相関の度合いに基づき、前記モータエンコーダから前記機械先端部にかけての遅れ時間を計算する遅れ時間計算部と、
計算された前記遅れ時間に基づいて前記エンコーダ時系列信号の波形を修正する信号波形修正部と、
前記センサ時系列信号から修正された前記エンコーダ時系列信号を減算し、前記エンコーダ時系列信号を減算した前記センサ時系列信号から低周波成分を除去し、前記低周波成分が除去された前記センサ時系列信号に前記エンコーダ時系列信号を加算することによって、前記機械先端部の実軌跡を推定する軌跡推定部と、
を備える、機械システム。
【請求項2】
前記相関の度合いは、前記センサ時系列信号と前記エンコーダ時系列信号との間の、乗算平均、差分絶対値和、差分二乗和、正規化相互相関、又は零平均正規化相互相関である、請求項1に記載の機械システム。
【請求項3】
前記遅れ時間計算部は、前記センサ時系列信号に対して前記エンコーダ時系列信号を時間軸上でシフトさせながら、又は前記エンコーダ時系列信号に対して前記センサ時系列信号を時間軸上でシフトさせながら前記相関の度合いを算出する、請求項1又は2に記載の機械システム。
【請求項4】
前記遅れ時間を計算する前に、前記モータエンコーダによる軌跡推定に使用される低周波数成分のみを通過させるローパスフィルタをさらに備える、請求項1から3のいずれか一項に記載の機械システム。
【請求項5】
前記遅れ時間を計算する前に、前記センサのオフセット誤差を除去するハイパスフィルタをさらに備える、請求項1から4のいずれか一項に記載の機械システム。
【請求項6】
前記遅れ時間計算部は、前記エンコーダ時系列信号の変化量又は大きさに応じて前記遅れ時間を計算する、請求項1から5のいずれか一項に記載の機械システム。
【請求項7】
前記遅れ時間計算部は、前記エンコーダ時系列信号の変化量又は大きさに応じて予め定めた区間毎に前記遅れ時間を計算する、請求項6に記載の機械システム。
【請求項8】
前記区間は、前記エンコーダ時系列信号の変化量又は大きさが大きい区間と小さい区間を含む、請求項7に記載の機械システム。
【請求項9】
前記区間を定める閾値が複数ある、請求項7又は8に記載の機械システム。
【請求項10】
前記遅れ時間計算部は、予め定めた制約下で、各区間において相関が最大になった時点の前記遅れ時間を計算する、請求項7から9のいずれか一項に記載の機械システム。
【請求項11】
前記信号波形修正部は、前記区間と前記区間との間では前記遅れ時間を漸次的に切り替える、請求項7から10のいずれか一項に記載の機械システム。
【請求項12】
前記機械が多軸機械であり、前記信号波形修正部は、前記機械の各軸の次元で又は前記機械先端部の次元で前記エンコーダ時系列信号の波形を修正する、請求項1から11のいずれか一項に記載の機械システム。
【請求項13】
前記エンコーダ時系列信号は、前記各軸の角度、角速度、角加速度、又はトルクの時系列データである、或いは前記機械先端部の位置、速度、加速度、又は負荷の時系列データである、請求項12に記載の機械システム。
【請求項14】
前記センサは、加速度センサ、ジャイロセンサ、又は慣性センサを含む、請求項1から13のいずれか一項に記載の機械システム。
【請求項15】
前記軌跡推定部は、前記センサ時系列信号の高周波成分と前記エンコーダ時系列信号の低周波成分とに基づいて前記機械先端部の前記実軌跡を推定する、請求項1から14のいずれか一項に記載の機械システム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、機械システムに関し、特にモータエンコーダ及びセンサを用いて軌跡推定を行う機械システムに関する。
【背景技術】
【0002】
産業用ロボット、工作機械等の機械先端部にセンサを取付けて動作中の振動を計測することにより、機械先端部の振動を制御する方法が提案されている。
【0003】
特許文献1には、アーム根元に取付けたアーム根元位置センサと、アーム先端部に取付けた加速度計とによってアームの振動を検出することが開示されている。アーム根元位置センサで得られたアーム根元位置検出信号と、加速度計で得られたアーム先端速度検出信号と、アーム先端速度設定値及びアーム根元位置設定値とを比較して得られた値に基づき、アームを目標位置に移動させる指令を演算し、その結果をアクチュエータへ制御信号として送ることが記載されている。
【0004】
特許文献2には、センサによって検出したロボット機構部の制御対象位置を、目標軌跡又は目標位置に近づけるために学習補正量を算出する学習を行う学習制御部を備え、学習制御部は、最大速度オーバライドに至るまで複数回に渡って速度オーバライドを増加させながら学習補正量を算出する学習を行うことが開示されている。
【0005】
特許文献3には、学習制御部が、モータエンコーダの情報から位置偏差の低周波成分を推定すると共に、センサの情報から位置偏差の高周波成分を推定する位置偏差推定部を備えることが開示されている。
【0006】
特許文献4には、無線センサからの信号の伝送に遅れが生じた場合に、そのセンサ信号を補正するため、センサ信号に対応するアーム先端部の加速度の第1時系列データを取得し、各軸のモータの指令値を順変換し2階微分することによりアーム先端部の加速度の第2時系列データを取得し、第1時系列データと第2時系列データとの相関の度合いに応じて、第2時系列データに対する第1時系列データの遅れ時間を演算し、演算された遅れ時間により第1時系列データを補正することが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】特開平8-47882号公報
【文献】特開2011-167817号公報
【文献】特開2019-181610号公報
【文献】特開2015-163416号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
加速度センサ、ジャイロセンサ、慣性センサ等のセンサでは、センサの速度データや加速度データから位置を推定する際に低周波成分の推定誤差が累積してしまうという問題がある。この推定誤差はハイパスフィルタで除去できるが、機械先端部の軌跡の低周波成分も取り除かれてしまうため、目標軌跡と実軌跡との間の軌跡偏差を推定できなくなってしまう。この問題の解決手段として、モータエンコーダの位置データの低周波成分を利用することで軌跡の推定精度を改善できる。
【0009】
しかしながら、モータエンコーダで推定した機械先端部の軌跡には、機械機構部やツールの撓み、バックラッシといった機械機構部やツールに起因して生じるモータエンコーダから機械先端部にかけての遅れ時間が考慮されていない。従って、撓みが大きくなる高負荷時、高加速時等や、各軸の正転時及び逆転時等において推定誤差が大きくなることがある。また、この遅れ時間は、機械機構部やツールの剛性、速度、加速度、負荷、姿勢等によって時々刻々と変化するため、精度良く見積もることが難しい。
【0010】
そこで、機械機構部やツールに起因して生じるモータエンコーダから機械先端部にかけての遅れ時間を修正する技術が求められている。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本開示の一態様は、機械先端部に設けたセンサと、機械機構部に設けたモータエンコーダとを用いて機械の軌跡を推定する機械システムであって、センサで推定又は取得したセンサ時系列信号とモータエンコーダで取得又は推定したエンコーダ時系列信号との間の相関の度合いに基づき、モータエンコーダから機械先端部にかけての遅れ時間を計算する遅れ時間計算部と、計算された遅れ時間に基づいてエンコーダ時系列信号の波形を修正する信号波形修正部と、前記センサ時系列信号から修正された前記エンコーダ時系列信号を減算し、前記エンコーダ時系列信号を減算した前記センサ時系列信号から低周波成分を除去し、前記低周波成分が除去された前記センサ時系列信号に前記エンコーダ時系列信号を加算することによって、機械先端部の実軌跡を推定する軌跡推定部と、を備える、機械システムを提供する。
【発明の効果】
【0012】
本開示の一態様によれば、モータエンコーダから機械先端部にかけての遅れ時間を含むセンサ時系列信号を利用してエンコーダ時系列信号の波形を修正するため、遅れ時間を考慮したエンコーダ時系列信号を生成できる。ひいては、センサ時系列信号とエンコーダ時系列信号とに基づいて機械先端部の実軌跡を精度良く推定できることになる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】一実施形態における機械システムの概略構成を示すブロック図である。
【
図2A】機械機構部及びツールの少なくとも一方に起因して生じる遅れ時間の一例を示す図である。
【
図2B】遅れ時間に基づき修正されたエンコーダ推定位置の一例を示す図である。
【
図3】センサ時系列信号とモータエンコーダ時系列信号の前処理の一例を示すブロック図である。
【
図4A】センサのオフセット誤差を除去する前の波形の一例を示すグラフである。
【
図4B】センサのオフセット誤差を除去する前の相関の一例を示すグラフである。
【
図5A】センサのオフセット誤差を除去した後の波形の一例を示すグラフである。
【
図5B】センサのオフセット誤差を除去した後の相関の一例を示すグラフである。
【
図6】区間に分割せずに遅れ時間を計算する例を示すグラフである。
【
図7】区間毎に遅れ時間を計算する例を示すグラフである。
【
図9】他の実施形態における機械システムの概略構成を示すブロック図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、添付図面を参照して本開示の実施形態を詳細に説明する。各図面において、同一又は類似の構成要素には同一又は類似の符号が付与されている。また、以下に記載する実施形態は、特許請求の範囲に記載される発明の技術的範囲及び用語の意義を限定するものではない。
【0015】
図1は、本実施形態における機械システム1の概略構成を示している。機械システム1は、スタンドアロンシステムであり、機械10と、機械10の動作を制御する制御装置20と、を備えている。機械10は、例えば多関節ロボットであるが、単関節ロボットや、単軸や多軸の工作機械、建設機械といった他の産業機械でもよい。機械10は、モータ(図示せず)を備えた機械機構部11と、機械機構部11の先端に取付けたツール12と、を備えている。機械機構部11は、例えばロボットアームであるが、他の産業機械におけるボールねじ、レール等でもよい。ツール12は、例えばシーリングツールであるが、溶接ツール、ハンド等でもよい。制御装置20は、CPU(central processing unit)、ASIC(application specific integrated circuit)、FPGA(field-programmable gate array)等のプロセッサを備えたコンピュータ装置である。機械10及び制御装置20は、有線又は無線を介して通信可能に接続される。
【0016】
制御装置20は、機械先端部15に設けたセンサ13と、機械機構部11に設けたモータエンコーダ14とを用いて機械先端部15の実軌跡を推定する。機械先端部15は、例えばツール12の先端付近を指すが、位置制御の対象となる他の制御部位でもよい。センサ13は、例えば加速度センサ、ジャイロセンサ、慣性センサ等であるが、機械先端部15の振動を検出可能な他のセンサでもよい。センサ13は、機械先端部15の位置、速度、加速度、負荷等のセンサ時系列信号を出力する。モータエンコーダ14は、例えばロータリーエンコーダであるが、代わりにレゾルバ等のモータの位置を検出可能な他の位置検出器でもよい。モータエンコーダ14は、モータの角度、角速度、角加速度、トルク等のエンコーダ時系列信号を出力する。機械10が多関節ロボットや多軸工作機械等の多軸機械である場合には、モータエンコーダ14は、機械10の各軸に設けられる。センサ13とモータエンコーダ14は、有線又は無線を介して制御装置20に通信可能に接続される。なお、センサ13とモータエンコーダ14の通信遅延が発生しないように、特に無線センサを利用する場合には、無線センサと制御装置20との間で時刻が同期していることを前提とする。
【0017】
制御装置20は、遅れ時間計算部21と、信号波形修正部22と、軌跡推定部23と、を備えている。遅れ時間計算部21は、センサ13から推定又は取得したセンサ時系列信号とモータエンコーダ14から取得又は推定したエンコーダ時系列信号との間の相関の度合いに基づき、機械機構部11及びツール12の少なくとも一方に起因して生じるモータエンコーダ14から機械先端部15にかけての遅れ時間を計算する。相関の度合いは、センサ時系列信号とエンコーダ時系列信号との間の、乗算平均、差分絶対値和(SAD)、差分二乗和(SSD)、正規化相互相関(NCC)、又は零平均正規化相互相関(ZNCC)等でよい。遅れ時間計算部21は、センサ時系列信号に対してエンコーダ時系列信号を時間軸上でシフトさせながら、又はエンコーダ時系列信号に対してセンサ時系列信号を時間軸上でシフトさせながら相関の度合いを算出していき、相関の度合いが最大になった時点の遅れ時間を算出する。
【0018】
図2Aは、機械機構部11及びツール12の少なくとも一方に起因して生じる遅れ時間の一例を示している。
図2には、センサ13を設ける機械先端側と、モータエンコーダ14を設けるモータ側と、機械先端側とモータ側との間の機械機構部11及びツール12とが示されている。例えばモータが加速した場合、モータエンコーダ14で推定した機械先端部15のエンコーダ推定位置(破線で示す)は、機械機構部11及びツール12の少なくとも一方の撓み、バックラッシ等に起因した遅れ時間が考慮されていないのに対し、センサ13で推定した機械先端部15のセンサ推定位置(実線で示す)は、モータエンコーダ14から機械先端部15にかけての遅れ時間を含んだ現在の位置(実位置)である。従って、遅れ時間計算部21は、センサ時系列信号を利用してモータエンコーダ14から機械先端部15にかけての遅れ時間を計算するとよい。
【0019】
図2Bは、遅れ時間に基づいて修正されたエンコーダ推定位置(一点鎖線で示す)の一例を示している。遅れ時間は、機械機構部11及びツール12の少なくとも一方の剛性、速度、加速度、負荷、姿勢等によって時々刻々と変化するため、エンコーダ推定位置は、遅れ時間に基づいて時々刻々と修正するとよい。つまり、信号波形修正部22は、計算された遅れ時間に基づいてエンコーダ時系列信号の波形形状を修正することになる。
【0020】
機械10が、例えば多関節ロボット、多軸工作機械等の多軸機械である場合、機械10の各軸の次元でエンコーダ時系列信号の波形を修正してもよいし、又は機械先端部15の次元(直交座標系の次元)でエンコーダ時系列信号の波形を修正してもよい。各軸の次元で修正する場合、エンコーダ時系列信号は、各軸のモータエンコーダ14から取得した角度、角速度、角加速度、トルク等の時系列データでよく、センサ時系列信号は、機械先端部15のセンサ13から取得した位置、速度、加速度、負荷等から逆運動学によって推定した各軸の角度、角速度、角加速度、トルク等の時系列データでよい。他方、機械先端部15の次元で修正する場合、エンコーダ時系列信号は、各軸のモータエンコーダ14から取得した角度、角速度、角加速度、トルク等を順変換して推定した機械先端部15の位置、速度、加速度、負荷等の時系列データでよく、センサ時系列信号は、機械先端部15のセンサ13から取得した位置、速度、加速度、負荷等の時系列データでよい。
【0021】
図3は、センサ時系列信号とモータエンコーダ時系列信号の前処理の一例を示している。本例では、機械先端部15の次元で修正する例に基づいて説明する。例えばセンサ時系列信号は機械先端部15の加速度の時系列データであり、エンコーダ時系列信号は各軸のモータエンコーダ14から取得した角度を順変換して推定した機械先端部15の位置の時系列データである。制御装置20は、遅れ時間を計算する前に、センサ時系列信号とモータエンコーダ時系列信号を前処理する前処理部28をさらに備えているとよい。例えば前処理部28は、微分器30と、ローパスフィルタ31と、ハイパスフィルタ32と、を備えている。
【0022】
微分器30は、エンコーダ時系列信号(位置)を2回微分して機械先端部15の加速度の時系列データに変換する。これにより、エンコーダ時系列信号の成分(位置)をセンサ時系列信号の成分(加速度)に合わせることができる。ローパスフィルタ31は、センサ時系列信号とモータエンコーダ時系列信号の双方について適用され、モータエンコーダ14による軌跡推定に使用される低周波数成分のみを通過させる。これにより、必要とする周波数帯域でのみ遅れ時間の計算が可能になると共に、センサ時系列信号とモータエンコーダ時系列信号の周波数帯域を合わせることが可能になる。ハイパスフィルタ32は、センサ時系列信号とモータエンコーダ時系列信号の双方について適用され、センサ13のオフセット誤差を除去する。オフセット誤差とは、センサ13の出力誤差であり、例えばキャリブレーションに起因した誤差や温度に起因した誤差等を含む。例えば加速度センサの場合、オフセット誤差は、0Gのときに出力される定常的な出力誤差である。なお、ローパスフィルタ31のカットオフ周波数L1とハイパスフィルタ32のカットオフ周波数H1との関係は、L1>H1でよい。
【0023】
図4A及び
図4Bは、センサ13のオフセット誤差を除去する前の波形の一例を示している。
図4Aに示すように、センサ時系列信号(細線で示す)は、オフセット誤差分だけエンコーダ時系列信号(太線で示す)よりも信号の大きさ方向へずれているため、センサ時系列信号をオフセット誤差分だけ矢印の方向にずらす必要がある。
図4Bに示すように、オフセット誤差を除去せずに、センサ時系列信号とエンコーダ時系列信号との間の相関の度合いを算出すると、誤った時点で相関の度合いが最大になる可能性があり、この場合には二次的な誤差を生じ得る。
【0024】
図5A及び
図5Bはセンサ13のオフセット誤差を除去した後の波形の一例を示している。
図5Bに示すように、オフセット誤差を除去した後、センサ時系列信号とエンコーダ時系列信号との間の相関の度合いを算出すると、正しい時点で相関の度合いが最大になる。
【0025】
図3を再び参照すると、遅れ時間は、速度の変化量や加速度の大きさが大きくなるにつれて大きくなり、速度の変化量や加速度の大きさが小さくなるにつれて小さくなるため、遅れ時間計算部21は、エンコーダ時系列信号(速度、加速度等)の変化量又は大きさに応じて遅れ時間を時々刻々と計算するとよい。或いは、遅れ時間計算部21は、エンコーダ時系列信号の変化量又は大きさに応じて予め定めた区間毎に遅れ時間を計算してもよい。信号波形修正部22は、計算された遅れ時間に基づいてエンコーダ時系列信号(位置)を修正する。なお、このエンコーダ時系列信号(位置)は、加速度の時系列データではなく、位置の時系列データ、即ちモータエンコーダ14による機械先端部15の推定軌跡である。軌跡推定部23は、修正されたエンコーダ時系列信号(位置)とセンサ時系列信号(位置)とに基づいて機械先端部15の実軌跡を推定する。このセンサ時系列信号(位置)は、加速度の時系列データではなく、位置の時系列データ、即ちセンサ13による機械先端部15の推定軌跡である。
【0026】
図6は、区間を分割せずに遅れ時間を計算する例を示している。遅れ時間計算部21は、区間を分割せず、センサ時系列信号とエンコーダ時系列信号との間の相関の度合いが最大になった時点の遅れ時間を時々刻々と計算するとよい。
【0027】
図7は、区間毎に遅れ時間を計算する例を示している。エンコーダ時系列信号が加速度や負荷の時系列データである場合には、加速度や負荷の大きさに応じて(つまり時間軸と平行に)区間を分割するとよい。他方、エンコーダ時系列信号が速度の時系列データである場合には、速度の変化量に応じて(つまり時間軸と垂直に)区間を分割するとよい。区間は、エンコーダ時系列信号の大きさ又は変化量が大きい区間と小さい区間を含んでいる。このような区間を定める閾値は、例えば±0.1,±0.3,±0.5,・・・等のように複数あってもよい。
【0028】
先ず、遅れ時間計算部21は、全区間において、センサ時系列信号とエンコーダ時系列信号との間の相関の度合いが最大になる時点の概略的な遅れ時間を計算する。そして、エンコーダ時系列信号を各区間に分割し、(1)概略的な遅れ時間から所定時間以内で、且つ、(2)隣り合う区間における遅れ時間の差が所定時間以内という、予め定めた制約下で、各区間において相関が最大になった時点の遅れ時間を計算するとよい。このように一定の制約下で遅れ時間を計算することにより、誤った時点で相関の度合いが最大になって二次的な誤差を生じる可能性を排除することができる。
【0029】
区間に分割した後のエンコーダ時系列信号の波形は、山区間と坂区間という2つのパターンがあるため、次のように遅れ時間を計算するとよい。
(1)山区間の場合には、頂点における遅れ時間をその区間で求めた遅れ時間とする。
(2)坂区間の場合には、坂の中間における遅れ時間をその区間で求めた遅れ時間とする。
【0030】
また、遅れ時間計算部21は、区間と区間との間では遅れ時間を漸次的に切り替えるとよい。例えば、坂区間の遅れ時間を(acc1, delay1)とし、山区間の遅れ時間を(acc2, delay2)とした場合、坂区間と山区間との間の遅れ時間(acc, delay)は、delay={(delay2-delay1)/(acc2-acc2)}*(acc-acc1)+delay1として求めるとよい。このように区間と区間との間の遅れ時間を重み付け補間することにより、エンコーダ時系列信号の波形を滑らかに修正することが可能になる。但し、各時刻における遅れ時間の変化が急峻の場合には、その遅れ時間によって修正したエンコーダ時系列信号の波形の時系列が逆転してしまう可能性があるため、その場合、遅れ時間の時系列データをローパスフィルタ等で滑らかにしてもよい。
【0031】
区間の他の分割手法として、
図6に示すように全区間で相関の度合いが最大になった時点において相関の度合いが小さい区間を分割し、その区間でエンコーダ時系列信号の波形を修正し、さらに、修正されたエンコーダ時系列信号の波形の全区間で相関の度合いが最大になった時点において相関の度合いが小さい区間を分割し、その区間でエンコーダ時系列信号の波形を修正し、という処理を繰り返すことにより、区間を分割してもよい。また、前述の重み付け補間を行うのではなく、移動平均フィルタ等の他のフィルタを使用して各区間における遅れ時間を滑らかに切り替えてもよい。
【0032】
図8は、軌跡推定部の一例を示している。軌跡推定部23は、センサ時系列信号(位置)と修正されたエンコーダ時系列信号(位置)とに基づいて機械先端部15の実軌跡を推定する。このセンサ時系列信号(位置)は、センサ13の速度、加速度、負荷等から推定した機械先端部15の推定軌跡であるため、低周波成分に推定誤差が累積してしまう。そこで、軌跡推定部23は、センサ時系列信号(位置)の高周波成分とエンコーダ時系列信号(位置)の低周波成分とに基づいて機械先端部15の実軌跡を推定するとよい。
【0033】
例えば軌跡推定部23は、減算器40と、ハイパスフィルタ41と、加算器42と、を備えているとよい。減算器40は、センサ時系列信号からエンコーダ時系列信号を減算する。ハイパスフィルタ41は、減算した時系列信号から低周波成分を除去する。これにより、累積した推定誤差を取り除くことができる。加算器42は、低周波成分を除去した時系列信号にエンコーダ時系列信号を加算する。これにより、センサ時系列信号(位置)の高周波成分とエンコーダ時系列信号(位置)の低周波成分とに基づいた実軌跡が推定される。
【0034】
図1を再び参照すると、制御装置20は、記憶部24と、動作制御部25と、機械駆動部26と、ツール駆動部27と、をさらに備えているとよい。記憶部24は、例えば半導体メモリ、磁気メモリ等であり、動作プログラムを予め記憶している。動作制御部25は、例えばプロセッサであり、動作プログラムに含まれる目標軌跡と、推定された実軌跡とに基づいて動作指令を生成する。機械駆動部26は、例えばモータ駆動回路であり、生成された動作指令に基づいて機械機構部11を駆動させる。ツール駆動部27は、例えばツール駆動回路であり、生成された動作指令に基づいてツール12を駆動させる。
【0035】
図8を再び参照すると、前述した動作制御部25は、減算器50と、ローパスフィルタ51と、を備えているとよい。減算器50は、推定した実軌跡から目標軌跡を減算する。ローパスフィルタ51は、必須な構成要素ではないが、ノイズや制御困難な高周波成分を除去する。なお、ハイパスフィルタ41のカットオフ周波数H2とローパスフィルタ51のカットオフ周波数L2との関係は、H2<L2でよい。これにより、実軌跡と目標軌跡との推定偏差が生成される。動作制御部25は、この推定偏差に基づき、学習制御(繰り返し制御)を行ってもよいし、又はPID(比例、積分、微分)制御を行ってもよい。
【0036】
図9は、他の実施形態における機械システム1の概略構成を示している。本例の機械システム1は、サーバシステム又はクラウドシステムであり、WAN(wide area network)又はLAN(local area network)上に配置された軌跡推定装置60を備えている。軌跡推定装置60は、有線又は無線を介して、複数台の機械10に夫々設けられた複数のセンサ13と、複数台の機械10に夫々設けられた複数のモータエンコーダ14と、複数台の機械10を制御する複数台の制御装置20と、に対して一対多で接続する。軌跡推定装置60は、遅れ時間計算部21と、信号波形修正部22と、軌跡推定部23と、を備えている。
【0037】
遅れ時間計算部21は、複数のセンサ13と複数のモータエンコーダ14から複数のセンサ時系列信号と複数のエンコーダ時系列信号を受信し、センサ時系列信号とモータエンコーダ時系列信号との間の相関の度合いに基づき、機械機構部11及びツール12の少なくとも一方に起因して生じる遅れ時間を計算する。信号波形修正部22は、計算された遅れ時間に基づいて複数のエンコーダ時系列信号の波形を修正する。軌跡推定部23は、複数のセンサ時系列信号と修正された複数のモータエンコーダ時系列信号とに基づいて複数台の機械先端部15の実軌跡を推定し、推定された複数の実軌跡を複数の制御装置20に夫々送信する。制御装置20は、受信した実軌跡と動作プログラムに含まれる目標軌跡との間の偏差を推定し、推定された偏差に基づいて学習制御又はPID制御を行うことにより、機械先端部15の振動を夫々制御する。
【0038】
以上の実施形態によれば、モータエンコーダ14から機械先端部15にかけての遅れ時間を含むセンサ時系列信号を利用してエンコーダ時系列信号の波形を修正するため、遅れ時間を考慮したエンコーダ時系列信号を生成できる。ひいては、センサ時系列信号とエンコーダ時系列信号とに基づいて機械先端部の実軌跡を精度良く推定できることになる。
【0039】
前述したプロセッサに適用されるプログラムは、コンピュータ読取り可能な非一時的記録媒体、例えばCD-ROM等に記録して提供してもよいし、或いは有線又は無線を介してWAN(wide area network)又はLAN(local area network)上のサーバ装置から配信して提供してもよい。
【0040】
本明細書において種々の実施形態について説明したが、本発明は、前述した実施形態に限定されるものではなく、以下の特許請求の範囲に記載された範囲内において種々の変更を行えることを認識されたい。
【符号の説明】
【0041】
1 機械システム
10 機械
11 機械機構部
12 ツール
13 センサ
14 モータエンコーダ
15 機械先端部
20 制御装置
21 遅れ時間計算部
22 信号波形修正部
23 軌跡推定部
24 記憶部
25 動作制御部
26 機械駆動部
27 ツール駆動部
30 微分器
31 ローパスフィルタ
32 ハイパスフィルタ
40 減算器
41 ハイパスフィルタ
42 加算器
50 減算器
51 ローパスフィルタ