(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-04-01
(45)【発行日】2024-04-09
(54)【発明の名称】磁気検出器
(51)【国際特許分類】
G01R 33/02 20060101AFI20240402BHJP
H01L 29/82 20060101ALI20240402BHJP
G01R 33/04 20060101ALI20240402BHJP
【FI】
G01R33/02 D
H01L29/82 Z
G01R33/04
(21)【出願番号】P 2020051104
(22)【出願日】2020-03-23
【審査請求日】2023-03-22
(73)【特許権者】
【識別番号】000104652
【氏名又は名称】キヤノン電子株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001243
【氏名又は名称】弁理士法人谷・阿部特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】松岡 貴弘
(72)【発明者】
【氏名】石井 悠督
【審査官】青木 洋平
(56)【参考文献】
【文献】特開2001-004726(JP,A)
【文献】特開2001-228229(JP,A)
【文献】特開2010-025619(JP,A)
【文献】特開2007-163424(JP,A)
【文献】特開2006-201123(JP,A)
【文献】特開2001-221839(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01R 33/02
H01L 29/82
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
非磁性体からなる基板と、
前記基板の上に線形形状で形成される少なくとも1つ以上の磁性薄膜と、
前記磁性薄膜の周囲に配置される検出コイルとを備える直交フラックスゲート方式の磁気検出器であって、
前記磁性薄膜は、短手方向の端部が前記磁性薄膜の中央部より薄い側端部となる段差を有
し、
前記側端部の前記短手方向の長さW3と、前記段差の高低差t1は、W3/t1が3から6の間の値となる関係であり、前記側端部の厚みt2に対し、t1/(t1+t2)が、0.25から0.45となる関係であることで前記磁性薄膜の90度磁壁が抑制され、
前記磁性薄膜の少なくとも一部に交流電流が通電されたときに、外部磁界の強度に応じて生ずる前記磁性薄膜の周囲の磁束変化による誘起電圧を前記検出コイルで検出することを特徴とする磁気検出器。
【請求項2】
前記磁性薄膜が前記基板と接する前記短手方向の長さW2は10μm以上30μm以下であることを特徴とする請求項1に記載の磁気検出器。
【請求項3】
前記検出コイルは、少なくとも1つ以上の前記磁性薄膜の周囲に巻回されて形成されることを特徴とする請求項1または2のいずれかに記載の磁気検出器。
【請求項4】
前記検出コイルは、少なくとも1つ以上の前記磁性薄膜の上に絶縁層を介して渦巻き状に形成された平面コイルであることを特徴とする請求項1または2のいずれかに記載の磁気検出器。
【請求項5】
複数の前記磁性薄膜が、つづら折れ状に接続されて電気的に直列接続または電気的に並列接続されていることを特徴とする請求項1ないし4のいずれかに記載の磁気検出器。
【請求項6】
前記検出コイルに電気的に並列に共振調整部が接続されていることを特徴とする請求項1ないし5のいずれかに記載の磁気検出器。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高周波電流を通電する磁性薄膜と、この磁性薄膜の周囲に配置される検出コイルからなる直交フラックスゲート型磁気検出器に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、医療や極微小な磁性金属検出の要求により、高感度な磁気検出器が求められており、直交フラックスゲート型磁気検出器が注目されている。
【0003】
ここでいう直交フラックスゲート型磁気検出器とは、高周波電流が通電される磁性体と外部磁界との相互作用により発生する磁性体の磁束変化を、磁性体の周囲に配置された検出コイルで誘起電圧として取り出す構成の磁気検出器である。検出コイルは磁性体の磁束変化を検出できれば良いので、必ずしも磁性体の周囲に巻回される必要はなく、例えば通電される磁性体の近傍に絶縁膜を介して積層されて形成された平面コイルを配置するものであってもよい。
【0004】
例えば特許文献1では、直交フラックスゲート型としても駆動可能な、非磁性基板上に形成された磁性薄膜からなる磁性体と、渦巻き型平面コイルとからなる磁気検出素子の構成が提案されている。
【0005】
また特許文献2では、磁性薄膜を用いた磁気インピーダンス効果素子について記載されている。磁気インピーダンス効果素子は、磁性体に通電する点は同じであるが、磁性体のインピーダンスが外部磁界によって敏感に変化する効果を利用して、例えば磁性体の両端に発生する電圧として外部磁界を直接検出するものである。特許文献2では、磁性薄膜を形成する工程の途中で、磁性薄膜を形成する基板と磁性薄膜の熱膨張係数の違いから発生する、磁性薄膜の両側部のめくれ上がりを防ぐ方法について提案されている。ただし、特許文献2記載の磁性薄膜では、単なる矩形ないし長方形の断面構造に比べて表皮効果を発揮する部分が減少するため、磁気インピーダンス効果素子としては感度が低下し、検出信号のS/Nが低下するという問題点があった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特許第4524195号公報
【文献】特開2001-228229号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
磁性薄膜は、非磁性基板の一面にスパッタなどで磁性材料を成膜して、イオンミリングなどで任意の平面形状パターンに成形する。このとき、線形または長方形の平面形状の磁性薄膜パターンの、長手方向に対して垂直な断面(短手方向と厚み方向における断面)の断面形状は、略矩形もしくは略台形形状になるのが一般的である。
【0008】
このような略矩形または略台形形状の断面を有する線形磁性薄膜パターンにおいては、
外部磁界のない飽和していない状態において、
図1の平面図に示すような磁区構造が存在する。各磁区の内部の各点は、単一の磁石の様に同一の(平行な)磁化方向であり、
図1において、磁区内部の矢印は、それぞれの磁区の代表的な磁化方向を示す。磁化方向が変化する磁区の境界を、磁壁と呼ぶ。
図1では、磁性薄膜20の幅方向(パターン短手方向)に、磁化容易軸71を形成している。
【0009】
すると、外部磁界のない飽和していない状態では、短手方向の磁化容易軸に沿う方向に磁化した磁区と、これと180度反対の反平行な方向に磁化した磁区が長手方向に交互に隣接して並び、磁壁を挟み隣接する磁区の磁化方向が180度異なる、180度磁壁が支配的な磁区81が形成される。
【0010】
また、磁性薄膜の幅方向における両端部には、磁化容易軸71と直交する方向に磁化した磁区と、これと反対の直交する方向に磁化した磁区が長手方向に交互に並び、隣接する磁区81と磁化方向が90度異なる、90度磁壁が支配的な磁区82が形成される。
【0011】
つまり、180度磁壁と90度磁壁で接する4つの磁区の磁化方向が、磁性薄膜の面内で一巡して回転するループを形成するように磁化している。また、このような磁気ループの磁化の回転方向は、長手方向に交互に逆回転するものとなっている。
【0012】
ここで、磁界検出方向70に磁界を印加するとき、90度磁壁が支配的な磁区82の磁化量が変化するため、90度磁壁が磁界検出方向に移動する。このとき、180度磁壁が支配的な磁区81の磁化方向と磁界検出方向70は直交するため、180度磁壁の移動はない。磁気検出器のノイズ量に悪影響を及ぼすのは、磁界検出方向に印加される外部磁界で移動をする90度磁壁である。
【0013】
外部磁界の加わった磁気検出器の動作中に90度磁壁が動くと、磁壁の局所的なピン止めや解放が発生して、磁性薄膜内部の磁区の磁束量が不規則な変動を起こし、検出コイルにおいてノイズとして検出されるのである。そのため、90度磁壁を抑制することは、ノイズ量を低減するために有効である。
【0014】
特許文献1では、上記のような磁性薄膜内部の磁壁移動については触れられておらず、磁壁移動で発生するノイズを低減する手法についての検討はない。
【0015】
特許文献2では、磁気インピーダンス効果素子の磁性薄膜の形状について述べているが、磁性薄膜の熱膨張係数の違いによる磁性薄膜の両側部のめくれ上がりを防ぐための構造であり、直交フラックスゲート型の磁気検出器において磁壁移動で発生するノイズを抑えることについての記載はない。直交フラックスゲート型の磁気検出器においては、磁壁移動が起こり得る条件で駆動されるため、磁気インピーダンス効果素子と異なり90度磁壁の量を抑えることが重要である。
【課題を解決するための手段】
【0016】
上記の状況を鑑み、本発明に係る磁気検出器の一態様は、
非磁性体からなる基板と、
前記基板の上に線形形状で形成される少なくとも1つ以上の磁性薄膜と、
前記磁性薄膜の周囲に配置される検出コイルとを備える直交フラックスゲート方式の磁気検出器であって、
前記磁性薄膜は、短手方向の端部が前記磁性薄膜の中央部より薄い側端部となる段差を有することで、前記磁性薄膜の90度磁壁が抑制され、
前記磁性薄膜の少なくとも一部に交流電流が通電されたときに、外部磁界の強度に応じて生ずる前記磁性薄膜の周囲の磁束変化による誘起電圧を前記検出コイルで検出することを特徴とする。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、磁性薄膜の90度磁壁を抑制し、ノイズ量が小さくS/N比に優れた直交フラックスゲート型の磁気検出器を構成できる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【
図1】磁性薄膜の一般的な磁区構造を模式的に示す平面図。
【
図2】本発明の磁気検出器の全体構成を説明する図。
【
図4】本発明の磁気検出器の基板短手方向の断面図。
【
図5】本発明の磁性薄膜の構成を示す断面図および斜視図。
【
図8】本発明の磁性薄膜の磁区構造の平面図と検出特性を示す図。
【
図9】比較例1の磁性薄膜の磁区構造の平面図と検出特性を示す図。
【
図10】比較例2の磁性薄膜の磁区構造の平面図と検出特性を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、図面を参照しながら本発明の実施形態について詳細に説明する。
【0020】
(実施形態1)
図2は、本発明の磁気検出器の実施形態1の全体構成を説明する図である。直交フラックスゲート方式の磁気センサにおいて、ノイズ量を低減する磁気検出器の全体構成について説明する。
【0021】
また、
図3は本発明の磁気検出器の要部を示す斜視図であり、
図4は
図3の磁気検出器の磁性薄膜の短手方向の断面図である。各図で磁気センサとして機能する磁性薄膜20の線形形状パターンの本数は3本の例を示しているが、これに限るものではないのは明らかである。
【0022】
本実施形態1では、直交フラックスゲートセンサである磁気検出器100は、磁性体に高周波電流を通電すると、磁性体内部の磁束が外部磁界に応じて変化して、その磁束変化を磁性体の周囲に配置される検出コイルで誘起電圧として取り出すものである。
【0023】
図2の磁気検出器100では、
図3の磁気検出器の要部斜視図にも示すように、セラミックやガラスなどの非磁性体からなる基板である非磁性基板10の上に、少なくとも1本以上の細長い線形形状パターンの磁性体が磁性薄膜20として形成されており、駆動部40から高周波電流が通電されている。磁性薄膜20の周囲に銅やアルミなどの導電材料からなる検出コイル30が巻回されており、検出コイル30に発生する誘起電圧を検波部50で検出して端子Outputから検出信号を出力している。検出コイル30に並列接続されるコンデンサは、検出信号に対する共振調整部60として機能している。
【0024】
図3の検出コイル30では、磁性薄膜20の長手方向と検出コイルの中心軸が一致しており、非磁性基板10と磁性薄膜20の周囲に巻回された立体コイルを形成しているが、例えば磁性薄膜20上に絶縁層を介して、導電材料を渦巻き状に巻回して形成された平面コイルとして配置してもよい。
【0025】
磁気検出器100の磁界検出方向は、磁性薄膜20の線形パターンの長手方向に沿う方向であり、
図2の磁界検出方向70を示す矢印の方向である。磁性薄膜20の磁化容易軸は、薄膜の面内で長手方向と直交する短手方向に付けておくのが望ましく、磁性薄膜の形成中や成膜後に、バイアス磁界を印加した状態で磁場中における熱処理を行って確保する。
【0026】
図3、
図4では磁性薄膜の本数は3本の例を示すが、本数はこれに限るものではない。
磁性薄膜20が複数あるとき、それぞれの磁性薄膜の線形パターンは互いに平行に形成される。複数の磁性薄膜は、本実施形態のようにつづら折れ状に接続されて電気的に直列接続されてもよく、あるいは電気的に並列接続されていてもよい。全部の磁性薄膜20の区間に通電する必要はなく、少なくとも検出コイル30で検出可能な一部の区間に通電されていればよい。
【0027】
磁性薄膜20は、非磁性基板10の一面に設けられ、例えばFe-Ta-Cなどの高透磁率磁性材料からなる。
【0028】
磁性薄膜20は、スパッタなどで非磁性基板10上に成膜した後に、イオンミリングなどで線形形状パターンに形成することができ、この場合、磁性薄膜の線形パターンの長手方向に対して垂直な短手方向断面の形状は、略矩形または略台形形状になる。
【0029】
前述のように、磁性薄膜に外部磁界を印加すると、磁化方向に応じて磁区の大きさが変化し、磁壁の移動が起こる。90度磁壁が動くときに磁壁の局所的なピン止めや解放が発生すると、磁性薄膜内部の磁区の磁束量が不規則な変動をして、検出コイルでノイズとなって検出される。直交フラックスゲート型磁気検出器は、バイアス磁界をかけて駆動される磁気インピーダンス効果素子とは異なり、磁壁が移動する領域で駆動されるため、ノイズ量を小さくするためには90度磁壁を減らすことが有効である。
【0030】
前述の
図1に示すように、磁性薄膜の幅方向(パターン短手方向)に磁化容易軸71を形成すると、外部磁界のない飽和していない状態では、磁化容易軸に沿う方向に磁化した磁区と、これと180度反対の方向に磁化した磁区が長手方向に交互に隣接して並ぶ、180度磁壁が支配的な磁区81が形成される。
【0031】
また、磁性薄膜の幅方向における両端部には、磁化容易軸71と直交する方向に磁化した磁区と、これと反対の直交する方向に磁化した磁区が長手方向に交互に並び、隣接する磁区81との磁化方向が90度異なる、90度磁壁が支配的な磁区82が形成される。
【0032】
ここで、180度磁壁は磁化容易軸方向に印加される磁界で磁化方向が磁化容易軸に沿う方向に移動して、90度磁壁は磁界検出方向に印加される磁界で磁界検出方向に移動するものとしている。磁気検出器のノイズ量に悪影響を及ぼす磁壁は、この90度磁壁である。
【0033】
発明者らは、90度磁壁を減らし検出信号のノイズ量を抑える方法として、
図5(a)に示すように、磁性薄膜の短手方向の矩形断面(幅W2)の両側部の上面を、幅W3、W4にわたり厚みをt1だけ削って薄くして高低差のある段差22を構成し、図の灰色領域で示す側端部21(厚みt2)を形成する構造を見出した。段差22は高低差のある構造であればよく、段差斜面の角度は90度である必要はなく、平面である必要もない。
【0034】
図5(a)の側端部21の磁区は、90度磁壁が支配的な磁区82を含んで磁化している。この構造によると、90度磁壁のある磁区の占める領域の体積を抑制できて、検出信号のノイズ量を低減することができる。90度磁壁の抑制とは、90度磁壁の数だけでなく量を減らすことを意味している。現象としては、90度磁壁が減ることと90度磁壁に囲まれる磁区が小さくなることは、同義の事象なので、90度磁壁のある磁区を抑制すれば90度磁壁も抑制されるのである。
【0035】
発明者らは、種々の寸法の磁性薄膜を作成し、磁気検出器の検出信号のノイズ量を測定した。その結果、
図5の磁性薄膜の断面形状における各寸法W1~W4には、下記の関係があることが好適であることを見出した。
W3<W1
W4<W1
W1+W3+W4≦W2
t1<t2
【0036】
以下の実施例では、磁性薄膜の上辺の幅W1、下辺の幅W2は、それぞれ12μm、18μmのものを使用した。
【0037】
(実施形態1の磁性薄膜の形成方法)
本発明の実施例として、
図5の実施形態1の、磁性薄膜20の側端部21の形成方法を説明する。まず、非磁性基板上の一面にスパッタなどで磁性薄膜の材料を成膜して、イオンミリングやレーザー加工などで幅W2の矩形断面を有する線形形状の磁性薄膜のパターンを形成する。
【0038】
次に、イオンミリングやレーザー加工などで、磁性薄膜20の幅方向(パターン短手方向)の端部である側端部21(磁性薄膜20の短手方向の断面における両側部の上面)を、中央部の上辺の幅W1だけ残して、それぞれ幅W3、W4にわたり、厚みt1だけ削り、厚みt2の側端部21を形成する。
【0039】
この手順により、実施形態1の磁性薄膜20の断面形状は、
図5(a)に示すように、幅方向の中央部が幅W1にわたり厚みt1+t2で、両側部が幅W3、W4にわたり一段低く厚みt2の側端部21となった、高低差t1の段差22を有する凸形状に形成される。すなわち、磁性薄膜20は、短手方向の端部が磁性薄膜の中央部より薄い側端部21となる段差22を有することで、磁性薄膜20の90度磁壁が抑制される断面形状となっている。
【0040】
図5(b)に示すように、実施形態1の磁性薄膜20において、磁界検出方向70は線形磁性薄膜パターンの長手方向にとり、磁化容易軸71は短手方向に取っている。
【0041】
なお段差22は、磁性薄膜20の長手方向全体に亘って存在する必要はなく、ある程度の範囲で設けられていれば、その分だけ90度磁壁の数量が減少し、ノイズを低減することができる。
【0042】
(実施形態1と比較例の、磁区構造と測定結果)
図6、7には、
図5に示した本発明の実施形態1との対比のために測定した、単純な矩形断面を有する線形磁性薄膜パターンの形状を2例、比較例1、2として示す。
図6の磁性薄膜(比較例1)の幅W5は、
図5の幅W1に近いものとし、
図7の磁性薄膜(比較例2)は、より広い幅W6で、
図5の幅W2に近いものとしている(W5<W6)。
【0043】
まず、
図5(実施形態1)、
図6(比較例1、幅W5)、
図7(比較例2、幅W6)に示す磁性薄膜形状の3つの場合における、90度磁壁の形成状態について、
図8、
図9、
図10を参照して説明する。磁壁の移動は、直交フラックスゲート型磁気検出器の測定結果の特性波形(以降、FG波形という)と磁区構造の概要から考察できる。
【0044】
図8、
図9、
図10の各図(a)は、磁区構造の観察結果の平面図である。なお、ここに示す磁区構造は、磁化した物体の表面に直線偏光をあてると楕円偏光の反射光が得られる磁気カー効果を利用して、磁区構造を観察する装置を用いて観察した結果である。
【0045】
図8、
図9、
図10の各図(b)、(c)は、磁性薄膜20に印加する外部磁界である印加磁界と検出コイル30の検出信号の出力電圧の関係を示す、検出特性の測定結果の波形(FG波形)である。各(b)図が全体波形、各(c)図がゼロ磁場付近の拡大表示図である。
【0046】
図8、
図9、
図10の(b)、(c)に示すFG波形の測定結果は、全て同じ測定回路の構成で計測している。
【0047】
(比較例1の測定結果と考察)
図6の比較例1(幅W5)の、磁区構造とFG波形の測定結果を
図9に示す。
図6の比較例1のような幅の狭い矩形の平面形状のとき、
図9(a)の磁区構造を見ると、幅方向の両側部に磁界検出方向に磁化した磁区が多く存在して、90度磁壁が多くあることがわかる。また、磁化容易軸に沿う方向に磁化した磁区の面積は、幅W5が狭いため小さくなっている。
【0048】
図6の比較例1(幅W5)の磁性薄膜で測定したFG波形を、
図9(b)、(c)に示す。FG波形の磁場ゼロ付近を拡大した
図9(c)を見ると、強い歪とノイズが発生していることがわかる。これは、
図9(a)に示す90度磁壁の影響である。90度磁壁が支配的な磁区が多いとき、90度磁壁が磁界検出方向に移動して、検出信号の直線性が悪化する。
【0049】
図9(b)のFG波形の歪が発生しているゼロ磁場付近では、90度磁壁が不規則に移動しており、磁性薄膜内部の磁束の変動、ノイズが大きくなっている。これらの結果から、
図6に示す比較例1の矩形形状の磁性薄膜では、磁気検出信号のノイズ量が大きくなるといえる。
【0050】
(比較例2の測定結果と考察)
図7の比較例2(幅W6)の、磁区構造とFG波形の測定結果を
図10に示す。
図7の比較例2は、
図6と比較して幅が広い(W6>W5)矩形形状の平面形状の磁性薄膜である。
図10(a)の磁区構造を見ると、幅方向の両側部に磁界検出方向を向く磁区が多く存在して、90度磁壁が多くあることがわかる。
【0051】
図7の比較例2(幅W6)の磁性薄膜で測定したFG波形を、
図10(b)、(c)に示す。検出特性の磁場ゼロ付近を拡大した
図10(c)を見ると、強い歪とノイズが広範囲に発生していることがわかる。これは、
図10(a)に示す90度磁壁の影響である。ただ、
図10(b)を
図9(b)と比較すると、出力電圧の値は大きく、検出感度が高いことがわかる。これは、磁性薄膜の幅を長くすることで、磁化容易軸に沿う磁区が大きくなることが要因と言える。
【0052】
図10(b)のFG波形の歪が発生している付近では、90度磁壁が不規則に移動しており、磁性薄膜内部の磁束の変動、ノイズが広範囲にわたり大きくなっている。これらの結果から、
図6、
図7に示す従来の矩形断面形状の磁性薄膜では、磁気検出のノイズ量がともに大きくなるといえる。
【0053】
(実施形態1の測定結果と考察)
これらの比較例に対して
図8には、側端部21に段差22を備える本発明の実施形態1の磁性薄膜形状(
図5)のときの、磁区構造とFG波形の測定結果を示す。
図8(a)の磁区構造の観察結果には、段差22を形成したことによる磁区境界への影響が段差境界22a、22bとして明確に見えている。
【0054】
実施形態1の形状のとき、磁性薄膜20の側端部21では磁界検出方向に磁化した磁区の発生量は非常に少なく、かつ、磁区が小さくなっており、90度磁壁が少なくなっていることがわかる。また、磁化容易軸に沿う方向に磁化した磁区では180度磁壁が明瞭に形成されていることもわかる。
【0055】
さらに
図8(b)、(c)のFG波形から、90度磁壁が少なくなることの効果が確認できる。実施形態1の磁性薄膜20では、検出特性の直線性が極めて良好となり、検出感度は高く、さらに歪が非常に小さくノイズが減少している。
【0056】
これは、磁性薄膜20の側端部21に発生する磁界検出方向に磁化した磁区が少なく、かつ、小さくなることで、90度磁壁の不規則な移動が抑制されていることを示す。このことから、実施形態1のように、側端部21に段差22を設けると、ノイズ量が大きく抑制されることがわかる。
【0057】
図5のように側端部21の厚みを中央部より薄くすると、側端部21と中央部の磁区の磁化エネルギーの関係から、180度磁壁が支配的な磁区が大きくなり、90度磁壁が支配的な磁区が小さくなると考えられる。
【0058】
なお、
図5に示す寸法は、W3/t1およびW4/t1(削った部分の縦横比)が3~6の範囲で、W2が10μmから30μmの範囲のとき好適である。
図5では、側端部21の段差部分の幅W3とW4は同じ値であるように示しているが、必ずしも同じでなくても構わない。また、t1/(t1+t2)は、0.25から0.45の範囲であると好ましい。
【0059】
図2に戻り、磁気検出器としての入出力について説明する。実施形態1の磁気検出器100の磁性薄膜20には、駆動部40によって交流電流である高周波電流を通電する。高周波電流の周波数は数MHzが好適であるがそれ以外であってもよく、高周波電流の波形は台形波や矩形波、正弦波などであってもよい。駆動部40は、RC発振器や水晶発振器、セラミック発振器などで発振させて、ロジックICやオペアンプなどで磁性薄膜20に高周波電流を通電してもよく、パルスジェネレータなどの交流電源であってもよい。
【0060】
検出コイル30の両端に現れ、外部磁界の強度に応じて生ずる磁性薄膜20の周囲の磁界変化による誘起電圧は、ダイオードやロックインアンプなどを含む検波部50で整流処理をするとよい。整流処理された信号は、任意の感度に調整して、検出対象とする周波数範囲に合わせたフィルタ回路を設定するとよい。
【0061】
検出コイル30による誘起電圧の取り出しは、検出コイルの共振現象を利用してもよく、検出コイル30の共振周波数を調整するために、検出コイル30に電気的に並列にコンデンサを含む回路からなる共振調整部60を接続してもよい。
【0062】
以上記載したように、本発明によれば、磁性薄膜の90度磁壁を少なくでき、ノイズ量が小さくS/N比に優れた直交フラックスゲート型の磁気検出器を構成できる。
【符号の説明】
【0063】
100 磁気検出器
10 非磁性基板
20 磁性薄膜
21 側端部
22 段差
22a、22b 段差境界
30 検出コイル
40 駆動部
50 検波部
60 共振調整部
70 磁界検出方向
71 磁化容易軸
81,82 磁区