(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-04-01
(45)【発行日】2024-04-09
(54)【発明の名称】フェライト系ステンレス鋼の製造方法
(51)【国際特許分類】
C22C 38/00 20060101AFI20240402BHJP
C22C 38/50 20060101ALI20240402BHJP
【FI】
C22C38/00 302Z
C22C38/50
(21)【出願番号】P 2021535108
(86)(22)【出願日】2019-12-17
(86)【国際出願番号】 EP2019085663
(87)【国際公開番号】W WO2020127275
(87)【国際公開日】2020-06-25
【審査請求日】2021-07-02
(32)【優先日】2018-12-21
(33)【優先権主張国・地域又は機関】EP
(73)【特許権者】
【識別番号】591064047
【氏名又は名称】オウトクンプ オサケイティオ ユルキネン
【氏名又は名称原語表記】OUTOKUMPU OYJ
(74)【代理人】
【識別番号】110001151
【氏名又は名称】あいわ弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】マンニネン、ティモ
(72)【発明者】
【氏名】ケラ、ユハ
(72)【発明者】
【氏名】ジュッティ、ティモ
【審査官】鈴木 葉子
(56)【参考文献】
【文献】特開平05-293595(JP,A)
【文献】特開平06-158233(JP,A)
【文献】特表2016-503459(JP,A)
【文献】中国特許出願公開第103194689(CN,A)
【文献】特開2010-100877(JP,A)
【文献】国際公開第2013/136736(WO,A1)
【文献】特開2012-036444(JP,A)
【文献】特開平11-323502(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00ー38/60
C21C 7/00- 7/10
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
優れた耐食性を有するフェライト系ステンレス鋼の製造方法であって、前記製造される鋼が、重量%で、0.01~0.035%の炭素、0.05~1.0%のケイ素、0.10~0.8%のマンガン、18~24%のクロム、0.05~0.8%のニッケル、0.5~2.5%のモリブデン、0.2~0.8%の銅、0.003~0.05%の窒素、0.05~1.0%のチタン、0.05~1.0%のニオブ、0.03~0.5%のバナジウム、0.010~0.04%のアルミニウムからなり、C+Nの合計は0.06%未満であり、残部は鉄及び不可避混入物であり、
比(Ti+Nb)/(C+N)は、8以上かつ40未満であり、
比Ti
eq/C
eq、すなわち(Ti+0.515
*Nb+0.940
*V)/(C+0.858
*N)は、6以上かつ40未満であり、
L
eq、すなわち5.8
*Nb+5
*Ti
*Siは、3.3以上であり、前記鋼がAOD(アルゴン-酸素-脱炭)技術を使用して製造され、
前記モリブデン含有量が、4以下の低い酸性pH値を有する高腐食性環境において0.5~2.5重量%であることを特徴とする、フェライト系ステンレス鋼の製造方法。
【請求項2】
優れた耐食性を有するフェライト系ステンレス鋼の製造方法であって、前記製造される鋼が、重量%で、0.01~0.035%の炭素、0.05~1.0%のケイ素、0.10~0.8%のマンガン、18~24%のクロム、0.05~0.8%のニッケル、0.003~0.5%のモリブデン、0.2~0.8%の銅、0.003~0.05%の窒素、0.05~1.0%のチタン、0.05~1.0%のニオブ、0.03~0.5%のバナジウム、0.010~0.04%のアルミニウムからなり、C+Nの合計は0.06%未満であり、残部は鉄及び不可避混入物であり、
比(Ti+Nb)/(C+N)は、8以上かつ40未満であり、
比Ti
eq/C
eq、すなわち(Ti+0.515
*Nb+0.940
*V)/(C+0.858
*N)は、6以上かつ40未満であり、
L
eq、すなわち5.8
*Nb+5
*Ti
*Siは、
4.5以上であり、前記鋼がAOD(アルゴン-酸素-脱炭)技術を使用して製造され、
前記モリブデン含有量が、中性又は4超の高いpH値を有する腐食性環境において0.003~0.5重量%であることを特徴とする、フェライト系ステンレス鋼の製造方法。
【請求項3】
前記炭素含有量が0.03重量%未満であることを特徴とする、請求項1または2に記載のフェライト系ステンレス鋼の製造方法。
【請求項4】
前記マンガン含有量が0.10~0.65重量%であることを特徴とする、請求項1~3のいずれか一項に記載のフェライト系ステンレス鋼の製造方法。
【請求項5】
前記クロム含有量が22.0重量%未満であるが、少なくとも20.0重量%であることを特徴とする、請求項1~4のいずれか一項に記載のフェライト系ステンレス鋼の製造方法。
【請求項6】
前記ニッケル含有量が0.5重量%未満であるが、少なくとも0.05重量%であることを特徴とする、請求項1~5のいずれか一項に記載のフェライト系ステンレス鋼の製造方法。
【請求項7】
前記銅含有量が0.5重量%未満であるが、少なくとも0.2重量%であることを特徴とする、請求項1~6のいずれか一項に記載のフェライト系ステンレス鋼の製造方法。
【請求項8】
前記窒素含有量が0.03重量%未満であるが、少なくとも0.003重量%であることを特徴とする、請求項1~7のいずれか一項に記載のフェライト系ステンレス鋼の製造方法。
【請求項9】
前記チタン含有量が0.07~0.40重量%であることを特徴とする、請求項1~8のいずれか一項に記載のフェライト系ステンレス鋼の製造方法。
【請求項10】
前記バナジウム含有量が0.03~0.20重量%であることを特徴とする、請求項1~9のいずれか一項に記載のフェライト系ステンレス鋼の製造方法。
【請求項11】
前記比(Ti+Nb)/(C+N)が、20以上かつ30未満であることを特徴とする、請求項1~10のいずれか一項に記載のフェライト系ステンレス鋼の製造方法。
【請求項12】
前記比Ti
eq/C
eq、すなわち(Ti+0.515
*Nb+0.940
*V)/(C+0.858
*N)が、15以上かつ30未満であることを特徴とする、請求項1~11のいずれか一項に記載のフェライト系ステンレス鋼の製造方法。
【請求項13】
L
eq、すなわち5.8
*Nb+5
*Ti
*Siが、4.5以上であることを特徴とする、請求項
1に記載のフェライト系ステンレス鋼の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、自動車排気システム、燃料電池、及び他のエネルギー部門の用途、電化製品、炉、及び他の産業用高温システムなどの用途に使用される構成要素において高温条件で使用するための、良好な耐食性、良好な溶接性、及び強化された高温強度を有する、安定化フェライト系ステンレス鋼の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
フェライト系ステンレス鋼を開発する際の最重要点は、いかに炭素及び窒素元素に注意をはらうかである。これらの元素を結合し、炭化物、窒化物、又は炭窒化物にする必要がある。この種類の結合に使用される元素は、安定化元素と呼ばれる。一般的な安定化元素は、ニオブ及びチタンである。炭素及び窒素の安定化のための要件は、フェライト系ステンレス鋼の場合、例えば、炭素含有量が0.01重量%未満と非常に低くされ得る。しかし、この低炭素含有量が、製造プロセスに要件をもたらす。ステンレス鋼の一般的なAOD(アルゴン-酸素-脱炭)製造技術は、もう現実的ではなく、したがって、VOD(真空-酸素-脱炭)製造技術など、より高価な製造方法を使用する必要がある。
【0003】
フェライト系ステンレス鋼において形成されることがある金属間ラーベス相粒子により、粒子が稼働温度において小さく安定したままであれば鋼の高温強度が増す。加えて、粒内及び粒界上に析出したラーベス相粒子もまた、粒成長を阻害する。フェライト系ステンレス鋼におけるニオブ、ケイ素、及びチタンのバランスのとれた組み合わせの合金化により、金属間ラーベス相の析出が促進され、析出物の溶解温度が上昇することによって相は安定化する。
【0004】
溶接部に形成される微細構造は、溶接金属の化学組成に応じて異なる。十分な量のチタンが、格子間元素、すなわち炭素及び窒素の安定化に使用される場合、TiNなど、安定化中に形成される化合物により、溶接部において等軸微細粒構造が生じる。等軸微細粒構造により、溶接部の延性及び靱性が改善される。混入物が溶接中心線まで分かれ得るので、望ましくない柱状粒により高温割れを引き起こすことがある。大きな柱状粒はまた、溶接部の靭性も低下させる。
【0005】
欧州特許第2922978(B)号は、優れた腐食及びシート形成特性を有するフェライト系ステンレス鋼を記載しており、それは、鋼が、重量%で、0.003~0.035%の炭素、0.05~1.0%のケイ素、0.1~0.8%のマンガン、20~21.5%のクロム、0.05~0.8%のニッケル、0.003~0.5%のモリブデン、0.2~0.8%の銅、0.003~0.05%の窒素、0.05~0.15%のチタン、0.25%~0.8%のニオブ、0.03~0.5%のバナジウム、0.010~0.04%のアルミニウムからなり、C+Nの合計は0.06%未満であり、残りは鉄及び不可避混入物であり、比(Ti+Nb)/(C+N)は8以上かつ40未満であり、比Tieq/Ceqすなわち(Ti+0.515*Nb+0.940*V)/(C+0.858*N)は、6以上かつ40未満であることを特徴とする。
【0006】
欧州特許第1818422号は、とりわけ、0.03重量%未満の炭素、18~22重量%のクロム、0.03重量%未満の窒素及び0.2~1.0重量%のニオブを有するニオブ安定化フェライト系ステンレス鋼を記載している。この欧州特許によれば、炭素及び窒素の安定化は、ニオブのみを使用して行われる。
【0007】
欧州特許第2163658号は、0.02%未満の炭素、0.05~0.8%のケイ素、0.5%未満のマンガン、20~24%のクロム、0.5%未満のニッケル、0.3~0.8%の銅、0.02%未満の窒素、0.20~0.55%のニオブ、0.1%未満のアルミニウムを含有し、残部が鉄及び不可避混入物である、硫酸塩耐食性を有するフェライト系ステンレス鋼を記載している。このフェライト系ステンレスでは、炭素及び窒素の安定化にはニオブのみが使用される。
【0008】
国際公開第2012046879号は、プロトン交換膜燃料電池のセパレータに使用されるフェライト系ステンレス鋼に関するものである。主にフッ化水素酸又はフッ化水素酸と硝酸との液体混合物を含有する溶液中にステンレス鋼を浸漬することにより、不動態皮膜がステンレス鋼の表面上に形成される。フェライト系ステンレス鋼は、必要な合金元素として鉄に加えて、炭素、ケイ素、マンガン、アルミニウム、窒素、クロム及びモリブデンを含有する。参考文献国際公開第2012046879号に記載されている他の全ての合金元素は、任意選択的である。この国際公開公報の実施例に記載のように、低炭素含有量を有するフェライト系ステンレス鋼は、非常に高価な製造方法である真空精錬によって製造される。
【0009】
欧州特許第1083241号は、特定のモリブデン、ケイ素、及びスズ含有量を有し、高温で唯一の金属間相として立方鉄-ニオブ相を含有する鋼から製造された、ニオブ安定化フェライト系クロム鋼ストリップを記載している。ニオブ安定化フェライト系14%クロム鋼ストリップは、組成が、重量%で、0.02以下のC、0.002~0.02%のN、0.05~1%のSi、0~1%のMn、0.2~0.6%のNb、13.5~16.5%のCr、0.02~1.5%のMo、0超~1.5%のCu、0超~0.2%のNi、0超~0.020%のP、0超~0.003%のS、0.005超~0.04%のSn、残部のFe及び混入物の、関係性Nb/(C+N)≧9.5を満たすNb、C及びNの含有量の鋼から、(a)再加熱後の1150~1250℃(好ましくは1175℃)での熱間圧延と、(b)600~800℃(好ましくは、600℃)での巻回と、(c)任意選択的に予備焼鈍後、冷間圧延と、(d)800~1100℃(好ましくは1050℃)で1~5分間(好ましくは2分間)の最終焼鈍と、によって製造される。上記のプロセスによって得られたニオブ安定化14%クロムフェライト鋼シートに関する独立請求項も含まれる。
【0010】
欧州特許第1170392号は、Co、V及びBの3つ全てを含み、Co含有量が約0.01質量%~約0.3質量%、V含有量が約0.01質量%~約0.3質量%、B含有量が約0.0002質量%~約0.0050質量%である、優れた二次加工耐脆化性及び優れた高温疲労特性を有するフェライト系ステンレス鋼について記載している。更なる成分は、質量%で、0.02%以下のC、0.2~1.0%のSi、0.1~1.5%のMn、0.04%以下のP、0.01%以下のS、11.0~20.0%のCr、0.1~1.0%のNi、1.0~2.0%のMo、1.0%以下のAl、0.2~0.8%のNb、0.02%以下のN、並びに任意選択的に0.05~0.5%のTi、Zr又はTa、0.1~2.0%のCu、0.05~1.0%のW、0.001~0.1%のMg及び0.0005~0.005%のCaである。
【0011】
米国特許第4726853号は、フェライト系ステンレス鋼のストリップ又はシートに関するものであり、これは、通常、焼鈍段階において、最終焼鈍操作、次いでほとんどの場合、仕上げ冷間加工パス、すなわち「スキンパス」が続き、1%未満の伸長度が生じているものであり、特に排気管及び多岐管の製造を目的する。ストリップ又はシートの組成は、以下のとおりである(重量%):
(C+N)<0.060-Si<0.9-Mn<1、
Cr 15~19-Mo<1-Ni<0.5-Ti<0.1-Cu<0.4-S<0.02-P<0.045、
Zr=0.10~0.50であり、ここで、Zr≧7(C+N)の場合、Zr=7(C+N)-0.1~7(C+N)+0.2、Nb=0.25~0.55、Zr<7(C+N)の場合、0.25+7(C+N)-Zr~0.55+7(C+N)-Zr、
Al 0.020~0.080;他の元素及びFeが残部である。
【0012】
欧州特許第0478790号は、低温靭性が改善され、高温溶接割れを起こすことが防止され、自動車排気ガスの通路の材料として、特に、エンジンとコンバータとの間の高温にさらされる通路の材料として有用である、耐熱性フェライト系ステンレス鋼を記載しており、この鋼は、最大0.03%の炭素、0.1~0.8%のケイ素、0.6~2.0%のマンガン、最大0.006%の硫黄、最大4%のニッケル、17.0~25.0%のクロム、0.2~0.8%のニオブ、1.0~4.5%のモリブデン、0.1~2.5%の銅、最大0.03%の窒素、並びに任意選択的に必要な量の、アルミニウム、チタン、バナジウム、ジルコニウム、タングステン、ホウ素及びREMのうちの少なくとも1つを含み、マンガンと硫黄との比は200以上であり、[Nb]=Nb%~8(C%+N%)≧0.2であり、
Ni%+Cu%≦4であり、
残部は鉄及び製造プロセスにおける不可避混入物である。
【0013】
欧州特許第2557189号は、長期の熱履歴を経た場合であっても強度の低下がわずかであり、低コストであり、耐熱性及び加工性に優れた、排気部品用のフェライト系ステンレス鋼シートを記載しており、これは、質量%で、C:0.010%未満、N:0.020%以下、Si:0.1%超~2.0%、Mn:2.0%以下、Cr:12.0~25.0%、Cu:0.9超~2%、Ti:0.05~0.3%、Nb:0.001~0.1%、Al:1.0%以下、及びB:0.0003~0.003%であり、Cu/(Ti+Nb)が5以上であり、Feと不可避混入物との残部を有することを特徴とする。
【発明の概要】
【0014】
本発明の目的は、先行技術のいくつかの欠点をなくし、良好な耐食性、改善された溶接性及び強化された高温強度を有するフェライト系ステンレス鋼を得ることであり、この鋼は、ニオブ、チタン、及びバナジウムによって安定化され、AOD(アルゴン-酸素-脱炭)技術を使用して製造される。本発明の重要な特徴は、添付の特許請求の範囲に記載されている。
【0015】
本発明によるフェライト系ステンレス鋼の化学組成は、重量%で、0.003~0.035%の炭素、0.05~1.0%のケイ素、0.10~0.8%のマンガン、18~24%のクロム、0.05~0.8%のニッケル、0.003~2.5%のモリブデン、0.2~0.8%の銅、0.003~0.05%の窒素、0.05~1.0%のチタン、0.05~1.0%のニオブ、0.03~0.5%のバナジウム、0.01~0.04%のアルミニウムからなり、C+Nの合計が0.06%未満であり、残りは鉄及びステンレス鋼において占める不可避混入物であり、条件として、(C+N)の合計が0.06%未満であり、比(Ti+Nb)/(C+N)が8以上かつ40未満であり、比(Ti+0.515*Nb+0.940*V)/(C+0.858*N)は、6以上かつ40未満であり、5.8*Nb+5*Ti*Siが、3.3以上である。本発明によるフェライト系ステンレス鋼は、AOD(アルゴン-酸素-脱炭)技術を使用して製造される。
【0016】
各合金元素の効果及び含有量は、他が言及されていない場合は重量%単位で、以下に記載される。
【0017】
炭素(C)は、伸び及びr値を減少させるものであり、好ましくは、炭素は、鋼製造プロセス中に可能な限り多く除去される。固溶体炭素は、以下に記載されるように、チタン、ニオブ、及びバナジウムによって炭化物として固定される。炭素含有量は、0.035%まで、好ましくは0.03%までに限定されるが、少なくとも0.003%の炭素を有する。
【0018】
ケイ素(Si)は、スラグからのクロムを還元して溶融に戻すのに使用される。鋼における一部のケイ素残留物は、還元が良好に行われることを確保するのに必要である。固溶体において、ケイ素は、ラーベス相の形成を加速させ、より高温でラーベス相粒子を安定化させるものである。したがって、ケイ素含有量は1.0%未満であるが、少なくとも0.05%である。
【0019】
マンガン(Mn)は、硫化マンガンを形成することにより、フェライト系ステンレス鋼の耐食性を劣化させるものである。低硫黄(S)含有量では、マンガン含有量は、0.8%未満、好ましくは0.65%未満であるが、少なくとも0.10%である。
【0020】
クロム(Cr)は、耐酸化性及び耐食性を強化するものである。鋼グレードEN 1.4301に匹敵する耐食性を達成するために、クロム含有量は、18~24%、好ましくは20~22%である必要がある。
【0021】
ニッケル(Ni)は、靭性の改善に有利に寄与する元素であるが、ニッケルは応力腐食割れ(SCC)に対する感受性を有する。これらの効果を考慮するために、ニッケル含有量は、0.8%未満、好ましくは0.5%未満であり、それにより、ニッケル含有量は少なくとも0.05%になる。
【0022】
モリブデン(Mo)は耐食性を強化するが、破断伸びを低減するものである。モリブデン含有量は2.5%未満であるが、少なくとも0.003%である。4以下の低い酸性pH値を有する高腐食性環境における用途では、モリブデン含有量は、好ましくは2.5%未満であるが、少なくとも0.5%である。中性又は4超の高いpH値を有する低腐食性環境における用途では、より好ましい範囲は、0.003%~0.5%のモリブデンである。
【0023】
銅(Cu)は、酸性溶液中で耐食性を改善するものであるが、高い銅含有量は有害な場合がある。したがって、銅含有量は、0.8%未満、好ましくは0.5%未満であるが、少なくとも0.2%である。
【0024】
窒素(N)は、破断伸びを低減するものである。窒素含有量は、0.05%未満、好ましくは0.03%未満であるが、少なくとも0.003%である。
【0025】
アルミニウム(Al)は、溶融物から酸素を除去するのに使用される。アルミニウム含有量は0.04%未満である。
【0026】
チタン(Ti)は、非常に高温で窒素と窒化チタンを形成するので、非常に有用である。窒化チタンは、焼鈍及び溶接中の粒成長を防止するものである。溶接部において、チタン合金化により、等軸微細粒構造の形成が促進される。チタンは、選択された安定化元素、すなわちチタン、バナジウム、及びニオブのうち、最も安価な元素である。したがって、安定化のためにチタンを使用することは、経済的な選択になる。チタン含有量は、1.0%未満であるが、少なくとも0.05%である。より好ましい範囲は、0.07%~0.40%のチタンである。
【0027】
ニオブ(Nb)は、炭素を結合して炭化ニオブにするために、ある程度使用される。ニオブにより、再結晶化温度を制御することができる。ニオブは、ラーベス相粒子の析出を刺激し、高温での安定性に正の効果を有するものである。ニオブは、選択された安定化元素、すなわちチタン、バナジウム、及びニオブのうち、最も高価な元素である。ニオブ含有量は、1.0%未満であるが、少なくとも0.05%である。
【0028】
バナジウム(V)は、より低温で炭化物及び窒化物を形成するものである。これらの析出物は小さく、それらの大部分は通常、粒の内側にある。炭素安定化に必要なバナジウムの量は、同じ炭素安定化に必要なニオブの量の約半分のみである。これは、バナジウムの原子量がニオブの原子量の約半分のみであることによる。バナジウムがニオブより安価なので、バナジウムは、安定化元素の経済的な選択になる。バナジウムはまた、鋼の靱性を改善するものである。バナジウム含有量は、0.5%未満であるが、少なくとも0.03%、好ましくは0.03~0.20%である。
【図面の簡単な説明】
【0029】
以下、添付図面を参照して本発明を更に詳細に説明する。
【
図1】Ti、Nb、及びSi含有量の組み合わせにより、本発明による材料における高温機械的特性の強化がもたらされることを示すグラフである。
【
図2】ラーベス相粒子の化学組成を求めるのに使用される、典型的な微細構造をエネルギー分散型分光法(EDS)によって示す顕微鏡写真である。
【
図3】鋼が十分な量のチタンを有していない場合の、ガス溶接において溶接部内に形成された粗粒柱状構造を示す顕微鏡写真であり、(a)溶接部を横断する断面、及び(b)溶接されたシートの平面における断面の顕微鏡写真である。
【
図4】鋼が十分な量のチタンを有する場合の、ガス溶接において溶接部内に形成された微細粒等軸構造の顕微鏡写真である。
【発明を実施するための形態】
【0030】
本発明によるフェライト系ステンレス鋼において、3つ全ての安定化要素、すなわちチタン、ニオブ、及びバナジウムを使用することにより、事実上IFの原子格子を得ることが可能である。これは、本質的に全ての炭素及び窒素原子が安定化元素と結合していることを意味する。十分な量のチタンが格子間元素、すなわち炭素及び窒素の安定化に使用される場合、TiNなど、安定化中に形成される化合物により、溶接部における等軸構造及び微細粒構造の形成が促進される。等軸微細粒構造により、溶接部の延性及び靱性が改善される。したがって、十分なチタン含有量により、溶接部における粗柱状構造の形成が防止される。混入物が溶接中心線まで分かれ得るので、柱状粒により高温割れを引き起こすことがある。大きな柱状粒はまた、溶接部の靭性も低下させることがある。追加的に十分なTi、Si及びNb含有分を使用することにより、高温での機械的特性を強化したフェライト系ステンレス鋼を得ることが可能である。Ti、Nb、及びSi含有量の組み合わせにより、本発明における強化した高温機械的特性がもたらされることは、
図1に示されている。領域は、3.3以上の、5.8
*Nb+5
*Ti
*Siを有することによって求められる。
【0031】
本発明のフェライト系ステンレス鋼を試験するために、いくつかのステンレス鋼合金を調製した。調製中、全ての合金を溶融し、鋳造し、熱間圧延した。熱間圧延プレートを更に焼鈍し酸洗した後、冷間圧延した。次いで、最終厚さの冷間圧延シートを、再び焼鈍し酸洗した。表1は、対照材料EN 1.4509及びEN 1.4622の化学組成を更に記載している。
【0032】
【0033】
表1から、合金Aは、B~Hの他の合金と比較して、より少量のニオブ及びケイ素を有することがわかる。合金B、C及びDは同じ量のニオブを有し、他方、ケイ素の量は、合金BからCまで、及び合金Dまで徐々に増加する。合金Eは、ケイ素、チタン、及びニオブの量の少しの変動を除いて、合金Dと本質的に同じ化学組成を有する。合金Fは、合金Cと本質的に同じ量のケイ素を有し、他方、合金Fのニオブ含有量は、A~Hの全ての合金のうちで最も高い。合金G及びHはまた、ケイ素、チタン、及びニオブに加えてモリブデンも含有する。全ての合金A~Hは、本発明に従ってチタン、ニオブ、及びバナジウムにより三重に安定化される。
【0034】
本発明のフェライト系ステンレス鋼にて、格子間元素、すなわち炭素及び窒素の安定化においてニオブ、チタン、及びバナジウムを使用する場合、安定化中に生成する化合物は、炭化チタン(TiC)、窒化チタン(TiN)、炭化ニオブ(NbC)、窒化ニオブ(NbN)、炭化バナジウム(VC)、及び窒化バナジウム(VN)などである。この安定化において、単純な式を使用して、安定化の大きさ及び効果、並びに異なる安定化元素の役割を評価する。
【0035】
安定化元素、すなわちチタンとニオブとバナジウムとの間の関係性は、安定化当量(Tieq)についての式(1)によって定義され、ここで、各元素の含有量は重量%単位である。
Tieq=Ti+0.515*Nb+0.940*V (1)
【0036】
それぞれ、格子間元素、すなわち炭素と窒素との間の関係性は、格子間当量(Ceq)についての式(2)によって定義され、ここで、炭素及び窒素の含有量は重量%単位である。
Ceq=C+0.858*N (2)
【0037】
比Tieq/Ceqは、感受性化のための析出を求めるための1つの要因として使用され、本発明のフェライト系ステンレス鋼については、感受性化を回避するため、比Tieq/Ceqは、6以上であり、比(Ti+Nb)/(C+N)は、8以上である。欧州特許第2922978B号は、粒界腐食に対する感受性化に関する更なる情報を示している。この文献では、Tieq/Ceqが6以上であり、(Ti+Nb)/(C+N)が8以上である場合、粒間腐食に対する安定化がうまくいくことについて示されている。
【0038】
本発明の鋼の高温強度の強化は、熱力学的に安定なラーベス相粒子の微細分散によって確保される。Nb、Ti、及びSiの合金化では、高い使用温度に最適の微細構造を得るために、慎重にバランスをとる必要がある。正しい合金化により、ラーベス相粒子の析出が促進され、それらの溶解温度が上昇する。ラーベス相粒子は、650~850℃の範囲の温度にさらされて迅速に形成される。
図2は、材料が800℃の温度に30分間さらされたとき、合金A~Hにおいて観察された粒間析出物及び粒内析出物を示す。析出した粒子の化学組成を、エネルギー分散型分光法(EDS)によって求めた。表2の結果により、本発明の鋼において形成された粒子が、ラーベス相析出物であることが明らかである。表2によると、本発明の鋼において析出した粒子の化学組成はモデルA
2Bに従い、ここで、AはFeとCrとの組み合わせであり、BはNbとSiとTiとの組み合わせである。表2に示すEDS測定によると、ラーベス相粒子の化学式は、(Fe
0.8Cr
0.2)
2(Nb
0.70Si
0.25Ti
0.05)である。分子中のFe、Cr、Nb、Si及びTi原子の数は、合金化及び材料が経た加熱サイクルに応じて異なる。
【0039】
【表2】
表2:エネルギー分散型分光法(EDS)による、本発明の鋼における10個の
ラーベス相粒子の化学組成。
【0040】
ケイ素、ニオブ、及びチタンのバランスのとれた組み合わせにより、鋼が900℃を超える高い使用温度で十分な量のラーベス相粒子を含有することが確保される。ラーベス相形成元素である、チタンとニオブとケイ素との間の関係性は、ラーベス相の当量数Leqの式(3)によって定義され、ここで、各元素の含有量は重量%単位である。
Leq=5.8*Nb+5*Ti*Si (3)
【0041】
高温強度特性の強化を保証するために、ラーベス相の当量数Leqは、本発明のフェライト系ステンレス鋼の場合、3.3以上である。高温強度特性の強化を保証するために、ラーベス相の当量は、示される領域の下方境界に対応する。950℃を超える高い使用温度の場合、ラーベス相の当量数Leqは、4.5以上である。
【0042】
Tieq/Ceq、(Ti+Nb)/(C+N)の比の値、及び当量Leqの値は、合金A~Hについて表3中で計算されている。表3の値は、合金A~H及び対照材料が、Tieq/Ceq及び(Ti+Nb)/(C+N)の両方に関して有利な値を有することを示している。その代わりに、合金A~Hのみが、本発明によるラーベス相の当量数Leqに関して有利な値を有する。
【0043】
【表3】
表3:比Ti
eq/C
eq、(Ti+Nb)/(C+N)及びラーベス相の当量数
L
eqの値。
【0044】
析出したラーベス相の溶解により、本発明のフェライト系ステンレス鋼の使用温度の上限が決まる。溶解温度は、熱力学シミュレーションソフトウェアThermo-Calcバージョン2018bを使用して、表1の合金について計算した。結果を表4に示す。合金A~Hに関して、溶解温度の値は有利であり900℃の目標使用温度よりも高い。対照材料に関して、溶解温度は目標温度900℃よりも不利にはるかに低い。
【0045】
【表4】
表4:持続的にさらされると強化ラーベス相粒子が溶出する温度。T=900℃を
超える値を、満足のいくものとみなす。
【0046】
表1に列挙した全ての合金の高温引張強度を、高温引張試験規格EN ISO 10002-5に従って測定した。T=950℃及びT=1000℃で行った試験の結果を、表5に示す。
【0047】
【表5】
表5:EN ISO 12002-5に従って測定された引張強度。950℃で30
MPaを超え、1000℃で20MPaを超えるRm値を、満足のいくものとみなす。
【0048】
機械的強度Rmについては、950℃でRm<30MPa、又は1000℃でRm<20MPaの場合、不十分とみなす。表5の結果は、本発明による鋼がこれらの要件を満たし、他方、対照材料EN 1.4509及びEN 1.4622はこれらの要件を満たしていないことを示している。
【0049】
耐食性がステンレス鋼の最重要の特性なので、表1に列挙された全ての合金の孔食腐食電位については、動電位的に求めた。合金を320メッシュで湿式粉砕し、空気中、周囲温度で少なくとも24時間、再不動態化させた。孔食電位測定を、自然曝気した1.2重量%のNaCl水溶液(0.7重量%のCl-、0.2MのNaCl)中、約22℃の室温で行った。約1cm2の電気化学的活性面積を有する、隙間なしのフラッシュポートセル(ASTM G150に記載のAvestaセル)を使用して、20mV/分で分極曲線を記録した。白金箔を、対極として提供した。KCl飽和カロメル電極(SCE)を対照電極として使用した。各合金について6つの貫通孔食電位測定値の平均値を計算した。それを表2に列挙する。
【0050】
表6の結果は、本発明のフェライト系ステンレス鋼が、対照鋼EN 1.4509よりも良好な孔食腐食電位を有することを示している。合金A~Fの孔食腐食電位は、対照鋼EN 1.4622と本質的に同じであるが、Mo合金化した合金G及びHの孔食腐食電位は、対照材料EN 1.4622の点食腐食電位よりも優れている。
【0051】
【表6】
表6:合金A~H及び対照材料についての孔食腐食電位。
【0052】
安定化に十分な量のチタンを使用する場合、溶接部の等軸微細粒構造が確保される。TiNなど、液体溶接金属におけるチタンによって形成された化合物は、不均質な固化の場合の核形成部位として機能し、その結果、溶接部において等軸微細粒構造が得られる。安定化に使用される他の元素、バナジウム及びニオブは、液体金属において核形成部位として機能することになる化合物を形成しない。したがって、チタンの量が十分に高くない場合、柱状粒構造を有する粗粒溶接部が得られる。混入物が溶接中心線まで分かれ得るので、粗粒柱状構造により高温割れを引き起こすことがある。大きな柱状粒はまた、溶接部の靭性も低下させる。この問題は、溶接金属の化学組成を溶接添加剤によって変更することができないガス溶接において、特に深刻である。安定化方法の溶接構造に対する影響は周知であり、例えば、W.Gordon及びA.Van Bennecomによって公開された雑誌論文において詳細に論じられている(W.Gordon & A.van Bennekom.Review of stabilisation of ferritic stainless steels.Materials Science and Technology,1996.Vol.12,no.2,pp.126-131)。
【0053】
図3は、不十分な量のチタンが鋼において合金化されたときに、ガス溶接において得られた粗粒柱状溶接構造の例示的な例を示す。
図4は、十分な量のチタンが鋼において合金化されたときに、ガス溶接において得られた微細粒等軸溶接構造の例を示す。本発明による合金A~H、並びに対照材料EN 1.4509及び1.4622は、ガス溶接において微細粒等軸溶接構造を生じさせるために有利な量のチタンを有する。