(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-04-02
(45)【発行日】2024-04-10
(54)【発明の名称】皮膚ガス解析方法
(51)【国際特許分類】
G01N 33/497 20060101AFI20240403BHJP
G01N 30/72 20060101ALI20240403BHJP
G01N 27/62 20210101ALI20240403BHJP
【FI】
G01N33/497 Z
G01N30/72 A
G01N27/62 C
G01N27/62 V
(21)【出願番号】P 2020047021
(22)【出願日】2020-03-17
【審査請求日】2023-01-10
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 平成31年3月31日に東海大学先進生命科学研究所から発行された刊行物「東海大学先進生命科学研究所紀要 第3巻 2018」の第13~17頁に「線虫及び質量分析計を用いた癌の匂い物質の解明と早期診断法の開発」を掲載
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 平成31年4月4日に学校法人東海大学のウェブサイトに「線虫及び質量分析計を用いた癌の匂い物質の解明と早期診断法の開発」を掲載
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 令和1年10月1日に地方独立行政法人神奈川県立産業技術総合研究所のウェブサイトに「発がん患者の皮膚から放散する微量生体ガスに関する研究」を掲載
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 令和1年10月30日に開催された研究発表会「KISTEC Innovation Hub 2019」においてポスターにより「発がん患者の皮膚から放散する微量生体ガスに関する研究」を発表
(73)【特許権者】
【識別番号】000125369
【氏名又は名称】学校法人東海大学
(73)【特許権者】
【識別番号】520094385
【氏名又は名称】川口 義明
(74)【代理人】
【識別番号】110001807
【氏名又は名称】弁理士法人磯野国際特許商標事務所
(72)【発明者】
【氏名】関根 嘉香
(72)【発明者】
【氏名】戸▲高▼ 惣史
(72)【発明者】
【氏名】平林 健一
(72)【発明者】
【氏名】川口 義明
【審査官】三木 隆
(56)【参考文献】
【文献】特許第6182796(JP,B2)
【文献】国際公開第2016/063918(WO,A1)
【文献】特開2017-191036(JP,A)
【文献】平林 健一,線虫及び質量分析計を用いた癌の匂い物質の解明と早期診断法の開発,東海大学先進生命科学研究所紀要,2018年03月,第2巻,Page.18-21
【文献】A. D’Amico,Identification of melanoma with a gas sensor array,Skin Research and Technology,2007年,Page.1-11,doi: 10.1111/j.1600-0846.2007.00284.x
【文献】呼気で肺がんのスクリーニング,産総研マガジン,2015年10月27日,https://www.aist.go.jp/aist_j/press_release/pr2015/pr20151027/pr20151027.html
【文献】戸高惣史,ガン患者のヒト皮膚表面から放散する生体ガスの測定法,平成30年 KISTEC Innovation Hub,2018年10月,1PS-2
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 33/497
G01N 30/72
G01N 27/62
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
大腸がん、胃がん、膵がん、及び舌がんの少なくとも1つの有無を評価するために、評価対象者から採取された皮膚ガスを解析する皮膚ガス解析方法であって、
評価対象者の体表面から皮膚ガスを採取する採取ステップと、
採取された前記皮膚ガスの放散量を分析して、皮膚ガス成分毎の放散パターンを表す皮膚ガスパターンを取得する取得ステップと、
取得された前記皮膚ガスパターンを、予め設定された判別アルゴリズムに基づいて解析
する解析ステップと、を含み、
前記判別アルゴリズムが、がん患者の前記皮膚ガスパターンと健常者の前記皮膚ガスパターンと
から求めた、前記皮膚ガスパターンの皮膚ガス成分で構成された判別関数を用いる判別分析であり、
前記判別関数は、前記皮膚ガス成分が、吉草酸アルデヒド、スチレン、o-,m-キシレン、1-ヘプタノール、ヘプタナール、及びノナナールを含み、前記皮膚ガスパターンを入力されて算出される判別得点ががんの有無を判別するように構成され、
前記解析ステップは、前記取得ステップで取得された前記皮膚ガスパターンを前記判別関数に入力して判別得点を算出することを特徴とする
皮膚ガス解析方法。
【請求項2】
前記判別アルゴリズムは
、機械学習に基づく人工知能による解析であることを特徴とする請求項1に記載の
皮膚ガス解析方法。
【請求項3】
前記判別関数の皮膚ガス成分が、アセトアルデヒド、プロピオンアルデヒド、酢酸エチル、エタノール、アセトン、ジアセチル、トルエン、エチルベンゼン、2-エチル-1-ヘキサノール、ヘキサナール、p-キシレン、1-ペンタノール、3-ヘプタノン、1-ヘキサノール、2-ヘキサナール、オクタナール、アセトイン、6-メチル-5-ヘプテン-2-オン、酪酸、1-ノナノール、及びイソ吉草酸をさらに含むことを特徴とする
請求項1又は請求項2に記載の
皮膚ガス解析方法。
【請求項4】
前記採取ステップは、前記評価対象者の前記皮膚ガスを、固体状の捕集材に吸着させて捕集し、熱的または化学的に前記捕集材から前記皮膚ガスを脱離させることを特徴とする請求項1乃至請求項
3のいずれか一項に記載の
皮膚ガス解析方法。
【請求項5】
前記取得ステップは、採取された前記皮膚ガスをガスクロマトグラフィー質量分析法により分析して前記皮膚ガスパターンを取得することを特徴とする請求項
4に記載の
皮膚ガス解析方法。
【請求項6】
前記皮膚ガス成分は、代謝生成物、皮脂の分解物、汗中成分、汗中成分の分解物、腸内細菌による分解生成物及び外因性化学物質の少なくとも1つに由来するガス成分であることを特徴とする請求項1乃至請求項
5のいずれか一項に記載の
皮膚ガス解析方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、皮膚ガス解析方法に関する。
【背景技術】
【0002】
がんは、主に血液検査、各種画像検査、組織細胞検査などにより評価されている。がんの早期発見は患者予後につながるが、膵がんのように早期発見の困難な腫瘍も少なくない。また、血液検査、画像検査、組織細胞検査には少なからず患者への侵襲を伴う。理想的ながんの評価方法は、早期診断可能な高い感度・特異度を有し、評価対象者へ侵襲も少なく、簡便な方法である。
【0003】
非侵襲な生体サンプルとして、尿、呼気、皮膚などから発せられる皮膚ガスがあげられる。特許文献1には、尿を生体サンプルとし、尿中代謝物を液体クロマトグラフ質量分析計で分析してがんを評価する方法が開示されている。また、特許文献2には、呼気を生体サンプルとして、呼気中の複数のマーカー物質を測定してがんを評価する方法が開示されている。尿は間欠的にしか採取できない生体サンプルであり、また排尿機能に障害を有する評価対象者からは採取が困難な場合がある。呼気は大量に繰り返しサンプリングできるメリットがあるが、排出する呼気の量は常に一定ではなく、口腔内の臭気物質が混ざることによって正確に測定できない可能性が指摘されている。
【0004】
一方で、皮膚ガスは、ヒトが放散量を意識的に変えることができない点で、測定法の標準化には有利である。特許文献3には、皮膚ガスを生体サンプルとして、ガス成分濃度からがんを評価する方法が開示されている。そして、ガス成分濃度の測定には、中赤外領域の波長の光強度が用いられている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】WO2017/213246
【文献】特許第6182796号公報
【文献】特許第6560983号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、特許文献3に記載されたがんの評価方法では、早期診断可能な高い感度・特異度を持つ方法であるとはいえず、簡便な方法であるともいえない。
本発明は、このような状況に鑑みてなされたものであり、評価対象者への侵襲の少ない皮膚ガスを用いてがんの有無を評価するために、早期診断可能な高い感度・特異度を有し、かつ、簡便な皮膚ガス解析方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
前記課題を解決するため、本発明に係る皮膚ガス解析方法は、大腸がん、胃がん、膵がん、及び舌がんの少なくとも1つの有無を評価するために、評価対象者から採取された皮膚ガスを解析する方法であって、評価対象者の体表面から皮膚ガスを採取する採取ステップと、採取された前記皮膚ガスの放散量を分析して、皮膚ガス成分毎の放散パターンを表す皮膚ガスパターンを取得する取得ステップと、取得された前記皮膚ガスパターンを、予め設定された判別アルゴリズムに基づいて解析する解析ステップと、を含み、前記判別アルゴリズムが、がん患者の前記皮膚ガスパターンと健常者の前記皮膚ガスパターンとから求めた、前記皮膚ガスパターンの皮膚ガス成分で構成された判別関数を用いる判別分析であり、前記判別関数は、前記皮膚ガス成分が、吉草酸アルデヒド、スチレン、o-,m-キシレン、1-ヘプタノール、ヘプタナール、及びノナナールを含み、前記皮膚ガスパターンを入力されて算出される判別得点ががんの有無を判別するように構成され、前記解析ステップは、前記取得ステップで取得された前記皮膚ガスパターンを前記判別関数に入力して判別得点を算出することとする。
【0008】
本発明に係る皮膚ガス解析方法は、前記判別アルゴリズムが機械学習に基づく人工知能による解析であることが好ましい。
【0010】
本発明に係る皮膚ガス解析方法は、前記判別関数の皮膚ガス成分が、アセトアルデヒド、プロピオンアルデヒド、酢酸エチル、エタノール、アセトン、ジアセチル、トルエン、エチルベンゼン、2-エチル-1-ヘキサノール、ヘキサナール、p-キシレン、1-ペンタノール、3-ヘプタノン、1-ヘキサノール、2-ヘキサナール、オクタナール、アセトイン、6-メチル-5-ヘプテン-2-オン、酪酸、1-ノナノール、及びイソ吉草酸をさらに含むことが好ましい。
【0011】
本発明に係る皮膚ガス解析方法は、前記採取ステップが、前記評価対象者の前記皮膚ガスを、固体状の捕集材に吸着させて捕集し、熱的または化学的に前記捕集材から前記皮膚ガスを脱離させることが好ましい。
【0012】
本発明に係る皮膚ガス解析方法は、前記取得ステップが、採取された前記皮膚ガスをガスクロマトグラフィー質量分析法により分析して前記皮膚ガスパターンを取得することが好ましい。
【0013】
本発明に係る皮膚ガス解析方法は、前記皮膚ガス成分が、代謝生成物、皮脂の分解物、汗中成分、汗中成分の分解物、腸内細菌による分解生成物及び外因性化学物質の少なくとも1つに由来するガス成分であることが好ましい。
【発明の効果】
【0016】
本発明に係る皮膚ガス解析方法によれば、早期診断可能な高い感度・特異度を有し、評価対象者への侵襲も少ない、簡便にがんの有無を評価するための方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【
図1】本発明に係るがんの評価方法のフローチャートである。
【
図2】皮膚ガスを採取する小形ディバイスの構成を一部破断面にして模式的に示す正面図である。
【
図3】捕集材を捕集具の開口部側から見たときの平面図である。
【
図4】皮膚ガスの捕集方法を模式的に示す断面図である。
【
図5A】抽出容器に捕集具を嵌合する様子を模式的に示す正面図である。
【
図5B】抽出容器の溶媒に捕集材を浸漬し、捕集材から皮膚ガスを抽出する様子を一部破断面にして模式的に示す正面図である。
【
図6】がん患者群の皮膚ガスパターンを示す図である。
【
図7】健常者群の皮膚ガスパターンを示す図である。
【
図8】がん患者群及び健常者群の判別得点の頻度を示すヒストグラムである。
【
図9】評価対象者の皮膚ガスパターンを示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
本発明に係る皮膚ガス解析方法を用いたがんの評価方法(本発明に係るがんの評価方法
と称する)について、図面を参照して説明する。
図1に示すように、本発明に係るがんの評価方法は、採取ステップS1と、取得ステップS2と、評価ステップS3と、を含む。以下、各工程について説明する。
【0019】
<採取ステップ>
採取ステップS1は、評価対象者の体表面から皮膚ガスを採取するステップである。
ここで、皮膚ガスは、ヒトの体表面から放散される微量な生体ガスである。また、皮膚ガスは、エネルギー基質(炭水化物、タンパク質、脂質)などの代謝生成物、腸内細菌による分解生成物、吸入・経口摂取された外因性化学物質、皮膚表面における生物的・化学的な反応生成物である皮脂の分解物、汗中成分、汗中成分の分解物などから構成される混合ガスである(関根,臨床環境医学25(2),69-75,(2016))。
【0020】
この皮膚ガスは、嗅覚閾値を超えた濃度レベルでヒトの嗅覚に到達したときに「体臭」として認知される。また、皮膚ガスを放散経路で分類すると、表面反応由来、皮膚腺(汗腺・脂腺)由来、血液由来に大別できる。皮膚ガスには300種類以上あり、その放散量は皮膚1cm2、1時間当たり数pg~μgまで広範囲にわたること、放散される皮膚ガスの種類・放散量は、ヒトの生理的・身体的状態、疾病の有無、生活環境や生活行為に関係することが明らかになってきた。
【0021】
具体的には、エネルギー基質などの代謝生成物としては、アセトン、エタノール、アセトアルデヒドなどが挙げられる。例えばアセトンは脂質の代謝生成物である。絶食、減食(ダイエット)、飢餓などにより糖質の供給やその利用が不十分になると脂質の分解が促進され、肝臓においてケトン体(アセト酢酸、β-ヒドロキシ酪酸およびアセトン)が生成し血中に移行する。ケトン体の中で揮発性の高いアセトンは、血中から直接揮発して体表面から放散される。
【0022】
外因性化学物質としては、通常体内では産出されない化学物質であって、経口・吸入曝露により体内に侵入した化学物質が血中に移行し、体内を循環する過程で血液から直接揮発して体表面から放散された化学物質である。外因性化学物質としては、例えば、トルエン、スチレン、キシレンなどが挙げられる。また、酢酸エチルは、化粧品の成分に含まれていることから、外因性化学物質の一つとして挙げられる。
【0023】
腸内細菌による分解生成物としては、インドール、スカトール、メルカプタン類などが挙げられる。ジアセチルは、皮膚常在菌による乳酸の代謝生成物であり、加齢臭の一つである。皮脂の分解物としては、加齢臭の一つであるノナン酸などが挙げられ、汗中成分、汗中成分の分解物としては、酢酸、イソ吉草酸、吉草酸アルデヒドなどが挙げられる。
【0024】
皮膚ガスの採取部位については、皮膚ガスの採取が可能な体表面であれば特に限定されないが、前腕部の体表面が好ましく、頭頂部、胸部、腋下部、首部、背中部または下肢部の体表面であってもよい。なお、皮膚ガスの放散量は、身体の部位によって異なる。したがって、皮膚ガスの採取部位については、身体の部位によって放散量が異なることや、評価対象者の病態など考慮して、適宜選択する。
【0025】
皮膚ガスの採取方法については、皮膚ガスが採取可能であれば特に限定されないが、皮膚ガスの分子拡散を利用した採取方法が好ましい。分子拡散を利用した採取方法としては、評価対象者の皮膚ガスを固体状の捕集材に吸着させて捕集し、熱的または化学的に捕集材から皮膚ガスを脱離させる小型ディバイスを用いる方法が好ましい。このような小形ディバイスとして、例えば、ジーエルサイエンス社製の皮膚ガスサンプラー(MonoTrap(登録商標)SG DCC18)がある。
【0026】
図2、
図3に示すように、小形ディバイス30は、皮膚ガスを捕集する捕集具10と、捕集された皮膚ガスを抽出する抽出容器20と、を備える。捕集具10は、一端側が開口した円筒状の本体部1と、本体部1の他端側の内部に支持部3によって支持された多孔質体などからなる捕集材2と、を備える。そして、本体部1の一端側には抽出容器20と嵌合するネジ部1aが形成されている。抽出容器20は、一端側で開口し、捕集具10と嵌合するネジ部11aが形成された円筒状の本体部11を備えている。このような小形ディバイス30を用いて、皮膚ガスを採取する方法は、以下のとおりである。
【0027】
図4に示すように、捕集具10の開口部側を評価対象者の皮膚表面SKにのせて固定する。捕集具10と皮膚表面SKとの間にヘッドスペースHSが生じ、このヘッドスペースHS内を皮膚ガスが分子拡散する。分子拡散した皮膚ガスは、捕集材2に吸着され、捕集される。捕集時間は、次ステップS2での皮膚ガスパターンが取得可能な皮膚ガスが捕集できるように、皮膚表面SKの場所によって適宜調整される。前腕部の皮膚表面SKでは、捕集時間は1~4時間が好ましい。
その後、捕集材2からの皮膚ガスの脱離方法として熱的な方法を用いる際には、捕集具10から捕集材2を取り出し、加熱する。加熱によって皮膚ガスは捕集材2から蒸散する。この蒸散したガスを次ステップである取得ステップS2での測定検体とする。
【0028】
捕集材2からの皮膚ガスの脱離方法として化学的な方法を用いる際には、以下のとおりである。
図5Aに示すように、溶媒12を加えた抽出容器20に捕集具10をネジ嵌合して密閉する。そして、
図5Bに示すように、捕集具10を下方にして静置して、捕集材2を溶媒12中に浸漬させる。この状態で、超音波照射などで捕集材2を振動させ、捕集材2に捕集された皮膚ガスを溶媒12に溶出させて抽出する。抽出時間は10~60分が好ましい。抽出後の溶媒12を次ステップである取得ステップS2での測定検体とする。
【0029】
<取得ステップ>
取得ステップS2は、前ステップS1で採取された皮膚ガスの放散量を分析して、皮膚ガス成分毎の放散パターンを表す皮膚ガスパターン(
図9参照)を取得するステップである。分析方法は、皮膚ガスパターンが取得できれば特に限定されないが、ガスクロマトグラフィー質量分析法による分析が好ましい。皮膚ガスの放散量は、ガスクロマトグラフィー質量分析計における各成分のピーク強度、これを標準物質のピーク強度と比較して捕集量(ng)で表したもの、あるいはより厳密には、単位時間(h)、単位面積(cm
2)あたりの捕集量として放散フラックス(ngcm
-2h
-1)に換算したものを用いることができる。なお、ここで分析対象とする皮膚ガス成分数は、一例として、
図6、
図7、
図9に示すように、アセトアルデヒドからデカン酸までの40成分とし、少なくとも20成分以上を分析することが好ましい。
【0030】
<評価ステップ>
評価ステップS3は、前工程S2で取得された皮膚ガスパターンを、予め設定された判別アルゴリズムに基づいて解析し、評価対象者のがんの状態を評価するステップである。そして、判別アルゴリズムは、がん患者の皮膚ガスパターン(
図6参照)と健常者の皮膚ガスパターン(
図7参照)との非類似性を判別するアルゴリズムである。
【0031】
このステップS3における判別アルゴリズムは、多変量解析、及び/又は、機械学習に基づく人工知能による解析の少なくとも1つであることが好ましい。多変量解析は、多くの変数が関わる事象の構造を解き明かす手法であり、因子分析、主成分分析、回帰分析、判別分析、又は、クラスター分析であることが好ましい。
【0032】
因子分析は、観測した多くの変数の背後に潜んでいる未知の共通因子を探し出す手法である。因子分析では、予め取得した健常者群とがん患者群の皮膚ガスパターンと評価対象者の皮膚ガスパターンを解析ソフトに入力し、計算によって得られた二つ以上の因子に対する各検体の因子負荷量を用いて健常者群の皮膚ガスパターンに寄与する因子、がん患者群の皮膚ガスパターンに寄与する因子のそれぞれを特定する。健常者群の皮膚ガスパターンとがん患者群の皮膚ガスパターンとの非類似性は、因子得点のパターンの違いによって判別できる。がん患者群は病態またはステージ毎にさらに分類しても良い。そして、評価対象者の因子負荷量が、各因子のどちらに高い値(より1に近い値)を示すか、さらに必要であれば各因子の因子得点のパターンとの類似性(相関係数、ユークリッド距離など)から、どちらの因子に分類されるかを判断して、評価対象者のがんの状態を評価する。
【0033】
主成分分析は、観測した多くの変数をいくつかの主成分に集約する手法である。主成分分析では、予め取得した健常者群とがん患者群の皮膚ガスパターンと評価対象者の皮膚ガスパターンを解析ソフトに入力し、計算によって得られた二つ以上の因子に対する各検体の主成分負荷量を用いて健常者群の皮膚ガスパターンに寄与する主成分、がん患者群の皮膚ガスパターンに寄与する主成分のそれぞれを特定する。健常者群の皮膚ガスパターンとがん患者群の皮膚ガスパターンとの非類似性は、主成分得点のパターンの違いによって判別できる。がん患者群は病態またはステージ毎にさらに分類しても良い。そして、評価対象者の主成分負荷量が、各主成分のどちらに高い値(より1に近い値)を示すか、さらに必要であれば各主成分の主成分得点のパターンとの類似性(相関係数、ユークリッド距離など)から、どちらの主成分に分類されるかを判断して、評価対象者のがんの状態を評価する。
【0034】
回帰分析は、変数間の関係を明らかにするものであり、目的変数yに対して説明変数xが二つ以上ある場合を重回帰と呼び、一般に下記の式(1)で表される。
【0035】
【0036】
予め、健常者群とがん患者群の皮膚ガスパターンを取得する。がんの有無(例えばダミー変数で0と1)、がんの種類(ダミー変数で0,1,2・・など)あるいは進行ステージ(ダミー変数で0、1、2、3、4)を目的変数y、各皮膚ガスの放散量を説明変数x1、x2、x3…xnとして入力し、有意な重回帰式を作成する。そして、評価対象者のがんの状態の評価においては、評価対象者の皮膚ガスパターンを入力し、得られたyの値から評価対象者のがんの状態を評価する。
【0037】
判別分析は、個体群をある基準によって二つの集団に分ける手法である。判別分析では、予め、健常者群とがん患者群の皮膚ガスパターンを解析ソフトに入力し、両群を有意に分けることができる判別関数を求める。判別関数に各群の皮膚ガスパターンを入力すると判別得点が得られる。得られた判別得点の違い(例えば正・負)によって、健常者群の皮膚ガスパターンとがん患者群の皮膚ガスパターンとの非類似性を判別する。そして、評価対象者のがんの状態の評価においては、評価対象者の皮膚ガスパターンを判別関数に入力して、得られた判別得点から評価対象者のがんの状態を評価する。
【0038】
クラスター分析は、2つ以上の変数を持つ多数の個体をいくつかのグループ(クラスターと呼ぶ)に分類する方法である。クラスター分析では、予め取得した健常者群とがん患者群の皮膚ガスパターンと評価対象者の皮膚ガスパターンを解析ソフトに入力し、健常者群を表すクラスターとがん患者群を表すクラスターをそれぞれ特定する。がん患者群は病態またはステージ毎にさらに分類しても良い。特定されたクラスターの違いによって、健常者群の皮膚ガスパターンとがん患者群の皮膚ガスパターンとの非類似性を判別する。そして、評価対象者の皮膚ガスパターンがどのクラスターに分類されるかを判断し、評価対象者のがんの状態を評価する。
【0039】
機械学習に基づく人工知能による解析では、予め、人工知能に健常者群とがん患者群の皮膚ガスパターンを機械学習させる。機械学習によって、健常者群の皮膚ガスパターンとがん患者群の皮膚ガスパターンとの非類似性を判別するアルゴリズムが、人工知能内に構築される。そして、評価対象者のがんの状態の評価においては、評価対象者の皮膚ガスパターンを人工知能に入力して、構築されたアルゴリズムで評価対象者のがんの状態を評価する。
【0040】
このステップS3におけるがんの状態の評価では、評価対象者におけるがんの有無、評価対象者におけるがんのリスク予測における度合、評価対象者におけるがんのステージ判定、評価対象者におけるがんの予後判定、又は、評価対象者におけるがんに対する治療の効果の評価を示すことができる。
【0041】
例えば、がんの状態の評価を前記判別得点で行う場合には、がんの検出は、評価対象者の判別得点が、がん患者群の判別得点の範囲内にあるかどうかで評価する。がんのリスク予測は、評価対象者の判別得点が、がん患者群の判別得点の範囲にどれだけ近いかで評価する。がんのステージ判定は、がん患者群の判別得点の範囲を四分割し、評価対象者の判別得点が、どの分割範囲に含まれるかで評価する。がんの予後判定、がんに対する治療の効果の評価は、評価対象者の判別得点の取得を定期的に行い、取得された判別得点の推移で評価する。
【0042】
本発明に係るがんの評価方法において、がんの種類は特に限定されず、皮膚がんだけでなく、消化器など、内臓発生の悪性腫瘍も含まれる。好ましくは、大腸がん、胃がん、膵がん及び舌がんの少なくとも1つである。
【実施例】
【0043】
本発明に係る実施例について説明する。
まず、がん患者13名(膵がん:7名、大腸がん:3名、胃がん:2名、舌がん:1名)及び健常者25名を対象に、皮膚ガスの測定を行った。皮膚ガスの捕集には、
図2に示す捕集具10(ジーエルサイエンス社製、MonoTrap SG DCC18)を使用した。捕集具10の開口部側を前腕部の皮膚表面にのせて固定し、皮膚ガスを捕集した。捕集時間は1時間とした。捕集後、捕集具10から捕集材2を取り出し、加熱脱離後、ガスクロマトグラフ質量分析計(ガスクロ装置:アジレント・テクノロジー社製6890N、質量分析装置:日本電子社製Q1000GCMKII)により皮膚ガスの放散フラックスを測定した。その結果、がん患者群の皮膚ガスパターンとして
図6に示す皮膚ガスパターンを、健常者群の皮膚ガスパターンとして
図7に示す皮膚ガスパターンを得た。がん患者群の場合、エタノール>アセトン>ジアセチルの順で高い放散フラックスが認められたが、健常者群の放散量に比べて全般に放散フラックスが少ない傾向が見られた。がん患者群と健常者群との間に皮膚ガスパターンに相違があることがわかった。
【0044】
そこで、がん患者群および健常者群の皮膚ガスパターンをもとに判別分析を行った。解析ソフトにはIBM製SPSSver.23を使用し、皮膚ガス成分としてアセトアルデヒド、プロピオンアルデヒド、酢酸エチル、エタノール、アセトン、ジアセチル、トルエン、吉草酸アルデヒド、エチルベンゼン、スチレン、2-エチル-1-ヘキサノール、o-,m-キシレン、ヘキサナール、p-キシレン、1-ペンタノール、ヘプタナール、3-ヘプタノン、1-ヘキサノール、2-ヘキセナール、オクタナール、アセトイン、1-ヘプタノール、6-メチル-5-へプテン-2-オン、ノナナール、酪酸、1-ノナノール、デカナール、イソ吉草酸、2-ノネナール、1-デカノール、ジブチルヒドロキシトルエン、吉草酸、ヘキサン酸、フェノール、ヘプタン酸、2-トリデカノン、オクタン酸、ジェオスミン、ノナン酸およびデカン酸の放散量を入力した。その結果、がん患者群及び健常者群の皮膚ガスパターンの判別得点(Z)は、下式(2)で表される線形判別関数によって表すことが出来た。式中の(物質名)は、各物質の放散フラックス(ngcm-2h-1)を表す。
【0045】
【0046】
上式(2)より、入力した皮膚ガス成分の中で、判別に強く寄与したのは吉草酸アルデヒド、スチレン、o-,m-キシレン、1-ヘプタノール、ヘプタナール、ノナナールであり、デカナール、2-ノネナール、1-デカノール、ジブチルヒドロキシトルエン、吉草酸、ヘキサン酸、フェノール、ヘプタン酸、2-トリデカノン、オクタン酸、ジェオスミン、ノナン酸、デカン酸は寄与しなかった。
【0047】
図8に判別得点(Z)のヒストグラムを示す。がん患者群の判別得点(Z)は、-8.13±1.05(n=13)、健常者群の判別得点(Z)は4.24±0.972(n=25)となり、がん患者群と健常者群の判別得点(Z)は、判別得点(Z)の正負により有意に判別できた(有意水準α=0.01)。
【0048】
次に、評価対象者1名についても、同様に捕集具10で皮膚ガスを捕集し、捕集後、捕集材2を加熱し、ガスクロマトグラフィー質量分析法で分析した。その結果、
図9に示す皮膚ガスパターンが得られた。この皮膚ガスパターンを上式(2)に代入したところ、判別得点は-5.2の負の値を示したことから、評価対象者は、がん患者であると評価できた。
【符号の説明】
【0049】
1 本体部
1a ネジ部
2 捕集材
3 支持部
10 捕集具
11 本体部
11a ネジ部
12 溶媒
20 抽出容器
30 小形ディバイス
HS ヘッドスペース
SK 皮膚表面
S1 採取ステップ
S2 取得ステップ
S3 評価ステップ