IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 丸共バイオフーズ株式会社の特許一覧 ▶ 国立大学法人静岡大学の特許一覧

特許7464931新規ムチン型糖タンパク質およびその用途
<>
  • 特許-新規ムチン型糖タンパク質およびその用途 図1
  • 特許-新規ムチン型糖タンパク質およびその用途 図2
  • 特許-新規ムチン型糖タンパク質およびその用途 図3
  • 特許-新規ムチン型糖タンパク質およびその用途 図4
  • 特許-新規ムチン型糖タンパク質およびその用途 図5
  • 特許-新規ムチン型糖タンパク質およびその用途 図6
  • 特許-新規ムチン型糖タンパク質およびその用途 図7
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-04-02
(45)【発行日】2024-04-10
(54)【発明の名称】新規ムチン型糖タンパク質およびその用途
(51)【国際特許分類】
   C12N 1/20 20060101AFI20240403BHJP
   A23L 33/17 20160101ALI20240403BHJP
   C12N 15/09 20060101ALN20240403BHJP
   C07K 14/46 20060101ALN20240403BHJP
   A61K 38/17 20060101ALN20240403BHJP
   A61P 3/06 20060101ALN20240403BHJP
   A61P 3/10 20060101ALN20240403BHJP
【FI】
C12N1/20 A
A23L33/17
C12N15/09 Z
C07K14/46 ZNA
A61K38/17
A61P3/06
A61P3/10
【請求項の数】 8
(21)【出願番号】P 2020512235
(86)(22)【出願日】2019-04-01
(86)【国際出願番号】 JP2019014480
(87)【国際公開番号】W WO2019194130
(87)【国際公開日】2019-10-10
【審査請求日】2022-03-30
(31)【優先権主張番号】P 2018073308
(32)【優先日】2018-04-05
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】305032508
【氏名又は名称】丸共バイオフーズ株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】304023318
【氏名又は名称】国立大学法人静岡大学
(74)【代理人】
【識別番号】100110766
【弁理士】
【氏名又は名称】佐川 慎悟
(74)【代理人】
【識別番号】100165515
【弁理士】
【氏名又は名称】太田 清子
(74)【代理人】
【識別番号】100169340
【弁理士】
【氏名又は名称】川野 陽輔
(74)【代理人】
【識別番号】100195682
【弁理士】
【氏名又は名称】江部 陽子
(74)【代理人】
【識別番号】100206623
【弁理士】
【氏名又は名称】大窪 智行
(72)【発明者】
【氏名】宮本 宜之
(72)【発明者】
【氏名】森田 達也
【審査官】小金井 悟
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2010/107083(WO,A1)
【文献】国際公開第2017/178496(WO,A1)
【文献】Fisheries Science,1997年,Vol.63, No.3,p.453-458
【文献】Appl. Environ. Microbiol.,1982年02月,Vol.43, No.2,p.325-330
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C07K 1/00-19/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記(i)および(iii)成分ないし構造を有するムチン型糖タンパク質を有効成分とする、アッカーマンシア属細菌の菌数増加剤;
(i)硫酸基を含有するムチン型糖タンパク質であって、前記硫酸基の含有量が、コアタンパク質にO-グリコシド結合している糖1モルに対し、0.07モル以上である、
(iii)前記ムチン型糖タンパク質において、トリプトファン、メチオニンおよびシステインを除くアミノ酸の総量に占めるスレオニンの質量百分率が15%以上である
【請求項2】
下記(i)および(iv)成分ないし構造を有するムチン型糖タンパク質を有効成分とする、バクテロイデス属細菌の菌数増加剤;
(i)硫酸基を含有するムチン型糖タンパク質であって、前記硫酸基の含有量が、コアタンパク質にO-グリコシド結合している糖1モルに対し、0.07モル以上である、
(iv)エイの皮および/または体表粘性物から採取されたものである
【請求項3】
前記ムチン型糖タンパク質が、硫酸基およびシアル酸を含有するムチン型糖タンパク質であって、前記シアル酸の含有量が、コアタンパク質にO-グリコシド結合している糖1モルに対し、0.1モル以上である、請求項1または請求項2に記載の菌数増加剤。
【請求項4】
肥満、2型糖尿病および脂質異常症からなる群から選択される1以上の疾患の予防または治療に用いられることを特徴とする、請求項1から請求項のいずれかに記載の菌数増加剤。
【請求項5】
下記(i)および(iii)成分ないし構造を有するムチン型糖タンパク質を有効成分とする、アッカーマンシア属細菌の菌数増加用食品組成物;
(i)硫酸基を含有するムチン型糖タンパク質であって、前記硫酸基の含有量が、コアタンパク質にO-グリコシド結合している糖1モルに対し、0.07モル以上である、
(iii)前記ムチン型糖タンパク質において、トリプトファン、メチオニンおよびシステインを除くアミノ酸の総量に占めるスレオニンの質量百分率が15%以上である
【請求項6】
下記(i)および(iv)成分ないし構造を有するムチン型糖タンパク質を有効成分とする、バクテロイデス属細菌の菌数増加用食品組成物;
(i)硫酸基を含有するムチン型糖タンパク質であって、前記硫酸基の含有量が、コアタンパク質にO-グリコシド結合している糖1モルに対し、0.07モル以上である、
(iv)エイの皮および/または体表粘性物から採取されたものである
【請求項7】
前記ムチン型糖タンパク質が、硫酸基およびシアル酸を含有するムチン型糖タンパク質であって、前記シアル酸の含有量が、コアタンパク質にO-グリコシド結合している糖1モルに対し、0.1モル以上である、請求項5または請求項6に記載の菌数増加用食品組成物。
【請求項8】
肥満、2型糖尿病および脂質異常症からなる群から選択される1以上の疾患の予防または治療に用いられることを特徴とする、請求項から請求項のいずれかに記載の菌数増加用食品組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、硫酸基の含有量が大きいという新規な成分ないし構造を有するムチン型糖タンパク質およびその用途に関する。
【背景技術】
【0002】
ムチンは、動植物の粘液などに見られる粘性物質をいい、分子量100万~1000万の、糖含有量の高い糖タンパク質を主成分としている。この糖タンパク質の糖鎖の大部分は、コアタンパク質中のセリンまたはスレオニンの水酸基と糖鎖の還元末端に位置する糖(N-アセチルガラクトサミンである場合が多い)とがO-グリコシド結合を介して結合してなる比較的短い糖鎖であり、係る糖鎖は「ムチン型糖鎖」と呼ばれている(以下、ムチン型糖鎖を有する糖タンパク質をムチン型糖タンパク質という)。
【0003】
ムチンは、粘膜上皮の保護や保湿、抗菌、潤滑等、種々の生理作用を有することが報告されており、動植物から抽出精製したムチンあるいはムチン型糖タンパク質が、健康食品や医薬品として利用されている。例えば、特許文献1には、特定のアミノ酸配列からなる繰り返し構造に糖鎖が結合していることを特徴とする新規ムチン型糖タンパク質と、これを健康増進、薬剤投与、疾患の治療もしくは予防等に用いることとが開示されている(請求項1、請求項14)。また、特許文献2には、エイの皮や体表粘性物から採取されるムチンを有効成分とする、抗原特異的T細胞の増殖促進剤が開示されている(請求項1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特許第5057383号公報
【文献】特許第5355682号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、ムチン型糖タンパク質は、特にその糖鎖において、多種多様な成分ないし構造を採りうる。そのため、上記特許文献を鑑みても、有用な用途を提供しうる、新規な成分ないし構造を有するムチン型糖タンパク質の提供は未だ十分になされているとはいえない。本発明は係る課題を解決するために成されたものであって、新規な成分ないし構造を有するムチン型糖タンパク質およびその用途を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、鋭意研究の結果、エイから、硫酸基やシアル酸の含有量が大きく、特有の成分ないし構造を有する新規なムチン型糖タンパク質を単離・精製することに成功した。また、硫酸基の含有量が大きいムチン型糖タンパク質が、腸内のアッカーマンシア属細菌およびバクテロイデス属細菌の菌数を顕著に増加させることを見出した。さらに、ムチン型糖タンパク質において、スレオニンの含有割合が高いものが、よりアッカーマンシア属細菌の菌数増加作用を増強できることを見出した。
【0007】
ここで、下記非特許文献1~3では、アッカーマンシア属細菌であるアッカーマンシア ムシニフィラは、当該細菌を投与することにより、マウスで、肥満の進行を抑制することや、脂肪塊の発達、インスリン抵抗性および脂質異常症を減少させること等が報告されている。
非特許文献1;Hubert P. et al., NATURE MEDICINE, Vol. 23, No. 1, January 2017, pp. 107-116
非特許文献2;Patrice D. Cani and Willem M. de Vos, Frontiers in Microbiology, Vol. 8, Art. 1765, 22 September 2017
非特許文献3;Amandine Everard et al, PNAS, Vol. 110, No. 22, May 28, 2013, pp. 9066-9071
【0008】
また、非特許文献4では、バクテロイデス属細菌であるバクテロイデス テタイオタオミクロンもまた、体重減少後にその菌数が増加していることや、ラクチトールやポリデキストロースなどのプレバイオティクスと共投与することにより体重減少や血中の中性脂肪が減少することが報告されている。
非特許文献4;Kaisa Olli et al, Frontiers in Nutrition, Vol. 3, Art. 15, 08 June 2016
【0009】
すなわち、本発明に係る新規ムチン型糖タンパク質をヒトや動物に摂取させて、その生体におけるアッカーマンシア属細菌および/またはバクテロイデス属細菌の菌数を増加させることにより、肥満や2型糖尿病、脂質異常症を予防ないし治療できると考えられる。そこで、これらの知見に基づいて、下記の各発明を完成した。
【0010】
(1)硫酸基およびシアル酸を含有するムチン型糖タンパク質であって、前記硫酸基の含有量が、コアタンパク質にO-グリコシド結合している糖1モルに対し、0.07モル以上であり、前記シアル酸の含有量が、コアタンパク質にO-グリコシド結合している糖1モルに対し、0.1モル以上である、前記ムチン型糖タンパク質。
【0011】
(2)トリプトファン、メチオニンおよびシステインを除くアミノ酸の総量に占めるスレオニンの質量百分率が15%以上である、(1)に記載のムチン型糖タンパク質。
【0012】
(3)エイの皮および/または体表粘性物から採取される、(1)または(2)に記載のムチン型糖タンパク質。
【0013】
(4)(1)から(3)のいずれかに記載のムチン型糖タンパク質を有効成分とする、アッカーマンシア属細菌および/またはバクテロイデス属細菌の菌数増加剤。
【0014】
(5)下記のムチン型糖タンパク質を有効成分とする、アッカーマンシア属細菌および/またはバクテロイデス属細菌の菌数増加剤;
硫酸基を含有するムチン型糖タンパク質であって、前記硫酸基の含有量が、コアタンパク質にO-グリコシド結合している糖1モルに対し、0.07モル以上である、前記ムチン型糖タンパク質。
【0015】
(6)アッカーマンシア属細菌の菌数増加剤であって、前記ムチン型糖タンパク質において、トリプトファン、メチオニンおよびシステインを除くアミノ酸の総量に占めるスレオニンの質量百分率が15%以上である、(5)に記載の菌数増加剤。
【0016】
(7)前記ムチン型糖タンパク質が、エイの皮および/または体表粘性物から採取されたものである、(5)または(6)に記載の菌数増加剤。
【0017】
(8)肥満、2型糖尿病および脂質異常症からなる群から選択される1以上の疾患の予防または治療に用いられることを特徴とする、(4)から(7)のいずれかに記載の菌数増加剤。
【0018】
(9)(1)から(3)のいずれかに記載のムチン型糖タンパク質を有効成分とする、アッカーマンシア属細菌および/またはバクテロイデス属細菌の菌数増加用食品組成物。
【0019】
(10)下記のムチン型糖タンパク質を有効成分とする、アッカーマンシア属細菌および/またはバクテロイデス属細菌の菌数増加用食品組成物;
硫酸基を含有するムチン型糖タンパク質であって、前記硫酸基の含有量が、コアタンパク質にO-グリコシド結合している糖1モルに対し、0.07モル以上である、前記ムチン型糖タンパク質。
【0020】
(11)アッカーマンシア属細菌の菌数増加用食品組成物であって、前記ムチン型糖タンパク質において、トリプトファン、メチオニンおよびシステインを除いたアミノ酸の総量に占めるスレオニンの質量百分率が15%以上である、(10)に記載の菌数増加用食品組成物。
【0021】
(12)前記ムチン型糖タンパク質が、エイの皮および/または体表粘性物から採取されたものである、(10)または(11)に記載の菌数増加用食品組成物。
【0022】
(13)肥満、2型糖尿病および脂質異常症からなる群から選択される1以上の疾患の予防または治療に用いられることを特徴とする、(9)から(12)のいずれかに記載の菌数増加用食品組成物。
【0023】
(14)下記のムチン型糖タンパク質を有効成分とする、肥満、2型糖尿病および脂質異常症からなる群から選択される1以上の疾患の予防または治療剤;
硫酸基を含有するムチン型糖タンパク質であって、前記硫酸基の含有量が、コアタンパク質にO-グリコシド結合している糖1モルに対し、0.07モル以上である、前記ムチン型糖タンパク質。
【0024】
(15)前記ムチン型糖タンパク質が、さらにシアル酸を含有するムチン型糖タンパク質であって、前記シアル酸の含有量が、コアタンパク質にO-グリコシド結合している糖1モルに対し、0.1モル以上である、(14)に記載の予防または治療剤。
【0025】
(16)前記ムチン型糖タンパク質が、トリプトファン、メチオニンおよびシステインを除くアミノ酸の総量に占めるスレオニンの質量百分率が15%以上である、(14)または(15)に記載の予防または治療剤。
【0026】
(17)前記ムチン型糖タンパク質が、エイの皮および/または体表粘性物から採取されたものである、(14)~(16)のいずれかに記載の予防または治療剤。
【0027】
(18)前記ムチン型糖タンパク質が、ヒトまたは動物の腸内におけるアッカーマンシア属細菌および/またはバクテロイデス属細菌の菌数を増加させるものである、(14)~(17)のいずれかに記載の予防または治療剤。
【0028】
(19)下記のムチン型糖タンパク質を有効成分とする、肥満、2型糖尿病および脂質異常症からなる群から選択される1以上の疾患の予防または治療用食品組成物;
硫酸基を含有するムチン型糖タンパク質であって、前記硫酸基の含有量が、コアタンパク質にO-グリコシド結合している糖1モルに対し、0.07モル以上である、前記ムチン型糖タンパク質。
【0029】
(20)前記ムチン型糖タンパク質が、さらにシアル酸を含有するムチン型糖タンパク質であって、前記シアル酸の含有量が、コアタンパク質にO-グリコシド結合している糖1モルに対し、0.1モル以上である、(19)に記載の予防または治療用食品組成物。
【0030】
(21)前記ムチン型糖タンパク質が、トリプトファン、メチオニンおよびシステインを除くアミノ酸の総量に占めるスレオニンの質量百分率が15%以上である、(19)または(20)に記載の予防または治療用食品組成物。
【0031】
(22)前記ムチン型糖タンパク質が、エイの皮および/または体表粘性物から採取されたものである、(19)~(21)のいずれかに記載の予防または治療用食品組成物。
【0032】
(23)前記ムチン型糖タンパク質が、ヒトまたは動物の腸内におけるアッカーマンシア属細菌および/またはバクテロイデス属細菌の菌数を増加させるものである、(19)~(22)のいずれかに記載の予防または治療用食品組成物。
【0033】
(24) 下記(a)および(b)の工程を有する、肥満、2型糖尿病および脂質異常症からなる群から選択される1以上の疾患を予防または治療する方法;
(a)前記疾患を罹患している、または、罹患する可能性があるヒトもしくは動物に、下記のムチン型糖タンパク質を摂取させる工程;
硫酸基を含有するムチン型糖タンパク質であって、前記硫酸基の含有量が、コアタンパク質にO-グリコシド結合している糖1モルに対し、0.07モル以上である、前記ムチン型糖タンパク質、
(b)前記ヒトまたは動物の腸内におけるアッカーマンシア属細菌および/またはバクテロイデス属細菌の菌数を増加させて、前記疾患を予防または治療する工程。
【0034】
(25)前記ムチン型糖タンパク質が、さらにシアル酸を含有するムチン型糖タンパク質であって、前記シアル酸の含有量が、コアタンパク質にO-グリコシド結合している糖1モルに対し、0.1モル以上である、(24)に記載の方法。
【0035】
(26)前記ムチン型糖タンパク質が、トリプトファン、メチオニンおよびシステインを除くアミノ酸の総量に占めるスレオニンの質量百分率が15%以上である、(24)に記載の方法。
【0036】
(27)前記ムチン型糖タンパク質が、エイの皮および/または体表粘性物から採取されたものである、(24)に記載の方法。
【0037】
(28)肥満、2型糖尿病および脂質異常症からなる群から選択される1以上の疾患の予防または治療用医薬品を製造するための、下記のムチン型糖タンパク質の使用;
硫酸基を含有するムチン型糖タンパク質であって、前記硫酸基の含有量が、コアタンパク質にO-グリコシド結合している糖1モルに対し、0.07モル以上である、前記ムチン型糖タンパク質。
【0038】
(29)前記ムチン型糖タンパク質が、さらにシアル酸を含有するムチン型糖タンパク質であって、前記シアル酸の含有量が、コアタンパク質にO-グリコシド結合している糖1モルに対し、0.1モル以上である、(28)に記載の使用。
【0039】
(30)前記ムチン型糖タンパク質が、トリプトファン、メチオニンおよびシステインを除くアミノ酸の総量に占めるスレオニンの質量百分率が15%以上である、(28)または(29)に記載の使用。
【0040】
(31)前記ムチン型糖タンパク質が、エイの皮および/または体表粘性物から採取されたものである、(28)または(29)に記載の使用。
【0041】
(32)前記ムチン型糖タンパク質が、ヒトまたは動物の腸内におけるアッカーマンシア属細菌および/またはバクテロイデス属細菌の菌数を増加させるものである、(28)または(29)に記載の使用。
【発明の効果】
【0042】
本発明によれば、新規な成分ないし構造を有するムチン型糖タンパク質を得ることができる。また、本発明によれば、ヒトや動物の生体におけるアッカーマンシア属細菌および/またはバクテロイデス属細菌の菌数を効果的に増加させ、もって肥満や2型糖尿病、脂質異常症等の疾患の予防や治療に寄与することができる。
【図面の簡単な説明】
【0043】
図1】新規ムチン型糖タンパク質およびブタ胃粘膜ムチンを基質とするムシナーゼ反応により生じた還元糖の量を示すグラフである。
図2】ラット腸管粘膜ムチンを基質とするムシナーゼ反応により生じた還元糖の量を示す棒グラフである。
図3】ブタ胃粘膜ムチンを基質とするムシナーゼ反応により生じた還元糖の量を示す棒グラフである。
図4】新規ムチン型糖タンパク質を基質とするムシナーゼ反応により生じた還元糖の量を示す棒グラフである。
図5】ムチン型糖タンパク質を摂取しないラット(対照群)、新規ムチン型糖タンパク質を摂取したラット(1.5%新規ムチン群)およびブタ胃粘膜ムチンを摂取したラット(1.5%ブタ胃粘膜ムチン群)の盲腸内容物に含まれるO-結合型糖の濃度を示す棒グラフである。
図6】対照群、0.75%新規ムチン群、1.5%新規ムチン群および1.5%ブタ胃粘膜ムチン群のラット盲腸内容物に存在する、各種腸内細菌由来の16S rDNAコピー数を示す棒グラフである。
図7】ムチン型糖タンパク質を摂取しないラット(対照群)および新規ムチン型糖タンパク質を摂取したラット(ロットI~V群)の盲腸内容物に存在する、全真正細菌およびアッカーマンシア ムシニフィラ由来の16S rDNAコピー数を示す棒グラフである。
【0044】
以下、本発明について詳細に説明する。本発明は下記〈1〉~〈7〉を提供する。
〈1〉ムチン型糖タンパク質。
〈2〉アッカーマンシア属細菌および/またはバクテロイデス属細菌(以下、まとめて「本細菌」という場合がある。)の菌数増加剤。
〈3〉本細菌の菌数増加用食品組成物。
〈4〉肥満、2型糖尿病および脂質異常症からなる群から選択される1以上の疾患(以下、「本疾患」という場合がある。)の予防または治療剤。
〈5〉本疾患の予防または治療用食品組成物。
〈6〉本疾患を予防または治療する方法。
〈7〉本疾患の予防または治療用医薬品を製造するためのムチン型糖タンパク質の使用。
【0045】
本発明において「ムチン型糖タンパク質」とは、上述のとおり、ムチン型糖鎖を有する糖タンパク質をいう。また、「ムチン型糖鎖」とは、コアタンパク質中のセリンまたはスレオニンの水酸基にO-グリコシド結合を介して結合してなる糖鎖をいう。ムチン型糖鎖の還元末端に位置する糖、すなわち、コアタンパク質のセリン残基またはスレオニン残基とO-グリコシド結合している糖は、多くの場合、N-アセチルガラクトサミンである。
【0046】
本発明に係るムチン型糖タンパク質は、硫酸基を高い割合で含有することを特徴としている。具体的には、O-グリコシド結合している糖1モルに対し、硫酸基を0.07モル以上という割合で含有している。硫酸基は、ムチン型糖鎖では非還元末端の糖残基に付加している場合が多いことから、本発明に係るムチン型糖タンパク質は、その糖鎖非還元末端の多くに硫酸基を有しているといえる。
【0047】
本発明に係るムチン型糖タンパク質は、硫酸基に加えて、シアル酸を高い割合で含有するものであってもよい。具体的には、O-グリコシド結合している糖1モルに対し、シアル酸を0.1モル以上という割合で含有するものであってよい。シアル酸もまた、ムチン型糖鎖では非還元末端に位置している場合が多いことから、本発明に係るムチン型糖タンパク質は、その糖鎖非還元末端の多くにシアル酸を有するものであってよい。
【0048】
本発明に係るムチン型糖タンパク質において、スレオニンの含有割合あるいは質量百分率が所定の値以上の場合は、アッカーマンシア属細菌の菌数増加効果をより高くすることができる。好ましいスレオニンの含有割合としては、例えば、28mg/g以上、28.5mg/g以上、29mg/g以上、29.5mg/g以上、30mg/g以上、30.5mg/g以上、31mg/g以上、31.5mg/g以上、32mg/g以上、32.5mg/g以上、33mg/g以上、33.5mg/g以上を挙げることができる。また、トリプトファン、メチオニンおよびシステインを除くアミノ酸の総量に占めるスレオニンの質量百分率として、好ましくは、14%以上、14.5%以上、15%以上、15.5%以上、16%以上、16.5%以上、17%以上、17.5%以上、18%以上、18.5%以上、19%以上、19.5%以上を例示することができる。
【0049】
なお、タンパク質におけるアミノ酸の測定値について、測定方法により相当の差異が生じるのは本発明の分野における技術常識である。この点、本発明に係るムチン型糖タンパク質におけるアミノ酸の含有割合や質量百分率は、後述する実施例6(2)に示すように、強酸によりタンパク質を加水分解した後、ポストカラムニンヒドリン法により誘導体化してクロマトグラフィーにより分離測定する方法により定量することが好ましい。
【0050】
本発明に係るムチン型糖タンパク質は、例えば、ガンギエイ等のエイ(板鰓亜綱エイ上目に属する軟骨魚類)の表皮や体表に付着している粘性物から採取することができる。後述する実施例においてはメガネカスベ属の表皮・体表粘性物とソコガンギエイ属の体表粘性物とを合わせて用いているが、このように複数種のエイに由来する原料を合わせて用いてもよく、単一種のエイに由来する原料を用いてもよい。
【0051】
エイの皮や体表粘性物には本発明に係るムチン型糖タンパク質が豊富に含まれるため、これをそのまま用いてもよいが、精製・濃縮して用いてもよい。精製・濃縮する場合は、まず、原料にタンパク質分解酵素を作用させて夾雑タンパク質・ペプチドを低分子化する。タンパク質分解酵素は、アスパルティックプロテイナーゼ、金属プロテイナーゼ、セリンプロテイナーゼおよびチオールプロテイナーゼといったプロテイナーゼ(エンドペプチダーゼ)やペプチダーゼ(エキソペプチダーゼ)から、原料の由来等に応じて適宜選択して用いることができる。続いて、これを限外ろ過に供して低分子化した雑タンパク質・ペプチドを除去するとともに、高分子物質を濃縮すればよい。その他、原料をすり潰した後、適当な溶媒(水や生理食塩水、リン酸緩衝液等)を加えて撹拌、抽出し、遠心分離を行って上清を回収する方法を挙げることができる。また、ムチンクロット法、硫安分画による方法、バリウムイオンやカルシウムイオンの存在下でのアルコール分別による方法、セタブロン(セチルトリメチルアンモニウムブロマイド)や塩化セチルピリジニウム(CPC)などの四級アミンの陽性界面活性剤を使用する沈澱法などによる精製方法を挙げることができる。
【0052】
本発明に係るムチン型糖タンパク質は、ヒトまたは動物に経口摂取させることにより使用することができる。また、本発明に係るムチン型糖タンパク質は生体の腸内においてその機能を発揮することから、腸内に到達する方法で使用すればよく、例えば、有効成分を経腸栄養剤に添加して、これを、胃や小腸などの消化管に挿入したチューブを経由して経腸栄養法により投与する方法で使用してもよい。
【0053】
本発明に係るムチン型糖タンパク質は、主として、消化管においてその作用(特定の腸内細菌に対する菌数増加作用)を発揮する。そのため、本発明に係るムチン型糖タンパク質をヒトや動物に対して用いる場合の摂取量(投与量)は、他の薬剤において一般的な体重当たりではなく、食物摂取量当たりで算出するのが妥当と考えられる。後述する実施例では、ムチン型糖タンパク質を1質量%程度含有する飼料を摂取したラットで効果が認められた(図6)。ここで、一般に、ラットはヒトと比較して基礎代謝が顕著に大きいため、ヒトでは、ラットで有効な投与量の1/4~1/2の投与量で有効な場合が多い。従って、当該実施例によれば、本発明に係るムチン型糖タンパク質をヒトに用いる場合の、1日当たりの摂取量は、「当該ヒト個体における1日の食物(固形物)摂取量の0.25~0.5質量%程度の量」を例示することができる。
【0054】
本発明に係るムチン型糖タンパク質は、硫酸基を高い割合で含有しているため、これを摂取したヒトや動物の腸内において、硫酸基分解酵素(スルファターゼ)を有する腸内細菌であるアッカーマンシア属細菌やバクテロイデス属細菌の菌数を特異的に増加させることができる。
【0055】
ここで、「アッカーマンシア属細菌」は、アッカーマンシア属に属する微生物をいう。係る微生物としては、例えば、アッカーマンシア ムシニフィラ(Akkermansia muciniphila)を挙げることができる。アッカーマンシア ムシニフィラは多くのヒトの腸内に生息する腸内細菌であり、上述のとおり、本細菌を投与することにより、マウスで、肥満の進行を抑制することや、脂肪塊の発達、インスリン抵抗性および脂質異常症を減少させること等が報告されている。
【0056】
また、「バクテロイデス属細菌」は、バクテロイデス属に属する微生物をいう。係る微生物としては、例えば、バクテロイデス テタイオタオミクロン(Bacteroides thetaiotaomicron)を挙げることができる。バクテロイデス属細菌もまた、腸内細菌叢を構成する細菌であり、上述のとおり、バクテロイデス テタイオタオミクロンは、体重減少後にその菌数が増加していることや、ラクチトールやポリデキストロースなどのプレバイオティクスと共投与することにより体重減少や血中の中性脂肪が減少することが報告されている。
【0057】
すなわち、本発明に係るムチン型糖タンパク質をヒトや動物に摂取させて、その生体における本細菌の菌数を増加させることにより、肥満や2型糖尿病、脂質異常症を予防ないし治療できると考えられる。このことから、本発明に係るムチン型糖タンパク質は、本疾患を予防または治療する用途に用いることができる。
【0058】
具体的には、例えば、本発明に係るムチン型糖タンパク質は、本細菌の菌数増加剤、本細菌の菌数増加用食品組成物、本疾患の予防もしくは治療剤、または、本疾患の予防もしくは治療用食品組成物の有効成分とすることができる。すなわち、本発明に係るムチン型糖タンパク質は、本疾患の予防または治療用医薬品を製造するために使用することができる。また、(a)本疾患を罹患している、または、罹患する可能性があるヒトもしくは動物に、本発明に係るムチン型糖タンパク質を摂取させる工程と、(b)その腸内における本細菌の菌数を増加させて、前記疾患を予防または治療する工程とにより、本疾患を予防または治療することができる。
【0059】
本発明の剤の形態としては、有効成分であるムチン型糖タンパク質のみからなるもののほか、適当な賦形剤や担体と合わせてなる、医薬品や食品添加剤、サプリメントなどの形態を挙げることができる。医薬品や食品添加剤、サプリメントの形態とする場合、その剤型としては、例えば、散剤、錠剤、糖衣剤、カプセル剤、顆粒剤、ドライシロップ剤、液剤、シロップ剤、ドロップ剤、ドリンク剤等の固形または液状の剤型を挙げることができる。係る各剤型の医薬品や食品添加剤、サプリメントは、当業者に公知の方法で製造することができる。
【0060】
また、本発明の食品組成物の形態としては、有効成分であるムチン型糖タンパク質のみからなるもののほか、菓子や飲料、加工食品、健康食品、乳幼児食品などの通常の飲食物の形態を挙げることができる。飲食物の形態とする場合は、通常の製造過程で、有効成分を添加して製造することができる。
【0061】
本発明において、本細菌の「菌数を増加させる」とは、生体のいずれかの細胞ないし組織・器官における当該細菌の菌数を増加させることをいう。
【0062】
例えば、腸における本細菌の菌数は、腸の内容物または糞便中の当該細菌の菌数と相関していると考えられるため、腸内容物または糞便中の本細菌の菌数を計測することにより、腸において本細菌の菌数が増加したか否かを確認することができる。具体的には、例えば、本発明に係るムチン型糖タンパク質の摂取後の腸内容物または糞便を試料として、本細菌に特異的なプライマーを用いたリアルタイムPCR法を行って16S rDNAコピー数を計測する。本細菌に特異的なプライマーは、本細菌の公知の塩基配列に基づいて設計することができ、例えば配列番号1~4に示す配列からなるプライマーを用いることができる。また、簡便には、本細菌を定量するための市販のキットを用いて定量することもできる。
【0063】
本細菌の16S rDNAコピー数と本細菌の菌数とは相関関係にあるため、16S rDNAコピー数は、菌数の指標とすることができる。よって、本細菌の16S rDNAコピー数を計測した結果、摂取後の糞便における16S rDNAコピー数が摂取前よりも大きければ、あるいは摂取後の盲腸内容物における16S rDNAコピー数が摂取していない被検体の盲腸内容物よりも大きければ、本発明に係るムチン型糖タンパク質により本細菌の菌数が増加したと判断することができる。
【0064】
以下、本発明について、各実施例に基づいて説明する。なお、本発明の技術的範囲は、これらの実施例によって示される特徴に限定されない。また、本実施例において、「%」は、特段の記載のない限り質量%((w/w)%)を表す。
【実施例
【0065】
<実施例1>新規ムチン型糖タンパク質の単離・精製
真カスベ(エイ上目ガンギエイ目ガンギエイ科メガネカスべ属メガネカスべ、Raja pulchra Liu )から、体表に付着している粘性物とともに表皮を剥ぎ取り、これを真カスベ由来原料とした。また、水カスべ(エイ上目ガンギエイ目ガンギエイ科ソコガンギエイ属ドブカスべ、Bathyraja smirnovi)から、体表に付着している粘性物を水洗により剥離して回収し、これを水カスベ由来原料とした。
【0066】
真カスべ由来原料約240kgおよび水カスべ由来原料約120kgの合計約360kgを斜軸ニーダー(GN100/60ST、サムソン)中へ投入し、チオールプロテイナーゼ製剤300gを加えて55℃で4時間攪拌した。続いて、金属プロテイナーゼおよびペプチダーゼの混合製剤300gを加えて55℃でさらに4時間インキュベートした。その後、90℃で10分間加熱処理することにより、酵素を失活させた。
【0067】
加熱処理後の酵素反応液に珪藻土(ラヂオライト#100、昭和化学工業)35kgを加え、フィルタープレス(FP-66型、薮田機械)でろ過して、ろ液を回収した。このろ液を内部保持液として、限外ろ過膜(マイクローザACP-3013D、分画分子量13000、旭化成)を用いて清水を加えながら限外ろ過を行うことにより、夾雑タンパク質やペプチド等の不純物を除去した。膜透過液の固形分濃度がブリックス計(MASTER-10Pα、アタゴ)指針でおおよそゼロとなったことを確認したのち清水の注入を止め、そのまま運転を続けた。膜透過液がほとんど排出されなくなるまで濃縮を行って、約90Lの内部保持液を得た。これを90℃にて10分間加熱殺菌した後、回転ディスク型噴霧乾燥機(DA220-10S型、坂本技研)を用いて噴霧乾燥し、乾燥粉末1.4kgを得た。以下、これを「新規ムチン型糖タンパク質」として用いた。
【0068】
<比較例1>ブタ胃粘膜ムチン
比較例1として、ブタ胃粘膜ムチンの精製物を用いた。具体的には、市販のブタ胃粘膜ムチン(Mucin from porcine stomach TypeII、SIGMA-ALDRICH)5gをビーカーに量り取り、そこに100倍量の0.15MのNaCl水溶液を加えて懸濁した後、1MのNaOH水溶液でpH7.5に調整した。これをホモジナイザーPT-3100(KINEMATICA)を用いて4℃にて14500回転/分(rpm)で60秒間均一化した後、吸引濾過することで濾液を得た。この濾液に2倍量の90%エタノールを加えて転倒混和し、-30℃で一晩放置した後、2300×g、4℃で10分間遠心分離して上清を除去することによりエタノール沈殿を行った。沈殿物に0.15MのNaCl水溶液を500mL加え、ボルテックスミキサーを用いて懸濁した。これを再度エタノール沈殿させ、得られた沈殿物に蒸留水を150mL加え、ボルテックスミキサーを用いて懸濁した。この懸濁液を凍結乾燥したものを「ブタ胃粘膜ムチン」とし、重量を測定した。
【0069】
<比較例2>ラット腸管粘膜ムチン
比較例2として、ラットの腸管粘膜から分泌されるムチンを用いた。ムチンを摂取しないラットの盲腸内容物に含まれるムチンは、その腸管粘膜から分泌されるムチンであることから、下記(1)の条件下で飼育したラットを解剖して盲腸内容物を回収し、そこから下記(2)の方法により盲腸内容物ムチン画分を調製して、これを「ラット腸管粘膜ムチン」とした。
【0070】
(1)ラットの飼育条件
飼料:ムチンを含有しない標準精製飼料(ミルクカゼイン25.0%、コーンスターチ60.25%、セルロースパウダー5.0%、コーンオイル5.0%、ビタミン混合物1.0%、ミネラル混合物3.5%、重酒石酸コリン0.25%)。なお、ビタミンおよびミネラルは、AIN-76(米国国立栄養研究所(AIN)から1977年に発表された、ラットの標準精製飼料のガイドライン)に準拠した混合物を用いた。
飲料水:腸内細菌によるムチンの分解を抑制するため、飲料水中に下記の抗生物質を括弧内の終濃度となるよう添加した。ベンジルペニシリン(50unit/mL)、ネオマイシン三硫酸塩(2mg/mL)、セフォペラゾンナトリウム(0.5mg/mL)。
飼育期間:7日間
【0071】
(2)盲腸内容物ムチン画分の調製
盲腸内容物の凍結乾燥物200mgをガラス遠心管に量り取り、そこに30倍量のリン酸緩衝生理食塩水(pH7.2)を加えて懸濁した後、10分間煮沸殺菌した。これを37℃の恒温振盪水槽に入れ、125rpmで90分間振とうした。ホモジナイザーPT-2100(KINEMATICA) を用いて4℃にてレベル11で20秒間破砕して均一化した後、20000×g、4℃で30分間の遠心分離を2回行って上清を回収した。これを50mL容量のファルコンチューブに移し、3倍量の100%エタノールを加えて転倒混和し、-30℃で一晩放置した後、2300×g、4℃で10分間遠心分離して上清を除去することによりエタノール沈殿を行った。沈殿物に0.15MのNaCl水溶液を15mL加え、ボルテックスミキサーを用いて懸濁した。これを再度エタノール沈殿させ、得られた沈殿物に蒸留水を5mL加え、ボルテックスミキサーを用いて懸濁した。この溶液を凍結乾燥したものを盲腸内容物ムチン画分とし、重量を測定した。
【0072】
<実施例2>新規ムチン型糖タンパク質の評価:成分および構造
実施例1の新規ムチン型糖タンパク質、比較例1のブタ胃粘膜ムチンおよび比較例2のラット腸管粘膜ムチンについて、下記(1)~(6)の方法により成分分析を行った。それぞれの粉末10mgを蒸留水4mLに溶解してムチン溶液とし、分析に用いた。なお、新規ムチン型糖タンパク質は、異なる6つの原料からそれぞれ調製し(ロットA~Fとする)、さらに、各ロットから複数の試料(試料1~13)を個別に採取(サンプリング)して解析した。また、ブタ胃粘膜ムチンおよびラット腸管粘膜ムチンも、試料を7つずつ(試料1~7)個別にサンプリングして解析した。
【0073】
(1)タンパク質濃度の測定
タンパク質濃度はLowry法に従って測定した。すなわち、標準試料にはウシ血清由来アルブミン (SIGMA-ALDRICH) を用い、蒸留水で25-100μg/mLの希釈系列を作製した。測定試料は、ムチン溶液を蒸留水で20倍に希釈した。10%のNaCOを含有する0.5規定の水酸化ナトリウム水溶液と、0.5%のCuSO・5HOを含有する1%のクエン酸ナトリウム水溶液とを、体積比10:1の割合で混合してBiuret試薬を調製した。また、1.8Nのフェノール試薬 (ナカライテクス) を蒸留水で12倍希釈して希釈フェノール試薬を調製した。
【0074】
標準試料および測定試料各0.5mLに、Biuret試薬0.5mLを加えて室温で10分間放置した。希釈フェノール試薬1.5mLを加えて撹拌し、37℃で30分間放置した。その後、室温で15分間放置した後、750nmにおける吸光度を測定した。標準試料の測定結果を基に、測定試料におけるタンパク質濃度を求め、新規ムチン型糖タンパク質またはブタ胃粘膜ムチン1mg当たりのタンパク質濃度(μg/mg)を算出した。
【0075】
(2)全糖濃度の測定
全糖濃度はフェノール硫酸法に従って測定し、グルコース換算で算出した。すなわち、標準試料には1mg/mLのD(+)-グルコース(Wako)を用い、蒸留水で31.25~250μg/mLの希釈系列を作製し、蒸留水のみのブランクを含め、それぞれ大試験管2本に1mLずつ分注した。測定試料は、粉末ムチン50mgを蒸留水10mLに分散させたものを原液とし、それを蒸留水で10、20、40および100倍に希釈し、原液を含めそれぞれ大試験管2本に1mLずつ分注した。
【0076】
標準試料および測定試料に5%フェノール溶液を加え、ボルテックスミキサーで撹拌した。ホールピペットで濃硫酸5mLを直接液面に加えるように添加し、ボルテックスミキサーで撹拌した。放置して試料を室温に戻した後、480nmにおける吸光度を測定した。標準試料の測定結果を基に、測定試料における全糖濃度を求め、新規ムチン型糖タンパク質またはブタ胃粘膜ムチン1mg当たりの全糖濃度(μg/mg)を算出した。
【0077】
(3)O-結合型糖濃度の測定
O-グリコシド結合している糖(O-結合型糖)の濃度は、Crowther RSらの方法に従って行った(Crowther RS, Wetmore RF、Fluorometric assay of O-linked glycoproteins by reaction with 2-cyanoacetamide、Anal. biochem.、第163巻、第170-174頁、1987年)。すなわち、アルカリ処理により糖タンパク質のO-グリコシド結合を切断し、生じる糖鎖還元末端に2-シアノアセトアミド(2-CNA)を反応させて蛍光物質を生じさせ、係る蛍光強度を測定した。
【0078】
具体的には、標準試料にN-アセチルガラクトサミン(SIGMA-ALDRICH)を用い、蒸留水で0.15625~10μg/mLの希釈系列を作製した。測定試料は、ムチン溶液を蒸留水で80倍に希釈した。また、0.15Mの水酸化ナトリウム水溶液と0.6Mの2-CNA水溶液とを体積比5:1の割合で混合してアルカリ化2-CNA溶液を調製した。標準試料および測定試料各100μLを1.5mL容量のマイクロチューブに分注し、アルカリ化2-CNA溶液120μLを加え、100℃ で30分加熱した。放置冷却して室温に戻した後、各マイクロチューブに0.6Mのホウ酸緩衝液(pH8.0)1mLを加えて撹拌した。続いて、蛍光光度計(F-2000、日立製作所)を用いて、336nmの励起光にて、383nmの蛍光を測定した。標準試料の測定結果を基に、測定試料におけるO-結合型糖の濃度を求め、新規ムチン型糖タンパク質またはブタ胃粘膜ムチン1mg当たりのO-結合型糖濃度(μmol/mg)を算出した。
【0079】
(4)硫酸基濃度の測定
ムチン溶液を10倍希釈した測定試料100μLを、1.5mL容量のマイクロチューブに分取し、1時間遠心濃縮を行って水分を完全に蒸発させた。その後、Milli-Q水で調製した4M塩酸を200μL加えて100℃で4時間置くことにより酸加水分解を行った。続いて遠心濃縮を行い塩酸を蒸発させた。その後、Milli-Q水300μLを加えて加水分解物を溶解させ、再度、遠心濃縮を行った。このMilli-Q水による加水分解物の洗浄作業を計3回繰り返し、最終的に500μLのMilli-Q水に溶解させた。これをフィルター (DISMIC-13HP、13HP020AN、アドバンテック)でろ過したものを、下記条件のイオンクロマトグラフィーに供して硫酸イオン濃度を測定した。測定結果を基に、新規ムチン型糖タンパク質またはブタ胃粘膜ムチン1mg当たりの硫酸基濃度(μmol/mg)を算出した。
【0080】
《イオンクロマトグラフィーの条件》
装置:イオンクロマトグラフ ICS-2000(DIONEX)
検出器 :電気伝導度検出器 DS6(DIONEX)
カラム :IonPacAS17(4×250mm)(DIONEX)
ガードカラム:IonPac AG17C(DIONEX)
カラム温度:30℃
溶離液:18分間に5mMから40mMまで直線的に濃度を高めた水酸化カリウム水溶液
流速:1mL/分
【0081】
(5)シアル酸濃度の測定
標準試料にはN-アセチルノイラミン酸(NeuAc)およびN-グリコリルノイラミン酸(NeuGc)を用いた。測定試料は、ムチン溶液を蒸留水で20倍に希釈した。測定試料50μLと62.5mMの塩酸200μLをガラスバイアル瓶に入れた。ボルテックスミキサーで撹拌後、80℃に設定したヒートブロック中で1時間放置することにより酸加水分解を行ってシアル酸を遊離させた。その後、室温で20分間放冷した。この溶液50μLをガラスバイアル瓶に分取し、DMB溶液 (Coupling solution : 蒸留水 : DMB solution = 5:4:1(体積比)、シアル酸蛍光標識試薬キット、タカラバイオ) 200μLを加えた。ボルテックスミキサーで撹拌後、50℃で2.5時間遮光下に放置することにより、遊離したシアル酸を1,2-ジアミノ-4,5-メチレンジオキシベンゼン(DMB)により蛍光標識した。室温で放冷した後、下記条件の高速液体クロマトグラフィー(HPLC)に供した。標準試料の測定結果を元に検量線を作成し、新規ムチン型糖タンパク質またはブタ胃粘膜ムチン1mg当たりのシアル酸濃度(μmol/mg)を算出した。
【0082】
《HPLCの条件》
装置 :高速液体クロマトグラフ LC-10AD(島津製作所)
検出器:蛍光検出器 RF-10AXL(島津製作所)
励起波長:373nm、測定波長:448nm
カラム:TSK gel ODS-80TS(TOSOH)
溶離液:A液が水:メタノール=93:7(体積比)、B液がアセトニトリル:メタノール=93:7(体積比)として、A:B=90:10(体積比)からA:B=40:60(体積比)まで直線的に濃度勾配をかけた溶液
流速:0.5mL/分
カラム温度:40℃
注入量:10μL
【0083】
(6)糖鎖を構成する単糖の測定
標準試料にはMonosaccharide Mixture-11(J-オイルミルズ)を用いた。測定試料は、ムチン溶液を全糖量が1μmol/mLとなるように希釈した。試料50μLを1.5mL容量のエッペンチューブに分注し、8規定のトリフルオロ酢酸(TFA)または塩酸 (HCl)を加えた。これをヒートブロックを用いて100℃に加熱し、TFAの場合は3時間、HClの場合は4時間、放置することにより糖の酸加水分解を行った。その後、20μLを新しいエッペンチューブに移し、80℃で1時間遠心濃縮した。続いて、2-プロパノール40μLを加え、再度、80℃で遠心濃縮を行った。その後、ピリジン:メタノールを体積比1:9で混合した溶液を40μL加え、ボルテックスミキサーで混和した。そこに、無水酢酸10μLを加え、再度ボルテックスミキサーで混和した後、室温で30分放置した。続いて、80℃で30分間遠心濃縮し、蒸留水10μLおよびABEE Labeling solution(ABEE Labeling Kit、J-オイルミルズ)40μLを加え、ヒートブロックを用いて80℃で1時間加熱した。その後、蒸留水200μLおよびクロロホルム200μLを加え、ボルテックスミキサーで混和した。15000×g、室温にて5分間遠心分離した後、上層(水層)を回収してフィルター(DISMIC-13HP、13HP020AN(アドバンテック)濾過し、下記条件のHPLCに供した。標準試料の測定結果を元に、単糖の同定および定量を行った。その結果において検出されたグルコース、アラビノースおよびリボースはムチン型糖タンパク質の糖鎖構成糖ではないため、原料由来の夾雑物あるいは各試料の調製段階で混入したものと考えられる。したがって、これらの単糖は「その他の単糖」としてまとめて示した。
【0084】
《HPLCの条件》
装置 :高速液体クロマトグラフ LC-10AD(島津製作所)
検出器:蛍光検出器 RF-10AXL(島津製作所)
励起波長:305nm、測定波長:360nm
カラム:Honenpak C18(J-オイルミルズ)
溶離液:ホウ酸カリウム緩衝液(pH8.9)
流速:1mL/分
カラム温度:30℃
注入量:10μL
【0085】
以上の本実施例2(1)~(5)の結果を表1に、(6)の結果を表2に、それぞれ示す。
【表1】
【表2】
【0086】
表1に示すように、ムチン型糖鎖量の指標となるO-結合型糖の濃度は、新規ムチン型糖タンパク質では0.434~0.548マイクロモル/mg(μmol/mg)、ブタ胃粘膜ムチンでは0.728~0.752μmol/mg、ラット腸管粘膜ムチンでは0.434~0.498μmol/mgであった。そして、硫酸基濃度は、新規ムチン型糖タンパク質では0.039~0.090μmol/mgであったのに対して、ブタ胃粘膜ムチンでは0.035~0.046μmol/mg、ラット腸管粘膜ムチンでは0.021~0.037μmol/mgであった。すなわち、O-結合型糖1モルに対する硫酸基の量は、ブタ胃粘膜ムチンの0.047~0.063モル(0.035/0.752≒0.047~0.046/0.728≒0.063)、ラット腸管粘膜ムチンの0.042~0.085モル(0.021/0.498≒0.042~0.037/0.434≒0.085)に対して、新規ムチン型糖タンパク質では0.071~0.207モル(0.039/0.548≒0.071~0.090/0.434≒0.207)であり、新規ムチン型糖タンパク質において、顕著に大きいことが明らかになった。
【0087】
また、シアル酸濃度も、ブタ胃粘膜ムチンでは0.045~0.051μmol/mgであったのに対して、新規ムチン型糖タンパク質では0.068~0.085μmol/mg、ラット腸管粘膜ムチンでは0.189~0.208μmol/mgであった。すなわち、O-結合型糖1モルに対するシアル酸の量は、ブタ胃粘膜ムチンの0.060~0.070モル(0.045/0.752≒0.060~0.051/0.728≒0.070)に対して、新規ムチン型糖タンパク質では0.124~0.196モル(0.068/0.548≒0.124~0.085/0.434≒0.196)、ラット腸管粘膜ムチンでは0.380~0.479モル(0.189/0.498≒0.380~0.208/0.434≒0.479)であり、新規ムチン型糖タンパク質およびラット腸管粘膜ムチンの方が顕著に大きいことが明らかになった。
【0088】
一方、表2に示すように、新規ムチン型糖タンパク質の糖鎖は、ガラクトースをおよそ0.3~0.7μmol/mg、フコースをおよそ0.3~0.5μmol/mg、マンノースをおよそ0~0.05μmol/mg、N-アセチルグルコサミン(GlcNAc)をおよそ0.3~0.6μmol/mg、N-アセチルガラクトサミン(GalNAc)をおよそ0.7~1.1μmol/mg含有することが明らかになった。
【0089】
以上の結果から、新規ムチン型糖タンパク質は、ロット間の差異や測定誤差を鑑みても、O-グリコシド結合している糖1モルに対し、硫酸基を0.07モル以上という高い割合で含有するという点で、新規な成分ないし構造を有することが明らかになった。また、新規ムチン型糖タンパク質は、硫酸基に加えてシアル酸の含有量も大きく、O-グリコシド結合している糖1モルに対し、シアル酸を0.1モル以上含有することが明らかになった。
【0090】
ここで、一般に、ムチン型糖鎖においては、硫酸基は糖鎖の非還元末端の糖残基に付加している場合が多い。従って、表1の測定結果において、暫定的に、O-結合型糖のモル数をムチン型糖鎖のモル数と見なし、全ての硫酸基がムチン型糖鎖の非還元末端に位置すると見なした場合、新規ムチン型糖タンパク質では、ムチン型糖鎖0.481モル(平均値)に対して、硫酸基は0.064モル(平均値)であるから、硫酸基による糖鎖非還元末端の封鎖率(末端キャッピング率)は、平均約13.3%((0.064/0.481)×100≒13.31)となる。これに対して、ブタ胃粘膜ムチンでは、ムチン型糖鎖0.740モル(平均値)に対して、硫酸基は0.040モル(平均値)であるから、硫酸基による末端キャッピング率は、平均約5.4%((0.040/0.740)×100≒5.41)に過ぎない。また、ラット腸管粘膜ムチンでも、ムチン型糖鎖0.466モル(平均値)に対して、硫酸基は0.026モル(平均値)であるから、硫酸基による末端キャッピング率は、平均約5.6%((0.026/0.466)×100≒5.58)に過ぎない。すなわち、新規ムチン型糖タンパク質は多数の糖鎖非還元末端に硫酸基を含有し、係る末端キャッピング率は、ブタ胃粘膜ムチンやラット腸管粘膜ムチンなどの他のムチン型糖タンパク質と比較して2倍以上と顕著に高いことが明らかになった。このことから、新規ムチン型糖タンパク質は、多数の糖鎖非還元末端に硫酸基を含有するという特有の構造を有することが明らかになった。
【0091】
<実施例3>新規ムチン型糖タンパク質の評価:ムチン非摂取ラットにおけるムシナーゼ活性
実施例1の新規ムチン型糖タンパク質および比較例1のブタ胃粘膜ムチンについて、ムチンを摂取しないラットの糞便に含まれるムチン型糖鎖分解酵素(ムシナーゼ)によって分解される程度(ムシナーゼ活性)を分析した。なお、糞便中に存在するムシナーゼの大部分は腸内細菌に由来するものである。
【0092】
(1)ムシナーゼ酵素液の調製
比較例2(1)の標準精製飼料を摂取したラットから、糞便を採取した。採取から3時間以内の糞便に100倍量(w/v) の0.01M酢酸バッファー(pH5.5)を加えた後、糞便をハサミで細断し、氷中で20分間放置することで軟化させた。ホモジナイザーPT-2100(KINEMATICA) を用いて、4℃にてレベル11で30秒間破砕して均一化したものをムシナーゼ酵素液とした。
【0093】
(2)ムシナーゼ反応
新規ムチン型糖タンパク質またはブタ胃粘膜ムチン200mgを0.01M酢酸バッファー(pH5.5)10mLに溶解し、一晩冷蔵保存して、これを基質溶液とした。ムシナーゼ酵素液を30℃で2分間予備加温した後、ムシナーゼ酵素液0.9mLに対して基質溶液0.1mLを加え、30℃で30分置くことにより、ムシナーゼ反応を行った。その後、沸騰水中で3分間加熱して酵素を失活させることで反応を停止させ、これを反応後溶液とした。
【0094】
(3)還元糖濃度の測定
反応後溶液中に遊離した還元糖の量を、Somogyi-Nelson法により測定した。すなわち、まず、A液(15%硫酸銅溶液)とB液(蒸留水500mLにNaCOを12.5g、ロッシェル塩を12.5g、NaHCOを10gおよびNaSOを100g溶解した溶液)とを、体積比1:25の割合で混合して、Somogyi試薬を調製した。また、蒸留水450mLに(NHMo24・4HOを25g溶解させた溶液と、HSOを21mLと、蒸留水25mLにNaHAsO・7HOを3g溶解させた溶液とを混合し、37℃で24~48時間加温して、Nelson試薬を調製した。Nelson試薬は常温で保存して、使用前には再度、37℃で24~48時間加温した。
【0095】
標準試料には1mg/mLのD(+)-グルコース(Wako)を用い、蒸留水で25~200μg/mLの希釈系列を作製した。標準試料または反応後溶液1mLに対してSomogyi試薬1mLを加え、ビー玉で試験管にふたをして沸騰水中で20分間反応させた。その後直ちに氷水中で冷やすことで逆酸化を防ぐとともに反応を停止した。次いで、Nelson試薬1mLを加え、15分間放置して発色させた後、これを450μL量り取り、3.3mLの蒸留水に加えた。2330×g、室温にて10分間遠心分離して上清を回収し、660nmで吸光度を測定した。標準試料の吸光度測定結果に基づき、検量線を作成した。この検量線を用いて、反応後溶液の吸光度測定結果から、反応後溶液中の還元糖濃度(nmol/mL)を算出した。その結果を図1に示す。
【0096】
図1に示すように、新規ムチン型糖タンパク質およびブタ胃粘膜ムチンのいずれも、酵素反応時間が長いほど還元糖濃度が大きかった。すなわち、糞中に存在するムシナーゼにより、糖鎖が分解されて還元糖が生成したことが明らかになった。しかしながら、新規ムチン型糖タンパク質とブタ胃粘膜ムチンとで還元糖濃度を比較すると、酵素反応時間が10分、20分および30分のいずれにおいても、新規ムチン型糖タンパク質の方が顕著に小さく、ブタ胃粘膜ムチンの約1/3~1/5の濃度であった。すなわち、新規ムチン型糖タンパク質に対するムシナーゼ活性は、ブタ胃粘膜ムチンと比較して顕著に小さかった。この結果から、新規ムチン型糖タンパク質は、ムチンを含有しない精製飼料を摂取したラットの腸内細菌によっては資化されにくい、特有の成分ないし構造を有することが明らかになった。
【0097】
一般に、ムチン型糖鎖の分解は、エキソ型のムシナーゼによって非還元末端から進行するが、糖鎖非還元末端に硫酸エステルやシアル酸が存在する場合は分解が阻害される。このことと、実施例2の結果とを鑑みると、新規ムチン型糖タンパク質に対するムシナーゼ活性が小さい理由は、新規ムチン型糖タンパク質の糖鎖非還元末端の多数に硫酸基やシアル酸が存在するためとも考えられる。
【0098】
<実施例4>新規ムチン型糖タンパク質の評価:ムチン摂取ラットにおけるムシナーゼ活性
実施例1の新規ムチン型糖タンパク質、比較例1のブタ胃粘膜ムチンおよび比較例2のラット腸管粘膜ムチンについて、ムチンを摂取したラットの糞便に含まれるムシナーゼによって分解される程度(ムシナーゼ活性)を分析した。
【0099】
(1)ラットの飼育
7週齢(体重150~170g)のWistar系雄ラット(日本エスエルシー)18匹を6匹ずつ3群に分け、対照群、1.5%新規ムチン群、1.5%ブタ胃粘膜ムチン群とした。各群につき、下記の飼料を水道水とともに自由摂取させながら、15日間飼育した。飼育条件は、室温24±1℃、相対湿度55±5℃、12時間の明暗周期(7:00-19:00点灯)、ステンレス製ゲージ内での個別飼育とした。12日目に糞便を採取した後、15日目に解剖して盲腸を摘出し、切り開いて盲腸組織および盲腸内容物を回収した。
対照群:比較例2(1)の標準精製飼料。
1.5%新規ムチン群:比較例2(1)の標準精製飼料において、コーンスターチを置換することにより1.5%の新規ムチン型糖タンパク質を含有する飼料。
1.5%ブタ胃粘膜ムチン群:比較例2(1)の標準精製飼料において、コーンスターチを置換することにより1.5%のブタ胃粘膜ムチンを含有する飼料。
【0100】
(2)ムシナーゼ酵素液の調製
対照群、1.5%新規ムチン群および1.5%ブタ胃粘膜ムチン群の糞便から、実施例3(1)に記載の方法によりムシナーゼ酵素液を調製し、「対照群由来酵素」、「新規ムチン群由来酵素」および「ブタ胃粘膜ムチン群由来酵素」とした。また、これらのムシナーゼ酵素液中のタンパク質濃度を実施例2(1)に記載のLowry法に従って測定した。
【0101】
(3)ムシナーゼ反応
実施例1の新規ムチン型糖タンパク質、比較例1のブタ胃粘膜ムチンおよび比較例2のラット腸管粘膜ムチンの3種類を基質とし、本実施例4(2)のムシナーゼ酵素液を用いて、実施例3(2)に記載の方法によりムシナーゼ反応を行った。ただし、ラット腸管粘膜ムチンを基質とした反応では、ムシナーゼ酵素液を0.01M酢酸バッファー(pH5.5)により4倍に希釈してから用いた。続いて、実施例3(3)に記載の方法により還元糖濃度を測定した。測定した還元糖濃度は、ムシナーゼ反応の時間およびムシナーゼ酵素液中のタンパク質量で除し、ムシナーゼ酵素液中のタンパク質1mgによりムシナーゼ反応1分間当たりに生じた還元糖の量(nmol/分/mgタンパク質)として表した。ラット腸管粘膜ムチンを基質とした場合の結果を図2に、ブタ胃粘膜ムチンを基質とした場合の結果を図3に、新規ムチン型糖タンパク質を基質とした場合の結果を図4に、それぞれ示す。
【0102】
図2に示すように、ラット腸管粘膜ムチンを基質とした場合の還元糖の量は、対照群由来酵素では29.6±2.1nmol/分/mgタンパク質であったのに対して、新規ムチン群由来酵素では92.6±5.7nmol/分/mgタンパク質、ブタ胃粘膜ムチン群由来酵素では87.6±13.0nmol/分/mgタンパク質であり、いずれも対照群由来酵素と比較して有意に高かった。すなわち、ラット腸管粘膜ムチンに対するムシナーゼ活性は、新規ムチン型糖タンパク質またはブタ胃粘膜ムチンを摂取したラットの糞便に含まれるムシナーゼの方が、ムチンを摂取しないラットの糞便に含まれるムシナーゼよりも高かった。この結果から、新規ムチン型糖タンパク質またはブタ胃粘膜ムチンの摂取により、「腸管粘膜から分泌されるムチン」に対する分解活性が高い腸内細菌が誘導されることが明らかになった。
【0103】
次に、図3に示すように、ブタ胃粘膜ムチンを基質とした場合の還元糖の量は、対照群由来酵素では7.6±1.8nmol/分/mgタンパク質であったのに対して、新規ムチン群由来酵素では21.9±2.6nmol/分/mgタンパク質、ブタ胃粘膜ムチン群由来酵素では23.6±5.3nmol/分/mgタンパク質であり、いずれも対照群由来酵素と比較して有意に高かった。すなわち、ブタ胃粘膜ムチンに対するムシナーゼ活性は、新規ムチン型糖タンパク質またはブタ胃粘膜ムチンを摂取したラットの糞便に含まれるムシナーゼの方が、ムチンを摂取しないラットの糞便に含まれるムシナーゼよりも高かった。この結果から、新規ムチン型糖タンパク質またはブタ胃粘膜ムチンの摂取により、「ブタ胃粘膜ムチン」に対する分解活性が高い腸内細菌が誘導されることが明らかになった。
【0104】
最後に、図4に示すように、新規ムチン型糖タンパク質を基質とした場合の還元糖の量は、対照群由来酵素では3.3±0.4nmol/分/mgタンパク質、ブタ胃粘膜ムチン群由来酵素では5.3±0.6nmol/分/mgタンパク質であったのに対して、新規ムチン群由来酵素では9.6±0.7nmol/分/mgタンパク質であり、対照群由来酵素およびブタ胃粘膜ムチン群由来酵素と比較して有意に高かった。すなわち、新規ムチン型糖タンパク質に対するムシナーゼ活性は、新規ムチン型糖タンパク質を摂取したラットの糞便に含まれるムシナーゼの方が、ムチンを摂取しないラットの糞便に含まれるムシナーゼはもとより、ブタ胃粘膜ムチンを摂取したラットの糞便に含まれるムシナーゼよりも高かった。この結果から、新規ムチン型糖タンパク質の摂取により、「新規ムチン型糖タンパク質」に対する分解活性が高い腸内細菌が誘導されることが明らかになった。
【0105】
以上のとおり、新規ムチン型糖タンパク質またはブタ胃粘膜ムチンのいずれを摂取した場合も、ブタ胃粘膜ムチンに対する分解活性は同程度に高くなった(図3)のに対して、新規ムチン型糖タンパク質に対する分解活性は、新規ムチン型糖タンパク質を摂取した場合にのみ、高くなった(図4)。この結果から、新規ムチン型糖タンパク質は、ブタ胃粘膜ムチンの摂取により誘導される腸内細菌によっては分解されにくい、特有の成分ないし構造を有することが明らかになった。また、新規ムチン型糖タンパク質の摂取により、ブタ胃粘膜ムチンの摂取により誘導されるものとは異なる、特有の腸内細菌叢を誘導できることが明らかになった。
【0106】
(4)盲腸内容物中のO-結合型糖濃度の測定
本実施例4(1)で回収した盲腸内容物から、比較例2(2)に記載の方法により盲腸内容物ムチン画分を調製した。ここで、ムチンを摂取しないラット(対照群)の盲腸内容物に含まれるムチンはラット腸管粘膜ムチンであるが、ムチンを摂取したラット(1.5%新規ムチン群、1.5%ブタ胃粘膜ムチン群)の盲腸内容物に含まれるムチンは、ラット腸管粘膜ムチンおよび摂取したムチンに由来する。
【0107】
調製した盲腸内容物ムチン画分に蒸留水を加えて5mLに定容した後、さらに蒸留水で10倍に希釈した。これを測定試料として、実施例2(3)に記載の方法により、O-グリコシド結合している糖(O-結合型糖)の濃度を測定した。標準試料の測定結果を基に、測定試料におけるO-結合型糖の濃度を求め、盲腸内容物ムチン画分1g当たりのO-結合型糖濃度(μmol/g)を算出した。その結果を図5に示す。
【0108】
図5に示すように、O-結合型糖濃度は、対照群では0.50±0.04μmol/gであったのに対して、1.5%新規ムチン群では2.26±0.47μmol/gであり、対照群と比較して有意に高かった。一方、1.5%ブタ胃粘膜ムチン群のO-結合型糖濃度は0.54±0.11μmol/gであり、対照群と比較して有意差は無かった。ここで、O-結合型糖の濃度は、ムチン型糖鎖の量に比例すると考えられる。従って、新規ムチン型糖タンパク質を摂取したラットの腸内には、ブタ胃粘膜ムチンを摂取したラットの腸内と比較して、顕著に多くのムチン型糖鎖が残存していることが明らかになった。
【0109】
この結果から、新規ムチン型糖タンパク質は、ブタ胃粘膜ムチンと比較してラット腸内で利用される速度が遅いことが明らかになった。その理由は、実施例3および本実施例4(3)で述べたように、新規ムチン型糖タンパク質が、これを摂取していない腸内細菌によっては資化されにくい、特有の成分ないし構造を有するためと考えられる。なお、盲腸組織の杯細胞数、クリプト長および盲腸内容物中のアンモニア濃度については、各群間に有意差はなかった。
【0110】
<実施例5>新規ムチン型糖タンパク質の評価:腸内細菌への作用
実施例1の新規ムチン型糖タンパク質および比較例1のブタ胃粘膜ムチンを摂取したラットにおける腸内細菌(全真正細菌、アッカーマンシア ムシニフィラおよびバクテロイデス テタイオタオミクロン)量の変化を、16S rRNA遺伝子を標的としたリアルタイムPCR法により分析した。
【0111】
(1)ラットの飼育
7週齢(体重150~170g)のWistar系雄ラット(日本エスエルシー)24匹を6匹ずつ4群に分け、対照群、0.75%新規ムチン群、1.5%新規ムチン群、1.5%ブタ胃粘膜ムチン群とした。各群につき、下記の飼料を水道水とともに自由摂取させながら、14日間飼育した。飼育条件は、実施例4(1)に記載の条件と同様にした。その後、解剖して盲腸を摘出し、切り開いて盲腸内容物を回収した。
対照群:比較例2(1)の標準精製飼料。
0.75%新規ムチン群:比較例2(1)の標準精製飼料において、コーンスターチを置換することにより0.75%の新規ムチン型糖タンパク質を含有する飼料。
1.5%新規ムチン群:比較例2(1)の標準精製飼料において、コーンスターチを置換することにより1.5%の新規ムチン型糖タンパク質を含有する飼料。
1.5%ブタ胃粘膜ムチン群:比較例2(1)の標準精製飼料において、コーンスターチを置換することにより1.5%のブタ胃粘膜ムチンを含有する飼料。
【0112】
(2)DNAの抽出
盲腸内容物からのDNAの抽出は、DNA抽出キットISOFECAL for Beads Beating(ニッポンジーン)を用いて行った。具体的には、150mgの盲腸内容物に1mLのLysis Solution Fを加えて懸濁した後、全量を2mL容量のBeads Tubeへ移して混合した。続いて、ビーズ式破砕装置により、2700rpm、室温にて2分間ビーズ破砕した後、12000×g、室温にて5分間遠心分離し、上清600μLを2mL容量のマイクロチューブに移した。Purification solutionを400μL加えて混合した後、クロロホルムを600μL加えて15秒間ボルテックスミキサーにより混合した。12000×g、室温にて5分間遠心分離し、上清800μLを1.5mL容量マイクロチューブに移してPrecipitation solutionを800μL加えてボルテックスミキサーで混合した。20000×g、室温にて15分間遠心分離して上清を除去した。沈殿物にWash solution 1 mLを加えて転倒混和した。20000×g、4℃にて10分間遠心分離し、上清を除去して沈殿物に70%エタノール1mLとEtachinmate2μLを加えてボルテックスミキサーで混合した。20000×g、4℃にて5分間遠心分離し、上清を除去して沈殿物を乾燥させた後、TE(pH8.0)100μLに溶解した。この溶液をDNA溶液とした。
【0113】
(3)リアルタイムPCR
リアルタイムPCRはLightCycler(登録商標)Nano(Roche)を用いて、添付の使用書に従って行った。反応液の組成は、鋳型DNA溶液が2μL、SYBR Premix EX Taq II(タカラバイオ)が10μL、10μMのセンスプライマー溶液が0.8μL、10μMのアンチセンスプライマー溶液が0.8μLおよびDEPC処理水が6.4μLの計20μLとした。なお、鋳型DNA溶液は、本実施例5(2)のDNA溶液を、全真正細菌を測定する場合は500倍に、アッカーマンシア ムシニフィラまたはバクテロイデス テタイオタオミクロンを測定する場合は100倍に、それぞれ希釈して用いた。既知濃度のDNAを用いた測定により検量線を作成し、係る検量線から、測定結果に基づき盲腸内容物1gあたりの各細菌の16S rDNAコピー数を絶対定量した。その結果を図6に示す。また、各細菌に特異的なプライマーの配列を以下に示す。
【0114】
《アッカーマンシア ムシニフィラ》
センスプライマー : CAGCACGTGAAGGTGGGGAC(配列番号1)
アンチセンスプライマー:CCTTGCGGTTGGCTTCAGAT(配列番号2)
《バクテロイデス テタイオタオミクロン》
センスプライマー : GCAAACTGGAGATGGCGA(配列番号3)
アンチセンスプライマー:AAGGTTTGGTGAGCCGTTA(配列番号4)
《全真正細菌》
センスプライマー :CGGCAACGAGCGCAACCC(配列番号5)
アンチセンスプライマー:CCATTGTAGCACGTGTGTAGCC(配列番号6)
【0115】
図6に示すように、全真正細菌の16S rDNAコピー数は、各群間に有意差はなかった。その一方で、アッカーマンシア ムシニフィラの16S rDNAコピー数は、1.5%新規ムチン群で対照群に対して有意に大きく、0.75%新規ムチン群でも、対照群と比較して、有意差はないものの大きかった。これに対して、ブタ胃粘膜ムチン群のアッカーマンシア ムシニフィラの16S rDNAコピー数は、対照群と同等であった。また、バクテロイデス テタイオタオミクロンの16S rDNAコピー数も、1.5%新規ムチン群で対照群に対して有意に大きく、0.75%新規ムチン群でも、対照群と比較して、有意差はないものの大きかった。これに対して、ブタ胃粘膜ムチン群のバクテロイデス テタイオタオミクロンの16S rDNAコピー数は、対照群と同等であった。
【0116】
すなわち、ラット盲腸内容物中のアッカーマンシア属細菌の16S rDNAコピー数およびバクテロイデス属細菌の16S rDNAコピー数は、新規ムチン型糖タンパク質の摂取により顕著に増大した。この結果から、新規ムチン型糖タンパク質は、アッカーマンシア属細菌およびバクテロイデス属細菌の菌数を増加させる作用を有することが明らかになった。
【0117】
ここで、一般に、大多数の腸内細菌は硫酸基分解酵素(スルファターゼ)やシアル酸分解酵素(シアリダーゼ)を有していないために、硫酸基やシアル酸の含有量が高い糖鎖を資化できない。これに対して、アッカーマンシア属細菌およびバクテロイデス属細菌は、これらの酵素を有しているため、硫酸基やシアル酸の含有量が高い糖鎖を資化し、栄養源として利用できることが報告されている。
【0118】
しかしながら、本実施例5では、いずれの群も、表1に示すようにシアル酸の含有量が相当に高いラット腸管粘膜ムチンを元来有するにもかかわらず、これらの細菌の菌数は大きく異なっていた。よって、摂取するムチン型糖タンパク質においてシアル酸の含有量が高いことは、アッカーマンシア属細菌およびバクテロイデス属細菌の増加要因とならないことが示唆される。そして、硫酸基の含有量が高い新規ムチン型糖タンパク質を摂取した群のみにおいてこれらの細菌が増加したことから、硫酸基の含有量が高いことが、これらの細菌の増加要因となることが示唆される。
【0119】
すなわち、硫酸基の含有量が高いムチン型糖タンパク質を摂取したラットの腸内では、アッカーマンシア属細菌やバクテロイデス属細菌が、当該ムチン型糖タンパク質を利用できない他の腸内細菌種と比較して優性となり、特異的に増加したものと考えられる。このことから、コアタンパク質にO-グリコシド結合している糖1モルに対し、硫酸基を0.07モル以上という高い割合で含有するムチン型糖タンパク質は、アッカーマンシア属細菌およびバクテロイデス属細菌の菌数を増加させる作用を有することが明らかになった。
【0120】
<実施例6>新規ムチン型糖タンパク質の評価:アッカーマンシア属細菌の菌数増加作用
(1)新規ムチン型糖タンパク質の調製および含有成分の解析
実施例1に記載の方法により、異なる5つの原料から新規ムチン型糖タンパク質を調製し、ロットI~Vとした。ただし、ロットIおよびロットIIIは真カスベ由来原料:水カスベ由来原料=2:1(重量比)の原料から、ロットIIは真カスベ由来原料のみから、ロットIVおよびロットVは水カスベ由来原料のみから、それぞれ調製した。これらについて、実施例2(1)~(5)に記載の方法によりタンパク質濃度、全糖濃度、O-結合型糖濃度、硫酸基濃度およびシアル酸濃度を測定した。その結果を表3に示す。なお、表3において、±の左側は平均値、右側は標準誤差を示す。標準誤差を付した数値は、各ロットから3つの試料をサンプリングして、各試料につき三重反復測定した結果である。標準誤差を付していない数値は、各ロットから1つの試料をサンプリングして、各試料につき三重反復測定した平均値である。
【表3】
【0121】
表3に示すように、新規ムチン型糖タンパク質は、いずれのロットにおいても、O-グリコシド結合している糖1モルに対し、硫酸基を0.07モル以上、シアル酸を0.1モル以上という高い割合で含有することが確認された。
【0122】
(2)アミノ酸解析
本実施例6(1)の新規ムチン型糖タンパク質について、下記の方法により各アミノ酸の含有割合(mg/g)を測定した。また、測定結果に基づいて、総アミノ酸に占める各アミノ酸の質量百分率(%)を解析した。なお、下記の測定方法では、トリプトファン(W)、メチオニン(M)およびシステイン(C)は分解されるため、これらのアミノ酸は測定していない。また、「総アミノ酸」は「W、MおよびCを除く総アミノ酸」を意味する。解析結果を表4に示す。表4において、含有割合は、ムチン型糖タンパク質1g当たりの各アミノ酸の含有量(mg)で示す。また、質量百分率は、W、MおよびCを除くアミノ酸の総量に占める各アミノ酸の質量の百分率で示す。数値は、各ロットから1つの試料をサンプリングして、各試料につき二重反復測定した平均値である。
【0123】
《アミノ酸の測定》
ムチン型糖タンパク質50mgを2.0mLの蒸留水に懸濁し、このうち0.5mLを1mL容量のバキュームリアクションチューブ (ジーエルサイエンス) に量り入れた。そこへ0.2%の2-メルカプトエタノールを含む12mol/Lの塩酸溶液を0.5mL加えてよく混合した後、真空ポンプ (DTC-22、ULVAC) で脱気した。流動パラフィン (Wako) で満たしたヒートブロック(HF61、ヤマト科学)にリアクションチューブを入れて110℃で24時間置くことにより、ムチン型糖タンパク質を酸加水分解した。リアクションチューブを室温に戻してチューブ内の内容物をメスフラスコに移した後、蒸留水で5回洗った。これに3mol/LのNaOH1.75mLを加えてpH2.2付近に調整した後、0.067mol/Lのクエン酸ナトリウム緩衝液(pH2.2、Wako) で25mLに定容した。これをメンブレンフィルター(DISMIC-13HP、13HP020AN、アドバンテック)でろ過してろ液を回収し、アミノ酸分析に供した。アミノ酸分析は、分析用カラム (日立ハイテクパックドカラム#2622PH、径4.6×60mm、日立ハイテクノロジーズ) およびプレカラム (日立パックドカラム #2650L、径4.6×40mm、日立ハイテクノロジーズ) を備えたL-8900形高速アミノ酸分析計 (日立ハイテクノロジーズ) で行った。溶離液 (MCI(商標)BUFFER L-8500-PH-KIT、三菱ケミカル) および反応液 (日立用ニンヒドリン発色溶液キット、Wako) は市販のキットを用いた。アミノ酸の標品には、アミノ酸混合標準液 H型 (Wako)1mLを0.067mol/Lのクエン酸ナトリウム緩衝液 (pH2.2、Wako) で25mLに定容したものを用いた。
【表4】
【0124】
表4に示すように、ロットIVは、ロットI~IIIおよびロットVと比較して、セリンおよびスレオニンの含有割合および質量百分率が小さく、イソロイシン、チロシンおよびフェニルアラニンの含有割合および質量百分率が大きいことが明らかになった。
【0125】
(3)ラットの飼育
7週齢(体重140~160g)のWistar系雄ラット(日本エスエルシー)36匹を6匹ずつ6群に分け、対照群ならびにロットI~V群とした。各群につき、下記の飼料を水道水とともに自由摂取させながら、14日間飼育した。飼育条件は、実施例4(1)に記載の条件と同様にした。その後、解剖して盲腸を摘出し、切り開いて盲腸内容物を回収した。
対照群:比較例2(1)の標準精製飼料において、コーンスターチを一部置換することにより5重量%のセルロースおよび10重量%のスクロースを含有する飼料。
ロットI~V群:比較例2(1)の標準精製飼料において、コーンスターチを一部置換することにより1.2%の新規ムチン型糖タンパク質(本実施例6(1)のロットI~
V)を含有する飼料。
【0126】
(4)DNAの抽出およびリアルタイムPCR
回収した盲腸内容物から、実施例5(2)に記載の方法によりDNAを抽出した。続いて、実施例5(3)に記載の方法によりリアルタイムPCRを行い、全真正細菌およびアッカーマンシア ムシニフィラの16S rDNAコピー数を測定した。その結果を図7に示す。
【0127】
図7に示すように、全真正細菌の16S rDNAコピー数は、各群間に有意差はなかった。その一方で、アッカーマンシア ムシニフィラの16S rDNAコピー数は、ロットI群、ロットII群、ロットIII群およびロットV群で対照群に対して有意に大きく、ロットIV群でも、対照群と比較して、有意差はないものの大きかった。すなわち、ラット盲腸内容物中のアッカーマンシア属細菌の16S rDNAコピー数は、新規ムチン型糖タンパク質の摂取により増大した。この結果から、新規ムチン型糖タンパク質は、アッカーマンシア属細菌の菌数を増加させる作用を有することが明らかになった。
【0128】
ここで、非特許文献5によれば、アッカーマンシア ムシニフィラは、必須アミノ酸のうちのスレオニンを合成することができない(RESULTS AND DISCUSSION、第2段落第5-7行目)。また、非特許文献6によれば、アンモニアおよび他のアミノ酸を含み、かつL-スレオニンを含まない培地では、アッカーマンシア ムシニフィラは増殖できない(Results and discussion 、第1段落第14-17行目、Fig. S1)。すなわち、アッカーマンシア ムシニフィラは、生存ないし増殖に、外部からスレオニンを供給されることが必要といえる。
非特許文献5;Ottman N. et al, Genome-scale model and omics analysis of metabolic capacities of Akkermansia muciniphila reveal a preferential mucin-degrading lifestyle, Appl Environ Microbiol, Volume 83, Issue 18, e01014-e01017, September 2017
非特許文献6;Kees C. H. van der Ark et al., Model-driven design of a minimal medium for Akkermansia muciniphila confirms mucus adaptation, Microbial Biotechnology 11(1339-1353), January 2018, DOI: 10.1111/1751-7915.13033
【0129】
この点、表4に示すように、ロットIVのムチン型糖タンパク質は、他のロットと比較して、スレオニンの含有割合がムチン型糖タンパク質1gあたり28.5mg、総アミノ酸に占めるスレオニンの質量百分率が14.2%と小さかった。このことから、ロットIV群で、アッカーマンシア属細菌の菌数が増加しているものの、その増加の程度が比較的小さいのは、摂取させたムチン型糖タンパク質におけるスレオニンの含有割合ないし総アミノ酸に占める質量百分率が小さいためと考えられた。すなわち、この結果から、ムチン型糖タンパク質においてスレオニンの含有率が高いものが、より強いアッカーマンシア属細菌の菌数増加作用を有することが明らかになった。具体的には、高いアッカーマンシア属細菌の菌数増加効果を得るためには、ムチン型糖タンパク質において、スレオニンの含有割合が29mg/g以上、あるいは、トリプトファン、メチオニンおよびシステインを除くアミノ酸の総量に占めるスレオニンの質量百分率が15%以上であることが好ましいことが明らかになった。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
【配列表】
0007464931000001.app