(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-04-02
(45)【発行日】2024-04-10
(54)【発明の名称】硬質金属部材の製造方法及び硬質金属部材
(51)【国際特許分類】
B23K 26/354 20140101AFI20240403BHJP
B23K 26/21 20140101ALI20240403BHJP
B23K 26/342 20140101ALI20240403BHJP
C23C 24/10 20060101ALI20240403BHJP
【FI】
B23K26/354
B23K26/21 W
B23K26/342
C23C24/10 B
(21)【出願番号】P 2020057451
(22)【出願日】2020-03-27
【審査請求日】2023-03-16
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 1.令和1年10月4日ウェブサイトにて、KISTEC Innovation Hub 2019 レーザ加工技術フォーラムの予稿集で発表 2.令和1年11月1日地方独立行政法人神奈川県立産業技術総合研究所において開催されたKISTEC Innovation Hub 2019 レーザ加工技術フォーラムで発表
(73)【特許権者】
【識別番号】000183347
【氏名又は名称】住友重機械ハイマテックス株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】317006683
【氏名又は名称】地方独立行政法人神奈川県立産業技術総合研究所
(74)【代理人】
【識別番号】110001885
【氏名又は名称】弁理士法人IPRコンサルタント
(72)【発明者】
【氏名】石川 毅
(72)【発明者】
【氏名】薩田 寿隆
(72)【発明者】
【氏名】中村 紀夫
(72)【発明者】
【氏名】福山 遼
(72)【発明者】
【氏名】森 清和
【審査官】柏原 郁昭
(56)【参考文献】
【文献】特開2019-137880(JP,A)
【文献】特開平07-075893(JP,A)
【文献】国際公開第2018/216641(WO,A1)
【文献】特開昭62-061787(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23K 26/354
B23K 26/21
B23K 26/342
C23C 24/10
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
金属基材の表面に形成させたマルテンサイト変態を生じる鋼からなる金属肉盛層にレーザ照射を施し、
前記レーザ照射によって前記金属肉盛層を再溶融させて溶融凝固領域を形成し、
前記溶融凝固領域の一部が重畳するように、前記レーザ照射を繰り返して熱処理を施すこと、
を特徴とする硬質金属部材の製造方法。
【請求項2】
先のレーザ照射による前記金属肉盛層の予熱及び/又は後のレーザ照射による前記溶融凝固領域の後熱により、前記溶融凝固領域が前記鋼のM
s点以上の温度に維持され、
前記後のレーザ照射の終了以降に前記溶融凝固領域において前記マルテンサイト変態が生じること、
を特徴とする請求項1に記載の硬質金属部材の製造方法。
【請求項3】
同一領域に対して前記熱処理を2回以上施すこと、
を特徴とする請求項1又は2に記載の硬質金属部材の製造方法。
【請求項4】
前記金属肉盛層がレーザ粉体肉盛溶接によって形成されていること、
を特徴とする請求項1~3のうちのいずれかに記載の硬質金属部材の製造方法。
【請求項5】
前記金属肉盛層の形成に用いた前記レーザ粉体肉盛溶接と同一のレーザ照射条件を用いて前記熱処理を施すこと、
を特徴とする請求項4に記載の硬質金属部材の製造方法。
【請求項6】
前記鋼が高速度工具鋼であること、
を特徴とする請求項1~5のうちのいずれかに記載の硬質金属部材の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、金属基材の表面に金属肉盛層を有する硬質金属部材の製造方法及び当該製造方法によって得られる硬質金属部材に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、表面処理技術の一つとして、金属基材の表面に当該金属基材とは異なる高硬度材料を肉盛りすることにより、最表面の耐摩耗性等を向上させる技術が知られている。当該技術を用いた場合、高硬度材料を用いて形成した表面の肉盛層が摩耗しても、基材は元の形状を保持できるため、当該基材に対して再度同様の肉盛りを行うことで、繰り返し使用することが可能である。例えば、特許文献1(特開2013-176778号公報)には、肉盛りを行う手法として、レーザを用いて金属基材表面に高硬度の肉盛層を形成するレーザクラッディング法が開示されている。
【0003】
しかしながら、レーザを用いて形成されたままの金属肉盛層は、本来期待される機械的性質及び化学的性質等が発現されていない場合が多く、基本的には事後的な熱処理が必要となる。例えば、特許文献2(特開平5-305465号公報)においては、母材表面にレーザ焼成によってクラッド層を形成し、当該クラッド層の形成後に焦点を外したレーザビームによりクラッド層を照射して、クラッド層形成時の硬化部を再加熱して焼鈍することを特徴とする炭素鋼等のレーザクラッド法が開示されている。
【0004】
上記特許文献2のレーザクラッド法においては、レーザ焼成によってクラッド層を形成すると、比較的狭い範囲の加熱が行なわれて、クラッド層の直下位置の母材組織中に硬化部が発生するが、焦点を外したレーザビームをクラッド層に照射すると、比較的広い範囲の加熱によって母材の温度上昇が抑制され、レーザビームによる熱影響部が当初の硬化部に及び、硬化部を軟化組織とすることができる、とされている。
【0005】
また、特許文献3(特開2017-125483号公報)においては、母材上の腐食が発生しやすい部位にクラッド層を形成するクラッド層形成工程と、当該クラッド層下の母材を調質における焼戻し温度で局所加熱する局所加熱工程とを含む、蒸気タービン翼の製造方法、が開示されている。
【0006】
上記特許文献3の蒸気タービン翼の製造方法においては、蒸気タービン翼の腐食が発生しやすい部位に形成されたクラッド層に局所加熱を行うことにより、クラッディングにより生成する熱影響層を除去し、高耐食なクラッド層を有する蒸気タービン翼の製造方法を提供することができる。また、これまでのクラッディング施工では不可能であった、熱影響層のみの局所的な焼戻しが可能となり、耐エロージョン摩耗性に加え、耐食性の付与と母材強度の確保が可能となる、とされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】特開2013-176778号公報
【文献】特開平5-305465号公報
【文献】特開2017-125483号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
多層溶接で形成される金属肉盛層においては、場所によって硬さにむらが生じることが問題となっている。これは、先行パスによって形成した金属肉盛層の金属組織が後続パスの熱影響を受けるためである。また、例えば、高速度工具鋼の金属肉盛層では、溶接ままの状態よりも高い硬度を付与するために、溶接後に焼戻し熱処理を施す必要がある。その結果、別工程を追加する必要があるが、当該処理に熱処理炉等を用いる場合は大幅な製造コストの上昇や製造時間の増加が不可避である。
【0009】
これに対し、上記特許文献2に記載のレーザクラッド法及び上記特許文献3に記載の蒸気タービン翼の製造方法では、熱処理にレーザ照射を利用するものであり、熱処理炉等を使用する場合と比較して簡便に処理を施すことができるが、金属肉盛層の硬度の増加と硬度のバラつき低減を同時に達成することはできない。また、これらの技術は金属肉盛層や金属基材を固相の状態で適当な温度に昇温するものであり、当該昇温をレーザ照射によって実現する点で従来一般的な方法よりも簡便であるが、基本的には母材熱影響部に対して部分的に焼戻し処理を施しているに過ぎない。
【0010】
以上のような従来技術における問題点に鑑み、本発明の目的は、高硬度かつ均質な金属肉盛層を簡便に得る方法、及び当該方法によって製造される硬質金属部材を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、上記目的を達成すべく、金属肉盛層に対する熱処理方法について鋭意研究を重ねた結果、加熱手段としてレーザ照射を用い、金属肉盛層を固相状態で加熱するのではなく、再溶融させること等が極めて有効であることを見出し、本発明に到達した。
【0012】
即ち、本発明は、
金属基材の表面に形成させたマルテンサイト変態を生じる鋼からなる金属肉盛層にレーザ照射を施し、
前記レーザ照射によって前記金属肉盛層を再溶融させて溶融凝固領域を形成し、
前記溶融凝固領域の一部が重畳するように、前記レーザ照射を繰り返して熱処理を施すこと、
を特徴とする硬質金属部材の製造方法、を提供する。
【0013】
本発明の硬質金属部材の製造方法においては、金属肉盛層に対する熱処理をレーザ照射による再溶融熱処理で達成するため、硬質金属部材の大きさ及び形状に依らず、簡便に実施することができる。また、金属肉盛層の形成にレーザ照射を用いる場合、当該装置をそのまま利用して熱処理を行うことができる。その結果、焼戻し熱処理を炉内で行う場合と比較して、製造コスト及び製造時間を大幅に削減することができる。
【0014】
マルテンサイト変態を生じる鋼からなる金属肉盛層に関しては、従来一般的なレーザ肉盛溶接を用いた場合、マルテンサイト相を有する金属肉盛層が形成された後に、次の溶接パスの影響を受けるため、硬度が低くなる熱影響部の形成が不可避である。これに対し、本発明の硬質金属部材の製造方法においては、再溶融した金属肉盛層が冷却される際、先のレーザ照射パス及び/又は後のレーザ照射パスによって金属基材及び未溶融の金属肉盛層が昇温されるため、レーザ溶接直後のマルテンサイト変態が抑制される。その結果、金属肉盛層に熱影響を及ぼす次のレーザ照射パスの終了以降にマルテンサイト変態が生じ、当該金属肉盛層への熱影響を硬度変化が生じない程度に小さくすることができる。
【0015】
本発明の硬質金属部材の製造方法においては、先のレーザ照射による前記金属肉盛層の予熱及び/又は後のレーザ照射による前記溶融凝固領域の後熱により、前記溶融凝固領域が前記鋼のMs点以上の温度に維持され、前記後のレーザ照射の終了以降に前記溶融凝固領域において前記マルテンサイト変態が生じること、が好ましい。ここで、鋼のMs点は組成によって変化するが、高速度工具鋼の場合、50~150℃程度の温度となる。
【0016】
レーザ照射によって形成された溶融凝固領域が鋼のMs点以上の温度に維持されている間は、最終的に得られる金属肉盛層の硬度に及ぼす次のレーザ照射パスからの入熱の影響は極めて小さい。金属肉盛層の硬度に大きく影響するのはマルテンサイト変態後に受ける熱履歴であり、マルテンサイト変態後における金属肉盛層とレーザ照射パスの距離を十分に確保することで、当該金属肉盛層の硬度低下を抑制することができる。
【0017】
また、本発明の硬質金属部材の製造方法においては、同一領域に対して前記熱処理を2回以上施すこと、が好ましい。同一領域に対して熱処理を繰り返すと、金属基材及び未溶融の金属肉盛層がより広範囲かつ高温に予熱されるため、マルテンサイト変態のタイミングをより遅くすることができ、マルテンサイト変態後の金属肉盛層の硬度低下を確実に抑制することができる。また、同一領域に対する熱処理は4回以上施すことがより好ましい。
【0018】
また、本発明の硬質金属部材の製造方法においては、前記金属肉盛層がレーザ粉体肉盛溶接によって形成されていること、が好ましい。レーザ粉体肉盛溶接によって形成される金属肉盛層は、1パスのレーザ溶接によって形成される溶接ビード(肉盛線)が細く、金属肉盛層の形成が必要な領域を限定して精密な被覆処理を施すことができるが、一方で、殆どの場合において、当該溶接ビードを重畳させることで金属肉盛層を所望の形状及び大きさとするため、熱影響部の影響が顕在化しやすい。これに対し、本発明の硬質金属部材の製造方法を用いることで、硬度のばらつきを効果的に抑制できることから、良好な金属肉盛層を特定の領域に形成させることができる。
【0019】
また、本発明の硬質金属部材の製造方法においては、前記金属肉盛層の形成に用いた前記レーザ粉体肉盛溶接と同一のレーザ照射条件を用いて前記熱処理を施すこと、が好ましい。レーザ照射を用いた熱処理は存在するが、当該熱処理は対象領域を固相状態で加熱するものであり、例えば、対象領域が鋼の場合は、当該鋼の焼戻し温度に昇温するのが一般的である。鋼の焼戻し温度は目的によって異なるが、100~700℃であり、原料を溶融させるレーザ粉体肉盛溶接のレーザ照射条件を用いることはできない。これに対し、本発明の硬質金属部材の製造方法ではレーザ照射によって対象領域を再溶融させるため、レーザ粉体肉盛溶接のレーザ照射条件をそのまま用いることができ、円滑にプロセスを進めることができる。
【0020】
更に、本発明の硬質金属部材の製造方法においては、前記鋼が工具鋼であることが好ましく、高速度工具鋼であること、がより好ましい。高速度工具鋼は高硬度で耐摩耗性等に優れ、各種工具、金型及びロール等に好適に用いることができるところ、比較的高価かつ希少な添加元素が含まれており、必要な領域のみに最小限の高速度工具鋼を使用することが好ましい。これに対し、本発明の硬質金属部材の製造方法を用いることで、任意の領域に高硬度かつ均質な高速度工具鋼からなる金属肉盛層を形成させることができる。
【0021】
また、本発明は、
金属基材の表面に金属肉盛層を有し、
前記金属肉盛層におけるビッカース硬度の標準偏差(σ)が30Hv以下であること、
を特徴とする硬質金属部材、も提供する。
【0022】
本発明の硬質金属部材は、均一な硬度分布を得ることが困難である金属肉盛層に関して、ビッカース硬度の標準偏差(σ)が30Hv以下となっていることが最大の特徴である。金属肉盛層が均質化されていることで、当該金属肉盛層を構成する金属材の特性を十分に活用することができると共に、硬質金属部材に高い信頼性を付与することができる。
【0023】
本発明の硬質金属部材においては、前記金属肉盛層は幅が0.1~45mmの溶接ビードからなること、が好ましい。より好ましい金属肉盛層の幅は0.1~25mmであり、最も好ましい金属肉盛層の幅は0.1~20mmである。細い溶接ビードを適当に組み合わせることで、所望の最終形状に対してニアネットシェイプ形状とすることができる。加えて、金属肉盛層が溶接ビードからなる被膜構造や多層盛構造となっているにも拘わらず、ビッカース硬度の標準偏差(σ)が30Hv以下となっており、均質な機械的性質を有している。ここで、レーザ粉体肉盛溶接を用いることで、良好な細い溶接ビードを効率的に形成させることができる。
【0024】
また、金属肉盛層は金属基材に強固に溶接されているが、金属肉盛層の形成にレーザ粉体肉盛溶接を用いることで、当該金属肉盛層と金属基材の混合及び希釈を抑制することができる。その結果、接合界面近傍における硬質金属部材の特性劣化が最小限に留められている。
【0025】
また、本発明の硬質金属部材は、前記金属肉盛層が高速度工具鋼であること、が好ましい。高速度工具鋼は優れた耐摩耗特性等を有しており、硬質金属部材を各種工具、金型及びロール等に好適に用いることができる。
【0026】
本発明の硬質金属部材に使用する高速度工具鋼は、本発明の効果を損なわない限りにおいて特に限定されず、従来公知の種々の高速度工具鋼材を用いることができる。高速度工具鋼材としては、例えば、JIS G 4403:2006に規定されている各種SKH材を用いることができる。
【0027】
更に、本発明の硬質金属部材は、前記金属肉盛層の平均ビッカース硬度が700Hv以上であること、が好ましい。硬質金属部材が700Hv以上の高硬度を有し、ビッカース硬度の標準偏差(σ)が30Hv以下となっていることで、高い信頼性が要求される耐摩耗部品や工具等に好適に用いることができる。なお、より好ましい硬質金属部材の硬度は800Hv以上である。
【0028】
なお、本発明の硬質金属部材は、本発明の硬質金属部材の製造方法を用いて好適に製造することができる。
【発明の効果】
【0029】
本発明によれば、高硬度かつ均質な金属肉盛層を簡便に得る方法、及び当該方法によって製造される硬質金属部材を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0030】
【
図1】本発明の硬質金属部材の製造方法を示す模式図である。
【
図2】金属肉盛層における硬度変化の機構を示す模式図である。
【
図4】実施例で得られた金属肉盛層を形成させた金属基材の断面マクロ写真である。
【
図5】
図4に示す金属肉盛層のビッカース硬度分布である。
【
図6】実施例において各再溶融熱処理回数で得られた試料の断面マクロ写真である。
【
図7】
図6に示す各金属肉盛層のビッカース硬度分布である。
【
図8】実施例における熱電対取り付け位置の外観写真である。
【
図9】実施例における測温結果を示すグラフである。
【
図10】比較例で得られた各試料の断面マクロ写真である。
【
図11】
図10に示す各金属肉盛層のビッカース硬度分布である。
【発明を実施するための形態】
【0031】
以下、
図1~3を参照しながら、本発明の硬質金属部材の製造方法及び硬質金属部材における代表的な実施形態を詳細に説明する。但し、本発明は図示されるものに限られるものではなく、各図面は本発明を概念的に説明するためのものであるから、理解容易のために必要に応じて比や数を誇張又は簡略化して表している場合もある。更に、以下の説明では、同一又は相当部分には同一符号を付し、重複する説明は省略することもある。
【0032】
1.硬質金属部材の製造方法
図1に本発明の硬質金属部材の製造方法に関する模式図を示す。なお、
図1においては、金属肉盛層をレーザ粉体肉盛溶接によって形成させた場合について示している。本発明の硬質金属部材の製造方法においては、金属基材2の表面に形成した金属肉盛層4にレーザ6を照射し、金属肉盛層4を再溶融させて溶融凝固領域8を形成し、溶融凝固領域8の一部が重畳するようにレーザ照射を繰り返すことで、熱処理を施すことができる。
【0033】
(1)金属肉盛層
金属基材2の表面に形成させた金属肉盛層4は、マルテンサイト変態を生じる鋼からなっている。金属肉盛層4は、マルテンサイト変態によって硬化する鋼である限りにおいて特に限定されず、従来公知の種々の鋼とすることができるが、工具鋼であることが好ましく、高速度工具鋼であることがより好ましい。
【0034】
高速度工具鋼材としては、例えば、JIS G 4403:2006に規定されている各種SKH材やSKH40等を用いることができる。
【0035】
また、金属基材2と強固に接合され、粗大な欠陥がない良好な状態となっている限りにおいて、金属肉盛層4の形成方法は特に限定されず、従来公知の種々の方法を用いることができるが、任意の領域に緻密な金属肉盛層4を形成することができるレーザ粉体肉盛溶接を用いることが好ましい。レーザ粉体肉盛溶接においては、レーザ照射領域に原料となる金属粉末を供給することで、金属肉盛層4を形成させることができる。
【0036】
レーザ粉体肉盛溶接では、レーザビームの直線移動及び所定の間隔による並行移動、更に全体を複数回往復させることで略面状の金属肉盛層4を形成させることが基本であるが、これに限定されるものではなく、例えば直線移動のみを所定回数繰り返して金属肉盛層4を形成してもよく、直線移動や曲線移動を組み合わせ、更にこれを所定回数繰り返してもよい。
【0037】
レーザ粉体肉盛溶接によって形成された金属肉盛層4において硬度のばらつきが生じる機構について、模式的に
図2に示す。
図2は、金属基材2の表面に横方向に5パスの溶接ビード10を重畳させた状況を示している。1パス目の溶接ビード10は予熱がされていない状態で形成され、2パス目の溶接ビード10が形成される際に熱影響を受ける。また、同様に、2パス目以降の溶接ビード10は次の溶接ビード10が形成される際に熱影響を受ける。加えて、溶接パス数の増加に伴って、溶接ビード10の硬度が徐々に増加して飽和する傾向となる。これらの結果、レーザ粉体肉盛溶接によって形成された金属肉盛層4の硬度にはばらつきが生じ、鋼が本来有する高い硬度を金属肉盛層4の全体において均一に発現させることができない。
【0038】
金属基材2は本発明の効果を損なわない限りにおいて特に限定されず、従来公知の種々の金属基材を用いることができるが、表面に形成させる金属肉盛層4との密着性、希釈の抑制、機械的性質等の観点から、鋼材を用いることが好ましく、工具鋼や軸受鋼等を好適に用いることができる。より具体的には、例えば、中炭素鋼材(S45C等)、クロムモリブデン鋼鋼材、合金工具鋼鋼材、高炭素クロム軸受鋼鋼材等を用いることができる。
【0039】
(2)レーザ照射条件
金属肉盛層4を再溶融して溶融凝固領域8を形成し、改質が必要な全ての領域に溶融凝固領域8を形成できる限りにおいて、レーザ照射条件は特に限定されず、従来公知の種々のレーザ波長、ビーム径、レーザ出力、レーザ走査速度及びレーザ走査パターンを用いることができるが、金属肉盛層4をレーザ粉体肉盛溶接で形成させた場合、当該レーザ粉体肉盛溶接におけるレーザ照射条件をそのまま適用することが好ましい。また、金属肉盛層4及び金属基材2の酸化を抑制するために、不活性雰囲気で処理を施すことが好ましい。
【0040】
より具体的には、金属肉盛層4は多数の溶接ビード10から構成されており、レーザ粉体肉盛溶接と同一のレーザ照射条件を用いる場合、レーザは各溶接ビード10に沿って照射されることになる。その結果、金属肉盛層4(溶接ビード10)へのレーザ照射が繰り返されることになり、レーザ照射によって再溶融している領域以外の温度もある程度上昇することになる。
【0041】
ここで、先のレーザ照射による金属肉盛層4の予熱及び/又は後のレーザ照射による溶融凝固領域8の後熱により、溶融凝固領域8が鋼のMs点以上の温度に維持され、後のレーザ照射の終了以降に溶融凝固領域8においてマルテンサイト変態が生じることが好ましい。レーザ照射によって形成された溶融凝固領域8が鋼のMs点以上の温度に維持されている間は、最終的に得られる金属肉盛層4の硬度に及ぼす次のレーザ照射パスからの入熱の影響は極めて小さい。金属肉盛層4の硬度に大きく影響するのはマルテンサイト変態後に受ける熱履歴であり、マルテンサイト変態後における金属肉盛層4とレーザ照射パスの距離を十分に確保することで、金属肉盛層4の硬度低下を抑制することができる。
【0042】
また、レーザ照射による熱処理は、同一領域に対して2回以上施すことが好ましい。同一領域に対して熱処理を繰り返すと、金属基材2及び未溶融の金属肉盛層4がより広範囲かつ高温に予熱されるため、マルテンサイト変態のタイミングをより遅くすることができ、マルテンサイト変態後の金属肉盛層4の硬度低下を確実に抑制することができる。また、同一領域に対する熱処理は4回以上施すことがより好ましいが、処理回数が多すぎると得られる平均硬度が低下するため、所望の平均硬度と許容される硬度のばらつきを鑑みて、適当な処理回数を設定する必要がある。
【0043】
2.硬質金属部材
図3に本発明の硬質金属部材の概略断面図を示す。硬質金属部材20は、金属基材2の表面に金属肉盛層4を有し、金属肉盛層4は幅が0.1~45mmの溶接ビード10からなり、金属肉盛層4におけるビッカース硬度の標準偏差(σ)が30Hv以下となっている。ここで、硬質金属部材20における溶接ビード10は、レーザ粉体肉盛溶接によって金属基材2の表面に形成された溶接ビードからなる金属肉盛層に対して、レーザ照射で溶融熱処理を施したものである。即ち、レーザ粉体肉盛溶接によって形成された溶接ビードの全領域に溶融凝固領域8が形成された場合、溶融凝固領域8が溶接ビード10となる。
【0044】
図3においては、レーザ粉体肉盛溶接によって形成された溶接ビードの全領域に溶融凝固領域8が形成された場合について示しているが、溶融凝固領域8は所望の領域に形成されていればよく、幅方向や深さ方向において溶接ビード10の全てに形成されている必要はない。ここで、溶融凝固領域8が深さ方向において溶接ビード10の全域に形成されている場合、元の溶接ビード10(金属肉盛線)の形状等が確認できないが、その場合は一回のレーザ照射によって形成される溶融凝固領域8が溶接ビード10となる。また、部分的に溶融凝固領域8が形成されている場合、当該領域においてビッカース硬度の標準偏差(σ)が30Hv以下となっていればよい。
【0045】
また、
図3では溶融凝固領域8(溶接ビード10)が金属基材2に殆ど溶け込んでいないが、溶融凝固領域8(溶接ビード10)はこれらが希釈されない程度に金属基材2に溶け込んでいることが好ましい。溶融凝固領域8(溶接ビード10)と金属基材2とが冶金的に確実に接合されていることで、金属肉盛層4に大きな応力や繰り返しの応力が印加されるような用途にも好適に使用することができる。
【0046】
溶融凝固領域8においては、ビッカース硬度の標準偏差(σ)が30Hv以下となっており、均質な機械的性質を有している。また、上述のとおり、金属肉盛層4は金属基材2に強固に溶接されているが、レーザ粉体肉盛溶接を用いることで、金属肉盛層4と金属基材2の混合及び希釈が効果的に抑制される。その結果、接合界面近傍における金属肉盛層4の特性劣化を最小限に留めることができる。
【0047】
金属肉盛層4は高速度工具鋼であり、金属肉盛層4(溶融凝固領域8)の平均ビッカース硬度は700Hv以上であることが好ましい。金属肉盛層4(溶融凝固領域8)が700Hv以上の高速度工具鋼であり、ビッカース硬度の標準偏差(σ)が30Hv以下となっていることで、各種工具、金型及びロール等に好適に用いることができる。
【0048】
金属肉盛層4を構成する高速度工具鋼は、本発明の効果を損なわない限りにおいて特に限定されず、従来公知の種々の高速度工具鋼材を用いることができる。高速度工具鋼材としては、例えば、JIS G 4403:2006に規定されている各種SKH材を用いることができる。
【0049】
また、金属基材2も本発明の効果を損なわない限りにおいて特に限定されず、従来公知の種々の金属基材を用いることができるが、表面に形成させる金属肉盛層4との密着性、希釈の抑制、機械的性質等の観点から、鋼材を用いることが好ましく、工具鋼や軸受鋼等を好適に用いることができる。より具体的には、金属基材2として、例えば、中炭素鋼材(S45C等)、クロムモリブデン鋼鋼材、合金工具鋼鋼材、高炭素クロム軸受鋼鋼材等を用いることができる。
【0050】
また、硬質金属部材20は、従来のHIP(熱間等方圧加圧法)による製造方法や、高温炉を用いた熱処理が必要な製造方法ではサイズが大きすぎる用途や経済的に割が合わない用途にも好適に適用することができる。
【0051】
以下、実施例において本発明の硬質金属部材の製造方法及び硬質金属部材について更に説明するが、本発明はこれら実施例に何ら限定されるものではない。
【実施例】
【0052】
<実施例>
粒径53~150μmの高速度工具鋼(JIS-SKH51)粉末を原料とし、レーザ粉体肉盛溶接を用いて、SS400基材上に5パスの溶接ビードを水平方向に一部重複させた金属肉盛層を形成させた。各溶接ビードの重複幅は2mmとした。レーザ粉体肉盛溶接の条件は、レーザ出力2kW、レーザビーム径φ4.3mm、レーザ走査速度6mm/s、粉末供給速度15.5g/minとし、シールドガスとして流量23l/minでArガスを流通させた。レーザにはディスク発振のYAGレーザを用いた。当該YAGレーザの波長は1.06μmである。
【0053】
金属肉盛層を形成させた金属基材の断面マクロ写真を
図4に示す。断面マクロ観察においては、鏡面研磨した試料に対して酸性ピクリン酸アルコール溶液を使用してエッチング処理を施している。左端の溶接ビードが最初に形成されたものであり、順に右側に溶接ビードが形成されている。また、金属肉盛層における濃淡は組織が異なることを意味している。
【0054】
図4に示す金属肉盛層について、深さ方向中心における水平方向のビッカース硬度分布を
図5に示す。なお、
図5に示すグラフの横軸は測定位置を示しており、1目盛が0.5mmとなっている。ビッカース硬度測定の荷重は0.987Nとし、荷重付加時間は10sとした。金属肉盛層のビッカース硬度は均一ではなく、標準偏差(σ)は40.3Hvとなっている。また、断面マクロ写真において暗くなっている領域は硬度が低く、明るい領域は硬度が高くなっており、最初に形成された溶接ビードの硬度は低く、溶接パスの増加に伴い硬度が上昇し、飽和する傾向が認められる。金属肉盛層の平均ビッカース硬度は785Hvである。
【0055】
高速度工具鋼粉末を供給しないこと以外は上記レーザ粉体肉盛溶接のレーザ照射条件をそのまま適用し、金属肉盛層に対して再溶融熱処理を施した。また、同一の処理条件で再溶融熱処理を繰り返し、再溶融熱処理回数が1回、2回、4回及び6回の試料を作製した。各再溶融熱処理回数で得られた試料の断面マクロ写真を
図6に示す。レーザ粉体肉盛溶接と同じレーザ照射位置とし、レーザ粉体肉盛溶接で形成された溶接ビードが完全に再溶融されているが、最終的には5パスの溶接ビード(再溶融凝固領域)が重複した状態となっている。また、再溶融熱処理によって金属肉盛層の濃淡が低減されており、特に、2回以上の再溶融熱処理によって、極めて均質な状態となっていることが分かる。
【0056】
図6に示す各金属肉盛層について、深さ方向中心における水平方向のビッカース硬度分布を
図7に示す。なお、
図7に示すグラフの横軸は測定位置を示しており、1目盛が0.5mmとなっている。1回の再溶融熱処理によって金属肉盛層の平均ビッカース硬度は820Hvに増加しており、再溶融熱処理を2回及び4回施した場合は850Hv以上の値となっている。ビッカース硬度のばらつきに関しては、2回以上の再溶融熱処理を施すことで、標準偏差(σ)が30Hv以下となっている。
【0057】
再溶融熱処理を10回繰り返し、当該プロセス中の金属肉盛層近傍における金属基材の温度変化を測定した。温度測定には熱電対を用い、測定位置は
図8に示す5箇所とした。得られた測温結果を
図9に示す。
図9では5箇所からの測温結果が重複表示されているが、何れの場所においても再溶融熱処理によって温度が上昇しており、3回目の再溶融熱処理以降は金属基材の温度が200℃以上となっている。なお、熱電対を用いて金属肉盛層の温度を測定することは困難であるが、レーザ照射領域に近い金属肉盛層は金属基材よりも確実に高温になる。当該結果は、再溶融熱処理中の金属肉盛層の温度は、高速度工具鋼のM
s点よりも高い値に維持されていることを示している。
【0058】
<比較例>
金属肉盛層のビッカース硬度分布に及ぼすレーザ粉体肉盛溶接条件の影響を検討した。具体的には、粉末供給速度を7.75g/min又は15.5g/min、レーザ走査速度を6mm/s、8mm/s又は10mm/sとしたこと以外は実施例と同様にして、金属肉盛層を形成させた。なお、レーザ照射による再溶融熱処理は施していない。
【0059】
各レーザ粉体肉盛溶接条件で得られた試料について、実施例と同様にして断面マクロ観察を行った。各試料の断面マクロ写真を
図10に示す。レーザ粉末肉盛溶接条件に依らず、金属肉盛層には金属組織の際に起因する明確な濃淡が認められる。
【0060】
図10に示す各金属肉盛層に関して、実施例と同様にしてビッカース硬度測定を行った。得られた結果を
図11に示す。なお、
図11に示すグラフの横軸は測定位置を示しており、1目盛が0.5mmとなっている。何れの金属肉盛層においてもビッカース硬度のばらつきは大きく、標準偏差(σ)は30Hvを大幅に超えている。
【0061】
以上の結果より、レーザ粉体肉盛溶接の条件を最適化しても金属肉盛層の高硬度化と均質化を図ることはできないことが分かる。一方で、本発明の硬質金属部材の製造方法を用いることで、レーザ照射のみによって金属肉盛層の高硬度化と均質化を同時に達成することができ、700Hv以上の平均ビッカース硬度と30Hv以下の標準偏差(σ)を簡便に実現することができることが示された。
【符号の説明】
【0062】
2・・・金属基材、
4・・・金属肉盛層、
6・・・レーザ、
8・・・溶融凝固領域、
10・・・溶接ビード、
20・・・硬質金属部材。