(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-04-02
(45)【発行日】2024-04-10
(54)【発明の名称】素子基板、液体吐出ヘッド、及び記録装置
(51)【国際特許分類】
B41J 2/14 20060101AFI20240403BHJP
【FI】
B41J2/14 209
B41J2/14 611
B41J2/14 613
(21)【出願番号】P 2020007016
(22)【出願日】2020-01-20
【審査請求日】2023-01-05
(73)【特許権者】
【識別番号】000001007
【氏名又は名称】キヤノン株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110003281
【氏名又は名称】弁理士法人大塚国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】船橋 翼
(72)【発明者】
【氏名】三隅 義範
(72)【発明者】
【氏名】加藤 麻紀
(72)【発明者】
【氏名】石田 譲
(72)【発明者】
【氏名】安田 建
【審査官】中村 博之
(56)【参考文献】
【文献】特開2012-121272(JP,A)
【文献】特開2004-268277(JP,A)
【文献】特開2019-010830(JP,A)
【文献】特開2016-068339(JP,A)
【文献】特開2019-217736(JP,A)
【文献】特開2016-137705(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B41J 2/01-2/215
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
液体を吐出するためのヒータが形成される第1の層と、
前記ヒータに外部から電圧を供給する配線が形成される第2の層と、
前記第1の層と前記第2の層との間に形成される層間絶縁膜と、
前記層間絶縁膜を貫通して前記ヒータと前記配線とを電気接続する部材と、
前記第1の層の上に形成され、前記ヒータを覆う絶縁保護膜と、
前記ヒータのうちの、前記液体を発泡させるための第1の領域
から、前記部材と接続される第2の領域に亘って、前記絶縁保護膜の上に形成された腐食性の導電性の膜と、を含む多層構造の素子基板であって、
前記導電性の膜には、前記素子基板を上面から見て、
前記第2の領域の
全領域が前記導電性の膜で被覆され
ないように開口が設けられている
ことを特徴とする素子基板。
【請求項2】
前記導電性の膜で被覆されていない前記第2の領域の、前記第1の領域の側の端縁と、
前記第2の領域の端縁の側の前記導電性の膜の端縁とは、前記上面に沿う方向において離れていることを特徴とする請求項1に記載の素子基板。
【請求項3】
前記第2の領域の前記端縁と、前記導電性の膜の前記端縁との距離は、1μm以上6μm未満であることを特徴とする請求項2に記載の素子基板。
【請求項4】
前記導電性の膜は、チタニウム、イットリウム、タンタル、イリジウム、白金、金のうちのいずれかを含むことを特徴とする請求項1乃至3のいずれか1項に記載の素子基板。
【請求項5】
前記絶縁保護膜の上で前記導電性の膜で被覆されない領域を腐食性の絶縁性の膜で被覆することを特徴とする請求項1乃至4のいずれか1項に記載の素子基板。
【請求項6】
前記配線は、電源電位の側の配線とGNDの側の配線とを含み、
前記部材は、
前記電源電位の側の配線と前記ヒータとを電気接続する第1の部材と、
前記GNDの側の配線と前記ヒータとを電気接続する第2の部材とを含み、
前記素子基板を前記上面から見て、前記第2の領域のうちの、前記第1の部材が接続される領域は腐食性の絶縁性の膜で被覆され、前記第2の領域のうちの、前記第2の部材が接続される領域は前記導電性の膜で被覆されることを特徴とする請求項1乃至4のいずれか1項に記載の素子基板。
【請求項7】
前記絶縁性の膜は、ケイ素を含む化合物、金属酸化物のうちのいずれかを含むことを特徴とする請求項5又は6に記載の素子基板。
【請求項8】
前記ヒータは複数、予め定められた方向に配列され、
前記導電性の膜は、複数の前記ヒータを繋いで前記第1の領域を被覆することを特徴とする請求項5乃至7のいずれか1項に記載の素子基板。
【請求項9】
前記導電性の膜に外部から電位を印加する配線をさらに有することを特徴とする請求項8に記載の素子基板。
【請求項10】
前記ヒータへの通電により、前記ヒータの温度は300℃以上に温度が上昇することを特徴とする請求項5乃至9のいずれか1項に記載の素子基板。
【請求項11】
前記第1の領域と前記第2の領域とは、1~6μm程度、離れていることを特徴とする請求項5乃至10のいずれか1項に記載の素子基板。
【請求項12】
請求項5乃至11のいずれか1項に記載の素子基板を用いた液体吐出ヘッドであって、
液体を吐出する複数の吐出口を有することを特徴とする液体吐出ヘッド。
【請求項13】
請求項12に記載の液体吐出ヘッドを、前記液体をインクとし、該インクを吐出する記録ヘッドとして用い、記録媒体に記録を行う記録装置であって、
前記導電性の膜は導電性耐インク膜であり、
前記絶縁性の膜は絶縁性耐インク膜であることを特徴とする記録装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は素子基板、液体吐出ヘッド、及び記録装置に関し、特に、例えば、インクによる溶解を抑制した素子基板を組み込んだ液体吐出ヘッドをインクジェット方式に従って記録を行うために記録ヘッドとして適用した記録装置に関する。
【背景技術】
【0002】
インクジェット記録装置に代表される液体吐出装置は、更なる高画質化、高速化が求められている。一般的に、サーマル方式を採用したインクジェット記録方式はノズルからインク等の液体を局所的に加熱させることによりノズル内に気泡を発生させ、その気泡によりインクをノズルから吐出して飛翔させ、印刷対象に着弾させる方式である。この方式に従う記録ヘッドでは、インクを加熱する発熱抵抗素子が、発熱抵抗素子を駆動するための論理回路とともに一体的に半導体基板上に集積形成される。これにより、記録ヘッドは前述の高画質化、高速化の要求に応え、発熱抵抗素子を高密度に配置し、高速駆動を実現している。
【0003】
例えば、特許文献1に開示されている記録ヘッドのヘッド基板では、発熱抵抗素子を覆う絶縁性の保護膜と更にその保護膜を覆う耐キャビテーション膜が形成されていた。耐キャビテーション膜は、例えば、Taからなり、保護膜のうち少なくとも発熱抵抗素子を覆う部分を覆う形でパターニングされていた。発熱抵抗素子の電極はタングステン、チタニウム、白金等により形成され、導電性の単体金属、もしくは、化合物によって、素子に電力を印加するための電極や配線が形成されていた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら上記従来例では、偶発的な発熱抵抗素子の断線により発熱抵抗素子の一部、もしくは全体に過剰な電流が流れるとその部分の保護膜の絶縁性が低下し、電極直上膜に影響を及ぼす可能性がある。これにより、電極や配線の導体部分が液体(例えば、インク)に曝露されると配線材がインクに溶出し、隣接する発熱抵抗素子にまで影響を及ぼす可能性がある。その結果、少数の偶発的な断線が記録ヘッド内で広がり、記録ヘッドの寿命を短くするおそれがある。
【0006】
本発明は上記従来例に鑑みてなされたもので、長寿命を実現可能な素子基板、液体吐出ヘッド、及び記録装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記目的を達成するために本発明の素子基板は次のような構成からなる。
【0008】
即ち、
液体を吐出するためのヒータが形成される第1の層と、
前記ヒータに外部から電圧を供給する配線が形成される第2の層と、
前記第1の層と前記第2の層との間に形成される層間絶縁膜と、
前記層間絶縁膜を貫通して前記ヒータと前記配線とを電気接続する部材と、
前記第1の層の上に形成され、前記ヒータを覆う絶縁保護膜と、
前記ヒータのうちの、前記液体を発泡させるための第1の領域から、前記部材と接続される第2の領域に亘って、前記絶縁保護膜の上に形成された腐食性の導電性の膜と、を含む多層構造の素子基板であって、
前記導電性の膜には、前記素子基板を上面から見て、前記第2の領域の全領域が前記導電性の膜で被覆されないように開口が設けられている
ことを特徴とする。
【0009】
また本発明を別の側面から見れば、上記構成の素子基板を用いた液体吐出ヘッドであって、液体を吐出する複数の吐出口を有することを特徴とする液体吐出ヘッドである。
【0010】
さらに本発明を別の側面から見れば、前記液体をインクとし、該インクを吐出する記録ヘッドとして用い、記録媒体に記録を行う記録装置であって、前記導電性の膜は導電性耐インク膜であり、前記絶縁性の膜は絶縁性耐インク膜であることを特徴とする記録装置ことを特徴とする記録装置である。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、ヒータが偶発的に断線しても電気部材が液体に曝露されることを抑制できる。これにより、電気部材が液体へ溶出して素子基板の寿命を縮めることを抑制し、少数の抵抗素子の偶発断線による素子基板の寿命の短縮を抑制することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】本発明の代表的な実施例である記録ヘッドを備えた記録装置の構成概略を示す斜視図である。
【
図2】
図1に示した記録装置の制御構成を示すブロック図である。
【
図3】記録ヘッドに実装される素子基板(ヘッド基板)のレイアウト構成を示す図である。
【
図4】実施例1に従う素子基板の一部を模式的に示す平面図とその一部拡大図である。
【
図5】実施例2に従う素子基板の一部を模式的に示す平面図とその部分断面図である。
【
図6】実施例3に従う素子基板の一部を模式的に示す平面図とその部分断面図である。
【
図7】導電性耐インク膜に電位V1を印加するための配線を導電性耐インク膜で形成した素子基板の一部を模式的に示す平面図である。
【
図8】実施例3に従う素子基板における抵抗素子の近傍に印加される電位に関連する等価回路図と、その抵抗素子の偶発的な断線時の電流経路を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下添付図面を参照して実施形態を詳しく説明する。なお、以下の実施形態は特許請求の範囲に係る発明を限定するものではない。実施形態には、複数の特徴が記載されているが、これらの複数の特徴の全てが発明に必須のものとは限らず、また、複数の特徴は任意に組み合わせられても良い。さらに添付図面においては、同一若しくは同様の構成に同一の参照番号を付し、重複した説明は省略する。
【0014】
なお、この明細書において、「記録」(「プリント」という場合もある)とは、文字、図形等有意の情報を形成する場合のみならず、有意無意を問わない。また人間が視覚で知覚し得るように顕在化したものであるか否かを問わず、広く記録媒体上に画像、模様、パターン等を形成する、または媒体の加工を行う場合も表すものとする。
【0015】
また、「記録媒体」とは、一般的な記録装置で用いられる紙のみならず、広く、布、プラスチック・フィルム、金属板、ガラス、セラミックス、木材、皮革等、インクを受容可能なものも表すものとする。
【0016】
さらに、「インク」(「液体」と言う場合もある)とは、上記「記録(プリント)」の定義と同様広く解釈されるべきものである。従って、記録媒体上に付与されることによって、画像、模様、パターン等の形成または記録媒体の加工、或いはインクの処理(例えば記録媒体に付与されるインク中の色剤の凝固または不溶化)に供され得る液体を表すものとする。
【0017】
またさらに、「ノズル」とは、特にことわらない限り吐出口ないしこれに連通する液路およびインク吐出に利用されるエネルギーを発生する素子を総括して言うものとする。
【0018】
以下に用いる記録ヘッド用の素子基板(ヘッド基板)とは、シリコン半導体からなる単なる基体を指し示すものではなく、各素子や配線等が設けられた構成を差し示すものである。
【0019】
さらに、基板上とは、単に素子基板の上を指し示すだけでなく、素子基板の表面、表面近傍の素子基板内部側をも示すものである。また、本発明でいう「作り込み(built-in)」とは、別体の各素子を単に基体表面上に別体として配置することを指し示している言葉ではなく、各素子を半導体回路の製造工程等によって素子板上に一体的に形成、製造することを示すものである。
【0020】
<記録装置の概要説明(
図1~
図2)>
図1は本発明の代表的な実施例であるインクジェット記録ヘッド(以下、記録ヘッド)を用いて記録を行なう記録装置の構成の概要を示す外観斜視図である。
【0021】
図1に示すように、インクジェット記録装置(以下、記録装置)1はインクジェット方式に従ってインクを吐出して記録を行なうインクジェット記録ヘッド(以下、記録ヘッド)3をキャリッジ2に搭載している。そして、キャリッジ2を矢印A方向に往復移動させて記録を行う。記録紙などの記録媒体Pを、給紙機構5を介して給紙し、記録位置まで搬送し、その記録位置において記録ヘッド3から記録媒体Pにインクを吐出することで記録を行なう。
【0022】
記録装置1のキャリッジ2には記録ヘッド3を搭載するのみならず、記録ヘッド3に供給するインクを貯留するインクタンク6を装着する。インクタンク6はキャリッジ2に対して着脱自在になっている。
【0023】
図1に示した記録装置1はカラー記録が可能であり、そのためにキャリッジ2にはマゼンタ(M)、シアン(C)、イエロ(Y)、ブラック(K)のインクを夫々、収容した4つのインクカートリッジを搭載している。これら4つのインクカートリッジは夫々独立に着脱可能である。
【0024】
この実施例の記録ヘッド3は、熱エネルギーを利用してインクを吐出するインクジェット方式を採用している。このため、電気熱変換素子(ヒータ)を備えている。この電気熱変換素子は各吐出口のそれぞれに対応して設けられ、記録信号に応じて対応する電気熱変換素子にパルス電圧を印加することによって対応する吐出口からインクを吐出する。なお、記録装置は、上述したシリアルタイプの記録装置に限定するものではなく、記録媒体の幅方向に吐出口を配列した記録ヘッド(ラインヘッド)を記録媒体の搬送方向に配置するいわゆるフルラインタイプの記録装置にも適用できる。
【0025】
図2は
図1に示した記録装置の制御構成を示すブロック図である。
【0026】
図2に示すように、コントローラ600は、MPU601、ROM602、特殊用途集積回路(ASIC)603、RAM604、システムバス605、A/D変換器606などで構成される。ここで、ROM602は後述する制御シーケンスに対応したプログラム、所要のテーブル、その他の固定データを格納する。ASIC603は、キャリッジモータM1の制御、搬送モータM2の制御、及び、記録ヘッド3の制御のための制御信号を生成する。RAM604は、画像データの展開領域やプログラム実行のための作業用領域等として用いられる。システムバス605は、MPU601、ASIC603、RAM604を相互に接続してデータの授受を行う。A/D変換器606は以下に説明するセンサ群からのアナログ信号を入力してA/D変換し、デジタル信号をMPU601に供給する。
【0027】
また、
図2において、610は画像データの供給源となる
図1に示したホストやMFPに対応するホスト装置である。ホスト装置610と記録装置1との間ではインタフェース(I/F)611を介して画像データ、コマンド、ステータス等をパケット通信により送受信する。このパケット通信については後で説明する。なお、インタフェース611としてUSBインタフェースをネットワークインタフェースとは別にさらに備え、ホストからシリアル転送されるビットデータやラスタデータを受信できるようにしても良い。
【0028】
さらに、620はスイッチ群であり、電源スイッチ621、プリントスイッチ622、回復スイッチ623などから構成される。
【0029】
630は装置状態を検出するためのセンサ群であり、位置センサ631、温度センサ632等から構成される。この実施例では、この他にもインク残量を検出するフォトセンサが設けられる。このフォトセンサの詳細について後述する。
【0030】
さらに、640はキャリッジ2を矢印A方向に往復走査させるためのキャリッジモータM1を駆動させるキャリッジモータドライバ、642は記録媒体Pを搬送するための搬送モータM2を駆動させる搬送モータドライバである。
【0031】
ASIC603は、記録ヘッド3による記録走査の際に、RAM604の記憶領域に直接アクセスしながら記録ヘッドに対して電気熱変換素子(インク吐出用のヒータ)を駆動するためのデータを転送する。加えて、この記録装置には、ユーザインタフェースとしてLCDやLEDで構成される表示部が備えられている。
【0032】
図3は記録ヘッド3に実装されるヘッド基板(素子基板)500の構成を示した斜視図である。
【0033】
図3に示すように、ヘッド基板500には液体(例えば、インク)に熱エネルギーを与えるためのヒータを実装した回路基板100に流路形成部材120が形成されている。流路形成部材120は、液体を加熱する熱作用部101に対向する位置に液体を吐出する複数の吐出口121を形成している。また、流路形成部材120には、回路基板100を貫通して設けた液体供給口102から熱作用部101を経て液体吐出口121に連通する流路122が形成されている。また、流路122内の熱作用部101には作用電極(不図示)が設けられ、同じく流路122内の熱作用部101でない箇所には対向電極103が設けられている。
【0034】
次に、以上の構成の記録装置の記録ヘッドに実装される素子基板の実施例について説明する。
【実施例1】
【0035】
・素子基板の構成について
図4は実施例1に従う素子基板の一部を模式的に示す平面図とその一部拡大図である。
【0036】
素子基板には液体(例えば、インク)を加熱し複数のノズルから吐出するための複数の電気熱変換素子(ヒータ)が実装されている。
図4(a)には、複数の電気熱変換素子(ヒータ)うち一部を示しており、これらヒータの近傍に耐インク膜が配置されている様子を模式的に表した素子基板を上面から見た平面図が示されている。なお、
図4(a)の下側には、
図4(a)の上側において実線で囲まれた領域の拡大図が示されている。
【0037】
また、
図4(b)には
図4(a)に示した破線A-A’部分の断面図が示されており、
図4(b)の下側には、
図4(b)の上側において実線で囲まれた領域の拡大断面図が示されている。
【0038】
図4(a)に示されているように複数の電気熱変換素子に対応する抵抗素子204の上下の両端部には電極となる接続部材203が設けられている。一方、
図4(b)からわかるように素子基板は多層構造をしており、抵抗素子204は、層間絶縁膜201を貫通して形成された接続部材203により、抵抗素子204の下層に形成された配線部材202に電気接続されている。そして、配線部材202に外部から電流を供給することにより、接続部材203を介して抵抗素子204に電流が流れ発熱する。この構造では、接続部材203は抵抗素子204の電流の流れる方向に垂直方向に配置されている。
【0039】
なお、抵抗素子204に電流を供給することができれば形状は問わず、例えば、
図4(a)に示すような小さな接続部材203を複数配置しても良いし、細長い接続部材を1つ配置しても良い。
【0040】
また、
図4(a)~
図4(b)に示すように、抵抗素子204は全面を絶縁保護膜205で覆われており、その更に上層に腐食性の導電性耐インク膜206が形成されている。導電性耐インク膜206は基本的に絶縁保護膜205のうち抵抗素子204を覆う部分を被覆しているが、接続部材203と抵抗素子204が接続されている領域は被覆しない。この実施例では、小さな接続領域それぞれに対して導電性耐インク膜206を開口するとパターンが煩雑となるため、接続領域の集合全体を一括で開口させている。
【0041】
ここで、この実施例のような導電性耐インク膜206が接続領域上で開口する構成ではなく、接続部材203と抵抗素子204とが接続されている領域を導電性耐インク膜206が覆う構成であると、以下のような課題が生じる。即ち、万が一、抵抗素子204が断線した場合に、接続部材203と接続部材203の上方に位置する導電性耐インク膜206の部分との間の電位差が大きく、その間の絶縁保護膜205の部分で絶縁破壊が生じやすい。これにより、接続部材203が露出して液体と接触し、接続部材203や配線部材202が溶出する恐れが生じる。さらに、配線部材202を介して回路基板100内にこの影響が広がる恐れも生じる。
【0042】
一方で、この実施例のような、導電性耐インク膜206が接続領域上で開口する構造では、抵抗素子204が断線した際に絶縁保護膜205の絶縁破壊が生じやすい箇所が接続領域直上から素子内側の方向に移動する。これにより、万が一上述のような絶縁破壊が生じたとしても、接続部材203は抵抗素子204で表面を覆われた状態を維持しやすい。一般的に、抵抗素子204は接続部材203よりも腐食性の高い材料で形成されている。従って、接続部材203が露出して接続部材203や配線部材202が液体(例えば、インク)に曝露されることを抑制できる。
【0043】
・層構成と製造プロセス
これについては
図4(b)を参照して説明する。
【0044】
まず、配線部材202をドライエッチング等によってパターニングすることで適当な電源配線を構築する。
【0045】
次に、層間絶縁膜201を成膜し、必要があればCMP等による平坦化処理を施す。
【0046】
さらに、層間絶縁膜201の一部を開口して接続部材203を成膜する。開口寸法は抵抗素子204に流す電流量に依存するが、この実施例では一辺500nm、高さ1μmの四角柱状とした。接続部材203はタングステン、銅、アルミニウム等の材料が望ましいが、チタニウム、金、タンタル等の他の単体金属やケイ素や炭素を含む導電性化合物でも良い。その後、接続部分以外の接続部材をCMP等で除去する。
【0047】
またさらに、抵抗素子204を成膜・パターニングして接続部材203と接続後、絶縁保護膜205で覆うことで絶縁処理する。絶縁保護膜205の材料と厚さは材料の絶縁性と導電性耐インク膜206との間に必要な絶縁抵抗との兼ね合いで決定する。この実施例では、窒化ケイ素50nmとした。他には、酸化ケイ素、炭化ケイ素等のケイ素を含む化合物や絶縁性の金属酸化物等が考えられる。
【0048】
最後に、導電性耐インク膜206を絶縁保護膜205上に成膜・パターニングする。導電性耐インク膜206は、チタニウム、イットリウム、タンタル、イリジウム、白金、金等の安定な単体金属膜が望ましいが、インクに対して不溶な導電性材料であれば良い。
【0049】
なお、この実施例では、導電性耐インク膜206を単層としたが、近傍の膜との密着性や、導電性と耐インク性機能の分離、ヘッド性能向上などの目的で複数の材料を多層に積層した構成でも良い。
【0050】
また、導電性耐インク膜206をパターニングする際に接続領域上は開口させる。開口の位置は接続部材203の中心に対して非対称でも良い。例えば、接続部材203の端部に対して、抵抗素子204の外側方向では導電性耐インク膜206を接続部材203の端部と同じ平面位置で開口した。これは、抵抗素子204の外側方向では、記録ヘッド(具体的には、ヒータ)を駆動する時も比較的温度上昇が少なく、絶縁破壊を起こす可能性が小さいからである。
【0051】
一方、抵抗素子204の内側方向では、
図4(b)の下側の拡大図に示されるように、接続部材203の端部に対して導電性耐インク膜206を1μm、抵抗素子204の内側方向に離して開口した。これは、抵抗素子204の内側方向では液体(例えば、インク)の発泡領域210の周辺において、抵抗素子204への通電により300℃以上に温度が上昇するため比較的絶縁破壊が生じやすい。そのため、なるべく接続部材203と導電性耐インク膜206の距離を確保するようにしている。加えて、抵抗素子204は、接続部材203の端部から抵抗素子204の内側方向に1~6μm程度、離れた位置から液体が発泡する高温領域となる。このため、この領域を抵抗素子204を液体(例えば、インク)や発泡の際のキャビテーションなどから保護するため、導電性耐インク膜206を形成することが求められる。従って、抵抗素子204の内側方向には、導電性耐インク膜206の開口端の位置を接続部材203の端部より内側、かつ、発泡領域の端部より外側とすることが望ましい。即ち、素子基板100を上面から見て、接続部材203の端縁と導電性耐インク膜206の端縁とが離れていることが好ましい。また、これらの端縁同士の距離は、1μm以上6μm未満であることが好ましい。
【0052】
以上説明した実施例の構成によれば、絶縁保護膜の上に形成される導電性耐インク膜の開口部を抵抗素子の内側方向であって、かつ、発泡領域の外側まで形成する。これによって、抵抗素子の駆動による発熱で高温になる領域は導電性耐インク膜と絶縁保護膜とにより保護される。このような構造によって、抵抗素子が万が一、断線した際に絶縁保護膜のダメージを受けやすい箇所が接続部材の直上から抵抗素子の内側方向に移動するため、その破壊が接続部材まで達せず配線部材が液体(例えば、インク)に曝露されることを防止できる。また、絶縁保護膜を特別に厚くすることはないので、ヒータ駆動によるインク発泡のために大きなエネルギーを必要とすることはないという利点もある。
【実施例2】
【0053】
・素子基板の構成について
ここでは、実施例1に対して導電性耐インク膜206以外は同様の構成である素子基板について説明する。
【0054】
導電性耐インク膜206は発泡のために高温となる抵抗素子204の領域を保護できれば良いため、導電性耐インク膜206を抵抗素子204の発泡領域の直上のみに形成しても良い。
【0055】
図5は実施例2に従う素子基板の一部を模式的に示す平面図とその部分断面図である。なお、
図5において、既に
図4に示したのと同じ構成要素には同じ参照番号を付し、その説明は省略する。また、
図5において、(a)は素子基板の平面図であり、(b)は破線A-A’に沿った素子基板の断面図である。
【0056】
図5(a)に示すように、この実施例では、隣接する発泡領域を繋ぐように帯状に導電性耐インク膜206を形成する。このような構成でも、接続部材203を覆う絶縁保護膜205は耐インク膜206で被覆されていないため、実施例1と同等の効果を得ることができる。
【0057】
さらに、絶縁保護膜205が液体(例えば、インク)に対し可溶である等、導電性耐インク膜206が形成されない部分の耐性向上や、絶縁保護膜205と流路122を形成する部材との密着性を向上させるために絶縁性耐インク膜207を形成している。一方、液体への熱伝導性を低くしないために導電性耐インク膜206上には形成していない。
【0058】
・層構成と製造プロセス
層構成と製造プロセスは、実施例1と比較して絶縁保護膜の形成までは共通である。
図5(a)から分かるように、導電性耐インク膜206はこの実施例では帯状を形成したが、導電性耐インク膜206の面積を最小限にしたい場合は抵抗素子204の発泡領域上のみに配置しても良い。その場合は、隣接する抵抗素子204の導電性耐インク膜206は分断される。
【0059】
図5(b)に示されるように、絶縁性耐インク膜207は接続部材203の上を被覆するよう形成される。絶縁性耐インク膜207の厚さは30~500nmが望ましい。ここでは、抵抗素子204も導電性耐インク膜206も形成されない部分も絶縁性耐インク膜207で被覆したが、記録ヘッドの機能上問題なければ、流路122に接しない部分は絶縁性耐インク膜207を配置しなくとも良い。
【0060】
従って以上説明した実施例によれば、実施例1と同様の効果を達成することができる。
【実施例3】
【0061】
・素子基板の構成について
ここでは、実施例2に対して導電性耐インク膜206と絶縁性耐インク膜207のパターニング以外は同様の構成をもつ素子基板について説明する。
【0062】
図6は実施例3に従う素子基板の一部を模式的に示す平面図とその部分断面図である。なお、
図6において、既に
図4~
図5に示したのと同じ構成要素には同じ参照番号を付し、その説明は省略する。また、
図6において、(a)は素子基板の平面図であり、(b)は破線A-A’に沿った素子基板の断面図である。
【0063】
図6(a)に示すように、この実施例でも、隣接する発泡領域を繋ぐように帯状に導電性耐インク膜206を形成する。但し、
図6(b)に示すように、抵抗素子204の電源電位VHの側に繋がる接続部材203上を導電性耐インク膜206で被覆せず、ドライバ(トランジスタ)やGND電位に繋がる側の接続部材203は導電性耐インク膜206で被覆している。その代わりに、導電性耐インク膜206で被覆されない領域全体に絶縁性耐インク膜207を形成して被覆している。
【0064】
この構成は導電性耐インク膜206に耐インク膜電源電位V1を印加することを想定している。該電位を制御することで、絶縁保護膜205の絶縁性を検査したり、液体中の荷電粒子を電気化学的に制御したり、導電性耐インク膜206の液体界面を精密に制御したり等の効果を得ることができる。
【0065】
図7は導電性耐インク膜に電位V1を印加するための配線を導電性耐インク膜で形成した素子基板の一部を模式的に示す平面図である。なお、
図7において、既に
図6(a)に示したのと同じ構成要素には同じ参照番号を付し、その説明は省略する。
【0066】
この構成によれば、導電性耐インク膜206により電源電位V1を印加することができる。なお、電源電位を制御できれば良いのであれば、その配線は導電性耐インク膜206以外の構成要素を用いることも可能である。
【0067】
・層構成・製造プロセス
層構成・製造プロセスは、実施例2と共通である。但し、
図6に示す通り、抵抗素子204の電源電位VHに繋がる側の接続部材203の上側を導電性耐インク膜206で被覆せず、ドライバ(トランジスタ)やGND電位に繋がる側の接続部材203を導電性耐インク膜206で被覆している。
【0068】
・回路構成と偶発断線時の挙動
上記のように、素子基板において抵抗素子に接続する接続部材203を選択的に被覆したのは、耐インク膜に電位を印加することを想定しているからである。例えば、該電位を0Vとし、抵抗素子204が断線して絶縁保護膜205において絶縁破壊が発生すると仮定する。この場合、抵抗素子204の電源電位VHが印加される側の接続部材203と導電性耐インク膜206との間では実施例1、2と同様に絶縁破壊が発生しやすい。一方で、GND電位が印加される側の接続部材203と導電性耐インク膜206との間では電位差が無いため絶縁破壊が発生しない。このように、耐インク膜の電源電位VHによっては接続部材203との電位差が大きい方で優先的に絶縁破壊が発生するため、電位差が比較的小さい側の接続部材203上の導電性耐インク膜206は必ずしも開口する必要が無い。
【0069】
図8は実施例3に従う素子基板における抵抗素子の近傍に印加される電位に関連する等価回路図と、その抵抗素子の偶発的な断線時における電流経路を示す図である。なお、
図8においても、既に
図4~
図7において説明したのと同じ構成要素には同じ参照番号を付しその説明は省略する。
【0070】
図8(a)には、抵抗素子204、電源電位VH、GND電位、抵抗素子204を駆動するスイッチ素子として動作するトランジスタ306、耐インク膜電源電位V1とから構成される回路の等価回路図が示されている。また、
図8(b)には、抵抗素子204の電源電位VHが印加される接続部材203との間の絶縁保護膜205が絶縁破壊する瞬間の電流経路を模式的に示す断面図が示されている。
図8(b)によれば、絶縁破壊によるダメージを受けやすい領域401は接続部材203の直上から離れた位置になる。
【0071】
従って以上説明した実施例に従えば、絶縁保護膜に絶縁破壊が生じても接続部材は絶縁保護膜や絶縁性耐インク膜に被覆された状態が保たれ、接続部材や配線部材が直ちに液体に曝露されることは防止される。これにより、電極や配線の材料が液体へ溶出して素子基板の寿命を縮めることが抑制され、結果として少数の抵抗素子の偶発断線による記録ヘッドの寿命の短縮を回避することが可能となる。
【0072】
なお、以上説明した実施例では、インクを吐出する記録ヘッドとその記録装置を例として説明したが、本発明はこれに限定されるものではない。本発明は、プリンタ、複写機、通信システムを有するファクシミリ、プリンタ部を有するワードプロセッサなどの装置、さらには各種処理装置と複合的に組み合わせた産業記録装置に適用可能である。また本発明は、例えば、バイオチップ作製や電子回路印刷やカラーフィルタ製造などの用途としても用いることができる。
【0073】
以上の実施例で説明した記録ヘッドは、一般的には、液体吐出ヘッドということもできる。また、そのヘッドから吐出するのはインクに限定されるものではなく、一般的に、液体ということもできる。
【0074】
本発明は上記実施形態に制限されるものではなく、発明の精神及び範囲から逸脱することなく、様々な変更及び変形が可能である。従って、発明の範囲を公にするために請求項を添付する。
【符号の説明】
【0075】
100 回路基板、101 熱作用部、102 液体供給口、103 対向電極、
120 流路形成部材、121 液体吐出口、122 流路、
201 層間絶縁膜、202 配線部材、203 接続部材、204 抵抗素子、
205 絶縁保護膜、206 導電性耐インク膜、207 絶縁性耐インク膜、
210 発泡領域、306 トランジスタ、401 領域、500 ヘッド基板