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特許7465231ケミカルセンサモジュール及び疎水性の標的分子の検出方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-04-02
(45)【発行日】2024-04-10
(54)【発明の名称】ケミカルセンサモジュール及び疎水性の標的分子の検出方法
(51)【国際特許分類】
   G01N 1/00 20060101AFI20240403BHJP
   G01N 33/00 20060101ALI20240403BHJP
   G01N 27/414 20060101ALI20240403BHJP
【FI】
G01N1/00 101R
G01N33/00 C
G01N27/414 301V
G01N27/414 301U
【請求項の数】 10
(21)【出願番号】P 2021031476
(22)【出願日】2021-03-01
(65)【公開番号】P2022132804
(43)【公開日】2022-09-13
【審査請求日】2023-02-14
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成30年度、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構、「戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)第2期/フィジカル空間デジタルデータ処理基盤/サブテーマII:超低消費電力IoTデバイス・革新的センサ技術/超高感度センサシステムの研究開発」委託研究、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】000003078
【氏名又は名称】株式会社東芝
(74)【代理人】
【識別番号】110004026
【氏名又は名称】弁理士法人iX
(72)【発明者】
【氏名】杉崎 吉昭
(72)【発明者】
【氏名】濱崎 浩史
【審査官】高田 亜希
(56)【参考文献】
【文献】特開2020-046284(JP,A)
【文献】特開2001-194359(JP,A)
【文献】国際公開第2017/043087(WO,A1)
【文献】特開2008-054642(JP,A)
【文献】特表2020-508459(JP,A)
【文献】特開2019-041626(JP,A)
【文献】特開2020-046263(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 1/00 - 1/44
G01N 33/00 -33/46
G01N 27/26 -27/49
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
疎水性の標的分子を含む検体雰囲気を親水性の第1の有機溶剤に曝露する標的分子取り込みユニットと、
前記標的分子を含む前記第1の有機溶剤を水溶液と混合して、検体液を作成する混合ユニットと、
前記検体液に曝露される表面と、前記表面上に位置し、前記標的分子と同じ分子構造を持つプローブ分子と、を有するセンサ素子と、
を備え
前記プローブ分子は、第2の有機溶剤を含む、ケミカルセンサモジュール。
【請求項2】
前記水溶液と前記第1の有機溶剤のいずれかは、前記標的分子と親和性がある標識分子を含み、
前記センサ素子は、前記標識分子の近接を検出する請求項1に記載のケミカルセンサモジュール。
【請求項3】
前記標識分子が、前記標的分子よりも分子量の大きな分子と、電荷を持つ分子と、分極を持った極性分子とのいずれかである請求項2に記載のケミカルセンサモジュール。
【請求項4】
前記第1の有機溶剤は、低級アルコール、DMSO(Dimethyl Sulfoxide)、DMF(N,N-dimethylformamide)、アセトン、及びアセトニトリルからなる群より選択されるいずれかである請求項1~3のいずれか1つに記載のケミカルセンサモジュール。
【請求項5】
前記水溶液は、リン酸緩衝液またはHEPES(4-(2-hydroxyethyl)-1-piperazineethanesulfonic acid))緩衝液である請求項1~4のいずれか1つに記載のケミカルセンサモジュール。
【請求項6】
前記センサ素子は、グラフェンを含む電荷検出素子である請求項1~5のいずれか1つに記載のケミカルセンサモジュール。
【請求項7】
前記第2の有機溶剤は、エタノールである請求項1~6のいずれか1つに記載のケミカルセンサモジュール。
【請求項8】
疎水性の標的分子が溶解した第2の有機溶剤を水溶液と混合し、センサ素子の表面に滴下して、前記第2の有機溶剤を含み、前記標的分子と同じ分子構造を持つプローブ分子を、前記センサ素子の前記表面に位置させ、
前記標的分子を含む検体雰囲気を親水性の第1の有機溶剤に曝露して、前記標的分子を前記第1の有機溶剤に溶解させ、
前記標的分子を含む前記第1の有機溶剤を水溶液と混合して、検体液を作成し、
前記検体液を前記センサ素子の前記表面に曝露する、
疎水性の標的分子の検出方法。
【請求項9】
前記水溶液と前記第1の有機溶剤とのいずれかは、前記標的分子と親和性がある標識分子を含む請求項に記載の疎水性の標的分子の検出方法。
【請求項10】
前記第2の有機溶剤は、エタノールである請求項8または9に記載の疎水性の標的分子の検出方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明の実施形態は、ケミカルセンサモジュール及び疎水性の標的分子の検出方法に関する。
【背景技術】
【0002】
気相から水溶液中に取り込まれた標的分子を水溶液中で検出するケミカルセンサにおいて、気相中に存在する標的分子は疎水性であることが多く、検出感度が低下する懸念がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特開2019-41626号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明の実施形態は、気相から取り込まれた疎水性の標的分子を水溶液中で高感度に検出することができるケミカルセンサモジュール及び疎水性の標的分子の検出方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明の実施形態によれば、ケミカルセンサモジュールは、疎水性の標的分子を含む検体雰囲気を親水性の第1の有機溶剤に曝露する標的分子取り込みユニットと、前記標的分子を含む前記第1の有機溶剤を水溶液と混合して、検体液を作成する混合ユニットと、前記検体液に曝露される表面と、前記表面上に位置し、前記標的分子と同じ分子構造を持つプローブ分子と、を有するセンサ素子と、を備え、前記プローブ分子は、第2の有機溶剤を含む
【図面の簡単な説明】
【0006】
図1】実施形態のケミカルセンサモジュールの概略構成図である。
図2】実施形態のケミカルセンサモジュールの概略構成図である。
図3】実施形態のケミカルセンサモジュールにおける標的分子取り込みユニットの一例を示す模式図である。
図4】実施形態のケミカルセンサモジュールにおける標的分子取り込みユニットの他の例を示す模式図である。
図5図4に示す標的分子取り込みユニットの流路チップの模式斜視図である。
図6】実施形態のケミカルセンサモジュールにおけるセンサ素子の模式斜視図である。
図7】実施形態のケミカルセンサモジュールを用いた標的分子の検出メカニズムを示す模式図である。
図8】実施形態のケミカルセンサモジュールを用いた標的分子の検出メカニズムを示す模式図である。
図9】実施形態のケミカルセンサモジュールを用いた標的分子の検出メカニズムを示す模式図である。
図10】実施形態のケミカルセンサモジュールを用いた標的分子の検出メカニズムを示す模式図である。
図11】比較例における標的分子の検出メカニズムを示す模式図である。
図12】比較例における標的分子の検出メカニズムを示す模式図である。
図13】実施形態のケミカルセンサモジュールを用いた標的分子の検出メカニズムの他の例を示す模式図である。
図14】実施形態のケミカルセンサモジュールを用いた標的分子の検出メカニズムの他の例を示す模式図である。
図15】実施形態のケミカルセンサモジュールを用いた標的分子の検出メカニズムの他の例を示す模式図である。
図16】(a)は実施形態によるリモネンの検出実験結果を表すグラフであり、(b)はコントロール実験によるリモネンの検出結果を表すグラフである。
図17】実施形態のケミカルセンサモジュールにおけるセンサ素子搭載部の模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0007】
以下、適宜図面を参照しながら実施形態の説明を行っていく。説明の便宜のため、各図面の縮尺は必ずしも正確ではなく、相対的な位置関係などで示す場合がある。また、同一または同様の要素には、同じ符号を付している。
【0008】
図1は、実施形態のケミカルセンサモジュールの概略構成図である。
【0009】
実施形態のケミカルセンサモジュールは、標的分子取り込みユニット10と、混合ユニット20と、センサ素子30とを少なくとも備える。
【0010】
標的分子取り込みユニット10は、配管51と配管52に接続されている。配管52には、吸排気装置43が接続されている。吸排気装置43は、例えば、ポンプまたはファンである。吸排気装置43の駆動により、配管51を介して、標的分子取り込みユニット10に検体雰囲気が取り込まれる。本実施形態のケミカルセンサモジュールにおける検出対象は、検体雰囲気中に含まれる疎水性の標的分子である。
【0011】
標的分子取り込みユニット10は、有機溶剤の供給源に接続されている。例えば、標的分子取り込みユニット10は、配管54、配管55、及びバルブ71を介して、有機溶剤が貯留された有機溶剤タンク41に接続されている。有機溶剤は、親水性の有機溶剤であり、例えば、エタノール、メタノールなどの低級アルコール、DMSO(Dimethyl Sulfoxide)、DMF(N,N-dimethylformamide)、アセトン、及びアセトニトリルからなる群より選択されるいずれかである。
【0012】
有機溶剤タンク41から有機溶剤が標的分子取り込みユニット10に供給される。標的分子取り込みユニット10は、疎水性の標的分子を含む可能性のある検体雰囲気を親水性の有機溶剤に曝露する。
【0013】
標的分子取り込みユニット10は、排液するための配管53に接続され、配管53にはバルブ73が接続されている。また、標的分子取り込みユニット10は、配管56、バルブ72、及び配管57を介して、計量ユニット44に接続されている。
【0014】
有機溶剤タンク41は、配管54、バルブ71、配管58、バルブ72、及び配管57を介して、計量ユニット44に接続されている。
【0015】
計量ユニット44は、排液するための配管59に接続され、配管59にはバルブ74が接続されている。また、計量ユニット44は、配管61を介して混合ユニット20に接続され、配管61にはバルブ75が接続されている。
【0016】
また、混合ユニット20には、水溶液の供給源が接続されている。例えば、混合ユニット20は、計量ユニット45を介して、水溶液が貯留された水溶液タンク42に接続されている。水溶液タンク42と計量ユニット45とを接続する配管62にはバルブ76が接続されている。混合ユニット20と計量ユニット45とを接続する配管63にはバルブ78が接続されている。水溶液は、例えば、リン酸緩衝液、HEPES緩衝液、トリス塩酸緩衝液などである。
【0017】
混合ユニット20には、標的分子取り込みユニット10から標的分子を含む有機溶剤が供給され、さらに水溶液タンク42から水溶液が供給される。そして、混合ユニット20は、標的分子を含む有機溶剤を水溶液と混合して、検体液を作成する。
【0018】
混合ユニット20は、配管64を介してセンサ素子30に接続されている。配管64には、バルブ77が接続されている。また、混合ユニット20は、排液するための配管66に接続され、配管66にはバルブ79が接続されている。
【0019】
センサ素子30は、排液するための配管65に接続され、配管65にはバルブ81が接続されている。
【0020】
図3は、標的分子取り込みユニット10の一例を示す模式図である。
【0021】
標的分子取り込みユニット10は、検体雰囲気を有機溶剤にバブリングさせるタンク11を有する。タンク11は、配管54、バルブ71、及び配管55を介して、有機溶剤タンク41と接続されている。配管54にはポンプ12が接続されている。バルブ71を配管55側に開き、ポンプ12を駆動させることで、有機溶剤タンク41に貯留された有機溶剤100がタンク11内に供給される。
【0022】
配管51の一端部には、タンク11の外に位置する雰囲気捕集口51aが形成されている。配管51の他端部は、タンク11内の有機溶剤100中に位置する。さらに配管52の一端部はタンク11内の有機溶剤100より上部の気相部に位置し、配管52の他端部は排気口となっていて、タンク11と排気口の途中に吸排気装置43が繋がっている。吸排気装置43を駆動させることにより、雰囲気捕集口51aから配管51内に取り込まれた検体雰囲気は、タンク11内の有機溶剤にバブリングされ、検体雰囲気中の標的分子は有機溶剤に溶解する。
【0023】
タンク11は、配管56、バルブ72、及び配管57を介して、前述した計量ユニット44に接続されている。バルブ72を配管56側に開き、ポンプ13を駆動させることで、タンク11内の標的分子を含む有機溶剤が、計量ユニット44に供給される。
【0024】
図4は、他の例の標的分子取り込みユニット110の模式図である。
図5は、図4に示す標的分子取り込みユニット110の流路チップ111の模式斜視図である。
【0025】
この標的分子取り込みユニット110は、流路チップ111と、流路チップ111に重ね合わされる蓋112と、流路チップ111と蓋112との間に配置される多孔質膜121とを有する。
【0026】
図5に示すように、流路チップ111の上面には、溝117が形成されている。また、流路チップ111には、溝117の一端部に接続した液体流入路113と、溝117の他端部に接続した液体流出路114が形成されている。図4に示すように、液体流入路113は有機溶剤が供給される配管55に接続され、液体流出路114は計量ユニット44と接続された配管56と接続されている。
【0027】
なお、溝117の底面には必要に応じて凹凸を形成することができる。凹凸の形状としては、例えばカオティックミキサーと呼ばれる非対称なV字溝を形成することが出来る。このような凹凸を形成することで、層流になりやすいマイクロ流路内で攪拌が発生し、後述の多孔質膜121を介した標的分子の取り込み効率が向上する。
【0028】
多孔質膜121は、溝117を覆っている。多孔質膜121上に蓋112が配置されている。蓋112は、シール部材(例えばゴム部材)を介して、多孔質膜121に密着している。蓋112における多孔質膜121に対向する面に、溝117と同じパターンで溝118が形成されている。
【0029】
蓋112には、溝118の一端部に接続した吸気路115と、溝118の他端部に接続した排気路116が形成されている。吸気路115は検体雰囲気を取り込む配管51に接続され、排気路116は排気用の配管52に接続されている。配管52には吸排気装置43が設けられている。
【0030】
バルブ71とバルブ72をそれぞれ配管55と配管56側に開き、ポンプ12とポンプ13を駆動させることで、有機溶剤タンク41に貯留された有機溶剤100が、液体流入路113から溝117に供給される。有機溶剤100は、多孔質膜121を透過しない。したがって、有機溶剤100は、多孔質膜121の上方の溝118には流入しない。なお、本実施形態においては、ポンプ12とポンプ13はいずれか一方だけであっても構わない。
【0031】
吸排気装置43を駆動することにより、雰囲気捕集口51aから配管51内に取り込まれた検体雰囲気は、吸気路115から溝118に流入する。さらに、検体雰囲気中の標的分子は多孔質膜121を透過して、有機溶媒が供給された溝117に入り込み、溝117を流動している有機溶剤に溶解する。
【0032】
溝117内の標的分子を含む有機溶剤は、そのまま液体流出路114を流れて、計量ユニット44へと供給される。
【0033】
次に、図6を参照して、センサ素子30の一例について説明する。
【0034】
センサ素子30は、例えば、グラフェン膜31を含む電荷検出素子である。センサ素子30の表面(例えばグラフェン膜31の表面)は、上記混合ユニット20において標的分子を含む有機溶剤を水溶液と混合して得られる検体液300に曝露される。
【0035】
センサ素子30は、例えば、FET(field effect transistor)構造を有する。
【0036】
センサ素子30は、基板33と、基板33上に設けられた下地膜34とを有する。下地膜34上にグラフェン膜31が設けられている。または、下地膜34を設けずに、基板33の表面にグラフェン膜31を設けてもよい。また、基板33には、図示せぬ回路やトランジスタが形成されていてもよい。
【0037】
基板33の材料として、例えば、シリコン、酸化シリコン、ガラス、高分子材料を用いることができる。下地膜34は、例えばシリコン酸化膜のような絶縁膜である。また、下地膜34に、グラフェン膜31を形成するための化学的触媒の機能をもたせることもできる。
【0038】
また、センサ素子30は、少なくとも2つの電極(第1電極35と第2電極36)とを有する。第1電極35及び第2電極36の一方はドレイン電極として機能し、他方はソース電極として機能する。
【0039】
第1電極35及び第2電極36は、保護絶縁膜37によって被覆されている。保護絶縁膜37は例えば、酸化アルミニウム、酸化シリコン、高分子などである。
【0040】
センサ素子30の下地膜34上には、さらにゲート配線Gが形成され、その一部が保護絶縁膜37に被覆されずに露出している。ゲート配線Gの保護絶縁膜37から露出した箇所は、金、白金、銀、銀・塩化銀積層膜などからなる。
【0041】
なお、ゲート配線Gは、センサ素子30の近傍で検体液300に接触していればよいため、必ずしもセンサ素子30上に形成しなくてもよい。例えば、センサ素子30とは別の素子上に形成して、センサ素子30同様に配管の窓から配管内に露出させて検体液300に接触させてもよいし、配管内部に直接作り込んでしまっても構わない。
【0042】
第1電極35と第2電極36との間にグラフェン膜31が設けられている。第1電極35及び第2電極36はグラフェン膜31に電気的に接触している。グラフェン膜31を通じて、第1電極35と第2電極36との間に電流が流れることができる。
【0043】
センサ素子30は、その表面上で標的分子と選択的に会合するプローブ分子32をさらに有する。プローブ分子32は、グラフェン膜31の表面に結合あるいは吸着している。
【0044】
グラフェン膜31を含むセンサ素子面は、検体液300が供給される流路内に曝露されている。グラフェン膜31の表面、及びプローブ分子32は検体液300に曝露される。
【0045】
配管64及び配管65には、図17(a)に示すように、センサ素子搭載部において窓500が開けられており、窓500の外周にはパッキン510が形成されている。センサ素子30はカートリッジ基板601に実装された形態となっており、図17(b)に示すように、センサ素子面を窓500の部分に対向させて設置するとパッキン510によって気密されて、センサ素子面が配管64、65内に露出された状態となる。このような形態とすることにより、センサ素子30を交換部品や消耗部品として着脱することが可能となる。
【0046】
センサ素子30は、プローブ分子32が標的分子と会合したことを電気的に検出する。プローブ分子32が標的分子を認識・捕獲すると、標的分子がグラフェン膜31の表面に近接するため、例えば標的分子の持つ電荷や分極、電子吸引・供与性などによってグラフェン膜31の電子状態が変わる。これを電気的に検出することにより、標的分子の存在や濃度を知ることができる。
【0047】
なお、グラフェン膜31の電子状態を電気的に検出する際に、ゲート電極を介して、検体液に所望のゲート電位を印加することによって、グラフェンの電気特性が高感度となる状態に調整することができる。
【0048】
あるいはゲート電位を走査しながら、グラフェンのソースドレイン間電流を計測することにより、グラフェン内を流れるキャリアが正孔と電子との間で切り替わる電荷中性点を測定することができ、グラフェンに対する電荷の注入状態を知ることができる。
【0049】
なお、必要に応じてグラフェン膜31の表面が絶縁体で被覆されていても構わない。この絶縁体としては、例えばペプチドβシートやリン脂質膜などを用いることができる。
【0050】
次に、図1図7図10を参照して、実施形態のケミカルセンサモジュールにおける標的分子の検出メカニズムについて説明する。
【0051】
図1のケミカルセンサモジュールを用いた標的分子の検出方法では、以下に説明する第1~第9ステップが順に行われる。
【0052】
(第1ステップ)
吸排気装置43を駆動させ、配管51を通じて、検体雰囲気を標的分子取り込みユニット10に取り込む。また、バルブ71を、配管54と配管55との間を連通させる状態に切り替え、有機溶剤タンク41から有機溶剤を標的分子取り込みユニット10に供給する。この標的分子取り込みユニット10において、検体雰囲気中の標的分子が有機溶剤に溶解する。
【0053】
図7に、有機溶剤100に溶解した標的分子91を模式的に示す。疎水性の標的分子91は水溶液には難溶性であるが、有機溶剤100には溶解し、有機溶剤100中に分散している。したがって、疎水性の標的分子91を空気中から液体に効率的に取り込むことができる。例えば、標的分子91はリモネンであり、有機溶剤100はエタノールやDMSOである。
【0054】
(第2ステップ)
バルブ72を、配管56と配管57との間を連通させる状態に切り替え、標的分子取り込みユニット10から、標的分子が溶解した有機溶剤を計量ユニット44に供給する。また、バルブ76を開いて、水溶液タンク42から水溶液を計量ユニット45に供給する。
【0055】
図7に示すように、水溶液200は、標的分子91と親和性がある標識分子92を含む。標識分子92は親水性であり、水溶液200中に溶解して分散している。水溶液200は、例えば、リン酸緩衝液、HEPES緩衝液、トリス塩酸緩衝液などである。標識分子92の分子数は、標的分子91の分子数よりも多い。標識分子92は、標的分子91よりも分子量の大きな分子と、電荷を持つ分子と、分極を持った極性分子とのいずれかである。標識分子92は、例えば、アルギニン、アルギニンメチルエステル、アルギニンアミド、核酸アプタマー、またはペプチドである。
【0056】
(第3ステップ)
バルブ75を開いて、計量ユニット44において計量された第1所定量の有機溶剤(標的分子を含む)を混合ユニット20に供給する。また、バルブ78を開いて、計量ユニット45において計量された第2所定量の水溶液を混合ユニット20に供給する。これにより、混合ユニット20において、標的分子を含む第1所定量の有機溶剤が、第2所定量の水溶液と混合された検体液が作成される。
【0057】
図8(a)に示すように、親水性の有機溶剤100は水溶液200中で拡散し、有機溶剤100と水溶液200は混和する。そして、図8(b)に示すように、標的分子91が水溶液200中に急激に放散し、検体液300が得られる。標的分子91は疎水性であるため、検体液300中で不安定な状態で取り残される。標的分子91は、疎水性であるが、水溶液200に混合する際には親水性の有機溶剤100中に分散している。この親水性の有機溶剤100が水溶液200に混合するので、有機溶剤100を介さずに疎水性の標的分子91を直接水溶液200に取り込むよりも小さなエネルギーで、標的分子91を水溶液200中に効率よく分散させることができる。
【0058】
水溶液200には標識分子92が分散している。したがって、図9(a)に示すように、検体液300中にも標識分子92が分散している。検体液300は有機溶剤100を水溶液200で希釈した水溶液であり、検体液300中の疎水性の標的分子91は不安定な状態である。この不安定な標的分子91は、図9(b)に示すように、近傍の標識分子92と会合する。例えば、標的分子91としてリモネンと、標識分子92としてアルギニンアミドとがΠ-Π相互作用で結合し、会合体を形成する。
【0059】
(第4ステップ)
検体液は、バルブ77を開くことで、混合ユニット20から配管64を通じてセンサ素子30に供給される。そして、センサ素子30において、検体液中の標的分子に応じた信号(例えば電気信号)が計測される。
【0060】
図10(a)に示すように、標的分子91がセンサ素子30のプローブ分子32に捕捉され、グラフェン膜31の表面に近接する。標的分子91のグラフェン膜31への近接(例えば標的分子91がもつ電荷の近接)によるグラフェン膜31の電子状態の変化を検出することで、検体液300中の標的分子91の存在や濃度を検出することができる。
【0061】
なお、標的分子91が無電荷で分子量が小さい場合(例えば分子量が300以下の場合)、グラフェン膜31への近接によるグラフェン膜31の電子状態の変化を検出することが難しい場合がある。本実施形態によれば、標的分子91は標識分子92に会合しているため、標的分子91がプローブ分子32に捕捉されると、図10(b)に示すように、標識分子92もグラフェン膜31に近接する。ここで、標識分子92がアルギニンアミドのように強い電荷を持つ場合、あるいは核酸やペプチドのような大きな分子量(例えば500以上)を持つ場合には、センサ素子30は、この標識分子92の近接(例えば標識分子92がもつ電荷の近接や大きな標識分子92が近接したことによる溶液界面のイオンの分布の変化)によるグラフェン膜31の電子状態の変化を検出することで、標的分子91だけの近接では検出が困難な場合であっても、標識分子92の近接を検出することによって、検体液300中の標的分子91の存在や濃度を検出することができる。
【0062】
検出対象は検体雰囲気中に存在していた標的分子91であり、プローブ分子32は標的分子91を捕捉可能なものが選択される。標識分子92は、プローブ分子32による標的分子91の捕捉を妨げないように、標的分子91がプローブ分子32と結合する部位を覆わないように標的分子91と会合するものが選択される。
【0063】
(第5ステップ)
バルブ73を開いて、標的分子取り込みユニット10内の検体雰囲気が曝露された有機溶剤の残りを、配管53を通じて標的分子取り込みユニット10から排出する。また、バルブ79を開いて、混合ユニット20内の検体液の残りを、配管66を通じて混合ユニット20から排出する。
【0064】
(第6ステップ)
バルブ71及びバルブ72を、それぞれ配管55及び配管56側に開き、さらにバルブ74を開いて、有機溶剤タンク41から有機溶剤を標的分子取り込みユニット10及び計量ユニット44を経由して配管59へと排液する。標的分子取り込みユニット10及び計量ユニット44は、検体雰囲気が曝露されない有機溶剤タンク41内の有機溶剤によって洗浄される。標的分子取り込みユニット10及び計量ユニット44から、標的分子が排出される。
【0065】
(第7ステップ)
バルブ71及びバルブ72を配管58側に開いて、有機溶剤タンク41から有機溶剤を配管58を通じて計量ユニット44に供給する。有機溶剤タンク41から有機溶剤を標的分子取り込みユニット10を経由せずに計量ユニット44に供給する。また、バルブ76を開いて、水溶液タンク42から、水溶液を配管62を通じて計量ユニット45に供給する。
【0066】
(第8ステップ)
バルブ75を開いて、計量ユニット44において計量された上記と同じ第1所定量の有機溶剤(これは標的分子を含まない)を、混合ユニット20に供給する。また、バルブ78を開いて、計量ユニット45において計量された上記と同じ第2所定量の水溶液を混合ユニット20に供給する。これにより、混合ユニット20において、標的分子を含まない第1所定量の有機溶剤が、第2所定量の水溶液と混合されたコントロール溶液が作成される。
【0067】
(第9ステップ)
コントロール溶液は、バルブ77を開くことで、混合ユニット20から配管64を通じてセンサ素子30に供給される。標的分子を含まないコントロール溶液に曝露されたセンサ素子30による計測信号と、検体液に曝露されたセンサ素子30による計測信号とを比較することで、検体液中に標的分子が含まれる場合には、外乱ノイズを補正した高精度の標的分子の検出を行うことができる。
【0068】
図11(a)~図12(b)は、比較例における標的分子の検出メカニズムを示す模式図である。
【0069】
この比較例においては、図11(a)に示すように、疎水性の標的分子91は、有機溶剤を介さずに水溶液200に取り込まれる。例えば、標的分子91を含む検体雰囲気が気泡400として水溶液200中に取り込まれる。疎水性の標的分子91は、気泡400の表面に偏析しやすい。水溶液200中に分散されていた標識分子92は、気泡400内の標的分子91を液中に引き込むほどの標的分子91に対する結合力はない。また、疎水性の標的分子91が液中に取り込まれた場合には、標的分子91は凝集しやすい。
【0070】
図11(b)に示すように、気泡400が破裂すると、気泡400の表面に偏析していた標的分子91は、水溶液200の液面に移動する。気泡400が、水溶液200を貯留している容器の壁面に触れた場合には壁面に移動する。また、液中に取り込まれた標的分子91は、分散状態よりも熱力学的に安定な凝集状態を維持する。
【0071】
図12(a)は、標的分子91を取り込んだ水溶液200がセンサ素子30の表面に曝露された状態を表す。そして、図12(b)に示すように、僅かに液中に取り込まれていた標的分子91がプローブ分子32に捕捉される。しかしながら、標的分子91がリモネンのように無電荷で分子量が小さな場合、グラフェン膜31への近接によるグラフェン膜31の電子状態の変化を検出することが難しい。
【0072】
本実施形態によれば、疎水性の標的分子が有機溶剤に濃縮して取り込まれ、その標的分子を取り込んだ有機溶剤水溶液(検体液)をセンサ素子の表面に曝露するので、疎水性の標的分子を直接水溶液に取り込む場合よりも、標的分子の検出感度を高くすることができる。
【0073】
さらに、標的分子と親和性がある標識分子を水溶液中に溶解させておくと、標的分子を含む有機溶剤が水溶液で希釈された際に、標的分子が標識分子と結合して標識付けされるため、標的分子の検出信号が増幅される。
【0074】
疎水性の標的分子の場合、プローブ分子と結合する力として疎水性相互作用が大きな要因となっている。疎水性相互作用は、疎水基同士が接近しようとする力であり、疎水基と親和性が高い有機溶剤中では弱くなる。そのため、標的分子を取り込んだ有機溶剤を水溶液で希釈せずにセンサ素子の表面に曝露した場合には、プローブ分子による標的分子の捕捉能力が低下する。
【0075】
また、生体由来の分子(例えば、ペプチド、DNAアプタマーなど)は水溶液中で機能する。そのため、生体由来の分子をプローブ分子として用いた場合に有機溶剤をセンサ素子の表面に曝露すると、生体由来のプローブ分子の構造が変わってしまう、あるいは破壊されてしまい、プローブ分子による標的分子の捕捉能力が低下する。
【0076】
また、グラフェンは疎水性のため、有機溶剤との親和性が高く、有機溶剤をセンサ素子の表面に曝露するとダメージを受ける可能性がある。このダメージにより、グラフェン膜と下地絶縁膜との接着面や、ソースドレイン電極と、これを覆う保護絶縁膜との界面に有機溶剤が浸入して、グラフェン膜や保護絶縁膜の剥離を誘発する懸念がある。
【0077】
本実施形態では、有機溶剤を水溶液で希釈した水溶液である検体液が、センサ素子の表面に曝露されるため、上記問題が起こらない。
【0078】
図1に示すケミカルセンサモジュールの構成において、気相(空気中)から有機溶剤中への標的分子の取り込みは、コントロール溶液の計測を行っている間に行っても構わない。前述した第1ステップの後、第7~第9ステップを行う。そして、第9ステップの後、第2~第6ステップを行う。
【0079】
すなわち、標的分子取り込みユニット10において検体雰囲気を有機溶剤に曝露した後、有機溶剤タンク41から標的分子取り込みユニット10を経由しないで有機溶剤を混合ユニット20に供給するとともに、水溶液を混合ユニット20に供給する。そして、混合ユニット20で作成されたコントロール溶液をセンサ素子30に供給して、コントロール溶液の計測を行う。この後、標的分子取り込みユニット10から有機溶剤を混合ユニット20に供給するとともに、水溶液を混合ユニット20に供給する。そして、混合ユニット20で作成された検体液をセンサ素子30に供給して、検体液の計測を行う。
【0080】
図2は、実施形態のケミカルセンサモジュールの他の例を示す概略構成図である。
図2のケミカルセンサモジュールは、以下の点で、図1のケミカルセンサモジュールと異なる。
【0081】
有機溶剤タンク41は配管54を介して標的分子取り込みユニット10と接続され、配管54にはバルブ82が接続されている。標的分子取り込みユニット10は、配管57を介して計量ユニット44と接続され、配管57にはバルブ83が接続されている。標的分子取り込みユニット10を経由しないで、有機溶剤タンク41から計量ユニット44に直接有機溶剤を供給する系統は設けられていない。
【0082】
混合ユニット20は、配管68、バルブ85、及び配管64を介して、センサ素子30に接続されている。
【0083】
コントロール溶液の供給源として、コントロール溶液タンク46が設けられている。コントロール溶液タンク46は、配管69、バルブ85、及び配管64を介して、センサ素子30に接続されている。
【0084】
バルブ85は、三方弁であり、混合ユニット20とセンサ素子30との間を連通させ、コントロール溶液タンク46とセンサ素子30との間を遮断する第1状態と、混合ユニット20とセンサ素子30との間を遮断し、コントロール溶液タンク46とセンサ素子30との間を連通させる第2状態とに切り替え可能である。
【0085】
図2のケミカルセンサモジュールを用いた標的分子の検出方法では、以下に説明する第1~第4ステップが順に行われる。
【0086】
(第1ステップ)
吸排気装置43を駆動させ、配管51を通じて、検体雰囲気を標的分子取り込みユニット10に取り込む。また、バルブ82を開いて、有機溶剤タンク41から有機溶剤を標的分子取り込みユニット10に供給する。これにより、標的分子取り込みユニット10において、検体雰囲気中の標的分子が有機溶剤に溶解する。
【0087】
バルブ74を開いて、計量ユニット44内の有機溶剤の残りを、配管59を通じて計量ユニット44から排出する。バルブ84を開いて、混合ユニット20内の検体液の残りを、配管67を通じて混合ユニット20から排出する。
【0088】
バルブ85を上記第2状態に切り替え、コントロール溶液タンク46からコントロール溶液をセンサ素子30に供給し、コントロール溶液の計測を行う。
【0089】
(第2ステップ)
ステップ2においても、センサ素子30によるコントロール溶液の計測が続けられる。さらに、ステップ2においては、バルブ83を開いて、標的分子取り込みユニット10から、検体雰囲気が曝露された有機溶剤を、配管57を通じて計量ユニット44に供給する。また、バルブ76を開いて、水溶液タンク42から水溶液を計量ユニット45に供給する。
【0090】
(第3ステップ)
ステップ3においても、センサ素子30によるコントロール溶液の計測が続けられる。さらに、ステップ3においては、バルブ75を開いて、計量ユニット44において計量された第1所定量の有機溶剤を混合ユニット20に供給する。また、バルブ78を開いて、計量ユニット45において計量された第2所定量の水溶液を混合ユニット20に供給する。これにより、混合ユニット20において、第1所定量の有機溶剤が、第2所定量の水溶液と混合された検体液が作成される。
【0091】
(第4ステップ)
バルブ85を上記第1状態に切り替え、センサ素子30へのコントロール溶液の供給を停止するとともに、混合ユニット20から検体液をセンサ素子30に供給する。そして、センサ素子30において、検体液中の標的分子に応じた信号が計測される。
【0092】
図2の構成によれば、センサ素子30によるコントロール溶液の計測中に、混合ユニット20において検体液の作成を行える。そして、バルブ85の切り替えにより、迅速に検体液の計測に切り替えることができる。
【0093】
次に、図13(a)~図14(b)を参照して、実施形態のケミカルセンサモジュールを用いた標的分子の検出メカニズムの他の例について説明する。
【0094】
前述した標的分子取り込みユニット10において、検体雰囲気中の標的分子を有機溶剤に溶解させ、分子レベルで分散させる。例えば、標的分子はリモネンであり、有機溶剤はDMSOである。
【0095】
混合ユニット20において、標的分子を含む有機溶剤と、水溶液とを混合し、検体液を作成する。例えば、水溶液は、HEPES(4-(2-hydroxyethyl)-1-piperazineethanesulfonic acid))緩衝液である。
【0096】
図13(a)に示すように、親水性の有機溶剤100は水溶液200中で拡散し、有機溶剤100と水溶液200は混和する。そして、図13(b)に示すように、有機溶剤分子100aと結合した標的分子91が水溶液200中に遊離し、検体液300が作成される。
【0097】
検体液はセンサ素子30に供給される。そして、センサ素子30において、検体液中の標的分子91に応じた信号(例えば電気信号)が計測される。
【0098】
疎水性の標的分子91は水溶液中で単独で遊離した状態では不安定であるため、図14(a)に示すように、標的分子91が有機溶剤分子100aと結合したままの状態を保っている。標的分子91がセンサ素子30のプローブ分子32に捕捉されると、図14(b)に示すように、標的分子91に結合した有機溶剤分子100aがグラフェン膜31に近接する。例えば、有機溶剤分子100aがDMSOである場合、グラフェン膜31に近接したDMSOが持つ電子供与性の孤立電子対からグラフェン膜31に電子が注入される。このときのグラフェン膜31の電子状態の変化を検出することで、検体液300中の標的分子91の存在や濃度を検出することができる。この場合には、有機溶剤分子100a自体が、標的分子91と親和性がある標識分子として機能する。標的分子91がリモネンのように無電荷で無極性の小分子であっても、電荷や極性を持つ、あるいは標的分子91よりも大きな標識分子(有機溶剤分子100a)を検出することで、検体液300中の標的分子91の存在や濃度を検出することができる。
【0099】
次に、本発明の実施形態によるリモネン(標的分子)の検出実験について説明する。
【0100】
リモネンが溶解したエタノール溶液をHEPES緩衝液に混合し、センサ素子のグラフェン膜上に滴下した。疎水性のリモネンは、図15(a)に示すように、エタノール分子200aとともにグラフェン膜31に非特異吸着し、プローブ分子32となる。すなわち、センサ素子における検体液に曝露されるグラフェン膜31の表面上に、標的分子91と同じ分子構造を持ったプローブ分子32が設けられる。
【0101】
次に、エタノール溶液とHEPES緩衝液との上記混合液を、1mMのHEPES緩衝液に2%の濃度のDMSOを含む水溶液に置換した。すなわち、プローブ分子32であるリモネンが有機溶剤と共存しない状態でセンサ素子の表面上に固定または吸着された後、センサ素子の表面が水溶液で被覆された状態が保たれている。
【0102】
次に、標的分子91としてのリモネンを有機溶剤としてのDMSOに溶解させた後、この有機溶剤溶液を上記水溶液に混合し、検体液300を作成した。DMSOの濃度は2%になるように調整した。検体液300中で標的分子(リモネン)91は、有機溶剤分子(DMSO分子)100aと結合している。
【0103】
上記標的分子91を含むDMSO水溶液を、前記標的分子91を含まないDMSO水溶液と置換すると、図15(b)に示すように、プローブ分子32のリモネンは、標的分子91のリモネンと交換反応する。あるいは、リモネン同志の親和性によって、プローブ分子32のリモネンに、標的分子91のリモネンが吸着する。センサ素子は、プローブ分子(リモネン)32と交換してグラフェン膜31に吸着した標的分子(リモネン)91に結合した有機溶剤分子(DMSO分子)100aの近接を検出する。あるいは、プローブ分子(リモネン)32に吸着した標的分子(リモネン)91に結合した有機溶剤分子(DMSO分子)100aの近接を検出する。
【0104】
標的分子91が溶解した有機溶剤が混合される水溶液はDMSO溶液であり、このDMSO溶液中ではもともと一定量(吸着平衡量)のDMSOがグラフェン膜31の表面に吸着している。さらに、標的分子91と結合した有機溶剤分子(DMSO分子)100aが標的分子91のグラフェン膜31への吸着によってグラフェン膜31の表面に近接するため、グラフェン膜31の表面におけるDMSOの量が増加する。DMSOは電子供与性の孤立電子対を持つため、グラフェン膜31に電子が注入される。グラフェン膜31を流れるドレイン電流がホール伝導による場合には、電子の注入により伝導キャリア(ホール)が減少するため、ドレイン電流が低下する。
【0105】
図16(a)は、実施形態によるリモネンの検出実験結果を表すグラフである。図16(b)は、コントロール実験によるリモネンの検出結果を表すグラフである。図16(a)及び図16(b)ともに、横軸は時間を表し、縦軸はドレイン電流(正確には初期のドレイン電流値に対する経時変化後のドレイン電流値の比率)を表す。
【0106】
実施形態によるリモネンの検出実験では、前述のようにリモネンを予めDMSOに溶解した後に、1mMのHEPES緩衝液に混合した水溶液(この際、DMSO濃度が2%になるように調整している)を、時刻tにおいて、リモネンを含まずDMSOを2%含む1mMのHEPES緩衝液から置換した。
【0107】
コントロール実験では、1mMのHEPES緩衝液に2%の濃度のDMSOを含む水溶液に後からDMSOを混合した水溶液を、時刻tにおいて、リモネンを含まずDMSOを2%含む1mMのHEPES緩衝液から置換した。
【0108】
図16(a)に示す実施形態による実験結果と、図16(b)に示すコントロール実験の結果とを比較すると、実施形態による実験の方が、時刻t以降のドレイン電流の変化(低下)量が大きく、高感度にリモネンの検出が行えている。
【0109】
本発明のいくつかの実施形態を説明したが、これらの実施形態は、例として提示したものであり、発明の範囲を限定することは意図していない。これら新規な実施形態は、その他の様々な形態で実施されることが可能であり、発明の要旨を逸脱しない範囲で、種々の省略、置き換え、変更を行うことができる。これら実施形態やその変形は、発明の範囲や要旨に含まれるとともに、特許請求の範囲に記載された発明とその均等の範囲に含まれる。
【符号の説明】
【0110】
10,110…標的分子取り込みユニット、20…混合ユニット、30…センサ素子、31…グラフェン膜、32…プローブ分子、91…標的分子、92…標識分子、100…有機溶剤、100a…有機溶剤分子、200…水溶液、300…検体液
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14
図15
図16
図17