(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-04-03
(45)【発行日】2024-04-11
(54)【発明の名称】焼酎/日本酒醸造に適した分裂酵母Schizosaccharomyces japonicus Kumadai株の作成
(51)【国際特許分類】
C12N 1/16 20060101AFI20240404BHJP
C12N 15/01 20060101ALI20240404BHJP
C12G 3/02 20190101ALI20240404BHJP
C12H 6/02 20190101ALN20240404BHJP
【FI】
C12N1/16 G
C12N15/01
C12G3/02
C12H6/02
(21)【出願番号】P 2020067255
(22)【出願日】2020-04-03
【審査請求日】2022-11-10
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 令和元年10月24日、第37回 YEAST WORKS HOPの講演要旨集の140頁において公開
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 令和元年10月25日、第37回 YEAST WORKS HOPのポスター発表において公開
【微生物の受託番号】NPMD NITE P-03177
【微生物の受託番号】NPMD NITE P-03178
(73)【特許権者】
【識別番号】504159235
【氏名又は名称】国立大学法人 熊本大学
(74)【代理人】
【識別番号】110000109
【氏名又は名称】弁理士法人特許事務所サイクス
(72)【発明者】
【氏名】谷 時雄
【審査官】福澤 洋光
(56)【参考文献】
【文献】特開2016-119893(JP,A)
【文献】特開2012-147680(JP,A)
【文献】特開昭63-309175(JP,A)
【文献】佐藤憲亮・小松正和・木村英生,分裂酵母を使用した高品質清酒製造法の開発,山梨県工業技術センター研究報告,2017年,No.31,pp.10-13
【文献】高峯和則,技術解説 酵母の育種開発およびその実施例,鹿工技ニュース,1996年,No.33,pp.8-9
【文献】西尾 昭,薬剤耐性を利用した特徴ある清酒酵母変異株の選抜手法の検討,鳥取県産業技術センター研究報告,2019年,No.22,pp.27-29
【文献】Paola Domizio et al.,Evaluation of the Yeast Schizosaccharomyces japonicus for Use in Wine Production,American Journal of Enology and Viticulture,2018年06月01日,Vol.69, No.3,pp.266-277
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 1/00-15/90
C12G 3/00- 3/08
CAplus/BIOSIS/MEDLINE/EMBASE(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
PubMed
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
受託番号NITE P-03177(Kumadai-T11株)またはNITE P-03178(Kumadai-U28株)の分裂酵母。
【請求項2】
請求項1に記載の分裂酵母を用いる、飲食品の製造方法。
【請求項3】
飲食品がアルコール飲料である、請求項
2に記載の製造方法。
【請求項4】
アルコール飲料が焼酎である、請求項3に記載の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、吟醸香成分高生産分裂酵母およびその利用に関する。具体的には、分裂酵母Schizosaccharomyces japonicusのセルレニン耐性株であって、その野生株と比較してカプロン酸エチル生産能が向上している分裂酵母およびその利用に関する。本発明は、分裂酵母 Schizosaccharomyces japonicus の薬剤耐性株を用いて発酵を行うことを含む、焼酎の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
酵母は優れた代謝能力と分裂能力を持つため、古くから食品・醸造・製薬など様々な産業に利用されている。従来、清酒、焼酎など酒類の醸造に使用する酵母は、全て協会7号や協会9号のような出芽酵母(Saccharomyces cerevisiae、サッカロミセス・セレビシエ、以下、S. cerevisiaeと記載する場合がある)株が用いられてきた。
【0003】
1928年に、福岡県九州大学圃場で採取された「苺」から最初に分離された分裂酵母(Schizosaccharomyces japonicus、シゾサッカロミセス・ジャポニカス、S. japonicusと記載する場合がある)は、富栄養条件下での細胞周期が約3時間と短く、分裂酵母属の他の種である Schizosaccharomyces pombe(シゾサッカロミセス・ポンベ)(アフリカの地ビールから分離された)や出芽酵母 S. cerevisiaeと同様に、真核細胞のモデル生物として研究されており、全ゲノム配列も解読されている。分裂酵母は出芽酵母と進化的には3~4億年前に分岐したと考えられており、両酵母は同じ単細胞真核生物であるが遺伝学的に大きく異なっている。S. japonicusは出芽酵母等と比較して細胞体サイズが数倍大きいことから、染色体動態の研究などにも用いられている。
【0004】
分裂酵母 S. japonicusを醸造用酵母として用いた例としては、山梨県甲府技術支援センターによる報告「分裂酵母を使用した高品質清酒製造法の開発」(非特許文献1)があり、S. japonicusを含む分裂酵母の試験株のほとんどについて清酒もろみを培養基剤としてアルコール発酵が可能であることを報告している。同報告では、分裂酵母単独では清酒醸造環境における増殖が難しい可能性があるとの理由により、分裂酵母 S. japonicusの株(NBRC1609株)と清酒酵母(S. cerevisiae FJA025株)の混合培養による清酒醸造が試みられている。
【0005】
一方、従来、醸造用酵母として用いられている出芽酵母 S. cerevisiaeでは育種が盛んである。出芽酵母の育種方法としては交配・細胞融合法のほか、突然変異誘発法、遺伝子組換え法等がある。突然変異誘発の方法としては、エチルメタンスルホネートやニトロソグアニジン等の突然変異誘発剤による処理法、紫外線や放射線の照射法等が行われている。例えば、非特許文献2では、出芽酵母 S. cerevisiaeの育種に、エチルメタンスルホネートによる突然変異誘発を実施し、セルレニン耐性株を分離して吟醸香であるカプロン酸エチル高生産株を分離する技術が用いられている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【文献】佐藤憲亮、小松正和、木村英生、分裂酵母を使用した高品質清酒製造法の開発、山梨県甲府技術支援センターの平成28年度報告、https://www.pref.yamanashi.jp/yitc/kit/documents/report_h28_03.pdf
【文献】Eiji Ichikawa et al., Breeding of a Sake yeast with improved ethyl caproate productivity, Agric. Biol. Chem., 55(8), 2153-2154 (1991)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
従来、醸造用酵母としては、出芽酵母 S. cerevisiae が汎用されているため、製造される酒の味や風味の多様性が低いという問題があった。そのため、醸造や食品の製造に使用できる新たな酵母の探索およびその育種が課題としてある。
【0008】
分裂酵母 Schizosaccharomyces japonicus が、清酒もろみを培養基剤としてアルコール発酵が可能であることは報告されているが(例えば、非特許文献1)、醸造用酵母として用いられた例は少ない。また、突然変異誘発法により分裂酵母 S. japonicusの育種株を得た例は、従来知られていない。分裂酵母 S. japonicus について飲食品の製造のために有用な性質を有する育種株を得たという報告もない。
【0009】
本発明は、突然変異誘発法により、分裂酵母 S. japonicusの新規育種株を提供することを目的とする。また、本発明は、当該新規育種株を用いた、良好な香味を有する飲食品の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記課題の下、本発明者は、鋭意検討を行った結果、分裂酵母 Schizosaccharomyces japonicusを静置培養(嫌気的培養)すると日本酒の吟醸香様の芳醇な香りを発することを見出し、突然変異誘発法により分裂酵母 S. japonicus の育種株作出を試みた。分裂酵母S. japonicusにおいて更により良い香りを醸し出す株を分離するため、紫外線照射またはニトロソグアニジン処理による変異導入スクリーニングを行い、セルレニン耐性株を36株分離した。それらの株を更に解析し、カプロン酸エチルを高生産するKumadai-T11号およびU28号株を分離することに成功した。本発明は、上記の知見に基づいて完成したものである。
【0011】
本発明によれば以下の発明が提供される。
[1] 分裂酵母シゾサッカロミセス・ジャポニカスのセルレニン耐性株であって、分裂酵母シゾサッカロミセス・ジャポニカス野生株と比較してカプロン酸エチル生産能が向上している、分裂酵母。
[2] 受託番号NITE P-03177(Kumadai-T11株)またはNITE P-03178(Kumadai-U28株)の分裂酵母。
[3] [1]または[2]に記載の分裂酵母を用いる、飲食品の製造方法。
[4] 飲食品がアルコール飲料である、[3]に記載の製造方法。
[5] 分裂酵母シゾサッカロミセス・ジャポニカスに対して突然変異誘発処理をすること、および突然変異誘発処理した分裂酵母シゾサッカロミセス・ジャポニカスをセルレニン含有培地で選抜することを含む、[1]または[2]に記載の分裂酵母の製造方法。
[6] 分裂酵母シゾサッカロミセス・ジャポニカスの薬剤耐性株を用いて発酵を行うことを含み、上記薬剤耐性株がセルレニン、カナバニン、オーレオバシジンA、プレグネノロン、ハイグロマイシンBおよびp-フルオロフェニルアラニンからなる群から選択される薬剤に耐性を有する、焼酎の製造方法。
[7] 上記薬剤耐性株がセルレニン耐性株であり、[1]または[2]に記載の分裂酵母である、[6]に記載の焼酎の製造方法。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、分裂酵母Schizosaccharomyces japonicusの吟醸香成分高生産株を提供することができる。吟醸香成分高生産株を用いることにより、良好な香味を有する飲食品を製造することができる。本発明の吟醸香成分高生産株は、アルコール飲料の醸造に適した性質を有しており、従来の醸造用酵母を用いた酒とは異なった味や風味の酒を製造することができる。それにより、製造される酒の味や風味の多様性を高めることができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】
図1(A)は、分裂酵母 S. japonicus セルレニン耐性株のスクリーニング結果の一例を示す。セルレニンを含まないYEプレート(-cerulenin)に50~60万細胞の分裂酵母 S. japonicus NIG2028株をスプレッダーで塗布すると全面に酵母細胞が増殖したが、5μM セルレニンを含むYEプレート(+cerulenin)では、全く細胞は増殖しなかった。一方、紫外線を照射したプレート(UV+cerulenin)では、何らかの遺伝子の変異によってセルレニン耐性となって増殖してくる細胞が観察された(矢印はセルレニン耐性候補株を示す)。
図1(B)は、スクリーニングで得られたセルレニン耐性候補株15株のプレートを示す。セルレニン耐性候補株15株CR1~CR15について、耐性確認のために再度5μM セルレニン含有YEプレートにストリークした。親株のNIG208株(WT)は5μM セルレニン含有YEプレートで増殖できなかったが、分離した15株(CR1~CR15)は全て生育した。
【
図2】
図2は、ヘッドスペースガスクロマトグラフィーによる麹汁培養液の香気成分分析の結果を示す。セルレニン含有プレートを用いたスクリーニングで分離された分裂酵母株(CR1~CR36)を麹汁培地で培養後、ヘッドスペースガスクロマトグラフィーによる香気成分の分析を行った。コントロール酵母として、分裂酵母 S. japonicus の親株NIG2028と二倍体株NIG2021、また焼酎醸造用出芽酵母KF7および日本酒醸造用出芽酵母協会7号(K7)と協会9号(K9)を用いた。香気成分分析の結果から、カプロン酸エチル高生産株としてCR11およびCR17、またβ-フェネチルアルコール高生産株候補としてCR28を同定した。
【
図3】
図3は、炭酸ガス減量解析によるアルコール発酵能の分析結果を示す。分離した3株のCR株(CR11、CR17、CR28)、並びにコントロールのNIG2021、NIG2028、出芽酵母協会7号、9号、KF3およびKF7について、アルコール発酵能を測定するため、経時的に炭酸ガス減量を測定した。その結果、CR17は炭酸ガス減量が低く、アルコール発酵能が弱いと推定された。
【
図4】
図4は、蒸米を用いた小仕込み試験(300mLフラスコ)サンプルの香気成分分析結果を示す。300mL容量のフラスコを用いて小仕込み試験を行い、醸造後の香気成分についてヘッドスペースガスクロマトグラフィーを用いて分析した。CR11、CR17、CR28はカプロン酸エチルを高生産していることが示された。コントロールの協会7号(K7)、9号(K9)、焼酎酵母KF3、KF7および親株の分裂酵母 S. japonicus NIG2028、二倍体分裂酵母 S. japonicus NIG2028では、カプロン酸エチルの生産量は検出限界以下であった。分裂酵母 S. japonicusにおいて、セルレニン耐性株のスクリーニングが吟醸香成分高生産株の作成に繋がることが示唆された。また、S. japonicusにおいて、酢酸イソアミル、酢酸エチルの生産量が多いことが示された。
【
図5】
図5は、2リットル容量の小仕込み試験サンプルの香気成分分析結果を示す。2リットル容量のフラスコを用いてスケールアップした小仕込み試験を行い、醸造後の香気成分についてヘッドスペースガスクロマトグラフィーを用いて分析した。CR11およびCR28はスケールアップした小仕込み試験でもカプロン酸エチルをコントロール酵母の協会9号(K9)、焼酎酵母KF7、親株のNIG2028よりも高生産していた。また、分裂酵母 S. japonicusにおいて、バラ様の吟醸香β-フェネチルアルコールがコントロール出芽酵母と同等程生産されていること、バナナ様の吟醸香である酢酸イソアミル、一般にオフフレーバーとされる酢酸エチルの生産量が高いことが示された。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下に記載する本発明の説明は、代表的な実施形態や具体例に基づいてなされることがあるが、本発明はそのような実施形態に限定されるものではない。なお、本明細書において「~」を用いて表される数値範囲は「~」の前後に記載される数値を下限値および上限値として含む範囲を意味する。
【0015】
(カプロン酸エチル高生産分裂酵母)
本発明は、分裂酵母 Schizosaccharomyces japonicus のカプロン酸エチル高生産株に関する。本発明は、具体的には分裂酵母 S. japonicusのセルレニン耐性株であって、分裂酵母 S. japonicus 野生株と比較してカプロン酸エチル生産能が向上している分裂酵母に関する。分裂酵母 S. japonicus 野生株と比較してカプロン酸エチル生産能が向上しているとは、野生株と比較してカプロン酸エチルの生産量が高いことを意味する。限定されないが、10mLの麹汁培地での静置培養サンプル(温度25℃、3日間)で、野生株と比較して、カプロン酸エチル生産量が、1.1倍以上、1.2倍以上、1.3倍以上、1.4倍以上、または1.5倍以上高いことが好ましい。
【0016】
分裂酵母 S. japonicus 野生株と比較してカプロン酸エチル生産能が向上している分裂酵母は、分裂酵母 S. japonicus 野生株に対して突然変異誘発処理した後にセルレニン含有培地で選抜されたセルレニン耐性株である。突然変異誘発処理法およびセルレニン耐性株の選抜方法については、後記する。分裂酵母 S. japonicus 野生株は、突然変異誘発処理を施す前の S. japonicus の親株を意味する。野生株は、天然に存在する酵母を分離してもよいし、国内外の酵母リソース機関から分譲されたものであってもよい。天然に存在する酵母を親株とする場合、酵母の特性を解析し、分裂酵母 Schizosaccharomyces japonicus であることが同定された菌株を親株として用いることができる。日本における、代表的な酵母リソース機関としては、NBRP(ナショナルバイオリソースプロジェクト)酵母、公益財団法人発酵研究所(IFO)および Schizosaccharomyces japonicus Network (JapoNet、国立遺伝学研究所微生物機能研究室)を挙げることができる。一実施形態では、分裂酵母 S. japonicus 野生株は、NIG2008株(ATCC10660;IFO1609)株、NIG2017株、NIG2021株、NIG2025株、NIG2028株等であり、特にNIG2028株が好ましい(K. Furuya and H. Niki, Yeast 2009; 26: 221-233)。
【0017】
本発明は、受託番号NITE P-03177(Kumadai-T11株)またはNITE P-03178(Kumadai-U28株)の分裂酵母に関する。上記Kumadai-T11株およびKumadai-U28株は、親株の Schizosaccharomyces japonicus NIG2028株から、それぞれ紫外線照射またはニトロソグアニジンによる突然変異誘発処理後、セルレニン含有培地で選抜されたセルレニン耐性株である。Kumadai-T11株および-U28株ともに、カプロン酸エチルの生産能が親株と比較して高く、かつ酢酸イソアミルおよびβ-フェネチルアルコールの生産能が、醸造用酵母として汎用されている Saccharomyces cerevisiae (例えば、協会7号株、協会9号株、KF3株、KF7株)と比較して高いため、吟醸香成分高生産性であるといえる。更に、Kumadai-T11株および-U28株は親株と同等程度のアルコール生産能を有する。吟醸香成分生産性およびアルコール生産能については後記する。
【0018】
分裂酵母属には、Schizosaccharomyces japonicus のほか、S. pombe、S. octosporus、S. cryophilusがある。S. japonicus は、S. pombeや出芽酵母Saccharomyces cerevisiaeより細胞体が大きい。S. japonicus の接合型には、h+とh-が存在し、培養条件によって、菌糸体を形成する。S. japonicus の実験室での培養には、後記の実施例で使用しているYE培地のほか、YPD培地(1%イーストイクストラクト,2%ポリペプトン、2%デキストロース)およびYM培地(0.3%イーストイクストラクト、0.5%ポリペプトン、0.3%マルトイクストラクト、1%グルコース)などを使用することができる。
【0019】
Kumadai-T11株およびKumadai-U28株の親株であるNIG2028株は、国立遺伝学研究所微生物機能研究室から分譲されたものである。NIG2028株(接合型:h-、matsj-P2028)は、S. japonicus のタイプ株に由来する(K. Furuya and H. Niki, Yeast 2009; 26: 221-233)。
【0020】
(微生物寄託)
Schizosaccharomyces japonicus Kumadai-T11株およびKumadai-U28株は、国立大学法人熊本大学(住所:熊本県熊本市中央区黒髪2丁目39番1号)により、以下のとおり、寄託機関へ寄託されている。
(i) 寄託機関:独立行政法人製品評価技術基盤機構 特許微生物寄託センター(NITE-NPMD)
(住所:日本国千葉県木更津市かずさ鎌足2-5-8 122室)
(ii) 受託日:2020年3月18日
(iii) 受託番号NITE P-03177(S. japonicus Kumadai-T11株)およびNITE -03178(S. japonicus Kumadai-U28株)
【0021】
(香気成分)
日本酒や焼酎の吟醸香は、酒類に華やかさを与える香気である。吟醸香には様々な成分が寄与しているが、主成分は酢酸イソアミルとカプロン酸エチルである。カプロン酸エチルは華やかなリンゴ様の香りであり、吟醸香のトレンドとなっており、酵母の脂肪酸合成経路において生合成されたカプロン酸とエタノールがエステラーゼによって結合することで生成する(三井俊、清酒に含まれる吟醸香の分析について、あいち産業科学技術総合センターニュース 2015年1月号)。
【0022】
酢酸イソアミルは落ち着いたバナナ様の香りであり、カプロン酸エチル高生産酵母が開発される以前の伝統的な吟醸香ということができ、清酒酵母によって生合成されたイソアミルアルコールがアルコールアセチルトランスフェラーゼによってアセチル化されることで生成する(三井俊、上掲)。また、日本酒や焼酎に含まれる香気成分としては、β-フェネチルアルコールが知られている。β-フェネチルアルコールはバラの香りである。一方、酢酸エチルはほとんどすべての酒類に存在するが、含量が多くなるとオフフレーバーとみなされる場合がある。
【0023】
(変異株の製造方法)
本発明は、分裂酵母 Schizosaccharomyces japonicus に対して突然変異誘発処理をすること、および突然変異誘発処理した分裂酵母 S. japonicusをセルレニン含有培地で選抜することを含む、カプロン酸エチル高生産分裂酵母の製造方法に関する。セルレニン耐性株のほか、例えば、カナバニン、オーレオバシジンA、プレグネノロン、ハイグロマイシンB、p-フルオロフェニルアラニン等に耐性を有する株を選抜する方法を用いて、吟醸香成分高生産性の変異株を得てもよい。突然変異誘発処理を施す前の S. japonicusの株(親株)は、上記のとおり、天然に存在する酵母を分離してもよいし、国内外の酵母リソース機関から分譲されたものであってもよい。
【0024】
突然変異誘発処理は、例えば、紫外線照射、放射線照射および重イオンビーム照射等の物理的変異処理法、並びにエチルメタンスルホネートおよびニトロソグアニジン等の薬剤を使用する化学的変異処理法等を用いることができるがこれらに限定されず、任意の突然変異誘発処理法を用いることができる。物理的変異処理法および化学的変異処理法ともに、当該技術分野で知られている任意の方法に基づいて実施することができる。紫外線照射による突然変異誘発は、例えば後記の実施例のように、紫外線照射装置(例えば、UVクロスリンカーCL-1000、UVP社)を用いてプレート表面の酵母細胞に12.5mJの紫外線を照射することにより実施することができる。ニトロソグアニジン処理による突然変異誘発は、例えば後記の実施例のように、酵母懸濁液4mLに1mg/mLのニトロソグアニジン400μLを加え、30℃で30分間保温することにより実施することができる。
【0025】
突然変異誘発処理後の分裂酵母 S. japonicus をセルレニン含有培地で培養することによって、セルレニンに耐性を有する S. japonicus を選抜することができる。培養方法の一例としては、突然変異誘発処理した菌体を、1~50μM、好ましくは1~10μMのセルレニンを含有するYE寒天平板培地に塗布し、20~30℃で2~10日間、好ましくは3~7日間培養し、生育したものをセルレニンに耐性を示す株として選抜することができる。
【0026】
上記セルレニン含有培地で生育したセルレニン耐性株の中から、突然変異誘発処理前の親株と比較してカプロン酸エチルの生産能が高い変異株を選抜することができる。セルレニン耐性株は、Fas2p のGly1250Ser変異により長鎖脂肪酸合成が減少しカプロン酸を多量に生成することが知られている。親株と比較してカプロン酸エチルの生産能が高いとは、親株と比較してカプロン酸エチルの生産量が高いことを意味する。限定されないが、10mLの麹汁培地での静置培養サンプル(温度25℃、3日間)で、変異株のカプロン酸エチル生産量が、親株と1.1倍以上、1.2倍以上、1.3倍以上、1.4倍以上、または1.5倍以上高い変異株を選抜することが好ましい。
【0027】
上記セルレニン含有培地で生育したセルレニン耐性株の中から、突然変異誘発処理前の親株と比較してβ-フェネチルアルコールの生産能が高い変異株を選抜することができる。親株と比較してβ-フェネチルアルコールの生産能が高いとは、親株と比較してβ-フェネチルアルコールの生産量が高いことを意味する。限定されないが、10mLの麹汁培地での静置培養サンプル(温度25℃、3日間)で、変異株のカプロン酸エチル生産量が、親株と比較して1.1倍以上、1.2倍以上、1.3倍以上、1.4倍以上、1.5倍以上、1.6倍以上、1.7倍以上、または1.8倍以上高い変異株を選抜することが好ましい。
【0028】
上記セルレニン含有培地で生育したセルレニン耐性株の中から、親株と同等以上のアルコール発酵能を有する変異株を選抜することができる。親株と同等以上のアルコール発酵能を有するとは、アルコール発酵の指標となる炭酸ガス減量が親株と比較して同等以上であることを意味し、親株と変異株との炭酸ガス減量の差が5重量%以内であれば同等であると判断できる。
【0029】
本発明の好ましい実施形態では、親株と比較してカプロン酸エチルの生産能が高く、かつ親株と同等以上のβ-フェネチルアルコールの生産能およびアルコール発酵能を有する変異株が選抜される。本発明のより好ましい実施形態では、親株と比較してカプロン酸エチルの生産能が高く、かつ親株と同等以上のβ-フェネチルアルコールおよびアルコール発酵能を有し、かつ親株の50%程度以上の酢酸イソアミルの生産能を有する変異株が選抜される。本願において、親株NIG2028株は酢酸イソアミルの生産量が、Saccharomyces cerevisiae の醸造用酵母株(例えば、協会7号株、協会9号株、KF3株、KF7株)と比較して高いことが明らかとなっている。カプロン酸エチル高生産株として選抜された変異株は、突然変異誘発処理前の親株の50%程度以上の酢酸イソアミルの生産能を有すれば、酒類に十分な香りを提供すると考えられる。
【0030】
本発明のさらにより好ましい実施態様では、親株と比較してカプロン酸エチルの生産能が高く、かつ親株と同等以上のβ-フェネチルアルコールおよびアルコール発酵能を有し、さらに親株と比較して酢酸エチルの生産量が低い変異株が選抜される。本願において、親株NIG2028株は酢酸エチルの生産量が、Saccharomyces cerevisiae の醸造用酵母株(例えば、協会7号株、協会9号株、KF3株、KF7株)と比較して高いことが明らかとなっている。酢酸エチルは、多量に存在する場合オフフレーバーとみなされる場合があるので、酢酸エチルの生産量は親株と比較して低い変異株が好ましい。本発明の吟醸香成分高生産株(例えば、Kumadai-T11株またはKumadai-U28株)を用いて製造された焼酎は、香りについての官能評価が出芽酵母協会9号株と同程度までに改善されていると評価されている。これは、カプロン酸エチルなどの吟醸香成分の含量が高いため、オフフレーバーとなる酢酸エチル臭がマスクされているためと考えられる。
【0031】
突然変異誘発処理後の分裂酵母 S. japonicus を、カナバニン、オーレオバシジンA、プレグネノロン、ハイグロマイシンBおよびp-フルオロフェニルアラニンからなる群から選択される薬剤を含有する培地で培養することによって、上記薬剤に耐性を有する S. japonicus を選抜することができる。カナバニン耐性株を選抜する場合には、これに限定されないが、突然変異誘発処理した菌体を、1~100ppm、好ましくは5~20ppmのカナバニンを含有するYE寒天平板培地に塗布し、20~30℃で2~10日間、好ましくは3~7日間培養し、生育したものをカナバニンに耐性を示す株として選抜することができる。
【0032】
上記カナバニン含有培地で生育したカナバニン耐性株の中から、突然変異誘発処理前の親株と比較して吟醸香成分、例えば酢酸イソアミルの生産能が高く、かつ親株と同等以上のアルコール発酵能を有する変異株を得ることができる。親株と比較して酢酸イソアミルの生産能が高いとは、親株と比較して酢酸イソアミルの生産量が高いことを意味する。酢酸イソアミル以外の吟醸香成分について分析し、その生産能が高い変異株を得てもよい。
【0033】
オーレオバシジンA耐性株を選抜する場合には、これに限定されないが、突然変異誘発処理した菌体を、0.1~50ppm、好ましくは0.5~20ppmのオーレオバシジンAを含有するYE寒天平板培地に塗布し、20~30℃で2~10日間、好ましくは3~7日間培養し、生育したものをオーレオバシジンAに耐性を示す株として選抜することができる。
【0034】
プレグネノロン耐性株を選抜する場合には、これに限定されないが、突然変異誘発処理した菌体を、1~100ppm、好ましくは5~20ppmのプレグネノロンを含有するYE寒天平板培地に塗布し、20~30℃で2~10日間、好ましくは3~7日間培養し、生育したものをプレグネノロンに耐性を示す株として選抜することができる。
【0035】
ハイグロマイシンB耐性株を選抜する場合には、これに限定されないが、突然変異誘発処理した菌体を、10~2000ppm、好ましくは100~1000ppmのハイグロマイシンBを含有するYE寒天平板培地に塗布し、20~30℃で2~10日間、好ましくは3~7日間培養し、生育したものをハイグロマイシンBに耐性を示す株として選抜することができる。
【0036】
上記オーレオバシジンA、プレグネノロンまたはハイグロマイシンB含有培地で生育した、それぞれオーレオバシジンA、プレグネノロンまたはハイグロマイシンB耐性株の中から、突然変異誘発処理前の親株と比較して吟醸香成分、例えば酢酸イソアミルの生産能が高く、かつ親株と同等以上のアルコール発酵能を有する変異株を得ることができる。酢酸イソアミル以外の吟醸香成分について分析し、その生産能が高い変異株を得てもよい。
【0037】
p-フルオロフェニルアラニン耐性株を選抜する場合には、これに限定されないが、突然変異誘発処理した菌体を、10~500μg/mL、好ましくは50~300μg/mLのp-フルオロフェニルアラニンを含有するYE寒天平板培地に塗布し、20~30℃で2~10日間、好ましくは3~7日間培養し、生育したものをp-フルオロフェニルアラニンに耐性を示す株として選抜することができる。
【0038】
上記p-フルオロフェニルアラニン含有培地で生育したp-フルオロフェニルアラニン耐性株の中から、突然変異誘発処理前の親株と比較して吟醸香成分、例えばβ-フェネチルアルコールの生産能が高く、かつ親株と同等以上のアルコール発酵能を有する変異株を得ることができる。例えば、親株と比較してβ-フェネチルアルコールの生産能が高いとは、親株と比較してβ-フェネチルアルコールの生産量が高いことを意味する。β-フェネチルアルコール以外の吟醸香成分について分析し、その生産能が高い変異株を得てもよい。
【0039】
変異株選抜のための香気成分の生産能の評価は、酵母株を植えて培養した得た麹汁培養液を用いて行うことができる。例えば、酵母株のコロニーを3mLの麹汁培地(一例としては、米麹500gに蒸留水2Lを加え、温度55℃で16時間糖化処理した後で培養したもの)に植え、30℃で一晩振盪培養し、この培養液の濁度を測定し、比較する菌株間で加える菌体数がほぼ同数となるように10mLの麹汁培地に加え、25℃で3日間静置培養して得た麹汁培養液を分析することにより実施することができる。
【0040】
小仕込み試験を行い、香気成分の生産能およびアルコール生産能を確認または評価してもよい。小仕込み試験の一例としては、酵母を麹汁培地に植菌し、25℃で一晩振盪培養し、一次仕込みに用いる乾燥麹(白麹20g、徳島製麹、MKS)に汲水24mLを加えて一次原料を作成し、一晩振盪培養した培養液を一次原料の1/500量加え、25℃で5日間静置培養する(一次仕込み)。次に、一次仕込み後のもろみに蒸米67gおよび汲水115mLを加え、25℃で10日程静置培養する(二次仕込み)。炭酸ガス減量からアルコール生産量を推測するために、一次仕込みおよび二次仕込みの前後または仕込み期間中毎日若しくは一定期間ごとに培地重量を測定することができる。
【0041】
本発明の一実施形態において、小仕込み試験で得られた醸造サンプルについて分析した場合、分裂酵母 S. japonicus のカプロン酸エチル高生産株は、親株と比較して、カプロン酸エチルの生産量が2倍以上、5倍以上、10倍以上、20倍以上、30倍以上、40倍以上、または50倍以上高くてもよい。
【0042】
香気成分は、ヘッドスペースガスクロマトグラフィーにより実施することができるが、これに限定されない。例えば、麹汁培養液の上清1mLにN-アミルアルコール内部標準液を100μL加えたものをガスクロマトグラフ分析用サンプルとして用いることができる。ヘッドスペースガスクロマトグラフ分析システムとしては、限定されないがHS-20、GC-2010 Plus(島津製作所)を用いることができる。分析システムは、例えば、オーブン温度70℃、保温時間30分、サンプルライン温度150℃、トランスファーライン温度150℃、トラップ冷却温度 -10℃、トラップ加熱温度280℃、トラップ待機温度 25℃、キャリアガス He、キャリアガス気圧 99.9kPa、パージライン流量3.0mL/分、全流量16.8mL/分に設定して測定することができる。
【0043】
アルコール生産能は、炭酸ガス減量を算出することにより推測することができる。培養前後または培養期間中毎日若しくは一定期間ごとに培地重量を測定して、重量差をアルコール発酵によって炭酸ガスとして放出された量とみなし、アルコール生産量を推測する。炭酸ガス減量を株間で比較することにより、各株のアルコール生産能を評価することができる。親株の炭酸ガス減量と、セルレニン耐性株またはその他の薬剤耐性株の炭酸ガス減量とを比較して、セルレニン耐性株またはその他の薬剤耐性株のアルコール生産能が親株と比較して同等程度であるか、劣っているか、優れているかを評価することができる。例えば、セルレニン耐性株またはその他の薬剤耐性株の炭酸ガス減量と親株の炭酸ガス減量の差が、親株における炭酸ガス減量の5重量%以内であれば親株と同等程度のアルコール生産能を有すると判断することができる。
【0044】
後記の実施例4(
図3)で、培養16日の炭酸ガス減量は、親株2028株が21.6gであり、CR17株が19.3gとなっており、約10.6重量%((21.6-19.3)×100/21.6)の差があり、CR17株のアルコール発酵能は親株より劣る(同程度未満)と判断される。CR11株(21.5g)とCR28株(22.24g)については、親株との差が5重量%以内であり、同等程度と判断することができる。
【0045】
(酵母利用飲食品の製造方法および酵母利用飲食品)
本発明は、分裂酵母 Schizosaccharomyces japonicusのセルレニン耐性株であって、分裂酵母 S. japonicus野生株と比較してカプロン酸エチル生産能が向上している分裂酵母を用いる、飲食品の製造方法に関する。上記飲食品の製造方法は、酵母を用いて発酵を行うことを含むことが好ましい。上記方法により製造された飲食品は、発酵飲食品ということができる。上記カプロン酸エチル生産能が向上している分裂酵母は、特に受託番号NITE P-03177(Kumadai-T11株)またはNITE P-03178(Kumadai-U28株)の分裂酵母であってもよい。本発明において製造される飲食品としては、アルコール飲料、ノンアルコール飲料、その他の発酵飲料、パン、菓子、味噌、醤油漬物等を挙げることができるがこれらに限定されない。本発明において製造される飲食品は、アルコール飲料、パン、菓子、味噌、醤油が好ましく、アルコール飲料が特に好ましい。本明細書においてアルコール飲料とは、アルコール分を1%以上含む飲料を指し、好ましくは、日本酒(清酒、濁酒(どぶろく)、濁り酒、もろみ酒を含む)、ビール、発泡酒、ワイン、果実酒、その他の醸造酒、焼酎(米焼酎、麦焼酎、芋焼酎、黒糖焼酎、落花生焼酎、そば焼酎、栗焼酎、泡盛など)、ウイスキー、ブランデー、スピリッツ等を挙げることができる。酵母利用飲食品の製造は、本発明の分裂酵母 Schizosaccharomyces japonicusのセルレニン耐性株であって、分裂酵母 S. japonicus野生株と比較してカプロン酸エチル生産能が向上している分裂酵母を用いて公知の方法に従って行うことができる。本発明の分裂酵母 S. japonicus野生株と比較してカプロン酸エチル生産能が向上している分裂酵母を単独で用いて発酵を行ってもよいし、出芽酵母(例えば、S. cerevisiae)と組み合わせて発酵を行ってもよい。
【0046】
以下に、本発明の飲食品の製造方法で採用することができる清酒の製造方法を概説するが、これに限定されず、任意の清酒製造法を用いることができる。清酒の製造方法は、麹づくり工程、酒母づくり工程、もろみ仕込み工程、もろみ発酵工程、固液分離工等を含むことができる。まず、原料となる玄米を精米して白米にし、それを蒸して蒸米を製造する。蒸米は、麹づくり、酒母やもろみの仕込みに使用される。麹づくり工程では、蒸米に麹菌(黄麹菌)を植えて麹を造る。麹は米のデンプンを糖に変化させるものであり、酒母やもろみに入れられる。酒母づくり工程では、蒸米、水、麹に酵母を加え、もろみの発酵を促すために必要な酵母を大量に培養する。もろみ仕込み工程では、酒母に、麹、蒸米、水を加えてもろみの仕込みをする。この仕込みは、発酵タンクで行うことができ、通常、「段仕込み」が行われ、4日間で複数回(多くは3回)の仕込みが行われる。段仕込みによって、雑菌の繁殖を抑えながら、酵母の増殖を促進し、もろみの温度を管理しやすくしてもろみを製造する。もろみ発酵工程では、もろみ仕込みが終了した後、20日間から40日間、もろみを発酵させる。発酵期間中は、発酵タンク内はもろみから発生す炭酸ガスで充満されることから、もろみの近辺は無酸素状態(又は低酸素状態)となり、もろみが空気中の酸素に接触しない状態となる。もろみの発酵工程が終了すると、次に発酵させたもろみを清酒と酒粕に分離する「固液分離工程」が行われる。もろみを清酒と酒粕に分離するためには、布や圧搾機を利用して絞ることができるが、発酵タンク内部のガス圧力を高めることによる固液分離を利用することもできる。
【0047】
本発明の分裂酵母 Schizosaccharomyces japonicus のセルレニン耐性株であって、分裂酵母 S. japonicus 野生株と比較してカプロン酸エチル生産能が向上している分裂酵母はパンの製造にも適している。本発明の分裂酵母を用いて発酵させる公知の方法によりパンを製造することで、良好な香味を有するパンを製造することができる。以下に、本発明の飲食品の製造方法で採用することができるパンの製造方法を概説するが、これに限定されず、任意のパン製造法を用いることができる。強力小麦粉、酵母、砂糖、塩、ぬるま湯を入れて混ぜたパン生地を作るが、この際生地がしまり、キメが細かくなるまでパン生地をこねる。この過程でバターをパン生地に加えてもよい。暖かいところ(例えば温度30~40℃)で生地が1.5~2倍程度に膨らむまで発酵させる(一次発酵)。生地をパン1つ分のサイズに分ける。この作業で堅くなった生地を再びやわらかくする為、5分間ほど待つ(ベンチタイム)。ガス抜きや成形を行った後生地が1.5~2倍程度に膨らむまで発酵させ(二次発酵、温度35~40℃、湿度80~85%)、180~200℃のオーブンで、10~30分程度焼く。
【0048】
(焼酎の製造方法)
本発明は、分裂酵母 Schizosaccharomyces japonicus の薬剤耐性株を用いて発酵を行うことを含み、上記薬剤耐性株がセルレニン、カナバニン、オーレオバシジンA、プレグネノロン、ハイグロマイシンBおよびp-フルオロフェニルアラニンからなる群から選択される薬剤に耐性を有する、焼酎の製造方法に関する。上記薬剤耐性株は、上記の通り、分裂酵母 S. japonicusに対して突然変異誘発処理後、セルレニン、カナバニン、オーレオバシジンA、プレグネノロン、ハイグロマイシンBおよびp-フルオロフェニルアラニンからなる群から選択される薬剤を含有する培地で培養する工程を含む、S. japonicusの上記薬剤耐性株の製造方法を用いて得ることができるが、これに限定されるものではない。本発明に用いる薬剤耐性株は、吟醸香成分高生産株であることが好ましく、カプロン酸エチル高生産株、酢酸イソアミル高生産株および/またはβ-フェネチルアルコール高生産株であることがより好ましい。本発明の焼酎の製造方法は、分裂酵母 Schizosaccharomyces japonicus の薬剤耐性株を用いて、公知の方法に従って行うことができる。本発明の焼酎の製造方法は、連続式蒸留および単式蒸留のどちらでもよい。以下に、本発明の焼酎の製造方法で採用することができる単式蒸留による焼酎の製造方法を概説するが、これに限定されず、任意の焼酎製造法を用いることができる。
【0049】
単式蒸留焼酎の製造方法は、一次もろみ製造工程、二次もろみ製造工程、蒸留工程、蒸留後ろ過工程、割水工程、割水後ろ過工程等を含んでもよい。一次もろみ製造工程では、一次もろみの原料となる米、麦、芋などを洗い、浸漬し、蒸した後、放冷する。そして、放冷した後の原料に種麹(白麹菌、黒麹菌等)を種付して、製麹を行う。その後、焼酎酵母および水等が加えられ、一次熟成もろみ(酒母)が製造される。ここで、焼酎酵母として、例えば、分裂酵母 Schizosaccharomyces japonicus の上記薬剤耐性株や、受託番号NITE P-03177(Kumadai-T11株)またはNITE P-03178(Kumadai-U28株)の分裂酵母を用いることができる。二次もろみ製造工程では、一次もろみ製造工程で製造された一次熟成もろみに、水や主原料である米、麦または芋等を加える。そして、温度等を管理しながら数日~数十日間、発酵させることにより、二次熟成もろみが製造される。蒸留工程では、二次もろみ製造工程で製造された二次熟成もろみを単式蒸留機により蒸留する。単式蒸留機による蒸留には、蒸留機内の温度が100℃前後である常圧蒸留と、50~60℃以下である減圧蒸留とが存在するが、いずれでもよい。蒸留後ろ過工程では、蒸留工程後の原酒中の油性成分を除去するためにろ過を施す。割水工程では、アルコール度数を下げるために、蒸留後ろ過工程後の焼酎に水を加える。割水後ろ過工程では、割水工程の割水により、アルコール度数が低くなることで析出する油性成分を除去するためにろ過を施す。ろ過処理に用いる装置等については、特に限定されない。割水後ろ過工程を経た焼酎はビン詰めし、出荷される。
【実施例】
【0050】
以下の例に基づいて本発明をより具体的に説明するが、本発明はこれらの例に限定されるものではない。なお、本明細書において、特に記載しない限り、「%」等は質量基準であり、数値範囲はその端点を含むものとして記載される。
【0051】
(実施例1)紫外線照射による変異誘導を用いたセルレニン耐性株のスクリーニング
分裂酵母 Schizosaccharomyces japonicus NIG2028株(接合型:h-、matsj-P2028)を10mLのYE培地(3%グルコース、0.5%バクトイーストイクストラクト)に白金耳を用いて植菌し、26℃にて18時間振盪培養した。細胞数を血球計算盤を用いてカウントした後、高速冷却遠心機を用いて遠心(2,500 rpm、5分)し集菌した。沈殿を1mLのYE培地に懸濁後、5μM セルレニン(富士フィルム和光純薬)を含むYEプレート(3%グルコース、0.5%バクトイーストイクストラクト、2%寒天)46枚にプレートあたり50~60万細胞になるようにスプレッダーを用いて塗布した。
【0052】
塗布した酵母細胞懸濁液を乾燥後、紫外線照射装置(UVクロスリンカーCL-1000、UVP社)を用いてプレート表面の酵母細胞に12.5mJの紫外線を照射した。紫外線照射後、プレートを暗箱に入れて26℃で5日間保温した。その結果、紫外線を照射したプレート(約2,500万細胞をスクリーニング)から15株(CR1~CR15)のセルレニン耐性株が分離された(
図1AおよびB)。
【0053】
(実施例2)突然変異誘発剤ニトロソグアニジンを用いたセルレニン耐性株のスクリーニング
分裂酵母 S. japonicus NIG2028株のコロニーを10mLのYE培地に植え、26℃で一晩振盪培養した。培養後、高速冷却遠心機で遠心(2,500 rpm、5分)し、沈殿を5mLのトリス-マレイン酸緩衝液(50mM トリス、50mM マレイン酸、pH6.0)に懸濁した。懸濁液4mLに1mg/mLのニトロソグアニジン(富士フィルム和光純薬)400μLを加え、30℃で30分間保温したのち、微量遠心機で遠心(10,000 rpm、2分)した。上清を除き、1mLのトリス-マレイン酸緩衝液で3回、1mLのYE培地で1回沈殿を洗った。次に、菌体を5mLのYE培地に懸濁して26℃で一晩保温した。この培養液を50μLずつ、5μM セルレニン含有YEプレート50枚に塗布して26℃で保温し、3日後コロニー形成の有無を観察した(約2,500万細胞をスクリーニング)。増殖してきたコロニーを再び5μM セルレニン添加YEプレートにストリークし、生育したものを変異株として取得した。最終的に21株のセルレニン耐性株が分離された(CR16~CR36)。
【0054】
(実施例3)ヘッドスペースガスクロマトグラフィーによる麹汁培養液の香気成分分析
実施例1および2において、紫外線照射またはニトロソグアニジン処理で分離した36株の分裂酵母S. japonicus セルレニン耐性株(CR1~CR36)から、カプロン酸エチルやその他の吟醸香香気成分の高生産株を更に選択するため、これらの株について、以下に示す手順で麹汁培地を用いて培養し、ヘッドスペースガスクロマトグラフィーを用いた香気成分分析を行った。なお、香気成分分析および小仕込み試験は熊本県産業技術センターにて実施した。
麹汁培地は、米麹500gに蒸留水2Lを加え、温度55℃で16時間糖化処理した後、遠心して調製した。
【0055】
NIG2021株(分裂酵母 S. japonicus 二倍体株)、NIG2028株、および実施例1および2において分離した36株のセルレニン耐性変異株のコロニーを3mLの麹汁培地に植え、30℃で一晩振盪培養した。また、コントロール酵母として、日本酒醸造に用いられる出芽酵母 Saccharomyces cerevisiae 協会7号株(K7)と協会9号株(K9)、焼酎醸造用の出芽酵母 S. cerevisiae KF7株を用い、麹汁培地にて同様に一晩培養した。これらの培養液の濁度を測定し、菌株間で加える菌体数がほぼ同数となるように10mLの麹汁培地に加えた。調製した麹汁培養液を25℃で3日間静置培養した。培養後、遠心(KOKUSAN H-103NR、3,000 rpm、10分)し、上清1mLにN-アミルアルコール内部標準液を100μL加えたものをガスクロマトグラフ分析用サンプルとした。作成したサンプルの香気成分分析は、ヘッドスペースガスクロマトグラフ分析システム(島津製作所 HS-20、GC-2010 Plus)を用いて行った。分析システムは、オーブン温度70℃、保温時間30分、サンプルライン温度150℃、トランスファーライン温度150℃、トラップ冷却温度 ?10℃、トラップ加熱温度280℃、トラップ待機温度 25℃、キャリアガス He、キャリアガス気圧 99.9kPa、パージライン流量3.0mL/分、全流量16.8mL/分に設定して測定した。
【0056】
図2に香気成分の解析結果を示す。香気成分の分析結果から、36株のセルレニン耐性株のうち、リンゴ様の吟醸香であるカプロン酸エチル高生産株としてCR11とCR17、バラ様の吟醸香であるβ-フェネチルアルコール高生産株としてCR28を選択した。
【0057】
(実施例4)小仕込み試験(300mLフラスコ)による分析
次に、実施例3で選択した3株のセルレニン耐性株CR11、CR17、およびCR28が米焼酎醸造に適しているか調べるため、蒸米を使用した300mLフラスコでの小仕込み試験を行った。コントロールの酵母としては、出芽酵母S. cerevisiae協会7号と9号、焼酎酵母であるKF3とKF7を用いた。まず、酵母を麹汁培地に植菌し、25℃で一晩振盪培養した。一次仕込みに用いる乾燥麹(白麹20g、徳島製麹、MKS)に汲水24mLを加えて一次原料を作成し、一晩振盪培養した培養液を一次原料の1/500量加え、25℃で5日間静置培養した(一次仕込み)。この間、重量を測定し、アルコール発酵によって炭酸ガスとして放出された量を算出し、アルコール生産量を推測するためグラフ化した(
図3)。次に、一次仕込み後のもろみに蒸米(ひとめぼれ)67gおよび汲水115mLを加え、25℃で10日程静置培養した(二次仕込み)。この期間中も炭酸ガス減量の測定を行った(
図3)。炭酸ガス減量の測定結果から、CR17は他の株よりアルコール生産量が低いことが推測された。そこで、培養後のもろみのアルコール濃度測定を酒類用振動式密度計(DA-155、京都電子工業)を用いて行った結果、炭酸ガス減量の測定結果で推測されたとおり、CR17株はアルコール濃度が他の株より有意に低いことが示された(11.7%)。CR11とCR28はアルコール濃度がそれぞれ12.93%、13.46%と、日本酒や焼酎醸造に用いられる協会7号などの出芽酵母株(アルコール濃度17.29%)よりはアルコール生産量が低かったが、醸造に十分使用できると判断された。
【0058】
次に、培養後のもろみ1mLをバイアル瓶に分注し、100μLの内部標準液(N-アミルアルコール)を加え、ヘッドスペースガスクロマトグラフ分析システム(島津製作所 HS-20、GC-2010 Plus)を用いて香気成分を解析した。その結果、蒸米を使用した小仕込み試験でも、CR11、CR17、CR28はリンゴ様吟醸香カプロン酸エチルの生産量が顕著に高く、セルレニン耐性によるカプロン酸エチル高生産株スクリーニングが成功していることが示された。CR28は麹汁培地を用いた培養ではカプロン酸エチルの生産量は高くなかったが、小仕込み試験では親株のNIG2021、2028よりカプロン酸エチルの生産量が高いことが示された。一方、β-フェネチルアルコールについては、小仕込み条件では他の株と同等程度の生産量であった。また、酢酸エチルの生産量が分裂酵母 S. japonicus では出芽酵母より高いことが示された。小仕込み試験の結果、CR17はアルコール生産量が他の株より低かったため、今後の解析には用いないこととした。
【0059】
(実施例5)小仕込み試験(2Lフラスコ)サンプルの減圧蒸留による米焼酎の作成
次に、CR11株とCR28株を用いて、使用する一次原料の米麹を134g、一次汲水160.8mL、二次原料の蒸米(ひとめぼれ)448g、二次汲水770mLにスケールアップ(2Lフラスコ)して醸造した後、減圧蒸留し米焼酎を作成した。コントロールサンプルとして日本酒醸造用の出芽酵母協会9号株および焼酎醸造に用いられているKF7株を用いて醸造した。仕込み条件は、300mL容小仕込み試験と同様な条件で行った。醸造後のサンプルについて香気成分分析を行った結果、親株のNIG2028、出芽酵母協会9号およびKF7と比較して、リンゴ様の吟醸香であるカプロン酸エチルがCR11およびCR28株では高生産されていた(
図5)。出芽酵母協会9号株でカプロン酸エチルの生産量が低い理由は、醸造に一般的な食米を使っていること、使用米に磨きを全くかけていないことなどが考えられた。また、バナナ様の吟醸香である酢酸イソアミル量も分裂酵母株では4~6倍近く高いことが示された(
図5)。バラ様の吟醸香β-フェネチルアルコールも出芽酵母協会9号やKF7株と同等以上生産されていた(
図5)。一方、除光液様のオフフレーバーである酢酸エチルが分裂酵母 S. japonicus では生産量が多いことが示された。CR11およびCR28株では親株のNIG2028株よりは酢酸エチル生産量が低く、香りが改善されていることが示された。
【0060】
(実施例6)米焼酎の官能評価試験
次に、実施例5で製造した醸造サンプルを用いて減圧蒸留を行い、蒸留液約400mLを回収した。回収した留液は、サンプル瓶に密閉後1ヶ月間15℃にて保存した。1ヶ月保存した蒸留サンプルについて、香り、味、総合の3項目について、専門家パネル1名による5段階評価の官能評価試験を行った。結果を表1に示す。数値が1に近いほど高評価である。
【表1】
上記専門家パネルのほか3名が上記サンプルについて官能評価を行い、表1と同じような感想を持った。
【0061】
結果、親株の分裂酵母 S. japonicus NIG2028株は、酢酸エチル臭が強く、香り、味、総合で5段階評価の香り4、味4、総合4(5に近い4の評価)でそのままでは醸造に適していないことが示された。一方、育種株CR11株は、香り3、味2、総合3で、出芽酵母協会9号株(香り3、味3,総合3)より良いスコアで充分米焼酎として賞味できる風味であった。CR28株は味評価において3で、CR11株より味については一段階低いスコアであった。
【0062】
以上の小仕込み試験の結果から、CR11株とCR28株は、新たな味と風味の米焼酎醸造に利用できることが示され、CR11株をKumadai-T11、CR28株をKumadai-U28と命名した。
【産業上の利用可能性】
【0063】
本発明は、飲食品製造分野において、有用である。