IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 有限会社▲吉▼正織物工場の特許一覧 ▶ 滋賀県の特許一覧

特許7465466精練した絹糸、絹織物及び絹編物の製造方法
<>
  • 特許-精練した絹糸、絹織物及び絹編物の製造方法 図1
  • 特許-精練した絹糸、絹織物及び絹編物の製造方法 図2
  • 特許-精練した絹糸、絹織物及び絹編物の製造方法 図3
  • 特許-精練した絹糸、絹織物及び絹編物の製造方法 図4
  • 特許-精練した絹糸、絹織物及び絹編物の製造方法 図5
  • 特許-精練した絹糸、絹織物及び絹編物の製造方法 図6
  • 特許-精練した絹糸、絹織物及び絹編物の製造方法 図7
  • 特許-精練した絹糸、絹織物及び絹編物の製造方法 図8
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-04-03
(45)【発行日】2024-04-11
(54)【発明の名称】精練した絹糸、絹織物及び絹編物の製造方法
(51)【国際特許分類】
   D06L 1/12 20060101AFI20240404BHJP
   D01F 4/02 20060101ALI20240404BHJP
【FI】
D06L1/12
D01F4/02
【請求項の数】 4
(21)【出願番号】P 2020051896
(22)【出願日】2020-03-23
(65)【公開番号】P2021147742
(43)【公開日】2021-09-27
【審査請求日】2023-03-08
(73)【特許権者】
【識別番号】520100756
【氏名又は名称】有限会社▲吉▼正織物工場
(73)【特許権者】
【識別番号】391048049
【氏名又は名称】滋賀県
(74)【代理人】
【識別番号】100145953
【弁理士】
【氏名又は名称】真柴 俊一郎
(72)【発明者】
【氏名】▲吉▼田 和生
(72)【発明者】
【氏名】三宅 肇
(72)【発明者】
【氏名】岡田 倫子
【審査官】長谷川 大輔
(56)【参考文献】
【文献】特開昭49-071265(JP,A)
【文献】特開2002-338416(JP,A)
【文献】特開昭49-117712(JP,A)
【文献】実開昭50-000207(JP,U)
【文献】欧州特許出願公開第00608706(EP,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
D01F1/00-6/96
9/00-9/04
D06L1/00-4/75
D06M10/00-16/00
19/00-23/18
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
植物、動物又は魚貝類を燃焼して得られる灰を収容したフィルターバッグ又は内部と外部とが連通した複数の孔を有する多孔質の容器を、加熱された水に浸漬する第一工程、及び
前記水にセリシンが除去されていない絹糸、絹織物又は絹編物を浸漬し前記水を加熱する第二工程、
を含む、精練した絹糸、絹織物又は絹編物の製造方法。
【請求項2】
第一工程において、フィルターバッグを使用する事を特徴とする、請求項1に記載の製造方法。
【請求項3】
前記第一工程において、前記水1kg当たり5~50gの灰を使用することを特徴とする、請求項1又は2に記載の製造方法。
【請求項4】
前記第二工程を加圧可能な容器中で圧力をかけて行うことを特徴とする、請求項1~3のいずれか1項に記載の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、精練した絹糸、絹織物及び絹編物の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
絹製品は独特の触感及び光沢を有し高い装飾性を有するため、衣服や装飾品の分野等で珍重されている。絹製品の元となる絹糸は蚕糸(精練前の絹糸)から得られる。蚕糸は、蚕の幼虫が吐き出す繊維であり、フィブロイン及びフィブロインの表面を覆うセリシンを含む。前記絹糸の独特の触感及び光沢はフィブロインによりもたらされる一方で、蚕糸に含まれるセリシンはこのような触感及び光沢を損なう物質である。したがって、このような独特の触感及び光沢を有する絹糸を製造するために、蚕糸からセリシンを除去する工程が必要となる。このようなセリシンを除去する工程は精練と言われる。
【0003】
前記精練は種々の方法により行われている。例えば、以下の特許文献1は、特定の構造を有するアミノ酸系アニオン界面活性剤単独で又は前記界面活性剤と炭酸水素ナトリウムのようなアルカリ性物質を併用する精練方法を開示している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開平4-57966号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、精練において前記のような化学物質を使用する場合には、以下のような問題が生じる。すなわち、化学的に合成された物質は自然界には存在しないため、精練後の廃液をそのまま自然に排出する事はできない。このような廃液を廃棄する際に、中和等の浄化処理が必要となる。このような浄化処理に係る時間及び浄化施設のコストは最終的に得られる絹製品の価格を押し上げる要因ともなり得る。
したがって、このような問題を解決できる技術が望まれていた。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らが鋭意検討を重ねた結果、特定の方法により上記課題が解決できる事を見いだし、本発明に至った。
すなわち本発明は、
[1]植物、動物又は魚貝類を燃焼して得られる灰を収容したフィルターバッグ又は内部と外部とが連通した複数の孔を有する多孔質の容器を、加熱された水に浸漬する第一工程、及び
前記水にセリシンが除去されていない絹糸、絹織物又は絹編物を浸漬し前記水を加熱する第二工程、
を含む、精練した絹糸、絹織物又は絹編物の製造方法、
[2]第一工程において、フィルターバッグを使用する事を特徴とする、[1]に記載の製造方法、
[3]前記第一工程において、前記水1kg当たり5~50gの灰を使用することを特徴とする、[1]又は[2]に記載の製造方法、並びに
[4]前記第二工程を加圧可能な容器中で圧力をかけて行うことを特徴とする、[1]~[3]のいずれかに記載の製造方法、
に関する。
【発明の効果】
【0007】
本発明の方法により、環境に悪影響を及ぼす恐れがほぼ無く、絹の有する独特の触感や光沢に対する影響が極めて低い条件で精練した絹糸、絹織物又は絹編物を提供する事ができる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
図1】実施例1における第一工程の様子を写した写真である。
図2】実施例1における第二工程の様子を写した写真である。
図3】セリシンが除去されていない絹織物の表面の顕微鏡写真である。
図4】セリシンが除去されていない絹織物の断面の顕微鏡写真である。
図5】実施例1により得られた絹織物の表面の顕微鏡写真である。
図6】実施例1により得られた絹織物の断面の顕微鏡写真である。
図7】実施例2により得られた絹織物の表面の顕微鏡写真である。
図8】実施例2により得られた絹織物の断面の顕微鏡写真である。
【発明を実施するための形態】
【0009】
本発明の方法は、植物、動物又は魚貝類を燃焼して得られる灰を収容したフィルターバッグ又は内部と外部とが連通した複数の孔を有する多孔質の容器(以下、「多孔質の容器」とする)を、加熱された水に浸漬する第一工程、及び
前記水にセリシンが除去されていない絹糸、絹織物又は絹編物を浸漬し前記水を加熱する第二工程、
を含む。以下に、本発明で使用する材料等及び器具類を説明し、次いで方法の各工程について説明する。
【0010】
1.使用する材料等
(1)灰
本発明で使用する灰は、動物、植物又は魚貝類を燃焼させて得られる灰である。このような灰を使用する事により、環境のみならず作業者に対する悪影響を最低限に抑え、独特の触感及び光沢を有する精練された絹糸、絹織物又は絹編物を製造する事が可能となる。なお、本発明における「灰」とは、動物又は植物がやけ尽くした後に残る粉状の物質を意味する。灰の原料となる動物又は植物は、得られた灰によりセリシンが除去されていない絹糸、絹織物又は絹編物から一定量のセリシンを除去し、絹の有する独特の光沢及び触感が得られるものである事を条件として特に制限されない。このような灰の原料となり得る動物、植物又は魚貝類の具体例として、以下のものが挙げられる:牛、豚、鶏、イノシシ、鹿及び鯨等の動物、特にこれら動物の骨、マグロ、サメ及び鯉等の海水又は淡水生の魚類、特にこれら魚類の骨、ホタテ、アサリ及びシジミ等の貝類、特にこれらの殻、クスノキ、ブナ、ナラ、クヌギ及びシデ等の広葉樹、特にこれらの葉、枝、幹、樹皮又は根、アカマツ、エゾマツ及び杉等の針葉樹、特にこれらの葉、枝、幹、樹皮又は根、稲及び麦等のイネ科の植物、特にこれらの藁。
【0011】
(2)セリシンが除去されていない絹糸、絹織物又は絹編物
本発明の方法で使用する原料は、セリシンが除去されていない絹糸、絹織物又は絹編物である。ここで「セリシンが除去されていない絹糸、絹織物又は絹編物」とは、一度も精練されずセリシンが全く除去されていない絹糸、絹織物又は絹編物を含む事はもちろんの事、例えば、他の方法により一旦精練がされているが当該精練によるセリシンの除去が不十分であり、前記独特の光沢及び触感が得られていない状態の絹糸、絹織物又は絹編物も含む。以下、「セリシンが除去されていない絹糸、絹織物又は絹編物」のことを「セリシンが除去されていない絹糸等」とする。
【0012】
(3)水
本発明で使用する水は、水道水、工業用水、純水、イオン交換水又は蒸留水のいずれも使用可能である。また、水に、セリシンの除去を補助するための炭酸ナトリウム、石鹸及びキレート剤等の試薬等を、環境及び作業者に対してダメージを与えない程度で加えてもよい。
【0013】
2.使用する器具類
(1)フィルターバッグ又は多孔質の容器
本発明の方法において、フィルターバッグ又は多孔質の容器を使用する。
本発明の方法において使用するフィルターバッグとして、液剤の不純物除去や、油分吸着、遠心分離等の用途に使用される、袋状の濾過フィルターを特に制限無く使用できる。袋を形成する布は、綿、麻、ナイロン、ポリエチレン、ガラス繊維、ポリエステル等による織布又は不織布であってよい。フィルターバッグの形状は特に制限されず、例えば、丸型、筒型、四角形、二股型又は封筒型等の形状であってよい。また、大きさについては、本発明の方法において使用される灰を収容できる程度の大きさである事を条件に、特に制限されない。なお、フィルターバッグの孔のサイズは特に制限されず、前記の通り水が容器の内外に移動可能である程度の大きさであり、かつ後述する容器内に収容される灰が過剰に容器外部に漏れ出す事がない程度の大きさであればよい。例えば、ろ過精度(JISB8356-8:2002に規定されるマルチパステストにて測定したろ過比が200以上となる粒子径を意味する)が、好ましくは100nm~20μm、より好ましくは200nm~10μm、さらに好ましくは500nm~5μmのフィルターバッグを使用可能である。ろ過精度を上記数値範囲とする事により、フィルターバッグ内外での水の移動を過度に妨げる事無く、フィルターバッグ内に収容された灰が過度にフィルターバッグ外に漏れ出す事を防ぐ事ができる。
【0014】
前記多孔質の容器は、内部と外部とが連通した複数の孔を有する容器である。ここで、「内部と外部とが連通した」とは、前記孔が容器の壁を貫通する事でその内部と外部とが貫通しており、例えば、前記孔を通じて水が容器の内外に移動可能である状態である事を意味する。孔のサイズは特に制限されず、前記の通り水が容器の内外に移動可能である程度の大きさであり、かつ後述する容器内に収容される灰が過剰に容器外部に漏れ出す事がない程度の大きさであればよい。このような孔のサイズの典型的な例として、例えば、好ましくは0.4~50μm、より好ましくは0.5~30μm、さらに好ましくは0.8~20μmである。容器の孔のサイズを前記数値範囲とする事により、容器内外における水の移動を過度に妨げる事無く、かつ容器内に収容された灰が過度に容器外に漏れ出す事を防ぐ事ができる。本発明で使用する容器は、前記のような孔を複数有している。孔の数は、十分な量の水が容器の内外を移動する事ができる事を条件として、特に制限されない。孔の数の具体的な例として、例えば、1cm当たり、好ましくは12500の二乗~100の二乗個、より好ましくは10,000の二乗~333の二乗個、さらに好ましくは6250の二乗~125の二乗個である。孔の数を前記数値範囲とする事により、容器の内外における水の通過をよりスムーズにする事ができる。
【0015】
前記容器の素材は、前記のような多孔質にする事ができ、かつ後述する加熱条件に耐える事ができる事を条件として特に制限されない。このような素材の具体例として、例えば、鉄、ステンレス及びアルミ等の金属、ガラス等の無機材料、綿及び麻等の植物繊維、絹及び羊毛等の動物繊維、レーヨン、キュプラ及びポリノジック等の再生繊維、アセテート及びトリアセテート等の半合成繊維、並びにナイロン、ポリエステル、アクリル及びポリ塩化ビニル等の合成繊維等が挙げられる。前記容器は、これら素材によって適宜形成してよい。例えば、容器の素材を金属又は無機材料にした場合、孔を空けた前記金属若しくは無機材料の板又は前記金属若しくは無機材料のワイヤーからなる網を箱状の容器にしてよい。容器の素材を前記繊維にした場合、前記繊維の編物を袋状の容器にしてよい。
【0016】
容器の大きさは、各工程の規模、方法で使用する灰の量、方法で使用するセリシンが除去されていない絹糸等の量及び各工程の条件等に基づいて適宜変更可能である。容器は必要に応じて蓋をする事ができる形状としてよい。容器が繊維の織布又は不織布からなる袋状容器である場合、袋の入り口に蓋をしてもよいし、蓋を用いる代わりに袋の上側をねじる事により入り口を塞いでもよい。また、容器には、後述する釜からウインチ等の機器を用いて持ち上げる事ができるようにフックを掛ける箇所を設けてもよい。
なお、本発明の方法においては、フィルターバッグを使用することがより好ましい。フィルターバッグを用いることにより、収容された灰が外部に漏れる恐れを極力低減できる。
【0017】
(2)釜
本発明における釜は、後述する水等の溶媒、前記多孔質の容器及びセリシンが除去されていない絹糸等を収容でき、後述する加熱ができる事を条件としていかなる容器も使用できる。このような釜の例として、例えば、一般的な絹製品の精練作業にて用いられている500~3,000リットルのステンレス製容器が挙げられる。釜は、必要に応じて蓋で密封する事ができ、コンプレッサー等によりその内部を加圧できることが好ましい。また、釜の内部には、後述するハンガーを引っかけるフック等の掛止具を備えてよい。
【0018】
3.本発明の工程
(1)第一工程
第一工程は、植物、動物又は魚貝類を燃焼して得られる灰を収容した内部と外部とが連通した複数の孔を有する多孔質の容器を、加熱された水に浸漬する工程である。
前記釜に水を入れる。水の量は、第一工程で使用する容器の大きさ、灰の量、第二工程で使用されるセリシンが除去されていない絹糸等の量、方法の条件等に基づいて適宜調整可能である。例えば、セリシンが除去されていない絹織物40kgを処理する場合には、1.5t(1500kg)の水を使用する事が好ましい。前記灰を前記容器に収容し、当該容器を水に浸漬する。この場合、前記容器に収容される灰の量は、第一工程で使用する容器の大きさ、第二工程で使用されるセリシンが除去されていない絹糸等の量、方法の条件等に基づいて適宜調整可能である。具体的には、例えば、前記水1kg当たり好ましくは5~50g、より好ましくは5~40g、さらに好ましくは5~30gの灰を使用する。水1kgに対する灰の量を前記範囲とする事により、過剰な灰の使用を抑えつつ、セリシンの除去効率をより良好に保つ事ができる。前記灰を収容した容器を、釜に入れた水に浸漬する。浸漬する際には、ウインチ等の動力に接続されたフック等で容器を引っかけて、前記動力で容器を上げ下げできるようにしてよい。
【0019】
前記水を加熱する。なお、加熱は、前記容器を浸漬してから開始してもよいし、前記容器を浸漬する前に開始して水の温度を所定の温度まで昇温させてから前記容器を浸漬させ加熱を継続してもよい。水の加熱温度は、後述する第二工程におけるセリシンの除去ができる水が得られる事を条件として特に制限されない。例えば、常圧下において水の温度を、好ましくは40~100℃、より好ましくは90~98℃になるまで加熱してよい。加熱時間も、後述する第二工程においてセリシンの除去ができる事を条件として特に制限されない。例えば、常圧下における加熱時間を、好ましくは5~720分、より好ましくは15~150分とする事ができる。なお、水を加熱する際の方法に特に制限は無く、ガス等の燃料を燃焼させて釜の外部から間接的に加熱する方法や、電熱線を用いて釜の外部から間接的に加熱する方法や、電熱線を水に浸漬して水を直接加熱する方法等が採用可能である。
【0020】
なお、第一工程における加熱を、加圧条件下、例えば、好ましくは0.11~0.3MPa、より好ましくは0.15~0.2MPaの条件下において行ってもよい。圧力を上記範囲とする事により、圧力を過剰に上げる事無く、加熱時のエネルギー及び加熱時間を節約する事ができるため、方法全体の効率をより向上できる。加圧条件下における加熱温度は、後述する第二工程におけるセリシンの除去ができる水が得られる事を条件として特に制限されない。例えば、水の温度を、好ましくは40~130℃、より好ましくは90~120℃になるまで加熱してよい。加熱時間も、後述する第二工程においてセリシンの除去ができる事を条件として特に制限されない。例えば、加熱時間を、好ましくは5~720分、より好ましくは15~150分とする事ができる。
【0021】
第一工程における加熱を終了した直後に第二工程を開始してもよいし、第一工程の加熱を所定時間行った後に加熱を継続しつつ第二工程に移行してもよいし、第一工程における加熱を終了した後所定の時間をおいた後に第二工程を開始してもよい。例えば、第一工程における加熱を終了した後に、一定の時間、例えば2~48時間容器を水につけたままの状態で静置してよい。このように所定の時間静置する事により、第一工程により得られた水が有するセリシンを除去する能力をより向上できる。
【0022】
(2)第二工程
第二工程は、前記第一工程後の水にセリシンが除去されていない絹糸等を浸漬し前記水を加熱する工程である。
【0023】
第二工程を行うにあたり、第一工程において水に浸漬した前記容器をあらかじめ取り出してもよいし、前記容器を浸漬したまま第二工程を行ってもよい。また、第二工程を行っている最中に前記容器を取り出す事も可能である。前記容器を取り出してから第二工程を行う事により、容器から灰が漏れ出し絹糸、絹織物又は絹編物を汚す可能性をより低くできる。
【0024】
水に、前記セリシンが除去されていない絹糸等を浸漬する。セリシンが除去されていない絹糸等は、フックを有するハンガー等に掛けて当該フックに接続されたウインチ等の動力により上げ下げできるようにする事が好ましい。前記ウインチを作動させ、ハンガーを下げる事により、安全に釜の中の水にセリシンが除去されていない絹糸等を浸漬できる。
【0025】
セリシンが除去されていない絹糸等を浸漬し、釜の中の水を加熱する。水の加熱温度は、前記絹糸等からセリシンを除去できる温度である事を条件として、特に制限されない。例えば、常圧下において水の温度を、好ましくは30~100℃、より好ましくは40~100℃、さらに好ましくは90~98℃になるまで加熱してよい。前記のような温度範囲とする事により、過剰な熱を加える事無くセリシンの除去が可能である。また、加熱時間については、第一工程において使用した灰の種類及びその量、第二工程における加熱温度並びにセリシンが除去されていない絹糸等の量等により適宜変更可能である。例えば、第二工程においてセリシンが除去されていない絹織物1kgを加熱する場合、好ましくは10~720分、より好ましくは30~180分加熱してよい。なお、水を加熱する際の方法に特に制限は無く、ガス等の燃料を燃焼させて釜の外部から間接的に加熱する方法や、電熱線を用いて釜の外部から間接的に加熱する方法や、電熱線を水に浸漬して水を直接加熱する方法等が採用可能である。
【0026】
なお、第二工程における加熱を、加圧条件下、例えば、好ましくは0.11~0.3MPa、より好ましくは0.15~0.2MPaの加圧条件下において行ってもよい。圧力を上記範囲とする事により、圧力を過剰に上げる事無く、加熱時のエネルギー及び加熱時間を節約する事ができるため、方法全体の効率をより向上できる。加圧条件下における加熱温度は、セリシンの除去ができる事を条件として特に制限されない。例えば、水の温度を、好ましくは40~130℃、より好ましくは90~120℃になるまで加熱してよい。加熱時間も、第一工程において使用した灰の種類及びその量、第二工程における加熱温度並びにセリシンが除去されていない絹糸等の量等により適宜変更可能である。例えば、加圧条件下において、加熱時間を、好ましくは10~720分、より好ましくは30~150分とする事ができる。
【0027】
前記加熱を行う事により、セリシンが除去されていない絹糸等からセリシンが除去され、精練した絹糸、絹織物又は絹編物が得られる。加熱後に精練した絹糸、絹織物又は絹編物を水から取り出し、そのまま乾燥させてもよいし、水等の溶媒で洗浄してもよい。溶媒で洗浄する事により、精練した絹糸、絹織物又は絹織物の表面から、例えば、前記容器から漏れた灰が付着している場合には当該灰を除去できる。精練した絹糸、絹織物又は絹編物を取り出した後の水は、特に処理する事無く下水等に排水可能である。
【0028】
以下、実施例により、本発明をより詳細に説明する。なお、実施例が本発明の範囲に影響を与えないことは言うまでも無い。
【実施例
【0029】
1.使用した機器等
(1)多孔質の容器:スリーエムジャパン株式会社製筒状フィルターバッグ(ポリエステル製水処理用フィルターバッグNBシリーズ、容量約20L、ろ過精度1μm)3つ
(2)釜:永砂ボイラー工業株式会社社製釜(ステンレス製、容量1500L)
2.使用した材料等
(1)灰:稲藁灰
(2)セリシンを除去していない絹織物(変り一越ちりめん)(1kg)
【0030】
3.実施例1
前記容器3つにそれぞれ灰を5kgずつ入れ、容器の上部を図1に示すようにねじった後にひもで縛り蓋をした。前記釜に1.5tの水を入れた。前記灰を入れた3つの容器を前記釜の中の水に浸漬した(水1kg当たりの灰の使用量10g)。容器を浸漬した後、常圧にて水を常温から95℃まで昇温させ、120分加熱した。加熱終了後、前記容器を浸漬したまま12時間静置した。
【0031】
12時間静置した後、前記容器を自ら取り出し、ハンガーに掛けたセリシンを除去していない絹織物を浸漬した(図2参照)。浸漬後、常圧にて水を常温から98℃まで昇温させ、3時間加熱を継続した。加熱終了後、絹織物を取り出し、水により洗浄した後乾燥させた。
【0032】
図3は前記セリシンが除去されていない絹織物の表面の顕微鏡写真であり、図4は前記絹織物の断面の顕微鏡写真である。一方、図5は本発明の方法により得られた精練後の絹織物の表面の顕微鏡写真、図6は前記絹織物の断面の顕微鏡写真である。図3及び4と図5及び6とを比較する事により、前記セリシンが除去されていない絹織物の表面からセリシンが除去され、フィブロインが表出している事が分かる。精練後の絹織物の触感及び光沢は、従来の方法で得られた精練後の絹織物の触感及び光沢と比較して遜色ないものであった。
【0033】
4.実施例2
前記容器3つにそれぞれ灰を5kgずつ入れ、容器の上部を実施例1と同じようにねじった後にひもで縛り蓋をした。前記釜に1.5tの水を入れた。前記灰を入れた3つの容器を前記釜の中の水に浸漬した(水1kg当たりの灰の使用量10g)。容器を浸漬した後、0.2MPaの加圧条件下にて水を常温から120℃まで昇温させ、20分加熱した。加熱終了後、前記容器を浸漬したまま12時間静置した。
【0034】
12時間静置した後、前記容器を自ら取り出し、ハンガーに掛けたセリシンを除去していない絹織物を実施例1と同じように浸漬した。浸漬後、釜に蓋をして0.2MPaの加圧条件下にて水を常温から120℃まで昇温させ、30分間加熱を継続した。加熱終了後、絹織物を取り出し、水により洗浄した後乾燥させた。
【0035】
図3は前記セリシンが除去されていない絹織物の表面の顕微鏡写真であり、図4は前記絹織物の断面の顕微鏡写真である。一方、図7は本発明の方法により得られた精練後の絹織物の表面の顕微鏡写真、図8は前記絹織物の断面の顕微鏡写真である。図3及び4と図7及び8とを比較する事により、前記セリシンが除去されていない絹織物の表面からセリシンが除去され、フィブロインが表出している事が分かる。精練後の絹織物の触感及び光沢は、従来の方法で得られた精練後の絹織物の触感及び光沢と比較して遜色ないものであった。各工程を加圧条件下で行う事により、常圧条件下で行うよりもより少ないエネルギーでかつより短い時間で実施出来た。
【0036】
なお、本発明のさらなる態様を以下に記載する。
[1]植物、動物又は魚貝類を燃焼して得られる灰を収容したフィルターバッグ又は内部と外部とが連通した複数の孔を有する多孔質の容器を、加熱された水に浸漬する第一工程、及び
前記水にセリシンが除去されていない絹糸、絹織物又は絹編物を浸漬し前記水を加熱する第二工程、
を含む方法により製造される、精練された絹糸、絹織物又は絹編物、
[2]第一工程において、フィルターバッグを使用する事を特徴とする、[1]に記載の精練された絹糸、絹織物又は絹編物、
[3]前記第一工程において、前記水1kg当たり5~50gの灰を使用することを特徴とする、[1]又は[2]に記載の精練された絹糸、絹織物又は絹編物、並びに
[4]前記第二工程を加圧可能な容器中で圧力をかけて行うことを特徴とする、[1]~[3]のいずれかに記載の精練された絹糸、絹織物又は絹編物。
【産業上の利用可能性】
【0037】
本発明の方法により、環境及び作業者に与えるダメージを最小限としつつ、精練した絹糸等をより高い効率で製造できる。

図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8