(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-04-03
(45)【発行日】2024-04-11
(54)【発明の名称】防刃靴
(51)【国際特許分類】
A43B 23/02 20060101AFI20240404BHJP
A43B 7/32 20060101ALI20240404BHJP
【FI】
A43B23/02 101Z
A43B23/02 101A
A43B7/32
(21)【出願番号】P 2020167372
(22)【出願日】2020-10-01
【審査請求日】2023-06-02
(73)【特許権者】
【識別番号】592160607
【氏名又は名称】日進ゴム株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100187838
【氏名又は名称】黒住 智彦
(74)【代理人】
【識別番号】100215393
【氏名又は名称】近藤 祐資
(74)【代理人】
【識別番号】100205589
【氏名又は名称】日野 和将
(74)【代理人】
【識別番号】100194478
【氏名又は名称】松本 文彦
(72)【発明者】
【氏名】野崎 知裕
(72)【発明者】
【氏名】田窪 隆志
(72)【発明者】
【氏名】渡邉 喜朗
【審査官】渡邉 洋
(56)【参考文献】
【文献】特開2020-142029(JP,A)
【文献】特開2003-174904(JP,A)
【文献】特開2011-157656(JP,A)
【文献】特表2019-501309(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2019/0048497(US,A1)
【文献】米国特許出願公開第2019/0048496(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A43B 1/00- 23/30
A43C 1/00- 19/00
A43D 1/00-999/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
甲被が、
甲被の外面を形成するアッパー層と、
甲被の内面を形成するライニング層と、
アッパー層とライニング層との間に配された防刃層と
で構成された防刃靴であって、
防刃層が、
アッパー層に接着させない状態でアッパー層の下側に設けた第一防刃生地と、
第一防刃生地に接着させない状態で第一防刃生地の下側に設けた第二防刃生地と
で構成され、
第二防刃生地が、第一防刃生地よりも伸長性の高い生地とされた
ことを特徴とする防刃靴。
【請求項2】
第一防刃生地が、アラミド生地又は皮革とされた請求項1記載の防刃靴。
【請求項3】
防刃層が、第二防刃生地よりも伸張性の低い生地からなり、第二防刃生地に接着させない状態で第二防刃生地の下側に設けた第三防刃生地を有する請求項1又は2記載の防刃靴。
【請求項4】
第三防刃生地が、アラミド生地又は皮革とされた請求項3記載の防刃靴。
【請求項5】
第一防刃生地が、互いに接着されていない複数枚の生地で構成された請求項1~4いずれか記載の防刃靴。
【請求項6】
第二防刃生地が、合成繊維の立体編物からなるメッシュ生地とされた請求項1~5いずれか記載の防刃靴。
【請求項7】
アッパー層とライニング層との間に、複数の防刃層が設けられ、
それぞれの防刃層が、互いに接着されていない第一防刃生地と第二防刃生地とで構成された
請求項1~6いずれか記載の防刃靴。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、刃物が貫通しにくい工夫を甲被に施した防刃靴に関する。
【背景技術】
【0002】
包丁等の刃物を扱う食品加工工場や厨房では、落下した刃物が足に突き刺さる事故が発生することがある。この点、つま先部分に金属製又は硬質樹脂製の保護先芯が入った靴(いわゆる安全靴)を履いて作業すれば、つま先を保護することができる。しかし、この種の安全靴では、足におけるつま先以外の部分(足の甲等)を保護することができない。また、金属や硬質樹脂で形成された保護先芯は、刃物に対する耐貫通性に優れている分、刃物を跳ね返してしまう。このため、跳ね返った刃物で周囲の人が傷つく等、二次的な被害を招くおそれがある。
【0003】
ところで、特許文献1の第3図には、甲革4(アッパー層)と裏布5(ライニング層)との間に保護体3(防刃層)を設けた靴が記載されている。保護体3は、同文献の第2図に示されるように、繊維入りゴム保護層1の内部にシート状の中芯2を埋め込んだもの(同文献の実用新案登録請求の範囲を参照。)となっている。同文献には、上記の構成を採用することによって、靴の履き心地を損なうことなく、足の甲における広い範囲を保護することが可能になる旨(同文献の第2欄第21~27行を参照。)も記載されている。
【0004】
また、特許文献2の
図1には、表胴ゴム1F(アッパー層)と裏布1C(ライニング層)との間に切裂防止布1B(防刃層)を設けた靴が記載されている。同文献には、切裂防止布1Bとしては、ケブラー(登録商標)等、柔軟な繊維の網目構造の生地を用いること(段落0015を参照。)が記載されている。ケブラー(登録商標)は、接着剤が付着すると、生地本来の柔軟な繊維構造がなくなって切れやすくなるところ(同文献の段落0003を参照。)、接着剤を使用しないことで、切り裂きに強くすることが可能になる旨(同文献の段落0016を参照。)も記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】実公昭61-032489号公報
【文献】特開2003-174904号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
このように、甲被等に特殊な生地を採用することで足の甲等を保護する靴は、これまでにいくつか提案されている。しかし、落下する刃物が甲被を貫通しない構造の靴は、これまでに見当たらなかった。
【0007】
例えば、上記の特許文献2の靴で用いられているケブラー(登録商標)は、引張強度に優れたアラミド繊維であり、防刃性の高い生地として知られているが、それ単体では、先の尖った刃物の貫通を防止することができない。刃の先端を下向きにした包丁を85cmの高さ(食品加工工場や厨房で想定される調理台を想定した高さ)から落下させると、刃の先端がケブラー(登録商標)を貫通することを確認している。ケブラー(登録商標)は、耐切裂性には優れていても、耐刺突性(尖った刃物が貫通しない性質)の面では十分とは言えない。
【0008】
このような実状に鑑みて、本発明者らが、耐刺突性に優れた生地について検討していたところ、引裂強度がある程度高い生地であれば、ある程度伸張性を有しているものの方が、耐刺突性に優れることを発見した。しかし、この種の生地は、耐刺突性には優れていても、刃物を跳ね返してしまいやすいという欠点があることも分かった。既に述べたように、刃物が跳ね返ると二次的な被害を招くおそれがある。
【0009】
本発明は、上記課題を解決するために為されたものであり、甲被の耐刺突性に優れながらも、甲被で刃物が跳ね返りにくい構造の防刃靴を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記課題は、
甲被が、
甲被の外面を形成するアッパー層と、
甲被の内面を形成するライニング層と、
アッパー層とライニング層との間に配された防刃層と
で構成された防刃靴であって、
防刃層が、
アッパー層に接着させない状態でアッパー層の下側に設けた第一防刃生地と、
第一防刃生地に接着させない状態で第一防刃生地の下側に設けた第二防刃生地と
で構成され、
第二防刃生地が、第一防刃生地よりも伸長性の高い生地とされた
ことを特徴とする防刃靴
を提供することによって解決される。
【0011】
本発明の防刃靴では、甲被のアッパー層とライニング層との間に配する防刃層を、伸張性の異なる2枚の防刃生地(第一防刃生地と第二防刃生地)で形成している。防刃生地のように、引裂強度がある程度高い生地であれば、伸張性が高いものの方が耐刺突性に優れる傾向があるところ、本発明の防刃靴では、伸張性が比較的低い防刃生地(第一防刃生地)を上側に配し、伸張性が比較的高い防刃生地(第二防刃生地)を下側に配している。これにより、落下してくる刃物の勢いを第一防刃生地で弱めながら、その刃物を第二防刃生地で受け止めることができるようになり、甲被の耐刺突性を高めることが可能になる。
【0012】
また、落下した刃物が甲被で跳ね返らないようにすることも可能になる。というのも、第二防刃生地のように伸張性のある防刃生地は、それ単体では、刃物が跳ね返りやすいところ、本発明の靴底における甲被では、第二防刃生地の上側に、第一防刃生地(伸張性が低く刃物が跳ね返りにくい防刃生地)を配している。このため、刃物が第二防刃生地に到達するよりも前に、第一防刃生地によって刃物の勢いを弱めることが可能になる。加えて、本発明の靴底における甲被では、第一防刃生地と第二防刃生地とを接着しておらず、その間に隙間がある状態となっている。このため、落下してきた刃物が第一防刃生地を貫通した後に、その隙間が拡大していくことで、より長時間に亘って、第一防刃生地から刃物に抵抗力を加えることが可能になるからである。以下においては、この隙間のように、互いに接着されていない2枚の生地の境界にある隙間であって、それが拡大していくことによって、刃物に抵抗を加える時間を長くする作用のあるものを、「緩衝隙間」と呼ぶことがある。
【0013】
本発明の防刃靴において、第一防刃生地として使用する生地の種類は、ある程度防刃性を有し、刃物を跳ね返しにくいものであれば、特に限定されない。第一防刃生地としては、ケブラー(登録商標)等のアラミド生地や、皮革(本革又は合成皮革)等が例示される。また、第二防刃生地として使用する生地の種類は、第一防刃生地よりも伸張性のあるものであれば、特に限定されない。第二防刃生地としては、合成繊維(ポリエステル等)の立体編物(ダブルラッセル編物等)からなるメッシュ生地等が例示される。
【0014】
本発明の防刃靴においては、ライニング層のすぐ上側に、防刃層の第二防刃生地が位置するようにしてもよい(防刃層の第二防刃生地のすぐ下側に、ライニング層が位置するようにしてもよい)が、第二防刃層とライニング層との間には、耐切裂性の高い生地を配することも好ましい。すなわち、防刃層に、第二防刃生地よりも伸張性の低い生地からなり、第二防刃生地に接着させない状態で第二防刃生地の下側に設けた第三防刃生地を設けることが好ましい。
【0015】
というのも、伸張性の高い第二防刃生地は、耐刺突性に優れるものの、落下してくる刃物の勢いやその先端形状によっては、刃物が貫通する可能性を否定しきれない。この点、この第二防刃生地の下側に、伸張性が低く耐切裂性に優れた第三防刃生地を裏当てすることによって、第二防刃生地の変形(伸長)で刃物の勢いをかなり弱めてから、その刃物を第三防刃生地で受け止めることが可能になり、刃物が甲被をより貫通しにくくなるからである。その際、第二防刃生地と第三防刃生地との隙間を「緩衝隙間」として機能させることも可能になる。また、伸張性の高い(刃物を跳ね返しやすい)第二防刃生地の下側に、伸張性の低い(刃物を跳ね返しにくい)第三防刃生地を配することで、第二防刃生地の下側への変位を第三防刃生地である程度制御できるようになり、刃物をさらに跳ね返りにくくすることも可能になる。
【0016】
本発明の防刃靴において、第三防刃生地として使用する生地の種類は、第二防刃生地よりも伸張性の低いものであれば、特に限定されない。第三防刃生地としては、ケブラー(登録商標)等のアラミド繊維や、皮革(本革又は合成皮革)等が例示される。第三防刃生地は、第一防刃生地と同一種類の生地で形成してもよい。
【0017】
本発明の防刃靴において、第一防刃生地は、1枚の生地で構成してもよいが、互いに接着されていない複数枚の生地で構成してもよい。これにより、第一防刃生地を厚くするだけでなく、第一防刃生地を構成する複数の生地の隙間を「緩衝隙間」として機能させることも可能になる。したがって、甲被の耐刺突性をさらに高めるだけでなく、落下した刃物が甲被でさらに跳ね返りにくくすることも可能になる。
【0018】
本発明の防刃靴においては、防刃層を1箇所(1層)のみ設けてもよいが、アッパー層とライニング層との間に、複数の防刃層を設けることが好ましい。この場合には、それぞれの防刃層を、互いに接着されていない第一防刃生地と第二防刃生地とで構成することが好ましい。これによっても、甲被の耐刺突性をさらに高めるだけでなく、落下した刃物が甲被でさらに跳ね返りにくくすることも可能になる。
【発明の効果】
【0019】
以上のように、本発明によって、甲被の耐刺突性に優れながらも、甲被で刃物が跳ね返りにくい構造の防刃靴を提供することが可能になる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【
図2】第一実施態様の防刃靴における甲被に落下してきた刃物が第一防刃生地を貫通して第二防刃生地に達した状態を示した拡大断面図である。
【
図3】第二実施態様の防刃靴における甲被の部分を示した拡大断面図である。
【
図4】第三実施態様の防刃靴における甲被の部分を示した拡大断面図である。
【
図5】試験で使用した刃物の概形を示した図である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
0.本発明に係る防刃靴の概要
本発明の防刃靴の好適な実施態様について、図面を用いてより具体的に説明する。本発明の防刃靴は、甲被を有する靴であれば、その形態種別を特に限定されない。本発明の防刃靴は、短靴タイプ、半長靴タイプ又は長靴タイプ等のいずれの形態種別でも採用することができる。また、その用途種別も特に限定されないが、通常、作業用のものとされる。なかでも、包丁等の刃物を頻繁に扱う食品加工工場や厨房で使用するものとして好適である。以下においては、説明の便宜上、食品加工工場や厨房で使用する作業用の短靴タイプのものを例に挙げて、本発明の防刃靴を説明する。
【0022】
以下においては、第一実施態様から第三実施態様までの3つの実施態様を例に挙げて本発明の防刃靴を説明する。しかし、本発明の防刃靴の技術的範囲は、これらの実施態様に限定されない。本発明の防刃靴には、発明の趣旨を損なわない範囲で適宜変更を施すことができる。
【0023】
1.第一実施態様の防刃靴
まず、第一実施態様の防刃靴について説明する。
図1は、第一実施態様の防刃靴を示した図である。同図において、丸囲みの拡大部は、断面で示している。第一実施態様の防刃靴は、
図1に示すように、甲被10と、つま先20と、靴底30とを備えている。甲被10は、着用者の足の甲の上側を覆う「甲革」と呼ばれる甲被前側部10aと、それ以外の部分を覆う甲被後側部10b(「腰革」や「筒革」と呼ばれる部分)とで構成されている。落下した刃物がつま先20や甲被10(特に甲被前側部10a)を貫通してしまうと、足にケガを負うところ、この防刃靴は、つま先20や、甲被前側部10aを、刃物が貫通しにくくすることによって、足を保護している。
【0024】
すなわち、つま先20の内側には、保護先芯21を収容している。この保護先芯21は、金属又は硬質樹脂によって形成される。調理台の高さから落下してくる刃物(包丁等)程度であれば、この保護先芯21で、その刃物の貫通を完全に防ぐことができる。また、つま先20に重量物(重たいケース等)が落下したときに、その荷重を保護先芯21で受け止め、つま先20が潰れないようにすることもできる。
【0025】
甲被前側部10aも、刃物の貫通を防ぐことだけを考慮すれば、つま先20と同様の構造とすればよい。しかし、甲被前側部10aに、金属や硬質樹脂で形成された硬い保護先芯を入れてしまうと、防刃靴の履き心地が悪くなるだけでなく、歩行時に甲被前側部10aが屈曲しにくくなり、防刃靴が歩きにくいものとなってしまう。このため、第一実施態様の防刃靴では、甲被前側部10aの柔軟性や屈曲性を維持しながら、甲被前側部10aの耐刺突性を高めることができる構造を採用している。具体的には、以下の構造を採用している。
【0026】
すなわち、甲被前側部10aを、甲被10の外面を形成するアッパー層11と、甲被10の内面を形成するライニング層12と、アッパー層11とライニング層12との間に配された防刃層13とで構成しており、これらアッパー層11とライニング層12と防刃層13の全てを、柔軟性及び屈曲性を有する素材で形成している。以下、甲被前側部10aを構成する各層について、順に説明する。
【0027】
1.1 アッパー層
アッパー層11は、単に甲被10の外面を形成するだけでなく、落下してきた刃物が防刃層13に達するよりも前にその刃物の勢いを弱める機能や、その刃物の跳ね返りを防止する機能を発揮する部分となっている。アッパー層11には、特に優れた耐刺突性は要求されない。第一実施態様の防刃靴では、落下してきた刃物がアッパー層11を貫通することを想定している。甲被10の耐刺突性は、後述する防刃層13が担う。
【0028】
アッパー層11は、一般的な靴の甲被で用いられる各種素材を採用することができる。アッパー層11を形成する素材としては、皮革(本革又は合成皮革)や、布(織布等)等が例示される。しかし、これらの素材のうち、本革は、落下してきた刃物を跳ね返しやすい。加えて、食品加工工場や厨房等、水を多く使用する環境で使用するものとしては適していない。また、布は、水に濡れやすいことに加えて、汚れが付着しやすく衛生的に保ちにくいため、やはり、食品加工工場や厨房等で使用するものとしては適していない。このため、アッパー層は、合成皮革で形成することが好ましい。
【0029】
第一実施態様の防刃靴においても、アッパー層11に、合成皮革M1を用いている。合成皮革M1としては、ポリウレタン系合成皮革(PU合皮)とポリ塩化ビニル系合成皮革(PVC合皮)とが知られているが、これらのうち、PU合皮を採用している。PU合皮は、刃物を跳ね返しにくいだけでなく、柔軟性や、撥水性や、耐久性に優れるという利点も有している。加えて、PU合皮は、本革に近い質感があり、防刃靴に高級感を付与できるという利点も有している。
【0030】
アッパー層11は、単層構造としてもよいが、第一実施態様の防刃靴では、複層構造としている。具体的には、合成皮革M1の裏面側に、緩衝材M2を接着剤で貼り付けたものをアッパー層11としている。これにより、落下する刃物が甲被10に当たったときの衝撃を和らげることが可能となっている。緩衝材M2は、クッション性を有するのであれば、特に限定されない。第一実施態様の防刃靴においては、エチレン酢酸ビニル共重合樹脂(EVA)からなるスポンジシートを緩衝材M2として用いている。
【0031】
アッパー層11の厚さは、アッパー層11を形成する素材の種類や、アッパー層11の層構成等によっても異なり、特に限定されない。第一実施態様の防刃靴のように、アッパー層11を、合成皮革M1と緩衝材M2との2層構造とする場合には、合成皮革M1の厚さは、通常、0.2~3mm程度とされ、好ましくは、0.5~1.5mm程度とされる。また、緩衝材M2の厚さは、通常、1~5mm程度とされる。アッパー層11の全体の厚さでは、通常、0.5~7mmの範囲とされる。これは、アッパー層11を単層構造とする場合も同様である。
【0032】
1.2 ライニング層
ライニング層12は、甲被10の内面の肌触りを良好にするための部分となっている。第一実施態様の防刃靴におけるライニング層12は、さらに、緩衝性についても考慮したものとなっている。具体的には、ライニング層12を、布地M
5と布地M
6(裏布)との間に、緩衝材M
7を挟み込んだ構造としている。緩衝材M
7には、合成樹脂からなるスポンジシートを用いている。このように、ライニング層12に緩衝材M
7を組み込むことによって、後掲の
図2に示すように、刃物50が第二防刃生地M
4に衝撃を加えたときであっても、その衝撃を緩衝材M
7で和らげ、防刃靴の着用者の足に生じる痛みを緩和できるようにしている。
【0033】
ライニング層12の厚さは、ライニング層12に用いる生地(防刃生地)の種類や、ライニング層12の層構成等によっても異なり、特に限定されない。第一実施態様の防刃靴のように、ライニング層12に緩衝材M7を組み込む場合には、その緩衝材M7の厚さは、通常、0.5~5mm程度とされ、好ましくは、1~3mm程度とすることが好ましい。
【0034】
1.3 防刃層
防刃層13は、アッパー層11を貫通してきた刃物を受け止め、その刃物が甲被10を貫通しないようにするための部分となっている。このため、防刃層13には、耐刺突性に優れた素材(防刃生地)が用いられる。しかし、既に述べたように、防刃生地は、伸長性が高くなればなるほど、耐刺突性が高くなる傾向があるところ、伸張性が高い防刃生地は、刃物を跳ね返しやすい傾向がある。したがって、防刃層13を、伸張性が高い防刃生地のみで形成すると、防刃層13の耐刺突性を高めることができても、落下した刃物が防刃層13で跳ね返りやすくなる。
【0035】
この点、第一実施態様の防刃靴では、防刃層13を、伸張性の異なる2枚の防刃生地(第一防刃生地M3と第二防刃生地M4)で形成することによって、防刃層13における耐刺突性と跳ね返しにくさとを両立させている。すなわち、伸張性が比較的低い第一防刃生地M3を上側に配し、伸張性が比較的高い第二防刃生地M4を下側に配することによって、防刃層13を構成している。これにより、アッパー層11を貫通してきた刃物の勢いを第一防刃生地M3でしっかりと弱めながら、その刃物を第二防刃生地M4で受け止めることができるようになり、甲被の耐刺突性を高めることが可能になる。また、第二防刃生地M4に達した刃物は、第一防刃生地M3によって、勢いがかなり弱まっているため、第二防刃生地M4で跳ね返りにくくなっている。
【0036】
加えて、第一実施態様の防刃靴では、第一防刃生地M
3と第二防刃生地M
4とを接着しておらず、その間に隙間(上述した「緩衝隙間」)がある状態となっている。このため、
図2に示すように、落下してきた刃物が第一防刃生地M
3を貫通した後に、第一防刃生地M
3と第二防刃生地M
4との間の緩衝隙間αが拡大していくことで、より長時間に亘って、第一防刃生地M
3から刃物に抵抗力を加えることができるようになっており、第二防刃生地M
4に達する刃物の勢いをさらに弱めることが可能となっている。
図2は、甲被10に落下してきた刃物50が第一防刃生地M
3を貫通して第二防刃生地M
4に達した状態を示した拡大断面図である。
図2を見ると、
図1に示したときよりも、緩衝隙間αが拡大していることが分かる。
【0037】
また、第一実施態様の防刃靴では、
図2に示すように、アッパー層11の緩衝材M
2と、防刃層13の第一防刃生地M
3とを接着しておらず、アッパー層11と防刃層13との間にも、隙間βを設けている。加えて、第一実施態様の防刃靴においては、後述するように、第一防刃生地M
3を、2枚の生地M
3.1,M
3.2を重ねた構造としているところ、これらの2枚の生地M
3.1,M
3.2も互いに接着しておらず、生地M
3.1と生地M
3.2との間にも、隙間γが形成された状態としている。
【0038】
したがって、これらの隙間β,γでも、上記の緩衝隙間αと同様の機能を発揮させ、刃物50の勢いをより確実に弱め、刃物50が第二防刃生地M4をさらに貫通しにくくするだけでなく、刃物50が第二防刃生地M4でさらに跳ね返りにくくすることも可能となっている。第二防刃生地M4に達した刃物が跳ね返りにくくすることで、刃物の跳ね返りの勢いを抑えることができる。これにより、刃物50が跳ね返ることによる二次的な被害を完全に防止することもできる。
【0039】
第一防刃生地M3に用いる生地(防刃生地)は、第二防刃生地M4に用いる生地(防刃生地)よりも、伸張性が低いもの(刃物50を跳ね返しにくいもの)であれば、特に限定されない。このような生地(防刃生地)としては、アラミド生地や皮革が例示される。アラミド生地としては、ケブラー(登録商標)を好適に用いることができ、皮革としては、ヌバックや、牛革や、硬牛革等を好適に用いることができる。第一実施態様の防刃靴においては、第一防刃生地M3を2枚の生地M3.1,M3.2で構成しているところ、これらの生地M3.1,M3.2として、ケブラー(登録商標)を用いている。
【0040】
第一防刃生地M3の厚さは、第一防刃生地M3に用いる生地(防刃生地)の種類や、第一防刃生地M3の層構成等によっても異なり、特に限定されない。第一実施態様の防刃靴のように、第一防刃生地M3を、ケブラー(登録商標)によって形成する場合には、第一防刃生地M3の厚さ(第一防刃生地M3を複数枚の生地M3.1,M3.2によって形成する場合には、その合計の厚さ。以下同じ。)は、通常、0.5~5mm程度とされ、好ましくは、1~3mm程度とされる。
【0041】
第二防刃生地M4に用いる生地(防刃生地)は、第一防刃生地M3に用いる生地(防刃生地)よりも、伸張性が高いもの(耐刺突性に優れたもの)であれば、特に限定されない。上述したアラミド繊維や皮革でも、第二防刃生地M4として使用し得るものはあるが、合成繊維の立体編物からなるメッシュ生地を第二防刃生地M4として用いることが好ましい。なかでも、ポリエステル繊維のダブルラッセル編物からなるメッシュ生地は、耐刺突性に優れるだけでなく、緩衝性や通気性にも優れるために好ましい。
【0042】
第二防刃生地M4の厚さは、第二防刃生地M4に用いる生地(防刃生地)の種類や、第二防刃生地M4の層構成等によっても異なり、特に限定されない。第一実施態様の防刃靴のように、第二防刃生地M4を合成繊維の立体編物からなるメッシュ生地を、第二防刃生地M4として用いる場合には、その厚さ(第二防刃生地M4を複数枚の生地によって形成する場合には、その合計の厚さ。以下同じ。)は、通常、0.5~5mm程度とされ、好ましくは、1~3mm程度とされる。
【0043】
2.第二実施態様の防刃靴
続いて、第二実施態様の防刃靴について説明する。
図3は、第二実施態様の防刃靴における甲被の部分を示した拡大断面図である。第二実施態様の防刃靴については、主に、上述した第一実施態様の防刃靴と異なる構成について説明する。第二実施態様の防刃靴で特に言及しない構成については、第一実施態様の防刃靴で述べたものと同様の構成を採用することができる。
【0044】
上述した第一実施態様の防刃靴では、
図1に示すように、防刃層13における第二防刃生地M
4のすぐ下側に、ライニング層12が位置する構造となっていたところ、第二実施態様の防刃靴では、
図3に示すように、防刃層13における第二防刃生地M
4よりも下側に第三防刃生地M
8を設けている。この第三防刃生地M
8は、第二防刃生地M
4よりも伸張性の低い生地によって形成される。第二実施態様の防刃靴においては、第一防刃生地M
3と同じ種類のアラミド繊維(ケブラー(登録商標))を、第三防刃生地M
5に用いている。第二防刃生地M
4と第三防刃生地M
8は、互いに接着されておらず、第二防刃生地M
4と第三防刃生地M
8との間に隙間が形成されるようになっている。
【0045】
第二実施態様の防刃靴のように、第二防刃生地M4の下側に、伸張性が低く耐切裂性に優れた第三防刃生地M8を裏当てすることによって、第二防刃生地M4の変形(伸長)で刃物の勢いをかなり弱めてから、その刃物を第三防刃生地M8で受け止めることが可能になる。このため、刃物が甲被をより貫通しにくくすることができる。また、その際には、第二防刃生地M4と第三防刃生地M8との隙間を「緩衝隙間」として機能させることもできる。さらに、第二防刃生地M4の伸長を第三防刃生地M8である程度制御できるようになり、刃物をさらに跳ね返りにくくすることも可能になる。
【0046】
3.第三実施態様の防刃靴
続いて、第三実施態様の防刃靴について説明する。
図4は、第三実施態様の防刃靴における甲被10の部分を示した拡大断面図である。第三実施態様の防刃靴についても、主に、上述した第一実施態様の防刃靴と異なる構成について説明する。第三実施態様の防刃靴で特に言及しない構成については、第一実施態様の防刃靴や第二実施態様の防刃靴で述べたものと同様の構成を採用することができる。
【0047】
上述した第一実施態様の防刃靴では、
図1に示すように、アッパー層11とライニング層12との間に、防刃層13を1箇所(1層)のみ設けていた。これに対し、第三実施態様の防刃靴では、
図4に示すように、アッパー層11とライニング層12との間に、第一防刃生地M
3及び第二防刃生地M
4を有する複数の防刃層13を設けている。第三実施態様の防刃靴におけるそれぞれの防刃層13は、第一実施態様の防刃靴における防刃層と同様の層構成を有している。これにより、万が一、上側の防刃層13を刃物が貫通した場合であっても、下側の防刃層13で刃物の貫通を止めることができ、甲被10の耐刺突性をさらに高めることができる。
【0048】
4.試験
本発明の防刃靴が、甲被の耐刺突性にどの程度優れたものであるのかを確認するため、以下の試験を行った。
【0049】
具体的には、
[1] 試験対象の防刃靴を台の上に水平に置く。
[2] 防刃靴の甲被の内面にガムテープを貼る。
[3] 靴の内側における甲被の下側に粘土を詰める。
[4] 刃先を下側に向けた刃物を、甲被の上面から85cmの高さから落下させる。
[5] 甲被の内面に貼られていたガムテープを剥がし、ガムテープの傷の有無を確認する。
という手順で試験を行った。
【0050】
刃物としては、貝印株式会社製のシェフズナイフ「関係六 匠創」を用いた。このシェフズナイフは、刃体がハイカーボンステンレスで形成されて、柄が18-8ステンレススチールで形成されたものとなっており、その総重量が133gで、刃渡りが18cmのものとなっている。参考までに、このシェフズナイフの概形を
図5に示す。また、上記[5]で刃物が真下に落下するように、刃物を上下方向に案内するガイドを使用した。防刃靴は、
図1に示した構造のものを使用した。
【0051】
すると、上記[4]で刃物を落下させたときには、刃物は、甲被に突き刺さって立った状態になった(殆ど跳ね返らなかった)にもかかわらず、上記[5]でガムテープを確認すると、そのガムテープには、傷が形成されていなかった。また、甲被の第二防刃生地を確認しても、貫通していなかった。以上のことから、本発明の防刃靴は、甲被の耐刺突性に優れながらも、甲被で刃物が跳ね返りにくいものであることが確認できた。
【符号の説明】
【0052】
10 甲被
10a 甲被前側部
10b 甲被後側部
11 アッパー層
12 ライニング層
13 防刃層
20 つま先
21 保護先芯
30 靴底
50 刃物
M1 合成皮革(アッパー層)
M2 緩衝材(アッパー層)
M3 第一防刃生地(防刃層)
M3.1 生地(防刃層)
M3.2 生地(防刃層)
M4 第二防刃生地(防刃層)
M5 布地(ライニング層)
M6 布地(ライニング層)
M7 緩衝材(ライニング層)
M8 第三防刃生地(防刃層)
α 緩衝隙間
β 隙間
γ 隙間