(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-04-03
(45)【発行日】2024-04-11
(54)【発明の名称】アーク溶接装置及びアーク溶接方法
(51)【国際特許分類】
B23K 9/095 20060101AFI20240404BHJP
B23K 9/173 20060101ALI20240404BHJP
【FI】
B23K9/095 501A
B23K9/173 Z
(21)【出願番号】P 2020127391
(22)【出願日】2020-07-28
【審査請求日】2023-04-10
(73)【特許権者】
【識別番号】000000262
【氏名又は名称】株式会社ダイヘン
(74)【代理人】
【識別番号】100114557
【氏名又は名称】河野 英仁
(74)【代理人】
【識別番号】100078868
【氏名又は名称】河野 登夫
(72)【発明者】
【氏名】馬塲 勇人
【審査官】岩見 勤
(56)【参考文献】
【文献】特開2018-069254(JP,A)
【文献】特開2018-069253(JP,A)
【文献】特開昭63-020183(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23K 9/095
B23K 9/173
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
アークによって母材に形成される凹状の溶融部分に取り囲まれた空間に溶接ワイヤの先端部を挿入してアーク溶接を行うアーク溶接装置において、
前記溶接ワイヤ及び前記母材に印加されている現在の印加電圧よりも高い第1電圧、及び、現在の印加電圧よりも低い第2電圧が印加された場合における、前記溶接ワイヤ及び前記母材間のアーク電圧、又は、前記溶接ワイヤ及び前記母材を流れる溶接電流を検出する検出部と、
現在の印加電圧に係る前記アーク電圧又は前記溶接電流の異常変化量よりも、前記第1電圧又は前記第2電圧に係る前記アーク電圧又は前記溶接電流の異常変化量が小さい場合、前記溶接ワイヤ及び前記母材に印加される印加電圧を前記第1電圧又は前記第2電圧に変更する電圧制御部とを備えるアーク溶接装置。
【請求項2】
前記溶接ワイヤ及び前記母材には300A-800Aの溶接電流が流れる請求項1に記載のアーク溶接装置。
【請求項3】
前記アーク電圧又は前記溶接電流の前記異常変化量は前記アーク溶接の際に生じる短絡及びアーク切れの程度を示し、
前記第1電圧又は前記第2電圧のうち、前記短絡及びアーク切れの程度が、現在の印加電圧に係る短絡及びアーク切れの程度よりも小さく、現在の印加電圧に係る短絡及びアーク切れの程度に対して第1閾値以上の差を有する方に、前記電圧制御部は前記印加電圧を変更する請求項1又は2に記載のアーク溶接装置。
【請求項4】
現在の印加電圧に係る前記短絡及びアーク切れの程度と、前記第1電圧又は前記第2電圧に係る前記短絡及びアーク切れの程度との差が前記第1閾値よりも小さい第2閾値以下である場合、前記アーク電圧又は前記溶接電流に特定の変化が検出されるまで、前記第1電圧及び前記第2電圧に係る前記アーク電圧又は前記溶接電流の前記異常変化量の検出が中止される請求項3に記載のアーク溶接装置。
【請求項5】
アークによって母材に形成される凹状の溶融部分に取り囲まれた空間に溶接ワイヤの先端部を挿入してアーク溶接を行うアーク溶接方法において、
前記溶接ワイヤ及び前記母材に印加されている現在の印加電圧よりも高い第1電圧、及び、現在の印加電圧よりも低い第2電圧が印加された場合における、前記溶接ワイヤ及び前記母材間のアーク電圧、又は、前記溶接ワイヤ及び前記母材を流れる溶接電流を検出し、
現在の印加電圧に係る前記アーク電圧又は前記溶接電流の異常変化量よりも、前記第1電圧又は前記第2電圧に係る前記アーク電圧又は前記溶接電流の異常変化量が小さい場合、前記溶接ワイヤ及び前記母材に印加される印加電圧を前記第1電圧又は前記第2電圧に変更するアーク溶接方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、消耗電極式のアーク溶接装置及びアーク溶接方法に関する。
【背景技術】
【0002】
アーク溶接は、溶接トーチのチップに保持された溶接ワイヤの先端を母材に設けた開先に近接させ、溶接ワイヤと母材との間に電圧を印加し、アークを生じさせて実行される。このようなアーク溶接の溶接品質は、印加される電圧、電流、溶接ワイヤの送給速度等のパラメータによって大きく影響を受ける。
【0003】
例えば、特許文献1には、ロボットによる自動溶接の場合、安定した溶接品質を得るために、所定の条件毎に予めパラメータ値を設定し、これに応じてアーク溶接を行う溶接システムが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
一般的なアーク溶接に比して、高速で溶接ワイヤの送給を行い、かつ300A以上の大電流を供給することによって、厚板の1パス溶接を実現する技術がある。溶接ワイヤの高速送給及び大電流供給を行うと、アークの熱によって母材に凹状の溶融部分が形成され、溶融部分によって囲まれた斯かる溶融部分の内側空間に溶接ワイヤの先端部が進入する。このように、溶接ワイヤの先端部が母材表面よりも深部に進入することによって、溶融部分が母材の厚み方向裏面側にまで貫通し、1パス溶接が可能になる。以下、凹状の溶融部分によって囲まれる内側空間を埋もれ空間と称し、該埋もれ空間に進入した溶接ワイヤの先端部と母材又は溶融部分との間に発生するアークを、埋もれアークと称する。
【0006】
一方、アーク溶接においては、溶接の際、短絡及びアーク切れが発生し、溶接が不安定化することがある。
これに対して、埋もれアークを用いる溶接を除く一般のアーク溶接の場合は、印加する電圧を高くする簡単な措置によって、短絡の問題を改善できる。
しかし、埋もれアークを用いる溶接の場合は、複数のパラメータが存在することもあって、単純に印加する電圧を下げる、又は、上げることで、短絡又はアーク切れが改善されることにはならない。即ち、埋もれアークを用いる溶接の場合は、安定した溶接品質を得るために予め対応策を取ることは困難である。
特許文献1の溶接システムにおける溶接パラメータの制御では、埋もれアークを用いる溶接でない一般のアーク溶接を対象にし、かつ予め設定できるパラメータを前提としており、埋もれアークを用いる溶接に対しては適用できず、斯かる問題に対応できない。
【0007】
本発明は、斯かる事情に鑑みてなされたものであり、その目的とするところは、埋もれアークを用いる溶接において、より安定して溶接ができるアーク溶接装置及びアーク溶接方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明に係るアーク溶接装置は、アークによって母材に形成される凹状の溶融部分に取り囲まれた空間に溶接ワイヤの先端部を挿入してアーク溶接を行うアーク溶接装置において、前記溶接ワイヤ及び前記母材に印加されている現在の印加電圧よりも高い第1電圧、及び、現在の印加電圧よりも低い第2電圧が印加された場合における、前記溶接ワイヤ及び前記母材間のアーク電圧、又は、前記溶接ワイヤ及び前記母材を流れる溶接電流を検出する検出部と、現在の印加電圧に係る前記アーク電圧又は前記溶接電流の異常変化量よりも、前記第1電圧又は前記第2電圧に係る前記アーク電圧又は前記溶接電流の異常変化量が小さい場合、前記溶接ワイヤ及び前記母材に印加される印加電圧を前記第1電圧又は前記第2電圧に変更する電圧制御部とを備える。
【0009】
本発明にあっては、アーク溶接の際、前記検出部が前記第1電圧及び前記第2電圧が印加された各々の場合における、前記アーク電圧又は前記溶接電流を検出し、現在の印加電圧に係る前記アーク電圧又は前記溶接電流の異常変化量よりも、前記第1電圧又は前記第2電圧に係る前記アーク電圧又は前記溶接電流の異常変化量が小さい場合、前記電圧制御部が例えば前記異常変化量が小さい方に前記溶接ワイヤ及び前記母材に印加される印加電圧を変更する。よって、アーク溶接の安定性が高まる。
【0010】
本発明に係るアーク溶接装置は、前記溶接ワイヤ及び前記母材には300A-800Aの溶接電流が流れる。
【0011】
本発明にあっては、アーク溶接の際、溶接ワイヤ及び母材には300A-800Aの溶接電流が流れる。
【0012】
本発明に係るアーク溶接装置は、前記アーク電圧又は前記溶接電流の前記異常変化量は前記アーク溶接の際に生じる短絡及びアーク切れの程度を示し、前記第1電圧又は前記第2電圧のうち、前記短絡及びアーク切れの程度が、現在の印加電圧に係る短絡及びアーク切れの程度よりも小さく、現在の印加電圧に係る短絡及びアーク切れの程度に対して第1閾値以上の差を有する方に、前記電圧制御部は前記印加電圧を変更する。
【0013】
本発明にあっては、前記第1電圧又は前記第2電圧のうち、その短絡及びアーク切れの程度が現在の印加電圧に係る短絡及びアーク切れの程度よりも小さく、その短絡及びアーク切れの程度と現在の印加電圧に係る短絡及びアーク切れの程度との差が第1閾値以上である方に、前記電圧制御部は前記印加電圧を変更する。
【0014】
本発明に係るアーク溶接装置は、現在の印加電圧に係る前記短絡及びアーク切れの程度と、前記第1電圧又は前記第2電圧に係る前記短絡及びアーク切れの程度との差が前記第1閾値よりも小さい第2閾値以下である場合、前記アーク電圧又は前記溶接電流に特定の変化が検出されるまで、前記第1電圧及び前記第2電圧に係る前記アーク電圧又は前記溶接電流の前記異常変化量の検出が中止される。
【0015】
本発明にあっては、現在の印加電圧に係る前記短絡及びアーク切れの程度と、前記第1電圧又は前記第2電圧に係る前記短絡及びアーク切れの程度との差が前記第2閾値以下である場合は、アーク溶接が安定しているとみなされるので、前記アーク電圧又は前記溶接電流に特定の変化が検出されるまで、前記第1電圧及び前記第2電圧に係る前記アーク電圧又は前記溶接電流の前記異常変化量の検出が中止される。よって、無駄な処理を省くことができる。
【0016】
本発明に係るアーク溶接方法は、アークによって母材に形成される凹状の溶融部分に取り囲まれた空間に溶接ワイヤの先端部を挿入してアーク溶接を行うアーク溶接方法において、前記溶接ワイヤ及び前記母材に印加されている現在の印加電圧よりも高い第1電圧、及び、現在の印加電圧よりも低い第2電圧が印加された場合における、前記溶接ワイヤ及び前記母材間のアーク電圧、又は、前記溶接ワイヤ及び前記母材を流れる溶接電流を検出し、現在の印加電圧に係る前記アーク電圧又は前記溶接電流の異常変化量よりも、前記第1電圧又は前記第2電圧に係る前記アーク電圧又は前記溶接電流の異常変化量が小さい場合、前記溶接ワイヤ及び前記母材に印加される印加電圧を前記第1電圧又は前記第2電圧に変更する。
【0017】
本発明にあっては、アーク溶接の際、前記第1電圧及び前記第2電圧が印加された各々の場合における、前記アーク電圧又は前記溶接電流が検出され、現在の印加電圧に係る前記アーク電圧又は前記溶接電流の異常変化量よりも、前記第1電圧又は前記第2電圧に係る前記アーク電圧又は前記溶接電流の異常変化量が小さい場合、例えば前記異常変化量が小さい方の電圧に前記溶接ワイヤ及び前記母材に印加される印加電圧が変更される。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、埋もれアークを用いる溶接において、より安定してアーク溶接ができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【
図1】実施形態1に係るアーク溶接装置の一構成を示す模式図である。
【
図2】実施形態1に係るアーク溶接装置による溶接手順を示すフローチャートである。
【
図5】実施形態2に係るアーク溶接装置の溶接手順を示すフローチャートである。
【
図7】実施形態3のアーク溶接装置における埋もれアーク状態を説明する説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下に、本発明の実施形態に係るアーク溶接装置及びアーク溶接方法を、図面に基づいて詳述する。なお、本発明はこれらの例示に限定されるものではなく、特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味及び範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。
【0021】
(実施形態1)
図1は、実施形態1に係るアーク溶接装置100の一構成を示す模式図である。実施形態1に係るアーク溶接装置100は、アルゴンを含有するシールドガスを用いる、いわゆる消耗電極式のガスシールドアーク溶接装置であり、手動によるアーク溶接に用いられる。
【0022】
アーク溶接装置100は、溶接電源1、溶接トーチ2及びワイヤ送給部3を備えている。溶接電源1は、溶接トーチ2に電圧を印加し、ワイヤ送給部3は溶接トーチ2に溶接ワイヤ5を送給する。例えば、溶接トーチ2には300A-800Aの溶接電流が流れる。
【0023】
ワイヤ送給部3は、溶接ワイヤ5を溶接トーチ2へ送給する送給ローラ(図示せず)と、当該送給ローラを回転させるモータ(図示せず)とを有する。
溶接トーチ2は、丸棒状のコンタクトチップ21と、コンタクトチップ21を囲繞する円筒形状のノズル筒22とを備える。
【0024】
コンタクトチップ21は銅合金等の導電性材料からなる。また、コンタクトチップ21は軸心を貫通する細径の孔を有している。ワイヤ送給部3から送給される溶接ワイヤ5はハンドル部13を経てノズル筒22に送給されてコンタクトチップ21の斯かる孔に挿入され、先端を対向させた母材4の被溶接部に向いて送り出される。
溶接電源1は、溶接トーチ2のコンタクトチップ21及び母材4に接続され、コンタクトチップ21の前記孔を通る際、溶接ワイヤ5がコンタクトチップ21と接触するので、溶接ワイヤ5と母材4との間にアークが発生する。
【0025】
ノズル筒22は、母材4の被溶接部へシールドガスを噴射する。即ち、シールドガスは、コンタクトチップ21とノズル筒22の間を通って、ノズル筒22の先端から母材4に向かって噴射される。
【0026】
斯かるシールドガスは、アーク溶接時に溶融した母材4及び溶接ワイヤ5の酸化を防止するためのものである。シールドガスは、例えば炭酸ガス、アルゴン、又は、炭酸ガス及びアルゴンガスの混合ガス等の不活性ガスである。
溶接ワイヤ5は、例えばソリッドワイヤであり、その直径は0.9mm以上1.6mm以下であり、いわゆる消耗電極として機能する。
【0027】
ハンドル部13は、溶接トーチ2を取り扱うためのものであり、溶接トーチ2に印加される電圧をオンオフするスイッチ(図示せず)を備える。溶接トーチ2はハンドル部13と一体形成されている。
【0028】
溶接電源1は、ハンドル部13を介して、溶接トーチ2のコンタクトチップ21及び母材4に接続され、電圧を印加する電源部11と、溶接ワイヤ5の送給速度を制御する送給速度制御回路12とを備える。なお、送給速度制御回路12は溶接電源1と別体で構成しても良い。
【0029】
電源部11は、定電圧特性の電源であり、電源回路11a及び制御部11iを備えている。また、制御部11iは、電圧制御回路11b、選択回路11c、電圧設定回路11d、電圧検出部11e(検出部)、電流検出部11f(検出部)、記憶回路11g及び計時回路11hを有している。
【0030】
電圧検出部11eは、アーク溶接時における、溶接ワイヤ5の先端と母材4との間の電圧(以下、アーク電圧)Vを検出し、検出した電圧値を示す電圧値信号Vdを記憶回路11g及び電圧制御回路11bに出力する。
【0031】
電流検出部11fは、例えば、溶接電源1から溶接トーチ2に電圧が印加された場合、溶接ワイヤ5からアークを介して母材4に流れる溶接電流Iを検出し、検出した電流値を示す電流値信号Idを記憶回路11g及び電圧制御回路11bへ出力する。
【0032】
記憶回路11gは、電流検出部11fから出力される電流値信号Idを記憶し、電圧検出部11eから出力される電圧値信号Vdを記憶する。また、記憶回路11gは、選択回路11cにおいて用いられる第1閾値を記憶している。記憶回路11gが電流値信号Id及び電圧値信号Vdを電圧制御回路11bへ出力するようにしても良い。
計時回路11hは、計時を行い、計時結果を表す信号を選択回路11c及び電圧設定回路11dに出力する。
【0033】
電圧設定回路11dは、溶接電源1から溶接トーチ2に印加される電圧E(以下、印加電圧)を定める設定電圧を示した電圧設定信号Erを、電圧制御回路11bへ出力する回路である。
電圧設定回路11dは、周期的に、現在の印加電圧Eよりも一定値高い印加電圧E1(第1電圧)を電源回路11aが溶接トーチ2に印加するようにするための設定電圧を表す電圧設定信号Er1を生成し、生成した電圧設定信号Er1を電圧制御回路11bへ出力する。
また、電圧設定回路11dは、周期的に、現在の印加電圧Eよりも一定値低い印加電圧E2(第2電圧)を電源回路11aが溶接トーチ2に印加するようにするための設定電圧を表す電圧設定信号Er2を生成し、生成した電圧設定信号Er2を電圧制御回路11bへ出力する。
更に、電圧設定回路11dは、選択回路11cから出力される後述の選択結果信号Dに基づいて、所定の設定電圧を表す電圧設定信号Erを生成し、生成した電圧設定信号Erを電圧制御回路11bへ出力する。
【0034】
選択回路11cは、周期的に、現在の印加電圧Eに係る所定時間分のアーク電圧Vと、印加電圧E1が印加された場合の所定時間分のアーク電圧Vと、印加電圧E2が印加された場合の所定時間分のアーク電圧Vとを、記憶回路11gから読み取って、夫々の場合のアーク電圧Vの異常変化量を前記第1閾値に基づいて比較する。
【0035】
例えば、選択回路11cは、印加電圧Eの場合、印加電圧E1の場合及び印加電圧E2の場合において、所定時間内でアーク電圧Vが急増又は急減した時間の累積(累積時間)をアーク電圧Vの異常変化量として求める。選択回路11cは求められたアーク電圧Vの異常変化量、及び、前記第1閾値に基づいて、印加電圧E、印加電圧E1及び印加電圧E2のうち何れか一つを選択する。選択回路11cは、選択結果を表す選択結果信号Dを電圧設定回路11dに出力する。
【0036】
電圧制御回路11bは、定電圧特性で動作し、電圧設定信号Er,Er1,Er2に応じた電圧が電源回路11aから出力されるように、電源回路11aの動作を制御する回路である。電源回路11aと溶接トーチ2のコンタクトチップ21との間には電気抵抗R及びリアクトルLが直列接続されており、電圧制御回路11bは電気抵抗R及びリアクトルLを電子的に制御し、定電圧特性を実現する。
電圧制御回路11bは、電圧検出部11eから出力された電圧値信号Vdと、電流検出部11fから出力された電流値信号Idと、電圧設定回路11dから出力された電圧設定信号Er,Er1,Er2とに基づいて、差分信号eIを算出し、算出した差分信号eIを電源回路11aへ出力する。差分信号eIは、検出された電流値信号Idと、電圧設定信号Er,Er1,Er2に応じて電源回路11aから出力されるべき電流(溶接電流I)との差分を示す信号である。これによって、制御部11iが溶接電流及び印加電圧を制御する。
【0037】
電源回路11aは、商用交流を交直変換するAC-DCコンバータ、交直変換された直流をスイッチングにより所要の交流に変換するインバータ回路、変換された交流を整流する整流回路等を備える。電源回路11aは、電圧制御回路11bから出力された差分信号eIに従って、差分信号eIが小さくなるようにインバータをPWM制御し、溶接電流Iを溶接トーチ2へ出力する。
なお、溶接電源1には、図示しない制御通信線を介して外部から出力指示信号が入力されるように構成されており、電源部11は、出力指示信号をトリガにして、電源回路11aに電圧の印加を開始させる。出力指示信号は、例えば、ハンドル部13に設けられた前記スイッチが操作された際に溶接電源1へ入力される。
【0038】
即ち、実施形態1のアーク溶接装置100においては、ユーザがハンドル部13の前記スイッチをオンにすることによって、出力指示信号が溶接電源1へ入力され、アーク溶接が開始される。
アーク溶接装置100では、アーク溶接の際、ワイヤ送給部3が、送給ローラを回転させることによって、溶接ワイヤ5を溶接トーチ2へ定速で供給する。溶接ワイヤ5の送給速度は、例えば、約5~100m/分である。送給速度は溶接電流Iに応じて定められるようにしても良い。
ワイヤ送給部3から送給される溶接ワイヤ5は、溶接トーチ2のコンタクトチップ21の孔の一端側から挿入され、他端側から母材4に向かって送り出される。この際、コンタクトチップ21は、母材4の被溶接部へ溶接ワイヤ5を案内すると共に、前記孔を挿通する溶接ワイヤ5と接触し通電する。これによって、溶接ワイヤ5の先端と、母材4との間にアークが発生し、溶接が可能である。
【0039】
以上のような構成を有する実施形態1に係るアーク溶接装置100では、アーク溶接の実行の際、現在の印加電圧Eに係る前記アーク電圧の異常変化量よりも、前記印加電圧E1又は前記印加電圧E2に係る前記アーク電圧の異常変化量が小さい場合、電圧制御回路11bが、例えば、前記印加電圧E1及び前記印加電圧E2のうち前記異常変化量が小さい方に溶接ワイヤ5及び母材4に印加される印加電圧を変更する。以下、詳しく説明する。
【0040】
図2は、実施形態1に係るアーク溶接装置100による溶接手順を示すフローチャートであり、
図3は、溶接開始時の状態を示す側断面図である。
まず、
図3に示すように板状の第1母材41及び第2母材42を用意し、被溶接部である端面41a、42aを突き合わせる。なお、必要に応じて、第1母材41及び第2母材42に開先を設けても良い。第1母材41及び第2母材42は、例えば軟鋼、機械構造用炭素鋼、機械構造用合金鋼等の鋼板であり、厚みは9mm以上30mm以下である。
【0041】
次いで、制御部11iはユーザから各種設定を受け付ける(ステップS101)。例えば、ユーザは、溶接電流I及び/又は印加電圧の設定を行う。また、ユーザによって設定された溶接電流Iに基づいて印加電圧が定められるように構成しても良い。
なお、ユーザが溶接ワイヤ5の送給速度を設定できるように構成しても良く、ユーザが溶接電流Iを設定することに応じて送給速度が定められるようにしても良い。
【0042】
各種設定が行われた後、制御部11iは、溶接開始を表す出力指示信号がハンドル部13から入力されたか否かを判定する(ステップS102)。出力指示信号が入力されていないと判定した場合(ステップS102:NO)、制御部11iは、出力指示信号が入力されるまで、待機する。
【0043】
ユーザがハンドル部13の前記スイッチをオンにする操作を行うことによって、出力指示信号が入力されたと制御部11iが判定した場合(ステップS102:YES)、
送給速度制御回路12が溶接ワイヤ5の送給を制御し、電圧制御回路11bが差分信号eIを電源回路11aへ適宜出力することによって、溶接電流Iの出力が制御され、溶接の制御が開始される(ステップS103)。この際、電圧設定回路11dは電圧設定信号Erを出力し、計時回路11hが計時を開始する。
【0044】
アーク溶接装置100では埋もれアーク状態を維持させることによって深溶込みを得る、埋もれアーク溶接が行われる。
図4は、埋もれアーク状態を説明する説明図である。
例えば、アルゴンを含有するシールドガスを用い、平均電流が300A以上の大電流が溶接ワイヤ5に供給され、約5-10mm/分で溶接ワイヤ5が送給されている場合、溶接ワイヤ5の先端には溶融したワイヤが細長く伸びた溶融ワイヤ相8が形成される。また、母材4及び溶接ワイヤ5の溶融金属からなる凹状の溶融部分6が母材4に形成される。溶融ワイヤ相8の比較的下部と凹状の溶融部分6の間には、輝度の強いアーク7aが生成される。一方、溶融ワイヤ相8の比較的上部又は固体の溶接ワイヤ5の下端近傍と凹状の溶融部分6との間には、比較的輝度の弱いアーク7bが生成される。
埋もれアーク溶接では、溶融ワイヤ相8においてアーク7aの発生点のみ、又は、アーク7a及びアーク7bの発生点が共に、凹状の溶融部分6の内側の埋もれ空間6a内に進入した状態で埋もれアークが発生し続ける。
【0045】
選択回路11cは、所定時間内における現在の印加電圧Eに係るアーク電圧Vの異常変化量を検出する(ステップS104)。例えば、前記所定時間は1秒である。アーク電圧Vの異常変化量とは、上述の如く、1秒間においてアーク電圧Vが急増又は急減した時間の累積である。
例えば、溶接ワイヤ5の先端が母材4から離れ、アークが切れた場合は、アーク電圧Vが急増し、溶接ワイヤ5の先端が溶融ワイヤ相8を介して溶融部分6とつながって短絡した場合は、アーク電圧Vが急減する。即ち、アーク電圧Vの異常変化量(累積時間)はアーク溶接の際に発生する短絡及びアーク切れの程度を示し、アーク電圧Vの異常変化量が大きい程、埋もれアーク状態でのアーク溶接が不安定であることを示す。
【0046】
次いで、電圧設定回路11dは、電圧変動周期が到来したか否かを判定する(ステップS105)。斯かる判定は、計時回路11hの計時結果に基づいて行われる。例えば、電圧変動周期は10秒であり、電圧設定回路11dは計時開始から10秒が経過したか否かを判定する。
【0047】
電圧設定回路11dによって、電圧変動周期が到来していないと判定された場合(ステップS105:NO)、処理は(ステップS103)に戻る。
また、電圧設定回路11dは、電圧変動周期が到来したと判定した場合(ステップS105:YES)、電圧設定信号Er1を生成し、生成した電圧設定信号Er1を電圧制御回路11bへ出力する。これによって、現在の印加電圧Eよりも一定値高い印加電圧E1(第1電圧)を電源回路11aが溶接トーチ2に印加する(ステップS106)。例えば、印加電圧E1は印加電圧Eより1Vだけ高い。
【0048】
次いで、選択回路11cは、所定時間内における印加電圧E1に係るアーク電圧Vの異常変化量を検出する(ステップS107)。例えば、前記所定時間は1秒である。
【0049】
続けて、電圧設定回路11dは、電圧設定信号Er2を生成し、生成した電圧設定信号Er2を電圧制御回路11bへ出力する。これによって、印加電圧Eよりも一定値低い印加電圧E2(第2電圧)を電源回路11aが溶接トーチ2に印加する(ステップS108)。例えば、印加電圧E2は印加電圧Eより1Vだけ低い。
【0050】
次いで、選択回路11cは、所定時間内における印加電圧E2に係るアーク電圧Vの異常変化量を検出する(ステップS109)。例えば、前記所定時間は1秒である。
【0051】
選択回路11cは、ステップS107で検出された印加電圧E1の場合のアーク電圧Vの異常変化量(以下、E1の電圧V変化とも称する)と、ステップS109で検出された印加電圧E2の場合のアーク電圧Vの異常変化量(以下、E2の電圧V変化とも称する)とのうち、ステップS104で検出された印加電圧Eの場合のアーク電圧Vの異常変化量(以下、Eの電圧V変化とも称する)との差異が、前記第1閾値以上であるものがあるか否かを判定する(ステップS110)。前記第1閾値は、例えば、20%である。
【0052】
具体的に、選択回路11cは、E1の電圧V変化(累積時間)がEの電圧V変化よりも小さいか、かつE1の電圧V変化とEの電圧V変化との差が20%以上であるかを判定する。また、選択回路11cは、E2の電圧V変化(累積時間)がEの電圧V変化よりも小さいか、かつE2の電圧V変化とEの電圧V変化との差が20%以上であるかを判定する。
即ち、選択回路11cは、E1の電圧V変化に係る累積時間が、Eの電圧V変化に係る累積時間よりも20%以上短いかを判定し、E2の電圧V変化に係る累積時間が、Eの電圧V変化に係る累積時間よりも20%以上短いかを判定する。
【0053】
選択回路11cは、E1の電圧V変化と、E2の電圧V変化とのうち、Eの電圧V変化との差異が、前記第1閾値以上であるものがあると判定した場合(ステップS110:YES)、Eの電圧V変化との差異が前記第1閾値以上である方の印加電圧を、印加すべき印加電圧として選択する(ステップS111)。これによって、印加電圧E1及び印加電圧E2のうち、そのアーク電圧Vの異常変化量が、印加電圧Eのアーク電圧Vの異常変化量よりも20%以上小さい、即ち、累積時間が20%以上短いものが選択される。選択回路11cは、選択結果を表す選択結果信号Dを電圧設定回路11dに出力する。
【0054】
電圧設定回路11dは、選択回路11cから入力される選択結果信号Dに基づいて、電圧制御回路11bへ出力する設定電圧値を変更する(ステップS112)。即ち、電圧設定回路11dは、電圧設定信号Er1又は電圧設定信号Er2を電圧設定信号Erとして変更する。
【0055】
以降、処理はステップS103に戻る。この際、電圧設定回路11dはステップS112で変更された、電圧設定信号Er1又は電圧設定信号Er2を電圧設定信号Erとして電圧制御回路11bへ出力する。
また、電圧制御回路11bは、入力された電圧設定信号Er1又はEr2に応じて電源回路11aから出力されるべき溶接電流Iと、検出された電流値信号Idとの差分を示す差分信号eIを電源回路11aへ出力する。これによって、電源回路11aから印加電圧E1又は印加電圧E2が溶接トーチ2に印加される。また、計時回路11hはリセット後、再び計時を開始する。
【0056】
一方、ステップS110にて、E1の電圧V変化と、E2の電圧V変化とのうち、Eの電圧V変化との差異が、前記第1閾値以上であるものが無いと選択回路11cによって判定された場合(ステップS110:NO)、処理はステップS103に戻り、現状の印加電圧Eが保持される。
即ち、この場合は、電圧設定回路11dは電圧変動周期到来前と同じ電圧設定信号Erを電圧制御回路11bへ出力する。これによって、電源回路11aからは、引き続き、印加電圧Eが溶接トーチ2に印加される。また、計時回路11hはリセット後、再び計時を開始する。
【0057】
以降、ステップS103からステップS112までの処理が繰り返して実行される。
図2には図示しないが、斯かる処理中、制御部11iは、前記出力指示信号の入力が途切れたか否かを常に判定する。制御部11iによって前記出力指示信号の入力が途切れたと判定された場合、処理はステップS102に戻る。
【0058】
以上のように、実施形態1のアーク溶接装置100は、周期的に、現在の印加電圧Eよりも一定値高い印加電圧E1に係るアーク電圧Vの異常変化量と、現在の印加電圧Eよりも一定値低い印加電圧E2に係るアーク電圧Vの異常変化量とを求め、現在の印加電圧Eに係るアーク電圧Vの異常変化量と対比して、アーク電圧Vの異常変化量が小さい方、即ち、短絡及びアーク切れの程度が小さく、より埋もれアーク状態が安定である方の印加電圧を選択して印加する。よって、常に、埋もれアーク状態を安定化できる。
【0059】
よって、実施形態1のアーク溶接装置100は、半自動又は手動によるアーク溶接のように予想外のパラメータが存在する作業環境であって、埋もれアーク溶接のように制御が困難な場合においても、電圧のようなハンドリング可能なパラメータを適宜調整することによって、埋もれアーク溶接の作業を安定化できる。
【0060】
以上においては、所定時間内においてアーク電圧Vが急増又は急減した時間の累積をアーク電圧Vの異常変化量とする場合を例に説明したが、これに限定されるものでない。時間の累積ではなく、アーク電圧Vが急増又は急減した回数をアーク電圧Vの異常変化量としても良い。
【0061】
また、以上においては、現在の印加電圧Eよりも1V高い印加電圧E1の場合、及び1V低い印加電圧E2の場合、即ち印加電圧の変動幅が1Vである場合を例に挙げて説明したが、これに限定されるものではない。印加電圧の変動幅は1Vよりも高い値であっても良い。また、印加電圧の変動幅は0V超過~1V未満であって良い。好ましくは、印加電圧の変動幅が0.3V超過~0.7V未満であれば良い。
【0062】
また、以上においては、前記第1閾値が20%である場合を例に挙げて説明したが、これに限定されるものではない。前記第1閾値は20%より大きくても良く、20%より小さくても良い。
【0063】
また、以上においては、現在の印加電圧Eよりも高い印加電圧E1の場合と、低い印加電圧E2の場合とのアーク電圧Vの異常変化量を求める周期(電圧変動周期)が10秒である場合を例に挙げて説明したが、これに限定されるものではない。電圧変動周期は10秒より長くても良く、10秒より短くても良い。
【0064】
また、以上においては、現在の印加電圧Eよりも高い印加電圧E1の場合と、低い印加電圧E2の場合とのアーク電圧Vの異常変化量が、1秒間においてアーク電圧Vが急増又は急減した時間の累積である場合を例に挙げて説明したが、これに限定されるものではない。1秒より長くても良く、1秒より短くても良い。
【0065】
更に、以上においては、現在の印加電圧Eよりも1V高い印加電圧E1の場合と、1V低い印加電圧E2の場合のみのアーク電圧Vの異常変化量を求める場合を例に挙げて説明したが、これに限定されるものではない。例えば、最初は、現在の印加電圧Eよりも0.5V高い印加電圧E1の場合と、0.5V低い印加電圧E2の場合とのアーク電圧Vの異常変化量を求め、第1閾値との比較結果に応じて、再び現在の印加電圧Eよりも1V高い印加電圧E1の場合と、1V低い印加電圧E2の場合とのアーク電圧Vの異常変化量を求めるようにしても良い。
【0066】
そして、以上においては、電圧検出部11eによって検出されたアーク電圧Vの変化に基づいて制御部11i(電圧制御回路11b)が印加電圧Eを制御することについて説明したが、これに限定されるものではない。
【0067】
例えば、溶接ワイヤ5の先端が母材4から離れ、アークが切れた場合は、溶接電流Iが急減し、溶接ワイヤ5の先端が溶融ワイヤ相8を介して溶融部分6とつながって短絡した場合は、溶接電流Iが急増する。このような溶接電流Iの変化を、電流検出部11fを介して検出し、電流検出部11fによって出力された電流値信号Idに基づいて溶接電流Iの異常変化量を求め、溶接電流Iの異常変化量に基づいて制御部11iが印加電圧Eを制御するように構成しても良い。
【0068】
(実施形態2)
実施形態2に係るアーク溶接装置100は、実施形態1と同様、溶接電源1、溶接トーチ2及びワイヤ送給部3を備えている。溶接トーチ2はハンドル部13によって溶接電源1及びワイヤ送給部3と接続されている(
図1参照)。
また、溶接電源1は、溶接トーチ2及び母材4に接続され、電圧を印加する電源部11と、溶接ワイヤ5の送給速度を制御する送給速度制御回路12とを備える。電源部11は、電源回路11a、電圧制御回路11b、選択回路11c、電圧設定回路11d、電圧検出部11e、電流検出部11f、記憶回路11g及び計時回路11hを備える。これらの各構成部分については、実施形態1にて既に説明しており、詳しい説明を省略する。
更に、実施形態2に係るアーク溶接装置100においては、記憶回路11gが第1閾値に加え、第2閾値を記憶している。第2閾値は第1閾値よりも小さい。
【0069】
図5は、実施形態2に係るアーク溶接装置100の溶接手順を示すフローチャートである。
図5におけるステップS201からステップS210までの処理は、
図2におけるステップS101からステップS110までの処理と同じであり、詳しい説明を省略する。
【0070】
ステップS210では、
図2のステップS110と同様、選択回路11cが、ステップS207で検出されたE1の電圧V変化と、ステップS209で検出されたE2の電圧V変化とのうち、ステップS204で検出されたEの電圧V変化との差異が、前記第1閾値以上であるものがあるか否かを判定する(ステップS210)。前記第1閾値は、例えば、20%である。
即ち、選択回路11cは、E1の電圧V変化である累積時間が、Eの電圧V変化である累積時間よりも20%以上短いかを判定する。また、選択回路11cは、E2の電圧V変化である累積時間が、Eの電圧V変化である累積時間よりも20%以上短いかを判定する。
【0071】
選択回路11cは、E1の電圧V変化と、E2の電圧V変化とのうち、Eの電圧V変化との差異が、前記第1閾値以上であるものがあると判定した場合(ステップS210:YES)、Eの電圧V変化との差異が前記第1閾値以上である方の印加電圧を、印加すべき印加電圧として選択する(ステップS215)。これによって、印加電圧E1及び印加電圧E2のうち、そのアーク電圧Vの異常変化量が印加電圧Eのアーク電圧Vの異常変化量よりも20%以上小さいものが選択される。選択回路11cは、選択結果を表す選択結果信号Dを電圧設定回路11dに出力する。
【0072】
電圧設定回路11dは、選択回路11cから入力される選択結果信号Dに基づいて、電圧制御回路11bへ出力する設定電圧値を変更する(ステップS216)。即ち、電圧設定回路11dは、電圧設定信号Er1又は電圧設定信号Er2を電圧設定信号Erとして電圧制御回路11bへ出力する。
【0073】
以降、処理はステップS203に戻る。この際、電圧設定回路11dはステップS216で変更された、電圧設定信号Er1又は電圧設定信号Er2を電圧制御回路11bへ出力する。電圧制御回路11bは、電圧設定信号Er1又はEr2に応じて電源回路11aから出力されるべき溶接電流Iと、検出された電流値信号Idとの差分を示す差分信号eIを電源回路11aへ出力する。
これによって、電源回路11aから印加電圧E1又は印加電圧E2が溶接トーチ2に印加される。また、計時回路11hはリセット後、再び計時を開始する。
【0074】
一方、ステップS210にて、E1の電圧V変化と、E2の電圧V変化とのうち、Eの電圧V変化との差異が、前記第1閾値以上であるものが無いと判定した場合(ステップS210:NO)、選択回路11cは、記憶回路11gから前記第2閾値を読み出し、E1の電圧V変化又はE2の電圧V変化と、Eの電圧V変化との差異が、前記第2閾値以下であるか否かを判定する(ステップS211)。前記第2閾値は、例えば、10%である。
具体的には、選択回路11cは、E1の電圧V変化である累積時間が、Eの電圧V変化である累積時間に対して10%内で増減しているかを判定する。また、選択回路11cは、E2の電圧V変化である累積時間が、Eの電圧V変化である累積時間に対して10%内で増減しているかを判定する。
【0075】
選択回路11cによって、E1の電圧V変化又はE2の電圧V変化と、Eの電圧V変化との差異が、前記第2閾値以下でないと判定された場合(ステップS211:NO)、処理はステップS203に戻る。
この場合は、電圧設定回路11dは、電圧変動周期到来前と同じ電圧設定信号Erを電圧制御回路11bへ出力する。これによって、電源回路11aからは、引き続き、印加電圧Eが溶接トーチ2に印加される。また、計時回路11hはリセット後、再び計時を開始する。
【0076】
選択回路11cによって、E1の電圧V変化及びE2の電圧V変化と、Eの電圧V変化との差異が前記第2閾値以下であると判定された場合(ステップS211:YES)、記憶回路11gは斯かる判定結果を表すフラグを時刻と共に記憶する。
次いで、選択回路11cは、ステップS211での判定結果が1周期(10秒)前に続く連続した同じ判定結果であるか否かを判定する(ステップS212)。即ち、選択回路11cは、1周期前も、E1の電圧V変化及びE2の電圧V変化と、Eの電圧V変化との差異が前記第2閾値以下であったか否かを判定する。斯かる判定は、選択回路11cが記憶回路11gの前記フラグ及び対応する時刻を確認することによって行われる。
【0077】
ステップS211での判定結果が1周期前に続く連続した同じ判定結果でないと選択回路11cによって判定された場合(ステップS212:NO)、処理はステップS203に戻る。この場合は、電圧設定回路11dは継続して電圧設定信号Erを電圧制御回路11bへ出力する。これによって、電源回路11aからは、引き続き、印加電圧Eが溶接トーチ2に印加される。
【0078】
一方、ステップS212での判定結果が1周期前に続く連続した同じ判定結果であると選択回路11cによって判定された場合(ステップS212:YES)、電圧設定回路11dは、電圧制御回路11bへ出力する設定電圧値を今のまま維持する(ステップS213)。よって、電源回路11aからは、引き続き、印加電圧Eが溶接トーチ2に印加される。
また、制御部11iは、電圧変動周期毎に、現在の印加電圧Eよりも一定値高い印加電圧E1に係るアーク電圧Vの異常変化量と、現在の印加電圧Eよりも一定値低い印加電圧E2に係るアーク電圧Vの異常変化量とを求める一連の処理を中止する。
【0079】
以後、制御部11iは、例えば周期的に、記憶回路11gを介して電圧検出部11eの検出結果を監視することによって、アーク電圧Vが所定の閾値以上に急増又は急減したかを判定する(ステップS214)。斯かる所定の閾値は、例えば、前記第2閾値であっても良く、第2閾値よりも小さい第3閾値であっても良い。
【0080】
制御部11iによって、アーク電圧Vが所定の閾値以上に急増又は急減していないと判定された場合(ステップS214:NO)、処理はステップS213に戻る。制御部11iは、アーク電圧Vが急増又は急減するまで斯かる判定を繰り返す。この間、印加電圧を周期的に増減させて異常変化量を求める上述した一連の処理は行われない。
一方、制御部11iによって、アーク電圧Vが所定の閾値以上に急増又は急減したと判定された場合(ステップS214:YES)、処理はステップS206に進み、印加電圧を周期的に増減させて異常変化量を求める上述した一連の処理が再開される。
【0081】
このように、実施形態2のアーク溶接装置100においては、E1の電圧V変化及びE2の電圧V変化が、Eの電圧V変化に対して10%内で変動しており、かつこの状態が所定期間続く場合、埋もれアーク状態が安定しているとみなし、現在の印加電圧Eよりも高い印加電圧E1の場合と、低い印加電圧E2の場合とのアーク電圧Vの異常変化量を求める上述した一連の処理を、現在の印加電圧Eに係るアーク電圧Vが所定の閾値以上に急増又は急減することが生じるまで中止する。
よって、処理を簡素化でき、より効率的に、印加電圧の最適化によって埋もれアーク状態を安定化できる。
【0082】
以上においては、前記第2閾値が10%である場合を例に挙げて説明したが、これに限定されるものではない。前記第2閾値は10%より大きくても良く、10%より小さくても良い。
【0083】
更に、以上においては、E1の電圧V変化及びE2の電圧V変化と、Eの電圧V変化との差異が、2周期連続して10%以下であると判定された場合、上述した一連の処理を中止することを例として挙げて説明したが、これに限定されるものではない。3周期以上連続して10%以下である場合、前記一連の処理を中止するように構成しても良い。
【0084】
(実施形態3)
実施形態1,2のアーク溶接装置100では、溶接トーチ2に印加される印加電圧Eが定電圧である場合について説明したが、実施形態3のアーク溶接装置100においては、印加電圧Eが変動する。
【0085】
実施形態3に係るアーク溶接装置100は、実施形態1と同様、溶接電源1、溶接トーチ2及びワイヤ送給部3を備えている。溶接トーチ2はハンドル部13によって溶接電源1及びワイヤ送給部3と接続されている(
図1参照)。
また、溶接電源1は、溶接トーチ2及び母材4に接続され、電圧を印加する電源部11と、溶接ワイヤ5の送給速度を制御する送給速度制御回路12とを備える。電源部11は、電源回路11a、電圧制御回路11b、選択回路11c、電圧設定回路11d、電圧検出部11e、電流検出部11f、記憶回路11g及び計時回路11hを備える。
これらの各構成部分については、実施形態1にて既に説明しており、詳しい説明を省略する。
【0086】
実施形態3のアーク溶接装置100では、電圧設定回路11dが、溶接電源1から溶接トーチ2に印加される印加電圧Eを定めるための電圧設定信号Erを電圧制御回路11bへ出力する。電圧設定回路11dから出力される電圧設定信号Erは、例えば矩形波状の信号である。
【0087】
図6は、電圧設定信号Erの一例を示すグラフである。
図6に示すグラフの横軸は時間を示し、縦軸は電圧設定信号Erである。実施形態3のアーク溶接装置100では、電源部11が、
図6に示すように、電圧設定信号Erを周期的に変動させる。電源部11は、電圧設定信号Erを、10Hz以上1000Hz以下の周波数、好ましくは50Hz以上300Hz以下の周波数、より好ましくは80Hz以上200Hz以下の周波数で変動させる。このような電圧設定信号Erの変動に応じて印加電圧Eも波状に変動する。
【0088】
図7は、実施形態3のアーク溶接装置100における埋もれアーク状態を説明する説明図である。
電圧設定信号Erを周期的に変動させると、溶接ワイヤ5の先端部5a及び母材4の被溶接部間に発生したアーク7の熱によって溶融した母材4及び溶接ワイヤ5の溶融金属からなる凹状の溶融部分6が母材4に形成され、溶接ワイヤ5の先端部5aが、溶融部分6の内側である埋もれ空間6aに進入する。
そして、電圧設定信号Erが低電圧である場合、
図7左図に示すように、溶接ワイヤ5の先端部5aが埋もれ空間6aの深い所に位置し、溶接ワイヤ5の先端部5a及び溶融部分6の底部61間にアーク7が発生する第1状態が生じる。また、電圧設定信号Erが高電圧である場合、
図7右図に示すように、溶接ワイヤ5の先端部5aが埋もれ空間6aの浅い所に位置し、先端部5a及び溶融部分6の側部62間にアーク7が発生する第2状態が生じる。
【0089】
第1状態では、溶接ワイヤ5の先端部5aが埋もれ空間6aに深く位置し、溶融部分6の底部61に照射されるアーク7によって、深い溶け込みが得られる。第2状態においては、溶接ワイヤ5の先端部5aが埋もれ空間6aに浅く位置し、溶融部分6の側部62に照射されるアーク7の力によって溶融部分6が支えられるため、埋もれ空間6aは安定して維持される。従って、安定した埋もれアーク状態でアーク溶接を実施することができる。
【0090】
以上のような実施形態3のアーク溶接装置100においては、埋もれアーク溶接を安定化するための上述した一連の処理が電圧設定信号Er、即ち印加電圧Eの中心電圧(
図6参照)、振幅(
図6参照)又は周波数を増減させることによって行われる。
即ち、周期的に、現在の印加電圧Eよりも中心電圧、振幅又は周波数が一定値高い印加電圧E1に係るアーク電圧Vの異常変化量と、現在の印加電圧Eよりも中心電圧、振幅又は周波数が一定値低い印加電圧E2に係るアーク電圧Vの異常変化量と求め、現在の印加電圧Eに係るアーク電圧Vの異常変化量と対比して、アーク電圧Vの変化が少ない方、即ち、短絡及びアーク切れの程度が小さく、より埋もれアーク状態が安定である方の中心電圧、振幅又は周波数を選択する。
【0091】
上述の一連の処理で増減される中心電圧値の変動幅は、例えば、1Vである。また、中心電圧値の変動幅は0V超過~1V未満であっても良い。好ましくは、中心電圧値の変動幅が0.3V超過~0.7V未満であれば良い。なお、中心電圧値の変動幅は1Vよりも大きい値であっても良い。
なお、中心電圧のみではなく、波状の印加電圧Eの最高電圧又は最低電圧を増減させるようにしても良い。
【0092】
また、上述の一連の処理で増減される振幅値の変動幅は、例えば、現在の印加電圧Eの振幅の15%以下である。好ましくは、5%より大きく15%以下である。
また、上述の一連の処理で増減される周波数値の変動幅は、例えば、現在の印加電圧Eの周波数の15%以下である。好ましくは、5%より大きく15%以下である。
【0093】
実施形態1-2においては、印加電圧を制御して埋もれアーク溶接を安定化する場合について説明したが、これに限定されるものではない。溶接電流I、リアクトルL等を制御するようにしても良い。更には、外部特性の傾きを調整するようにしても良い。
【0094】
また、印加電圧(中心電圧、振幅、周波数)を周期的に増減させる一連の処理によって、埋もれアーク溶接を安定化できた場合、続けて、他のパラメータ(溶接電流I、リアクトルL等)を用いて埋もれアーク溶接の更なる安定化を図るように構成しても良い。
例えば、
図5のステップS212のように、E1の電圧V変化及びE2の電圧V変化が、Eの電圧V変化に対して10%内で変動する状態が所定期間続く場合、埋もれアーク溶接が安定化できたものと判定し、以降、他のパラメータ(溶接電流I、リアクトルL等)の値を周期的に増減させる一連の処理を行う。
このように、他のパラメータを制御する上述の一連の処理によって埋もれアーク溶接の安定化ができた場合、再び印加電圧を制御する上述の一連の処理を実行しても良い。そして、印加電圧を制御する一連の処理と、他のパラメータを制御する一連の処理とを交互に実行しても良く、印加電圧を制御する一連の処理を、他のパラメータを制御する一連の処理よりも多く実行しても良い。
【0095】
なお、本発明に係るアーク溶接装置100は、上述したような埋もれアーク溶接のみではなく、いわゆるパルス溶接にも適用可能であることは言うまでもない。
【0096】
実施の形態1と同様の部分については、同一の符号を付して詳細な説明を省略する。
【符号の説明】
【0097】
4 母材
5 溶接ワイヤ
6 溶融部分
11b 電圧制御回路
11e 電圧検出部
11f 電流検出部