(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-04-03
(45)【発行日】2024-04-11
(54)【発明の名称】母体と胎児との関係における液性免疫関連疾患の治療薬
(51)【国際特許分類】
A61K 31/436 20060101AFI20240404BHJP
A61P 37/02 20060101ALI20240404BHJP
A61P 15/00 20060101ALI20240404BHJP
A61P 15/08 20060101ALI20240404BHJP
A61P 7/06 20060101ALI20240404BHJP
A61K 38/13 20060101ALI20240404BHJP
【FI】
A61K31/436
A61P37/02
A61P15/00
A61P15/08
A61P7/06
A61K38/13
(21)【出願番号】P 2020535917
(86)(22)【出願日】2019-08-09
(86)【国際出願番号】 JP2019031622
(87)【国際公開番号】W WO2020032252
(87)【国際公開日】2020-02-13
【審査請求日】2022-06-27
(31)【優先権主張番号】P 2018152084
(32)【優先日】2018-08-10
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】595167591
【氏名又は名称】山口 晃史
(74)【代理人】
【識別番号】110000338
【氏名又は名称】弁理士法人 HARAKENZO WORLD PATENT & TRADEMARK
(72)【発明者】
【氏名】山口 晃史
【審査官】松浦 安紀子
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2016/068208(WO,A1)
【文献】MORELLI,S.S. et al.,The maternal immune system during pregnancy andits influence on fetal development,Res.Rep.Biol,2015年,2015:6,p.171-189
【文献】Chapter Eight - Immunology, Basic Science in Obstetrics and Gynaecology,4th Edition,2010年,p.131-142
【文献】Clin.Exp.Immunol,2015年,180(3),p.542-550
【文献】FELDMAN A.G. et al.,Neonatal hemochromatosis,J.Clin.Exp.Hepatol.,2013年,3(4),,p.313-320
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 31/436
A61P 37/02
A61P 15/00
A61P 15/08
A61P 7/06
A61K 38/13
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
タクロリムス又はその薬学的に許容される塩を有効成分として含む、母体と胎児との関係における、胎児抗原に起因する液性免疫が関連する疾患を治療するための薬剤
であって、
上記母体と胎児との関係における、胎児抗原に起因する液性免疫が関連する疾患が、血液型不適合妊娠である、薬剤。
【請求項2】
タクロリムス又はその薬学的に許容される塩を有効成分として含む、母体と胎児との関係における、胎児抗原に起因する液性免疫が関連する疾患を治療するための薬剤であって、
上記母体と胎児との関係における、胎児抗原に起因する液性免疫が関連する疾患が、胎児へモクロマトーシスである、薬剤。
【請求項3】
第2子以降の妊娠に適用される、請求項
1または2に記載の薬剤。
【請求項4】
妊娠初期より投与される、請求項
1~
3のいずれか一項に記載の薬剤。
【請求項5】
妊娠初期より1~10mg/日の用量で投与される、請求項
1~
3のいずれか一項に記載の薬剤。
【請求項6】
妊娠初期より3~6mg/日の用量で投与される、請求項
5に記載の薬剤。
【請求項7】
上記胎児抗原に起因する液性免疫が関連する疾患が、血液型不適合妊娠であり、血液型不適合妊娠の可能性のある患者に、妊娠初期より1~10mg/日の投与量で投与される、請求項
1、3~
5のいずれか一項に記載の薬剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、特定の免疫抑制成分を含んでなる、母体と胎児との関係における液性免疫が関連する疾患、例えば、母体と胎児との関係における液性免疫に起因する不妊・不育症、血液型不適合妊娠、又は胎児ヘモクロマトーシスを治療または改善するための薬剤、及びその利用に関するものである。
【背景技術】
【0002】
獲得免疫は、ヘルパーT細胞の種類や作用の仕方によって、さらに「細胞性免疫」と「液性免疫」に分類される。母体と胎児とが関連する免疫系の疾患又は症状としては、例えば、「細胞性免疫」については、着床障害による不妊症、胎盤構築障害による不育症、妊娠高血圧症等が挙げられ、一方、母体と胎児とが関連する「液性免疫」については、母体と胎児との関係における液性免疫に起因する不妊・不育症、血液型不適合妊娠、又は胎児ヘモクロマトーシスが挙げられる。
【0003】
免疫と妊娠との関係について、例えば特許文献1には、「細胞性免疫」に起因する不妊・不育症の治療薬として、特定の免疫抑制剤を有効成分とする治療薬が記載されている。
【0004】
胎盤は母体と胎児との血液の混合を避けるように構成されているが、血液細胞を含む少量の胎児抗原は胎盤(胎児母体間輸血、FMT)を介して母体循環に入る。FMTは出産中に最も頻繁に起こるが[参考文献1~3]、胎児抗原の認識という点では反復不成功および自然流産をもたらす妊娠を含むすべての妊娠中にも起こりうる。
【0005】
胎児抗原に対する病原性抗体は、母親の免疫寛容能力を超える抗原性を持ち外来抗原として認識される場合、母親において産生される。産生された病原性抗体は、受精卵もしくは胎盤を構築する胎児成分を攻撃するか、他のIgG抗体と同様に胎盤を介して胎児循環系に移動し、胎児内の細胞膜上や細胞内外の標的胎児抗原を攻撃する。
【0006】
反復不成功、初回妊娠以降の習慣流産、流産手術、死産、出産を含め頻回に同一の胎児抗原に曝露された場合は、反復不成功および妊娠の回数に比例して、より多くの病原性抗体が産生され、妊娠前より母体体内に存在する可能性がある。
【0007】
着床時に病原抗体が受精卵を攻撃すれば不妊症、着床後に胎盤を構築する胎児成分を攻撃した場合は流産となり、流産を回避したとしても持続的な胎盤を構築する胎児成分を攻撃することにより不育症となり得る。
【0008】
病原性抗体による胎盤を構築する胎児成分への攻撃が無く、不妊・不育症を引き起こさない場合でも、胎盤を介して胎児循環系に移動し、胎児の細胞膜上またはもしくは細胞内外の標的胎児抗原を攻撃する。
【0009】
胎盤の構築が完了した後、胎児から母体へ移入する抗原量は妊娠経過と共に増加する。従って、母体の胎児に対する病原性抗体産生量も増加し、胎児の状態の悪化は病原性抗体産生量に比例して観察され、特に妊娠中期以降に加速される。
【0010】
血液型不適合
例えば母体がRho(D)陰性であって胎児Rho(D)陽性の妊娠は、血液型不適合妊娠とされている。胎盤構築後、微量ではあるが血球成分を含む胎児抗原は胎児から胎盤を介して母体へ移行する。この時、移行してきた胎児抗原が母体の免疫寛容能力を超えた抗原もしくは寛容されない抗原に対しては母体により病原性抗体が産生され、その病原性抗体は他の抗体と同様に胎盤を介して胎児へ移行し、胎児の細胞膜上や細胞内外の胎児抗原を標的として攻撃する。血液型不適合妊娠では母体から産生された抗D抗体が胎盤を介して胎児へ移行し、胎児血中の赤血球を破壊し、胎児貧血、後には重篤な胎児水腫や子宮内胎児死亡を引き起こす[参考文献4]。この病態は初回妊娠では顕著ではなく、2回目の妊娠以降、感作の機会が増すごとに重症化する。また、胎盤の構築が行われた後、移行抗原量は妊娠経過とともに徐々に増すため妊娠週数とともに病態が進行する。特に移行量の多くなる中期以降に急速に悪化することが多い。現在知られている治療は、母体より産生された抗D抗体を除去するための血漿交換、貧血に陥ってしまった胎児へ対し胎児輸血を行い、リスクの低い状態での出産を促すことである。或いは、D抗原への感作を防ぐために、Rh不適合の妊娠の女性は、妊娠中にRhD免疫グロブリン(Ig)で治療しなければならず、患者がまだ感作されていない場合には出産または中絶後に治療するべきである。これはRhDにのみならず、他の血液型でも母体胎児間で不適合であることによって血液型不適合妊娠が発症する可能性はある。
【0011】
抗D抗体を有する母親は、母体血中抗体価と妊娠中の胎児性貧血の予測指標である胎児中大脳動脈(MCA)血流速度を測定するためにドップラー超音波検査に基づいた管理が必要となる[参考文献5]。
【0012】
一方、胎児ヘモクロマトーシスは、胎児期、新生児期に重篤な肝不全をおこす疾患であり、その原因としては同種免疫性胎児肝障害が推定されている。病原となる抗原は同定されていないが、胎児の鉄代謝に関連する蛋白(酵素など)が母体のそれとは異なる状況で妊娠した場合に発症する。
【0013】
妊娠後は胎盤構築が完成された後に胎児の鉄代謝に関連する胎児蛋白は胎盤を介して母体へ移行し、その移行した胎児蛋白抗原に対する母体の免疫応答により母体内で病原性抗体が産生される。母体内で産生された病原性抗体は胎盤を介して胎児へ移行し、その病原性抗体が胎児体内で鉄代謝に関連する胎児蛋白を攻撃することにより発症する胎児鉄代謝障害が基本病態である。
【0014】
同じ母親からの胎児ヘモクロマトーシスの再発率は90%であり、治療においては1990年頃からは,鉄キレート剤と抗酸化剤を用いた内科的治療と肝移植との併用療法が行われていたが、児の生存割合は高くても50%程度であった。2009年には新たな治療法として出生後の胎児の交換輸血と大量γグロブリン療法による治療法が報告されており、児の生存割合は75%と改善している。
【0015】
現在の胎児ヘモクロマトーシスの治療方法は、妊娠中に母体へ大量のγグロブリン療法を行い胎児ヘモクロマトーシスの発症を予防するものである。しかしながら、大量のγグロブリンが必要となることから、更なる治療方法が求められている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0016】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0017】
本発明は、母体と胎児との関係における液性免疫が関連する疾患、例えば、母体と胎児との関係における液性免疫に起因する不妊・不育、血液型不適合妊娠、又は胎児ヘモクロマトーシスを治療または改善するための薬剤を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0018】
すなわち、上記の課題を解決するために、本発明は以下の実施形態を包含する。
【0019】
(実施形態1)
(i) 式(I)
(化1)
(式中、R
1及びR
2、R
3及びR
4、R
5及びR
6の隣接するそれぞれの対は、各々独立して、
(a)2つの隣接する水素原子を表すか、もしくはR
2はアルキル基であってもよく、又は
(b)結合しているそれぞれの炭素原子どうしの間でもうひとつの結合を形成してもよく;
R
7は、水素原子、ヒドロキシ基、保護されたヒドロキシ基であるか、もしくはR
1と一緒になってオキソ基を表わし;
R
8及びR
9は独立して、水素原子、ヒドロキシ基を表わし;
R
10は、水素原子、アルキル基、1以上のヒドロキシ基によって置換されたアルキル基、アルケニル基、1以上のヒドロキシ基によって置換されたアルケニル基、又はオキソ基によって置換されたアルキル基を表わし;
Xは、オキソ基、(水素原子、ヒドロキシ基)、(水素原子、水素原子)、又は式-CH
2O-で表わされる基を表わし;
Yは、オキソ基、(水素原子、ヒドロキシ基)、(水素原子、水素原子)、又は式N-NR
11R
12もしくはN-OR
13で表わされる基を表わし;
R
11及びR
12は独立して、水素原子、アルキル基、アリール基又はトシル基を表わし;
R
13、R
14、R
15、R
16、R
17、R
18、R
19、R
22及びR
23は独立して、水素原子又はアルキル基を表わし;
R
24は、所望により置換されていてもよい、1以上の複素原子を含み得る環を表わし;
nは1又は2を表わし、
上記の意味に加え、さらにY、R
10及びR
23は、それらが結合している炭素原子と一緒になって、飽和もしくは不飽和の5員もしくは6員環の、窒素原子、硫黄原子及び酸素原子より選択される1以上の複素原子を含有する複素環基を形成してもよく、その複素環基は、アルキル基、ヒドロキシ基、アルキルオキシ基、ベンジル基、式-CH
2Se(C
6H
5)で表わされる基、及び1以上のヒドロキシ基によって置換されたアルキル基から選ばれる1以上の基によって置換されていてもよい)で表される化合物又はその薬学的に許容される塩、
(ii)サイクロスポリン類、及び
(iii)ラパマイシンまたはその誘導体、よりなる群から選択される化合物を有効成分として含む、母体と胎児との関係における液性免疫が関連する疾患を治療するための薬剤。
(実施形態2)
式(I)で表される化合物がタクロリムス又はその薬学的に許容される塩である、実施形態1に記載の薬剤。
(実施形態3)
有効成分が式(I)で表される化合物又はその薬学的に許容される塩であり、式(I)で表される化合物がタクロリムス又はその薬学的に許容される塩である、実施形態1に記載の薬剤。
(実施形態4)
母体と胎児との関係における液性免疫が関連する疾患が、母体と胎児との関係における液性免疫に起因する不妊・不育症である、実施形態1~3のいずれかに記載の薬剤。
(実施形態5)
母体と胎児との関係における液性免疫が関連する疾患が、血液型不適合妊娠である、実施形態1~3のいずれかに記載の薬剤。
(実施形態6)
母体と胎児との関係における液性免疫が関連する疾患が、胎児へモクロマトーシスである、実施形態1~3のいずれかに記載の薬剤。
(実施形態7)
第2子以降の妊娠に適用される、実施形態4~6のいずれかに記載の薬剤。
(実施形態8)
妊娠初期より投与される、実施形態4~7のいずれかに記載の薬剤。
(実施形態9)
妊娠初期より1~10mg/日の用量で投与される、実施形態4~7のいずれかに記載の薬剤。
(実施形態10)
妊娠初期より3~6mg/日の用量で投与される、実施形態9に記載の薬剤。
(実施形態11)
血液型不適合妊娠の可能性のある患者に、妊娠初期より1~10mg/日の投与量で投与される、実施形態1~3、5、7~9のいずれかに記載の薬剤。
【0020】
更に、本発明は、以下の実施形態をも包含する。
(実施形態12)
式(I)で表される化合物又はその薬学的に許容される塩、
(ii)サイクロスポリン類、及び
(iii)ラパマイシンまたはその誘導体、よりなる群から選択される化合物を患者に投与することを含む、母体と胎児との関係における液性免疫が関連する疾患の治療方法。
(実施形態13)
タクロリムス又はその薬学的に許容される塩を患者に投与することを含む、実施形態12に記載の治療方法。
(実施形態14)
母体と胎児との関係における液性免疫が関連する疾患が、血液型不適合妊娠である、実施形態12または13に記載の治療方法。
(実施形態15)
母体と胎児との関係における液性免疫が関連する疾患が、胎児へモクロマトーシスである、実施形態12または13に記載の治療方法。
(実施形態16)
第2子以降の妊娠に適用される、実施形態14または15に記載の治療方法。
(実施形態17)
妊娠初期より投与される、実施形態14~16のいずれかに記載の治療方法。
(実施形態18)
妊娠初期より1~10mg/日の用量で投与される、実施形態14~16のいずれかに記載の治療方法。
(実施形態19)
血液型不適合妊娠の可能性のある患者に式(I)で表される化合物が妊娠初期より1~10mg/日の投与量で投与される、実施形態14、16~18のいずれかに記載の治療方法。
(実施形態20)
母体と胎児との関係における液性免疫が関連する疾患の治療用の化合物であって、該化合物は、式(I)で表される化合物又はその薬学的に許容される塩、
(ii)サイクロスポリン類、及び
(iii)ラパマイシンまたはその誘導体、よりなる群から選択される、化合物。
(実施形態21)
母体と胎児との関係における液性免疫が関連する疾患の治療用のタクロリムス又はその薬学的に許容される塩。
(実施形態22)
母体と胎児との関係における液性免疫が関連する疾患が、血液型不適合妊娠である、実施形態20または21に記載の化合物又はその薬学的に許容される塩。
(実施形態23)
母体と胎児との関係における液性免疫が関連する疾患が、胎児ヘモクロマトーシスである、実施形態20または21に記載の化合物又はその薬学的に許容される塩。
【発明の効果】
【0021】
本発明により、母体と胎児との関係における液性免疫が関連する疾患、例えば、血液型不適合妊娠又は胎児ヘモクロマトーシスを治療または改善することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【
図1】上段は患者のTh1、Th2およびその比を示すグラフである。当初にTh1/Th2の比が高いことは、免疫系の異常による不妊症であることを示唆している。下段は、妊娠週における妊婦の抗D抗体の力価を示すグラフである。妊娠初期からのタクロリムス投与により抗体価の上昇は緩徐であったが、急速に上昇し始めた妊娠28週に投与量を増量(5mg/日)したことにより、該力価がさらに上昇せず安定していることがわかる。
【
図2】妊娠週における胎児の体重、および中大脳動脈の血流速度を示すグラフである。妊娠初期からタクロリム投与の増量(5mg/日)が必要となった28週以降も順調に体重が増加し、胎児貧血の尺度である血流速度は週数相当であった。
【発明を実施するための形態】
【0023】
以下、本発明について詳細に説明する。
【0024】
すなわち、本発明は、
(i) 式(I)
(化2)
(式中、R
1及びR
2、R
3及びR
4、R
5及びR
6の隣接するそれぞれの対は、各々独立して、
(a)2つの隣接する水素原子を表すか、もしくはR
2はアルキル基であってもよく、又は
(b)結合しているそれぞれの炭素原子どうしの間でもうひとつの結合を形成してもよく(すなわち、二重結合を形成する);
R
7は、水素原子、ヒドロキシ基、保護されたヒドロキシ基であるか、もしくはR
1と一緒になってオキソ基を表わし;
R
8及びR
9は独立して、水素原子、ヒドロキシ基を表わし;
R
10は、水素原子、アルキル基、1以上のヒドロキシ基によって置換されたアルキル基、アルケニル基、1以上のヒドロキシ基によって置換されたアルケニル基、又はオキソ基によって置換されたアルキル基を表わし;
Xは、オキソ基、(水素原子、ヒドロキシ基)、(水素原子、水素原子)、又は式-CH
2O-で表わされる基を表わし;
Yは、オキソ基、(水素原子、ヒドロキシ基)、(水素原子、水素原子)、又は式N-NR
11R
12もしくはN-OR
13で表わされる基を表わし;
R
11及びR
12は独立して、水素原子、アルキル基、アリール基又はトシル基を表わし;
R
13、R
14、R
15、R
16、R
17、R
18、R
19、R
22及びR
23は独立して、水素原子又はアルキル基を表わし;
R
24は、所望により置換されていてもよい、1以上の複素原子を含み得る環を表わし;
nは1又は2を表わし、
上記の意味に加え、さらにY、R
10及びR
23は、それらが結合している炭素原子と一緒になって飽和もしくは不飽和の5員もしくは6員環の、窒素原子、硫黄原子及び酸素原子より選択される1以上の複素原子を含有する複素環基を形成してもよく、その複素環基は、アルキル基、ヒドロキシ基、アルキルオキシ基、ベンジル基、式-CH
2Se(C
6H
5)で表わされる基、及び1以上のヒドロキシ基によって置換されたアルキル基から選ばれる1以上の基によって置換されていてもよい)で表される化合物又はその薬学的に許容される塩、
(ii)サイクロスポリン類、及び
(iii)ラパマイシンまたはその誘導体、よりなる群から選択される化合物を有効成分として含む、母体と胎児との関係における液性免疫が関連する疾患を治療するための薬剤、を提供する。
【0025】
式(I)で表される化合物において、R24は、所望により置換されていてもよい、1以上の複素原子を含み得る環を表わし、具体的には5員~7員の炭素環又は5員又は6員の複素環基である。5員又は6員の複素環基としては、例えば、飽和もしくは不飽和の5員もしくは6員環の、窒素原子、硫黄原子及び酸素原子より選択される1以上の複素原子を含有する複素環基である。好ましいR24としては、適当な置換基を有していてもよいシクロ(C5-C7)アルキル基を挙げることが出来るが、例えば次のような基を例示することが出来る。
(a)3,4-ジオキソ-シクロヘキシル基;
(b)3-R20-4-R21-シクロヘキシル基、
ここで、R20は、ヒドロキシ、アルキルオキシ、オキソ、又はOCH2OCH2CH2OCH3を表わし、及びR21は、ヒドロキシ、-OCN、アルキルオキシ、適当な置換基を有していてもよいヘテロアリールオキシ、-OCH2OCH2CH2OCH3、保護されたヒドロキシ、クロロ、ブロモ、ヨード、アミノオキザリルオキシ、アジド基若しくはp-トリルオキシチオカルボニルオキシ、又はR25R26CHCOO-(式中、R25は所望により保護されていてもよいヒドロキシ基、又は保護されたアミノ基を表わし、及びR26は水素原子又はメチルを表わす)を表わすか、又はR20とR21は一緒になって、エポキシド環の酸素原子(すなわち、-O-)を形成する;又は
(c)シクロペンチル基であって、そのシクロペンチル基は、メトキシメチル、所望により保護されたヒドロキシメチル、アシルオキシメチル(その中において、アシル部分は、所望により4級化されていてもよいジメチルアミノ基又はエステル化されていてもよいカルボキシ基である)、1以上の保護されていてもよいアミノ及び/又はヒドロキシ基、又はアミノオキザリルオキシメチルで置換されていてもよく、好ましい例は、2-ホルミル-シクロペンチル基である。
【0026】
本明細書において使用されている各定義及びその具体例、並びにその好ましい実施態様を、以下に詳細に説明する。
【0027】
「低級」とは、特に指示がなければ炭素原子1~6個を有する基を意味するものとする。
【0028】
「アルキル基」及び「アルキルオキシ基」のアルキル部分の好ましい例としては、直鎖もしくは分枝鎖脂肪族炭化水素残基が挙げられ、例えばメチル、エチル、プロピル、イソプロピル、ブチル、イソブチル、ペンチル、ネオペンチル、ヘキシル等の炭素数1~6の低級アルキル基が挙げられる。
【0029】
「アルケニル基」の好ましい例としては、1個の二重結合を含有する直鎖もしくは分枝鎖脂肪族炭化水素残基が挙げられ、例えばビニル、プロペニル(アリル等)、ブテニル、メチルプロペニル、ペンテニル、ヘキセニル等の低級アルケニル基が挙げられる。
【0030】
「アリール基」の好ましい例としては、フェニル、トリル、キシリル、クメニル、メシチル、ナフチル等が挙げられる。
【0031】
「保護されたヒドロキシ基」及び「保護されたアミノ」における好ましい保護基としては、例えばメチルチオメチル、エチルチオメチル、プロピルチオメチル、イソプロピルチオメチル、ブチルチオメチル、イソブチルチオメチル、ヘキシルチオメチル等の低級アルキルチオメチル基のような1-(低級アルキルチオ)(低級)アルキル基、さらに好ましいものとしてC1~C4アルキルチオメチル基、最も好ましいものとしてメチルチオメチル基;
例えばトリメチルシリル、トリエチルシリル、トリブチルシリル、第三級ブチル-ジメチルシリル、トリ第三級ブチルシリル等のトリ(低級)アルキルシリル、例えばメチル-ジフェニルシリル、エチル-ジフェニルシリル、プロピル-ジフェニルシリル、第三級ブチル-ジフェニルシリル等の低級アルキル-ジアリールシリル等のようなトリ置換シリル基、さらに好ましいものとしてトリ(C1~C4)アルキルシリル基及びC1~C4アルキルジフェニルシリル基、最も好ましいものとして第三級ブチル-ジメチルシリル基及び第三級ブチル-ジフェニルシリル基;
カルボン酸、スルホン酸及びカルバミン酸から誘導される脂肪族アシル基、芳香族アシル基及び芳香族基で置換された脂肪族アシル基のようなアシル基;等が挙げられる。
【0032】
脂肪族アシル基としては、例えばホルミル、アセチル、プロピオニル、ブチリル、イソブチリル、バレリル、イソバレリル、ピバロイル、ヘキサノイル、カルボキシアセチル、カルボキシプロピオニル、カルボキシブチリル、カルボキシヘキサノイル等の、カルボキシのような適当な置換基を1個以上有していてもよい低級アルカノイル基;
例えばシクロプロピルオキシアセチル、シクロブチルオキシプロピオニル、シクロヘプチルオキシブチリル、メンチルオキシアセチル、メンチルオキシプロピオニル、メンチルオキシブチリル、メンチルオキシペンタノイル、メンチルオキシヘキサノイル等の、低級アルキルのような適当な置換基を1個以上有していてもよいシクロ(低級)アルキルオキシ(低級)アルカノイル基;
カンファースルホニル基;
例えばカルボキシメチルカルバモイル、カルボキシエチルカルバモイル、カルボキシプロピルカルバモイル、カルボキシブチルカルバモイル、カルボキシペンチルカルバモイル、カルボキシヘキシルカルバモイル等のカルボキシ(低級)アルキルカルバモイル基、又は例えばトリメチルシリルメトキシカルボニルエチルカルバモイル、トリメチルシリルエトキシカルボニルプロピルカルバモイル、トリエチルシリルエトキシカルボニルプロピルカルバモイル、第三級ブチルジメチルシリルエトキシカルボニルプロピルカルバモイル、トリメチルシリルプロポキシカルボニルブチルカルバモイル基等のトリ(低級)アルキルシリル(低級)アルキルオキシカルボニル(低級)アルキルカルバモイル基等の、カルボキシもしくは保護されたカルボキシのような適当な置換基を1個以上有する低級アルキルカルバモイル基等が挙げられる。
【0033】
芳香族アシル基としては、例えばベンゾイル、トルオイル、キシロイル、ナフトイル、ニトロベンゾイル、ジニトロベンゾイル、ニトロナフトイル等の、ニトロのような適当な置換基を1個以上有してもよいアロイル基;
例えばベンゼンスルホニル、トルエンスルホニル、キシレンスルホニル、ナフタレンスルホニル、フルオロベンゼンスルホニル、クロロベンゼンスルホニル、ブロモベンゼンスルホニル、ヨードベンゼンスルホニル等の、ハロゲンのような適当な置換基を1個以上有していてもよいアレーンスルホニル基等が挙げられる。
【0034】
芳香族基で置換された脂肪族アシル基としては、例えばフェニルアセチル、フェニルプロピオニル、フェニルブチリル、2-トリフルオロメチル-2-メトキシ-2-フェニルアセチル、2-エチル-2-トリフルオロメチル-2-フェニルアセチル、2-トリフルオロメチル-2-プロポキシ-2-フェニルアセチル等の、低級アルキルオキシ又はトリハロ(低級)アルキルのような適当な置換基を1個以上有していてもよいアリール(低級)アルカノイル基等が挙げられる。
【0035】
上記アシル基中、さらに好ましいアシル基としては、カルボキシを有してもよいC1~C4アルカノイル基、シクロアルキル部分に(C1~C4)アルキルを2個有するシクロ(C5~C6)アルキルオキシ(C1~C4)アルカノイル基、カンファースルホニル基、カルボキシ(C1~C4)アルキルカルバモイル基、トリ(C1~C4)アルキルシリル(C1~C4)アルキルオキシカルボニル(C1~C4)アルキルカルバモイル基、ニトロ基を1個又は2個有していてもよいベンゾイル基、ハロゲンを有するベンゼンスルホニル基、C1~C4アルキルオキシトリハロ(C1~C4)アルキルを有するフェニル(C1~C4)アルカノイル基が挙げられ、それらのうち、最も好ましいものとしては、アセチル、カルボキシプロピオニル、メンチルオキシアセチル、カンファースルホニル、ベンゾイル、ニトロベンゾイル、ジニトロベンゾイル、ヨードベンゼンスルホニル及び2-トリフルオロメチル-2-メトキシ-2-フェニルアセチルが挙げられる。
【0036】
「5員~7員の炭素環」としては、5員~7員のシクロアルキル基又はシクロアルケニル基が例示され、例えば、シクロペンチル、シクロヘキシル、シクロヘプチル、シクロペンテニル、シクロヘキセニル又はシクロへプテニルが挙げられる。
【0037】
「飽和もしくは不飽和の5員もしくは6員環の、窒素原子、硫黄原子及び酸素原子より選択される1以上の複素原子を含有する複素環基」の好ましい例としては、ピロリル基、テトラヒドロフリル基等が挙げられる。
【0038】
「適当な置換基を有していてもよいヘテロアリールオキシ」の中の「適当な置換基を有していてもよいヘテロアリール」部分とは、EP-A-532,088中の式で表される化合物の基R1として例示のものが挙げられるが、例えば、1-ヒドロキシエチルインドール-5-イルが好ましい。その開示を引用して明細書記載の一部とする。
【0039】
有効成分
本発明においては、有効成分として、(i)式(I)で表される化合物若しくはその薬学的に許容される塩、(ii)サイクロスポリン類、又は、(iii)ラパマイシン若しくはその誘導体を用いることができる。尚、有効成分として、(i)式(I)で表される化合物、(ii)サイクロスポリン類、又は、(iii)ラパマイシン若しくはその誘導体の2種以上を併用して用いてもよい。以下にそれぞれの有効成分について説明する。
【0040】
(i) 式(I)で表される化合物
本発明において使用される式(I)で表される化合物又はその薬学的に許容される塩は、前記で説明したとおりであるが、具体的には、例えば、EP-A-184162、EP-A-323042、EP-A-423714、EP-A-427680、EP-A-465426、EP-A-480623、EP-A-532088、EP-A-532089、EP-A-569337、EP-A-626385、WO89/05303、WO93/05058、WO96/31514、WO91/13889、WO91/19495、WO93/5059等に記載されている。
【0041】
特に、FR900506(=FK506、タクロリムス)、FR900520(アスコマイシン)、FR900523及びFR900525と呼称される化合物は、ストレプトミセス(Streptomyces)属、例えばストレプトミセス・ツクバエンシス(Streptomyces tsukubaensis)No.9993(寄託機関:日本国茨城県つくば市東1丁目1-3、通商産業省工業技術院生命工学工業技術研究所(旧名称:通商産業省工業技術院微生物工業技術研究所)、寄託日:1984年10月5日、受託番号:微工研条寄第927号)もしくは、ストレプトミセス・ハイグロスコピカス・サブスペシース・ヤクシマエンシス(Streptomyces hygroscopicussubsp.yakushimaensis)No.7238(寄託機関:日本国茨城県つくば市町東1丁目1-3、通商産業省工業技術院生命工学工業技術研究所、寄託日:1985年1月12日、受託番号:微工研条寄第928号)(EP-A-0184162)により産生される物質であり、特に下記構造式で示されるFK506(一般名:タクロリムス)は、代表的な化合物である。
【0042】
(化3)
化学名:17-アリル-1,14-ジヒドロキシ-12-[2-(4-ヒドロキシ-3-メトキシシクロヘキシル)-1-メチルビニル]-23,25-ジメトキシ-13,19,21,27-テトラメチル-11,28-ジオキサ-4-アザトリシクロ[22.3.1.04,9]オクタコス-18-エン-2,3,10,16-テトラオン。
【0043】
特に好ましい実施形態として、式(I)で表される化合物は、R3及びR4、R5及びR6の隣接するそれぞれの対が、それらが結合しているそれぞれの炭素原子どうしの間に形成されたもう一つの結合を形成しており(よって、R3及びR4、R5及びR6部分で二重結合を形成する)、
R1、R2、R8及びR23は、独立して水素原子であり、
R9は、ヒドロキシ基であり、R10は、メチル、エチル、プロピル又はアリル基であり、
R7は、ヒドロキシであり、
Xは、(水素原子、水素原子)又はオキソ基であり、
Yは、オキソ基であり、
R14、R15、R16、R17、R18、R19及びR22は、それぞれメチル基であり、
R24は、3-R20-4-R21-シクロヘキシル基であり、
ここで、R20は、ヒドロキシ、アルキルオキシ、オキソ、又は-OCH2OCH2CH2OCH3であり、
R21は、ヒドロキシ、-OCN、アルキルオキシ、適当な置換基を有していてもよいヘテロアリールオキシ、1-テトラゾリル又は2-テトラゾリル、-OCH2OCH2CH2OCH3、保護されたヒドロキシ、クロロ、ブロモ、ヨード、アミノオキザリルオキシ、アジド基若しくはp-トリルオキシチオカルボニルオキシであるか、又は、R25R26CHCOO-(式中、R25は所望により保護されていてもよいヒドロキシ基、又は保護されたアミノ基、及びR26は水素原子又はメチル)であるか、或いは
R20とR21は一緒になって、エポキシド環の酸素原子(すなわち-O-)を形成し、そしてnは1又は2である。
【0044】
別の好ましい実施形態として、式(I)で表される化合物としては、タクロリムス、アスコマイシン又はその誘導体が挙げられる。
【0045】
更に、EP0184162、EP323042、EP424714、EP427680、EP465426、EP474126、EP480623、EP484936、EP532088、EP532089、EP569337、EP626385、WO89/05303、WO93/05058、WO96/31514、WO91/13889、WO91/19495、WO93/5059、WO96/31514等に記載の化合物もまた、本発明の式(I)で表される化合物の好ましい例として挙げられ、その開示を引用して明細書記載の一部とする。
【0046】
式(I)で表される化合物の薬学的に許容される塩
本発明の式(I)で表される化合物において「薬学的に許容される塩」という用語は、薬学的に許容される非毒性塩基または酸から調製される塩を指す。本発明の式(I)で表される化合物が酸性である場合、その対応する塩は、無機塩基及び有機塩基を含む、薬学的に許容される非毒性塩基から好都合に調製することができる。そのような無機塩基に由来する塩には、アルミニウム、アンモニウム、カルシウム、銅(第二及び第一)、第二鉄、第一鉄、リチウム、マグネシウム、マンガン(第二及び第一)、カリウム、ナトリウム、亜鉛などの塩が含まれる。アンモニウム、カルシウム、マグネシウム、カリウム及びナトリウムの塩が好ましい。薬学的に許容される非毒性の有機塩基から調製される塩は、天然起源と合成供給源の両方に由来する一級、二級、及び三級アミンの塩を含む。薬学的に許容される非毒性の有機塩基には、例えばアルギニン、ベタイン、カフェイン、コリン、N,N’-ジベンジルエチレンジアミン、ジエチルアミン、2-ジエチルアミノエタノール、2-ジメチルアミノエタノール、エタノールアミン、エチレンジアミン、N-エチルモルホリン、N-エチルピペリジン、グルカミン、グルコサミン、ヒスチジン、ヒドラバミン、イソプロピルアミン、ジシクロヘキシルアミン、リジン、メチルグルカミン、モルホリン、ピペラジン、ピペリジン、ポリアミン樹脂、プロカイン、プリン、テオブロミン、トリエチルアミン、トリメチルアミン、トリプロピルアミン、トロメタミンなどが含まれる。
【0047】
本発明の式(I)で表される化合物が塩基性である場合、その対応する塩は、薬学的に許容される非毒性の無機酸及び有機酸から好都合に調製することができる。そのような酸には、例えば酢酸、ベンゼンスルホン酸、安息香酸、カンファースルホン酸、クエン酸、エタンスルホン酸、フマル酸、グルコン酸、グルタミン酸、臭化水素酸、塩酸、イセチオン酸、乳酸、マレイン酸、リンゴ酸、マンデル酸、メタンスルホン酸、ムコ酸、硝酸、パモ酸、パントテン酸、リン酸、コハク酸、硫酸、酒石酸、p-トルエンスルホン酸などが含まれる。クエン酸、臭化水素酸、塩酸、マレイン酸、リン酸、硫酸及び酒石酸が好ましい。
【0048】
式(I)で表される化合物の結晶形
本発明の式(I)で表される化合物は、非晶質形態及び/又は1以上の結晶質形態で存在することができ、式(I)で表される化合物のそのようなすべての非晶質形態及び結晶質形態並びにそれらの混合物は、本発明の範囲内に含まれることが意図される。さらに、式(I)で表される化合物の一部は、水との溶媒和物(すなわち、水和物)又は通常の有機溶媒との溶媒和物を形成し得る。式(I)で表される化合物のそのような溶媒和物及び水和物、特に、薬学的に許容され得る溶媒和物及び水和物は、同様に、該化合物の溶媒和されていない無水形態とともに、式(I)によって定義される化合物及びその薬学的に許容され得る塩の範囲内に包含される。
【0049】
式(I)で表される化合物の異性体
本発明の式(I)で表される化合物においては、コンホーマーあるいは不斉炭素原子及び二重結合に起因する光学異性体及び幾何異性体のような1対以上の立体異性体が存在することがあり、そのようなコンホーマーあるいは異性体も本明の化合物の範囲に包含される。
【0050】
式(I)で表される化合物の溶媒和物又は水和物
本発明の式(I)で表される化合物は溶媒和物を形成することも出来るが、その場合も本願発明の範囲に含まれる。好ましい溶媒和物としては、水和物及びエタノレートが挙げられる。
【0051】
式(I)で表される化合物の調製方法
本発明の式(I)で表される化合物は、文献公知のものであり、その製法方法は、例えば、EP-A-184162、EP-A-323042、EP-A-423714、EP-A-427680、EP-A-465426、EP-A-480623、EP-A-532088、EP-A-532089、EP-A-569337、EP-A-626385、WO89/05303、WO93/05058、WO96/31514、WO91/13889、WO91/19495、WO93/5059等に開示されている。又、タクロリムスは、アステラス製薬株式会社から、プログラフ(登録商標)の販売名で市販されている。
【0052】
(ii) サイクロスポリン類
サイクロスポリン類としては、例えばサイクロスポリンA、B、D等が挙げられ、これらはメルクインデックス(12版)No.2821に記載されている。尚、サイクロスポリンは、例えば、サンディミュンという販売名でノバルティスファーマ株式会社から市販されている。
【0053】
(iii) ラパマイシン誘導体
ラパマイシン(シロリムスとも呼ばれる)としては、メルクインデックス(12版)No.8288に記載されており、その誘導体も使用することが可能である。好ましい例としては、WO95/16691の1頁の式Aの40位のヒドロキシが-OR1(ここで、R1はヒドロキシアルキル、ヒドロアルキルオキシアルキル、アシルアミノアルキル及びアミノアルキル)で置換されているO-置換誘導体、例えば、40-O-(2-ヒドロキシ)エチル-ラパマイシン、40-O-(3-ヒドロキシ)プロピル-ラパマイシン、40-O-[2-(2-ヒドロキシ)エトキシ]エチル-ラパマイシン及び40-O-(2-アセトアミノエチル)-ラパマイシンが挙げられる。尚、ラパマイシン(シロリムス)は、ラパリムスという販売名でノーベルファーマ株式会社から市販されている。
【0054】
本発明の式(I)で表される化合物、サイクロスポリン類、ラパマイシン及びその誘導体は、類似の基本骨格、すなわちトリシクロマクロライド骨格を有しており、少なくとも一つの類似の生物学的特性(例えば、免疫抑制作用)を有する。
【0055】
その他の任意の成分
本発明に係る薬剤は、上記の有効成分の他に、有効成分の活性を阻害する虞がなく、投与対象(以下、患者ともいう)にとって有害でないものである限り、他の疾病、疾患及び状態に対して治療作用を有する治療活性物質を1つ以上含んでいてもよい。
【0056】
本発明の薬剤
本発明の薬剤は、(i)式(I)で表される化合物又はその薬学的に許容される塩、(ii)サイクロスポリン類、(iii)ラパマイシン誘導体、よりなる群から選択される化合物を有効成分として含み、更に、投与対象に有害でない、薬学的に受容可能な担体を含んでいてもよい。用いることが可能な担体は、固体、半固体、又は液体型の何れであってもよく、例えば、水、電解質液、及び、糖液等から選択される何れかが挙げられるが、これらに限定されない。さらに、該薬剤は、補助剤を含んでいてもよい。補助剤としては、滑沢剤、安定化剤、防腐剤、乳化剤、増粘剤(粘稠剤)、着色剤、香料(着香剤)、賦形剤、保存剤、緩衝剤、矯味剤、懸濁化剤、乳化剤、溶解補助剤などが挙げられる。
【0057】
剤型
本発明の有効成分を含む薬剤は、種々の剤型で提供することができ、その剤型としては、錠剤、カプセル剤、丸剤、顆粒剤、散剤、シロップ剤、坐剤、トローチ剤、ペレット、エマルジョン、懸濁液、及び、公知のその他の形態が挙げられる。これらの中でも、例えば、経口投与製剤として、錠剤、カプセル剤、丸剤、顆粒剤、散剤、液剤、シロップ剤、及び、ゼリー剤のうちのいずれかであることが好ましく、錠剤、カプセル剤、及び、顆粒剤のうちのいずれかであることがより好ましく、錠剤であることがさらに好ましい。なお、後述する通り、例えば、注射剤、坐剤、及び、経皮吸収型製剤のような非経口投与製剤として製剤されてもよい。
【0058】
薬剤の製造方法
本発明に係る薬剤は、公知の製造方法を利用して製造することができる。一例として、有効成分と任意のその他の成分とを成分毎に別途に製造したのち、それぞれの成分を所望の含有量となるように混合することによって製造される。
【0059】
薬剤の投与対象
本発明の薬剤の投与対象としては、哺乳動物が挙げられる。哺乳類としては、ヒトならびにヒト以外の動物としてウシ、ウマ、ブタ及びヒツジなどのような家畜、サル、チンパンジー、並びに、犬、猫、ラット及びウサギなどのような愛玩動物が挙げられ、好ましくはヒトが挙げられる。
【0060】
投与経路
本発明の薬剤の投与方法(投与経路)は、投与対象の年齢、状態、及び、治療期間等により適宜決定することができる。具体的には、経口投与又は非経口投与の何れであってもよいが、経口投与であることが好ましい(実施例は経口投与)。非経口投与としては、注射投与、坐剤としての投与、経皮吸収型製剤としての投与などの方法が挙げられる。注射投与の種類としては、例えば、筋肉内、腹腔内、皮下、静脈内、及び、局所注射が挙げられる。また、本発明の薬剤は、経皮、経鼻、経膣、及び、直腸経由などの様々な経路を介して投与することができる。
【0061】
投与量
薬剤の投与量は、薬剤投与を受ける患者の疾病、疾患又は症状の種類、重篤度、各種検査結果、及び薬剤の有効成分の種類などによって異なる。さらに、薬剤の投与量は、処置されるべき患者の年齢、本発明の治療方法による治療の実施回数、及び、各種検査結果などに依存しても異なる。一例として、本発明の薬剤は、薬剤に含まれる有効成分の含有量の観点で、生体移植及び免疫系疾患等の治療において免疫抑制剤として用いられる場合の投与量よりも低用量となる用量において投与される。例えば、薬剤の投与対象がヒトである場合は、特に限定されるわけではないが、一日につき、有効成分の量として、好ましくは0.5~10mgか1~10mgの範囲内、より好ましくは0.5~6mgか3~6mgの範囲内の範囲内の量を投与する。なお、以下、特に断りが無い限り、薬剤の投与量に関する記載はヒトが対象である場合に適用され、投与量は有効成分の量として表されているものとする。
【0062】
また、特に限定されないが、経口による投与の場合、一日当たりの投与回数は、好ましくは1~4回、より好ましくは1~3回、さらに好ましくは1~2回である。
【0063】
本発明の有効成分である化合物を段階的にまたは別の治療薬と併用して投与する場合、一般に同じ投与剤形を使用することができる。薬物を物理的に組み合わせて投与する場合、投与剤形及び投与経路は、組み合わせる薬物の適合性に応じて選択すべきである。したがって、同時投与という用語は、2つの薬剤の同時もしくは連続的な投与、または2つの活性成分の固定用量の組み合わせとしての投与を包含すると理解される。
【0064】
母体と胎児との関係における液性免疫に起因する不妊・不育症
「不妊・不育症」とは、「不妊」と「不育」の両方を含む概念である。本明細書において「不妊」とは、広義には、正常な状態と比較して母体が妊娠困難な状態にあることを指し、不妊症を含む概念である。本明細書において「不妊症」とは、挙児を希望したのち避妊なしで1年以内に妊娠が成立しない場合を指す。本明細書において「不育」とは、妊娠した後に母体の子宮内において胎児が発達不能な状態又は胎児の発達遅延もしくは発達不良がみられる状態を指し、不育症を含む概念である。本明細書において「不育症」とは、妊娠(自然妊娠の他、人工授精や体外受精の場合も含む)は成立するものの、流産、早産又は死産を1回または2回以上繰り返し、挙児に至らない場合を指す。
【0065】
ここで不妊症を含む不妊の原因としては、卵因子、卵管因子、子宮因子、頸管因子及び免疫因子などがある。一方、不育症を含む不育の原因としては、遺伝的因子、解剖的因子、内分泌的因子、凝固的因子及び自己免疫的因子などがある。
本明細書における「母体と胎児との関係における液性免疫に起因する不妊・不育症」は、「不妊・不育症」のうち特に、母体と胎児との関係における液性免疫の異常に起因する不妊・不育症のみを含む。したがって、本明細書における「母体と胎児との関係における液性免疫に起因する不妊・不育症」には、細胞性免疫の異常に起因する「不妊・不育症」は含まれない。
【0066】
母体と胎児との関係における液性免疫に起因する不妊・不育症は、例えば次の様な場合に生じる障害である。
(i)不妊の要因として公知である卵因子、卵管因子、子宮因子、頸管因子及び免疫因子(特に細胞免疫因子)のいずれにも起因しない場合。
(ii)不育の原因として公知である遺伝的因子、解剖的因子、内分泌的因子、凝固的因子及び自己免疫的因子のいずれにも起因しない場合。
(iii)原因不明であり、Th1/Th2細胞比率等の細胞性免疫の異常を確認するパラメータは正常値を示す場合(すなわち、細胞性免疫の異常は原因でない場合)。
(iv)受精卵もしくは胎児の細胞膜上もしくは細胞内外の胎児抗原を標的とする病原抗体が母体内に存在し、母体が病原抗体を介して子宮内で受精卵や胎児成分を直接攻撃するか、胎盤を介して移行した病原抗体が胎児を攻撃する場合。
【0067】
この際の本発明の有効成分である化合物の投与量としては、1~10mg/日が好ましく、より好ましくは3~6mg/日である。
【0068】
血液型不適合妊娠
血液型不適合妊娠は、以下のような状態で生じる障害である。
(i)母体の赤血球膜上に無い抗原が胎児の赤血球膜上に存在する、
(ii)胎児血が胎盤を介して母体へ流入後、胎児赤血球膜上の抗原に対する病原性抗体が母体内で産生される(病原性抗体、例えば抗D抗体価、抗赤血球抗体などの上昇)、
(iii)病原性抗体は胎盤を介して胎児へ移行して胎児赤血球を攻撃する、
(iv)胎児の赤血球は溶血し、胎児貧血となる。
【0069】
よって、(ii)における病原性抗体価の上昇前から、例えば妊娠直後より本発明の薬剤(例えばタクロリムス)を妊婦に投与することにより、病原性体価の上昇が抑えられ(抗体の産生抑制)、血液型不適合妊娠に起因する症状を抑え、よって、血液型不適合妊娠の治療又は改善を行うことが可能となる。
投与量は、有効成分として1mg/日~10mg/日が例示される。好ましくは、投与量は、3~6mg/日である。
【0070】
そして、(iii)における、胎盤を通過した病原性抗体による胎児赤血球の攻撃は、女性に一旦(前回の妊娠もしくは流産などで)胎児赤血球膜状の抗原が認識され、病原性抗体産生のための記憶が残っているため、第1子の妊娠より第2子以降の妊娠のときに血液型不適合妊娠が起こりやすくなる。
尚、女性が不妊症を患っており、例えば本発明の薬剤(有効成分として1~4mg/日)を用いて妊娠が成立した場合には、継続して投与し、例えば病原性抗体価の上昇が認められた時に本発明の薬剤を更に増量して(例えば有効成分として5~10mg/日)投与してもよい。
【0071】
さらに、女性が不妊症を患っており、例えば本発明の薬剤以外の方法で妊娠が成立した場合にも、本発明の薬剤を用いて血液型不適合妊娠の治療が可能であり、例えば妊娠初期より、本発明の薬剤を(例えば有効成分として1~10mg/日)投与してもよい。
【0072】
胎児へモクロマトーシス
胎児へモクロマトーシスは、以下のような状態で生じる症状である。
(i)胎児の鉄代謝に関連する酵素が母体のそれとは異なる、
(ii)胎児血が胎盤を介して母体へ流入後、その酵素に対する病原性抗体が母体内で産生される、
(iii)病原性抗体は胎盤を介して胎児へ移行して胎児の鉄代謝酵素を攻撃する、
(iv)胎児の鉄代謝は止まり、肝臓内に鉄が沈着し肝硬変となる。
【0073】
よって、(ii)における病原性抗体価の上昇前から、例えば妊娠直後より本発明の薬剤(例えばタクロリムス)を妊婦に投与することにより、病原体価の上昇が抑えられ(抗体の産生抑制)、病原性抗体に起因する症状を抑え、よって、胎児ヘモクロマトーシスの治療又は改善を行うことが可能となる。
この際の本発明の有効成分である化合物の投与量としては、1~10mg/日が好ましく、より好ましくは3~6mg/日である。
【実施例】
【0074】
以下に具体的な実施形態を挙げて本発明を説明するが、本発明はその実施形態に限定されるものではなく、それらにおける様々な変更および改変が当業者によって、添付の特許請求の範囲に規定される本発明の範囲または趣旨から逸脱することなく実行され得ることが理解される。
【0075】
抗D抗体価の測定
間接クームス試験により行う。間接クームス試験とは、患者の血清と健常者の血液を混合したものに抗免疫グロブリン抗体を加え赤血球凝集反応が起きるか否かを検査するものである(血清中に存在する不規則抗体を検出する)(クームス試験については、例えば日産婦誌59巻10号、N-617~N-623参照のこと)。
【0076】
Th1/Th2細胞比率
近年、世界中で、対外授精(IVF)及び胚移植(ET)の発生率が高まっている。これに伴い、反復着床不全を含む、複数回のIVFの失敗を経験する女性の数が増加している。IVF/ETを行う際、受精後2~5日の間に、胚を子宮腔へ移植する。いわば半同種移植片(semi-allograft)たる胚が、母体側の免疫寛容の確立を伴って、母体の脱落膜に成功裏に着床することによって、妊娠が確立される[参考文献7]。着床時における、適切な免疫応答の確立が、成功裏な着床の鍵である。従って、免疫上の病因学は、IVF/ET後のRIFにおいて重要な役割を果たしていると考えられる。
【0077】
Tヘルパー(Th)1、Th2、Th17、Treg細胞は、例えば免疫拒絶や免疫寛容等の免疫応答において重要な役割を果たす[参考文献8]。妊娠時の免疫状態はTh2優勢に関連しており、Th1免疫応答は胚の拒絶に関連していることは、一般的に合意されている[参考文献6、9]。胚の拒絶の根底にあるメカニズムは、同種移植における拒絶反応に類似していると考えられる[参考文献10]。IVF/ETの間における移植された胚は、同種移植の拒絶反応と同様の免疫応答によって、着床に失敗しうる。
【0078】
Th1細胞、及びTh2細胞の分析
Th1/Th2細胞比率のベースライン値を評価する目的で、全部で10mlの静脈血を採取した。Th1細胞、及びTh2細胞は、細胞内インターフェロン(IFN)-γ及びIL-4の産生を検出することによって決定した。
【0079】
リンパ球の特異的な染色は、全血を、抗-CD4-PC5又は抗-CD8-PC5-コンジュゲートモノクローナル抗体(mAbs)(Beckman Coulter, Fullerton, Ca, USA)と共にインキュベートすることによって行った。赤血球(RBCs)を溶血によって除去し(FACS Lysing solutionを使用;Becton Dickinson, BD 134 Biosciences, Franklin Lake. NJ, USA)、リンパ球をフローサイトメトリー(FACSCalibur;Becton Dickinson)を用いて分析した。活性化された全血サンプルを、抗-CD4-PC5-コンジュゲート(Abs)を用いて表面染色した後、製造者の使用説明書に従って、RBCの溶血、及び、FastImmune(商標)IFN-γ-FITC/IL-4-PE(Becton Dickinson)を用いた特異的な細胞内染色を順次行った。Th1細胞は、細胞内IFN-γを伴うが、細胞内IL-4を伴わないCD4+リンパ球として規定された。Th2細胞は、細胞内IL-4を伴うが、細胞内IFN-γを伴わないCD4+リンパ球として検出された。細胞内IL-4陽性のTh細胞に対する細胞内IFN-γ陽性のTh細胞の割合を、Th1/Th2細胞比率と表現した。
【0080】
実施例1
タクロリムスによる血液型不適合妊娠の治療
患者は血液型Aの35歳の女性である。母体Rho(D)陰性、胎児Rho(D)陽性の血液型不適合妊娠の患者に対して下記の処置を行った。すなわち、初回妊娠時、抗D免疫グロブリンを妊娠中に投与しておらず、出産前に感作が成立し出産時の抗D抗体価は8倍であった。39週で上位胎盤早期剥離にて緊急帝王切開で出産した。出産後は5ヶ月後に抗体価は最高値64倍を示していた。
【0081】
2年後に第2子を希望したが、不妊症となり体外受精による不妊治療を行ったが5回の胚移植で不成功であったため、免疫系の精査を行った。その際、Th1/Th2(Th1 32.4、Th2 1.3)比の著しい上昇(24.9)を認め免疫系の異常が原因とされる不妊症と判断し、タクロリムス治療を選択した。タクロリムス4mg/日の治療(経口投与:朝2mg、夕2mg)で1回の胚移植により妊娠が成立した。
【0082】
妊娠成立直後の抗D抗体価は4倍であったが、24週で16倍、26週で32倍まで到達した(
図1上段)。その後胎盤を介した胎児抗原の母体への移行はより増加することが想定され、急速な抗D抗体価の上昇に備え血漿交換、胎児輸血の準備を開始した。また、同時に28週のTh1が再度上昇傾向を示したことも考慮に入れタクロリムスを5mg/日へ増量した(経口投与:朝3mg、夕2mg)。
【0083】
以降予想されていた抗D抗体価の上昇は全くなく胎児貧血(中大脳動脈の血流速度上昇)もみられないまま32倍を維持し、児の成長も問題なく(
図2)、37週2日で2834g健常男児を出産した。尚、中大脳動脈の血流速度および胎児の推定体重は、胎児超音波検査により測定した。
【0084】
図2は、妊娠週における胎児の体重変化を示すグラフである。経時的に体重は増加しており、妊娠週数相当に胎児が成長していることを示している。併せて、
図2では中大脳動脈の血流速度も示しており、全妊娠経過中胎児貧血は発症していないことを示している。
臍帯血タクロリムスの濃度は、化学発光免疫測定法(ECLIA)で、検出限界値以下であり、抗D抗体価は2倍であった。児の血液型はA型Rho(D)陽性であり、出生時のHb(ヘモグロビン)値は13.6と軽度低値であったが、外表奇形、内臓奇形なく身体機能も問題なかった。
【0085】
解析
胎児ヘモグロビン(HbF)は、妊娠初期から母体血液中に存在し得る。母体血液中のHbFは妊娠初期に検出され、胎児血液中のHbFから母体血液中への移行は一般的に妊娠9週頃より観察される[参考文献4、11、12]。これらの知見は、胎児抗原へ対する母体の免疫応答は、胎児抗原の母体への流入が始まる妊娠初期より起こりうることを示唆している。一方、胎児への抗D抗体の移行は胎盤構築完成後に始まる。
【0086】
今回の患者は、初回妊娠時に中和活性を持つ抗D免疫グロブリンを母体に投与していないので、上位胎盤早期剥離にて出産時に胎児血が大量に母体内へ流入した可能性があり、胎児抗原へ対する感作が強く成立したと考えられる。加えて、一般的な不妊治療により妊娠が成立せず、反復不成功したことによりさらに感作を助長した可能性は高い。これらのハプニングにより血球成分を含む胎児抗原は母体により強く認識され、抗D抗体に代表される液性免疫だけでなく、Th1の著しい上昇から他の胎児成分に対する細胞性の免疫応答による拒絶が2回目の妊娠活動から始まり不妊症を引き起こした可能性が考えられた。
上昇した抗D抗体価および増加したTh1細胞集団は、体液性免疫および細胞性免疫によってそれぞれ誘導された。これらは、外来抗原および胎児抗原に対する通常の免疫応答である。
【0087】
発明者らは、タクロリムスを用いて患者を治療し、不妊症に対する細胞性免疫を抑制できた。詳細なメカニズムおよびTh1細胞に関連する結果は以前に記載されている[参考文献13~15]。この結果に基づいて、不妊症治療として妊娠前よりタクロリムスの投与を開始し、妊娠成立後もTh1細胞集団に低下傾向が見られなかったため投与を続行、妊娠28週でTh1細胞集団が増加したため5mg/日に増量した。母体および胎児の状態は合併症なく安定しており、妊娠経過は順調で患者は安全な出産を達成した。
【0088】
妊娠24週以降、大量の胎児赤血球の侵入に対応して抗D抗体価が急激に上昇する可能性はあったものの、結果として抗D抗体の産生も抑制され、出産まで母親と児の集中治療は不要であった。
【0089】
この効果は予想外であったが、メカニズムは、カルシニューリン/NFAT経路の阻害によるT細胞機能のダウンレギュレーション、それに次ぐB細胞活性化の阻害および抗体産生の抑制によって、抗原の認識および抗病原体抗体の産生が阻害されると説明することができる。これは、免疫抑制効果を有する高用量の静脈内免疫グロブリンによる連続的治療のように考えることもできる[参考文献16~19]。
【0090】
結論として、この治療は、血漿交換療法、大量γグロブリン療法や高用量ステロイド治療のような強力な治療を行わずに抗体産生の促進を緩和する利点を提供する。タクロリムスを用いた治療は同種免疫妊娠に有益であると発明者らは考えている。
【0091】
タクロリムスの投与による免疫抑制により容易に妊娠が成立し、さらに拒絶免疫の亢進に対する妊娠中のタクロリムスの増量により安定した妊娠継続とともに抗D抗体の産生を抑制し、胎児貧血の発症から回避できたことが考えられる。これはタクロリムスにより細胞性免疫及び液性免疫両者の抑制による効果であると推測された。
【0092】
実施例2
新生児ヘモクロマト―シス治療
本治療法は母体内での胎児抗原の認識を抑制、病原性抗体産生能力の低下を主な目的とした。
【0093】
胎児に発症する疾患は異なるが、血液型不適合妊娠と同様に、胎盤構築完成後に胎児から胎児抗原が母体へ流入し、母体で認識、その抗原に対する病原性抗体が産生され、その中のIgGは胎盤を介して胎児へ移行することにより胎児に疾患を発症する。本疾患は、この病原性抗体が胎児の鉄代謝に関係する蛋白を阻害し、肝臓に鉄が沈着し、肝不全となり子宮内胎児死亡や出生後に死亡もしくは肝移植が必要となる程度の重篤な場合が多い。
【0094】
本治療によるメカニズムは、カルシニューリン/NFAT経路の阻害によるT細胞機能の抑制とそれによるB細胞活性化の阻害および抗体産生の抑制によって、胎児抗原の認識および抗病原体抗体の産生が阻害されると説明することができる。
【0095】
この疾患の病原とされる胎児抗原は同定されていない。胎盤構築完成後に胎児から原因とされる抗原が母体へ流入する事を考慮に入れると妊娠12週ごろからの治療開始を考えるが、胎盤構築には個人差があり、胎児抗原の移行時期も明確ではないため、より有効な治療を行うためには妊娠初期よりの治療開始が好ましい。
【0096】
既存の唯一の予防方法である母体への大量γグロブリン療法の場合、18週より開始し、出産まで継続投与する必要性があり、医療費(60万円/週)は著しく高額となるが、本治療法はその10分の1以下の医療費で妊娠全経過中の治療が行うことができ、適宜その投与量を変更することも容易であるためさらに医療費を節約できる可能性もある。
【0097】
既存の唯一の予防方法である母体への大量γグロブリン療法は、大量に集められプールされた血液から精製されるため、血液に含まれる可能性のある感染症に曝露される危険性があり、特に胎児貧血を引き起こすパルボウイルスの感染が問題とされるが、本治療法では他のウイルスを含め感染の危険性は全く無い。
【0098】
胎児ヘモクロマトーシスにおいて、妊娠中は流産や早産、子宮内発育不全、羊水過少、胎動不全、胎盤浮腫のいずれかが認められることが多く、出生後は出生直後からの全身状態不良(呼吸・循環不全など)、胎児発育遅延、胎児水腫、肝不全徴候などを認める。新生児血液所見では、凝固障害、胆汁うっ滞、トランスアミナーゼ異常値などをみる。敗血症に起因しない播種性血管内凝固症候群、フェリチン高値αフェトプロテイン高値、トランスフェリン飽和率が高値を示し、画像検査所見ではMRI T2強調画像で肝臓以外の臓器に鉄沈着を示唆する低信号を認める。本治療により、これらの妊娠中の胎児および出生後の新生児の所見が改善することにより評価が可能である。
【産業上の利用可能性】
【0099】
本発明により、母体と胎児との関係における液性免疫が関連する疾患、例えば、母体と胎児との関係における液性免疫に起因する不妊・不育症、血液型不適合妊娠、又は胎児ヘモクロマトーシスを治療または改善することができ、妊娠の継続、並びに健常児の出産が可能となる。
【0100】
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