(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-04-04
(45)【発行日】2024-04-12
(54)【発明の名称】最小ゲノムを有する新規微生物及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
C12N 1/20 20060101AFI20240405BHJP
C12P 7/40 20060101ALI20240405BHJP
C12P 21/02 20060101ALI20240405BHJP
C12N 1/21 20060101ALN20240405BHJP
【FI】
C12N1/20 A ZNA
C12P7/40
C12P21/02 C
C12N1/21
(21)【出願番号】P 2020010105
(22)【出願日】2020-01-24
【審査請求日】2020-02-26
【審判番号】
【審判請求日】2022-04-07
(31)【優先権主張番号】10-2019-0010539
(32)【優先日】2019-01-28
(33)【優先権主張国・地域又は機関】KR
【微生物の受託番号】KCTC KCTC13699BP
(73)【特許権者】
【識別番号】514260642
【氏名又は名称】コリア アドバンスド インスティチュート オブ サイエンス アンド テクノロジィ
(74)【代理人】
【識別番号】110000796
【氏名又は名称】弁理士法人三枝国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】キム スンチャン
(72)【発明者】
【氏名】チョ ビュンクワン
(72)【発明者】
【氏名】チェ ドンヒ
(72)【発明者】
【氏名】スン ボンヒュン
(72)【発明者】
【氏名】イ ジュンヒョン
【合議体】
【審判長】加々美 一恵
【審判官】上條 肇
【審判官】藤井 美穂
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 15/00 - 15/90
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
PubMed
BIOSIS/CAPlus/MEDLINE/EMBASE/WPIDS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
受託番号KCTC13699BPとして寄託された新規微生物大腸菌。
【請求項2】
ゲノムサイズは3.5~3.7Mbpである、請求項1に記載の新規微生物。
【請求項3】
前記新規微生物は、生長率がMS56菌株より高いものである、請求項1に記載の新規微生物。
【請求項4】
前記新規微生物は、ピルビン酸生産能がM
G1655株より高いものである、請求項1に記載の新規微生物。
【請求項5】
請求項1~
4のいずれか一項に記載の微生物を培養するステップを含む、ピルビン酸又はタンパク質の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、最小ゲノムを有する新規微生物、その製造方法及びそれを用いた有用産物の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
自己複製により生命を維持する上で必要な遺伝子のみを含む最小限のゲノムに関する研究が行われている。例えば、1.08Mbpのサイズを有するマイコプラズマ・ミコイデス(Mycoplasma mycoides)においては、「ボトムアップ(bottom-up)」アプローチでそのゲノムを再構築したバージョン(JCVI-syn3.0)がデノボ(de novo)合成により生成され、類似細菌であるマイコプラズマ・カプリコルム(Mycoplasma capricolum)に前記再構築したゲノムを移植することにより生きた有機体が作製された(非特許文献1)。
【0003】
このようなゲノムデザインにおいて、栄養成分が豊富で成長遅延のない培地において順次ゲノム減少が起こる「トップダウン(top-down)」アプローチもよく用いられる。これに関して、前記方法で1,2-プロパンジオールを生産する新規微生物が開発されている(特許文献1)。
【0004】
しかし、ゲノムの減少した菌株が栄養成分のない最小培地で生長すると、生長率が低下するという欠点がある。低下した生長率は合成致死率、相互連結された細胞構成要素間の相互作用などの一部のバクテリアゲノム工程に対する理解不足により起こるものであるので、前述した順次方法では、研究に活用されたり、産業上の利用可能性が高い菌株として用いられる、有用な最小ゲノムを構成することが容易でない状況であった。
【0005】
こうした背景の下、本発明者らは、最小ゲノムを有しながらも産業上の利用可能性の高い新規微生物を開発すべく鋭意研究した結果、LBブロス及びその濃度勾配を用いた適応実験室進化(adaptive laboratory evolution; ALE)により、ゲノムサイズが野生型より小さい新規微生物を製造し、前記新規微生物は、ゲノムサイズが小さいにもかかわらず、生長率が低下することなく、野生型に比べてタンパク質翻訳効率、ピルビン酸生産能が高いことを確認し、本発明を完成するに至った。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】韓国登録特許第10-1528943号公報
【文献】韓国特許出願第2013-0062733号
【非特許文献】
【0007】
【文献】Science. 2016 Mar 25;351(6280):aad6253.
【文献】Appl Microbiol Biotechnol. 2014 Aug;98(15):6701-13.
【文献】Pflugers Arch. 2016 Jan; 468(1): 131-142.
【文献】Lancet. 353 (9161): 1321-1323.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、最小ゲノムを有する新規微生物を提供することを目的とする。
【0009】
また、本発明は、前記新規微生物の製造方法を提供することを目的とする。
【0010】
さらに、本発明は、前記新規微生物を用いてピルビン酸又はタンパク質を製造する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
前記目的を達成するために、本発明の一態様は、ゲノムサイズが野生型より小さい新規微生物を提供する。
【0012】
本発明者らは、従来のゲノムの減少した大腸菌が示す低い成長効率の欠点を克服した、ゲノムが減少したにもかかわらず、成長効率が高く、さらにmRNAの翻訳効率が高いためタンパク質生産能が高く、ピルビン酸生産能が高い新規微生物を開発した。本発明における新規微生物は、標的タンパク質及びピルビン酸の生産のための宿主として非常に有用である。
【0013】
前記新規微生物は、受託番号KCTC13699BPとして寄託されたものであってもよい。本発明の一実施例においては、最小ゲノムサイズを有することが知られている大腸菌MS56菌株をLBブロスの濃度が段階的に減少するように培養した結果、MS56菌株より優れた生長率を有し、野生型と同等の細胞生長率を有する大腸菌菌株「eMS57」が得られた(
図4)。これを韓国生命工学研究院生物資源センター(Korean Collection for Type Cultures)に2018年11月8日付けで受託番号KCTC13699BPとして寄託した。
【0014】
前記新規微生物は、ゲノムサイズが野生型より小さいことを特徴とし、具体的には前記ゲノムサイズが3.5~3.7Mbpであってもよい。
【0015】
現在、野生型大腸菌菌株のゲノムサイズは約4~6Mbpであることが知られている。それに対して、最小ゲノムを有する微生物は、大腸菌菌株「MS56」であり、約3.6Mbpのサイズを有することが知られている(非特許文献2)。本発明の微生物菌株は、前記MS56菌株に由来するので、それと同等のゲノムサイズを有する。また、本発明による新規微生物は、物質代謝などに負担をかけて生長率を低下させる遺伝子が除去された状態であるので、それによる生長率の増加などの特徴を有し、標的産物の生産のための生物工学的操作が容易であるという利点がある。
【0016】
本発明の一実施例において、新規微生物のゲノムシーケンシング、トランスクリプトーム解析及びリボソームプロファイリングを行い、野生型菌株MG1655と比較して遺伝子変異及びタンパク質発現レベルの変化が確認されたので、このような遺伝子変異及び/又はタンパク質発現レベルの変化が本発明の新規微生物の利点の要因となり得るが、これらに限定されるものではない。
【0017】
本発明において、前記新規微生物は、生長率が野生型より高いものであってもよい。
【0018】
具体的には、LBブロスなどの栄養成分のない条件では、最小ゲノムを有する微生物はほとんど生育することができないが、本発明の新規微生物は、最小ゲノムを有するにもかかわらず、追加の栄養成分を含まない最小培地においても、野生型と同等か、それより高い成長速度及び十分な細胞密度を示す。
【0019】
また、前記新規微生物は、ピルビン酸生産能が野生型より高いものであってもよい。
【0020】
具体的には、ピルビン酸は、生物体内で物質代謝の中間物質として作用する。よって、一般的な微生物は、それを生体内代謝において用いるだけで生体外に排出しないが、本発明の新規微生物は、野生型より生体内生産量が多いだけでなく、生体外に排出する量が約9倍以上であり、非常に優れたピルビン酸生産能を示す。
【0021】
一方、前記ピルビン酸は、生物体内における物質代謝の用途以外に、薬理的効果としてNADH生産刺激による新陳代謝を向上させ、心臓機能を向上させることが報告されており(非特許文献3,4)、また皮膚刺激が少なく、皮膚保湿力などに優れた効果があるので、薬学及び化粧料組成物などにも有効に活用される可能性が高い。さらに、近年、ピルビン酸を前駆体として用いて、免疫活性、感染予防、脳発達、認知力改善などに優れた効能のあるシアリルラクトースを合成する方法が開発されているので(特許文献2)、ピルビン酸の活用はますます増加するものと予想される。
【0022】
さらに、前記新規微生物は、翻訳効率が野生型より高いものであってもよい。
【0023】
具体的には、タンパク質の生産は、遺伝子からのmRNA転写過程と、前記mRNAからのタンパク質翻訳過程とからなる。よって、前記転写過程が良好に行われてmRNAの量が多くなったとしても、翻訳過程にバッファリングが生じると、タンパク質の生産効率が減少する。本発明の新規微生物は、翻訳バッファリング現象を起こさないので、高い翻訳効率を得ることができ、よって高いタンパク質生産効率を得ることができる。
【0024】
最後に、前記新規微生物は、突然変異率が低くなるように設計されてもよい。
【0025】
具体的には、前記低い突然変異発生率は、mutS(UniProtKB: P23909、NCBI Gene ID: 947206など)遺伝子により達成されるものであってもよく、本発明の新規微生物は、前記遺伝子を含むものであってもよい。
【0026】
また、微生物の突然変異は、微生物の固有特性を失わせることもあり、病原性などの人間に有害な特性をもたらすこともある。さらに、本発明の新規微生物は、その出発菌株又は野生型菌株に比べて産業用菌株として用いられ得る有用な特性を有するので、突然変異発生率を最小限に抑えて不利な特性を示さないようにすると同時に、菌株固有の特性を維持することが重要である。
【0027】
本発明において、前記新規微生物の種類は、本発明の方法に適用できる微生物であればいかなるものでもよい。具体例として、エシェリキア(Escherichia)属、セラチア(Serratia)属、エルウィニア(Erwinia)属、エンテロバクター(Enterobacteria)属、サルモネラ(Salmonella)属、ストレプトマイセス(Streptomyces)属、シュードモナス(Pseudomonas)属、ブレビバクテリウム(Brevibacterium)属、コリネバクテリウム(Corynebacterium)属などの微生物菌株が挙げられ、具体的にはエシェリキア属微生物、最も具体的には大腸菌(Escherichia coli)である。
【0028】
本発明の具体的な一実施例において、前記新規微生物であるeMS57菌株は、野生型菌株より細胞外ピルビン酸排出が約9倍多く(
図7)、 タンパク質の翻訳効率がその種類によって優れるか、同程度になることが確認された(
図11)。
【0029】
これは、本発明の新規微生物が微生物培養によりタンパク質、ピルビン酸などの標的産物を製造する産業に有用であることを示唆するものである。
【0030】
本発明の他の態様は、前記新規微生物の製造方法を提供する。
【0031】
ここで、前記「新規微生物」については前述した通りである。
【0032】
本発明における「LBブロス(broth)」とは、微生物の培養に用いられる、培地を構成する栄養成分を意味する。LB培地、溶原ブロス(Lysogeny broth)、ルリアブロス(Luria broth)、レノックスブロス(Lennox broth)などとも呼ばれ、一般に、酵母から抽出されて微生物が生長する上で必要な様々な栄養物質を含む酵母抽出物(yeast extract)と、タンパク質供給源になるトリプトン(Tryptone)と、培養する細胞が浸透によって破裂しないようにする塩化ナトリウム(NaCl)とから構成される。
【0033】
具体的には、前記LBブロスは、8~12%(w/v)トリプトン、3~7%(w/v)酵母抽出物(yeast extract)、及び8~12%(w/v)NaClを含むものであってもよく、より具体的には、10%(w/v)トリプトン(tryptone)、5%(w/v)酵母抽出物(yeast extract)、及び10%(w/v)NaClを含むものであってもよいが、これらに限定されるものではない。
【0034】
本発明において、前記LBブロスを含む培地は、液体又は固体であってもよく、本発明の新規微生物を製造するために当業者が容易に選択することができる。
【0035】
具体的には、液体培地は、蒸留水に前記範囲のトリプトン、酵母抽出物及びNaClをそれぞれ混合することにより作製することもでき、前記範囲のトリプトン、酵母抽出物及びNaClを混合したものを蒸留水に混合することにより作製することもできるが、これらに限定されるものではない。また、固形培地は、前記液体培地にゼラチン、寒天、シリカゲルなどの適切な物質を添加することにより作製することができるが、これらに限定されるものではない。
【0036】
本発明の目的上、前記製造方法は、前記LBブロスを含む培地において、微生物をLBブロスの濃度を段階的に低下させながら培養するステップを必須構成として含む。
【0037】
具体的には、前記ステップは、適応実験室進化(adaptive laboratory evolution; ALE)の過程であってもよい。前記ALEは、微生物の突然変異を生じさせるために用いられる方法であり、微生物の生長時に適当なストレスを加えることにより遺伝子型及び表現型の変化を引き起こす。本発明は、最小ゲノムを有しながらも生存率が向上する微生物を製造することを目的とするので、培地に含まれる栄養成分であるLBブロスを徐々に枯渇させることにより、少ない栄養でも効率的に生育する微生物を製造した。
【0038】
具体的には、前記LBブロスの濃度低下は、0.12~0.08%(v/v)、0.07~0.03%(v/v)、0.015~0.005%(v/v)、0.003~0.001%(v/v)、及び0%で行われてもよく、より具体的には、0.1%(v/v)、0.05%(v/v)、0.01%(v/v)、0.002%(v/v)、及び0%で行われてもよいが、これらに限定されるものではない。
【0039】
本発明のさらに他の態様は、本発明の新規微生物を培養するステップを含む、ピルビン酸又はタンパク質の製造方法を提供する。
【0040】
前記培養に用いられる培地及びその他の培養条件は、本出願の微生物の培養に用いられる培地であれば特に限定されるものではなく、いかなるものでも用いることができ、当業者であれば当該技術分野で公知の事項に基づいて適宜選択して用いることができ、具体的には好適な炭素源、窒素源、リン源、無機化合物、アミノ酸及び/又はビタミンなどを含有する通常の培地内において、好気性又は嫌気性条件下で温度、pHなどを調節して本出願の微生物を培養することができる。
【0041】
前記製造方法は、微生物を培養するステップの後に、培地又は微生物からピルビン酸又はタンパク質を回収するステップをさらに含んでもよい。
【0042】
前記回収ステップは、本出願の微生物の培養方法、例えば回分、連続、流加培養方法などに応じて、当該技術分野で公知の好適な方法を用いて培養液から標的物質を適切に回収するものであってもよい。
【0043】
前記回収ステップは、精製工程を含んでもよい。
【発明の効果】
【0044】
本発明の新規微生物は、小さいゲノムサイズにもかかわらず、野生型に比べて生長率、ピルビン酸生産能、タンパク質翻訳効率が高く、突然変異発生率が低いので、組換えタンパク質、ピルビン酸生産などの産業に有用である。
【図面の簡単な説明】
【0045】
【
図1】MG1655及びMS56の成長プロファイルを示すグラフであり、AはLB培地における成長プロファイルを示し、BはM9最小培地(M9 minimal medium)における成長プロファイルを示す。ここで、MG1655は野生型大腸菌菌株であり、MS56は最小ゲノムを有する大腸菌菌株である。
【
図2】LBを補充したM9最小培地におけるMG1655及びMS56の生長率を示すグラフである。
【
図3】LB濃度及び時間とMS56の細胞密度の関係を示すグラフであり、LBを補充したM9最小培地における適応進化したMS56を示すものである。LB補充物は、0.1%から0%まで時間の経過に応じて段階的に減少させた。
【
図4】前記MS56からALEにより製造した、進化した菌株であるeMS57、及び野生型菌株であるMG1655の細胞密度を示すグラフである。
【
図5】MG1655、MS56及びeMS57の形態学的変化を示す電子顕微鏡画像である。
【
図6】MG1655及びeMS57の表現型マイクロアレイ解析の結果であり、異なる栄養素における生長率を示すグラフである。
【
図7】MG1655及びeMG57の最終細胞密度及び細胞内/外のピルビン酸(pyruvate)濃度を示すグラフである。
【
図8】ピルビン酸誘導体(3-フルオロピルビン酸;FP)アッセイの結果であり、eMS57のピルビン酸吸収システムを示す図である。ここで、PDHとは、ピルビン酸デヒドロゲナーゼ(pyruvate dehydrogenase)を意味し、エラーバーは標準偏差を示す。
【
図9】MG1655及びeMS57の蛍光タンパク質生産の程度をフローサイトメーターにより測定した結果を示すクロマトグラムである。
【
図10】MG1655(A)及びeMS57(B)の翻訳バッファリング及びそれによる翻訳効率を示すグラフである。各菌株の遺伝子を発現レベルに応じて百分位数で分割した場合の762個の遺伝子の翻訳バッファリングを示すものであり、Tは全遺伝子を示し、赤色の線は百分位数の平均値に対する線形回帰を示す。
【
図11】RNA-seq及びRibo-Seqのプロファイルを比較したクロマトグラムであり、AはmurQ遺伝子を示し、BはgapA遺伝子を示す。AにおけるMG1655及びeMS57のmurQの発現レベル(expression levels)はそれぞれ12.18及び10.20であり、翻訳レベル(translation level)は16.02及び9.54であり、翻訳効率(translational efficiency)は1.32及び0.94であり、BにおけるMG1655及びeMS57のgapAの発現レベルはそれぞれ3484.22及び3719.73であり、翻訳レベルは2223.45及び3213.62であり、翻訳効率は0.64及び0.86である。
【
図12】eMS57のゲノムシーケンシングの結果を示す図であり、
図12のaはeMS57ゲノムから欠失した21kb領域を示す図であり、
図12のbはMG1655、MS56、eMS57及びMS56にeMS57から欠失したゲノム領域(21kb)の欠失を導入するか、rpoSの欠失を導入した菌株の成長率を示すグラフであり、
図12のcはALEの実行による突然変異頻度をヒートマップで示す図である。
【
図13】eMS57のトランスクリプトーム解析の結果を示す図である。
図13のaはMG1655又はeMS57のσ
70結合部位(プロモーター)を示す図であり、Sは野生型(MG1655)と変異型(eMS57)σ
70に共に結合するプロモーター数を示し、DはeMS57から削除された領域を示し、Mは野生型のみに特異的に結合するプロモーター数を示し、Eは変異型のみに特異的に結合するプロモーター数を示す。
図13のbはσ
70変異により変化した遺伝子発現レベルを示す図である。
図13のcは当該経路及びTCAサイクルにおける遺伝子発現レベルを示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0046】
以下、実施例を挙げて本発明をより詳細に説明する。しかし、これらの実施例は本発明を例示的に説明するためのものであり、本発明がこれらの実施例に限定されるものではない。
【実施例1】
【0047】
最小ゲノム及び優れた生長率を示すeMS57菌株の製造
最小ゲノムを有しながらも高い生長率を示す菌株を製造するために、ALEを用いた。具体的には、野生型大腸菌「MG1655」菌株から55個のゲノム部位を体系的に欠失させることにより、最小ゲノムサイズ(約3.6Mbp)を有する「MS56」菌株を作製し、ALEの出発菌株として用いた。
【0048】
次に、大腸菌MS56を37℃のM9グルコース培地で攪拌しながら成長させた。12時間毎に初期OD
600nmが約0.005となるように培養物を新たな培地に移した。MS56及びMG1655の生長率を分析した結果、MS56は栄養分が豊富な培地ではMG1655と同等の成長速度を示すが、最小培地では顕著な成長減少を示すことが確認された(
図1)。
【0049】
このように、MS56はM9最小培地において低い成長速度を示すので、最小ゲノムを有しながらも最小培地で高い成長速度を示す菌株を製造することを目的とした。まず、培地に0.1%(v/v)LBブロスを補充し、MS56の成長速度をMG1655の2/3程度に回復させた(
図2)。その後、補充するLBブロスの量を0.1%(v/v)、0.05%(v/v)、0.01%(v/v)、0.002%(v/v)と段階的に減少させ、LBを補充しなくても成長するようにし(
図3)、807世代のALE(adaptive laboratory evolution)後にLBを最終的に除去した。なお、ALE中の細胞分裂数は、数式1により最終及び初期細胞密度から計算した。また、前記LBブロスは、1リットルの蒸留水に10gのトリプトン(tryptone)、5gの酵母抽出物(yeast extract)、10gのNaClを混合して作製したものである。
【0050】
[数1]
世代数=log2(最終細胞密度/初期細胞密度)
【0051】
その結果、LB栄養素を補充しなくてもM9最小培地においてMG1655に匹敵するレベルまで最終細胞密度と生長率が回復した、進化した菌株を製造することができた(
図4)。これを「eMS57」と命名した。
【実施例2】
【0052】
eMS57の表現型の確認
eMS57の表現型を確認するために、まずeMS57、MS56及びMG1655の形態を電子顕微鏡により比較した。
【0053】
0.1Mのリン酸緩衝液(pH7.2)で緩衝した2.5%パラホルムアルデヒド-グルタルアルデヒド混合物に4℃で2時間かけて1mLの対数期培養物(exponential phase culture)を固定した。固定した試料を室温(25℃)にて0.1Mのリン酸緩衝液(pH7.2)で緩衝した1%四酸化オスミウム溶液で1時間処理した。固定した試料をエタノールで脱水し、酢酸イソアミルに置換して液体CO2で臨界点乾燥(critical point-dried)した。最終的に試料をスパッタコーティング装置SC502(Polaron, Quorum Technologies, East Sussex, UK)において20nmの厚さの金でスパッタコーティングした。SEM画像は、韓国生命工学研究院に設置されたFEI Quanta 250 FEG走査型電子顕微鏡(FEI, Hillsboro, OR, USA)において10kVの加速電圧で得たものである。透過型電子顕微鏡検査のために、SEM画像測定に用いたのと同様の方法で固定したサンプルをエタノールで脱水し、その後酸化プロピレンに置換し、60℃で36時間かけてEpon-812樹脂に包埋した。包埋したサンプルをUltracut E Ultramicrotome(Leica, Wetzlar, Germany)によりウルトラセクション(ultra-section)し、酢酸ウラニル及びクエン酸鉛で二重染色した。韓国生命工学研究院に設置されたCM20透過型電子顕微鏡(Philips, Amsterdam, Netherlands)において100kVの加速電圧で試料を検査した。
【0054】
その結果、eMS57は野生型であるMG1655と同等の細胞の大きさ及び長さを示すことが確認され、最小ゲノムを有するMS56より長さが短いことが確認された(
図5)。
【実施例3】
【0055】
用いる栄養源の確認
eMS57が用いる栄養源の種類を確認するために、eMS57、MS56及びMG1655の各菌株における特性を確認した。
【0056】
まず、表現型マイクロアレイは次の方法で確認した。菌株をBUG(Biolog Universal Growth)アガーに分注し、37℃で一晩成長させた。その後、細胞を接種溶液A(80% IF-0a GN/GP Base)に希釈し、透過率が42%になるようにした。透過率42%の細胞懸濁液を5×接種溶液B(83.33% IF-0a GN/GP Base及び1.2% Biolog Redox Dye mix A)に希釈し、透過率85%の細胞懸濁液を作製した。その後、前記接種溶液Bに炭素源として19.8mMのコハク酸ナトリウム(sodium succinate)及び1.98nMのクエン酸第二鉄(ferric citrate)を添加し、前述した透過率85%の細胞懸濁液100μlをPMプレートに接種して細胞呼吸を測定した。
【0057】
その結果、栄養学的な面から、eMS57はMG1655より炭素、窒素、リン、硫黄供給源の利用の幅が狭いことが確認された(
図6)。グリコール酸(glycolate)とグリオキシル酸(glyoxylate)を唯一の炭素源として用いた場合にeMS57の細胞呼吸は観察されず、MG1655とeMS57は窒素利用において異なる好みを示すが、eMS57においてはリンと硫黄の利用に大きな違いがないことが確認された。また、シチジン(cytidine)におけるMG1655の生長率はeMS57よりはるかに高く、eMS57は尿酸を唯一の窒素源として好むことが確認された。
【0058】
これらの結果から、eMS57は細胞呼吸時にピルビン酸を炭素源として用い、尿酸を窒素源として用いることが分かった。
【実施例4】
【0059】
ピルビン酸生産能の確認
eMS57のピルビン酸生産能を確認するために、eMS57、MS56及びMG1655の各菌株における特性を確認した。
【0060】
まず、ピルビン酸吸収能は次の方法で確認した。菌株を37℃のLB培地で8時間成長させ、M9ピルビン酸培地(2g/lのピルビン酸を補充したM9最小培地)で2回洗浄した。その後、洗浄した細胞を37℃のM9ピルビン酸培地で一晩成長させてM9ソルビトール培地(2g/lのソルビトールを補充したM9最小培地)で2回洗浄し、その後初期OD600nmが0.05となるように30mlのM9ソルビトール培地に接種し、菌株数が2倍(OD600nm 0.1)になるまで培養した。その後、培養液400μlを48ウェルマイクロプレートに移し、3-フルオロピルビン酸(3-FP)を最終濃度が1mMになるように添加した。プレートを37℃で振盪培養し、次いでマイクロプレートリーダー(BioTek)を用いてOD600nmを測定した。
【0061】
また、ピルビン酸の細胞内及び細胞外生産能は次のように測定した。菌株を37℃のM9グルコース培地で成長させ、1mlの培養液を遠心分離して細胞外に排出されたピルビン酸を分析するために上清を回収した。5mlの培養液に、-35℃に冷却しておいた5mlのクエンチング溶液(40%エタノール;v/v,0.8%NaCl;w/v)を添加してクエンチングした。クエンチングした細胞を-11℃で遠心分離し、温度が-5℃になったときにクエンチングした細胞を得た。その後、前記細胞を-80℃に冷却しておいた500μlに再懸濁した。前記再懸濁した溶液を凍結させ、その後液体窒素で3回解凍し、遠心分離して上清を回収した。ペレットからピルビン酸を完全に抽出するためにメタノール抽出を行い、ピルビン酸の濃度をEnzyChromTM Pyruvateアッセイキット(Bioassay Systems)により測定した。
【0062】
その結果、eMS57においては、M
G1655より約9倍多い細胞外ピルビン酸(pyruvate)排出が確認された(
図7)。また、eMS57は、唯一の炭素源としてピルビン酸を供給すると好ましく成長することが確認され、MG1655と同様に3-フルオロピルビン酸(3-flouropyruvate)により成長が抑制されることが確認されたので、eMS57はピルビン酸吸収能が損傷していないことが確認された(
図8)。
【0063】
これらの結果から、eMS57はピルビン酸の吸収能及び排出能に優れ、それにより生産能に優れることが分かった。
【実施例5】
【0064】
eMS57のタンパク質生産能の確認
eMS57のタンパク質翻訳効率及びそれによるタンパク質生産能を確認することを目的とした。
【0065】
まず、タンパク質の生産能を確認するために、ターゲットタンパク質として蛍光タンパク質(mRFP1)を用いた。
【0066】
具体的には、前記蛍光タンパク質をコードする遺伝子をeMS57又はMG1655菌株に導入し、前記遺伝子のタンパク質発現の程度、すなわち蛍光強度を確認した。
【0067】
その結果、eMS57はMG1655より3.1倍高い蛍光強度を示すことが確認された(
図9)。
【0068】
一方、微生物の翻訳は「転写後バッファリング(post transcriptional buffering)」又は「翻訳バッファリング(translational buffering)」と呼ばれる現象を示すが、これはリボソームに結合されたRNAは一定のレベルを維持するのに対して、トランスクリプトームの量は動的に変化することを意味するものである。その結果、翻訳効率(TE; Translation Efficiency)、すなわちリボソームに結合されたトランスクリプトームのレベルをトランスクリプトーム総量で割った値はトランスクリプトームの量が増加するにつれて減少する。これは、バクテリアにおいて転写後調節機序が複雑に発生していることを意味するものである。
【0069】
よって、eMS57の増加したタンパク質生産能力のメカニズムを解明するために、トランスクリプトームシーケンシング(Transcriptome sequencing; RNA-Seq)及びリボソームプロファイリング(Ribo-Seq)を行った。
【0070】
具体的には、トランスクリプトームシーケンシングを次の方法で行った。中間成長ステップ(MG1655はOD 600nm~0.55,eMS57は~0.50)の培地から試料(10ml)を採取した。その後、RNAsnapTM方法によりトータルRNAを分離し、DNA汚染物を除去するためにDNase Iで処理した。次に、RNAサンプルをフェノール・クロロホルム・イソアミルアルコール(phenol-chloroform-isoamyl alcohol)で抽出し、その後エタノール沈殿により精製した。その後、Ribo-Zero rRNA除去キットを用いて、全RNAサンプルからリボソームRNA(Ribosomal RNA; rRNA)を除去した。TruSeq Stranded mRNA LTサンプル準備キット(Illumina)を用いて、rRNAが除去されたRNAでRNAシーケンシングライブラリーを作製し、Qubit dsDNA HSアッセイキット(Thermo)を用いて、構築されたシーケンシングライブラリーを定量化した。ライブラリーの品質は高感度D1000スクリーンテープ(Agilent)が装着されたTapeStation 2200(アジレント)を用いて分析し、シーケンシングライブラリーはMiSeq Reagent Kit v2(Illumina)を用いてシーケンシングした。
【0071】
一方、リボソームプロファイリングは、tRNAを除去することなく行った。指数成長ステップでクロラムフェニコール(34mg/ml)で5分間処理し、その後50mlの大腸菌培養物を回収した。細胞を0.5mlの溶解緩衝液(1%トリトンX100、34μg/mlクロラムフェニコール、133mM NaCl、4.75mM MgCl2及び19mMトリス-HCl,pH7.5)で凍結させ、乳鉢を用いて溶解した。その後、上清を分離してNEB(micrococcal nuclease)で処理した。ポリソームはIllustra MicroSpin S-400 HRカラム(GE Healthcare)を用いてフェノール・クロロホルム・イソアミルアルコール(phenol-chloroform-isoamyl alcohol)で抽出し、その後MNase分解サンプルから回収した。RiboZero rRNA除去キット(Illumina)を用いてリボソームRNAを除去し、rRNAを除去したRNAサンプルをNEB(T4 Polynucleotide Kinase)でリン酸化し、RNeasy MinEluteカラム(Qiagen)で精製した。シーケンシングライブラリーは、リン酸化したRNAサンプルを用いて、NEB用NEBNext Small RNAライブラリープレップセットにより準備した。HySeq 2500装置において、V4合成時解読(sequencing-by-synthesis)試薬を用いて高出力モードでChunLab(ソウル,韓国)により次世代シーケンシングを行った。
【0072】
その結果、MG1655の翻訳効率は、遺伝子の転写が好ましく行われるものの、翻訳バッファリングにより翻訳効率が低くなることが確認された。それに対して、eMS57は、翻訳効率が遺伝子の発現及びそれによるトランスクリプトームレベルに関係なく一定であるので、いかなる翻訳バッファリングも示さないことが確認された(
図10)。例えば、MurQ(N-acetylmuramic acid 6-phosphate etherase)遺伝子においては、MG1655及びeMS57がそれぞれ24.8%及び23.9%であり、同等の遺伝子発現レベルであったが、翻訳効率はeMS57のほうがはるかに高いことが確認された。また、gapA(encoding G3P dehydrogenase)遺伝子の発現はeMS57よりMG1655のほうが高いが、翻訳効率はそれぞれ98.8%及び98.7%であり、同程度であることが確認された(
図11)。
【0073】
これらの結果から、遺伝子の発現が良好であり、トランスクリプトームの量が多くなっても、当該トランスクリプトームを翻訳する翻訳効率が高ければタンパク質の生産性が向上することが分かり、eMS57は翻訳効率が高いので標的タンパク質の生産に有用であることが分かった。
【実施例6】
【0074】
eMS57と野生型菌株の比較
実施例2~5で確認したeMS57の特性を付与する遺伝子又はタンパク質を確認するために、ゲノムシーケンシング、トランスクリプトーム解析を行った。
【0075】
ゲノム分析の結果、ALE過程で約21kbのゲノム領域が欠失していた。この領域はrpoSを含むものである(
図12のa)。MS56にrpoSのノックアウト又は欠失を導入した結果、eMS57の生長速度の約80%の生長率を示すことが確認され(
図12のb)、rpoS遺伝子がeMS57の高い生長率に寄与するが、それが唯一の要因ではないことが確認された。また、ALE過程でSNV(single nucleotide variation)、MNV(multi nucleotide variation)、INS(insert)/DEL(deletion)などの変異が導入されたことが確認された(
図12のc)。
【0076】
次に、ChIP-Seq及びRNA-Seqでトランスクリプトームレベルの変化を確認した。具体的には、前記ゲノムシーケンシングで確認した変異である、rpoD遺伝子のSNVにより、253番目のセリンがプロリンに変異したσ
70とMG1655のσ
70(野生型σ
70)の活性を測定した結果、変異したσ
70はEプロモーターに対する結合特異性が上昇し、Mプロモーターに対する特異性は上昇しないことが確認された。また、前記変化が他の遺伝子発現に影響を与えるものと判断し、トランスクリプトーム解析を行った。変異σ
70により発現レベルが変化する遺伝子を
図13に示す。このような発現レベルの変化によりeMS57が最小培地に適応できるものと推測した。
【0077】
よって、
図12、13に示す遺伝子変異がeMS57の特性に関与することが分かる。
【0078】
以上の説明から、本発明の属する技術分野の当業者であれば、本発明がその技術的思想や必須の特徴を変更することなく、他の具体的な形態で実施できることを理解するであろう。なお、前記実施例はあくまで例示的なものであり、限定的なものでないことを理解すべきである。本発明には、明細書ではなく請求の範囲の意味及び範囲とその等価概念から導かれるあらゆる変更や変形された形態が含まれるものと解釈すべきである。
【受託番号】
【0079】
寄託機関名:韓国生命工学研究院
受託番号:KCTC13699BP
受託日:20181108
【配列表】