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特許7466378オーステナイト系ステンレス鋼板及びその製造方法
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  • 特許-オーステナイト系ステンレス鋼板及びその製造方法 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-04-04
(45)【発行日】2024-04-12
(54)【発明の名称】オーステナイト系ステンレス鋼板及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20240405BHJP
   C22C 38/58 20060101ALI20240405BHJP
   C21D 9/46 20060101ALI20240405BHJP
【FI】
C22C38/00 302Z
C22C38/58
C21D9/46 Q
【請求項の数】 6
(21)【出願番号】P 2020093144
(22)【出願日】2020-05-28
(65)【公開番号】P2021188081
(43)【公開日】2021-12-13
【審査請求日】2023-01-27
(73)【特許権者】
【識別番号】503378420
【氏名又は名称】日鉄ステンレス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100106909
【弁理士】
【氏名又は名称】棚井 澄雄
(74)【代理人】
【識別番号】100175802
【弁理士】
【氏名又は名称】寺本 光生
(74)【代理人】
【識別番号】100134359
【弁理士】
【氏名又は名称】勝俣 智夫
(74)【代理人】
【識別番号】100188592
【弁理士】
【氏名又は名称】山口 洋
(72)【発明者】
【氏名】木村 謙
(72)【発明者】
【氏名】澤田 正美
(72)【発明者】
【氏名】松原 正樹
(72)【発明者】
【氏名】菊池 淳
(72)【発明者】
【氏名】渋谷 将行
【審査官】河野 一夫
(56)【参考文献】
【文献】特開2005-314772(JP,A)
【文献】特開2005-320586(JP,A)
【文献】国際公開第2016/047734(WO,A1)
【文献】特開2018-100449(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00
C22C 38/58
C21D 9/46
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、
C:0.12%以下、
Si:0.01%以上1.0%以下、
Mn:0.01%以上2.0%以下、
P:0.040%以下、
S:0.030%以下、
Cr:16.0%以上20.0%未満、
Ni:6.0%超15.0%未満、及び
N:0.13%以下を含有し、残部がFe及び不純物からなり、
板厚中心部の再結晶粒の面積率をXc(%)、板厚1/10位置の再結晶粒の面積率をXs(%)としたときに、下記(1)式を満足し、
Xs(%)が0.5%以上10%以下であり、
前記板厚中心部での断面硬度が300HV以上であることを特徴とする、オーステナイト系ステンレス鋼板。
Xs>Xc・・・(1)
【請求項2】
Feの一部に代えて、質量%で、
Mo:3.0%以下、
Al:0.10%以下、
Nb:0.05%以下、
B:0.0030%以下、
Ti:0.05%以下、
V:0.30%以下、
Cu:0.40%以下、
W:0.50%以下、
Co:0.50%以下、
Ca:0.0030%以下、
Mg:0.0030%以下、及び
REM:0.10%以下を含有することを特徴とする、請求項1に記載のオーステナイト系ステンレス鋼板。
【請求項3】
更に、下記(2)式を満足することを特徴とする、請求項1又は2に記載のオーステナイト系ステンレス鋼板。
Cr+3Mo+10N≧22.00・・・(2)
前記(2)式中、Cr、Mo及びNは、各元素の含有量(質量%)である。
【請求項4】
更に、下記(3)式で表されるMd30が、下記(4)式を満足することを特徴とする、請求項1~3のいずれか1項に記載のオーステナイト系ステンレス鋼板。
Md30=551-462(C+N)-9.2Si-8.1Mn-13.7Cr-29Ni-18.5Mo ・・・(3)
Md30≦-70.0・・・(4)
前記(3)式中、C、N、Si、Mn、Cr、Ni、及びMoは、各元素の含有量(質量%)である。
【請求項5】
更に、平均結晶粒径が5μm以下であることを特徴とする、請求項1~4のいずれか1項に記載のオーステナイト系ステンレス鋼板。
【請求項6】
請求項1~5のいずれか1項に記載のオーステナイト系ステンレス鋼板を製造する方法であって、下記(a)~(e)の処理を順に実施することを特徴とする、オーステナイト系ステンレス鋼板の製造方法。
(a)圧延率50%以上の冷間圧延
(b)最高到達温度860℃以上、1150℃以下の熱処理
(c)圧延率60%以上の調質圧延
(d)伸び率0.5~3.0%の張力付与下での曲げ・曲げ戻し変形
(e)最高到達温度730℃~800℃で10秒以上70秒以内の時間保持する熱処理
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高強度を維持した上でエッチング加工後の形状が良好なオーステナイト系ステンレス鋼板及びその製造方法を提供するものである。
【背景技術】
【0002】
ステンレス鋼は優れた耐食性を有するため、塗装や表面処理を行うことなく使用されることが多い。特に近年では、スマートフォンやIT機器及びそれらに使用される部品、さらには医療用器具等の精密部品にその用途が広がっている。
【0003】
耐食性は、室内環境であればSUS304のような汎用オーステナイト系ステンレス鋼並の耐食性で十分であるが、IT部品や医療用器具等の精密部品においては、より高い耐食性が求められる。耐食性は主として鋼成分によって決められることが知られている。特にステンレス鋼の基本的組成であるCr量が重要であり、その他にMoやNなどが耐食性向上元素として知られている。
【0004】
また、上記のような精密部品は小型軽量薄肉化の傾向にあり、使用時の部品の変形を抑えるために一般に高強度が必要とされる。更に、高い精度で所定の形状を得るための手段の一つとしてエッチング加工により板厚を部分的に薄くする手法が用いられ、同加工後の形状変化が小さいこと、すなわち板反りが無いことが求められる。
【0005】
強度は合金元素の含有量やひずみの導入量によって調整可能であるが、オーステナイト系ステンレス鋼においては、JIS G 4305:2012に規定されるように製造過程での熱処理後に調質圧延を行うことで、強度を調整することが多い。この際、要求特性に見合った強度を達成するために、調質圧延率及び温度等が制御される。特に、圧延時温度は加工誘起変態を起こす準安定オーステナイト系ステンレス鋼板において重要となる。
【0006】
板反りは、鋼板表面を部分的にエッチングする、ここで言う「ハーフエッチング」を行った後の鋼板全体での変形を表す。ハーフエッチング後の鋼板の反りは、鋼板の残留応力に起因して生じるため、調質圧延後に応力緩和を目的とした熱処理、いわゆる、歪取熱処理を実施することで反りを軽減することができる。
【0007】
特許文献1では、成分及び結晶粒径を規定し、バネ性及び加工性に優れたオーステナイト系ステンレス鋼が開示されている。本知見により高強度かつ細粒のオーステナイト系ステンレス鋼の製造が可能となるが、エッチング加工後の反りが大きいため、前述の精密部品用途には不適である。
【0008】
特許文献2では、成分及び結晶粒径を規定した非磁性オーステナイト系ステンレス鋼が開示されている。本発明によるオーステナイト系ステンレス鋼は、高強度かつ非磁性であるものの、エッチング加工後の反りが大きく、それを低減する技術も示唆されていない。
【0009】
特許文献3では、成分、結晶粒径及び結晶粒のアスペクト比を規定したステンレス鋼が開示されている。本発明では、細粒組織が得られ、エッチング加工性には優れるが、強度が不足しており精密部品用途としては不十分である。
【0010】
特許文献4では、Moを含有する高耐食オーステナイト系ステンレス鋼の結晶粒径比率を規定した技術が開示されている。本技術により細粒のオーステナイト系ステンレス鋼は得られるが、ハーフエッチング後の反りについては良好ではなく、またそれを解決する技術も示唆されていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【文献】特開2008―38191号公報
【文献】特開2015-206124号公報
【文献】国際公開第2016/047734号
【文献】特開2018-100449号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明は、上記問題に鑑みなされたものであり、高強度、エッチング加工後の形状変化の小さいオーステナイト系ステンレス鋼板を提供するものであり、電子機器や医療機器などに使用される精密加工部品に適する。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者らは、調質圧延により加工硬化させたオーステナイト系ステンレス鋼のハーフエッチング加工後の反りと金属組織の関係を鋭意調査し、次の知見を得た。
・ハーフエッチング後の反りが小さい鋼板の金属組織は、再結晶粒が混在した部分再結晶組織であり、再結晶率は表層近傍の方が板厚中心部より高い。このように板厚方向で再結晶率を制御することで反りが小さくなる。
・板厚方向の再結晶率を変化させるには、冷間圧延と熱処理の組み合わせのみでは難しく、表層近傍に高いひずみを導入する曲げ変形の工程が必要である。例えば、テンションレベラによる変形は、引張変形下での曲げ・曲げ戻しが施される変形である。そのため、例えば、テンションレベラによる曲げ及び曲げ戻しにおいて表層近傍の方が板厚中心より高いひずみが導入される。
上記の実験結果をもとに本発明に至った。
【0014】
上記知見に基づき完成された本発明の要旨は、以下の通りである。
[1]
質量%で、
C:0.12%以下、
Si:0.01%以上1.0%以下、
Mn:0.01%以上2.0%以下、
P:0.040%以下、
S:0.030%以下、
Cr:16.0%以上20.0%未満、
Ni:6.0%超15.0%未満、及び
N:0.13%以下を含有し、残部がFe及び不純物からなり、
板厚中心部の再結晶粒の面積率をXc(%)、板厚1/10位置の再結晶粒の面積率をXs(%)としたときに、下記(1)式を満足し、
Xs(%)が0.5%以上10%以下であり、
前記板厚中心部での断面硬度が300HV以上であることを特徴とする、オーステナイト系ステンレス鋼板。
Xs>Xc・・・(1)
[2]
Feの一部に代えて、質量%で、
Mo:3.0%以下、
Al:0.10%以下、
Nb:0.05%以下、
B:0.0030%以下、
Ti:0.05%以下、
V:0.30%以下、
Cu:0.40%以下、
W:0.50%以下、
Co:0.50%以下、
Ca:0.0030%以下、
Mg:0.0030%以下、及び
REM:0.10%以下を含有することを特徴とする、[1]に記載のオーステナイト系ステンレス鋼板。
[3]
更に、下記(2)式を満足することを特徴とする、[1]又は[2]に記載のオーステナイト系ステンレス鋼板。
Cr+3Mo+10N≧22.00・・・(2)
前記(2)式中、Cr、Mo及びNは、各元素の含有量(質量%)である。
[4]
更に、下記(3)式で表されるMd30が、下記(4)式を満足することを特徴とする、[1]~[3]のいずれか1項に記載のオーステナイト系ステンレス鋼板。
Md30=551-462(C+N)-9.2Si-8.1Mn-13.7Cr-29Ni-18.5Mo ・・・(3)
Md30≦-70.0・・・(4)
前記(3)式中、C、N、Si、Mn、Cr、Ni、及びMoは、各元素の含有量(質量%)である。
[5]
更に、平均結晶粒径が5μm以下であることを特徴とする、[1]~[4]のいずれか1項に記載のオーステナイト系ステンレス鋼板。
[6]
[1]~[5]のいずれか1項に記載のオーステナイト系ステンレス鋼板を製造する方法であって、下記(a)~(e)の処理を順に実施することを特徴とする、オーステナイト系ステンレス鋼板の製造方法。
(a)圧延率50%以上の冷間圧延
(b)最高到達温度860℃以上、1150℃以下の熱処理
(c)圧延率60%以上の調質圧延
(d)伸び率0.5~3.0%の張力付与下での曲げ・曲げ戻し変形
(e)最高到達温度730℃~800℃で10秒以上70秒以内の時間保持する熱処理
【発明の効果】
【0015】
本発明は、高強度を有し、エッチング加工後の形状変化が小さいオーステナイト系ステンレス鋼板を工業的に安定して提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
図1】鋼板の板厚断面における残存応力の分布及び板厚断面の金属組織を模式的に示した図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、図面を参照しつつ、本発明の好適な実施の形態について詳細に説明する。
【0018】
断面硬度は300HV以上とする。300HV未満であると、精密部品として強度が不足するため300HV以上とする。断面硬度は、鋼板のL断面(板幅方向に垂直な断面)が露出するように樹脂に埋め込み、露出した断面を研磨、電解エッチングした後、板厚中心部について測定する。板厚中心部とは、圧延面から板厚の2/5~3/5の位置を言う。断面硬度の測定は、JIS Z 2244:2009 ビッカース硬度測定に準拠して測定し、HV0.5(試験力4.9N)で測定する。板厚中心部にて5点測定し、その平均値を以って代表値とする。断面硬度は好ましくは350HV以上、さらに好ましくは390HV以上である。断面硬度の上限は、特段制限されず、例えば、500HV以下であってもよいし、450HV以下であってもよい。
【0019】
金属組織について述べる。
本発明のオーステナイト系ステンレス鋼板とは、オーステナイト相が主相であり、面積率にして50%以上であることを意味する。マルテンサイト等のオーステナイト相以外の金属組織や析出物等の割合は50%未満とする。更に、磁性を考慮した場合、オーステナイト相率は85%以上が好ましい。スマートフォンや医療用器具等の部品にステンレス鋼を用いる場合には、磁性を帯びることで、又は、それらの製造時に発生する可能性のある小さな金属片(屑)が付着することで、動作性が損なわれる可能性がある。オーステナイト相率が85%以上であれば、磁性を帯びづらくなり、例えば、電子機器や医療用器具に用いられた場合に、これらがより安定して動作する。オーステナイト相率は、より好ましくは、90%以上である。
一方、オーステナイト相率は高いほど好ましく、上限は、特段制限されない。したがって、オーステナイト相率は、100%以下である。
【0020】
本実施形態に係るオーステナイト鋼板は、板厚中心部の再結晶粒の面積率をXc(%)、板厚1/10位置の再結晶粒の面積率をXs(%)としたときに、下記(101)式を満足する。
Xs>Xc・・・(101)
【0021】
板厚中心部の再結晶粒の面積率Xcに比べて板厚1/10位置の再結晶粒の面積率Xsが低い場合、エッチング加工後の反りが大きくなる。なお、部分再結晶組織とは完全再結晶組織ではなく、少なくとも一部に再結晶粒が存在することを意味する。また、板厚1/10位置とは、圧延面から板厚1/5までの範囲を言う。
【0022】
板厚1/10位置の再結晶粒の面積率Xsは、0.5%以上10%以下とする。0.5%未満であるとハーフエッチング後の反りが大きく、所望の形状を得られないことが多い。他方、板厚1/10位置の再結晶粒の面積率Xsが10%超であると材料が軟質化して硬度を満足できない。板厚1/10位置の再結晶粒の面積率Xsは、好ましくは、0.8%以上、9%以下、更に好ましくは、1%以上、8%以下である。
なお、ここで言うハーフエッチングとは、一方の圧延面から板厚方向にエッチング加工を実施し、板厚1/2になるまでエッチングすることである。ハーフエッチングは、前記圧延面をマニキュア被覆処理し、塩化第二鉄等の腐食液に浸漬することで実施する。
【0023】
このような金属組織を作り込む製造方法については後述する。再結晶率(再結晶粒の面積率)の測定にはEBSD(Electron Back Scatter Diffraction Patterns)を用いることとする。再結晶率の測定においては、板幅方向に垂直な断面(L断面)において板厚中心部(圧延面から板厚2/5~3/5位置)及び板厚1/10位置(圧延面~板厚1/5位置)を0.1μmステップで3000μm以上の範囲を測定することとする。再結晶粒と未再結晶粒については、方位差<1°かつKAM値<1°の測定点が30点以上隣接し、アスペクト比が2以下の場所を再結晶粒と判断すればよい。なおKAMは「Kernel Average Misorientation」の略で、隣接する測定点(6点)との平均結晶方位差を示す。なお再結晶粒が細かいため、光学顕微鏡における判断は困難である。
【0024】
成分の限定理由を以下に説明する。なお、各元素の含有量の「%」表示は「質量%」を意味する。
【0025】
C:0.12%以下
Cは、熱処理条件によってはCrと結合して鋭敏化をもたらすため低い方が好ましい。そのため、C含有量は0.12%以下とする。C含有量は低い方が好ましく、積極的に含有する必要はないが、ステンレス鋼においてはC含有量を低減するほど精錬時間の増加等で製造コストが高くなる。そのため、コストの大幅な増加がない範囲でC含有量を低減することが好ましい。製造性と耐食性を考慮すると、C含有量は、0.005~0.07%が好ましく、さらに好ましくは0.008~0.03%である。
【0026】
Si:0.01%以上1.0%以下
Siは、耐酸化性向上元素であり、また、脱酸元素として用いられる元素である。しかしながら、Siの過剰な含有は、製造時の割れを助長する。そのため、Si含有量は1.0%以下とする。Si含有量は、製造性の観点からは低い方が好ましいが、過度の低下は高純度原料使用による原料コストの増加を招く。そのため、Si含有量は0.01%以上とする。製造性の観点から、Si含有量の望ましい範囲は0.05%以上、0.60%以下である。
【0027】
Mn:0.01%以上2.0%以下
MnもSi同様、脱酸元素として用いられる。Mn含有量の過度の低下は、原料コストの増加を招くため、安定製造性の観点から0.01%以上とする。一方、Mnの多量の含有は、硫化物形成による耐食性低下を招く。そのため、Mn含有量は2.0%以下とする。製造性の観点から、Mn含有量の好ましい範囲は0.30%以上、1.20%以下であり、さらに好ましくは0.40%以上、1.00%以下である。合金スクラップから混入するMnが存在しても上述の範囲内であれば構わない。
【0028】
P:0.040%以下
Pは、耐食性を低下させる元素である。そのためP含有量は低い方が好ましく、0.040%以下とする。但し、P含有量の過度な低減は原料コストの上昇をもたらすため0.005%以上とすることが好ましい。成形性と製造コストの両者を考慮した場合、P含有量の好ましい範囲は0.007%以上、0.035%以下、更に好ましくは0.010%以上、0.030%以下である。
【0029】
S:0.030%以下
Sは、不可避的不純物元素であり、製造時の割れを助長する。そのためS含有量は低い方が好ましく、0.030%以下とする。また、Sが多量に含有されると、Mnと結合して耐食性を劣化させる。そのため、S含有量は、0.0030%以下が好ましい。S含有量は、0.0015%以下であってもよいし、0.0010%以下であってもよい。上記のとおり、S含有量は、低い方が好ましいが、実質的には0.0001%以上である。
【0030】
Cr:16.0%以上20.0%未満
Crは、耐食性を向上する元素である。エッチング加工後のステンレス鋼板が十分な耐食性を得るために、Cr含有量は、16.0%以上とする。一方、Crの過度な含有は磁性を生じさせるばかりか、製造性の低下をもたらす。そのため、Cr含有量は、20.0%未満とする。製造性を考慮した際のCr含有量の適正範囲は、16.0%以上18.0%以下である。
【0031】
Ni:6.0%超15.0%未満
Niは、オーステナイト相を安定化させる元素であるため一定量の含有が必要である。Ni含有量は、6.0%超とする。オーステナイト系ステンレス鋼でオーステナイト相の安定度が低い場合、調質圧延等のひずみの導入によって加工誘起マルテンサイト変態を生じ、変態率に応じて磁性が生じることがある。Ni含有量が6.0%以下であると、他元素とのバランスによっては冷間圧延や薄板の成形加工時に加工誘起マルテンサイト変態により磁性を帯びる場合がある。Niの多量の含有は、合金コストの増加、再結晶温度の高温化による製造性低下を招く。そのため、Ni含有量は15.0%未満とする。製造安定性を考慮すると、Ni含有量の好ましい範囲は7.0%以上14.0%未満であり、さらに好ましくは11.0%以上13.0%未満である。
【0032】
N:0.13%以下
Nは、鋼中に固溶状態で存在する場合には耐食性を向上させる元素であるが、C同様にCrと析出物を生成しやすく、その場合には鋭敏化が生じる場合がある。したがって、N含有量は、0.13%以下とする。ステンレス鋼においては低窒素化を行うには精錬コストがかかるため、N含有量を0.003%未満にすることは困難と考えられる。安定製造及び製造コストを考慮すると、N含有量は、0.025%以上0.050%以下が好ましい範囲である。
【0033】
本実施形態に係るオーステナイト系ステンレス鋼板では、上述した元素以外の残部は、Fe及び不純物である。しかしながら、上述した各元素以外の他の元素も、本実施形態の効果を損なわない範囲で含有させることが出来る。なお、ここで言う不純物とは、本発明に係るオーステナイト系ステンレス鋼を工業的に製造する際に、鉱石、スクラップ等の原料、製造工程の種々の要因によって混入する成分であって、本発明に悪影響を与えない範囲で許容されるものを意味する。
【0034】
本実施形態に係るオーステナイト系ステンレス鋼板は、上記の基本組成に加えて下記の元素群のうち1種又は2種以上を選択的に含有させてもよい。なお、以下の元素は、含有されなくてもよいため、これらの元素の含有量の下限は0%である。
【0035】
Mo:3.0%以下
Moは、耐食性向上元素であり、かつ、後述するMd30を低下させる元素である。そのため、必要に応じて3.0%以下の範囲でMoを含有しても良い。耐食性及び後述のようなエッチング加工後の表面凹凸の安定性を考えると、Mo含有量の好ましい範囲は1.5%以上2.5%以下である。加工後の表面凹凸とは、前述の「反り」とは異なり、エッチング加工をした後のエッチング面の凹凸、表面の平滑性を表す。表面凹凸が大きい場合には、精密部品としての使用性能を満たさない場合や、表面美観を損なうことでステンレス鋼が持つ高級感を落とすことにつながる。そのため、用途によっては表面凹凸が小さいことが好ましい。
【0036】
Al:0.10%以下
Alは脱酸元素として用いられ、加工性を改善する元素である。必要に応じて0.10%以下の範囲でAlを含有しても良い。Al含有量は、0.060%以下であってもよい。一方、下限は特段制限されず、Al含有量は、例えば、0.002%以上であってもよい。
【0037】
Nb:0.05%以下
Nbは、C又はNと析出物を生成し、熱処理時の結晶粒粗大化を防止するのに有効である。そのため、0.05%以下の範囲でNbを含有しても良い。Nb含有量は、0.03%以下であってもよい。一方、下限は特段制限されず、Nb含有量は、例えば、0.001%以上であってもよいし、0.003%以上であってもよい。
【0038】
B:0.0030%以下
Bは熱間加工性を向上させる元素であるため、0.0030%以下の範囲でBを含有しても良い。B含有量は、0.0020%以下であってもよい。一方、下限は特段制限されず、B含有量は、例えば、0.0002%以上であってもよいし、0.0008%以上であってもよい。
【0039】
Ti:0.05%以下
Tiは、Nb同様にC又はNと析出物を生成し、熱処理時の結晶粒粗大化を防止するのに有効である。そのため、0.05%以下の範囲でTiを含有しても良い。Ti含有量は、0.03%以下であってもよい。一方、下限は特段制限されず、Ti含有量は、例えば、0.001%以上であってもよい。
【0040】
V:0.30%以下
Cu:0.40%以下
W:0.50%以下
Co:0.50%以下
V、Cu、W、及びCoは、耐食性を向上する元素である。そのため、V、Cu、W、及びCoは、それぞれ0.30%以下、0.40%以下、0.50%以下、0.50%以下の範囲で含有されても良い。V含有量、Cu含有量、W含有量及びCo含有量は、それぞれ0.15%以下、0.10%以下、0.10%以下、0.10%以下であってもよい。一方、これらの元素の含有量の下限は特段制限されない。V含有量は、例えば、0.03%以上であってもよい。また、Cu含有量は、例えば、0.03%以上であってもよい。また、W含有量は、例えば、0.03%以上であってもよい。また、Co含有量は、例えば、0.03%以上であってもよい。
【0041】
Ca:0.0030%以下、Mg:0.0030%以下
Ca及びMgは熱間加工性を向上する元素であり、必要に応じてそれぞれ0.0030%以下の範囲で含有しても良い。Ca含有量、及びMg含有量は、それぞれ0.0020%以下、0.0020%以下であってもよい。一方、これらの元素の含有量の下限は特段制限されない。Ca含有量は、例えば、0.0002%以上であってもよいし、0.0005%以上であってもよい。また、Mg含有量は、例えば、0.0002%以上であってもよいし、0.0005%以上であってもよい。
【0042】
REM:0.10%以下
REMは、耐酸化性及び加工性を向上させる元素であり、0.10%以下で含有しても良い。REM含有量は、0.03%以下であってもよい。一方、下限は特段制限されず、REM含有量は、例えば、0.0005%以上であってもよいし、0.002%以上であってもよい。
なお、REM(希土類元素)は、Sc、Y、及びLaからLuまでの15元素(ランタノイド)であり、REMは、上記の元素から選択される1種以上である。2種類以上の元素がREMとして含有される場合、REM含有量とは、含有される元素の合計量を言う。
【0043】
Cr+3Mo+10N≧22.00 ・・・(102)
また、本実施形態に係るオーステナイト鋼板に含有されるCr、Mo及びNは、成分関係式として、上記(102)式を満足することが好ましい。上記(102)式中、Cr、Mo及びNは、各元素の含有量(質量%)である。本式は耐食性の指標を表しており、左辺の値が大きいほど耐食性が良好であることを表している。腐食環境が厳しい場合には左辺の値が高い成分を用いることが好ましい。
【0044】
Md30≦-70.0 ・・・(103)
また、本実施形態に係るオーステナイト系ステンレス鋼板は、上記(103)式を満足することが好ましい。
【0045】
Md30は、30%の引張ひずみを与えたときに50%の加工誘起マルテンサイトが発生する温度であり、下記(104)式で表される。
Md30=551-462(C+N)-9.2Si-8.1Mn-13.7Cr-29Ni-18.5Mo ・・・(104)
上記(104)式中、C、N、Si、Mn、Cr、Ni、及びMoは、各元素の含有量(質量%)である。
【0046】
上記(104)式は、上記のとおり、オーステナイト安定度を表す指標であり、Md30が小さいほど変形加工時に加工誘起マルテンサイト変態が生じにくく、帯磁が抑制されることを意味する。よって、本実施形態に係るオーステナイト系ステンレス鋼板は、上記(103)式を満足することが好ましい。
【0047】
エッチング加工前後で磁性は変化することはないが、曲げ等の成形加工後にはひずみの導入によってマルテンサイトが生じ、磁性を帯びる場合がある。そのため、厳しい加工が施される場合には-70以下とすることが好ましい。Md30は、好ましくは-90以下、さらに好ましくは-110以下である。
【0048】
平均結晶粒径:5μm以下
平均結晶粒径は、5μm以下が好ましい。エッチング面の凹凸を小さくする必要がある場合にはこのように制御する。平均結晶粒径の測定方法はEBSDにより測定することとする。この際板厚中心を測定位置とし、測定範囲を40000μm以上の範囲とし、測定ピッチを0.4μmとして結晶方位解析を行う。オーステナイト相の結晶構造であるFCC(face-centered cubic)である測定点において、隣接測定点との方位差が15°以上となる測定点と、当該隣接測定点との境界を結晶粒界と定義して図示する。得られた図より線分法により平均結晶粒径を測定する。なお、光学顕微鏡組織は結晶粒によってエッチングされにくい結晶粒界が存在するため、粒径測定には適さない。なお、FCCとして測定されなかった結晶相は、マルテンサイト組織あるいは析出物である。上述の平均結晶粒径のオーステナイト系ステンレス鋼板を得るための製造方法については後述する。
【0049】
ここまで、本実施形態に係るオーステナイト系ステンレス鋼板を説明した。続いて、本実施形態に係るオーステナイト系ステンレス鋼板の製造方法の一例を説明する。
【0050】
本実施形態に係るオーステナイト系ステンレス鋼板の製造方法は、下記(a)~(e)の処理を順に実施する行う工程を有する。本実施形態に係るオーステナイト系ステンレス鋼板の製造方法は、(a)の処理の前に、製鋼工程、熱間圧延工程、熱延後熱処理工程、熱延板酸洗工程、酸洗工程、を含むことができる。(a)~(e)の処理を順に行う工程以外の工程については、製造条件は特段制限されず、公知の方法を適用することができる。
【0051】
(a)圧延率50%以上の冷間圧延
上記化学成分を有する熱延板に対し、冷間圧延を圧延率50%以上として行う。圧延率が50%未満であると、その後の熱処理において再結晶が不十分となる可能性がある。また、圧延率が50%未満であると、冷間圧延板の形状不良が生じる。そのため、これを下限とした。上限は材料の特性上は特に規定する必要はないが、圧延率が高すぎると材料が硬くなることで生産性が低下することがある。そのため、圧延率は、80%以下とすることが好ましい。
【0052】
(b)冷間圧延後に最高到達温度860℃以上1150℃以下の熱処理
上記(a)の処理後に、最高到達温度860℃以上1150℃以下の熱処理を行い、ステンレス素材の金属組織を完全再結晶組織として軟質化する。完全再結晶組織を得やすくするために最高到達温度は860℃以上である。一方、1150℃超の熱処理では結晶粒の粗大化が顕著に生じ、その後の再結晶が生じにくくなるため1150℃を上限とする。最高到達温度は、好ましくは、880℃以上である。また、最高到達温度は、好ましくは、950℃以下である。最高到達温度が950℃以下であれば、細粒組織が得られる。
熱処理における保持時間は材料の板幅や板厚、熱処理ラインの長さ等によって適正条件が異なるが、10秒以上120秒以内とすることが好ましい。
【0053】
(c)圧延率60%以上の調質圧延
冷間圧延後の熱処理の後に、材料強度(硬度)を調整するための調質圧延を行う。調質圧延率は60%以上とする。60%未満であると所望の硬度が得られないためである。調質圧延率は、好ましくは、70%以上である。一方、圧延率が高すぎると材料が硬くなることで1パスあたりの圧下率が小さくなり、生産性が低下する。そのため、調質圧延率は、80%以下とすることが好ましい。調質圧延率は、より好ましくは75%以下である。
【0054】
(d)伸び率0.5~3.0%の張力付与下での曲げ・曲げ戻し変形
調質圧延後のステンレス素材に対し、伸び率0.5~3.0%の張力を付与しつつ曲げを繰り返すことで形状を矯正する。このような工程に使用される設備としては、例えば、テンションレベラが知られており、通常、伸び率で制御される。伸び率が0.5%未満であると、板厚中心部と1/10位置の再結晶率比Xs/Xcが1.0以下となり、ハーフエッチング後の反りが大きくなる。そのため、これを下限とした。3.0%を超えると製造ライン内で硬質化が生じ、ステンレス素材の板幅が小さくなる場合があるため、3.0%を上限とした。安定製造の観点から、伸び率は、0.6%~1.3%の範囲が好ましい。
【0055】
(e)最高到達温度730℃~800℃で10秒以上70秒以内の時間保持する熱処理
伸び率0.5~3.0%の張力付与下での曲げ・曲げ戻し変形を実施した後のステンレス素材に熱処理を実施する。当該熱処理における最高到達温度は、730℃以上800℃以下とする。最高到達温度が730℃未満であると部分的な再結晶が生じないため、ハーフエッチング後の反りが大きい。一方、800℃を超える熱処理を行うと板厚1/10位置の再結晶粒の面積率Xsが10%を超え、材料硬度が低下する。最高到達温度は、好ましくは、745℃以上であり、より好ましくは、755℃以上である。また、最高到達温度は、好ましくは、790℃以下であり、より好ましくは、780℃以下である。
【0056】
熱処理の最高到達温度における保持時間は10秒以上70秒以内とする。最高到達温度における保持時間が10秒未満であると部分的な再結晶が生じず、70秒超であると再結晶率が高まり、硬度が低下するためである。最高到達温度における保持時間は、好ましくは、15秒以上であり、より好ましくは、20秒以上である。また、最高到達温度における保持時間は、好ましくは、50秒以下であり、より好ましくは、40秒以下である。
【0057】
ここで、図1を参照しながら、本発明とハーフエッチング後の反りの関係について述べる。図1は、鋼板の板厚断面における残存応力の分布と金属組織を模式的に示した図である。ハーフエッチング後の反りが生じる原因は、鋼板表面近傍に引張応力又は圧縮応力が残存しており、片側の鋼板表面をエッチングすることで表裏面の残留応力バランスが崩れて生じることにある。
図1(A)は、調質圧延後の鋼板の板厚断面の金属組織と残存応力の板厚方向分布を模式的に示している。紙面横方向が板厚方向である。調質圧延後の鋼板では、鋼板表層の残留応力が高く、板厚中心の残留応力と異なる。調質圧延後の鋼板の一方の面に対するハーフエッチング後の鋼板は、表裏面の残留応力差により板反りが生じる。
図1(B)は、調質圧延後に高温で熱処理を行って、組織を完全再結晶組織とした場合の、鋼板の板厚断面の金属組織と残存応力の板厚方向分布を模式的に示している図である。このように完全再結晶組織を得れば、板厚全体の残留応力が低下し、板厚方向での残存応力の差は認められない。このために、完全再結晶組織の鋼板の一方の面に対してハーフエッチングを行えば、ハーフエッチング後の反りを低減できる。しかしながら、このような鋼板は、材料強度(残留応力)は低く精密部品としての必要な値を達成しない。
以上より、材料強度を確保しつつハーフエッチング後の反りを低減するには、板厚中心の硬度を高く保ったまま、すなわち、板厚中心の残留応力を高く保ったまま、表層の残存応力を低減する金属組織とする必要がある。
【0058】
一方、調質圧延を行うことで鋼板内の転位密度が高まり、調質圧延後に熱処理を行うと、高転位密度部分から再結晶が生じる。しかし、転位密度は、結晶粒径や結晶方位によって異なり、また、同一結晶粒内でも結晶粒界近傍で高くなる。そのため、転位密度は、鋼板内で不均一である。このため、調質圧延後に熱処理した場合には、高転位密度部分から再結晶が生じるが、再結晶核の生成場所は鋼板内に不均一に存在するため、鋼板表面の応力は必ずしも低下しない。そのため、熱処理をしても顕著な反りが生じることがある。
【0059】
しかしながら、調質圧延後に、例えば、テンションレベラを用いていた形状の矯正を行った場合、テンションレベラの曲げ変形により表層近傍に転位が多く導入される。その後に適正条件で熱処理することで転位密度の高い表層近傍で再結晶が優先的に進行する。その結果、表層近傍の応力低下が生じる。図1(C)は、調質圧延後、曲げ変形及び曲げ戻し変形を行った鋼板に、高温で熱処理を行って、組織を部分再結晶組織とした場合の鋼板の板厚断面の金属組織と残存応力の板厚方向分布を模式的に示している。図1(C)に示すように、調質圧延後、曲げ変形及び曲げ戻し変形を行った鋼板に、高温で熱処理を行って、板厚中心部の再結晶率に比べて表層の再結晶率を高め、かつ、鋼板全体として再結晶率を小さくすることで高強度が維持される。このように板厚中心の再結晶を極力抑えて強度を担保し、表層近傍には残存応力を低下させるだけの再結晶を生じさせることで、高強度を確保しつつハーフエッチング後の反りが抑えられる。
【0060】
また、上記(a)及び(b)の処理を実施することで、エッチング加工後に凹凸の小さい美麗な表面が達成される。また、用途によっては加工後の表面凹凸が小さいことが求められる。加工後の表面凹凸とは、前述の「反り」とは異なり、エッチング加工をした後のエッチング面の凹凸、表面の平滑性を表す。表面凹凸が大きい場合には、精密部品としての使用性能を満たさない場合や、表面美観を損なうことでステンレス鋼が持つ高級感を落とすことにつながる。そのため、この表面凹凸を軽減するには結晶粒径を細かくすることが有効である。
【0061】
また、鋼板の到達温度が100℃以内であれば、(a)~(e)の処理の前後もしくは途中に、必要に応じて、酸洗や表面処理等の工程を実施しても良い。
製品の板厚は特に規定するものではないが、工程の通板速度等の生産性を考慮した場合、板厚は、0.60mm以下であることが好ましく、さらに好ましくは0.30mm以下である。上述の製法を繰り返すことで板厚は薄くすることが可能であるが、鋼板形状を考慮した場合、0.05mm以上とすることが好ましい。
ここまで、本実施形態に係るオーステナイト系ステンレス鋼の製造方法の一例を説明した。
【実施例
【0062】
次に本発明の実施例を示すが、実施例での条件は、本発明の実施可能性及び効果を確認するために採用した一条件例であり、本発明は、以下の実施例で用いた条件に限定されるものではない。本発明は、本発明の要旨を逸脱せず、本発明の目的を達成する限りにおいて、種々の条件を採用し得るものである。
【0063】
表1に示す成分を有するステンレス鋼の素材をラボ溶製し、熱間圧延を行った。熱間圧延に引き続いて、表2に示す条件で、冷間圧延、冷延後熱処理行い、再度、冷間圧延と冷延後熱処理を行った。次いで、調質圧延を行い、0.2mmの鋼板を作製した。その後、表2に示す伸び率で張力を付与したまま曲げ-曲げ戻し変形を行うことでテンションレベラを模擬した。その後、表2に示す条件で最終熱処理を実施した。冷延後熱処理及び最終熱処理のいずれについても、熱処理温度は種々変更したが、保持時間は20秒とした。
【0064】
最終熱処理後の鋼板について,EBSDを用いて板厚中心部及び板厚1/10位置の再結晶率と平均結晶粒径を測定した。断面硬度については、JIS Z 2244:2009に準拠し、板厚中心部においてビッカース硬度(HV0.5)を測定した。エッチング加工は、10mm幅×120mm長さの試験片を切り出し、片面(表面)をマニキュア塗布してマスキング後、塩化第二鉄水溶液(55℃)に浸漬することで実施した。エッチング後の試験片の重量がエッチング前の試験片の重量の1/2になったときに試験片を取り出した。反りは曲率半径測定用紙を用いて測定した。曲率半径が2000mmを超えた場合、ほぼ平坦であるとして、合格とした。
【0065】
一部の鋼板については磁性を調査した。Fischer製フェライトスコープ(フェライト量測定器)によるフェライト量測定を行った。なお、本測定ではマルテンサイト組織についてもフェライト相率として測定される。得られた測定値はフェライト組織とマルテンサイト組織を合算した面積率に相当すると考えて良い。測定は鋼板の表面の5か所を測定し、5点の平均値を代表値とした。フェライト量測定値が0.2%以下の場合に磁性が充分に小さいと判定できる。
【0066】
また、No.1~5については、エッチング加工後の表面凹凸を接触式粗さ測定機によって測定した。エッチング加工面について板幅方向に5mm長さの測定を3回行い、それぞれの平均算術粗さの平均値を測定した。それぞれの平均算術粗さの平均値が0.07μm以下の場合、表面凹凸が極めて小さく外観・性能上も問題ない(◎)、0.07μm超0.14μm以下の場合、外観上の凹凸は確認できるが性能上問題ない(〇)と判定した。
表1、2に製造条件及び評価結果を示す。なお、表中の下線は、本発明の範囲から外れている条件を示す。
【0067】
【表1】
【0068】
【表2】
【0069】
得られた各鋼板の化学組成は、それぞれのステンレス鋼の素材の化学組成と実質的に同一であった。
【0070】
No.1は、調質圧延前の熱処理温度が低かったために結晶粒径が大きく、曲げ-曲げ戻し変形での伸び率が小さかったために最終熱処理後の再結晶率が表層に比べて中心で高かった。このためにハーフエッチング後の反りが大きくなっていた。
No.2、7、10、13及び16は、本発明例であり、高強度、かつ、ハーフエッチング後の反りが小さかった。
No.3及びNo.4は、本発明例であるが、調質圧延前の熱処理温度が比較的高かったために、ハーフエッチング後の表面凹凸(平均算術粗さ)がNo.2に比べて大きかった。
No.5は曲げ-曲げ戻し変形後の熱処理温度が高かったために、板厚中心部での再結晶率Xcが高く、かつ、断面硬度が未達であった。
No.6は、調質圧延率が低かったために断面硬度が低く、板厚1/10位置での再結晶率が板厚中心と同等であったため、ハーフエッチング後の反りが大きかった。
No.8は、曲げ-曲げ戻し変形による伸び率が低かったため、板厚1/10位置の再結晶率が板厚中心に比べて低かった。このためにハーフエッチング後の反りが大きかった。
No.9は、調質圧延率が低かったために曲げ-曲げ戻し変形後の熱処理で部分再結晶組織が得られなかった。このために断面硬度が未達であり、かつ、ハーフエッチング後の反りが大きかった。
No.11は、曲げ-曲げ戻し変形後の熱処理温度が低かったために部分再結晶組織が得られず、ハーフエッチング後の反りが大きかった。
No.12は、曲げ-曲げ戻し変形後の熱処理温度が低かったために板厚1/10位置での再結晶率が低かった。このためにハーフエッチング後の反りが大きかった。
No.14は、曲げ-曲げ戻し変形の伸び率が低かったために板厚1/10位置で十分な部分再結晶組織が得られなかった。このためにハーフエッチング後の反りが大きかった。
No.15は、調質圧延率が低かったために断面硬度が低かった。また、調質圧延率が低かったために板厚1/10位置での再結晶率が低かった。そのためにハーフエッチング後の反りが大きかった。
No.17は、調質圧延前の熱処理温度が高かったため、曲げ-曲げ戻し変形後の熱処理で部分再結晶組織が得られず、このためにハーフエッチング後の反りが大きかった。
No.18は、曲げ-曲げ戻し変形の伸び率が小さかったために板厚1/10位置の再結晶率が板厚中心部の再結晶率に比べて低くなった。このためにハーフエッチング後の反りが大きかった。
No.19は、本発明例である。ただし、Md30が高く加工誘起マルテンサイトが生じやすいため、適切な用途に用いる必要がある。
【0071】
以上、本発明の好適な実施形態について詳細に説明したが、本発明はかかる例に限定されない。本発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者であれば、特許請求の範囲に記載された技術的思想の範疇内において、各種の変更例又は修正例に想到し得ることは明らかであり、これらについても、当然に本発明の技術的範囲に属するものと了解される。
図1