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特許7466413オーステナイト系ステンレス鋼の溶接継手及びオーステナイト系ステンレス鋼の溶接方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-04-04
(45)【発行日】2024-04-12
(54)【発明の名称】オーステナイト系ステンレス鋼の溶接継手及びオーステナイト系ステンレス鋼の溶接方法
(51)【国際特許分類】
   B23K 9/23 20060101AFI20240405BHJP
   C22C 38/00 20060101ALI20240405BHJP
   C22C 38/58 20060101ALI20240405BHJP
   B23K 9/167 20060101ALI20240405BHJP
   B23K 10/02 20060101ALI20240405BHJP
【FI】
B23K9/23 B
C22C38/00 302Z
C22C38/58
B23K9/167 A
B23K10/02 A
【請求項の数】 7
(21)【出願番号】P 2020151780
(22)【出願日】2020-09-10
(65)【公開番号】P2022045984
(43)【公開日】2022-03-23
【審査請求日】2023-05-10
(73)【特許権者】
【識別番号】503378420
【氏名又は名称】日鉄ステンレス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100106909
【弁理士】
【氏名又は名称】棚井 澄雄
(74)【代理人】
【識別番号】100175802
【弁理士】
【氏名又は名称】寺本 光生
(74)【代理人】
【識別番号】100134359
【弁理士】
【氏名又は名称】勝俣 智夫
(74)【代理人】
【識別番号】100188592
【弁理士】
【氏名又は名称】山口 洋
(72)【発明者】
【氏名】吉岡 優馬
(72)【発明者】
【氏名】福元 成雄
【審査官】岩見 勤
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2016/076254(WO,A1)
【文献】特開2017-213588(JP,A)
【文献】特開2006-315080(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23K 9/23
C22C 38/00
C22C 38/58
B23K 9/167
B23K 10/02
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、Cr:18.00%以上、Ni:16.00%以上、Mo:4.00%以上、N:0.100~0.250%を含有し、下記式(1)で計算される耐孔食性指数PRENが40.0以上であるオーステナイト系ステンレス鋼の母材と、溶接金属とを備えた溶接継手であって、
前記母材の耐孔食性指数PRENと、下記式(2)で計算される前記溶接金属の耐孔食性指数PRENとの差であるΔPREN(=PREN-PREN)が1.50以上であることを特徴とするオーステナイト系ステンレス鋼の溶接継手。
PREN=[Cr]+3.3[Mo]+16[N] …(1)
PREN=[Cr]+3.3[Mo]+16[N] …(2)
ただし、式(1)における[Cr]、[Mo]、[N]はそれぞれ、前記母材におけるCr、Mo、Nの含有量(質量%)であり、式(2)における[Cr]、[Mo]、[N]はそれぞれ、前記溶接金属におけるCr、Mo、Nの含有量(質量%)である。
【請求項2】
前記溶接金属は、質量%で、Cr:17.00%以上、Ni:16.00%以上、Mo:4.00%以上、N:0.100~0.500%を含有し、かつ、前記溶接金属のCr含有量がそれぞれ、前記母材のCr含有量よりも少ないことを特徴とする請求項1に記載のオーステナイト系ステンレス鋼の溶接継手。
【請求項3】
下記式(3)を満足することを特徴とする請求項1または請求項2に記載のオーステナイト系ステンレス鋼の溶接継手。
0<[Cr]-[Cr]≦1.0 …(3)
【請求項4】
前記溶接継手が、なめ付け溶接継手であることを特徴とする請求項1乃至請求項3の何れか一項に記載のオーステナイト系ステンレス鋼の溶接継手。
【請求項5】
質量%でCr:18.00%以上、Ni:16.00%以上、Mo:4.00%以上、N:0.100~0.250%を含有し下記式(3)で計算される、耐孔食性指数PRENが40.0以上であるオーステナイト系ステンレス鋼の母材とし、非消耗電極式アーク溶接法により溶接材料を使用せずに溶接する方法であって、
を95体積%以上含有するシールドガスを使用することを特徴とするオーステナイト系ステンレス鋼の溶接方法。
PREN=[Cr]+3.3[Mo]+16[N] …(3)
【請求項6】
前記非消耗電極式アーク溶接法がTIG溶接方法またはプラズマ溶接方法であることを特徴とする請求項5に記載のオーステナイト系ステンレス鋼の溶接方法。
【請求項7】
前記非消耗電極式アーク溶接法がプラズマ溶接方法の場合に、Nを95体積%以上含有するプラズマガスを使用することを特徴とする請求項5に記載のオーステナイト系ステンレス鋼の溶接方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、オーステナイト系ステンレス鋼の溶接継手及びオーステナイト系ステンレス鋼の溶接方法に関する。
【背景技術】
【0002】
SUS312L、SUS836Lなどのオーステナイト系ステンレス鋼は、Cr、Ni、Mo、Nなどの含有量が高いため高耐食性を発揮できる。このため、オーステナイト系ステンレス鋼は、海洋構造物や化学プラント、食品タンクなどの塩化物イオン濃度が高い過酷な腐食環境下において使用されている。
【0003】
高耐食性のオーステナイト系ステンレス鋼を、構造物、配管として使用する場合、その多くは溶接によって施工される。溶接方法としてはTIG、プラズマ溶接法などの非消耗電極式アーク溶接が多く用いられる。これらの溶接方法は、MIG溶接、MAG溶接などの消耗電極式アーク溶接に比べて溶着効率では劣るものの、シールドガスにO、COなどの活性ガスを含まないため、溶接金属中の酸素量が低く、介在物や気泡欠陥の少ない高品質な溶接金属を形成できる。
【0004】
上記の高耐食性オーステナイト系ステンレス鋼は、初晶オーステナイト相が凝固するが、その溶接金属では凝固ミクロ偏析によってデンドライト樹芯のCr、Mo濃度が低くなり、デンドライト樹間ではCr、Moが高くなる傾向にある。このように、溶接金属中のデンドライト樹芯ではCr、Mo濃度が低下するため、溶接金属の耐食性が母材に比べて低下することが問題となる。非特許文献1では、溶接金属のNi含有量が増加すると前述のCr、Mo濃度の低下が抑制されることが示されている。また、非特許文献2では、スーパーオーステナイト系ステンレス鋼の溶接材料としてハステロイC-276、C-22またはインコネル625などのNi基合金溶接材料が一般的に使用されると記載されている。また、特許文献1では、Ni基合金溶接材料を使用した高Moオーステナイト系ステンレス鋼の溶接方法が、更に特許文献2では、従来に比べて安価で溶接部健全性に優れたNi基合金溶接材料とそれを使用した溶接方法が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2003-126989号公報
【文献】特開2004-148347号公報
【非特許文献】
【0006】
【文献】小関敏彦、小川忠雄:「Cr-Ni-Fe-Mo高合金の溶接凝固の検討」,溶接学会論文集,9(1991),143-149.
【文献】王昆:「スーパーオーステナイト系ステンレス鋼の溶接について」,溶接学会誌,76(2007),80.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
特許文献1、2に記載された溶接方法は、Ni基合金溶接材料の使用を前提としているため、溶接金属のデンドライト樹芯におけるCr、Moの濃度低下による耐食性低下の問題は顕在化されない。しかし、薄鋼板を母材とする溶接では、溶接後の余盛ビード研削工程を省略したいというニーズから、溶接材料を使用しないことも多い。溶接材料を使用しない場合は、外部からNiを供給ができないため、溶接金属の耐食性の向上が困難になる。このため、溶接材料を使用せずに、かつ耐食性に優れた高耐食性オーステナイト系ステンレス鋼の溶接方法が望まれていた。
【0008】
本発明は上記事情に鑑みてなされたものであり、溶接材料を使用しない場合であっても、耐食性に優れたオーステナイト系ステンレス鋼の溶接継手を提供することを課題とする。また、本発明は、耐食性に優れたオーステナイト系ステンレス鋼の溶接継手を製造可能な溶接方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記課題を解決するために種々検討した結果、シールドガスから溶接金属にNを多量に吸収させて耐食性を高めることが有効であると知見した。ただし、一般的に市販されている、2~5体積%のNと残部Arからなる混合ガスでは、ガス中のN濃度が低いため、十分にNを吸収させることができず、また、このような混合ガスはArガスよりも高価であり経済性を損ねる。そこで更に検討の結果、非消耗電極式アーク溶接法において一般的に使用されることのなかった安価なNガスを使用することが有効であることを見出した。本発明はこれらの知見をもとになされたものであり、その要旨は以下の通りである。
【0010】
[1] 質量%で、Cr:18.00%以上、Ni:16.00%以上、Mo:4.00%以上、N:0.100~0.250%を含有し、下記式(1)で計算される耐孔食性指数PRENが40.0以上であるオーステナイト系ステンレス鋼の母材と、溶接金属とを備えた溶接継手であって、
前記母材の耐孔食性指数PRENと、下記式(2)で計算される前記溶接金属の耐孔食性指数PRENとの差であるΔPREN(=PREN-PREN)が1.50以上であることを特徴とするオーステナイト系ステンレス鋼の溶接継手。
PREN=[Cr]+3.3[Mo]+16[N] …(1)
PREN=[Cr]+3.3[Mo]+16[N] …(2)
ただし、式(1)における[Cr]、[Mo]、[N]はそれぞれ、前記母材におけるCr、Mo、Nの含有量(質量%)であり、式(2)における[Cr]、[Mo]、[N]はそれぞれ、前記溶接金属におけるCr、Mo、Nの含有量(質量%)である。
[2] 前記溶接金属は、質量%で、Cr:17.00%以上、Ni:16.00%以上、Mo:4.00%以上、N:0.100~0.500%を含有し、かつ、前記溶接金属のCr含有量がそれぞれ、前記母材のCr含有量よりも少ないことを特徴とする[1]に記載のオーステナイト系ステンレス鋼の溶接継手。
[3] 下記式(3)を満足することを特徴とする[1]または[2]に記載のオーステナイト系ステンレス鋼の溶接継手。
0<[Cr]-[Cr]≦1.0 …(3)
[4] 前記溶接継手が、なめ付け溶接継手であることを特徴とする[1]乃至[3]の何れか一項に記載のオーステナイト系ステンレス鋼の溶接継手。
[5] 質量%でCr:18.00%以上、Ni:16.00%以上、Mo:4.00%以上、N:0.100~0.250%を含有し下記式(3)で計算される、耐孔食性指数PRENが40.0以上であるオーステナイト系ステンレス鋼の母材とし、非消耗電極式アーク溶接法により溶接材料を使用せずに溶接する方法であって、
を95体積%以上含有するシールドガスを使用することを特徴とするオーステナイト系ステンレス鋼の溶接方法。
PREN=[Cr]+3.3[Mo]+16[N] …(3)
[6] 前記非消耗電極式アーク溶接法がTIG溶接方法またはプラズマ溶接方法であることを特徴とする[5]に記載のオーステナイト系ステンレス鋼の溶接方法。
[7] 前記非消耗電極式アーク溶接法がプラズマ溶接方法の場合に、Nを95体積%以上含有するプラズマガスを使用することを特徴とする[5]に記載のオーステナイト系ステンレス鋼の溶接方法。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、溶接材料を使用しない場合であっても、耐食性に優れたオーステナイト系ステンレス鋼の溶接継手を提供できる。また、本発明によれば、耐食性に優れたオーステナイト系ステンレス鋼の溶接継手を製造可能な溶接方法を提供できる。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明の実施形態について詳細に説明する。なお、以下の説明における「%」とは、特に明記しない限り「質量%」を意味する。また、シールドガス組成については「体積%」と明記する。
【0013】
本実施形態におけるオーステナイト系ステンレス鋼の溶接継手は、質量%で、Cr:18.00%以上、Ni:16.00%以上、Mo:4.00%以上、N:0.100~0.250%を含有し、下記式(A)で計算される耐孔食性指数PRENが40.0以上であるオーステナイト系ステンレス鋼の母材と、溶接金属とを備えた溶接継手であって、母材の耐孔食性指数PRENと、下記式(B)で計算される溶接金属の耐孔食性指数PRENとの差であるΔPREN(=PREN-PREN)が1.50以上であるオーステナイト系ステンレス鋼の溶接継手である。
PREN=[Cr]+3.3[Mo]+16[N] …(A)
PREN=[Cr]+3.3[Mo]+16[N] …(B)
【0014】
また、本実施形態の溶接継手の種類は特に制限はなく、突合せ溶接により形成される突合せ継手、すみ肉溶接により形成される重ね継手、T継手、十字継手、角継手、あるいはへり継手などに適用できる例えば、鋼板同士を突合せ、重ね、重ね隅肉、へり溶接した溶接継手、鋼管の端部同士を突合せ、重ね、重ね隅肉溶接した溶接継手などを例示できる。
【0015】
また、オーステナイト系ステンレス鋼の母材の形状は、板材、管材、棒材、線材など、特に限定されるものではない。
【0016】
本実施形態のオーステナイト系ステンレス鋼とは、いわゆる高耐食性オーステナイト系ステンレス鋼あるいはスーパーステンレス鋼などと呼ばれるものであり、Cr:18.00%以上、Ni:16.00%以上、Mo:4.00%以上、N:0.100~0.250%を含有し、上記式(A)により計算される耐孔食性指数PRENが40.0以上のものである。上記の化学組成及び計算式を満足すれば、それ以外の元素は特に限定されるものではない。
【0017】
以下、母材であるオーステナイト系ステンレス鋼の化学組成の限定理由について説明する。
【0018】
Cr:18.00%以上
Crは、ステンレス鋼の表面に不働態皮膜を形成して耐食性を高める効果がある。また、本発明において規定するように、非消耗電極式アーク溶接のシールドガスにNが95体積%以上含まれる場合、溶接金属中のN含有量が母材に比べて著しく増大し、これに起因した気孔欠陥(ブローホール、ポロシティ)が発生しやすくなるが、Crは溶融金属中のNの溶解度を増加させて、気孔欠陥を抑制する効果がある。これらの効果は、Cr含有量が18.00%未満では十分に得られないため、Cr含有量は18.00%以上とする。より好ましくは20.00%以上である。Cr含有量の上限は特に規定するものではないが、コストの観点から30.00%以下、より好ましくは26.00%以下とすることが好ましい。
【0019】
Ni:16.00%以上
Niは、オーステナイト形成元素であり、母材をオーステナイト組織とするために、フェライト形成元素であるCr、Mo含有量の増加に応じて含有させる必要がある。また、Cr、Mo含有量が高い場合は、溶接熱サイクル過程において耐食性低下の原因となるσ相とよばれる金属間化合物が生成しやすくなるが、Niはオーステナイト組織を安定化させてσ相の析出を抑制する効果がある。これらの効果は、Ni含有量が16.00%未満では十分に得られないため、Ni含有量は16.00%以上とする。より好ましくは18.00%以上である。Ni含有量の上限は特に規定するものではないが、コストの観点から30.00%以下とすることが好ましく、25.00%以下としてもよく、23.00%以下としてもよい。
【0020】
Mo:4.00%以上
Moは、不働態皮膜を強化して耐食性を高める効果がある。高耐食性オーステナイト系ステンレス鋼においてこの効果を十分に得るためには、Moを4.00%以上含有させる必要がある。より好ましくは6.00%以上である。Mo含有量の上限は特に規定するものではないが、過剰に含有させた場合にはσ相が析出しやすくなり靭性が低下する。加えて、合金コストの増大を招く。上記の観点からMoは8.00%以下とすることが好ましく、7.50%以下としてもよい。
【0021】
N:0.100~0.250%
Nは、強力なオーステナイト形成元素であるとともに、耐食性を高める効果がある。同じオーステナイト形成元素であるNiと比べて安価であり、高耐食性オーステナイト系ステンレス鋼においては積極的に含有させることが望ましい。このため、N含有量は0.100%以上とする。より好ましくは0.150%以上である。一方、母材におけるN含有量が高い場合、シールドガスからの供給による溶接金属のN含有量の増加は小さいため、本発明における効果が十分に得られない。このため、N含有量の上限を0.250%以下とし、好ましくは0.240%以下としてもよく、0.220%以下としてもよい。
【0022】
上記の通り、Cr、Ni、Mo、N以外の合金元素については特に限定しないが、本実施形態を適用できる高耐食性オーステナイト系ステンレス鋼としては、例えばC:0.001~0.050%、Si:0.10~1.50%、Mn:0.10~8.00%、P:0.040%以下、S:0.0100%以下、Ni:16.00~30.00%、Cr:18.00~30.00%、Mo:4.00~8.00%、Cu:0.10~2.00%、N:0.100~0.250%、残部がFeおよび不純物からなる化学組成が挙げられる。この化学組成はあくまでも例示であり、本実施形態はこれによって限定されるものではない。この化学組成を挙げた理由は以下の通りである。
【0023】
C:0.001~0.050%
C含有量が高いと、Cr炭化物が析出して鋭敏化を引き起こし、耐食性が低下することが懸念される。このため、C含有量は0.050%以下にすることが好ましい。より好ましくは0.030%以下であり、さらに好ましくは0.020%以下であり、0.015%以下でもよい。一方、C含有量を極端に低減することはコストアップにつながる。このため、C含有量は0.001%以上とし、0.010%以上でもよい。
【0024】
Si:0.10~1.50%
Siは脱酸元素であり、その効果を得るためには0.10%以上含有させる必要がある。このため、Si含有量は0.10%以上が好ましく、0.50%以上でもよい。一方、Si含有量が高くなると溶接凝固割れ感受性が著しく高まるとともに、σ相の析出が促進される。このため、Si含有量の上限は1.50%以下とし、1.00%以下でもよく、0.70%以下でもよい。
【0025】
Mn:0.10~8.00%
Mnはオーステナイト形成元素であるとともに、溶融金属におけるNの溶解度を高めて気孔欠陥(ブローホール、ポロシティ)の発生を抑制する働きがある。この効果を十分に得るためには、Mn含有量を0.10%以上にすることが好ましく、0.50%以上でもよい。一方、Mnを過剰に含有させると耐食性が低下するため、Mn含有量の上限は8.00%以下とし、4.00%以下でもよく、2.00%以下でもよい。
【0026】
P:0.040%以下
Pは不純物であるが、溶接凝固割れ感受性を著しく高めるため、可能な限り低減することが好ましい。ただし、極端に低減させることは原料コストのアップにつながるため、P含有量の上限を0.040%以下とし、0.030%以下でもよく、0.020%以下でもよい。
【0027】
S:0.0100%以下
Sは不純物であるが、Pと同様に溶接凝固割れ感受性を著しく高めるため、可能な限り低減することが好ましい。このためS含有量の上限は0.0100%以下とする。好ましくは0.0050%以下であり、さらに好ましくは0.0020%以下であり、0.0010%以下でもよい。
【0028】
Cu:0.10~2.00%
Cuはオーステナイト相を安定化させるために有効な元素である。その効果を得るためには、0.10%以上含有させる必要があり、好ましくは0.50%以上である。しかしながら、過剰に含有させると溶接凝固割れ感受性が著しく高くなる。このため、Cu含有量の上限は2.00%以下とする。好ましくは1.00%以下である。
【0029】
また、熱間加工性や耐食性、加工性などを改善するために、必要に応じてAl:0.10%以下、Ca:0.0050%以下、Mg:0.0050%以下、REM:0.05%以下、B:0.0050%以下、V:2.0%以下、Nb:0.5%以下、Ta:0.5%以下、W:4.0%以下、Sn:1.0%以下、Co:2.0%以下などを含有させることができる。なお、REM(Rare earth metal;希土類元素)は、スカンジウム(Sc)とランタン(La)からルテチウム(Lu)までの15元素(ランタノイド)の総称を指す。REMとして、上記元素のうちの1種を単独で含有しても良いし、2種以上を含有しても良い。REMとして上記元素のうち2種以上を含有する場合、REM含有量は、それらの元素の合計含有量である。
【0030】
化学組成の残部は、鉄及び不純物である。なお、ここで言う不純物とは、本発明に係る二相ステンレス鋼を工業的に製造する際に、鉱石、スクラップ等の原料、製造工程の種々の要因によって混入する成分であって、本発明に悪影響を与えない範囲で許容されるものを意味する。
【0031】
本実施形態に係る母材は、耐孔食性指数PRENは40以上の耐食性に優れたステンレス鋼とする。このようなステンレス鋼は、特に、塩化物を起因とする孔食に対して優れた耐食性を示すものとなる。
【0032】
次に、溶接金属について説明する。
【0033】
本実施形態の溶接金属は、母材に対して溶接材料を用いずに溶接する、いわゆるなめ付け溶接によって形成される。そのため、溶接金属の化学組成は、母材の化学組成とほぼ同じと考えてよい。ただし、Crについては、溶接金属における含有量が、母材におけるCrの含有量に比べて少なくなる場合がある。また、本本実施形態の溶接継手は窒素雰囲気中で形成されるため、母材に比べて窒素量が増加する場合がある。溶接金属のCr含有量(質量%)を[Cr]とし、母材のCr含有量(質量%)を[Cr]とした場合、下記式(C)を満足することが好ましい。また、Crの含有量の減少及びNの含有量の増加を考慮すると、溶接金属の化学組成は、質量%で、Cr:17.00%以上、Ni:16.00%以上、Mo:4.00%以上、N:0.100~0.500%を含有するものとしてもよい。
【0034】
0<[Cr]-[Cr]≦1.0 …(C)
【0035】
また、本実施形態の母材にMnが含まれる場合の溶接金属のMn含有量は、Crの場合と同様に、母材のMn含有量よりも少なくなる場合がある。溶接金属のMn含有量(質量%)を[Mn]とし、母材のMn含有量(質量%)を[Mn]とした場合、下記式(D)を満足することが好ましい。また、Mn及びCrの含有量の減少とNの含有量の増加とを考慮すると、溶接金属の化学組成は、質量%で、C:0.001~0.050%、Si:0.10~1.50%、Mn:0.01~8.00%、P:0.040%以下、S:0.0100%以下、Ni:16.00~30.00%、Cr:17.00~30.00%、Mo:4.00~8.00%、Cu:0.10~2.00%、N:0.100~0.500%、残部がFeおよび不純物からなるものとしてもよい。
【0036】
0<[Mn]-[Mn]≦0.5 …(D)
【0037】
次に、母材及び溶接金属の耐孔食性指数PREN及びPRENの差であるΔPREN(=PREN-PREN)の限定理由について述べる。
【0038】
前述の通り、オーステナイト系ステンレス鋼の溶接金属では、凝固ミクロ偏析によってデンドライト樹芯のCr、Mo濃度が低くなるため、母材に比べて耐食性が低下してしまう。溶接材料を使用しない場合には、Cr、Moを外部から供給することは困難である。一方、Nについてはシールドガスから溶接金属に供給することは容易である。NはCr、Moに比べて拡散速度が大きいため、デンドライト樹芯にも概ね均一に分布させることができ、これにより、溶接金属における耐食性を向上させる。この効果を十分に得るためにはΔPREN(=PREN-PREN)≧1.50を満たすようにNを供給すればよい。すなわち、ΔPRENを1.50以上にすることで、溶接金属の耐食性の低下を防止できる。ΔPRENは1.60以上でもよく、1.80以上でもよい。また、ΔPRENの上限は特に限定する必要はないが、5.00以下でもよく、4.00以下でもよく、3.00以下でもよい。
【0039】
次に、本実施形態のオーステナイト系ステンレス鋼の溶接方法について説明する。本実施形態のオーステナイト系ステンレス鋼の溶接方法では、溶接材料を使用しない非消耗電極式アーク溶接法を用いる。この溶接方法としてはTIG溶接法またはプラズマ溶接法のいずれを用いてもよい。入熱量は、板厚によって変化するため特に限定されるものではないが、例えば400~30000J/cmの範囲において使用できる。なお、入熱量は60×電流値(A)×電圧値(V)÷溶接速度(cm/min)により計算される。
【0040】
また、本実施形態の溶接方法は特に限定されるものではなく、突合せ溶接、重ね溶接、重ね隅肉溶接、へり溶接などであってもよい。例えば、鋼板同士の突合せ溶接、重ね溶接、重ね隅肉溶接、へり溶接であってもよく、鋼管の端部同士の突合せ溶接、重ね溶接、重ね隅肉溶接などを例示できる。また、溶接材料を使用しないため突合せ溶接における開先形状はI開先を基本とする。
【0041】
また、母材の形状は、板材、管材、棒材、線材など、特に限定されるものではない。ただし、本実施形態に係る溶接継手は、溶接材料を使用せずに溶接するものであるので、板材の板厚、管材の肉厚、棒材及び線材の径はそれぞれ小さいことが好ましい。例えば板材の場合、TIG溶接では板厚が6mm以下、プラズマ溶接では板厚が20mm以下の鋼板がよい。また、管材の場合、TIG溶接では肉厚が3mm以下、プラズマ溶接では肉厚が10mm以下の鋼管がよい。棒材または線材の場合、TIG溶接では直径が6mm以下、プラズマ溶接では直径が20mm以下のものがよい。
【0042】
(非消耗電極式アーク溶接法がTIG溶接法の場合)
TIG溶接の場合、トーチから噴射するシールドガス(以下、トーチシールドガスという場合がある)として、Nを95体積%以上含有するガスを使用する必要がある。好ましくは、100体積%のNガスである。なお、トーチシールドガスに加えて、バックシールドガス及びアフターシールドガスを使用してもよく、使用しなくてもよい。バックシールドガス及びアフターシールドガスの組成については特に限定しないが、コストの観点から100体積%のNガスを使用することが好ましい。
【0043】
トーチシールドガスを95体積%以上のNガスにすると、溶融金属の平衡窒素溶解度に近い、母材より多量のNが導入される。一般的に市販されている2~5体積%Nと残部がArの混合ガスではN濃度が低いため溶接金属のN含有量を十分に高めることができない上、この混合ガスはArよりも高価であり経済性を損ねる。このため、本実施形態ではNを95体積%以上含有するトーチシールドガスを用いることが、溶接金属中のN含有量を増加させて、デンドライト樹芯における耐食性を向上させ、ひいては溶接金属全体の耐食性を向上できる点で好ましい。
【0044】
トーチシールドガスの残部は、不純物でもよく、アルゴン等のその他のガス及び不純物であってもよい。より好ましいトーチシールドガスは、純窒素ガス(純度99.995%以上(JIS K 1107:2005))がよい。
【0045】
(非消耗電極式アーク溶接法がプラズマ溶接法の場合)
プラズマ溶接の場合、トーチから噴射するガスには、プラズマガス及びシールドガスがある。本実施形態では、プラズマガス及びシールドガス(以下、トーチシールドガスという場合がある)として、Nを95体積%以上含有するガスを使用する必要がある。好ましくは、100体積%のNガスである。なお、プラズマ溶接の場合においても、トーチシールドガスに加えて、バックシールドガス及びアフターシールドガスを使用してもよく、使用しなくてもよい。バックシールドガス及びアフターシールドガスの組成については特に限定しないが、コストの観点から100体積%のNガスを使用することが好ましい。
【0046】
プラズマガス及びトーチシールドガスの残部は、不純物でもよく、アルゴン等のその他のガス及び不純物であってもよい。より好ましいシールドガスは、純窒素ガス(純度99.995%以上(JIS K 1107:2005))がよい。
【0047】
トーチシールドガスとして、またはトーチシールドガス及びプラズマガスとして、Nを95体積%以上含有するガスを使用しつつ、TIGなめ付け溶接を行うことにより、ΔPRENが1.50以上であるオーステナイト系ステンレス鋼の溶接継手を製造することができる。この溶接継手は、なめ付け溶接によって形成されたものであるにも関わらず、優れた耐食性を示すものとなる。
【0048】
以上、本発明の実施形態を説明したが、上述した実施形態は本発明を実施するための例示に過ぎない。よって、本発明は上述した実施形態に限定されることなく、その趣旨を逸脱しない範囲で、上述した実施形態を適宜変形して実施することが可能である。
【実施例
【0049】
以下、実施例によって本発明をより具体的に説明する。本発明はこれらの実施例に限定されない。
【0050】
表1に示す4種類の化学組成を有するオーステナイト系ステンレス鋼を実験室にて溶製し、熱間鍛造、熱間圧延、冷間圧延、固溶化熱処理を経て、板厚1.0mm、幅50mm、長さ150mmの溶接用鋼板(母材)を作製した。表1には、各供試材料の耐孔食性指数PRENを合わせて示した。
【0051】
溶接用鋼板の幅中央にて、溶接材料を使用せずにTIG溶接法によりビードオンプレート溶接を行った。トーチシールドガスには100体積%のNガスを使用した。比較のため、100体積%のArガスを使用した場合についても実施した。トーチシールドガスの流量は10L/minとした。溶接速度は100cm/minで固定して、裏ビード幅が3mm程度になるように入熱量500~1000J/cmの範囲で電流値を調節した。
【0052】
また、一部の溶接用鋼板に対して、溶接材料を使用せずにプラズマ溶接法によりビードオンプレート溶接を行った。トーチシールドガス及びプラズマガスには100体積%のNガスを使用した。トーチシールドガスの流量は10L/minとした。プラズマガスの流量は1.2L/minとした。溶接速度は200cm/minとして、裏ビード幅が3mm程度になるように入熱量500~1000J/cmの範囲で電流値を調節した。
【0053】
[耐食性評価]
耐食性は電気化学的な臨界孔食発生温度(以下、電気化学CPTと記載)により評価した。溶接後、表ビード側の表面を約0.05mm研削して600番湿式研磨にて表面仕上げを行った。試験面には溶接金属、溶接熱影響部(HAZ)、母材を含むように4mm×25mmの領域を選択し、それ以外の領域はシリコーン樹脂で被覆した。試験面は50℃の25質量%硝酸水溶液に1時間浸漬することで不働態化処理を行った後、試験直前に600番研磨紙で乾式研磨した。試験溶液は0.5M HSO+1M NaClとし、25℃の試験溶液に10min浸漬した後、745mVに定電位保持した状態で1℃/minにて昇温し、電流密度が100μA/cmを超えたときの溶液温度を電気化学CPTとした。繰り返し数を4として測定を行い、その平均値を最終的な電気化学CPTとした。なお、参照電極にはAg/AgCl電極(SSE)を用いた。母材と溶接金属の電気化学CPTの差が5℃以下である場合に、溶接金属の耐食性が良好と判断し、「○」と評価した。母材と溶接金属の電気化学CPTの差が5℃超の場合を「×」とした。
【0054】
表2に耐食性の評価結果を示す。
【0055】
なお、番号1~9の溶接金属はいずれも、N含有量を除くと母材の化学成分とほぼ同じであり、質量%で、Cr:17.00%以上、Ni:16.00%以上、Mo:4.00%以上、N:0.100~0.500%を含有していた。また、番号1~9の溶接金属のMn含有量及びCr含有量はそれぞれ、母材のMn含有量及びCr含有量よりも若干少なかった。溶接金属のMn含有量(質量%)及びCr含有量(質量%)をそれぞれ[Mn]、[Cr]とし、母材のMn含有量(質量%)及びCr含有量(質量%)をそれぞれ[Mn]、[Cr]とした場合、番号1~9はいずれも、下記式(E)及び(F)を満足していた。また、溶接金属のN、Mn及びCr以外の元素については、母材における含有量とほぼ同じだった。
【0056】
0<[Mn]-[Mn]≦0.5 …(E)
0<[Cr]-[Cr]≦1.0 …(F)
【0057】
トーチシールドガスに100体積%のNガスを使用した番号1~4の本発明例は、ΔPREN≧1.50を満たしており、凝固ミクロ偏析によりデンドライト樹芯のCr、Mo濃度が低くなったものの、トーチシールドガスからNが供給されることにより良好な耐食性が得られることが明らかになった。
【0058】
トーチシールドガス及びプラズマガスに100体積%のNガスを使用した番号5の発明例は、番号1~4と同様に、ΔPREN≧1.50を満たしており、良好な耐食性が得られることが明らかになった。
【0059】
一方、トーチシールドガスに100体積%のArガスを使用したことにより、ΔPREN≧1.50を満たさなかった番号6~9の比較例では、凝固ミクロ偏析によりデンドライト樹芯のCr、Mo濃度が低くなることに加えて、溶接金属のN含有量も母材より低くなり、十分な耐食性が得られないことが明らかになった。
【0060】
以上のように、本発明の要件を満たすオーステナイト系ステンレス鋼の溶接継手のみ、良好な耐食性が得られることが分かった。
【0061】
本発明によれば、高価なNi基合金からなる溶接材料を使用せずとも、耐食性に優れたオーステナイト系ステンレス鋼の溶接継手を提供することを提供することができる。
【0062】
【表1】
【0063】
【表2】