(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-04-04
(45)【発行日】2024-04-12
(54)【発明の名称】転倒堰制御システムと転倒堰制御方法とそのプログラム
(51)【国際特許分類】
E02B 7/20 20060101AFI20240405BHJP
【FI】
E02B7/20 105
E02B7/20 Z
(21)【出願番号】P 2023146294
(22)【出願日】2023-09-08
【審査請求日】2023-10-10
【権利譲渡・実施許諾】特許権者において、実施許諾の用意がある。
(73)【特許権者】
【識別番号】591229141
【氏名又は名称】第一復建株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100111132
【氏名又は名称】井上 浩
(72)【発明者】
【氏名】羽田野 袈裟義
(72)【発明者】
【氏名】荒尾 慎司
(72)【発明者】
【氏名】永野 博之
【審査官】五十幡 直子
(56)【参考文献】
【文献】特開昭59-68415(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
E02B 7/20-7/54
E02B 8/02-8/04
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
水路から取水するための転倒堰の堰傾度を制御する転倒堰制御システムであって、前記転倒堰の越流量から限界水深を計算する限界水深演算部と、完全越流の場合と潜り越流の場合の堰高を計算する堰高演算部と、完全越流と潜り越流の区別の判定を行う越流状態判定部と、前記判定の結果に応じた完全越流又は潜り越流の前記堰高から前記堰傾度の目標値を計算する堰傾度演算部と、前記目標値に基づいて前記堰傾度を制御する制御信号を生成する堰傾度制御部と、この堰傾度制御部で生成された前記制御信号によって前記堰傾度を変更可能な堰傾動部と、を有することを特徴とする転倒堰制御システム。
【請求項2】
潜り越流の生起限界となる堰高限界値を計算する堰高限界値演算部を有し、前記越流状態判定部は完全越流と潜り越流の区別の前記判定に前記堰高限界値を用いることを特徴とする請求項1記載の転倒堰制御システム。
【請求項3】
水路から取水するための転倒堰の堰傾度を制御する転倒堰制御方法であって、前記転倒堰の越流量から限界水深を計算する限界水深演算工程と、完全越流の場合と潜り越流の場合の堰高を仮計算する仮堰高演算工程と、完全越流と潜り越流の区別の判定を行う越流状態判定工程と、前記判定の結果に応じた完全越流又は潜り越流の前記堰高を決定する堰高決定工程と、この堰高決定工程で決定された完全越流又は潜り越流の前記堰高から前記堰傾度の目標値を計算する堰傾度演算工程と、前記目標値に基づいて前記堰傾度の制御信号を生成する制御信号生成工程と、前記制御信号によって前記堰傾度を変更する堰傾動工程と、を有することを特徴とする転倒堰制御方法。
【請求項4】
潜り越流の生起限界となる堰高限界値を計算する堰高限界値演算工程を備え、前記越流状態判定工程における完全越流と潜り越流の区別の前記判定に前記堰高限界値を用いることを特徴とする請求項3記載の転倒堰制御方法。
【請求項5】
コンピュータによって、水路から取水するための転倒堰の堰傾度を制御するために実行されるプログラムであって、前記転倒堰の越流量から限界水深を計算する限界水深演算工程と、完全越流の場合と潜り越流の場合の堰高を仮計算する仮堰高演算工程と、完全越流と潜り越流の区別の判定を行う越流状態判定工程と、前記判定の結果に応じた完全越流又は潜り越流の前記堰高を決定する堰高決定工程と、この堰高決定工程で決定された完全越流又は潜り越流の前記堰高から前記堰傾度の目標値を計算する堰傾度演算工程と、前記目標値に基づいて前記堰傾度の制御信号を生成する制御信号生成工程と、前記制御信号によって前記堰傾度を変更する堰傾動工程と、を実行させることを特徴とする転倒堰制御プログラム。
【請求項6】
潜り越流の生起限界となる堰高限界値を計算する堰高限界値演算工程を備え、前記越流状態判定工程における完全越流と潜り越流の区別の前記判定に前記堰高限界値を用いることを特徴とする請求項5記載の転倒堰制御プログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、河川等の水路から転倒堰を用いて堰上流水位と越流量を調整しながら必要な取水量を得るために転倒堰の堰傾度を制御する転倒堰制御システムと転倒堰制御方法とそのプログラムに関する。
【背景技術】
【0002】
従来、河川等の水路から取水する用水の取水量を調整する際には、ゲート堰がよく用いられ、その開度を制御する手法が採られてきた。
例えば、特許文献1には、ゲートの上げ下げ操作によってその下端から流出するゲート下端流出量を制御する流量制御装置が開示されている。この流量制御装置では、ゲート一次側水深の計測値と、ゲート二次側水深の予測設定値と、目標流量とを用いて計算されるゲート操作開度を目標値として、ゲート開度の制御を行うことでゲートの初期動作で目標流量に速やかに近づけることが可能である。
また、特許文献2では、堰の下端から流出させるのではなく、上端から流出させる越流可動堰において、越流可動堰と一体化させた投げ込み式水位計を用いることで、越流可動堰の開度とは無関係に水頭を計測可能な流量計に関する発明が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特開2012-225049号公報
【文献】特開2002-340636号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
特許文献1に開示される発明では、ゲート堰として下端側から流出するゲートを採用し、そのゲートを昇降することでゲート上流の水位やゲート下端流出量を制御する。しかしながら、ゲートは小さな通過流量の調整に不向き、浮遊物を捕捉する、堰に比べて重量が大きいため昇降の操作に大きな動力を要することが知られている(参照文献1:藤山宗、中矢哲郎:底流と越流が複合したチェックゲートの水理特性に関する実験的研究、土木学会論文集B1(水工学)、Vol.75, No.2, pp.I_457-I_462)。したがって、ゲート上流からの流れが、ゲート下端の隙間から流出するように絞られるので、流出速度が大きくエネルギー損失が無視できない。また、ゲートの下端と流路の床面は水の流出によって浸食を受けるためメンテナンスや補修が高い頻度で必要となり、ゲート二次側水深の予測設定値等の精度の低下が懸念されると同時にゲート自体の耐久性も低い可能性があるという課題があった。
また、特許文献2には堰として越流可動堰を採用していることから、流出水は堰の上側を越えて流れるので、堰を越える際の流路はゲートの場合に比較して大きく、したがって流速も遅くなる。しかしながら、特許文献2に開示される発明は、越流可動堰と一体化された投げ込み式水位計を用いた流量計に関する発明であり、越流可動堰の上流側の水位を計測可能であるものの、越流可動堰の堰高を制御することができないという課題があった。
【0005】
本発明はかかる従来の事情に対処してなされたものであり、河川等の水路から取水する用水の取水量を調整する際に、浮遊物の捕捉を抑えると共に、昇降操作の動力を抑え、堰の前後で安定した流れを得ることが可能であり、堰によるエネルギー損失も少なく、堰の耐久性を高めることが可能な転倒堰を採用し、この転倒堰の堰傾度を調整することで水路から必要な取水量を確保することが可能な転倒堰制御システムと転倒堰制御方法とそのプログラムを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記目的を達成するため、第1の発明である転倒堰制御システムは、水路から取水するための転倒堰の堰傾度を制御する転倒堰制御システムであって、前記転倒堰の越流量から限界水深を計算する限界水深演算部と、完全越流の場合と潜り越流の場合の堰高を計算する堰高演算部と、完全越流と潜り越流の区別の判定を行う越流状態判定部と、前記判定の結果に応じた完全越流又は潜り越流の前記堰高から前記堰傾度の目標値を計算する堰傾度演算部と、前記目標値に基づいて前記堰傾度を制御する制御信号を生成する堰傾度制御部と、この堰傾度制御部で生成された前記制御信号によって前記堰傾度を変更可能な堰傾動部と、を有することを特徴とするものである。
このように構成される転倒堰制御システムでは、堰高演算部が、水路の流量から取水量を差し引いた転倒堰の越流が完全越流の場合と潜り越流の場合の両方で転倒堰の堰高を計算し、越流状態が完全越流であるか潜り越流であるかの区別の判定を越流状態判定部が行い、堰傾度演算部がその判定結果に応じて堰高から転倒堰の堰傾度の目標値を計算し、堰傾度制御部がその目標値に基づいて堰傾度を制御する制御信号を生成し、堰傾動部がその制御信号に基づいて堰傾度を変更するように作用する。
【0007】
第2の発明である転倒堰制御システムは、第1の発明において、潜り越流の生起限界となる堰高限界値を計算する堰高限界値演算部を有し、前記越流状態判定部は完全越流と潜り越流の区別の前記判定に前記堰高限界値を用いることを特徴とするものである。
このように構成される転倒堰制御システムでは、堰高限界値演算部が完全越流と潜り越流の区別の境界となる堰高限界値を計算することで、越流状態判定部による完全越流か潜り越流かの区別の判定を支援するように作用する。
【0008】
第3の発明である転倒堰制御方法は、水路から取水するための転倒堰の堰傾度を制御する転倒堰制御方法であって、前記転倒堰の越流量から限界水深を計算する限界水深演算工程と、完全越流の場合と潜り越流の場合の堰高を仮計算する仮堰高演算工程と、完全越流と潜り越流の区別の判定を行う越流状態判定工程と、前記判定の結果に応じた完全越流又は潜り越流の前記堰高を決定する堰高決定工程と、この堰高決定工程で決定された完全越流又は潜り越流の前記堰高から前記堰傾度の目標値を計算する堰傾度演算工程と、前記目標値に基づいて前記堰傾度の制御信号を生成する制御信号生成工程と、前記制御信号によって前記堰傾度を変更する堰傾動工程と、を有することを特徴とするものである。
このように構成される転倒堰制御方法は、物の発明である第1の発明に対応する方法発明であることから、第1の発明における構成要素に対応するそれぞれの工程が同様の作用を有する。
【0009】
第4の発明である転倒堰制御方法は、第3の発明において、潜り越流の生起限界となる堰高限界値を計算する堰高限界値演算工程を備え、前記越流状態判定工程における完全越流と潜り越流の区別の前記判定に前記堰高限界値を用いることを特徴とするものである。
このように構成される転倒堰制御方法は、堰高限界値演算工程で潜り越流となる堰高限界値を計算することで、越流状態判定工程における完全越流か潜り越流かの区別の判定を支援するように作用する。
【0010】
第5の発明である転倒堰制御プログラムは、
コンピュータによって、水路から取水するための転倒堰の堰傾度を制御するために実行されるプログラムであって、前記転倒堰の越流量から限界水深を計算する限界水深演算工程と、完全越流の場合と潜り越流の場合の堰高を仮計算する仮堰高演算工程と、完全越流と潜り越流の区別の判定を行う越流状態判定工程と、前記判定の結果に応じた完全越流又は潜り越流の前記堰高を決定する堰高決定工程と、この堰高決定工程で決定された完全越流又は潜り越流の前記堰高から前記堰傾度の目標値を計算する堰傾度演算工程と、前記目標値に基づいて前記堰傾度の制御信号を生成する制御信号生成工程と、前記制御信号によって前記堰傾度を変更する堰傾動工程と、を実行させることを特徴とするものである。
このように構成される転倒堰制御プログラムは、方法発明である第3の発明に対応するプログラム発明であることから、このプログラム発明をコンピュータを用いて実行する際に、第3の発明を構成するそれぞれの工程と同様の作用を有する。
【0011】
第6の発明である転倒堰制御プログラムは、第5の発明において、潜り越流の生起限界となる堰高限界値を計算する堰高限界値演算工程を備え、前記越流状態判定工程における完全越流と潜り越流の区別の前記判定に前記堰高限界値を用いることを特徴とするものである。
このように構成される転倒堰制御プログラムは、コンピュータを用いて実行する際に、堰高限界値演算工程が潜り越流となる堰高限界値を計算することで、越流状態判定工程における完全越流か潜り越流かの区別の判定を支援するように作用する。
【発明の効果】
【0012】
第1の発明に係る転倒堰制御システムにおいては、堰として転倒堰を採用しているので、転倒堰の上端側から下流側へ安定した水流を形成させることが可能であり、転倒堰の上流側の流れに乱れ等の悪影響を及ぼすこともない。
また、ゲート堰と異なりゲート下端と流路の床面との隙間からの流出水でなく越流量に応じて堰の上面から流出するため、狭い流路に伴うエネルギー損失や増速された流出水によるゲートや流路床面への侵食が少ない。
さらに、水路の流量及び水路からの取水量に応じて、完全越流と潜り越流のいずれの態様の流れとなるかの判別を考慮しながら転倒堰の堰傾度を制御することができるので、より精度の高い制御を行うことが可能である。
【0013】
第2の発明に係る転倒堰制御システムにおいては、潜り越流の生起限界となる堰高限界値を計算する堰高限界値演算部を有するため、完全越流と潜り越流の区別を容易に判定することが可能である。
【0014】
第3の発明と第5の発明は、第1の発明をそれぞれ方法発明とプログラム発明として捉えたものであるので、その効果は第1の発明の効果と同様である。
【0015】
第4の発明と第6の発明は、第2の発明をそれぞれ方法発明とプログラム発明として捉えたものであるので、その効果は第2の発明の効果と同様である。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【
図1】河川等の水路と転倒堰と取水路の配置関係を示す概念図である。
【
図2】水路において完全越流が生じた態様を示す概念図である。
【
図3】水路において潜り越流が生じた態様を示す概念図である。
【
図4】本発明の第1の実施の形態に係る転倒堰制御システムのブロック図である。
【
図5】本発明の第1の実施の形態に係る転倒堰制御システムによって実行される転倒堰の堰傾度の制御に関するフロー図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下に、本発明の第1の実施の形態に係る転倒堰制御システムについて
図1-
図5を参照しながら説明する。
図1は、河川等の水路と転倒堰と取水路の配置関係を示す概念図であり、
図2及び
図3は、それぞれ水路において完全越流が生じた態様及び潜り越流が生じた態様を示す概念図である。
【0018】
図1において、本願発明が適用される水路20は、その途中に転倒堰22が設けられ、そのすぐ上流側に設けられた取水路21から取水している。水路20としては河川や人工的に建設されたものが対象となる。また、取水の目的は農作物等の圃場への灌漑用水や水力発電用水の確保が該当する。
なお、
図1下方に示される通り、水路20における水路流量をQ
0、取水量をQeとして、転倒堰22の越流量をQとすると、QはQ
0とQeの差分となる。
したがって、取水路21に必要な取水量Qeを確保する際には、水路流量Q
0が減少すれば越流量Qを減らすために転倒堰22を垂直(鉛直)に近づけるようにしなければならず、水路流量Q
0が増加すれば越流量を増やすために転倒堰22を垂直から傾ける必要がある。さらに、越流量が少ない場合には、
図2を参照しながら説明する完全越流となるが、越流量が多くなると
図3を参照しながら説明する潜り越流へ遷移するので、越流の態様に応じて越流量Qを評価して転倒堰22の堰傾度を制御する必要がある。
本願発明は、取水路21に必要な取水量Qeを確保するために、水路流量Q
0の増減に対応して転倒堰22の越流量Qを制御すべく転倒堰22の堰傾度を制御するものである。
【0019】
次に、
図2を参照しながら転倒堰22における完全越流について説明する。
まず、完全越流とは、堰(転倒堰22)の下流の水位が堰頂23よりも低い越流を意味し、特定の堰に対して単位幅当たりの越流量R(Q/B:以下、水路20の水路幅(=堰幅)をBとする。)は符号h(堰頂23基準の堰上流水位、以下、越流水深という。)で示される越流水深により一義的に決定されるものである。
図2において、図中転倒堰22の左側が堰上流であり、右側が堰下流である。
また、符号H
1は堰上流水深、符号hは前述のとおり越流水深であり、h
dは堰高である。さらに、符号Lは転倒堰22の長さ(堰長)であるので、h
dはLsinθで表現でき、H
1はhとh
dの和として表現できる。
【0020】
次に、
図3を参照しながら転倒堰22における潜り越流について説明する。
まず、潜り越流とは、堰(転倒堰22)の下流の水位が堰頂23より高い越流を意味し、特定の堰に対して単位幅当たりの越流量R(Q/B)が堰頂23基準の堰上流水位h
1と堰下流水位h
2により決定されるものである。
図3において、水路20の堰上流と堰下流については
図2と同様であり、
図2を用いて説明した構成については同一の符号を付してその説明を省略する。符号h
1は潜り越流時の堰頂23基準の堰上流水位(以下、単に堰上流水位という。)であり、h
2は堰頂23基準の堰下流水位(以下、単に堰下流水位という。)である。また、符号H
2は堰下流水深であり、h
2とh
dの和としても表現できる。
本実施の形態に係る転倒堰制御システム1では、以上説明したような完全越流と潜り越流のいずれの態様の流れとなるかを判別しながら、堰高h
dを計算することで、h
d=L・sinθという関係式から転倒堰22の堰傾度(sinθ)を計算し、その堰傾度となるように転倒堰22を制御する。以下、転倒堰制御システム1について、
図4及び
図5を参照しながら具体的に説明する。
【0021】
図4は、本発明の第1の実施の形態に係る転倒堰制御システムのブロック図であり、
図5はその転倒堰制御システムによって実行される転倒堰の堰傾度の制御に関するフロー図である。この
図5は、本願発明の転倒堰制御方法及び転倒堰制御プログラムに対してはその実行工程を表すものでもあり、この図を参照しながら転倒堰制御システム1における計算やデータ処理の流れを説明することは転倒堰制御方法及びコンピュータを用いた転倒堰制御プログラムの実施の形態について説明することと同義である。
なお、
図5において、「S」で示す工程に関する記載に付された符号は、
図4に示される転倒堰制御システム1の構成要素の符号を示しており、その符号の構成要素によって、それぞれの工程が実行されることを意味している。
【0022】
図4において、転倒堰制御システム1は、入力部6、出力部7、演算部2、データベース3並びに堰傾度制御部4及び堰傾動部5から構成されている。この転倒堰制御システム1は、コンピュータサーバ内でそれぞれの機能を発揮し得る演算回路や記憶装置を備えたシステムを想定することができる。また、入力部6、出力部7、演算部2、堰傾度制御部4及び堰傾動部5をはじめこれら以外にも本実施の形態の説明においては「部」という語が多用されているが、これらは「装置」や「ユニット」あるいは「回路」等のハードウェアが対応すると考えることが可能である。
入力部6としては、データ受信部として他の装置や情報通信ネットワークからの受信端子やキーボード等の装置が相当し、後述するように演算部2による計算に必要なデータを予めデータベース3に格納する際に用いられる。
出力部7としては、ディスプレイ装置や情報通信ネットワークへの送信端子やデータ送信部として他の装置へデータを転送するトランスミッタのようなものが相当し、演算部2において計算された計算結果を出力したり、データベース3に格納されたデータを出力する際に用いられる。
演算部2は、
図4を用いて説明するが、水路20における流れの状態を解析し、完全越流か潜り越流であるかを判定しながら、水路流量Q
0から取水路21で必要となる取水量Qeを確保するために転倒堰22の堰傾度sinθの目標値を計算し、その目標値に関する信号を堰傾度制御部4へ送信するものである。
【0023】
また、堰傾度制御部4は、演算部2から受信した転倒堰22の堰傾度sinθの目標値を用いて制御信号を生成し、その制御信号を堰傾動部5に送信して、これを制御する。
堰傾動部5は堰傾度制御部4から受信した制御信号に応じて転倒堰22を傾動させるものである。
データベース3は、演算部2による転倒堰22の堰傾度sinθの計算に必要な水路勾配iや水路幅B等の物理量、物理定数15あるいは計算式(経験式)に用いられる諸定数16をはじめ、演算部2による堰高限界値hdAや堰高hd等の計算結果を格納する。
これらのデータのうち、演算部2において計算する際に必要なものについては予め入力部6を経由してデータベース3に格納され、演算部2において計算された結果については、計算に関与した演算部2の限界水深演算部10等がそれぞれその計算結果をデータベース3に読み出し可能に格納する。
【0024】
以下、
図4に
図5を加えて具体的に本実施の形態に係る転倒堰制御システム1によってどのように転倒堰22の堰傾度が計算されて制御されるかについて説明する。
本実施の形態に係る転倒堰制御システム1を作動させるに際し、水路20における水路流量Q
0及び取水量Qeは予め与えられるので、越流量Qが求まるが、前述の完全越流となるか潜り越流となるかは、越流量Qや転倒堰22の下流側の水路20の流れによって決まる。また、完全越流の場合の転倒堰22の堰頂23基準の堰上流水位(越流水深)h、潜り越流の場合の堰頂23基準の堰上流水位h
1や堰下流水位h
2は、越流の態様によって定まる物理量である。そして、堰高h
dは越流量Qおよびこれらの水位と相互依存の関係にある物理量である。
そこで、本実施の形態に係る転倒堰制御システム1では、潜り越流の生起条件、越流量Qと完全越流における越流水深、潜り越流における堰頂23基準の堰上流および堰下流の水位との関係から目標となる堰高h
dを計算して、そこから堰傾度sinθの目標値を計算し、そして、その堰傾度となるように堰傾度制御部4から堰傾動部5に制御信号を送信している。
以下、その内容について詳細に説明する。
【0025】
まず、潜り越流の生起条件は、
図3を参照すると、堰頂23を基準とした堰下流水位h
2を用いて次式で与えられる。
h
2=0 (1)
また、
図3を参照すると、堰高h
dと堰下流水深H
2から、次の関係も成り立つ。
h
2=H
2-h
d (2)
したがって、潜り越流の生起条件である式(1)は次式のように表される。
h
d=H
2 (3)
越流量Qが与えられると、限界水深h
cが以下のとおり決定される。Rは転倒堰22における単位幅当たりの越流量であり、gは重力加速度である。
したがって、限界水深h
cは長さの次元を有するが、越流量Qを表す物理量となる。
h
c=(R
2/g)
1/3 ここで R=Q/B (3a)
【0026】
そこで、本実施の形態に係る転倒堰制御システム1では、ステップS1として演算部2の限界水深演算部10で限界水深hcを計算する。ここで、越流量Qは水路流量Q0と取水量Qeの差分で表されるので、これらを予め入力部6を介してデータベース3に読み出し可能に格納しておくことで、これらを読み出して限界水深演算部10で計算することができる。また、水路幅Bは必要な物理量として、重力加速度gも必要な物理定数15として予め入力部6を介してデータベース3に格納される。
計算された限界水深hcは限界水深演算部10によって読み出し可能にデータベース3に格納される。なお、他の演算部2の構成要素によって計算されたデータもそれぞれの構成要素によって読み出し可能にデータベース3に格納される。
【0027】
次に、堰下流水深H2は、転倒堰22の下流側がマニングの粗度係数n、水路勾配i、水路幅Bの広長方形断面水路の等流であると仮定すると、以下のとおり決定される。
【0028】
【0029】
この式(4)から越流量Qに対応する堰下流水深H2が得られるので、これと式(3)から堰高hdの限界値hdAが得られる。
そこで、転倒堰制御システム1では、ステップS2として演算部2の堰高限界値演算部11で堰高限界値hdAを計算する。このとき、マニングの粗度係数n、水路勾配i及び水路幅Bは予め入力部6を介してデータベース3に格納されている。また、堰高限界値演算部11でも同様に越流量Qを計算することが可能である。
また、発明者は、完全越流では、過去の実験結果(参照文献2:U.S. Bureau of Reclamation: Studies of overfall dams, Boulder Canyon Project, Final Reports, Bull. No.3, 1948)から求められる経験式において、越流水深hと堰高hdの比(h/hd)で3という境界値が存在し、この値を境に完全越流の態様が異なり、堰高hdを求めることができる計算式が異なることを研究から発見した。そこで、この境界値を用いて、完全越流の態様を場合分けすることとした。具体的には以下のような式で表現できる。
【0030】
【0031】
したがって、式(3)と式(5)が両立可能な条件としては、以下の式(6) であることがわかる。
【0032】
【0033】
そこで、h/hd>3とh/hd≦3の2つの場合に分けて完全越流であるか潜り越流であるかを検討しながら堰高hdを計算することを考える。
(a)h/hd>3(H1>4H2)の場合
この場合は明らかに完全越流となり、鉛直堰と傾斜堰の実験結果(参照文献2)に沿うように評価式(経験式)を求めると以下の式(7)が得られる。
【0034】
【0035】
ここで、α=0.00034,β=-0.0091,γ=0.0736,δ=0.6723,ε=0.0069であり、これらの定数は諸定数16として予め入力部6を介してデータベース3に読み出し可能に格納されている。
この式(7)からh
dの式に変形すると、以下の式(8)となる。式(8)においては、H
1=h
d+h(
図2参照)であることからhは消去されている。
これらの式(7),(8)も発明者の研究で得られた。
【0036】
【0037】
堰高h
dに関する4次式である式(8)において、堰上流水深H
1は予め与えられて入力部6を介してデータベース3に格納されている。
そこで、転倒堰制御システム1の演算部2の堰高演算部12は、ステップS3として、これらH
1及び定数α~εをデータベース3から読み出して、式(8)を解いて堰高h
dを仮計算するが、前述のとおりh/h
d>3の場合は完全越流となるので、ステップS4でも完全越流として判定され、そのままステップS5aでは、式(8)から仮計算されて得られた堰高h
dがそのまま完全越流の堰高h
dとして、越流状態判定部13によって決定される。
なお、本願発明における「仮計算」の「仮」は完全越流であるか潜り越流であるか等の条件を仮定して堰高h
dを計算することを意味しており、越流状態判定部13によって越流状態が判定された後に、越流状態判定部13によって最終的な堰高h
dの値が決定されることになる。
(b)h/h
d≦3(H
1≦4H
2)の場合
この場合は、まず完全越流(
図2参照)と仮定して堰高h
dを求める。h/h
d≦3の場合の実験結果に基づく評価式(経験式)は式(7)と異なり、次の式(9)となる。なお、完全越流については堰高h
dが同一の場合、転倒堰22が傾斜した状態と鉛直状態とで流量係数がほぼ同じ値を示すことがわかっているので、式(9)は転倒堰22が傾斜する場合にも同様に成立することになる。
なお、この式(9)は参照文献3(羽田野袈裟義、多田羅謙治、永野博之、黄安多:刃形堰の流量と越流水深の関係の定式化の試み、土木学会論文集B1(水工学)、Vol.73, No2, pp34-42, 2017)に与えられている。
【0038】
【0039】
H1=hd+hであることから越流水深hを消去すると、以下の式(10)となり、その式(10)を堰高hdについて解くと、式(11)となる。但し、式(11)における根号の前の符号は+(プラス)である。
【0040】
【0041】
【0042】
なお、堰高hdに関する式(10)において、堰上流水深H1は水路流量Q0が与えられれば定まる物理量であるので、予めデータベース3に格納されており、また、限界水深hcは前述のとおり越流量Qに対して限界水深演算部10によって計算されてデータベース3に格納されており、p及びqも諸定数16として予め入力部6を介して読み出し可能にデータベース3に格納されている。
そこで、堰高演算部12はステップS3として、限界水深hcや諸定数16をデータベース3から読み出して、式(11)から堰高hdを仮計算する。
【0043】
次に、ステップS4として、転倒堰制御システム1では、演算部2の越流状態判定部13が、仮計算された堰高hdとステップS2で計算した堰高限界値hdAを比較して、完全越流であるか潜り越流であるかの区別を判定する。式(11)の堰高hdが堰高限界値hdAよりも大きい場合は、完全越流と判定され、転倒堰制御システム1では、ステップS5aとして、式(11)で求めた仮計算の堰高hdが越流状態判定部13によって、そのまま堰高hdとして決定される。
【0044】
一方、仮計算された堰高h
dが堰高限界値h
dA以下であれば潜り越流(
図3参照)と判定され、転倒堰制御システム1ではステップS4からステップS5bへ進む。ステップS5bでは、まず、堰高演算部12が下記の条件式(12a)~(12c)を用いて、式(13)を解く。但し、式(13)は完全越流の関係式(9)と潜り越流の関係式(12)を組み合せて求められており、式(13)においてK1~K5は式(13a)~(13e)で示されるとおりである。
式(7)と同様に式(9)は鉛直堰でも傾斜堰でも成立する。また、式(12)~(12c)は鉛直堰の実験結果の評価式(経験式)である(参照文献4:羽田野袈裟義、多田羅謙治:運動量の定理の示唆に基づく刃形堰の水理検討、土木学会論文集B1(水工学)、Vol.70, No.1, pp.11-21, 2014)。したがって、式(13)は転倒堰22が傾斜した状態でも一定レベルの精度で成立するとみなしてよい。
なお、式(13a)~(13e)に含まれるp及びqは式(9)に示されるp及びqとそれぞれ同一である。
また、式(12a)~(12c)においては、それぞれ堰下流水位h
2と限界水深h
cの比の値に応じて、それぞれ定数A~Cの数値が場合分けして与えられる。これらの定数A~Cも諸定数16として予め入力部6を介してデータベース3に読み出し可能に格納されているので、堰高演算部12はこれらを読み出して計算することが可能である。
さらに、堰上流水深H
1は前述のとおり予め与えられてデータベース3に格納されているが、堰下流水位h
2と堰下流水深H
2はh
2=H
2-h
d(
図3参照)という関係があるものの、h
dが与えられていないので繰り返し計算となる。すなわち、式(12a)~(12c)のいずれかの範囲に入るh
2を仮定して堰高h
dを計算し、計算結果が仮定したh
2の値の範囲内であれば目的の堰高h
dが得られたことになる。
したがって、堰高演算部12は式(12a)~(12c)のいずれかの範囲に入るh
2を生成し、これを用いて堰高h
dを計算し、その計算結果から再度h
2を計算して、当初仮定して生成されたh
2と比較して、生成されたh
2が含まれている範囲に再度計算されたh
2が入る場合には、生成されたh
2を用いて計算された堰高h
dが得るべき堰高h
dであったとするものである。
【0045】
なお、ウィスコンシン大学のCox氏の系統的な実験データ(参照文献5:Cox, G.N.: The submerged weir as a measuring device, Bull. of the University of Wisconsin, 1928)で検証したところ,式(12a)~(12c)の3つのh2/hcの区間の境界に近いh2/hcに対応する堰下流水位h2を仮定した場合,計算結果の堰高hdから求まる堰下流水位h2が隣接するh2/hcの区間に属する状況が生まれるが,この新たなh2/hcの区間に新たに堰下流水位h2を仮定して堰高hdを計算した結果,堰高hdの計算値は当初仮定の堰下流水位h2による計算値とほぼ同程度であったことから、繰り返し計算による結果は信頼性の高いものと考えられる。
堰高演算部12によって計算された堰高hdは、潜り越流における堰高hdであるので、ステップS5bでは次に越流状態判定部13によって、求められた堰高hdが潜り越流における堰高として決定される。
【0046】
【0047】
【0048】
【0049】
ここまでのステップS5a及びステップS5bで、堰高hdが完全越流時あるいは潜り越流時のものとして決定されたのち、転倒堰制御システム1では、演算部2の堰傾度演算部14がステップS6として、転倒堰22の堰傾度sinθの目標値を計算する。
具体的には、以下の式(14)で与えられる。
sinθ=hd/L (14)
ここで堰長Lは予め入力部6を介してデータベース3に格納されているので、堰傾度演算部14はこれを読み出して、ステップS5a,S5bで決定された堰高hdを用いて堰傾度sinθの目標値を計算することができる。
計算された堰傾度sinθはデータベース3に格納され、また、堰傾度演算部14から堰傾度制御部4へ送信される。
【0050】
次に、転倒堰制御システム1は、ステップS7として、堰傾度制御部4が堰傾度演算部14から受信した堰傾度sinθの目標値を基にして堰傾動部5を制御するための制御信号を生成し、これを堰傾動部5に送信する。
そして、ステップS8として、堰傾動部5は堰傾度制御部4からの制御信号を受信して、目標値となった堰傾度に合致するように転倒堰22を傾動させて、堰傾度を変更する。
このように転倒堰22を傾動させるように制御することで、転倒堰22の上流側の水路流量Q0や取水量Qeが変化しても、データベース3における水路流量Q0や取水量Qeを更新し、再度ステップS1~S7を実行することによれば堰傾度の目標値を更新することが可能であり、転倒堰22の堰傾度も更新されるよに制御可能である。
【0051】
以上説明したとおり、本実施の形態に係る転倒堰制御システム1によれば、水路20から必要な取水量Qeを得るために堰の上流及び下流の流れをより安定させることが可能な転倒堰22を採用し、堰高限界値hdAを境界値として完全越流と潜り越流との区別を判定し、過去に実績のある完全越流と潜り越流における実験値を基にして得た評価式(経験式)を堰高hdの方程式として解くことで、堰高hdを得ている。
そして、この堰高hdから転倒堰22の堰傾度sinθを計算して、それを目標値として演算部2の堰傾度演算部14から得た堰傾度制御部4が堰傾動部5に制御信号として送信し、転倒堰22の傾きを制御することで、水路20から取水路21に必要な取水量が安定して供給されるようにすることが可能である。
また、ゲート堰と異なりゲート下端と流路の床面との隙間からの流出水がなく越流量Qに応じて転倒堰22の上面から流出するため、ゲート堰で生じる流れの縮流による有意のエネルギー損失や流出水のノズル効果によるゲートや流路床面への侵食が少ない。
さらに、水路の流量及び水路からの取水量に応じて、完全越流と潜り越流のいずれの態様の流れとなるかの判定を越流状態判定部13によって実行しながら転倒堰の堰傾度を制御することができるので、より精度の高い制御を行うことが可能である。
【0052】
なお、以上の説明では、転倒堰制御システム1における作用・効果について
図4及び
図5を参照しながら説明したが、
図5を参照して説明された工程は転倒堰制御方法の実施の形態の説明としても成り立つものであり、また、これらの工程をコンピュータを用いて実行する転倒堰制御プログラムの実施の形態としても成り立つものである。これらの転倒堰制御方法と転倒堰制御プログラムにおける作用・効果についても転倒堰制御システム1と同様である。
また、本実施の形態においては、完全越流又は潜り越流において堰高h
dを求める評価式として、式(8)、(11)、(13)を採用したが、これらの式に限定するものではなく、完全越流又は潜り越流における堰高h
dを評価可能な式であればいずれの式を用いてもよい。但し、越流量Qに応じて完全越流と潜り越流の場合分けが可能であることが必要であり、越流状態を判別可能でその判定結果に応じて堰高h
dを評価し、堰傾度を演算可能である必要がある。
【産業上の利用可能性】
【0053】
本発明は河川等の水路から取水する用水の取水量を調整するために設けられた転倒堰の堰傾度の制御に広く利用することが可能である。
【符号の説明】
【0054】
1…転倒堰制御システム 2…演算部 3…データベース 4…堰傾度制御部 5…堰傾動部 6…入力部 7…出力部 10…限界水深演算部 11…堰高限界値演算部 12…堰高演算部 13…越流状態判定部 14…堰傾度演算部 15…物理定数 16…諸定数 20…水路 21…取水路 22…転倒堰 23…堰頂 R…単位幅当たりの越流量 i…水路勾配 B…水路幅 n…マニングの粗度係数 h…越流水深 hc…限界水深 H1…堰上流水深 h1…堰上流水位 H2…堰下流水深 h2…堰下流水位 L…堰長 hd…堰高 θ…堰傾き角度
【要約】
【課題】河川等の水路から取水する用水の取水量を調整する際に、堰の前後で安定した流れを得ることが可能であり、堰によるエネルギー損失も少なく、堰の耐久性も高めることが可能な転倒堰を採用し、この転倒堰の堰傾度を調整することで水路から必要な取水量を確保することが可能な転倒堰制御システムを提供する。
【解決手段】転倒堰制御システムは、転倒堰の越流量Qから限界水深h
cを計算する限界水深演算部10と、完全越流と潜り越流の堰高h
dを計算する堰高演算部12と、越流状態の判定を行う越流状態判定部13と、判定の結果に応じて堰高h
dから転倒堰の堰傾度sinθを計算する堰傾度演算部14と、堰傾度に基づいて転倒堰の堰傾度を制御する堰傾度制御部4と、この堰傾度制御部4からの制御信号によって転倒堰の堰傾度を変更可能な堰傾動部5を有する。
【選択図】
図4