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特許7466903AR表示装置用光学素子及びその製造方法、並びに、AR表示装置
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-04-05
(45)【発行日】2024-04-15
(54)【発明の名称】AR表示装置用光学素子及びその製造方法、並びに、AR表示装置
(51)【国際特許分類】
   G03H 1/08 20060101AFI20240408BHJP
   G02B 27/02 20060101ALI20240408BHJP
【FI】
G03H1/08
G02B27/02 Z
【請求項の数】 4
(21)【出願番号】P 2020158276
(22)【出願日】2020-09-23
(65)【公開番号】P2022052092
(43)【公開日】2022-04-04
【審査請求日】2023-08-08
(73)【特許権者】
【識別番号】301022471
【氏名又は名称】国立研究開発法人情報通信研究機構
(74)【代理人】
【識別番号】110001807
【氏名又は名称】弁理士法人磯野国際特許商標事務所
(72)【発明者】
【氏名】涌波 光喜
(72)【発明者】
【氏名】市橋 保之
(72)【発明者】
【氏名】吉田 俊介
【審査官】小西 隆
(56)【参考文献】
【文献】特開2009-300480(JP,A)
【文献】特開2003-015041(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G03H 1/08
G02B 27/02
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
投影装置から入射する光線群を反射又は透過し、所定の角度幅で均一な強度分布の出射光を出射するAR表示装置用光学素子であって、
前記光線群を反射又は透過する微小領域の面に直交する物理的な法線に対し、異なる方向の光学的な法線を有する屈折率の周期構造が所定の間隔及び多重数で多重化されており、
前記屈折率の周期構造の法線θ normal は、前記光線群の方向を示す入射ベクトルθ IN と、前記出射光の中心の方向を示す出射ベクトルθ OUT とを含む以下の式(1)で表され、
【数1】
前記屈折率の周期構造の間隔Vは、前記AR表示装置用光学素子の記録再生波長λと、前記AR表示装置用光学素子の平均屈折率n とを含む以下の式(2)で表され、
【数2】
水平方向における前記屈折率の周期構造の多重数Kは、予め設定した前記角度幅φ と、前記角度幅φ を分割した角度間隔Δθとを含む以下の式(3)で表され(但し、floor(x)は、x以下の整数最大値を返す関数)、
【数3】
垂直方向における前記屈折率の周期構造の多重数Lは、予め設定した前記角度幅φ と、前記角度幅φ を分割した角度間隔Δθとを含む以下の式(4)で表され、
【数4】
水平方向及び垂直方向における前記屈折率の周期構造の多重数Mは、以下の式(5)で表される
【数5】
ことを特徴とするAR表示装置用光学素子。
【請求項2】
1台以上の投影装置から入射する光線群を反射又は透過する、請求項に記載のAR表示装置用光学素子の製造方法であって、
前記入射ベクトルθINが前記投影装置から入射する光線群の方向を示し、前記出射ベクトルθOUTが観察領域の中心位置への方向を示し、前記角度間隔Δθ,Δθがそれぞれ水平方向及び垂直方向における前記投影装置から入射する光線群の広がり角を示し、前記角度幅φ,φがそれぞれ水平方向及び垂直方向における前記AR表示装置用光学素子から反射又は透過する光線群の角度幅を示すときに、前記式(1)~前記式(5)を用いて、前記法線θnormal、前記間隔V及び前記多重数K,L,Mを算出するステップと、
前記法線θnormalを有する前記屈折率の周期構造が前記間隔V及び前記多重数Mで多重化されるように計算機合成ホログラムの演算を行うステップと、
前記計算機合成ホログラムの演算結果に基づいて、ホログラムプリンタで前記AR表示装置用光学素子を生成するステップと、
を備えることを特徴とするAR表示装置用光学素子の製造方法。
【請求項3】
前記AR表示装置用光学素子を生成するステップにおいて、小領域毎に前記屈折率の周期構造を設ける場合、前記小領域の接続部分で前記屈折率の周期構造の位相が連続するように、前記計算機合成ホログラムを演算する際の初期位相を変化させることを特徴とする請求項に記載のAR表示装置用光学素子の製造方法。
【請求項4】
1台以上の投影装置と、
請求項に記載のAR表示装置用光学素子と、
を備えることを特徴とするAR表示装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、拡張現実(AR:Augmented Reality)表示装置用の光学素子及びその製造方法、並びに、そのAR表示装置用光学素子を用いたAR表示装置に関する。
【背景技術】
【0002】
拡張現実は、様々な分野で活用され始めており、スマートグラス、ヘッドアップディスプレイ、ヘッドマウントディスプレイ等のARデバイスの多様化が進んでいる。従来より、投影装置と拡散スクリーンを用いたARデバイスが提案されている(以後、「第1従来技術」と記載する場合がある)。このARデバイスは、拡散スクリーンに結像した映像を拡散しつつ反射又は透過させてユーザに提示する。ここで、拡散スクリーンは、アクリル樹脂、有機素材などの透明媒体の表面又は内部に散乱体を分散させることで、映像の表示と透過性を実現している(例えば、非特許文献1参照)。
【0003】
また、複数の投影装置を組み合わせてユーザに立体映像又は指向性を持つ映像を表示するARデバイスも提案されている(以後、「第2従来技術」と記載する場合がある)。このARデバイスは、立体映像又は指向性を持つ映像を再生する光線群を投影する複数の投影装置と、光線の向きを制御する凹面鏡やフレネルレンズもしくは同等の機能を持つホログラフィック光学素子(HOE:Holographic Optical Element)といった光学部材と、ハーフミラー、レンズアレイ、レンチキュラーレンズ、拡散板といった観察方向や観察領域を制御する光学部材とを備えている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2002-258215号公報
【非特許文献】
【0005】
【文献】戸木田 雅利、“透明なスクリーン用フィルムを開発”、[online]、国立研究開発法人 科学技術振興機構、[令和2年8月4日検索]、インターネット<URL:https://www.jst.go.jp/seika/bt125-126.html>
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかし、第1従来技術では、投影装置からの光線群がスクリーン面上に異なる角度で入射して反射又は拡散することから、ユーザの観察方向が投影装置からの光の正反射方向となるスクリーン面上の位置が限定されてしまう。正反射方向が最も光が観察されやすく(光の利用効率が高く)それより外れることで輝度が低下するため、観察される光の強度分布がスクリーン面上の位置に応じて異なり輝度ムラが発生することが多い。また、スクリーンを透過型として利用した場合も投影方向が最も光が観察されやすく、同様な理由で輝度ムラが発生することが多い。
【0007】
また、第2従来技術では、凹面鏡やフレネルレンズ、HOEなどの光学部材と複数の投影装置とに加えて、実用的な観察方向や観察領域を確保するためにハーフミラーやレンズアレイ、レンチキュラーレンズ、拡散板といった光学素子を1つ以上用いる必要があり、構成素子の数が多くなって装置が大型化する。さらに、第2従来技術では、像がボケたり投影装置間でクロストークが発生して画質が低下すると共に、光の利用効率が低下するという問題がある。
【0008】
そこで、本発明は、高画質で光の利用効率が高くかつ小型のAR表示装置用光学素子及びその製造方法、並びに、AR表示装置を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
前記した課題に鑑みて、本発明に係るAR表示装置用光学素子は、投影装置から入射する光線群を反射又は透過し、所定の角度幅で均一な強度分布の出射光を出射するAR表示装置用光学素子であって、光線を反射又は透過する微小領域の面に直交する物理的な法線に対し、異なる方向の光学的な法線を有する屈折率の周期構造が所定の間隔及び多重数で多重化されている構成とした。
【0010】
かかる構成によれば、AR表示装置用光学素子は、投影装置から入射する光線群を所望の方向と角度間隔、本数で反射又は透過し、所望の観察領域に均一な強度分布の出射光を集光できるので、輝度ムラを抑制し、画質と光の利用効率を向上させることができる。さらに、AR表示装置用光学素子は、1つの光学素子で光線群の方向や観察領域の制御を行うので、装置全体の小型化を図ることができる。
【0011】
さらに、本発明に係るAR表示装置用光学素子において、屈折率の周期構造の法線θnormalは、光線群の方向を示す入射ベクトルθINと、出射光の中心の方向を示す出射ベクトルθOUTとを含む式(1)で表され、屈折率の周期構造の間隔Vは、AR表示装置用光学素子の記録再生波長λと、AR表示装置用光学素子の平均屈折率nOとを含む式(2)で表され、水平方向における屈折率の周期構造の多重数Kは、予め設定した角度幅φXと、角度幅φXを分割した角度間隔Δθとを含む式(3)で表され(但し、floor(x)は、x以下の整数最大値を返す関数)、垂直方向における屈折率の周期構造の多重数Lは、予め設定した角度幅φYと、角度幅φYを分割した角度間隔Δθとを含む式(4)で表され、水平方向及び垂直方向における屈折率の周期構造の多重数Mは、以下の式(5)で表される
【0012】
これにより、AR表示装置用光学素子は、投影装置から入射する光線群を所望の方向と角度間隔、本数で所望の観察領域に対して正確に反射又は透過するので、画質と光の利用効率をより向上させることができる。
【0013】
また、前記した課題に鑑みて、本発明に係るAR表示装置用光学素子の製造方法は、1台以上の投影装置から入射する光線群を反射又は透過するAR表示装置用光学素子の製造方法であって、入射ベクトルθINが投影装置から入射する光線群の方向を示し、出射ベクトルθOUTが観察領域の中心位置への方向を示し、角度間隔Δθ,Δθがそれぞれ水平方向及び垂直方向における投影装置から入射する光線群の広がり角を示し、角度幅φ,φがそれぞれ水平方向及び垂直方向におけるAR表示装置用光学素子から反射又は透過する光線群の角度幅を示すときに、式(1)~式(5)を用いて、法線θnormal、間隔V及び多重数K,L,Mを算出するステップと、法線θnormalを有する屈折率の周期構造が間隔V及び多重数Mで多重化されるように計算機合成ホログラムの演算を行うステップと、計算機合成ホログラムの演算結果に基づいて、ホログラムプリンタでAR表示装置用光学素子を生成するステップと、を備える手順とした。
【0014】
かかる手順によれば、立体映像や指向性を持つ映像を表示するAR表示装置で利用可能な、高画質で光の利用効率が高くかつ小型のAR表示装置用光学素子を製造できる。
【0015】
また、本発明に係るAR表示装置用光学素子の製造方法において、AR表示装置用光学素子を生成するステップでは、小領域毎に屈折率の周期構造を設ける場合、小領域の接続部分で屈折率の周期構造の位相が連続するように、計算機合成ホログラムを演算する際の初期位相を変化させることが好ましい。
かかる手順によれば、ホログラムプリンタで小領域毎にホログラムデータを記録しながら、AR表示装置用光学素子を製造できる。
【0016】
また、前記した課題に鑑みて、本発明に係るAR表示装置は、1台以上の投影装置と、前記したAR表示装置用光学素子と、を備える構成とした。
【0017】
かかる構成によれば、AR表示装置は、投影装置から入射する光線群を所望の方向と角度間隔で反射又は透過し、所望の観察領域に均一な強度分布の光線群を集光できるので、輝度ムラや2台以上の投影装置間のクロストーク、像のボケを抑制し、画質と光の利用効率を向上させることができる。さらに、AR表示装置は、投影装置とAR表示装置用光学素子だけの構成となるため、少ない構成による装置全体の小型化を図ることができる。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、高画質で光の利用効率が高くかつ小型のAR表示装置用光学素子及びその製造方法、並びに、AR表示装置を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
図1】第1実施形態において、(a)は屈折率の周期構造を説明する説明図であり、(b)はAR用光学素子の表面の屈折率を示すグラフである。
図2】第1実施形態において、(a)は屈折率の周期構造の多重化を説明する説明図であり、(b)はAR用光学素子の表面の屈折率を示すグラフである。
図3】第1実施形態において、(a)及び(b)は屈折率の周期構造の法線を説明する説明図であり、(c)は角度幅及び角度間隔を説明する説明図である。
図4】第1実施形態に係るAR用光学素子の製造方法を示すフローチャートである。
図5】第2実施形態において、(a)及び(b)は屈折率の周期構造の法線を説明する説明図である。
図6】第3実施形態に係るAR表示装置を説明する説明図であり、(a)は上面図であり、(b)は側面図である。
図7】第4実施形態に係るAR表示装置を説明する説明図である。
図8】第5実施形態に係るAR表示装置を説明する説明図であり、(a)は上面図であり、(b)は側面図である。
図9】第6実施形態に係るAR表示装置を説明する説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、本発明の各実施形態について図面を参照して説明する。但し、以下に説明する各実施形態は、本発明の技術思想を具体化するためのものであって、特定的な記載がない限り、本発明を以下のものに限定しない。また、各実施形態において、同一の手段には同一の符号を付し、説明を省略することがある。
【0021】
(第1実施形態)
[AR用光学素子の構成]
図1図3を参照し、第1実施形態に係るAR用光学素子1の構成について説明する。以後、水平方向をX軸、垂直方向をY軸、奥行き方向をZ軸とし、簡略化のためにY-Z平面のみ示すが、X-Z平面についても同様である。
【0022】
AR用光学素子1は、投影装置3(図6)から入射する光線群を所定の角度幅、角度間隔と本数で反射又は透過し、所望の観察領域に対して均一な強度分布の出射光を出射するものである。そして、AR用光学素子1は、光線群を反射又は透過する微小領域の面に直交する物理的な法線に対し、異なる方向の光学的な法線を有する屈折率の周期構造が所定の間隔及び多重数で多重化されている。本実施形態では、AR用光学素子1が、投影装置3からの入射光を反射する反射型であることとして説明する。
【0023】
<屈折率の周期構造>
図1(a)に示すように、AR用光学素子1は、物理的な法線Aと異なる方向の光学的な法線Bを有する屈折率の周期構造10からなる。具体的には、AR用光学素子1は、入射する光線群を反射する微小領域の面11の法線Aに対し、異なる方向の法線Bを有する屈折率の周期構造10からなる。
【0024】
また、屈折率の周期構造10は、Y軸方向で屈折率分布が周期的に変化するように、間隔Vで設けられている(X軸方向も同様)。図1(b)に示すように、屈折率の周期構造10は、基準となる平均屈折率nに対し、間隔Vの両端部で最大屈折率変調量Δnの範囲で屈折率が高低する。なお、図1(b)は屈折率が高くなる例であり、(n-Δn)のように屈折率を低くしてもよい。また、屈折率の周期構造10は、微小領域の面11の法線Aに対し、傾斜している。また、屈折率の周期構造10は、一方の微小領域の面11aから他方の微小領域の面11bまで連続するように設けられている。このように、AR用光学素子1は、蒸着で作製した、物理的な法線と同一の方向に法線を有する周期構造の誘電体多層膜とは異なっている。
【0025】
<屈折率の周期構造の多重化>
図2(a)に示すように、AR用光学素子1は、図1(a)の屈折率の周期構造10が多重化されている。すなわち、Y軸方向の同一領域に、法線Bの方向が異なる屈折率の周期構造10が重なるように形成されている。図2(a)のAR用光学素子1では、屈折率の周期構造10が3つ多重化されている(多重数L=3)。1つ目の屈折率の周期構造10を破線で図示し、屈折率の周期構造10における法線をBとする。また、2つ目の屈折率の周期構造10を実線で図示し、屈折率の周期構造10における法線をBとする。また、3つ目の屈折率の周期構造10を長破線で図示し、屈折率の周期構造10における法線をBとする。図2(b)に示すように、AR用光学素子1は、基準となる平均屈折率nに対して最大屈折率変調量Δnの範囲で3つの屈折率の周期構造10~10が多重化されたものになる。このように、AR用光学素子1は、屈折率の周期構造10を多重化することで、所定の角度幅で均一な強度分布の光線を反射できる。
なお、屈折率の周期構造10の多重化とは、法線Bの方向が異なる屈折率の周期構造10を同一位置に形成することである。
【0026】
<パラメータの算出手法>
図1図3を参照し、屈折率の周期構造10の多重化に必要なパラメータの算出手法を説明する。
図3(a)に示すように、AR用光学素子1の各点12において、屈折率の周期構造10の法線θnormalは、以下の式(1)で表される。なお、θINは入射する光線群の方向を示す入射ベクトルであり、θOUTは出射する複数の光線群の中心の光線が観察領域の中心位置Uを向く出射ベクトルである。また、θIN,θOUTは、実際には空気中での角度を平均屈折率nOのAR用光学素子1での角度に変換したものである。
【0027】
【数1】
【0028】
図3(b)に示すように、法線θnormal、入射ベクトルθIN、及び、出射ベクトルθOUTは、何れもZ軸(法線A)を基準としており、X軸に対して反時計回りを正としている。また、屈折率の周期構造10の法線θnormalは、各点12での入射ベクトルθIN及び出射ベクトルθOUTに応じて変化する。
【0029】
図1(a)に示すように、屈折率の周期構造10の間隔Vは、以下の式(2)で表される。なお、AR用光学素子1の記録再生波長λは、再生時にAR用光学素子1に入射する光の波長を表す。
【0030】
【数2】
【0031】
図3(c)に示すように、入射する光線群を垂直方向の観察領域の範囲Wで定まる角度幅φの範囲に反射するために、角度間隔Δθで屈折率の周期構造10が多重化されている。ここでは、角度間隔Δθは、入射する光線群の垂直方向の広がり角に一致する。すると、出射する光源群は、角度幅φ内でほぼ均一な強度分布を実現する(水平方向の角度幅φも同様)。このとき、水平方向及び垂直方向における屈折率の周期構造10の多重数K,Lは、以下の式(3)及び式(4)で表されるものとする。従って、水平方向と垂直方向を合わせた最終的な多重数Mは、以下の式(5)で表される(但し、floor(x)は、x以下の整数最大値を返す関数)。
【0032】
【数3】
【0033】
なお、隣接する点12同士において、屈折率の周期構造10の位相が整合することが好ましい。
また、図2では、AR用光学素子1の中央に位置する点12を1つのみ図示したが、実際には、AR用光学素子1の全ての点12でパラメータを算出する。
【0034】
[AR用光学素子の製造方法]
このように、AR用光学素子1は、屈折率の周期構造10が多重化された屈折率分布を有する。このため、物体光と参照光とを干渉させる従来の製造方法では、正確な角度間隔Δθで入射する複数の物体光を光学的に重ね合わせ、かつ、記録位置に応じて各物体光と参照光の入射角度を制御する必要があり、そのような干渉系を構築し、AR用光学素子1を製造するのは困難である。その一方、計算機合成ホログラムで設計した波面を光学的に再生し、物体光として露光するホログラムプリント技術によれば、AR用光学素子1を容易に製造できる。
【0035】
なお、計算機合成ホログラム(CGH:Computer-Generated Hologram)とは、所望の再生像が得られるように、物体光と参照光との干渉縞(ホログラムデータ)をコンピュータで生成する技術のことである。
【0036】
以下、図4を参照し、AR用光学素子1の製造方法を詳細に説明する。
図4に示すように、ステップS1では、式(1)~式(5)を用いて、法線θnormal、間隔V及び多重数K,L,Mを算出する。
【0037】
ステップS2では、法線θnormalを有する屈折率の周期構造10が間隔V及び多重数Mで多重化されるように計算機合成ホログラムの演算を行う。つまり、ステップS2では、計算機合成ホログラムによって、AR用光学素子1を生成可能な物体光を再生するホログラムデータを生成する。
【0038】
ステップS3では、計算機合成ホログラムの演算結果に基づいて、ホログラムプリント技術でAR用光学素子1を生成する。つまり、ステップS3では、ホログラムプリンタを用いて、ステップS2で生成したホログラムデータによって再生された波面を物体光として参照光と干渉させ、一般的なホログラム記録材料(例えば、感光性フォトポリマ)に露光する。ここで、小領域毎に屈折率の周期構造を設ける場合、小領域の接続部分で屈折率の周期構造の位相が連続するように、計算機合成ホログラムを演算する際の初期位相を変化させることが好ましい。
このように、3次元のAR表示装置で利用可能な、高画質で光の利用効率が高くかつ小型のAR用光学素子1を製造できる。
【0039】
なお、複数の再生波長λに対して機能するAR用光学素子1を製造する場合は、各再生波長λに対して前記ステップS1~ステップS3を行い、単一のホログラム記録材料上で各再生波長に対応する屈折率の周期構造を多重化すればよい。
【0040】
[作用・効果]
以上のように、第1実施形態に係るAR用光学素子1は、投影装置3から入射する光線群を所望の方向に適切な角度幅と角度間隔、本数で反射し、所望の観察領域に均一な強度分布の光線群を集光できるので、輝度ムラを抑制し、画質と光の利用効率を向上させることができる。
【0041】
さらに、AR用光学素子1は、第1従来技術及び第2従来技術と比べ、ブラッグ条件により所望の波長の入射光のみを反射し、残り波長の入射光を透過するので、高輝度な映像表示と背景光の高い透過率とを両立することができる。
【0042】
(第2実施形態)
[AR用光学素子の構成]
図5を参照し、第2実施形態に係るAR用光学素子1Bの構成について、第1実施形態と異なる点を説明する。
前記した第1実施形態では、AR用光学素子1が反射型であることとして説明した。その一方、本実施形態では、AR用光学素子1Bが、投影装置からの入射光を透過する透過型である点が、第1実施形態と異なる。
【0043】
AR用光学素子1Bは、入射する光線群を透過する微小領域の面の物理的な法線に対し、異なる方向の光学的な法線を有する屈折率の周期構造が所定の間隔及び多重数で多重化されている(図1)。つまり、AR用光学素子1Bは、第1実施形態と同様、多重化された屈折率の周期構造を有し、パラメータの算出方法も同様である。
【0044】
<パラメータの算出手法>
図5を参照し、屈折率の周期構造の多重化に必要なパラメータの算出手法を説明する。
図5(a)に示すように、AR用光学素子1Bの各点12Bにおいて、屈折率の周期構造の法線θnormalは、第1実施形態と同様、前記した式(1)で表される。
【0045】
図5(b)に示すように、法線θnormal、入射ベクトルθIN、及び、出射ベクトルθOUTは、何れもZ軸(法線A)を基準としており、X軸に対して反時計回りを正としている。また、屈折率の周期構造の法線θnormalは、各点12Bでの入射ベクトルθIN及び出射ベクトルθOUTに応じて変化する。
【0046】
屈折率の周期構造の間隔Vは、第1実施形態と同様、前記した式(2)で表される。また、屈折率の周期構造の多重数K,L,Mは、第1実施形態と同様、前記した式(3)~式(5)で表される。
【0047】
なお、隣接する点12B同士において、屈折率の周期構造の位相が整合することが好ましい。
また、図5では、AR用光学素子1Bの中央に位置する点12Bを1つのみ図示したが、実際には、AR用光学素子1Bの全ての点12Bでパラメータを算出する。
【0048】
[作用・効果]
以上のように、第2実施形態に係るAR用光学素子1Bは、投影装置3から入射する光線群を所望の方向に適切な角度幅と角度間隔、本数で透過し、所望の観察領域に均一な強度分布の光線群を集光できるので、画質と光の利用効率を向上させることができる。
【0049】
(第3実施形態)
[AR表示装置の構成]
図6を参照し、第3実施形態に係るAR表示装置2の構成について説明する。
AR表示装置2は、ライトフィールド方式で立体像(3次元の形状として立体的に視認される像)、又は、指向性を持つ映像(観察する方向によって情報が変化する映像)のAR表示を行うものである。図6(a)及び(b)に示すように、AR表示装置2は、反射型のAR用光学素子1(図3)と、N台の投影装置3とを備える(但し、N≧2)。なお、AR用光学素子1は、第1実施形態と同様のため、説明を省略する(図1図3参照)。
【0050】
投影装置3は、AR用光学素子1に立体像又は指向性を持つ映像を表示させるための要素画像を光線群として投影する一般的なプロジェクタである。本実施形態では、図6(a)に示すように、例えば、3台の投影装置3が角度間隔Δθで水平に円弧状又は直線状に配列されており(N=3)、各投影装置3から入射する光線群の水平方向及び垂直方向の広がり角がΔθ及びΔθとなる。
なお、図6では、AR用光学素子1の中央や両端のみで入射ベクトルθIN及び出射ベクトルθOUTのみ図示したが、実際には、AR用光学素子1の全ての点で入射ベクトルθIN及び出射ベクトルθOUTが存在する。
【0051】
この場合、水平方向では、式(3)の角度幅φをΔθとしてAR用光学素子1を製造すればよい。図6(a)では、入射ベクトルθINは、中心に位置する投影装置3から入射する光線群の方向(入射角)を示す。なお、投影装置3の台数が偶数の場合、中心位置に仮想の投影装置3を仮定するか、中心に位置する2台のうち任意の投影装置3から入射する光線群の方向をθINとすればよい。また、出射ベクトルθOUTは、観察領域の中心位置Uへの方向を示す。垂直方向では、図6(b)に示すように、中心に位置する投影装置3を同様に基準とし、角度幅φ等の算出は第1実施形態と同様なため、説明を省略する。このとき、水平方向と垂直方向それぞれで観察領域の中心位置Uを独立に設けてもよい。このように、AR表示装置2は、このAR用光学素子1をスクリーンとして用いて、水平方向に多数の光線が隙間なく再生されるライトフィールド方式の立体表示や指向性を持つ映像表示が可能となる。
【0052】
[作用・効果]
以上のように、第3実施形態に係るAR表示装置2は、第1実施形態と同様に高輝度な映像表示と背景光の高い透過率とを両立することができる。また、AR用光学素子1が入射する光線群を所望の反射方向に適切な角度間隔、角度幅、本数で反射させるので、第2従来技術のような複数の投影装置3でのクロストークが生じず、画質と光の利用効率を向上させることができる。さらに、AR表示装置2は、1枚のAR用光学素子1を用いて、ライトフィールド方式で立体像や指向性を持つ映像のAR表示を行うことができる。
【0053】
(第4実施形態)
[AR表示装置の構成]
図7を参照し、第4実施形態に係るAR表示装置2Bの構成について、第3実施形態と異なる点を説明する。
第3実施形態では、AR表示装置2が、反射型のAR用光学素子1を備えることとして説明した。その一方、第4実施形態では、AR表示装置2Bが、透過型のAR用光学素子1Bを備える点が、第3実施形態と異なる。
【0054】
図7に示すように、AR表示装置2Bは、透過型のAR用光学素子1B(図5)と、N台の投影装置3とを備える。本実施形態では、図7に示すように、3台の投影装置3が角度間隔Δθで水平に円弧状又は直線状に配列されており(N=3)、各投影装置3から入射する光線の水平方向及び垂直方向の広がり角がΔθ及びΔθとなる。
なお、図7では、AR用光学素子1Bの両端に位置する2点で入射ベクトルθIN及び出射ベクトルθOUTのみ図示したが、実際には、AR用光学素子1Bの全ての点で入射ベクトルθIN及び出射ベクトルθOUTが存在する。
【0055】
この場合、水平方向では、式(3)の角度幅φをΔθとしてAR用光学素子1Bを製造すればよい。図7では、入射ベクトルθINは、中心に位置する投影装置3から入射する光線群の方向(入射角)を示す。なお、投影装置3の台数が偶数の場合、中心位置に仮想の投影装置3を仮定するか、中心に位置する2台のうち任意の投影装置3から入射する光線群の方向をθINとすればよい。また、出射ベクトルθOUTは、観察領域の中心位置Uへの方向を示す。垂直方向では、中心に位置する投影装置3を同様に基準とするため、説明を省略する。このとき、水平方向と垂直方向それぞれで観察領域の中心位置Uを独立に設けてもよい。このように、AR表示装置2Bは、このAR用光学素子1Bをスクリーンとして用いて、水平方向に多数の光線が隙間なく再生されるライトフィールド方式の立体表示や指向性を持つ映像表示が可能となる。
【0056】
[作用・効果]
以上のように、第4実施形態に係るAR表示装置2Bは、第1実施形態と同様に高輝度な映像表示と背景光の高い透過率とを両立することができる。また、AR用光学素子1Bが入射する光線群を所望の反射方向に適切な角度間隔、角度幅、本数で透過するので、第2従来技術のような複数の投影装置3でのクロストークが生じず、画質と光の利用効率を向上させることができる。さらに、AR表示装置2Bは、1枚のAR用光学素子1Bを用いて、ライトフィールド方式で立体像や指向性を持つ映像のAR表示を行うことができる。
【0057】
(第5実施形態)
[AR表示装置の構成]
図8を参照し、第5実施形態に係るAR表示装置2Cの構成について説明する。
図8(a)及び(b)に示すように、AR表示装置2Cは、2次元のAR表示を行うものであり、反射型のAR用光学素子1(図3)と、1台の投影装置3とを備える。
【0058】
ここで、AR表示装置2Cは、1台の投影装置3からの画像をAR用光学素子1に結像する。各点12において、入射ベクトルθINは、1台の投影装置3から入射する光線群の方向(入射角)を示す。また、出射ベクトルθOUTは、ユーザが観察する位置の中心である観察領域の中心位置Uへの方向を示す。
なお、図8では、AR用光学素子1の両端に位置する2点で入射ベクトルθIN及び出射ベクトルθOUTのみ図示したが、実際には、AR用光学素子1の全ての点で入射ベクトルθIN及び出射ベクトルθOUTが存在する。
【0059】
[作用・効果]
以上のように、第5実施形態に係るAR表示装置2Cは、AR用光学素子1を用いるので、光の利用効率を向上させることができる。さらに、AR表示装置2Cは、観察領域の幅W,Wの範囲で、第一従来技術と比べて輝度ムラが改善し、光の利用効率が高くなり、高輝度な映像表示と背景光の高い透過率とを両立することができる。
【0060】
(第6実施形態)
[AR表示装置の構成]
図9を参照し、第6実施形態に係るAR表示装置2Dの構成について、第5実施形態と異なる点を説明する。
第5実施形態では、AR表示装置2Cが、反射型のAR用光学素子1を備えることとして説明した。その一方、第6実施形態では、AR表示装置2Dが、透過型のAR用光学素子1Bを備える点が、第5実施形態と異なる。
【0061】
図9に示すように、AR表示装置2Dは、2次元のAR表示を行うものであり、透過型のAR用光学素子1B(図5)と、1台の投影装置3とを備える。ここで、AR表示装置2Dは、1台の投影装置3からの画像をAR用光学素子1Bに結像する。
なお、図9では、AR用光学素子1Bの両端に位置する2点で入射ベクトルθIN及び出射ベクトルθOUTのみ図示したが、実際には、AR用光学素子1Bの全ての点で入射ベクトルθIN及び出射ベクトルθOUTが存在する。
【0062】
[作用・効果]
以上のように、第6実施形態に係るAR表示装置2Dは、AR用光学素子1Bを用いるので、光の利用効率を向上させることができる。さらに、AR表示装置2Dは、観察領域の幅W,Wの範囲で、第一従来技術と比べて輝度ムラが改善し、光の利用効率が高くなり、高輝度な映像表示と背景光の高い透過率とを両立することができる。
【0063】
以上、本発明の実施形態を詳述してきたが、本発明はこれに限られるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲の設計変更なども含まれる。
例えば、AR用光学素子は平面形状に限らない。
【産業上の利用可能性】
【0064】
例えば、本発明に係るAR用光学素子は、AR用途で需要の高いスマートグラスや車載ヘッドアップディスプレイに利用できる。また、本発明に係るAR用光学素子は、立体映像を表示するデジタルサイネージや方向毎に異なる映像表示や情報提示が求められる多言語ディスプレイや指向性ディスプレイにも利用できる。さらに、本発明に係るAR用光学素子は、特定のユーザのみに映像を表示する必要があるATMなどに組み込まれるセキュリティディスプレイにも利用できる。
【符号の説明】
【0065】
1,1B AR用光学素子
2,2B~2D AR表示装置
3 投影装置
10,10~10 屈折率の周期構造
11,11a,11b 面
12,12B 点
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9