(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-04-05
(45)【発行日】2024-04-15
(54)【発明の名称】音響検査装置及び音響検査方法
(51)【国際特許分類】
G01N 29/12 20060101AFI20240408BHJP
G01N 29/32 20060101ALI20240408BHJP
【FI】
G01N29/12
G01N29/32
(21)【出願番号】P 2020188628
(22)【出願日】2020-11-12
【審査請求日】2023-02-17
(73)【特許権者】
【識別番号】000003078
【氏名又は名称】株式会社東芝
(74)【代理人】
【識別番号】110003708
【氏名又は名称】弁理士法人鈴榮特許綜合事務所
(72)【発明者】
【氏名】江波戸 明彦
(72)【発明者】
【氏名】西村 修
(72)【発明者】
【氏名】後藤 達彦
【審査官】比嘉 翔一
(56)【参考文献】
【文献】特開2001-208733(JP,A)
【文献】特開2012-103034(JP,A)
【文献】特開2001-041940(JP,A)
【文献】特開2003-240764(JP,A)
【文献】特開2010-271116(JP,A)
【文献】特開2015-169435(JP,A)
【文献】特開平11-270800(JP,A)
【文献】特開平07-043351(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N29/00-G01N29/52
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
少なくとも1つのスピーカから検査対象物に向けて加振音を放射する加振音源と、
前記検査対象物の近傍に配置されて前記検査対象物からの放射音を収集する第1のマイクロホンと、前記第1のマイクロホンに対して前記加振音の放射方向に沿った方向において間隔を空けて配置されて前記検査対象物からの放射音を収集する少なくとも1つの第2のマイクロホンとを有するマイク群と、
前記第1のマイクロホンを介して収集された放射音の第1の音圧レベルと、前記第2のマイクロホンを介して収集された第2の音圧レベルとに基づいて前記第1のマイクロホンと前記第2のマイクロホンとの間の第1のインパルス応答を算出する少なくとも1つのインパルス応答算出部と、
前記第1のインパルス応答から前記加振音に相当する成分を除去する少なくとも1つの除去部と、
前記除去部から出力される第2のインパルス応答を周波数特性に変換する周波数変換部と、
前記周波数特性に基づいて前記第1のマイクロホンと前記第2のマイクロホンとの間の
平均音響エネルギーを算出するエネルギー算出部と、
前記
平均音響エネルギーに基づいて前記検査対象物の異常の有無を判定する異常判定部と、 を具備する音響検査装置。
【請求項2】
前記除去部は、前記第1のマイクロホンと前記第2のマイクロホンとの間隔に応じた時間幅に相当するインパルス応答の成分を除去する、
請求項1に記載の音響検査装置。
【請求項3】
前記第2のマイクロホンは、それぞれが前記第1のマイクロホンに対して異なる間隔を有する少なくとも2つの第2のマイクロホンを有し、
前記インパルス応答算出部は、前記第1のマイクロホンを介して収集された放射音の第1の音圧レベルと、それぞれの前記第2のマイクロホンを介して収集された第2の音圧レベルとに基づいて前記第1のマイクロホンとそれぞれの前記第2のマイクロホンとの間の複数の第1のインパルス応答をそれぞれ算出する少なくとも2つのインパルス応答算出部を有し、
前記除去部は、前記第1のマイクロホンとそれぞれの前記第2のマイクロホンとの間隔に応じた時間幅に相当する前記インパルス応答の成分を除去する少なくとも2つの除去部を有する、
請求項2に記載の音響検査装置。
【請求項4】
前記第1のインパルス応答から変換された周波数特性である第1の周波数特性と前記第2のインパルス応答から変換された周波数特性である第2の周波数特性とのゲインの差に基づいて前記除去部における除去が高い信頼性で行われている帯域である第1の信頼区間を抽出する第1の信頼区間抽出部をさらに具備し、
前記エネルギー算出部は、前記第2の周波数特性のうちの前記第1の信頼区間の帯域において前記
平均音響エネルギーを算出する、
請求項2又は3に記載の音響検査装置。
【請求項5】
前記第1の信頼区間抽出部は、前記第1の周波数特性と前記第2の周波数特性との前記ゲインの差が10dB以上である帯域を前記第1の信頼区間として抽出する、
請求項4に記載の音響検査装置。
【請求項6】
前記除去部における除去が行われる前の周波数特性に基づいて算出された第1の
平均音響エネルギーと前記除去部における除去が行われた後の周波数特性に基づいて算出された第2の
平均音響エネルギーとのゲインの差に基づいて前記除去部における除去が高い信頼性で行われている時間幅である第2の信頼区間を抽出する第2の信頼区間抽出部をさらに具備し、
前記エネルギー算出部は、前記除去が前記第2の信頼区間で行われている前記周波数特性に基づいて前記
平均音響エネルギーを算出する、
請求項2乃至5の何れか1項に記載の音響検査装置。
【請求項7】
前記第2の信頼区間抽出部は、前記第1の
平均音響エネルギーと前記第2の
平均音響エネルギーとのゲインの差が10dB以上である時間幅を前記第2の信頼区間として抽出する、
請求項6に記載の音響検査装置。
【請求項8】
前記加振音源は、前記加振音の放射方向に沿った方向において間隔を空けて配置された少なくとも2つのスピーカから前記加振音を放射し、
それぞれの前記スピーカからの前記加振音が同期するようにそれぞれのスピーカからの前記加振音の放射タイミングを遅延させる少なくとも1つの遅延部と、
前記第1のマイクロホンを介して収集された放射音の第1の音圧レベルと、前記第2のマイクロホンを介して収集された第2の音圧レベルとに基づいて算出される伝達関数において前記遅延によって表れるピークを検知するノッチ判別部と、
前記ピークに基づいて前記
平均音響エネルギーの算出に用いられる前記周波数特性を補正する補正部と、
をさらに具備する請求項1乃至7の何れか1項に記載の音響検査装置。
【請求項9】
少なくとも1つのスピーカから検査対象物に向けて加振音を放射することと、
前記検査対象物の近傍に配置されて前記検査対象物からの放射音を収集する第1のマイクロホンを介して収集された放射音の第1の音圧レベルと、前記第1のマイクロホンに対して前記加振音の放射方向に沿った方向において間隔を空けて配置されて前記検査対象物からの放射音を収集する第2のマイクロホンを介して収集された第2の音圧レベルとに基づいて前記第1のマイクロホンと前記第2のマイクロホンとの間の第1のインパルス応答を算出することと、
前記第1のインパルス応答から前記加振音に相当する成分を除去することと、
前記除去がされた後の第2のインパルス応答を周波数特性に変換することと、
前記周波数特性に基づいて前記第1のマイクロホンと前記第2のマイクロホンとの間の
平均音響エネルギーを算出することと、
前記
平均音響エネルギーに基づいて前記検査対象物の異常の有無を判定することと、
を具備する音響検査方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
実施形態は、音響検査装置及び音響検査方法に関する。
【背景技術】
【0002】
検査対象物の異常を、音響波を利用して非破壊で検査するための技術が提案されてきている。このような技術では、検査対象物に向けて加振音を放射し、検査対象物からの放射音を収集することで異常の検査が行われる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
実施形態は、音響波を利用した簡易な構成で検査対象物の異常を検査できる音響検査装置及び音響検査方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0005】
実施形態の音響検査装置は、加振音源と、マイク群と、インパルス応答算出部と、除去部と、周波数変換部と、エネルギー算出部と、異常判定部とを有する。加振音源は、少なくとも1つのスピーカから検査対象物に向けて加振音を放射する。マイク群は、検査対象物の近傍に配置されて検査対象物からの放射音を収集する第1のマイクロホンと、第1のマイクロホンに対して加振音の放射方向に沿った方向において間隔を空けて配置されて検査対象物からの放射音を収集する少なくとも1つの第2のマイクロホンとを有する。インパルス応答算出部は、第1のマイクロホンを介して収集された放射音の第1の音圧レベルと、第2のマイクロホンを介して収集された第2の音圧レベルとに基づいて第1のマイクロホンと第2のマイクロホンとの間の第1のインパルス応答を算出する。除去部は、第1のインパルス応答から加振音に相当する成分を除去する。周波数変換部は、除去部から出力される第2のインパルス応答を周波数特性に変換する。エネルギー算出部は、周波数特性に基づいて第1のマイクロホンと第2のマイクロホンとの間の平均音響エネルギーを算出する。異常判定部は、平均音響エネルギーに基づいて検査対象物の異常の有無を判定する。
【図面の簡単な説明】
【0006】
【
図1】
図1は、第1の実施形態に係る音響検査装置の構成の一例を示す図である。
【
図2】
図2は、加振音の除去前後でのインパルス応答と周波数特性をそれぞれ示す図である。
【
図3】
図3は、音響検査装置の動作原理を説明するための図である。
【
図4】
図4は、第1の実施形態に係る音響検査装置の動作を示すフローチャートである。
【
図5】
図5は、第2の実施形態に係る音響検査装置の構成の一例を示す図である。
【
図6A】
図6Aは、振動放射音の発生タイミングの一例を示す図である。
【
図6B】
図6Bは、振動放射音の発生タイミングの別の例を示す図である。
【
図7】
図7は、信頼区間の抽出の概念を示す図である。
【
図8】
図8は、第2の実施形態に係る音響検査装置の動作を示すフローチャートである。
【
図9】
図9は、第2の実施形態の音響検査装置によってき裂を含む検査対象物に対して加振音を放射し、き裂からの放射音を収集した後の加振音の除去前後の周波数特性の実測結果を示す図である。
【
図10A】
図10Aは、収集された放射音に基づいてある時間幅で加振音が除去されたときの周波数特性の実測結果を示す図である。
【
図10B】
図10Bは、収集された放射音に基づいて別の時間幅で加振音が除去されたときの周波数特性の実測結果を示す図である。
【
図12】
図12は、除去の時間幅の信頼区間について説明するための図である。
【
図13】
図13は、第3の実施形態に係る音響検査装置の構成の一例を示す図である。
【
図14】
図14は、空間干渉ノッチについて説明するための図である。
【
図15】
図15は、遅延処理によって伝達関数に現れる音圧レベルの差を示す図である。
【
図16】
図16は、マイク間隔が拡げられることで現れる空間干渉ノッチの存在を加振音の遅延処理によって伝達関数の周波数特性に表した結果を示す図である。
【
図17】
図17は、実際に2つのスピーカを20cm離して、検査対象物から2.5cmの位置に設置した第1のマイクにおいて加振音の位相が同位相になるように距離分だけ加振音の放射タイミングを遅延させた実測結果を示す図である。
【
図18】
図18は、第3の実施形態に係る音響検査装置の動作を示すフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0007】
[第1の実施形態]
以下、図面を参照して実施形態を説明する。
図1は、第1の実施形態に係る音響検査装置の構成の一例を示す図である。第1の実施形態における音響検査装置は、加振音源101と、スピーカ102と、マイク群と、処理部104と、メモリ105と、ディスプレイ106とを有している。この音響検査装置は、検査対象物Oに向けて加振音を放射し、検査対象物Oからの放射音を収集することで検査対象物Oにおける異常の有無を検査する。検査対象物Oにおける異常は、例えば検査対象物Oに発生したき裂Cである。
【0008】
加振音源101は、検査対象物Oに対して放射される加振音を発生させるための音響加振信号を生成する音源である。加振音は、例えば1点の打音でよい。音響加振信号は、任意の手法で生成されてよい。
【0009】
スピーカ102は、検査対象物Oに対して向き合うように配置され、加振音源101から入力された音響加振信号に従って検査対象物Oに加振音を放射する。加振音により、検査対象物Oは、全体としてD方向に振動し、この振動に伴って検査対象物Oからは放射音が放射される。
【0010】
マイク群は、加振音の放射方向に沿って間隔を有するように配置された少なくとも2本のマイクロホン(マイク)である。第1のマイク103aは、検査対象物Oから2.5cmといった、検査対象物Oの近傍に配置される基準のマイクである。第2のマイク103bは、第1のマイク103aに対して間隔を空けて配置されたマイクである。第1のマイク103a及び第2のマイク103bは、それぞれ、検査対象物Oからの放射音を収集し、収集した放射音を電気信号に変換して処理部104に出力する。
【0011】
処理部104は、CPU、ASIC、FPGA又はDSP等のデジタル信号処理器を有しており、音響検査装置に関わる各種の処理を行う。処理部104は、単一のCPU等で構成されていてもよいし、複数のCPU等で構成されていてもよい。処理部104は、例えばメモリ105に記憶されている音響検査プログラムを実行することによって、インパルス応答算出部1041と、除去部1042と、周波数変換部1043と、平均エネルギー算出部1044と、異常判定部1045として動作する。
【0012】
インパルス応答算出部1041は、第1のマイク103aを介して収集される音響信号と第2のマイク103bを介して収集される音響信号のそれぞれをサンプリング周波数に従ってサンプリングする。そして、インパルス応答算出部1041は、第1のマイク103aを介して収集される第1の音圧レベルと第2のマイク103bを介して収集される音響信号に基づく第2の音圧レベルとに基づいて、第1のマイク103aと第2のマイク103bとの間のインパルス応答を算出する。例えば、インパルス応答算出部1041は、畳み込み演算を用いた適応同定処理により、インパルス応答を算出する。
【0013】
除去部1042は、インパルス応答算出部1041で算出されたインパルス応答のうち、加振音Nの成分を除去して検査対象物Oのき裂Cの振動に伴う振動放射音Sの成分を抽出する。
図2は、加振音の除去前後でのインパルス応答と周波数特性をそれぞれ示している。
図2に示すように、インパルス応答算出部1041で収集されるインパルス応答には、破線で示される加振音の成分と実線で示される振動放射音の成分が含まれる。このため、インパルス応答に基づいて算出される周波数特性も、加振音の周波数特性と振動放射音の周波数特性の両方を含むことになる。検査対象物Oのき裂Cの振動に伴う振動放射音は、加振音に比べて微弱である。つまり、加振音は、振動放射音を励起するためには必要であるが、検査対象物Oの異常の判定のためには不要なノイズである。このため、除去部1042は、ノイズとなる加振音Nの成分を除去する。ここで、第1のマイク103a及び第2のマイク103bで収集される加振音Nは、スピーカ102からの直接波Ndの成分と、検査対象物Oからの反射波Nrの成分とを含む。直接波Ndの成分は、第1のマイク103aの設定又は適応同定処理によって除去され得る。一方、検査対象物Oからの反射波Nrの成分は、例えばインパルス応答の最大ピークを検出し、インパルス応答における、最大ピークを含む所定の時間幅の成分、すなわち時間幅相当のサンプリング点数分を除去することで除去され得る。除去部1042は、このようなインパルス応答における、最大ピークを含む所定の時間幅の成分を除去する処理をする。
図2のインパルス応答で示すように、振動放射音Sの残響は加振音N(=Nd+Nr)に比べて長い。したがって、インパルス応答における所定の時間幅の成分が除去されることにより、除去部1042から出力されるインパルス応答に基づいて算出される周波数特性は、振動放射音Sの周波数特性だけを含むことになる。後で説明するように、異常があるときと異常がないときとでは振動放射音の周波数特性に違いが生じることから、この違いにより、異常の有無が判定され得る。
【0014】
周波数変換部1043は、除去部1042から出力されるインパルス応答を周波数特性に変換する。例えば、周波数変換部1043は、FFT(Fast Fourier Transformation)を用いてインパルス応答を周波数特性に変換する。
【0015】
平均エネルギー算出部1044は、周波数変換部1043から出力された周波数特性における全域のゲインに基づいて第1のマイク103aと第2のマイク103bとの間の平均音響エネルギーを算出する。
【0016】
異常判定部1045は、平均エネルギー算出部1044で算出された平均音響エネルギーに基づいて検査対象物Oにおける異常の有無及び異常があるときにはその異常の進展の度合いを判定する。例えば、異常判定部1045は、検査対象物Oと同様の検査対象物において異常があるときの平均音響エネルギーの閾値を記憶している。異常判定部1045は、平均エネルギー算出部1044で算出された平均音響エネルギーと閾値とを比較することによって、異常の有無を判定する。同様に、検査対象物Oと同様の検査対象物において異常が進展しているときの平均音響エネルギーの閾値を記憶している。異常判定部1045は、平均エネルギー算出部1044で算出された平均音響エネルギーと閾値とを比較することによって、異常の進展の度合いを判定する。
【0017】
メモリ105は、ROM及びRAMである。ROMは、音響検査装置の起動プログラム、処理部104によって実行される音響検査プログラムといった各種のプログラムを記憶している。RAMは、処理部104における各種の演算等の際の作業メモリとして用いられ得る。
【0018】
ディスプレイ106は、液晶ディスプレイ及び有機ELディスプレイといったディスプレイであり、各種の画像を表示する。例えば、ディスプレイ106は、異常判定部1045による異常の有無及びその進展の度合いの判定結果を表示する。
【0019】
以下、第1の実施形態の音響検査装置の動作を説明する。まず、音響検査装置の動作原理を説明する。
図3は、音響検査装置の動作原理を説明するための図である。検査対象物Oに向けて加振音を放射したとき、検査対象物Oは全体としてD方向に振動する。このとき、検査対象物Oの異常、例えばき裂Cの無い箇所は一様にD方向に振動する。一方、き裂Cの箇所については、
図3に示すように、き裂Cの部位とその周辺は、他の部位のような板共振によるモード振動とは違い、局所的で不連続、かつ、非対称な振動場を有する。このようなき裂Cの振動は、
図3で示すような、数mmサイズの多数の振動要素Ei(i=1,2,…,N)が2次元平板に分布し、それぞれの振動要素Eiが異なる複素振幅で振動しているモデルで表される。実施形態の音響検査装置は、このようなモデルの振動に基づく放射音を検知する。
【0020】
このために、第1の実施形態の音響検査装置は、加振音の放射方向、すなわち放射音の放射方向に沿って間隔を空けて配置された2本のマイクである第1のマイク103aと、第2のマイク103bによって検査対象物Oからの放射音を検知する。
【0021】
ここで、第1のマイク103a、103bでそれぞれ検知される振動要素Eiから放射された放射音の音圧レベル(最大音圧レベル)をP1、P2とすると、第1のマイク103aと第2のマイク103bとの間の伝達関数Gは、以下の(式1)によって表される。また、振動要素Eiから第1のマイク103aまでの距離をr1iとし、振動要素Eiから第2のマイク103bまでの距離をr2iとし、振動要素Eiにおける体積速度(=振動要素Eiにおける振動速度vi×振動要素Eiの面積si)をqiとしたとき、音圧レベルP1、P2は、それぞれ、以下の(式2)、(式3)で表される。ここで、(式1)の*(アスタリスク)は、複素共役を表す記号である。
【数1】
ここで、(式1)、(式2)、(式3)の関係を整理すると、伝達関数Gは、以下の(式4)で表すことができる。(式4)のαiは、振動要素Eiにおける複素振幅である。振動要素の一端である振動要素E1における体積速度をq1としたとき、qi、αi、q1は、qi=αi×q1の関係を有する。また、β1iは、距離r1iが関連した伝搬パス比による係数である。β2iは、距離r2iが関連した伝搬パス比による係数である。β1i及びβ2iはそれぞれ以下の(式5)、(式6)の関係を有する。また、(式4)のΔrは、Δr=r21-r11である。(式5)のΔr1iは、Δr1i=r1i-r11である。(式6)のΔr2iは、Δr2i=r2i-r21である。
【数2】
ここで、き裂の有無及び深さの違い等によって振動要素Eiが振動しやすくなれば、その分だけ体積速度qiが増加する。したがって、αiが増加する。さらに、き裂のサイズや進展によっては、その放射位置も変化し、β1iとβ2iが変化する。
【0022】
このように、間隔を空けて配置された2本のマイク間の伝達関数Gは、き裂の有無及びその進展の度合いによる振動放射音に応じて変化し得る。したがって、伝達関数Gを測定することにより、き裂の有無及びその進展の度合いが判定され得る。つまり、実施形態の音響検査装置は、振動要素からの放射音を間隔の異なる2本のマイクで収集することによってき裂の有無及びその進展がマイク間の伝達関数の変化として現れることを利用して、き裂の有無及びその進展の度合いを判定するように構成されている。さらに、実施形態の音響検査装置は、伝達関数をインパルス応答として測定し、このインパルス応答において加振音の成分を除去することで、加振音に埋もれている微弱な放射音の成分を抽出するように構成されている。
【0023】
ここで、
図3では、検査対象物Oは、き裂Cである。実施形態の音響検査装置は、き裂Cと同様の原理に基づいて、ねじ等における軸力低下も検知し得る。
【0024】
また、実施形態では、検査対象物Oからの放射音が間隔の異なる2本のマイクで収集される。ここで、伝達関数Gの変化は、マイク間隔が拡大するほど大きくなる。したがって、マイク間隔は、適当な間隔に広げられてよい。さらには、間隔の異なる複数の第2のマイクが配置されてもよい。
【0025】
図4は、第1の実施形態に係る音響検査装置の動作を示すフローチャートである。
図4の処理は、主に処理部104によって行われる。
【0026】
ステップS1において、加振音源101は、検査対象物Oに対して加振音を放射する。
【0027】
ステップS2において、第1のマイク103a及び第2のマイク103bは、集音を実施する。
【0028】
ステップS3において、処理部104は、第1のマイク103a及び第2のマイク103bでそれぞれ収集される音響信号の音圧レベルに基づき、第1のマイク103aと第2のマイク103bとの間のインパルス応答を算出する。
【0029】
ステップS4において、処理部104は、算出したインパルス応答における加振音の成分を除去する。
【0030】
ステップS5において、処理部104は、例えばFFTにより、加振音の成分が除去されたインパルス応答を周波数特性に変換する。
【0031】
ステップS6において、処理部104は、周波数特性から第1のマイク103aと第2のマイク103bとの間の平均音響エネルギーを算出する。
【0032】
ステップS7において、処理部104は、例えば算出した平均音響エネルギーを閾値と比較することで検査対象物Oにおける異常の有無及びその進展の度合いを判定する。
【0033】
ステップS8において、処理部104は、異常の有無及びその進展の度合いの判定結果を異常の診断結果として例えばディスプレイ106に出力する。
【0034】
以上説明したように実施形態によれば、検査対象物の異常を検査する音響検査装置において、加振音の放射方向に沿って間隔を空けて配置された2本のマイクを用いて検査対象物からの放射音が収集される。これにより、き裂の有無及びその進展がマイク間の伝達関数の変化として現れるため、2本のマイクを用いるだけという簡易な構成でき裂の有無及びその進展の度合いが判定され得る。
【0035】
[第2の実施形態]
次に、第2の実施形態を説明する。
図5は、第2の実施形態に係る音響検査装置の構成の一例を示す図である。第2の実施形態における音響検査装置は、第1の実施形態と同様に、加振音源101と、スピーカ102と、マイク群と、処理部104と、メモリ105と、ディスプレイ106とを有している。ここで、第2の実施形態においては、第1の実施形態と異なる部分について主に説明する。第2の実施形態において第1の実施形態と同様の部分については説明を省略又は簡略化する。
【0036】
第2の実施形態では、マイク群は、第1のマイク103aと、2本の第2のマイク103b、103cとを有する。第1のマイク103aは、検査対象物Oから2.5cmといった、検査対象物Oの近傍に配置される基準のマイクである。第2のマイク103b、103cは、第1のマイク103aに対して加振音の放射方向、すなわち放射音の放射方向に沿って異なる間隔を空けて配置されたマイクである。つまり、第2のマイク103cは、第1のマイク103aに対して第2のマイク103bよりもさらに広い間隔を空けて配置されたマイクである。前述したように、伝達関数の変化は、マイク間隔が広がるほどに大きくなる。したがって、第1のマイク103aと第2のマイク103cとの間の伝達関数の変化は、第1のマイク103aと第2のマイク103bとの間の伝達関数の変化よりも大きい。
【0037】
第2の実施形態の処理部104は、例えばメモリ105に記憶されている音響検査プログラムを実行することによって、インパルス応答算出部1041a、1041bと、除去部1042a、1042bと、周波数変換部1043と、信頼区間抽出部1046と、平均エネルギー算出部1044と、異常判定部1045として動作する。
【0038】
インパルス応答算出部1041aは、第1のマイク103aを介して収集される音響信号に基づく第1の音圧レベルと第2のマイク103bを介して収集される音響信号に基づく第2の音圧レベルとに基づいて、第1のマイク103aと第2のマイク103bとの間のインパルス応答を算出する。インパルス応答算出部1041bは、第1のマイク103aを介して収集される音響信号に基づく第1の音圧レベルと第2のマイク103cを介して収集される音響信号に基づく第2の音圧レベルとに基づいて、第1のマイク103aと第2のマイク103cとの間のインパルス応答を算出する。
【0039】
除去部1042aは、インパルス応答算出部1041aで算出されたインパルス応答のうち、加振音の成分を除去して検査対象物Oのき裂Cの振動に伴う振動放射音の成分を抽出する。除去部1042bは、インパルス応答算出部1041bで算出されたインパルス応答のうち、加振音の成分を除去して検査対象物Oのき裂Cの振動に伴う振動放射音の成分を抽出する。すなわち、除去部1042aは、第1のマイク103aと第2のマイク103bとの間隔に応じた除去の時間幅で加振音の成分を除去する。また、除去部1042bは、第1のマイク103aと第2のマイク103cとの間隔に応じた除去の時間幅で加振音の成分を除去する。除去の仕方は、除去部1042と同じでよい。
【0040】
第1の実施形態でも説明したように、マイクで収集される加振音Nは、スピーカ102からの直接波Ndの成分と、検査対象物Oからの反射波Nrの成分とを含む。ここで、加振音の反射波Nrは、振動放射音と同じ方向からかつほぼ同じタイミングでそれぞれのマイクに進入する。つまり、振動放射音と加振音の反射波とは、同じ時間帯に混在している。したがって、単純に加振音の反射波が除去されると、振動放射音の一部も除去される可能性がある。振動放射音の一部が除去されてしまうことにより、結果として、異常の判定の精度も低下する。
【0041】
さらに、
図6A及び
図6Bに示すように、振動放射音の発生タイミングは、加振音の放射のたびに変化し得る。したがって、一律的に除去の時間幅を決めることは望ましくない。そこで、実施形態ではマイク間隔に応じた除去の時間幅の異なる2つの除去部によって加振音が除去される。
【0042】
ここで、第2の実施形態では、マイク間隔の異なる複数の第2のマイクが予め用意されている。これに対し、1つの第2のマイクだけが用意され、第1のマイクとこの1つの第2のマイクとの間隔が変えられて複数回の検査が実施されてもよい。この場合、除去部は、第1のマイクと第2のマイクとのマイク間隔に応じて除去の時間幅を設定する。
【0043】
周波数変換部1043は、除去部1042a及び除去部1042bのそれぞれから出力されるインパルス応答を周波数特性に変換する。また、第2の実施形態においては、周波数変換部1043は、インパルス応答算出部1041aで算出されたインパルス応答及びインパルス応答算出部1041bで算出されたインパルス応答も周波数特性に変換する。
【0044】
信頼区間抽出部1046は、周波数変換部1043で変換された周波数特性における信頼区間を抽出する。信頼区間は、除去部1042a及び除去部1042bにおける除去が高い信頼性で行われている帯域である。言い換えれば、信頼区間は、除去部1042a及び除去部1042bにおける除去が行われた際に振動放射音の成分が除去されない帯域である。
【0045】
図7は、信頼区間の抽出の概念を示す図である。実施形態では、信頼区間は、除去部による加振音の除去前後の周波数特性を比較することで判定され得る。ここで、
図7の破線は除去前の周波数特性を示している。また、
図7の実線は除去後の周波数特性を示している。前述したように、除去前の周波数特性は、加振音(直接波Nd+反射波Nr)の特性と振動放射音Sの特性の両方を含んでいる。これに対し、除去後の周波数特性は、振動放射音Sの特性だけを含む。したがって、除去前に対して除去後のゲインの低下量が大きい帯域は、除去前の周波数特性における振動放射音の寄与の少ない帯域であると言える。つまり、このような帯域は、除去前の周波数特性が実質的に加振音(直接波Nd+反射波Nr)の成分だけを含んでいると言える。したがって、このような帯域では、加振音の除去後においても振動放射音の成分は殆ど除去されない。実施形態では、除去前後のゲインの差が10dB以上である帯域が信頼区間である。信頼区間抽出部1046は、周波数変換部1043で変換された除去部1042aにおける除去前後の周波数特性におけるゲインの差が10dB以上である帯域と、周波数変換部1043で変換された除去部1042bにおける除去前後の周波数特性におけるゲインの差が10dB以上である帯域とをそれぞれ信頼区間として抽出する。なお、ゲインの差の閾値は10dBに限定されるものではない。
【0046】
平均エネルギー算出部1044は、信頼区間抽出部1046で抽出された周波数応答の信頼区間におけるゲインに基づいて第1のマイク103aと第2のマイク103bとの間の平均音響エネルギー及び第1のマイク103aと第2のマイク103cとの間の平均音響エネルギーをそれぞれ算出する。
【0047】
異常判定部1045は、平均エネルギー算出部1044で算出された平均音響エネルギーに基づいて検査対象物Oにおける異常の有無及び異常があるときにはその異常の進展の度合いを判定する。異常判定部1045は、第1のマイク103aと第2のマイク103bとの間の平均音響エネルギー及び第1のマイク103aと第2のマイク103cとの間の平均音響エネルギーの両方を用いて判定をしてもよいし、一方のみを用いて判定をしてもよい。一方のみを用いる場合には、異常判定部1045は、例えばより信頼区間の広い方又はより平均音響エネルギーの高い方を用いて判定をしてよい。
【0048】
図8は、第2の実施形態に係る音響検査装置の動作を示すフローチャートである。
図8の処理は、主に処理部104によって行われる。
【0049】
ステップS101において、加振音源101は、検査対象物Oに対して加振音を放射する。
【0050】
ステップS102において、第1のマイク103a及び第2のマイク103b、103cは、集音を実施する。
【0051】
ステップS103において、処理部104は、第1のマイク103a及び第2のマイク103bでそれぞれ収集される音響信号の音圧レベルに基づき、第1のマイク103aと第2のマイク103bとの間のインパルス応答を算出する。また、処理部104は、第1のマイク103a及び第2のマイク103cでそれぞれ収集される音響信号の音圧レベルに基づき、第1のマイク103aと第2のマイク103cとの間のインパルス応答を算出する。
【0052】
ステップS104において、処理部104は、算出したそれぞれのインパルス応答における加振音の成分を除去する。
【0053】
ステップS105において、処理部104は、例えばFFTにより、加振音の成分が除去されたそれぞれのインパルス応答を周波数特性に変換する。また、処理部104は、加振の成分が除去される前のそれぞれのインパルス応答を周波数特性に変換する。
【0054】
ステップS106において、処理部104は、除去前後の周波数特性を比較することにより信頼区間を抽出する。
【0055】
ステップS107において、処理部104は、第1のマイク103aと第2のマイク103bとの間のインパルス応答の周波数特性の信頼区間におけるゲインを用いて第1のマイク103aと第2のマイク103bとの間の平均音響エネルギーを算出する。また、処理部104は、第1のマイク103aと第2のマイク103cとの間のインパルス応答の周波数特性の信頼区間におけるゲインを用いて第1のマイク103aと第2のマイク103cとの間の平均音響エネルギーを算出する。
【0056】
ステップS108において、処理部104は、例えば算出した平均音響エネルギーを閾値と比較することで検査対象物Oにおける異常の有無及びその進展の度合いを判定する。
【0057】
ステップS109において、処理部104は、異常の有無及びその進展の度合いの判定結果を異常の診断結果として例えばディスプレイ106に出力する。
【0058】
以上説明したように第2の実施形態によれば、マイク間隔が広げられたマイクが予め用意されていることにより、より多くの振動放射音の情報を取得することができる。また、マイク間隔に応じた除去の時間幅で加振音の除去が行われることで振動放射音の発生タイミングが異なる場合であっても加振音だけが選択的に除去され得る。結果として除去の精度が向上し、異常の判定の精度も向上する。さらに、除去前後の周波数特性の比較によって信頼区間が抽出される。これにより、除去が信頼性高く行われたか否かの確認も行われ得る。結果として除去の精度が向上し、異常の判定の精度も向上する。
【0059】
図9は、第2の実施形態の音響検査装置によってき裂を含む検査対象物に対して加振音を放射し、き裂からの放射音を収集した後の加振音の除去前後の周波数特性の実測結果を示している。除去前の周波数特性は、正常、き裂、き裂進展の何れもほぼ同じ特性を示す。除去前の周波数特性は、加振音の特性に相当するものである。一方、除去後の周波数特性においては、加振音が除去されることによって振動放射音の特性が現れる。
図9の7kHzから9kHzの付近の帯域では10dBのレベル差がある。この7kHzから9kHzの付近の帯域が信頼区間である。一方、破線枠の帯域は10dBのレベル差がない帯域である。このような帯域では加振音の除去に伴って振動放射音も除去されてしまう。このような帯域は、異常の判定には使用されないことが望ましい。
【0060】
また、
図10A及び
図10Bは、収集された放射音に基づいて異なる除去の時間幅で加振音が除去されたときの周波数特性の実測結果を示している。
図10AのAの帯域は10dBのレベル差がある帯域である。したがって、異常の判定に使用できる。しかしながら、
図10AのAの帯域では、正常とき裂との差異が現れていない。つまり、
図10Aの例は、除去の時間幅に含まれる時間において振動放射音の成分が殆ど含まれていなかったことを示している。一方、
図10BのBの帯域も10dBのレベル差がある帯域である。したがって、異常の判定に使用できる。そして、
図10BのBの帯域では、正常とき裂との差異が現れているがわかる。このように、マイク間隔に応じて除去の時間幅が調整されることにより、振動放射音の成分だけが適切に抽出され得る。
【0061】
図11は、き裂ではなく、軸力低下での実測結果を示している。振動放射音の変化により、破線枠Cで示す帯域において軸力の違いによる周波数特性の差異が現れているのがわかる。
【0062】
ここで、第2の実施形態では、信頼区間は、周波数帯域における信頼区間であるとしている。これに加えて、信頼区間は、除去の時間幅における信頼区間を含んでもよい。
図12は、除去の時間幅の信頼区間について説明するための図である。
図12の横軸は除去の時間幅を示し、
図12の縦軸は、横軸の範囲で除去がされた後の全域の平均音響エネルギーを示している。また、
図12の細線は除去前の時間幅毎の平均音響エネルギーを示し、
図12の太線は除去後の時間幅毎の平均音響エネルギーを示している。なお、除去前の時間幅毎の平均音響エネルギーは除去がされないために一定値である。また、前述したように、除去の時間幅が短いほど、インパルス応答における初期のインパルスピークの周辺だけが除去される。一方、除去の時間幅が長くなるほど、インパルス応答における後続の残響波の成分までが除去される。このとき、除去の前後での平均音響エネルギーの差が10dB以下になっている除去の時間幅については、加振音に加えて振動放射音も除去されている可能性が高い。したがって、
図12に示すように、除去の前後での平均音響エネルギーの差が10dB以上である時間幅も信頼区間とされてよい。この場合には、信頼区間抽出部1046は、信頼区間の除去の時間幅で除去が行われている周波数特性のみを平均エネルギー算出部1044に出力するように構成されていてよい。
【0063】
信頼区間抽出部1046は、周波数帯域の信頼区間を判定した後で除去の時間幅の信頼区間をさらに判定してよい。また、信頼区間抽出部1046は、周波数帯域の信頼区間を判定せずに、除去の時間幅の信頼区間を判定してよい。
【0064】
また、第2の実施形態では、第2のマイクは、2本のマイクである。第2のマイクは、異なる間隔を有して配置される3本以上のマイクであってもよい。これに伴い、インパルス応答算出部及び除去部も3つ以上あってもよい。また、周波数変換部、信頼区間抽出部、及び平均エネルギー算出部も第2のマイクの数だけあってもよい。
【0065】
[第3の実施形態]
次に、第3の実施形態を説明する。
図13は、第3の実施形態に係る音響検査装置の構成の一例を示す図である。第3の実施形態における音響検査装置は、加振音源101と、スピーカ群と、遅延部108a、108bと、マイク群と、処理部104と、メモリ105と、ディスプレイ106とを有している。ここで、第3の実施形態においては、第2の実施形態と異なる部分について主に説明する。第3の実施形態において第2の実施形態と同様の部分については説明を省略又は簡略化する。
【0066】
第3の実施形態では、1つのスピーカ102に代えて、3つのスピーカ102a、102b、102cが配置される。3つのスピーカ102a、102b、102cは、加振音の放射方向に沿って間隔を空けて配置されたスピーカである。
図13では、スピーカ102c、102b、102aの順で検査対象物Oから近い位置に配置されている。3つのスピーカが配置されることにより、振動放射音の励起力が高くなることが期待される。なお、
図13では、スピーカの数は3つであるが、スピーカの数は2つであってもよいし、4つ以上であってもよい。
【0067】
遅延部108aは、スピーカ102bにおける加振音の放射タイミングを遅延させる。遅延部108bは、スピーカ102cにおける加振音の放射タイミングを遅延させる。遅延部108a及び108bは、例えば加振音源101からの音響加振信号を遅延させる遅延回路であってよい。
【0068】
第3の実施形態では、マイク群は、第1のマイク103aと第2のマイク103bとを有する。第2の実施形態と同様に、マイク群は、第1のマイク103aと、第2のマイク103b、103cとを有していてもよい。
【0069】
第3の実施形態の処理部104は、例えばメモリ105に記憶されている音響検査プログラムを実行することによって、インパルス応答算出部1041と、除去部1042と、周波数変換部1043と、信頼区間抽出部1046と、ノッチ判別部1047と、補正部1048と、平均エネルギー算出部1044と、異常判定部1045として動作する。
【0070】
インパルス応答算出部1041は、第1のマイク103aを介して収集される音響信号に基づく第1の音圧レベルと、第2のマイク103bを介して収集される音響信号に基づく第2の音圧レベルとに基づいて第1のマイク103aと第2のマイク103bとの間のインパルス応答を算出する。
【0071】
除去部1042は、インパルス応答算出部1041で算出されたインパルス応答のうち、加振音の成分を除去して検査対象物Oの振動に伴う振動放射音の成分を抽出する。
【0072】
周波数変換部1043は、除去部1042から出力されるインパルス応答を周波数特性に変換する。また、周波数変換部1043は、インパルス応答算出部1041で算出されたインパルス応答も周波数特性に変換する。
【0073】
信頼区間抽出部1046は、周波数変換部1043で変換された周波数特性における信頼区間を抽出する。
【0074】
ノッチ判別部1047は、マイクで収集される音響信号に基づき、加振音において空間干渉ノッチが発生している帯域である不感帯を判別する。
【0075】
図14は、空間干渉ノッチについて説明するための図である。ここで、
図14の(a)は、所定のマイク間隔での第1のマイク103aと第2のマイク103bとの間の伝達関数の特性を示している。
図14の(b)は、
図14の(a)のマイク間隔で第1のマイク103a及び103bで収集される音響信号が表す音圧の周波数特性を示している。P11は、第1のマイク103aで収集される加振音Nの音圧レベルを示す。P12は、第2のマイク103bで収集される加振音Nの音圧レベルを示す。P21は、第1のマイク103aで収集される振動放射音Sの音圧レベルを示す。P22は、第2のマイク103bで収集される振動放射音Sの音圧レベルを示す。
図14の(c)は、(a)よりも拡げられたマイク間隔での第1のマイク103aと第2のマイク103bとの間の伝達関数の周波数特性を示している。
図14の(d)は、
図14の(c)のマイク間隔で第1のマイク103a及び103bで収集される音響信号が表す音圧の周波数特性を示している。
【0076】
図14の(a)と
図14の(c)の比較からも明らかなように、マイク間隔が広げられることにより、伝達関数の変化が大きくなる。ここで、加振音における一部の帯域の音圧レベルは、2本のマイク間の干渉による空間干渉ノッチの影響で低下する。加振音の音圧レベルが低下している帯域では、加振音の除去前後のゲインの差が10dB以上とならない可能性が高くなる。ここで、
図14の(b)と(d)の比較からも明らかなように、マイク間隔が広げられることにより、空間干渉ノッチによる加振音の音圧レベルの低下がより大きくなる。
【0077】
ここで、第3の実施形態では複数のスピーカ102a、102b、102cを用いることで振動放射音の励起力が向上されている。この際に、遅延部108a及び108bは、それぞれのスピーカから第1のマイク103aに到来する加振音の振幅及び位相が一致するように加振音の放射のタイミングを遅延させる。このとき、第1のマイク103aと第2のマイク103bとの間の加振音の伝達関数の周波数特性における特定の帯域において、
図15の(a)の丸枠で示すように2つのマイクの音圧レベルの差が現れる。この丸枠で示した音圧レベルの差が生じる帯域は、加振音の空間干渉ノッチが発生する帯域と一致する。ノッチ判別部1047は、遅延部108a及び108bによる遅延処理が行われた状態で第1のマイク103aと第2のマイク103bとで収集される音響信号をインパルス応答算出部1041から受け取り、この受け取った音響信号から加振音の伝達関数を算出し、伝達関数におけるピークを検出することで空間干渉ノッチが発生している帯域としての不感帯を判別する。
【0078】
図16は、マイク間隔が拡げられることで現れる空間干渉ノッチの存在を加振音の遅延処理によって伝達関数の周波数特性に表した結果を示している。
図16のTS1は、マイク間隔が第1のマイク間隔とされたときの振動放射音Sの伝達関数の周波数特性を示す。
図16のTN1は、マイク間隔が第1のマイク間隔とされたときの加振音Nの伝達関数の周波数特性を示す。
図16のP111は、マイク間隔が第1のマイク間隔とされたときに第1のマイク103aで収集される加振音Nの音圧レベルを示す。P121は、マイク間隔が第1のマイク間隔とされたときに第2のマイク103bで収集される加振音Nの音圧レベルを示す。P211は、マイク間隔が第1のマイク間隔とされたときに第1のマイク103aで収集される振動放射音Sの音圧レベルを示す。P221は、マイク間隔が第1のマイク間隔とされたときの第2のマイク103bで収集される振動放射音Sの音圧レベルを示す。また、
図16のTS2は、マイク間隔が第1のマイク間隔よりも広い第2のマイク間隔とされたときの振動放射音Sの伝達関数の周波数特性を示す。
図16のTN2は、マイク間隔が第2のマイク間隔とされたときの加振音Nの伝達関数の周波数特性を示す。
図16のP112は、マイク間隔が第2のマイク間隔とされたときに第1のマイク103aで収集される加振音Nの音圧レベルを示す。P122は、マイク間隔が第2のマイク間隔とされたときに第2のマイク103bで収集される加振音Nの音圧レベルを示す。P212は、マイク間隔が第2のマイク間隔とされたときに第1のマイク103aで収集される振動放射音Sの音圧レベルを示す。P222は、マイク間隔が第2のマイク間隔とされたときに第2のマイク103bで収集される振動放射音Sの音圧レベルを示す。また、
図16のTS3は、マイク間隔が第2のマイク間隔とされ、かつ、遅延処理がされたときの振動放射音Sの伝達関数の周波数特性を示す。
図16のTN3は、マイク間隔が第2のマイク間隔とされ、かつ、遅延処理がされたときの加振音Nの伝達関数の周波数特性を示す。
図16のP113は、マイク間隔が第2のマイク間隔とされ、かつ、遅延処理がされたときに第1のマイク103aで収集される加振音Nの音圧レベルを示す。P123は、マイク間隔が第2のマイク間隔とされ、かつ、遅延処理がされたときに第2のマイク103bで収集される加振音Nの音圧レベルを示す。P213は、マイク間隔が第2のマイク間隔とされ、かつ、遅延処理がされたときに第1のマイク103aで収集される振動放射音Sの音圧レベルを示す。P223は、マイク間隔が第2のマイク間隔とされ、かつ、遅延処理がされたときに第2のマイク103bで収集される振動放射音Sの音圧レベルを示す。伝達関数TS2と伝達関数TS3との比較からも明らかなように、振動放射音については遅延処理の有無による特性の変化はない。一方で、伝達関数TN2と伝達関数TN3との比較からも分かるように、加振音については遅延処理によって空間干渉ノッチの帯域においてピークが発生する。
【0079】
図17は、実際に2つのスピーカを20cm離して、検査対象物Oから2.5cmの位置に設置した第1のマイク103aにおいて加振音の位相が同位相になるように距離分だけ加振音の放射タイミングを遅延させた実測結果を示す。
図17の(a)はマイク間の距離を10cmだけ拡大したときの加振音の伝達関数の特性を示す。
図17の(a)に示すように、遅延の有無で、ピークが卓越している。また、
図17の(b)は、加振音の除去後のインパルス応答の周波数特性を示す。加振音の伝達関数におけるピークに相当する帯域は、顕著に空間干渉による音圧レベルが低下してしまう不感帯である。このような不感帯では、加振音の除去後において振動放射音の特性も劣化しているのがわかる。したがって、このような不感帯の特性は平均音響エネルギーの算出時に除外されることにより、異常の判定の精度は向上する。
【0080】
補正部1048は、平均エネルギー算出部1044での平均音響エネルギーの算出に用いられる周波数特性を補正する。例えば、補正部1048は、空間干渉ノッチが発生している帯域を除去する。
【0081】
平均エネルギー算出部1044は、信頼区間抽出部1046で抽出され、補正部1048で補正された周波数特性に基づいて平均音響エネルギーを算出する。
【0082】
図18は、第3の実施形態に係る音響検査装置の動作を示すフローチャートである。
図18の処理は、主に処理部104によって行われる。
【0083】
ステップS201において、加振音源101は、検査対象物Oに対して加振音を放射する。このとき、遅延部108a及び108bは、スピーカ102a、102b、102cから放射される加振音が第1のマイク103aにおいて同位相で収集されるようにスピーカ102b及び102cの放射タイミングを遅延させる。
【0084】
ステップS202において、第1のマイク103a及び第2のマイク103bは、集音を実施する。
【0085】
ステップS203において、処理部104は、第1のマイク103a及び第2のマイク103bでそれぞれ収集される音響信号の音圧レベルに基づき、第1のマイク103aと第2のマイク103bとの間のインパルス応答を算出する。
【0086】
ステップS204において、処理部104は、加振音の伝達関数を算出することによって不感帯を検出する。
【0087】
ステップS205において、処理部104は、算出したインパルス応答における加振音の成分を除去する。
【0088】
ステップS206において、処理部104は、例えばFFTにより、加振音の成分が除去されたそれぞれのインパルス応答を周波数特性に変換する。また、処理部104は、加振の成分が除去される前のそれぞれのインパルス応答を周波数特性に変換する。
【0089】
ステップS207において、処理部104は、除去前後の周波数特性を比較することにより信頼区間を抽出する。
【0090】
ステップS208において、処理部104は、周波数特性における不感帯の帯域を除去する補正をする。
【0091】
ステップS209において、処理部104は、補正された帯域におけるゲインを用いて第1のマイク103aと第2のマイク103bとの間の平均音響エネルギーを算出する。
【0092】
ステップS210において、処理部104は、例えば算出した平均音響エネルギーを閾値と比較することで検査対象物Oにおける異常の有無及びその進展の度合いを判定する。
【0093】
ステップS211において、処理部104は、異常の有無及びその進展の度合いの判定結果を異常の診断結果として例えばディスプレイ106に出力する。
【0094】
以上説明したように第3の実施形態によれば、複数のスピーカから検査対象物Oに向けて加振音が放射されることにより、振動放射音の励起力が向上する。また、複数のスピーカから放射される加振音が第1のマイク103aに同位相で到達するように遅延処理がされることにより、加振音の伝達関数から空間干渉ノッチが生じている不感帯が判別され得る。不感帯の帯域が除去されることにより、異常の判定の精度も向上する。
【0095】
ここで、第3の実施形態において、ノッチ判別部1047は、空間干渉が発生する帯域が特定の帯域になるように遅延部108a及び108bによる遅延処理を制御してもよい。
【0096】
また、第3の実施形態においても第2の実施形態と同様にマイク間隔の異なる複数の第2のマイクが配置されてもよい。
【0097】
本発明のいくつかの実施形態を説明したが、これらの実施形態は、例として提示したものであり、発明の範囲を限定することは意図していない。これら実施形態は、その他の様々な形態で実施されることが可能であり、発明の要旨を逸脱しない範囲で、種々の省略、置き換え、変更を行うことができる。これら実施形態やその変形は、発明の範囲や要旨に含まれると同様に、特許請求の範囲に記載された発明とその均等の範囲に含まれるものである。
【符号の説明】
【0098】
101 加振音源、102,102a,102b,102c スピーカ、103a 第1のマイク、103b,103c 第2のマイク、104 処理部、105 メモリ、106 ディスプレイ、108a,108b 遅延部、1041,1041a,1041b インパルス応答算出部、1042、1042a、1042b 除去部、1043 周波数変換部、1044 平均エネルギー算出部、1045 異常判定部、1046 信頼区間抽出部、1047 ノッチ判別部、1048 補正部。