(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-04-05
(45)【発行日】2024-04-15
(54)【発明の名称】指針のふらつき低減構造
(51)【国際特許分類】
G04B 35/00 20060101AFI20240408BHJP
G04B 19/02 20060101ALI20240408BHJP
G04B 13/02 20060101ALI20240408BHJP
【FI】
G04B35/00 Z
G04B19/02 Z
G04B13/02 C
(21)【出願番号】P 2021099650
(22)【出願日】2021-06-15
【審査請求日】2023-07-03
(73)【特許権者】
【識別番号】000001960
【氏名又は名称】シチズン時計株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】240000327
【氏名又は名称】弁護士法人クレオ国際法律特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】中平 大輔
(72)【発明者】
【氏名】古舘 優太
(72)【発明者】
【氏名】入子 美沙
(72)【発明者】
【氏名】森田 翔一郎
(72)【発明者】
【氏名】下田 健次
【審査官】菅藤 政明
(56)【参考文献】
【文献】特開平6-174859(JP,A)
【文献】特開2020-95030(JP,A)
【文献】特開2014-95564(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G04B 35/00
G04B 19/02
G04B 13/00-13/02
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
時刻表示用の指針がふらつくのを低減する指針のふらつき低減構造であって、
前記指針が固定された歯車の回転軸に、又は前記歯車に連結して動作する他の歯車の回転軸に、所定の摩擦力で接触する摩擦部と、
前記摩擦部と結合した一端部と、回転しない部材に回転を規制された他端部と、前記一端部と前記他端部との間の、前記歯車の回転により弾性変形するばね部と、を有する戻しばね部と、が一体に形成さ
れ、
前記摩擦部は、前記回転軸を、弾性力により挟んだ状態とする摩擦ばね部であり、
前記摩擦ばね部は、前記歯車の軸を挟んで、略線対称に形成された2つのばね部を有し、
前記摩擦ばね部が、前記回転軸の外周面に、前記回転軸の中心を挟んで互いに対向する位置に形成された2つ以上の接触部を有し、前記ばね部が、2つ以上の前記接触部をそれぞれ両端部としてそれぞれ略C字状に形成されている
指針のふらつき低減構造。
【請求項2】
前記戻しばね部は、前記戻しばね部の少なくとも前記一端部及び前記ばね部が、平面視で前記歯車に重なる範囲に形成されている、請求
項1に記載の指針のふらつき低減構造。
【請求項3】
前記戻しばね部の前記ばね部は、前記歯車の外形よりわずかに内側で、前記歯車の外形に略沿う略円弧状に形成された部分を有する、請求項
1又は2に記載の指針のふらつき低減構造。
【請求項4】
前記戻しばね部と前記摩擦部とは、前記軸方向における厚さが同じに形成されている、請求項1か
ら3のうちいずれか1項に記載の指針のふらつき低減構造。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、指針のふらつきを防止又は低減する、指針のふらつき低減構造に関する。
【背景技術】
【0002】
時計の指針を回転させる歯車が複数連なった輪列には、歯車の歯同士を円滑に噛み合わせて歯車を回転させるために、バックラッシが形成されている。したがって、バックラッシの分だけ、互いに噛み合った歯の間には遊びがあり、歯車はこの遊びの分だけは動くことができる。
【0003】
そして、時計の指針は、歯車に固定されているため、歯車の動きに従って動くが、歯車が遊びの分だけ任意に動くと指針も歯車の動きに応じて動くため、特に秒針のように運針の動きを視認できるものは、指針のふらつきが目立ちやすい。
【0004】
このような歯車の遊びによる動きを防止又は抑制するものとして、時刻表示の輪列に連動して駆動される戻し歯車と、戻し歯車に接して戻し歯車に摩擦力を与える摩擦部材と、摩擦部材に、戻し歯車の、時刻表示のための通常の運針方向とは反対向きのトルクを付与する戻しばね部材と、を備えた指針の停止位置のばらつき低減機構が提案されている(例えば、特許文献1参照)。
【0005】
このばらつき低減機構によれば、時刻表示のための通常の運針動作において、バックラッシに起因する指針のふらつきを防止又は抑制することができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
ところで、特許文献1に記載されたばらつき低減機構は、摩擦部材と戻し歯車という部品を組み合わせて構成しているため、コストが高くなるという問題がある。また、時刻表示のための既存の輪列機構に、新たな部品であるばらつき低減機構を組み込むのは、配置のスペースを作るのが難しいという問題もある。
【0008】
さらに、例えば女性用の腕時計の場合、男性用の腕時計に比べて外形サイズが小さいため、配置のためのスペースが小さいだけでなく、駆動トルクも小さい。したがって、摩擦部材と戻し歯車の戻し機構との間で生じるスリップトルクを、男性用の腕時計に比べて格段に小さく設定する必要があり、その調整が難しいという問題もある。
【0009】
本発明は上記事情に鑑みなされたものであり、摩擦部材と戻し歯車との組み合わせで構成されるばらつき低減機構に比べて、配置のスペースを小さくすることができるとともに、時刻表示のための既存の輪列に作用する負荷トルクを低減しつつ、指針のふらつきを防止又は低減することができる指針のふらつき低減構造を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明は、時刻表示用の指針がふらつくのを低減する指針のふらつき低減構造であって、前記指針が固定された歯車の回転軸に、又は前記歯車に連結して動作する他の歯車の回転軸に、所定の摩擦力で接触する摩擦部と、前記摩擦部と結合した一端部と、回転しない部材に回転を規制された他端部と、前記一端部と前記他端部との間の、前記歯車の回転により弾性変形するばね部と、を有する戻しばね部と、が一体に形成されている指針のふらつき低減構造である。
【発明の効果】
【0011】
本発明に係る指針のふらつき低減構造によれば、摩擦部材と戻し歯車との組み合わせで構成されるばらつき低減機構に比べて、配置のスペースを小さくすることができるとともに、時刻表示のための既存の輪列に作用する負荷トルクを低減しつつ、指針のふらつきを低減することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】本発明に係る指針のふらつき低減構造の一実施形態である戻しばね部材が組み込まれた時計のムーブメントにおける時刻表示用の指針の輪列機構の一例を示す図である。
【
図2】
図1に示した戻しばね部材が設けられた3番車を示す斜視図である。
【
図3】3番車と戻しばね部材とを分解した分解斜視図である。
【
図4】戻しばね部材の作用を説明する平面図(その1)である。
【
図5】戻しばね部材の作用を説明する平面図(その2)である。
【
図6】変形例の戻しばね部材が設けられた3番車を示す斜視図である。
【
図7】3番車と戻しばね部材とを分解した分解斜視図である。
【
図8】戻しばね部材の作用を説明する平面図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明に係る指針のふらつき低減構造の実施形態について、図面を用いて説明する。
【0014】
図1は本発明に係る指針のふらつき低減構造の一実施形態である戻しばね部材10が組み込まれた時計のムーブメントにおける時刻表示用の輪列機構の一例を示す断面図、
図2は戻しばね部材10が設けられた3番車30を示す斜視図、
図3は3番車30と戻しばね部材10とを分解した分解斜視図である。なお、
図1に示した輪列は、時刻を表示する時計の指針のうち、秒針と分針を駆動するための輪列であり、時針を駆動する輪列を省略したものである。
【0015】
この輪列は、ステップモータ60のローター61と同軸に設けられたローターかな62に5番車50の歯車51が噛み合い、5番車50の歯車51と同軸の5番かな52に4番車40の歯車41が噛み合い、4番車40の歯車41と同軸の4番かな42に3番車30の歯車31が噛み合い、3番車30の歯車31と同軸の3番かな32に2番車(中心車)20の歯車21が噛み合っている。
【0016】
4番車40の軸43と2番車20の中空の軸23とは、
図1においては、構成を見易くするために離れた配置で記載されているが、実際は、いずれも時計の文字板の中心軸C1に一致する同軸に配置されていて、4番車40の軸43は、2番車20の軸23の中心軸C1側に配置されている。
【0017】
そして、4番車40の軸43に秒針が固定され、2番車20の軸23の外周面に接して、軸23に対して中空筒状の分かな(図示省略)に分針が固定されている。
【0018】
なお、図示を省略した時針の輪列は、分かなの外側に配置され、同じく図示を省略した日の裏車を介して分かなに連結された筒車に固定されている。
【0019】
<構成>
ここで、本実施形態の指針の停止位置のばらつき低減機構(以下、単に、ばらつき低減機構という。)は、4番車40から減速された3番車30に設けられている。このばらつき低減機構は、具体的には、
図2,3に示すように、3番車30自体に組み付けられた戻しばね部材10によって構成されている。
【0020】
戻しばね部材10は、弾性材料で形成されている。戻しばね部材10は、例えば、MEMS(Micro Electro Mechanical Systems;微小な電気機械システム)によって形成されている。ただし、戻しばね部材10は、MEMSで形成されたものに限定されず、他の製造方法によって製造されたものであってもよい。例えば、戻しばね部材10は、ひげゼンマイなどに用いられるシリコンや合金などの材質で形成されていてもよい。
【0021】
戻しばね部材10は、3番車30の歯車31の、3番かな32が配置されている裏面31bとは反対のおもて面31aの側に配置されている。
【0022】
なお、3番車30の歯車31のおもて面31a側には、歯車31を貫通した軸33に、外側から嵌め合わされた座34が配置されている。座34は内周面34aが軸33に接するように圧入されているため、軸33と一体的に、中心軸C2回りに回転する。3番車30と近接する他の歯車との位置関係により、おもて面31aの側に戻しばね部材10を配置するスペースが不足している場合は、戻しばね部材10を座34と共に、裏面31bに配置してもよい。
【0023】
この座34は、戻しばね部材10の摩擦ばね部12(摩擦部)を、軸33に摩擦力で接触させるために、軸33の外径を太くすることを目的として設けられている。したがって、座34は軸33と同視され、軸33の太さが座34の外径と同程度に太いものであって、摩擦ばね部12を摩擦力で軸33に接触させることができる場合は、座34を設ける必要はない。
【0024】
戻しばね部材10は、戻しばね部11と摩擦ばね部12とを備えている。戻しばね部11と摩擦ばね部12とは、中心軸C2方向における厚さが同じに形成されているが、戻しばね部材10の所望とする特性に応じて、厚さを部分的に異ならせてもよい。戻しばね部11は、ばね部11cと、一端部11aと、他端部11b、とを有する。ばね部11cは、3番車30の歯車31の外形よりわずかに内側で、歯車31の外形に略沿う略円弧状に形成された部分を有している。
【0025】
一端部11aは、ばね部11cの一端から、ばね部11cの円弧の中心となる半径方向の内側に延びて形成されている。他端部11bは、ばね部11cの他端から、ばね部11cの円弧の半径方向の外側に延びて形成されている。
【0026】
なお、時計のムーブメントの平面視において、戻しばね部11のうち、一端部11aとばね部11cは、3番車30の歯車31に重なる範囲に配置されているが、他端部11bの一部は、歯車31と重なる範囲から外側に突出して配置される。
【0027】
摩擦ばね部12は、略ハート形に形成されている。摩擦ばね部12は、2か所の接触部12a,12bと、2つのばね部12c,12cと、を備えている。接触部12aは、摩擦ばね部12のハート形の下側の角部の内側面に突起を設けていて、この突起が座34の外周面34bに接している。
【0028】
接触部12bは、摩擦ばね部12のハート形の上側の括れ部の内側面に突起を設けていて、この突起が座34の外周面34bに接している。接触部12a、12bと座34の外周面34bとの摩擦量を増減する必要がある場合は、突起の接触面積、設置する突起の数などを増減したり、又は接触部12a、12bの突起を無くしたりして、面で座34と接触させてもよい。
【0029】
2つの接触部12a,12bは、中心軸C2を挟んで対向する位置に形成されている。そして、2つの接触部12a,12b間の寸法が、外周面34bの直径よりも小さく形成されているため、2つの接触部12a,12bが外周面34bに同時に接触して、座34を挟んだ状態となる。
【0030】
2つのばね部12c,12cは、それぞれ、接触部12a,12bを両端部とする略C字状であり、両端部間の間隔を広げる方向に弾性変形したとき、両端部間の間隔を狭める方向に向く弾性力が発生する。したがって、両端部間の間隔を広げる方向に弾性変形したとき、2つの接触部12a,12bは、座34の外周面34bに対して半径方向の中心側に向かう弾性力による垂直抗力を作用させる。
【0031】
これにより、座34の外周面34bと接触部12a,12bとの間には、外周面34bに沿った方向に摩擦トルクが発生する。この摩擦トルクは、ばね部12c,12cの弾性力による接触部12a,12bにおける垂直抗力に比例したものとなる。したがって、ばね部12cの弾性係数を調整したり、ばね部12cが弾性変形していない状態での、接触部12a,12b間の間隔を調整したりすることで、座34の外周面34bと接触部12a,12bとの間に生じる摩擦トルクの大きさを調整することができる。
【0032】
この他にも、座34の外周面34bと接触部12a,12bとの間の摩擦係数を調整することによっても、両者間の摩擦トルクの大きさを調整することもできる。
【0033】
座34の外周面34bと接触部12a,12bとの間の摩擦係数は、座34の外周面34bに対する接触部12a,12bの位置、接触する面積、接触する部位の数などによっても変わるため、適正な摩擦トルクを得るためには、ばね部12cの弾性力などを調整する必要がある。
【0034】
ばね部12cの弾性力は、ばね部12cの長さにより調整が可能である。例えば、座34の外周面34bと接触部12a,12bとの間の摩擦係数が大きい場合には、ばね部12cの弾性力を低減するために、ばね部12cの長さを長くすることにより、弾性変形量が増大して弾性力は低減する。
【0035】
図4のように、座34に対して上下方向から接触部12a,12bにおいて接触する場合は、座34の外周面34bと接触部12a,12bとの間の摩擦係数は比較的大きいため、平面視で歯車31の外周内に収まる範囲で、ばね部12cを極力長くして弾性力を低減する。その結果、摩擦ばね部12は、略ハート形に形成される。更に弾性力を低減させるために、曲線を複数組み合わせた形状で、ばね部12cをさらに長く構成してもよい。
【0036】
一方、座34の外周面34bと接触部12a,12bとの間の摩擦係数が小さい場合には、ばね部12cの弾性力を低減する必要が無いため、ばね部12cの長さは上記した場合よりも短くてよい。
【0037】
ばね部12cの弾性力の調整は、中心軸C2と垂直方向のばね部12cの厚さを薄くすることによっても実現可能である。ばね部12cの厚さを破断しない範囲で薄くすることで、弾性変形量が増大し、弾性力を低くすることができる。
【0038】
戻しばね部材10は、戻しばね部11の一端部11aが、摩擦ばね部12の一方の接触部12aの外面に結合している。一端部11aが摩擦ばね部12の一方の接触部12aの外面に結合することにより、接触部12aの座34との接触面又は接触点に対して戻しばね部11で生じた戻し力を均等に伝達することができる。
【0039】
<作用>
図4は、戻しばね部材10の作用を説明する平面図(その1)、
図5は、戻しばね部材の作用を説明する平面図(その2)である。
【0040】
本実施形態で示した輪列は、時刻表示のためにステップモータ60のローターかな62が、例えば、反時計回りの回転方向-Rに回転する。これにより、5番車50は時計回りの回転方向Rに回転し、4番車40は反時計回りの回転方向-Rに回転し、3番車30は時計回りの回転方向Rに回転する。
【0041】
ここで、戻しばね部11の他端部11bは、
図4に示すように、ローターガイド90の、2つの縁91a,91bで仕切られた切り欠き91に配置されている。ローターガイド90は、時計のムーブメントにおいて、地板や輪列受けと同様に動かない部材である。
【0042】
3番車30が時計回りの回転方向Rに回転すると、摩擦ばね部12の接触部12a,12bが3番車30の座34の外周面34bとの摩擦で生じた静止摩擦トルクにより、3番車30の回転とともに回転方向Rに連れ回る。これにより、摩擦ばね部12に結合した戻しばね部11の一端部11aは、摩擦ばね部12と一体に回転方向Rに回転するように引っ張られる。
【0043】
そして、戻しばね部11は、一端部11aとともに回転方向Rに回転しようとするが、切り欠き91に配置されている戻しばね部11の他端部11bは、回転方向Rへの回転により、回転方向Rの下流側(前方側)の縁91aに突き当たると回転が規制される。
【0044】
戻しばね部11は、一端部11aは3番車30の回転にしたがって回転方向に引っ張られ、他端部11bは回転が規制された状態となるため、円弧状のばね部11cが、円弧の曲率を変化させるように弾性変形して撓む。
【0045】
これにより、ばね部11cには、変形前の曲率に復元しようとする弾性力が発生して、3番車30には、一端部11aを回転する前の位置に復帰させる回転方向-Rに向かう、弾性力に応じた戻しトルクが作用する。
【0046】
3番車30は、4番車40と噛み合っているため、3番車30に作用する戻しトルクは4番車40にも作用し、4番車40は、時刻表示のための回転方向-Rとは反対方向Rに回転させようとする戻しトルクが作用する。
【0047】
この結果、時刻表示のために回転する、ステップモータ60のローターかな62から3番車30までの輪列に存在するバックラッシが、時刻表示のための回転方向に寄せられた状態となり、バックラッシが一方に寄せられていない場合に生じ得る、各番車50,40,30の遊びによるがたつきの発生を防止又は抑制することができる。よって、例えば4番車40に固定される秒針等の指針が、がたつきによってふらつくのを防止又は抑制することができる。
【0048】
ここで、摩擦ばね部12の接触部12a、12bと座34の外周面34bとの静止摩擦トルクは、時刻表示のために3番車30を回転方向Rに回転させる、ステップモータ60のローターかな62から伝達された駆動トルクに比べて小さい。
【0049】
そして、戻しトルクは、3番車30の回転方向Rへの回転が進むにしたがって大きくなるが、戻しトルクが静止摩擦トルクを上回ると、摩擦ばね部12の接触部12a、12bは座34の外周面34bに対してスリップする。スリップの後、座34の外周面34bには、スリップにより小さくなった戻しトルクが摩擦トルクとして回転方向Rとは反対方向に作用し続ける。
【0050】
このように、本実施形態の戻しばね部材10によれば、時刻表示のために回転する輪列に、回転する方向とは反対方向に摩擦トルク(戻しトルク)を常に作用させることで、輪列の歯車間のバックラッシが一方に寄せて、秒針がふらつくのを防止又は抑制することができる。
【0051】
また、本実施形態の指針のふらつき低減構造は、既存の指針駆動車である3番車30に一部(一端部11a)を組み付け、他の一部(他端部11b)を動かない部分に引っ掛けた戻しばね部材10であるため、既存の輪列以外の新たな歯車を用いるものに比べて、時計のムーブメントにおける平面視で占める空間を新たに設ける必要がない。
【0052】
特に、本実施形態の戻しばね部材10は、他端部11b以外の大部分(摩擦ばね部12の全部と戻しばね部11のばね部11c及び一端部11a)は、3番車30の歯車31と平面視で重なるため、既存の3番車30の歯車31と平面視で略重なる範囲だけで配置することができる。
【0053】
しかも、戻しばね部材10は、3番車30の歯車31の範囲と平面視で重ならない他端部11bについても、既存のローターガイド90に形成した切り欠き91に配置される。したがって、戻しばね部材10を配置するために新たに必要とされる平面視での領域はない。
【0054】
なお、戻しばね部材10は、3番車30の歯車31のおもて面31a側に配置されるが、戻しばね部11や摩擦ばね部12は、歯車31のおもて面31a側におけるスペース(他部品の無い領域)に応じた形状で形成することで、既存のデッドスペースに配置することができる。
【0055】
また、本実施形態の戻しばね部材10における戻しばね部11の他端部11bは、歯車31と平面視で重なる範囲から外側に突出して形成されているが、他端部11bも、歯車31と平面視で重なる範囲内となるように形成されていてもよい。このように、戻しばね部材10の全体が歯車31と平面視で重なる範囲内に配置される構成により、本実施形態の指針のふらつき低減構造は、時計のムーブメントにおける平面視で占める空間をより小さくすることができる。
【0056】
本実施形態の戻しばね部材10は、摩擦ばね部12と外周面34bとの摩擦トルクを調整することができるため、時刻表示のための既存の輪列に作用する戻しトルク(負荷トルク)を低減することが可能である。
【0057】
本実施形態の戻しばね部材10における摩擦ばね部12は、ハート形であり、略線対称の形状であるため、2つの接触部12a,12bが座34の外周面34bに接触している状態で、対称線を挟んだ両側のバランスを良好に保つことができ、安定した摩擦トルクを得ることができる。
【0058】
また、本実施形態の戻しばね部材10は、2つ以上の部品を組み合わせて構成されるものではなく、戻しばね部材10という単一の部材で構成されるため、複数の部品を組み合わせて構成されるものに比べて、製造コストを低減することができる。
【0059】
また、本実施形態の戻しばね部材10は、2つの接触部12a,12bの突起により、座34の外周面34bに接触しているが、突起ではなく接触部12a,12bの周方向に延びた面で接触する構成にした場合は、点で接触するものに比べて、摩擦トルクを安定したものとすることができる。
【0060】
なお、座34の外周面34bは、
図1に示すように、中心軸C2の軸方向において、歯車31のおもて面31aに近づくにしたがって、中心軸C2からの半径が小さくなるテーパを有している。
【0061】
これにより、外周面34bに接触する接触部12a,12bは、中心軸C2の軸方向において、歯車31のおもて面31aに近づく方向に付勢される。この結果、接触部12a,12bが、中心軸C2の軸方向において、歯車31のおもて面31aから遠ざかる方向に移動しにくくなり、接触部12a,12bが、歯車31のおもて面31aから遠ざかる方向に移動することで、接触部12a,12bが座34から外れるのを防止又は抑制することができる。
【0062】
また、前述したように、3番車30の回転方向Rへの回転に伴い、座34に接触した接触部12a,12bが回転し、戻しばね部11も回転するが、戻しばね部11の他端部11bは回転方向Rの下流側(前方側)の縁91aに突き当たり、回転が規制される。したがって、他端部11bの位置が荷重点となり、戻しばね部11は、円弧状のばね部11cが円弧の曲率を変化させるように弾性変形して撓む。
【0063】
この状態において、接触部12a,12bと座34との摩擦で生じた摩擦トルクと3番車の中心から荷重点までの距離(荷重点距離)とに基づいて、荷重点での荷重を求めることができる。この荷重により、ばね部11cが撓み、ばね部11cが元の状態に戻ろうとする戻しトルクが生じ、3番車30には回転方向Rと逆方向のトルクが作用して、バックラッシ(遊び)による秒針のふらつきを抑えることができる。
【0064】
これにより、バックラッシの量と、接触部12a,12bと座34との摩擦トルクとに応じて、ばね部11cの戻しトルクを調整する必要があり、特に、荷重点距離に応じて戻しトルクを調整する必要がある。具体的には、荷重点距離が長くなればその分、戻しトルクを低くする必要があり、ばね部11cの長さを長くすることにより戻しトルクを低くすることが可能である。
【0065】
戻しトルクを低くする方法としては、中心軸C2と垂直方向のばね部11cの厚さを、破断しない範囲で薄くすることで、弾性変形量が増し、戻しトルクを低くすることもできる。例えば、ばね部11cの中心軸C2と垂直方向の厚さ、中心軸C2方向の厚さ、又はその両方を減らすことにより、ばね部11cの戻しトルクは低減する。この場合、ばね部11cを長くしなくてもよいため、ばね部11cは略円弧状ではなく、直線状に形成してもよい。
【0066】
<変形例>
図6は、変形例の戻しばね部材110が設けられた3番車30を示す斜視図、
図7は、3番車30と戻しばね部材110とを分解した分解斜視図、
図8は、戻しばね部材110の作用を説明する平面図である。
【0067】
図2~5に示した実施形態の戻しばね部材10は、戻しばね部11を、歯車31の外形に沿うような大きな単一の円弧状(凸となる向きが単一という意味であり、曲率は単一であることに限定されない)に形成されたものであるが、戻しばね部の形状は、単一の円弧状に限定されない。
【0068】
図6~8は、単一の円弧状ではない形状、例えばS字状に形成された戻しばね部111と、摩擦ばね部112とを有する戻しばね部材110を示す。この戻しばね部材110は、本発明に係る指針のふらつき低減構造の別の実施形態であり、
図2~5に示した戻しばね部材10の変形例である。
【0069】
戻しばね部材110は、
図6,7に示すように、戻しばね部材10と同様、3番車30の歯車31の、3番かな32が配置されている裏面31bとは反対のおもて面31aの側に配置されている。
【0070】
戻しばね部材110は、戻しばね部111と摩擦ばね部112とを備えている。戻しばね部111は、ばね部111cと、一端部111aと、他端部111b、とを有する。ばね部111cは、略S字状に形成されている。ばね部111cのS字は、中心軸C2を跨いで形成されている。
【0071】
つまり、ばね部111cのS字は、中心軸C2に対して、片側の半径の範囲内に形成されたものではなく、中心軸C2を挟んで、両側の半径範囲にわたって形成されている。したがって、ばね部111cのS字の形状は、中心軸C2に対して片側の半径の範囲内に形成されたS字の形状よりも大きくすることができ、ばね部111cの長さを長くすることができる。なお、ばね部111cのS字は、中心軸C2に対して、片側の半径の範囲内に形成されたものであってもよい。
【0072】
一端部111aは、ばね部111cの一端に形成されて、後述する摩擦ばね部112に結合している。他端部111bは、ばね部111cの他端に形成されている。他端部111bには、中心軸C2方向の、歯車31とは反対方向に突出した円柱状のピン113が固定されている。
【0073】
他端部111bに設けられたピン113は、中心軸C2方向に突出して、突出した方向に配置されている既存の動かない部材(例えば、ローターガイド90であってもよい)に形成された孔95に嵌め合わされている。これにより、戻しばね部111の他端部111bは、戻しばね部11の他端部11bと同様に動かない。
【0074】
3番車30の回転方向Rへの回転に伴い、座34に接触した接触部112a,112bが回転し、戻しばね部111も回転するが、他端部111bはピン113に固定されているため回転が規制される。これにより、他端部111bの位置が荷重点となり、円弧状のばね部111cが弾性変形して撓む。
【0075】
ここで、接触部112a,112bと座34との摩擦で生じた摩擦トルクと3番車の中心から荷重点までの距離(荷重点距離)とに基づいて荷重点での荷重を求めることができる。この荷重でばね部111cがたわみ、戻ろうとする戻しトルクが生じることで、3番車は回転方向Rと逆方向にトルクがかけられバックラッシによるふらつきを抑えることができる。
【0076】
したがって、バックラッシの量と、接触部112a,112bと座34との摩擦トルクとに応じて、ばね部111cの戻しトルクを調整する必要があり、特に、荷重点距離に応じて戻しトルクを調整する必要がある。
図6から
図8の変形例における戻しばね部111の荷重点距離は、
図2から
図5の戻しばね部11の荷重点の距離よりも短いため、戻しばね部111の戻しトルクは、戻しばね部11よりも大きくてもよく、ばね部111cの長さはばね部11cよりも短い。
【0077】
変形前の曲率に復元しようとする弾性力が発生させるために、ばね部111cにはある程度の長さが必要となる。変形例では、ばね部111cの占有領域が狭くなるよう、ばね部111cをS字に構成している。これにより、戻しばね部材110と3番車以外の歯車や時計部品とが干渉しにくくなり、これらの配置の自由度を向上させることができる。
【0078】
戻しトルクを調整する方法としては、中心軸C2と垂直方向のばね部111cの厚さを破断しない範囲で調整することで、弾性変形により発生する戻しトルクを調整することもできる。
【0079】
摩擦ばね部112は、
図6,7に示すように、互いに向かい合う2つの略C字状のばね部112c,112cの一部同士が結合した形状に形成されている。この2つの略C字状のばね部112c,112cは、中心軸C2を挟んで、略線対称に形成されている。
【0080】
摩擦ばね部112は、この結合した部分の内周面に、接触部112aが形成されている。また、摩擦ばね部112は、ばね部112c,112cの結合していない側の各他端の内周面に、接触部112b,112bが形成されている。これら3つの接触部112a,112b,112bは、中心軸C2を外側から囲む配置で形成され、それぞれ座34の外周面34bに点接触している部分である。
【0081】
各ばね部112c,112cにおける各接触部112a,112b間の寸法は、外周面34bの直径よりも小さく形成されているため、各接触部112a,112bが外周面34bに同時に接触して、座34を挟んだ状態となる。これにより、座34の外周面34bと接触部112a,112bとの間には、外周面34bに沿った方向に摩擦トルクが発生する。
【0082】
この摩擦トルクは、ばね部112c,112cの弾性力による接触部112a,112bにおける垂直抗力に比例したものとなる。したがって、戻しばね部材110は、ばね部112cの弾性係数を調整したり、ばね部112cが弾性変形していない状態での、接触部112a,112b間の間隔を調整したりすることで、座34の外周面34bと接触部112a,112bとの間に生じる摩擦トルクの大きさを調整することができる。
【0083】
また、戻しばね部材110は、座34の外周面34bと接触部112a,112bとの間の摩擦係数を調整することによっても、両者間の摩擦トルクの大きさを調整することができる。
【0084】
図6から
図8の変形例において、摩擦ばね部112が座34と接触しているのは、接触部112a及び接触部112b,112bの3点であり、さらに、接触部112bが略C字形であるため、座34と接触部112a,112bとの摩擦係数は、
図2から
図5に示した接触部12a,12bで座34を挟む構造の摩擦ばね部12よりも小さい。
【0085】
したがって、戻しばね部材110は、ばね部112cの弾性力を、ばね部12cの弾性力より高くして摩擦トルクを確保する必要がある。このため、戻しばね部材110は、ばね部12cに比べてばね部112cの長さを短くすることにより、弾性変形量を少なくして弾性力を高めている。
【0086】
ばね部112cの弾性力を調整する方法としては、中心軸C2と垂直方向のばね部112cの厚さを厚くすることで弾性変形量が少なくして弾性力を高くする方法を適用することもできる。
【0087】
戻しばね部材110は、戻しばね部111の一端部111aが、摩擦ばね部112の、2つのばね部112c,112cが結合している部分の外面に結合している。
【0088】
<作用>
以上のように構成された変形例の戻しばね部材110は、実施形態の戻しばね部材10と同様に、3番車30が時計回りの回転方向Rに回転すると、摩擦ばね部112の接触部112a,112b,112bが3番車30の座34の外周面34bとの摩擦で生じた静止摩擦トルクにより、3番車30の回転とともに回転方向Rに連れ回る。
【0089】
戻しばね部111は、一端部111aとともに回転方向Rに回転しようとするが、ピン113が例えばローターガイド90の孔95に引っ掛けられているため、戻しばね部111の他端部111bは回転しない。したがって、戻しばね部111は、S字状のばね部111cの形状が変化するように弾性変形して撓む。
【0090】
これにより、ばね部11cには、変形前の形状に復元しようとする弾性力が発生して、3番車30には、一端部111aを回転する前の位置に復帰させる回転方向-Rに向かう、弾性力に応じた戻しトルクが作用する。
【0091】
この結果、時刻表示のために回転する、ステップモータ60のローターかな62から3番車30までの輪列に存在するバックラッシが、時刻表示のための回転方向に寄せられた状態となり、バックラッシが一方に寄せられていない場合に生じ得る、各番車50,40,30の遊びによるがたつきの発生を防止又は抑制することができる。よって、例えば4番車40に固定される秒針等の指針が、がたつきによってふらつくのを防止又は抑制することができる。
【0092】
また、変形例の指針のふらつき低減構造は、既存の指針駆動車である3番車30に一部(一端部111a)を組み付け、他の一部(他端部111b)を動かない部分に引っ掛けた戻しばね部材110であるため、既存の輪列以外の新たな歯車を用いるものに比べて、時計のムーブメントにおける平面視で占める空間を新たに設ける必要がない。
【0093】
変形例の戻しばね部材110は、ピン113も含めた全体が平面視で歯車31の範囲内に収まるように形成されているため、他端部11bの一部が平面視で歯車31の外側に突出した戻しばね部材10に比べて、平面視で占める範囲をさらに低減することができる。
【0094】
なお、戻しばね部111と摩擦ばね部112とは、中心軸C2方向における厚さが同じに形成されているため、戻しばね部材110の全体としての厚さを抑制することができる。また、戻しばね部材110は、3番車30の歯車31のおもて面31a側に配置されるが、戻しばね部111や摩擦ばね部112は、歯車31のおもて面31a側におけるスペース(他部品の無い領域)に応じた形状で形成することで、既存のデッドスペースに配置することができる。
【0095】
本実施形態の戻しばね部材110によれば、摩擦ばね部112と外周面34bとの摩擦トルクを調整することができるため、時刻表示のための既存の輪列に作用する戻しトルク(負荷トルク)を低減することが可能である。
【0096】
本実施形態の戻しばね部材110は、戻しばね部111がS字状に形成され、戻しばね部材10の戻しばね部11のC字状に比べて、撓み量に対する弾性力が強くなる。したがって、同じ撓み量で比べた場合、摩擦ばね部112で生じる戻しトルクは、摩擦ばね部12で生じる戻しトルクよりも大きくなる。
【0097】
このため、摩擦ばね部112と外周面34bとが、摩擦ばね部12と外周面34bとの接触部12a,12bのように面接触の形態で接触する構成は、外周面34bに作用する戻しトルクが大きくなって、時刻表示のための輪列の駆動の動力の損失が大きくなり得る。
【0098】
これに対して、変形例の戻しばね部材110は、摩擦ばね部112と外周面34bとが、接触部112a,112b,112bのように点接触の形態で接触する構成であるため、外周面34bに作用する戻しトルクを、面接触の形態の構成よりも低減することができ、時刻表示のための輪列の駆動の動力の損失を低減することができる。
【0099】
なお、実施形態の戻しばね部材10は、戻しばね部11を歯車31の外形に沿うような大きな変形の円弧状に形成したものであるため、変形例の戻しばね部材110の戻しばね部111に比べて、戻しばね部11のたわみ量に対する戻しトルクを緩やかに増大させることができるという利点がある。
【0100】
また、変形例の戻しばね部材110は、戻しばね部材10と同様、2つ以上の部品を組み合わせて構成されるものではなく、単一の部材で構成されるため、複数の部品を組み合わせて構成されるものに比べて、製造コストを低減することができる。
【0101】
上述した実施形態の戻しばね部材10及び変形例の戻しばね部材110は、戻しばね部11,111の一端部11a,111aが結合した部分が、ばね部12c,112cを有する摩擦ばね部12,112であるが、本発明に係る指針のふらつき低減構造は、戻しばね部11,111の一端部11a,111aが結合した部分は、軸33又は座34に接して摩擦力を発生する摩擦部であればよく、ばね部12c,112cを有しないものであってもよい。
【0102】
上述した実施形態の戻しばね部材10及び変形例の戻しばね部材110は、戻しばね部11,111の他端部11b,111bが、回転等しない部材(例えば、ローターガイド90)に引っ掛けられることで動かないようにしたものであるが、他端部11b,111bを動かないように固定するものであればよく、引っ掛けられた態様に限定されない。
【0103】
上述した実施形態の戻しばね部材10及び変形例の戻しばね部材110は、3番車30の歯車31に対
して設けた例であるが、時刻表示用の輪列であれば、他の歯車(4番車40の歯車41や、5番車50の歯車51等)に設けたものであってもよい。
【符号の説明】
【0104】
10 戻しばね部材(指針のふらつき低減構造)
11 戻しばね部
11a 一端部
11b 他端部
11c ばね部
12 摩擦ばね部(摩擦部)
30 3番車
31 歯車
33 回転軸