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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-04-05
(45)【発行日】2024-04-15
(54)【発明の名称】圧力リング用線
(51)【国際特許分類】
   F02F 5/00 20060101AFI20240408BHJP
【FI】
F02F5/00 R
F02F5/00 E
【請求項の数】 7
(21)【出願番号】P 2024015713
(22)【出願日】2024-02-05
【審査請求日】2024-02-21
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000110147
【氏名又は名称】トクセン工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000556
【氏名又は名称】弁理士法人有古特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】高野 太志
【審査官】櫻田 正紀
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2020/022308(WO,A1)
【文献】特開2023-097976(JP,A)
【文献】特開2022-162403(JP,A)
【文献】特開2015-110841(JP,A)
【文献】特開2017-025963(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F02F 5/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
内燃機関の圧力リングのための線であって、
上記線の長さ方向に対して垂直な面における輪郭が、その外周側に、3以上の円弧を有しており、
上記長さ方向に沿って測定された、上記圧力リングの外周面に相当する面のろ波中心線うねりWCAが、3.0μm以下である、線。
【請求項2】
上記長さ方向に対して垂直な面における、上記外周面に相当する面の輪郭と、この輪郭を近似する仮想曲線との、最大ズレDifが、2.8μm以下である、請求項1に記載の線。
【請求項3】
上記ろ波中心線うねりWCAと上記最大ズレDifとの和が、5.2μm以下である、請求項2に記載の線。
【請求項4】
その表面粗さRzが3.0μm以下である、請求項1又は2に記載の線。
【請求項5】
そのネジレ角度が3°/m以下である、請求項1又は2に記載の線。
【請求項6】
その巻ソリが15mm/m以下である、請求項1又は2に記載の線。
【請求項7】
その材質が鋼であり、この鋼が
C:0.51質量%以上0.85質量%以下
Si:0.15質量%以上1.60質量%以下
Mn:0.30質量%以上0.90質量%以下
Cr:0.80質量%以下
Ni:0.02質量%以下
P:0.08質量%以下
S:0.05質量%以下
及び
Cu:0.20質量%以下
を含む、請求項1又は2に記載の線。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本明細書は、内燃機関のピストンに装着される圧力リングのための線を、開示する。
【背景技術】
【0002】
内燃機関は、シリンダー、ピストン、圧力リング及びオイルリングを有している。圧力リングは、ピストンに装着される。圧力リングは、線にコイリングが施されることで、得られる。圧力リング用線の一例が、特開2008-50649公報に開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特開2008-50649公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
圧力リングにとって、真円度は重要である。真円度が高い圧力リングを有する内燃機関では、この圧力リングとシリンダーとの間におけるガスの漏れ出しが、少ない。真円度が高い圧力リングは、潤滑油を十分に掻き取りうる。低燃費の観点、及び潤滑油の消費量低減の観点から、真円度の改善が望まれている。
【0005】
圧力リングは、リング状の中間品に皮膜が形成され、かつこの皮膜が研磨されることで、得られうる。皮膜の研磨は、圧力リングの真円度の調整を兼ねる。薄い皮膜を有する中間品の研磨では、研磨代が少ない。薄い皮膜を有する中間品の研磨では、研磨による真円度の調整は、十分ではない。
【0006】
本出願人の意図するところは、真円度に優れた圧力リングが得られうる、線の提供にある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本明細書は、内燃機関の圧力リングのための線を開示する。この線の長さ方向に対して垂直な面における輪郭は、その外周側に、3以上の円弧を有する。この線の長さ方向に沿って測定された、圧力リングの外周面に相当する面のろ波中心線うねりWCAは、3.0μm以下である。
【発明の効果】
【0008】
この線から、真円度の高い圧力リングが得られうる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
図1図1は、一実施形態に係る圧力リング用線の一部が示された斜視図である。
図2図2は、図1のII-II線に沿った拡大断面図である。
図3図3は、図2の断面の一部の輪郭形状の測定結果が示されたチャートである。
図4図4は、図2の断面の一部の輪郭形状の測定結果が仮想曲線と共に示されたチャートである。
図5図5は、図4のチャートの一部が示された拡大図である。
図6図6は、図1の圧力リング用線のネジレ角度の測定に供される試験片が示された正面図である。
図7図7は、図6の試験片が拡大されて示された右側面図である。
図8図8は、図1の圧力リング用線の巻ソリの測定方法が示された正面図である。
図9図9は、図1の圧力リング用線の製造方法が示されたフローチャートである。
図10図10は、他の実施形態に係る圧力リング用線の一部が示された断面図である。
図11図11は、さらに他の実施形態に係る圧力リング用線の一部が示された断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、適宜図面が参照されつつ、好ましい実施形態が詳細に説明される。
【0011】
図1及び2に、圧力リング用線2が示されている。この線2は、上面4、下面6、第一側面8及び第二側面10を有している。この線2はさらに、第一丸め面取り12a及び第二丸め面取り12bを有している。第一丸め面取り12aは、上面4と第一側面8との間に位置している。第二丸め面取り12bは、第一側面8と下面6の間に位置している。この線2の形状は、「バレル形状」と称されている。この線2にコイリング等が施されて、圧力リングが形成される。第一側面8は、圧力リングの外周面に相当する。内燃機関において、この外周面が、シリンダーの内周面と擦れ合う。
【0012】
第一側面8のろ波中心線うねりWCAは、3.0μm以下である。後述されるように、この線2から、外周面の真円度が高い圧力リングが得られうる。真円度が高い圧力リングを有する内燃機関では、この圧力リングとシリンダーとの間におけるガスの漏れ出しが、抑制されうる。この圧力リングは、内燃機関の低燃費に寄与しうる。さらにこの内燃機関では、圧力リングが潤滑油を十分に掻き取りうる。この圧力リングは、潤滑油の消費量低減に寄与しうる。これらの観点から、ろ波中心線うねりWCAは2.7μm以下がより好ましく、2.5μm以下が特に好ましい。ろ波中心線うねりWCAは、小さいほど好ましい。
【0013】
ろ波中心線うねりWCAは、圧力リング用線2の長さ方向に沿って測定される。測定条件は、以下の通りである。
測定器:東京精密社の「SURFCOM 1500DX3」
スタイラス:DM83502
パラメータ算出規格:JIS ’82規格
測定種別:ろ波中心線うねり
カットオフ種別:2RC 位相補償
補正:最小二乗直線
測定スパン:90mm
カットオフ波長
ハイパスフィルタ:0.8mm
ローパスフィルタ:25mm
測定速度:3.0mm/s
倍率
縦:5000倍
横:1倍
出力パラメータ:WCC-m
この測定器で出力されたチャートでは、縦軸はうねり量であり、横軸は線2の長さ方向距離である。このチャートの曲線の最大値点を通過する直線と、この曲線の最小値点を通過する直線との距離が、ろ波中心線うねりWCAである。
【0014】
図2における第一側面8の輪郭と、この輪郭を近似する仮想曲線との、最大ズレDifは、2.8μm以下が好ましい。後述されるように、この線2から、外周面の真円度が高い圧力リングが得られうる。この圧力リングは、内燃機関の低燃費、及び潤滑油の消費量低減に寄与しうる。これらの観点から、最大ズレDifは2.7μm以下がより好ましく、2.5μm以下が特に好ましい。最大ズレDifは、小さいほど好ましい。
【0015】
最大ズレDifの測定では、まず、長さ方向に垂直な面における、線2の輪郭が、輪郭形状測定器で測定される。測定条件は、以下の通りである。
測定器:東京精密社の「SURFCOM 2000DX3」
スタイラス:DM47513
移動速度:0.030mm/s
測定速度:0.030mm/s
測定ピッチ:0.10μm
【0016】
図3に、第一側面8の輪郭14が示されている。図3には、上面4の一部の輪郭16、及び下面6の一部の輪郭18も示されている。図4には、第一側面8の輪郭14を近似する仮想曲線20も示されている。この仮想曲線20は、最小二乗法によって算出される二次曲線である。
【0017】
図5に、輪郭14と仮想曲線20とが拡大されて示されている。図5において符号P1は、第一側面8の輪郭14のうち、仮想曲線20との距離が最も大きい点を表す。この点P1と仮想曲線20との距離が、前述の最大ズレDifである。図5の例では、点P1は、仮想曲線20よりも上方に位置している。点P1は、仮想曲線20よりも下方に位置しうる。
【0018】
ろ波中心線うねりWCAと最大ズレDifとの和は、5.2μm以下である。この線2から、外周面の真円度が高い圧力リングが得られうる。この圧力リングは、内燃機関の低燃費、及び潤滑油の消費量低減に寄与しうる。これらの観点から、この和は4.9μm以下がより好ましく、4.4μm以下が特に好ましい。この和は、小さいほど好ましい。
【0019】
好ましくは、圧力リング用線2のネジレ角度は、3°/m以下である。この線2から、外周面の真円度が高い圧力リングが得られうる。この圧力リングは、内燃機関の低燃費、及び潤滑油の消費量低減に寄与しうる。これらの観点から、ネジレ角度は2°/m以下がより好ましく、1°/m以下が特に好ましい。ネジレ角度は、小さいほど好ましい。
【0020】
ネジレ角度の測定には、圧力リング用線2が直角に折り曲げられて得られる試験片が用いられる。この試験片22が、図6及び7に示されている。この試験片22は、ベース部24と起立部26とを有している。ベース部24と起立部26とのなす角度は、実質的に90°である。ベース部24の長さは、1000mmである。起立の高さは、90mmである。ベース部24は、台28におかれている。図7において符号θは、台28に対する起立部26の角度である。
【0021】
図6において矢印A1で示されるように、ベース部24の端が下方に押圧された状態で、角度θが測定される。この角度は、第一角度θ1と称される。図6において、矢印A1で示されるようにベース部24の端が下方に押圧されつつ、矢印A2で示されるようにベース部24と起立部26との境界の近傍にてベース部24が下方に押圧された状態で、角度θが測定される。この角度は、第二角度θ2と称される。第一角度θ1と第二角度θ2との差(θ1-θ2)が、算出される。この差(θ1-θ2)の絶対値が、この圧力リング用線2のネジレ角度である。
【0022】
好ましくは、圧力リング用線2の巻ソリは、15mm/m以下である。この線2から、外周面の真円度が高い圧力リングが得られうる。この圧力リングは、内燃機関の低燃費、及び潤滑油の消費量低減に寄与しうる。これらの観点から、巻ソリは10mm/m以下がより好ましく、7mm/m以下が特に好ましい。巻ソリは、小さいほど好ましい。
【0023】
巻ソリの測定には、圧力リング用線2が切断されて得られる試験片が用いられる。この試験片の長さは、1000mmである。図8に示されるように、この試験片30の一端32が、鉛直方向に延びるプレート34に固定される。この固定により、試験片30が自重によって垂れ下がる。この試験片30の他端36の、プレート34との距離L1が、測定される。この距離L1は、巻ソリと称される。
【0024】
図9に、圧力リング用線2の製造方法の一例が示されている。この製造方法では、まず、原線(Basic Wire)が準備される(STEP1)。この原線は、製鋼、精錬、鋳造、熱間圧延、焼鈍し等の工程を経て得られる。この原線の断面形状は、円である。
【0025】
この原線に、冷間伸線が施される(STEP2)。この冷間伸線により、原線が徐々に細径化し、かつ徐々に長尺化する。冷間伸線(STEP2)の後の線の断面形状は、円である。
【0026】
この線に、熱処理が施される(STEP3)。線の材質が炭素鋼である場合、典型的な熱処理はパテンティングである。パテンティングは、オーステナイト領域まで加熱された線を冷却し、微細パーライト組織を得る熱処理である。パテンティングにより、冷間伸線(STEP2)によって損なわれた線の展延性が、回復する。冷間伸線(STEP2)と熱処理(STEP3)とが、繰り返されてもよい。これらの処理により、中間線が得られる。
【0027】
この中間線に、冷間にて、圧延が施される(STEP4)。この圧延により、中間異形線が得られる。この中間異形線の断面形状は、円ではない。
【0028】
この中間異形線に、冷間にて、異形伸線が施される(STEP5)。この異形伸線では、中間異形線がダイを通される。通常は、中間異形線とダイとの間に、潤滑剤が供給される。この異形伸線により、異形線が得られる。この異形線は、図2に示された断面形状を有する。
【0029】
この異形線に、熱矯正が施される(STEP6)。この熱矯正では、異形伸線(STEP5)によって異形線に生じた応力が、緩和される。
【0030】
この異形線に、焼入れが施される(STEP7)。焼入れではまず、異形線が加熱される。この加熱において、異形線の温度は、オーステナイト領域に達する。次にこの異形線が、急冷される。好ましくは、異形線は、油中で冷却される。焼入れの後の異形線は、マルテンサイト組織を有する。
【0031】
この異形線に、焼戻しが施される(STEP8)。焼戻しではまず、異形線が加熱される。次にこの異形線が、冷却される。焼戻しにより、微細な炭化物が析出した組織が得られうる。焼戻しにより、図1及び2に示された圧力リング用線2が得られる。
【0032】
この線2にコイリングが施され、リングが得られる。このリングに、歪取熱処理が施される。さらにこのリングの外周面に、皮膜が形成される。この皮膜の一部が研磨によって除去されて、圧力リングが得られる。
【0033】
好ましくは、異形伸線(STEP5)における加工度は、18.0%以上である。この異形伸線は、高度の冷間塑性加工である。この異形伸線により、ろ波中心線うねりWCAが小さい圧力リング用線2が得られうる。さらに、この異形伸線により、最大ズレDifが小さい圧力リング用線2が得られうる。これらの観点から、異形伸線(STEP5)における加工度は20.0%以上がより好ましく、20.6%以上が特に好ましい。加工度は、22.0%以下が好ましい。
【0034】
加工度Rは、下記の数式によって算出される。
R = (S1 - S2) / S1 * 100
この数式において、S1は中間異形線の断面積であり、S2は異形線の断面積である。
【0035】
前述の通り、加工度が大きい異形伸線(STEP5)によって、ろ波中心線うねりWCAが小さく、かつ最大ズレDifが小さい圧力リング用線2が得られうる。この線2から得られたリングでは、上面4及び下面6が、このリングの軸方向に対してほぼ直交する。このリングでは、真円度の調整を目的とした皮膜の研磨は、少量で足りる。このリングでは、研磨前の皮膜は、薄くて足りる。この圧力リングの製造には、薄い皮膜の形成に適した方法が採用されうる。薄い皮膜の形成に適した、典型的な方法は、物理気相成長法(PVD)及び化学気相成長法(CVD)である。物理気相成長法及び化学気相成長法は、メッキ法等に比べ、環境に与える負荷が少ない。物理気相成長法又は化学気相成長法の採用により、硬質でかつ耐摩耗性に優れた皮膜が形成されうる。皮膜の研磨が少量である製造方法は、低コストでもある。
【0036】
好ましくは、異形伸線(STEP5)に供される中間異形線の表面粗さRzは、5.0μm以上である。この中間異形線は、十分な量の潤滑剤を伴ってダイに進入する。この潤滑剤は、異形伸線における疵の発生を、抑制しうる。この異形伸線では、加工度が大きいにもかかわらず、疵が生じにくい。この異形伸線(STEP5)を含む製造方法により、ろ波中心線うねりWCAが小さく、最大ズレDifが小さく、かつ疵が少ない、圧力リング用線2が得られうる。この観点から、中間異形線の表面粗さRzは5.5mm以上がより好ましく、6.0mm以上が特に好ましい。圧力リング用線2の良好な表面状態の観点から、中間異形線の表面粗さRzは10.0μm以下が好ましい。
【0037】
本明細書において「表面粗さRz」との用語は、「JIS B0601-1982」に規定された十点平均粗さを意味する。表面粗さRzの測定条件は、以下の通りである。
測定器:東京精密社の「SURFCOM TOUCH 550-12」
スタイラス:E-DT-SS01B
パラメータ算出規格:JIS ’82規格
測定速度:0.06mm/s
形状除去:直線
カットオフ値:なし
出力パラメータ:Rz
【0038】
中間異形線の表面粗さRzは、圧延(STEP4)に利用されるローラの表面粗さRzに依存する。十分に大きい、中間異形線の表面粗さRzが達成されうるとの観点から、ローラの表面粗さRzは5.0μm以上が好ましく、5.5μm以上がより好ましく、6.0μm以上が特に好ましい。圧力リング用線2の良好な表面状態の観点からローラの表面粗さRzは、10.0μm以下が好ましい。
【0039】
加工度が大きい異形伸線(STEP5)は、異形線の優れた表面平滑性に寄与しうる。従って、表面粗さRzが5.0μm以上である中間異形線が異形伸線に供されても、表面粗さRzが小さい異形線が得られうる。この異形線から、表面粗さRzが小さい圧力リング用線2が得られうる。この圧力リング用線2から得られたリングでは、皮膜の研磨ムラが生じにくい。この観点から、異形線及び圧力リング用線2の表面粗さRzは3.0μm以下が好ましく、2.5μm以下がより好ましく、2.3μm以下が特に好ましい。表面粗さRzは、小さいほど好ましい。
【0040】
加工度が大きい異形伸線(STEP5)は、異形線における応力集中を助長する。この応力集中は、大きなネジレ角度、及び大きな巻ソリを招きうる。前述の通り、熱矯正(STEP6)は、異形伸線(STEP5)によって異形線に生じた応力を緩和する。熱矯正(STEP6)を含む製造方法により、ネジレ角度が小さく、巻ソリが小さい圧力リング用線2が得られうる。
【0041】
好ましい熱矯正(STEP6)では、温度が245℃以上255℃以下である雰囲気に、異形線が、2.5秒以上3.5秒以下の間、曝される。熱矯正(STEP6)は、焼入れ(STEP7)に先だって行われる。
【0042】
図2に示されるように、圧力リング用線2の第一側面8の断面形状は、円弧である。さらにこの線2は、前述の通り、第一丸め面取り12a及び第二丸め面取り12bを有している。これら丸め面取りのそれぞれの形状は、円弧である。この線2の断面の、外周側における円弧の数は、3である。「外周側における円弧」は、第一側面8の円弧、上面4と第一側面8とに挟まれた円弧、及び下面6と第一側面8とに挟まれた円弧である。
【0043】
この線2の断面形状は、圧力リングの断面形状に近い。この断面形状を有する線2から、低度の研磨加工によって、圧力リングが得られうる。一方で、外周側における円弧の数が3以上である線2の断面形状は、複雑である。この断面形状を有する線2のための異形伸線(STEP5)では、異形線にて応力集中が生じやすい。特に、小さなろ波中心線うねりWCAを意図して加工度Rが大きい異形伸線(STEP5)がなされると、応力集中が生じやすい。外周側における円弧の数が3以上である圧力リング用線2の製造にとって、熱矯正(STEP6)は特に有用である。
【0044】
この圧力リング用線2の材質は、鋼である。この鋼は、
C:0.51質量%以上0.85質量%以下
Si:0.15質量%以上1.60質量%以下
Mn:0.30質量%以上0.90質量%以下
Cr:0.80質量%以下
Ni:0.02質量%以下
P:0.08質量%以下
S:0.05質量%以下
及び
Cu:0.20質量%以下
を含んでいる。好ましくは、残部は、Fe及び不可避的不純物である。この鋼の、合金元素の含有率は、少ない。この鋼は、低コストで得られうる。以下、各元素の役割が、詳説される。
【0045】
[炭素(C)]
Cは、圧力リングの硬度及び疲労強度に寄与する。これらの観点から、Cの含有率は0.51質量%以上が好ましく、0.53質量%以上がより好ましく、0.55質量%以上が特に好ましい。過剰のCは、圧延(STEP4)及び異形伸線(STEP5)における加工性を阻害する。冷間加工性の観点から、Cの含有率は0.85質量%以下が好ましく、0.75質量%以下がより好ましく、0.65質量%以下が特に好ましい。
【0046】
[ケイ素(Si)]
Siは、圧力リングの耐熱性及び高温強度に寄与する。これらの観点から、Siの含有率は0.15質量%以上が好ましく、0.18質量%以上がより好ましく、0.20質量%以上が特に好ましい。過剰のSiは、圧延(STEP4)及び異形伸線(STEP5)における加工性を阻害する。過剰のSiはさらに、圧力リングの靱性を阻害する。冷間加工性及び靱性の観点から、Siの含有率は1.60質量%以下が好ましく、1.50質量%以下がより好ましく、1.45質量%以下が特に好ましい。
【0047】
[マンガン(Mn)]
Mnは、原線のための製鋼時に、脱酸素剤として添加される。Mnは、Sを固定しうる。これらの観点から、Mnの含有率は0.30質量%以上が好ましく、0.40質量%以上がより好ましく、0.50質量%以上が特に好ましい。過剰のMnは、圧延(STEP4)及び異形伸線(STEP5)における加工性を阻害する。冷間加工性の観点から、Mnの含有率は0.90質量%以下が好ましく、0.80質量%以下がより好ましく、0.75質量%以下が特に好ましい。
【0048】
[クロム(Cr)]
Crは、炭化物として析出しうる。この炭化物は、圧力リングの耐摩耗性に寄与しうる。この観点から、Crの含有率は0.30質量%以上が好ましく、0.40質量%以上がより好ましく、0.50質量%以上が特に好ましい。過剰のCrは、圧力リング用線2の靱性を阻害する。過剰のCrを含む線2にコイリングが施されると、この線2が折損しうる。靱性の観点から、Crの含有率は0.80質量%以下が好ましく、0.75質量%以下がより好ましく、0.70質量%以下が特に好ましい。Crは、必須の元素ではない。従って、Crの含有率が検出限界値以下であってもよい。
【0049】
[ニッケル(Ni)]
Niは、圧力リングの靱性に寄与しうる。この観点から、Niの含有率は0.05質量%以上が好ましく、0.10質量%以上がより好ましく、0.15質量%以上が特に好ましい。過剰のNiは、圧力リングの組織へのオーステナイトの残留を招来する。残留オーステナイトを含む圧力リングの硬度は、不十分である。硬度の観点から、Niの含有率は0.02質量%以下が好ましく、0.01質量%以下が特に好ましい。Niは、必須の元素ではない。従って、Niの含有率が検出限界値以下であってもよい。
【0050】
[リン(P)]
Pは、不純物である。Pは、圧力リングにおいて偏析し、この圧力リングの靱性を阻害する。靱性の観点から、Pの含有率は0.08質量%以下が好ましく、0.05質量%以下がより好ましく、0.03質量%以下が特に好ましい。
【0051】
[イオウ(S)]
Sは、不純物である。Sは、圧力リングにおいて偏析し、この圧力リングの靱性を阻害する。靱性の観点から、Sの含有率は0.05質量%以下が好ましく、0.03質量%以下がより好ましく、0.02質量%以下が特に好ましい。
【0052】
[銅(Cu)]
Cuは、圧延(STEP4)及び異形伸線(STEP5)における加工性に寄与しうる。この観点から、Cuの含有率は0.05質量%以上が好ましく、0.10質量%以上がより好ましく、0.15質量%以上が特に好ましい。過剰のCuは、熱間加工性を阻害する。熱間加工性の観点から、Cuの含有率は0.20質量%以下が好ましく、0.10質量%以下がより好ましく、0.05質量%以下が特に好ましい。Cuは、必須の元素ではない。従って、Cuの含有率が検出限界値以下であってもよい。
【0053】
図10に、他の実施形態に係る圧力リング用線38が示されている。この線38は、上面40、下面42、第一側面44及び第二側面46を有している。この線はさらに、第一丸め面取り48a、第二丸め面取り48b、第三丸め面取り48c及び第四丸め面取り48dを有している。この線38では、上面40と第一側面44とに挟まれた円弧の数は1であり、下面42と第一側面44とに挟まれた円弧の数は3である。第一側面44の形状は、ストレートであって円弧ではない。この線38の断面の外周側における、円弧の数は、4である。この線38の形状は、「ナピア形状」と称されている。この線38にコイリング等が施されて、圧力リングが形成される。第一側面44は、圧力リングの外周面に相当する。内燃機関において、この外周面が、シリンダーの内周面と擦れ合う。
【0054】
この圧力リング用線38では、ろ波中心線うねりWCAは3.0μm以下である。この圧力リング用線38ではさらに、最大ズレDifは、2.8μm以下であり、最大ズレDifとろ波中心線うねりWCAとの和は5.2μm以下である。この線38から、真円度の高い圧力リングが得られうる。
【0055】
図11に、さらに他の実施形態に係る圧力リング用線50が示されている。この線50は、上面52、下面54、第一側面56及び第二側面58を有している。この線はさらに、第一丸め面取り60a、第二丸め面取り60b、第三丸め面取り60c及び第四丸め面取り60dを有している。この線50では、上面52と第一側面56とに挟まれた円弧の数は1であり、下面54と第一側面56とに挟まれた円弧の数は3である。第一側面56の形状は、ストレートであって円弧ではない。この線50の断面の外周側における、円弧の数は、4である。この線50の形状は、「アンダーカット形状」と称されている。この線50にコイリング等が施されて、圧力リングが形成される。第一側面56は、圧力リングの外周面に相当する。内燃機関において、この外周面が、シリンダーの内周面と擦れ合う。
【0056】
この圧力リング用線50では、ろ波中心線うねりWCAは3.0μm以下である。この圧力リング用線50ではさらに、最大ズレDifは、2.8μm以下であり、最大ズレDifとろ波中心線うねりWCAとの和は5.2μm以下である。この線50から、真円度の高い圧力リングが得られうる。
【実施例
【0057】
以下、実施例に係る圧力リング用線の効果が明らかにされるが、この実施例の記載に基づいて本明細書で開示された範囲が限定的に解釈されるべきではない。
【0058】
[実施例1]
その材質が下記の表1に示された組成Aである鋼材に、図9に示された処理を施して、図1及び2に示された形状を有する、バレルタイプの圧力リング用線を得た。圧延(STEP4)の後の中間異形線の換算直径は、2.03mmであった。異形伸線(STEP5)の後の異形線の換算直径は、1.80mmであった。従って加工度は、21.4%であった。圧延(STEP4)の後の中間異形線の表面粗さRzは、9.5μmであった。焼戻し(STEP8)の後の圧力リング用線の表面粗さRzは、2.1μmであった。この圧力リング用線では、ろ波中心線うねりWCAは1.5μmであり、最大ズレDifは2.2μmであった。この圧力リング用線では、厚さは1.03mmであり、幅は2.70mmであった。
【0059】
[実施例2-9並びに比較例1及び2]
製造条件を下記の表2に示される通りとした他は実施例1と同様にして、実施例2-9並びに比較例1及び2の圧力リング用線を得た。
【0060】
[巻ソリ]
図8に示された方法にて、異形伸線(STEP5)の後の異形線、熱矯正(STEP6)の後の異形線、及び焼戻し(STEP8)の後の圧力リング用線の巻ソリを測定した。この結果が、下記の表3に示されている。
【0061】
[ネジレ角度]
図6及び7に示された方法にて、異形伸線(STEP5)の後の異形線、熱矯正(STEP6)の後の異形線、及び焼戻し(STEP8)の後の圧力リング用線のネジレ角度を測定した。この結果が、下記の表3に示されている。実施例7及び8並びに比較例1及び2の圧力リング用線は、熱矯正(STEP6)を経ることなく、得られた。
【0062】
[真円度]
圧力リング用線にコイリングを施し、リングを得た。このリングの真円度を、漏光テストにて評価し、下記の基準に従って格付けした。
A:極めて良好
B:良好
C:やや良好
D:不良
この結果が、下記の表3に示されている。
【0063】
[研磨残り]
圧力リング用線にコイリングを施し、リングを得た。このリングにアークイオンプレーティング(AIP)を施し、皮膜を形成した。この皮膜を研磨して、圧力リングを得た。この圧力リングの外観を目視で観察し、研磨残りの有無を判定した。この結果が、下記の表3に示されている。
【0064】
【表1】
【0065】
【表2】
【0066】
【表3】
【0067】
表3に示されるように、各実施例の圧力リング用線は、諸性能に優れている。この評価結果から、この圧力リング用線の優位性は明かである。
【0068】
[開示項目]
以下の項目のそれぞれは、好ましい実施形態を開示する。
【0069】
[項目1]
内燃機関の圧力リングのための線であって、
上記線の長さ方向に対して垂直な面における輪郭が、その外周側に、3以上の円弧を有しており、
上記長さ方向に沿って測定された、上記圧力リングの外周面に相当する面のろ波中心線うねりWCAが、3.0μm以下である、線。
【0070】
[項目2]
上記長さ方向に対して垂直な面における、上記外周面に相当する面の輪郭と、この輪郭を近似する仮想曲線との、最大ズレDifが、2.8μm以下である、項目1に記載の線。
【0071】
[項目3]
上記ろ波中心線うねりWCAと上記最大ズレDifとの和が、5.2μm以下である、項目2に記載の線。
【0072】
[項目4]
その表面粗さRzが3.0μm以下である、項目1から3のいずれかに記載の線。
【0073】
[項目5]
そのネジレ角度が3°/m以下である、項目1から4のいずれかに記載の線。
【0074】
[項目6]
その巻ソリが15mm/m以下である、項目1から5のいずれかに記載の線。
【0075】
[項目7]
その材質が鋼であり、この鋼が
C:0.51質量%以上0.85質量%以下
Si:0.15質量%以上1.60質量%以下
Mn:0.30質量%以上0.90質量%以下
Cr:0.80質量%以下
Ni:0.02質量%以下
P:0.08質量%以下
S:0.05質量%以下
及び
Cu:0.20質量%以下
を含む、項目1から6のいずれかに記載の線。
【0076】
[項目8]
(A)その表面粗さRzが5.0μm以上であるローラにて中間線に圧延を施して、中間異形線を得る工程、
及び
(B)上記中間異形線に、潤滑剤を用いた、加工度が18.0%以上22.0%以下である異形伸線を施して、異形線を得る工程
を備えた、圧力リングのための線の製造方法。
【0077】
[項目9]
上記工程(B)によって、その表面粗さRzが3.0μm以下である異形線が得られる、項目8に記載の製造方法。
【0078】
[項目10]
上記工程(B)の後に、
(C)上記異形線に、温度が245℃以上255℃以下であり、時間が2.5秒以上3.5秒以下である条件で、熱矯正を施す工程
及び
(D)上記異形線に焼入れ及び焼戻しを施す工程
をさらに備えた、項目8又は9に記載の製造方法。
【産業上の利用可能性】
【0079】
以上説明された圧力リング用線は、種々の内燃機関のピストンリングに適している。
【符号の説明】
【0080】
2・・・圧力リング用線
4・・・上面
6・・・下面
8・・・第一側面
10・・・第二側面
12・・・丸め面取り
14・・・第一側面の輪郭
16・・・上面の輪郭
18・・・下面の輪郭
20・・・仮想曲線
22・・・試験片
24・・・ベース
26・・・起立部
30・・・試験片
34・・・プレート
38・・・圧力リング用線
40・・・上面
42・・・下面
44・・・第一側面
46・・・第二側面
48・・・丸め面取り
50・・・圧力リング用線
52・・・上面
54・・・下面
56・・・第一側面
58・・・第二側面
60・・・丸め面取り
【要約】
【課題】真円度に優れた圧力リングが得られうる、線2の提供。
【解決手段】圧力リング用線2は、上面4、下面6、第一側面8、第二側面10及び丸め面取り12を有している。この線2の、長さ方向に対して垂直な面における輪郭は、その外周側に3の円弧を有している。この線2にコイリング等が施されて、圧力リングが形成される。第一側面8は、圧力リングの外周面に相当する。長さ方向に沿って測定された、第一側面8のろ波中心線うねりWCAは、3.0μm以下である。第一側面8の輪郭と、この輪郭を近似する仮想曲線との、最大ズレDifは、2.8μm以下である。ろ波中心線うねりWCAと最大ズレDifとの和は、5.2μm以下である。
【選択図】図2
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11