(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-04-08
(45)【発行日】2024-04-16
(54)【発明の名称】被覆工具
(51)【国際特許分類】
B23B 27/14 20060101AFI20240409BHJP
B23B 27/20 20060101ALI20240409BHJP
C23C 14/06 20060101ALI20240409BHJP
【FI】
B23B27/14 A
B23B27/20
B23B27/14 C
C23C14/06 A
C23C14/06 H
(21)【出願番号】P 2019179119
(22)【出願日】2019-09-30
【審査請求日】2022-04-15
(73)【特許権者】
【識別番号】000221144
【氏名又は名称】株式会社タンガロイ
(74)【代理人】
【識別番号】110001508
【氏名又は名称】弁理士法人 津国
(72)【発明者】
【氏名】福島 雄一郎
【審査官】増山 慎也
(56)【参考文献】
【文献】特開2011-031318(JP,A)
【文献】特許第6032387(JP,B1)
【文献】国際公開第2018/220910(WO,A1)
【文献】特開2012-045663(JP,A)
【文献】特開2012-061539(JP,A)
【文献】特表2016-500028(JP,A)
【文献】特開2014-046407(JP,A)
【文献】特開2018-008363(JP,A)
【文献】特開2012-210673(JP,A)
【文献】特開2009-113120(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23B 27/14、20
B23B 51/00
B23C 5/16
B23P 15/28
C23C 14/00
C23C 16/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材(ただし、前記基材は、前記基材の被覆された部分のパターン化された表面領域に、前記基材の内部への複数の凹部を有する前記基材を除く。)と、前記基材の表面に形成された被覆層とを有する被覆工具であって、
前記基材は、40体積%以上85体積%以下の立方晶窒化硼素と、15体積%以上60体積%以下の結合相とを含む焼結体からなり、
前記被覆層は、Ti、Zr、Hf、V、Nb、Ta、Cr、Mo、W、AlおよびSiからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素と、C、N、OおよびBからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素との化合物を含み、
前記被覆層の平均厚さが、1.0μm以上6.0μm以下であり、
前記被覆層の表面に、凹部が形成されており、
前記凹部の深さの割合が、前記被覆層の平均厚さの20%以上100%以下であり、
前記被覆層の表面の前記凹部が、整列したディンプル状の構成であり、
前記凹部が、格子状に
配置されている、被覆工具。
【請求項2】
前記被覆工具が、すくい面と、逃げ面と、前記すくい面と前記逃げ面との間に形成された切れ刃稜線部とを有し、
前記すくい面に形成された前記凹部の少なくとも一部が、整列したディンプル状の構成であり、ディンプル状の構成の整列の方向が、前記切れ刃稜線部と平行または略平行である、請求項1に記載の被覆工具。
【請求項3】
前記切れ刃稜線部と、前記凹部との最短距離が、1.0μm以上200μm以下である、請求項2に記載の被覆工具。
【請求項4】
前記凹部の幅が、1.0μm以上100μm以下である、請求項1~3のいずれか1項に記載の被覆工具。
【請求項5】
前記凹部の深さの割合が、前記被覆層の平均厚さの20%以上90%以下である、請求項1~4のいずれか1項に記載の被覆工具。
【請求項6】
基材(ただし、前記基材は、前記基材の被覆された部分のパターン化された表面領域に、前記基材の内部への複数の凹部を有する前記基材を除く。)と、前記基材の表面に形成された被覆層とを有する被覆工具であって、
前記基材は、40体積%以上85体積%以下の立方晶窒化硼素と、15体積%以上60体積%以下の結合相とを含む焼結体からなり、
前記被覆層は、Ti、Zr、Hf、V、Nb、Ta、Cr、Mo、W、AlおよびSiからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素と、C、N、OおよびBからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素との化合物を含み、
前記被覆層の平均厚さが、1.0μm以上6.0μm以下であり、
前記被覆層の表面に、溝が形成されており、
前記溝の深さの割合が、前記被覆層の平均厚さの20%以上100%以下であり、
前記被覆層の表面の前記溝が、前記被覆層の表面の領域を囲う構成であり、
前記被覆工具が、すくい面と、逃げ面と、前記すくい面と前記逃げ面との間に形成された切れ刃稜線部とを有し、
前記切れ刃稜線部と、前記溝との最短距離が、1.0μm以上200μm以下である、被覆工具。
【請求項7】
前記被覆工具が、すくい面と、逃げ面と、前記すくい面と前記逃げ面との間に形成された切れ刃稜線部とを有し、
前記すくい面に形成された前記溝の少なくとも一部が、前記被覆層の表面の領域を囲う構成であり、かつ前記切れ刃稜線部と平行または略平行であ
る、請求項6に記載の被覆工具。
【請求項8】
前記溝の幅が、1.0μm以上100μm以下である、請求項6又は7に記載の被覆工具。
【請求項9】
前記溝の深さの割合が、前記被覆層の平均厚さの20%以上90%以下である、請求項6~8のいずれか1項に記載の被覆工具。
【請求項10】
前記溝が、格子状に形成されている、請求項6~9のいずれか1項に記載の被覆工具。
【請求項11】
前記被覆層が、単層、または、2層以上の積層である、請求項1~10のいずれか1項に記載の被覆工具。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、被覆工具に関する。
【背景技術】
【0002】
立方晶窒化硼素は、ダイヤモンドに次ぐ硬さと優れた熱伝導性を持つ。また、立方晶窒化硼素は、鉄との親和性が低いという特徴を持つ。立方晶窒化硼素と、金属やセラミックスの結合相とからなる立方晶窒化硼素焼結体は、切削工具や耐摩耗工具などに応用されてきた。
【0003】
立方晶窒化硼素焼結体を用いた工具は、例えば、高硬度鋼の高速加工に用いられている。立方晶窒化硼素焼結体を用いた工具が高硬度鋼の高速加工に用いられた場合、工具の表面は高い摩擦熱に曝されるため、熱分解や被削材との反応摩耗が生じやすい。そこで、反応摩耗の進行を抑制するために、工具の表面に被覆層を備えた被覆工具が使用されている。
【0004】
例えば、特許文献1には、少なくとも刃先が、立方晶窒化硼素焼結体基材の表面に被覆層を被覆した被覆立方晶窒化硼素焼結体からなる、被覆立方晶窒化硼素焼結体工具であって、被覆層が基材側の下部層と上部層とを含み、上部層が、組成式Mα(MはTi、V、Zr、Nb、Mo、AlおよびSiから選択される少なくとも1種の元素を表し、αはC、N、BおよびOから選択される少なくとも1種の元素を表す。)で表される平均層厚0.5~3.0μmの化合物層であり、下部層が、組成式(Ti(1-x)Lx)β(LはAl、BおよびSiから選択される少なくとも1種の元素を表し、xはTiとLの合計に対するLの原子比を示し、0.01≦x≦0.7を満足し、βはCおよびNから選択される少なくとも1種の元素を表す。)で表される化合物からなる平均層厚60~200nmの第1薄層と、組成式(Al(1-y)Jy)γ(JはTi、V、Cr、Zr、NbおよびMoから選択される少なくとも1種の元素を表し、yはAlとJの合計に対するJの原子比を示し、0.1≦y≦0.5を満足し、γはCおよびNから選択される少なくとも1種の元素を表す。)で表される化合物からなる平均層厚60~200nmの第2薄層と、を交互に積層した交互積層体であり、交互積層体の平均層厚が0.5~3.0μmである、被覆立方晶窒化硼素焼結体工具が開示されている。
【0005】
特許文献2には、基材と、基材に堆積されており、かつ基材の少なくとも一部を被覆している表面被膜とを備えており、表面被膜は、厚さTcを有しており、基材は、基材の被覆された部分のパターン化された表面領域に、基材の内部への複数の凹部を有する、被覆された切削工具において、凹部のそれぞれが、深さDと、凹部の深さの半分(D/2)の位置における幅Wiとを有し、2μm<D<100μm、Wi≦2Tc、かつ、Tcは2μm~30μmであり、凹部は、表面被膜で少なくとも部分的に満たされていることを特徴とする被覆された切削工具が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】国際公開第2010/150335号
【文献】特表2016-500028号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
近年、加工能率を上げるために、従来よりも切削条件が厳しくなる傾向がある。このような傾向の中で、これまでよりも工具寿命を長くすることが求められている。しかしながら、特許文献1および2に開示された被覆立方晶窒化硼素焼結体からなる工具を用いて切削加工を行った場合、衝撃により刃先の被覆層にチッピングや剥離が生じることがあった。特に、厳しい条件で断続的に切削加工を行った場合、刃先の被覆層にチッピングや剥離が多く生じていた。被覆層が剥離する際には、立方晶窒化硼素焼結体にも部分的に脱落が生じる場合がある。この場合、脱落した箇所を起点として、立方晶窒化硼素焼結体からなる工具に欠損が生じることがあった。
【0008】
本発明は、上記の事情に鑑みてなされたものであり、耐チッピング性、耐剥離性、及び耐欠損性が高く、工具寿命を長くすることのできる被覆工具を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の要旨は、以下の通りである。
(1)基材と、前記基材の表面に形成された被覆層とを有する被覆工具であって、
前記基材は、40体積%以上85体積%以下の立方晶窒化硼素と、15体積%以上60体積%以下の結合相とを含む焼結体からなり、
前記被覆層は、Ti、Zr、Hf、V、Nb、Ta、Cr、Mo、W、AlおよびSiからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素と、C、N、OおよびBからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素との化合物を含み、
前記被覆層の平均厚さが、1.0μm以上5.0μm以下であり、
前記被覆層の表面に、溝または凹部が形成されており、
前記溝または凹部の深さの割合が、前記被覆層の平均厚さの20%以上100%以下である、被覆工具。
(2)前記溝または凹部の幅が、1.0μm以上100μm以下である、(1)に記載の被覆工具。
(3)前記溝または凹部の深さの割合が、前記被覆層の平均厚さの20%以上90%以下である、(1)または(2)に記載の被覆工具
(4)前記被覆工具が、すくい面と、逃げ面と、前記すくい面と前記逃げ面との間に形成された切れ刃稜線部とを有し、
前記すくい面に形成された前記溝または凹部の少なくとも一部が、前記切れ刃稜線部と平行または略平行である、(1)~(3)のいずれかに記載の被覆工具。
(5)前記切れ刃稜線部と、前記溝または凹部との最短距離が、1.0μm以上200μm以下である、(4)に記載の被覆工具。
(6)前記溝または凹部が、格子状に形成されている、(1)~(5)のいずれかに記載の被覆工具。
(7)前記被覆層が、単層、または、2層以上の積層である、(1)~(6)のいずれかに記載の被覆工具。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、耐チッピング性、耐剥離性、及び耐欠損性が高く、工具寿命を長くすることのできる被覆工具を提供することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図3】被覆工具の上面図であり、被覆層の表面に形成された溝または凹部の別の例を示している。
【
図4】被覆工具の上面図であり、被覆層の表面に形成された溝または凹部のさらに別の例を示している。
【
図5】被覆工具の上面図であり、被覆層の表面に形成された溝または凹部のさらに別の例を示している。
【
図6】
図2に示す被覆工具の切れ刃稜線部を含まない箇所での断面模式図である。
【
図7】
図4に示す被覆工具の切れ刃稜線部を含まない箇所での断面模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明の実施形態について説明する。
図1は、本実施形態の被覆工具10の断面模式図である。
図1に示すように、被覆工具10は、基材12と、基材12の表面に形成された被覆層14とを有する。基材12は、40体積%以上85体積%以下の立方晶窒化硼素(cBN)と、15体積%以上60体積%以下の結合相とを含む立方晶窒化硼素焼結体(cBN焼結体)からなる。
【0013】
cBN焼結体(以下、単に「焼結体」と呼ぶことがある)に含まれる立方晶窒化硼素の含有量が40体積%以上であると、相対的に結合相の割合が低くなるため、焼結体の機械的強度が向上する。その結果、cBN焼結体からなる被覆工具の耐欠損性が向上する。
【0014】
cBN焼結体に含まれる立方晶窒化硼素の含有量が85体積%以下であると、被削材との耐反応性に劣る立方晶窒化硼素の割合が低くなるため、被覆工具の耐摩耗性が向上するとともに、クレータ摩耗の進行を抑制することができる。
【0015】
なお、cBN焼結体に含まれる立方晶窒化硼素および結合相の含有量(体積%)は、例えば、cBN焼結体の任意の断面をSEMで撮影し、撮影したSEM写真を市販の画像解析ソフトで解析することで求めることができる。
【0016】
結合相は、Ti、Zr、Hf、V、Nb、Ta、Cr、Mo、W、Al、Co、NiおよびSiからなる群より選択される少なくとも1種の金属を含むことが好ましい。あるいは、結合相は、Ti、Zr、Hf、V、Nb、Ta、Cr、Mo、W、Al、Co、NiおよびSiからなる群より選択される少なくとも1種の金属と、炭素、窒素、酸素および硼素からなる群から選択される少なくとも1種の元素とからなる化合物を含むことが好ましい。結合相に含まれる好ましい化合物の例として、TiN、TiC、TiB2、Al2O3、及び、AlNなどを挙げることができる。
【0017】
cBN焼結体は、上述の立方晶窒化硼素及び結合相以外の他の成分を含有してもよい。例えば、cBN焼結体は、原料に不可避的に含まれる不純物を含有してもよい。このような不純物の例としては、原料粉末に含まれるリチウムなどが挙げられる。通常、不可避的不純物の含有量は、焼結体全体に対して1質量%以下である。したがって、不可避的不純物が、焼結体の特性に影響を及ぼすことはほとんどない。
【0018】
本実施形態の被覆工具において、cBN焼結体からなる基材12の表面には被覆層14が形成されている。基材12の表面に被覆層14が形成されることによって、本実施形態の被覆工具10の耐摩耗性が格段に向上する。
【0019】
被覆層14は、Ti、Zr、Hf、V、Nb、Ta、Cr、Mo、W、AlおよびSiからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素と、C、N、OおよびBからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素との化合物を含む。被覆層14は、単層でもよく、2層以上を含む積層構造を有してもよい。被覆層14がこのような構造を有することによって、本実施形態の被覆工具10の耐摩耗性が向上する。
【0020】
被覆層14に含まれる化合物の例として、TiN、TiC、TiCN、TiAlN、TiSiN、及び、CrAlNなどを挙げることができる。被覆層14は、組成が異なる複数の層を交互に積層した構造を有してもよい。この場合、各層の平均の厚みは、例えば5nm以上500nm以下であることが好ましい。
【0021】
被覆層14の平均厚さは、1.0μm以上5.0μm以下である。被覆層14の平均厚さが1.0μm未満である場合、被覆工具10の耐摩耗性が低下することがある。一方、被覆層14の平均厚さが5.0μmを超える場合、被覆工具10の耐欠損性が低下することがある。被覆層14の平均厚さは、好ましくは1.5μm以上4.5μm以下であり、より好ましくは2.0μm以上4.0μm以下である。
【0022】
被覆層14の平均厚さは、例えば、以下のように測定することができる。
被覆層14の断面組織を、光学顕微鏡、走査型電子顕微鏡(SEM)、または透過型電子顕微鏡(TEM)を用いて観察する。観察された被覆層14の断面組織の3箇所以上で、被覆層14の厚さを測定する。測定した被覆層14の厚さの平均値を算出する。被覆層14の厚さは、例えば、被覆工具10の金属蒸発源に対向する面の刃先の稜線部から、当該面の中心部に向かって50μmの位置の近傍において測定することができる。
【0023】
本実施形態の被覆工具10において、基材12の表面に被覆層14を形成する方法は、特に限定されない。被覆層14を形成する方法の例として、イオンプレーティング法、アークイオンプレーティング法、スパッタ法、イオンミキシング法などの物理蒸着法を挙げることができる。これらの中でもアークイオンプレーティング法が好ましい。この方法で被覆層14を形成すると、被覆層14と基材12との密着性が向上するからである。
【0024】
被覆層14に含まれる化合物の組成は、例えば、エネルギー分散型X線分析装置(EDS)や波長分散型X線分析装置(WDS)などを用いて測定することができる。
【0025】
図2は、本実施形態の被覆工具10の上面図である。
図2に示すように、被覆工具10は、すくい面16と、すくい面16に対してほぼ垂直な逃げ面18と、すくい面16と逃げ面18との間に形成された切れ刃稜線部20を有する。すくい面16は、被覆工具10による加工の際に、被削材に主に接する側の面である。逃げ面18は、被覆工具10による加工の際に、被削材と接触しない側の面である。切れ刃稜線部20は、被削材を加工するための刃が形成された部分である。被覆層14は、すくい面16、逃げ面18、及び切れ刃稜線部20を覆うように形成されている。
【0026】
図2に示すように、すくい面16に形成された被覆層14の表面には、溝または凹部22が四角格子状に形成されている。溝または凹部22は、例えば、被覆層14の表面にレーザー加工機を用いて形成することができるが、これに限定されるものではない。
【0027】
図3は、被覆層14の表面に形成された溝または凹部22の別の例を示している。
図3に示すように、溝または凹部22は、被覆層14の表面に三角格子状に形成することもできる。
【0028】
図4は、被覆層14の表面に形成された溝または凹部22のさらに別の例を示している。
図4に示すように、溝または凹部22は、被覆層14の表面に、ほぼ等間隔に整列した円形のディンプル状(くぼみ状)に形成することもできる。このようなディンプル状の溝または凹部22は、レーザー加工機によって形成することができるが、これに限定されるものではない。
【0029】
図5は、被覆層14の表面に形成された溝または凹部22のさらに別の例を示している。
図5に示すように、溝または凹部22は、被覆工具10の切れ刃稜線部20に隣接して形成されたチャンファーホーニング面19に形成されてもよい。また、図示しないが、溝または凹部22は、切れ刃稜線部20に隣接して形成された丸ホーニング面に形成されてもよい。
【0030】
溝または凹部22の形状は、上記の四角格子状、三角格子状、ディンプル状以外の形状であってもよく、これらの形状に限定されるものではない。
【0031】
本実施形態の被覆工具10において、溝または凹部22の断面形状は、どのような形状であってもよい。例えば、溝または凹部22の断面形状は、略V字型、略U字型、あるいは略半円型であってもよい。被覆層14の表面よりも基材12側に向かって凹んでいる形状であれば、どのような形状であっても本発明の「溝または凹部」に含まれうる。
【0032】
本実施形態の被覆工具10によれば、切削加工中に被覆層14が剥離した場合でも、被覆層14の表面に形成された溝または凹部22に沿って剥離が進展する。このため、被覆層14の剥離面積を、溝または凹部22で囲まれた範囲内の大きさに抑制することができる。あるいは、整列したディンプル状の溝または凹部22に沿って剥離が進展するため、被覆層14の剥離面積を最小限に抑制することができる。
【0033】
本実施形態の被覆工具10によれば、被覆層14に小規模な剥離が発生した場合でも、被覆層の剥離が大きく広がることを防止することができる。したがって、高負荷の条件で断続的な加工を行った場合でも、耐チッピング性、耐剥離性、及び耐欠損性に優れる被覆工具10が得られる。
【0034】
溝または凹部22の形状は、特に制限されるものではないが、四角格子状あるいは三角格子状であることが好ましい。溝または凹部22が格子状に形成された場合、被覆層14の剥離を格子に囲まれた領域内に抑制することができるため、被覆工具10の耐剥離性をより高めることが可能となる。
【0035】
溝または凹部22は、切れ刃稜線部20、すくい面16、及び逃げ面18のいずれに形成してもよいが、切れ刃稜線部20及びすくい面16のうち少なくとも一方に形成することが好ましい。被覆層14の剥離は、切れ刃稜線部20及びすくい面16に発生することが多いため、これらのうち少なくとも一方に溝または凹部22を形成した場合、被覆層14の剥離の拡大をより効果的に防止することが可能となるからである。溝または凹部22は、すくい面16に形成することがより好ましい。
【0036】
図6は、
図2に示す被覆工具10の切れ刃稜線部20を含まない箇所での断面模式図である。
図6に示すように、四角格子状の溝または凹部22の断面形状は、略U字型となっている。
【0037】
図7は、
図4に示す被覆工具10の切れ刃稜線部20を含まない箇所での断面模式図である。
図7に示すように、ディンプル状の溝または凹部22の断面形状は、略半円型となっている。
【0038】
図6、
図7に示すように、被覆層14の表面に形成された溝または凹部22の深さDは、基材12の表面12aにまで到達していないことが好ましい。すなわち、溝または凹部22の深さDは、被覆層14の厚さTよりも小さいことが好ましい。溝または凹部22が基材12の表面12aに到達した場合、基材12の表面12aが露出するとともに、基材12の表面12aにも溝又は凹部22が形成されるため、負荷の高い条件で断続的に加工を行った場合に、被覆層14と基材12が脱落するチッピングが生じる可能性が高くなるためである。
【0039】
本実施形態の被覆工具10において、被覆層14の表面に形成された溝または凹部22の深さDの割合は、被覆層14の平均厚さの20%以上である。溝または凹部22の深さDの割合が被覆層14の平均厚さの20%以上である場合、被覆層14の剥離が広がることを抑制する効果が高くなる。溝または凹部22の深さDの割合は、好ましくは被覆層14の平均厚さの30%以上であり、より好ましくは被覆層14の平均厚さの40%以上である。
【0040】
被覆層14の表面に形成された溝または凹部22の深さDの割合は、被覆層14の平均厚さの100%以下である。溝または凹部22の深さDの割合が被覆層14の平均厚さの100%以下である場合、基材12の表面12aが露出するほどの被覆層14の剥離の発生を抑制することができるため、被覆工具10の耐摩耗性がさらに向上する。溝または凹部22の深さDの割合は、被覆層14の平均厚さの90%以下であることが好ましく、被覆層14の平均厚さの80%以下であることがより好ましい。
【0041】
被覆層14の表面に形成された溝または凹部22の幅Wは、1.0μm以上100μm以下であることが好ましい。溝または凹部22の幅Wが1.0μm以上であると、被覆層14の剥離が広がることを抑制する効果が高くなる。一方、溝または凹部22の幅Wが100μm以下であると、相対的に被覆層14の薄い領域または被覆層14が存在しない領域が小さくなるため、被覆工具10の耐摩耗性が向上する。溝または凹部22の幅Wは、1.0μm以上80μm以下であることが好ましく、1.0μm以上60μm以下であることがより好ましい。
【0042】
図2、
図3に示すように、すくい面16に形成された溝または凹部22の少なくとも一部は、切れ刃稜線部20と平行または略平行であることが好ましい。ここでいう「略平行」とは、完全な平行から例えば±10°の範囲内で傾いている場合を含むことを意味する。溝または凹部22の少なくとも一部が切れ刃稜線部20と平行または略平行であると、すくい面16で発生した剥離が切れ刃稜線部20に到達することを効果的に防止できるため、切れ刃稜線部20の耐欠損性が向上する。特に、すくい面16において、切れ刃稜線部20に最も近い溝または凹部22aが切れ刃稜線部20と平行または略平行であると、すくい面16で発生した剥離が切れ刃稜線部20に到達することをより効果的に防止できるため、切れ刃稜線部20の耐欠損性がさらに向上する。
【0043】
切れ刃稜線部20と、溝または凹部22との最短距離SDは、1.0μm以上200μm以下であることが好ましい。ここでいう「最短距離」とは、切れ刃稜線部20上の点と、溝または凹部22上の点とを結ぶ線分のうち、最短の線分の長さを意味する。切れ刃稜線部20と溝または凹部22との最短距離SDが1.0μm以上であると、すくい面16で発生した剥離が切れ刃稜線部20に到達することを防止する効果が高くなる。一方、切れ刃稜線部20と溝または凹部22との最短距離SDが200μm以下であると、切れ刃稜線部20の近傍において、被覆層14の剥離が広がることを抑制する効果が高くなる。切れ刃稜線部20と、溝または凹部22との最短距離SDは、5.0μm以上150μm以下であることが好ましく、10μm以上100μm以下であることがより好ましい。
【0044】
本実施形態の被覆工具10は、耐摩耗性及び耐欠損性に優れるため、切削工具や耐摩耗工具として使用されると好ましく、その中でも切削工具として使用されると好ましい。本実施形態の被覆工具10は、焼結金属用切削工具や鋳鉄用切削工具として使用されるとさらに好ましい。本実施形態の被覆工具10を切削工具や耐摩耗工具として用いた場合、従来よりも工具寿命を延長することができる。
【0045】
以下、本実施形態の被覆工具10の製造方法の一例を説明する。
【0046】
(原料粉末調製工程)
立方晶窒化硼素の粉末Aを準備する。粉末Aの平均粒径は、0.2~5.0μmである。
【0047】
Ti、Zr、Hf、V、Nb、Ta、Cr、Mo、W、Al、Co、NiおよびSiからなる群より選択される少なくとも1種の元素、または、Ti、Zr、Hf、V、Nb、Ta、Cr、Mo、W、Al、Co、NiおよびSiからなる群より選択される少なくとも1種の元素と、C、N、OおよびBからなる群より選択される少なくとも1種の元素との化合物を含む粉末Bを準備する。粉末Bの平均粒径は、0.05~8.0μmである。
【0048】
粉末Aを40~85体積%と、粉末Bを15~60体積%とを混合して原料粉末を調製する(ただし、これらの合計は100体積%である)。
【0049】
(混合工程)
上記の工程で調製した原料粉末を、超硬合金製ボールとともに、5~24時間、湿式ボールミルによって混合する。
【0050】
(成形工程)
混合した原料粉末を所定の形状に成形して成形体を得る。
【0051】
(焼結工程)
得られた成形体を超高圧発生装置に収容し、4.0~7.0GPaの圧力にて、1200~1500℃の範囲の温度で、所定時間保持して焼結体を得る。
【0052】
(切り出し工程)
得られた焼結体を、放電加工機により工具形状に合わせて切り出す。
【0053】
(ろう付け工程)
切り出した焼結体を、ろう付けにより台金と接合してホーニング加工前の工具を得る。
【0054】
(ホーニング加工工程)
得られた工具にホーニング加工を施し、ホーニング加工後の工具を得る。
【0055】
(被覆工程)
得られた工具の表面に、物理蒸着法で被覆層を形成することで被覆工具を得る。
【0056】
(溝または凹部形成工程)
得られた被覆工具の被覆層に、レーザー加工機を用いて溝または凹部を形成する。
溝または凹部を形成するためのレーザー加工機としては、例えば、YAGレーザー、ピコ秒レーザー、あるいはフェムト秒レーザーを用いることができる。この中では、被覆層に変質相が形成されることを抑制できるため、ピコ秒レーザーあるいはフェムト秒レーザーを用いることが好ましい。
【0057】
ピコ秒レーザーを用いる場合、以下の条件で溝または凹部を形成することが好ましい。
レーザー出力:4W~12W
パルス幅:8ps~27ps
周波数:800kHz~1500kHz
ピコ秒レーザーを移動させる速さ:800mm/s~1500mm/s
【0058】
溝または凹部の深さDの割合を大きくするためには、レーザー加工機の出力を高くする、あるいは、レーザーを移動させる速さを遅くするとよい。また、レーザー加工機で同じ箇所を繰り返し処理してもよい。
【0059】
溝または凹部の幅Wを大きくするためには、レーザー加工機のパルス幅を大きくする、あるいは、レーザーで処理する面積を広げるとよい。また、溝または凹部を形成した後、その周囲をさらにレーザー加工機で処理してもよい。
【実施例】
【0060】
以下、本発明のさらに具体的な実施例について説明する。
[基材の作製]
立方晶窒化硼素(cBN)粉末、TiN粉末、TiC粉末、及びAl粉末を、以下の表1に示す比率で混合した後、超硬合金製ボールとヘキサン溶媒とパラフィンとともにボールミル用のシリンダーに入れて混合した。ボールミルで混合した原料粉末を、Zr製の高融点金属カプセル内に充填し、粉末の表面に吸着している水分及び酸素を除去するため、カプセルを開放したまま真空熱処理を行った。その後、カプセルを密封し、カプセルに充填されている原料粉末を、温度1300℃、圧力5GPaで、30分保持して焼結させることで立方晶窒化硼素焼結体からなる基材を得た。得られた基材におけるcBNの割合(体積%)、結合相の組成、及び結合相の割合(体積%)を以下の表1に示す。なお、結合相の組成は、XRDによって同定した。
【0061】
【0062】
[被覆層の形成]
上記で得られたcBN焼結体からなる基材をインサート形状に加工した後、基材の表面に、アークイオンプレーティング法により、1層または2層からなる被覆層を形成した。被覆層の組成及び平均厚さを、以下の表2に示す。
【0063】
被覆層を形成した際の条件は、以下の通りである。
(イオンボンバードメント処理の条件)
基材の温度:500℃
圧力:2.7PaのArガス雰囲気
電圧:-400V
電流:40A
時間:30分
(被覆層形成条件)
基材の温度:500℃
圧力:3.0Paの窒素(N2)ガス雰囲気(窒化物層)、または3.0Paの窒素(N2)ガスとアセチレンガス(C2H2)ガスとの混合ガス雰囲気(炭窒化物層)
電圧:-60V
電流:120A
【0064】
【0065】
[溝または凹部の形成]
基材に被覆層を形成した後、被覆層の表面に、ピコ秒レーザーを用いて溝または凹部を形成した。溝または凹部の形成条件は、以下の通りである。
レーザー出力:4W~12W
パルス幅:8ps~27ps
周波数:800kHz~1500kHz
ピコ秒レーザーを移動させる速さ:800mm/s~1500mm/s
【0066】
以下の表3及び表4に、溝または凹部の深さ(μm)、被覆層の平均厚さに対する溝または凹部の深さの割合(%)、溝または凹部の幅(μm)、溝または凹部の形状、被覆工具における溝または凹部を形成した場所、切れ刃稜線部に最も近い溝または凹部の方向(切れ刃稜線部に対して平行か否か)、及び、切れ刃稜線部と溝または凹部との最短距離(μm)を示す。表3及び表4において、基材の試料番号は、表1に示す基材の試料番号に対応する。被覆層の試料番号は、表2に示す試料番号に対応する。
【0067】
【0068】
【0069】
[切削試験]
得られた試料(発明品1~17および比較品1~7)を用いて、以下の条件で切削試験を行い、試料の耐欠損性および耐摩耗性を評価した。試験結果を以下の表5に示す。
(試験条件)
被削材:SCM415焼入れ鋼、
被削材形状:2本U溝入り丸棒、
加工方法:外径旋削、
切削速度:100m/min、
送り:0.15mm/rev、
切り込み深さ:0.15mm、
切削油:なし、
評価項目:試料が欠損(試料の切れ刃部に欠けが生じる)したときを工具寿命とし、工具寿命に至るまでの加工時間を測定した。また、加工時間が30分のときの損傷形態をSEMで観察した。
【0070】
【0071】
表5に示す結果から分かる通り、発明品1~17の被覆工具は、比較例1~7の被覆工具よりも耐摩耗性及び耐欠損性に優れており、工具寿命が長かった。なお、比較品7の被覆工具は、損傷形態は正常摩耗であったが、溝または凹部の深さが基材に到達しており、欠損に至るまでの加工時間(工具寿命)が短かった。
【符号の説明】
【0072】
10 被覆工具
12 基材
14 被覆層
16 すくい面
18 逃げ面
19 チャンファーホーニング面
20 切れ刃稜線部
22、22a 溝または凹部