(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-04-08
(45)【発行日】2024-04-16
(54)【発明の名称】分子の化学反応の解析方法
(51)【国際特許分類】
G16C 20/10 20190101AFI20240409BHJP
G16C 10/00 20190101ALI20240409BHJP
【FI】
G16C20/10
G16C10/00
(21)【出願番号】P 2019209777
(22)【出願日】2019-11-20
【審査請求日】2022-09-16
(73)【特許権者】
【識別番号】000183233
【氏名又は名称】住友ゴム工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100104134
【氏名又は名称】住友 慎太郎
(74)【代理人】
【識別番号】100156225
【氏名又は名称】浦 重剛
(74)【代理人】
【識別番号】100168549
【氏名又は名称】苗村 潤
(74)【代理人】
【識別番号】100200403
【氏名又は名称】石原 幸信
(74)【代理人】
【識別番号】100206586
【氏名又は名称】市田 哲
(72)【発明者】
【氏名】図師 知文
(72)【発明者】
【氏名】角田 昌也
【審査官】渡邉 加寿磨
(56)【参考文献】
【文献】特開2000-107593(JP,A)
【文献】特開2018-81473(JP,A)
【文献】特開2011-221868(JP,A)
【文献】中国特許出願公開第103793622(CN,A)
【文献】特開2006-190234(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G16C 10/00-99/00
G06Q 10/00-99/00
G16Z 99/00
B01J 19/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
分子間の化学反応を解析するための方法であって、
コンピュータが、密度汎関数強束縛法に基づいて、前記分子間の化学反応の過程を示す反応経路を特定する工程と、
前記コンピュータに、前記分子をモデル化した複数の分子モデルを入力する工程と、
前記コンピュータに、前記特定された反応経路が分子動力学計算中で反映されるように、前記分子動力学計算用のパラメータを設定する工程と、
前記コンピュータが、前記分子モデルを対象として、前記パラメータを用いて前記分子動力学計算を行う工程とを含
み、
前記パラメータは、隣接する前記分子モデルの離間距離に基づいて、前記隣接する分子モデルで化学反応が生じるか否かを判断するための反応距離を含む、
分子の化学反応の解析方法。
【請求項2】
前記分子動力学計算を行う工程は、前記離間距離が前記反応距離よりも大きい前記分子モデルの化学結合を開裂する工程と、
前記離間距離が前記反応距離以下である前記分子モデルを化学結合する工程とを含む、請求項1に記載の分子の化学反応の解析方法。
【請求項3】
前記パラメータは、隣接する前記分子モデルで化学反応が生じる確率を示す反応確率を含む、請求項1又は2記載の分子の化学反応の解析方法。
【請求項4】
分子間の化学反応を解析するための方法であって、
コンピュータが、密度汎関数強束縛法に基づいて、前記分子間の化学反応の過程を示す反応経路を特定する工程と、
前記コンピュータに、前記分子をモデル化した複数の分子モデルを入力する工程と、
前記コンピュータに、前記特定された反応経路が分子動力学計算中で反映されるように、前記分子動力学計算用のパラメータを設定する工程と、
前記コンピュータが、前記分子モデルを対象として、前記パラメータを用いて前記分子動力学計算を行う工程とを含み、
前記パラメータは、隣接する前記分子モデルで化学反応が生じる確率を示す反応確率を含む、
分子の化学反応の解析方法。
【請求項5】
前記分子動力学計算を行う工程は、前記反応確率に基づいて、前記隣接する分子モデルで化学反応が生じるか否かを判断する工程を含む、請求項4記載の分子の化学反応の解析方法。
【請求項6】
前記反応経路を特定する工程は、複数の反応経路を取得する工程と、
前記複数の反応経路について、活性化エネルギーをそれぞれ計算する工程と、
前記複数の反応経路のうち、前記活性化エネルギーが相対的に小さい反応経路を、前記反応経路として選択する工程とを含む、請求項1ないし5のいずれかに記載の分子の化学反応の解析方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、分子の化学反応の解析するための方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、分子間の化学反応を解析するための方法として、例えば、密度汎関数強束縛法が知られている。この方法では、分子間の化学反応の過程を示す反応経路が取得される。関連する技術としては、下記の非特許文献1及び非特許文献2がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】西村 好史、中井 浩巳 著、「分割統治型密度汎関数強束縛分子動力学(DC-DFTB-MD)法によるナノスケール系化学反応シミュレーション」、アンサンブル、分子シミュレーション学会、2016年4月、Vol.18、No.2、p95-101
【文献】西村 好史、中井 浩巳 著、「分割統治型密度汎関数強束縛分子動力学 (DC-DFTB-MD)法の最近の展開」、Journal of Computer Chemistry, Japan、日本コンピュータ化学会、2015年、Vol.14、No.3、p43-46
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
密度汎関数強束縛法では、量子化学に基づいて、数十分子レベルの反応経路を、比較的精度良く追跡することができる。しかしながら、密度汎関数強束縛法は、数百以上といった多数の分子を対象とする大規模な化学反応を解析するには、現実的ではなかった。
【0005】
本発明は、以上のような実状に鑑み案出されたもので、未知の反応経路を有する大規模な分子間の化学反応を解析することが可能な方法を提供することを主たる目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は、分子間の化学反応を解析するための方法であって、コンピュータが、密度汎関数強束縛法に基づいて、前記分子間の化学反応の過程を示す反応経路を特定する工程と、前記コンピュータに、前記分子をモデル化した複数の分子モデルを入力する工程と、前記コンピュータに、前記特定された反応経路が分子動力学計算中で反映されるように、前記分子動力学計算用のパラメータを設定する工程と、前記コンピュータが、前記分子モデルを対象として、前記パラメータを用いて前記分子動力学計算を行う工程とを含むことを特徴とする。
【0007】
本発明に係る前記分子の化学反応の解析方法において、前記反応経路を特定する工程は、複数の反応経路を取得する工程と、前記複数の反応経路について、活性化エネルギーをそれぞれ計算する工程と、前記複数の反応経路のうち、前記活性化エネルギーが相対的に小さい反応経路を、前記反応経路として選択する工程とを含んでもよい。
【0008】
本発明に係る前記分子の化学反応の解析方法において、前記パラメータは、隣接する前記分子モデルの離間距離に基づいて、前記隣接する分子モデルで化学反応が生じるか否かを判断するための反応距離を含んでもよい。
【0009】
本発明に係る前記分子の化学反応の解析方法において、前記分子動力学計算を行う工程は、前記離間距離が前記反応距離よりも大きい前記分子モデルの化学結合を開裂する工程と、前記離間距離が前記反応距離以下である前記分子モデルを化学結合する工程とを含んでもよい。
【0010】
本発明に係る前記分子の化学反応の解析方法において、前記パラメータは、隣接する前記分子モデルで化学反応が生じる確率を示す反応確率を含んでもよい。
【0011】
本発明に係る前記分子の化学反応の解析方法において、前記分子動力学計算を行う工程は、前記反応確率に基づいて、前記隣接する分子モデルで化学反応が生じるか否かを判断する工程を含んでもよい。
【発明の効果】
【0012】
本発明の分子の化学反応の解析方法は、前記密度汎関数強束縛法に基づいて特定された前記反応経路を、前記分子動力学計算に反映させて、分子間の化学反応を解析することができる。前記密度汎関数強束縛法は、前記反応経路を高い精度で特定することができる。一方、前記分子動力学計算は、前記密度汎関数強束縛法に比べて、多数の分子モデルを対象とする大規模系での化学反応を、短時間で計算することができる。したがって、本発明の分子の化学反応の解析方法は、未知の反応経路を有する大規模な分子間の化学反応を、短時間かつ高い精度で計算することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】分子の化学反応の解析方法を実施するためのコンピュータの一例を示すブロック図である。
【
図2】(a)は、MBTSの構造式であり、(b)は、八硫黄の構造式である。
【
図3】分子の化学反応の解析方法の処理手順の一例を示すフローチャートである。
【
図4】(a)は、MBTSモデルを示す図であり、(b)は、八硫黄モデルを示す図である。
【
図5】(a)は、第1セルに配置されたMBTSモデル及び八硫黄モデルの一例を示す図であり、
【
図6】(a)~(c)は、反応経路の一例を説明する構造式である。
【
図7】分子動力学計算での仮想空間である第2セル及び分子モデルの一例を示す概念図である。
【
図8】(a)~(c)は、化学結合の開裂、及び、化学結合の一例を説明するための概念図である。
【
図9】分子動力学計算工程の処理手順の一例を示すフローチャートである。
【
図10】本発明の他の実施形態の反応経路特定工程の処理手順の一例を示すフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明の実施の一形態が図面に基づき説明される。
本実施形態の分子の化学反応の解析方法(以下、単に「解析方法」ということがある。)では、コンピュータを用いて、分子間の化学反応が解析される。本実施形態の解析方法では、未知の反応経路を有する大規模な分子間の化学反応が計算される。
【0015】
図1は、分子の化学反応の解析方法を実施するためのコンピュータの一例を示すブロック図である。本実施形態のコンピュータ1は、入力デバイスとしての入力部11、出力デバイスとしての出力部12、及び、種々の計算を実行する演算処理装置13を有しており、分子の化学反応を解析するための装置(解析装置)として構成されている。
【0016】
入力部11には、例えば、キーボード又はマウス等が用いられる。出力部12には、例えば、ディスプレイ装置又はプリンタ等が用いられる。演算処理装置13は、各種の演算を行う演算部(CPU)14、データやプログラム等が記憶される記憶部15、及び、作業用メモリ16を含んで構成されている。
【0017】
記憶部15は、例えば、磁気ディスク、光ディスク又はSSD等からなる不揮発性の情報記憶装置である。記憶部15には、データ部17、及び、プログラム部18が設けられている。
【0018】
データ部17には、分子の化学反応を解析するのに必要な情報が記憶される。データ部17は、分子に関する情報が記憶される初期データ記憶部17a、分子モデルが記憶される分子モデル記憶部17b、計算条件が記憶される計算条件記憶部17c、分子間の反応経路が記憶される反応経路記憶部17d、分子動力学計算用のパラメータが記憶されるパラメータ記憶部17e、及び、解析結果が記憶される解析結果記憶部17fを含んで構成されている。
【0019】
プログラム部18は、演算部14によって実行される分子の化学反応の解析プログラム(以下、単に「プログラム」ということがある。)である。このコンピュータ用のプログラム(プログラム部18)は、コンピュータ1を、分子の化学反応の解析装置として機能させることができる。
【0020】
プログラム部18は、分子間の反応経路を特定する反応経路特定部18a、分子モデルを設定するための分子モデル設定部18b、分子モデル間のポテンシャルを定義するためのポテンシャル定義部18c、分子動力学計算用のパラメータを設定するためのパラメータ設定部18d、及び、分子動力学計算を行うための分子動力学計算部18eを含んで構成される。このようなプログラム部18によって実施される解析方法の処理手順については、後述する。
【0021】
本実施形態の解析方法において、化学反応が解析される分子については、特に限定されるわけではない。本実施形態の解析方法では、種々の分子の化学反応が解析されうる。本実施形態では、ジ-2-ベンゾチアゾリルジスルフィド(以下、単に「MBTS」ということがある。)、及び、環状の八硫黄(以下、単に「八硫黄」ということがある。)S
8の化学反応が解析される。なお、MBTSは、チアゾール系加硫促進剤である。
図2(a)は、MBTSの構造式である、
図2(b)は、八硫黄S
8の構造式である。
【0022】
図3は、分子の化学反応の解析方法の処理手順の一例を示すフローチャートである。本実施形態の解析方法では、先ず、コンピュータ1が、分子間の反応経路を特定する(反応経路特定工程S1)。本実施形態の反応経路特定工程S1では、先ず、
図1に示した初期データ記憶部17aに記憶されている分子に関する情報、及び、反応経路特定部18aが、作業用メモリ16に読み込まれる。そして、反応経路特定部18aが、演算部14によって実行される。この反応経路特定部18aの実行により、プログラム(プログラム部18)は、コンピュータ1を、分子間の反応経路を特定するための手段として機能させることができる。
【0023】
反応経路とは、分子間の化学反応の過程を示すものである。本実施形態の反応経路特定工程S1では、密度汎関数強束縛法に基づいて、
図2(a)に示したMBTSと、
図2(b)に示した八硫黄S
8との未知の反応経路が特定される。
【0024】
密度汎関数強束縛法は、密度汎関数法に基づく半経験的手法である。この密度汎関数強束縛法に基づく分子動力学計算(以下、「QM/MD計算」ということがある。)では、量子力学に基づく結合の生成・開裂を伴うダイナミクスの解析が可能となる。
【0025】
密度汎関数強束縛法の概要、計算条件、及び、計算方法等については、例えば、非特許文献1及び非特許文献2等に記載のように公知である。また、密度汎関数強束縛法で計算対象とする分子の個数については、コンピュータ1の性能等に基づいて適宜設定される。本実施形態の密度汎関数強束縛法に基づく計算では、2~500個程度の分子を対象とした計算が行われる。なお、分子の個数が2個未満であると、反応経路を特定できないおそれがある。一方、分子の個数が500個を超えると、計算時間が増大し、現実的な時間で計算を終了できないおそれがある。
【0026】
本実施形態の反応経路特定工程S1において、反応経路の特定には、例えば、密度汎関数強束縛法に基づくQM/MD計算が可能なソフトウェアが用いられる。このソフトウェアの一例としては、例えば、ダッソー・システムズ株式会社製の「BIOVIA Materials Studio DFTB+」、株式会社クロスアビリティ製の「DCDFTBMD」、及び、オープンソースプログラムの「DFTB+」等である。このようなソフトウェアの少なくとも1つが、反応経路特定部18a(
図1に示す)に含まれている。
【0027】
本実施形態の反応経路特定工程S1では、先ず、
図1に示したコンピュータ1(本例では、分子モデル記憶部17b)に、解析対象の分子(本例では、
図2(a)及び(b)に示したMBTS及び八硫黄S
8)をモデル化した分子モデルが入力される。本実施形態では、
図1に示した分子モデル設定部18bが演算部14によって実行されることにより、
図1に示した初期データ記憶部17aに記憶されている分子に関数情報に基づいて、分子モデルが設定される。
図4(a)及び(b)は、分子モデル2の一例を示す図である。
図4(a)は、MBTSモデル3を示す図である。
図4(b)は、八硫黄モデル4を示す図である。
【0028】
本実施形態の分子モデル2は、MBTS(
図2(a)に示す)をモデル化したMBTSモデル3(
図4(a)に示す)と、八硫黄S
8(
図2(b)に示す)をモデル化した八硫黄モデル4(
図4(b)に示す)とが含まれる。これらの分子モデル2は、全原子モデルとして定義されており、複数の粒子モデル5と、粒子モデル5、5間を結合するボンドモデル6とを含んでいる。
【0029】
粒子モデル5は、前述のQM/MD計算や、後述の分子動力学計算において、運動方程式の質点として取り扱われる。即ち、粒子モデル5には、質量、直径、電荷、又は、初期座標などのパラメータが定義される。粒子モデル5は、炭素原子をモデル化した炭素粒子モデル5c、水素原子をモデル化した水素粒子モデル5h、窒素原子をモデル化した窒素粒子モデル5n、及び、硫黄原子をモデル化した硫黄粒子モデル5sを含んでいる。
【0030】
ボンドモデル6は、粒子モデル5、5間を拘束するものである。本実施形態のボンドモデル6は、主鎖6aと側鎖6b(
図4(a)に示す)とを含んでいる。主鎖6aには、例えば、単結合や、二重結合が含まれてもよい。
【0031】
ボンドモデル6を介して隣り合う粒子モデル5、5間には、相互作用(斥力及び引力を含む)が生じさせるポテンシャル(図示省略)が定義される。これらのポテンシャルは、例えば、結合ポテンシャル、結合角ポテンシャル、及び、結合二面角ポテンシャルを含んでいる。このようなポテンシャルは、例えば、特許文献(特開2018-032077号公報)の記載に基づいて適宜定義することができる。これにより、分子モデル2(本例では、
図4(a)に示したMBTSモデル3、及び、
図4(b)に示した八硫黄モデル4)が定義される。これらの分子モデル2は、
図1に示したコンピュータ1(分子モデル記憶部17b)に記憶される。
【0032】
次に、本実施形態の反応経路特定工程S1では、
図1に示したコンピュータ1(本例では、計算条件記憶部17c)に、密度汎関数強束縛法に基づくQM/MD計算をするための計算条件が定義される。計算条件には、密度汎関数強束縛法に基づくエネルギー、温度、体積、圧力、原子の初速度、及び、MD計算の時間刻み幅等が含まれる。これらの計算条件は、前述のソフトウェアの仕様に応じて、適宜定義される。
【0033】
次に、本実施形態の反応経路特定工程S1では、QM/MD計算での仮想空間である第1セルの内部に、MBTSモデル3及び八硫黄モデル4が配置される。
図5(a)は、第1セル9に配置されたMBTSモデル3及び八硫黄モデル4の一例を示す図である。
【0034】
第1セル9は、少なくとも互いに向き合う一対の面21、21、本実施形態では、互いに向き合う三対の面21、21を有している。第1セル9は、直方体又は立方体(本例では、直方体)として定義されている。各面21、21には、周期境界条件が定義されている。このような第1セル9を用いた分子動力学計算では、例えば、一方側の面21から出て行ったMBTSモデル3又は八硫黄モデル4の一部が、他方側の面21から入ってくるように計算することができる。第1セル9の大きさは、例えば、MBTSモデル3及び八硫黄モデル4の個数等に基づいて、適宜設定することができる。
【0035】
第1セル9の内部には、MBTSモデル3及び八硫黄モデル4がランダムに配置される。MBTSモデル3及び八硫黄モデル4の各個数の合計は、前述した密度汎関数強束縛法での分子の個数の範囲内となるように設定される。
【0036】
そして、本実施形態の反応経路特定工程S1では、
図1に示したコンピュータ1(本例では、反応経路特定部18a)が、
図5(a)に示した分子モデル2(MBTSモデル3及び八硫黄モデル4)を対象に、前述した計算条件に基づいて、密度汎関数強束縛法に基づくQM/MD計算が行われる。
【0037】
密度汎関数強束縛法に基づくQM/MD計算は、例えば、一つの反応経路が取得されるまで行われてもよいし、任意の計算時間が経過するまで行われてもよい。
図5(b)は、QM/MD計算が終了した後の分子モデル2の一例を示す図である。
【0038】
本実施形態の密度汎関数強束縛法に基づくQM/MD計算では、
図4(a)及び
図5(a)に示したMBTSモデル3での硫黄粒子モデル5s-5sの化学結合が開裂して、
図5(b)に示した一対のBt-Sモデル7が生成される。一方、
図4(b)及び
図5(b)に示した八硫黄モデル4は、硫黄粒子モデル5s-5sの化学結合が開裂して、
図5(b)に示した二硫黄モデル8が生成される。そして、
図5(b)に示されるように、Bt-Sモデル7の硫黄粒子モデル5sと、二硫黄モデル8の硫黄粒子モデル5sとが化学結合し、Bt-S4-Btモデル20が生成される。
【0039】
図6(a)~(c)は、反応経路の一例を説明する構造式である。本実施形態の反応経路特定工程S1では、上述の密度汎関数強束縛法に基づくQM/MD計算により、
図6(a)~(c)に示されるように、MBTS及び八硫黄S
8が化学反応して、Bt-S4-Btが生成されるまでの反応経路を特定することができる。このように、本実施形態の解析方法では、密度汎関数強束縛法に基づいて、分子間の未知の反応経路を特定することができる。特定された反応経路は、
図1に示したコンピュータ1(本例では、反応経路記憶部17d)に記憶される。
【0040】
次に、本実施形態の解析方法では、
図1に示したコンピュータ1(本例では、分子モデル記憶部17b)に、分子(
図2(a)及び(b)に示す)をモデル化した複数の分子モデルが入力される(工程S2)。工程S2では、先ず、初期データ記憶部17aに記憶されている分子に関する情報、及び、分子モデル設定部18bが、作業用メモリ16に読み込まれる。そして、工程S2では、分子モデル設定部18bが、演算部14によって実行される。この分子モデル設定部18bの実行により、プログラム(プログラム部18)は、コンピュータ1を、分子モデルを設定するための手段として機能させることができる。
【0041】
工程S2で入力される分子モデルは、後述の分子動力学計算に用いるためのものである。本実施形態の工程S2では、
図2(a)及び(b)に示した解析対象のMBTS、及び、八硫黄S
8がモデル化される。
【0042】
分子モデルは、複数の原子の集団を一つのビーズに置き換えた粗視化分子モデル(図示省略)ではなく、後述の分子動力学計算において、化学反応(即ち、分子を構成する原子の結合の組換えによる変化)の詳細な解析が可能な全原子モデルとして定義される。本実施形態では、
図4(a)及び(b)に示されるように、反応経路特定工程S1で定義された分子モデル2(MBTSモデル3及び八硫黄モデル4)が用いられる。分子モデル2の詳細については、前述のとおりである。
【0043】
図7は、分子動力学計算での仮想空間である第2セル10及び分子モデル2の一例を示す概念図である。本実施形態の工程S2では、第2セル10の内部に、複数の分子モデル2が配置される。
図7では、分子モデル2の一部を代表して示している。
【0044】
第2セル10は、
図5(a)に示した第1セル9と同様に設定することができる。第2セル10の大きさは、例えば、分子モデル2(MBTSモデル3及び八硫黄モデル4)の個数等に基づいて、適宜設定することができる。
【0045】
分子モデル2(MBTSモデル3及び八硫黄モデル4)は、第2セル10の内部に、ランダムに配置される。後述の分子動力学計算では、前述の密度汎関数強束縛法に比べて、多数の分子モデル2を対象とする大規模系での化学反応を、短時間で計算することができる。このため、工程S2では、前述の密度汎関数強束縛法で計算対象とする分子の個数に比べて、多くの分子モデル2が入力される。
【0046】
分子モデル2の個数については、後述の分子動力学計算を行うコンピュータ1の性能等に基づいて、適宜設定することができる。なお、分子モデル2の個数が多いと、計算時間が増大し、現実的な時間で計算を終了できないおそれがある。一方、分子モデル2の個数が少ないと、大規模系での分子間の化学反応を解析できないおそれがある。このような観点より、本実施形態の分子モデル2の個数(MBTSモデル3の個数と八硫黄モデル4の個数との合計)は、4~1000個に設定される。
【0047】
MBTSモデル3の個数と、八硫黄モデル4の個数との比については、例えば、実際に予定されているMBTS及び八硫黄S
8の配合割合等を考慮して、適宜設定することができる。複数の分子モデル2及び第2セル10は、
図1に示したコンピュータ1(本例では、分子モデル記憶部17b)に入力される。
【0048】
本実施形態の解析方法では、
図3に示されるように、反応経路特定工程S1の後に、複数の分子モデルを入力する工程S2が実施されているが、特に限定されない。例えば、工程S2の後に、反応経路特定工程S1が実施されてもよい。この場合、反応経路特定工程S1では、工程S2で定義された分子モデル2を用いることができる。
【0049】
次に、本実施形態の解析方法では、隣接する分子モデル2間に、ポテンシャルPが定義される(工程S3)。工程S3では、先ず、
図1に示されるように、分子モデル記憶部17bに記憶されている分子モデル2(
図7に示す)、及び、ポテンシャル定義部18cが、作業用メモリ16に読み込まれる。そして、工程S3では、ポテンシャル定義部18cが、演算部14によって実行される。このポテンシャル定義部18cの実行により、プログラム(プログラム部18)は、コンピュータ1を、ポテンシャルP(
図7に示す)を定義するための手段として機能させることができる。
【0050】
図7に示されるように、ポテンシャルPは、後述の分子動力学計算において、隣接する分子モデル2の粒子モデル5、5間に、斥力及び引力を含む相互作用を定義するためのものである。ポテンシャルPについては、適宜定義することができる。本実施形態のポテンシャルPとしては、例えば、特許文献(特開2018-032077号公報)の記載に基づいて、LJポテンシャルが定義される。LJポテンシャルのパラメータについては、前述の特許文献の記載に基づいて、適宜定義することができる。ポテンシャルPは、
図1に示したコンピュータ1(計算条件記憶部17c)に記憶される。
【0051】
次に、本実施形態の解析方法では、
図1に示したコンピュータ1に、特定された反応経路が、後述の分子動力学計算中で反映されるように、分子動力学計算用のパラメータが設定される(工程S4)。工程S4では、先ず、
図1に示されるように、反応経路記憶部17dに記憶されている分子間の反応経路(
図6に示す)、分子モデル記憶部17bに記憶されている分子モデル2(
図7に示す)、及び、パラメータ設定部18dが、作業用メモリ16に読み込まれる。そして、工程S4では、パラメータ設定部18dが演算部14によって実行される。このパラメータ設定部18dの実行により、プログラム(プログラム部18)は、コンピュータ1を、分子動力学計算用のパラメータを設定する手段として機能させることができる。
【0052】
パラメータについては、反応経路特定工程S1で特定された反応経路(
図6に示す)が、分子動力学計算中で反映されるものであれば、適宜設定することができる。本実施形態のパラメータには、反応距離及び反応確率が含まれる。なお、パラメータは、反応距離及び反応確率のいずれか一方のみでもよいし、その他のパラメータがさらに含まれてもよい。
図8(a)~(c)は、化学結合の開裂、及び、化学結合の一例を説明するための概念図である。
【0053】
図6(a)及び(b)に示されるように、本実施形態の反応経路では、MBTSの硫黄原子S-S間の化学結合が開裂している。さらに、本実施形態の反応経路では、八硫黄S
8の硫黄原子S-S間の化学結合も開裂している。このため、本実施形態の工程S4では、
図8(a)に示されるように、MBTSモデル3の一対の硫黄粒子モデル5s-5s間、八硫黄モデル4の硫黄粒子モデル5s-5s間に、分子動力学計算用のパラメータ(本例では、反応距離及び反応確率)が設定される。このパラメータは、
図8(b)に示されるように、MBTSモデル3が開裂したBt-Sモデル7、及び、八硫黄モデル4が開裂した二硫黄モデル8において、無効となる(即ち、後述の分子動力学計算において、反映されなくなる)ように定義される。
【0054】
さらに、
図6(b)及び(c)に示されるように、本実施形態の反応経路では、Bt-Sの硫黄原子Sと、二硫黄S
2の硫黄原子Sとが化学結合している。このため、
図8(b)に示されるように、本実施形態の工程S4では、Bt-Sモデル7の硫黄粒子モデル5sと、二硫黄モデル8の硫黄粒子モデル5sとの間に、分子動力学計算用のパラメータ(本例では、反応距離及び反応確率)が設定される。このパラメータは、後述の分子動力学計算において、MBTSモデル3(
図8(a)に示す)が開裂したBt-Sモデル7、及び、八硫黄モデル4(
図8(a)に示す)が開裂した二硫黄モデル8が生成されてから有効となるように定義される。さらに、このパラメータは、Bt-Sモデル7と二硫黄モデル8とが化学結合したBt-S4-Btモデル20(
図8(c)に示す)において、無効となる(即ち、後述の分子動力学計算において、反映されなくなる)ように定義される。
【0055】
反応距離は、隣接する分子モデル2の離間距離に基づいて、その隣接する分子モデル2で化学反応(本例では、化学結合、及び、化学結合の開裂)が生じるか否かを判断するためのものである。本実施形態の離間距離は、互いに化学結合された分子モデル2の離間距離と、互いに化学結合されていない分子モデル2の離間距離とが含まれる。
【0056】
互いに化学結合された分子モデル2の離間距離には、
図8(a)に示されるように、MBTSモデル3内でボンドモデル6を介して隣接するBt-Sモデル7、7の第1離間距離L1、及び、八硫黄モデル4内でボンドモデル6を介して隣接する二硫黄モデル8、8の第2離間距離L2が含まれる。一方、互いに化学結合されていない分子モデル2の離間距離には、
図8(b)に示されるように、Bt-Sモデル7と、二硫黄モデル8との間の第3離間距離L3が含まれる。
【0057】
反応距離は、前述の離間距離(本例では、第1離間距離L1~第3離間距離L3)に対応して定義される。本実施形態の反応距離は、第1離間距離L1に対応する第1反応距離R1(図示省略)、第2離間距離L2に対応する第2反応距離R2(図示省略)、及び、第3離間距離L3に対応する第3反応距離R3(図示省略)を含んでいる。本実施形態の離間距離L1~L3及び反応距離R1~R3は、化学結合の開裂、及び、化学結合される粒子モデル5(本実施形態では、硫黄粒子モデル5s)の中心間の距離として定義される。
【0058】
図8(a)に示されるように、本実施形態では、後述の分子動力学計算において、MBTSモデル3内で互いに隣接する一方のBt-Sモデル7と、他方のBt-Sモデル7との間の離間距離(硫黄粒子モデル5s、Sの第1離間距離)L1が、それらの間に定義された第1反応距離R1(図示省略)よりも大きくなった場合に、
図8(b)に示されるように、Bt-Sモデル7、7の化学結合(MBTSモデル)を開裂させる。この化学結合の開裂は、例えば、硫黄粒子モデル5s、5s間のボンドモデル6(
図8(a)に示す)を無効(又は削除)することによって定義することができる。
【0059】
同様に、
図8(a)に示されるように、八硫黄モデル4を構成する一方の二硫黄モデル8と、他方の二硫黄モデル8との間の離間距離(硫黄粒子モデル5sの第2離間距離)L2が、それらの間に定義された第2反応距離R2(図示省略)よりも大きくなった場合に、
図8(b)に示されるように、二硫黄モデル8、8の化学結合(八硫黄モデル4)を開裂させる。この化学結合の開裂の定義については、前述のとおりである。
【0060】
図8(b)に示されるように、本実施形態では、後述の分子動力学計算において、隣接するBt-Sモデル7と、二硫黄モデル8との間の離間距離(Bt-Sモデル7の硫黄粒子モデル5sと、二硫黄モデル8の硫黄粒子モデル5sとの離間距離)L3が、それらの間に定義された第3反応距離R3(図示省略)以下である場合に、
図8(c)に示されるように、Bt-Sモデル7と、二硫黄モデル8とを化学結合させる。この化学結合は、例えば、Bt-Sモデル7の硫黄粒子モデル5sと、二硫黄モデル8の硫黄粒子モデル5sとの間に、ボンドモデル6(
図8(c)に示す)が設定されることによって定義することができる。
【0061】
各反応距離R1~R3(図示省略)については、特定された反応経路(
図6(a)~(c)に示す)等を考慮して、適宜設定することができる。本実施形態の反応距離R1~R3は、化学結合、及び、化学結合の開裂が生じる原子(本例では、硫黄原子)の結合距離の2~6倍(本例では、4倍)にそれぞれ設定されている。第1反応距離R1~第3反応距離R3は、
図1に示したコンピュータ1(パラメータ記憶部17e)に入力される。
【0062】
反応確率は、隣接する分子モデル2、2で化学反応が生じる確率を示している。したがって、後述の分子動力学計算では、反応確率が相対的に大きい分子モデル2、2において、化学反応を生じやすくなる。反応確率については、特定された反応経路(
図6(a)~(c)に示す)等を考慮して、適宜設定することができる。本実施形態では、下記式(1)で定義されるアレニウスの反応確率pが用いられる。
【0063】
【数1】
ここで、
E
a:活性化エネルギー
R:気体定数
T:温度
A:頻度因子
【0064】
上記式(1)において、活性化エネルギーE
aは、化学反応させる分子モデル2ごとに取得される。本実施形態では、
図8(a)に示されるように、MBTSモデル3を構成する一方のBt-Sモデル7と、他方のBt-Sモデル7との間の活性化エネルギーE
a、八硫黄モデル4を構成する一方の二硫黄モデル8と、他方の二硫黄モデル8との間の活性化エネルギーE
a、及び、
図8(b)に示した隣接するBt-Sモデル7と、二硫黄モデル8との間の活性化エネルギーE
aがそれぞれ取得される。
【0065】
この活性化エネルギーEaは、例えば、実験やシミュレーション等に基づいて、適宜取得することができる。本実施形態では、DFT法に基づく量子化学計算に基づいて、活性化エネルギーEaを取得している。
【0066】
DFT法に基づく量子化学計算で用いられる基底関数としては、例えば、基底関数(6-31G(d))が定義される。DFT法に基づく基底関数の定義、及び、量子化学計算には、量子化学計算プログラム(例えば、Gaussian社製のGaussian03、Gaussian09又はGaussian16等)が用いられる。なお、DFT法の概要や計算方法については、例えば、論文(田中章夫、前川健典、鈴木机倫 著「反応機構解析における理論計算の役割」、住友化学技術誌2013、住友化学株式会社、2013年7月31日、p43-52)に記載されているとおりである。
【0067】
上記式(1)において、頻度因子Aは、化学反応が生じるか否かを判断する時間間隔に基づいて、適宜設定することができる。本実施形態の頻度因子Aは、例えば、1×105~1×1020に設定される。上記式(1)において、温度Tは、後述の分子動力学計算での分子モデル2の温度である。
【0068】
本実施形態の反応確率pは、
図8(a)に示したMBTSモデル3を構成する一方のBt-Sモデル7と、他方のBt-Sモデル7との間の第1反応確率、八硫黄モデル4を構成する一方の二硫黄モデル8と、他方の二硫黄モデル8との間の第2反応確率、及び、
図8(b)に示した隣接するBt-Sモデル7と、二硫黄モデル8との間の第3反応確率が含まれる。これらの反応確率は、
図1に示したコンピュータ1(パラメータ記憶部17e)に記憶される。
【0069】
次に、本実施形態の解析方法では、コンピュータ1(
図1に示す)が、
図7に示した分子モデル2(本例では、MBTSモデル3及び八硫黄モデル4)を対象として、パラメータ(本例では、反応距離及び反応確率)を用いて分子動力学計算を行う(分子動力学計算工程S5)。
【0070】
分子動力学計算工程S5では、先ず、
図1に示されるように、分子モデル記憶部17bに記憶されている分子モデル2及び第2セル10(
図7に示す)、計算条件記憶部17cに記憶されている計算条件(
図7に示したポテンシャルP等)、パラメータ記憶部17eに記憶されているパラメータ(反応距離及び反応確率)、並びに、分子動力学計算部18eが、作業用メモリ16に読み込まれる。そして、分子動力学計算工程S5では、分子動力学計算部18eが演算部14によって実行される。この分子動力学計算部18eの実行により、プログラム(プログラム部18)は、コンピュータ1を、分子動力学計算を行う手段として機能させることができる。
【0071】
分子動力学計算では、例えば、
図7に示した第2セル10について所定の時間、分子モデル2が古典力学に従うものとして、ニュートンの運動方程式が適用される。第2セル10において、圧力及び温度が一定、又は、体積及び温度が一定に保たれる。そして、各時刻での粒子モデル5の動きが、単位時間ステップ毎に追跡される。これにより、分子動力学計算は、分子モデル2を、実際の分子の動きに近似させることができる。
【0072】
分子動力学計算は、例えば(株)JSOL社製のソフトマテリアル総合シミュレーター(J-OCTA)に含まれるCOGNACを用いて処理することができる。
図9は、分子動力学計算工程S5の処理手順の一例を示すフローチャートである。
【0073】
本実施形態の分子動力学計算工程S5では、先ず、
図7に示した分子モデル2(本例では、MBTSモデル3及び八硫黄モデル4)を対象とする分子動力学計算が開始され(工程S51)、隣接する分子モデル2、2の離間距離(
図8(a)~(b)に示した離間距離L1~L3)と、反応距離(図示しない反応距離R1~R3)とが比較される(工程S52)。
【0074】
工程S52では、
図7に示した第2セル10に配置されている全ての分子モデル2から選択された隣接する分子モデル2、2の離間距離(
図8(a)~(b)に示した離間距離L1~L3のいずれか)と、反応距離(図示しない反応距離R1~R3のいずれか)とが比較される。前述したように、本実施形態の離間距離は、互いに化学結合された分子モデル2の第1離間距離L1及び第2離間距離L2(
図8(a)に示す)と、互いに化学結合されていない分子モデル2の第3離間距離L3(
図8(b)に示す)とが含まれている。
【0075】
工程S52では、
図8(a)に示されるように、選択された隣接する分子モデル2が互いに化学結合されている場合に、隣接する分子モデル2の離間距離(
図8(a)に示した第1離間距離L1及び第2離間距離L2)が、反応距離よりも大きいか否かが判断される。
【0076】
工程S52において、MBTSモデル3内で互いに隣接する(化学結合された)一方のBt-Sモデル7(
図8(a)において二点鎖線で示す)と、他方のBt-Sモデル7(
図8(a)において二点鎖線で示す)との間の第1離間距離L1が、第1反応距離R1(図示省略)よりも大きい場合(工程S52で、「>反応距離」)に、次の工程S53が実施される。
【0077】
本実施形態の工程S53では、前述の反応確率(本例では、第1反応確率)に基づいて、隣接する分子モデル2、2(本例では、MBTSモデル3内で互いに隣接する一対のBt-Sモデル7、7)で化学反応(本例では、
図8(b)に示した化学結合の開裂)が生じるか否かが判断される。
【0078】
本例において、化学反応が生じるか否かの判断は、第1反応確率(0~1の範囲)と、乱数(0~1の範囲)とが比較される。乱数は、例えば、モンテカルロ法に基づいて取得される。そして、工程S53において、第1反応確率が乱数よりも大きい場合に、
図8(a)に示した一対のBt-Sモデル7、7間で化学反応が生じると判断され(工程S53で、「Y」)、
図8(b)に示されるように、分子モデル2(一対のBt-Sモデル7、7)の化学結合を開裂させる(工程S54)。
【0079】
一方、工程S53において、第1反応確率が乱数以下である場合には、分子モデル2(
図8(a)に示した一対のBt-Sモデル7、7)で化学反応が生じないと判断され(工程S53で、「N」)、次の工程S55が実施される。
【0080】
同様に、工程S52において、八硫黄モデル4内の一方の二硫黄モデル8(
図8(a)において二点鎖線で示す)と、他方の二硫黄モデル8(
図8(a)において二点鎖線で示す)との間の離間距離L2が、第2反応距離R2(図示省略)よりも大きい場合(工程S52で、「>反応距離」)に、次の化学反応(本例では、化学結合の開裂)が生じるか否かを判断する工程S53が実施される。
【0081】
工程S53において、第2反応確率が、乱数よりも大きい場合に、化学反応が生じると判断され(工程S53で、「Y」)、
図8(b)に示されるように、分子モデル2(一対の二硫黄モデル8、8)の化学結合を開裂させる(工程S54)。一方、工程S53において、第2反応確率が乱数以下である場合には、分子モデル2(
図8(a)に示した一対の二硫黄モデル8、8)で化学反応が生じないと判断され(工程S53で、「N」)、次の工程S55が実施される。
【0082】
また、工程S52では、
図8(b)に示されるように、選択された隣接する分子モデル2、2との間で化学結合されていない場合に、隣接する分子モデル2の離間距離(
図8(b)に示した第3離間距離L3)が、反応距離以下であるか否かが判断される。
【0083】
工程S52において、
図8(b)に示した隣接するBt-Sモデル7と、二硫黄モデル8との間の第3離間距離L3が、第3反応距離R3(図示省略)以下である場合(工程S52で、「≦反応距離」)に、次の工程S56が実施される。
【0084】
本実施形態の工程S56では、前述の反応確率(本例では、第3反応確率)に基づいて、隣接する分子モデル2、2(本例では、隣接するBt-Sモデル7、及び、二硫黄モデル8)で化学反応(本例では、化学結合)が生じるか否かが判断される。化学反応が生じるか否かについては、工程S53と同様に判断することができる。
【0085】
工程S56において、第3反応確率が乱数よりも大きい場合に、化学反応(化学結合)が生じると判断され(工程S56で、「Y」)、
図8(c)に示されるように、分子モデル2(Bt-Sモデル7及び二硫黄モデル8)を化学結合させる(工程S57)。一方、工程S56において、第3反応確率が乱数以下である場合に、化学反応(化学結合)が生じないと判断されて(工程S56で、「N」)、次の工程S55が実施される。
【0086】
また、工程S52では、前述の条件を満たさない場合(工程S52で、「その他」)、次の工程S55が実施される。
【0087】
工程S55では、第2セル10に配置されている全ての分子モデル2について、隣接する分子モデル2、2の離間距離(本例では、
図8(a)~(b)に示した離間距離L1~L3)が比較されたか否かが判断される。工程S55において、全ての分子モデル2の離間距離と、反応距離とが比較されたと判断された場合(工程S55で、「Y」)、次の工程S58が実施される。
【0088】
一方、工程S55において、全ての分子モデル2の離間距離が、反応距離と比較されていないと判断された場合(工程S55で、「N」)、他の分子モデル2が選択され(工程S59)、工程S52~工程S57が再度実施される。これにより、分子動力学計算工程S5では、第2セル10に配置されている全ての分子モデル2について、隣接する分子モデル2、2の離間距離と、反応距離とを比較して、化学結合の開裂、及び、化学結合を計算することができるため、
図6(a)~(c)に示した反応経路を、分子動力学計算中に反映させることができる。
【0089】
次に、工程S58では、予め定められた終了時間が経過したか否かが判断される。計算終了時間については、例えば、特定された反応経路(
図6(a)~(c)に示す)等に基づいて、適宜設定することができる。
【0090】
工程S58において、終了時間が経過したと判断された場合(工程S58で、「Y」)、分子動力学計算工程S5の一連の処理が終了し、次の工程S6(
図3に示す)が実施される。一方、工程S58において、終了時間が経過していないと判断された場合(工程S58で、「N」)、単位時間ステップを一つ進めて(工程S60)、工程S52~工程S58が再度実施される。したがって、本実施形態の分子動力学計算では、終了時間が経過するまで、分子間の化学反応を計算することができる。分子動力学計算での解析結果は、
図1に示したコンピュータ1(解析結果記憶部17f)に入力される。
【0091】
このように、本実施形態の解析方法では、密度汎関数強束縛法に基づいて特定された反応経路(
図6(a)~(c)に示す)を、分子動力学計算に反映させて、分子間の化学反応を解析することができる。したがって、本実施形態の解析方法は、未知の反応経路を有する大規模な分子間の化学反応を、短時間かつ高い精度で計算することが可能となる。さらに、本実施形態の解析方法では、反応距離(図示しない反応距離R1~R3)と、反応確率との双方を考慮することができるため、実際の分子間の化学反応を、精度良く解析することができる。
【0092】
本実施形態の分子動力学計算工程S5では、
図7に示されるように、化学反応前の分子モデル2(MBTSモデル3及び八硫黄モデル4)を対象として、分子動力学計算が行われたが、このような態様に限定されない。例えば、中間生成物の分子を対象として、分子動力学計算が行われてもよい。このような分子動力学計算の一例としては、全ての八硫黄S
8(
図6(a)に示す)は、中間生成物である二硫黄S
2(
図6(b)に示す)に開裂すると仮定して、
図7に示した八硫黄モデル4に代えて、
図5(b)に示した二硫黄モデル8を第2セル10に配置して、MBTSモデル3及び二硫黄モデル8を対象とする分子動力学計算が行われても良い。これにより、
図8(a)及び(b)に示したように、八硫黄モデル4(
図8(a)に示す)が開裂した二硫黄モデル8を計算する必要がないため、計算時間を短縮することができる。
【0093】
次に、本実施形態の解析方法では、分子間の化学反応が、良好か否かが判断される(工程S6)。化学反応の良否については、
図1に示した解析結果記憶部17fに記憶されている分子動力学計算工程S5での解析結果に基づいて、適宜判断することができる。本実施形態では、生成されたBt-S4-Btモデル20(
図8(c)に示す)の割合が多いほど、分子間の化学反応が良好であると判断している。化学反応の良否については、コンピュータ1が判断してもよいし、オペレータが判断してもよい。
【0094】
工程S6において、分子間の化学反応が良好であると判断された場合(工程S6で、「Y」)、
図6(a)~(c)に示した分子(本例では、MBTS及び八硫黄S
8)間の化学反応による生成物(Bt-S4-Bt)を含有する製品(例えば、ゴム製品)が製造される(工程S7)。一方、工程S6において、分子間の化学反応が良好でないと判断された場合(工程S6で、「N」)、化学反応させる分子を変更して(工程S8)、反応経路特定工程S1~工程S6が再度実施される。これにより、本実施形態では、分子間の化学反応が良好な生成物を含有する製品を確実に製造することができる。
【0095】
これまでの実施形態の解析方法では、
図9に示した分子動力学計算工程S5において、反応距離(図示しない反応距離R1~R3)と、反応確率との双方を考慮して、分子間の化学反応が解析されたが、このような態様に限定されない。例えば、反応確率を考慮せずに、反応距離のみを考慮して、分子間の化学反応が解析されてもよい。このような解析方法では、分子間の化学反応を、短時間で計算することができる。
【0096】
これまでの実施形態の解析方法では、反応経路特定工程S1において、
図6(a)~(c)に示した一つの反応経路のみが取得されたが、このような態様に限定されない。反応経路特定工程S1では、例えば、複数の反応経路を取得して、それらの反応経路から相対的に反応しやすい反応経路(即ち、活性化エネルギーが相対的に小さい反応経路)が選択されてもよい。
図10は、本発明の他の実施形態の反応経路特定工程S1の処理手順の一例を示すフローチャートである。この実施形態において、これまでの実施形態と同一の構成については、同一の符号を付し、説明を省略することがある。
【0097】
この実施形態の反応経路特定工程S1は、複数の反応経路が取得される(工程S11)。この実施形態の工程S11では、これまでの実施形態の反応経路特定工程S1と同様に、
図5(a)に示した分子モデル2(MBTSモデル3及び八硫黄モデル4)、及び、計算条件に基づいて、密度汎関数強束縛法に基づくQM/MD計算が行われる。この工程S11では、複数の反応経路が取得されるまで、QM/MD計算が行われる。取得される反応経路の個数については、解析対象の分子の構造に基づいて、適宜設定される。取得された複数の反応経路は、コンピュータ1に記憶される。
【0098】
次に、この実施形態の反応経路特定工程S1は、取得された複数の反応経路(一つの反応経路を
図6(a)~(c)に示す)について、活性化エネルギーがそれぞれ計算される(工程S12)。工程S12では、工程S11で取得された反応経路について、化学結合が開裂した分子間の活性化エネルギー、及び、新たな化学結合が生じた分子間の活性化エネルギーがそれぞれ計算される。
図6(a)~(c)に示した反応経路では、MBTSを構成する一対のBt-S、Bt-S(
図6(a)において二点鎖線で示す)間の活性化エネルギー、八硫黄S
8を構成する一対の二硫黄S
2-S
2(
図6(a)において二点鎖線で示す)間の活性化エネルギー、及び、
図6(b)に示した隣接するBt-Sと二硫黄S
2との間の活性化エネルギーがそれぞれ計算される。そして、これらの活性化エネルギーの合計値を計算することで、
図6(a)~(c)に示した反応経路に必要な活性化エネルギーを求めることができる。
【0099】
活性化エネルギーは、DFT法に基づく量子化学計算に基づいて計算することができる。活性化エネルギーの計算には、例えば、
図5(a)及び(b)に示したMBTSモデル3、八硫黄モデル4、Bt-Sモデル7、及び、二硫黄モデル8を用いることができる。活性化エネルギーの計算方法については、前述のとおりである。活性化エネルギーは、
図1に示したコンピュータ1に記憶される。
【0100】
次に、この実施形態の反応経路特定工程S1は、複数の反応経路のうち、活性化エネルギーが相対的に小さい反応経路を選択する(工程S13)。一般に、活性化エネルギーが相対的に小さいほど、反応経路に基づく化学反応が生じやすい傾向がある。したがって、この実施形態の反応経路特定工程S1では、工程S13において、活性化エネルギーが相対的に小さい反応経路が、前述の分子動力学計算で反映させる反応経路として選択される。これにより、この実施形態の解析方法では、実際に生じやすい化学反応を、分子動力学計算で確実に再現することができる。したがって、この実施形態の解析方法は、未知の反応経路を有する大規模な分子間の化学反応を、より高い精度で計算することが可能となる。
【0101】
本実施形態では、1つの反応経路のみが選択されているが、2つ以上の反応経路が選択されてもよい。また、取得された全ての反応経路について、活性化エネルギーが高く計算された場合には、化学反応が生じやすい反応経路が存在しないため、化学反応させる分子を変更して、反応経路特定工程S1が再度実施されてもよい。これにより、この実施形態の解析方法では、実際に生じやすい化学反応を、分子動力学計算で確実に再現することができる。
【0102】
以上、本発明の特に好ましい実施形態について詳述したが、本発明は図示の実施形態に限定されることなく、種々の態様に変形して実施しうる。
【実施例】
【0103】
分子間の化学反応が解析された(実施例及び比較例)。実施例では、先ず、
図3に示した処理手順に基づいて、密度汎関数強束縛法に基づいて、分子間の反応経路が特定された。反応経路の特定には、合計15個の分子モデルが用いられた。また、実施例では、1つの反応経路のみが特定された。
【0104】
次に、実施例では、特定された反応経路が分子動力学計算中で反映されるように、分子動力学計算用のパラメータが設定された。そして、実施例では、
図9に示した処理手順に基づいて、分子モデルを対象として、パラメータを用いて分子動力学計算が行われた。この分子動力学計算では、合計200個の分子モデルがそれぞれ用いられた。
【0105】
一方、比較例では、密度汎関数強束縛法に基づいて、分子間の化学反応が解析された。この比較例では、実施例の分子動力学計算で用いられた個数分の分子モデルが用いられた。共通仕様は、次のとおりである。
【0106】
化学反応が解析される分子:
MBTS(ジ-2-ベンゾチアゾリルジスルフィド)
八硫黄S8
TME(テトラメチルエチレン)
【0107】
テストの結果、実施例の計算時間は、5.8時間であった。一方、比較例の計算時間を見積もると0.4年であり、大規模な化学反応を現実的な時間で解析できなかった。また、実施例の分子動力学計算では、密度汎関数強束縛法に基づいて特定された反応経路が反映されているため、比較例と同様の精度で解析することができた。したがって、実施例は、未知の反応経路を有する大規模な分子間の化学反応を解析することができた。
【符号の説明】
【0108】
S1 分子間の反応経路を特定する工程
S2 複数の分子モデルを入力する工程
S4 分子動力学計算用のパラメータを設定する工程
S5 パラメータを用いて分子動力学計算を行う工程