(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-04-08
(45)【発行日】2024-04-16
(54)【発明の名称】高周波通信機器部品用熱可塑性ポリエステル樹脂組成物
(51)【国際特許分類】
C08L 67/00 20060101AFI20240409BHJP
C08K 3/04 20060101ALI20240409BHJP
C08L 63/04 20060101ALI20240409BHJP
C08K 7/02 20060101ALI20240409BHJP
C08G 59/32 20060101ALI20240409BHJP
H01B 3/42 20060101ALI20240409BHJP
【FI】
C08L67/00
C08K3/04
C08L63/04
C08K7/02
C08G59/32
H01B3/42 E
(21)【出願番号】P 2020045251
(22)【出願日】2020-03-16
【審査請求日】2022-12-26
(31)【優先権主張番号】P 2019062073
(32)【優先日】2019-03-28
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000003159
【氏名又は名称】東レ株式会社
(72)【発明者】
【氏名】山川 隆行
(72)【発明者】
【氏名】前田 恭雄
(72)【発明者】
【氏名】鍋谷 光太
【審査官】横山 法緒
(56)【参考文献】
【文献】特開2006-249260(JP,A)
【文献】特開2010-144154(JP,A)
【文献】特開2013-131576(JP,A)
【文献】特開2003-012906(JP,A)
【文献】国際公開第2018/186339(WO,A1)
【文献】国際公開第2017/135055(WO,A1)
【文献】特開平09-208816(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C08L 1/00-101/14
C08K 3/00-13/08
C08G 59/00-59/72
H01B 3/16-3/56
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
(A)熱可塑性ポリエステル樹脂100重量部に対し、(B)カーボンブラックを0.05~1重量部、ならびに(C)エポキシ化合物を0.1~5重量部配合してな
り、前記(C)エポキシ化合物が、ノボラック型エポキシ化合物である高周波通信機器部品用熱可塑性ポリエステル樹脂組成物。
【請求項2】
(A)熱可塑性ポリエステル樹脂100重量部に対し、更に(D)繊維状強化材を15~100重量部配合してなる
、請求項1に記載の高周波通信機器部品用熱可塑性ポリエステル樹脂組成物。
【請求項3】
前記(C)エポキシ化合物のエポキシ当量が800g/eq以下である、請求項1または2に記載の高周波通信機器部品用熱可塑性ポリエステル樹脂組成物。
【請求項4】
前記(C)エポキシ化合物が、一般式(2)で表されるノボラック型エポキシ化合物である請求項1~
3のいずれかに記載の高周波通信機器部品用熱可塑性ポリエステル樹脂組成物。
【化1】
上記一般式(2)中、Xは上記一般式(3)または(4)で表される二価の基を表す。上記一般式(2)および(4)中、R
1、R
2、R
4およびR
5はそれぞれ独立に炭素数1~8のアルキル基または炭素数6~10のアリール基を表し、それぞれ同一でも相異なってもよい。R
3は、水素原子、炭素数1~8のアルキル基または炭素数6~10のアリール基を表す。上記一般式(2)中、nは0より大きく10以下の値を表す。上記一般式(2)および(4)中、a、c、dはそれぞれ独立に0~4の整数を表し、bは0~3の整数を表す。
【請求項5】
請求項1~
4のいずれかに記載の高周波通信機器部品用熱可塑性ポリエステル樹脂組成物からなる高周波通信機器部品。
【請求項6】
高周波通信機器のコネクタである、請求項
5に記載の高周波通信機器部品。
【請求項7】
高周波通信機器の筐体である、請求項
5に記載の高周波通信機器部品。
【請求項8】
高周波通信機器のアンテナカバーである、請求項
5に記載の高周波通信機器部品。
【請求項9】
前記高周波通信機器部品が車載通信機器の部品である、請求項
5に記載の高周波通信機器部品。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高周波通信機器部品に用いられる熱可塑性ポリエステル樹脂組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、自動車部品やモバイルデバイス部品に樹脂材料を用いることは、省資源、低環境負荷、軽量化等の観点から望まれている。このような用途の中には、高周波信号を伝達あるいは電磁波を受発信する、電子回路の基材、該電子回路の接続用部品、該電子回路を覆う部品(以下、これらを高周波通信機器部品という)もあり、このような部品に対しては、耐衝撃性等の機械的強度のみならず、誘電特性に優れることが求められる。
【0003】
ここで、「誘電特性に優れる」とは、高周波信号の誘電損失が小さいことを指す。誘電損失は下記一般式(1)で示される。
誘電損失=K×f×√εr×tanδ 式(1)
(K:定数、f:周波数、εr:比誘電率、tanδ:誘電正接)。
【0004】
式(1)に示すとおり、誘電損失には、比誘電率と誘電正接が影響している。
【0005】
熱可塑性ポリエステル樹脂は、優れた耐熱性、成形性、耐薬品性及び電気絶縁性などを有していることから、高周波通信機器部品に好適に使用される。たとえば、特許文献1、2は、ポリブチレンテレフタレート樹脂に、オレフィン樹脂、あるいは環状オレフィン樹脂をアロイ化することで比誘電率および誘電正接を低減することが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開2013-131576号公報
【文献】特開2013-043942号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかし、特許文献1、2の公知文献では、ポリブチレンテレフタレート樹脂組成物の比誘電率及び誘電正接の初期値しか記載されておらず、使用環境に晒されたことによるポリブチレンテレフタレート樹脂組成物の比誘電率及び誘電正接の変化については一切議論されていない。
【0008】
例えば、スマートフォン、基地局アンテナ、道路通信機器、スマートメーター、車載レーダーなどの高周波通信機器は、雨、雪、霧、気温差による結露などその使用環境により吸水する場合がある。
【0009】
水は、ポリエステル樹脂、オレフィン樹脂などと比較して比誘電率及び誘電正接が非常に高い物質である。そのため、吸水した樹脂材料は、吸水していない樹脂材料と比較して、比誘電率及び誘電正接が高くなり、式(1)からも分かるとおり誘電損失が変化するため、設計者の意図した性能を発揮できない恐れがある。さらに、熱可塑性ポリエステル樹脂は、高温高湿な使用環境下では加水分解反応が進行し吸水率が変化するため、他の樹脂と比較して使用環境における誘電率及び誘電正接の変化が大きく、その値を制御することは困難である。
【0010】
高周波通信機器は、今後さらに高性能化すると予想されるため、使用環境における比誘電率及び誘電正接の変化が小さい、すなわち比誘電率及び誘電正接が安定した高周波通信機器部品用熱可塑性ポリエステル樹脂の開発は急務である。また、これらの高周波通信機器部品は、意匠性の観点から黒着色されていることが好ましい。
【0011】
すなわち本発明の課題は、安定した誘電率及び誘電正接を有し、黒着色された高周波通信機器部品用の熱可塑性ポリエステル樹脂組成物を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは、上記した課題を解決するために検討を重ねた結果、(A)熱可塑性ポリエステル樹脂100重量部に対し、(B)カーボンブラックを0.05~1重量部、ならびに(C)エポキシ化合物を0.1~5重量部配合してなり、前記(C)エポキシ化合物が、ノボラック型エポキシ化合物である高周波通信機器部品用熱可塑性ポリエステル樹脂組成物が上記課題を解決することを見出し、本発明に達した。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、初期および使用環境における誘電率及び誘電正接が安定した黒色の高周波通信機器部品用の熱可塑性ポリエステル樹脂組成物を得ることができる。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明について詳細に説明する。本発明の熱可塑性ポリエステル樹脂組成物は、(A)熱可塑性ポリエステル樹脂100重量部に対し、(B)カーボンブラックを0.05~1重量部、ならびに(C)エポキシ化合物を配合してなり、前記(C)エポキシ化合物が、ノボラック型エポキシ化合物である。本発明の熱可塑性ポリエステル樹脂組成物は、樹脂組成物を構成する個々の成分同士が反応した反応物を含むが、当該反応物は高分子同士の複雑な反応により生成されたものであるから、その構造を特定することは実際的ではない事情が存在する。したがって、本発明は配合する成分により発明を特定するものである。
【0015】
[(A)熱可塑性ポリエステル樹脂]
本発明で用いる(A)熱可塑性ポリエステル樹脂としては、ジカルボン酸(あるいは、そのエステル形成性誘導体)とジオール(あるいは、そのエステル形成性誘導体)とを主成分とする重縮合反応によって得られる重合体ないし共重合体などが使用できる。
【0016】
上記ジカルボン酸として、テレフタル酸、イソフタル酸、オルトフタル酸、1,5-ナフタレンジカルボン酸、2,5-ナフタレンジカルボン酸、2,6-ナフタレンジカルボン酸、2,2’-ビフェニルジカルボン酸、3,3’-ビフェニルジカルボン酸、4,4’-ビフェニルジカルボン酸、4,4’-ジフェニルエーテルジカルボン酸、4,4’-ジフェニルメタンジカルボン酸、4,4’-ジフェニルスルフォンジカルボン酸、4,4’-ジフェニルイソプロピリデンジカルボン酸、1,2-ビス(フェノキシ)エタン-4,4’-ジカルボン酸、2,5-アントラセンジカルボン酸、2,6-アントラセンジカルボン酸、4,4’-p-ターフェニレンジカルボン酸、2,5-ピリジンジカルボン酸などが挙げられ、テレフタル酸が好ましく使用できる。
【0017】
これらのジカルボン酸は2種以上を混合して使用してもよい。なお、少量であればこれらのジカルボン酸とともにアジピン酸、アゼライン酸、ドデカンジオン酸、セバシン酸などの脂肪族ジカルボン酸、シクロヘキサンジカルボン酸などの脂環族ジカルボン酸を一種以上混合して使用することができる。
【0018】
また、ジオール成分としては、エチレングリコール、プロピレングリコール、ブチレングリコール、ヘキシレングリコール、ネオペンチルグリコール、2-メチル-1,3-プロパンジオール、ジエチレングリコール、トリエチレングリコールなどの脂肪族ジオール、1,4-シクロヘキサンジメタノールなどの脂環族ジオール、およびそれらの混合物などが挙げられる。なお少量であれば、分子量400~6,000の長鎖ジオール、すなわち、ポリエチレングリコール、ポリ-1,3-プロピレングリコール、ポリテトラメチレングリコールなどを1種以上共重合せしめてもよい。
【0019】
これらの重合体ないし共重合体の好ましい例としては、ポリエチレンテレフタレート(PET)、ポリプロピレンテレフタレート(PPT)、ポリブチレンテレフタレート(PBT)、ポリエチレンナフタレート、ポリブチレンナフタレート(PBN)、ポリヘキシレンテレフタレート(PHT)、ポリエチレン-1,2-ビス(フェノキシ)エタン-4,4’-ジカルボキシレート、ポリシクロヘキサン-1,4-ジメチロールテレフタレートなどのほか、ポリエチレンイソフタレート/テレフタレート、ポリブチレンテレフタレート/イソフタレート、ポリブチレンテレフタレート/デカンジカルボキシレートなどの共重合ポリエステルが挙げられる。これらのうち、ポリブチレンテレフタレートが好ましく使用できる。なお、ここで「/」は共重合体を意味する。
【0020】
本発明で用いる(A)熱可塑性ポリエステル樹脂のカルボキシル基量は、特に限定されないが、耐加水分解性の点で、50eq/t以下であることが好ましく、30eq/t以下であることがより好ましく、20eq/t以下であることがさらに好ましい。カルボキシル基量の下限値は0eq/tであってもよい。なお、本発明において、(A)熱可塑性ポリエステル樹脂のカルボキシル基量は、熱可塑性ポリエステル樹脂をo-クレゾール/クロロホルム溶媒に溶解させた後、エタノール性水酸化カリウムで滴定し測定した値である。
【0021】
本発明で用いる(A)熱可塑性ポリエステル樹脂の粘度は、溶融混練が可能であれば特に限定されないが、成形性の点で、o-クロロフェノール溶液を25℃で測定したときの固有粘度が0.36~1.60dl/gの範囲であることが好ましく、0.50~1.50dl/gの範囲であることがより好ましい。
【0022】
本発明で用いる(A)熱可塑性ポリエステル樹脂の製造方法は、特に限定されるものではなく、公知の重縮合法や開環重合法などにより製造することができ、バッチ重合および連続重合のいずれでもよく、また、エステル交換反応および直接重合による反応のいずれでも適用することができる。
【0023】
また、本発明で用いる(A)熱可塑性ポリエステル樹脂は2種類以上を混ぜて使用することができる。
【0024】
なお、エステル化反応またはエステル交換反応および重縮合反応を効果的に進めるために、これらの反応時に重合反応触媒を添加することが好ましく、重合反応触媒の具体例としては、チタン酸のメチルエステル、テトラ-n-プロピルエステル、テトラ-n-ブチルエステル、テトライソプロピルエステル、テトライソブチルエステル、テトラ-tert-ブチルエステル、シクロヘキシルエステル、フェニルエステル、ベンジルエステル、トリルエステル、あるいはこれらの混合エステルなどの有機チタン化合物、ジブチルスズオキシド、メチルフェニルスズオキシド、テトラエチルスズ、ヘキサエチルジスズオキシド、シクロヘキサヘキシルジスズオキシド、ジドデシルスズオキシド、トリエチルスズハイドロオキシド、トリフェニルスズハイドロオキシド、トリイソブチルスズアセテート、ジブチルスズジアセテート、ジフェニルスズジラウレート、モノブチルスズトリクロライド、ジブチルスズジクロライド、トリブチルスズクロライド、ジブチルスズサルファイドおよびブチルヒドロキシスズオキシド、メチルスタンノン酸、エチルスタンノン酸、ブチルスタンノン酸などのアルキルスタンノン酸などのスズ化合物、ジルコニウムテトラ-n-ブトキシドなどのジルコニア化合物、三酸化アンチモン、酢酸アンチモンなどのアンチモン化合物などが挙げられるが、これらの内でも有機チタン化合物およびスズ化合物が好ましく、さらに、チタン酸のテトラ-n-プロピルエステル、テトラ-n-ブチルエステルおよびテトライソプロピルエステルが好ましく、チタン酸のテトラ-n-ブチルエステルが特に好ましい。これらの重合反応触媒は、1種のみを用いてもよく、2種以上を併用することもできる。重合反応触媒の添加量は、機械特性、成形性および色調の点で、(A)熱可塑性ポリエステル樹脂100重量部に対して、0.005~0.5重量部の範囲が好ましく、0.01~0.2重量部の範囲がより好ましい。
【0025】
[(B)カーボンブラック]
本発明で言う(B)カーボンブラックは、その製法により、ファーネスブラック、チャネルブラック、サーマルブラック等に、また原料の違いにより、アセチレンブラック、ケッチェンブラック、オイルブラック、ガスブラック等に分類され、本発明においては、いずれも使用することができる。カーボンブラックの粒子径は、1次粒径として5nm以上、100nm以下が好ましく、より好ましくは10nm以上、80nm以下、更に好ましくは15nm以上、60nm以下である。1次粒径が5nm以上とすることで、凝集による分散不良を抑制でき意匠性が向上する。一方で1次粒径が100nm以下とすることで、機械的特性を維持することができる。
【0026】
また、カーボンブラックは、あらかじめ熱可塑性樹脂でマスターバッチ化されたカーボンブラックマスターを使用することができる。カーボンブラックマスターは、ハンドリング性、カーボンブラックの均一分散性の観点から好ましい。この場合、カーボンブラックのマスターバッチに用いる熱可塑性樹脂としては、(A)成分である熱可塑性ポリエステル樹脂であってもよく、(A)成分以外の樹脂、ポリカーボネート樹脂、スチレン系樹脂、ポリエチレン樹脂等であってもよい。高濃度のカーボンブラックを分散させ易く、マスターバッチ化が容易な点からは、(A)熱可塑性ポリエステル樹脂を用いることが好ましい。
【0027】
本発明における(B)カーボンブラックの配合量は、(A)熱可塑性ポリエステル樹脂100重量部に対して、0.05~1重量部である。中でも、意匠性と誘電特性の観点から、0.05~0.8重量部が好ましく、0.05~0.6重量部がさらに好ましい。配合量が0.05重量部未満の場合は、カーボンブラック濃度が低いため意匠性が低下する。配合量が1重量部を超える場合は、誘電率が高くなり、誘電損失が大きくなるため好ましくない。
【0028】
[(C)エポキシ化合物]
エポキシ化合物としては、ノボラックとエピクロロヒドリンとの反応から得られる、ノボラック型エポキシ化合物が好ましい。中でも下記一般式(2)で表されるノボラック型エポキシ化合物が、耐加水分解性の点から好ましい。
【0029】
【0030】
上記一般式(2)中、Xは上記一般式(3)または(4)で表される二価の基を表す。上記一般式(2)および(4)中、R1、R2、R4およびR5はそれぞれ独立に炭素数1~8のアルキル基または炭素数6~10のアリール基を表し、それぞれ同一でも相異なってもよい。R3は、水素原子、炭素数1~8のアルキル基または炭素数6~10のアリール基を表す。上記一般式(2)中、nは0より大きく10以下の値を表す。上記一般式(2)および(4)中、a、c、dはそれぞれ独立に0~4の整数を表し、bは0~3の整数を表す。
【0031】
耐加水分解性をより向上させる点から、上記一般式(2)におけるXは、上記(3)で表される二価の基が好ましい。
【0032】
炭素数1~8のアルキル基としては、例えば、メチル基、エチル基、n-プロピル基、イソプロピル基、n-ブチル基、sec-ブチル基、tert-ブチル基などが挙げられる。これらの中でも反応性の点でメチル基が好ましい。炭素数6~10のアリール基としては、例えば、フェニル基、メチルフェニル基、ジメチルフェニル基、ナフチル基などが挙げられる。これらの中でも反応性の点でフェニル基が好ましい。a、b、c、dは反応性の点で0~1が好ましい。
【0033】
上記一般式(2)のnとしては、0より大きく10以下の範囲を表す。繰り返し単位数nが少ないと、該エポキシ化合物同士が溶融してブロッキング現象を起こし、供給できなくなるため望ましくない。繰り返し単位数nが多いと、該エポキシ化合物同士の反応が進みやすく架橋構造を形成しやすくなり、熱可塑性ポリエステル樹脂組成物の滞留安定性が低下する。ブロッキング性および滞留安定性の点から、繰り返し単位数nは好ましくは1~4、さらに好ましくは1~3である。
【0034】
エポキシ化合物のエポキシ当量に制約はないが、耐加水分解性と成形性のバランスの観点から、150~2000g/eqが好ましく、180~1000g/eqがさらに好ましく、180~800g/eqが最も好ましい。エポキシ当量が150g/eq以上であると、エポキシ基の量が多すぎることがなく、樹脂組成物の粘度が高くなりすぎず、成形性が向上する。エポキシ当量が2000g/eqを以下とすることで、誘電率及び誘電正接の安定性と耐加水分解性の向上が期待できる。
【0035】
エポキシ化合物の配合量は、本発明の(A)熱可塑性ポリエステル樹脂100重量部に対して、0.1~5重量部である。中でも誘電特性の安定性と成形性のバランスから、0.3~4重量部が好ましく、0.5~3重量部がさらに好ましい。配合量が0.1重量部未満の場合は、誘電特性の安定性と耐加水分解性に劣る。配合量が5重量部を超える場合は、エポキシ基の量が多くなるため樹脂組成物の粘度が高くなり、成形性が低下する恐れがある。
【0036】
[(D)繊維状強化材]
本発明の熱可塑性ポリエステル樹脂組成物は、(D)繊維状強化材を含んでもよい。本発明の熱可塑性ポリエステル樹脂組成物が(D)繊維状強化材を含むことは機械的特性向上の目的のためには好ましい。
【0037】
本発明で用いられる(D)繊維状強化材は、ガラス繊維、ワラステナイト、チタン酸カリウムウィスカ、酸化亜鉛ウィスカ、炭素繊維、アルミナ繊維、金属繊維、および有機繊維(ナイロン、ポリエステル、アラミド、ポリフェニレンスルフィド、液晶ポリマー、アクリル等)等を使用することが可能であり、1種または2種以上の繊維状強化材を併用することも可能であるが、ガラス繊維あるいはワラステナイトを配合するのが好ましい。
【0038】
なお、本発明の(A)熱可塑性ポリエステル樹脂と(D)繊維状強化材との界面の密着性を向上させるために、(D)繊維状強化材の表面を集束剤などの表面処理剤によって処理するのが好ましい。表面処理剤として、アミノシラン化合物やエポキシシラン化合物などのシランカップリング剤、ウレタン、アクリル酸/スチレン共重合体などのアクリル酸からなる共重合体、アクリル酸メチル/メタクリル酸メチル/無水マレイン酸共重合体などの無水マレイン酸からなる共重合体、酢酸ビニル、ビスフェノール型エポキシやノボラック型エポキシ化合物などの一種以上のエポキシ化合物などを含有した集束剤で処理されたガラス繊維が好ましく用いられる。表面処理剤としては、ビスフェノール型エポキシ化合物および/またはノボラック型エポキシ化合物で表面処理された繊維状強化材が機械的特性の点から好ましい。なお、(D)繊維状強化材の集束剤に含有されるエポキシ化合物は、前記(C)成分の配合量には含めない。
【0039】
繊維状強化材の繊維径は通常1~30μmの範囲が好ましい。ガラス繊維の樹脂中の分散性の観点から、その下限値は好ましくは5μmである。機械的特性の点からその上限値は好ましくは15μmである。また、前記の繊維断面は通常円形状であるが、任意の縦横比の楕円形ガラス繊維、扁平ガラス繊維およびまゆ型形状ガラス繊維など任意な断面を持つ繊維状強化材を用いることもでき、射出成形時の流動性向上と、反りの少ない成形品が得られる特徴がある。また、ガラス繊維の種類としては一般に樹脂の強化材として用いるものであれば特に限定はないが、機械特性、耐熱性に優れるEガラスや、低誘電性に優れる低誘電ガラスが好ましい。
【0040】
(D)繊維状強化材の配合量は、機械的特性の点から、本発明の(A)熱可塑性ポリエステル樹脂100重量部に対して、15~100重量部であり、好ましくは20~90重量部、より好ましくは30~80重量部である。配合量が15重量部以上であると、熱可塑性ポリエステル樹脂組成物の機械的特性の向上効果が十分である。100重量部以下とすることで、熱可塑性ポリエステル樹脂組成物の誘電率や誘電正接が高くならず好ましい。繊維状強化材添加による機械的特性の向上効果よりも、誘電特性を重視する場合は、繊維状強化材に起因する誘電特性の悪化の恐れから、繊維状強化材を使用しないことが好ましい。
【0041】
なお、成形品の寸法安定性向上などを目的として、非繊維状充填材を併用することができる。かかる非繊維状充填材としては、ゼオライト、セリサイト、カオリン、マイカ、クレー、ベントナイト、アスベスト、タルク、アルミナシリケート、などの珪酸塩、アルミナ、酸化珪素、酸化マグネシウム、酸化ジルコニウム、酸化チタン、酸化鉄などの金属化合物、炭酸カルシウム、炭酸マグネシウム、ドロマイトなどの炭酸塩、硫酸カルシウム、硫酸バリウムなどの硫酸塩、ガラスフレーク、ガラスビーズ、セラミックビーズ、雲母、窒化ホウ素、炭化珪素およびシリカなどが挙げられる。
【0042】
[その他成分]
本発明の熱可塑性ポリエステル樹脂組成物には、本発明の効果を損なわない範囲で、他の樹脂成分、(D)成分以外の無機充填材、離型剤、酸化防止剤、安定剤、相溶化剤、結晶核剤、着色剤、滑剤などの通常の添加剤を配合することができる。これらを二種以上配合してもよい。
【0043】
他の樹脂成分としては、溶融成形が可能な樹脂であればいずれでもよく、例えば、AS樹脂(アクリロニトリル/スチレン共重合体)、水添または未水添SBS樹脂(スチレン/ブタジエン/スチレントリブロック共重合体)、水添または未水添SIS樹脂(スチレン/イソプレン/スチレントリブロック共重合体)、ポリカーボネート樹脂、ポリエチレン樹脂、ポリプロピレン樹脂、ポリメチルペンテン樹脂、環状オレフィン系樹脂、酢酸セルロースなどのセルロース系樹脂、ポリエチレンテレフタレート樹脂、ポリトリメチレンテレフタレート樹脂、ポリアミド樹脂、ポリアセタール樹脂、ポリスルホン樹脂、ポリフェニレンスルフィド樹脂、ポリエーテルエーテルケトン樹脂、ポリイミド樹脂、ポリエーテルイミド樹脂などが挙げられる。(A)成分以外の結晶性樹脂を配合する場合、その結晶性樹脂の好ましい配合量は、(A)熱可塑性ポリエステル樹脂の機能を維持する点から、(A)熱可塑性ポリエステル樹脂100重量部に対して、0重量部以上、60重量部以下である。中でも、本発明の熱可塑性ポリエステル樹脂組成物がポリエチレン樹脂、ポリプロピレン樹脂、環状オレフィン系樹脂(以下、ポリオレフィン樹脂とする)を含むことは、誘電率および誘電正接の初期値を下げる目的のため好ましい。なお、上記ポリオレフィン樹脂に、エポキシ基を有する場合は、(C)エポキシ化合物には含めない。
【0044】
(D)成分以外の無機充填材としては、板状、粉末状、粒状などのいずれの充填材も使用することができる。具体的には、ロックウール、チタン酸カリウムウィスカー、チタン酸バリウムウィスカー、ホウ酸アルミニウムウィスカー、窒化ケイ素ウィスカーなどの繊維状またはウィスカー状充填剤、マイカ、タルク、カオリン、シリカ、炭酸カルシウム、ガラスビーズ、ガラスフレーク、ガラスマイクロバルーン、クレー、二硫化モリブデン、ワラステナイト、モンモリロナイト、酸化チタン、酸化亜鉛、ポリリン酸カルシウム、グラファイト、硫酸バリウムなどの粉状、粒状または板状充填剤などが挙げられる。これらを二種以上配合してもよい。
【0045】
離型剤としては、熱可塑性ポリエステル樹脂組成物の離型剤に用いられるものをいずれも使用することができる。例えば、モンタンワックス等の鉱物系ワックス、またはステアリン酸リチウム、ステアリン酸アルミニウム等の金属石鹸、エチレンビスステアリルアミドなどの高級脂肪酸アミド、エチレンジアミン・ステアリン酸・セバシン酸重縮合物、パラフィンワックス、ポリエチレンワックス等の石油系ワックスなどが挙げられる。これらを二種以上配合してもよい。
【0046】
酸化防止剤の例としては、2,6-ジ-t-ブチル-4-メチルフェノール、テトラキス(メチレン-3-(3,5-ジ-t-ブチル-4-ヒドロキシフェニル)プロピオネート)メタン、トリス(3,5-ジ-t-ブチル-4-ヒドロキシベンジル)イソシアヌレート等のフェノール系化合物、ジラウリル-3,3’-チオジプロピオネート、ジミリスチル-3,3’-チオジプロピオネート等のイオウ系化合物、ビス(2,6-ジ-t-ブチル-4-メチルフェニル)ペンタエリスリトールジホスファイト、トリスノニルフェニルホスファイト、ジステアリルペンタエリスリトールジホスファイト等のリン系化合物等が挙げられる。
【0047】
安定剤としては、2-(2’-ヒドロキシ-5’-メチルフェニル)ベンゾトリアゾールを含むベンゾトリアゾール系化合物、ならびに2,4-ジヒドロキシベンゾフェノンのようなベンゾフェノン系化合物、モノまたはジステアリルホスフェート、トリメチルホスフェートなどのリン酸エステルなどを挙げることができる。
【0048】
相溶化剤としては第3級アミン、アミジン化合物、有機ホスフィンおよびその塩、イミダゾール、ホウ素化合物等を挙げることができる。
【0049】
結晶核剤としてはポリエーテルエーテルケトン樹脂、タルク等を挙げることができる。
【0050】
また、着色剤としては、例えば、有機染料、有機顔料、カーボンブラック以外の無機顔料などが挙げられる。これらを二種以上配合してもよい。
【0051】
これらの各種添加剤は、2種以上を組み合わせることによって相乗的な効果が得られることがあるので、併用して使用してもよい。
【0052】
なお、例えば酸化防止剤として例示した添加剤は、安定剤や紫外線吸収剤として作用することもある。また、安定剤として例示したものについても酸化防止作用や紫外線吸収作用のあるものがある。すなわち前記分類は便宜的なものであり、作用を限定したものではない。
【0053】
[熱可塑性ポリエステル樹脂組成物の製造方法]
本発明の熱可塑性ポリエステル樹脂組成物の製造方法としては、例えば、単軸あるいは二軸の押出機、バンバリーミキサー、ニーダーあるいはミキシングロールなどの公知の溶融混練機を用いて、各成分を溶融混練する方法を挙げることができる。各成分は、予め一括して混合しておき、それから溶融混練してもよい。なお、各成分に含まれる水分は少ない方がよく、必要により予め乾燥しておくことが望ましい。
【0054】
また、溶融混練機に各成分を投入する方法としては、例えば、単軸あるいは二軸の押出機を用い、スクリュー根元側に設置した主投入口から前記(A)、(B)、および(C)成分を供給し、主投入口と押出機先端の間に設置した副投入口から(D)成分を供給し溶融混合する方法が挙げられる。
【0055】
溶融混練温度は、流動性および機械特性に優れるという点で、200℃以上が好ましく、220℃以上がより好ましく、240℃以上がさらに好ましい。また、360℃以下が好ましく、320℃以下がより好ましく、280℃以下がさらに好ましい。ここで、溶融混練温度とは、溶融混練機の設定温度を指し、例えば二軸押出機の場合、シリンダー温度を指す。
【0056】
[高周波通信機器部品]
本発明の高周波通信機器部品は、上記熱可塑性ポリエステル樹脂組成物を成形してなる。成形方法は特に限定されないが、公知の射出成形、押出成形、ブロー成形、プレス成形、紡糸などが挙げられる。例えば射出成形時の温度は、流動性をより向上させる観点から240℃以上が好ましく、機械特性を向上させる観点から280℃以下が好ましい。
【0057】
本発明の熱可塑性ポリエステル樹脂組成物は、耐加水分解性に優れるため、高温高湿な環境下で長期間使用された場合においても、初期からの誘電率および誘電正接の変化が小さい。そのため、例えば、スマートフォン、基地局アンテナ、道路通信機器、スマートメーター、車載レーダーなどの高周波通信機器部品として好適である。 本発明の高周波通信機器部品は、PCT処理50時間後においても、安定した誘電特性を有する点が特徴である。本発明の高周波通信機器部品用熱可塑性ポリエステル樹脂組成物は、PCT処理前の√εr×tanδの値とPCT処理50時間後の吸水時とにおける√εr×tanδの値差が、0.0055以下であることが好ましい。係る特性を有することにより、高温高湿な使用環境に晒されても安定した誘電特性を有する高周波通信機器部品を得ることが可能となる。なお、PCT処理前の√εr×tanδの値は、電波損失を低減する観点から0.0163以下が好ましく、0.0160以下がさらに好ましい。√εr×tanδの値は低ければ低いほど好ましいが、下限値としては熱可塑性ポリエステル樹脂組成物を用いた場合は、0.007程度である。
【実施例】
【0058】
以下に、実施例を挙げて本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はこれらの例によって限定されるものではない。各実施例および比較例で使用する原料について以下に示す。
(A)熱可塑性ポリエステル樹脂
A-1:ポリブチレンテレフタレート(カルボキシル基量:15eq/t)
(B)カーボンブラック
B-1:カーボンブラック(一次粒子径:25nm)
(C)エポキシ化合物
C-1:一般式(2)で表されるエポキシ当量:276g/eqのジシクロペンタジエンノボラック型エポキシ化合物:DIC(株)製“HP-7200H”を用いた。
C-2:一般式(5)で表されるエポキシ当量:920g/eqのビスフェノール型エポキシ化合物:三菱ケミカル(株)製“jER1004K”を用いた。
C-3:一般式(5)で表されるエポキシ当量:2850g/eqのビスフェノール型エポキシ化合物:三菱ケミカル(株)製“jER1009”を用いた。
【0059】
【0060】
(D)繊維状強化材
D-1:ガラス繊維(平均繊維径13μmチョップドストランド)、表面処理剤:ビスフェノール型エポキシ化合物。
【0061】
[各特性の測定方法]
本実施例、比較例においては以下に記載する測定方法によって、その特性を評価した。なお、射出成形機にて成形品を得る過程においては、得られた熱可塑性ポリエステル樹脂組成物のペレットは130℃の熱風乾燥機で3時間以上乾燥してから用いた。
【0062】
(1)機械的特性(引張強度)
各実施例および比較例により得られた樹脂組成物を用いて、シリンダ温度260℃、金型温度80℃でISO527-1,2:2012年に準拠して試験片を成形し、ISO527-1,2:2012年に準拠した条件で、引張強度を測定した。
【0063】
(2)耐加水分解性
各実施例および比較例により得られた樹脂組成物を用いて、シリンダ温度260℃、金型温度80℃で上記(1)に記載の方法と同様の方法で成形した試験片を(株)TABAI ESPEC製HAST CHAMBER EHS-221Mを用いて、121℃、100%RHの加水分解処理を50時間行った。加水分解処理を行った試験片の引張強度を(1)と同様の手法で測定し、以下の算出式より引張強度保持率を求め、耐加水分解性の評価を行った。
引張強度保持率(%)=(引張強度(加水分解処理後)(MPa)/引張強度(加水分解処理前)(MPa))×100
成形品の耐加水分解性は、引張強度保持率が70%以上であれば良好、引張強度保持率が80%以上であれば非常に良好と判断できる。
【0064】
(3)誘電特性(誘電率、誘電正接)
各実施例及び比較例により得られた樹脂組成物を用いて、住友重機械工業(株)社製SE50D型射出成形機にて、シリンダ温度260℃、金型温度80℃で、縦80mm、横80mm、厚み1mmであるフィルムゲートの角板を成形した。次に、得られた角板状成形品の中心部から、樹脂の流れ方向に1mm幅の角柱状成形品を切削した。初期の誘電特性は、当該角柱状成形品を23℃、50%RHで3日間調湿した状態にて測定した。PCT処理50時間後の吸水時の誘電特性は、上記(2)と同様の手法でPCT処理を50時間実施し、その後、85℃、85%RHで3日間吸水させた状態を経た後に測定した。誘電特性は、アジレント・テクノロジー(株)製ネットワークアナライザE5071Cおよび(株)関東電子応用開発製空洞共振器CP521を用いた空洞共振摂動法によって5.8GHzにおける比誘電率および誘電正接を求めた。各状態のサンプルの誘電特性を測定し、誘電率の平方根と誘電正接の積を求めた。PCT処理前とPCT処理50時間後の吸水時との差が小さいほど使用環境における誘電特性が安定していると判断できる。PCT処理前とPCT処理50時間後の吸水時との√εr×tanδの差が、0.0055以下なら〇、0.0055より大きい場合は×と判定した。ここで、εrは比誘電率、tanδは誘電正接を示す。
【0065】
[実施例1~6]、[比較例1~2]
表1に示す配合組成に従い、(A)、(B)、(C)成分、ならびにその他添加剤全てを二軸押出機の元込め部から供給し、(D)成分を主投入口と押出機先端の間に設置した副投入口から供給してシリンダ温度250℃に設定したスクリュー径37mmφの二軸押出機(東芝機械(株)社製TEM37SS(商品名))で溶融混練を行った。ダイスから吐出されたストランドを冷却バス内で冷却した後、ストランドカッターにてペレット化し、樹脂組成物を得た。得られた樹脂組成物について、上記方法で評価した結果を表1に記した。なお、実施例5および実施例6は参考例である。
【0066】
【0067】
実施例1~6と比較例1~2の比較より、(A)熱可塑性ポリエステル樹脂100重量部に対して、(B)成分および(C)成分を特定量配合することで、初期の誘電特性に優れ、かつ使用環境下における誘電特性が安定している熱可塑性ポリエステル樹脂組成物を得ることができた。