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特許7468343耐炎化繊維束の製造方法および炭素繊維束の製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-04-08
(45)【発行日】2024-04-16
(54)【発明の名称】耐炎化繊維束の製造方法および炭素繊維束の製造方法
(51)【国際特許分類】
   D01F 9/22 20060101AFI20240409BHJP
   D01F 6/18 20060101ALI20240409BHJP
【FI】
D01F9/22
D01F6/18 E
【請求項の数】 5
(21)【出願番号】P 2020518742
(86)(22)【出願日】2020-03-25
(86)【国際出願番号】 JP2020013261
(87)【国際公開番号】W WO2020203531
(87)【国際公開日】2020-10-08
【審査請求日】2023-03-07
(31)【優先権主張番号】P 2019071045
(32)【優先日】2019-04-03
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000003159
【氏名又は名称】東レ株式会社
(72)【発明者】
【氏名】岡村 一真
(72)【発明者】
【氏名】伊藤 隆弘
(72)【発明者】
【氏名】齋藤 大祐
【審査官】松岡 美和
(56)【参考文献】
【文献】特開平8-246248(JP,A)
【文献】特開2002-242029(JP,A)
【文献】特開平11-241230(JP,A)
【文献】特開2010-13777(JP,A)
【文献】特開昭47-249669(JP,A)
【文献】特開昭55-137222(JP,A)
【文献】特開昭47-26972(JP,A)
【文献】特開昭60-252722(JP,A)
【文献】特開平1-111021(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
D01F9/08-9/32
D01F1/00-6/96;9/00-9/04
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ポリアクリロニトリル系繊維束を、酸化性雰囲気中で200~300℃の温度で耐炎化処理する耐炎化繊維束の製造方法において、前記繊維束の比重が1.15~1.25であるとき、前記繊維束に比抵抗が20×10 -4 Ω・cm以下である導電性繊維束を接触または近接させて、繊維束の表面電位を-1kV~+1kVとする耐炎化繊維束の製造方法。
【請求項2】
ポリアクリロニトリル系繊維束を、粒径0.3μm以上の微粒子の濃度が300個/リットル以上である酸化性雰囲気中で200~300℃の温度で耐炎化処理する耐炎化繊維束の製造方法において、繊維束の比重が1.15~1.25であるとき、前記繊維束に比抵抗が20×10 -4 Ω・cm以下である導電性繊維束を接触または近接させて、繊維束の表面電位を-1kV~+1kVとする耐炎化繊維束の製造方法。
【請求項3】
前記導電性繊維束が、炭素繊維束である請求項1または2に記載の耐炎化繊維束の製造方法。
【請求項4】
前記炭素繊維束が、同じ種類の材料からなる炭素繊維束である請求項に記載の耐炎化繊維束の製造方法。
【請求項5】
請求項1~のいずれかに記載の耐炎化繊維束の製造方法により耐炎化繊維束を得た後、該耐炎化繊維束を不活性雰囲気中で1000~2500℃の温度で炭化処理する炭素繊維束の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、耐炎化繊維束の製造方法および炭素繊維束の製造方法に関する。さらに詳しくは、炭素繊維束に用いられる耐炎化繊維束の製造方法ならびにかかる耐炎化繊維束を用いて得られる引張強度の高い炭素繊維束の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
炭素繊維束は比強度、比弾性率に優れていることから、航空・宇宙産業をはじめ、釣竿、テニスラケットなどのスポーツ用途、風力発電のブレードや自動車など一般産業用途と幅広い分野で使用されている。近年、航空機のみならず自動車用途で炭素繊維束の需要が年々増加している。顧客からは炭素繊維束の品質、特に、引張強度(以降、「強度」と略称する)の向上が要求されている。
【0003】
炭素繊維束の強度は、炭素繊維束の原料である前駆体繊維束の種類に影響されるため、強度が発現しやすい点からピッチ系よりもポリアクリロニトリル系前駆体繊維束が好ましく用いられている。また、強度に影響を及ぼす要因のひとつには、炭素繊維束に存在する微小な欠陥が知られている。微小な欠陥を生じる原因には、炭素繊維束の製造工程において、粉塵や金属などの異物との接触や付着により、炭素繊維束を構成している単繊維に傷や空隙が発生したり、単繊維間の接着による単繊維表層上の傷、ローラーやスリットとの擦過で生じる炭素繊維束自体への傷が挙げられる。このような欠陥が、炭素繊維束の単繊維の表層や内部のいずれに発生しても、その欠陥の大きさや数が増加するにつれて、炭素繊維束の強度は低下する。
【0004】
ポリアクリロニトリル系炭素繊維束は、一般的に、酸化性気体雰囲気下でポリアクリロニトリル系前駆体繊維束を200~300℃で加熱して耐炎化繊維束を得て、次いで、不活性雰囲気下で1200℃以上に加熱して得られる。前駆体繊維束を加熱処理し耐炎化繊維束を得る工程を耐炎化工程という。ここで、酸化性気体雰囲気下とは、被処理物に酸化処理するために、酸化作用を促す気体を含む雰囲気のことである。酸素を含む空気は、酸化性気体に含まれる。
【0005】
ポリアクリロニトリル系前駆体繊維束は通常1000~60000本の単繊維からなる。耐炎化工程では、単繊維同士の融着を防止するため、ポリアクリロニトリル系前駆体繊維束にシリコーン系油剤を付与する方法が広く知られている。シリコーン系油剤は耐熱性に優れ、単繊維同士の融着の防止に効果を発揮するが、シリコーン系油剤は加熱されると酸化分解され、微粒子を生成しやすい。そして、生成された微粒子は、耐炎化炉に浮遊し炉内を滞留するうちに繊維束に付着し、繊維束が傷つき、最終製品である炭素繊維束の強度を低下させることがある。
【0006】
耐炎化炉において、ファンにより循環流路を循環する酸化性気体(代表的には空気)は、循環ダクト内に設けられたヒーターおよびその制御機構により炉内温度が一定になるよう制御されており、ポリアクリロニトリル系繊維束は炉内を多段のローラーで折り返されながら所定の温度で加熱処理される。
【0007】
ポリアクリロニトリル系繊維束の耐炎化処理工程においては、熱風循環を繰り返すうちに、熱風には、ストランド由来のケバや粉末等の異物が蓄積し、耐炎化繊維束を汚染するようになることが知られている(特許文献1)。
【0008】
この課題に対し、特許文献1には耐炎化炉内の微粒子を多孔質板で捕集することにより、微粒子を除去し、炭素繊維の強度を安定化させる方法が開示されている。また特許文献2では、耐炎化炉内を循環する酸化性気体に含まれる粉塵等の微粒子が耐炎化繊維束に付着することを抑制するため、酸化性気体雰囲気内の微粒子の濃度、耐炎化繊維束の幅、耐炎化炉の循環熱風の風速、耐炎化炉の炉長、耐炎化繊維束の炉内通過速度を所定の範囲内にする耐炎化繊維束の製造方法が開示されている。
【0009】
特許文献3では炭素繊維途中繊維束である耐炎化工程に供される前駆体繊維束以降で予備炭化工程に供される前の繊維束、すなわち耐炎化工程中の繊維束が静電気を発生することで繊維束の収束性が低下し、ローラーへの巻き付きや、隣接する繊維束と混繊する操業上の問題に対し、導電性繊維を設置することで静電気の発生を抑制する方法が開示されている。
【0010】
特許文献4では、炭素繊維前駆体であるアクリル繊維束は非導電体であり、工程のロール通過の際に剥離帯電したり、各種ガイド等との擦れによる摩擦帯電したりする。かかる静電気の帯電によって、周囲の粉塵がアクリル繊維束表面に付着しやすくなり品質低下が懸念される上、工程のロールに巻きつきやすくなり工程トラブルの原因になることから、帯電した静電気を除電しながらアクリル繊維束を製造する方法が開示されている。
【0011】
特許文献5および6では、金属メッキ処理で導電性を付与した繊維を、静電気で帯電した被処理体に接触させ除電する方法が開示されている。特許文献7では、金属繊維、炭素繊維などからなる導電性繊維の先端部分をステンレスやアルミニウムなどの導電性素材からなる保持部材に取り付けた除電ブラシが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0012】
【文献】特開2006-57222号公報
【文献】特開2014-25167号公報
【文献】特開平8-246248号公報
【文献】特開2010-13777号公報
【文献】特開昭48-95791号公報
【文献】実開昭49-9176号公報
【文献】特開平3-121009号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
しかし、特許文献1記載の発明には異物除去手段である金網、パンチングプレート等の多孔質板で耐炎化炉内の異物を除去することが記載されているが、粒径の小さい微粒子やタール等の揮発性を有する粘着成分を含む微粒子を完全に除去することは困難である。
【0014】
特許文献2記載の発明には、耐炎化工程での微粒子の濃度を一定に制御することが記載されているが、耐炎化熱処理途中の繊維束や耐炎化繊維束が静電気で帯電した時に付着する微粒子まで除去することができない。
【0015】
特許文献3記載の発明には、炭素繊維を連続生産する製造装置において、耐炎化または不融化工程へ供される前駆体繊維束以降、予備炭化工程へ供給する前の繊維束である予備炭化繊維束までの繊維束である炭素繊維途中繊維束がローラーから離れる時に発生する静電気を、炭素繊維束などの導電性繊維束を近接して設置し除電することでローラー巻き付きが減少したことの記載がある。しかしながら、耐炎化工程に存在する粉塵などの微粒子が走行する繊維束へ付着してポリアクリロニトリル系炭素繊維束の強度への影響に関する記載は一切なく、微粒子が耐炎化繊維束に付着しないレベルまで静電気を低減する検討は十分になされておらず、静電気除電による炭素繊維束強度への影響は不明である。
【0016】
特許文献4記載の発明には、炭素繊維束の原料であるポリアクリロニトリル系前駆体繊維束の静電気の除電の記載はあるが、炭素繊維束を製造する焼成工程における静電気の除電に関する記載はない。耐炎化工程で発生する微粒子を含む気体に常に繊維束が曝露されているため、除電して製造したポリアクリロニトリル系前駆体繊維束を用いたとしても、耐炎化工程で繊維束表面に微粒子が付着することによる強度低下を解決できるものではなかった。
【0017】
特許文献5、6記載の発明には、除電するための導電性繊維として金属メッキした繊維が使用されているが、静電気による炭素繊維束への影響に関する記載は一切なく、微粒子が耐炎化繊維束に付着しないレベルまで静電気を低減する検討は十分になされておらず、静電気除電による炭素繊維束強度への影響は不明である。
【0018】
特許文献7記載の発明は、炭素繊維などの導電性繊維を用いた除電ブラシに関するものであるが、除電する対象物はプリンター、複写機、ファクシミリ等の機器における出力媒体である紙やOHP用フィルムといった合成樹脂フィルムであり、静電気による炭素繊維束への影響に関する記載は一切なく、除電による炭素繊維束強度への影響は不明である。
【0019】
発明者らは、耐炎化炉に浮遊する微粒子が耐炎化繊維束に付着する事を抑制する方法に関する検討を進めるうちに、静電気による帯電で耐炎化工程を通過する繊維束および耐炎化処理が終了した耐炎化繊維束に浮遊微粒子が付着して強度を低下せしめることを見いだした。すなわち、耐炎化炉内に浮遊する微粒子が帯電し、静電相互作用により耐炎化繊維束に付着する。ポリアクリロニトリル系炭素繊維束の製造においては、シリコーン系油剤が加熱されて酸化分解された時に発生するシリカや外気から耐炎炉内に流入する粉塵やタール固化物由来の粉塵等の微粒子が耐炎化炉内で生成されやすく、時間の経過とともに微粒子の濃度が高くなって、微粒子が耐炎化工程を走行する繊維束に付着しやすい。さらに、耐炎化炭素繊維束に付着した微粒子は、下流の炭化工程でも除去されにくく、炭素繊維束の強度を低下させることを見出した。
【0020】
本発明が解決しようとする課題は、ポリアクリロニトリル系炭素繊維束の製造において、粒径0.3μm以上の微粒子の濃度が300個/リットル以上である酸化性雰囲気中で耐炎化熱処理した時の初期段階および/または最終段階を走行する繊維束の表面電位を低く維持しながら耐炎化熱処理することで、耐炎化繊維束への微粒子付着を抑制し、高強度な炭素繊維束の製造を可能とすることにある。
【課題を解決するための手段】
【0021】
前記課題を解決するために、本発明は以下の構成からなる。
【0022】
ポリアクリロニトリル系繊維束を粒径0.3μm以上の微粒子の濃度が300個/リットル以上である酸化性雰囲気中で200~300℃の温度で耐炎化処理する耐炎化繊維束の製造方法において、繊維束の比重が1.15~1.25であるとき、および繊維束の比重が1.30~1.45であるとき、前記繊維束に比抵抗が20×10 -4 Ω・cm以下である導電性繊維束を接触または近接させて、繊維束の表面電位を-1kV~+1kVとする耐炎化繊維束の製造方法である。
【0023】
さらに、導電性繊維束として、炭素繊維束を用いる耐炎化繊維束の製造方法を提供する。
【0024】
また、本発明の炭素繊維束の製造方法は、前記耐炎化繊維束の製造方法で耐炎化繊維束を得た後、該耐炎化繊維束を不活性雰囲気中で1000~2500℃の温度で炭化処理とすることを特徴とする。
【発明の効果】
【0025】
本発明はポリアクリロニトリル系繊維束を耐炎化処理するにあたり、走行する繊維束の表面電位を-1kV~+1kVにすることで繊維束に付着する微粒子量を一定量以下に抑制することができる。その結果、微粒子の付着が一定量以下のポリアクリロニトリル系繊維束を炭化処理することが可能となり、得られる炭素繊維束の強度が高くなる効果が得られる。
【発明を実施するための形態】
【0026】
本発明において炭素繊維束の原料として用いられるポリアクリロニトリル系前駆体繊維束は、例えば、アクリル系重合体として、アクリロニトリルの単独重合体あるいは共重合体を用い、有機または無機溶媒を用いて紡糸することで得ることができる。アクリル系重合体は、アクリロニトリル90質量%以上からなる重合体であり、必要に応じてアクリロニトリルと共重合可能なコモノマーを10質量%以下で使用することができる。コモノマーとしては、アクリル酸、メタアクリル酸、イタコン酸およびそれらのメチルエステル、プロピルエステル、ブチルエステル、アルカリ金属塩、アンモニウム塩、アリルスルホン酸、メタリルスルホン酸、スチレンスルホン酸およびこれらのアルカリ金属塩などからなる群から選ばれる少なくとも1種を用いることができる。
【0027】
本発明のポリアクリロニトリル系炭素繊維束の原料であるポリアクリロニトリル系前駆体繊維束を製造する方法は特に制限はないが、アクリル系重合体として、アクリロニトリルの単独重合体あるいは共重合体を、有機または無機溶媒を用いて紡糸することで得ることができる。溶媒としては、ジメチルアセトアミド、ジメチルスルホキシド、ジメチルホルムアミド等の有機溶媒や、硝酸、塩化亜鉛、チオシアン酸ナトリウムなどといった無機化合物を含有する水溶液など公知のものから適時選択して使用することができる。紡糸方法は、凝固浴内の溶媒中に紡糸する湿式紡糸、または紡糸原液を空気中に一旦紡糸した後に浴中凝固させる乾湿式紡糸のいずれでも構わない。紡糸後、延伸、水洗、油剤付与、乾燥緻密化、必要であれば後延伸などの工程を経てポリアクリロニトリル系前駆体繊維束を得ることができる。ポリアクリロニトリル系前駆体繊維束を製造する際に、油剤としてシリコーン系油剤を付与する場合があるが、ポリアクリロニトリル系前駆体繊維束に付与されるシリコーン系油剤には、少なくともその一部にアミノ変成シリコーンを含むことが好ましい。これらのシリコーン系油剤には、界面活性剤、熱安定剤などが加えられていても良い。また、シリコーン系油剤はエマルジョンとして使用されることが多く、このとき乳化剤が併用されることが好ましい。乳化剤としては、エマルジョンの生成を促進し、かつ、これを安定化する界面活性を有する化合物のことであり、具体例として、ポリエチレングリコールアルキルエーテルが好ましく使用される。
【0028】
油剤を付与したポリアクリロニトリル系繊維束の単糸繊度は0.4~1.7dtexであることが好ましい。また繊維束あたりの単糸の数は1000~60000本であることがより好ましい。
【0029】
このようにして得られたポリアクリロニトリル系繊維束を、200~300℃の温度で熱処理することで耐炎化処理を行う。本発明の耐炎化繊維束の製造方法においては、ポリアクリロニトリル系繊維束を、酸化性雰囲気中で耐炎化処理して耐炎化繊維束を得る。酸化性雰囲気に用いる気体としては、コスト面から空気が好ましい。シリコーン系油剤を付与したポリアクリロニトリル系繊維束が耐炎化工程で熱処理されると、繊維束表面に付与されたシリコーン系油剤が加熱されて酸化や揮発する際に、耐炎化炉内で常に珪素を含有したシリカと呼ばれる微粒子が形成されるために、経時的にかかる珪素を含有したシリカなどの微粒子は増加して、耐炎化炉内に浮遊して存在する。すなわち、シリコーン系油剤が耐炎化炉内で熱分解して、シリカが形成されて粉塵などとともに微粒子として耐炎化炉を汚染して、走行する繊維束に異物として残留すると、最終的に得られる炭素繊維束の強度を低下させる。耐炎化炉内を走行する耐炎化繊維束への微粒子の付着量は時間が経つにつれて多くなり、炭素繊維束の強度は経時的に低減する傾向にある。本発明は、特に炭素繊維の経時的な強度低減を抑制する、すなわち炭素繊維束の強度を経時的に一定レベルに保つことに大きな効果をもつ。
【0030】
ポリアクリロニトリル系前駆体繊維束を得る過程でシリコーン系油剤を用いた場合には、炭化処理中にシリコーン系油剤に由来する珪素が、高温炉構造材から気化する炭素や炭素繊維そのものに起因する炭素または不活性ガスとして使用する窒素などと結合することによって、炭化珪素或いは窒化珪素といった様々な珪素化合物などが生成されることが知られている。これらの珪素化合物は繊維束に付着すると高温炉内で欠陥となることや、高温炉内に珪素化合物が多く堆積すると、走行する炭素繊維束と擦過して毛羽が発生するために、やはり炭素繊維束の強度を低下させる。このことから、耐炎化熱処理時に走行する繊維束にシリカなどの微粒子の付着を抑制することが、炭素繊維束の強度を低下させないために重要である。
【0031】
耐炎化炉としては、熱風が循環している熱処理室内を繊維束が水平に走行している横型耐炎化炉が好ましく用いられるが、繊維束が鉛直方向に走行している縦型耐炎化炉でもよい。耐炎化炉の内側もしくは外側の両端には繊維束の折り返し用ローラーが多段に設置されており、耐炎化炉内をローラーに沿って通過した繊維束は、折り返し用のローラーにより進行方向を逆に変えて、耐炎化炉内を繰り返し通過し、熱風を繊維束の走行方向と垂直もしくは水平方向に循環させて加熱させることで、ポリアクリロニトリル系繊維束は耐炎化処理される。停機せずに折り返しローラーに巻き付いた繊維束を除去できるという生産性の確保や、繊維束の通糸や分繊などの繊維束の取り扱い性の良さから、水平に横断した繊維束が折り返し用のローラーにより進行方向を逆に変える横型耐炎化炉の方が好ましい。
【0032】
このとき、炭素繊維束を製造した時に十分な強度を発現するために、耐炎化繊維束の単糸繊度は0.4~1.7dtexであることが好ましい。繊維束の比重は1.15~1.25であるとき、および/または、繊維束の比重が1.30~1.45であるときである。ポリアクリルニトリル系繊維束の比重は、耐炎化工程での熱処理が進むにつれて大きくなる。すなわち、繊維束の比重が1.15~1.25であるときは、酸化性雰囲気中で耐炎化工程の初期段階に対応し、また、繊維束の比重が1.30~1.45であるときは、耐炎化工程の最終段階および耐炎化炉を通炉した耐炎化工程での熱処理が完了した段階に対応するものである。つまり、除電される繊維束であるポリアクリロニトリル系繊維束とは、耐炎化工程において初期段階または最終段階にある耐炎化熱処理されている途中の繊維束や耐炎化熱処理が完了して耐炎化炉を通炉した後の耐炎化繊維束である。
【0033】
一般に、物体同士をこすり合わせるとプラスとマイナスの静電気が同時に発生する。すなわち静電気は物質どうしの摩擦により表面の原子同士が接触すると発生する。電子が移動して電子を受け取った物体はマイナス、電子を失った物体がプラスに帯電する。静電気は2つの物体が摩擦と剥離を繰り返すことで発生する電気であり、プラスまたはマイナスのいずれの静電気に帯電しやすいかを表すものに帯電列がある。繊維の帯電列ではポリアクリロニトリル系前駆体繊維束を含むアクリル繊維は、他の天然繊維や合成繊維に比べてマイナスの静電気を帯電する傾向にあることが知られている。本発明では、放電により一瞬で電圧がゼロになる静電気の特徴を生かしたものであり、耐炎化工程を走行する繊維束が折り返し用ローラーと繰り返し摩擦や剥離することで発生する静電気に帯電する繊維束に導電性繊維を近接または接触して、効率よくかつコストをかけることなく静電気を除電することに特徴がある。
【0034】
耐炎化炉内ではシリコーン系油剤が加熱、酸化されて生成されるシリカや粉塵などの微粒子や耐炎化炉の周辺から耐炎化炉内に吸い込む外気や装置からの金属元素を含む微粒子や粉塵などの微粒子に加えて、シリコーン系油剤やポリアクリロニトリル系繊維束そのものから発生するタール成分などに由来する微粒子が、炭素繊維束が連続的に生産されることにより耐炎化炉内に溜まりやすく、これらが強度低下の原因となる。耐炎化炉を循環する熱風には空気などの酸化性気体に存在する上記粉塵などの微粒子は少ない方が良いが、かかる微粒子は酸化性気体に絶えず発生、蓄積されるために微粒子濃度をゼロにすることは工業的に極めて困難である。金属元素を含む微粒子の代表的な金属元素としては、ナトリウム、マグネシウム、アルミニウム、マンガン、鉄、コバルト、ニッケル、亜鉛が挙げられる。これらの微粒子や粉塵が走行する繊維束に付着して、炭素繊維束を構成する単糸の表面や内部に欠陥を形成して炭素繊維束の強度低下の原因となる。本発明で規定する粒径0.3μm以上の微粒子は、かかるシリカ、ほこりなどの粉塵、タール、金属元素を含む金属微粒子が単独の物質で構成された微粒子やそれらの物質が複数組み合わさった粒子状のものを全て含む。
【0035】
一方、耐炎化炉内に供給する外気を取り入れる時に高性能フィルターなどで濾過することや、耐炎化炉に使用する金属部分の材質をステンレスなどのさびにくい材質にすることのほか、シリコーン系油剤の使用量を所望の物性が発現する範囲で低く抑えたりすることなどにより、得られる炭素繊維束の強度レベルを高い水準に保つことができる。工業的な微粒子濃度の下限値としては、0.3μm以上の微粒子の濃度を300個/リットル以上であることが一般的である。そして本発明はこのような微粒子濃度においてよりいっそう顕著に効果を発する。本発明は、耐炎化炉内に粉塵などの微粒子が存在している中で繊維束が走行する際に、静電気により繊維束に微粒子が付着しないように繊維束の表面電位を-1kVから+1kVにするため、微粒子が存在しても静電気による微粒子付着を抑制することができる。そのため、耐炎化炉内に微粒子が多少多く存在しても、微粒子が繊維束に付着しにくい状態で走行することから、炭素繊維束の強度は表面電位を制御しない場合に比べれば、強度は高く発現する。ただし、あまりにも耐炎化炉内に微粒子が過多に存在した場合、静電気による帯電がない、すなわち除電した状態でも自然に繊維束に微粒子が付着してしまい、強度低下を招くことから、粒径0.3μm以上の微粒子濃度の上限値としては特に制限はされないが、10000個/リットル以下であることが好ましい。
【0036】
本発明は、ポリアクリロニトリル系繊維束を、酸化性雰囲気下200~300℃の温度で耐炎化処理する際に、走行する繊維束の静電気の基本特性である表面電位を-1kV~+1kVにしながら耐炎化処理する方法である。特に、走行する繊維束の比重が1.15~1.25となるとき、および/または、繊維束の比重が1.30~1.45となるとき、すなわち、耐炎化処理途中または耐炎化処理が完了した耐炎化繊維束であるポリアクリロニトリル系繊維束の表面電位を-1kV~+1kVに制御する必要がある。静電気が多いすなわち表面電位が高いと、静電気による力が作用して走行する繊維束がローラーに引きつけられてしまい、巻付きや毛羽が発生して品位と工程通過性双方を低下させるのみならず、繊維束自体を傷めてしまうために繊維束の靱性そのものが低下してしまう。さらに、静電気により帯電した状態で走行している繊維束の周囲にある粉塵や微粒子が繊維束に付着して、ローラーとの接触による擦過に起因する単糸上に傷が発生する。さらに、前炭化工程や炭化工程で高温処理される時に付着した微粒子による欠陥を形成してしまうことがある。
【0037】
このように走行する繊維束が静電気で帯電していると、繊維束および繊維束を構成する単糸のいずれにおいても炭素繊維束の強度を低下させることになり、繊維束の表面電位をできるだけ少なくすることが炭素繊維束の高強度化達成のために極めて重要である。表面電位がゼロすなわち帯電していない状態が最良であるが、走行する繊維束はローラーと接触して擦過して常に静電気が発生する状態にあることから、工業的には-1kV~+1kVの範囲にあることが好ましい。
【0038】
本発明では、繊維束の表面電位を-1kV~+1kVとする方法、すなわち繊維束を除電する方法として、導電性繊維束を用いた接触式と非接触式があるが、いずれかに限定されるものではない。接触式の除電方法としては、導電性繊維束を走行する繊維束に直接接触させる方法がある。非接触式の除電方法としては、走行する繊維束の直近に導電性繊維束を設置する方法がある。
【0039】
一般的な除電方法として、電圧印加式静電気除去装置を用いることや、帯電した静電気が導電体により自己放電することを利用する方法がある。除電装置を使用する場合は設置費用が発生してコスト面で不利である。帯電した静電気が導電体により自己放電する際には、導電体の表面積が大きい方が放電量は多く、繊維束の場合は特にその表面積が大きいためにより多くの静電気を放電するものと考えられ、繊維束に放電の影響が発生する場合がある。また、走行する繊維束やローラーに水を付与する事によって放電を促す方法などがあるが、散布する水に周囲の粉塵や微粒子が吸着してしまい、このような水が繊維束に付着してしまうことで、水に含まれる粉塵や微粒子が起因となり炭素繊維束の強度が低下するという問題が発生する場合がある。
【0040】
静電気に帯電した繊維束を導電性繊維束で除電する方法は、互いに繊維束を構成する単糸どうしが近接または接触していることから、効率的に除電ができる。導電性繊維束を配置させるためには、例えば、接地した金属製ローラースタンドに金属製の留め具を介して配置するなどの方法により容易に配置できる。また、導電性繊維束が損傷した場合は、取り除いて新しい導電性繊維束に容易に交換することができる。このように本発明の導電性繊維束を用いる除電方法は、コスト面でも取り扱い性でも従来の除電方法より優れている。
【0041】
静電気を除電するために用いる導電性繊維束は、金属繊維でも良いが、接触して擦過させると糸切れや毛羽発生の原因になること、金属成分の一部が繊維束に付着して強度低下の原因となる欠陥が形成されること、炭化炉などの高温炉の炉内に混入すると不純物となって強度の低下の原因にもなることから、導電性繊維束として炭素繊維束を用いることでコンタミが発生しない点でもより好ましい。さらに、同じ種類の材料は帯電列が近く、接触しながら除電した際にも新たな静電気の発生を抑制することができ、好ましい。帯電列とは、2つの物質を接触させたときに、プラスまたはマイナスのどちらに帯電しやすいかと表す指標である。
【0042】
導電性繊維束は適度な大きさがあればよく、導電性繊維束の単糸総数の下限としては6000本程度あれば十分である。フィラメント数が小さい炭素繊維束を複数本束ねた炭素繊維束、フィラメント数が大きい炭素繊維束のいずれを用いてもかまわない。導電性繊維束のフィラメント数の上限は実質ないが、60000本もあればよい。導電性繊維束として、炭素繊維束を用いる際の形態は走行する繊維束の静電気を除電できれば良く、繊維束の他にロープ、ブラシ、紐、編物、織物が挙げられ、特に限定されるものではない。
【0043】
導電性繊維束の設置場所は、走行する繊維束の静電気が除電されればよく、1箇所でもそれぞれ間隔をおいて複数箇所に設置しても良い。特に繊維束とローラーやガイド間で発生する剥離や摩擦で静電気が発生しやすい繊維束がローラーを離れる位置に設置すると除電効果が高い。このときの導電性繊維束の設置位置としては、ローラーから繊維束が離れる地点から繊維束の走行方向の距離が0~30cm、好ましくは0~10cmの位置である。また、繊維束の走行方向と垂直な方向に対しては、走行する繊維束と導電性繊維束の先端との距離が近いほど、繊維束は除電されやすく表面電位を低減できるので、繊維束と導電性繊維束の先端との距離が0~50mm、好ましくは0~25mmの位置である。本発明において、繊維束への導電性繊維束の近接とは、繊維束と導電性繊維束の先端との距離が好ましくは0~50mm、より好ましくは0~25mmの状態を意味する。
【0044】
本発明では、走行する繊維束の静電気の除電手段として導電性繊維束を用いることが好ましい。導電性繊維束とは、導電性をもたせた繊維束のことであり、ほこりの付着や静電気の放電に有効である。導電性繊維束には、合成繊維の中に導電性物質である金属や炭素や黒鉛を均一に分散したり化学変化で生成させたりするもの、ステンレス、銅、アルミニウム、鉄、ニッケル、チタンなどの金属を繊維化した金属繊維、繊維の表面を金属で被覆したもの、繊維の表面に導電性物質を含む樹脂で被覆したものや炭素繊維や金属被膜炭素繊維などがある。
【0045】
静電気を除電する手段として、導電性繊維束を用いる利点は、ワイヤーや針金などの金属線と異なり、導電性繊維束を構成する単糸が走行する繊維束に常に複数の点で接触することから、静電気を除電する効果が高いことにある。また、導電性繊維束を構成する一部の単糸が破断しても、破断していない残りの単糸が除電効果を継続させることが可能であり、静電気で帯電した走行する繊維束の形状に合わせて、導電性繊維束が接触できるように形状を常に変化させることができることも利点である。
【0046】
走行する繊維束の静電気を除電するためには、導電性繊維の導電性が十分であるべきであり、導電性の代表的な指標として電気抵抗率である比抵抗がある。具体的には、導電性繊維束の比抵抗は20×10-4Ω・cm以下であることが好ましい。導電性繊維束がかかる比抵抗を有していれば、好適に走行する繊維束の静電気を除電することができる。比抵抗の下限値については、特に制限はない。
【0047】
これら除電手段である導電性繊維束を設置する場所としては、耐炎化工程が前述の微粒子が多く含まれる環境であるから、耐炎化工程全般にて設置することが好ましいが、より好ましくは、ポリアクリロニトリル系繊維束が耐炎化炉内を走行する繊維束の比重が1.15~1.25になる位置、および/または、繊維束の比重が1.30~1.45となる位置に設置する。耐炎化熱処理時に走行する繊維束は、ローラーとの摩擦や剥離が繰り返されているので、耐炎化工程全体で静電気が発生するのであるが、耐炎化の初期段階または終了段階では以下記載するように静電気の発生が顕著であるため、とりわけ本発明の効果が大きい。
【0048】
これは、炭素繊維束の原料であるポリアクリロニトリル系前駆体繊維束は非導電体で静電気に帯電しやすく、耐炎化熱処理初期の繊維束の熱収縮が大きいためにローラーと常に擦過と剥離が繰り返しているので静電気が発生しやすいからである。よって、耐炎化工程の初期段階に対応する比重が1.15~1.25の繊維束に接触または近接する形で導電性繊維束を設置すれば、除電効果が大きい。また、耐炎化終盤または耐炎化炉通過後の繊維束では、繊維束自体が脆弱になることや耐炎化工程での折り返しローラーによるメカロスの蓄積で繊維束の張力が増加するために、繊維束とローラーとの擦過時に静電気が発生しやすく、耐炎化工程の最終段階または耐炎化通炉後の段階である比重が1.30~1.45の繊維束に接触または近接する形で導電性繊維束を設置しても、除電効果が大きい。
【0049】
このようにして得られた耐炎化繊維束を窒素などの不活性雰囲気中で300~1000℃の温度で予備炭化処理した後で、窒素などの不活性雰囲気中で1000~2500℃の温度で炭化処理することによって炭素繊維束を得ることができる。
【0050】
炭化処理後に、炭素繊維束の表面に官能基を生成してマトリックス樹脂との接着性を高めることを目的とした酸化表面処理を行う。酸化表面処理方法には、薬液を用いる液相酸化、電解液溶液中で炭素繊維を表面処理する電解表面処理、およびプラズマ処理などによる気相酸化表面処理等があるが、比較的取り扱い性がよく、製造コスト的に有利な電解表面処理方法が好ましく用いられる。電解表面処理で用いる電解溶液は、酸性水溶液またはアルカリ性水溶液のいずれも使用可能であるが、酸性水溶液としては強酸性を示す硫酸または硝酸が好ましく、またアルカリ性水溶液としては炭酸アンモニウム、炭酸水素アンモニウムや重炭酸アンモニウム等の無機アルカリの水溶液が好ましく用いられる。かかる電解表面処理を施した炭素繊維束は、必要に応じて水洗工程を経た後に乾燥機で水分を蒸発させた後に、サイジング剤を付与する。ここでいうサイジング剤の種類は特に限定するものではないが、サイジング剤はエポキシ樹脂を主成分とするビスフェノールA型エポキシ樹脂やポリウレタン樹脂などから高次加工で用いるマトリックス樹脂に応じて適宜選ぶことができる。
【0051】
このようにして得られる耐炎化繊維束を用いて炭素繊維束を製造すると、強度が高い炭素繊維束を得ることができる。
【実施例
【0052】
以下に本発明の実施例および比較例をさらに具体的に説明する。なお、各特性の評価方法・測定方法は下記に記載の方法に従った。
【0053】
<微粒子濃度の測定>
粒径0.3μm以上の微粒子濃度は光散乱式パーティクルカウンター(例えば、RION社 KC-01E)を用いて測定した。耐炎化炉内から酸化性気体である試料空気を0.5リットル/分で34秒間空気を吸引して、0.283リットルに含まれる0.3μm以上の粒子数を計測して、1リットルあたりの微粒子数に変換した値を微粒子濃度(個/リットル)とした。
【0054】
<繊維束の比重>
繊維束の比重は、JIS R7601(2006)記載の方法に準拠した。測定は表面電位を測定する繊維束を用いて行った。試薬はエタノール(和光純薬社製特級)を精製せずに用いた。1.0~1.5gの繊維束を採取し、120℃で2時間絶乾した。絶乾質量(A)を測定したのち、比重既知(比重ρ)のエタノールに含浸し、エタノール中の繊維束質量(B)を測定した。下式に従い比重を算出した。
比重=(A×ρ)/(A-B) 。
【0055】
<繊維束の表面電位>
繊維束の表面電位測定は、耐炎化工程の折り返し用のローラーから繊維束が離れた地点から繊維束の走行方向に10cm離れた位置で、かつ繊維束と垂直な方向に対して繊維束から2.5cm離れた位置にシムコジャパン株式会社製の非接触式静電気測定器FMX-003を設置して、繊維束の静電気である表面電位を測定した。
【0056】
<炭素繊維束の強度>
JIS R7608(2007)の炭素繊維引張特性試験方法に準拠し、次の手順に従い求めた。樹脂処方としては、“セロキサイド(登録商標)”2021P(ダイセル化学工業社製)/3フッ化ホウ素モノエチルアミン(東京化成工業(株)社製)/アセトン=100/3/4(質量部)を用い、硬化条件は、圧力は常圧、温度は125℃、時間は30分とした。炭素繊維束5本を測定し、その平均値を炭素繊維束の強度とした。
【0057】
<導電性繊維束の比抵抗>
導電性繊維束の1m当たりの電気抵抗をR(Ω/m)、1m当たりの質量である目付をY(g/m)、密度をD(g/cm)とした時に、導電性の比抵抗は以下の式で求めた。
【0058】
比抵抗(×10-4Ω・cm)=R×Y÷D 。
【0059】
[実施例1]
アクリル系重合体から紡糸原液を調製した後、乾湿式紡糸方法で紡糸原液を凝固させた。得られた凝固糸を水洗、延伸、油剤付与した後、乾燥させ、スチーム延伸することで、単繊維繊度1.1dtex、単糸本数12000本のポリアクリロニトリル系前駆体繊維束を得た。
【0060】
用いたシリコーン系油剤は、アミノ変性シリコーンからなるもので、乳化剤としてポリエチレングリコールアルキルエーテルが含まれたアミノ変成シリコーン乳化物を用いた。
【0061】
次いで、炉内温度220~270℃の炉内の粒径0.3μm以上の微粒子の濃度が2500個/リットルの状態にある横型熱風循環式の耐炎化炉において、空気からなる酸化性雰囲気中で耐炎化熱処理されている繊維束の比重が1.18の繊維束に、導電性繊維として比抵抗が15×10-4Ω・cmの炭素繊維束をローラーから繊維束が離れる点から10cmの位置で走行する繊維束に接触させたところ、繊維束の表面電位は-0.2kV(つまり、除電後の表面電位の測定結果である)であった。なお、参考までに、除電前の繊維束の表面電位は-5.0kVであった。
【0062】
その後、耐炎化処理で得られた耐炎化繊維束を不活性雰囲気下で最高単炭化温度1350℃にして炭化し、表面処理後にサイジング剤を付与して、炭素繊維束を製造した。得られた炭素繊維束の強度は540kgf/mm(5.3GPa)であった。結果を表1に示す。
【0063】
[実施例2]
導電性繊維である炭素繊維束を走行する繊維束から2cm鉛直方向に離れた位置に近接設置した以外は実施例1と同様にして炭素繊維束を得た。繊維束の除電後の表面電位は-1.0kVとなり、得られた炭素繊維束の強度は520kgf/mm(5.1GPa)であった。結果を表1に示す。
【0064】
[実施例3]
耐炎化熱処理されている繊維束の比重が1.45である以外は実施例1と同様にして炭素繊維束を得た。繊維束の除電後の表面電位は+0.5kVとなり、得られた炭素繊維束の強度は520kgf/mm(5.1GPa)であった。結果を表1に示す。
【0065】
[実施例4]
耐炎化熱処理されている繊維束の比重が1.18となったとき、および繊維束の比重が1.45となったときの繊維束に、導電性繊維として比抵抗が15×10-4Ω・cmの炭素繊維束をローラーから繊維束が離れる点から10cmの位置で走行する各々の繊維束に接触させた以外は実施例1と同様にして炭素繊維束を得た。繊維束の除電後の表面電位はそれぞれ-0.2kV、+0.2kVとなり、得られた炭素繊維束の強度は550kgf/mm(5.4GPa)であった。結果を表1に示す。
【0066】
[実施例5]
導電性繊維として、帝人(株)社製ニッケル被覆炭素繊維ストランド“テナックス(登録商標)” HTS40 MC(商品名)を用いた以外は実施例1と同様にして炭素繊維束を得た。ニッケル被膜されているため比抵抗は0.75×10-4Ω・cmまで低下して除電効果が高くなったために、繊維束の除電後の表面電位は0kVであった。ただし、常にニッケル被膜炭素繊維が繊維束に接触しており、繊維束がニッケルと常時擦過している状態となり単糸傷みが発生すると同時に、繊維束に付着したニッケルが炭化工程で欠陥を形成したために、得られた炭素繊維束の強度は520kgf/mm(5.1GPa)であった。結果を表1に示す。
【0067】
[実施例6]
耐炎化炉内の粒径0.3μm以上の微粒子の濃度を320個/リットルにした以外は実施例1と同様にして炭素繊維束を得た。繊維束の除電後の表面電位は-0.2kVであった。耐炎化炉内はクリーンな状態で繊維束に粉塵や微粒子が付きにくい状態にあり、得られた炭素繊維束の強度は550kgf/mm(5.4GPa)であった。結果を表1に示す。
【0068】
[実施例7]
耐炎化炉内の粒径0.3μm以上の微粒子の濃度を5000個/リットルにした以外は実施例1と同様にして炭素繊維束を得た。繊維束の除電後の表面電位は-0.2kVであった。得られた炭素繊維束の強度は520kgf/mm(5.1GPa)であった。結果を表1に示す。
【0069】
[実施例8]
耐炎化炉内の粒径0.3μm以上の微粒子の濃度を8000個/リットルにした以外は実施例1と同様にして炭素繊維束を得た。繊維束の除電後の表面電位は-0.2kVであった。得られた炭素繊維束の強度は510kgf/mm(5.0GPa)であった。結果を表1に示す。
【0070】
[実施例9]
直径3mmで鉄からなる針金を用いた以外は実施例1と同様にして、炭素繊維束を得た。針金の比抵抗が0.097×10-4Ω・cmまで低下して除電効果が高くなったために、繊維束の除電後の表面電位は0kVであった。ただし、針金は導電性繊維束と異なり、常に繊維束と針金が点接触した状態で擦過し続けたために、単糸傷みが発生すると同時に、繊維束に付着した鉄が炭化工程で欠陥を形成したために、得られた炭素繊維束の強度は510kgf/mm(5.0GPa)であった。結果を表1に示す。
【0071】
[実施例10]
耐炎化熱処理されている繊維束の比重が1.23である以外は実施例1と同様にして炭素繊維束を得た。繊維束の除電後の表面電位は-0.2kVとなり、得られた炭素繊維束の強度は530kgf/mm(5.2GPa)であった。結果を表1に示す。
【0072】
[実施例11]
耐炎化熱処理されている繊維束の比重が1.33である以外は実施例1と同様にして炭素繊維束を得た。繊維束の除電後の表面電位は+0.4kVとなり、得られた炭素繊維束の強度は520kgf/mm(5.1GPa)であった。結果を表1に示す。
【0073】
[比較例1]
導電性繊維束を使用しないこと以外は実施例1と同様にしたところ、静電気が発生したために表面電位が-5.0kVまで上昇した。走行する繊維束は常に静電気のためにローラーから離れる時点でローラーに繊維束を構成する単糸が引きつけられており、耐炎化炉内に粉塵やシリカなどの微粒子が多いために走行する繊維束にシリカの微粒子が付着したため、耐炎化通炉後の耐炎化繊維束に粒子状の白いシリカが多数付着しているのが観察された。得られた炭素繊維束の強度は480kgf/mm(4.7GPa)まで低下した。結果を表1に示す。
【0074】
[比較例2]
導電性繊維束を使用しないこと以外は実施例7と同様にしたところ、静電気が発生したために表面電位が-5.0kVまで上昇した。走行する繊維束は常に静電気のためにローラーから離れる時点でローラーに繊維束を構成する単糸が引きつけられており、耐炎化炉内に粉塵やシリカなどの微粒子が多いために走行する繊維束にシリカの微粒子が付着したため、耐炎化通炉後の耐炎化繊維束に粒子状の白いシリカが多数付着しているのが観察された。得られた炭素繊維束の強度は470kgf/mm(4.6GPa)まで低下した。結果を表1に示す。
【0075】
[比較例3]
導電性繊維束を使用しないこと以外は実施例8と同様にしたところ、静電気が発生したために表面電位が-5.0kVまで上昇した。走行する繊維束は常に静電気のためにローラーから離れる時点でローラーに繊維束を構成する単糸が引きつけられており、耐炎化炉内に粉塵やシリカなどの微粒子が多いために走行する繊維束にシリカの微粒子が付着したため、耐炎化通炉後の耐炎化繊維束に粒子状の白いシリカが多数付着しているのが観察された。得られた炭素繊維束の強度は460kgf/mm(4.5GPa)まで低下した。結果を表1に示す。
【0076】
[比較例4]
導電性繊維束である炭素繊維束を走行する繊維束から10cm鉛直方向に離れた位置に近接設置した以外は実施例1と同様にして炭素繊維束を得た。導電性繊維束のよる除電効果が低下したため、繊維束の除電後の表面電位は-2.0kVと高く、除電が十分でなかった。得られた炭素繊維束の強度は490kgf/mm(4.8GPa)であった。結果を表1に示す。
【0077】
[比較例5]
耐炎化熱処理されてなる繊維束の比重が1.45の繊維束から10cm鉛直方向に離れた位置に近接設置した以外は、実施例1と同様にして、炭素繊維束を得た。導電性繊維束のよる除電効果が低下したため、繊維束の除電後の表面電位は+2.0kVと高く、除電が十分でなかった。、得られた炭素繊維束の強度は490kgf/mm(4.8GPa)であった。結果を表1に示す。
【0078】
[比較例6]
導電性繊維束を接触する繊維束の比重を1.50にした以外は実施例1と同様にして炭素繊維束を得た。比重の上昇とともに繊維束が脆くなり、ローラーとの摩擦で静電気が帯電しやすくなり、除電後の表面電位は+3.0kVまで上昇し、除電が十分でなかった。得られた炭素繊維束の強度は480kgf/mm(4.7GPa)まで低下した。結果を表1に示す。
【0079】
[比較例7]
導電性繊維束を接触する繊維束の比重を1.28にした以外は実施例1と同様にして炭素繊維束を得た。かかる比重を有する繊維束が走行する場所は、耐炎化工程の中で比較的静電気による帯電が発生しにくい場所であるため、導電性繊維束による除電効果は限定的となり、除電後の表面電位は+1.2kVであった。得られた炭素繊維束の強度は490kgf/mm(4.8GPa)まで低下した。結果を表1に示す。
【0080】
【表1】