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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-04-08
(45)【発行日】2024-04-16
(54)【発明の名称】植物乳発酵食品およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
   A23C 11/10 20210101AFI20240409BHJP
   A23L 11/60 20210101ALI20240409BHJP
   A23L 11/65 20210101ALI20240409BHJP
   A23L 11/00 20210101ALI20240409BHJP
   A23D 7/02 20060101ALN20240409BHJP
【FI】
A23C11/10
A23L11/00 Z
A23L11/65
A23D7/02 500
【請求項の数】 6
(21)【出願番号】P 2022510715
(86)(22)【出願日】2021-03-26
(86)【国際出願番号】 JP2021012766
(87)【国際公開番号】W WO2021193891
(87)【国際公開日】2021-09-30
【審査請求日】2023-05-24
(31)【優先権主張番号】P 2020055397
(32)【優先日】2020-03-26
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】315015162
【氏名又は名称】不二製油株式会社
(72)【発明者】
【氏名】柳澤 昌伸
(72)【発明者】
【氏名】池永 直弥
【審査官】村松 宏紀
(56)【参考文献】
【文献】特開2001-346521(JP,A)
【文献】特開2019-041662(JP,A)
【文献】特開2017-077187(JP,A)
【文献】特開2016-182049(JP,A)
【文献】国際公開第2008/003782(WO,A1)
【文献】特開2007-236344(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A23L、A23D、A23C
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
植物乳を含む発酵原料に乳酸菌を接種し、乳酸発酵させて植物乳発酵食品を製造する方法において、
A)構成糖としてαグリコシド結合で結合したガラクトースを含む糖類を添加した植物乳対し、α-ガラクトシダーゼを作用させて該糖類を加水分解し、ガラクトースを生成させる工程、および、
B)該分解工程の後又は該分解工程と共に、該加水分解された植物乳を細胞外多糖類産生能を有する乳酸菌にて発酵し、細胞外多糖類を産生させる工程、
を含むことを特徴とする、植物乳発酵食品の製造方法。
ここで、該細胞外多糖類産生能を有する乳酸菌は、α-ガラクトシダーゼ活性を有さないものに限る。
【請求項2】
該加水分解工程A)に供する植物乳中の該糖類の含有量を、0.1~10重量%とする、請求項1記載の植物乳発酵食品の製造方法。
【請求項3】
植物乳が豆類乳であることを特徴とする、請求項1又は2記載の植物乳発酵食品の製造方法。
【請求項4】
細胞外多糖類産生能を有する乳酸菌による発酵原料用の植物乳の製造方法であって、構成糖としてαグリコシド結合で結合したガラクトースを含む糖類を添加した植物乳対し、上記糖類をα-ガラクトシダーゼを作用させて該糖類を加水分解しガラクトースを生成させ、その後殺菌することを特徴とする、上記製造方法。
ここで、該細胞外多糖類産生能を有する乳酸菌は、α-ガラクトシダーゼ活性を有さないものに限る。
【請求項5】
該加水分解工程に供する植物乳中の該糖類の含有量を、0.1~10重量%とする、請求項4記載の植物乳発酵食品の製造方法。
【請求項6】
植物乳が豆類乳であることを特徴とする、請求項4又は5記載の植物乳の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、植物乳発酵食品の製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
地球温暖化に代表される気候変動、環境意識の高いミレニアル世代以降の購買に与える影響力の拡大、動物愛護の意識、そして動物性たんぱく質を使用した場合コレステロールがたまる等の健康上の問題から、乳代替として豆乳などに代表される植物乳を取り入れる動きが拡大している。
【0003】
上記傾向は乳のみならずヨーグルトなど乳を使用した加工食品にも広がっており、例えば豆乳を乳酸菌による発酵させた豆乳発酵食品が知られている。
【0004】
ここで、乳において伝統的発酵製品から乳酸菌が細胞外に分泌する細胞外多糖類(Extracellular polysaccharides:EPS)が検出されている。EPSの主な構成糖としてガラクトース、グルコース、マンノースなどがあり、免疫調節活性など様々な健康機能を有するだけでなく、例えばヨーグルトにクリーミーな食感を付与する機能や、安定剤の機能も有する。
【0005】
しかし、植物乳は乳と比べると乳糖のようなガラクトースを構成糖とする糖類が少ないため、乳と同じ乳酸菌を用いても発酵により菌体外多糖類を生産しにくいという問題がある。また単糖のガラクトースは試薬でしか存在しないため、食品の製造原料に用いることが困難である。
【0006】
上記課題を解決する方法として、豆乳にスクロース、マルトース、スタキオースまたはラフィノースを添加し、ロイコノストック・シュードメセンテロイデス等の特定のロイコノストック属乳酸菌を選抜し、これを用いて乳酸発酵する方法(特許文献1)が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】特開2007-14303号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
植物乳は乳と異なり乳糖を含んでいないため、EPSを生産するためにはα-グルコシダーゼ活性を持つ乳酸菌が必要である。乳製品のヨーグルトに使用されるEPS生産能がある乳酸菌の多くは乳糖を分解するβ-グルコシダーゼを持っている菌のため、植物乳を発酵してもEPSを生産できない。そのため、特許文献1の技術では、ガラクトースを構成糖とするラフィノース等の糖類を分解してEPSを産生できるのは、αガラクトシダーゼ活性を持つ乳酸菌のみに限定されるため、使用できる乳酸菌が限定的であるという課題がある。
本発明は、αガラクトシダーゼ活性を有するか否かに関わらず、より幅広い種類のEPS産生菌を用いることができ、ヨーグルトと同様の滑らかでクリーミーな食感を有する植物乳発酵食品を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記課題に鑑み、本発明者らは鋭意検討した結果、構成糖としてαグリコシド結合で結合したガラクトースを含む糖類を、植物乳中で予めα-ガラクトシダーゼにより分解してガラクトースを産生させる工程を植物乳の乳酸発酵前に行い、ガラクトースが遊離した植物乳を得た。そして、これをEPS産生能を有する種々の乳酸菌で発酵させることにより、α-ガラクトシダーゼの作用の有無で発酵後の植物乳発酵食品の食感に違いが出ることを見出し、本発明者らは上記課題を解決できた。
【0010】
すなわち、本発明は、
(1)植物乳を含む発酵原料に乳酸菌を接種し、乳酸発酵させて植物乳発酵食品を製造する方法において、
A)構成糖としてαグリコシド結合で結合したガラクトースを含む糖類を添加した植物乳、または該糖類を含む植物乳に対し、α-ガラクトシダーゼを作用させて該糖類を加水分解する分解工程、および、
B)該分解工程の後又は該分解工程と共に、該加水分解された植物乳を細胞外多糖類産生能を有する乳酸菌にて発酵する発酵工程、
を含むことを特徴とする、植物乳発酵食品の製造方法、
(2)該分解工程が、α-ガラクトシダーゼ活性を有する微生物の発酵によることを特徴とする、前記(1)記載の植物乳発酵食品の製造方法、
(3)該分解工程が、α-ガラクトシダーゼ活性を有する酵素処理によることを特徴とする、前記(1)記載の植物乳発酵食品の製造法、
(4)A)の分解工程後、B)の発酵工程前に、殺菌工程を含むことを特徴とする、前記(1)~(3)の何れか1項記載の植物乳発酵食品の製造方法、
(5)構成糖としてガラクトースを含む糖類が、ラフィノース又はスタキオースであることを特徴とする、前記(1)~(4)の何れか1項記載の植物乳発酵食品の製造方法、
(6)植物乳が豆類乳であることを特徴とする、前記(1)~(5)の何れか1項記載の植物乳発酵食品の製造方法、
(7)細胞外多糖類産生能を有する乳酸菌による発酵原料用の植物乳の製造方法であって、構成糖としてαグリコシド結合で結合したガラクトースを含む糖類を添加した植物乳、または該糖類を含む植物乳に対し、上記糖類をα-ガラクトシダーゼを作用させて該糖類を加水分解し、その後殺菌することを特徴とする、上記製造方法、
(8)該加水分解が、α-ガラクトシダーゼ活性を有する微生物の発酵によることを特徴とする、前記(7)記載の製造方法、
(9)該加水分解が、α-ガラクトシダーゼ活性を有する酵素処理によることを特徴とする、前記(7)記載の製造方法、
(10)構成糖としてガラクトースを含む糖類が、ラフィノース又はスタキオースであることを特徴とする、前記(7)~(9)の何れか1項記載の植物乳の製造方法、
(11)植物乳が豆類乳であることを特徴とする、前記(7)~(10)の何れか1項記載の植物乳の製造方法、
に関するものである。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、植物乳を原料として、幅広いEPS産生菌を乳酸発酵に用いることができ、発酵で生成したEPSにより、ヨーグルトと同様の滑らかでクリーミーな食感の植物乳発酵食品を得られる。また、本発明によれば、滑らかでクリーミーな食感の植物乳発酵食品をEPS産生能を有する様々な乳酸菌で発酵して簡便に製造するための、発酵原料用の植物乳を提供できる。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明の実施形態について詳細に説明する。
【0013】
(植物乳発酵食品)
本発明における植物乳発酵食品とは、植物性原料を基本原料として得られたミルク(乳濁状の液体)を乳酸発酵して得られるものをいう。製品形態としては、固形状、ペースト状もしくは液状のヨーグルト様又はチーズ様の製品であり得る。
【0014】
(発酵原料)
■植物乳
本発明における植物乳とは、植物原料を基本原料として得られるミルク(乳濁状の液体)である。植物原料は植物であれば限定されないが、具体的には、大豆、エンドウ、ソラマメに代表される豆類、アーモンド、へーゼルナッツ、カシューナッツ、クルミ、落花生、ピスタチオなどに代表される種子類、米、オーツ麦に代表される穀物類などが挙げられる。また、これらを適当な割合で混合して使用することも可能である。該植物乳は植物原料中の繊維分を含むことができる。
【0015】
(豆類乳)
本発明における豆類乳とは、植物原料のうち、豆類を基本原料として得られるミルク(乳濁状の液体)である。豆類としては、大豆が代表的であり、その品種は黄大豆、青大豆、黒大豆などがあげられる。また大豆に含まれる成分の栄養機能を考慮して、育種、遺伝子操作や発芽処理等により7Sグロブリン、11Sグロブリン、イソフラボン、サポニン、ニコチアナミン、レシチン、オリゴ糖、ビタミン類、ミネラル類などの大豆中の特定の成分が富化された大豆も挙げられる。また、大豆以外にも小豆、インゲン豆、ささげ、花豆、エンドウ、ソラマメ、たけあずき、レンズ豆、うずら豆、らい豆、ヒヨコ豆、落花生等の豆類も挙げられ、これらを適当な割合で混合して使用することも可能である。上記豆類は、外皮及び胚軸部分を含むものでもよいが、これらを除去したものを使用することも可能である。
【0016】
(αグリコシド結合で結合したガラクトースを構成糖とする糖類)
本発明では、構成糖としてαグリコシド結合で結合したガラクトースを含む糖類を添加した植物乳、または該糖類を含む植物乳を用意する。
本発明におけるαグリコシド結合で結合したガラクトースを構成糖とする糖類とは、αガラクトシダーゼにより加水分解されガラクトースを生じる糖類である。該糖類は、二糖以上のオリゴ糖であり、二糖、三糖、四糖、又はそれ以上であり得る。具体的にはラフィノース,メリビオース,スタキオース,ガラクトマンナンなどが挙げられる。該糖類は、植物乳に元来含まれるものでも良いし、別途添加されるものでもよく、その両方であってもよい。ちなみに乳糖やガラクトオリゴ糖はガラクトースがβグリコシド結合で結合しているため、本発明では対象外である。
加水分解工程に供する植物乳中の該糖類の含有量は特に限定されないが、具体的には0.1~10重量%が適当であり、好ましくは0.5~7重量%、より好ましくは0.5~5重量%、さらに好ましくは0.5~3重量%である。
【0017】
(加水分解工程)
本発明における糖類の加水分解は、α-ガラクトシダーゼにより行う。加水分解の方法は特に限定されないが、具体的にはα-ガラクトシダーゼ添加による酵素処理やα-ガラクトシダーゼ活性を有する微生物発酵などが挙げられる。
【0018】
○酵素処理
α-ガラクトシダーゼの添加による酵素処理の場合、α-ガラクトシダーゼの由来は限定されないが、好ましくはプロテアーゼ活性が低いものが好ましい。プロテアーゼ活性が高い場合、加水分解中にたん白質が分解され苦味が生じる可能性がある。
α―ガラクトシダーゼの活性は5000GalU以上、好ましくは10000GalU以上、更に好ましくは30000GalU以上であり得る。1GalUは、pH5.5、37℃の条件において、1分間あたり1μmolの速度にてp-nitrophenyl-α-D-galactopyranosideの加水分解により、p-nitrophenolを遊離する酵素の量としての活性を示す(FCCVIIIにて定義)。
なお、プロテアーゼ活性は、50000PUN以下が適当であり、好ましくは30000PUN以下、更に好ましくは10000PUN以下であり得る。PUNは、0.6%ミルクカゼイン(pH7.5、M/25 燐酸緩衝液)5mlに1mlの酵素液を加え、30℃、10分間反応させた時、1分間に1μgのチロシンに相当するフォリン発色をTCA可溶性成分として遊離する活性を示す。
α-ガラクトシダーゼによる加水分解の処理条件は、特に限定しないが、好ましくはα-ガラクトシダーゼの至適温度、至適pHにて行う。具体的には、20~80℃、好ましくは40~80℃度、より好ましくは50~70℃、更に好ましくは60~70℃である。
加水分解後、必要に応じてα-ガラクトシダーゼ失活工程を加えてもよい。失活条件は、α-ガラクトシダーゼが失活する温度以上であれば特に限定されない。
【0019】
○微生物発酵
α-ガラクトシダーゼ活性を有する微生物による発酵の場合、ガラクトースを構成糖に含む糖類を含有する植物乳に対し、α-ガラクトシダーゼ活性を有する微生物を接種して発酵を行う。
微生物の栄養源として、ガラクトースを構成糖に含む糖類以外に資化性糖類を添加することは必須ではないが、発酵が進みにくい場合は添加することができる。例えばグルコース、フラクトース、ショ糖、マルトース、トレハロース、フラクトオリゴ糖、キシロオリゴ糖等を用いることができる。これら糖原料は単独でも良いし、2種類以上を組み合わせてもよい。資化性糖類を添加するときの配合量は、発酵原料の固形分に対して1~50重量%が適当であり、5~40重量%が好ましい。
【0020】
資化性糖類以外にその他必要により澱粉、増粘多糖類、ゲル化剤、乳化剤、香料、酸味料、酸化防止剤、キレート剤等を適宜添加することができる。
【0021】
本発明における微生物は、α-ガラクトシダーゼ活性を有するものであれば特に限定されない。例えば乳酸菌、ビフィズス菌、酵母、麹菌などを単独あるいは適宜組み合わせて使用することができる。
【0022】
α-ガラクトシダーゼ活性を有する乳酸菌の種類としては、例えば、ラクトバシルス・プランタラム(Lactobacillus plantarum)、ラクトバシルス・ロイテリ(Lactobacillus reuteri)、ラクトバシルス・ヘルベティカス(Lactobacillus helveticus)、ラクトバシルス・ファーメンタム(Lactobacillus fermentum)、ラクトバシルス・アシドフィラス(Lactobacillus acidophilus)、ラクトコッカス・ラクティス(Lactococcus lactis)、ロイコノストック・メセンテロイデス(Leuconostoc mesenteriodes)、などが例示される。
【0023】
α-ガラクトシダーゼ活性を有するビフィズス菌の種類としては、例えば、ビフィドバクテリウム・ブレーベ(Bifidobacterium breve)、ビフィドバクテリウム・ロンガム(Bifidobacterium longum)、などが例示される。
【0024】
α-ガラクトシダーゼ活性を有する酵母としては、例えば、キャンディダ・ジャヴァニカ(Candida javanica)、キャンディダ・ギリエルモンディ(Candida guilliermondii)、デバリオマイセス・ハンセニィ(Debaryomyces hansenii)、サッカロマイセス・セレビシエ(Saccharomyces cerevisiae)、ギベレラ・フジクロイ(Gibberella fujikuroi)などが例示される。
【0025】
α-ガラクトシダーゼ活性を有する麹菌としては、例えば、アスペルギルス・フラヴァイプス(Aspergillus flavipes)、アスペルギルス・オリザエ(Aspergillus oryzae)、アスペルギルス・フィキューム(Aspergillus ficuum)、アスペルギルス・ニデュランス(Aspergillus nidulans)、ペニシリウム・クリソゲナム(Penicillium chrysogenum)、サーモマイセス・ラニュギノサス(Thermomyces lanuginosus)などが例示される。なお、同じ菌種であっても、菌株の種類によってはα-ガラクトシダーゼ活性の有無が異なる場合がある。
【0026】
発酵の条件は使用する微生物の種類によって異なるため特に限定されないが、例えば乳酸菌による発酵の場合、温度は10~50℃、好ましくは15~45℃、より好ましくは20~35℃、さらに好ましくは20~30℃で行うことができる。発酵時間は例えば0.5~72時間、好ましくは1~5時間で行うことができる。
発酵は発酵前後のpHの低下が4以内、好ましくは2以内、より好ましくは1以内、更に好ましくは0.5以内である間行うことができる。発酵前後のpHの低下が大きい場合、アルカリ又は有機酸や無機酸等により適宜目的のpHに微調整することもできる。
【0027】
ある態様では、該加水分解工程後、次の乳酸発酵工程の前に、必要により均質化工程や加熱殺菌工程を経ることができる。加熱殺菌条件は、例えば菌が死滅する温度などが挙げられる。以上により得られる植物乳は、ある態様では、必要により無菌的に密封容器に充填するなどして、細胞外多糖類産生能を有する乳酸菌による発酵原料用の植物乳として当業者に提供することもできる。
【0028】
(乳酸発酵工程)
本発明における乳酸発酵工程は、上記の加水分解工程の後又は該加水分解工程と共に、該加水分解された植物乳を細胞外多糖類(Extracellular polysaccharides:EPS)の産生能を有する乳酸菌(EPS産生乳酸菌)にて発酵する発酵工程である。
すなわち、ある態様では、上記の加水分解工程を経た植物乳に対し、EPS産生乳酸菌にて発酵を行う。またある態様では、植物乳に対して上記の加水分解工程を行うと共に、EPS産生乳酸菌での発酵工程を行う。
【0029】
本発明におけるEPS産生乳酸菌は、発酵によりガラクトースを構成糖とするEPSを産生する菌種であれば特に限定されない。該乳酸菌の配合量は、初発菌数レベルで10の5乗から7乗になるように添加するのが適当であり、10の6乗になるのが好ましい。粉末又は固形スターターの場合、原料中0.001~15重量%が適当であり、1~10重量%が好ましい。
EPS産生乳酸菌の菌種としては、例えばラクトバシルス・ブルガリカス(Lactobacillus bulgaricus)、ラクトバシルス・ジョンソニィ(Lactobacillus johnsonii)、ラクトバシルス・プランタラム(Lactobacillus plantarum)、ラクトバシルス・デルブルッキィ(Lactobacillus delbrueckii)、ラクトバシルス・ヘルヴェティカス(Lactobacillus helveticus)、ラクトバシルス・パラカゼイ(Lactobacillus paracasei)、ストレプトコッカス・サーモフィラス(Streptococcus thermophilus)、ラクトコッカス・ラクティス(Lactococcus lactis)などが挙げられる。なお、同じ菌種であっても、菌株の種類によってはEPS産生能の有無が異なる場合がある。
【0030】
植物乳の加水分解工程と共にEPS乳酸菌での発酵工程を行う態様の場合、例えば、α-ガラクトシダーゼ活性とEPS産生能を共に有する乳酸菌を植物乳に添加する方法、α-ガラクトシダーゼの酵素添加と共にEPS乳酸菌を植物乳に添加する方法、α-ガラクトシダーゼ活性を有する乳酸菌や酵母や麹菌などと共に、EPS乳酸菌を植物乳に添加する方法等が挙げられる。
【0031】
発酵原料として、乳酸菌の栄養源としての資化性糖類を添加することは必須ではないが、発酵が進みにくい場合は添加するのが好ましい。例えばグルコース、フラクトース、ショ糖、マルトース、ラクトース、ラフィノース、トレハロース、大豆オリゴ糖、フラクトオリゴ糖、キシロオリゴ糖等を用いることができる。これら糖原料は単独でも良いし、2種類以上を組み合わせてもよい。資化性糖類を添加するときの配合量は、発酵原料の固形分に対して1~50重量%が適当であり、5~40重量%が好ましい。
【0032】
その他の発酵原料として、資化性糖類以外にその他必要により植物乳、粉末状植物たん白質、澱粉、増粘多糖類、ゲル化剤、乳化剤、香料、酸味料、酸化防止剤、キレート剤等を適宜添加することができる。
【0033】
乳酸発酵の条件は使用する乳酸菌の種類によって適宜変更することができるが、発酵温度は例えば10~50℃、好ましくは15~45℃で行うことができる。発酵時間は例えば4~72時間、好ましくは5~60時間で行うことができる。乳酸発酵は発酵原料のpHが3~6、必要により3~5に低下するまで行うことができ、発酵終了後にアルカリ又は有機酸や無機酸等により適宜目的のpHに微調整することもできる。発酵装置は、乳のヨーグルトやチーズを製造するときに用いるものと同様の装置で行うことができる。
【0034】
(乳酸発酵後の工程)
乳酸発酵後は、必要により均質化工程や加熱殺菌工程を経て、常法により、固形状、ペースト状又は液状のヨーグルト様の製品に調製することができる。また、常法により、固形状又はペースト状のチーズ様の製品に調製することもできる。
【0035】
(飲食品)
本発明の植物乳発酵食品を各種飲食品の製造原料として利用することもできる。
上記の飲食品の形態は特に限定されず、例えば、豆乳等の植物ミルクや清涼飲料等の飲料、プリン、ババロア、ゼリー、ホイップクリーム及びフィリング等の生菓、ヨーグルト、チーズ及び発酵飲料等の発酵食品、団子や饅頭等の和菓子、スナック等の膨化菓子、ビスケット、クッキー、パン類及びケーキ等のベーカリー製品、チョコレート、マーガリン、バター、スプレッドやマヨネーズ等の調味料、ソース、スープ、フライ食品、水産練製品、鳥獣魚肉製品等の製品形態に使用できる。ある態様では、上記の飲食品は植物ベースの原料で構成することが好ましく、ある態様では植物ベースのバター、マーガリン、ホイップクリーム等であり得る。
【0036】
各種製品の製造に際しては植物ベース発酵乳の他に必要な食品原料(果汁、果肉、野菜、糖類、油脂、乳製品、穀粉類、澱粉類、カカオマス、鳥獣魚肉製品等)や食品添加物(ミネラル、ビタミン、乳化剤、増粘安定剤、酸味料、香料等)を適宜使用することができる。
【実施例
【0037】
以下に実施例を示し、本発明の詳細をより具体的に説明する。なお、例中、「部」あるいは「%」はいずれも重量基準を表すものとする。
【0038】
(比較例1)
植物乳として「豆乳クリーム」(不二製油(株)製、全固形分19.8%、蛋白質含量5.6%、脂質含量12.3%)を54.5部、ブドウ糖1部、ガラクトースを構成糖に含むオリゴ糖「北海道産ビートオリゴ糖」(日本ガーリック(株)製、ラフィノース98%、スクロース2%)0.8部、水43.6部を混合して99.9部とし、混合液とした。これに乳酸菌としてEPS産生能を有するストレプトコッカス・サーモフィラス(Streptococcus thermophiles)をフローズンペレットとして0.1部加えて、42℃でpHが4.6に低下するまで乳酸発酵させ、植物乳発酵食品を得た。なお、ラフィノースはαグリコシド結合で結合したガラクトースを構成糖とする三糖である。なお「豆乳クリーム」、オリゴ糖は、以下の各例においても本例と同じ製品を使用した。
【0039】
(比較例2)
「豆乳クリーム」を54.5部、ブドウ糖1部、ガラクトース(単糖)0.6部、水43.8部を混合して99.9部とし、混合液とした。これに比較例1と同じ2種の乳酸菌を0.1部加えて、42℃でpHが4.6に低下するまで乳酸発酵させ、植物乳発酵食品を得た。
【0040】
(実施例1)
「豆乳クリーム」を54.5部、ブドウ糖1部、オリゴ糖0.8部、水43.69部を混合して99.99部とし、混合液とした(pH6.78)。これにα-ガラクトシダーゼ活性を有する乳酸菌(Lactococcus lactis)を0.01部加えて、26℃にて3時間乳酸発酵させた。発酵終了後、90℃、1分間殺菌し、液状の植物乳を得た。得られた液状の植物乳のpHは6.76であり、発酵前後のpHは0.02低下した。
次に、該植物乳に比較例1と同じEPS産生乳酸菌を0.1部加えて、42℃でpHが4.6に低下するまで乳酸発酵させ、植物乳発酵食品を得た。
【0041】
(実施例2)
実施例1と同様の方法にて、オリゴ糖の配合量のみ1.6部(実施例1の倍量)に変更し、植物乳発酵食品を得た。
【0042】
実施例1,2および比較例1,2から得られた植物乳発酵食品に対しホモミキサーにてカードを崩し、クリーム状の形状にし、粘度と伸びを測定した。
粘度は、サンプル200gを測定用ビーカーに分注し、No.4ローターを用い、60rpm、10℃の条件にて、BM型粘度計にて測定した。
伸びは、サンプル100gをヨーグルトカップに分注し、レオメーターを用い測定した。測定方法は、φ3cmプランジャーをサンプルに差込み、速度6cm/minにてプランジャーからヨーグルトカップを離し、プランジャーとサンプルの繋がりが切れた時点で動きを止め、サンプル上面からプランジャーの距離を測定した。
【0043】
(表1)
【0044】
実施例1と2は比較例1,2よりも増粘し、ガラクトースを配合した比較例2と同等以上の粘度と伸びを示した。また、実施例1,2は比較例1,2よりも滑らかでクリーミーな食感を有していた。
【0045】
(実施例3)
「豆乳クリーム」を54.5部、ブドウ糖1部、オリゴ糖0.8部、水43.69部を混合して99.9部とし、混合液とした。これにα-ガラクトシダーゼの酵素剤「α-Galactosidase DS30」(AMANO ENZYME INC.製、活性:50,000GaIU/g以上)を0.1部加えて、60℃にて1時間加水分解処理を行った。加水分解終了後、90℃、1分間殺菌し、液状の植物乳を得た。
次に、該植物乳に比較例1と同じEPS産生乳酸菌を0.1部加えて、42℃でpHが4.6に低下するまで乳酸発酵させ、植物乳発酵食品を得た。
【0046】
(表2)
【0047】
実施例3はガラクトースを配合した比較例2と同等以上の粘度と伸びを示した。また、実施例3も実施例1,2と同様に滑らかでクリーミーな食感を有していた。
【0048】
(実施例4)
「豆乳クリーム」を54.5部、ブドウ糖1部、オリゴ糖0.8部、水43.69部を混合して99.9部とし、混合液とした。これに実施例3と同じα-ガラクトシダーゼを0.1部、比較例1と同じEPS産生乳酸菌を0.1部を加え、42℃でpHが4.6に低下するまで乳酸発酵させ、植物乳発酵食品を得た。
【0049】
(表3)
【0050】
実施例4はガラクトースを配合した比較例2と同等以上の粘度と伸びを示した。また、実施例4も実施例1,2、3と同様に滑らかでクリーミーな食感を有していた。
【0051】
(実施例5)
実施例1の「豆乳クリーム」をアーモンドミルク(筑波乳業(株)製、全固形分9.9%、蛋白質含量2.9%、脂質含量5.6%)に代えて、同様にして植物乳発酵食品を得た。得られた植物乳発酵食品は、実施例1と同等の粘度と伸びを示し、滑らかでクリーミーな食感を有していた。
【0052】
(実施例6) 植物ベースのバターへの応用
「豆乳クリーム」を98.19部、ブドウ糖1部、オリゴ糖0.8部を混合して99.99部とし、混合液とした(pH6.82)。これにα-ガラクトシダーゼ活性を有する乳酸菌(Lactococcus lactis)を0.01部加えて、26℃にて3時間乳酸発酵させた。発酵終了後、90℃、1分間殺菌し、液状の植物乳を得た。得られた液状の植物乳のpHは6.79であり、発酵前後のpHは0.03低下した。
次に、該植物乳に比較例1と同じEPS産生乳酸菌を0.1部加えて、42℃でpHが4.6に低下するまで乳酸発酵させ、植物乳発酵食品を得た。
得られた植物乳発酵食品(液温40℃)300部に対し、食塩を2.4部添加したものを水相とした。該水相をハンドミキサーで撹拌しつつ、上昇融点が約25℃であるヤシ油450部を40℃に加温して融解させ、これを徐々に加えて、乳化液を調製した。
得られた乳化液を4℃の冷蔵庫にて1晩冷却し、植物ベースのバターを得た。得られた植物ベースのバターは、非常にクリーミーであった。