(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-04-08
(45)【発行日】2024-04-16
(54)【発明の名称】駆動力調整装置及び駆動力調整装置の設計方法
(51)【国際特許分類】
F16H 48/36 20120101AFI20240409BHJP
F16H 48/10 20120101ALI20240409BHJP
F16H 48/34 20120101ALI20240409BHJP
F16H 1/06 20060101ALI20240409BHJP
B60L 15/20 20060101ALI20240409BHJP
【FI】
F16H48/36
F16H48/10
F16H48/34
F16H1/06
B60L15/20 S
(21)【出願番号】P 2023510188
(86)(22)【出願日】2021-09-27
(86)【国際出願番号】 JP2021035320
(87)【国際公開番号】W WO2022208938
(87)【国際公開日】2022-10-06
【審査請求日】2023-06-09
(31)【優先権主張番号】P 2021056369
(32)【優先日】2021-03-30
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000006286
【氏名又は名称】三菱自動車工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100183689
【氏名又は名称】諏訪 華子
(74)【代理人】
【識別番号】110003649
【氏名又は名称】弁理士法人真田特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】岡村 悠太郎
(72)【発明者】
【氏名】▲高▼橋 亮太
(72)【発明者】
【氏名】▲高▼橋 直樹
【審査官】鷲巣 直哉
(56)【参考文献】
【文献】特開2010-264940(JP,A)
【文献】特開平03-284420(JP,A)
【文献】特開2004-147491(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F16H 48/36
F16H 48/10
F16H 48/34
F16H 1/06
B60L 15/20
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
車両の左右輪を駆動する一対の電動機と前記左右輪にトルク差を付与する差動機構と前記差動機構から前記左右輪の各々に駆動力を伝達するドライブシャフトとを具備する四要素二自由度の駆動力調整装置であって、
前記一対の電動機から前記左右輪へ至る各々の経路におけるイナーシャの値は、前記車両の旋回時における前記駆動力調整装置の共振周波数が前記車両のヨー共振周波数よりも大きくなるように設定される
ことを特徴とする、駆動力調整装置。
【請求項2】
前記イナーシャが、前記一対の電動機のモータイナーシャと前記差動機構のギヤ比と前記左右輪の角加速度比とに基づいて算出される
ことを特徴とする、請求項1記載の駆動力調整装置。
【請求項3】
前記駆動力調整装置の共振周波数が、前記ドライブシャフトの剛性と前記イナーシャと前記左右輪のイナーシャとに基づいて算出される
ことを特徴とする、請求項1または2記載の駆動力調整装置。
【請求項4】
車両の左右輪を駆動する一対の電動機と前記左右輪にトルク差を付与する差動機構と前記差動機構から前記左右輪の各々に駆動力を伝達するドライブシャフトとを具備する四要素二自由度の駆動力調整装置の設計方法であって、
前記車両の旋回時における前記駆動力調整装置の共振周波数が前記車両のヨー共振周波数よりも大きくなるように、前記一対の電動機から前記左右輪へ至る各々の経路におけるイナーシャの値を設定する
ことを特徴とする、駆動力調整装置の設計方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、一対の電動機及び差動機構で車両の左右輪を駆動する四要素二自由度の駆動力調整装置及びその設計方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、車両の駆動輪を駆動する駆動力調整装置の共振周波数を適正化することで、共振による車体振動の増幅を防止する技術が知られている。例えば、ねじり振動系の共振周波数をエンジン回転数の常用域の下限値に対応する周波数以下に設定することで、ユーザに与えうる不快感を低減させる技術が存在する(特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
一方、左右輪と一対の電動機との間に差動機構が介装された四要素二自由度の駆動力調整装置においては、駆動力調整装置の共振周波数が車両の旋回状態に応じて変動する。そのため、共振による車体振動の増幅を効果的に抑制できず、車両の乗り心地を向上させることが難しいという課題がある。
【0005】
本件の目的の一つは、上記のような課題に照らして創案されたものであり、車両の乗り心地を向上させることができるようにした四要素二自由度の駆動力調整装置及び駆動力調整装置の設計方法を提供することである。なお、この目的に限らず、後述する「発明を実施するための形態」に示す各構成から導き出される作用効果であって、従来の技術では得られない作用効果を奏することも、本件の他の目的として位置付けることができる。
【課題を解決するための手段】
【0006】
開示の駆動力調整装置は、車両の左右輪を駆動する一対の電動機と左右輪にトルク差を付与する差動機構と差動機構から左右輪の各々に駆動力を伝達するドライブシャフトとを具備する四要素二自由度の駆動力調整装置である。本装置において、一対の電動機から左右輪へ至る各々の経路におけるイナーシャの値は、車両の旋回時における駆動力調整装置の共振周波数が車両のヨー共振周波数よりも大きくなるように設定される。
【発明の効果】
【0007】
開示の駆動力調整装置及び駆動力調整装置の設計方法によれば、車両の乗り心地を向上させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【
図1】実施例としての駆動力調整装置が適用された車両のブロック図である。
【
図2】
図1に示す車両の駆動力調整装置の構造を説明するための概略図である。
【
図3】
図1に示す電動機及び左右輪の角速度の関係を示す共線図である。
【
図4】(A),(B)は、駆動力調整装置の共振周波数と左右輪の角加速度比との関係を例示するグラフである。
【
図5】
図1に示す車両のヨー共振周波数を説明するためのボード線図(ゲインと周波数との関係を示すグラフ)である。
【
図6】
図1に示す駆動力調整装置の共振周波数と左右輪の角加速度比とモータイナーシャI
mとの関係を例示するグラフである。
【
図7】
図1に示す駆動力調整装置の共振周波数と左右輪の角加速度比とトルク差増幅率αとの関係を例示するグラフである。
【
図8】
図1に示す駆動力調整装置の共振周波数と左右輪の角加速度比と減速機構の減速比Gとの関係を例示するグラフである。
【
図9】
図1に示す駆動力調整装置のパラメータ設定に係る手順を例示するフローチャートである。
【
図10】
図1に示す駆動力調整装置のパラメータ設定に係る手順を例示するフローチャートである。
【
図11】
図2に示す駆動力調整装置において遊星歯車機構が適用される場合の構造を説明するための概略図である。
【発明を実施するための形態】
【0009】
[1.装置構成]
図1~
図11を参照して、実施例としての駆動力調整装置について説明する。この駆動力調整装置が適用される車両には、左右輪5(ここでは後輪)を駆動する一対の電動機1(電動モータ)とその左右輪5にトルク差を付与する差動機構3と左右輪5の各々に駆動力を伝達するドライブシャフト4(車軸)とが設けられる。この実施例で数字符号に付加される接尾符号(L,R)は、その要素の配設位置(車両の左側や右側にあること)を表す。例えば、5Rは左右輪5のうち車両の右側(Right)に位置する一方(すなわち右輪)を表し、5Lは左側(Left)に位置する他方(すなわち左輪)を表す。
【0010】
一対の電動機1は、車両の前輪または後輪の少なくともいずれかを駆動する機能を持つものであり、四輪すべてを駆動する機能を持ちうる。一対の電動機1のうち右側に配置される一方は右電動機1R(右モータ)とも呼ばれ、左側に配置される他方は左電動機1L(左モータ)とも呼ばれる。右電動機1R及び左電動機1Lは、互いに独立して作動し、互いに異なる大きさの駆動力を個別に出力しうる。これらの電動機1は、互いに別設された一対の減速機構2を介して差動機構3に接続される。本実施例の右電動機1R及び左電動機1Lは、定格出力が同一である。
【0011】
減速機構2は、電動機1から出力される駆動力を減速することでトルクを増大させる機構である。減速機構2の減速比Gは、電動機1の出力特性や性能に応じて適宜設定される。一対の減速機構2のうち右側に配置される一方は右減速機構2Rとも呼ばれ、左側に配置される他方は左減速機構2Lとも呼ばれる。本実施例の右減速機構2R及び左減速機構2Lは、減速比Gが同一である。電動機1のトルク性能が十分に高い場合には、減速機構2を省略してもよい。
【0012】
差動機構3は、ヨーコントロール機能(AYC機能)を持ったディファレンシャル機構であり、右輪5Rに連結されるドライブシャフト4(右車軸4R)と左輪5Lに連結されるドライブシャフト4(左車軸4L)との間に介装される。ヨーコントロール機能とは、左右輪5の駆動力(駆動トルク)の分担割合を積極的に制御することでヨーモーメントを調節し、車両の姿勢を安定させる機能である。差動機構3の内部には、遊星歯車機構や差動歯車機構などのギヤ列が内蔵される。一対の電動機1から伝達される駆動力は、これらのギヤ列を介して左右輪5の各々に分配される。なお、一対の電動機1と差動機構3とを含む車両駆動装置は、DM-AYC(Dual-Motor Active Yaw Control)装置とも呼ばれる。
【0013】
図2は、減速機構2及び差動機構3の構造を例示する概略図である。減速機構2の減速比Gは、電動機1から減速機構2に伝達される回転角速度と、減速機構2から差動機構3に伝達される回転角速度の比(あるいはギヤの歯数の比)として表すことができる。また、差動機構3の内部において、左電動機1Lの駆動力が右輪5Rに伝達される経路のギヤ比をb
1と表現し、右電動機1Rの駆動力が左輪5Lに伝達される経路のギヤ比をb
2と表現し、左右の電動機1の回転角速度をモータ角速度ω
Lm,ω
Rmとおき、左右輪5の回転角速度をそれぞれ車輪速ω
Lw,ω
Rwとおけば、本実施例では以下の式1,式2が成立する。
【0014】
【0015】
電動機1は、インバータ6を介してバッテリ7に電気的に接続される。インバータ6は、バッテリ7側の直流回路の電力(直流電力)と電動機1側の交流回路の電力(交流電力)とを相互に変換する変換器(DC-ACインバータ)である。また、バッテリ7は、例えばリチウムイオン電池やニッケル水素電池であり、数百ボルトの高電圧直流電流を供給しうる二次電池である。電動機1の力行時には、直流電力がインバータ6で交流電力に変換されて電動機1に供給される。電動機1の発電時には、発電電力がインバータ6で直流電力に変換されてバッテリ7に充電される。インバータ6の作動状態は、制御装置10によって制御される。
【0016】
図3は、左電動機1L,右電動機1R,左輪5L,右輪5Rの各々における角速度の関係を示す共線図である。この共線図において、左輪5Lや右輪5Rの車輪速ω
Lw,ω
Rw(すなわち角速度)は、左電動機1L及び右電動機1Rのモータ角速度ω
Lm,ω
Rmの値を結ぶ直線上に位置し、モータ角速度ω
Lm,ω
Rmに応じて変動する。このように、一対の電動機1と差動機構3とドライブシャフト4とを具備する駆動力調整装置は、四要素二自由度の駆動力調整装置である。
【0017】
制御装置10は、車両に搭載される電子制御装置(ECU,Electronic Control Unit)の一つであり、インバータ6の作動状態を管理することで電動機1の出力を制御するコンピュータである。制御装置10の内部には、図示しないプロセッサ(中央処理装置),メモリ(メインメモリ),記憶装置(ストレージ),インタフェース装置などが内蔵され、内部バスを介してこれらが互いに通信可能に接続される。
【0018】
プロセッサは、例えばCPU(Central Processing Unit),MPU(Micro Processing Unit)などのマイクロプロセッサであり、メモリは、例えばROM(Read Only Memory),RAM(Random Access Memory),不揮発メモリなどである。制御装置10実施される制御の内容は、ファームウェアやアプリケーションプログラムとしてメモリに記録,保存されており、プログラムの実行時にはプログラムの内容がメモリ空間内に展開されて、プロセッサによって実行される。
【0019】
四要素二自由度の駆動力調整装置では、車両旋回時にドライブシャフト4よりも上流のイナーシャが増大し、駆動力調整装置の共振周波数fが低下する。この共振周波数fが車両のヨー共振周波数fyawに一致すると、車体のヨーレイト振動が増幅されて車両の乗り心地が低下してしまう。そこで本実施例では、あらかじめ駆動力調整装置の共振周波数fが車両のヨー共振周波数fyawよりも大きく設定されている。
【0020】
駆動力調整装置の共振周波数fの計算式は、以下の式3,式4で与えられる。式3は左車軸4Lの共振周波数fLを表し、式4は右車軸4Rの共振周波数fRを表す。ドライブシャフト4の剛性Kd及び下流側イナーシャJw(左右輪5のイナーシャ)は、例えば定数で与えられる。
【0021】
【0022】
式3,式4に示す共振周波数fL,fRを大きくするためには、ドライブシャフト4の剛性Kdを大きくすることや、下流側イナーシャJwを小さくすることも考えられる。つまり、左車輪側及び右車輪側の共振周波数fL,fRの各々が車両のヨー共振周波数fyawよりも大きくなるようにドライブシャフト4の剛性Kdや下流側イナーシャJwの設定を調整してもよい。これらの手法を併用することで、共振周波数fL,fRの値が車両のヨー共振周波数fyawからさらに遠ざかり、旋回時の共振が発生しにくくなる。
【0023】
また、上流側イナーシャは、例えば以下の式5,式6で与えられる。式5は左経路上流側イナーシャJML(左電動機1Lから左輪5Lまでの動力伝達経路のイナーシャ)を表し、式6は右経路上流側イナーシャJMR(右電動機1Rから右輪5Rまでの動力伝達経路のイナーシャ)を表す。上流側イナーシャJML,JMRの大きさは、車輪速ωLw,ωRwの時間微分値の比率に応じて変化する。
【0024】
【0025】
なお、減速機構2や差動機構3に含まれる各種ギヤのイナーシャをさらに考慮する場合には、上流側イナーシャが式5,式6とは異なる数式で与えられうる。例えば、
図11に示すような遊星歯車機構が差動機構3に内蔵される駆動力調整装置を想定すれば、上流側イナーシャは以下の式5′,式6′に示すように表現される。
【数4】
【0026】
図4(A),(B)は、駆動力調整装置の共振周波数fと左右輪5の角加速度比との関係を例示するグラフである。
図4(A)は、右車軸4Rの共振周波数f
Rと右輪5Rの角加速度に対する左輪5Lの角加速度の比との関係を表す。
図4(B)は、左車軸4Lの共振周波数f
Lと左輪5Lの角加速度に対する右輪5Rの角加速度の比との関係を表す。駆動力調整装置の共振周波数fは、角加速度比が増大するにつれて上昇し、角加速度比が減少するにつれて下降する特性を持つ。
【0027】
ドライブシャフト4よりも上流側のイナーシャの値は、左右輪5の各々における角加速度比が-1から1までの範囲で変化したときに、車両のヨー共振周波数f
yawよりも大きくなるように設定される。例えば、
図4(A)に示す例において、角加速度比が-1から1までの範囲で変化したときの共振周波数f
Rの最小値はAである。このAが、車両のヨー共振周波数f
yawよりも大きくなるように、左経路上流側イナーシャJ
ML及び右経路上流側イナーシャJ
MRの各々の値が設定される。
図4(B)に示す例においても同様であり、共振周波数f
Lの最小値Bが車両のヨー共振周波数f
yawよりも大きくなるように、左経路上流側イナーシャJ
ML及び右経路上流側イナーシャJ
MRの各々の値が設定される。
【0028】
車両のヨー共振周波数f
yawは、以下に示す車両の運動方程式に基づいて作成されるグラフ(ボード線図)から確認されうる。
図5のグラフは、共振のゲイン(入力振幅に対する出力振幅の比)と周波数との関係を表すグラフであり、ゲインの最大値を与える周波数がヨー共振周波数f
yawになる。なお、一般的な車両のヨー共振周波数f
yawは、1.0~1.5[Hz]であることが多い。
【0029】
【0030】
左輪5Lの角加速度に対する右輪5Rの角加速度の比を-1とし、二つのギヤ比b1,b2が同一値bであるものと仮定すれば、式5,式6に示す上流側イナーシャJML,JMRはともに以下の式7で表される。したがって、スリップを考慮しない場合、共振周波数fL,fRに影響を与えるパラメータは、電動機1のモータイナーシャIm,差動機構3のトルク差増幅率α,減速機構2の減速比Gの三種類となる。
【0031】
【0032】
図6は、モータイナーシャI
mが変化した場合に、右車軸4Rの共振周波数f
Rと右輪5Rの角加速度に対する左輪5Lの角加速度の比との関係がどのように変化するのかを表すグラフである。共振周波数f
Rは、モータイナーシャI
mが小さいほど増加し、モータイナーシャI
mが大きいほど減少する。共振周波数f
Rと角加速度比との関係を表すグラフは、モータイナーシャI
mが小さいほど上方へ移動する。また、角加速度比が-1から1までの範囲で変化したときの共振周波数f
Rの最小値は、角加速度比が-1のときの値となる。したがって、この最小値が車両のヨー共振周波数f
yawよりも大きくなるように、モータイナーシャI
mの値を設定すればよい。例えば、角加速度比が-1のときの共振周波数f
Rが車両のヨー共振周波数f
yawと一致するモータイナーシャI
mの値をI
mAとおけば、I
mA未満の値のモータイナーシャI
mを設定すればよい。
【0033】
図7は、トルク差増幅率αが変化した場合に、右車軸4Rの共振周波数f
Rと右輪5Rの角加速度に対する左輪5Lの角加速度の比との関係がどのように変化するのかを表すグラフである。共振周波数f
Rの増加勾配(傾き)は、トルク差増幅率αが小さいほど急勾配となり、トルク差増幅率αが大きいほど緩勾配となる。角加速度比が-1から1までの範囲で変化したときの共振周波数f
Rの最小値は、角加速度比が-1のときの値となる。したがって、この最小値が車両のヨー共振周波数f
yawよりも大きくなるように、トルク差増幅率αの値を設定すればよい。例えば、角加速度比が-1のときの共振周波数f
Rが車両のヨー共振周波数f
yawと一致するトルク差増幅率αの値をα
Aとおけば、α
A未満の値のトルク差増幅率αを設定すればよい。
【0034】
図8は、減速比Gが変化した場合に、右車軸4Rの共振周波数f
Rと右輪5Rの角加速度に対する左輪5Lの角加速度の比との関係がどのように変化するのかを表すグラフである。共振周波数f
Rは、減速比Gが小さいほど増加し、減速比Gが大きいほど減少する。共振周波数f
Rと角加速度比との関係を表すグラフは、減速比Gが小さいほど上方へ移動する。また、角加速度比が-1から1までの範囲で変化したときの共振周波数f
Rの最小値は、角加速度比が-1のときの値となる。したがって、この最小値が車両のヨー共振周波数f
yawよりも大きくなるように、減速比Gの値を設定すればよい。例えば、角加速度比が-1のときの共振周波数f
Rが車両のヨー共振周波数f
yawと一致する減速比Gの値をG
Aとおけば、G
A未満の値の減速比Gを設定すればよい。
【0035】
[2.フローチャート]
図9は、駆動力調整装置のパラメータ設定に係る手順を例示するフローチャートである。ステップA1では、車両の運動方程式に基づきヨー共振周波数f
yawが算出される。続くステップA2では、上流側イナーシャJ
ML,J
MRが設定される。ここでは、車両旋回時における駆動力調整装置の共振周波数fが車両のヨー共振周波数f
yawよりも大きくなるように、上流側イナーシャJ
ML,J
MRの値が小さく設定される。その後のステップA3では、必要に応じて下流側イナーシャJ
wとドライブシャフト4の剛性K
dとが設定される。このような設定により、駆動力調整装置の共振周波数fが車両のヨー共振周波数f
yawから遠ざけられ、共振による車体振動の増幅が効果的に抑制される。したがって、車両の乗り心地が向上する。
【0036】
図10は、
図9に示すフローチャートと比較して、上流側イナーシャJ
ML,J
MRや下流側イナーシャJ
wやドライブシャフト4の剛性K
dを変化させながら最適化したい場合の手順を例示するフローチャートである。ステップB1では、車両の運動方程式に基づきヨー共振周波数f
yawが算出される。続くステップB2では、上流側イナーシャJ
ML,J
MRが初期値(あらかじめ設定された値)よりも若干小さな値に設定される。また、ステップB3では駆動力調整装置の共振周波数fが算出されるとともに、その共振周波数fがヨー共振周波数f
yawよりも大きいか否かが判定される。この条件が成立しなければステップB2に戻り、上流側イナーシャJ
ML,J
MRがさらに小さな値に設定される。このような処理を繰り返すことで、ステップB3の条件を満たす最大の上流側イナーシャJ
ML,J
MRが得られる。ステップB3の条件が成立した場合にはステップB4に進む。
【0037】
ステップB4では、下流側イナーシャJwが初期値よりも若干小さな値に設定されるとともに、ドライブシャフト4の剛性Kdが初期値よりも若干大きな値に設定される。また、ステップB5では、ステップB3と同様に駆動力調整装置の共振周波数fが算出されるとともに、その共振周波数fがヨー共振周波数fyawよりも大きいか否かが判定される。この条件が成立しなければステップB4に戻り、下流側イナーシャJwがさらに小さな値に設定され、あるいは、剛性Kdがさらに大きな値に設定される。このような処理を繰り返すことで、最適化された下流側イナーシャJw及び剛性Kdが得られる。
【0038】
[3.作用と効果]
(1)上記の実施例では、車両の旋回時における駆動力調整装置の共振周波数fがヨー共振周波数fyawよりも大きくなるように、上流側イナーシャJML,JMRの値が設定される。このような手法を採用することで、旋回時の共振周波数fを車両のヨー共振周波数fyawから遠ざけることができ、車両の振動を抑えることができる。したがって、乗員に対して不快感や違和感を与えにくくすることができ、車両の乗り心地を向上させることができる。
【0039】
(2)上記の実施例では、上流側イナーシャJML,JMRが式5,式6で表される駆動力調整装置において、左右輪5の各々における角加速度比が-1から1までの範囲で変化することを仮定して上流側イナーシャJML,JMRが最適化される。すなわち、角加速度比が-1から1までの範囲で変化したときに、車両の旋回時における駆動力調整装置の共振周波数fがヨー共振周波数fyawよりも大きくなるように、上流側イナーシャJML,JMRの値が設定される。言い換えれば、上流側イナーシャJML,JMRは、一対の電動機1のモータイナーシャImと差動機構3のギヤ比b1,b2と左右輪5の角加速度比とに基づいて算出される。このような手法を採用することで、上流側イナーシャJML,JMRを精度よく算出することができ、車両の旋回状態に関わらず、車両の振動を抑えることができ、車両の乗り心地をさらに向上させることができる。
【0040】
(3)上記の実施例では、共振周波数fが式3,式4で表される駆動力調整装置において、下流側イナーシャJwやドライブシャフト4の剛性の値も最適化されうる。すなわち、左車輪側の共振周波数fLと右車輪側の共振周波数fRとがヨー共振周波数fyawよりも大きくなるように、下流側イナーシャJw及びドライブシャフト4の剛性Kdの値が設定される。言い換えれば、駆動力調整装置の共振周波数fは、ドライブシャフト4の剛性Kdと上流側イナーシャJML,JMRと下流側イナーシャJwとに基づいて算出される。このような手法を採用することで、駆動力調整装置の共振周波数fを精度よく算出することができ、車両の乗り心地をさらに向上させることができる。
【0041】
[4.変形例]
上記の実施例はあくまでも例示に過ぎず、本実施例で明示しない種々の変形や技術の適用を排除する意図はない。本実施例の各構成は、その趣旨を逸脱しない範囲で種々変形して実施できる。また、本実施例の各構成は、必要に応じて取捨選択でき、あるいは適宜組み合わせることができる。
【0042】
例えば、上記の実施例では車両の後輪に適用された駆動力調整装置を例示したが、前輪に同様の駆動力調整装置を適用することは可能であり、前後輪の両方に同様の駆動力調整装置を適用することも可能である。また、電動機1及び内燃機関を駆動源とする駆動力調整装置を用いることも可能である。少なくとも、車両の旋回時における駆動力調整装置の共振周波数fがヨー共振周波数fyawよりも大きくなるように、上流側イナーシャJML,JMRの値を設定することで、上記の実施例と同様の効果を獲得することができる。
【符号の説明】
【0043】
1 電動機
2 減速機構
3 差動機構
4 ドライブシャフト(車軸)
5 左右輪
JML,JMR 上流側イナーシャ(イナーシャ)
Jw 下流側イナーシャ(左右輪5のイナーシャ)
Im モータイナーシャ
b1,b2 差動機構3のギヤ比
ωLm,ωRm モータ角速度
Kd ドライブシャフト4の剛性
f 駆動力調整装置の共振周波数
fyaw 車両のヨー共振周波数