(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-04-08
(45)【発行日】2024-04-16
(54)【発明の名称】炭素繊維または炭素シート製造のための前駆体繊維または前駆体シートを安定化するための方法および装置
(51)【国際特許分類】
D01F 9/22 20060101AFI20240409BHJP
【FI】
D01F9/22
(21)【出願番号】P 2021519748
(86)(22)【出願日】2019-10-10
(86)【国際出願番号】 EP2019077438
(87)【国際公開番号】W WO2020074623
(87)【国際公開日】2020-04-16
【審査請求日】2022-08-17
(31)【優先権主張番号】102018217354.0
(32)【優先日】2018-10-10
(33)【優先権主張国・地域又は機関】DE
(73)【特許権者】
【識別番号】518206000
【氏名又は名称】セントロターム インターナチオナル アーゲー
(74)【代理人】
【識別番号】100118500
【氏名又は名称】廣澤 哲也
(74)【代理人】
【氏名又は名称】渡邉 勇
(74)【代理人】
【識別番号】100174089
【氏名又は名称】郷戸 学
(74)【代理人】
【識別番号】100186749
【氏名又は名称】金沢 充博
(72)【発明者】
【氏名】クラウス、マヌエル
(72)【発明者】
【氏名】ケラー、アンドレアス
(72)【発明者】
【氏名】フランク、エリック
(72)【発明者】
【氏名】バウフ、フォルカー
(72)【発明者】
【氏名】ヘルマヌッツ、フランク
(72)【発明者】
【氏名】ブッフマイザー、ミッヒャエル エル.
(72)【発明者】
【氏名】ファウト、ギュンター
【審査官】斎藤 克也
(56)【参考文献】
【文献】特公昭56-027612(JP,B2)
【文献】米国特許第07649078(US,B1)
【文献】国際公開第2013/015210(WO,A1)
【文献】特開2010-242248(JP,A)
【文献】米国特許第06733737(US,B1)
【文献】米国特許出願公開第2016/0258082(US,A1)
【文献】国際公開第2017/137285(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C01B 32/00 - 32/39
D01F 9/08 - 9/32
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
炭素繊維製造のための前駆体繊維を安定化するための方法であって、
前記前駆体繊維を連続的に処理チャンバーに導入し、前記処理チャンバーを通過させ、前記処理チャンバーから除去し、
前記前駆体繊維は、PAN繊維を含んでおり、
前記少なくとも1つの処理チャンバー内に、周囲空気とは組成が異なる所定の処理ガス雰囲気を設定し、前記処理ガス雰囲気は
、反応性成分
として酸素を5~60mbarの所定の分圧で含み、
前記前駆体繊維が前記処理チャンバー内にあるときに、前記前駆体繊維を少なくとも第1の温度まで加熱し、前記第1の温度を所定の時間維持する工程を含む、方法。
【請求項2】
前記処理ガス雰囲気は、不活性ガスおよび前記酸素を含む、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記処理チャンバー内の圧力は、周囲圧力と同じ、または周囲圧力から周囲圧力の少なくとも90%の間、さらに好ましくは周囲圧力の少なくとも95%の間の圧力に維持されている、請求項1に記載の方法。
【請求項4】
前記前駆体繊維が前記処理チャンバー内にあるときに、前記前駆体繊維を少なくとも第2の温度まで加熱し、前記第2の温度は前記第1の温度よりも高く、前記温度を所定の時間維持する工程をさらに含む、請求項1
乃至3のいずれか一項に記載の方法。
【請求項5】
前記前駆体繊維は、少なくとも1つのさらなる中間温度を経由して前記第1の温度から前記第2の温度まで加熱され、時間的に連続する段階間の温度差は、少なくとも5℃、特に少なくとも10℃であり、前記前駆体繊維は、所定の時間前記少なくとも1つの中間温度に維持される、請求項
4に記載の方法。
【請求項6】
前記第2の温度は、前記第1の温度よりも少なくとも30℃、好ましくは40℃高い、請求項
4または5に記載の方法。
【請求項7】
前記前駆体繊維は、前記第1の温度、前記第2の温度、および少なくとも1つの任意の中間温度で、それぞれ少なくとも10分間、好ましくは少なくとも20分間維持される、請求項
4乃至
6のいずれか一項に記載の方法。
【請求項8】
前記第1の温度は220~320℃の範囲内であり、前記第2の温度は280~400℃の範囲内である、請求項
4乃至
7のいずれか一項に記載の方法。
【請求項9】
前記第1の温度が260~320℃の範囲内であり、前記第2の温度が300~380℃の範囲内である、請求項
8に記載の方法。
【請求項10】
前記処理ガス雰囲気は、
前記酸素を10~40mbarの分圧
で含む、請求項1乃至
9のいずれか一項に記載の方法。
【請求項11】
前記処理ガス雰囲気は、ホウ素含有化合物を含む、請求項1乃至
10のいずれか一項に記載の方法。
【請求項12】
前記処理ガス中の前
記ホウ素含有成分は、脱水を制御するために前記分圧を介して制御される、請求項
11に記載の方法。
【請求項13】
前記前駆体繊維は、前記工程中、定められた張力下に保たれる、請求項1乃至
12のいずれか一項に記載の方法。
【請求項14】
前記ガス雰囲気は、前記安定化工程中、連続的または断続的に交換される、請求項1乃至
13のいずれか一項に記載の方法。
【請求項15】
前記前駆体繊維は、複数の実質的に平行に延びる処理チャンバーを通過し、隣接する各処理チャンバーは、前記繊維が前記処理ガス雰囲気に留まるように、一端が偏向ユニットを介して接続される、請求項1乃至
14のいずれか一項に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
様々な前駆体材料から炭素繊維または炭素シートまたはフィルムを製造することが知られている。処理は繊維もシートも実質的に同じであるため、以下では繊維についてのみより詳細に説明する。炭素繊維は、いくつかの処理工程によって技術的に製造される。出発材料は通常ポリアクリロニトリル、つまりPANであるが、他の前駆体、特にリグニン、セルロース、およびポリエチレンも炭素繊維製造の代替品として検討されている。
【背景技術】
【0002】
処理の第1の工程は、出発材料をいわゆる前駆体繊維に形成することである。これらの前駆体繊維は、その後、別々の部分でさらに2つの処理工程において炭素繊維に変換される。第1の工程は安定化と呼ばれ、第2の工程は炭化と呼ばれる。炭化は通常1300℃を超える高温で行われるが、前駆体繊維の安定化または架橋につながる安定化は、通常200℃~300℃の範囲内ではるかに低い温度で行われる。この工程は、繊維が炭化中の熱応力に耐えることができるように、前駆体繊維の分子構造を変更するために必要である。
【0003】
安定化は通常、別々に加熱可能な領域を備えた強制空気オーブンで実行される。このオーブンでは、前駆体繊維が200℃~300℃の間の温度に加熱され、大気圧で空気中の酸素と反応する。安定化処理では、二酸化炭素、青酸、一酸化炭素、アンモニアなどのガス状反応生成物が生成される。これらは、制御された方法で除去および廃棄する必要がある。その結果、複雑で費用のかかる廃ガス処理が発生することとなる。現在、安定化は、炭素繊維の製造において最もコストと時間を要する工程である。反応時間を短縮する試みが求められているが、課題も存在する。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
PAN前駆体材料の場合、安定化中に通常の周囲空気との酸化反応が起こる。周囲空気中の酸素はポリマーの化学構造に組み込まれ、最終的には次の炭化工程で繊維中の水素と水を形成する。したがって、制御された酸化は、最適な量の酸素を導入するのに有利であろう。この処理での過剰な酸素は、炭素を過度に酸化させることがあるため、炭素繊維の品質を低下させるおそれがある。
【0005】
リグニンやセルロースなど、既に酸素を含んでいる他の前駆体は、安定化のために必ずしも外部から供給される酸素を必要としないが、外部から酸素が供給されることにより、安定化を加速できる場合がある。安定化のすべての場合において、前駆体の構造は緻密化する。安定化を促進するために、反応性物質および/または触媒を繊維に導入することも知られており、これは、例えば、そのような物質を含む適切な浴に繊維を通すことによって達成される。
【0006】
経済的には迅速な安定化が求められるが、化学的観点からは問題がある。最悪の場合、繊維の構造はその表面で非常に緻密になり、安定化する際の酸素の吸収、および生成ガスの除去は、繊維の鞘の形成によって妨げられる。
【0007】
したがって、滞留時間の短縮は、強制送風式オーブン内の従来の条件下では実現できない。また、PANの場合の安定化反応は強い発熱性があり、温度が高すぎるとエネルギーが自発的かつ制御不能に放出され、繊維材料が発火する可能性があるため、処理温度を上げることもできない。
【0008】
したがって、本発明の目的は、先行技術の1つまたは複数の課題を解決または改善することである。本発明によれば、請求項1に記載の方法が提供される。本発明のさらなる実施形態は、特に、従属請求項から明らかであろう。
【課題を解決するための手段】
【0009】
特に、炭素繊維の製造のための前駆体繊維を安定化するための方法であって、前記前駆体繊維を連続的に処理チャンバーに導入し、処理チャンバーを通過させ、処理チャンバーから除去し、前記少なくとも1つの処理チャンバー内に、周囲空気とは組成が異なる所定の処理ガス雰囲気を設定し、前記処理ガス雰囲気は、少なくとも1つの反応性成分および/または触媒を所定の分圧で含み、前記前駆体繊維が前記処理チャンバー内にあるときに、前記前駆体繊維を少なくとも第1の温度まで加熱し、前記第1の温度を所定の時間維持する工程を含む。
【0010】
この処理は、制御され明確に定められた処理条件下で、場合によっては従来技術で一般的に使用される温度よりも高い温度で安定化を図ることができる。所定の分圧で反応性成分および/または触媒成分を提供することにより、この成分は、処理に有利となるように制御された方法で提供され得る。このように処理された前駆体繊維は、再現性よく高密度と均一性を示し、結果的としてその後に炭化された繊維では優れた強度値を示した。
【0011】
処理中、前記処理チャンバー内の圧力は、周囲圧力と同じ、または周囲圧力から周囲圧力の少なくとも90%の間、さらに好ましくは周囲圧力の少なくとも95%の間の圧力に維持されてもよく、これにより、低圧用に設計された真空システムと比較して、処理チャンバーを密閉するための要件が軽減される。
【0012】
一実施形態では、前記前駆体繊維は、少なくとも1つのさらなる中間温度を経由して前記第1の温度から第2の温度の温度まで加熱され、時間的に連続する段階間の前記温度の差は、少なくとも5℃、特に少なくとも10℃であり、前記前駆体繊維は、前記少なくとも1つの中間温度に所定の時間維持される。多段階の温度上昇は特に有利であることが分かっている。好ましくは、前記第2の温度は、前記第1の温度よりも少なくとも30℃、特に少なくとも40℃高い。良好な処理結果を得るために、前記前駆体繊維は、好ましくは、前記第1の温度、前記第2の温度、および少なくとも1つの任意の中間温度で、それぞれ少なくとも10分間、好ましくは少なくとも20分間維持される。
【0013】
PAN繊維を含む前駆体繊維の場合、前記第1の温度は220~320℃の範囲内、前記第2の温度は280~400℃の範囲内でなければならない。特に良好な結果は、前記第1の温度が260~320℃の範囲内にあり、前記第2の温度が300~380℃の範囲内にあるときに得られた。PAN繊維を含む前駆体繊維の場合、前記処理ガス雰囲気は、反応性成分として酸素を30~300mbar、好ましくは50~200mbarの分圧で含むことが好ましい。これは、大気圧またはわずかに負圧であり、例えば、純窒素と周囲空気(約78体積%の窒素、約21体積%の酸素、および約1体積%のアルゴンなどの他のガス)または純酸素との対応する混合物によって達成することができる。
【0014】
セルロースおよび/またはリグニンを原料とする前駆体繊維の場合、前記第1の温度は好ましくは200~240℃の範囲内であり、前記第2の温度は好ましくは240~300℃の範囲内である。前記前駆体繊維にセルロースが含まれている場合、前記処理ガス雰囲気は、セルロースの脱水を促進する酸性雰囲気でなければならない。好ましくは、前記処理ガス中の酸性成分は、脱水を制御するためにその分圧によって制御される。前記前駆体繊維が潜在性硬化剤を有するリグニンを含む場合、前記処理ガス雰囲気は、やはりリグニン中の潜在性硬化剤を活性化する酸性雰囲気であることが好ましい。この場合も、前記処理ガスの前記酸性成分は、活性化を制御するためにその分圧によって制御されてもよい。
【0015】
セルロース繊維およびリグニン繊維の場合、前記硬化剤が気相から添加されることも考えられるが、その場合は反応性ホルムアルデヒドであることが好ましい。セルロース繊維の場合、繊維の炭素収率を増加させる目的で、気相から硫黄含有物質を繊維に含浸させることも有用である可能性がある。
【0016】
PANおよび/またはリグニンおよび/またはセルロースを原料とする最終的な炭素繊維の機械的強度、特に剛性を高めるために、ホウ素含有化合物を気相を経由して繊維に導入することが有利であることが分かっている。ホウ素化試薬としてはジボランを使用することが特に好ましい。ホウ素濃度は0.1~2%とすることが有利であろう。
【0017】
PANとリグニンの混合物を原料とする前駆体繊維をヨウ素で処理することも有用であり、これにより、最終的な炭素繊維の強度および配向性が向上することがある。
【0018】
良好な処理結果を得るために、前記前駆体繊維は、前記工程中、定められた張力下に保たれることが好ましい。ここでは、3K繊維束あたり0.5~10Nの範囲の張力が適切であることが分かっている。
【0019】
良好で均一な処理のために、前記処理ガス雰囲気は、前記安定化工程中、連続的または断続的に交換されることが好ましい。これにより、反応性成分および/または触媒性成分が、処理全体を通して実質的に一定の分圧で利用できることとなる。さらに、反応生成物は、制御された方法で処理領域から除去することができる。特に、処理領域は適切な気体流により継続的に洗浄することができる。流量は、処理チャンバーの寸法および処理された材料の量と種類によって異なる。
【0020】
一実施形態では、前記前駆体繊維は、前記工程中、複数の実質的に平行に延びる処理チャンバーを通過し、隣接する処理チャンバーは、前記繊維が前記処理ガス雰囲気に留まるように、一端が偏向ユニットによって接続される。
【図面の簡単な説明】
【0021】
本発明は、図面を参照して以下により詳細に説明される。
【
図1】
図1は、本発明による安定化装置を模式的に示す側面図であり、処理ユニットが断面図で示されている。
【
図2】
図2は、
図1に示す装置を模式的に示す上面図であり、処理ユニットが再び断面図で示されている。
【
図3】
図3は、
図1に示す装置の処理ユニットを模式的に示す断面図である。
【
図4】
図4は、本発明による安定化装置の他の実施形態を模式的に示す側面図である。
【
図5】
図5は、図
4に示す実施形態による偏向ユニットを示す拡大詳細図である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
本明細書で使用される上、下、左、右などの用語は、図面における表現を指し、好ましい方向を指す場合もあるが、限定的な意味で解釈されるものではない。以下では、安定化装置1およびその代替品の基本的な構成について、図面を参照してより詳細に説明する。同一または類似の構成要素が記載されている場合、同一の符号が図面の全体で使用される。
【0023】
前駆体繊維2の安定化装置1の基本構造を
図1および
図2に示す。安定化装置1は、基本的に、入口側エアロックユニット4および出口側エアロックユニット5を有する中央処理ユニット3と、繊維供給部7と、繊維巻き取り部8を備えている。厳密に言えば、繊維供給部7および繊維巻き取り部8は、単に安定化装置1への繊維の供給と同装置からの巻き取りを提供するだけであるため、それ自体は安定化装置1の一部ではない。これらは、それぞれ、前駆体繊維2を連続的に供給し、安定化された繊維を受け取るのに適している。ユニット7,8はそれぞれ、
図2の上面図に示すように、1つの平面内で互いに平行な複数の前駆体繊維2を供給し、または受け取るのに適している。このようなユニットは公知であり、様々な構造を有するものが市場に流通しているため、これらユニット7,8についてこれ以上の説明は行わない。
【0024】
処理ユニット3は、細長い処理チャンバー10と、処理チャンバー10に直接隣接するか、処理チャンバー10と接触するか、または処理チャンバー10内にある加熱ユニット12と、処理チャンバー10を囲み、場合によっては加熱ユニット14を囲む断熱材14を有する。処理チャンバーは、相当する気密性を備えた真空チャンバーとして設計されてもよい。しかしながら、それはまた大気圧チャンバーとして設計されてもよく、処理ガスがチャンバーの内部から周囲に漏れるのを防ぎ、また周囲空気が処理雰囲気に入るのを防ぐために十分に気密性を有していることが好ましい。さらに、処理ユニット3は、任意選択で真空ポンプとして構成された少なくとも1つのポンプと、ガス供給部を有し、いずれも処理チャンバー10に適切に接続されている。ポンプおよびガス供給部は、それぞれの構造が本発明において必須ではないため、図示されていない。ガス供給部は、反応性成分および/または触媒成分を含む処理ガス混合物を、それ以外の、好ましくは不活性ガス内の所定の分圧で供給するように適合されている。処理が大気圧またはわずかに負圧で(処理ガス雰囲気の漏れを防ぐために)実行される場合、ポンプは基本的に、処理ガスおよび結果として生じる反応生成物を制御された方法で排出するために使用される。一実施形態では、ポンプは完全に省略されてもよく、ガスの排出は、出口およびガスの導入によってのみ制御されてもよい。真空処理の場合、ポンプは、処理チャンバー10内で、例えば、50~300mBarの所望の圧力を設定できるように適切に設計されなくてはならない。
【0025】
処理チャンバー10は、
図3に最もよく示されるように、長方形の断面を有する。処理チャンバー10は、その長手方向端部において、エアロックユニット4,5に接続されており、エアロックユニット4,5を通じて、以下でより詳細に説明されるように、前駆体繊維2は、処理チャンバー10に連続的に導入されることが可能である。真空チャンバー10は、適切な耐熱材料で構成されており、好ましくは少なくとも400℃までの耐熱性を有している。処理チャンバー10の長さは、例えば、2m~6mであるが、もちろん他の長さも考えられる。
【0026】
加熱ユニット12は、個別に制御可能な複数の加熱プレート20を有し、これらは、
図2の上面図にのみ概略的に示されている。
図1および
図3に示されるように、加熱プレート20は、処理チャンバー10の上下に対となるように配置される。加熱プレートはそれぞれ、処理チャンバー10の全幅を覆い、加熱プレートの対は長手方向に隣接している。これにより、個別に加熱可能な領域が形成される。
図1および
図2には、5対の加熱プレート20が図示されており、その結果、5つの異なる加熱可能な領域が示されている。加熱プレートの対の数、およびそれによって形成される領域の数は、図示された数とは異なってもよいが、少なくとも2つの領域が存在する必要がある。図示された加熱プレート20に代えて、当業者が認識するように、円周方向の加熱カセットまたは他の形態の加熱要素もまた、提供され得る。前述したように、加熱プレート20、または他の適切な加熱要素についても、長手方向に隣接する加熱領域が提供されるように、処理チャンバー10内に配置されてもよい。
【0027】
これらの加熱プレート20は、処理チャンバーの幅、および覆われている長さの範囲に亘って、処理チャンバー10内のそれぞれの領域内で実質的に一定の温度を提供するように設計されている。特に、加熱プレート20は、220~400℃の範囲内で温度を設定できるように設計されている。断熱材14は、連続炉の技術分野で知られているように、処理チャンバー10および加熱ユニット12を取り囲んで、それらを周囲から遮熱する。
【0028】
エアロックユニット4,5は、所定の処理圧力で処理チャンバーに出入りするガスの通過を実質的に防止するのに十分な気密性を提供するための任意の構造であり得る。処理大気圧またはわずかな負圧では、場合によっては、エアロック内のガスカーテンで周囲雰囲気を処理雰囲気から分離するのに十分である可能性がある。
【0029】
図4は、上下に積み重ねられた3つの処理ユニット3、入口側エアロックユニット4、出口側エアロックユニット5、繊維供給部7、繊維巻き取り部8、および偏向ユニット40,41を備えた安定化装置1の他の実施形態を示す。厳密に言えば、繊維供給部7および繊維巻き取り部8は、安定化装置1への繊維の供給と同装置からの巻き取りのみを提供するため、やはり安定化装置1の一部ではない。これらは、前駆体繊維2を連続的に供給し、または巻き取るのに適している。これにより、ユニット7,8はそれぞれ、
図2の上面図に示されるように、1つの平面内で互いに平行な複数の前駆体繊維2を供給または巻き取るのに適している。このようなユニットは一般に知られており、様々な実施形態で市場において知られているので、これらユニット7,8についてこれ以上の説明は行わない。
【0030】
図示した実施形態では、第1の実施形態と同様の構造を有することが可能な3つの処理ユニット3が、縦方向に上下に設けられている。入口側エアロックユニット4は、最も下の処理ユニット3の左側に取り付けられており、出口側エアロックユニット5は、上側の処理ユニット3の右側に取り付けられている。エアロックユニット4,5についても、実質的に第1の実施形態と同様の構造を有することが可能である。
【0031】
下側の処理ユニット3の右端は、偏向ユニット40を介して中間の処理ユニット3の右端に真空気密性を保って接続されている。また、中間の処理ユニット3の左端は、偏向ユニット42を介して上側の処理ユニット3の左端に真空気密性を保って接続されている。
【0032】
偏向ユニット40,42は実質的に同様の設計であり、偏向ユニット40については以下でより詳細に説明される。偏向ユニット40は、気密性または真空気密性を有するハウジング45を備えており、このハウジング45は、その側壁に2つの通孔47,48を有しており、さらに移送およびガイドローラー50を有している。ハウジング45は、2つの積み重ねられた処理ユニット3を接続するために、それらの端部に取り付けることができるような適切な形状およびサイズを有している。このため、側壁の通孔47,48は、処理ユニット3の端部の対応する開口部に対して位置合わせされている。特に、偏向ユニットは、ベローズユニット54を介して処理ユニット3のそれぞれの端部に接続されており、ユニット間の気密性または真空気密性を保ちつつ、柔軟な接続を可能にしている。これは、処理ユニット3が動作中に加熱され、熱的に膨張する可能性があるため、特に有利である。図示されているように柔軟なベローズ接続により、異なるユニット間のストレスを防ぐことができる。あるいは、偏向ユニット40を処理ユニット3の端部に直接、すなわち堅固に取り付けることも可能である。
【0033】
移送およびガイドローラー50は、前駆体繊維2が一方の供給貫通孔47を通って、移送およびガイドローラー50に巻き付き、他方の供給貫通孔48から引き出されるように、互いにオフセットして、上下に配置されている。本実施形態では、3つの移送およびガイドローラー50が設けられており、そのうち、例えば、上側および下側のローラーはその位置が固定されているが、中央のローラーは、前駆体繊維2の張力を調整するため、および/または移送による変動に対応するために、例えば、水平方向に移動可能なダンサーローラーとして設計されている。移送およびガイドローラー50の少なくとも1つは、駆動モーターに接続され、偏向時にアクティブな駆動を行ってもよい。駆動モーターは、真空ハウジング45の内側または外側に配置されてもよいが、真空ハウジング45の外側に配置される場合は、駆動シャフト用の真空気密性を有する供給貫通孔が設けられる必要がある。
【0034】
移送およびガイドローラー50は、前駆体繊維2が一方の通孔47を通って、移送およびガイドローラー50に巻き付き、他方の通孔48から引き出されるように、互いにオフセットして、上下に配置されている。本実施形態では、3つの移送およびガイドローラー50が設けられており、そのうち、例えば、上側および下側のローラーはその位置が固定されているが、中央のローラーは、前駆体繊維2の張力を調整するため、および/または移送中の変動に対応するために、例えば、水平方向に移動可能なダンサーローラーとして設計されている。移送およびガイドローラー50の少なくとも1つは、駆動モーターに接続され、偏向時にアクティブな駆動を行ってもよい。駆動モーターは、真空ハウジング45の内側または外側に配置されてもよいが、後者の場合、駆動シャフトの気密性または真空気密性を有する供給貫通孔が設けられる必要がある。
【0035】
以下では、安定化装置1を用いた安定化処理について、
図1に示す安定化装置を前提として、より詳細に説明する。ここでは、多様なパラメータについて例示的な値を示しており、続いて好ましい値の範囲が規定される。第1に、互いに平行に延びる複数の前駆体繊維2(例えば、PAN繊維)が、供給ユニット7からロックユニット4を介して処理ユニット3に供給される。次に、処理ユニット3から、前駆体繊維2は、エアロックユニット5を経由して巻き取りユニット8に導かれ、そこで再び巻き取られる。次に、処理ユニットにおいて、周囲空気とは組成が異なり、少なくとも1つの反応性成分および/または触媒を所定の分圧で含む、所定の処理ガス雰囲気が設定される。PAN繊維の場合、酸素は反応性成分とみなされ、大部分が不活性ガスである(例えば、窒素を含む)混合物中の酸素の分圧は、好ましくは5~60mbarに設定される。これは、約25~300mbarの周囲空気の圧力に相当する。これまでのところ、10~40mbarの範囲の酸素分圧が特に有利であることが分かっている。ガスの供給により、処理チャンバー10は、適切な処理ガス混合物で加圧され、この処理ガス混合物は、ポンプを介して再び排出される。排出された空気は、運転中に発生するCO、CO
2、NH
3、HCNなどの望ましくないガスを分離または無害化するために、対応する後処理ユニットによって浄化される。
【0036】
さらに、加熱プレート20は、処理チャンバー10内のそれぞれの領域で一定の温度を生成するように制御される。例えば、左側の第1の領域には260℃の温度が設定されている。隣接する領域では、例えば、320℃、360℃、380℃、および400℃の温度が設定される。したがって、最初の2つの領域間には60℃の温度差があり、2番目と3番目の領域間には40℃の温度差がある。最後の3つの領域では、温度差は20℃で一定である。ここで、前駆体繊維2は、所定の速度で処理ユニット3を通過し、この速度は、前駆体繊維2が所定の時間それぞれの領域に留まるように設定される。
【0037】
それぞれの加熱領域において、前駆体繊維2は、対応する温度に急速に加熱され、通過中はこの温度に保たれる。したがって、上記の例では、前駆体繊維2は、最初に、処理チャンバー10内の制御されたガス雰囲気で260℃に加熱され、この温度で約20分間維持された後、320℃に加熱され、再びこの温度で約20分間維持される。続いて、前駆体繊維2を360℃に加熱し、この温度で約20分間維持する。次に、380℃と400℃でそれぞれ20分間処理を行う。前駆体繊維2が処理チャンバー10内の複数の加熱領域を通過することにより、前駆体繊維2は安定化される。
【0038】
本発明者らは、所定の分圧を有する反応性成分および/または触媒成分を含む制御された処理ガス雰囲気においては、前駆体繊維2を燃焼または熱損傷することなく、空気中の大気圧よりも高い温度を使用できることを見出した。これにより、均一に安定化された前駆体繊維2を高密度で再現性よく製造することが可能であった。
【0039】
本発明者らは、少なくとも段階的な温度上昇が有利であり、PAN繊維の場合、第1の温度は220~320℃の範囲内であり、第2の温度は280~400℃の範囲内であると決定した。ここで、第2の温度は、処理チャンバー10内の最高温度を表し、一方、第1の温度の前にさらに低い温度を設定することができる。好ましくは、第1の温度は、260~320℃の範囲内にあり、第2の温度は、300~400℃の範囲内にあり、これは、従来技術で使用される温度よりも実質的に高い。好ましくは、第2の温度は、第1の温度よりも少なくとも30℃、より好ましくは少なくとも40℃高い。温度は段階的に上昇させてもよく、連続する段階間の温度差は少なくとも5℃、特に少なくとも10℃であり、前駆体繊維は、少なくとも1つの中間温度で所定の時間維持される。
【0040】
各温度段階での持続時間は、好ましくは少なくとも5分である必要があるが、温度の上昇が小さい場合は持続時間を短くすることもできる。上記の実施形態では、滞留時間は、それぞれの加熱領域の長さおよび前駆体繊維2の移送速度に依存する。個々の加熱領域の長さは予め定められているが、滞留時間は、移送速度によって調整することができる。もちろん、加熱領域は、例えば、特定の温度での滞留時間を増やすために、均一に加熱することも可能である。
【0041】
上記の処理の説明は、
図1に示すように、単一の処理ユニット3に基づいている。図
4に示すように、3つの積み重ねられた処理ユニット3を有する実施形態では、手順は同様であるが、例えば、処理ユニット3ごとに1つまたは2つの加熱領域のみを設け、異なる温度を設定することもできる。偏向ユニットは加熱されないため、ある処理ユニット3から次の処理ユニット3への移行中に、前駆体繊維2がわずかに冷却される可能性があるが、その時点で達成された安定化が維持されるため、悪影響を及ぼすものではないと考えられる。ただし、途中の冷却により問題が発生した場合は、適宜それぞれの偏向ユニットの温度を制御することも可能である。
【0042】
いくつかの段階の処理チャンバーを備えた実施形態では、2つの連続する段階の温度範囲が少なくとも部分的に重なる場合に有利であることが分かっている。したがって、繊維が前の段階を出るときよりも同じ、またはさらに低い温度で次の段階に再び入る場合に有利である。
【0043】
図4に示す実施形態は、より少ない床面積を要するとともに、いくつかの加熱領域を備えたより柔軟な温度設定が可能である。もちろん、3つに代えて、2つ以上の処理ユニットを上下に設けることも可能であるが、偶数の処理ユニット3の場合、前駆体繊維2を同じ側から供給し、取り出さなければならない。
【0044】
他の前駆体繊維についても同様に安定化させることができ、その場合、所定の分圧の異なる反応性および/または触媒成分、他の温度範囲、および他の滞留時間を使用することができる。リグニンやセルロースなど、既に酸素を含んでいる他の前駆体は、安定化のために必ずしも外部から供給される酸素を必要としないが、場合によっては、外部から供給される酸素によって安定化を加速することができる。安定化を促進するために、反応性物質および/または触媒は、気相を経由して、制御された方法で繊維に直接導入されてもよい。セルロースおよび/またはリグニンを原料とする前駆体繊維の場合、第1の温度は好ましくは200~240℃の範囲内であり、第2の温度は好ましくは240~300℃の範囲内である。前駆体繊維にセルロースが含まれている場合、処理ガス雰囲気は、セルロースの脱水を促進する酸性雰囲気でなければならない。好ましくは、処理ガス中の酸性成分は、脱水を制御するために分圧によって制御される。前駆体繊維が潜在性硬化剤を有するリグニンを含む場合、処理ガス雰囲気は、やはりリグニン中の潜在性硬化剤を活性化する酸性雰囲気であることが好ましい。この場合も、処理ガス中の酸性成分は、活性化を制御するために分圧によって制御されてもよい。
【0045】
セルロース繊維およびリグニン繊維の場合、硬化剤が気相から添加されることも考えられるが、その場合は反応性ホルムアルデヒドであることが好ましい。セルロース繊維の場合、気相から硫黄含有物質を繊維に含浸させて、繊維の炭素収量を増加させることも有用である可能性がある。
【0046】
PANおよび/またはリグニンおよび/またはセルロースを原料とする最終的な炭素繊維の機械的強度、特に剛性を高めるために、ホウ素含有化合物を気相を経由して繊維に導入することが有利であることが分かっている。ホウ素化試薬としてはジボランを使用することが特に好ましい。ホウ素濃度は0.1~2%とすることが有利であろう。
【0047】
PANとリグニンの混合物を原料とする前駆体繊維をヨウ素で処理することも有用であり、これにより、最終的な炭素繊維の強度および配向性が向上することがある。
【0048】
本出願は、特定の実施形態に限定されることなく、好ましい実施形態を参照してより詳細に説明されている。